説明

硬質炭素系膜の除去方法

【課題】Si,Cr、Ti等の金属元素を含有した金属含有DLC膜と称される硬質炭素系膜の除去方法において、機械装置の簡略化が可能であり、且つ金属含有DLC膜の除去に要する時間も短い金属元素含有DLC膜の除去方法を提供する。
【解決手段】材上に形成された金属元素を含有する硬質炭素系膜に対し、プラズマ中でイオン化若しくはラジカル化した際にフッ素イオン若しくはフッ素ラジカルを生じさせるガスを用い、そのガスから形成されたプラズマ中に該硬質炭素膜を暴露することを特徴とする硬質炭素膜の除去方法による。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面に形成した硬質炭素系膜を除去する除去方法に関する。特に、民生用の各種飲料の容器や、研究開発用の微量液体保持容器として用いられているプラスチック容器の内側に、ガスバリア膜として形成されているシリコン(Si),クロム(Cr)、チタン(Ti)等の金属元素を含有するダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜と称される硬質炭素系膜の除去方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、DLCと呼ばれている硬質炭素系膜は平滑で、摩擦係数が非常に低いことから、膜特性としての潤滑性、耐溶着性、離型性を生かして機械部品や金型、工具に広く適用されて効果を発揮している。そして、近年ではガスバリア性等の向上の目的で民生用の各種飲料の容器や、研究開発用の微量液体保持容器として用いられているプラスチック容器の内面にDLCを形成し、その効果を発揮している。
【0003】
ところで近年、プラスチック容器は、その材料プラスチックをリサイクルして使用ことが求められている。リサイクルの際には、上記のごとくDLC膜等が付着しているとこれが不純物となるので、ある一定の厚み以上の膜厚をもつ際には、予め除去しておく必要がある。例えば、ポリエチレンテレフタレート(PET)にガスバリア目的でDLC膜を形成した場合、約50nm以上の膜厚である場合は、リサイクルに際し該DLC膜を予め除去しておく必要がある。
【0004】
従来DLCを除去する方法は、非特許文献1に示すような酸素プラズマを用いるものが知られている。この従来技術によれば、プラズマによってイオン化された酸素が、DLC膜を構成する炭素成分および水素成分のそれぞれと反応する。これによって、DLC膜は、炭素系ガス(COまたはCO)および水(HO)となって除去される。
【0005】
ところで近年、DLC膜に対し柔軟性や非帯電性を付与するため、Si、Cr、Tiなどの金属元素を含有させた金属含有DLC膜が注目されている。この金属含有DLC膜を除去する際に、上述の非特許文献1に示すような従来技術ではいくつか課題がある。すなわち、上述のように、イオン化された酸素は金属含有DLC膜を構成する炭素成分および水素成分のそれぞれと反応する。これによって、これら炭素成分および水素成分は、上述と同様に炭素系ガスおよび水となって除去される。ところが、同時に、イオン化された酸素は、金属含有DLC膜の金属成分とも反応し、これによって被処理物上に金属酸化物が生成される。この金属酸化物は、新たに生成(堆積)されるだけで除去されない。従って、金属含有DLC膜を効果的に除去することができない。
【0006】
このような課題を解決するために、特許文献1では、酸素ガスを含む第1ガスを真空槽内に供給、プラズマ化して金属含有DLC膜と反応させる工程と、酸素ガスの供給によって被処理物上に生成される化合物を除去するための水素等を含む第2ガスを真空槽内に供給、プラズマ化して処理物上に生成される化合物と反応させる工程を、交互に行う除去方法が開示されている。この場合、2種のガスを切り替えながら真空槽内に導入する為の装置が大がかりになる、また、原理的にDLC膜の除去に望ましくない金属酸化物が生成される工程は存在したままであり、DLC膜の除去に要する時間が比較的長い、という2つの課題がある。
【特許文献1】特開2004−300496号公報
【非特許文献1】桑島ら、ダイヤモンドシンポジウム講演要旨集, 17th,p100, 2003
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の鑑みてなされたものであり、Si,Cr、Ti等の金属元素を含有した金属含有DLC膜と称される硬質炭素系膜の除去方法において、機械装置の簡略化が可能であり、且つ金属含有DLC膜の除去に要する時間も短い金属元素含有DLC膜の除去方法を提供する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、基材上に形成された金属元素を含有する硬質非晶質炭素膜に対し、プラズマ中でイオン化若しくはラジカル化した際にフッ素イオン若しくはフッ素ラジカルを生じさせるガスを用い、そのガスから形成されたプラズマ中に該硬質炭素膜を暴露することを特徴とする硬質炭素膜の除去方法を提供する。
【0009】
本発明によれば、プラズマ中でイオン化若しくはラジカル化した際にフッ素イオン若しくはフッ素ラジカルは、金属元素を含有する硬質非晶質炭素膜(金属含有DLC膜)の金属元素と反応し、金属フッ化物を形成する。一般に金属フッ化物は金属酸化物に比べ揮発しやすい、又イオンの衝突による物理的衝撃によりスパッタリングし易い。このような機構で、金属含有DLC膜中の金属元素は、バリヤー層を形成することなく除去される。また、該金属含有DLC膜中の多数成分である炭素、水素成分は、イオン衝突によるスパッタリングにより除去される。金属含有DLC膜を取り付けている基板に負のバイアス電圧を印可してもよい。これによりイオン衝突によるスパッタリングによる除去効率がより高まる。基材がプラスチックの場合は、基材の温度が上昇しすぎないように、前記負のバイアス電圧は、パルス状に印可してもよい。以上のような機構で金属含有DLC膜の除去を行うことで、特許文献1で開示されている先行技術のごとく望ましくない金属酸化物の生成とその除去を繰り返す方法に比べて、除去に要する時間を短くすることができる。
【0010】
さらに、本発明では、特許文献1で開示されている先行技術のごとく2種のガスを交互に切り替え真空槽内に導入する必要はなく、1種、若しくは2種以上のガスの混合された反応ガスを1種のみ導入するのみでよく、簡易な機械装置で実現することが可能となる。
【0011】
また、本発明においては前記反応ガスが、CF,C,CHF,SFからなる第1のグループから選ばれる少なくとも1種以上のガスを含むものである、或いは前記第1のグループの1種以上のガスと、アルゴン(Ar),酸素(O)からなる第2のグループから選ばれる1種以上のガスとを含むものある事が望ましい。
【0012】
前記第1のグループから選ばれる反応ガスを用いることにより、プラズマ中で効率的にフッ素イオン若しくはフッ素ラジカルが生成されることが期待される。また、本発明の主旨であるプラズマ中でフッ素イオン若しくはフッ素ラジカルを生成できるガスであれば、上述の以外のものを用いても良いことは言うまでもない。
【0013】
更に第2のグループから選ばれる反応ガスを混合して用いることにより、化学反応や物理的スパッタリングによるDLCの多数成分である炭素、水素成分の除去効率を向上させることが期待される。これも、本発明の主旨であるスパッタリング効率を向上させるガスであれば、上述の以外のものを用いても良いことは言うまでもない。
【0014】
さらに、本発明においては前記金属元素を含有する硬質炭素系膜が、炭素の他にSi,Cr、Tiの1つ、又は複数を含むものである事が望ましい。これらの金属元素のフッ化物は比較的揮発しやすく、本発明の効果がより発揮されやすい。これも、本発明の主旨を満たすような金属元素であれば、上述の以外のものを用いても良いことは言うまでもない。
【発明の効果】
【0015】
以上のごとく、本発明の効果として、先行技術のごとく望ましくない金属酸化物の生成とその除去を繰り返す方法に比べて、除去に要する時間を短くすることができる。また、反応ガスを1種のみ導入するのみでよく、機械装置の簡略化が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明を実施するため最良の形態について説明する。
本発明で用いられる除去装置の概略構成図を図1に示す。該装置は、真空槽3と、この真空槽3内に反応ガスを導入するガス導入装置(図示せず)と、真空槽3内を真空引きする真空ポンプ(図示せず)と、真空槽3内の所定位置に配置される基板ホルダー1に接続する導体4に高電圧パルスを印加する高電圧パルス発生電源6と、導体4に高周波電力を印加し、基板ホルダー1の周囲にプラズマを発生させるプラズマ発生用電源7と、高電圧パルス及び高周波電力の印加を1つの導体4で共用するために、高電圧パルス発生電源6及びプラズマ発生用電源7と導体4との間に設けられた重畳装置9とを備える。ガス導入装置及び真空ポンプは、それぞれバルブ10,11を介して真空槽3に接続されている。
【0017】
導体4はフィードスルー(高電圧導入部)15を介して重畳装置9に接続されている。又、高電圧パルス発生電源6とプラズマ発生用電源7は、高電圧パルス及び高周波電力の印加が所望のタイミングで行われるように、CPU(例えばパソコン、図示せず。)で統括制御される。
【0018】
このような装置で金属含有DLC膜の除去を行うには、先ず真空槽3内の基板ホルダー1に金属含有DLC膜がコーティングされた基材(被処理物)を装着し、真空装置で真空槽3内を真空排気する。ここで前記基材は、リサイクル可能なプラスチックとして、PET,高密度ポリエチレン、塩化ビニル、低密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等が用いられる。また、金属含有DLC膜は、DLC膜の主成分、炭素、水素の他にSi,Cr、Tiの1つ、又は複数を含むものであり、該金属元素の含有量は、0.1乃至20元素比の範囲であることが好ましい。又、該金属含有DLC膜の膜厚は、50nmから1μmの範囲である事が好ましい。
【0019】
所定の真空度まで排気したのち、反応ガスを真空槽3内に導入し所定のガス圧にする。ここで反応ガスは、CF,C,CHF,SFからなる第1のグループから選ばれる少なくとも1種以上のガスを含むものである、或いは前記第1のグループの1種以上のガスと、Ar,Oからなる第2のグループから選ばれる1種以上のガスが望ましい。反応ガスを導入する前記ガス圧は0.1Paから500Paの範囲が好ましい。第1のグループから選ばれるガスと第2のグループから選ばれるガスを混合して用いる場合は、その比は99:1〜50:50元素比の範囲が好ましい。
【0020】
次にプラズマ発生用電源7からの高周波電力を基板ホルダー1に印加し、被処理物が装着された基板ホルダー1の周囲に反応ガスからなるプラズマを発生させ、金属含有DLC膜をそのプラズマ中に暴露することで前記金属含有DLC膜を除去する。ここで、高電圧パルス発生電源6からの高電圧パルスを印加してもよい。前記高電圧パルスは、電圧値が数100V乃至40kV、パルス幅が1μs乃至10ms、基本周期中の該パルス数が1乃至複数回、該基本周期は周波数で表現して100Hz乃至10kHzの範囲が好ましい。これにより、プラズマ中のイオンを前記基板ホルダー1に装着された金属含有硬質炭素系膜に誘引させ、物理的スパッタリングによる除去効果を高めることができる。また、高周波電力においては、出力周波数は数十kHz乃至数GHzが好ましく、出力電力は数百W乃至数kWが好ましい。
【実施例】
【0021】
次に、本発明を、実施例を用いて更に詳しく説明する。まず除去すべき金属含有DLC膜は、金属としてシリコンを含有する炭素系薄膜とした。該シリコン含有DLC膜は、除去に用いる装置と同じ装置を用いて作成した。図1示す装置中の基板ホルダー1に基材としてPET板を装着し、チャンバ内を真空排気する。その後、ガス導入装置で真空槽3にアセチレンとヘキサメチルジシロキサンを90対10マスフロー比で導入し、真空槽3内のガス圧が1Paになるように流量を調整する。その上で、プラズマ発生用電源7からの13.65MHz、300Wの高周波電力を基板ホルダー1に印加し、PET板の周囲にプラズマを発生させ、その後に高電圧パルス発生電源6からの−10kVの高電圧パルスを基板ホルダー1に印加し、シリコン含有DLC膜をPET板基材に形成した。この時シリコン含有DLC膜の厚みは、予め測定しておいた成膜レイトに基づいて2μmの厚みなるように成膜時間を調整した。ここでシリコン含有DLC膜の2μmと言う厚みは、該シリコン含有DLC膜の除去実験のため厚く成膜したものである。実際のガスバリア膜等に用いる際は、100nm程度の厚みで成膜することが好ましいことを付記しておく。
【0022】
前記のようにして形成されたシリコン含有DLC膜の除去方法について、詳細に説明する。被処理物であるシリコン含有DLC膜を形成されたPET板基材は、上述の様に成膜した後、一旦真空槽3から取り出しシリコン含有DLC膜の一部をカプトンテープでマスクする。これは、この部分だけはシリコン含有DLC膜が除去されない様にしておき、シリコン含有DLC膜の除去操作後に、除去されている部位との段差を形成し、表面粗さ計等によりシリコン含有DLC膜の除去量を測定するためである。実際のシリコン含有DLC膜が形成されたプラスチック製品をリサイクルする為に該シリコン含有DLC膜を除去する場合には、このようなマスクする工程が必要でないのは、言うまでもない。
【0023】
前記のごとく一部にマスクを形成した被処理物を、図1示す装置中の基板ホルダー1に装着し、チャンバ内を真空排気した。その後、ガス導入装置で真空槽3にCFガスを導入し、ガス圧が50Paになるように流量を調整した。その上で、プラズマ発生用電源7からの13.65MHz、200Wの高周波電力を基板ホルダー1に印加し、該被処理物の周囲にプラズマを発生させ、1分間シリコン含有DLC膜をプラズマに暴露、除去を行った。その後、被処理物を装置より取り出し、カプトンテープによるマスクを剥離し、ミツトヨ社製表面粗さ計SV−9634・3Dを用いてシリコン含有DLC膜の除去量を測定した。その結果、0.35μmが除去されていた。
【比較例】
【0024】
次に比較例を示す。前記実施例と同様の手順にて、一部をマスクされたシリコン含有DLC膜が形成された被処理物し、図1示す装置中の基板ホルダー1に装着し、真空排気した。ここでは、反応ガスは酸素と水素の2種を用い、真空槽内への導入は交互に行なった。ガス導入装置(図示せず)に2種のガスを交互に切り替えられように制御機能を設けた。まず、真空槽3に酸素を導入し、ガス圧が50Paになるように流量を調整し、実施例と同様にプラズマを発生させ10分間シリコン含有DLC膜をプラズマに暴露、除去を行った。次に酸素の導入を停止し10分間真空槽3を真空排気したのち、水素を導入し前記と同様に、プラズマに暴露、除去、その後ガス導入の停止、真空排気を行った。このサイクルを繰り返し、シリコン含有DLC膜をプラズマに暴露、除去を行っている時間の積算が100分間になるまで除去を行った。除去量を測定したところ、2.0μmが除去されていた。これを実施例と同じ1分間当たりの除去量に換算すると0.02μmの除去量になる。
【0025】
前記実施例、比較例によれば、本発明を用いることで、先行技術のごとく望ましくない金属酸化物の生成とその除去を繰り返す方法に比べて除去に要する時間を短くすることができる、また、反応ガスを1種のみ導入するのみでよく、機械装置の簡略化が可能になる、ということは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の硬質炭素系膜の除去を行うために用いた装置の概念図。
【符号の説明】
【0027】
1 試料ホルダー
2 被処理物
3 チャンバ
4 導体
5 フィードスルー
6 高電圧パルス発生電源
7 プラズマ発生用電源
9 重畳装置
10 バルブ
11 バルブ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に形成された金属元素を含有する硬質炭素系膜に対し、プラズマ中でイオン化若しくはラジカル化した際にフッ素イオン若しくはフッ素ラジカルを生じさせるガスを用い、そのガスから形成されたプラズマ中に該硬質炭素膜を暴露することを特徴とする硬質炭素膜の除去方法。
【請求項2】
前記反応ガスが、CF,C,CHF,SFからなる第1のグループから選ばれる少なくとも1種以上のガスを含むものである、或いは前記第1のグループの1種以上のガスと、アルゴン,酸素からなる第2のグループから選ばれる1種以上のガスとを含むものある事を特徴とする特許請求の範囲2項記載の硬質炭素膜の除去方法。
【請求項3】
前記金属元素を含有する硬質炭素膜が、炭素、水素の他にSi,Cr、Tiの1つ、又は複数を含むことを特徴とする特許請求の範囲1項及び2項記載の硬質炭素膜の除去方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−2293(P2007−2293A)
【公開日】平成19年1月11日(2007.1.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−183293(P2005−183293)
【出願日】平成17年6月23日(2005.6.23)
【出願人】(591032703)群馬県 (144)
【出願人】(598033929)株式会社栗田製作所 (12)
【Fターム(参考)】