説明

揺動回転式カムリフタおよびオーバーヘッドバルブエンジン

【課題】潤滑作用の不足状態にあっても摩耗を抑制できる揺動回転式カムリフタと、その揺動回転式カムリフタを備えたOHVエンジンを提供する。
【解決手段】オーバーヘッドバルブエンジンのタイミングカムに摺接される揺動回転式カムリフタ1であって、該カムリフタ1は、タイミングカムとの摺接面に低摩擦材7が被膜形成されてなり、特に、該低摩擦材7が、ポリアミドイミド樹脂をマトリックス樹脂とし、ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼成粉末と、黒鉛粉末とを含む合成樹脂の塗膜である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、オーバーヘッドバルブ(OHV:Over Head Valve)エンジンにおいて、タイミングカムに摺接される揺動回転式のカムリフタに関する。また、このカムリフタを用いたOHVエンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
発電機、ポンプ、刈払機などの汎用エンジンには構造が単純で整備が容易であり、軽量、コンパクトなOHVエンジンが用いられている。特に、刈払機などの小型OHVエンジンでは、さらに軽量、コンパクト化が可能な揺動回転式カムリフタを備えたOHVエンジンが用いられている。
【0003】
上記のOHVエンジンは、燃焼室の上方に位置する吸・排気バルブと、クランクシャフトの近傍に位置し、クランクシャフトからの回転動力伝達によって回転するタイミングカムと、該タイミングカムに摺接される揺動回転式カムリフタと、該カムリフタと吸・排気バルブのそれぞれを連設するプッシュロッドとを備えている。この構成において、タイミングカムの回転により、これと摺接する揺動回転式カムリフタが揺動回転し、該カムリフタの揺動回転に伴う開閉動力がプッシュロッドを介して吸・排気バルブに伝達されて各バルブの開閉動作を行なう。
【0004】
従来、上記のような揺動回転式カムリフタを備えたOHVエンジンに関するものとして、カムリフタと単一のカムにより吸・排気バルブを作動でき、さらに構成部材の連接部のガタをなくしたエンジンの動弁装置(特許文献1参照)や、カムリフタと単一のカムを用いて吸・排気バルブの開弁速度を合目的的に異なったものとできる携帯型作業機用の弁駆動装置(特許文献2参照)などが開示されている。その他、同様の構成を有する直接レバー式オーバーヘッドバルブ装置が開示されている(特許文献3参照)。これら従来のOHVエンジンの弁駆動装置では、揺動回転式カムリフタ(これに相当するものを含む)は金属製であり、金属製のタイミングカムと摺接されている。
【0005】
OHVエンジンにおける上記摺接部などに対する潤滑方式として、クランクシャフトの回転軸に設けたスクレーパによりオイルパンに貯留されているオイルを掻き上げて、クランク内およびバルブロッカ室をミスト状オイルで充満させる飛沫潤滑方式や、オイルを上記摺接部にオイルポンプにより圧送供給する強制潤滑方式などがある。また、キャブレタからシリンダヘッドの吸気弁に至る吸気通路と、この吸気通路の底面から分岐された逆止弁を備えた通路とを有することで、混合燃料(オイルとガソリン)と空気との混合ガスが動弁機構部に流れ、該混合ガスに含有するオイルをシリンダやピストン、タイミングカムやカムリフタなどに付着させて潤滑させているものがある(特許文献4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開昭51−123416号公報
【特許文献2】特開平4−209905号公報
【特許文献3】特表2003−522891号公報
【特許文献4】特開平11−223117号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、従来の揺動回転式カムリフタを用いたOHVエンジンでは、エンジン初動時などのオイルが十分に供給されていない潤滑作用が不足している状態において、摺動部の摩耗が生じ得る。特に、金属製のカムリフタとタイミングカムとの摺接部の摩耗が著しい。
【0008】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、潤滑作用の不足状態にあっても摩耗を抑制できる揺動回転式カムリフタと、その揺動回転式カムリフタを備えたOHVエンジンを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の揺動回転式カムリフタは、OHVエンジンのタイミングカムに摺接される揺動回転式カムリフタであって、該カムリフタは、上記タイミングカムとの摺接面に低摩擦材が被膜形成されてなることを特徴とする。
【0010】
上記低摩擦材が、合成樹脂の塗膜であることを特徴とする。また、上記合成樹脂塗膜のマトリックス樹脂が、ポリアミドイミド(以下、PAIと記す)樹脂であることを特徴とする。
【0011】
上記合成樹脂塗膜は、ポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂粉末を含むことを特徴とする。また、上記PTFE樹脂粉末が、PTFE樹脂の焼成粉末(以下、PTFE焼成粉末ともいう)であることを特徴とする。
【0012】
上記PTFE焼成粉末が、粒子径150μm以下の粉末であることを特徴とする。また、上記PTFE焼成粉末が、50%粒子径が50μm以下の粉末であることを特徴とする。
【0013】
上記PTFE焼成粉末が、PTFE樹脂の焼結体を粉砕した粉砕粉末であることを特徴とする。また、上記PTFE焼成粉末が、アスペクト比3以下の粉末であることを特徴とする。
【0014】
上記合成樹脂塗膜は、上記PTFE樹脂粉末に加えて、黒鉛を含むことを特徴とする。
【0015】
上記合成樹脂塗膜は、マトリックス樹脂100重量部に対して、上記PTFE樹脂粉末を60〜110重量部、上記黒鉛を5〜30重量部を含むことを特徴とする。
【0016】
上記カムリフタが、焼結金属からなることを特徴とする。
【0017】
本発明のOHVエンジンは、タイミングカムに摺接され、カムシャフトと平行な軸上で揺動する揺動回転式カムリフタを備えてなり、該揺動回転式カムリフタが上記本発明のカムリフタであることを特徴とする。
【0018】
上記タイミングカムが、合成樹脂の成形体であることを特徴とする。また、上記タイミングカムを形成する合成樹脂が、カーボン繊維またはアラミド繊維を含んでなることを特徴とする。また、上記タイミングカムが、タイミングギヤと一体成形されてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の揺動回転式カムリフタは、タイミングカムとの摺接面に低摩擦材が被膜形成されているので、潤滑不足の状態であってもカムリフタとタイミングカムとの摩擦トルクが上昇せずカムリフタの摩擦による摩耗が抑制できる。
【0020】
上記低摩擦材が合成樹脂の塗膜であるので、低摩擦特性、低コスト、製造容易性に優れる。特に、マトリックス樹脂をPAI樹脂とすることで、耐熱性、耐摩耗性および下地(カムリフタ)との結着性に優れ、高温雰囲気となるエンジンに使用することに適する。
【0021】
上記合成樹脂塗膜がPTFE樹脂粉末を含むので、該合成樹脂塗膜の自己潤滑性に優れる。特に、PTFE樹脂の焼成粉末とすることで、該合成樹脂塗膜の自己潤滑性、耐熱性、耐摩耗性に優れる。PTFE樹脂粉末は結着性に乏しいため、PAI樹脂などのマトリックス樹脂と併用することによって、その特性が十分に発揮される。
【0022】
上記PTFE焼成粉末が、粒子径150μm以下であるので、耐摩耗性と自己潤滑性が高次元で優れる。また、上記PTFE焼成粉末が、50%粒子径が50μm以下であるので、さらに耐摩耗性と自己潤滑性が高次元で優れる。
【0023】
上記PTFE焼成粉末が、PTFEの焼結体を粉砕した粉砕粉末であるので、マトリックス樹脂中での分散性に優れる。また、上記PTFE焼成粉末が、アスペクト比3以下の粉末であるので、マトリックス樹脂中での分散性に特に優れる。これらの結果、揺動回転式カムリフタにおいてタイミングカムとの摺接面に低摩擦材として被膜形成された合成樹脂塗膜は、耐摩耗性と自己潤滑性が優れる。
【0024】
上記合成樹脂塗膜は、上記PTFE樹脂粉末に加えて黒鉛を含むことで、耐摩耗性がさらに優れるようになる。また、上記合成樹脂塗膜において、マトリックス樹脂100重量部に対して、上記PTFE樹脂粉末を60〜110重量部、上記黒鉛を5〜30重量部を含むので、合成樹脂塗膜の下地(カムリフタ)に対する結着性が高く剥がれなどのリスクが小さく、さらに潤滑特性と耐摩耗性が非常に優れる。
【0025】
上記カムリフタが、焼結金属からなるので、製造が容易になり、合成樹脂塗膜等の低摩擦材被膜との結着性にも優れる。
【0026】
本発明のOHVエンジンは、タイミングカムに摺接され、カムシャフトと平行な軸上で揺動する揺動回転式カムリフタを備えてなり、該揺動回転式カムリフタが上記本発明のカムリフタであるので、初動時などの潤滑条件の悪い状態であってもタイミングカムとカムリフタとが焼き付くことを防止でき、長寿命化が図れる。
【0027】
上記タイミングカムが、合成樹脂の成形体であるので、揺動回転式カムリフタとの摺接が低摩擦化され、さらに軽量化される。特に、このタイミングカムをタイミングギヤと一体成形することで、より軽量化できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の揺動回転式カムリフタの斜視図である。
【図2】本発明のOHVエンジンのバルブ駆動装置部分の断面図(一側面)である。
【図3】本発明のOHVエンジンのバルブ駆動装置部分の断面図(他側面)である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明の揺動回転式カムリフタを図1に基づいて説明する。図1は、揺動回転式カムリフタの斜視図である。図1に示すように、本発明の揺動回転式カムリフタ1は、タイミングカム2(図2参照)との摺接面1bに低摩擦材7が被膜形成されている。低摩擦材7は、カムリフタ1の少なくとも摺接面1bに被膜形成されていればよく、カムリフタ1の全面に形成されていてもよい。また、カムリフタ本体は、金属製であるが、焼結金属製にすることによって、製造が容易になり、合成樹脂塗膜等の低摩擦材被膜との結着性にも有利となるため好ましい。使用できる焼結金属としては、鉄系焼結金属、銅系焼結金属、鉄銅系焼結合金などが挙げられる。
【0030】
低摩擦材としては、合成樹脂塗膜、Niめっき、Ni−Pめっき、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)、モリブデンコートなどの無潤滑条件で摩擦トルクを低下させることができる被膜であれば採用できる。これらの中でも、低摩擦特性、低コスト、製造容易性に優れることから、自己潤滑性を有する合成樹脂の塗膜が好ましい。
【0031】
カムリフタは、エンジン内部の高温条件下で使用される。このため、上記合成樹脂塗膜におけるマトリックス樹脂としては、使用時に熱劣化することのない耐熱性を有し、合成樹脂塗膜を下地に強固に密着させることのできる耐熱性樹脂であれば使用することができる。また、カムリフタは、添加剤を含む潤滑油と接触する環境で使用されるため、これらの潤滑油に対して耐油性を有する樹脂であることが好ましい。
【0032】
マトリックス樹脂としては、例えば、ポリフェニレンサルファイド(以下、PPSと記す)樹脂、ポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと記す)樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、全芳香族ポリエステル樹脂、PAI樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などが例示できる。これらの中でも、耐熱性、耐摩耗性および下地であるカムリフタとの結着性に優れることから、PAI樹脂を用いることが好ましい。また、PAI樹脂は、耐油性にも優れ、使用時において潤滑油により膨潤および溶解しにくい。
【0033】
PAI樹脂は、高分子主鎖内にアミド結合とイミド結合とを有する樹脂であり、ポリカルボン酸またはその誘導体とジアミンまたはその誘導体との反応により得ることができる。ポリカルボン酸としてはジカルボン酸、トリカルボン酸、およびテトラカルボン酸が挙げられ、PAI樹脂は、(1)ジカルボン酸およびトリカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(2)ジカルボン酸およびテトラカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(3)トリカルボン酸とジアミンとの組み合わせ、(4)トリカルボン酸およびテトラカルボン酸とジアミンとの組み合わせにより得られる。ポリカルボン酸とジアミンとはそれぞれ誘導体であってもよい。ポリカルボン酸の誘導体としては、酸無水物、酸塩化物が挙げられ、ジアミンの誘導体としては、ジイソシアネートが挙げられる。ジイソシアネートはイソシアネート基の経日変化を避けるために必要なブロック剤で安定化したものを使用してもよい。ブロック剤としては、アルコール、フェノール、オキシムなどが挙げられる。また、ポリカルボン酸とジアミンとはそれぞれ芳香族および脂肪族化合物を用いることができる。その他、PAI樹脂のジイソシアネート変性、BPDA変性、スルホン変性、ゴム変性樹脂なども使用できる。
【0034】
PAI樹脂の中でも、イミド結合、アミド結合が芳香族基を介して結合している芳香族系のPAI樹脂が好ましい。芳香族系PAI樹脂であると、下地であるカムリフタとの結着性に優れ、かつ得られる塗膜の耐熱性が特に優れる。
【0035】
上記合成樹脂塗膜は、その自己潤滑性を向上させるため、PTFE樹脂粉末を含むことが好ましい。PTFE樹脂としては、−(CF−CF)n−で表される一般のPTFE樹脂を用いることができ、また、一般のPTFE樹脂にパーフルオロアルキルエーテル基(−C2p−O−)(pは1−4の整数)あるいはポリフルオロアルキル基(H(CF−)(qは1−20の整数)などを導入した変性PTFE樹脂も使用できる。これらのPTFE樹脂および変性PTFE樹脂は、一般的なモールディングパウダーを得る懸濁重合法、ファインパウダーを得る乳化重合法のいずれを採用して得られたものでもよい。
【0036】
上記PTFE樹脂粉末としては、PTFE樹脂をその融点以上で加熱焼成したPTFE焼成粉末を用いることが好ましい。PTFE焼成粉末は、加熱焼成されていないPTFE樹脂(モールディングパウダー、ファインパウダー)と比較して、均一分散性や耐摩耗性に優れる。
【0037】
上記PTFE焼成粉末は、上記PTFE樹脂の粉末を加熱焼成したものでも、加熱焼成されていないPTFE樹脂を成形体とし、これを融点以上で加熱焼成して焼結体とした後に、粉砕して粉末にしたもののいずれであってもよい。ただし、後者のもののほうが、マトリックス樹脂中での分散性に優れ、形成される合成樹脂塗膜の耐摩耗性と自己潤滑性が優れるため好ましい。
【0038】
上記PTFE焼成粉末は、アスペクト比が3以下の粉末であることが好ましい。アスペクト比が3をこえる場合では、マトリックス樹脂中での分散性に劣り、形成される合成樹脂塗膜の耐摩耗性等が低下するおそれがある。
【0039】
また、上記PTFE焼成粉末は、その粒子径が150μm以下の微粒子であることが好ましい。粒子径が150μmをこえると、合成樹脂塗膜の耐摩耗性が低下するおそれがある。また、その50%粒子径が50μm以下の微粒子であることが好ましい。50%粒子径が50μmをこえると、上記同様、合成樹脂塗膜の耐摩耗性が低下するおそれがある。
【0040】
50%粒子径(メディアン径)は、レーザー解析粒度分布測定装置により、粒子径と固体粒子量との粒度分布曲線を求めた場合において、全体固体粒子量に対する積算固体粒子量が50%となる粒子径である。なお、レーザー解析粒度分布測定装置としては、リーズ・アンド・ノースラップ社製マイクロトラックHRAがある。
【0041】
上記PTFE焼成粉末は、加熱焼成した粉末に、さらにγ線または電子線などを照射した粉末であってもよい。該処理より、均一分散性がより優れるようになる。
【0042】
本発明で使用できるPTFE焼成粉末の市販品としては、喜多村社製:KT300M、KT400M、KTL610、KTL450、KTL8N、KTL10N、旭硝子社製:フルオンL169J、L170J、L172J、L173J、住友3M社製:ホスタフロンTF9205、TF9207などが挙げられる。また、加熱焼成後にγ線または電子線等を照射した粉末としては、喜多村社製:KTL610、KTL450、KTL8N、KTL10Nなどが挙げられる。
【0043】
上記PTFE樹脂粉末の配合割合は、マトリックス樹脂100重量部に対して60〜110重量部であることが好ましい。PTFE樹脂粉末の配合割合が60重量部未満であると、合成樹脂塗膜の自己潤滑性に劣り、初動時などの潤滑条件の悪い状態における摩耗を防止できないおそれがある。PTFE樹脂粉末の配合割合が110重量部をこえると、下地(カムリフタ)に対する結着性に劣り、合成樹脂塗膜が剥がれるなどのおそれがある。
【0044】
上記合成樹脂塗膜は、その耐摩耗性を向上させるため、PTFE樹脂粉末に加えて、黒鉛を含むことが好ましい。黒鉛粉末は、天然黒鉛と人造黒鉛に大別され、また、形状としては、りん片状、粒状、球状などがあるが、いずれも使用できる。人造黒鉛は製造工程中にできるカーボランダムのため潤滑性能を阻害されることと、黒鉛化の十分に進んだ黒鉛を造ることが難しいため一般的には潤滑剤には適していないとされている。天然黒鉛は完全に黒鉛化されたものが産出されるため、非常に高い潤滑特性を有しており固体潤滑剤として適している。しかし、不純物を多く含み、この不純物が潤滑性を低下させるため、不純物を除去しなければならないが、完全に除去することは困難である。
【0045】
上記黒鉛粉末としては、低摩擦特性を維持したまま合成樹脂塗膜の耐摩耗性の向上を図れることから、固定炭素98.5%以上の人造黒鉛が好ましい。
【0046】
上記黒鉛の配合割合は、マトリックス樹脂100重量部に対して5〜30重量部であることが好ましい。黒鉛の配合割合が5重量部未満であると、耐摩耗性向上の効果などが十分に得られない。黒鉛の配合割合が30重量部をこえると、下地(カムリフタ)に対する結着性が劣るなどのおそれがある。
【0047】
上記マトリックス樹脂に上記PTFE樹脂粉末などが配合された樹脂組成物(ワニス)を用いて、スプレーコーティング法、ディップ(浸漬)コーティング法、静電塗装法、タンブラーコーティング法、電着塗装法などにより、カムリフタにおける少なくともタイミングカムとの摺接面に、低摩擦材として合成樹脂塗膜を形成する。塗膜形成後は、加熱処理によって溶媒除去、乾燥、融解、架橋などを行ない完成させる。塗膜形成の過程で、余分に付着したワニスは、ふき取り、遠心分離、エアブローなどの物理的、化学的方法により除去し、所望の厚さに調整することができる。膜厚を増す場合には、重ね塗りをしてもよい。また、塗膜完成後に機械加工やタンブラー処理などを行なうことも可能である。なお、合成樹脂塗膜の膜厚は、10〜50μm であることが好ましい。
【0048】
本発明の揺動回転式カムリフタを備えたOHVエンジンの一例を図2および図3に基づき説明する。図2および図3に示すように、OHVエンジンのバルブ駆動装置は、一個のタイミングカム2と、該タイミングカム2に当接した一対の揺動回転式カムリフタ1とからなる。一対の揺動回転式カムリフタ1は、ともにカムリフタ軸部1aを中心として回転するように構成されている。タイミングカム2とタイミングギヤ3は、カムシャフトで同軸に回転自在に支持されている。このカムシャフトと上記カムリフタ軸部1aのシャフトとは平行である。タイミングカム2のタイミングギヤ3は、クランク4におけるクランクギヤ4bと噛み合うように形成されている。また、一方の揺動回転式カムリフタ1は、排気バルブ用のプッシュロッド5に、他方の揺動回転式カムリフタ1は吸気バルブ用のプッシュロッド5にそれぞれ連設されている。なお、6は吸気通路である。
【0049】
上記OHVエンジンのバルブ駆動装置の使用状態について説明する。クランク4のクランクシャフト4aを回転させることにより、クランクギヤ4bと噛み合うタイミングギヤ3を回転させる。これにより、タイミングカム2を回転させ、タイミングカム2に当接する一対の揺動回転式カムリフタ1の一方を、リフタ軸部1aを中心として回転させ、排気バルブ用のプッシュロッド5を介して排気バルブを開かせる。次に、さらにタイミングカム2を回転させると、タイミングカム2に当接する他の一方の揺動回転式カムリフタ1が、リフタ軸部1aを中心として回転し、吸気バルブ用のプッシュロッド5を介して吸気バルブを開かせる。所定の時期に排気バルブを閉じ、さらに、吸気バルブを閉じることによってバルブの作動を完了する。この構成では、一個のタイミングカム2により、一対の揺動回転式カムリフタ1を回転させるので、タイミングカム2の軸方向の長さを小さくすることになり、単一のタイミングカムで済むので重量も軽量となる。
【0050】
本発明のOHVエンジンにおける潤滑方式としては、従来の任意の形式を採用できる。本発明では揺動回転式カムリフタ1において、タイミングカム2との摺接部1bに上述の低摩擦材7が形成されているので、いずれの潤滑形式を採用しても、該摺接部における摩耗を防止できる。
【0051】
本発明のOHVエンジンにおいて、タイミングカム2を合成樹脂の成形体とすることもできる。タイミングカム2が合成樹脂製であると、さらに軽量化が図れるため刈払機など携帯使用されるOHVエンジンに好適である。
【0052】
タイミングカム2を形成する合成樹脂としては、例えば、PPS樹脂、PEEK樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、全芳香族ポリエステル樹脂などが挙げられる。また、タイミングカム2を上記合成樹脂製とする場合、該タイミングカムとタイミングギヤとを一体成形することが好ましい。この場合、より軽量化が図れる。
【0053】
タイミングカムなどを合成樹脂製とする場合、機械的強度を向上させるため、上記合成樹脂に、カーボン繊維、アラミド繊維などの繊維状強化材を配合することが好ましい。ただし、揺動回転式カムリフタの合成樹脂塗膜を攻撃するおそれがあるため、繊維状強化材としてガラス繊維の使用は望ましくない。
【0054】
タイミングカムを形成する合成樹脂に配合する繊維状強化材は、合成樹脂100重量部に対して5〜40重量部とすることが好ましい。繊維状強化材が5重量部より少ないと、タイミングカムの強度向上効果が少ない。一方、繊維状強化材が40重量部をこえると、表面平滑性が低下することから、カムリフタとの摺接に対して合成樹脂塗膜の耐摩耗性を低下させる要因となり得る。
【実施例】
【0055】
本発明を実施例および比較例により具体的に説明するが、これらの例によって何ら限定されるものではない。
【0056】
各実施例および各比較例に用いた樹脂組成物の配合材料を以下に示す。
(1)PAI樹脂:ガラス転移温度245℃品
(2)PTFE焼成粉末:喜多村社製;KTL610(最大粒子径63μm、50%粒子径12±3μm(マイクロトラックHRA))
(3)黒鉛粉末:平均粒径10μmの人造品
【0057】
実施例1、実施例2、比較例1、および比較例2
各実施例のカムリフタについては以下に示す方法で低摩擦材被膜として合成樹脂塗膜を形成した。N−メチルピロリドンで分散されたPAI樹脂ワニスの固形分に対しPTFE焼成粉末および黒鉛粉末を表1に記載の割合でボールミルで十分に均一分散するまで混合した。混合液を試験用の鉄系焼結合金製カムリフタの表面にスプレー法にてコーティングした。これを乾燥後、240℃で焼成して合成樹脂塗膜を形成した。
【0058】
得られた鉄系焼結合金製カムリフタに対して、直径35mm、偏心3.5mm、厚さ6.5mmのカム(材質は表1参照)を、荷重3kgfで接触させ、3000rpm、無潤滑条件で120分間回転させた。120分後にカムリフタとカムの摺接面を目視により観察した。結果を表1に併記する。
【0059】
【表1】

【0060】
カムリフタのカムとの摺接面に低摩擦材被膜として合成樹脂塗膜を形成した実施例1および2は、無潤滑条件で120分間回転摺動させた後でも、カムリフタおよびカムの摺接面の摩耗は認められなかった。一方、カムリフタのカムとの摺接面に低摩擦材を被膜形成しなかった比較例1および2は、カムリフタの摺接面に摩耗が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明の揺動回転式カムリフタは、潤滑不足の状態であってもカムリフタとタイミングカムとの摩擦トルクが上昇せずカムリフタの摩擦による摩耗が抑制できるので、発電機、ポンプ、刈払機などに使用される、軽量、コンパクトなOHVエンジンの揺動回転式カムリフタとして好適に利用できる。
【符号の説明】
【0062】
1 揺動回転式カムリフタ
2 タイミングカム
3 タイミングギヤ
4 クランク
5 プッシュロッド
6 吸気通路
7 低摩擦材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーバーヘッドバルブエンジンのタイミングカムに摺接される揺動回転式カムリフタであって、該カムリフタは、前記タイミングカムとの摺接面に低摩擦材が被膜形成されてなることを特徴とする揺動回転式カムリフタ。
【請求項2】
前記低摩擦材が、合成樹脂の塗膜であることを特徴とする請求項1記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項3】
前記合成樹脂塗膜のマトリックス樹脂が、ポリアミドイミド樹脂であることを特徴とする請求項2記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項4】
前記合成樹脂塗膜は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末を含むことを特徴とする請求項2または請求項3記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項5】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末が、ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼成粉末であることを特徴とする請求項4記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項6】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼成粉末が、粒子径150μm以下の粉末であることを特徴とする請求項5記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項7】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼成粉末が、50%粒子径が50μm以下の粉末であることを特徴とする請求項5または請求項6記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項8】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼成粉末が、ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼結体を粉砕した粉砕粉末であることを特徴とする請求項5、請求項6または請求項7記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項9】
前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂の焼成粉末が、アスペクト比3以下の粉末であることを特徴とする請求項5ないし請求項8のいずれか一項記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項10】
前記合成樹脂塗膜は、黒鉛を含むことを特徴とする請求項4ないし請求項9のいずれか一項記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項11】
前記合成樹脂塗膜は、マトリックス樹脂100重量部に対して、前記ポリテトラフルオロエチレン樹脂粉末を60〜110重量部、前記黒鉛を5〜30重量部を含むことを特徴とする請求項10記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項12】
前記カムリフタが、焼結金属からなることを特徴とする請求項1ないし請求項11のいずれか一項記載の揺動回転式カムリフタ。
【請求項13】
タイミングカムに摺接され、カムシャフトと平行な軸上で揺動する揺動回転式カムリフタを備えるオーバーヘッドバルブエンジンであって、前記揺動回転式カムリフタが請求項1ないし請求項12のいずれか一項記載のカムリフタであることを特徴とするオーバーヘッドバルブエンジン。
【請求項14】
前記タイミングカムが、合成樹脂の成形体であることを特徴とする請求項13記載のオーバーヘッドバルブエンジン。
【請求項15】
前記タイミングカムを形成する合成樹脂が、カーボン繊維またはアラミド繊維を含んでなることを特徴とする請求項14記載のオーバーヘッドバルブエンジン。
【請求項16】
前記タイミングカムが、タイミングギヤと一体成形されてなることを特徴とする請求項14または請求項15記載のオーバーヘッドバルブエンジン。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−208612(P2011−208612A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−79246(P2010−79246)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】