説明

液圧ブレーキシステム

【課題】ブレーキシステムの自己診断機能において、作動液の温度が低下している状況下における誤検出を防止する。
【解決手段】走行中において、動力式液圧源装置によって発生させられる液圧が閾液圧PBより低い状態が閾継続時間TB以上続いた場合に、ブレーキシリンダへの作動液の供給を、動力式液圧源装置からマスタシリンダ装置に切り換えるように構成されたブレーキシステムを、作動液の温度が設定温度より低下していると推定される場合に、閾液圧を低い値PB'することと、閾継続時間を長い値TB'とすることとの少なくとも一方を行うように構成する。作動液の温度が設定温度より低下している状況下において、誤って動力式液圧源装置の異常と診断されることを回避することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作動液の液圧によって作動して車輪に制動力を付与する液圧式のブレーキ装置を備えた液圧ブレーキシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1に記載の液圧ブレーキシステムは、運転者によってブレーキ操作部材に加えられる操作力に依拠せずに動力源が発生させる力に依拠して作動液を加圧する動力式液圧源装置と、その動力式液圧源装置が発生させる液圧を調整する液圧調整装置とを備え、制動力を制御可能とされている。そのようなブレーキシステムでは、制動力の制御を正常に行えないことが検出されたような場合、動力式液圧源装置からブレーキシリンダへの作動液の供給を遮断するとともに、ブレーキ操作部材に加えられた操作力に依拠して作動液を加圧するマスタシリンダ装置からブレーキシリンダへの作動液の供給を許容して、ブレーキ操作部材の操作に応じた制動力を発生させるように構成される。つまり、ブレーキシステムの異常時のブレーキモード、いわゆるバックアップモードへ切り換えるように構成される。例えば、下記特許文献1に記載のブレーキシステムにおいては、ブレーキシリンダの目標液圧と実際の液圧との差が大きい状態が継続した場合に、バックアップモードに切り換わるように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−143265号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述したバックアップモードへ切り換えられた場合、通常のブレーキモードへの復帰が、フェールセーフの観点から、専用のツール等を用いて人手によって行われるように構成されるシステムがある。そのような構成のシステムにおいては、ブレーキシステムの異常を誤って検出してしまうと、システムが正常であっても、通常のブレーキモードへ復帰させるまで、車輪のロック,横滑り等を抑制するための制動力の制御を行うことができないという問題がある。本発明は、そのような実情に鑑みてなされたものであり、誤ってブレーキシステムの異常と診断されないようにすることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の液圧ブレーキシステムは、走行中において、動力式液圧源装置によって発生させられる液圧が閾液圧より低い状態が閾継続時間以上続いた場合に、前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を、動力式液圧源装置からマスタシリンダ装置に切り換えるようにされており、作動液の温度が設定温度より低下していると推定される場合に、閾液圧を低くすることと、閾継続時間を長くすることとの少なくとも一方を行うように構成される。
【発明の効果】
【0006】
急ブレーキの際に、動力式液圧源装置が供給する作動液の量に対して受け取る作動液の量が不足して、液圧が一時的に低くなることがセンサ等により検出される場合がある。作動液の温度が低くなって粘度が高くなると、その液圧の検出結果が、バックアップモードへの切り換え条件を満たしてしまう虞がある。本発明の液圧ブレーキシステムにおいては、作動液の温度が低くなっている場合に、バックアップモードへの切り換わりにくいように切換条件が変更される。つまり、本発明の液圧ブレーキシステムによれば、作動液の温度が設定温度より低下している状況下において、誤って動力式液圧源装置の異常と診断されることを回避することが可能である。
【発明の態様】
【0007】
以下に、本願において特許請求が可能と認識されている発明(以下、「請求可能発明」という場合がある)の態様をいくつか例示し、それらについて説明する。各態様は請求項と同様に、項に区分し、各項に番号を付し、必要に応じて他の項の番号を引用する形式で記載する。これは、あくまでも請求可能発明の理解を容易にするためであり、それらの発明を構成する構成要素の組み合わせを、以下の各項に記載されたものに限定する趣旨ではない。つまり、請求可能発明は、各項に付随する記載,実施例の記載等を参酌して解釈されるべきであり、その解釈に従う限りにおいて、各項の態様にさらに他の構成要素を付加した態様も、また、各項の態様から何某かの構成要素を削除した態様も、請求可能発明の一態様となり得るのである。
【0008】
なお、以下の各項において、(1)項が請求項1に相当し、請求項1に(3)項に記載の技術的特徴を付加したものが請求項2に、請求項2に(4)項に記載の技術的特徴を付加したものが請求項3に、請求項2または請求項3に(5)項に記載の技術的特徴を付加したものが請求項4に、請求項2ないし請求項4のいずれか1つに(6)項に記載の技術的特徴を付加したものが請求項5に、それぞれ相当する。
【0009】
(1)運転者によって操作されるブレーキ操作部材と、
車輪に対応して設けられ、ブレーキシリンダを有し、そのブレーキシリンダに供給される作動液の液圧によって作動して車輪に制動力を付与するブレーキ装置と、
前記ブレーキ操作部材に加えられた操作力に依拠して作動液を加圧するマスタシリンダ装置と、
動力源を有し、その動力源が発生させる力に依拠して作動液を加圧する動力式液圧源装置と、
その動力式液圧源装置が発生させる作動液の液圧を調整する液圧調整装置と、
(a)通常時において、前記マスタシリンダ装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を遮断し、かつ、前記動力式液圧源装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を許容する第1状態を実現し、前記液圧調整装置を制御して作動液の液圧を調整することによって、車輪に付与する制動力を制御する制動力制御部と、(b)走行中において、前記動力式液圧源装置によって発生させられる液圧が閾液圧より低い状態が閾継続時間以上続いた場合に、前記動力式液圧源装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を遮断し、かつ、前記マスタシリンダ装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を許容する第2状態に切り換え、前記ブレーキ操作部材の操作に応じた制動力を発生させる実現状態切換部と、(c)作動液の温度が設定温度より低下している状態である低液温状態にあると推定される場合に、前記閾液圧を低くすることと、前記閾継続時間を長くすることとの少なくとも一方を行う切換条件変更部とを有する制御装置と、
を備えた液圧ブレーキシステム。
【0010】
本項に記載の液圧ブレーキシステムは、マスタシリンダ装置と動力式液圧源装置との2つの液圧源を備え、通常は動力式液圧源装置から作動液の供給が行われ、その動力式液圧源装置の異常時にはマスタシリンダ装置からの作動液の供給が行われるものを前提としている。その「動力式液圧源装置」は、電力の供給を受けて作動して液圧を発生させるポンプ装置を含むものとすることができる。また、動力式液圧源装置は、作動液を加圧した状態で蓄えるアキュムレータを含むものとすることもできる。その動力式液圧源装置が発生させる液圧を調整する「液圧調整装置」は、自身に供給される電力に応じて作動液を制御する電磁制御弁を含むものとすることができる。なお、その液圧調整装置は、各車輪に対応して設けられたブレーキシリンダの液圧を調整する装置を含むものとすることができる。さらに、液圧調整装置は、そのブレーキシリンダの液圧を調整する装置とは別にそのブレーキシリンダの液圧を調整する装置と動力式液圧源装置との間に設けられて動力式液圧源装置の出力液圧を調整する装置を含むものとすることができる。
【0011】
上記のような動力式液圧源装置を備えたブレーキシステムにおいては、その動力式液圧源装置が十分な液圧を発生できないような異常が生じた場合には、マスタシリンダ装置から作動液の供給が行われる状態(上記第2状態,以下、「バックアップモード」という場合がある)に移行するように構成される。そして、その動力式液圧源装置の異常は、動力式液圧源装置によって発生させられる液圧が閾液圧より低い状態が閾継続時間以上続いたか否かによって判定される。
【0012】
しかしながら、動力式液圧源装置を備えたブレーキシステムにおいては、急ブレーキの際に、動力式式液圧源装置が供給する作動液の量に対して受け取る作動液の量が不足する場合があり、その場合には、一時的にではあるが、動力式液圧源装置の出力液圧が低くなることがセンサ等により検出される。さらに、その動力式液圧源装置の出力液圧の低下は、作動液の温度が低くなっている場合、つまり、作動液の粘度が高くなっている場合に、より顕著に現れる。具体的に言えば、動力式液圧源装置の出力液圧の低下は、その低下量が大きくなったり、制御されている大きさまで回復するまでの時間が長くなったりすることになる。つまり、作動液の温度が低くなっている場合には、バックアップモードへ切り換えるための切換条件を満たしてしまう虞があり、その条件を満たしてしまうと、故障していないにもかかわらず、バックアップモードへ移行させてしまうことになる。
【0013】
本項に記載の液圧ブレーキシステムにおいては、作動液の温度が低下している状況下において、閾液圧を低くすることと、閾継続時間を長くすることとの少なくとも一方を行うようにして閾値が変更するように構成される。つまり、本項に記載の液圧ブレーキシステムによれば、作動液の温度が低下している状況下において、バックアップモードへの切換条件が変更され、バックアップモードへ移行されにくくなっている。そのことによって、動力式液圧源装置の異常が誤って検出されることがなく、車輪のロック,横滑り等を抑制するための制動力の制御を、システムが正常であってもブレーキモードへ復帰させるまで行うことができない事態となることを回避することが可能である。
【0014】
本項に記載の「低液温状態」とは、作動液の温度が低くなり、作動液の粘度が高くなっている状態をいう。その低液温状態にあるか否かは、作動液の温度が直接的に検出されてもよく、後に詳しく説明するように、車両が駐車されていた状況下等の推定結果から間接的に推定されてもよい。
【0015】
(2)前記動力式液圧源装置が、
作動液を加圧した状態で蓄えるアキュムレータを有し、そのアキュムレータに蓄えられている作動液の圧力が設定された範囲内の圧力である蓄圧範囲内圧力となるように制御されるものとされ、
前記閾圧力が、前記蓄圧範囲内圧力の下限値との差分が定められた差分となるように設定された(1)項に記載の液圧ブレーキシステム。
【0016】
本項に記載の態様は、実現状態切換部において第1状態から第2状態への切換条件である閾液圧が具体化されている。なお、その閾液圧は、蓄圧範囲内圧力の下限値よりいくらかのマージンだけ低い方が望ましいが、閾継続時間との関係によっては、下限値と同じ値であってもよく、下限値より高い値であってもよい。
【0017】
(3)前記制御装置が、
車両の始動時に、設定時間以上車両が始動されなかったか否かを推定するとともに、外気温が設定気温より低かったか否かを推定し、設定時間以上車両が始動されなかったと推定され、かつ、外気温が設定気温より低かったと推定された場合に、前記低液温状態にあると推定する低液温状態推定部を有し、
前記切換条件変更部が、
その低液温状態推定部によって前記低液温状態にあると推定された場合に、前記閾液圧と前記閾継続時間との少なくとも一方を変更するように構成された(1)項または(2)項に記載の液圧ブレーキシステム。
【0018】
本項に記載の態様は、低液温状態あるか否かを推定する手法が具体化されている。本項に記載の態様は、平たく言えば、気温の低い場所に長時間駐車されていた場合に、低液温状態にあると推定される。その「設定時間以上車両が始動されなかったか否か」および「外気温が設定気温より低かったか否か」を推定する手法は、特に限定されない。例えば、「設定時間以上車両が始動されなかったか否か」は、例えば、始動時の時刻と前回に車両を駐車する直前の時刻とに基づいて推定されてもよく、後に詳しく説明するように、アキュムレータ圧の低下の程度等に基づいて推定されてもよい。また、「外気温が設定気温より低かったか否か」は、例えば、車両始動時の時刻や気温等に基づいて推定されてもよく、後に詳しく説明するように、車両に搭載された暖房機器の使用状態に基づいて推定されてもよい。
【0019】
(4)前記動力式液圧源装置が、
作動液を加圧した状態で蓄えるアキュムレータを有し、そのアキュムレータに蓄えられている作動液の圧力が設定された範囲内の圧力である蓄圧範囲内圧力となるように制御されるものとされ、
前記低液温状態推定部が、
車両の始動時における前記アキュムレータに蓄えられた作動液の圧力に基づいて、設定時間以上車両が始動されなかったか否かを推定する(3)項に記載の液圧ブレーキシステム。
【0020】
本項に記載の態様は、「設定時間以上車両が始動されなかったか否か」を推定する手法が具体化されている。アキュムレータに蓄えられた作動液は、ブレーキシステムが備える制御弁等から徐々に漏れるため、アキュムレータに蓄えられた作動液の圧力であるアキュムレータ圧は、徐々に低下して低圧源の圧力(大気圧)まで低下することになる。したがって、そのアキュムレータ圧に基づけば、車両が駐車されていた時間が推定できるのであり、つまりは、「設定時間以上車両が始動されなかったか否か」を推定することができるのである。本項の態様によれば、当該ブレーキシステムの制御に用いられる情報から推定するため、別の情報を他の制御装置等から取得する必要がない。そのことにより、例えば、他の制御装置との通信容量が減少するため、その通信に必要なパーツが小さな容量のものを採用でき、システムの簡素化や小型化を図ることが可能である。
【0021】
(5)前記低液温状態推定部が、
車両に搭載された暖房機器の使用状態に基づいて、外気温が設定気温より低かったか否かを推定する(3)項または(4)項に記載の液圧ブレーキシステム。
【0022】
本項に記載の態様は、「外気温が設定気温より低かったか否か」を推定する手法が具体化されている。本項の態様は、例えば、車両の始動の際に暖房機器が作動しているか否かや、前回に車両を駐車する直前に暖房機器が作動していたか否かによって推定するように構成することができる。また、本項の態様においては、例えば、暖房機器の設定温度が閾温度以上か否かなど、暖房機器の設定温度を、推定するための指標とすることもできる。
【0023】
(6)前記制御装置が、
前記低液温状態推定部によって前記低液温状態にあると推定された後に作動液の温度が設定温度まで回復したか否かを、推定する液温回復推定部を有し、
前記切換条件変更部が、
前記液温回復推定部によって作動液の温度が設定温度まで回復したと推定された場合に、変更されていた前記閾液圧と前記閾継続時間との少なくとも一方を変更前の値に戻すように構成された(3)項ないし(5)項のいずれか1つに記載の液圧ブレーキシステム。
【0024】
(7)前記液温回復推定部が、
車両が始動された後における前記ブレーキ操作部材の操作回数が設定された回数を超えた場合に、作動液の温度が設定温度まで回復したと推定する(6)項に記載の液圧ブレーキシステム。
【0025】
上記2つの項に記載のシステムは、変更された閾値を元に戻すような構成とされている。つまり、上記2つの項に記載の態様によれば、作動液の温度が低下している状況下あった場合であっても、その作動液の温度の回復とともに閾値が元に戻されるため、アキュムレータの異常を検出する条件が、作動液の温度に応じて適切化されたシステムが実現する。
【0026】
上記2つの項に記載の態様のうちの前者に態様に記載された「液温回復推定部」による「作動液の温度が設定温度まで回復したか否か」の推定手法は、特に限定されない。例えば、車両が始動されてからの経過時間(具体的には、エンジン等が始動させられて、車両が走行可能な状態とされてからの経過時間)や、後者の態様のように、ブレーキ操作部材の操作回数に基づいて推定する手法を採用することができる。さらに、例えば、動力式液圧源装置の駆動源が作動した回数やアキュムレータ圧の変動などに基づいて、間接的にブレーキ操作の操作回数が推定される構成であってもよい。
【0027】
なお、後者の態様によれば、当該ブレーキシステムの制御に用いられる情報から推定するため、温度計の検出値を他の制御装置等から取得する必要がなく、例えば、他の制御装置との通信に必要なパーツが小さな容量のものとして、システムの低コスト化を図ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】請求可能発明の実施例である液圧ブレーキシステムが備えるブレーキ回路の概略図である。
【図2】図1に示す増圧用リニア弁および減圧用リニア弁を示す概略断面図である。
【図3】システムが正常な場合に実現される第1状態を示すとともに、その第1状態における作動液の流れを示す図である。
【図4】アキュムレータの失陥時に実現される第2状態を示すとともに、その第2状態における作動液の流れを示す図である。
【図5】車両始動時のアキュムレータ圧の変化を示す図である。
【図6】低液温状態において急ブレーキとなる操作がなされた場合のアキュムレータ圧の変化を示す図である。
【図7】請求可能発明の実施例である液圧ブレーキシステムの制御を司る制御装置であるブレーキ電子制御ユニットによって実行される切換条件決定プログラムを表すフローチャートである。
【図8】請求可能発明の実施例である液圧ブレーキシステムの制御を司る制御装置であるブレーキ電子制御ユニットによって実行される切換条件復帰プログラムを表すフローチャートである。
【図9】請求可能発明の実施例である液圧ブレーキシステムの制御を司る制御装置の機能を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、請求可能発明の代表的な実施形態を、実施例として、図を参照しつつ詳しく説明する。なお、請求可能発明は、下記実施例の他、前記〔発明の態様〕の項に記載された態様を始めとして、当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を施した種々の態様で実施することができる。
【実施例】
【0030】
<液圧ブレーキシステムの構成>
請求可能発明の実施例である液圧ブレーキシステムは、図1に示すブレーキ回路を含んで構成される。本液圧ブレーキシステムは、ブレーキ操作部材としてのブレーキペダル10と、そのブレーキペダル10に加えられた踏力に依拠して作動液を加圧するマニュアル式液圧源装置12と、動力源が発生させる力に依拠して作動液を加圧する動力式液圧源装置14と、前後左右の車輪16にそれぞれ設けられた4つの液圧ブレーキ装置18と、それら2つの液圧源装置12,14とブレーキ装置18との間に設けられて動力式液圧源装置14が発生させる液圧を調整する液圧調整装置としてのブレーキアクチュエータ20とを備えている。なお、「車輪16」等のいくつかの構成要素は、総称として使用するが、4つの車輪のいずれかに対応するものであることを示す場合には、左前輪,右前輪,左後輪,右後輪にそれぞれ対応して、添え字「FL」,「FR」,「RL」,「RR」を付すこととする。
【0031】
4つのブレーキ装置18は、それぞれ、ブレーキシリンダ22を有し、そのブレーキシリンダ22の液圧によって作動して車輪16に制動力を付与する。なお、本実施例においては、車輪18とともに回転するブレーキ回転体としてのディスクロータに、非回転体に保持された摩擦材としてのブレーキパッドをブレーキシリンダ22の液圧によって押し付けるディスクブレーキである。
【0032】
マニュアル式液圧源装置12は、液圧ブースタ30と、マスタシリンダ32とを含んで構成されている。その液圧ブースタ30は、ブレーキペダル10に加えられる操作力に対応する液圧より高い液圧を発生させる液圧調節部(レギュレータ,図1においてregと示す)34と、ブレーキペダル10と連係させられるパワーピストン36と、そのパワーピストン36の後方に設けられたブースタ室38とを含んで構成される。液圧調節部34は、図示を省略するスプールバルブ,調圧室等を含んで構成され、動力式液圧源装置14に接続されるとともに、リザーバ40に接続されている。ブレーキペダル10の操作に伴うスプールバルブの移動によって、動力式液圧源装置14あるいはリザーバ40に調圧室が選択的に連通させられ、調圧室の液圧が操作力に応じた大きさに調節される。この調圧室の作動液(液圧調節部34によって調圧された作動液)がブースタ室38に供給されることによって、パワーピストン36に前進方向の力が加えられ、操作力が助勢される。
【0033】
マスタシリンダ32は、上述したパワーピストン36に連係させられる加圧ピストン50と、その加圧ピストン50の前方に設けられた加圧室52とを含んで構成される。そして、パワーピストン36の前進に伴って、加圧ピストン50が前進させられ、加圧室52に液圧が発生させられる。
【0034】
ブレーキペダル10が踏み込まれると、パワーピストン36が前進させられ、それに伴って、加圧ピストン50が前進させられる。ブースタ室38には、液圧調節部34において操作力に応じた大きさに調圧された液圧が供給される。加圧ピストン50は、操作力と助勢力(ブースタ室76の液圧に応じた力)とを合わせた力によって前進させられ、その力に応じた大きさの液圧が、加圧室52に発生させられる。なお、本実施例においては、液圧調節部34の液圧と加圧室52の液圧とが、ほぼ同じ大きさとなるようにされている。
【0035】
動力式液圧源装置14は、リザーバ40から作動液を汲み上げるポンプ60と、そのポンプ60を駆動する動力源としてのポンプモータ62と、ポンプ60から吐出された作動液を加圧された状態で蓄えるアキュムレータ64とを含んで構成される。ポンプモータ62は、アキュムレータ64に蓄えられている作動液の圧力が、予め定められた範囲内にあるように制御される。また、動力式液圧源装置14は、ポンプ60の吐出圧を設定値以下に規制するリリーフ弁66をも有しており、ポンプ60の吐出圧が過大になることが防止される。
【0036】
上述した動力式液圧源装置14,液圧ブースタ30の液圧調節部34,マスタシリンダ32の加圧室52は、ブレーキアクチュエータ20に接続される。詳しく言えば、動力式液圧源装置14,液圧ブースタ30の液圧調節部34,マスタシリンダ32の加圧室52は、それぞれ、制御圧通路70,ブースタ通路72,マスタ通路74に接続され、それら制御圧通路70,ブースタ通路72,マスタ通路74が、ブレーキアクチュエータ20が有する共通通路76に接続される。また、その共通通路76は、各車輪16FR,16FL,16RR,16RLに対応して設けられたブレーキシリンダ22FR,22FL,22RR,22RLと、それぞれ、個別通路78FR,78FL,78RR,78RLを介して接続されている。さらに、共通通路76は、リザーバ40と低圧通路80を介して接続されている。
【0037】
ブレーキアクチュエータ20は、アキュムレータ64に蓄えられている作動液の圧力、つまり、動力式液圧源14から出力される液圧を調整する出力液圧制御弁装置90を有している。その出力液圧制御弁装置90は、動力式液圧源装置14と共通通路76とを接続する制御圧通路70に設けられた増圧用リニア弁92と、共通通路76とリザーバ40とを接続する低圧通路80に設けられた減圧用リニア弁94とを含んで構成される。増圧用リニア弁92は、動力式液圧源装置14から共通通路76への作動液の流入を制御することが可能となっており、一方、減圧用リニア弁94は、共通通路76内のリザーバ40への作動液の流出を制御することが可能となっている。増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94は、高圧側の作動液と低圧側の作動液との液圧差と供給電流との間に予め定められた一定の関係があり、供給電流の増減に応じて開弁圧が変えることが可能となっている。したがって、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94は、供給電流の制御により、共通通路76に供給する作動液の液圧である供給圧を連続的に変化させることができ、供給圧を容易に任意の高さに制御することが可能となっている。
【0038】
具体的にいえば、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94は、図2に示すように、いずれも、弁体100と弁座102とを含むシーティング弁と、スプリング104と、ソレノイド106とを備えている。スプリング104の付勢力F1は、弁体100を弁座102に接近させる向きに作用し、ソレノイド106に電流が供給されることにより駆動力F2が弁体100を弁座102から離間させる向きに作用する。また、増圧用リニア弁92においては、動力式液圧源装置14によって加圧された作動液の液圧と供給圧との差圧に応じた差圧作用力F3が弁体100を弁座102から離間させる向きに作用し、減圧用リニア弁94においては、リザーバ40に貯留される作動液の液圧、つまり、大気圧と供給圧との差圧に応じた差圧作用力F3が弁体100を弁座102から離間させる向きに作用する。このため、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94のいずれにおいても、ソレノイド106への通電量を制御することによって、差圧作用力F3を制御し、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94の開弁圧を制御することが可能となっている。つまり、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94を差圧弁として機能させて、供給圧を制御可能に変化させることが可能となっている。
【0039】
また、ブレーキアクチュエータ20は、4つのブレーキシリンダ22FR,22FL,22RR,22RLの各々の液圧を調整するための個別液圧制御弁装置110を有している。その個別液圧制御弁装置110は、先に述べた個別通路78FR,78FL,78RR,78RLの各々に設けられた4つの保持弁112FR,112FL,112RR,112RLと、4つの保持弁112の各々とリザーバ40との間に設けられた4つの減圧弁114FR,114FL,114RR,114RLとを含んで構成される。保持弁112は、ソレノイドに電流が供給されない場合に開状態にある常開の電磁制御弁であり、ブレーキシリンダ22の液圧を増圧および保持するためのものである。減圧弁114は、ソレノイドに電流が供給されない場合に閉状態にある常閉の電磁制御弁であり、ブレーキシリンダ22の液圧を減圧するためのものである。
【0040】
また、共通通路76には、左右前輪16FR,16FLが接続される部分と、左右後輪16RR,16RLが接続される部分との間に、連通弁120が設けられている。つまり、その連通弁120は、左右後輪16RR,16RLに対応するブレーキシリンダ22RR,22RLと、左右前輪16FR,16FLに対応するブレーキシリンダ22FR,22FLとを連通させた状態と、遮断された状態とを切り換えるものとなっている。その連通弁120は、ソレノイドに電流が供給されない場合に閉状態にある常閉の電磁制御弁である。なお、連通弁120は、通常時において開状態とされて、先に述べた増圧用リニア弁92からの作動液が、左右後輪16RR,16RLに対応するブレーキシリンダ22RR,22RLだけでなく、左右前輪16FR,16FLに対応するブレーキシリンダ22FR,22FLへも供給されるように、それらが連通された状態とするようになっている。
【0041】
さらに、ブレーキアクチュエータ20は、ブースタ通路72に設けられたレギュレータカット弁130と、マスタ通路74に設けられたマスタカット弁132とを有している。それらレギュレータカット弁130およびマスタカット弁132は、いずれも、ソレノイドに電流が供給されない場合に開状態にある常開の電磁制御弁である。なお、マスタ通路72の途中には、ストロークシュミレータ134が、常閉の電磁制御弁であるシュミレータカット弁136を介して接続されている。
【0042】
本ブレーキシステムは、制御装置としてのブレーキ電子制御ユニット(以下、「ブレーキECU」あるいは単に「ECU」という場合がある)150を含んで構成される。そのECU150には、上述した動力式液圧源装置14のポンプモータ62,ブレーキアクチュエータ20が有する各電磁制御弁92,94,112,114,130,132,136が接続されており、それらポンプモータ62および各電磁制御弁を制御して、各ブレーキ装置18のブレーキシリンダ22の液圧を制御するように構成される。ちなみに、ECU150は、それら電磁モータおよび電磁制御弁の作動の制御のためのドライバ回路をも有している。
【0043】
本液圧ブレーキシステムは、制御のためのパラメータを取得するデバイスとして、種々のセンサを備えており、それらのセンサも、上記ブレーキECU150に接続されている。具体的には、ブレーキペダル10の操作量を検出するストロークセンサ160,制御圧通路70に設けられてアキュムレータ64に蓄えられた作動液の圧力を検出するアキュムレータ圧センサ162,ブースタ通路72に設けられて運転者によってブレーキペダル10に加えられた操作力に応じて発生した液圧ブースタ30の液圧調節部34の液圧を検出するレギュレータ圧センサ164,共通通路76に設けられてその共通通路76の液圧を検出することでブレーキシリンダ22の液圧を検出するブレーキシリンダ圧センサ166等が、ECU150に接続されている。
【0044】
<液圧ブレーキシステムにおける制御>
本液圧ブレーキシステムにおいては、出力液圧制御弁装置90が有する増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94,レギュレータカット弁130,マスタカット弁132の制御によって、動力式液圧源装置14,マニュアル式液圧源装置12が有する液圧ブースタ30やマスタシリンダ32のうちの1以上のものを選択的に、共通通路76に連通させられることが可能とされている。本ブレーキシステムは、通常時において、図3に示すような第1状態が実現される。詳しくは、レギュレータカット弁130およびマスタカット弁132は閉状態とされてマニュアル式液圧源装置12からの作動液の供給は遮断され、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94のソレノイド106への供給電流が制御されることで、動力式液圧源装置14からの作動液の供給が行われる。なお、その場合、連通弁120が開状態とされるとともに、シュミレータカット弁142が開状態とされる。そして、4つの保持弁112をすべて開状態とするとともに、減圧弁114をすべて閉状態とすることで、動力式液圧源装置14が供給する作動液によってブレーキシリンダ22が作動するのである。
【0045】
通常時における制御については、公知の制御であることから、簡単に説明する。運転者によってブレーキペダル10が操作されると、ストロークセンサ160,レギュレータ圧センサ164の検出結果に基づいて目標となる制動力が決定され、その目標制動力となるように、出力液圧制御弁装置90が制御される。なお、動力式液圧源装置14は、アキュムレータ圧Paccが、設定された範囲内の圧力である蓄圧範囲内圧力(Pmin<Pacc<Pmax)となるように制御される。具体的には、アキュムレータ圧センサ162によって検出されたアキュムレータ圧Paccが、蓄圧範囲内圧力より低下した場合に、ポンプモータ62が作動させられ、蓄圧範囲内圧力に達するとポンプモータ62の作動が停止されるようになっている。また、本ブレーキシステムにおいては、車両の挙動を安定化させるための制御、急ブレーキ時等において車輪のロックを抑制するためのABS(Anti-lock Brake System)制御,車両旋回時における車輪の横滑りを抑制するためのVSC(Vehicle Stability Control)制御,車両発進時,急加速時等に駆動輪の空転を抑制するためのTRC(Traction Control)制御が実行されるようになっおり、各車輪16の回転速度,スリップ率等に基づいて、個別液圧制御弁装置110が有する保持弁112,減圧弁114が制御される。
【0046】
<バックアップモードへの切り換え>
i)バックアップモードの概要
本ブレーキシステムにおいて、システムに異常が生じた場合には、動力式液圧源装置14に代えて、マニュアル式液圧源装置12から作動液の供給が行われるようになっている。例えば、動力式液圧源装置14に失陥が生じてアキュムレータ64に蓄圧できないような場合には、図4に示すような第2状態が実現される。詳しくは、増圧用リニア弁92および減圧用リニア弁94が閉状態とされて動力式液圧源装置14からの作動液の供給は遮断され、レギュレータカット弁130が閉状態とされるとともにマスタカット弁132が開状態とされてマスタシリンダ32からの作動液の供給が行われる。なお、その場合、連通弁120が閉状態とされるとともに、シュミレータカット弁142が閉状態とされる。そして、4つの保持弁112をすべて開状態とするとともに、減圧弁114をすべて閉状態とすることで、マスタシリンダ32が供給する作動液によって左右前輪16FR,16FLに対応するブレーキシリンダ22FR,22FLが作動するのである。
【0047】
また、例えば、故障等によってブレーキアクチュエータ20の作動が停止した場合には、各電磁制御弁が電流の供給を受けられず、図4に示した第2状態が実現されることになる。しかしながら、動力式液圧源装置14は正常であるために、マスタシリンダ32だけでなく液圧ブースタ30からも作動液が供給され、4つの車輪16のすべてに対応するブレーキシリンダ22が作動する。
【0048】
ii)切換条件とその切換条件の変更
本ブレーキシステムにおいては、常時、上述したアキュムレータ64に蓄圧できないような失陥を検出するための判定が行われるようになっている。具体的には、アキュムレータ圧センサ162によって検出されたアキュムレータ圧Paccが、閾液圧PBより低い状態が閾継続時間TB以上となった場合に、上述した第2状態が実現され、バックアップモードに切り換えられる。なお、その閾液圧PBは、蓄圧範囲内液圧の下限値Pminとの差分が定められた差分ΔPだけ低い値(Pmin−ΔP)に設定されている。
【0049】
例えば、急ブレーキをかける操作が運転者によってなされた場合、アキュムレータ64からの作動液の供給量が急激に増加するために、ポンプモータ62によるアキュムレータ64への作動液の供給が間に合わず、一時的にではあるが、アキュムレータ圧が低くなることがある。さらに、作動液の温度が低下して作動液の粘度が高くなっている場合、急ブレーキに伴うアキュムレータ圧Paccの低下は、その低下量が大きくなったり、蓄圧範囲内圧力まで回復するまでの時間が長くなったりすることになる。つまり、作動液の温度が低くなっている場合には、バックアップモードへ切り換えるための上記の切換条件を満たしてしまう虞がある。そして、その切換条件を満たしてしまうと、システムに異常がないのにもかかわらず、バックアップモードへ移行させてしまうことになる。そこで、本液圧ブレーキシステムにおいては、作動液の温度が低いか否かが推定され、作動液の温度が低くなっていると推定された場合に、上記の切換条件によってバックアップモードへ移行されにくくすべく、その切換条件が変更される。以下に、切換条件の変更について詳しく説明する。
【0050】
作動液の温度が設定温度より低い状態である低液温状態にあるか否かの推定は、本ブレーキシステムを搭載した車両が気温の低い場所に長時間駐車されていたか否かによって行われる。詳しく言えば、車両の始動時において、車両が設定時間以上始動されなかったか否かが推定されるとともに、外気温が設定気温より低かったか否かが推定され、車両が設定時間以上始動されなかったと推定され、かつ、外気温が設定気温より低かったと推定された場合に、低液温状態にあると推定される。
【0051】
具体的には、まず、車両が設定時間以上始動されなかったか否かの推定が、アキュムレータ圧センサ162の検出結果に基づいて行われる。車両が駐車されると、アキュムレータ64に蓄えられた作動液は、液圧ブースタ30が有するスプールバルブから徐々に漏れ、アキュムレータ圧は大気圧まで低下することになる。そして、アキュムレータ圧が大気圧まで低下した場合に、つまり、車両の始動時においてアキュムレータ圧が大気圧P0となっていた場合に、車両が設定時間以上始動されなかったと推定される。なお、アキュムレータ圧は、大気圧まで低下した状態から蓄圧される場合、図5に示すように、アキュムレータ64の封入圧までは急激に上昇する。そのため、車両の始動後のアキュムレータ圧の増加勾配ΔPaccが、設定された勾配より大きい場合に、車両が設定時間以上始動されなかったと推定されるようにしてもよい。
【0052】
次に、外気温が設定気温より低かったか否かの推定が、車両に搭載された暖房機器180(図9参照)の使用状態に基づいて行われる。前回、車両を駐車する直前に暖房機器180が使用されていた場合や、今回、車両の始動直後に暖房機器180が使用されている場合に、外気温が設定気温より低かったと推定される。
【0053】
そして、上記の推定手法によって、車両が設定時間以上始動されなかったと推定され、かつ、外気温が設定気温より低かったと推定されて、低液温状態にあると推定された場合には、閾液圧がPBより低いPB'にされるとともに、閾継続時間がTBより長いTB'されるようになっている。図6に示すように、それらの閾値の変更によって、急ブレーキをかける操作がなされたとしても、変更された切換条件は満たさず、バックアップモードへ切り換わることが回避される。
【0054】
また、低液温状態にあると推定された後においては、作動液の温度が設定温度を超えて通常まで回復したか否かが推定され、作動液の温度が回復したと推定された場合には、変更されていた切換条件が元に戻されるようになっている。詳しくは、車両が始動された後におけるブレーキ操作の回数に基づいて、作動液の温度が回復したか否かが推定される。より詳しく言えば、ストロークセンサ160の検出結果に基づいて、ブレーキ操作の回数がカウントされ、その回数に基づいて、変更された切換条件が元の値であるPB,TBに戻される。また、ブレーキ操作が行われれば、動力式液圧源装置14から作動液が供給され、アキュムレータ64の低下した圧力を回復すべく、ポンプモータ62が作動することになる。したがって、ポンプモータ62が作動した回数、あるいは、ポンプモータ62がON状態からOFF状態となった回数に基づいてブレーキ操作の回数が推定されて、作動液の温度が回復したか否かが推定されてもよい。さらに、アキュムレータ圧センサ162によって検出されたアキュムレータ圧がポンプモータ62をOFF状態とする圧力になった回数に基づいてブレーキ操作の回数が推定されてもよい。
【0055】
<制御プログラム>
本液圧ブレーキシステムにおいては、上述したように、アキュムレータ64に蓄圧できないような異常が生じていることが検出された場合に、バックアップモードへ切り換えるようにされており、その異常を誤検出しないように、切換条件が変更されるように構成されている。そして、本システムでは、切換条件を変更するか否かを決定するために、車両が始動されてブレーキECU150が起動した後に、図7にフローチャートを示す切換条件決定プログラムが実行される。また、本システムでは、切換条件が変更された後において誤検出する虞がなくなった場合に、変更された閾値を元に戻すために、図8にフローチャートを示す切換条件復帰プログラムが繰り返し実行される。以下に、それら切換条件決定プログラムおよび切換条件復帰プログラムによる制御処理のフローを、図に示すフローチャートを参照しつつ説明する。
【0056】
なお、本液圧ブレーキシステムにおいて事項される2つのプログラムによる処理では、切換条件に用いられる閾値が変更されているか否かを示す閾値変更フラグFLが採用されている。そのフラグFLのフラグ値は、閾値が変更されていない場合に0に、変更された場合に1にされる。
【0057】
i)切換条件決定プログラム
図7にフローチャートを示す切換条件決定プログラムによる処理では、まず、ステップ1(以下、単に「S1」と略す。他のステップについても同様とする)において、ECU150が起動した後の経過時間が設定時間T1を超えたか否かが判定されるとともに、S2において、ポンプモータ62がON状態となってからの経過時間が設定時間T2を超えたか否かが判定される。それらの経過時間が設定時間を超えていない場合に、S3以降の作動液の温度が設定気温より低下している状態にあるか否かの判定処理が行われるようになっている。まず、S3,S4において、設定時間以上車両が始動されなかったか否かが推定される。具体的には、S3において、車両を始動した直後のアキュムレータ圧Paccが取得され、そのアキュムレータ圧Paccが大気圧P0になっているか否かが判定され、アキュムレータ圧Paccが大気圧P0になっている場合には、設定時間以上車両が始動されなかったと推定される。また、S4において、アキュムレータ圧の増加勾配ΔPが演算され、その増加勾配ΔPが設定勾配ΔP0より大きい場合には、設定時間以上車両が始動されなかったと推定される。設定時間以上車両が始動されなかったと推定された場合には、S5,S6において、駐車されていた間の外気温が設定気温より低かったか否かが推定される。なお、車両が始動されなかった時間が設定時間未満であると推定された場合には、切換条件を変更する必要がないため、S7において、閾液圧がPBとされ、閾継続時間がTBとされる。
【0058】
駐車されていた間の外気温が設定気温より低かったか否かの推定は、具体的に言えば、まず、S5において、前回車両を駐車する直前に暖房機器180を使用していたか否かにより行われるととともに、S6において、今現在において暖房機器180が使用されているか否かにより行われる。つまり、前回車両を駐車する直前に暖房機器180を使用していた場合や、今現在において暖房機器180が使用されている場合には、外気温が設定気温より低かったと推定される。その場合には、S8において、切換条件が変更され、閾液圧がPB'とされ、閾継続時間がTB'とされ、S9において、閾値変更フラグFLのフラグ値が1とされる。そして、切換条件が変更された場合には、S10において、今回のプログラムの実行の終了とともに、以降の本プログラムの実行も行われないようになっている。なお、外気温が設定気温より低くなかったと推定された場合には、切換条件は変更されず、S7において、閾液圧がPBとされ、閾継続時間がTBとされる。以上で、本プログラムの1回の実行が終了する。
【0059】
ちなみに、S3,S4において、ECU150が起動した後の経過時間,ポンプモータ62がON状態となってからの経過時間が設定時間を超えた場合には、切換条件は変更されず、閾液圧がPBとされ、閾継続時間がTBとされる。この場合、S10において、今回のプログラムの実行の終了とともに、以降の本プログラムの実行も行われないようになっている。
【0060】
ii)切換条件復帰プログラム
次に、図8にフローチャートを示す切換条件復帰プログラムによる処理では、まず、S21において、閾値変更フラグFLのフラグ値が確認され、フラグ値が1である場合にのみ、S2以降の処理が実行される。S2〜S26においては、作動液の温度が設定温度まで回復したか否かが推定される。具体的言えば、まず、S22,S23においては、ストロークセンサ160によって検出されたブレーキペダル10の操作量に基づいて、車両が始動されてからのブレーキ操作の回数Naが推定され、そのブレーキ操作回数Naが設定回数N0を超えた場合に、作動液の温度が設定温度まで回復したと推定される。また、S24,S25においては、アキュムレータ圧センサ162の検出結果からポンプモータ62をOFF状態とする圧力になった回数が取得され、その回数からブレーキ操作回数Nbが推定される。そして、そのブレーキ操作回数Nbが設定回数N0を超えた場合に、作動液の温度が設定温度まで回復したと推定される。さらに、S26において、ポンプモータ62が作動した回数Ncが取得され、その回数Ncが設定回数N1を超えた場合に、作動液の温度が設定温度まで回復したと推定される。
【0061】
上記のいずれかの判定によって、作動液の温度が設定温度まで回復したと推定された場合には、S27において、変更されていた切換条件が元に戻される。つまり、閾液圧がPBとされ、閾継続時間がTBとされる。また、S28におて閾値変更フラグFLのフラグ値が0とされる。以上で、切換条件復帰プログラムの1回の実行が終了する。
【0062】
<制御装置の機能構成>
上述したような制御を実行して制御装置として機能するブレーキECU150は、前述した各種の処理を実行する各種の機能部を有していると考えることができる。詳しく言えば、図9に示すように、ブレーキECU150は、通常時において、動力式液圧源装置14からブレーキシリンダ22への作動液の供給を許容する第1状態を実現し、ブレーキアクチュエータ20を制御して作動液の液圧を調整することによって、車輪16に付与する制動力を制御する制動力制御部200を有している。また、ブレーキECU150は、走行中において、アキュムレータ圧が閾液圧より低い状態が閾継続時間以上続いた場合に、マスタシリンダ32からブレーキシリンダ22への作動液の供給を許容する第2状態に切り換え、ブレーキペダル10の操作に応じた制動力を発生させる実現状態切換部202を有している。
【0063】
さらに、ブレーキECU150は、作動液の温度が設定温度より低下している状態である低液温状態にあるか否かを推定する低液温状態推定部204と、その低液温状態推定部204によって低液温状態にあると推定された場合に、実現状態切換部202における切換条件に用いられる閾液圧を低くするとともに、閾継続時間を長くする切換条件変更部206とを有している。さらにまた、ブレーキECU150は、低液温状態推定部204によって記低液温状態にあると推定された後に作動液の温度が設定温度まで回復したか否かを、推定する液温回復推定部208を有している。なお、上記の切換条件変更部206は、液温回復推定部208によって作動液の温度が設定温度まで回復したと推定された場合に、変更されていた閾液圧と閾継続時間を変更前の値に戻すものとされている。ちなみに、低液温状態推定部204は、上記の切換条件決定プログラムのS3〜S6を実行する部分を含んで構成され、切換条件変更部206は、切換条件決定プログラムのS8と、切換条件復帰プログラムのS27とを実行する部分を含んで構成され、液温回復推定部208は、切換条件復帰プログラムのS22〜S26を実行する部分を含んで構成されている。
【符号の説明】
【0064】
10:ブレーキペダル 12:マニュアル式液圧源装置 14:動力式液圧源装置 16:車輪 18:液圧ブレーキ装置 20:ブレーキアクチュエータ(液圧調整装置) 22:ブレーキシリンダ 30:液圧ブースタ 32:マスタシリンダ 60:ポンプ 62:ポンプモータ 64:アキュムレータ 90:出力液圧制御弁装置 92:増圧用リニア弁 94:減圧用リニア弁 106:ソレノイド 110:個別液圧調整装置 112:保持弁 114:減圧弁 120:連通弁 130:レギュレータカット弁 132:マスタカット弁 134:ストロークシュミレータ 136:シュミレータカット弁 150:ブレーキ電子制御ユニット(ブレーキECU,制御装置) 160:ストロークセンサ 162:アキュムレータ圧センサ 180:暖房機器 200:制動力制御部 202:実現状態切換部 204:低液温状態推定部 206:切換条件変更部 208:液温回復推定部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
運転者によって操作されるブレーキ操作部材と、
車輪に対応して設けられ、ブレーキシリンダを有し、そのブレーキシリンダに供給される作動液の液圧によって作動して車輪に制動力を付与するブレーキ装置と、
前記ブレーキ操作部材に加えられた操作力に依拠して作動液を加圧するマスタシリンダ装置と、
動力源を有し、その動力源が発生させる力に依拠して作動液を加圧する動力式液圧源装置と、
その動力式液圧源装置が発生させる作動液の液圧を調整する液圧調整装置と、
(a)通常時において、前記マスタシリンダ装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を遮断し、かつ、前記動力式液圧源装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を許容する第1状態を実現し、前記液圧調整装置を制御して作動液の液圧を調整することによって、車輪に付与する制動力を制御する制動力制御部と、(b)走行中において、前記動力式液圧源装置によって発生させられる液圧が閾液圧より低い状態が閾継続時間以上続いた場合に、前記動力式液圧源装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を遮断し、かつ、前記マスタシリンダ装置から前記ブレーキシリンダへの作動液の供給を許容する第2状態に切り換え、前記ブレーキ操作部材の操作に応じた制動力を発生させる実現状態切換部と、(c)作動液の温度が設定温度より低下している状態である低液温状態にあると推定される場合に、前記閾液圧を低くすることと、前記閾継続時間を長くすることとの少なくとも一方を行う切換条件変更部とを有する制御装置と、
を備えた液圧ブレーキシステム。
【請求項2】
前記制御装置が、
車両の始動時に、設定時間以上車両が始動されなかったか否かを推定するとともに、外気温が設定気温より低かったか否かを推定し、設定時間以上車両が始動されなかったと推定され、かつ、外気温が設定気温より低かったと推定された場合に、前記低液温状態にあると推定する低液温状態推定部を有し、
前記切換条件変更部が、
その低液温状態推定部によって前記低液温状態にあると推定された場合に、前記閾液圧と前記閾継続時間との少なくとも一方を変更するように構成された請求項1に記載の液圧ブレーキシステム。
【請求項3】
前記動力式液圧源装置が、
作動液を加圧した状態で蓄えるアキュムレータを有し、そのアキュムレータに蓄えられている作動液の圧力が設定された範囲内の圧力である蓄圧範囲内圧力となるように制御されるものとされ、
前記低液温状態推定部が、
車両の始動時における前記アキュムレータに蓄えられた作動液の圧力に基づいて、設定時間以上車両が始動されなかったか否かを推定する請求項2に記載の液圧ブレーキシステム。
【請求項4】
前記低液温状態推定部が、
車両に搭載された暖房機器の使用状態に基づいて、外気温が設定気温より低かったか否かを推定する請求項2または請求項3に記載の液圧ブレーキシステム。
【請求項5】
前記制御装置が、
前記低液温状態推定部によって前記低液温状態にあると推定された後に作動液の温度が設定温度まで回復したか否かを、推定する液温回復推定部を有し、
前記切換条件変更部が、
前記液温回復推定部によって作動液の温度が設定温度まで回復したと推定された場合に、変更されていた前記閾液圧と前記閾継続時間との少なくとも一方を変更前の値に戻すように構成された請求項2ないし請求項4のいずれか1つに記載の液圧ブレーキシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−153181(P2012−153181A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−11752(P2011−11752)
【出願日】平成23年1月24日(2011.1.24)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】