説明

炭化炉および炭化繊維の製造方法

【課題】縦型炭化炉下部の水などの液シールより発生する水蒸気量を抑え、炉の構成材であるマッフルの減耗を抑制し、長期連続運転を可能とすることで炭化繊維の生産性の飛躍的な向上を図りつつ、品質安定化が可能な炭化炉および炭化繊維の製造方法を提供すること。
【解決手段】不活性雰囲気中のマッフル4内に複数の被炭化繊維12を連続的に走行させて焼成する炭化炉1の糸条出口側に導管6を設け、該導管6を液体中に浸漬してシールを行う炭化炉1において、前記繊維糸条出口側のシール導管6に不活性ガス供給口8を設けるとともに、該不活性ガス供給口から500mm以上液シール側に離れた位置に不活性ガス抜き出し口9を設けたことを特徴とする炭化炉。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被炭化繊維を焼成して炭化繊維を製造するに適した炭化炉および炭化繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭化繊維は、その優れた比強度、比弾性率から、近年その利用範囲を拡げている。炭化繊維は、プリカーサーと呼ばれる前駆体繊維を高温熱処理する炭化工程を経て炭素化して製造されるものである。
【0003】
炭化工程で使用される炭化炉は、被炭化繊維を炭化処理して炭化繊維を製造するのに用いられる加熱炉であり、その内側を線状やテープ状、シート状等の被加熱物が走行せしめられるマッフルと、このマッフルの外側に配置された発熱素子とからなっている。そして、このマッフルは、耐熱性の面からグラファイトやカーボンからなるものが多い。
【0004】
炭化炉のマッフル中は窒素や希ガス等の不活性ガスで満たし、不活性雰囲気とすることが通例である。しかしながら、もし酸素が混入すると、高温下で炭素と酸素が酸化反応を起こし、炭化繊維の強度低下を起こすこともある。さらに、炭化炉内のグラファイトやカーボン製マッフルとも反応し、マッフルの減耗によりその寿命が短くなり、交換の頻度が増加して製造コストを増加させることもある。
【0005】
これらの問題点を解決するため、炭化炉には被炭化繊維の出入り口からの酸素の混入を防止するためのシールが種々検討されている。
【0006】
特に炭化炉を縦型に配置すると、煙突効果で炉の下部から酸素を含んだ外気が混入するため、下部に水シールを配すると有効であること分かっている。しかしながら、この場合、糸条から持ち込まれた熱で気化した水蒸気が炉内に侵入しやすくなり、同様にマッフル減耗により炉の寿命が短縮することがある。
【0007】
炭化炉に供される不活性ガス中に含まれる酸素を始め、マッフルの減耗要因は多いものの、水蒸気の混入による減耗が特に大きな要因となることが多い。
【0008】
このような問題に対し、炭化炉下部のシール部に不活性ガス供給口と排気口を設けて水蒸気の侵入を解決しようとする試み(例えば、特許文献1参照)、あるいは水シールの液温を25℃以下に規制して水蒸気の侵入を解決しようとする試み(例えば、特許文献2参照)もなされている。しかしながら、生産性向上を目的として単位時間あたりの炭化量を増加させようとすると、従来の水シールでは発生水蒸気量がアップして、マッフルの減耗が加速されてしまうため、その効果は不十分であった。また、水シールの液温をさらに下げることで水蒸気量を抑制することも可能であるが、冷却設備の導入や電気代等がかさんでしまい、必ずしも有効な手段とはなっていなかった。
【特許文献1】特開昭62−010589号公報
【特許文献2】特開昭63−120115号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、上記従来技術の問題点を解決しようとするものであり、縦型炭化炉下部の水などの液シールより発生する水蒸気量を抑え、炉の構成材であるマッフルの減耗を抑制し、長期連続運転を可能とすることで炭化繊維の生産性の飛躍的な向上を図りつつ、品質安定化が可能な炭化炉および炭化繊維の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記目的を達成するために次の構成を有する。すなわち、
(1)不活性雰囲気中のマッフル内に複数の被炭化繊維を連続的に走行させて焼成する炭化炉の糸条出口側に導管を設け、該導管を液体中に浸漬してシールを行う炭化炉において、前記糸条出口側のシール導管に不活性ガス供給口を設けるとともに、該不活性ガス供給口から500mm以上液シール側に離れた位置に不活性ガス抜き出し口を設けたことを特徴とする炭化炉。
【0011】
(2)前記不活性ガス抜き出し口を不活性ガス供給口と相対向して設けたことを特徴とする前記(1)に記載の炭化炉。
【0012】
(3)前記繊維糸条出口側のシール導管に設けられた不活性ガス供給口の不活性ガス供給量が単位被炭化繊維量当たり1.0〜10Nm/kgであって、かつ該不活性ガス供給量と前記不活性ガス抜き出し口の不活性ガス抜き出し量の比率が1:0.2〜1:0.8であることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の炭化炉。
【0013】
(4)前記(1)〜(3)のいずれかに記載の炭化炉のマッフル内に、被炭化繊維を連続的に走行させ焼成することを特徴とする炭化繊維の製造方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、以下に説明するとおり、縦型炭化炉下部の水なとの液シールから発生する水蒸気の炉内への進入を抑制することでマッフルの減耗を抑制し、炭化繊維の生産性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の炭化炉は、縦型でも横型でも用いることが可能であるが、横型の場合、被炭化繊維の出入り口をシールするため多量の不活性ガスが必要となるため、生産性の観点から縦型を用いることが好ましく、その下部を水などにより液シールすることが好ましい。
【0016】
本発明に用いられる被炭化繊維は、前駆体繊維を高温に耐えうるよう耐熱化処理した後、400〜750℃の不活性雰囲気中で処理して得られる。前駆体繊維としては、ポリアクリロニトリル(以下PANと略す)、ピッチ、レーヨン等を挙げることができる。特に、PANを用いると優れた品質が発現するため好ましく、この前駆体繊維を200〜300℃の酸化性雰囲気中で耐炎化した後、400〜750℃の不活性雰囲気中で処理して得られるものが好ましく用いられる。
【0017】
本発明では、最高温度が750〜2000℃の不活性雰囲気となったマッフル内に、上述したような被炭化繊維を連続的に走行させて炭化せしめて炭化繊維とする。不活性雰囲気を形成させるには、ヘリウム、アルゴン等の希ガスの他、窒素ガス等の不活性ガスが使用できるが、中でも比較的安価な窒素ガスを使用することが好ましい。
【0018】
本発明による炭化炉では、炭化炉の下部繊維糸条出口側開口部に導管を設け、該導管を水中に浸漬して外気とのシールを行い、該導管に不活性ガス供給口と不活性ガス抜き出し口を有しているとともに、該不活性ガス抜き出し口は、不活性ガス供給口から500mm以上液シール側に離れた位置に設けられるものであり、好ましくは700mm以上液シール側に離れた位置に設けられるものである。しかし、該不活性ガス供給口と抜き出し口間の距離は、1500mm以下とすることが好ましい。1500mmより大きくしても、それ以上のシール性の向上効果が望めないばかりでなく、設備費が上昇する等の不具合があるからである。この不活性ガス抜き出し口の位置は、後述する図1において、不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lに相当する。かかる範囲に設定すると、不活性ガス供給口から入り不活性ガス抜き出し口に抜ける不活性ガスにより気化した水蒸気を効率よく排出することができる。
【0019】
これにより、マッフル内に侵入する水蒸気量を効果的に抑制し、マッフルの減耗を減少させることができ、長期の安定操業が可能となる。
【0020】
ここで、縦型炭化炉下部の繊維糸条出口側シール導管に設けてある不活性ガス供給口と不活性ガス抜き出し口は、相対向して設けることが水蒸気の排出効率を向上させる上で良い。また、繊維糸条出口側シール導管に設けられた不活性ガス供給口からの不活性ガス供給量は1.0〜10Nm/kgにするのが良い。不活性ガス供給量が10Nm/kgを超えると必ずしも水蒸気排出効果が望めず、コスト面でロスを生じる。1.0Nm/kgを下回ると水蒸気の排出効果が減少するため好ましくない。さらに、繊維糸条出口側シール導管に設けられた不活性ガス供給口からの不活性ガス供給量と不活性ガス抜き出し口からの不活性ガス抜き出し量の比率は1:0.2〜1:0.8にするのが良い。この不活性ガス供給量と不活性ガス抜き出し量の比率が1:0.8を超えると炭化炉内を流れる不活性ガス量が減少し、被炭化繊維から発生した分解ガスの濃度がアップして品質低下に繋がる可能性もある。逆に1:0.2を下回る場合、水蒸気の排出効果が低減するため好ましくない。かかる範囲に設定することにより、本効果をさらに高めることが可能となる。
【0021】
次に、図1(炭化炉の模式的断面図の一例)を用い、本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は、以下に示す実施の態様に限定されるものではない。
【0022】
図1は本発明における縦型炭化炉の一例を示す模式図である。
【0023】
炭化炉1は(発熱体等を含む)炭化炉本体2と、炭化炉内3の空間を形成するマッフル4と、繊維糸条入口側シール導管5と繊維糸条出口側シール導管6とから構成される。さらに繊維糸条出口側シール導管6には、煙突効果による酸素侵入防止のため、水シール槽7を配置している。炭化炉内3には、炉内を不活性雰囲気に維持し、さらに走行糸条からの発生ガス濃度を下げて品質を維持するため、繊維糸条出口側シール導管6に不活性ガス供給口8が設けてあり、この不活性ガス供給口8のシール導管6の相対向する側でさらに水シール槽7側に不活性ガス抜き出し口9を設けている。不活性ガス供給口8にて導入された不活性ガスは、一部不活性ガス抜き出し口9から系外に排除され、残りは炭化炉内3を上昇する。繊維糸条入口側のシール導管5にも、炭化炉内3を外気と遮断するための不活性ガス供給口10が設置され、不活性ガスが導入される。この不活性ガス供給口10から導入された不活性ガスと、下部から炭化炉内3を経由した不活性ガスは繊維糸条入口側のシール導管に設けられた排ガス口11を経由して系外に排出される。ここで、繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離をLで示している。この距離Lは不活性ガス供給口8の管の中心と不活性ガス抜き出し口9の管の中心間の距離で示される。
【0024】
次に12は被炭化繊維であり、13の上部ローラーから炭化炉内3を下方に進行し、水シール槽7内の下部ローラー14を経て系外へ送り出される。
【0025】
なお、図示しないが、マッフル4の外側には炭化炉内3の空間を被炭化繊維12の炭化焼成温度に加熱する発熱体が配置されている。
【0026】
本発明は、上記の繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lを500mm以上、好ましくは700mm以上とすることにより、不活性ガス供給口から入り不活性ガス抜き出し口に抜ける不活性ガスにより気化した水蒸気を効率よく排出することができ、これにより、マッフル内に侵入する水蒸気量を効果的に抑制し、マッフルの減耗を減少させることができ、長期の安定操業が可能となるのである。
【実施例】
【0027】
以下、本発明を実施例により、さらに具体的に説明する。
【0028】
<実施例1>
図1に示す縦型炭化炉の、繊維糸条入口側シール導管5に設けてある不活性ガス供給口10より、単位被炭化繊維量当たり1.0Nm/kgの不活性ガスを供給し、炭化炉内3の内圧を高めて外気を遮断し、繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8より、単位被炭化繊維量当たり3.0Nm/kgの不活性ガスを供給し、繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス抜き出し口9より単位被炭化繊維量当たり1.5Nm/kgのガスを抜き出し、不活性ガス供給量と不活性ガス抜き出し量の比率を1:0.5とした。残りの不活性ガスは、繊維糸条入口側シール導管5に設けてある排ガス口11から抜き出した。繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lは500mmとした。
【0029】
12000フィラメントからなるPAN系前駆体繊維を耐炎化処理して耐炎化繊維となし、得られた耐炎化繊維を最高温度650℃の不活性ガス中で処理して被炭化繊維を得た。得られた被炭化繊維を上述の炭化炉に通し、炭化繊維となした。
【0030】
この時の、繊維糸条出口側シール導管6部の水分率は50ppmと低く、炉内への水蒸気の流れ込みが抑制されていることを確認した。その結果、20ヶ月以上の連続処理でもマッフルに穴が空くなどの問題もなく、安定操業できた。
【0031】
<実施例2>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lを700mmに変更した以外は、実施例1と同様にして被炭化繊維を処理した。この時の下部シール導管6部の水分率は30ppmと実施例1と比較してもさらに良好なシール性であった。その結果、24ヶ月の連続処理でもマッフルに穴が空くなどの問題もなく、安定操業できた。
【0032】
<実施例3>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lを1000mmに変更した以外は、実施例1と同様にして炭化繊維を製造したところ、下部シール導管6部の水分率は25ppmと実施例2と同様にシール性が良好であった。
【0033】
<実施例4>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8から供給する不活性ガス量を単位被炭化繊維量当たり1.0Nm/kg、不活性ガス抜き出し口9から単位被炭化繊維量あたりの抜き出し量を0.5Nm/kgに変更した以外は、実施例1と同様にして炭化繊維を処理したところ、この時の下部シール導管6部の水分率は60ppmであった。
【0034】
<実施例5>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス抜き出し量を0.6Nm/kgに変更した以外は、実施例1と同様にして炭化繊維を製造したところ、この時の繊維糸条出口側シール導管6部の水分率は60ppmであった。
【0035】
<比較例1>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lを200mm、繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8から供給単位被炭化繊維量あたり1.0Nm/kgの不活性ガスを供給し、繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス抜き出し口9から単位被炭化繊維量あたり0.1Nm/kgのガスを抜き出した以外は実施例1と同様にして炭化繊維を製造した。この時の下部シール導管6部の水分率は250ppmと大変多く、炉内への水蒸気が流入している。その結果、1ヶ月の連続運転後にマッフル下部に穴が空き、安定した操業が出来ずにマッフルを交換する必要が生じた。
【0036】
<比較例2>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lを200mmに変更した以外は、実施例1と同様にして炭化繊維を製造したところ、この時の繊維糸条出口側シール導管6部の水分率は150ppmとシール性の低いものであった。
【0037】
<比較例3>
繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離Lを400mmに変更した以外は、実施例1と同様にして炭化繊維を製造した。この時の繊維糸条出側シール導管6部の水分率は120ppmと同様にシール性の低いものであった。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明における縦型炭化炉の一例を示す模式的な概略断面図である。
【符号の説明】
【0039】
1:炭化炉
2:炭化炉本体
3:炭化炉内
4:マッフル
5:繊維糸条入口側シール導管
6:繊維糸条出口側シール導管
7:水シール槽
8:不活性ガス供給口
9:不活性ガス抜き出し口
10:不活性ガス供給口
11:排ガス口
12:被炭化繊維
13:上部ローラー
14:下部ローラー
L:繊維糸条出口側シール導管6に設けてある不活性ガス供給口8と不活性ガス抜き出し口9との距離

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性雰囲気中のマッフル内に複数の被炭化繊維を連続的に走行させて焼成する炭化炉の繊維糸条出口側に導管を設け、該導管を液体中に浸漬してシールを行う炭化炉において、前記繊維糸条出口側のシール導管に不活性ガス供給口を設けるとともに、該不活性ガス供給口から500mm以上液シール側に離れた位置に不活性ガス抜き出し口を設けたことを特徴とする炭化炉。
【請求項2】
前記不活性ガス抜き出し口を不活性ガス供給口と相対向して設けたことを特徴とする請求項1に記載の炭化炉。
【請求項3】
前記繊維糸条出口側のシール導管に設けられた不活性ガス供給口の不活性ガス供給量が単位被炭化繊維量当たり1.0〜10Nm/kgであって、かつ該不活性ガス供給量と前記不活性ガス抜き出し口の不活性ガス抜き出し量の比率が1:0.2〜1:0.8であることを特徴とする請求項1または2に記載の炭化炉。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の炭化炉のマッフル内に、被炭化繊維を連続的に走行させ焼成することを特徴とする炭化繊維の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2008−45227(P2008−45227A)
【公開日】平成20年2月28日(2008.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−219556(P2006−219556)
【出願日】平成18年8月11日(2006.8.11)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】