説明

硫化物の悪臭を高感度で検知するセンサ

【課題】気体中に存在する硫化物をヒトの嗅覚による検出感度を上回るレベルで検知することのできる超高感度な硫化物測定方法、及びその方法を用いた硫化物測定装置の開発を目的とする。
【解決手段】硫化物が有する金属への高吸着性を利用して、測定気体を金属フィルタによって前処理した硫化物除去済気体と、未処理の硫化物除去未了気体について、金属体表面に吸着した気体中の分子の吸着度合をそれぞれ表面分極制御法などによって測定し、その差分から測定気体中に存在する硫化物を測定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、気体中に含まれる硫化物を高感度に検知することのできる硫化物測定方法とその測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒトの嗅覚で不快な匂いとして認識される悪臭物質には、様々な物質が知られている。家庭内などの生活環境下の代表的な悪臭物質としては、例えば、アンモニア、硫化物、有機酸、アルデヒド類などが挙げられる。これらの多くは、悪臭防止法において特定悪臭物質としても指定されている。
【0003】
硫化物とは、硫黄(S)及び硫黄よりも陽性側の元素が結合した化合物の総称である。例えば、メチルメルカプタン、硫化メチル、硫化水素などが該当する。硫化物は、口臭の原因物質(メチルメルカプタン)として、あるいは食品などの腐敗臭若しくは糞や屁の臭気成分の一つ(硫化水素)などとして知られる最も身近な悪臭物質である。また、一部の硫化物は悪臭の原因物質であるだけでなく、高濃度ではヒトに対して有害な物質でもある。例えば、硫化水素は、ヒトにおいて50ppm(Parts Per Million=100万分の1)以上の濃度で粘膜に対して刺激性を示し、1000ppm以上の濃度では致死性を示す。
【0004】
上記の理由により、環境中の硫化物の濃度を知ることは、快適で安全な生活環境や労働環境を確保し、それを維持していく上で重要であると考えられる。それゆえ、従来から様々な硫化物測定装置が市販されている他、特許文献1から3に代表される硫化物や硫黄を検出する方法並びに装置若しくはセンサの発明が開示されている。
【特許文献1】特開平7−43358
【特許文献2】特開2000−325790
【特許文献3】特開2006−23256
【特許文献4】特開2001−255296
【非特許文献1】石黒辰吉 監修(1997)最新防脱臭技術集成,エヌ・ティー・エス.
【非特許文献2】J.Christopher Love,L.A.Estroff,J.K.Kriebel,R.G.Nuzzo,G.M.Whitesides(2005) Self−Assembled Monolayers of Thiolates on Metals as a Form of Nanotechnology, Chemical Review,105:1103−1169.
【非特許文献3】永田和宏,半田宏編(1998)生体物質相互作用のリアルタイム解析実験法,シュプリンガー・フェアラーク東京.
【非特許文献4】森泉豊榮,中本高道,(1997)センサ工学,昭晃堂.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、上記発明を含めた従来の一般用硫化物測定装置を用いた場合、その多くは硫化物濃度の検出限界が0.05ppmであり、比較的高感度な装置であったとしても1ppb(Parts Per Billion=10億分の1)が限界であった。ところが、ヒトの嗅覚による硫化物の濃度の検出限界は、例えば、メチルメルカプタンの場合で約100ppt(Parts Per Trillion=1兆分の1)といわれており(非特許文献1)、既存の一般用硫化物測定装置のそれを凌駕している。つまり、従来の一般用硫化物測定器ではヒトが感知可能な濃度の硫化物を検出できない可能性があるという問題があった。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、ヒトの硫化物検出感度に匹敵する超高感度な硫化物測定方法、及びその方法を用いた一般用硫化物測定装置を開発し、上記問題を解決することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明者らは、硫化物が有する金属への高吸着性を利用して気体中に存在する硫化物の検出感度を飛躍的に高める測定方法を開発した。また、金属フィルタを用いることで高精度かつ安定した測定結果を得ることに成功した。本願に記載する以下の発明は、かかる研究開発に基づいて完成されたものであり、上記課題を解決するための手段として提供するものである。
【0008】
第1の発明は、測定気体中の硫化物を金属フィルタによって除去し、硫化物除去済気体とする硫化物除去工程と、硫化物除去済気体を金属体表面に接触させ、表面分極制御法によって硫化物除去済気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定するバックグラウンド測定工程と、前記測定気体中の硫化物を除去しない硫化物除去未了気体を金属体表面に接触させ、表面分極制御法によって硫化物除去未了気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定する全気体測定工程と、全気体測定工程によって測定された硫化物除去未了気体中の分子の吸着度合と、バックグラウンド測定工程によって測定された硫化物除去済気体中の分子の吸着度合と、の差分から前記測定気体中に含まれる硫化物を定量する硫化物定量工程と、からなる硫化物測定方法を提供する。
【0009】
第2の発明は、前記表面分極制御法に代えて表面プラズモン共鳴測定法を用いた前記第1の発明に記載の硫化物測定方法を提供する。
【0010】
第3の発明は、前記表面分極制御法に代えて水晶振動子マイクロバランス法を用いた前記第1の発明に記載の硫化物測定方法を提供する。
【0011】
第4の発明は、気中に含まれる硫化物を測定する装置であって、測定気体を後記測定部に導入するための導入管と、導入管に配置され測定気体中の硫化物を除去するための挿抜可能な金属フィルタ部と、導入管から導入される気体を金属体表面に接触させ、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を測定する測定部と、金属フィルタ部を介して導入された気体の前記測定結果と、金属フィルタ部を介さないで導入された気体の前記測定結果と、の差分から測定気体中に含まれる硫化物を定量する計算部と、を有する硫化物測定装置を提供する。
【0012】
第5の発明は、前記測定部が、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面分極制御法によって検出する表面分極制御手段を有する前記第4の発明に記載の硫化物測定装置を提供する。
【0013】
第6の発明は、前記測定部が、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面プラズモン共鳴測定法によって検出するSPR測定手段を有する前記第4の発明に記載の硫化物測定装置を提供する。
【0014】
第7の発明は、前記測定部が、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を水晶振動子マイクロバランス測定法によって検出するQCM測定手段を有する前記第4の発明に記載の硫化物測定装置を提供する。
【0015】
第8の発明は、気中に含まれる硫化物を測定する装置であって、測定気体を後記第一測定部に導入するための第一導入管と、第一導入管に配置され測定気体中の硫化物を除去するための金属フィルタ部と、第一導入管から導入される気体を金属体表面に接触させ、気体分子の金属体表面への吸着度合を測定する第一測定部と、前記測定気体を後記第二測定部に導入するための第二導入管と、第二導入管から導入される気体をそのまま金属体表面に接触させ、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を測定する第二測定部と、第一測定部の前記測定結果と、第二測定部の前記測定結果と、の差分から測定気体中に含まれる硫化物を定量する共通計算部と、を有する硫化物測定装置を提供する。
【0016】
第9の発明は、前記第一測定部及び第二測定部が、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面分極制御法によって検出する表面分極制御手段を有する前記第8の発明に記載の硫化物測定装置を提供する。
【0017】
第10の発明は、前記第一測定部及び第二測定部が、金属体表面に吸着された硫化物を表面プラズモン共鳴測定法によって検出するSPR測定手段を有する前記第8の発明に記載の硫化物測定装置を提供する。
【0018】
第11の発明は、前記第一測定部及び第二測定部が、金属体表面に吸着された硫化物を水晶振動子マイクロバランス測定法によって検出するQCM測定手段を有する前記第8の発明に記載の硫化物測定装置を提供する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の硫化物測定方法によれば、硫化物の濃度が数〜数10pptであってもその検出が可能となる。これによって、ヒトの嗅覚による硫化物検出感度に匹敵する若しくはそれを上回る検出感度を有する硫化物測定装置を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に、図を用いて前記各発明を実施するための最良の形態を説明する。ただし、本発明はこれらの実施の形態に何ら限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる様態で実施し得る。
【0021】
なお、実施形態1は主に請求項1から3に関するものである。また、実施形態2は主に請求項4から7に関するものである。さらに、実施形態3は主に請求項8から11に関するものである。
【0022】
<<実施形態1>>
【0023】
<実施形態1:概要>
実施形態1は、硫化物測定方法に関する。本実施形態の硫化物測定方法は、硫化物が金属に対して高吸着性を有する性質を利用した方法である。すなわち、本実施形態の方法は、まず、測定気体中に含まれる硫化物を金属フィルタによって除去した硫化物除去済気体と、当該処理を行わない硫化物除去未了気体について、それぞれに含まれる分子の金属体表面への吸着度合を表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、若しくは水晶振動子マイクロバランス法によって測定する。そして、前記二つの気体の測定値の差分から測定気体中の硫化物を定量する方法である。本実施形態の硫化物測定方法によれば、ヒトの嗅覚の検出感度に匹敵する、若しくはそれを上回るレベルで気中の硫化物を検出することができる。
【0024】
<実施形態1:構成>
図1は本実施形態における硫化物測定方法の各工程のフローチャートの一例である。この図で示すように、本実施形態の硫化物測定方法は、硫化物を除去した気体を測定する硫化物除去済気体測定工程(S0101)、硫化物を除去しない気体を測定する全気体測定工程(S0102)、及び前記両工程で得られた測定値の差分を得る硫化物定量工程(S0103)の3工程から構成されている。以下、それぞれの工程について説明をする。
【0025】
((硫化物除去済気体測定工程))
【0026】
「硫化物除去済気体測定工程」(S0101)とは、測定気体から硫化物除去済気体を得た後、当該気体中に含まれる分子の金属体表面に対する吸着度合を測定する工程である。硫化物除去済気体測定工程は、さらに、硫化物除去工程(S0104)、それに続くバックグラウンド測定工程(S0105)とに細分することができる。以下、これら二つの工程について説明をする。
【0027】
(硫化物除去工程)
【0028】
I.定義
【0029】
「硫化物除去工程」(S0104)とは、測定気体中の硫化物を金属フィルタによって除去し、硫化物除去済気体を得る工程である。
【0030】
「測定気体」とは、本実施形態の硫化物測定方法によって測定される対象の気体をいう。
【0031】
「硫化物」とは、前記「背景技術」で述べた通りである。本願でいう硫化物は、それらの中でも常温下で気体状態、若しくはエアロゾル状態のものを指す。本願は気中の硫化物を測定する方法、又は装置だからである。常温下で気体状態、若しくはエアロゾル状態の硫化物としては、例えば、メチルメルカプタン、硫化水素、硫化メチル、二硫化メチルなどが挙げられる。
【0032】
「金属フィルタ」とは、金属製のフィルタ、表面の全部又は一部が金属で構成されるフィルタ、若しくは硫化物を吸着可能な金属塩からなるフィルタをいう。
【0033】
「硫化物除去済気体」とは、前記金属フィルタを通すことによって得られる気体であって、測定気体中に含まれる硫化物を除去した気体をいう。
【0034】
II.当該工程の目的と各構成要件について
【0035】
硫化物除去工程の目的は、測定気体中から硫化物を除去した硫化物除去済気体を得ることである。硫化物は金属に対して高吸着性を有する。そこで、硫化物除去工程では、当該性質を利用して、測定気体を金属フィルタに通すことにより測定気体中の硫化物を吸着除去し、その目的を達成する。
【0036】
当該金属フィルタの金属種については特に限定しない。前述のように、硫化物はいずれの金属に対しても高吸着性を有することが知られているからである。例えば、硫化物の一つであるチオール(メルカプタン:R−SH、Rはアルキル基)と金(Au)との吸着エネルギーは、209kJ/molと言われている(非特許文献2)。
【0037】
金属フィルタは、それを構成する全てが金属製である必要はなく、金属原子がフィルタ表面に露呈した状態であればよい。当該金属フィルタは、通過する測定気体中の硫化物をその表面で吸着するからである。したがって、フィルタの全部又は一部の表面が金属で被覆されていれば足りる。例えば、芯部がポリ塩化ビニルで、その表面に金属が蒸着されている場合などが挙げられる。また、金属フィルタは硫化物と吸着可能な金属塩の状態であってもよい。
【0038】
金属フィルタの構造は、広い金属表面積を有するものが好ましい。例えば、金属繊維のウール状構造や、金属繊維で構成された金属膜の複層構造、若しくは粒子状構造などが挙げられる。当該金属フィルタを通過する測定気体が金属表面に十分に接触できるようにするためである。
【0039】
金属フィルタが測定気体中に含まれる硫化物を十分吸着するためには、所定の表面積を有していればよい。一例を挙げれば、測定気体中の硫化物濃度が0.1ppm以下の場合には、スチール製ウール(直径約100μm)を直径1cm、長さ2cmの管に充填した金属フィルタの表面積で、通過する気体中の硫化物をほぼ100%吸着することができる。ただし、測定気体中の硫化物の濃度が100ppmを越えるような高濃度であると予想される場合には、上記金属フィルタの金属表面積では硫化物を十分量吸着できない可能性がある。このような場合には、金属表面積をより大きくするか、あるいは測定気体を金属フィルタに数回繰り返し通すなどして適宜対応すればよい。
【0040】
ところで、室内空気のような一般的な生活環境の気体中には、硫化物以外にも金属への吸着性を有する物質が存在し得る。しかし、硫化物の金属吸着力に匹敵する物質が存在することは稀である。気体中に存在する硫化物以外の金属吸着性を有する一般的な物質としては、アンモニアや炭化水素(アルコール類、メタン)などが挙げられる。これらの物質は、測定気体中に比較的高い濃度で存在し得るが、金属に対する吸着力は硫化物のそれに比べると非常に弱い。例えば、メタンの金(Au)吸着エネルギーは6.28kJ/molである。これは、前述のメルカプタンの吸着力の約1/33しかない。したがって、たとえ硫化物以外の金属吸着性を有する物質が測定気体中に多量に存在していても、それらは金属フィルタに僅かしか吸着されず、大部分は金属フィルタを通過する。一方、硫化物は測定気体中に微量しか存在しなくても、ほとんどが金属フィルタに吸着される。よって、硫化物除去済気体とは、測定気体中に含まれるほとんど全ての硫化物と、ごく一部分の硫化物以外の金属吸着性物質が除去された気体と解することができる。ただし、化学工場のような特殊な環境下では硫化物に匹敵する高い金属吸着性物質が高い濃度で存在する可能性がある。そのような特殊な環境下の測定気体では、金属フィルタによって硫化物並びに硫化物以外の金属吸着性物質のほとんどが除去されてしまう。この場合、本実施形態の測定方法のみでは測定値に無視できない誤差が生じる可能性がある。したがって、このような特殊な環境下の気体を測定する場合、本実施形態の方法だけでは精度の高い硫化物測定は不十分であり、ガスクロマトグラフィー法や他の汎用ガスセンサ測定法との併用が必要となる。
【0041】
(バックグラウンド測定工程)
【0042】
I.定義
【0043】
「バックグラウンド測定工程」(S0105)とは、前記硫化物除去工程で得られた硫化物除去済気体を金属体表面に接触させ、表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、若しくは水晶振動子マイクロバランス法によって硫化物除去済気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定する工程である。
【0044】
「金属体」とは、気体中の金属への吸着性を有する分子をその表面に吸着するものであって、少なくともその表面が金属で構成されたものをいう。金属体は、本実施形態において測定気体中に含まれる硫化物などを検出するためのセンサ部に相当する。
【0045】
「硫化物除去済気体を金属体表面に接触させ」とは、気体を直接金属体表面に触れさせるだけでなく、広く気体中に含まれる分子を金属体表面で反応させることを意味する。したがって、当該気体との接触が間接的であっても構わない。例えば、硫化物除去済気体を液体に通し、当該気体中に含まれる分子を液体内に溶解、又は取り込んだ後に、その液体を金属体表面に直接接触させてもよい。
【0046】
「硫化物除去済気体中の分子」とは、硫化物除去済気体中に含まれる様々な物質の分子をいう。
【0047】
「硫化物除去済気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合」とは、硫化物除去済気体中に含まれる分子の金属体表面への結合の度合をいう。当該結合の度合は、表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、若しくは水晶振動子マイクロバランス法によって得られる測定値として表される。なお、表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、水晶振動子マイクロバランス法については後述する。
【0048】
II.目的と各構成
【0049】
バックグラウンド測定工程の目的は、測定気体の基準値を得ることである。当該バックグラウンド測定工程では、前記硫化物除去工程で得られた硫化物除去済気体を金属体表面に接触させて、当該気体中に含まれる分子の吸着度合を測定する。その測定値を測定気体の基準値とする。
【0050】
前述のように、金属フィルタを通して得られる硫化物除去済気体中には前記金属フィルタでの吸着を免れた硫化物以外の金属吸着性物質が存在する。このような物質は金属体に接触することで、それに吸着される。前述の通り、これらの物質の金属吸着力は非常に弱いため、例え硫化物除去済気体中に多量に存在していても金属体には極僅かしか吸着されない。しかし、これらの物質が硫化物を測定する上で測定誤差の要因となることは否定できない。そこで、バックグラウンド測定工程では、硫化物以外の金属体に吸着し得る物質を考慮するために硫化物除去済気体を測定し、当該測定値を基準値とすることで、この問題を解決する。
【0051】
金属体の機能は、硫化物除去済気体及び後述する硫化物除去未了気体に含まれる分子を金属表面に吸着させることである。当該金属体表面に吸着した分子の度合は、後述する表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、水晶振動子マイクロバランス法のいずれかの測定方法で測定される。
【0052】
金属体の形状は、棒状、板状、薄膜状、ワイヤ状などの場合があり得るが、いずれの形状にするかは前記測定方法によって定まる。例えば、表面プラズモン共鳴測定法や水晶振動子マイクロバランス法を用いて測定する場合には、金属体は測定の構造上、薄膜状にすることが望ましい。しかし、表面分極制御法を用いて測定する場合には、金属体は棒状、板状、薄膜状、ワイヤ状のいずれの形状であっても構わない。
【0053】
金属薄膜や電極として頻用される金属種は、金属体表面に吸着する分子の測定方法によって決まっている。例えば、表面プラズモン共鳴測定法の金属薄膜では金(Au)若しくは銀(Ag)が、また水晶振動子マイクロバランス法の電極では金(Au)が一般的に使用される。しかし、本実施形態の測定対象物である硫化物は、前述のようにいずれの金属に対しても非常に高い吸着性を有している。したがって、一般的に使用されている金属種に捕らわれる必要はなく、いずれの金属種であってもよい。ただし、金属種によっては硫化物などの結合で腐食が進行する場合がある。そのような金属種を金属体表面に用いることは硫化物の正確な測定を行う上であまり好ましくない。特に、金属体の再使用を目的とする場合には、使用回数を追うごとに腐食の進行度が高くなるため都合が悪い。そこで、金属体表面を構成する金属種は、硫化物の結合に対して腐食しにくく安定性の高い貴金属であることが好ましい。望ましくは、金属体表面を構成する金属種が、金(Au)、若しくは白金(Pt)で構成されていることである。
【0054】
金属体表面は、抗体や官能基などで化学修飾されていなくてもよい。本実施形態の硫化物測定法は、金属体表面上に直接結合し得る硫化物などの物質を吸着し、それらの物質を測定することを特徴とするためである。
【0055】
金属体は、測定の対象とする気体である硫化物除去済気体や硫化物除去未了気体と接触させるまでは、外気と接触しないようにしておくとよい。測定の対象とする気体に含まれる分子以外の分子を測定前に金属体表面に吸着させないためである。金属体表面を外気と接触させない方法としては、例えば、実施形態2で述べるように金属体が配置される測定部に密閉可能な気室を設けて金属体を外気から隔離する方法が挙げられる。金属体の気室内への設置の際に、金属体表面がクリーンな状態にするためには、金属体の設置をクリーンルーム内で行うか、あるいは気室内に設置した後にレーザーによる熱等で金属体表面をクリーニングするなどして行えばよい。気室内は硫化物除去済気体や硫化物除去未了気体が導入されるまでは、気室に連結されたバキュームポンプなどを用いて真空状態にするか、あるいは別途設置されたガスボンベなどから所定のガスをガス導入管を介して気室内に充填しておけばよい。所定のガスとは、例えば、不活性ガスなどのように金属と直接反応しないガスをいう。ただし、ベースとなる雰囲気を室内空気などの大気とする場合は、金属体に対して前記のような厳密性は要求されない。その場合は、大気中で金属体の気室内への設置を行い、また気室内は大気で充填しておけばよい。大気中に含まれる金属吸着性の物質は金属体表面に結合し得るが、そのときの応答値をベース、すなわち0値とすればよい。
【0056】
以下に、表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、若しくは水晶振動子マイクロバランス法について説明する。バックグラウンド測定工程ではこれら3つの測定方法のうちいずれか一を使用すれば足りるが、硫化物をより正確に高い精度で定量するために、これらを組み合わせて使用しても構わない。
【0057】
A.表面分極制御法を用いた金属体表面吸着分子の測定法
【0058】
「表面分極制御法」とは、電気化学インピーダンス測定法を用いて一の電極表面の表面分極を動的に制御することで、電極に吸着した物質に関する情報を引き出す測定方法である。すなわち、当該測定方法は、各電極電位の電気化学インピーダンスのパターンから、電極に吸着した物質を判別することができる。
【0059】
(1)測定条件など
表面分極制御法では、従来の電気化学インピーダンス測定法と同様に、作用電極、参照電極、対極の3つの電極を用いる。作用電極は、本実施形態の金属体に該当するもので、電極電位を測定し、電気化学インピーダンスを算出するために必要な電極である。また、参照電極は、作用電極の電位を測定、又は制御するために必要な電極である。そして、対極は、作用電極との間での通電用の電極である。参照電極と対極は、本実施形態において金属体に対する補助的な機能を有する。これらの電極は、電極電位を測定する際には電解液である基準溶液に浸漬される。
【0060】
電気化学インピーダンスは、作用電極と参照電極との間の電圧値と、当該電圧とするために作用電極と対極との間に供給される電流値とから算出される。作用電極と参照電極との間の電圧を制御するためには、一般にポテンショスタットなどが用いられる。
【0061】
表面分極制御法では、電極を基準溶液に浸漬して、電極電位を所定の範囲で多段階的にスイープしながら、各段階で作用電極に所定の周波数で電圧を印加したときの電気化学インピーダンスを算出する。「所定の範囲」は限定しないが、通常は±1Vの範囲内で行う。「多段階的に」とは、選択した所定の範囲を等圧電位のステップ幅で、という意味である。当該ステップ幅は通常0.05Vで行うが、この値に限定はしない。また、各ステップで電気化学インピーダンスを測定するための時間が必要である。この時間幅は、通常0.001秒以上10秒以下の範囲で行う。また、「スイープ」とは、電極電位を動的に制御することをいう。当該スイープを行うためには発振器など用いて前記ポテンショスタットを制御する。スイープは、電極電位を上げる正方向と、それを下げる逆方向のいずれを行う事もできる。電気化学インピータンス測定時に、それぞれの方向でステップ幅や時間幅は適宜変えることも可能である。また、作用電極に印加する電圧は、交流周波数で100mHz以上100kHz以下の範囲で、交流の振幅は0.1mV以上1V以下の範囲で行えばよい。なお、基準溶液のインピーダンスは、電極のインピーダンスが高い周波数では0に収束するという仮定の下で測定を行う。例えば、交流周波数1kHz、振幅0.01mV程度の電圧を印加したときに得られるインピーダンスを、溶液のインピーダンスとすればよい。
【0062】
(2)電極の研磨
電極は、測定前に金属表面を研磨するなどして不純物除去をしておくとよい。金属表面への不純物の付着は、電位測定時に目的外の電流が流れるなどの原因となり、望みの測定値を得ることができないためである。特に、作用電極を再使用する場合には、当該前処理を行うことが望ましい。研磨は、電気化学測定において一般的に使用される方法に準ずればよい。例えば、0.1μm径のアルミナ研磨剤で5秒間研磨した後、蒸留水で超音波洗浄し、さらに表面を窒素ガスでブロー洗浄する方法などが挙げられる
【0063】
(3)プリスキャン
測定開始前には電極のインピーダンスを安定化させるために、プリスキャンすることが好ましい。プリスキャンは、基準溶液内で電極電位を数回、高速でスイープすればよい。プリスキャンの回数は、通常10回以上30回以下の範囲で行えば足りる。また、電極電圧の範囲は、測定時の範囲よりも1.1から1.5倍程広く設定する。電極表面の電気化学的洗浄を行うためである。また、高速でスイープすることから各ステップの電位ステップ幅は測定時のそれよりも低くする。例えば、測定時が0.05Vであれば、0.02Vで行えばよい。
【0064】
(4)作用電極表面への分子の吸着方法
測定対象である気体中に含まれる分子を前記作用電極に吸着させる方法として、以下の二つの方法がある。
【0065】
第一の方法は、作用電極を直接気体に接触させて作用させる方法である。この方法では、作用電極を測定対象の気体に曝露し、気体中の分子を電極表面に吸着させる。曝露する時間は、通常数秒以上10分以下で足りる。その後、作用電極を基準溶液に浸漬し、当該作用電極における電気化学インピーダンスを測定する。この方法は、気相中で金属体表面に吸着した硫化物などが液相中に移行されても当該吸着を維持できることに基づく。なお、参照電極と、対極は、予め基準溶液に浸漬しておけばよい。
【0066】
第二の方法は、気体に含まれていた分子を基準溶液中で作用電極に作用させる方法である。この方法では、気体を一旦基準溶液に通して、当該気体中に含まれている分子を基準溶液中に溶解させる、若しくは取り込む。続いて当該基準溶液に3電極を浸漬させることで、基準溶液中に取り込んだ分子を作用電極表面に吸着させる。その後に、作用電極における電気化学インピーダンスを測定する。なお、気体中に含まれる分子を基準溶液内に溶解、若しくは取り込む方法は、特に限定しない。例えば、単に基準溶液を気体に接触させることで液面から受動的に取り込む方法や、基準溶液中に管を差し込み、当該管より気体を気泡状に放出して取り込む方法、基準溶液と気体とを撹拌して取り込む方法などが挙げられる。
【0067】
(5)プレ測定
測定開始前には、金属吸着性分子を含まない気体を用いてプレ測定を行うとよい。金属吸着性分子を含まない気体に対する電極のインピーダンスを安定化させるためである。「金属吸着性分子を含まない気体」とは、例えば、不活性ガスなどが該当する。プレ測定で得られる電気化学インピーダンスが、±20Ω程度に安定するまで、前記(2)の電極の研磨と当該プレ測定とを繰り返すことが好ましい。
【0068】
(6)試料測定
上記(1)から(5)の手順を必要に応じて行った後、測定対象の気体を作用電極に作用させて、電気化学インピーダンスの測定を行う。測定は、前記(1)の測定条件に従い、作用電極表面への分子の吸着方法は前記(4)のいずれかの方法を用いて行えばよい。
【0069】
上記電気化学インピーダンス法は公知の技術であり、表面分極制御法も特許文献4で開示された公知の方法である。よって、本実施形態で用いる表面分極制御法も基本は特許文献4に記載の方法などに準じて行えばよい。
【0070】
B.表面プラズモン共鳴測定法を用いた金属体表面吸着分子の測定法
【0071】
「表面プラズモン共鳴測定法」とは、SPR法(surface plasmon resonance法)とも呼ばれ、表面プラズモン共鳴現象の共鳴角が金属薄膜表面上の吸着物の屈折率によって変化することを利用して、当該吸着物を高感度に測定する方法である。表面プラズモン共鳴現象とは、金属薄膜へのレーザー光の入射角度の変化に伴って反射光強度が減衰する現象である。反射光強度が最も減衰した時の角度を共鳴角と呼ぶ。
【0072】
図9を用いて、表面プラズモン共鳴測定法の原理を説明する。この図の(a)は実施形態2で詳述する表面プラズモン共鳴手段の構成の一例である。プリズム(0905)上、若しくは図示しないガラス板上に蒸着された金属薄膜(0902)の裏面に光源(0903)からレーザーなどの光(0908)を照射すると、光が全反射をすると同時に金属薄膜でエバネッセント波(evanescent wave)(図示せず)が発生する。このとき、金属薄膜表面側では表面プラズモン(図示せず)が発生する。このエバネッセント波と表面プラズモンのそれぞれの波数・周波数が一致した際、共鳴により光子エネルギーが表面プラズモンの電子を励起するために消費される。そのため、光の入射角を変化させると、ある入射角で反射光が減衰する現象が生じる。前述のように入射光強度に対する反射光強度の比率である反射率が最小となる時の入射角を共鳴角といい、この角度は金属薄膜表面で生じる物質間の相互作用によって影響される。図9(b)で共鳴角の変化について例を示して説明する。金属薄膜表面上の物質の吸着の有無は、その前後の共鳴角度θの変化として捕らえることができる。例えば、金薄膜表面に何も吸着していない状態の共鳴角度をθとする時、金属薄膜が硫化物をはじめとする金属吸着性の分子をその表面に吸着した状態では共鳴角度がθに変化する。この場合、θとθとの差であるΔθの値の変化を見ることにより、金属薄膜がその表面にどれほどの分子を吸着したのかを測定することが可能となる。
【0073】
(1)前処理
【0074】
通常のSPR測定方法は、液相中で金属薄膜に吸着した分子に対して行われる。それゆえ、測定前に硫化物除去済気体若しくは硫化物除去未了気体と、キャリア溶液とを混合する処理を行う。気体中に含まれる金属吸着性分子をキャリア溶液内に溶解する若しくは取り込むためである。キャリア溶液は、水などを用いればよい。
【0075】
当該混合の方法は、気体中に含まれる金属吸着性分子を十分にキャリア溶液内に溶解する、若しくは取り込むことができる方法であれば特に限定はしない。例えば、図9(a)で示すように、導入管の一の端部をキャリア溶液中に浸漬し、測定部に導入される気体を当該導入管端部から気泡としてキャリア溶液に通すようにする方法や、気体とキャリア溶液を撹拌する方法、あるいは単に気体とキャリア溶液とを接触させて液面から受動的に取り込む方法などが挙げられる。
【0076】
(2)測定条件など(液相中での測定を前提とするSPR測定装置を使用する場合)
・SPR測定装置: 市販の装置が利用できる。フローシステム採用のSPR測定装置が便利である。
・測定温度は25℃±1℃、キャリア溶液の導入量は50μl以上400μl以下の範囲内であれば足りる。フローシステム採用の機種を使用する場合、流速、及び流通時間は導入量などに応じて適宜定めればよい。例えば、200μlを導入する場合であれば、流速15μl/minで約14分間流すとよい。ただし、上記は一例であって、この数値などに限定はされない。
・なお、SPRの測定については、SPR測定装置に付属のマニュアルなどに従って行えばよい。
【0077】
上記表面プラズモン共鳴測定法は公知の方法であり、本実施形態で用いる表面プラズモン共鳴測定法も非特許文献3に記載の方法などに準じて行えばよい。
【0078】
C.水晶振動子マイクロバランス法を用いた金属体表面吸着分子の測定法
【0079】
「水晶振動子マイクロバランス法」とは、QCM法(quartz crystal microbalance法)とも呼ばれ、水晶振動子に取り付けた電極表面への物質が吸着するとその質量に応じて水晶振動子の共振周波数が減少する現象を利用して、共振周波数の変化量によって極微量な吸着物を定量的に捕らえる質量測定方法である。
【0080】
QCM法における吸着物の質量測定は、Sauerbreyの式に基づいて行う。当該方法によれば、単原子層レベルで電極に吸着した物質の質量をナノグラムレベルで測定することができる。
【0081】
上記水晶振動子マイクロバランス法は公知の方法であり、本実施形態で用いる水晶振動子マイクロバランス法も非特許文献4に記載の方法などに準じて行えばよい。
【0082】
((全気体測定工程))
【0083】
I.定義
【0084】
「全気体測定工程」(S0102)とは、硫化物除去未了気体を金属体表面に接触させ、表面分極制御法、若しくは表面プラズモン共鳴測定法、若しくは水晶振動子マイクロバランス法によって硫化物除去未了気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定する工程である。
【0085】
「硫化物除去未了気体」とは、前記硫化物除去工程を経ていない測定気体である。すなわち、これは測定気体そのものを意味する。ただし、本実施形態の金属フィルタによる硫化物除去処理以外の測定前処理を別に行う場合には、この限りではない。
【0086】
「硫化物除去未了気体を金属体表面に接触させ」とは、前記バックグラウンド測定工程の場合と同様に、気体(この場合は硫化物除去未了気体)を直接金属体表面に触れさせるだけでなく、広く気体中に含まれる分子を金属体表面で反応させることを意味する。
【0087】
「硫化物除去未了気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合」とは、硫化物除去未了気体中に含まれる分子の金属体表面への結合の度合をいう。当該結合の度合は、表面分極制御法、表面プラズモン共鳴測定法、若しくは水晶振動子マイクロバランス法によって得られる測定値として表される。
【0088】
II.目的と各構成
【0089】
全気体測定工程の目的は、硫化物除去未了気体中に含まれる分子の金属体表面への吸着度合を測定値として測定することである。全気体測定工程では、硫化物除去未了気体を金属体表面に接触させて、当該気体中に含まれる金属体表面に吸着可能な分子の吸着度合を測定する。
【0090】
硫化物除去未了気体は、硫化物除去済気体と異なり、硫化物に関しての除去処理が行われていない。つまり、当該気体中には、硫化物並びに硫化物以外の金属吸着性を有する物質が存在し得る。硫化物除去工程で述べたように、一般的な生活環境下の気体中では、硫化物の金属吸着エネルギーに匹敵する物質の存在は稀である。したがって、たとえ硫化物除去未了気体中に硫化物以外の金属吸着性を有する物質が多量に存在していても金属体には僅かしか吸着されない。一方、硫化物は測定気体中に微量しか存在しなくても、そのほとんどが金属体に吸着される。よって、全気体測定工程では、金属体に吸着される物質、すなわち、硫化物除去未了気体中に含まれるほとんどの硫化物と、ごく一部分の硫化物以外の金属吸着性を有する物質についての測定値を得ることができる。
【0091】
全気体測定工程と前記バックグラウンド測定工程の工程内容については、一の相違点を除き原則として同一である。当該相違点とは、測定の対象となる金属体表面に接触させる気体である。つまり、全気体測定工程において金属体表面に接触させる気体が硫化物除去済気体ではなく、硫化物除去未了気体であることを除けば、両工程は同一条件下で処理される。例えば、金属体表面の分子の吸着度合を測定する方法についても測定する気体以外は、同一の測定方法、同一の測定条件を用いる。
【0092】
((硫化物定量工程))
【0093】
I.定義
【0094】
「硫化物定量工程」(S0103)とは、全気体測定工程によって測定された硫化物除去未了気体中の分子の吸着度合と、バックグラウンド測定工程によって測定された硫化物除去済気体中の分子の吸着度合との差分から前記測定気体中に含まれる硫化物を定量する工程である。
【0095】
II.目的と各構成
【0096】
硫化物定量工程の目的は、測定気体中に含まれる硫化物を定量することである。当該定量は、硫化物の相対量、若しくは絶対量のいずれであってもよい。
【0097】
硫化物定量工程における測定気体中の硫化物の定量方法について以下で説明をする。まず、バックグラウンド測定工程において得られる硫化物除去済気体中の分子の吸着度合を表す測定値を「V0」で、全気体測定において得られる硫化物除去未了気体中の分子の吸着度合を表す測定値を「V1」で表す。ここで、「V0」は、硫化物除去済気体中に含まれる硫化物以外の金属吸着性物質、すなわち金属フィルタに吸着されなかった硫化物以外の金属吸着性物質に対する応答値と解することができる。また、「V1」は、硫化物除去未了気体中に含まれる硫化物及び硫化物以外の金属吸着性物質に対する応答値と解することができる。ところで、一般的な生活環境下の気体中に存在する硫化物以外の金属吸着性物質は、金属に対する吸着性が非常に弱いことから多量に存在していても金属に僅かしか吸着しないことは前述したとおりである。それゆえ、硫化物除去済気体中の硫化物以外の金属吸着性物質による応答値と、硫化物除去未了気体中の硫化物以外の金属吸着性物質による応答値はいずれも非常に小さく、その差はほとんどないと解することができる。したがって、V0とV1との差分値(以下「Vx」で表す。)を求めることにより、測定気体中に含まれる硫化物を定量することができる。
【0098】
Vxは、下記式1又は2のいずれの式で求めてもよいが、後述する検量線を使用する場合や複数の測定気体中に含まれる硫化物の相対量を求める場合には、同一式の下で求めた値を使用する。
Vx=V1−V0・・・・・・・・・・・・・・・・(式1)
Vx=V0−V1・・・・・・・・・・・・・・・・(式2)
Vxは、測定気体中の硫化物の指数に相当する。さらに、測定気体中の硫化物の濃度を定量する場合には、予め定められた検量線からVxに相当する硫化物濃度を得ればよい。なお、検量線は、当該Vxを求める際に使用した測定方法と同一の方法によって、複数の既知濃度の硫化物を含む測定気体について測定された標準差分値とそのときの硫化物の濃度との関係から作製される。
【0099】
硫化物定量工程は、コンピュータなどの計算機に前記一連の定量方法を実行させるためのプログラム(硫化物定量プログラム)として実行することもできる。この場合、硫化物定量工程は、計算機で当該プログラムによって実行される。また、当該プログラムは、計算機によって読み取り可能な記録媒体に記録することができる。
【0100】
<実施形態1:処理の流れ>
本実施形態の処理の流れは、図1から図3で示す3つのパターンがある。いずれの場合も、硫化物除去済気体測定工程(S0101/S0202/S0301)、全気体測定工程(S0102/S0201/S0302)、硫化物定量工程(S0103/S0203/S0303)の3工程によって構成されている。また、硫化物除去済気体測定工程は、さらに硫化物除去工程(S0104/S0204/S0304)と、それに続くバックグラウンド測定工程(S0105/S0205/S0305)で構成されている。以下、それぞれのパターンについて説明する。
【0101】
第1のパターンは、図1に示す処理の流れのパターンである。このパターンは、まず、硫化物除去済気体測定工程(S0101)を行い、次に、全気体測定工程(S0102)を行い、最後に硫化物定量工程(S0103)を行うというものである。
【0102】
第2のパターンは、図2に示す処理の流れのパターンである。このパターンは、まず、全気体測定工程(S0201)を行う。次に、硫化物除去済気体測定工程(S0202)を行い、最後に硫化物定量工程(S0203)を行うというものである。
【0103】
第3のパターンは、図3に示す処理の流れのパターンである。このパターンでは、硫化物除去済気体測定工程(S0301)と全気体測定工程(S0302)とがそれぞれ独立している。両工程は、いずれが先に行なわれても、あるいは同時に行われても構わない。最後に硫化物定量工程(S0303)を行うというものである。
【0104】
以上のいずれかの処理の流れによって、本実施形態の硫化物測定方法による気中の硫化物の測定を達成することができる。
【0105】
ところで、硫化物除去済気体測定工程(S0101/S0202/S0301)は、測定気体中の硫化物を高感度に定量するために、測定基準値を得ることを目的としている。しかし、測定気体によっては当該測定基準値を得る必要がない場合もある。例えば、測定気体中に硫化物以外の金属吸着性物質が存在しないことが明白であり、単にその気体中の硫化物の濃度のみを測定する場合などが挙げられる。そこで、測定気体の測定基準値を得る必要がない場合に限り、例外的に、上記いずれのパターンにおいても硫化物除去済気体測定工程を省略することができるものとする。
【0106】
<実施形態1:効果>
本実施形態の硫化物測定方法によれば、後述する実施例のように、気中の硫化物の濃度が数ppt〜数10pptであっても検出することができる。これは、ヒトの嗅覚による硫化物の検出限界に匹敵する、若しくはそれを上回る値である。
【0107】
<<実施形態2>>
【0108】
<実施形態2:概要>
本実施形態は、実施形態1の硫化物測定方法を用いた硫化物測定装置に関する。本実施形態の硫化物測定装置によれば、ヒトの嗅覚による硫化物検出感度に匹敵する、若しくはそれを上回る検出感度を有する硫化物測定装置を提供することができる。
【0109】
<実施形態2:構成>
図4は本実施形態における硫化物測定装置の構成図の一例である。この図で示すように、本実施形態の硫化物測定装置は、気中に含まれる硫化物を測定する装置であって導入管(0401)、金属フィルタ部(0402)、測定部(0403)、計算部(0404)とから構成されている。以下、それぞれの構成要件について、詳細に説明をする。
【0110】
(導入管)
【0111】
「導入管」(0401)は、測定気体を後述する測定部に導入するように構成されている。
【0112】
導入管の材質は、少なくとも硫化物除去未了気体を測定部に導入する場合には、気体と直接接する部分が金属以外の材質である必要がある。金属にした場合、導入管を通過する過程で測定気体中に含まれる硫化物が吸着されてしまうからである。導入管の材質としては、フッ素樹脂、あるいは、少なくとも管内壁面をフッ素樹脂などの合成樹脂で被覆した金属、ガラス(強化ガラス若しくは管外壁面を合成樹脂などで被覆したものが好ましい)などが挙げられる。
【0113】
導入管の長さ、管内径については、それを配置する硫化物測定装置(特に測定部)のサイズ、当該硫化物測定装置の使用場所などに応じて適宜定める。例えば、屋内の気中の硫化物を測定することを目的とする設置タイプの硫化物測定装置であれば、後述の金属フィルタ部が配置可能な程度の長さであって、かつ内径が数cmの導入管にすればよい。また、排水管内部を測定する場合のように局所的な気中の硫化物を測定することを目的とする携帯型の硫化物測定装置であれば、測定する箇所に到達可能な程度の長さであって、かつ内径が1cm以下の小径の導入管にすればよい。さらに、導入管の内径は一定である必要はない。例えば、導入管の一部が肥大して気室状となっていてもよい。このような構造は、その気室内部に金属フィルタを充填し、金属フィルタ部を形成させる時などに便利である。
【0114】
導入管の機能は、測定気体を他の気体から隔離して、測定部へと導くことである。また、その間に、測定気体に対して処理を行う場を提供することである。本実施形態の導入管は、金属フィルタ部を配置することで硫化物除去済気体を得るための場を提供できる。
【0115】
一の測定部に測定気体を導入する導入管の数は1本若しくは2本あれば足りるが、特に限定はしない。例えば、測定部に必要量の測定気体を短時間で導入するために、3本以上あっても構わない。
【0116】
導入管は、着脱可能にしてもよい。着脱可能な導入管の例としては、図6で示すような、スクリューネジ式導入管が挙げられる。(a)は金属フィルタ部が配置された導入管を測定部にネジ込んで装着した状態、(b)はその導入管を取り外した状態を示している。このような形態によれば、金属フィルタ部を導入管ごと挿抜可能とできるため便利である。
【0117】
導入管は、内部に配置される弁、弁の開閉を制御する弁制御手段などを有していてもよい。当該弁は、後述する測定部における気室の気密性を保持したり、複数の導入管を有する場合に所定の導入管からのみ気体の導入を許可し、他の導入管からの気体の流入は遮蔽するといった機能を有する。弁制御手段による弁の開閉は、コンピュータなどの計算機によって実行させることもできる。それらの制御は、当該計算機に予め記録された弁開閉プログラムを実行することで実現できる。
【0118】
(金属フィルタ部)
【0119】
「金属フィルタ部」(0402)は、測定気体中の硫化物を除去するための前記実施形態1の金属フィルタを有するように構成されている。金属フィルタ部は、実施形態1の硫化物除去工程を実行する部である。
【0120】
金属フィルタ部は、導入管に挿抜可能なように配置されている。ここでいう「挿抜可能」とは、図5で示すように、金属フィルタ部(0501)を一の導入管内に装着したり(a)、導入管内から取り外したり(b)するだけでなく、広く金属フィルタ部を介する気体(硫化物除去済気体)と介さない気体(硫化物除去未了気体)とを別個に得ることが可能なことをいう。例えば、前記図6で示したように、金属フィルタ部(0601)が配置された導入管が測定部に着脱可能な場合や、図7で示すように金属フィルタ部を有する導入管(0701)と有さない導入管(0705)の複数の導入管が測定部に配置された場合なども含む。
【0121】
金属フィルタ部は、導入管内に挿抜可能なように配置されていれば一の導入管内に複数配置されていてもよい。複数配置することで、測定気体中の硫化物をより確実に除去できるからである。この場合、一の導入管に配置される各金属フィルタ部は、必ずしも同一である必要はない。異なる種類の金属フィルタを配置した導入管を組み合わせることで、測定気体中の硫化物の除去率を高めることができるからである。
【0122】
図5で示したように、金属フィルタ部を導入管に装着したり、あるいはそれを取り外した代わりに連結用の導入管を装着したりする切換が自動でできるようにすると便利である。金属フィルタ部は、このような切換を制御する金属フィルタ着脱制御手段をさらに有していてもよい。金属フィルタ着脱制御手段による金属フィルタの着脱は、コンピュータなどの計算機によって実行させることもできる。例えば、当該計算機のCPUが、不揮発性メモリに予め記録された硫化物測定プログラムを順次実行することで実現できる。
【0123】
(測定部)
【0124】
「測定部」(0403)は、気体中の分子の検出手段である金属体(0405)を配置した測定セル(0406)、並びに当該金属体表面に吸着した分子を測定する吸着分子測定手段(0407)から構成されている。測定部は、前記実施形態1のバックグラウンド測定工程及び全気体測定工程を実行する部である。
【0125】
「測定セル」(0406)とは、気体を金属体表面に接触させるための場であり、同時に金属体表面に吸着された分子を検出する場である。気体を保持する気室と金属体の他、吸着分子測定手段に応じて必要な各種検出器、必要な基準溶液などの液体によって構成されている。
【0126】
「吸着分子測定手段」(0407)とは、金属体表面に吸着された分子の吸着度合を測定するための手段である。具体例としては、後述する表面分極制御手段、SPR測定手段、QCM測定手段、若しくはそれらの組合せが挙げられる。ただし、当該吸着度合を測定できる手段であればよく、これらの手段に限定はされない。
【0127】
測定部の機能は、導入管から導入される気体を直接的に、あるいは間接的に金属体表面に接触させた後、金属体表面の分子の吸着度合を測定することである。
【0128】
前記気室内への気体の導入は、迅速かつ確実に導入するために能動的方法によって行うことが好ましい。また、前記金属フィルタ部は測定部への気体導入の障害になり得るが、気体を能動的に導入すれば、この問題も解決できる。気体の能動的な導入方法としては、例えば、導入管内に配置された送風機を用いて前記気室内へ気体を送風する方法や、バキューム手段やポンプ手段(以下「バキューム手段など」とする。)を用いて気室内を陰圧状態にする方法が挙げられる。後者の場合には気室内の気圧は、レギュレータなどの気圧調節装置を用いて調節すればよい。例えば、気室内の気体の導入及び排気を実行するためのプログラムを計算機に実行させ、当該計算機によりバキューム手段などとレギュレータの動作を制御することで、気室内の気圧を調節し、測定処理に応じて気室内への吸気、脱気を実行できる。
【0129】
以下で、測定部における吸着分子測定手段の例である、表面分極制御手段、SPR測定手段、QCM測定手段について説明をする。
【0130】
A.表面分極制御手段
【0131】
「表面分極制御手段」とは、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面分極制御法によって検出するように構成されている。
【0132】
表面分極制御手段の構成は、特許文献4に開示された装置と同様である。すなわち、公知の電気化学インピーダンス測定装置と作用電極の電位値を複数の値に順次遷移させるため発振器とを組み合わせた構成を有する。より具体的には、表面分極制御手段は、図8で示すように、電極器(0801)と、電流制御器(0802)と、遷移制御器(0803)と、電気化学インピーダンス解析器(0804)とで構成されている。
【0133】
電極器(0801)は、いわゆる電気化学測定に用いられる3電極である、作用電極(0805)、参照電極(0806)、対極(0807)とから構成される。このうち作用電極(0805)が本実施形態の実質的な金属体に該当するが、参照電極や対極も化学インピーダンスを得る上で必要であり、補助金属体と解することができる。各電極の金属種は同一である必要はない。例えば、一の電極器内で作用電極が金(Au)、参照電極が飽和KCl溶液に浸漬された銀塩化銀電極(Ag/AgCl)、対極が白金黒(Pt−Pt)であっても構わない。また、本測定手段の電位測定は、液相中で行われる。したがって、電極器は電位測定時には少なくとも3電極を浸漬可能な基準溶液(0808)を必要とする。基準溶液は電解液であればよく、例えば、100mM KCl溶液が利用できる。なお、図8では、作用電極が気相中に曝露され、その後に矢印で示す基準溶液中に浸漬する方法を示しているが、実施形態1で述べたように作用電極は測定前から基準溶液中に浸漬された状態であっても構わない。
【0134】
電流制御器(0802)は、前記電極器の参照電極に対する作用電極の電極電位を所定の電位値とするために必要な電流を流す機能を有する。具体的な例としては、ポテンショスタットが該当する。なお、当該電流制御器は、次の遷移制御器(0803)によってその電流の出力を制御されている。
【0135】
遷移制御器(0803)は、前記電位値を複数の値に順次遷移させるために電流制御部を制御する機能を有する。具体的な例としては、発振器などが該当する。電位値を所望の値に順次遷移させるためには、遷移制御器内にインストールされた電位値遷移プログラムを実行することで実現できる。所望の電位値を予め入力しておけば、当該プログラムがその入力した複数の電位値に従って前記電流制御器を制御するように実行することができる。
【0136】
電気化学インピーダンス解析器(0804)は、前記複数の電位値ごとに流される電流値から電気化学インピーダンスを算出する機能を有する。具体的な例としては、コンピュータなどの計算機が該当する。電気化学インピーダンス解析器は、取得した電流値から電気化学インピーダンスを算出するための電気化学インピーダンス算出プログラムを予めインストールしている。電位値ごとに算出された電気化学インピーダンスの測定値は、後述する計算部へ送られる。なお、電気化学インピーダンス解析器と測定部とが同一の計算機であっても構わない。
【0137】
B.SPR測定手段
【0138】
「SPR測定手段」とは、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面プラズモン共鳴測定法によって検出するように構成されている。
【0139】
SPR測定手段の基本構成は、公知のSPR測定装置と同様の構成を有する。具体的には、実施形態1で述べた図9(a)で示すように、混合室(0901)、金属薄膜(0902)、レーザーなどの光源(0903)、光検出器(0904)、必要なプリズム(0905)、SPR解析器(0906)などから構成されている。
【0140】
混合室(0901)は、測定部に導入された気体をSPR測定用液と混合し、気体中に含まれる硫化物などの分子をキャリア溶液(0907)に溶解させる若しくは取り込むように構成されている。
【0141】
金属薄膜(0902)は、本実施形態の金属体が該当する。前述したようにSPR測定方法を用いる場合には、金属体は薄膜状であることが望ましい。金属薄膜は数nmから数十nmの厚さを有していればよい。なお、金属薄膜表面の一方は前記混合室(0901)において処理されたキャリア溶液が接触可能なように構成されている。
【0142】
光源(0903)は、前記金属薄膜がキャリア溶液と接する面とは反対の面に対して光を発するための機能を有する。通常、レーザーやLEDなどが使用される。このとき、光源からの光の金属薄膜表面への入射角度を制御するために反射板などを有していてもよい。
【0143】
光検出器(0904)は、前記光源から入射され前記金属薄膜表面で反射した反射光を検出する器である。通常、(フォト)ダイオードアレイ検出器などが使用される。
【0144】
プリズム(0905)は、使用するSPR測定手段の必要に応じて使用すればよい。
【0145】
SPR解析器(0906)は、前記光源の入射光強度と前記光検出器で検出される反射光強度とに基づく反射率、及びSPRが生じる光の入射角(共鳴角)を算出する機能を有する。具体的な例としては、コンピュータなどの計算機が該当する。SPR解析器は、反射率や共鳴角を算出するためのSPR算出プログラムを予めインストールしている。算出された測定値は、後述する計算部へ送られる。なお、電気化学インピーダンス解析器の場合と同様に、SPR解析器と計算部とが同一の計算機であっても構わない。
【0146】
C.QCM測定手段
【0147】
「QCM測定手段」とは、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を水晶振動子マイクロバランス測定法によって検出するように構成されている。
【0148】
QCM測定手段の基本構成は、公知のQCM測定装置と同様の構成を有する。具体的には、図10で示すように、水晶振動子(1001)、電流制御器(1002)、遷移制御器(1003)、周波数測定器(1004)、QCM解析器(1005)、補助電極(1006)などから構成されている。
【0149】
水晶振動子(1001)は、水晶体とその表面に蒸着された金属電極で構成されている。水晶振動子は、QCM測定手段の金属体に該当する。当該金属電極に気体中の分子が吸着する。
【0150】
電流制御器(1002)は、前記水晶振動子に対して必要な電流を流す機能を有する。具体的な例としては、ポテンショスタットが該当する。なお、当該電流制御器は、次の遷移制御器(1003)によってその電流の出力を制御されている。
【0151】
遷移制御器(1003)は、前記水晶振動子の周波数を複数の値に遷移させるために、水晶振動子の金属電極に印加する電流値を制御する機能を有する。具体的な例としては、発振器などが該当する。印加する電流値を所望の値に遷移させる場合は、遷移制御器にインストールされた電流値遷移プログラムを実行することで実現できる。所望の電流値を予め入力しておけば、当該プログラムがその入力した複数の電位値に従って前記電流制御器を制御するように実行することができる。
【0152】
周波数測定器(1004)は、水晶振動子から得られる周波数を測定する機能を有する。
【0153】
QCM解析器(1005)は、水晶振動子から得られる発振周波数の変化を算出する機能を有する。具体的な例としては、コンピュータなどの計算機が該当する。QCM解析器は、周波数変化量や質量変化量などを算出するための質量など算出プログラムを予めインストールしている。算出された測定値は、後述する計算部へ送られる。なお、電気化学インピーダンス解析器やSPR解析器の場合と同様に、QCM解析器と計算部とが同一の計算機であっても構わない。
【0154】
補助電極(1006)は、前記水晶振動子の金属電極との間で電流を流すための電極である。通電は電解液などの溶液(1007)中にて行われる。
【0155】
(計算部)
【0156】
「計算部」(0404)は、金属フィルタ部を介して導入された気体の前記測定結果と、金属フィルタ部を介さないで導入された気体の前記測定結果と、の差分から測定気体中に含まれる硫化物を定量するように構成されている。計算部は、コンピュータなどの計算機が該当する。計算部での硫化物を定量化する処理は、以下によって実現できる。まず、前記実施形態1の硫化物定量工程において説明した硫化物定量プログラムなどを不揮発性メモリ内などにインストールしておく。次に、CPUが当該プログラムをメインメモリ上に呼び出し、当該プログラムに従って順次命令を実行することで実現できる。
【0157】
前述のように計算部は、電気化学インピーダンス解析器、若しくはSPR解析器、若しくはQCM解析器と同一の計算機であってもよい。すなわち、一の計算機で計算部及び前記いずれか一の解析器の処理ができるようにしてもよい。
【0158】
計算部で算出された測定気体中の硫化物の定量値は、画像、印刷、音声などで表示するための表示装置に出力される。表示装置は、例えば、画像であればディスプレイ装置、印刷であればプリンタ、音声であればスピーカなどが該当する。
【0159】
<実施形態2:効果>
本実施形態によれば、数ppt〜数10pptオーダーの検出感度を有する硫化物測定装置を提供できる。この検出感度は、ヒトの嗅覚の硫化物の検出感度に匹敵する若しくはそれを上回るものである。したがって、本実施形態の硫化物測定装置を用いることで、少なくとも硫化物による悪臭の原因を発見することが可能となる。
【0160】
<<実施形態3>>
【0161】
<実施形態3:概要>
本実施形態は、実施形態1の硫化物測定方法を用いた硫化物測定装置に関する。本実施形態の測定装置の測定原理や装置の基本構成については、前記実施形態2と同様である。本実施形態で最も特徴的、かつ実施形態2と異なる点は、二つの測定部を有することである。各測定部は硫化物除去済気体と硫化物除去未了気体とをそれぞれ別個に測定する。これによって、一の測定気体に対して硫化物除去済気体と硫化物除去未了気体とを同時に測定することが可能となるため、実施形態2の測定装置よりも短時間で測定気体中の硫化物を測定できる。
【0162】
<実施形態3:構成>
図11は本実施形態における硫化物測定装置の構成の一例である。この図で示すように、本実施形態の硫化物測定装置は、気中に含まれる硫化物を測定する装置であって第一導入管(1101)、金属フィルタ部(1102)、第一測定部(1103)、第二導入管(1104)、第二測定部(1105)、共通計算部(1106)とから構成されている。以下各構成要件について具体的に説明をする。
【0163】
「第一導入管」(1101)とは、測定気体を後述する第一測定部に導入するように構成されている。第一導入管の基本構成や機能については、前記実施形態2の導入管(0401)と同様である。実施形態2の導入管(0401)と異なる点は、第一導入管が金属フィルタ部を常に配置していることである。つまり、第一導入管は、硫化物除去済気体導入用の管といえる。
【0164】
本実施形態の「金属フィルタ部」(1102)は、第一導入管に配置され、測定気体中の硫化物を除去するように構成されている。当該金属フィルタ部の基本構成や機能も前記実施形態2の金属フィルタ(0402)と同様である。ただし、本実施形態の金属フィルタ部は、前述のように第一導入管にのみ配置され、後述する第二導入管には配置されない。また、前述のように第一導入管内において常に配置されており、挿抜ができない点で実施形態2の金属フィルタ部の構成と異なる。
【0165】
「第一測定部」(1103)とは、第一導入管から導入される気体を金属体表面に接触させ、気体分子の金属体表面への吸着度合を測定するように構成されている。第一測定部の基本構成や機能は、前記実施形態2の測定部(0403)と同様である。実施形態2の測定部と異なる点は、第一測定部に導入される気体が第一導入管から導入される気体、すなわち前記硫化物除去済気体のみであり、その気体中に含まれる金属吸着性の分子の吸着度合を測定することである。第一測定部の金属体は、少なくとも気体測定時には他の気体から隔離された気室内に配置される。硫化物除去済気体に他の気体が混入することを防止するためである。
【0166】
「第二導入管」(1104)とは、前記測定気体を後記第二測定部に導入するように構成されている。第二導入管の基本構成や機能については、前記実施形態2の導入管(0401)、及び前記第一導入管と同様である。それらと異なる点は、第二導入管が金属フィルタ部を配置していないことである。つまり、第二導入管は硫化物除去未了気体導入用の導入管といえる。なお、第二導入管は着脱可能なようにしてもよい。
【0167】
「第二測定部」(1105)とは、第二導入管から導入される気体をそのまま金属体表面に接触させ、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を測定するように構成されている。「そのまま」とは、硫化物除去のための処理をすることなく、という意味である。
第二測定部の基本構成や機能は、前記実施形態2の測定部(0403)及び前記第一測定部(1103)と同様である。実施形態2の測定部及び前記第一測定部と異なる点は、第二測定部に導入される気体が第二導入管から導入される気体、すなわち前記硫化物除去未了気体のみであり、その気体中に含まれる金属吸着性の分子の吸着度合を測定することである。なお、第一測定部と第二測定部を構成する解析器(例えば、SPR解析器など)が、二以上の測定データを同時かつ独立に処理可能な場合には、前記第一測定部と第二測定部の解析器を統合しても構わない。
【0168】
「共通計算部」(1106)とは、第一測定部の前記測定結果と、第二測定部の前記測定結果との差分から測定気体中に含まれる硫化物を定量するように構成されている。共通計算部の基本構成や機能については、前記実施形態2の計算部(0404)と同様である。共通計算部は、実施形態2の計算部が一の測定部から得られた測定値に基づいて硫化物を定量するのに対して、第一測定部と第二測定部とから得られた測定値に基づいて硫化物を定量する点で異なる。つまり、本実施形態では、複数の測定部を有していても、それらから得られる測定値を一の計算部(共通計算部)で処理するように構成されている。
【0169】
上記のように本実施形態では、硫化物除去済気体と硫化物除去未了気体とが、測定気体の取り込み、金属体表面への分子の吸着度合の測定まで、それぞれ独立した部で行なわれている点で前記実施形態2と異なる。本実施形態では、前記2つの気体中に含まれる分子の金属体表面への吸着度合をそれぞれ同時並行して測定することができる。また、実施形態2のように、一の気体を測定後、測定部の金属体表面を洗浄若しくは交換することを要しない。したがって、実施形態2に比べて2つの気体の測定までに要する時間が短くてすむ。よって、硫化物の濃度を短時間で測定する必要のある場合には、本実施形態の硫化物測定装置が便利である。
【0170】
<実施形態3:効果>
本実施形態の硫化物測定装置によれば、前記実施形態2の硫化物測定装置よりも短い測定時間で測定気体中の硫化物を測定することができる。
【実施例1】
【0171】
<<気中に含まれる硫化物の測定>>
以下の実施例をもって本発明を具体的に説明する。本実施例は、実施形態1の硫化物測定方法を用いて既知濃度の硫化物を測定し、硫化物濃度がpptレベルであっても応答可能であることを示すものである。なお、本実施例は単に例示するのみであり、実施形態1はこの実施例によって何ら限定されるものではない。
【0172】
<方法>
本実施例では、気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定する方法として、表面分極制御法を用いた場合を例に説明する。
【0173】
A.測定に用いた機器・器材など
【0174】
(a)電極
・作用電極: 直径3mmの金(Au)電極棒
・参照電極: 飽和KCl溶液に浸漬された銀塩化銀電極(Ag/AgCl)
・対極: 直径0.5mmの白金線
・基準溶液: 100mM KCl溶液
【0175】
基準溶液を入れた容器内に上記3電極を浸漬したものを用いる。各電極は配線によって測定時にはポテンショスタットに接続されている。
【0176】
(b)測定器具・器材など
・ポテンショスタット+発振器(AutoLab PGSTAT12:ECHO CHEMIE社)
・密閉可能な200mlの容器内にスチールウールを約1gを入れたもの(A気室)
・上記と同種の容器でスチールウールのないもの(B気室)
【0177】
B.電気化学インピーダンスの測定条件
・電極電位の測定範囲:0.2V以上0.8V以下(測定用)
:0.22V以上0.88V以下(プリスキャン用)
・電位ステップ幅: 0.1V(測定用)
0.02V(プリスキャン用)
・各ステップの測定時間:0.05秒
・印加電圧:交流周波数45Hz、振幅0.01mV(総インピーダンス用)
交流周波数1kHz、振幅0.01mV(溶液インピーダンス用)
電極インピーダンスは、総インピーダンスから溶液インピーダンスを減じた値
【0178】
C.測定気体の調製
本実施例では実験室内空気をベースとした。すなわち、実験室内空気を採取し、それに硫化水素(HS)を1ppmになるように混合した。次に、当該1ppmの測定気体を前記室内空気で10倍に希釈し、100ppbの濃度の測定気体とした。以下、同様に前記室内空気で10倍ずつ希釈しながら、1pptの濃度の測定気体までを調製した。
【0179】
D.測定の手順
【0180】
1.電極の研磨・洗浄を行った。研磨の方法は、電極を0.1μm径のアルミナ研磨剤で5秒間研磨した後、電極表面を窒素ガスでブローして洗浄した。
【0181】
2.プレ測定を行うために、実験室内空気を充填したB気室に作用電極を4分間曝露した後、基準溶液中に移して電極インピーダンスを測定した。総インピーダンス及び、溶液インピーダンスの測定条件は、上記(2)電気化学インピーダンスの測定条件の「測定用」で行った。プレ測定での電極インピーダンスが±20Ω程度に安定するまで、研磨・洗浄とプレ測定を繰り返した。
【0182】
3.1ppmの硫化物を含む測定気体を、フッ素樹脂管を介してA気室、B気室にそれぞれ充填した。A気室における処理が、実施形態1の硫化物除去工程に該当する。
【0183】
4.作用電極をA気室内に4分間曝露した。このとき、作用電極がスチールウールに接しないようにした。続いて、基準溶液中に移して電極インピーダンスを測定した。総インピーダンス及び、溶液インピーダンスの測定条件は、前記2工程と同様に行った。本工程は、実施形態1のバックグラウンド測定工程に該当する。
【0184】
5.作用電極を前記1工程と同様の方法で研磨・洗浄を行った後、再度前記2工程と同様の方法でプレ測定を行った。
【0185】
6.作用電極をB気室内に4分間曝露した。続いて、基準溶液中に移して電極インピーダンスを測定した。総インピーダンス及び、溶液インピーダンスの測定条件は、前記2工程と同様に行った。本工程は、実施形態1の全気体測定工程に該当する。
【0186】
7.前記4工程、及び6工程で得られた電極インピーダンスの値の差分を算出した。本工程は、実施形態1の硫化物定量工程に該当する。
【0187】
8.100ppb、10ppb、1ppb、100ppt、10ppt、そして1pptの硫化物を含む測定気体について、それぞれ前記2工程から7工程までの手順で同様に行った。
【0188】
<結果>
図12から図14に、本実施例による測定結果を示す。図12は各硫化物濃度における硫化物除去済気体を、また図13図は硫化物除去未了気体を前記方法によって測定した際の電極電位ごとの電気化学インピーダンスの変化を示している。つまり、図12は、硫化物除去済気体測定工程における測定結果、図13は、全気体測定工程における測定結果にそれぞれ該当する。横軸は測定気体中の硫化物濃度(ppt)(本実施例では既知)を、また、縦軸は電気化学インピーダンス(Ω)を示す。なお、ここで示した電気化学インピーダンスは、インピーダンスの実部(ReZ)と、虚部(ImZ)に基づいて、ReZ+ImZの平方根の絶対値として求めた値を示している。したがって、硫化物を定量する場合には、図12と図13のそれぞれ対応する測定値の差分を求める必要がある。当該差分を示した図が図14である。この図は、図13の各測定値から、それに相当する図12の値を減じた値を示している。図14からもわかるように、約10ppt以上では濃度依存的に増加していることがわかる。
【0189】
以上のように、実施形態1の硫化物測定方法によって、硫化物濃度がpptレベルであっても、応答を得ることが可能であることが立証された。したがって、実施形態1の方法を実施形態2、及び3で述べた硫化物測定装置に用いることで、任意の測定気体中に含まれる硫化物を1ppt〜10数pptまで測定可能な装置を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0190】
【図1】実施形態1における硫化物測定方法の処理の流れ(1)
【図2】実施形態1における硫化物測定方法の処理の流れ(2)
【図3】実施形態1における硫化物測定方法の処理の流れ(3)
【図4】実施形態2における硫化物測定装置の構成の概念図
【図5】挿抜可能な金属フィルタ部の構成の概念図(1) (a)金属フィルタ部を一の導入管内に装着した状態 (b)金属フィルタ部を導入管内から取り外した状態
【図6】挿抜可能な金属フィルタ部の構成の概念図(2) (a)金属フィルタ部が配置された導入管が、測定部にねじ込まれて装着された状態 (b)導入管ごと取り外された状態
【図7】挿抜可能な金属フィルタ部の構成の概念図(3) 複数の導入管が測定部に配置された場合
【図8】表面分極制御手段の構成の概念図
【図9】SPR測定手段の構成の概念図
【図10】QCM測定手段の構成の概念図
【図11】実施形態3における硫化物測定装置の構成の概念図
【図12】実施例の結果を示す図(1) 硫化物除去済気体を表面分極制御法により測定した時の電気化学インピーダンス
【図13】実施例の結果を示す図(2) 硫化物除去未了気体を表面分極制御法により測定した時の電気化学インピーダンス
【図14】測定気体中の硫化物を定量値を示す図
【符号の説明】
【0191】
0401、0501、0601、0701、0809、1009:導入管
0402、0502、0602、0702:金属フィルタ部
0503 金属フィルタ部を有さない導入管の一部
0403:測定部
0404:計算部
0603、0703:測定部の一部
0405、0604、0704:金属体
0605、0707、0810、1008:必要な排気管
0705:金属フィルタを有さない導入管
0706:弁
0406:測定セル
0407:吸着分子測定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定気体中の硫化物を金属フィルタによって除去し、硫化物除去済気体とする硫化物除去工程と、
硫化物除去済気体を金属体表面に接触させ、表面分極制御法によって硫化物除去済気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定するバックグラウンド測定工程と、
前記測定気体中の硫化物を除去しない硫化物除去未了気体を金属体表面に接触させ、表面分極制御法によって硫化物除去未了気体中の分子の金属体表面に対する吸着度合を測定する全気体測定工程と、
全気体測定工程によって測定された硫化物除去未了気体中の分子の吸着度合と、バックグラウンド測定工程によって測定された硫化物除去済気体中の分子の吸着度合と、の差分から前記測定気体中に含まれる硫化物を定量する硫化物定量工程と、
からなる硫化物測定方法。
【請求項2】
前記表面分極制御法に代えて表面プラズモン共鳴測定法を用いた請求項1に記載の硫化物測定方法。
【請求項3】
前記表面分極制御法に代えて水晶振動子マイクロバランス法を用いた請求項1に記載の硫化物測定方法。
【請求項4】
気中に含まれる硫化物を測定する装置であって、
測定気体を後記測定部に導入するための導入管と、
導入管に配置され測定気体中の硫化物を除去するための挿抜可能な金属フィルタ部と、
導入管から導入される気体を金属体表面に接触させ、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を測定する測定部と、
金属フィルタ部を介して導入された気体の前記測定結果と、金属フィルタ部を介さないで導入された気体の前記測定結果と、の差分から測定気体中に含まれる硫化物を定量する計算部と、
を有する硫化物測定装置。
【請求項5】
前記測定部は、
気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面分極制御法によって検出する表面分極制御手段を有する請求項4に記載の硫化物測定装置。
【請求項6】
前記測定部は、
気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面プラズモン共鳴測定法によって検出するSPR測定手段を有する請求項4に記載の硫化物測定装置。
【請求項7】
前記測定部は、
気体中の分子の金属体表面への吸着度合を水晶振動子マイクロバランス測定法によって検出するQCM測定手段を有する請求項4に記載の硫化物測定装置。
【請求項8】
気中に含まれる硫化物を測定する装置であって、
測定気体を後記第一測定部に導入するための第一導入管と、
第一導入管に配置され測定気体中の硫化物を除去するための金属フィルタ部と、
第一導入管から導入される気体を金属体表面に接触させ、気体分子の金属体表面への吸着度合を測定する第一測定部と、
前記測定気体を後記第二測定部に導入するための第二導入管と、
第二導入管から導入される気体をそのまま金属体表面に接触させ、気体中の分子の金属体表面への吸着度合を測定する第二測定部と、
第一測定部の前記測定結果と、第二測定部の前記測定結果と、の差分から測定気体中に含まれる硫化物を定量する共通計算部と、
を有する硫化物測定装置。
【請求項9】
前記第一測定部及び第二測定部は、
気体中の分子の金属体表面への吸着度合を表面分極制御法によって検出する表面分極制御手段を有する請求項8に記載の硫化物測定装置。
【請求項10】
前記第一測定部及び第二測定部は、
金属体表面に吸着された硫化物を表面プラズモン共鳴測定法によって検出するSPR測定手段を有する請求項8に記載の硫化物測定装置。
【請求項11】
前記第一測定部及び第二測定部は、
金属体表面に吸着された硫化物を水晶振動子マイクロバランス測定法によって検出するQCM測定手段を有する請求項8に記載の硫化物測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2008−32607(P2008−32607A)
【公開日】平成20年2月14日(2008.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−207839(P2006−207839)
【出願日】平成18年7月31日(2006.7.31)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【出願人】(506262346)株式会社IBC (2)
【Fターム(参考)】