説明

焼結金属製軸受

【課題】高い耐食性を有すると共に、摺動性や耐摩耗性にも優れた焼結金属製軸受を提供する。
【解決手段】オーステナイト系ステンレス鋼組織と、硫化マンガン組織とを有する焼結金属製軸受であって、さらにニッケル組織を有する焼結金属製軸受を提供する。この場合、ニッケル組織およびオーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の全体に占める割合は例えば13wt%以上35wt%以下に調整される。また、硫化マンガン組織の全体に占める割合は例えば1.5wt%以上2.5wt%以下に調整される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は焼結金属製軸受に関し、特に高い耐食性が要求される環境下で使用可能な焼結金属製軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
高い耐食性を要求される用途として、例えば自動車エンジンの燃料ポンプ用の軸受などが挙げられるが、最近では、これまで以上に高い耐食性を備えた焼結金属製軸受の出現が期待されている。
【0003】
すなわち、近年のCO削減等による環境負荷低減を目的として、従来の石油等の化石燃料に代えてバイオエタノールをはじめとするバイオガソリンが開発され、また、実際に自動車用エンジンオイルとして導入が開始されつつあるが、この種のガソリンは従来の化石燃料系ガソリンに比べて有機酸等の不純物の割合が高い。そのため、このような不純物を多く含むガソリンをエンジンに圧送するための燃料ポンプ用軸受には、耐酸性(酸腐食に対する耐久性)を有する軸受が要求される。
【0004】
上記腐食環境下に適した軸受として、例えば下記特許文献1に記載の焼結金属製軸受が知られている。すなわち、この焼結金属製軸受は、Ni:21〜35%、Sn:5〜12%、C:3〜7%、P:0.1〜0.8%を含有し、残部:Cuおよび不可避不純物からなる成分組成を有するCu−Ni系焼結合金からなる軸受であって、軸受の表面に開放されて形成されている開気孔の内面、該開気孔の少なくとも開口部周辺および該軸受内部に内在する内在気孔の内面にSn:50質量%以上を含有するSn高濃度合金層が形成されている組織を有する。
【特許文献1】特開2006−199977号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1に記載の焼結合金製軸受では、開孔部やその周辺にSn高濃度合金層を形成することで耐食性を高めようとしているが、基本的にCuを素地とする焼結合金製軸受の場合、耐酸腐食性、特に硫化腐食に対する耐久性に乏しく、上述のように組成やその配合割合を変えたとしても十分な改善を図ることは難しい。
【0006】
また、上述のようにガソリン浸漬下で使用される場合、軸受内部に潤滑油を含浸させても軸受外部に流れ出てしまう。そのため、この種の軸受には、耐食性だけでなく、無含油状態においても高い摺動性や耐摩耗性が求められる。
【0007】
以上の事情に鑑み、高い耐食性を有すると共に、摺動性や耐摩耗性にも優れた焼結金属製軸受を提供することを、本発明により解決すべき技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、前記課題の解決を図るためになされたものである。すなわち、本発明の一の側面に係る焼結金属製軸受は、オーステナイト系ステンレス鋼組織と、硫化マンガン組織とを有する焼結金属製軸受であって、さらにニッケル組織を有する点をもって特徴づけられる。
【0009】
上記構成の焼結金属製軸受は、以下に述べる理由から従前の焼結金属製軸受に比べて耐食性や摺動性、および耐摩耗性の面で優れた性能を発揮し得る。すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼は鉄を素地とするクロムの合金組織であり、かつ、ニッケル成分を相当割合含むため、酸化クロムの不動態膜の形成能力および修復能力に優れている。そのため、非酸化性の酸、特に硫酸や亜硫酸等に対しても高い耐食性を付与することができる。また、硫化マンガン組織は固体潤滑剤としても機能するため、ステンレス鋼を素地としつつも良好な摺動性を得ることができ、これにより、無含油状態においても低トルク化を図ることができる。加えて、本発明では、オーステナイト系ステンレス鋼組織とは別にニッケル組織を設けるようにしたので、酸化クロムの不動態膜の形成能力をさらに高めて、上記ステンレス鋼組織による耐食性を強化することができる。また、硫化マンガン組織自体は耐酸腐食性に優れたものではないが、上述のようにニッケル組織を設けることで硫化マンガン組織を保護して、軸受全体としての耐食性をさらに向上させることができる。上記の作用効果はニッケル組織を単独に設けることによりはじめて得ることができる。さらに、ニッケル組織によれば摺動摩耗に対する抑制効果を得ることができるので、耐摩耗性の向上を図ることもできる。
【0010】
また、これら優れた作用を奏するニッケル組織からなるニッケル粉末は、オーステナイト系ステンレス鋼粉末の焼結温度で焼結可能であることから、例えばオーステナイト系ステンレス鋼粉末に硫化マンガン粉末およびニッケル単体粉末を配合し、これを圧粉成形した後焼結することで、上記組織を有する焼結金属製軸受を得ることができる。
【0011】
ここで、ニッケル組織およびオーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の全体に占める割合は13wt%以上35wt%以下に調整されていてもよく、また、13wt%以上25wt%以下に調整されていてもよく、さらには、15wt%以上20wt%以下に調整されていてもよい。ニッケル成分の全体に占める割合が13wt%を下回ると、本来ニッケル成分により得るべき耐食性や耐摩耗性を確保することが難しくなるためである。また、ニッケル成分の含有割合が35wt%を超えると、主成分たる鉄成分の割合が大幅に減少して所要の強度や剛性を確保することが難しくなるためである。
【0012】
また、硫化マンガン組織の全体に占める割合は0.5wt%以上10wt%以下に調整されていてもよく、1.5wt%以上2.5wt%以下に調整されていてもよく、さらには、1.6wt%以上1.9wt%以下に調整されていてもよい。0.5wt%未満だと、硫化マンガンを含有させたことによる摺動性の改善効果を十分に得ることができず、また、硫化マンガンの含有割合が10wt%を超えると粉末段階での流動性やプレス性が悪化して成形することが困難となるためである。また、自動車エンジン用の燃料ポンプなど高負荷かつ高速回転下で使用される場合、少なくとも硫化マンガン組織の含有割合を1.5wt%以上2.5wt%以下とすることで、上記環境下であっても、問題なく上記軸受を使用することができる。また、1.6wt%以上1.9wt%以下の範囲内であれば、動摩擦係数を非常に小さくすることができ、硫化マンガンを配合することによる摩擦低減効果を最大限に享受することができる。
【0013】
上記硫化マンガン組織の含有割合は、ニッケル組織ないしオーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の含有割合との関係で定めることができる。すなわち、硫化マンガンを多く含有するほどその摺動性を高めることができるが、一方で硫化マンガン自体の耐食性はそれほど高くないため、硫化マンガンの含有割合に応じてニッケル成分の含有割合を定める必要がある。この点、上記の含有バランス、すなわち、ニッケル成分の含有割合を13wt%以上35wt%以下とし、かつ、硫化マンガン組織の含有割合を1.5wt%以上2.5wt%以下とすることで、耐食性と摺動特性とを共に高いレベルで発揮することができる。
【0014】
また、前記課題の解決は、本発明の他の側面に係る焼結金属製軸受によっても達成される。すなわち、この焼結金属製軸受は、オーステナイト系ステンレス鋼組織と、硫化マンガン組織とを有する焼結金属製軸受であって、オーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下に調整されている点をもって特徴づけられる。
【0015】
このように、オーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の含有割合を高めることによっても、オーステナイト系ステンレス鋼組織の耐食性を強化することができる。そのため、良好な摺動特性を付与して低トルク化を図りつつも、優れた耐酸腐食性および耐摩耗性を示す焼結金属製軸受を提供することができる。
【0016】
また、この場合も、既述の焼結金属製軸受と同様、ニッケル成分の含有割合を13wt%以上35wt%以下とし、かつ、硫化マンガン組織の含有割合を1.5wt%以上2.5wt%以下とすることにより、耐食性だけでなく摺動特性にも優れた焼結金属製軸受を得ることができる。
【0017】
以上の説明に係る焼結金属製軸受は、耐酸腐食性をはじめ摺動特性や耐摩耗性にも優れていることから、例えば自動車エンジンの燃料ポンプに組み込んで好適に使用することができる。この種のポンプにおいては、例えばバイオエタノールなど高濃度の有機酸や硫黄を含む低質の燃料を使用する場合もあり得るが、本焼結金属製軸受であれば、この種の酸や硫化物に対しても高い耐食性を示す。また、摺動特性や耐摩耗性にも優れているため、高負荷かつ高速回転下での使用にも問題なく適用することができる。
【発明の効果】
【0018】
以上のように、本発明によれば、高い耐食性を有すると共に、摺動性や耐摩耗性にも優れた焼結金属製軸受を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明に係る焼結金属製軸受の一実施形態を説明する。
【0020】
本発明に係る焼結金属製軸受としては、大きく分けてオーステナイト系ステンレス鋼組織と硫化マンガン組織、および、ニッケル組織とを有する焼結金属組織(第1組織形態)と、オーステナイト系ステンレス鋼組織と硫化マンガン組織とを有し、オーステナイト系ステンレス鋼中のニッケル成分の含有割合を高めた(13wt%以上35wt%以下)組織である第2組織形態とを挙げることができる。
【0021】
[第1組織形態]
まず、第1組織形態に係る焼結金属製軸受に関して述べると、当該焼結金属組織を構成するオーステナイト系ステンレス鋼組織は、少なくとも11wt%以上のクロム成分と、8wt%以上のニッケル成分とを含有するものであればよく、その組成比率については特に限定されない。ここでは、オーステナイト系ステンレス鋼として代表的なSUS304(18Cr−8Ni)を挙げることができる。
【0022】
この際、ニッケル組織およびオーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下、好ましくは13wt%以上25wt%以下、さらに好ましくは15wt%以上20wt%以下となるようにニッケル組織の含有割合が調整される。一例として、オーステナイト系ステンレス鋼としてSUS304(18wt%Crを含有)を使用する場合で、硫化マンガンの含有割合を1.75wt%とした場合、ニッケル組織の含有割合は5.6wt%以上29.5wt%以下の範囲で調整される。もちろん、ニッケル組織の含有割合を低くして、オーステナイト系ステンレス鋼中のニッケル成分の割合を高めることもできるが、その場合には、クロムの含有割合が過大とならないよう(例えば同ステンレス鋼中に占める割合が25wt%以下となるよう)ステンレス鋼組織の組成比率を定めるのがよい。クロムは鉄やニッケルに比べて融点が高くステンレス鋼の焼結温度では焼結作用が不十分となるおそれがあるためである。
【0023】
また、ステンレス鋼組織と共に焼結金属組織を構成する硫化マンガン組織は、固体潤滑剤として作用させることを目的として配合される。かかる観点から、硫化マンガン組織の全体に占める割合は、0.5wt%以上10wt%以下とするのが好ましく、1.5wt%以上2.5wt%以下とするのがより好ましく、1.6wt%以上1.9wt%以下とするのがさらに好ましい。硫化マンガン組織の含有割合が0.5重量%未満だと、固体潤滑剤としての機能を十分に発揮することが難しいためである。また、10重量%を超えて硫化マンガン組織を含有させた場合、摺動面(軸受面)における摩擦係数の低減効果はあまり期待できず、あるいは、既述の通り、成形性の低下や、ステンレス鋼組織の減少による軸受強度の低下を招くおそれがあるためである。
【0024】
以上の組織に加えて、他の組織が含まれていてもよく、例えば加工性(成形性)を向上させる目的でさらに銅組織が含まれていてもよい。すなわち、上記焼結金属製軸受は、オーステナイト系ステンレス鋼組織と、硫化マンガン組織、ニッケル組織、および、銅組織とを有する焼結金属組織からなるものであってもよい。
【0025】
上記構成の組織からなる焼結金属製軸受の体積率(100−気孔率[wt%])は、実際の用途に合わせて設定するのがよく、例えば75wt%以上95wt%以下(気孔率で言えば、5wt%以上25wt%以下)の範囲で設定される。また、上記自動車エンジンの燃料ポンプ用軸受のように、高負荷環境下で使用する場合には、軸受強度を高めるために、なるべく気孔率を小さく(例えば5wt%以上15wt%以下)するのがよい。なお、ここで、「気孔率」とは、焼結金属製軸受の単位体積当たりに占める各内部空孔の容積の総和の割合をいい、具体的には以下の式によって算出される。
気孔率[%]=100−密度比[%]={1−(ρ1/ρ0)}×100
ρ1:焼結金属製軸受の密度(測定方法は、JIS Z 2501 乾燥密度の欄を参照)
ρ0:焼結金属製軸受と同一組成の物質の真の密度
気孔率は密度比の増加に伴いほぼ線形的に低下することが分かっており、従って、密度比を求めることで気孔率を得ることができる。
【0026】
表面開孔率に関しても、実際の用途に合わせて設定すればよく、例えば上記自動車エンジンの燃料ポンプ用途の場合であれば、高負荷および高速回転下での使用態様を考慮して、表面開孔率を10%以下、好ましくは5%以下に設定するのがよい。ここで、「表面開孔」とは、多孔質組織である焼結金属製軸受中に含まれる細孔が外表面に開口した部分をいう。また、「表面開孔率」とは、外表面の単位面積に占める表面開孔の面積割合をいい、以下の条件で測定、評価されるものをいう。
[測定器具]
金属顕微鏡:Nikon ECLIPSS ME600
デジタルカメラ:Nikon DXM1200
写真撮影ソフト:Nikon ACT−1 ver.1
画像処理ソフト:イノテック製 QUICK GRAIN
[測定条件]
写真撮影:シャッタースピード0.5秒
2値化しきい値:235
【0027】
また、上記焼結金属製軸受は種々の形状を採ることができる。ここで具体的な形状として、例えば図1〜図3に示す代表的軸受形状を挙げることができる。図1に示す焼結金属製軸受1はいわゆるスリーブ形と呼ばれるもので、外径、内径共に軸方向にわたって一定の寸法を有する略円筒形状をなすものである。また、図2に示す焼結金属製軸受2はいわゆるスフェリカル形と呼ばれるもので、内周面が軸方向にわたって一定の内径寸法を有する一方、その外周面の一部または全面が部分球面状をなすものである。さらに、図3に示す焼結金属製軸受3はいわゆるフランジ形と呼ばれるもので、図1に示す形状(略円筒形状)の焼結金属製軸受の軸方向一端を外径側に張り出させて、当該箇所にフランジ部3aを設けた形状をなすものである。これらは、その用途、特に組込み先となる各種機器の取付け部品の形状やその取付け態様に応じて適切に選択、使用される。
【0028】
ここで、上記組織形態に係る焼結金属製軸受は、例えば以下に示す方法で製造される。すなわち、原料となるオーステナイト系ステンレス鋼粉末と硫化マンガン粉末、および、ニッケル粉末との混合粉末を所定の形状に圧縮成形する工程(a1)、圧粉成形体を焼結する工程(b1)、焼結体に対してサイジングを施す工程(c1)の少なくとも3工程を経て製造される。
【0029】
まず、圧粉成形工程(a1)に関し、V型混合器等でオーステナイト系ステンレス鋼粉末に硫化マンガン粉末およびニッケル粉末を混合した原料粉末を作成する。ここで使用する各粉末の粒径は例えば以下に示す通りである。すなわち、オーステナイト系ステンレス鋼粉末:粒径150μm以下、硫化マンガン粉末:粒径180μm以下、ニッケル粉末:粒径100μm以下 のものがそれぞれ使用される。この場合、ニッケル粉末の粒径は、オーステナイト系ステンレス鋼粉末の粒径より小さく、また、硫化マンガン粉末の粒径より小さい。オーステナイト系ステンレス鋼粉末と硫化マンガン粉末との関係では、オーステナイト系ステンレス鋼粉末の粒径が硫化マンガン粉末の粒径より小さい。また、上記粉末混合に際し、各粉末の混合比率は、上述した完成品における各成分の含有割合に準じて設定される。例えば、ニッケル粉末およびオーステナイト系ステンレス鋼粉末中に含まれるニッケル成分の混合粉末全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下であって、かつ、硫化マンガン粉末の混合粉末全体に占める割合が1.5wt%以上2.5wt%以下となるように、各粉末を混合する。この際、混合の順序は特に問わず、硫化マンガン粉末にニッケル粉末を混合したものを、オーステナイト系ステンレス鋼粉末に混合してもよく、オーステナイト系ステンレス鋼粉末に硫化マンガン粉末を混合した後、さらにニッケル粉末を混合するようにしてもよい。もちろん、オーステナイト系ステンレス鋼粉末にニッケル粉末を混合した後、硫化マンガン粉末を混合してもよく、あるいは、三種の粉末を同時に混合するようにしてもよい。さらに他種の粉末を混合する場合も同様にその混合順序は任意である。
【0030】
次に、完成品に準じた形状(例えば図1に示す円筒形状)の粉末充填空間を有する成形用金型を用意し、この金型内の充填空間に上記原料粉末を供給し、所定圧力でプレスすることで、上記金型に対応する形状の圧粉成形体を得る。
【0031】
次に、上記圧粉成形体を、主成分たる金属粉末、ここではオーステナイト系ステンレス鋼粉末の焼結温度(1100℃〜1200℃)まで加熱し所定時間保持する。これにより、当該ステンレス鋼粉末と硫化マンガン粉末とが相互に焼結されると共に、ニッケル粉末も焼結され、これにより、オーステナイト系ステンレス鋼組織と硫化マンガン組織、および、ニッケル組織とを有する焼結金属組織からなる焼結体を得ることができる(焼結工程(b1))。
【0032】
このようにして得られた焼結体の寸法ないし形状を矯正する目的で焼結体に対してサイジングを実施することで(サイジング工程(c1))、焼結金属製軸受が完成する。このサイジングにより、焼結体が完成品に準じた寸法ないし形状に整形されると共に、軸受面となる内周面の表面開孔率が所定の大きさ(例えば10%以下)に調整される。なお、さらに内周面における表面開孔の個数や個々の開口面積を小さくする目的で、上記サイジングと併せて、あるいは上記サイジングに代えて回転サイジングを施すことも可能である。このサイジングによれば、内周面の表面開孔率がさらに小さく(例えば5%以下)に調整され、これにより、ガソリンオイル等の比較的粘度の小さい流体であっても摺動面上に油膜を形成することが可能となる。
【0033】
なお、上記第1組織形態に係る製造工程例では、最初に硫化マンガン粉末を用意し、これをステンレス鋼粉末およびニッケル粉末に混合する場合を説明したが、これに代えて、硫黄粉末とマンガン粉末との混合粉末を、ステンレス鋼粉末およびニッケル粉末に混合して原料粉末を作成し、これを焼結することによっても、ステンレス鋼組織と硫化マンガン組織、および、ニッケル組織とを有する焼結体(焼結金属製軸受)を得ることができる。ステンレス鋼の焼結温度にまで加熱することで圧粉成形体中の硫黄とマンガンとが反応し、焼結と同時に硫化マンガン組織を生成することができるためである。もちろん、後述する第2組織形態の製造工程例においても同様の手段を採ることが可能である。
【0034】
[第2組織形態]
次に、第2組織形態に係る焼結金属製軸受に関して述べる。この焼結金属製軸受を構成するオーステナイト系ステンレス鋼組織は、少なくとも11wt%以上のクロム成分と、13wt%以上のニッケル成分とを含有するものであり、通常のオーステナイト系ステンレス鋼(SUS304など)よりもニッケル成分の含有割合を高めたものが使用される。なお、上記以外の組成比率については特に限定されないが、あまりにクロム成分の含有割合が大きいと、結果的に鉄成分の含有割合が小さくなる。そのため、軸受強度および剛性の確保を重視する場合、クロム成分の含有割合は25wt%以下に抑えたほうがよい。
【0035】
また、ステンレス鋼組織と共に焼結金属組織を構成する硫化マンガン組織は、第1組織形態と同様、固体潤滑剤として作用させることを目的として配合される。そのため、この硫化マンガン組織の全体に占める割合は、0.5wt%以上10wt%以下とするのが好ましく、1.5wt%以上2.5wt%以下とするのがより好ましく、1.6wt%以上1.9wt%以下とするのがさらに好ましい。また、これに伴い、上記オーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の軸受全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下、好ましくは13wt%以上25wt%以下、さらに好ましくは15wt%以上20wt%以下となるようにニッケル成分の含有割合を調整するのがよい。その他の完成品に関する事項(他の成分の追加、気孔率、表面開孔率)については第1組織形態と同様である。また、採り得る具体的形状に関しても上述した第1組織形態と同様である。
【0036】
上記組織形態に係る焼結金属製軸受は、例えば以下に示す方法で製造される。すなわち、原料となるオーステナイト系ステンレス鋼粉末と硫化マンガン粉末との混合粉末を所定の形状に圧縮成形する工程(a2)、圧粉成形体を焼結する工程(b2)、焼結体に対してサイジングを施す工程(c2)の少なくとも3工程を経て製造される。
【0037】
まず、圧粉成形工程(a2)に関し、V型混合器等でオーステナイト系ステンレス鋼粉末に硫化マンガン粉末を混合した原料粉末を作成する。この際の各粉末(オーステナイト系ステンレス鋼粉末および硫化マンガン粉末)の粒径に関する事項は第1組織形態に述べた通りである。また、上記粉末混合に際し、各粉末の混合比率は、上述した完成品における各成分の含有割合に準じて設定される。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼粉末中に含まれるニッケル成分の混合粉末全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下であって、かつ、硫化マンガン粉末の混合粉末全体に占める割合が1.5wt%以上2.5wt%以下となるように双方の粉末を混合する。
【0038】
次に、完成品に準じた形状(例えば図1に示す円筒形状)の粉末充填空間を有する成形用金型を用意し、この金型内の充填空間に上記原料粉末を供給し、所定圧力でプレスすることで、上記金型に対応する形状の圧粉成形体を得る。
【0039】
次に、上記圧粉成形体を、主成分たる金属粉末、ここではオーステナイト系ステンレス鋼粉末の焼結温度(1100℃〜1200℃)まで加熱し所定時間保持する。これにより、上記ステンレス鋼粉末と硫化マンガン粉末とが相互に焼結され、これにより、オーステナイト系ステンレス鋼組織と硫化マンガン組織とを有する焼結金属組織からなる焼結体を得ることができる(焼結工程(b2))。
【0040】
このようにして得られた焼結体の寸法ないし形状を矯正する目的で焼結体に対してサイジングを実施することで(サイジング工程(c2))、焼結金属製軸受が完成する。また、この組織形態においても、内周面の表面開孔率を小さく調整する目的で、上記サイジングと併せて、あるいは、上記サイジングに代えて回転サイジングを実施することも可能で
ある。
【0041】
以上の説明に係る焼結金属製軸受は、腐食環境下、特に硫酸腐食環境下における耐食性、および、無含油状態での摺動性や耐摩耗性に優れたものであるため、例えば自動車エンジンの燃料ポンプなど、腐食流体浸漬下での用途に好適に使用することができる。
【0042】
図4は、上記用途の一例を示すもので、本発明に係る焼結金属製軸受1を組み込んだ自動車エンジンの燃料ポンプ11の断面図を示している。この燃料ポンプ11は、別設される自動車エンジンへ燃料となるガソリンを圧送するためのものであって、ケーシング12と、ケーシング12内に配設されるモータ13と、モータ13により回転駆動される軸14の一端に取り付けられるインペラ15とを主として備える。また、ケーシング12の側には、例えば図1と図2に示す形状の焼結金属製軸受1,2がそれぞれ取り付けられており、これら焼結金属製軸受1,2によりモータ13から軸方向両端に突出した軸14を回転支持するようになっている。上記構成に係る燃料ポンプ11において、モータ13を回転駆動させると、インペラ15側の開口部からガソリン16が燃料ポンプ11内に取り込まれる。そして、燃料ポンプ11内に取り込まれたガソリン16は、インペラ15やモータ13の外周面とケーシング12の内周面との間に形成された隙間、並びに、焼結金属製軸受1,2と回転軸14との間に形成された隙間を通ってインペラ15とは反対側の開口部から自動車エンジンへと送り込まれる。
【0043】
このように、常にガソリン16と接触する環境下においても、本発明に係る焼結金属製軸受1,2であれば、優れた耐酸腐食性を有するので、腐食による軸受性能の低下を確実に防止できる。また、この焼結金属製軸受1,2は摺動特性や耐摩耗性にも優れているため、上述の如く常に軸受隙間をガソリン16が通過する環境下においても、高い軸受性能を長期にわたって発揮することが可能となる。
【0044】
なお、上記適用例では無含油で使用する場合を取り上げたが、もちろん、無含油での使用に限ることはなく、潤滑油や潤滑グリース等の潤滑流体を含浸させた状態で使用することも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】本発明に係る焼結金属製軸受の形状の一例を示す断面図である。
【図2】本発明に係る焼結金属製軸受の形状の他の例を示す断面図である。
【図3】本発明に係る焼結金属製軸受の形状の他の例を示す断面図である。
【図4】本発明に係る焼結金属製軸受の用途例を示した図であって、この軸受を組み込んだ自動車エンジンの燃料ポンプの断面図である。
【符号の説明】
【0046】
1,2,3 焼結金属製軸受
11 燃料ポンプ
12 ケーシング
13 モータ
14 回転軸
15 インペラ
16 ガソリン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼組織と、硫化マンガン組織とを有する焼結金属製軸受であって、さらにニッケル組織を有する焼結金属製軸受。
【請求項2】
前記ニッケル組織および前記オーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下に調整されている請求項1に記載の焼結金属製軸受。
【請求項3】
前記硫化マンガン組織の全体に占める割合が0.5wt%以上10wt%以下に調整されている請求項1又は2に記載の焼結金属製軸受。
【請求項4】
前記硫化マンガン組織の全体に占める割合が1.5wt%以上2.5wt%以下に調整されている請求項3に記載の焼結金属製軸受。
【請求項5】
オーステナイト系ステンレス鋼組織と、硫化マンガン組織とを有する焼結金属製軸受であって、前記オーステナイト系ステンレス鋼組織中に含まれるニッケル成分の全体に占める割合が13wt%以上35wt%以下に調整されている焼結金属製軸受。
【請求項6】
前記硫化マンガン組織の全体に占める割合が1.5wt%以上2.5wt%以下に調整されている請求項5に記載の焼結金属製軸受。
【請求項7】
自動車エンジンの燃料ポンプに組み込まれて使用される請求項1〜6の何れかに記載の焼結金属製軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−2042(P2010−2042A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−163578(P2008−163578)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】