説明

排気ガス制御装置

【課題】従来よりも小型軽量化または省エネルギー化を図れる排気ガス制御装置を提供する。
【解決手段】
本発明の排気ガス制御装置(3)は、燃焼機関の排気ガスの経路に配設され排気ガスの流れを制御する制御弁(24)と、この制御弁と一体的に可動する可動軸(27)と、可動軸を摺動させつつ支承し可動軸の摺動面に摺接する摺受面を有する軸受(34、39)とを備える。前記摺動面または前記摺受面の少なくとも一方は、Si、Hおよび残部であるCからなる非晶質炭素膜(DLC−Si膜)を有し、このDLC−Si膜は付着する界面に臨む臨界部とこの臨界部に連なり表面側へ延びる表面部とからなる。その表面部はSi濃度が8〜30原子%である部分を有し、臨界部は表面部よりもSi濃度が低い。このようなDLC−Si膜が摺動部に存在することで、常温域および高温域における摩擦係数を長期にわたり低減できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の燃焼機関の排気ガスの流路を制御する排気ガス制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ガソリンエンジンまたはディーゼルエンジンなどの燃焼機関(以下「エンジン」という。)を搭載する自動車などでは、排気ガスの流れを制御することで、エンジン出力、排気ガス浄化、低燃費化等の向上が図られる。例えば、エンジンの運転状況に応じて排気ガスの流路を切り替えることにより、トルクの平滑化や出力の向上が図られる。またディーゼルエンジンの排気ガスの流路を一時的に閉塞して排気ガス圧力を高めた後、その排気ガス中に含まれる粒子状物質(PM)を捕集するDPF(Diesel particulate filter)の再生が行われる。さらに排気ガスを吸気側へ適時に還流(いわゆるEGR)させて、ディーゼルエンジンであれば燃焼温度低下による窒素酸化物(NOX)の低減が図られ、ガソリンエンジンであれば部分負荷領域におけるポンピングロス低減による燃費(燃料消費率)の向上が図られる。その他、エンジン始動直後の冷間時に排気ガス流路を切り替えて、各部の暖気に排気ガスの廃熱が利用されたりもする。
【0003】
このような排気ガス制御は、排気ガス流路に設けた制御弁が、排気ガス流路を切替、絞りまたは遮蔽等してなされる。制御弁のそのような動作は、制御弁と一体的に可動する可動軸を揺動、回動または往復動させることで行われる。その可動軸は、排気ガス制御装置の筐体(ケース)等に配設された軸受で支承され、アクチュエータによって駆動される。このような排気ガス制御装置の詳細は、例えば下記の特許文献1〜3に記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2008−522020号公報
【特許文献2】特開2006−291355号公報
【特許文献3】特開2007−308753号公報
【特許文献4】特開2007−308753号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、大気中へ排出される前の排気ガスは相当の高温である。それに曝される排気ガス制御装置の構成部材も相応の高温になる。このような厳しい高温環境下でも、排気ガス制御装置が安定的に作動するためには、可動軸および軸受が高温摺動性に優れることが必要である。特に、排気ガス制御装置の小型軽量化や低コスト化等の要請から、無潤滑の高温環境下でも、可動軸と軸受との間に高い摺動性が求められる。
【0006】
そこで従来の可動軸および軸受には、例えば、高温耐酸化性に優れるステンレス製の基材に窒化処理したものが用いられていた。しかし、このような可動軸と軸受では、両者間の摩擦係数が比較的大きかった。長期にわたる安定動作を確保するためには、可動軸を駆動するアクチュエータの出力を大きくする必要が生じ、排気ガス制御装置の小型化や消費電力の省力化などの妨げになっていた。
【0007】
その摩擦係数の低減を図るために、摺動部に非晶質炭素膜(ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜)を設けることが考えられる。しかし従来のDLC膜は、主成分であるCが高温域で酸化されて早期に摩耗消失したり非晶質構造からグラファイト的構造へ変化して摩耗消失する課題があった。このため、高温環境下での利用は困難と考えられていた。
【0008】
もっとも最近、耐熱性を備えるSi含有非晶質炭素膜(DLC−Si膜)が提案されており、それに関する記載が特許文献4にある。特許文献4に記載のDLC−Si膜は、界面側のSi濃度を約30原子%程度、膜表面側のSi濃度を20原子%程度とし、表面側よりも界面側でSi濃度を高くしている。このDLC−Si膜は、500℃および600℃の環境下に3時間曝してもクラックが発生しない。しかし特許文献4には、それ以上の記載がなく、高温域における実用的な摩擦摺動特性や耐久性に関しては何ら検討されていない。
【0009】
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、円滑な作動を確保しつつ小型化または省力化を図れる排気ガス制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者はこの課題を解決すべく鋭意研究し試行錯誤を重ねた結果、排気ガス制御装置の制御弁に連動して作動する可動軸とその可動軸を支承する軸受との摺動部に、Si濃度が膜表面側で高く界面側で低いSi含有非晶質炭素膜(以下「DLC−Si膜」という。)を介在させると、その摺動部における摩擦係数が大幅に低減した。またそのDLC−Si膜は耐久性または耐摩耗性にも優れることがわかった。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0011】
《排気ガス制御装置》
(1)本発明の排気ガス制御装置は、燃焼機関の排気ガスの経路に配設され該排気ガスの流れを制御する制御弁と、該制御弁と一体的に可動する可動軸と、該可動軸を摺動させつつ支承し該可動軸の摺動面に摺接する摺受面を有する軸受と、を備える排気ガス制御装置であって、
前記摺動面または前記摺受面の少なくとも一方は、ケイ素(Si)、水素(H)および残部である炭素(C)からなる非晶質炭素膜を有し、該非晶質炭素膜は、付着する界面に臨む臨界部と該臨界部に連なり表面側へ延びる表面部とからなり、該表面部は、Si濃度が8〜30原子%である部分を有し、該臨界部は、該表面部よりもSi濃度が低いことを特徴とする。
【0012】
(2)本発明の排気ガス制御装置によれば、可動軸と軸受との摺接部に、高温域でも優れた摩擦摺動特性を発現するSi含有非晶質炭素膜(DLC−Si膜)が存在する。このため、可動軸と軸受が従来用いられていたステンレス鋼の窒化処理品同士である場合やCrN被膜品と窒化品との組合せである場合と比較して、その摺動部における摩擦係数が高温域でも安定的に低下し、可動軸の摺動に伴う摩擦力が低下して、制御弁の作動に必要する駆動力が低減され得る。この省力化により、排気ガス制御装置の小型軽量化や駆動エネルギーの節減が可能となる。つまり本発明によれば、小型化または省力化を図りつつ、高温環境下でも円滑な作動を確保できる排気ガス制御装置が得られる。
【0013】
ところで本発明に係るDLC−Si膜が、高温環境下でも十分な摩擦摺動特性、耐酸化性、耐摩耗性等を発現する理由やメカニズムは定かではない。現状では次のように考えられる。本発明に係るDLC−Si膜は、先ず、相手材と接触する表面部(膜表面側)でSi濃度が相対的に高い。これにより少なくとも表面部におけるDLC−Si膜の構造が高温域でも安定している。また、臨界部ではDLC−Si膜のSi濃度が相対的に低い。これによりDLC−Si膜は、可動軸または軸受の基材界面近傍で、硬さが抑制されて高靱性になっている。このため、使用中に作用する種々の応力や衝撃等は、Si濃度が相対的に低い臨界部で巧く吸収または逃され、DLC−Si膜は基材に安定的に密着した状態となる。このような表面部と臨界部とが相乗的に作用することで、本発明に係るDLC−Si膜は高温環境下で使用される場合でも、優れた摩擦摺動特性を安定的または長期的に発現し得ると考えられる。
【0014】
《その他》
本明細書では、DLC−Si膜の高温域における摩擦摺動特性、耐酸化性、耐摩耗性、耐久性、耐割れ性または耐剥離等をまとめて適宜「耐熱性」という。
特に断らない限り、本明細書でいう「x〜y」は、下限値xおよび上限値yを含む。また、本明細書に記載した種々の下限値または上限値は、任意に組合わされて「a〜b」のような範囲を構成し得る。さらに、本明細書に記載した範囲内に含まれる任意の数値を、数値範囲を設定するための上限値または下限値とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】直流プラズマCVD成膜装置の概略図である。
【図2】ボール・オン・ディスク試験装置の概略図である。
【図3】ボール・オン・ディスク試験で用いたディスクの摩耗深さ(同図(a))とボールの摩耗痕径(同図(b))とを示す説明図である。
【図4】本発明に係るDLC−Si膜のEPMA分析結果例である。
【図5】排気ガス制御装置の一例を示す断面図である
【図6A】摺動試験装置の概要を示す模式図である。
【図6B】その摺動試験における作動パターンを示す説明図である。
【図7】種々の表面被膜を施したシャフトと軸受との間の摩擦係数を示す棒グラフである。
【図8】耐久試験による摩擦係数(常温域)への影響を示すグラフである。
【図9】耐久試験による摩擦係数(500℃)への影響を示すグラフである。
【図10】本発明に係る表面部と臨界部に関する説明図である。
【符号の説明】
【0016】
1 直流プラズマCVD成膜装置
2 ボール・オン・ディスク試験装置
3 排気圧力制御装置
4 摺動試験装置
24 スロットルバルブ(制御弁)
S、27 シャフト(可動軸)
B1、B2、34、39 軸受
S1a、S2a 摺動面
B1a、B2a 摺受面
【発明を実施するための形態】
【0017】
発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。なお上述した本発明の構成に、本明細書中から任意に選択した一つまたは二つ以上の構成を付加し得る。この際、製造方法に関する構成は、プロダクトバイプロセスとして理解すれば物に関する構成ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0018】
《排気ガス制御装置》
排気ガス制御装置は、上述した制御弁、可動軸および軸受を備えるものである限り、構造や用途などは問わない。本発明の排気ガス制御装置の用途として、例えば、再生DPF用の排気圧力制御装置やEGR用排気流路(クーラバイパス流路)切替装置などがある。
【0019】
排気ガス制御装置に用いられる制御弁は、バタフライ式でもポペット式でもよい。制御弁は、排気ガス流路の切替や開閉を行うものでも、絞りにより流量調整を行うものでもよい。制御弁と共に動く可動軸は、回動し得る軸(シャフト)でも往復動し得る軸(ステム)でもよい。制御弁がバタフライ式の場合、可動軸は軸受に支承されて揺動または回動する。制御弁がポペット式の場合、可動軸は軸受により支承されて往復動する。軸受による可動軸の支承は一箇所で行われても複数箇所で行われてもよい。軸受は、薄肉円筒状のブッシュなどでも筐体に直接設けられた円筒内周面等でもよい。
【0020】
DLC−Si膜は、可動軸の摺動面または軸受の摺受面の一方にあっても、両方にあってもよい。いずれか一方がDLC−Si膜である場合、他方はDLC−Si膜以外の表面被膜または表面処理層が形成されていると好ましい。このようなものとして、窒化クロム膜、窒化層などがある。本発明者の研究によると、DLC−Si膜と窒化クロム膜とを組み合わせた場合、特に可動軸の摺動面に窒化クロム膜を設け軸受の摺受面にDLC−Si膜を設けた場合、可動軸と軸受との間の摩擦係数を著しく低減することができる。なお、可動軸と軸受の基材は材質を問わず、同一でも異なっていてもよい。
【0021】
《非晶質炭素膜》
(1)臨界部と表面部
本発明に係る非晶質炭素膜(DLC−Si膜)のSi濃度(Si組成)は、臨界部で低く、表面部で高くなっている。Si濃度は、DLC−Si膜が付着する基材界面(以下「付着界面」という。)から、DLC−Si膜の膜表面付近にかけて緩やかな変化してもよい。Si濃度の変化は臨界部でほぼ収束し、表面部では均一な方が、DLC−Si膜の摩擦摺動特性と耐久性の両立を図る上で好ましい。
【0022】
もっともSi濃度が臨界部で過度に急激な変化をすると、高温環境下でDLC−Si膜が応力集中などによって割れたり剥離したりし得る。そこでSi濃度は、臨界部で連続的に滑らかに変化すると好ましい。具体的にはSi濃度が付着界面から表面部側にかけて漸増する傾斜部を臨界部が有すると好ましい。
【0023】
臨界部と表面部のそれぞれの膜厚は、DLC−Si膜の特性や用途に応じて異なる。もっとも、主要特性を担うのは表面部であるから、臨界部の厚さ(t)を小さく、表面部の厚さ(t)を厚くすると良い。例えば、臨界部の厚さ(t)は、DLC−Si膜全体の厚さ(t=t+t:表面部の厚さt )に対して50%、25%以下さらには20%以下にしてもよい。もっとも、DLC−Si膜と基材との密着性を確保したり、臨界部におけるSi濃度の急激な変化を避けるために、臨界部の厚さは全体の5%以上さらには10%以上であると好ましい。
ちなみに本明細書では、表面部および臨界部を次のように定義する。その説明図を図10に示した。
(i)先ずDLC−Si膜の全体厚さ(t=t+t)を光学顕微鏡等で確定する。
(ii)次に、そのDLC−Si膜をEPMA分析して得られたSi濃度分布を示す曲線(以下「Si濃度曲線」という。/図4参照)に基づいて、DLC−Si膜の最表面から起算してDLC−Si膜の全体厚さの10〜30%に相当する領域におけるSi濃度を、積分した平均値(平均濃度)を「表面部のSi濃度」と定義する。
(iii)Si濃度曲線中のSi濃度がその平均濃度の1/2となる点Eを求める。この点Eを表面部と臨界部との境界点とする。この境界点を通り、Si濃度曲線の横軸に垂直な線が表面部と臨界部との境界線となる。被覆部材として観れば、その境界点を通る基材表面に平行な面が両者の境界面となる。
(iv)以上を踏まえて本明細書では、その境界線(境界面)からDLC−Si膜の最表面までの領域を「表面部」と、その境界線(境界面)から基材の最表面までの領域を「臨界部」と定義する。
(v)なお本明細書で規定する「臨界部のSi濃度」の上限値は、Si濃度曲線上の境界点におけるSi濃度(平均濃度の1/2のSi濃度)とする。その下限値は、Si濃度曲線上で、基材の最表面から0.5μmだけ境界点側へ移動した点HにおけるSi濃度とする。
【0024】
(2)膜組成(濃度)
Siは、高温環境下におけるDLC−Si膜の耐酸化性、耐久性、硬さ、耐摩耗性などの有効な元素である。Si濃度が過小ではこれらの効果が十分に得られず、Si濃度が過大になると、DLC−Si膜の硬さは向上するが脆化し耐久性が低下し得る。また、Si濃度が過大になると、DLC−Si膜のヤング率も過大となり、DLC−Si膜に作用する応力も過大となって割れなども生じ易くなる。ちなみにDLC−Si膜のヤング率は、Si濃度が30原子%のとき190GPa、Si濃度が10原子%のとき100GPaとなり、Si濃度の増加と共にヤング率も増加する。
【0025】
そこで上記の特性に大きく影響する表面部は、例えば、Si濃度が8〜30原子%、12〜25原子%さらには16〜23原子%である部分を有すると好ましい。またDLC−Si膜と基材との密着性に影響する臨界部は、Si濃度が表面部よりも小さい方が、靱性が高くなり、ヤング率が低く柔軟性に富み、密着性が向上して好ましい。もっとも、臨界部のSi濃度が過小になると、高温域での密着安定性が低下する。そこで臨界部のSi濃度は1原子%以上さらには2原子%以上であると好ましい。
【0026】
なお、表面部や臨界部の大部分が上記のようなSi濃度であるほど好ましいが、表面部の最表面近傍、表面部と臨界部との境界近傍さらには臨界部と基材との付着界面近傍では、Si濃度が前記範囲から逸脱することはある。少なくとも表面部に関していえば、全体的に観て安定域の組成を表面部の組成(濃度)と考え、そのような安定域がない場合は表面部全体の平均的な組成をもって、表面部の組成(濃度)とする。このことは後述するH濃度やC濃度についても同様である。
【0027】
Hは、DLC−Si膜の硬さ、靱性、ヤング率などに影響し、ひいてはDLC−Si膜の耐摩耗性、密着性、割れ、耐久性などに影響する元素である。H濃度が過小ではDLC−Si膜の靱性の低下やヤング率の増大を招き、密着性の低下や割れの発生につながる。H濃度が過大ではDLC−Si膜の硬さが低下し、耐摩耗性や耐久性の低下を生じ得る。表面部のSi濃度およびH濃度を好適な範囲にすることで、高温環境下における摩擦係数や相手材への攻撃性の低減を図ることができる。臨界部に関していえば、H濃度を適度に調整することで、DLC−Si膜の割れや剥離を抑制できる。高温耐久性を向上させるために表面部を厚くした場合でも、H濃度を調整することで、DLC−Si膜へ作用する高温負荷時や冷熱サイクル時の内部応力が低減され、DLC−Si膜の密着性や耐剥離性が確保され得る。
【0028】
例えば、表面部は、H濃度が20〜40原子%、24〜36原子%さらには27〜33原子%である部分を有すると好適である。また臨界部は、H濃度が表面部よりも大きい方が好ましいが、その上限は40原子%さらには36原子%であると好適である。
さらに臨界部のSi濃度は1〜15原子%さらには2〜15原子%の範囲内にあり、H濃度は20〜40原子%さらには24〜36原子%の範囲内にあると好適である。これにより、DLC−Si膜の密着性や耐剥離性などが確保され易い。
【0029】
(3)膜厚と硬さ
DLC−Si膜の全膜厚は問わないが、高温環境下で使用される場合でも安定して低摩擦係数が維持されるために、3〜50μmさらには5〜30μm程度であると好ましい。膜厚が過小では耐久性が低下し摩擦係数の長期低減を図れず、過大では割れや剥離を生じ易くなる。
DLC−Si膜の硬さも問わないが、耐摩耗性を確保して摩擦係数の長期低減を図るために、表面部のビッカース硬さはHv800〜3000、特に400℃でHv600以上、500℃でHv500以上あると好ましい。
【0030】
《中間層》
DLC−Si膜により被覆される可動軸または軸受の基材表面には、DLC−Si膜の成膜前に別の表層(中間層)が形成されていてもよい。このような中間層として、例えば、窒化層、浸炭層、浸炭窒化層、窒化クロム層、硬質クロム層などのメッキ層等がある。このような中間層を設けることで、DLC−Si膜の基材への密着性の向上や基材自体の高温強度や高温耐食性の向上等を図れる。
【0031】
また基材の表面に微細な凹凸が形成されていると、アンカー効果が生じてDLC−Si膜の密着性が高まる。このような基材の表面性状は、例えば、ガス窒化、塩浴窒化またはイオン窒化等の窒化処理、グロー放電またはイオンビーム等のイオン衝撃、研磨処理等などにより得られる。
【0032】
《DLC−Si膜の成膜方法》
(1)本発明に係るDLC−Si膜の成膜方法は問わないが、例えば、化学蒸着法(CVD)や物理蒸着法(PVD)などを用いることができる。具体的には、プラズマ化学蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタリング法等により成膜できる。中でも、基材の形状にかかわらず比較的安価に成膜できるプラズマ化学蒸着法(以下「プラズマCVD法」という。)が好ましい。
【0033】
プラズマCVD法により成膜するには、先ず、基材を載置した処理炉内を排気して真空状態とする(排気工程)。この処理炉内へ原料ガス(反応ガス)を導入する(ガス導入工程)。その処理炉内で放電させ、原料ガスのプラズマを生成する(プラズマ生成工程)。このプラズマイオン化されたガスを基材の表面に付着させることで、非晶質炭素膜が成膜される(成膜工程)。ちなみにプラズマCVD法にも、直流プラズマCVD法、パルスプラズマCVD法、高周波プラズマCVD法、マイクロ波プラズマCVDさらにはそれらを組み合わせた複合プラズマCVD法などがある。成膜性の点で直流プラズマCVD法が好ましい。
【0034】
(2)成膜に用いる原料ガス(反応ガス)には、炭化水素ガスとケイ素化合物ガスとの混合ガスを用いるとよい。炭化水素ガスには、例えば、メタン、アセチレン、ベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン、シクロヘキサン等がある。ケイ素化合物ガスには、例えば、Si(CH[TMS]、SiH、SiCl、SiH等がある。また、原料ガスの濃度や流量調整に、水素ガス(H)、アルゴンガス(Ar)等のキャリアガスを用いるとよい。
【0035】
(3)ところでDLC−Si膜中のSi濃度を臨界部と表面部とで変化させたり、傾斜部を形成するには、例えば原料ガスを用いる場合なら、次のような方法が考えられる。すなわち、成膜工程中に導入する原料ガス中のSi濃度を、成膜初期には小さく、その後大きくなるように、直接的または間接的に変化させる。例えば、導入する原料ガス(特にケイ素化合物ガス)の濃度を経時的に変化させてもよいし、成膜工程中に成膜温度を経時的に変化させてもよい。ちなみにメタン等の炭化水素ガスとTMS等のケイ素化合物ガスを用いて成膜温度を変化させる場合なら、成膜初期に成膜温度を高くすると、炭化水素ガスの反応性が増してケイ素化合物ガスの反応が抑制され、Si濃度の低いDLC−Si膜(臨界部または傾斜部)が成膜され得る。その後、成膜温度を低くすれば、相対的にケイ素化合物ガスの反応が促進され、Si濃度の高いDLC−Si膜(表面部)が成膜され得る。
【0036】
この成膜温度の調整は、例えば、グロー放電による基材の加熱を調整することで行える。さらに、プラズマ電源の印加電力を調整して、成膜中の基材の温度を漸増させ、Si濃度を傾斜させることも可能である。成膜温度は、通常、450〜580℃程度である。この範囲内で5〜30℃の温度差を生じさせ、Si濃度を変化させてもよい。H濃度等についても同様のことがいえる。
【実施例】
【0037】
実施例を用いて、本発明の内容を具体的に説明する。先ず、本発明に係るDLC−Si膜の具体例について詳述する。次に、そのDLC−Si膜を用いた排気ガス制御装置の具体例について詳述する。
《DLC−Si膜》
[供試材の製造]
基材表面が非晶質炭素膜で被膜された供試材を以下のように製造した。
(1)直流プラズマCVD成膜装置
図1に示す直流プラズマCVDを行う成膜装置1を用いて、基材15に非晶質炭素膜を成膜した。成膜装置1は、円筒形の炉室をもつステンレス鋼製のチャンバー10と、このチャンバー10内に配置された載置台11と、チャンバー10の上方内に連通するガス導入管12と、チャンバー10の下方内に連通する排気管13とを備えてなる。
ガス導入管12には、マスフローコントローラ(MFC:図略)が設けてある。このMFCの上流側には、種々の原料ガスが個別に封入された複数のガスボンベ(図略)が接続されている。MFCにより、チャンバー10内へ導入するガスの種類、配合、流量等を制御できる。これにより、非晶質炭素膜の組成等が調整可能となる。
【0038】
排気管13には、排気されるガス流量を調整する排気調整バルブ(図略)が設けてある。その下流側にはチャンバー10内を真空排気する真空ポンプ(油回転ポンプ、メカニカルブースターポンプ、油拡散ポンプ等:図略)が接続されている。
チャンバー10の内壁が陽極板14を兼ねる。この陽極板14と陰極側となる載置台11との間に、プラズマ直流電源16が直流電圧を印加する。なお、プラズマ直流電源16の正極および陽極板14は接地されている。
【0039】
(2)成膜
基材15の表面への成膜は次のようにして行った。
先ず、チャンバー10内の載置台11上に基材15を載置した。この後、チャンバー10を密封し、排気管13から排気して、チャンバー10内の到達真空度を6.7×10−3Paにした(排気工程)。排気後のチャンバー10内へ、ガス導入管12から、水素ガスを15sccm(standard cc/min:以下単に「sccm」という。)の流量で導入し、チャンバー10内の圧力を約133Paとした。この後、陽極板14と載置台11との間に200Vの直流電圧を印加し、グロー放電を開始させた。こうして基材15の温度が500℃になるまでイオン衝撃による昇温を行った(予熱工程)。なお、基材15の表面温度は、チャンバー10の側面から炉外へ突出する透光窓(図略)を介して赤外線放射温度計(図略)により測定した(表面温度の測定は以下同様の方法で行った)。
【0040】
さらにガス導入管12からチャンバー10内へ、窒素ガス500sccmおよび水素ガス40sccmを導入した。このチャンバー10内の圧力を約800Paにして、温度530℃にした基材15へ、電圧400V(電流1.5A)を印加した。このプラズマ窒化処理を基材15の表面に2時間施した(窒化工程)。基材15の表面の断面を顕微鏡観察したところ、窒化深さ:約30μmの窒化層が形成されていた。
【0041】
プラズマ窒化処理後、チャンバー10に、ガス導入管12から水素ガスおよびアルゴンガス(キャリアガス)を30sccmずつ導入した。このチャンバー10内の圧力を約533Paにして、温度500℃にした基材15へ電圧300V(電流1.6A)を印加した。こうして基材15の表面にスパッタリングを1時間施した。こうして基材15の表面には微細な凹凸が形成された(粗面化工程)。
【0042】
上記のプラズマ窒化処理後、後述する原料ガス(反応ガス)、水素ガスおよびアルゴンガスをガス導入管12からチャンバー10へ導入した。この際、チャンバー10内の圧力を400〜600Pa、基材15の温度を530℃、基材15へ印可する電圧300〜550V(電流1.5〜2.1A)とした。この状態を1〜2時間継続して、基材15の表面に非晶質炭素膜を成膜した(成膜工程)。
【0043】
ところで、原料ガスには、TMS:テトラメチルシラン(Si(CH)、CH:メタン、C:アセチレン、C:ベンゼンを用いた。TMSがSi供給源となる。このTMSを供給する際には、成膜初期はTMSの供給量(導入ガス全体に対する濃度)を低く抑え、その後、TMSの供給量を漸増させていった。具体的には、基材15の界面近傍の臨界部を形成する際に導入したTMS量は、臨界部に続く表面部を形成する際に安定的に導入したTMS量の10〜20体積%とした。その後、TMS量を連続的または段階的に漸増させて、所望する厚さの臨界部が形成され得る時間後に、TMS量を安定にして表面部を形成した。なお表4に示した試験No.SC1aで用いた供試材は、TMS量を漸増させず導入当初から一定量をチャンバー10に供給して製造したものである。この点を除けば、表1に示した試験No.1aで用いた供試材と成膜方法は共通する。
【0044】
こうして表1〜5に示す各種の試験に供する供試材を得た。なお、比較のために、ここでいう成膜を基材表面に行わない供試材も用意した。
【0045】
(3)基材
上記の成膜を行う基材として、次の3種類を用意した。基材a:ステンレス(JIS SUS304C)からなるディスク(φ30x厚さ3:mm)、基材b:ステンレス製(JIS SUS440C)からなるボール(φ6:mm)、基材c:高速度鋼(JIS SKH51)からなる板片(13x13x5:mm)である。表1〜3の試験No.に付した添字は基材の種類を意味する。
【0046】
なお、成膜前の基材表面には特に断らない限り、前述したイオン窒化処理による窒化層が形成されている。この窒化層が、基材と非晶質炭素膜との界面に介在する中間層となる。
【0047】
[膜組成]
各供試材の非晶質炭素膜中のC濃度、Si濃度おおびH濃度は次のように求めた。先ず、電子プローブ微小部分析法(EPMA)を用いた測定により、膜中に存在するCとSiの量比(原子比)を求める。次に、あらかじめ燃焼法で求めた膜中のH量と弾性反跳粒子検出法(ERDA)法で求めた電子線強度との関係から膜中に存在するHの原子割合(原子%)を求める。これらの結果に基づき、膜全体を100原子%として、膜中のC、SiおよびHの原子%を特定した。ちなみに、ERDAは、2MeVのヘリウムイオンビームを膜表面に照射して、膜からはじき出される水素イオンを半導体検出器により検出し、膜中の水素濃度を測定する方法である。
【0048】
なお表1〜3に示した膜組成は、非晶質炭素膜の表面側で組成が比較的安定している領域の組成である。つまり本発明でいうなら、DLC−Si膜の臨界部ではなく表面部の中央付近に相当する安定領域の膜組成である。測定領域の具体的な特定方法は前述した通りである。参考例として、試験No.2aに用いた供試材に関するEPMAによる組成分析結果を図4に示した。図4中の横軸は膜厚方向の距離(厚さ)を示し、縦軸はX線強度比を示す。
【0049】
[試験]
(1)耐酸化性(表1:試験No.1a〜C2a)
上記の基材aに非晶質炭素膜を設けた供試材の耐酸化性を調べた。具体的には、表1に示した各供試材を電気炉に入れ、350〜550℃x1時間の大気中に曝して酸化させた。この加熱前後の各供試材の重量(質量)変化を調べた。この結果を表1に示した。
【0050】
(2)高温硬さ(表2:試験No.1c〜C1c)
上記の基材cに非晶質炭素膜を設けた供試材の高温硬さを調べた。具体的には表2に示した各供試材について、400℃および500℃の真空中における表面硬さを、ビッカース硬さ計を用いて荷重25gで測定した。この結果を表2に示した。これら各供試材の非晶質炭素膜の厚さは約12μmであった。
【0051】
(3)摩擦摺動特性(表3:試験No.2abおよびC3ab)
図2に示すボール・オン・ディスクタイプの試験装置(CSM INSTRUMENTS社製 高温摩擦試験機)2を用いて、各供試材の摩擦摺動特性を調べた。ボール・オン・ディスク試験装置2は、基材aからなるディスク20を回転させる回転装置(図略)と、基材bからなるボール21(相手材)のディスク20上への押付け荷重を付与する荷重装置(図略)を備える。この装置を用いて、ボール21の荷重1N、摺動速度0.2m/s、摺動距離600mの条件下で摩擦摩耗試験を行った。この試験の際、ディスク20を300〜480℃に加熱した。
【0052】
この摩擦摩耗試験により、摺動性の指標となる摩擦係数、耐摩耗性の指標となるディスク摩耗深さおよび焼き付き状況、相手攻撃性の指標となるボール摩耗痕径を測定または観察した。
【0053】
ディスク摩耗深およびボール摩耗痕径は、それぞれ図3(a)および図3(b)にそれぞれ示すように定義した。ちなみに、ディスク20とボール21の摺動距離およびディスク20の回転速度が一定でも、両者の接する位置(回転半径r)によって、ディスク20とボール21の接触回数が変化し、結果的にディスク摩耗深さは変化し得る。そこでディスク摩耗深さは、1回転当りの摩耗深さ(μm/回)で評価した。
【0054】
摩擦摩耗試験により得られた結果を表3に示した。表3に示した各試験はディスク20およびボール21に同じ表面処理(成膜)を施した場合である。このとき成膜した供試材の非晶質炭素膜の厚さは約10μmであった。
【0055】
(4)スクラッチ試験(表4:試験No.S1aおよびNo.SCa)
スクラッチ試機(CSM INSTRUMENTS社製 AEセンサー付き自動スクラッチ試験機 REVETEST RST)を用いて、DLC−Si膜の密着性を調べた。DLC−Si膜の成膜直後の供試材と、DLCその成膜後に冷熱サイクルを与えた供試材についてそれぞれ、密着力を測定した。その結果を表4に示した。冷熱サイクルは、「成膜後の供試材を大気雰囲気の加熱炉内に入れて500℃で5分間保持した後、3℃冷却水に2分間浸漬し、その後500℃の前記炉内に戻す」という操作を50回繰り返しておこなった。
【0056】
[評価]
(1)耐酸化性
表1に示す結果から解るように、DLC−Si膜で表面が被覆された供試材(No.1a、No.2a)は、高温加熱の前後で重量変化がほとんどなかった。つまり350〜550℃という高温の大気中にあっても、非常に安定した耐酸化性を示すことが明らかとなった。
一方、Siを含有しないDLC膜で被覆された供試材(No.C1a)では、高温加熱すると供試材の重量が大きく変化した。特に、500℃で加熱すると酸化が激しくDLC膜が消失した。
【0057】
少ないながらもSiを含有するDLC−Si膜で被覆された供試材(No.C2a)では、Siを含有しない場合よりも加熱前後の重量変化はかなり小さい。もっとも、Siを十分に含有したDLC−Si膜で被覆されている供試材と比較すると、加熱前後の重量変化が大きく、耐熱温度は550℃には至らなかった。
この試験から、耐酸化性ひいては耐熱性の確保には、Siを含有したDLC−Si膜であることが必要であることがわかった。特に500℃以上の高温域でも耐え得るには、Siを少なくとも6原子%以上含有していることが必要であった。
【0058】
(2)高温硬さ
表2に示す結果から解るように、DLC−Si膜で表面が被覆された供試材(No.1c、No.2c)は、500℃という高温加熱下でも、非常に大きな硬さを保持していた。一方、Siを含有しないDLC膜で被覆された供試材(No.C1c)は、高温加熱すると、400℃で硬さが急減し、500℃では測定すらできない状況であった。
【0059】
これらの試験から高温硬さひいては高温耐摩耗性等を確保するには、やはり非晶質炭素膜がDLC−Si膜であることが必要であることがわかった。特に500℃以上の高温域でも十分な硬さを維持するためには、Siを少なくとも14原子%以上含有していると好ましいことがわかる。
ちなみに、基材c自体の硬さは、加熱前にHv1100、500℃でHv650となる。本発明に係るDLC−Si膜を設けると、基材自体よりも硬質になることがわかる。特に表面部のSi濃度が22%程度になると、500℃でも基材の常温硬さに相当する硬さをほぼ維持することもわかった。
【0060】
(3)高温摩擦摺動特性
表3に示す結果から解るように、適量のSiを含むDLC−Si膜で表面被覆された供試材同士を摺接させた場合(No.2ab)、摩擦係数は300〜480℃の高温域であまり変化せず、いずれも0.25以下で安定していた。一方、DLC−Si膜で被覆されない供試材を用いた場合(No.C3ab)、摩擦係数が0.63〜0.43と相当に高く、不安定であった。
【0061】
ボール摩耗痕径およびディスク摩耗深さに関しても、同様の傾向がいえる。つまりSi濃度が適切なDLC−Si膜で被覆された供試材を用いた場合、ボール摩耗痕径およびディスク摩耗深さが、比較的小さい値で安定していた。一方、DLC−Si膜がない場合、ボール摩耗痕径およびディスク摩耗深さが共に大きくなり、特に温度が400℃から480℃に上昇すると急増する傾向を示した。
【0062】
さらにディスク摩耗深さを観ると解るように、Si濃度の適切なDLC−Si膜で被覆された供試材では、高温摺動させたときでも、相手材(ボール21)の凝着を生じず、相手攻撃性が低いことが確認された。またこのときのディスク摩耗深さは、摺動距離が増加してもほぼ一定で、摩耗の進展は見られなかった。従ってSi濃度の適切なDLC−Si膜で被覆された供試材は、それ自身の摩耗も小さいことが確認された。一方、DLC−Si膜がない場合、表面に相手材の凝着が観られ、特に480℃では大きな凝着が観られた。この凝着は焼き付きによるものと考えられる。
【0063】
(4)臨界部(傾斜部)の影響
DLC−Si膜の高温摩擦摺動特性には、その表面部が大きく寄与し得る。ただ実用性を考慮すると、摩擦摺動特性のみならず、DLC−Si膜が剥離等せず基材表面に長期にわたって付着していることも重要である。つまり、DLC−Si膜には、常温域は勿論のこと高温域においても高い密着性が求められる。
【0064】
図4に示すように、本発明に係るDLC−Si膜は、基材と接する境界付近からSi濃度が徐々に増加している。このSi濃度の漸増または濃度傾斜が、常温域のみならず高温域におけるDLC−Si膜の密着性、さらにはDLC−Si膜の高温耐久性を高めていると考えられる。
【0065】
このことは表4に示すスクラッチ試験結果から明らかである。すなわち、成膜初期にTMSガス量を調整せずに成膜した供試材を用いた場合(試験No.SCa)、DLC−Si膜の成膜直後の密着力自体が低く、厳しい冷熱サイクルの経過後の密着力は初期の密着力の半分以下となった。従って、従来の方法で成膜したDLC−Si膜は、常温域で使用し得るとしても、高温耐久性に乏しいことが明らかとなった。これに対して表面部よりも臨界部のSi濃度が低くなるようにした供試材を用いた場合(試験No.S1a)、DLC−Si膜の成膜直後の密着力自体が高く、厳しい冷熱サイクルの経過後でも、その密着力はあまり低下しなかった。よって、本発明に係るDLC−Si膜は、成膜直後から高い密着力を有し、高温環境下で使用される場合でもその高い密着力を安定的に維持して、常温域は勿論高温域で使用される場合でも、優れた耐久性を発現することが明らかとなった。
【0066】
このように本発明に係るDLC−Si膜は、相対的にSi濃度の大きな表面部とSi濃度の小さい臨界部とが相乗的に作用して、高温環境下で使用される場合でも、低い摩擦係数が長期にわたって安定的に発現される。このDLC−Si膜は、高温環境下で摺接する排気ガス制御装置の可動軸または軸受に好適であると考えられる。そこで、具体的な排気ガス制御装置に、そのDLC−Si膜を適用した場合について以降で検討する。
【0067】
《排気ガス制御装置》
本発明の排気ガス制御装置に係る一例として、図5に示すようなディーゼルエンジン用の再生DPF装置(図略)の下流に配設される排気圧力制御装置3がある。再生DPF装置は、ディーゼルエンジンの排気ガス中に含まれるパティキュレート(PM)や黒鉛を捕集するセラミック製フィルタ(DPF)と酸化触媒とからなる。この再生DPF装置を排気ガスが通過することで、排気ガスは浄化されて外部へ排出可能となる。
【0068】
この排気圧力制御装置3に用いられるシャフト27(可動軸)の摺動面(端部外周面)またはそれを支承する軸受34、39の摺受面(内周面)に上述したDLC−Si膜を成膜する。そうすると、両者間の摩擦係数が高温環境下でも低減され、ひいてはシャフト27の駆動力が低減されて、排気圧力制御装置3の小型軽量化や駆動エネルギーの省力化が図られる。そこで先ず、排気圧力制御装置3の概要を説明し、その後、上記の摺動面または摺受面にDLC−Si膜を成膜したときの具体的な効果について説明する。
【0069】
[排気圧力制御装置]
(1)排気圧力制御装置3は、ボア21とバイパス通路22を含むケーシング23(筐体)と、ボア21を開閉するバタフライ式のスロットルバルブ24(制御弁)と、バイパス通路22を開閉するバイパスバルブ25とを備える。
【0070】
ボア21の上流側(図面左側)は再生DPF装置(図略)へ接続され、ボア21の下流側(図面右側)はマフラ(図略)に接続される。シャフト27(可動軸)に固定されたスロットルバルブ24が回動することにより、ボア21は全開状態又は全閉状態が選択的に切り替えられる。バイパス通路22は、ボア21に隣接して設けられ、仕切壁26で区画される。バイパスバルブ25は、フラッパ弁であり、アーム28の先端にボルト29で固定される。アーム28は、支軸30を中心に回動可能に設けられ、排気ガスの圧力が所定値を超えたとき、バイパスバルブ25を持ち上げてバイパス通路22を開く。
【0071】
シャフト27は、ボア21を貫通し、一対をなす第1支持部32及び第2支持部33にて回転可能に支持される。シャフト27の一端部(第1端部)27aは、ケーシング23から外部へ突出し、その途中で軸受34により回転可能に支持される。軸受34に隣接して配設されたシールリング35が排気ガスの洩れを抑える。第1支持部32から突出した第1端部27aは、レバー38を介して、アクチュエータ36のロッド37に連結される。アクチュエータ36は負圧により作動するダイアフラム式である。アクチュエータ36に負圧が印加されると、ロッド37が伸張し、レバー38を介してシャフト27が回動してスロットルバルブ24が閉じられる。アクチュエータ36へ印加される負圧は、バキューム・スイッチング・バルブ(VSV:図略)により切替えられ、VSVは電子制御装置(ECU:図略)により制御される。シャフト27の他端部(第2端部)27bは、第2支持部33の開口に配設された軸受39により回転可能に支持される。なお、軸受34および軸受39はいずれも薄肉円筒状のブッシュである。
【0072】
(2)排気圧力制御装置3は、ECUからの指令に基づきVSVを介してスロットルバルブ24を回動させ、ボア21の開閉を行う。これにより、ディーゼルエンジンの排気ガス圧力(排圧)が制御され、再生DPF装置によるPM等の捕集と再生が繰り返しなされる。この過程を具体的にいうと、再生DPF装置中にあるDPFがPM等を捕集して圧力損失(再生DPF装置の上流側と下流側との間の排気ガス圧力差)が大きくなると、ECUはスロットルバルブ24を閉じる。これにより排圧が上昇し、ディーゼルエンジンへ供給される燃料が増量され、再生DPF装置へ未燃成分を含んだ排気ガスが流入する。その未燃成分は酸化触媒によって燃焼し、DPF内の温度を上昇させる。この結果、既に捕集していた黒鉛やPMが燃焼し、DPFが再生される。このDPFの再生が完了すると、ECUはスロットルバルブ24を開き、ディーゼルエンジンの運転を通常状態に戻す。
【0073】
(3)スロットルバルブ24には大きな排圧が作用するので、それを支持するシャフト27の摺動面と軸受34、39の摺受面との間には大きな力が作用する。しかも、スロットルバルブ24およびシャフト27は高温の排気ガスに曝されるので、その摺動部も高温になる。このような高温環境下でスロットルバルブ24を円滑に安定して作動させるには、摺動部における高温摩擦摺動性が重要となる。
【0074】
[摺動試験装置]
本発明に係るDLC−Si膜がその摺動部に介在していると、長期にわたり、高温時の摩擦係数を安定的に低減できると考えられる。これを実証するため、上述したシャフト27および軸受34、39の関係を模擬的に再現できる摺動試験装置を考案した。この装置を用いて、DLC−Si膜およびそれ以外の表面被膜を摺動部に設けた場合についても評価した。
【0075】
(1)図6Aに示す摺動試験装置4は、ベース40と、ベース40上に所定距離隔てて一直線上に配設した一対の軸受ホルダ41、42と、シャフトSにボールベアリング46を介して取り付けられるアーム47およびその下端に取り付けられた錘48と、軸受ホルダ42を貫いて延びるシャフトSの端部に連結された駆動源であるモータ45とを備える。
【0076】
軸受B1、B2は、軸受ホルダ41、42に設けた凹部に嵌挿される。さらに軸受B1、B2の外周囲にはヒータ41a、42aがそれぞれ配設される。軸受B1、B2の摺受面B1a、B2aはシャフトSの摺動面S1a、S2aにそれぞれ摺接する。これら摺動部を介して、シャフトSは軸受B1、B2により支承される。軸受B1と軸受B2の中央部では、錘48による鉛直方向下向きの荷重がアーム47を介してシャフトSへ印加される。
この摺動試験装置4を上述の排気圧力制御装置3と対比すると、支持部32、33は軸受ホルダ41、42に、シャフト27はシャフトSに、スロットルバルブ24へ作用する排圧よりシャフト27へ印可される荷重は錘48の荷重に、アクチュエータ36、ロッド37およびレバー38はモータ45に、それぞれ相当する。
【0077】
(2)摺動試験装置4による摩擦摺動試験は次の条件下で行った。すなわち、シャフトS:JIS SUS310S製/φ12mmx140mm、軸受B1、B2:JIS SUS430製/外径φ18mmx内径φ12mmx9.5mm、軸受B1と軸受B2との間隔(中央線間):80mm、錘48の荷重:25kg、シャフトSの作動角:70°とした。摺動試験装置4による耐久試験は、図6Bに示す作動パターンを1サイクルとして行った。すなわち耐久試験は、シャフトSを0°〜70°回転させる1.5秒間とシャフトSの回転を元に戻す0.5秒間とを一周期とする動作を繰り返して行った。
【0078】
[摩擦摺動試験]
(1)摺動試験装置4を用いて、種々の表面処理を行ったシャフトSおよび軸受B1、B2の摩擦摺動特性を測定した。シャフトSの摺動面S1a、S2aおよび軸受B1、B2の摺受面B1a、B2aに施した表面処理の組み合わせは表5にまとめて示した。表5中の「DLC−Si」は、試験No.1aに用いた供試材と同様の方法でDLC−Si膜を成膜したものである。表5中の「窒化」および「CrN」はそれぞれ、次のような表面処理を行ったものである。すなわち、「窒化」処理はタフトライド法により、「CrN」処理はイオンプレーティング法により行った。表5中に示した膜組成は、摺動面または摺受面の表面部の組成である。
【0079】
(2)この摩擦摺動試験により、それぞれのシャフトSおよび軸受B1、B2を用いたときの常温域の摩擦係数、高温域(500℃)の摩擦係数および耐久性(繰返し作動させたときの摩擦係数の変化)を測定した。その結果を表5にあわせて示した。なお、各摩擦係数は、摺動試験装置4のモータ45のシャフトにトルクレンチ(株式会社東日製作所製:DB1.5N4)を取付けて測定した。
表5に示した試験No.F1〜F5について、常温域および500℃で測定した摩擦係数を図7に棒グラフで示した。また試験No.F1およびF5について、耐久試験中の摩擦係数の変化を図8および図9に折れ線グラフで示した。図8はその摩擦係数を常温域で測定したものであり、図9は500℃で測定したものである。
【0080】
[評価]
(1)摩擦係数
表5および図7に示す結果から明らかなように、シャフトSの摺動面または軸受B1、B2の摺受面のいずれか一方に本発明に係るDLC−Si膜が存在する場合、DLC−Si膜が存在しない場合(試験No.F5)に比べて、摩擦係数が大幅に低減することがわかる。特に常温域の摩擦係数は1/3以下にまで低下した。またDLC−Si膜が存在する場合、常温域と500℃の高温域との摩擦係数差が小さかった。つまり、DLC−Si膜が存在すると、常温域から高温域まで摩擦係数が安定的に低減されることが明らかとなった。
【0081】
さらに摺接する両面にDLC−Si膜が存在するよりも、一方がDLC−Si膜で他方がCrN膜(窒化クロム膜)であると、摩擦係数が一層低減されることが明らかとなった。特に、シャフトS(可動軸)の摺動面にCrN膜、軸受B1、B2の摺受面にDLC−Si膜が存在すると、常温域および高温域の両方で、摩擦係数がより一層低減されることが明らかとなった。
【0082】
ちなみに、シャフトSおよび軸受B1、B2を500℃の大気中に250時間放置した後に同様の方法で測定した摩擦係数は、摺動部にDLC−Si膜が存在する場合、表5および図7に示す値とほぼ同様であった。従って本発明に係るDLC−Si膜は、高温環境下でもほとんど劣化せず、高温安定性または高温耐久性に優れることもわかった。
【0083】
(2)作動耐久性
表5、図8および図9に示す結果から明らかなように、シャフトSと軸受B1、B2の摺動部にDLC−Si膜が存在すると、500℃で繰り返し摺動させても、摩擦係数はあまり変化しない。特に、摺動面がDLC−Si膜で摺受面がCrN膜である場合、摩擦係数は摺動回数が増加しても、ほぼ一定値であった。この傾向は摩擦係数を常温域で測定しても高温域(500℃)で測定してもほぼ同様であった。これらのことから、その摺動部に用いたDLC−Si膜は耐摩耗性に優れ、使用温度が変化しても低い摩擦係数を長期的に維持することを示す。
【0084】
【表1】

【0085】
【表2】

【0086】
【表3】

【0087】
【表4】

【0088】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃焼機関の排気ガスの経路に配設され該排気ガスの流れを制御する制御弁と、
該制御弁と一体的に可動する可動軸と、
該可動軸を摺動させつつ支承し該可動軸の摺動面に摺接する摺受面を有する軸受と、
を備える排気ガス制御装置であって、
前記摺動面または前記摺受面の少なくとも一方は、ケイ素(Si)、水素(H)および残部である炭素(C)からなる非晶質炭素膜を有し、
該非晶質炭素膜は、付着する界面に臨む臨界部と該臨界部に連なり表面側へ延びる表面部とからなり、
該表面部は、Si濃度が8〜30原子%である部分を有し、
該臨界部は、該表面部よりもSi濃度が低いことを特徴とする排気ガス制御装置。
【請求項2】
前記表面部は、H濃度が20〜40原子%である部分を有する請求項1に記載の排気ガス制御装置。
【請求項3】
前記臨界部は、前記界面側から前記表面部側にかけてSi濃度が漸増する傾斜部を有する請求項1または2に記載の排気ガス制御装置。
【請求項4】
前記臨界部は、前記非晶質炭素膜全体に対して厚さが50%以下である請求項1または3に記載の排気ガス制御装置。
【請求項5】
前記摺受面と前記摺動面は、一方が前記非晶質炭素膜を有し、他方が窒化クロム膜を有する請求項1または4に記載の排気ガス制御装置。
【請求項6】
前記摺受面が前記非晶質炭素膜を有し、前記摺動面が窒化クロム膜を有する請求項1または5に記載の排気ガス制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6A】
image rotate

【図6B】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2011−202596(P2011−202596A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−70982(P2010−70982)
【出願日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000116574)愛三工業株式会社 (1,018)
【Fターム(参考)】