説明

車両の制駆動力制御装置

【課題】 制駆動力を制御することにより、ピッチ挙動やを抑制するとともに上下方向振動を適切に抑制する車両の制駆動力制御装置を提供すること。
【解決手段】 電子制御ユニット30は、車両Ve(より具体的には車体Bo)に発生したピッチ挙動を抑制するピッチ制御の実行中において、上下加速度センサ33から信号を入力し、車体Boの上下加速度Azを検知する。そして、ユニット30は、ピッチ制御に伴って各輪11〜14に発生させる駆動力Fの分力として推定されて車体Boに入力される上下力Fzと検知した上下加速度Azのそれぞれの作用方向が同一方向(振動増幅方向)であるときには各輪11〜14に発生させる駆動力Fを低減または「0」に制御する。一方、作用方向が互いに異なる方向(振動減衰方向)であるときには、駆動力Fを、上下力Fzと上下加速度Azとを用いて決定されるゲインKを乗算して補正する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の前輪で発生させる駆動力または制動力と後輪で発生させる駆動力または制動力を個別に制御して、ピッチ挙動を抑制する車両の制駆動力制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気自動車の一形態として、車輪のホイール内部もしくはその近傍に電動機(モータ)を配置し、この電動機により車輪を直接駆動する、所謂、インホイールモータ方式の車両が開発されている。このインホイールモータ方式の車両においては、各車輪(駆動輪)ごとに設けた電動機を個別に回転制御する、すなわち、各電動機を個別に力行制御または回生制御することにより、各駆動輪に付与する駆動トルクまたは制動トルクを個別に制御して、車両の駆動力および制動力を走行状態に応じて適宜制御することができる。
【0003】
そして、このように各駆動輪に付与する駆動トルクまたは制動トルクを個別に制御できることを利用して、ピッチングなどの挙動変化を抑制する制御装置が提案されている。例えば、下記特許文献1には、路面の段差等を通過するときに発生するピッチ挙動に伴う車両の上下方向の振動(ピッチレート)を抑制するために、各駆動輪に異なる制駆動力を付与して、車両の重心回りに生じるピッチモーメントを低減する車両の制駆動力制御装置が示されている。
【0004】
また、下記特許文献2には、ピッチングやバウンシングなどの車両挙動の変動を抑制するために、前後輪においてそれぞれ独立して発生させる駆動力もしくは制動力の前後の駆動力配分比を求め、この駆動力配分比に基づいて前後輪で駆動力もしくは制動力を発生させることにより、車両のピッチングやバウンシングを抑制する車両の制御装置が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−118898号公報
【特許文献2】特開2009−273275号公報
【発明の概要】
【0006】
ところで、上記従来の制御装置においては、駆動輪の駆動力や制動力を制御することにより、サスペンション機構にて発生するサスペンション反力を利用してピッチ挙動を抑制する。この場合、ピッチ挙動におけるピッチ角やピッチ角速度の変動を抑制することは可能であるが、制御自由度が不足しているためにバネ上(例えば、車体)の上下方向の運動も同時に変化する。すなわち、駆動力や制動力によって発生するサスペンション反力は、サスペンション機構のサスペンションジオメトリによって決まるといわれている。一方、上記従来の制御装置のようなピッチ挙動を抑制する制御においては、制御自由度として駆動力および制動力の2自由度であるのに対して、車両の運動状態変化はピッチ運動、上下方向運動および前後方向運動の3つとなる。したがって、制御自由度が2自由度である場合には、上記3つの運動状態変化のうちの1つは制御できないことになる。この場合、一般に、ピッチ挙動を抑制する制御においては、車両の前後方向運動を生じさせないように、例えば、加減速度を「0」に保つため、結果として、バネ上(車体)の上下方向運動(すなわち上下方向の振動)を抑制することができなくなり、乗り心地が損なわれる。
【0007】
本発明は、上記した問題に対処するためになされたものであり、その目的は、駆動輪の制駆動力を制御することにより、サスペンション機構にて発生するサスペンション反力を利用して車両のピッチ挙動を抑制するとともに、上下方向運動を適切に抑制する車両の制駆動力制御装置を提供することにある。
【0008】
上記目的を達成するために、本発明の特徴は、少なくとも前輪と後輪とをそれぞれ独立して車体に連結するサスペンション機構と、少なくとも前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して駆動力または制動力を発生させる駆動力発生機構と、前記車体のピッチ挙動を抑制するために前記駆動力発生機構を制御して前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立した駆動力または制動力を発生させる制御手段とを備えた車両の制動力制御装置において、前記制御手段が、前記車体のピッチ挙動を抑制するために前記前輪および前記後輪がそれぞれ独立して発生した駆動力または制動力に起因して前記サスペンション機構を介して前記前輪および前記後輪と連結された前記車体に発生する車両上下方向の運動状態量を推定する運動状態量推定手段と、前記車体に発生した車両上下方向の実運動状態量を検出する実運動状態量検出手段と、前記運動状態量推定手段によって推定された前記車両上下方向の運動状態量と、前記実運動状態量検出手段によって検出された実運動状態量とを用いて、前記駆動力発生機構によって前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させる駆動力または制動力を補正する補正手段とを備えたことにある。
【0009】
この場合、前記制御手段が、さらに、前記運動状態量推定手段によって推定された前記車両上下方向の運動状態量によって表される前記車体の運動方向と、前記実運動状態量検出手段によって検出された前記車両上下方向の実運動状態量によって表される前記車体の実運動方向とが同一方向であるか否かを判定する運動方向判定手段を備え、前記補正手段が、前記運動方向判定手段によって前記車体の運動方向と前記車体の実運動方向とが同一方向であると判定されたときに、前記駆動力発生機構によって前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させる駆動力または制動力を低減させ、前記運動方向判定手段によって前記車体の運動方向と前記車体の実運動方向とが異なる方向であると判定されたときに、前記運動状態量推定手段によって推定された前記車両上下方向の運動状態量と前記実運動状態量検出手段によって検出された前記車両上下方向の実運動状態量とを用いて所定のゲインを決定し、前記駆動力発生機構によって前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させる駆動力または制動力を前記決定した所定のゲインを用いて補正するとよい。
【0010】
そして、この場合、前記運動状態量推定手段は、例えば、前記車体のピッチ挙動を抑制するために前記前輪および前記後輪がそれぞれ独立して発生した駆動力または制動力の分力として前記車体に入力される車両上下方向の力の大きさと作用方向とを推定するものであり、前記実運動状態量検出手段は、少なくとも、例えば、前記車体に発生した車両上下方向の加速度の大きさと作用方向とを検出するものであるとよい。この場合、前記所定のゲインは、例えば、前記運動状態量推定手段によって推定された前記車体に入力される車両上下方向の力の大きさと、前記実運動状態量検出手段によって検出された前記車体に発生した車両上下方向の加速度に対して前記車体の質量を乗算して計算される前記車体の振動に伴って発生する力の大きさとの比であるとよい。
【0011】
さらに、これらの場合、前記制御手段は、例えば、前記車体のピッチ挙動を抑制するために、前記駆動力発生機構を制御して、絶対値が同一でありかつ作用方向が逆方向となる駆動力または制動力を前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させるとよい。
【0012】
これらによれば、前輪と後輪とに絶対値が同一かつ作用方向が逆方向となる駆動力または制動力をそれぞれ独立して発生させて車体に発生したピッチ挙動を抑制する状況において、車体に発生する運動状態量(例えば、上下方向の力)を推定することができるとともに車体の実運動状態量(例えば、上下方向の加速度)を検出することができる。そして、推定した車体の運動状態量と検出した車体の実運動状態量とを用いて、より具体的には、車体の運動状態量によって表される運動方向と車体の実運動状態量によって表される運動方向とが同一方向であるか否かを判定し、同一方向であるときには前輪および後輪に発生させる駆動力または制動力を低減させ、逆方向であるときには前輪および後輪に発生させる駆動力または制動力を所定のゲインを用いて補正することができる。ここで、所定のゲインは、推定された車体の運動状態量と検出された車体の実運動状態量とを用いて決定することができ、より具体的には、ピッチ制御に伴って車体に入力される上下方向の力の大きさと、振動に伴って車体に発生する力の大きさとの比として決定することができる。
【0013】
これにより、ピッチ挙動を抑制する制御を実行中に、例えば、車体に上下方向の振動が発生している状況において、車体に上下方向の力が入力される場合であっても、振動方向と上下方向の力の作用方向とが同一方向であるときには、前輪および後輪に発生させる駆動力または制動力を低減する(または「0」とする)ことによって、車体に入力される上下方向の力を小さくすることができる。この結果、車体に発生している振動が増幅されることを効果的に防止することができ、ピッチ挙動を抑制しながら乗り心地を良好に確保することができる。一方、振動方向と上下方向の力の作用方向とが逆方向であるときには、前輪および後輪に発生させる駆動力または制動力を所定のゲインを用いて補正することにより、車体に入力される上下方向の力によって車体に発生している振動を減衰させることができる。この結果、車体に発生している振動を効果的にかつ速やかに低減(減衰)させることができ、ピッチ挙動を抑制しながら乗り心地を良好に確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の車両の制駆動力制御装置を適用可能な車両の構成を概略的に示す概略図である。
【図2】図1の車両に対してピッチ制御を実行した際に発生する力を説明するための図である。
【図3】図1の電子制御ユニットによって実行される上下振動力制プログラムのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態を、図面を用いて詳細に説明する。図1は、本実施形態に係る車両の制駆動制御装置が搭載される車両Veの構成を概略的に示している。
【0016】
車両Veは、左右前輪11,12および左右後輪13,14を備えている。そして、左右前輪11,12は、互いにまたはそれぞれ独立してサスペンション機構15,16を介して車両Veの車体Boに支持されている。また、左右後輪13,14は、互いにまたはそれぞれ独立してサスペンション機構17,18を介して車両Veの車体Boに支持されている。
【0017】
ここで、サスペンション機構15〜18は、本発明に直接関係しないため、その詳細な説明を省略するが、例えば、ショックアブソーバを内蔵したストラット、コイルスプリングおよびサスペンションアームなどから構成されるストラット型サスペンションや、コイルスプリング、ショックアブソーバおよび上下のサスペンションアームなどから構成されるウィッシュボーン型サスペンションなどの公知のサスペンションを採用することができる。
【0018】
左右前輪11,12のホイール内部には電動機19,20が、また、左右後輪13,14のホイール内部には電動機21,22がそれぞれ組み込まれていて、それぞれ左右前輪11,12および左右後輪13,14に動力伝達可能に連結されている。すなわち、電動機19〜22は、所謂、インホイールモータ19〜22であり、左右前輪11,12および左右後輪13,14とともに車両Veのバネ下に配置されている。そして、各インホイールモータ19〜22の回転をそれぞれ独立して制御することにより、左右前輪11,12および左右後輪13,14に発生させる駆動力および制動力をそれぞれ独立して制御することができるようになっている。
【0019】
これらの各インホイールモータ19〜22は、例えば、交流同期モータにより構成されていて、インバータ23を介して、バッテリやキャパシタなどの蓄電装置24の直流電力が交流電力に変換され、その交流電力が各インホイールモータ19〜22に供給されることにより各インホイールモータ19〜22が駆動(すなわち力行)されて、左右前輪11,12および左右後輪13,14に駆動トルクが付与される。また、各インホイールモータ19〜22は、左右前輪11,12および左右後輪13,14の回転エネルギーを利用して回生制御することも可能である。すなわち、各インホイールモータ19〜22の回生・発電時には、左右前輪11,12および左右後輪13,14の回転(運動)エネルギーが各インホイールモータ19〜22によって電気エネルギーに変換され、その際に生じる電力がインバータ23を介して蓄電装置24に蓄電される。このとき、左右前輪11,12および左右後輪13,14には、回生・発電力に基づく制動トルクが付与される。
【0020】
また、各輪11〜14と、これらに対応する各インホイールモータ19〜22との間には、それぞれ、ブレーキ機構25,26,27,28が設けられている。各ブレーキ機構25〜28は、例えば、ディスクブレーキやドラムブレーキなどの公知の制動装置である。そして、これらのブレーキ機構25〜28は、例えば、図示を省略するマスタシリンダから圧送される油圧により、各輪11〜14に制動力を生じさせるブレーキキャリパのピストンやブレーキシュー(ともに図示省略)などを動作させるブレーキアクチュエータ29に接続されている。
【0021】
上記インバータ23およびブレーキアクチュエータ29は、各インホイールモータ19〜22の回転状態、および、ブレーキ機構25〜28の動作状態などを制御する電子制御ユニット30にそれぞれ接続されている。したがって、各インホイールモータ19〜22、インバータ23、蓄電装置24、ブレーキ機構25〜28およびブレーキアクチュエータ29は本発明の駆動力発生機構を構成し、電子制御ユニット30は本発明の制御手段を構成する。
【0022】
電子制御ユニット30は、CPU、ROM、RAMなどからなるマイクロコンピュータを主要構成部品とするものであり、後述するプログラムを含む各種プログラムを実行するものである。このため、電子制御ユニット30には、アクセルペダルの踏み込み量(あるいは、角度や圧力など)から運転者のアクセル操作量を検出するアクセルセンサ31、ブレーキペダルの踏み込み量(あるいは、角度や圧力など)から運転者のブレーキ操作量を検出するブレーキセンサ32、車体Boの上下方向における上下加速度を検出する実運動状態検出手段としての上下加速度センサ33を含む各種センサからの各信号およびインバータ23からの信号が入力されるようになっている。
【0023】
このように、電子制御ユニット30に対して上記各センサ31〜33およびインバータ23が接続されて各信号が入力されることにより、電子制御ユニット30は車両Veの走行状態および車体Boの挙動を把握して制御することができる。
【0024】
具体的には、電子制御ユニット30は、アクセルセンサ31およびブレーキセンサ32から入力される信号に基づいて、運転者のアクセル操作量およびブレーキ操作量に応じた要求駆動力および要求制動力、すなわち、車両Veを走行または制動させるための総駆動力を演算することができる。また、電子制御ユニット30は、インバータ23から入力される信号(例えば、各インホイールモータ19〜22の力行制御時に供給される電力量や電流値を表す信号)に基づいて、各インホイールモータ19〜22の出力トルク(モータトルク)をそれぞれ演算することができる。
【0025】
これにより、電子制御ユニット30は、インバータ23を介して各インホイールモータ19〜22の回転をそれぞれ制御する信号やブレーキアクチュエータ29を介して各ブレーキ機構25〜28の動作をそれぞれ制御する信号を出力することができる。したがって、電子制御ユニット30は、アクセルセンサ31およびブレーキセンサ32から入力される信号に基づいて車両Veに要求される総駆動力を求め、その総駆動力を発生させるように各インホイールモータ19〜22の力行・回生状態、および、ブレーキアクチュエータ29すなわち各ブレーキ機構25〜28の動作をそれぞれ制御する信号を出力することにより、車両Veの走行状態を制御することができる。
【0026】
また、電子制御ユニット30は、上下加速度センサ33から入力される信号に基づいて、車体Boに発生したピッチ挙動を検出することができる。そして、電子制御ユニット30は、検出されたピッチ挙動の状態に応じて、ピッチ挙動を抑制するために、車両Veに要求される総駆動力内で左右前輪11,12側で発生させる駆動力(または制動力)と左右後輪13,14側で発生させる駆動力(または制動力)とを変更する。ここで、左右前輪11,12側で発生させる駆動力(または制動力)と左右後輪13,14側で発生させる駆動力(または制動力)とをそれぞれ変更してピッチ挙動を抑制する制御(以下、ピッチ制御という)自体は、本発明に直接関係せず、また、ピッチ制御はいかなる公知の制御内容をも採用することができるため、その詳細な説明を省略するが、以下に簡単に説明しておく。
【0027】
本実施形態におけるピッチ制御は、ピッチ挙動を抑制するために、車体Boにピッチモーメントを発生させるピッチ制御を採用する。この場合、車両Veの前後方向運動に影響を与えない、言い換えれば、車両Veに加減速度を生じさせないように、左右前輪11,12側と左右後輪13,14側とで発生させる駆動力(または制動力)が互いに逆方向であり、かつ、その絶対値が同一である場合を想定する。これにより、左右前輪11,12側と左右後輪13,14側とで発生させる駆動力(または制動力)が互いに相殺し合うため、車両Veを走行させるために必要な総駆動力が低減することを防止することができる。
【0028】
具体的に、本実施形態におけるピッチ制御は、図2に概略的に示すように、車両VeのホイールベースLに対して車両Veの前後方向における車両Veの重心Cgと、左右前輪11,12の車軸との間の距離をLf、ホイールベースLに対して車両Veの重心Cgと左右後輪13,14の車軸との間の距離をLr、左右前輪11,12のサスペンション機構15,16の瞬間回転角をθf(推定値)、左右後輪13,14のサスペンション機構17,18の瞬間回転角をθr(推定値)とし、左右前輪11,12側と左右後輪13,14側とで絶対値が同一かつ互いに逆向きの駆動力Fを発生させて車両Veの重心Cgに所定のピッチモーメントMpichを発生させる。なお、図2においては、例示的に、左右後輪13,14側が発生する駆動力F(正の値)に対して左右前輪11,12側が制動力に相当する駆動力F(負の値)を発生する状況を示しているが、左右前輪11,12側が発生する駆動力F(正の値)に対して左右後輪13,14側が制動力に相当する駆動力F(負の値)を発生させる状況が存在することはいうまでもない。
【0029】
このように、左右前輪11,12および左右後輪13,14に互いに逆向きの駆動力Fを発生させた場合、左右前輪11,12側から車体Boに入力される駆動力Fの上下方向の分力はサスペンション機構15,16の瞬間回転角をθfを用いてF×tanθfで表され、左右後輪13,14側から車体Boに入力される駆動力Fの上下方向の分力はサスペンション機構17,18の瞬間回転角をθrを用いてF×tanθrで表される。これにより、車両Veの重心Cgに発生するピッチモーメントMpichは、距離Lf,Lrを用いた下記式1により計算することができる。
Mpich=F×(Lr×tanθr−Lf×tanθf) …式1
したがって、電子制御ユニット30は、各輪11〜14にて発生させる駆動力Fを制御することにより、言い換えれば、インバータ23を介して、インホイールモータ19〜22を駆動制御することにより、所定のピッチモーメントMpichを発生させてピッチ挙動を抑制することができる。なお、この場合、電子制御ユニット30は、インバータ23を介してインホイールモータ19〜22を駆動制御することに代えてまたは加えて、ブレーキアクチュエータ29を介してブレーキ機構25〜28を制動制御することによっても、各輪11〜14に制動力に相当する駆動力F(負の値)を発生させることができる。
【0030】
ところで、上述したピッチ制御を実行した場合には、左右前輪11,12および左右後輪13,14から車体Boに駆動力Fの分力としてF×tanθfとF×tanθrとが入力される。このため、ピッチ制御を実行した場合には、下記式2に示すように、左右前輪11,12および左右後輪13,14から車体Boに入力されるF×tanθfとF×tanθrとの合力として車両Veの重心Cgに上下力Fzが入力される。
Fz=F×(tanθf+tanθr) …式2
なお、電子制御ユニット30が前記式2に従って上下力Fzを計算することは、本発明の運動状態推定手段に相当する。
【0031】
ここで、各輪11〜14と車体Boとは、図2に示すように、サスペンション機構15〜18を介して連結されているため、車体Boに上下方向の振動が発生している状況下で、上下力Fzが入力すると車体Boの上下方向の振動、言い換えれば、上下加速度が増幅して乗り心地が悪化する可能性がある。このため、電子制御ユニット30は、図3に示す上下振動抑制制御プログラムを実行して、上下加速度の増幅を抑制する。以下、このプログラムを詳細に説明する。
【0032】
電子制御ユニット30(より詳しくは、CPU)は、上下振動抑制制御プログラムをステップS10にて開始し、続くステップS11にて、現在、ピッチ制御中であるか否かを判定する。すなわち、電子制御ユニット30は、現在、上述したピッチ制御を実行していなければ、ピッチ制御を実行するまでステップS11にて「No」と判定し続ける。そして、電子制御ユニット30は、ピッチ制御を実行していれば、「Yes」と判定してステップS12に進む。
【0033】
ステップS12においては、電子制御ユニット30は、上下加速度センサ33から信号を入力し、この入力した信号によって表される車体Boに発生している上下加速度Azを検知(検出)する。そして、電子制御ユニット30は、上下加速度Azを検知すると、ステップS13に進む。
【0034】
ステップS13においては、電子制御ユニット30は、上述したピッチ制御時に前記式3に従って計算されて車体Boに入力する上下力Fzの符号(すなわち、作用方向であり車体Boの運動方向)と前記ステップS12にて検知した上下加速度Azの符号(すなわち、作用方向であり車体Boの運動方向)とが同一符号(すなわち、作用方向が同一)であるか否かを判定する。具体的に説明すると、電子制御ユニット30は、例えば、計算して推定した上下力Fzと検知した上下加速度Azとを乗算して得られた値の符号が正であれば、上下力Fzの符号と上下加速度Azの符号が同一符号であるため「Yes」と判定してステップS14に進む。一方、計算した上下力Fzと検知した上下加速度Azとを乗算して得られた値の符号が負であれば、上下力Fzの符号と上下加速度Azの符号が異符号であるため、電子制御ユニット30は「No」と判定してステップS15に進む。
【0035】
ステップS14においては、電子制御ユニット30は、現在、ピッチ制御に伴って入力された上下力Fzの作用方向と車体Boにおける上下加速度Azの作用方向とが同一方向、言い換えれば、車体Boに入力された上下力Fzが車体Boに発生している上下方向の振動を増幅するように作用しているため、ピッチ制御に伴って入力される上下力Fz(具体的には、ピッチ制御ゲイン)を低減させて補正する。すなわち、車体Boに入力される上下力Fzは、上述したように、ピッチ制御に伴い、左右前輪11,12と左右後輪13,14に対して互いに逆向きでかつ同一の大きさの駆動力Fを発生させることにより、車両Veの上下方向に発生するF×tanθfとF×tanθrの合力である。したがって、電子制御ユニット30は、車体Boに入力する上下力Fzを低減する(または「0」とする)ために、各輪11〜14の発生させる駆動力Fを低減して(または「0」にして)補正する。
【0036】
このため、電子制御ユニット30は、インバータ23を介して、各インホイールモータ19〜22の回転を制御して、左右前輪11,12および左右後輪13,14に発生させる駆動力Fの大きさを低減または「0」とする。これにより、車体Boに入力する上下力Fzの大きさを低減(または「0」)することができ、上下力Fzが車体Boに発生している上下加速度Azすなわち車体Boに発生している上下方向の振動を増幅することを防止することができる。
【0037】
一方、ステップS15においては、電子制御ユニット30は、現在、ピッチ制御に伴って入力された上下力Fzの作用方向と車体Boにおける上下加速度Azの作用方向とが異符号、言い換えれば、車体Boに入力された上下力Fzが車体Boに発生している上下方向の振動を相殺するように作用している。このため、電子制御ユニット30は、ピッチ制御に伴って入力される上下力Fzによって効果的に上下方向の振動(すなわち上下加速度Az)を減衰させるために、前記計算して推定した上下力Fzおよび検知した上下加速度Azを用いた下記式3に従って、所定のゲインKを決定する。
K=(m×Az)/Fz …式3
ただし、前記式4中におけるmはバネ上である車体Boの質量を表す。このため、前記式3の右辺の分子(m×Az)は車体Boに振動に伴って発生する力を表すものであり、したがって、ゲインKは駆動力Fを発生させることによって車体Boに入力される上下力Fzと車体Boに振動に伴って発生する力の比を表すものとなる。
【0038】
そして、電子制御ユニット30は、前記式4に従って決定したゲインKをピッチ制御によって発生させる駆動力Fに乗算し、駆動力F(すなわち、上下力Fz)を補正する。これにより、車体Boに発生した振動を減衰させるために適切な大きさの上下力Fzを車体Boに入力することができ、その結果、車体Boに発生した振動を速やかに抑えることができる。したがって、ピッチ制御に伴って車体Boに発生する上下方向の振動の発生を効果的にかつ速やかに抑制することができて、乗員の乗り心地を良好に確保することができる。
【0039】
そして、電子制御ユニット30は、前記ステップS14または前記ステップS15のステップ処理後、ステップS16に進み、上下振動抑制制御プログラムの実行を一旦終了する。そして、所定に短い時間の経過後、電子制御ユニット30は、ふたたび、ステップS10にて同プログラムの実行を開始する。
【0040】
以上の説明からも理解できるように、上記実施形態によれば、電子制御ユニット30は、インバータ23(またはブレーキアクチュエータ29)を介してインホイールモータ19〜22(またはブレーキ機構25〜28)を制御して、左右前輪11,12と左右後輪13,14とに絶対値が同一かつ作用方向が逆方向となる駆動力F(または制動力F)をそれぞれ独立して発生させてピッチモーメントMpichを発生させ、車体Boに生じたピッチ挙動を抑制することができる。そして、このピッチ制御において、電子制御ユニット30は、車体Boに入力される運動状態量としての上下力Fzを推定することができるとともに、上下加速度センサ33から車体Boの実運動状態量としての上下加速度Azを検出することができる。これにより、電子制御ユニット30は、推定した上下力Fzの作用方向(車体Boの運動方向)と上下加速度Azの作用方向(車体Boの実運動方向)とが同一方向であるか否かを判定し、同一方向であるときには左右前輪11,12および左右後輪13,14に発生させる駆動力F(または制動力F)を低減させ、逆方向であるときには左右前輪11,12および左右後輪13,14に発生させる駆動力F(または制動力)を所定のゲインKを用いて補正することができる。
【0041】
これにより、ピッチ制御の実行中に、車体Boに上下方向の振動が発生している状況において、車体Boに対して上下力Fzが入力される場合であっても、上下加速度Azの作用方向(すなわち車体Boの振動方向)と上下力Fzの作用方向とが同一方向であるときには、左右前輪11,12および左右後輪13,14に発生させる駆動力F(または制動力F)を低減する(または「0」とする)ことによって、車体Boに入力される上下力Fzを小さくすることができる。この結果、車体Boに発生している振動が増幅されることを効果的に防止することができ、ピッチ挙動を抑制しながら乗り心地を良好に確保することができる。一方、上下加速度Azの作用方向(すなわち車体Boの振動方向)と上下力Fzの作用方向とが逆方向であるときには、左右前輪11,12および左右後輪13,14に発生させる駆動力F(または制動力F)を所定のゲインKを用いて補正することにより、車体Boに入力される上下力Fzによって車体Boに発生している振動を減衰させることができる。この結果、車体Boに発生している振動を効果的にかつ速やかに低減(減衰)させることができ、ピッチ挙動を抑制しながら乗り心地を良好に確保することができる。
【0042】
本発明の実施にあたっては、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の目的を逸脱しない限りにおいて種々の変更が可能である。
【0043】
例えば、上記実施形態においては、実運動状態量検出手段として車体Boに発生する上下加速度を検出する上下加速度センサ33を設けて実施した。この場合、上下加速度センサ33に代えて、または、加えて、例えば、車体Boに発生する車両上下方向の変位量(ストローク量)を検出するストロークセンサや車体Boに発生する車両上下方向の速度を検出する速度センサを設けて実施することも可能である。これらのストロークセンサや速度センサを設けた場合であっても、これらの各センサによって検出されたストローク量や速度から車両上下方向の上下加速度を算出することが可能であるため、この算出された上下加速度を用いることにより、前記式3に従って所定のゲインKを決定することができる。したがって、この場合であっても、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【0044】
また、上記実施形態においては、電子制御ユニット30が駆動力Fの分力として瞬間回転角をθfおよび瞬間回転角をθrを用いてF×tanθfとF×tanθrを求め、これら分力の合力として上下力Fzを算出すなわち運動状態量として上下力Fzを推定するように実施した。この場合、運動状態量として上下力Fzを算出(推定)することに代えて、または、加えて、運動状態量としてピッチ制御に伴って各輪11〜14に発生させる駆動力Fに伴って車体Boに発生する上下加速度を算出(推定)するように実施することも可能である。具体的には、車体Boの質量mが既知であれば、例えば、前記式2に従って算出された上下力Fzを質量mで除することにより上下加速度を推定することができる。そして、この場合には、前記式3に基づいて、例えば、推定された運動状態量である駆動力Fに起因して車体Boに発生する上下加速度と、実運動状態量である上下加速度センサ33によって検出された上下加速度Azとの比を所定のゲインKとして決定することにより、上記実施形態と同様の効果が得られる。
【符号の説明】
【0045】
11,12…前輪、13,14…後輪、15,16,17,18…サスペンション機構、19,20,21,22…電動機(インホイールモータ)、23…インバータ、24…蓄電装置、25,26,27,28…ブレーキ機構、29…ブレーキアクチュエータ、30…電子制御ユニット、31…アクセルセンサ、32…ブレーキセンサ、33…上下加速度センサ、Ve…車両、Bo…車体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも前輪と後輪とをそれぞれ独立して車体に連結するサスペンション機構と、少なくとも前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して駆動力または制動力を発生させる駆動力発生機構と、前記車体のピッチ挙動を抑制するために前記駆動力発生機構を制御して前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立した駆動力または制動力を発生させる制御手段とを備えた車両の制動力制御装置において、
前記制御手段が、
前記車体のピッチ挙動を抑制するために前記前輪および前記後輪がそれぞれ独立して発生した駆動力または制動力に起因して前記サスペンション機構を介して前記前輪および前記後輪と連結された前記車体に発生する車両上下方向の運動状態量を推定する運動状態量推定手段と、
前記車体に発生した車両上下方向の実運動状態量を検出する実運動状態量検出手段と、
前記運動状態量推定手段によって推定された前記車両上下方向の運動状態量と、前記実運動状態量検出手段によって検出された実運動状態量とを用いて、前記駆動力発生機構によって前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させる駆動力または制動力を補正する補正手段とを備えたことを特徴とする車両の制駆動力制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載した車両の制駆動力制御装置において、さらに、
前記運動状態量推定手段によって推定された前記車両上下方向の運動状態量によって表される前記車体の運動方向と、前記実運動状態量検出手段によって検出された前記車両上下方向の実運動状態量によって表される前記車体の実運動方向とが同一方向であるか否かを判定する運動方向判定手段を備え、
前記補正手段が、
前記運動方向判定手段によって前記車体の運動方向と前記車体の実運動方向とが同一方向であると判定されたときに、前記駆動力発生機構によって前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させる駆動力または制動力を低減させ、
前記運動方向判定手段によって前記車体の運動方向と前記車体の実運動方向とが異なる方向であると判定されたときに、前記運動状態量推定手段によって推定された前記車両上下方向の運動状態量と前記実運動状態量検出手段によって検出された前記車両上下方向の実運動状態量とを用いて所定のゲインを決定し、前記駆動力発生機構によって前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させる駆動力または制動力を前記決定した所定のゲインを用いて補正することを特徴とする車両の制駆動力制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載した車両の制駆動力制御装置において、
前記運動状態量推定手段は、
前記車体のピッチ挙動を抑制するために前記前輪および前記後輪がそれぞれ独立して発生した駆動力または制動力の分力として前記車体に入力される車両上下方向の力の大きさと作用方向とを推定するものであり、
前記実運動状態量検出手段は、少なくとも、
前記車体に発生した車両上下方向の加速度の大きさと作用方向とを検出することを特徴とする車両の制駆動力制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載した車両の制駆動力制御装置において、
前記所定のゲインは、
前記運動状態量推定手段によって推定された前記車体に入力される車両上下方向の力の大きさと、前記実運動状態量検出手段によって検出された前記車体に発生した車両上下方向の加速度に対して前記車体の質量を乗算して計算される前記車体の振動に伴って発生する力の大きさとの比であることを特徴とする車両の制駆動力制御装置。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のうちのいずれか一つに記載した車両の制駆動力制御装置において、
前記制御手段は、
前記車体のピッチ挙動を抑制するために、前記駆動力発生機構を制御して、絶対値が同一でありかつ作用方向が逆方向となる駆動力または制動力を前記前輪と前記後輪とにそれぞれ独立して発生させることを特徴とする車両の制駆動力制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2012−30760(P2012−30760A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−174206(P2010−174206)
【出願日】平成22年8月3日(2010.8.3)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】