説明

窒化物系半導体発光素子およびその製造方法

【課題】m面基板上で結晶成長させたGaN系半導体素子におけるAg電極の凝集による反射率低下を抑制する。
【解決手段】本発明の窒化物半導体発光素子の製造方法は、成長面がm面であるp型AldGaeN層25を有する窒化物系半導体積層構造20を形成する工程(a)と、p型AldGaeN層25の成長面13に接するAg電極30を形成する工程(b)と、を含み、前記工程(b)は、厚さが200nm以上1000nm以下のAg電極30を形成する工程(b1)と、Ag電極30を400℃以上600℃以下に加熱する工程(b2)と、を含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、窒化物系半導体発光素子およびその製造方法に関する。また、本発明は、窒化物系半導体発光素子に用いる電極の製造方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
V族元素として窒素(N)を有する窒化物半導体は、そのバンドギャップの大きさから、短波長発光素子の材料として有望視されている。そのなかでも、窒化物系化合物半導体(AlxGayInzN(0≦x,y,z≦1、x+y+z=1)の研究は盛んに行われ、青色発光ダイオード(LED)、緑色LED、ならびに、GaN系半導体を材料とする半導体レーザも実用化されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0003】
窒化物系半導体は、ウルツ鉱型結晶構造を有している。図1は、GaNの単位格子を模式的に示している。AlxGayInzN(0≦x,y,z≦1、x+y+z=1)半導体の結晶では、図1に示すGaの一部がAlおよび/またはInに置換され得る。
【0004】
図2は、ウルツ鉱型結晶構造の面を4指数表記(六方晶指数)で表すために一般的に用いられている4つの基本ベクトルa1、a2、a3、cを示している。基本ベクトルcは、[0001]方向に延びており、この方向は「c軸」と呼ばれる。c軸に垂直な面(plane)は「c面」または「(0001)面」と呼ばれている。なお、「c軸」および「c面」は、それぞれ、「C軸」および「C面」と表記される場合もある。
【0005】
窒化物系半導体を用いて半導体素子を作製する場合、窒化物系半導体結晶を成長させる基板として、c面基板すなわち(0001)面を表面に有する基板が使用される。しかしながら、c面においてはGaの原子層と窒素の原子層の位置がc軸方向に僅かにずれているため、分極(Electrical Polarization)が形成される。このため、「c面」は「極性面」とも呼ばれている。分極の結果、活性層におけるInGaNの量子井戸にはc軸方向に沿ってピエゾ電界が発生する。このようなピエゾ電界が活性層に発生すると、キャリアの量子閉じ込めシュタルク効果により活性層内における電子およびホールの分布に位置ずれが生じるため、内部量子効率が低下する。このため、半導体レーザであれば、しきい値電流の増大が引き起こされる。LEDであれば、消費電力の増大や発光効率の低下が引き起こされる。また、注入キャリア密度の上昇と共にピエゾ電界のスクリーニングが起こり、発光波長の変化も生じる。
【0006】
そこで、これらの課題を解決するため、非極性面、例えば[10−10]方向に垂直な、m面と呼ばれる(10−10)面を表面に有する基板を使用することが検討されている。ここで、ミラー指数を表すカッコ内の数字の左に付された「−」は、「バー」を意味する。m面は、図2に示されるように、c軸(基本ベクトルc)に平行な面であり、c面と直交している。m面においてはGa原子と窒素原子は同一原子面上に存在するため、m面に垂直な方向に分極は発生しない。その結果、m面に垂直な方向に半導体積層構造を形成すれば、活性層にピエゾ電界も発生しないため、上記課題を解決することができる。m面は、(10−10)面、(−1010)面、(1−100)面、(−1100)面、(01−10)面、(0−110)面の総称である。なお、本明細書において、「X面成長」とは、六方晶ウルツ鉱構造のX面(X=c、m)に垂直な方向にエピタキシャル成長が生じることを意味するものとする。X面成長において、X面を「成長面」と称する場合がある。また、X面成長によって形成された半導体の層を「X面半導体層」と称する場合がある。
【0007】
このような非極性面を有する基板を使用して作製されたLEDにおいては、従来のc面上の素子に比べて発光効率の向上を実現することができる。
【0008】
一般的なフリップチップ型LEDにおいて、その活性層から放出された光の一部は、p側電極で反射され、基板を通じて半導体層の外部へ出射される。この場合、LEDの活性層からの発光を効率よく外部に取り出すためには、高い反射率を有するp側電極を形成することが重要となる。p側電極に用いる反射率の高い材料としてAgが知られている。
【0009】
また、p側電極のコンタクト抵抗を低減することも重要である。一般的に、p側電極のコンタクト抵抗は加熱処理を施すことにより低減できることが知られている。
【0010】
しかし、p側電極としてAgを用いた場合には、加熱処理によって凝集が起こりやすい。凝集とは、金属膜表面に存在する過剰の自由エネルギー(表面エネルギー)を小さくするために、できるだけ表面積を小さくしようとする現象である。加熱処理を行うと、この凝集により、膜中をAg原子が移動し、これにより膜表面粗さの増大や膜中に空孔が発生する場合がある。よって、Agの凝集により反射率が低下し、LEDの活性層からの光が外部に効率よく取り出すことができなくなるという問題がある。
【0011】
例えば、c面を主面とする窒化物半導体発光素子に関する特許文献3では、反射電極の上に凝集防止層としてZn、Rh,Mg、Au,Ni、Cuやその合金、ドーピングされたIn酸化物を用いることが開示されている。特許文献3においては、Ag、Rh、AlまたはSnからなる反射電極と半導体層との界面に、コンタクト電極として、Ni系合金を配置させることにより、反射電極の凝集を防止し、低いコンタクト抵抗を実現できると報告されている。
【0012】
また、同じくc面を主面とする半導体発光素子に関する特許文献4には、p側電極がAgを主成分としてPdやCuが意図的に混入されたAg合金層を含むことにより、Agの凝集を防ぎ、コンタクト抵抗を低減できると開示されている。
【0013】
特許文献5には、表面がm面であるp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造の上に、Zn層およびAg層を含むp型電極を形成することを開示されている。
【0014】
特許文献6には、表面がm面であるp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造の上に、Mg層およびMg層を含むp型電極を形成することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【特許文献1】特開2001−308462号公報
【特許文献2】特開2003−332697号公報
【特許文献3】特開2005−197687号公報
【特許文献4】特開2010−56423号公報
【特許文献5】国際公開第2010/113405号パンフレット
【特許文献6】国際公開第2010/113406号パンフレット
【非特許文献】
【0016】
【非特許文献1】Jun Ho Son, Yang Hee Song, Hak Ki Yu, and Jong-Lam Lee Effects of Ni layers on suppression of Ag agglomeration in Ag-based Ohmic contacts on p-GaN. Applied Physics Letters 95, 062108 (2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
前述のように、m面基板上で成長させたGaN系半導体素子は成長方向に分極がないため、c面基板上で成長させたものと比較して顕著な効果を発揮し得るが、次のような問題がある。すなわち、m面基板上GaN系半導体素子にAg電極を形成した場合、c面基板上GaN系半導体素子に形成したAg電極よりもAgの凝集が起こりやすいという問題がある。
【0018】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、m面基板上で結晶成長させたGaN系半導体発光素子におけるAg電極の凝集による反射率低下を抑制できる電極構造および製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の窒化物半導体発光素子の製造方法は、成長面がm面であるp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造を形成する工程(a)と、前記p型半導体領域の成長面に接するAg電極を形成する工程(b)と、を含む窒化物半導体発光素子の製造方法であって、前記工程(b)は、200nm以上1000nm以下の厚さを有する前記Ag電極を形成する工程(b1)と、前記Ag電極を400℃以上600℃以下に加熱する工程(b2)と、を包含する。
【0020】
ある実施形態の前記工程(b2)では、前記Ag電極を500℃以上600℃以下に加熱する。
【0021】
ある実施形態の前記工程(b1)では、前記Ag電極の厚さを200nm以上500nm以下とする。
【0022】
ある実施形態において、前記p型半導体領域は、4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下のMgを含むコンタクト層を備え、前記コンタクト層は、26nm以上60nm以下の厚さを有するAlxGayInzN(x+y+z=1、x≧0、y>0、z≧0)半導体から形成されている。
【0023】
ある実施形態は、前記工程(b)の後に、前記Ag電極の上に保護膜を形成する工程(c)をさらに備える。
【0024】
本発明の窒化系半導体発光素子は、本発明の製造方法により製造されたものである。
【0025】
本発明の他の窒化物系半導体発光素子は、成長面がm面のp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造と、前記p型半導体領域の成長面に接して設けられたAg電極と、を備えた窒化物半導体発光素子であって、前記Ag電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有し、前記Ag電極の成長面において(111)面と(002)面のX線強度の積分強度比が20以上100以下である。
【0026】
本発明の他の窒化物系半導体発光素子は、成長面がm面のp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造と、前記p型半導体領域の成長面に接して設けられたAg電極と、を備えた窒化物半導体発光素子であって、前記Ag電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有し、前記Ag電極の成長面において(111)面と(002)面のX線強度のピーク強度比が30以上150以下である。
【0027】
ある実施形態において、前記Ag電極の厚さが200nm以上500nm以下である。
【0028】
ある実施形態において、前記p型半導体領域は、4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下のMgを含むコンタクト層を備え、前記コンタクト層は、26nm以上60nm以下の厚さを有するAlxGayInzN(x+y+z=1、x≧0、y>0、z≧0)半導体から形成されている。
【0029】
ある実施形態において、前記コンタクト層は、4×1019cm-3以上1×1020cm-3以下のMgを含む、30nm以上45nm以下の厚さを有する。
【0030】
ある実施形態は、前記Ag電極の上に設けられた保護膜をさらに備える。
【0031】
本発明の光源は、窒化物系半導体発光素子と、前記窒化物系半導体発光素子から放射された光の波長を変換する蛍光物質を含む波長変換部と、を備える光源であって、前記窒化物系半導体発光素子は、成長面がm面のp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造と、前記p型半導体領域の成長面に接して設けられたAg電極と、を備え、前記Ag電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有し、前記Ag電極の成長面において(111)面と(002)面のX線強度の積分強度比が20以上100以下である。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、p型半導体領域上に設けられたp側Ag電極の厚さを200nm以上とし、その加熱処理を400℃以上600℃以下の温度範囲で実行することにより、Agの凝集による反射率低下を抑制し、発光効率と電力効率の高い発光素子を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】GaNの単位格子を模式的に示す斜視図である。
【図2】ウルツ鉱型結晶構造の基本ベクトル(primitive translation vectors)a1、a2、a3を示す斜視図である。
【図3A】(a)から(c)は、実施形態の窒化物系半導体発光素子100の製造工程を示す図である。
【図3B】(a)は、実施形態の窒化物系半導体発光素子100の断面模式図、(b)はm面の結晶構造を表す図、(c)はc面の結晶構造を表す図である。
【図4】(a)から(d)は加熱処理温度を400℃から700℃に変化させたときの、m面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の固有コンタクト抵抗と測定電流値との関係を示すグラフである。
【図5】m面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の電流―電圧特性の加熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図6】(a)から(c)は、m面窒化物半導体層の上に形成したAg電極に対して、温度や時間の異なる条件で加熱処理を行った場合の固有コンタクト抵抗と測定電流値との関係を示すグラフである。
【図7】(a)、(b)は、c面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の固有コンタクト抵抗と測定電流値との関係、および電流―電圧特性を示すグラフである。
【図8】m面およびc面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の固有コンタクト抵抗の加熱処理温度依存性を示すグラフである。
【図9】(a)はm面、(b)はc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ100nmのAg電極に対し、異なる条件下で加熱処理を行った場合の反射率スペクトルを示すグラフである。
【図10】m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ100nmのAg電極に対し、異なる条件下で加熱処理を行った場合の表面モフォロジーを示す写真である。
【図11】(a)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ100nmのAg電極の反射率と加熱処理温度との関係を示すグラフであり、(b)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ100nmのAg電極のRMS表面粗さと加熱処理温度との関係を示すグラフである。
【図12】(a)および(b)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成したAg電極のX線回折測定結果を示すグラフである。
【図13】m面およびc面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の(111)/(200)面X線回折積分強度比と加熱処理温度との関係を示すグラフである。
【図14】m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ400nmのAg電極に対し、異なる条件下で加熱処理を行った場合の表面モフォロジーを示す写真である。
【図15】(a)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ400nmのAg電極の反射率と加熱処理温度との関係を示すグラフであり、(b)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ400nmのAg電極のRMS表面粗さと加熱処理温度との関係を示すグラフである。
【図16】(a)は、m面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の(111)/(200)面X線回折積分強度比とRMS表面粗さとの関係を示すグラフである。(b)は、m面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の(111)/(200)面X線回折積分強度比と反射率の関係を示すグラフである。
【図17】(a)は、c面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の(111)/(200)面X線回折積分強度比とRMS表面粗さとの関係を示すグラフである。(b)は、c面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の(111)/(200)面X線回折積分強度比と反射率の関係を示すグラフである。
【図18】m面窒化物半導体層の上に形成したAg電極の光波長450nmの光に対する反射率とAg電極の厚さとの関係を示すグラフである。
【図19】m面窒化物半導体層の上に形成した厚さ200nmのAg電極を、異なる条件下で加熱処理した場合の反射率スペクトルを示すグラフである。
【図20】白色光源の実施形態を示す断面図である。
【図21】保護層50の構成を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0034】
(実施の形態1)
以下、本発明による窒化物系半導体発光素子の実施形態を、図面を参照しながら説明する。以下の図面においては、説明の簡潔化のため、実質的に同一の機能を有する構成要素を同一の参照符号で示す。なお、本発明は以下の実施形態に限定されない。
【0035】
まず、本実施形態の窒化物系半導体発光素子100の製造方法を説明する。まず、図3A(a)に示すように、基板10を準備し、基板10の上に、成長面がm面である半導体積層構造20を形成する。半導体積層構造20としては、n型のAluGavInwN層22、活性層24、およびp型AldGaeN層25を形成する。なお、実際には、ウエハ状態の基板10の上に半導体積層構造20を形成するが、図3A(a)には、ウエハのうちの一部のチップ領域(後に分割されることによりチップとなる領域)のみを示している。
【0036】
次に、図3A(b)に示すように、p型AldGaeN層25の成長面13に接し、200nm以上1000nm以下の厚さを有するAg電極30を形成する。Ag電極30は、例えば、常温下でAg層を蒸着し、リフトオフ法を行うことにより形成される。
【0037】
その後、Ag電極30を400℃以上600℃以下に加熱する。
【0038】
次に、図3A(c)に示すように凹部42を形成し、凹部42内に、n型のAluGavInwN層22に接するn側電極40を形成する。その後、ダイシングを行うことにより、窒化物系半導体発光素子100が得られる。
【0039】
本実施形態の製法によると、Ag電極30に対して400℃以上600℃以下の温度で加熱処理を行うことにより、Ag電極30とp型AldGaeN層25との間のコンタクト抵抗を低くすることができる。
【0040】
本発明者は、m面を成長面とするp型AldGaeN層25にAg電層を形成して熱処理を行った場合、Ag層の凝集は、c面上にAg層を形成する場合とは異なる態様で起こることを見出した。m面上にAg電極30を形成する場合には、Ag電極30の厚さを200nm以上にすることにより、熱処理を行ってもAgの凝集の進行が抑制されるため、活性層24からの光の反射率を高く維持することができる。
【0041】
Agの凝集による影響を抑制するためには、Ag電極30の厚さが200nm以上であればよい。しかし、Ag電極30上に保護層を形成することを考慮すると、その厚さは一定の範囲以下にすることが望ましい。一般的にAgを電極として用いる場合には、Agの酸化や硫化、塩化を防ぎ、通電時のマイグレーションやリーク電流の発生を防止する目的で、保護層をAg電極上に形成する。Ag電極の厚さが大きすぎると、Ag電極の端部で保護層とAg電極と間に隙間が発生し、保護層の一部に亀裂が発生する可能性があり、Ag電極の寿命を低下させる要因となりうる。これらの問題を防ぐためには、Ag電極30の厚さがある一定範囲以下とする必要があり、望ましいAg電極30の厚さは1000nm以下であり、より望ましくは500nm以下である。
【0042】
本実施形態の製法によると、Ag電極30の凝集が抑制され、活性層24からの光の反射率が高く維持される。Ag電極30の凝集はAg結晶の面配向性と相関を有する。本発明者が検討した結果、X線回折測定によって得られる(111)面と(002)面のX線強度の積分強度比が20以上100以下であれば、Ag電極30の表面粗さの増大が抑制され、光の反射率を高く維持することができる。積分強度比の変わりにピーク強度比を用いて規定した場合、ピーク強度比が30以上150以下であれば、同様の効果が得られる。
【0043】
次に、窒化物系半導体発光素子100の具体的な構造について、図3B(a)を参照しながら説明する。
【0044】
図3B(a)は、本発明の実施形態に係る窒化物系半導体発光素子100の断面構成を模式的に示している。図3B(a)に示した窒化物系半導体発光素子100は、GaN系半導体からなる半導体デバイスであり、窒化物系半導体積層構造20を有している。
【0045】
本実施形態の窒化物系半導体発光素子100は、m面を成長面12とするGaN系半導体から形成されている基板10と、基板10の上に形成された半導体積層構造20と、半導体積層構造20の上に形成されたAg電極30とを備えている。本実施形態では、半導体積層構造20は、m面成長によって形成された半導体積層構造であり、その成長面13はm面である。なお、r面サファイア基板上にはa面GaNが成長するという事例もあることから、成長条件によっては必ずしも基板10の成長面がm面であることが必須とならない。本実施形態の構成においては、少なくとも半導体積層構造20のうち、電極と接触するp型半導体領域の表面がm面であればよい。
【0046】
本実施形態の窒化物系半導体発光素子100は、半導体積層構造20を支持する基板10を備えているが、基板10に代えて他の基板を備えていても良いし、基板が取り除かれた状態で使用されることも可能である。
【0047】
図3B(b)は、成長面がm面である窒化物系半導体の断面(基板表面に垂直な断面)における結晶構造を模式的に示している。Ga原子と窒素原子は、m面に平行な同一原子面上に存在するため、m面に垂直な方向に分極は発生しない。すなわち、m面は非極性面であり、m面に垂直な方向に成長した活性層内ではピエゾ電界が発生しない。なお、添加されたInおよびAlは、Gaのサイトに位置し、Gaを置換する。Gaの少なくとも一部がInやAlで置換されていても、m面に垂直な方向に分極は発生しない。
【0048】
m面を成長面に有するGaN系基板は、本明細書では「m面GaN系基板」と称される。m面に垂直な方向に成長したm面窒化物系半導体積層構造を得るには、典型的には、m面GaN基板を用い、その基板のm面上に半導体を成長させればよい。GaN系基板の成長面の面方位が、半導体積構造の面方位に反映されるからである。しかし、前述したように、基板の成長面がm面である必要は必ずしもなく、また、最終的なデバイスに基板が残っている必要も無い。
【0049】
参考のために、図3B(c)に、成長面がc面である窒化物系半導体の断面(基板表面に垂直な断面)における結晶構造を模式的に示す。Ga原子と窒素原子は、c面に平行な同一原子面上に存在しない。その結果、c面に垂直な方向に分極が発生する。c面を成長面に有するGaN系基板を、本明細書では「c面GaN系基板」と称する。
【0050】
c面GaN系基板は、GaN系半導体結晶を成長させるための一般的な基板である。c面に平行なGaの原子層と窒素の原子層の位置がc軸方向に僅かにずれているため、c軸方向に沿って分極が形成される。
【0051】
再び、図3B(a)を参照する。基板10の成長面(m面)12の上には、半導体積層構造20が形成されている。半導体積層構造20は、AlaInbGacN層(a+b+c=1,a≧0, b≧0, c≧0)を含む活性層24と、AldGaeN層(d+e=1, d≧0, e≧0)25とを含んでいる。AldGaeN層25は、活性層24を基準にしてm面の成長面12の側とは反対の側に位置している。ここで、活性層24は、窒化物系半導体発光素子100における電子注入領域である。
【0052】
本実施形態の活性層24は、Ga0.9In0.1N井戸層(例えば、厚さ9nm)とGaNバリア層(例えば、厚さ9nm)とが交互に積層されたGaInN/GaN多重量子井戸(MQW)構造(例えば、厚さ81nm)を有している。
【0053】
活性層24の上には、p型AldGaeN層25が設けられている。p型AldGaeN層25の厚さは、例えば、0.2〜2μmである。活性層24とp型AldGaeN層25との間に、アンドープのGaN層を設けてもよい。
【0054】
本実施形態の半導体積層構造20には、他の層も含まれており、活性層24と基板10との間には、AluGavInwN層(u+v+w=1, u≧0, v≧0, w≧0)22が形成されている。本実施形態のAluGavInwN層22は、第1導電型(n型)のAluGavInwN層22である。
【0055】
p型AldGaeN層25において、Alの組成比率dは、厚さ方向に一様である必要は無い。p型AldGaeN層25において、Alの組成比率dが厚さ方向に連続的または階段的に変化していても良い。すなわち、p型AldGaeN層25は、Alの組成比率dが異なる複数の層が積層された多層構造を有していても良い。また、p型AldGaeN層25において、ドーパントの濃度も厚さ方向に変化していてもよい。
【0056】
p型AldGaeN層25の最表面近傍には、p型AldGaeNからなるp型コンタクト層26が形成されている。p型AldGaeN層25のうちp型コンタクト層26以外の領域の厚さは例えば10nm以上500nm以下であり、この領域のMg濃度は例えば1×1018cm-3以上1×1019cm-3以下である。p型コンタクト層26は、p型AldGaeN層25のうちp型コンタクト層26以外の領域よりも、高いMg濃度を有する。p型コンタクト層26における高い濃度のMgは、Gaの拡散を促進する点で効果的に働く。p型AldGaeN層25のうちp型コンタクト層26以外の領域を100nm以上500nm以下の厚さで設けた場合には、p型コンタクト層26に高い濃度のMgが含まれていても、Mgが活性層24側に拡散するのを抑制することができる。p型コンタクト層26のMg濃度は、例えば、4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下であればよい。p型コンタクト層26において、Mgの濃度が4×1019cm-3より低ければ、十分にコンタクト抵抗を低下させることができない。一方、p型コンタクト層26において、Mgの濃度が1×1020cm-3を超えると、P型コンタクト層26のバルク抵抗が上昇し始め、2×1020cm-3を超えるとより顕著にバルク抵抗が上昇する。
【0057】
p型コンタクト層26の厚さは26nm以上60nm以下であってもよい。p型コンタクト層26の厚さが26nmより小さければ、十分にコンタクト抵抗を低下させることができない。p型コンタクト層26の厚さが30nm以上であれば、よりコンタクト抵抗を低くすることができる。一方、p型コンタクト層26の厚さが45nmを超えると、P型コンタクト層26のバルク抵抗が上昇し始め、60nmを超えると、バルク抵抗がより顕著に上昇してしまう。p型コンタクト層26におけるMg濃度と厚さの両方が前述の範囲に収まっていれば、コンタクト抵抗を十分に低下させることができる。例えば、Mg濃度が4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下であっても、厚さが10nmであれば、コンタクト抵抗は十分に低下しない。
【0058】
p型AldGaeN層25には、Mg以外のp型ドーパントとして、例えばZn、Beなどがドープされていてもよい。
【0059】
コンタクト抵抗低減の観点から、p型AldGaeN層25の最上部(半導体積層構造20の上面部分)は、Alの組成比率dがゼロである層(GaN層)から構成されていてもよい。また、Al組成dはゼロでなくてもよい。例えば、p型コンタクト層26として、Al組成dを0.05程度としたAl0.05Ga0.95Nを用いることもできる。
【0060】
半導体積層構造20の上にはAg電極30が形成されている。本実施形態において、p側電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有するAg電極30である。Ag層30の厚さは、例えば断面SEM(走査型電子顕微鏡)や断面TEM(透過型電子顕微鏡)測定などによって得られる。本実施形態では、Ag電極30はp型コンタクト層26に接触している。Ag電極30はAgを主成分とする層である。Ag電極30には、Ag以外の物質が含まれていてもよいが、Ag以外の物質のAg層全体に対する原子数比は5%以下である。Ag電極30に含まれている不純物としては、例えば半導体積層構造20に含まれているGaやMgなどが考えられる。その他、Ag電極30にZnやInを添加してもよい。Ag電極を一般的な電子ビーム蒸着法などにより形成する際、軽元素などの不純物が意図せずに混入する可能性があるが、Ag層全体に対する不純物の原子数比を1%以下とすることにより、反射率を向上させることができる。また、Ag層全体に対する不純物の原子数比を0.1%以下とすることにより、さらに反射率を向上させることができる。なお、Ag電極30の成長面14とは、Ag電極30のうちp型コンタクト層26と接する面と反対側の面である。
【0061】
また、m面を成長面12とする基板10の厚さは、例えば、100〜400μmである。これはおよそ100μm以上の基板厚であればウエハのハンドリングに支障が生じないためである。なお、本実施形態の基板10は、GaN系材料からなるm面の成長面12を有していれば、積層構造を有していても構わない。すなわち、本実施形態の基板10は、少なくとも成長面12にm面が存在している基板も含み、したがって、基板全体がGaN系であってもよいし、他の材料との組み合わせであっても構わない。
【0062】
本実施形態の構成では、基板10の上に、n型のAluGavInwN層(例えば、厚さ0.2〜2μm)22の一部に、n側電極40(n型電極)が形成されている。図示した例では、半導体積層構造20のうちn側電極40が形成される領域は、n型のAluGavInwN層22の一部が露出するように凹部42が形成されている。その凹部42にて露出したn型のAluGavInwN層22の表面にn側電極40が設けられている。n側電極40は、例えば、Ti層とAl層とPt層との積層構造から構成されており、n側電極40の厚さは、例えば、100〜200nmである。
【0063】
次に、図4から図19を参照しながら、本実施形態の特徴を更に詳細に説明する。
【0064】
まず、p型コンタクト層26を有するp型AldGaeN層25の上に厚さ400nmのAg電極30を形成し、そのコンタクト抵抗と加熱処理条件の関係について説明する。
【0065】
図4は、p型コンタクト層26を有するp型AldGaeN層25の上に厚さ400nmのAg電極30を形成し、そのコンタクト抵抗をTLM(Transmission Line Method)法を用いて評価した結果である。本実施形態の測定は、p型AldGaeN層25の厚さが1.5μmから2.0μm、Mg濃度が0.8〜1.0×1019cm-3であり、p型コンタクト層26の厚さが40nm、Mg濃度が5.0×1019cm-3であるサンプルを用いて行った。
【0066】
本実施例で用いたTLMパターンでは、100μm×200μmの複数の電極が、8μm、12μm、16μm、20μmの間隔を空けて配置されており、これらの複数の電極間の電気特性からコンタクト抵抗を見積もった。横軸には測定時の電流値を示し、縦軸は各電流の印加時に求めたコンタクト抵抗の値を示す。図4(a)は加熱処理温度が400℃、(b)は500℃、(c)は600℃、(d)は700℃のときの結果である。加熱処理は窒素雰囲気中で行い、時間はすべて約10分間とした。なお、熱処理時間と雰囲気は特に限定されるものではなく適宜決定することができる。縦軸に示した「1.0E−01」は「1.0×10-1」を意味し、「1.0E−02」は「1.0×10-2」を意味し、すなわち、「1.0E+X」は、「1.0×10X」の意味である。
【0067】
コンタクト抵抗は、一般に、コンタクトの面積S(cm2)に反比例する。ここで、コンタクト抵抗をR(Ω)とすると、R=Rc/Sの関係が成立する。比例定数のRcは、固有コンタクト抵抗と称され、コンタクト面積Sが1cm2の場合のコンタクト抵抗Rに相当する。すなわち、固有コンタクト抵抗の大きさは、コンタクト面積Sに依存せず、コンタクト特性を評価するための指標となる。以下、「固有コンタクト抵抗」を「コンタクト抵抗」と略記する場合がある。
【0068】
図4では、加熱処理温度500℃の条件下において電流値に対して抵抗値がほぼ一定なオーミック接触の特性が得られた。さらにそのコンタクト抵抗値はこの加熱処理条件下でもっとも低い値となり、例えば電流値2mA時の値は2.0×10-3Ωcm2であった。一方、加熱処理温度が400℃の場合、もしくは700℃の場合、コンタクト抵抗値は電流値に対して一定値を示さず、ショットキー接触となった。電流値2mA時のコンタクト抵抗値はそれぞれ400℃:6.9×10-3Ωcm2、600℃:3.5×10-3Ωcm2、700℃:2.2×10-2Ωcm2であり、500℃から600℃の加熱処理を行った場合にコンタクト抵抗が低減することがわかった。
【0069】
図5に、電極間隔が12μmのときの各加熱処理温度における電流―電圧特性を示す。加熱処理温度が500度から600度の条件でオーミック接触(V=IR)が得られた。一方、400℃と700℃の条件では非線形なカーブとなっており、ショットキー接触となった。
【0070】
次に、もっとも低いコンタクト抵抗値が得られた500℃の加熱処理条件を基に加熱処理時間と温度を変化させた場合の結果を図6に示す。
【0071】
加熱処理温度を500℃に固定し、熱処理時間を(a)1分、(b)30分に変化させた場合、それぞれ電流値2mAのとき3.4×10-3Ωcm2、3.8×10-3Ωcm2と比較的低いコンタクト抵抗値が得られた。また加熱処理温度を600℃とし、加熱処理時間を1分にした場合(図6(c))も、コンタクト抵抗値は2.8×10-3Ωcm2(電流値2mA時)と低い値であった。
【0072】
以上のことから、本実施形態のm面が成長面である窒化物系半導体発光素子において、p型コンタクト層26を有するp型AldGaeN層25上に形成したAg電極30は、コンタクト抵抗が加熱処理条件に依存して変化する。加熱処理温度が400℃以上600℃以下であれば、コンタクト抵抗の値を十分に低減することができ、オーミック接触を実現することができる。加熱処理温度が500℃以上600℃以下であれば、より低いコンタクト抵抗の値が得られる。
【0073】
比較のため、c面窒化物半導体層の上に、図4、図5の測定に用いたサンプルと同じ厚さ(400nm)のAg電極を形成したサンプルの実験結果を図7に示す。図7(a)はコンタクト抵抗の電流値依存性であり、(b)は電極間隔が12μmのときの電流―電圧特性である。加熱処理は窒素雰囲気中で行い、時間はすべて約10分間とした。
【0074】
図7(a)を見ると、加熱処理無し、400℃、600℃のサンプルのコンタクト抵抗値(電流値2mA時)はそれぞれ、1.4〜1.6×10-2Ωcm2であった。図4および図5に示したように本実施形態のAg電極30のコンタクト抵抗が加熱処理温度に依存して大きく変化したのに対し、c面窒化物系半導体層の上に同じ条件下で形成したAg電極では加熱処理温度に対する依存性が小さいことがわかった。つまり、Ag電極の加熱処理温度に対するコンタクト抵抗の変化は、m面窒化物半導体層と従来のc面窒化物半導体層の上に形成する場合とで、大きく異なることがわかった。
【0075】
また図7(b)の電流―電圧特性を前述したm面窒化物半導体層上のAg電極30の結果(図5)と比較すると、c面窒化物半導体層上のAg電極は加熱処理温度依存性をほとんど有しておらず、またショットキー接触を形成している。
【0076】
図7に示したように、c面を有する窒化物半導体層上に反射率の高いAg層をp側電極として直接形成する場合、コンタクト抵抗を十分に低減できない。例えば、特許文献3ではc面を有する窒化物半導体素子のp型コンタクト層とAg電極の間にNiなどの金属層を挿入することにより、コンタクト抵抗を低減することに成功している。
【0077】
図8は、m面窒化物半導体層上とc面窒化物半導体層上にそれぞれ形成したAg電極30のコンタクト抵抗と加熱処理温度の関係をまとめた結果である。コンタクト抵抗の値は電流値2mAのときの値をプロットした。m面窒化物半導体層上のAg電極のコンタクト抵抗としては図4に示す結果を、c面窒化物半導体層のAg電極のコンタクト抵抗としては図7(a)に示す結果を用いた。
【0078】
図8から、本実施形態であるm面窒化物半導体層上におけるAg電極30のコンタクト抵抗と加熱処理温度の関係が、従来のc面上に形成したAg電極の結果とは異なることは明確である。また、m面窒化物半導体層上に形成したAg電極30に対して加熱処理を行うことにより、低いコンタクト抵抗を実現できることがわかる。
【0079】
以上の結果から、m面窒化物半導体素子に形成したAg電極30に対して、400℃以上600℃以下の加熱処理を行うことにより、十分に低いコンタクト抵抗が得られることがわかる。500℃以上600℃以下で加熱処理を実行することにより、より低いコンタクト抵抗が得られることが分かる。また、これは従来のc面窒化物半導体素子にはないm面窒化物半導体素子特有の現象であることが明らかになった。
【0080】
本発明者は、m面窒化物半導体素子において、p型コンタクト層26のMg濃度および厚さを最適化すれば、Ag電極30のコンタクト抵抗をより低減できると考えた。前述したように、本実施形態のp型AldGaeN層25においては、p型ドーパントであるMgの濃度を、p型コンタクト層26とそれ以外の領域とにおいて変化させている。例えば、p型AldGaeN層25には1×1018cm-3以上1×1019cm-3以下のMgがドープされており、p型コンタクト層26には4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下のMgがドープされている。また、そのp型コンタクト層26の厚さは例えば26nm以上60nm以下である。このようにp型AldGaeN層25とp型コンタクト層26のそれぞれのMg濃度や厚さを適宜制御することで低いコンタクト抵抗を実現することができる。
【0081】
次に、Agの凝集現象と反射率、加熱処理条件の関係について説明する。
【0082】
図9は、p型コンタクト層26を有するp型AldGaeN層25の上に形成したAg電極30の反射率の加熱処理温度依存性(実験結果)を示す。このときのAg電極30の厚さは、一律に100nmとし、p型コンタクト層26の厚さは40nm、p型AldGaeN層25の厚さは1.5〜2.0μmとした。比較のため、c面窒化物系半導体層の上に同じ厚さのAg電極を形成したサンプルの実験結果も示す。図9(a)に本実施形態であるm面窒化物系半導体層上のAg電極の反射スペクトルを、図9(b)にc面窒化物系半導体層上のAg電極の反射率スペクトルを示す。加熱処理は窒素雰囲気中で行い、時間はすべて約10分間とした。反射率の測定にはV−570型紫外可視近赤外分光光度計、ARV−475S型絶対反射率測定装置(日本分光社製)を用いた。光は半導体層側から入射し、p型コンタクト層26とAg電極30との界面付近の反射率を測定した。
【0083】
図9に示すように、波長360nm付近において急激に反射率が低下している。本明細書に示す反射率はすべて半導体層側から光を入射させて測定した結果である。よって、Ag層の下地であるGaN層の吸収により、360nm以下の波長では反射率が急激に低下する。加熱処理温度が比較的低い400℃以下の場合、360nm以上の可視光領域では80%付近の高い反射率が得られている。しかし、加熱処理温度が450℃を超えると反射率が減少し始めている。c面上とm面上の結果を比較すると、傾向は類似しているものの、m面上のAg電極の方が加熱処理による反射率の減少が著しい。例えば、図9(b)のc面上のAg電極の場合、450度の加熱処理を行ったサンプルにおいても80%程度と高い反射率を示しているのに対し、図9(a)のm面上に形成したAg電極の場合、同じ加熱処理を行ったサンプルにおいて70%以下の低い反射率を示している。
【0084】
図10は、図9の測定に用いたサンプルのレーザ顕微鏡による表面写真を示す。なお、図10は、p側電極であるAg層の成長面14側の写真である。サンプルの表面(成長面14)形状にも前述した反射率と同様な傾向が見られた。加熱処理温度が450℃以上のサンプルでは、m面およびc面の両方において、表面モフォロジーが急激に変化しており、表面粗さが増大していることがわかる。反射率の減少は、加熱処理によるAg層の表面・界面形状の変化に起因するものと考えられる。ただし、450度以上の熱処理を行った場合、c面上の結果に比べて、m面上のAg電極において明らかに表面粗さが増大している。これは、図9の反射率の結果と同じ傾向である。
【0085】
一般的に、Agは加熱処理により凝集することが知られている。これは、加えられた熱によりAg原子が移動し、結晶粒の増大や表面粗さの増大を引き起こす現象である。
【0086】
図9および図10の結果で見られた加熱処理による反射率の低下と表面形状の変化は、Agの凝集によるものである。図11(a)および(b)は、図9および図10に示した反射率と表面粗さの結果をまとめた図である。図11(a)は波長450nmの光の反射率を示し、図11(b)はレーザ顕微鏡を用いて150倍の倍率で測定したRMS表面粗さを示す。c面上よりもm面上に形成したAg電極の方が加熱処理温度による反射率の低下や表面粗さの増加が激しい。つまり、c面上に形成したAg電極と、本実施形態であるm面上に形成したAg電極において、加熱処理により起こる凝集の効果に違いがあることがわかった。
【0087】
従来のc面窒化物半導体層上に形成したAg電極の凝集効果や凝集による反射率の減少の抑制方法についてはいくつか報告がある(例えば、特許文献1,2)。本発明者は、m面窒化物半導体層上に形成したAg層は、従来のc面の場合とは異なる凝集現象を示すため、m面上のAg電極独自の凝集抑制手法が必要であることを見出した。
【0088】
本発明者は、本実施形態であるm面窒化物半導体層上に形成したAg電極の凝集現象について更に詳細な検討を行った。次にその結果を説明する。
【0089】
Agは立方晶系であり面心立方構造を有する。前述したAgの凝集現象は、Ag結晶の(111)面配向性と強い相関がある。Agは電子ビーム蒸着法などの手法により適宜半導体表面上に堆積することができるが、このような手法で形成した膜は多結晶構造となる。このAgの多結晶構造は熱を加えることにより(111)面配向し易くなり、熱処理前に比べて(111)面配向した結晶粒の成長やその密度の増加が起こる。
【0090】
本発明者は、Agの凝集がAgの(111)面配向性と強い相関があることに着目し、Agの凝集状態を定量的に評価した。これにより、本実施形態であるm面窒化物半導体層上に形成したAg電極が、従来のc面窒化物半導体層上に形成したAg電極とは異なる凝集現象を示すことを確認した。次にその結果を示す。
【0091】
図12(a)、(b)にp型コンタクト層26を有するp型AldGaeN層25の上に形成したAg電極30のX線回折測定結果を示す。図12(a)、(b)は、Ag電極30の成長面14側からX線を照射した場合の結果を示している。図12(a)は、m面上に形成された厚さ400nmのAg電極30の測定結果であり、図12(b)は、c面上に形成された厚さ400nmのAg電極30の測定結果である。
【0092】
図12(b)は、比較のため、c面を成長面に有する積層構造を用いる点を除いて本実施形態と同じ条件で形成されたAg電極に関する結果である。
【0093】
グラフ中の点線は加熱処理を行っていないサンプルの、実線は650℃10分間窒素雰囲気中で加熱処理したサンプルのX線回折測定結果を示している。
【0094】
X線回折測定は、RIGAKU社製SLX−2000を用いて行った。X線源はCuを対陰極とする回転対陰極X線管を使用し、X線焦点はラインフォーカスとした。管電圧と管電流はそれぞれ50kV、250mAで駆動した。光学系としてはスリットコリメーション光学系を用い、X線入射スリットとしては幅1mm、高さ1mm、S1スリットとS2スリットとしてはそれぞれ幅0.5mm、高さ1mm、また受光側スリットであるRSスリットとしては幅1mm、高さ2mmの条件を用いた。
【0095】
本測定では、Agの凝集状態を、Agの(111)面と(200)面のX線回折強度を相対比較することによって評価した。この測定においてはスリットが広すぎると、回折条件を満たさないピークも測定してしまう恐れがあり、(111)面と(200)面配向比が実際の値を逸脱する可能性がある。またスリットが広すぎると、バックグランド強度が大きくなり、(111)面と(200)面配向比が実際の値よりも小さくなる可能性がある。よって、この測定では、入射側も受光側も狭いスリット条件下で測定することが望ましい。ちなみに本測定でのバックグランドレベルは平均して2cps以下となっている。ただし、あまり狭いスリット条件を用いると、もともと強度の比較的弱い(200)面回折が測定できない。本測定では、これらのことを考慮し前述したスリット条件を用いる。
【0096】
比較のため、図12(a)、(b)において、縦軸のスケールは同じとした。2θ=38°付近の回折ピークがAgの(111)面回折であり、44.5°付近のピークが(200)面回折である。加熱処理を加えるとAgの(111)回折強度が急激に増加している。これは前述したように熱が加えられたことにより凝集が起こり、(111)面配向性が強くなったものと考えられる。
【0097】
m面上とc面上の結果を比較すると、まったく同じ条件下でAg電極を蒸着し、加熱処理しているにもかかわらず、Ag電極の(111)面X線強度は加熱処理を行わない場合も含めて、m面上よりもc面上の方が明らかに大きい。前述したようにAgの凝集現象は(111)面配向性と相関がある。このことを踏まえると、本実施形態であるm面窒化物半導体層上に形成したAg電極と、従来のc面窒化物半導体層上に形成したAg電極とでは、凝集現象に違いがあるといえる。これは、前述した反射率の違いを裏付ける結果といえる。
【0098】
立方晶系の(111)面と六方晶系ウルツ鉱構造の(0001)面(c面)は原子配列が類似している。このことから、立方晶系の(111)面上に六方晶系の(0001)面(c面)を主面とする結晶を成長することが可能である。このことを考慮すると、前述したc面窒化物半導体の表面には、(111)面配向したAg結晶が蒸着する段階から形成されやすいと考えられる。
【0099】
以上の理由により、本実施形態であるm面上に形成したAg電極の(111)面X線回折強度は、加熱処理を行わない段階からすでに、c面上のAg電極の強度よりも小さい値となっている。かつ、本実施形態のAg電極はc面上のAg電極とは異なる凝集現象を示すため、前述した反射率の加熱処理温度依存性もc面上とは異なる結果になったと考えられる。
【0100】
図13に、Ag電極の(111)面と(200)面X線回折ピーク積分強度比の加熱処理温度依存性を示す。図13には、加熱処理を行わない場合も含めて400℃から800℃の範囲で加熱処理を行った場合のX線積分強度比を示している。図13に示す測定結果に用いられたサンプルに対する加熱処理は窒素雰囲気中で行い、加熱処理時間は一律に約10分間とした。また比較のため、図13には、c面を成長面に有する積層構造を用いる点を除いて本実施形態と同じ条件で形成されたAg電極に関する結果も示されている。図13は、Ag電極30の成長面14側からX線を照射した場合の結果を示している。
【0101】
Agの(111)面回折強度のみを比較する場合、X線の強度やビーム径、Agの厚さなどにより、測定値が変化する可能性がある。こういった問題を回避するため、本測定ではAgの(111)面と(200)面のX線回折強度を同時に測定し、その比をとることでAgの凝集状態を評価した。ここで積分強度比はそれぞれのピーク位置から±0.5°の範囲の強度を積分し、その比をとった値である。Ag層の厚さを200nm、400nmとした場合の結果をそれぞれ示す。
【0102】
図13に示すように、加熱処理温度の増加に伴い、積分強度比は増加した。また、Ag層の厚さが200nmと400nmの結果を比較すると、ほぼ同様な傾向が得られている。このことから、(111)面と(200)面の強度比の比較においては、Ag層の厚さが200nm以上の範囲では厚さの依存性は少ないといえる。Ag層の厚さが400nmよりも大きくなっても、(111)/(200)積分強度比のAg電極30の厚さへの依存性は少ないと考えられる。高温域で測定値にばらつきが見られるのは、凝集によりAgの表面に空隙が発生することが要因と考えられる。
【0103】
m面窒化物半導体層上のAg電極とc面窒化物半導体層上のAg電極との結果を比較する。c面上の場合は、加熱処理を行わない場合の積分強度比は60程度であるが、加熱処理温度が400℃を超えると積分強度比が200以上に上昇した。ちなみに、粉末状Agの場合、(111)/(200)面X線強度比は100:40となることが知られている(非特許文献1)。c面上に形成したAg電極は、加熱処理を行わない場合も含めて積分強度比が高く、(111)面方位をもつAg結晶粒が高い比率で存在していることがわかる。また、加熱処理時の凝集により、さらにその比率が増加していることがわかる。
【0104】
一方、m面上の場合は、加熱処理を施さない場合の(111)/(200)のX線積分強度比は20程度であり、前述したc面上の場合に比べて低い値となっている。加熱処理温度を400℃から700℃まで変化させてもその積分強度比は100程度の値を示している。この積分強度比の違いは、加熱処理時に起こるAgの凝集現象の違いを示しており、凝集により(111)配向した結晶粒のAg層内に占める比率が従来のc面上に比べて小さいことを意味している。
【0105】
次に図13において示したX線回折の積分強度比と反射率、表面モフォロジーの関係について説明する。図14はc面とm面のそれぞれを成長面に有する窒化物半導体層上に形成したAg電極の加熱処理後の表面モフォロジーを示す写真である。図15(a)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ400nmのAg電極の反射率と加熱処理温度との関係を示すグラフであり、図15(b)は、m面およびc面窒化物半導体層の上に形成した厚さ400nmのAg電極のRMS表面粗さと加熱処理温度との関係を示すグラフである。図15(a)は波長450nmの光に対する反射率を示し、図15(b)は、レーザ顕微鏡を用いて150倍の倍率で測定したRMS表面粗さを示している。
【0106】
前述した厚さ100nmのAg電極の結果(図10、11)と比較すると、傾向は類似している。厚さを400nmまで増加させることで、反射率や表面粗さが悪化する臨界的な加熱処理温度は高温側にシフトしている。厚さ400nmのAg電極の場合、600度を超える温度で加熱処理すると反射率の低下や表面モフォロジーの悪化が激しくなっている。また、この傾向はc面上よりもm面上のAg電極においてより顕著である。
【0107】
図10および図14に示す結果から、熱処理温度が同じサンプルで比較すると、Ag電極30の厚さが100nmの場合よりも400nmの場合のほうが、表面モフォロジーの悪化が抑制されていることがわかる。厚さが400nmよりも大きくなった場合にもこの傾向が維持されると考えられる。
【0108】
図16(a)、(b)は、図13に示したm面窒化物半導体層上のAg電極の(111)/(200)X線積分強度比と図15に示した反射率またはRMS表面粗さとの関係を示すグラフである。比較のため、下地をc面窒化物半導体層とした場合のAg電極の結果を図17(a)、(b)に示す。ここで、横軸の積分強度比のスケールは図16(a)、(b)と図17(a)、(b)とにおいて互いに異なっている。m面上、c面上に形成したAg電極ではともに(111)/(200)積分強度比の増加に伴って表面RMS粗さが増大し、反射率は低下している。これはAgの凝集によるものであり、(111)面結晶粒密度の変化や結晶粒の成長により引き起こされるものであると考えている。さらに、本実施形態におけるm面窒化物半導体層上に形成したAg電極は、積分強度比が100を超えると反射率が70%より小さくなり、表面粗さが30nmより大きくなっているのに対し、c面上の場合は350以上の大きい積分強度比でこの変化が起こっている。
【0109】
加熱処理による反射率の低下や表面粗さの増大は、Ag電極の(111)/(200)X線回折強度比と強い相関があることがわかる。またその相関関係は、従来のc面窒化物半導体層上に形成したAg電極と、本実施形態におけるm面窒化物半導体層上に形成したAg電極とでは大きく異なる。これは前述したように、c面窒化物半導体層上とm面窒化物半導体層上のAg電極の凝集現象が異なることに起因している。よって、本実施形態であるm面上のAg電極において、凝集による反射率低下や表面粗さ増大を抑制するためには、従来のc面上のAg電極とは異なる対策が必要であることがわかる。
【0110】
以上の結果から、本実施形態の窒化物半導体素子において、p型コンタクト層26を有するp型AldGaeN層25の上にAg電極30を形成する場合、加熱処理後のAg層の(111)/(200)面X線回折の積分強度比を20以上100以下になるように設計すればよい。積分強度比が20より小さければ、熱処理を施さないときとAg電極の状態が近く、凝集による表面粗さの悪化や反射率の低下は無視できるほど小さい。積分強度比が100以下であることにより、加熱処理を施した場合であっても電極内に凝集による空孔や空隙の発生が少なく、高い表面平坦性と高い反射率を有する電極を実現することができる。
【0111】
なお、従来のc面窒化物半導体層上のAg電極の場合、図17からわかるように加熱処理後も反射率、表面平坦性に優れたAg電極を実現するには(111)/(200)面X線回折の積分強度比が350以下であればよく、本実施形態のAg電極とはその傾向が大きく異なる。
【0112】
前述した本実施形態の加熱処理後のAg電極30の(111)/(200)面X線回折強度比はピーク強度比であっても良い。その場合、ピーク強度範囲が30以上150以下であれば、加熱処理時の凝集による空孔や空隙の発生が少なく、高い表面平坦性(例えばRMS表面粗さ30nm以下(倍率150倍の条件下でレーザ顕微鏡による測定時))と高い反射率(例えば70%以上)を有するAg電極を実現することができる。この結果は、図12に示したようなAg電極のX線回折測定結果において、Agの(111)面と(200)面のそれぞれのピーク強度から得ることができる。
【0113】
Ag電極の凝集状態を(111)/(200)面X線回折強度比により評価することは重要である。Agの凝集は、水分や塩素などの影響により変化する可能性がある。例えば湿度の影響や硫化や塩化などにより、まったく同じ条件で加熱処理を行った場合でも凝集による反射率や表面粗さへの影響が変化しうる。よって、X線回折強度比が所望の範囲内に収まるようにAg電極の製造工程や条件を制御することは、Agの凝集による反射率や表面粗さへの影響を十分に抑制する上で有効な手法である。
【0114】
次に、本実施形態のAg電極30の厚さと加熱処理条件、反射率の関係について説明する。
【0115】
Agの凝集による表面粗さや反射率への影響は、Agの厚さが薄ければ薄いほど顕著になると考えられる。本実施形態のAg電極30は、高い反射率と同時に低いコンタクト抵抗を有することが重要となる。前述したように、400℃以上600℃以下の範囲で加熱処理すれば十分に低いコンタクト抵抗が得られ、500℃以上600℃以下の範囲で加熱処理すれば、より低いコンタクト抵抗が得られる。またこの加熱処理条件下において、(111)/(200)面X線積分強度比を20以上100以下の範囲に制御すれば、Agの凝集による反射率やシェア強度の低下を抑制することができる。
【0116】
図9、10に示したAg電極30の厚さが100nmと小さい場合、加熱処理温度が400℃を超えると表面粗さは増加し、反射率は減少した。よって、Ag電極30の厚さが100nm以下の場合には、前述したコンタクト抵抗を低減できる400℃から600℃の範囲の加熱処理を行うと、表面粗さは増加し反射率が低下してしまう。
【0117】
一方、図15(a)に示したようにAg層の厚さが400nmであれば、加熱処理温度が600度になっても反射率は比較的高い。この結果から、反射率はAg電極の厚さに依存することがわかる。
【0118】
そこで、本実施形態のAg電極30の厚さと反射率の関係について調べた。図18にAg電極30の厚さと反射率の関係を示す。反射率は前述した測定方法と同様、半導体層側からの光を入射し測定を行った。この測定におけるAg電極30に対しては、すべて同じ条件下で加熱処理を行った。加熱処理は、窒素雰囲気下、500℃の温度で約10分間行った。また図中の反射率は光の波長が450nmのときの値である。
【0119】
Ag電極30の反射率は、厚さが200nm以上になると飽和し、その値は80%以上の高い値を示した。つまり、厚さが100nmと小さい場合には反射率は減少するが、厚さが200nmを超えると反射率はほぼ一定であり、厚さに対する反射率の依存性は少ない。
【0120】
図19に厚さ200nmのAg電極30の反射率スペクトルと加熱処理温度との関係を示す。図9(a)の厚さ100nmの場合と比較すると、厚さを200nmに増加した場合は高い加熱処理温度条件下でも反射率の低減を抑制できることがわかる。厚さが200nmの場合の反射率は、加熱処理温度が600℃になっても80%以上の高い反射率を維持しており、700℃を超えると減少し始めた。
【0121】
つまり、Ag電極30を前述した低いコンタクト抵抗が得られる400℃から600℃の範囲で加熱処理する場合、その厚さが200nm以上であれば反射率の低下を抑制できることができる。
【0122】
前述した図13の加熱処理温度と(111)/(200)積分強度比の比較において、少なくともAg電極30の厚さが200nm以上400nm以下の範囲ではその結果に大差はなく厚さ依存性は少なかった。Ag電極30の厚さが400nmより大きい場合も同様に、(111)/(200)積分強度比のAg電極30の厚さへの依存性は少ないと考えられる。
【0123】
以上の結果から、200nm以上の厚さを有するAg電極30に対して400℃以上600℃以下の範囲で加熱処理を実行すれば、コンタクト抵抗を低下させ、Ag電極30の表面粗さを小さくすることができることがわかる。
【0124】
次に、再び図3B(a)を参照しながら、本実施形態の窒化物系半導体発光素子100の詳細な製造方法を説明する。
【0125】
まず、基板10を用意する。本実施形態では、基板10として、m面GaN基板を用いる。本実施形態のGaN基板は、HVPE(Hydride Vapor Phase Epitaxy)法を用いて得られる。
【0126】
例えば、まずc面サファイア基板上に数mmオーダの厚膜GaNを成長させる。その後、厚膜GaNをc面に垂直方向、m面で切り出すことによりm面GaN基板が得られる。GaN基板の作製方法は、上記に限らず、例えばナトリウムフラックス法などの液相成長やアモノサーマル法などの融液成長方法を用いてバルクGaNのインゴットを作製し、それをm面で切り出す方法でも良い。
【0127】
基板10としては、GaN基板の他、例えば、酸化ガリウム、SiC基板、Si基板、サファイア基板などを用いることができる。基板上にm面から成るGaN系半導体をエピタキシャル成長するためには、SiCやサファイア基板の面方位もm面である方が良い。ただし、r面サファイア基板上にはa面GaNが成長するという事例もあることから、成長条件によっては必ずしも成長用表面がm面であることが必須とならない場合もあり得る。少なくとも半導体積層構造20の表面がm面であれば良い。本実施形態では、基板10の上に、MOCVD(Metal Organic Chemical Vapor Deposition)法により結晶層を順次形成していく。
【0128】
次に、基板10の上に、AluGavInwN層22を形成する。AluGavInwN層22として、例えば、厚さ3μmのAlGaNを形成する。GaNを形成する場合には、基板10の上に、1100℃でTMG(Ga(CH33)、およびNH3を供給することによってGaN層を堆積する。
【0129】
次に、AluGavInwN層22の上に、活性層24を形成する。この例では、活性層24は、厚さ9nmのGa0.9In0.1N井戸層と、厚さ9nmのGaNバリア層が交互に積層された厚さ81nmのGaInN/GaN多重量子井戸(MQW)構造を有している。Ga0.9In0.1N井戸層を形成する際には、Inの取り込みを行うために、成長温度を800℃に下げることが好ましい。
【0130】
次に、活性層24の上に、例えば厚さ30nmのアンドープGaN層を堆積する。次いで、アンドープGaN層の上に、p型AldGaeN層25を形成する。p型AldGaeN層25として、例えば、TMG、NH3、TMA(Al(CH33)、およびp型不純物としてCp2Mg(シクロペンタジエニルマグネシウム)を供給することにより、厚さ70nmのp−Al0.14Ga0.86Nを形成する。
【0131】
次に、p型AldGaeN層25の上部に、例えば厚さ0.5μmのp型コンタクト層26を堆積する。p型コンタクト層26を形成する際には、p型不純物としてCp2Mgを供給する。
【0132】
その後、塩素系ドライエッチングを行うことにより、p型コンタクト層26を含むp型AldGaeN層25および活性層24の一部を除去して凹部42を形成し、AluGavInwN層22のn側電極形成領域を露出させる。次いで、凹部42の底部に位置するn側電極形成領域の上に、n側電極40として、Ti/Al/Pt層を形成する。
【0133】
さらに、p型コンタクト層26の成長面13上に、通常の真空蒸着法(抵抗加熱法、電子ビーム蒸着法など)によって、200nm以上1000nm以下の厚さを有するAg電極30を形成する。真空蒸着は常温で行ってもよいし、それ以外の温度(例えば0度から100度までの任意の温度)で行ってもよい。Ag電極30はスパッタリング法によって形成してもよい。リフトオフ法により、Ag電極30は各チップ領域ごとに設けられる。
【0134】
次に、Ag電極30に対して、400℃以上600℃以下の温度で加熱処理を行う。加熱処理は、例えば窒素雰囲気下において行えばよい。窒素雰囲気以外にも大気中や酸素を含む雰囲気下において行うことができる。熱処理温度は、加熱処理装置内における熱電対や放射温度計などによって測定される。
【0135】
その後、レーザリフトオフ、エッチング、研磨などの方法を用いて、基板10、AluGavInwN層22の一部までを除去してもよい。このとき、基板10のみを除去してもよいし、基板10およびAluGavInwN層22の一部だけを選択的に除去してもよい。もちろん、基板10、AluGavInwN層22を除去せずに残してもよい。以上の工程により、本実施形態の窒化物系半導体発光素子100が形成される。
【0136】
(その他の実施形態)
上述の実施形態に係る発光素子は、そのまま光源として使用されても良い。しかし、実施形態の発光素子は、波長変換のための蛍光物質を備える樹脂などと組み合わせれば、波長帯域の拡大した光源(例えば白色光源)として好適に使用され得る。
【0137】
図20は、このような白色光源の一例を示す模式図である。図20の光源は、図3B(a)に示す構成を有する発光素子100と、この発光素子100から放射された光の波長を、より長い波長に変換する蛍光体(例えばYAG:Yttrium Alumininum Garnet)が分散された樹脂層200とを備えている。発光素子100は、表面に配線パターンが形成された支持部材220上に搭載されており、支持部材220上には発光素子100を取り囲むように反射部材240が配置されている。樹脂層200は、発光素子100を覆うように形成されている。
【0138】
なお、Ag電極30と接触するp型コンタクト層26がGaN、もしくはAlGaNから構成される場合について説明したが、Inを含む層、例えばInGaNであってもよい。この場合、Inの組成を例えば0.2とした「In0.2Ga0.8N」を、Ag電極30と接するコンタクト層に用いることができる。GaNにInを含ませることにより、InaGabN(a+b=1,a≧0,b>0)のバンドギャップをGaNのバンドギャップよりも小さくできる。この効果により、ドーパントであるMgの活性化エネルギーを小さくすることができ、ホール濃度を高くすることができるため、コンタクト抵抗を低減することができる。以上のことから、Ag電極30が接するp型半導体領域(p型コンタクト層26)は、窒化ガリウム(GaN)系半導体AlxGayInzN(x+y+z=1,x≧0,y>0,z≧0)半導体から形成されていればよい。
【0139】
本実施形態において、AluGavInwN層(u+v+w=1, u≧0, v≧0, w≧0)22、AldGaeN層25は、窒化ガリウム系化合物半導体(それぞれ、v>0およびe>0)であってもよい。
【0140】
本実施形態では、図21に示すように、Ag電極30の上に保護層50を形成してもよい。保護層50を設けることにより、Ag電極30への水分による影響や、Ag電極30が酸化、硫化、塩化することを防ぎ、通電時のAgのマイグレーションやリーク電流の発生を防止することができる。保護層50は例えばTiやW、Au、Cu、Ni,Sn、Ptなどの一般的な金属膜から形成されており、その厚さは例えば10nmから1000nmである。また、保護層50は、これらの金属を含む合金膜でもよいし、これらの金属を積層させた構造であってもよい。Ag電極30の加熱処理はこの保護層50を蒸着してから行ってもよい。ただし、これらの保護層50を形成する前にAg電極30への熱処理を行った場合には、保護層とAg電極間の合金化や原子の相互拡散を抑制できるという利点がある。
【0141】
なお、図21では、図3B(a)に示す窒化物系半導体発光素子100のうち、p型コンタクト層25およびAg電極30以外の構成要素の図示を省略している。
【0142】
コンタクト抵抗低減の効果は、当然に、LED以外の発光素子(半導体レーザ)や、発光素子以外のデバイス(例えばトランジスタや受光素子)においても得ることが可能である。
【0143】
なお、実際の成長面は、m面に対して完全に平行な面である必要はなく、m面から所定の角度で傾斜していてもよい。傾斜角度は、窒化物半導体層における実際の成長面の法線とm面(傾斜していない場合のm面)の法線とが形成する角度により規定される。実際の成長面は、m面(傾斜していない場合のm面)から、c軸方向およびa軸方向によって表されるベクトルの方向に向って傾斜することができる。傾斜角度θの絶対値は、c軸方向において5°以下、好ましくは1°以下の範囲であればよい。また、a軸方向において5°以下、好ましくは1°以下の範囲であればよい。すなわち、本発明においては、「m面」は、±5°の範囲内でm面(傾斜していない場合のm面)から所定の方向に傾斜している面を含む。このような傾斜角度の範囲内であれば、窒化物半導体層の成長面は全体的にm面から傾斜しているが、微視的には多数のm面領域が露出していると考えられる。これにより、m面から絶対値で5°以下の角度で傾斜している面は、m面と同様の性質を有すると考えられる。なお、傾斜角度θの絶対値が5°より大きくなると、ピエゾ電界によって内部量子効率が低下する。したがって、傾斜角度θの絶対値を5°以下に設定する。
【0144】
なお、前述の実施形態では、p型AldGaeN層25およびp型コンタクト層26のp型不純物として、Mgがドープされていた。本発明では、Mg意外のp型ドーパントとして、例えばZn、Beなどがドープされてもよい。
【0145】
前述の実施形態の窒化物系半導体素子100は、例えば、紫外から青色、緑色、オレンジ色および白色などの可視域全般の波長域における発光ダイオードやレーザダイオード等である。
【産業上の利用可能性】
【0146】
本発明は、例えば、電飾や照明などの利用に適している。また、表示、光情報処理分野等への応用も期待されている。
【符号の説明】
【0147】
10 基板(GaN系基板)
12 基板の成長面(m面)
13 p型コンタクト層の成長面(m面)
14 Ag電極の成長面
20 半導体積層構造
22 AlaInbGacN層
24 活性層
25 p型AldGaeN層
26 p型コンタクト層
30 Ag電極
40 n側電極
42 凹部
50、51 保護層
100 窒化物系半導体発光素子
200 樹脂層
220 支持部材
240 反射部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成長面がm面であるp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造を形成する工程(a)と、
前記p型半導体領域の成長面に接するAg電極を形成する工程(b)と、
を含む窒化物半導体発光素子の製造方法であって、
前記工程(b)は、
200nm以上1000nm以下の厚さを有する前記Ag電極を形成する工程(b1)と、
前記Ag電極を400℃以上600℃以下に加熱する工程(b2)と、を包含する窒化物半導体発光素子の製造方法。
【請求項2】
前記工程(b2)では、前記Ag電極を500℃以上600℃以下に加熱する請求項1記載の窒化物系半導体発光素子の製造方法。
【請求項3】
前記工程(b1)では、前記Ag電極の厚さを200nm以上500nm以下とする請求項1または2に記載の窒化物系半導体発光素子の製造方法。
【請求項4】
前記p型半導体領域は、4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下のMgを含むコンタクト層を備え、
前記コンタクト層は、26nm以上60nm以下の厚さを有するAlxGayInzN(x+y+z=1、x≧0、y>0、z≧0)半導体から形成されている請求項1から3のいずれかに記載の窒化物系半導体発光素子の製造方法。
【請求項5】
前記工程(b)の後に、前記Ag電極の上に保護膜を形成する工程(c)をさらに備える請求項1から4のいずれかに記載の窒化物系半導体発光素子の製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の製造方法により製造された窒化系半導体発光素子。
【請求項7】
成長面がm面のp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造と、
前記p型半導体領域の成長面に接して設けられたAg電極と、
を備えた窒化物半導体発光素子であって、
前記Ag電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有し、
前記Ag電極の成長面において(111)面と(002)面のX線強度の積分強度比が20以上100以下である窒化物系半導体発光素子。
【請求項8】
成長面がm面のp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造と、
前記p型半導体領域の成長面に接して設けられたAg電極と、
を備えた窒化物半導体発光素子であって、
前記Ag電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有し、
前記Ag電極の成長面において(111)面と(002)面のX線強度のピーク強度比が30以上150以下である窒化物系半導体発光素子。
【請求項9】
前記Ag電極の厚さが200nm以上500nm以下である請求項7または8に記載の窒化物系半導体発光素子。
【請求項10】
前記p型半導体領域は、4×1019cm-3以上2×1020cm-3以下のMgを含むコンタクト層を備え、
前記コンタクト層は、26nm以上60nm以下の厚さを有するAlxGayInzN(x+y+z=1、x≧0、y>0、z≧0)半導体から形成されている、請求項7から9のいずれかに記載の窒化物系半導体発光素子。
【請求項11】
前記コンタクト層は、4×1019cm-3以上1×1020cm-3以下のMgを含む、30nm以上45nm以下の厚さを有する、請求項10記載の窒化物系半導体発光素子。
【請求項12】
前記Ag電極の上に設けられた保護膜をさらに備える、請求項7から11のいずれかに記載の窒化物系半導体発光素子。
【請求項13】
窒化物系半導体発光素子と、
前記窒化物系半導体発光素子から放射された光の波長を変換する蛍光物質を含む波長変換部と、
を備える光源であって、
前記窒化物系半導体発光素子は、
成長面がm面のp型半導体領域を有する窒化物系半導体積層構造と、
前記p型半導体領域の成長面に接して設けられたAg電極と、
を備え、
前記Ag電極は、200nm以上1000nm以下の厚さを有し、
前記Ag電極の成長面において(111)面と(002)面のX線強度の積分強度比が20以上100以下である光源。

【図1】
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【図2】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2012−227494(P2012−227494A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−96467(P2011−96467)
【出願日】平成23年4月22日(2011.4.22)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】