説明

摺動部材および摺動方法

【課題】摺動部材の耐摩耗性に優れており、摺動の間優れた摩擦特性を安定して発揮し得る低摩擦擦摺動部材及び摺動方法を提供すること。
【解決手段】摺動部がダイヤモンドライクカーボン材料で被覆されており、潤滑剤の存在下で摺動する摺動部材において、前記潤滑剤が基油と、アルキルリン酸エステルのアミン塩および/またはアルキル亜リン酸エステルのアミン塩を含むことを特徴とする摺動部材である。潤滑剤は、更に基油および/または増ちょう剤を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯車部材、軸受部材、自動車エンジンなどのように潤滑油環境下で摺動する機械部品に適用される摺動部材および摺動方法に関し、特に、極めて優れた低摩擦特性を示す摺動部材および摺動方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車エンジンなどに用いられる摺動部は、接触面積が小さく高面圧下といった、油膜切れを招く過酷な摺動条件下で使用されるため、潤滑油中の摺動試験で低い摩擦係数を示すことが要求される。最近、省エネルギーや環境問題の観点から自動車エンジンの機械的損失低減への要求が高まっており、特に、機械的損失の約10%を占める摩擦損失の低減が強く切望されている。上記用途に用いられる摺動部としては、例えば、TiN(窒化チタン)やCrN(窒化クロム)などの硬質膜を基材に被覆したり、MoS(二硫化モリブテン)などの固体潤滑剤を含む樹脂を基材に被覆した摺動部が用いられている。また、硬度が高く、優れた固体潤滑性を有し、無潤滑状態で低い摩擦係数を示すダイヤモンドライクカーボン(DLC)を被覆した摺動部も提案されている。例えば、特許文献1〜3には、DLC被覆摺動部に好適な潤滑油添加剤として、脂肪酸エステル系無灰摩擦調整剤及び脂肪族アミン系無灰摩擦調整剤(特許文献1)、脂肪族アミン系化合物(特許文献2)、硫黄含有モンリブデン錯体(特許文献3)が、それぞれ開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−144100号公報
【特許文献2】特開2005−98495号公報
【特許文献3】国際公開第2005/014763号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、低摩擦化に対する要求特性は益々強くなっており、上述の従来技術ではこの要求特性に充分応えることができない場合がある。
【0005】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、摺動部の耐摩耗性に優れており、摺動の間優れた摩擦特性を安定して発揮し得る低摩擦摺動部材及び摺動方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決し得た本発明の摺動部材は、潤滑剤の存在下で摺動し、ダイヤモンドライクカーボン材料で被覆された摺動部であって、前記潤滑剤は、基油と下式(1)のアミン塩および/または下式(2)のアミン塩を含むところに要旨を有している。
【0007】
本発明者は、摺動部がDLC材料で被覆されており、アミン塩を含む潤滑剤の存在下で摺動する摺動部材が、耐摩耗性に優れ、優れた摩擦特性を安定して発揮し得る低摩擦摺動部材であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は以下に示す摺動部材及び摺動方法を提供するものである。
【0009】
1.摺動部がDLC材料で被覆されており、潤滑剤の存在下で摺動する摺動部材において、前記潤滑剤が下式(1)のアミン塩および/または下式(2)のアミン塩を含むことを特徴とする摺動部材。
【0010】
【化1】

【0011】
【化2】

【0012】
上式(1)および(2)中、R、R、R、R、Rは同一または異なって、Hまたは炭素数1〜24の炭化水素基を表す。
【0013】
2.好ましくは、前記潤滑剤が更に基油を含む潤滑油である摺動部材。
【0014】
3.好ましくは、前記潤滑剤が更に基油と増ちょう剤を含むグリースである摺動部材。
【0015】
4.好ましくは、前記潤滑剤が式(1)のアミン塩および/または式(2)のアミン塩を0.05〜10質量%の比率で含む摺動部材。
【0016】
5.好ましくは、前記DLC材料中の水素量が、炭素(C)と水素(H)の総量に対して40原子%以下である摺動部材。
【0017】
6.好ましくは、前記DLC材料は、炭素(C)と金属元素(Me)の総量に対して20原子%以下の比率で金属元素Meを含有し、前記金属元素Meは、4A族元素、5A族元素、6A族元素、Fe、Si、Al、およびBよりなる群から選択される少なくとも1種である摺動部材。
【0018】
7.上記2〜6のいずれか1項記載の摺動部材において、下式(3)で表される油膜パラメータラムダ(∧)の値が1以下に制御された状態で摺動部を摺動させることを特徴とする摺動部材の摺動方法。
【0019】
【数1】


上式(3)中、
hminは、相対的に摺動する2つの摺動部材がなす摺動面に形成される
最小油膜厚さ、
Rrms1およびRrms2は、各摺動部材の摺動面の2乗平均粗さ
を意味する。
【0020】
8.上記のいずれかの摺動部材が適用される機械部品。
【0021】
9.好ましくは、前記機械部品が歯車部材、軸受部材、または自動車エンジン部品である機械部品。
【0022】
10.好ましくは、前記自動車エンジン部品が、カム−カムフォロア部材、ピストン−ピストンリング部材、またはバルブ部材である機械部品。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、DLC材料が被覆された摺動部を、リン酸またはリン酸エステルのアミン塩、および/または亜リン酸または亜リン酸エステルのアミン塩を含む潤滑剤中で摺動させる摺動機構を採用しているため、DLCの耐摩耗性、相手摺動部材の保護効果、摩擦低減効果などが飛躍的に高められる。その結果、省燃費効果に顕著に優れた摺動部材および摺動方法を提供することができた。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者は、空気中での低摩擦係数に優れているが潤滑剤存在下での摩擦低減作用に劣るDLC材料について、潤滑油存在下での摩擦係数低減化や摺動部の耐摩耗性向上を目指して検討を重ねてきた。その結果、所定のリン酸/亜リン酸(エステル類を含む)のアミン塩を含有する潤滑剤の存在下で、DLC材料で被覆された摺動部を摺動させると所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
【0025】
このように本発明の特徴部分は、ダイヤモンドライクカーボンで被覆された摺動部を潤滑剤存在下で摺動させるときの好適な潤滑剤を定めたところにある。具体的には、適用可能な潤滑剤添加剤(摩擦低減剤)として、式(1)で表されるリン酸またはリン酸エステルのアミン塩や、式(2)で表される亜リン酸または亜リン酸エステルのアミン塩を採用している。本発明の実験結果によれば、モリブデン化合物などの他の潤滑剤や特許文献2に記載の脂肪族アミン系化合物(アミド化合物)を含む潤滑剤を用いた場合に比べ、上記の式(1)及び式(2)のアミン塩を含む潤滑剤を用いると、摺動部材の耐摩耗性が一層高められ、摺動試験での摩擦係数が一層低減されることが確認された(後記する実施例を参照)。DLC被覆摺動部と上記添加剤を含む潤滑剤との組み合わせによる摺動部材は、これまで知られていない。
【0026】
本明細書では、DLCで被覆された摺動部をDLC被覆摺動部と略記する場合がある。
【0027】
まず、本発明の摺動部材について説明する。本発明の摺動部材は、潤滑剤の存在下で摺動し、DLC材料で被覆された摺動部であって、上記の潤滑剤は、下式(1)のアミン塩および/または下式(2)のアミン塩含むこところに特徴がある。
【0028】
【化3】

【0029】
【化4】


上式(1)および(2)中、R、R、R、R、Rは同一または異なって、Hまたは炭素数1〜24の炭化水素基を表す。
【0030】
まず、本発明に用いられるDLCについて説明する。周知のように、DLCは、ダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)の中間の特性を有する非晶質(amorphous)無機物である。ダイヤモンドやグラファイトは結晶構造を有しているのに対し、DLCは非晶質である点で両者は大きく相違している。また、ダイヤモンドはsp混成軌道(Dバンド、共有結合)のみからなり、グラファイトはsp混成軌道(Gバンド、二重結合)のみからなるのに対し、DLCは、ダイヤモンドの性質をもった炭素原子と、グラファイトの性質をもった炭素原子の両方を含んでいるとされる。また、ダイヤモンド膜の成膜に当たっては、通常、基材温度を約1000K以上の高温状態に保持する必要があるため、成膜後温度を室温に戻したときの基材との熱膨張率の差が大きく、ダイヤモンド膜が基材から剥離するといった問題があるのに対し、DLC膜は、約500K以下の低温下でも成膜できるため、このような問題は少なく、基材との密着性に優れている。このようにDLCは、ダイヤモンドに近い硬度を有し、摺動性・耐摩耗性・ガスバリヤ性・生体適合性などに優れていることから、例えば、機械工具、自動車部品などの分野に利用されている。
【0031】
本発明に用いられるDLC材料は、炭素(C)と水素(H)の総量に対して水素(H)を40原子%以下の範囲で含有していることが好ましい。これにより、DLC膜の硬度が高められ、DLC被覆摺動部材の耐摩耗性が高められる。DLC膜の高硬度化の観点からすれば、炭素および水素の総量に対する水素の比率は少ない程よく、より好ましくは20原子%以下である。ただし、炭素および水素の総量に対する水素の比率が極端に少なくなると、高硬度のため残留応力が増加し、基材との密着性低下や相手摺動部材の摩耗増加を招く。そのため、炭素および水素の総量に対する水素の比率は10原子%以上であることが好ましい。
【0032】
DLC材料には、添加元素として、水素(H)のほかに、4A族元素(Ti、Zr、Hfなど)、5A族元素(V、Nb、Taなど)、6A族元素(Cr、Mo、Wなど)、Fe、Si、Al、Bの金属元素が少なくとも1種含まれていても良い。これらの金属元素は、一般に添加剤を吸着して摩擦係数低減作用を促進することが知られている。よって、DLC材料中に上記金属元素の1種または2種以上を添加すると、添加剤の濃度を低くしても良好な低摩擦係数が得られる。Cと金属元素の総量に対する金属元素の添加量(金属元素を単独で含む場合は単独添加量であり、2種以上の金属元素を含む場合は合計添加量である。以下、同じ。)は0.5原子%以上が好ましく、これにより、上記の作用が有効に発揮される。ただし、上記の金属元素を過剰に添加すると、DLC材料の硬さが低下して摩耗量の増大を招くため、Cと金属元素の総量に対する金属元素の添加量は20原子%以下であることが好ましく、10原子%以下がより好ましい。上記の金属元素のうち、Ti,Cr,Mo,Wの使用が好ましい。
【0033】
DLCの成膜方法は特に限定されず、例えば、プラズマ化学蒸着法などの化学蒸着法(CVD);アークイオンプレーティング法、スパッタリング法などの物理蒸着法(PVD)などの蒸着法を採用できる。これらは単独で使用しても良いし、併用しても良い。例えば、スパッタリング法では、グラファイトターゲットを使用し、メタン、アセチレンなどの炭化水素ガスを成膜中に投入してDLC膜を成膜すれば良い。また、CVD法では、メタン、アセチレン、トルエンなどの炭化水素ガスを用い、DCバイアスまたはRFバイアスを印可して直接イオン化し、DLC膜を成膜する方法が推奨される。
【0034】
このようにして得られるDLC膜の好ましい硬度は、後記する実施例に記載のナノインデンタ硬度計で測定したとき、DLC膜中に金属元素を含まない場合は、おおむね、15GPa以上(より好ましくは20GPa以上)であり、DLC膜中に金属元素を含む場合は、おおむね、10GPa以上(より好ましくは15GPa以上)である。その上限は特に限定されないが、相手摺動部への攻撃性などを考慮すると、DLC膜中の金属元素の有無にかかわらず、DLC膜の硬度は50GPa以下が好ましい。
【0035】
上記のDLCは、本発明の摺動部と相手摺動部とがなす摺動面に存在していれば良く、本発明摺動部の全面に被覆されている必要は必ずしもない。例えば、本発明の摺動部は、基材に直接、ダイヤモンドライクカーボンが被覆されていても良いが、この場合、摺動面にダイヤモンドライクカーボンが存在するように、基材の少なくとも一部を覆うようにダイヤモンドライクカーボンが被覆されていれば良い。また、本発明の摺動部は、中間層を介してダイヤモンドライクカーボンが被覆されていても良く、この場合は、摺動面にダイヤモンドライクカーボンが存在するように、中間層の少なくとも一部を覆うようにダイヤモンドライクカーボンが被覆されていれば良い。中間層は、基材とのの密着性を高めるために形成され、例えば、Cr、Ti、V、W、C系の中間層が基材とDLC膜との間に形成され得る。本発明に用いられる中間層の種類は上記に限定されず、基材との間に通常形成される材料から構成される中間層を用いることができる。
【0036】
なお、相手摺動部は被覆層を有していても良いし、有していなくても良い。本発明の摺動部を用いれば、相手摺動部の被覆層の有無にかかわらず、低い摩擦係数と優れた耐摩耗性が得られることが確認されている。相手摺動部が被覆層を有する場合、当該被覆層は特に限定されない。例えば、DLCの被覆層を有していても良いし、DLC以外の公知の硬質材料、例えば、TiNやCrNなどの耐摩耗性に優れた硬質被覆層を有していても良い。
【0037】
本発明の摺動部に用いられる基材は特に限定されず、SUSや一般に構造用合金鋼として使用されるSCM415やSNC415、SUJ2、SKH51などに代表される鉄系基材、Ti合金、Al合金など、摺動部に通常用いられるものが挙げられる。具体的には、相手摺動部との関係などで、好ましい基材が定められる。例えば、相手摺動部がDLC膜で被覆されている場合、相手摺動部の基材は特に限定されず、相手摺動部がDLC膜で被覆されていない場合は、相手摺動部の基材が鉄系基材であることが好ましい。
【0038】
次に、本発明に用いられる潤滑剤について説明する。
【0039】
上記潤滑剤は、下式(1)のアミン塩および/または下式(2)のアミン塩を含有している。本発明の特徴部分は、これらのアミン塩が摺動部の耐摩耗性向上剤、摺動時の摩擦係数低減剤などとして有効に作用することを見出したところにある。本発明では、リン酸や亜リン酸(これらのエステル類を含む)のアミン塩を用いることが重要であり、特許文献2に記載の脂肪族アミン系化合物(アミド化合物)を用いたのでは優れた特性が得られないことを確認している。本発明に用いられる上記のアミン塩は、アミノ基側がDLC被膜摺動部の表面(潤滑面)に吸着もしくは反応するなどしてせん断力の小さい潤滑膜が形成されるため、摩擦係数の更なる低減化などが有効に発揮されるとともに、リン酸もしくは亜リン酸が相手材である鋼材表面の摩耗を抑制していると考えられる。
【0040】
【化5】

【0041】
【化6】


上式(1)および(2)中、R、R、R、R、Rは同一または異なって、Hまたは炭素数1〜24の炭化水素基を表す。
【0042】
上式(1)のアミン塩は、リン酸またはリン酸エステルと、アミンとの反応によって得られる化合物である。詳細には、リン酸[P=O(OH)(OH)(OH)]またはリン酸エステル[P=O(OH)(OH)(OR)、P=O(OH)(OR)(OR)]と、アミンとの反応生成物である。好ましいアミンは、第1級アミンRNH、第2級アミン(R10)(R11)NH、第3級アミン(R12)(R13)(R14)Nである。リン酸エステル及びアミンのR〜R14は同一または異なって、炭素数1〜24の炭化水素基を示し、好ましくは炭素数2〜22の炭化水素基、さらに好ましくは炭素数4〜18の炭化水素基である。
【0043】
また、上式(2)のアミン塩は、亜リン酸または亜リン酸エステルと、アミンとの反応によって得られる化合物である。詳細には、亜リン酸[PH=O(OH)(OH)]または亜リン酸エステル[PH=O(OH)(OR15)]とアミンとの反応生成物である。好ましいアミンは、第1級アミンR16NH、第2級アミン(R17)(R18)NH、第3級アミン(R19)(R20)(R21)Nである。リン酸エステル及びアミンのR15〜R21は同一または異なって、炭素数1〜24の炭化水素基を示し、好ましくは炭素数2〜22の炭化水素基、さらに好ましくは炭素数4〜18の炭化水素基である。
【0044】
上式(1)および(2)において、R、R、R、R、Rは同一または異なって、Hまたは炭素数1〜24の炭化水素基である。上記炭化水素基の好ましい炭素数は2〜22、さらに好ましくは4〜18である。
【0045】
本発明では、上式(1)のアミン塩および上式(2)のアミン塩は、それぞれ、単独で含まれていても良いし、2種以上の混合物であっても良い。
【0046】
上記の炭化水素基としては、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基などの脂肪族炭化水素基;アリール基(例えば、フェニル基など)、アラルキル基などの芳香族炭化水素基;などが挙げられる。脂肪族炭化水素基は、直鎖状、分岐状、または環状のいずれであってもよい。また、芳香族炭化水素基には、複素環式基が含まれる。さらに、炭化水素基(例えば、芳香族炭化水素基、特にアリール基)は、炭素および水素以外の元素を含む基、例えば、ハロゲン原子、ヒドロキシ基、アミノ基で置換されていてもよい。好ましい炭化水素基は、例えば、炭素数1〜24のアルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基であり;より好ましくは、炭素数1〜24のアルキル基である。
【0047】
上記炭化水素基は、具体的には、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、ヘプチル基、オクチル基、ノニル基、デシル基、ウンデシル基、ドデシル基、トリデシル基、テトラデシル基、ペンタデシル基、ヘキサデシル基、ヘプタデシル基、オクタデシル基、ノナデシル基、エイコシル基、ヘンエイコシル基、ドコシル基、トリコシル基、テトラコシル基などのアルキル基;オレイル基などのアルケニル基;シクロペンチル基、シクロヘキシル基、メチルシクロヘキシル基、エチルシクロヘキシル基、ジメチルシクロヘキシル基、シクロヘプチル基などの環状アルキル基;フェニル基、クレジル基、トリル基、キシリル基、エチルフェニル基、プロピルフェニル基、ブチルフェニル基、ペンチルフェニル基、ヘキシルフェニル基、ヘプチルフェニル基、オクチルフェニル基、ノニルフェニル基、デシルフェニル基、ドデシルフェニル基、テトラデシルフェニル基、ヘキサデシルフェニル基、オクタデシルフェニル基、ベンジル基、フェネチル基などの置換基を有していても良いアリール基;イソプロピル基、イソブチル基、セカンダリーブチル基、ターシャリーブチル基、イソペンチル基、ネオペンチル基、ターシャリーペンチル基、イソヘキシル基、イソオクチル基、(2−エチルヘキシル)基などの分岐状アルキル基などが挙げられる。
【0048】
上記のアミンは、炭素数1〜24の上記炭化水素基を有していても良い。具体的には、Rがすべてアルキル基などの脂肪族炭化水素基である脂肪族アミン(例えば、ココナッツアミン、牛脂アミン、オレイルアミンなど)であっても良いし、Rのすべてまたは一部が芳香族炭化水素基である芳香族アミンであっても良い。また、上記のアミンは、例えば、一分子内にアミノ基を1個有するモノアミンであっても良いし、2個のジアミンであっても良い。
【0049】
本発明に用いられる上記(1)のアミン塩としては、例えば、モノオクチルアミンジブチルホスフェート、ジブチルアミンジブチルホスフェート、ジオクチルアミンジブチルホスフェート、モノドデシルアミンジブチルホスフェート、シクロヘキシルアミンジブチルホスフェート、シクロヘキシルアミンジオクチルホスフェート、4−テトラプロピレンベンゾアミンジブチルホスフェート、4−テトラプロピレンベンゾアミンジメチルホスフェート、4−ターシャリードデシルベンゾアミンモノメチルホスフェート、4−テトラプロピレンベンゾアミンモノブチルホスフェートなどが挙げられる。これらは市販品を用いても良い。また、上記の混合物を用いても良く、例えば、炭素数11〜14(C11−C14)アルキルを有するアルキルアミンモノヘキシルホスフェートとアルキルアミンジヘキシルホスフェートとの混合物(CAS No.80939−62−4)などが挙げられる。
【0050】
本発明に用いられる上記(2)のアミン塩としては、例えば、モノオレイルアミンジ−2−エチルヘキシルアシッドホスフェート、オレイルアミンモノ−2−エチルヘキシルアシッドホスフェート、モノもしくはジ−2−エチルヘキチルアシッドホスフェートのココナッツアミン塩や牛脂アミン塩などが挙げられる。これらは市販品を用いても良い。また、上記の混合物を用いても良い。
【0051】
本発明に用いられる潤滑剤は、代表的には、潤滑油またはグリースとして用いられる。潤滑油は、上式(1)および/または(2)の化合物(アミン塩)と、潤滑油基油(ベースオイル)を含む液体潤滑剤であり、一方、グリースは、上式(1)および/または(2)の化合物(アミン塩)、潤滑油基油および増ちょう剤からなる半固体状の潤滑剤である。
【0052】
本発明に用いられる潤滑剤において、上式(1)および/または(2)の化合物(アミン塩)の好ましい合計量は、潤滑剤全量基準で0.05〜10質量%である。より好ましい合計量は1〜5質量%であり、さらに好ましくは2〜4質量%である。上記アミン塩の合計量が上記の下限を下回ると、摩擦低減作用が有効に発揮されず、一方、上記の上限を超えると、分散性や溶解性が低下する。
【0053】
本発明に用いられる潤滑油基油の種類は特に限定されず、潤滑油組成物の基油として通常用いられる動物・植物油、鉱油、合成油などが挙げられる。具体的には、例えば、牛脂、豚脂、魚油などの動物油;アマニ油、サフラワー油、大豆油、ごま油、コーン油、菜種油、綿実油、オリーブ油などの植物油;スピンドル油、マシン油などの鉱物油などが挙げられる。また、合成油としては、例えば、ジエステル、ポリオールエステルなどに代表されるエステル系合成油、ポリグリコール化合物、ポリ−α−オレフィンなどに代表される合成炭化水素油、フェニルエーテルなどのエーテル系合成油などが例示される。これらの基油は単独で用いても良いし、2種以上の混合物であっても良い。なお、上記潤滑油基油の動粘度や粘度指数などは特に限定されず、摺動部材に通常用いられ得る範囲内に制御されていれば良い。
【0054】
上記基油の好ましい合計量は、潤滑剤全量基準で50〜99.5質量%である。より好ましい合計量は60〜99.0質量%であり、さらに好ましくは70〜98.0質量%である。
【0055】
グリースとして用いる場合、具体的には、上式(1)および/または(2)の化合物(アミン塩)と、上記の潤滑油基油と、増ちょう剤を含んでいる。グリースの増ちょう剤としては特に限定されず、金属石けん、複合金属石けん等の石けん系増ちょう剤;ベントナイト、シリカゲル、ウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物等の非石けん系増ちょう剤等、一般的に用いられるものを使用できる。このうち石けん系増ちょう剤としては、ナトリウム石けん、カルシウム石けん、アルミニウム石けん、リチウム石けん等が挙げられる。また、非石けん系増ちょう剤のうちウレア化合物、ウレア・ウレタン化合物としては、ジウレア化合物、トリウレア化合物、テトラウレア化合物、これら以外の他のポリウレア化合物、ジウレタン化合物等が挙げられる。
【0056】
上記増ちょう剤の好ましい合計量は、潤滑剤全量基準で1〜50質量%である。より好ましい合計量は3〜40質量%であり、さらに好ましくは5〜30質量%である。
【0057】
本発明に用いられる潤滑剤は、上記のほかに、本発明の作用を阻害しない限度において、摺動部材用潤滑剤に通常用いられる添加剤を含有しても良い。上記添加剤としては、例えば、金属系清浄剤、酸化防止剤、粘度指数向上剤、他の無灰摩擦調整剤、他の無灰分散剤、摩耗防止剤若しくは極圧剤、防錆剤、非イオン系界面活性剤、抗乳化剤、金属不活性化剤、消泡剤などが挙げられる。これらは、上記添加剤による効果が有効に発揮されるように、単独でまたは複数を組み合わせて配合することができる。
【0058】
本発明の摺動部材は、特に、過酷な摺動条件下で使用される機械部品、例えば、自動車エンジン内のカム−カムフォロア部材やピストン−ピストンリング部材、バルブ部材などの自動車部材や、歯車部材、軸受部材などに好適に適用される。
【0059】
次に、本発明の摺動方法について説明する。本発明の摺動方法は、上記摺動部材のうち潤滑油基油を含む摺動部材を、下式(3)で表される油膜パラメータラムダ(∧)の値が1以下に制御された状態で摺動させるところに特徴を有している。
【0060】
【数2】


上式(3)中、
hminは、相対的に摺動する2つの摺動部材がなす摺動面に形成される
最小油膜厚さ、
Rrms1およびRrms2は、各摺動部材の摺動面の2乗平均粗さ
を意味する。
【0061】
この∧値は、上式(3)に示すように、相対的に摺動する2つの摺動部材がなす摺動面(接触部)の油膜厚さと合成粗さ(Rrms)との比であり、潤滑の尺度を示す油膜パラメータとして、摺動部材などの分野で汎用されている。摺動によって形成される油膜の厚さは、摺動材の形状や性状、潤滑油の粘度や密度、摺動試験条件などによって算出することができる。∧値が小さくなるほど油膜厚さhminが小さくなり、∧≦1では、摺動部同士が直接接触する(境界潤滑域と呼ばれる)など、極めて苛酷な摺動領域となる。特に、自動車エンジンや軸受部材などは、この境界潤滑域で摺動されるため、当該領域での摩擦係数の低減化などが強く切望されている。本発明によれば、トライボ(摩擦)反応によってトライボ膜(摩擦膜)が形成されるが、上記アミン塩を添加することによって摺動部の直接接触が抑制され、境界潤滑膜が形成されることで、低い摩擦係数や耐摩耗性を得ることができる。
【実施例】
【0062】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0063】
実施例1
本実施例では、スパッタリング法によりDLC膜が成膜された摺動部を用い、DLC被覆摺動部に好適な潤滑油添加剤を検討した。なお、本実施例および後記する実施例において、DLC被覆摺動部の基材は測定項目によって変えており、DLC膜の組成、硬度、水素含有量を測定するときは鏡面研磨した超硬合金基板を用い、摺動試験にはSKH51基板(ディスク形状)を用いた。なお、いずれの場合も、DLC膜の厚さは約1.5μmとした。
【0064】
(摺動部の作製)
基材としてSKH51を用意し、表面を予め鏡面研磨した。この基材を成膜装置のチャンバー内に導入し、チャンバー内を約1×10−3Pa以下に排気して真空引きを行なった後、上記基材を約200℃まで加熱し、Arイオンを用いてスパッタクリーニングを実施した。次に、以下の条件でスパッタリングを行ない、厚さ約1.5μmのDLC膜を成膜した。
ターゲット:φ6インチのC(カーボン)ターゲット
投入電力:2.0kW、基板印加バイアス:−100V
ガス種:ArとCH4の混合ガス
(ArとCH4の総量に対するCH4の流量比5%)
成膜時の全圧力:0.6Pa
【0065】
このようにして得られたDLC膜中の水素含有量(CとHの総量に対するHの比率)をERDA(Elastic Recoil Detection Analysis、弾性反跳散乱分析法)により分析した。本実施例で用いたDLC膜中の水素含有量は24原子%である。
【0066】
また、DLC膜硬度は、ナノインデンタ硬度計(ELINOX製のENT1100A)を用いたナノインデンテーション法によって測定した。詳細には、タイヤモンド製のBerkovich圧子を用い、測定加重10〜100mNの範囲で負荷−除荷曲線を測定し、硬度を算出した。補正は、Sawaらの文献(T. Sawa and K. Tanaka, J. Mat. Res. 16 (2001), 3084)に記載の方法によって行った。本実施例で用いたDLC膜の硬度は20GPaであった。
【0067】
(潤滑剤の調製)
本実施例では、以下の基油と表1に記載の添加剤(1〜6)を用意し、基油と添加剤の全量に対して各添加剤を3質量%の比率で配合した潤滑剤を用いた。添加剤1〜3は本発明例であり、比較のため、DLC被覆摺動部用に用いられている他の公知の添加剤4〜6を用いた。このうち添加剤6は特許文献2に記載のアミド化合物である。
【0068】
(1)基油:自動車エンジンオイルに通常使用される合成炭化水素油PAO(Poly Alpha Olefin,80℃における動粘度:8.9mm/s、密度:0.58g/cm
【0069】
(2)添加剤
(2−1)添加剤1:リン酸エステルのアミン塩の混合物
炭素数11〜14(C11−C14)アルキルアミンモノヘキシルホスフェートと炭素数11〜14(C11−C14)アルキルアミンジヘキシルホスフェートとの混合物(CAS No.80939−62−4、混合物中の窒素分2.7%、リン分4.8%)
(2−2)添加剤2:リン酸エステルのアミン塩の混合物
4−テトラプロピレンベンゾアミンジブチルホスフェートと、4−テトラプロピレンベンゾアミンジメチルホスフェートと、4−ターシャリードデシルベンゾアミンモノメチルホスフェートと、4−テトラプロピレンベンゾアミンモノブチルホスフェートの混合物、混合物中の窒素分4.5〜5.5%、リン分9.5%)
(2−3)添加剤3:亜リン酸エステルのアミン塩の混合物
アデカ製エフコルーブAPX−800
(2−4)添加剤4:グリセリンモノオレート(GMO)
(2−5)添加剤5:市販油溶性MoDTC(モリブデンジチオカーバメート)
(2−6)添加剤6:オレイン酸アミド
【0070】
(摺動試験)
上記のようにして得られたDLC被覆摺動部を用い、60〜120℃に加熱した潤滑剤中でベーンオンディスク型摺動試験を行って摩擦係数などを測定した。この摺動温度域は、自動車エンジン内を想定したものである。詳細な摺動方法は以下のとおりである。
【0071】
・ベーンオンディスク型摺動試験装置(神鋼造機(株)製の3ピン型摺動摩耗試験機)
この装置は、上記のDLC被覆摺動部からなるディスク(φ55mm×5mm)に2本のベーン(相手摺動部)が設置されたものである。ベーンは、SUJ2熱処理材を3.5mm×5mm×14mmの形状に加工した後、先端R5を鏡面研磨したもの(ヤング率:210GPa、ポアソン比:0.3)を用いた(相手摺動部の被覆層なし)。
【0072】
・摺動条件
摩擦係数の測定前に、摺動速度が0.18m/s、荷重100Nの条件で1分間のなじみ運転を行なった。
荷重:500Nに固定(面圧最大ヘルツ約0.6GPa)
摺動速度(m/s):0.18→0.13→0.09→0.06→0.04→
0.02に順次変化させるステップ式で摺動試験を行った。各ステップの摺動時間は
20minとした。
・摩擦係数の測定:0.04m/sの摺動速度における摩擦係数の平均値を算出した。
この摺動速度では、摩擦係数の大幅な変動がなかったからである。
摺動速度0.04m/sのときの油膜パラメータ∧値:約0.1
(hmin:0.0075μm、Rrms1:0.05μm、
Rrms2:0.05μm)
【0073】
更に、相手摺動部の摩耗量(mm3)は摩耗痕の幅から算出した。また、DLCの摩耗深さ(μm)は、アルバック社製表面形状測定装置(DEKTAK 6M)を用いて測定した。
【0074】
本実施例では、上記の摩擦係数の平均値が小さく(おおむね、0.07以下)、相手摺動部の摩耗量が小さく(おおむね、5.0×10−4mm未満)、DLCの摩耗が少ない(摩耗深さが1μm以下)ほど、耐摩耗特性に優れ、低摩擦摺動部材として有用であると評価した。表1には、総合評価の欄を設け、これらのすべてが良好なものに「○」を、いずれか一つが悪いものに「×」を付している。
【0075】
これらの結果を表1に併記する。
【0076】
【表1】

【0077】
表1より、以下のように考察することができる。
【0078】
まず、No.1は、潤滑剤中に添加剤を含まない例であり、摩擦係数を測定した摺動条件下(油膜パラメータ∧値:約0.1)では潤滑面が直接接触するため、摩擦係数が非常に高く、DLC被覆摺動部および相手摺動部の双方が摩耗した。これに対し、本発明で規定するアミン塩(添加剤1〜3)を含むNo.2〜4では、せん断力の小さい潤滑膜が形成されるため、摩擦係数が低くなり、DLCや相手摺動部の摩耗も抑制された。
【0079】
一方、他の公知の潤滑剤を用いたNo.5では、相手摺動部の摩耗量が大きくなり、No.6では、相手摺動部の摩耗量が大きくなることに加え、さらに摩擦係数が高くなった。また、本発明で規定するリン酸/亜リン酸のアミン塩ではなくアミド化合物を用いたNo.7(添加剤6)では、摩擦係数が高くなり、且つ、耐摩耗性も低下した。
【0080】
実施例2
本実施例では、PVD法またはCVD法で成膜したDLC被覆摺動部を用い、DLC中の水素量が摩擦係数や耐摩耗性に及ぼす影響を調べた。摺動試験は、表1の添加剤1を用いて実施例1と同様にして行い、評価した。
【0081】
具体的には、実施例1において、ArとCH4の総量に対するCH4の流量比を0〜40%の範囲で変えた混合ガスを用いてDLC膜中の水素含有量を変化させたこと以外は、実施例1と同様にしてスパッタリング法によりDLC膜が成膜された摺動部を作製した。
【0082】
CVD法によるDLC膜の成膜条件は以下のとおりである。
成膜時に基材に印加するDCパルス電圧:−400V
成膜時の全圧力:1Pa
成膜時のガス種:ArとC(アセチレン)の混合ガス(0:1〜1:1)
DLC膜中の水素含有量は、アセチレンガス分圧を0.5〜1.0Paの間で
変化させて調整した。
成膜温度:200℃以下
パルスの周波数:250kHz
パルス幅に対する電圧印加時間(ON)の比率を示すDUTY比:20%
【0083】
これらの結果を表2に記載する。
【0084】
【表2】

【0085】
表2より以下のように考察することができる。
【0086】
No.1〜5は、PVD法(スパッタリング法)で成膜した例である。このうち、DLC膜中の水素含有量が40原子%以下に制御されたNo.1〜4は、DLC膜の硬度が高く、摩擦係数も小さく、DLCおよび相手摺動部の摩耗も少なかった。特に、No.2〜4のように水素含有量を10〜40原子%の範囲内に制御すると、耐摩耗性が更に向上した。これに対し、水素含有量が40原子%を超えるNo.5は、DLC膜の硬度が低くなり、摩擦係数は大きくなってDLCの摩耗深さが大きくなった。
【0087】
上記と同様の傾向は、CVD法でDLC膜を成膜したNo.6〜8についても見られた。すなわち、水素含有量が40原子%以下に制御されたNo.6、7では、DLC膜の硬度が高く、摩擦係数、耐摩耗性の両方に優れているのに対し、水素含有量が40原子%超のNo.8は、DLC膜の硬度が低く、摩擦係数が高くなった。
【0088】
No.10と11は、ベーン(相手摺動部)にもディスク(基材)と同様のDLC膜を形成した例であり、No.11は、潤滑油に添加剤を添加しなかったこと以外はNo.10と同じである。No.10は、摩擦係数が小さく、DLCおよび相手摺動部材の摩耗も少なかったのに対し、添加剤を含有しないNo.11では潤滑膜が形成されず、摩擦係数は高く、DLCの摩耗量も多かった。また、相手摺動部材にDLCをコーティングした上記No.10を、相手摺動部材にDLCをコーティングしなかった上記No.3と比較すると、No.10の摩擦係数および摩耗量はNo.3に比べて一層小さくなることから、DLCのコーティングは双方の摺動部材に対して行なうことが好ましいことが分かった。
【0089】
なお、No.9ではDLCを成膜していないため、摩擦係数は高くなった。
【0090】
上記の実験結果より、DLC被覆摺動部におけるDLC膜中の水素含有量は、10〜40原子%の範囲が好ましいことが分かった。
【0091】
実施例3
本実施例では、スパッタリング法により金属元素含有DLC膜が成膜された摺動部を用い、DLC膜中の金属元素が摩擦係数や耐摩耗性に及ぼす影響を調べた。摺動試験は、表1の添加剤1を用いて実施例1と同様にして行い、評価した。
【0092】
具体的には、実施例1において、C(カーボン)ターゲットと金属元素Me(Cr、W、Fe、Si、Al、Mo、B)含有ターゲットを用い、投入電力を以下のように制御し、基材が搭載されたステージを10rpmで回転させたこと以外は、実施例1と同様にしてスパッタリングを行なった。投入電力は、Cターゲットに対して約2.0kWとし、Me含有ターゲットに対しては、約0.2〜1kWの範囲で変化させることによってDLC膜中のMeの組成を制御した。
【0093】
これらの結果を表3に記載する。
【0094】
【表3】

【0095】
表3より以下のように考察することができる。
【0096】
No.2〜5は、W(タングステン)を添加した例である。このうちWを20原子%以下の範囲でDLC膜中に含むNo.2〜4は、Wを含まないNo.1に比べてDLC膜の硬度は低くなったが、密着性の高い潤滑膜が形成されるため、摩擦係数は低く、耐摩耗性も良好である。これに対し、No.5はWの含有量が多いためにDLC膜硬度が著しく低くなり、摩擦係数が高くなり、DLCが摩耗した。
【0097】
No.6〜11は、W以外の金属元素を本発明の好ましい範囲で含む例であり、摩擦係数が低く、耐摩耗性も良好であった。
上記の実験結果より、DLC膜が金属元素を含む場合は、金属元素の含有量が20原子%以下であり、当該DLC膜の硬度がおおむね、10GPa以上の場合に、良好な特性が得られることが分かった。
【0098】
実施例4
本実施例では、スパッタリング法によりDLC膜が成膜された摺動部を用い、潤滑油中に含まれるアミン塩の含有量が摩擦係数および耐摩耗性に及ぼす影響を調べた。
【0099】
スパッタリング法の条件は実施例1と同じであり、DLC膜中の水素含有量はすべて24原子%である。DLC膜の硬度は20GPaである。また、摺動試験は、表1の添加剤1を用い、潤滑剤中の含有量を表4に示す範囲で変化させたこと、および潤滑剤の温度を80℃にしたこと以外は実施例1と同様にして行い、評価した。
【0100】
これらの結果を表4に記載する。
【0101】
【表4】

【0102】
表4より以下のように考察することができる。
【0103】
No.2〜6は、アミン塩の含有量が本発明の好ましい範囲に制御された例であり、摩擦係数が低く、耐摩耗性も良好であった。これに対し、No.1はアミン塩の添加量が少ないため、潤滑膜が充分形成されず、摩擦係数が高く、耐摩耗性も低下した。また、No.7はアミン塩の含有量が多い例であり、摩擦係数が高くなった。これは、アミン塩の添加によって潤滑膜は形成されるが、アミン塩が多いために溶解性や貯蔵安定性が低下し、沈殿物が発生したことによる。
【0104】
上記の実験結果より、本発明に用いられるアミン塩の好ましい添加量は0.05〜10質量%であることが分かった。
【0105】
実施例5
本実施例では、スパッタリング法によりDLC膜が成膜された摺動部を用い、摺動時の油膜パラメータ∧を種々変化させて摺動試験を行ったときの、本発明に用いられるアミン塩の添加効果を調べた。
【0106】
具体的には、実施例1と同様にしてDLC被覆摺動部を作製した。DLC膜中の水素含有量はすべて24原子%であり、DLC膜の硬度は20GPaである。摺動試験は、表1の添加剤1を用い、油膜パラメータ∧を表5に示す範囲で変化させたこと以外は実施例1と同様にして行い、摩擦係数を評価した。油膜パラメータ∧は、摺動速度を表5に示すように実験No.ごとに一定速度に調整して制御した。比較のため、添加剤を含まない潤滑剤存在下で上記の摺動試験を行なった。
【0107】
各実験No.について、所定の摺動速度で20分間摺動したときの摩擦係数の平均値を測定した。また、アミン塩の添加効果を調べるため、下式に基づき、各実験No.ごとに摩擦係数の変化率を算出した。
摩擦係数の変化率(%)
={[(添加剤「有」のときの摩擦係数)−(添加剤「無」のときの摩擦係数)]
/(添加剤「無し」のときの摩擦係数)}×100
【0108】
これらの結果を表5に記載する。
【0109】
【表5】

【0110】
表5より、本発明に用いられるアミン塩を用いて摺動試験を行ったNo.1〜12は、∧値にかかわらず、低い摩擦係数平均値を有している。また、アミン塩添加による摩擦係数低減効果は、∧値が1以下の場合に顕著に認められた(No.4〜12を参照)。
【0111】
実施例6
本実施例では、スパッタリング法によりDLC膜が成膜された摺動部を用い、グリース潤滑下における本発明に用いられるアミン塩の添加効果を調べた。
【0112】
潤滑剤には、以下の2種類のベースグリース(基油+増ちょう剤)を用いた。また、本発明に用いられるアミン塩は、実施例1の添加剤1、2を用いた。比較のため、DLC被覆摺動部用に用いられている公知の添加剤であるグリセリンモノオレアート(GMO、前述した表1に記載の添加剤4)を用いた。上記の各添加剤は、グリース潤滑剤全量に対して3質量%の比率で配合した。
【0113】
(1)鉱油ウレアグリース
鉱油(10mm2/s、100℃動粘度)をジウレア系増ちょう剤(4,4’−フェニルメチルイソシアネートとオクチルアミンを反応させて得られるジウレア化合物、7重量%)で増ちょうさせたグリースに、各添加剤を所定量混合し、3段ロールミルでミル処理を行った後、脱泡し、グリース組成物を調製した。
【0114】
(2)PAOリチウムグリース PAO(6mm2/s、100℃動粘度)をリチウム石けん(ステアリン酸リチウム、10重量%)で増ちょうさせたグリースに、各添加剤を所定量混合し、3段ロールミルでミル処理を行った後、脱泡し、グリース組成物を調製した。
【0115】
上記の各グリース潤滑剤を用い、実施例1と同様にしてDLC被覆摺動部を作製した。DLC膜中の水素含有量はすべて24原子%であり、DLC膜の硬度は20GPaである。また、摺動試験は上記グリース潤滑剤を摺動部に塗布したこと以外は実施例1と同様にして行い、評価した。
【0116】
これらの結果を表6に記載する。
【0117】
本実施例では、上記の摩擦係数の平均値が小さく(おおむね、0.120以下)、相手摺動部の摩耗量が小さく(おおむね、5.0×10-4mm3未満)、DLCの摩耗が少ない(摩耗深さが1μm以下)ほど、耐摩耗特性に優れ、低摩擦摺動部材として有用であると評価した。表6には、総合評価の欄を設け、これらのすべてが良好なものに「○」を、いずれか一つが悪いものに「×」を付している。
【0118】
【表6】

【0119】
表6より以下のように考察することができる。
【0120】
No.1〜4はベースグリースに鉱油ウレアグリースを用いた例であり、No.5〜8はPAOリチウムグリースを用いた例である。このうちNo.1、5は、グリース中に添加剤を含まない例であり、潤滑面が直接接触するため、摩擦係数は非常に高く、DLCおよび相手摺動材の双方が摩耗した。
【0121】
これに対し、本発明で規定するアミン塩(添加剤1、2)を含むNo.2、3、6、7では、せん断力の小さい潤滑膜が形成されるため、摩擦係数が低くなり、DLCや相手摺動部の摩耗も抑制された。一方、公知の添加剤を含むNo.4、8では、相手摺動材の摩耗が大きくなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部がダイヤモンドライクカーボン材料で被覆されており、潤滑剤の存在下で摺動する摺動部材において、前記潤滑剤が下式(1)のアミン塩および/または下式(2)のアミン塩を含むことを特徴とする摺動部材。
【化1】


【化2】


上式(1)および(2)中、R、R、R、R、Rは同一または異なって、Hまたは炭素数1〜24の炭化水素基を表す。
【請求項2】
前記潤滑剤は、更に基油を含む潤滑油である請求項1に記載の摺動部材。
【請求項3】
前記潤滑剤は、更に基油および増ちょう剤を含むグリースである請求項1に記載の摺動部材。
【請求項4】
前記潤滑剤が前記式(1)のアミン塩および/または式(2)のアミン塩を0.05〜10質量%の比率で含む請求項1〜3のいずれか1項記載の摺動部材。
【請求項5】
前記ダイヤモンドライクカーボン材料中の水素量が、炭素(C)と水素(H)の総量に対して40原子%以下である請求項1〜4のいずれか1項記載の摺動部材。
【請求項6】
前記ダイヤモンドライクカーボン材料は、炭素(C)と金属元素(Me)の総量に対して20原子%以下の比率で金属元素Meを含有し、前記金属元素Meは、4A族元素、5A族元素、6A族元素、Fe、Si、Al、およびBよりなる群から選択される少なくとも1種である請求項1〜5のいずれか1項記載の摺動部材。
【請求項7】
請求項2〜6のいずれか1項記載の摺動部材において、下式(3)で表される油膜パラメータラムダ(∧)の値が1以下に制御された状態で摺動部を摺動させることを特徴とする摺動部材の摺動方法。
【数1】


上式(3)中、
hminは、相対的に摺動する2つの摺動部材がなす摺動面に形成される
最小油膜厚さ、
Rrms1およびRrms2は、各摺動部材の摺動面の2乗平均粗さ
を意味する。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項記載の摺動部材が適用される機械部品。
【請求項9】
前記機械部品が歯車部材、軸受部材、または自動車エンジン部品である請求項8記載の機械部品。
【請求項10】
前記自動車エンジン部品が、カム−カムフォロア部材、ピストン−ピストンリング部材、またはバルブ部材である請求項9記載の機械部品。

【公開番号】特開2010−249306(P2010−249306A)
【公開日】平成22年11月4日(2010.11.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−145743(P2009−145743)
【出願日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【Fターム(参考)】