車両制御装置
【課題】路面の摩擦係数μやタイヤの入替え、摩耗等に拘らずヨーモーメントの制御が適切に行われるようにして旋回走行性能を向上させる。
【解決手段】ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれリアルタイムに算出し、そのコーナリングパワーKf、Krを用いて車両のスタビリティファクターKHを算出するため、低μ路走行等の低グリップ状態かハイグリップタイヤ装着等の高グリップ状態かが反映され、低グリップ状態の場合には大きな値になる一方、高グリップ状態の場合には小さな値になる。そして、そのスタビリティファクターKHを含む項を減算して目標ヨー角速度γref が算出されることにより、路面μやタイヤの摩耗等の車両状態に応じて目標ヨー角速度γref が適切に設定され、そのような車両状態の相違に拘らずヨーモーメントが適切に制御されて旋回走行性能が向上する。
【解決手段】ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれリアルタイムに算出し、そのコーナリングパワーKf、Krを用いて車両のスタビリティファクターKHを算出するため、低μ路走行等の低グリップ状態かハイグリップタイヤ装着等の高グリップ状態かが反映され、低グリップ状態の場合には大きな値になる一方、高グリップ状態の場合には小さな値になる。そして、そのスタビリティファクターKHを含む項を減算して目標ヨー角速度γref が算出されることにより、路面μやタイヤの摩耗等の車両状態に応じて目標ヨー角速度γref が適切に設定され、そのような車両状態の相違に拘らずヨーモーメントが適切に制御されて旋回走行性能が向上する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は車両制御装置に係り、特に、路面の摩擦係数μやタイヤの入替え、摩耗等に拘らずヨーモーメントの制御が適切に行われるようにして車両の旋回走行性能を向上させる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両の旋回走行時に実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置が知られている(特許文献1参照)。目標ヨー角速度γref は、例えばステアリングの操舵角(ハンドル角)δや車速V、車両固有のスタビリティファクターなどから求められ、左右輪の駆動力配分比を制御したり各車輪の駆動力、制動力を個別に制御したりしてヨーモーメントを制御するようになっている。
【特許文献1】特開平5−193387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記スタビリティファクターは、一般に標準タイヤや標準的な路面の摩擦係数μ等に基づいて車両毎に予め一定値が定められるため、路面状態の変化やタイヤの入替え、摩耗等に拘らず同じ目標ヨー角速度γref が設定され、必ずしも十分に満足できる旋回走行性能が得られない場合があった。例えば、アンダーステア気味の時には目標ヨー角速度γref を実際のヨー角速度γよりも大きく設定することで、標準的な路面状態であれば旋回性(曲がり易さ)が高くなって適切な旋回走行性能が得られるようになるが、雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などで車輪のグリップ力が低下してアンダーステア気味になった場合に、同様に高い目標ヨー角速度γref が設定されてヨーモーメントが大きくなると、グリップ力が低いために旋回中の走行性能が却って損なわれる可能性がある。また、グリップ力が高いタイヤに入れ替えた場合、優れた旋回性が得られるようになるが、標準タイヤを基準として定められた目標ヨー角速度γref が実際のヨー角速度よりも小さくなると、旋回を妨げるヨーモーメントが発生して、タイヤの性能が十分に生かされない可能性がある。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、路面の摩擦係数μやタイヤの入替え、摩耗等の車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に拘らずヨーモーメントの制御が適切に行われるようにして旋回走行性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態を判定し、その車両状態に応じて前記目標ヨー角度γref を設定することを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明の車両制御装置において、前記ヨー角速度γの特性が減少し且つ前記車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を低下させることを特徴とする。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明の車両制御装置において、前記ヨー角速度γの特性が増加し且つ前記車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を大きくすることを特徴とする。
【0008】
第4発明は、第1発明〜第3発明の何れかの車両制御装置において、前記ヨー角速度γおよび前記車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少した場合には、前後輪の何れか一方のみのコーナリングパワーが低下した状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref に基づく前記ヨーモーメントの制御を禁止することを特徴とする。
【0009】
第5発明は、実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf〔N/rad〕、Kr〔N/rad〕をそれぞれ次式(5) 、(6) に従って算出するとともに、そのコーナリングパワーKf、Krから次式(7) に従って車両のスタビリティファクターKH〔s2 /m2 〕を求め、そのスタビリティファクターKHを用いて次式(8) に従って前記目標ヨー角速度γref 〔rad/s〕を決定することを特徴とする。
【0010】
【数2】
但し、m:車両質量〔kg〕、V:車速〔m/s〕、β:車体横すべり角〔rad〕、γ:ヨー角速度〔rad/s〕、I:車両のヨー慣性モーメント〔kgm2 〕、Lf:前軸〜重心間距離〔m〕、Lr:後軸〜重心間距離〔m〕、L:ホイールベース(=Lf+Lr)〔m〕、M:ヨーモーメント制御量〔Nm〕、δ:前輪操舵角〔rad〕、gy:横加速度〔m/s2 〕
【発明の効果】
【0011】
このような車両制御装置においては、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態、すなわち低μ路走行やタイヤ摩耗時等の低グリップ状態か否か、ハイグリップタイヤを装着している高グリップ状態か否か等を判定し、その車両状態に応じて目標ヨー角度γref を設定するため、路面状態の変化やタイヤの入替え、摩耗等に応じて目標ヨー角速度γref を適切に設定することが可能で、そのような車両状態における旋回走行性能を向上させることができる。例えば、アンダーステア気味の時には目標ヨー角速度γref が大きくされ、標準的な路面状態であれば旋回性が高くなって適切な旋回走行性能が得られるようになるが、雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下してアンダーステア気味になった場合には、標準的な路面状態でアンダー気味になった場合に比較して目標ヨー角速度γref の増大を抑制することにより、グリップ力に応じた適切なヨーモーメントを発生させて旋回走行性能を向上させることができる。また、旋回性が強い場合には、その旋回性を低くするために目標ヨー角速度γref が小さくされるが、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合、標準タイヤ等の標準グリップ状態に比較して目標ヨー角速度γref の低下を抑制することにより、タイヤの性能を生かした優れた旋回性を確保することができる。
【0012】
第2発明では、ヨー角速度γの特性が減少し且つ車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態、すなわち雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態と判定し、標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を低下させるため、グリップ力に応じた適切なヨーモーメントが発生させられるようになって旋回走行性能が向上する。
【0013】
第3発明では、ヨー角速度γの特性が増加し且つ車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態、すなわちハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態と判定し、標準タイヤ等の標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を大きくするため、タイヤの性能を生かした優れた旋回性が得られるようになって旋回走行性能が向上する。
【0014】
第4発明では、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少した場合には、前後輪の何れか一方のみのコーナリングパワーが低下した状態、すなわちコーナリングパワーが低下した側のタイヤはテンポラリータイヤ等で十分なグリップ力が得られない状態と判定し、目標ヨー角速度γref に基づくヨーモーメントの制御を禁止するため、誤ったヨーモーメントの制御が行われて旋回走行性能が却って損なわれることが防止される。
【0015】
第5発明は、車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う実際のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出し、そのコーナリングパワーKf、Krから車両のスタビリティファクターKHを求めるため、そのスタビリティファクターKHには、低μ路走行やタイヤ摩耗時等の低グリップ状態か否か、ハイグリップタイヤを装着している高グリップ状態か否か等の車両状態が反映される。そして、そのスタビリティファクターKHを用いて目標ヨー角速度γref が決定されることにより、タイヤのグリップ状態を反映した適切なヨーモーメントの制御が行われるようになり、第1発明〜第3発明と同様の作用効果が得られる。
【0016】
なお、第5発明においてヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出する技術手段は、第1発明〜第3発明においてヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態を判定することと実質的に同じで、第5発明は第1発明〜第3発明の一実施態様と見做すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、左右輪の駆動力配分比を制御したり舵角を制御したり左右各車輪の駆動力、制動力を個別に制御したりしてヨーモーメントを制御することができる二輪駆動車両、四輪駆動車両等の種々の車両に適用され得る。具体的には、例えば
(a) 前後輪の一方もしくは双方の左右輪を独立で制動或いは駆動できるインホイールモータやVSC(Vehicle Stability Control )等を有する車両。
(b) 前後輪の一方もしくは双方の左右輪間でトルクを移動できる左右トルク移動ディファレンシャル装置、或いは左右輪の駆動力配分比を制御できる左右駆動力配分装置等を有する車両。
(c) 前後輪の一方もしくは双方の舵角を運転者のハンドル操作によらず独立して制御可能なVGRS(Variable Gear Ratio Steering; ギヤ比可変ステアリング)やアクティブリヤステア等を有する車両。
に好適に適用される。
【0018】
ヨー角速度γや車体横すべり角βは車速Vに依存して変化するが、ヨー角速度γの特性とは車速Vに依存して変化する変化特性のことで、車体横すべり角βの特性とは車速Vに依存して変化する変化特性のことである。そして、これ等のヨー角速度γや車体横すべり角βの特性は、車輪のグリップ力によって変化する前後輪のコーナリングパワーの変化に依存して変化し、雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態の場合には、標準グリップ状態の場合に比較して前後輪のコーナリングパワーが何れも低下し、ヨー角速度γの特性が減少(低下)するとともに車体横すべり角βの特性が増加することから、これ等の特性の変化に基づいて低グリップ状態か否かを判断できる。また、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合には、標準グリップ状態の場合に比較して前後輪のコーナリングパワーが何れも増大し、ヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少(低下)することから、これ等の特性の変化に基づいて高グリップ状態か否かを判断できる。
【0019】
一方、前輪にテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態の場合に比較して前輪のみコーナリングパワーが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少(低下)する一方、後輪にテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態の場合に比較して後輪のみコーナリングパワーが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加することから、これ等の特性の変化に基づいてテンポラリータイヤ装着か否かを判断できる。このようなテンポラリータイヤ装着時には適切なヨーモーメント制御が期待できないため、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βがそれぞれ予め定められた閾値(判定値)を超えて増加または減少した場合には、テンポラリータイヤ装着時と判断してヨーモーメント制御を禁止することが望ましい。
【0020】
第2発明では、ヨー角速度γの特性が減少し且つ車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態すなわち低グリップ状態と判定し、標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を低下させるが、この目標ヨー角速度γref の低下量は、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化量をパラメータとしてその変化量に応じて変化するものでも良いが、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ低下させるものでも良い。ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出し、そのコーナリングパワーKf、Krの低下量をパラメータとしてそれ等のコーナリングパワーKf、Krの低下量が大きい程目標ヨー角速度γref の低下量を大きしたり、コーナリングパワーKf、Krの各低下量がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ低下させるものでも良いなど、種々の態様が可能である。
【0021】
第3発明では、ヨー角速度γの特性が増加し且つ車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態すなわち高グリップ状態と判定し、標準タイヤ等の標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を大きくするが、この目標ヨー角速度γref の増大量は、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化量をパラメータとしてその変化量に応じて変化するものでも良いが、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ増大させるものでも良い。ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出し、そのコーナリングパワーKf、Krの増大量をパラメータとしてそれ等のコーナリングパワーKf、Krの増大量が大きい程目標ヨー角速度γref の増大量を大きしたり、コーナリングパワーKf、Krの各増大量がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ増大させるものでも良いなど、種々の態様が可能である。
【0022】
上記のようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性変化に基づく目標ヨー角度γref の低下または増加は、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化や、それ等の特性の変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化を常時監視し、それ等の変化に基づいてリアルタイムに実施することが望ましい。例えば、第5発明のように前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出して目標ヨー角速度γref を決定する場合、旋回走行中にそれ等のコーナリングパワーKf、Krを所定のサイクルタイムでリアルタイムに算出するとともに、それ等のコーナリングパワーKf、Krに基づいて目標ヨー角速度γref を逐次求めるようにすれば良い。但し、前輪の操舵角が所定値以上の一連の旋回走行毎に、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性、或いはそれ等の特性の変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krの値に基づいて、低グリップ状態か高グリップ状態か或いは標準グリップ状態か等の車両状態を判定し、一連の旋回走行毎に目標ヨー角速度γref の補正量を決定するようにしても良いし、一定の時間間隔で車両状態を判定して目標ヨー角速度γref の補正量を更新するようにしても良いなど、種々の態様が可能である。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が適用された車両用駆動装置10を説明する構成図で、前置エンジン前輪駆動(FF)を基本とする四輪駆動車両用のものである。図1において、主動力源であるエンジン12で発生させられた出力は、トルクコンバータ13、変速機14、前輪用差動歯車装置16、および左右の前輪車軸18L、18Rを経て左前輪20L、右前輪20Rへ伝達される一方、前輪用差動歯車装置16で分岐して駆動力伝達軸であるプロペラシャフト22、前後駆動力配分装置24、シャフト25、後輪用差動歯車装置26、および左右の後輪車軸28L、28Rを経て左後輪30L、右後輪30Rへ伝達される。前輪用差動歯車装置16および後輪用差動歯車装置26は、何れも傘歯車式の差動歯車装置である。また、前後駆動力配分装置24は、動力伝達の遮断を含めて伝達トルク容量を連続的に変化させることができる電磁式の多板式摩擦クラッチ等で、プロペラシャフト22に直列に配設されており、駆動力配分用電子制御装置50によって伝達トルク容量が制御されることにより、全駆動力に対する後輪30L、30R側の駆動力配分比が所定の値となるように調整される。
【0024】
前記左側の後輪車軸28Lの周囲にはアシスト用の電動モータ32および駆動力不等配分機構34が配設されており、それ等の電動モータ32、駆動力不等配分機構34、および前記後輪用差動歯車装置26を含んで駆動力配分装置36が構成されている。電動モータ32は、正逆両方向へ回転駆動することが可能で、そのロータは、後輪用差動歯車装置26のデフケース26iに一体的に固設された中空シャフト52に一方向クラッチ54を介して接続されている。一方向クラッチ54は、前進走行時に後輪用差動歯車装置26のデフケース26iが電動モータ32の回転速度以上で回転することを許容しつつ、その電動モータ32の回転速度より低下することを阻止するように構成されている。
【0025】
上記電動モータ32は、前記駆動力配分用電子制御装置50によって車両の前進方向の発進時に正方向へ回転駆動されるようになっており、一方向クラッチ54および後輪用差動歯車装置26を介して左右の後輪30L、30Rにアシストトルクが加えられる。図2および図3は、何れも後輪用差動歯車装置26の3つの回転要素、すなわち第1入力部材であるデフケース26i、および出力部材である左右のサイドギヤの各々の回転速度を直線で結ぶことができる共線図で、左端の「L」は左サイドギヤ更には左後輪30Lを表しており、右端の「R」は右サイドギヤ更には右後輪30Rを表しており、中央の「I」はデフケース26iすなわち第1入力部材を表している。そして、LとIとの間隔はRとIとの間隔と同じで、第1入力部材Iすなわちデフケース26iに入力されたトルクは左後輪30Lおよび右後輪30Rに均等に配分される。
【0026】
図2の(a) は、車両の前進方向の発進時に電動モータ32によって左右の後輪30Lおよび30Rにアシストトルクが付与されている場合で、一方向クラッチ54を介してデフケース26iに入力された電動モータ32のモータトルクTmは、左右の後輪30Lおよび30Rに対して均等に配分され、Tm/2の大きさのアシストトルクが加えられる。この状態が、電動モータ32のトルクTmを左右の後輪30L、30Rに均等に配分する均等配分状態である。なお、後輪用差動歯車装置26には、前後駆動力配分装置24を経てエンジン12から所定の前後駆動力配分比で後輪側配分トルクTinが入力されるようになっており、その後輪側配分トルクTinも左右の後輪LおよびRに均等に配分される。したがって、この場合の左後輪30L、右後輪30RのトルクTL、TRは、何れも(Tin+Tm)/2となる。
【0027】
また、所定の走行状態に達した段階で電動モータ32の作動を停止させれば、一方向クラッチ54が遊転することにより電動モータ32が後輪用差動歯車装置26から自動的に切り離され、左右の後輪30Lおよび30Rはそれぞれ後輪側配分トルクTinのみで回転駆動されるようになる。図2の(b) は、このように電動モータ32によるトルクアシストが終了した状態で、この時の左後輪30L、右後輪30RのトルクTL、TRは、何れもTin/2となる。
【0028】
図1に戻って、前記駆動力不等配分機構34は、第1サンギヤS1、第1キャリアC1、および第1リングギヤR1を有するシングルピニオン型の第1遊星歯車装置38と、第2サンギヤS2、第2キャリアC2、および第2リングギヤR2を有するシングルピニオン型の第2遊星歯車装置40とを備えている。これ等の第1遊星歯車装置38および第2遊星歯車装置40は、ギヤ比ρ(サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)が等しい同じ大きさのもので、リングギヤR1、R2は共通のリングギヤRにて構成されている。このようにリングギヤR1、R2が共通のリングギヤRにて構成されることにより、第1遊星歯車装置38および第2遊星歯車装置40は、互いに相対回転可能な5つの回転要素、すなわち第1サンギヤS1、第1キャリアC1、リングギヤR、第2キャリアC2、第2サンギヤS2を有して構成される。そして、第1サンギヤS1は左側の後輪車軸28Lに一体的に接続され、第1キャリアC1はケース42に一体的に固定されて回転不能とされ、リングギヤRは回転自在で、第2キャリアC2はクラッチCLを介して電動モータ32のロータに選択的に接続され、第2サンギヤS2は前記中空シャフト52に一体的に接続されている。第2キャリアC2は、駆動力不等配分機構34の入力部材で第2入力部材に相当する。
【0029】
図2および図3は、上記5つの回転要素の各々の回転速度を一対の遊星歯車装置38、40毎に直線で結ぶことができる共線図を、前記後輪用差動歯車装置26の共線図に併合して示したもので、左端から第1サンギヤS1、第1キャリアC1、リングギヤR、第2キャリアC2、第2サンギヤS2の順番に位置し、左の後輪車軸28Lに接続された第1サンギヤS1は左後輪30Lを表す「L」と一致して一体的に回転させられるとともに、中空シャフト52に接続された第2サンギヤS2はデフケース26iを表す「I」と一致して一体的に回転させられる。また、これ等の間隔は遊星歯車装置38、40のギヤ比ρに応じて定まり、本実施例では両遊星歯車装置38、40のギヤ比ρが等しいため、リングギヤRとキャリアC1、C2との間隔が互いに等しいとともに、サンギヤS1とキャリアC1との間隔、およびサンギヤS2とキャリアC2との間隔も互いに等しい一方、リングギヤRとキャリアC1、C2との間隔と、サンギヤS1、S2とキャリアC1、C2との間隔の比がρ:1になる。
【0030】
クラッチCLは、例えば電磁クラッチにて構成され、前記駆動力配分用電子制御装置50によって係合、解放制御されることにより、電動モータ32と第2キャリアC2とを接続、遮断する。そして、図2の(b) に示すようにアシスト制御が終了した前進走行時にクラッチCLが係合させられるとともに、電動モータ32が正方向へ回転駆動されると、図3の(a) に示すように第2キャリアC2に正方向(図の上方)のモータトルクTmが作用し、右後輪30RのトルクTR=Tin/2+ρTm/(2(1+ρ))となり、左後輪30LのトルクTL=Tin/2−ρTm/(2(1+ρ))となる。すなわち、右後輪30Rでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ増大する一方、左後輪30Lでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ減少するのであり、それ等のトルク差(TR−TL)=ρTm/(1+ρ)に応じて右後輪30R側が増速される。この状態が、電動モータ32のトルクTmに基づいて右後輪30R側を増速する第1不等配分状態である。
【0031】
また、クラッチCLが係合させられるとともに、電動モータ32が逆方向へ回転駆動されると、図3の(b) に示すように第2キャリアC2に逆方向(図の下方)のモータトルクTmが作用し、左後輪30LのトルクTL=Tin/2+ρTm/(2(1+ρ))となり、右後輪30RのトルクTR=Tin/2−ρTm/(2(1+ρ))となる。すなわち、左後輪30Lでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ増大する一方、右後輪30Rでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ減少するのであり、それ等のトルク差(TL−TR)=ρTm/(1+ρ)に応じて左後輪30L側が増速される。この状態が、電動モータ32のトルクTmに基づいて左後輪30L側を増速する第2不等配分状態である。
【0032】
すなわち、前進走行時にクラッチCLを接続するとともに電動モータ32を正方向或いは逆方向へ所定のモータトルクTmで回転駆動することにより、左右の後輪30Lおよび30Rの駆動力を不等配分することが可能なのであり、VSC制御やコーナリング制御などにおいて、右後輪30Rを増速する第1不等配分状態としたり、左後輪30Lを増速する第2不等配分状態としたりすることにより、車両の走行安定性やコーナリング性能などを向上させることができる。駆動力配分装置36は、前後輪の駆動力配分比および左右輪の駆動力配分比を共に制御することが可能で、それ等の駆動力配分比を制御することによって車両のヨーモーメントを制御することができる。
【0033】
なお、図3の(a) 、(b) のように左右の後輪30Lおよび30Rに回転速度差がある場合に、クラッチCLを接続して電動モータ32に逆回転方向、すなわち図3の(a) では逆方向(下方向)、図3の(b) では正方向(上方向)のトルクを加えて不等配分状態とすることもできる。電動モータ32が、回生制御可能なモータジェネレータの場合には、その電動モータ32を回生制御して制動トルクを作用させることにより、第2キャリアC2の回転を制限して不等配分状態とすることもできる。
【0034】
前記駆動力配分用電子制御装置50は、CPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、前後駆動力配分装置24および駆動力配分装置36を制御し、前後輪の駆動力配分比や左右輪の駆動力配分比を制御するもので、図4に示すようにそれ等の制御に必要な各種の信号が供給されるようになっている。すなわち、出力要求量に応じて運転者により操作されるアクセルの操作量(アクセル開度)Accを検出するアクセル操作量センサ60、車速Vに対応する自動変速機14の出力軸回転速度NOUT を検出する車速センサ62、各車輪20L、20R、30L、30Rの速度(車輪速)をそれぞれ検出する車輪速センサ64、実際の横加速度gyを検出する横加速度センサ66、実際のヨー角速度γを検出するヨー角速度センサ68、実際のヨー角加速度を検出するヨー角加速度センサ70、ステアリングの操舵角(ハンドル角)δを検出する操舵角センサ72、車体横すべり角速度を検出する車体横すべり角速度センサ74、車体横すべり角βを検出する車体横すべり角センサ76などが設けられており、それらのセンサからアクセル操作量Acc、車速V(出力軸回転速度NOUT )、車輪速、横加速度gy、ヨー角速度γ、ヨー角加速度、操舵角δ、車体横すべり角速度、車体横すべり角βなどを表す信号が、それぞれ駆動力配分用電子制御装置50に供給されるようになっている。上記各センサは何れも検出手段として機能するもので演算機能などを備えていても良く、例えばヨー角加速度センサ70は、ヨー角速度センサ68によって検出されるヨー角速度γを微分してヨー角加速度を求めるものでも良い。車体横すべり角速度センサ74は、横加速度センサ66、ヨー角速度センサ68、車速センサ62によって検出される横加速度gy、ヨー角速度γ、車速Vから予め定められた演算式に従って車体横すべり角速度を算出するものでも良い。車体横すべり角センサ76は、車体横すべり角速度センサ74によって検出或いは算出された車体横すべり角速度を積分して車体横すべり角βを求めるものでも良い。
【0035】
そして、上記駆動力配分用電子制御装置50は、車両の旋回走行中における左右の後輪30L、30Rの駆動力配分比制御を主として行われるヨーモーメント制御に関して、図5の機能ブロック線図に示すように、機能的にコーナリングパワー算出手段80、スタビリティファクター算出手段82、目標ヨー角速度算出手段84、ヨーモーメント制御手段86、およびヨーモーメント制御可否判定手段88を備えており、所定の演算式に従って目標ヨー角速度γref を算出してヨーモーメントを制御する。以下の演算式で用いられる各記号の意味および単位は、それぞれ下記の通りである。また、図6は、右側の前輪20Rおよび後輪30Rを例として、これ等の記号の一部を視覚的に示したモデル図である。
m:車両質量〔kg〕
V:車速〔m/s〕
β:車体横すべり角〔rad〕
βf:前輪横すべり角〔rad〕
βr:後輪横すべり角〔rad〕
γ:ヨー角速度〔rad/s〕
Yf:前輪コーナリングフォース〔N〕
Yr:後輪コーナリングフォース〔N〕
I:車両のヨー慣性モーメント〔kgm2 〕
Lf:前軸〜重心間距離〔m〕
Lr:後軸〜重心間距離〔m〕
L:ホイールベース(=Lf+Lr)〔m〕
M:ヨーモーメント制御量〔Nm〕
δ:前輪操舵角〔rad〕
KH:スタビリティファクター〔s2 /m2 〕
γref :目標ヨー角速度〔rad/s〕
gy:横加速度〔m/s2 〕
【0036】
上記コーナリングパワー算出手段80は、車両の前輪のコーナリングパワーKf〔N/rad〕、および後輪のコーナリングパワーKr〔N/rad〕を、それぞれ次式(5) 、(6) に従って車両の旋回走行中に所定のサイクルタイムでリアルタイムに算出する。すなわち、旋回走行中の車両については、次式(1) 〜(4) が成り立つため、これ等の(1) 式〜(4) 式からYf、Yr、βf、βrを消去することにより、式(5) および式(6) が得られる。
【数3】
【0037】
ここで、上記(5) 式および(6) 式に従って求められるコーナリングパワーKf、Krは、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βをパラメータとして求められるようになっており、車輪20L、20R、30L、30Rのグリップ状態の相違に伴うヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化が反映される。すなわち、これ等のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性(車速Vに対する変化特性)は、車輪20L、20R、30L、30Rのグリップ力によって変化する前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化に依存して変化し、雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態の場合に、標準グリップ状態に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下すると、ヨー角速度γの特性が減少(低下)するとともに車体横すべり角βの特性が増加する。言い換えれば、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下するのであり、このようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化、或いは前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化から、車両状態が雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態であると判断できる。
【0038】
具体的に説明すると、図7は、標準タイヤ装着時に予め定められた標準的な摩擦係数μの路面の旋回走行時における各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を示す図で、(b) および(c) に示すヨー角速度γおよび車体横すべり角βのグラフは、(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式から車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。図8は、雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態を想定し、図7の標準グリップ時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ低下させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。これ等の図7および図8の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、前後輪のコーナリングパワーKf、Krを何れも低下させた図8では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加することが分かる。
【0039】
また、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合に、標準グリップ状態に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大すると、ヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少(低下)する。言い換えれば、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するのであり、このようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化、或いは前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化から、車両状態がハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態であると判断できる。
【0040】
図9は、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態を想定し、図7の標準グリップ時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ増大させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。そして、図7および図9の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、前後輪のコーナリングパワーKf、Krを何れも増大させた図9では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少することが分かる。
【0041】
一方、前輪20L、20Rにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して前輪のコーナリングパワーKfのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少(低下)する。また、後輪30L、30Rにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して後輪のコーナリングパワーKrのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加する。言い換えれば、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少し、または増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの何れか一方のみが低下するのであり、このようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化、或いは前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化から、前後輪の何れか一方にテンポラリータイヤを装着した車両状態であると判断できる。
【0042】
図10は、前輪20L、20Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合を想定し、図7の標準グリップ時に比較して前輪のコーナリングパワーKfを低下させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。そして、図7および図10の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、前輪のコーナリングパワーKfを低下させた図10では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少することが分かる。
【0043】
また、図11は、後輪30L、30Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合を想定し、図7の標準グリップ時に比較して後輪のコーナリングパワーKrを低下させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。そして、図7および図11の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、後輪のコーナリングパワーKrを低下させた図11では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加することが分かる。
【0044】
図5に戻って、前記スタビリティファクター算出手段82は、前記コーナリングパワーKf、Krを用いて次式(7) に従ってスタビリティファクターKHを算出し、目標ヨー角速度算出手段84は、そのスタビリティファクターKHを用いて次式(8) に従って目標ヨー角速度γref を算出する。そして、ヨーモーメント制御手段86は、実際のヨー角速度γがその目標ヨー角速度γref に追従するように、それ等の偏差に応じて目標ヨーモーメントすなわち左右輪の駆動力分配比を求め、その駆動力配分比に応じて前記駆動力配分装置36をフィードバック制御する。
【数4】
【0045】
上記(7) 式では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの積が分母にあるため、標準グリップ状態の時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下する低μ路走行等の低グリップ状態の場合には、分母が小さくなってスタビリティファクターKHの値が大きくなるとともに、(8) 式ではそのスタビリティファクターKHを含む項KH・gy・Vが減算されることから、目標ヨー角速度γref が低減される。これにより、低μ路走行等の低グリップ時に、無理に旋回させるように目標ヨー角速度γref を増大させることが抑制され、旋回時の走行安定性が向上するなど旋回走行性能が向上する。また、標準グリップ状態の時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合には、(7) 式の分母が大きくなってスタビリティファクターKHの値が小さくなるとともに、そのスタビリティファクターKHを含む項KH・gy・Vが減算されることによって求められる目標ヨー角速度γref は大きくなる。これにより、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ時に、その高グリップによる旋回性能を阻害するように目標ヨー角速度γref を低減することが抑制され、ハイグリップタイヤの性能を生かした優れた旋回性が得られるようになって旋回走行性能が向上する。
【0046】
一方、ヨーモーメント制御可否判定手段88は、前記目標ヨー角速度算出手段84によって算出された目標ヨー角速度γref により適正なヨーモーメントの制御が可能か否かを判断するたのもので、具体的には、前後輪の一方にテンポラリータイヤを装着した場合には、十分なグリップ性能が得られないため、上記目標ヨー角速度γref によっては適切なヨーモーメント制御が期待できず、そのような場合にはヨーモーメントの制御を禁止する。すなわち、前輪20L、20Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して前輪のコーナリングパワーKfのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少する一方、後輪30L、30Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して後輪のコーナリングパワーKrのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加するため、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの何れか一方のみが標準グリップ時に比較して所定の判定値を超えて低下した場合には、前後輪の何れか一方にテンポラリータイヤを装着した車両状態であると判断して、目標ヨー角速度算出手段84によって算出された目標ヨー角速度γref によるヨーモーメントの制御を禁止するのである。
【0047】
図12は、本実施例のヨーモーメント制御を場合分けしてまとめたもので、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化と、前後輪のコーナリングパワーKf、Krによって推定される車両状態と、その車両状態に応じたヨーモーメント制御との関係を示した図である。この図12において、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加するケース1では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下する低μ路走行等の低グリップ状態と判断でき、低グリップ時に無理に旋回させることを防止するために、前記(8) 式に従って求められる目標ヨー角速度γref は標準グリップ時に比較して低減される。標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少するケース2では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態と判断でき、高グリップによる旋回性能を阻害することを防止するために、前記(8) 式に従って求められる目標ヨー角速度γref は標準グリップ時に比較して大きくされる。また、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少するケース3では、前輪のコーナリングパワーKfのみが低下する前輪20Lまたは20Rがテンポラリータイヤと判断でき、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加するケース4では、後輪のコーナリングパワーKrのみが低下する後輪30Lまたは30Rがテンポラリータイヤと判断でき、何れの場合も適切なヨーモーメント制御が期待できないためヨーモーメント制御が禁止される。
【0048】
このように、本実施例の車両制御装置においては、車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う実際のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ前記(5) 式、(6) 式に従ってリアルタイムに算出し、そのコーナリングパワーKf、Krを用いて(7) 式に従って車両のスタビリティファクターKHを算出するため、そのスタビリティファクターKHには、低μ路走行やタイヤ摩耗時等の低グリップ状態か否か、ハイグリップタイヤを装着している高グリップ状態か否か等の車両状態が反映され、低グリップ状態の場合には標準グリップ状態の時に比較してスタビリティファクターKHが大きくなる一方、高グリップ状態の場合には標準グリップ状態の時に比較してスタビリティファクターKHが小さくなる。そして、(8) 式に従ってそのスタビリティファクターKHを含む項KH・gy・Vを減算して目標ヨー角速度γref が算出されることにより、路面μの変化やタイヤの入替え、摩耗等の車両状態に応じて目標ヨー角速度γref が適切に設定され、実際のヨー角速度γがその目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントが制御されることにより、そのような車両状態の相違に拘らずヨーモーメントが適切に制御されて旋回走行性能が向上する。
【0049】
具体的には、例えばアンダーステア気味の時には目標ヨー角速度γref が大きくされ、標準的な路面状態であれば旋回性が高くなって適切な旋回走行性能が得られるようになるが、雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下してアンダーステア気味になった場合には、標準的な路面状態でアンダー気味になった場合に比較して目標ヨー角速度γref の増大を抑制することにより、グリップ力に応じた適切なヨーモーメントを発生させて旋回走行性能を向上させる。すなわち、低グリップ時には、標準グリップ状態の時に比較して、ヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加することにより、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下し、スタビリティファクターKHが大きくなるため、それに伴って目標ヨー角速度γref が小さくされ、無理に旋回させるように目標ヨー角速度γref を増大させることが抑制されて、旋回時の走行安定性が向上させられる。
【0050】
また、旋回性が強い場合には、その旋回性を低くするために目標ヨー角速度γref が小さくされるが、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合、標準タイヤ等の標準グリップ状態に比較して目標ヨー角速度γref の低下を抑制することにより、タイヤの性能を生かした優れた旋回性が確保される。すなわち、高グリップ時には、標準グリップ状態の時に比較して、ヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少することにより、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大し、スタビリティファクターKHが小さくなるため、それに伴って目標ヨー角速度γref が大きくされ、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ時に、その高グリップによる旋回性能を阻害するように目標ヨー角速度γref を低減することが抑制され、ハイグリップタイヤの性能を生かした優れた旋回性が得られるようになる。
【0051】
また、本実施例では、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少することにより、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの何れか一方のみが低下した場合には、そのコーナリングパワーが低下した側のタイヤがテンポラリータイヤで十分なグリップ力が得られない状態と判定し、目標ヨー角速度γref に基づくヨーモーメントの制御を禁止するため、テンポラリータイヤの装着時に誤ったヨーモーメントの制御が行われて旋回走行性能が却って損なわれることが防止される。
【0052】
なお、上記実施例では車輪のグリップ力に関する車両状態に応じて変化するヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krを(5) 式および(6) 式に従って算出し、(7) 式でスタビリティファクターKHを算出するとともに(8) 式で目標ヨー角速度γref を算出しているが、前記図12の場合分けに従ってヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化から車両状態を判定し、目標ヨー角速度γref を補正するようにしても良い。すなわち図13に示すように、目標ヨー角速度演算手段90により、例えば標準タイヤを装着した標準の摩擦係数μの路面走行を前提として車両毎に一定値が定められたスタビリティファクターKHを用いて従来と同様に目標ヨー角速度γref を演算する一方、車両状態判定手段96により、実際のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が標準グリップ状態の時に比較して変化したか否かを判断するとともに、変化した場合には、判定基準記憶手段98に予め記憶された図12の場合分けの判定基準を用いて、それ等のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化の態様(各特性の増減)に応じて車両状態を判定する。ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性が標準グリップ状態の時に比較して変化したか否かは、例えば標準グリップ状態におけるヨー角速度γ、車体横すべり角βをそれぞれ車速Vおよび操舵角δをパラメータとして予め判定基準記憶手段98等に記憶しておき、現在の車速Vおよび操舵角δから標準グリップ時のヨー角速度γおよび車体横すべり角βを求めて、実際の値と比較すれば良い。
【0053】
そして、上記車両状態に応じて図12の「処置」の欄に示すように目標ヨー角速度γref を変化させるように、目標ヨー角速度補正手段92に補正指令を出力する。すなわち、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加したケース1では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下する低μ路走行等の低グリップ状態と判定し、前記目標ヨー角速度演算手段90によって求められた目標ヨー角速度γref を低減する。また、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少したケース2では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態と判定し、前記目標ヨー角速度演算手段90によって求められた目標ヨー角速度γref を増加させる。また、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少するケース3では、前輪のコーナリングパワーKfのみが低下する前輪20Lまたは20Rがテンポラリータイヤと判定する一方、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加するケース4では、後輪のコーナリングパワーKrのみが低下する後輪30Lまたは30Rがテンポラリータイヤと判定し、何れの場合も適切なヨーモーメント制御が期待できないためヨーモーメント制御が禁止されるように、前記目標ヨー角速度演算手段90によって求められた目標ヨー角速度γref =0とする。
【0054】
そして、ヨーモーメント制御手段94は、前記ヨーモーメント制御手段86と同様に、目標ヨー角速度補正手段92により必要に応じて補正された後の目標ヨー角速度γref に追従して実際のヨー角速度γが変化するように、それ等の偏差に応じて目標ヨーモーメントすなわち左右輪の駆動力分配比を求め、その駆動力配分比に応じて前記駆動力配分装置36をフィードバック制御する。この場合にも、実質的に前記実施例と同様の作用効果が得られる。
【0055】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の車両制御装置を備えている車両用駆動装置を説明する概略構成図である。
【図2】図1の車両用駆動装置が備えている駆動力配分装置の作用を説明する共線図で、(a) は発進アシスト時の状態、(b) はアシスト終了時の状態である。
【図3】図2と同じ共線図で、(a) は右車軸のトルクを増加した状態、(b) は左車軸のトルクを増加した状態である。
【図4】図1の車両用駆動装置が駆動力配分制御に関して備えている制御系統を説明するブロック線図である。
【図5】図4の駆動力配分用電子制御装置がヨーモーメント制御に関して備えている機能を説明するブロック線図である。
【図6】図5のコーナリングパワー算出手段、スタビリティファクター算出手段、および目標ヨー角速度算出手段によって最終的に目標ヨー角速度を算出する際の演算式の各記号を説明するためのモデル図である。
【図7】標準グリップ状態における各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図8】前後輪のコーナリングパワー低下時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図9】前後輪のコーナリングパワー増大時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図10】前輪のコーナリングパワー低下時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図11】後輪のコーナリングパワー低下時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図12】グリップ力が異なる車両状態に応じて目標ヨー角速度が設定されることを説明する図で、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化と、前後輪のコーナリングパワーKf、Krによって推定される車両状態と、その車両状態に応じて設定される目標ヨー角速度との関係を示す図である。
【図13】本発明の他の実施例を説明する機能ブロック線図である。
【符号の説明】
【0057】
36:駆動力配分装置 50:駆動力配分用電子制御装置 68:ヨー角速度センサ 76:車体横すべり角センサ 80:コーナリングパワー算出手段 82:スタビリティファクター算出手段 84:目標ヨー角速度算出手段 86、94:ヨーモーメント制御手段 88:ヨーモーメント制御可否判定手段 90:目標ヨー角速度演算手段 92:目標ヨー角速度補正手段 96:車両状態判定手段 γ:ヨー角速度 γref :目標ヨー角速度 β:車体横すべり角
【技術分野】
【0001】
本発明は車両制御装置に係り、特に、路面の摩擦係数μやタイヤの入替え、摩耗等に拘らずヨーモーメントの制御が適切に行われるようにして車両の旋回走行性能を向上させる技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
車両の旋回走行時に実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置が知られている(特許文献1参照)。目標ヨー角速度γref は、例えばステアリングの操舵角(ハンドル角)δや車速V、車両固有のスタビリティファクターなどから求められ、左右輪の駆動力配分比を制御したり各車輪の駆動力、制動力を個別に制御したりしてヨーモーメントを制御するようになっている。
【特許文献1】特開平5−193387号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記スタビリティファクターは、一般に標準タイヤや標準的な路面の摩擦係数μ等に基づいて車両毎に予め一定値が定められるため、路面状態の変化やタイヤの入替え、摩耗等に拘らず同じ目標ヨー角速度γref が設定され、必ずしも十分に満足できる旋回走行性能が得られない場合があった。例えば、アンダーステア気味の時には目標ヨー角速度γref を実際のヨー角速度γよりも大きく設定することで、標準的な路面状態であれば旋回性(曲がり易さ)が高くなって適切な旋回走行性能が得られるようになるが、雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などで車輪のグリップ力が低下してアンダーステア気味になった場合に、同様に高い目標ヨー角速度γref が設定されてヨーモーメントが大きくなると、グリップ力が低いために旋回中の走行性能が却って損なわれる可能性がある。また、グリップ力が高いタイヤに入れ替えた場合、優れた旋回性が得られるようになるが、標準タイヤを基準として定められた目標ヨー角速度γref が実際のヨー角速度よりも小さくなると、旋回を妨げるヨーモーメントが発生して、タイヤの性能が十分に生かされない可能性がある。
【0004】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、路面の摩擦係数μやタイヤの入替え、摩耗等の車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に拘らずヨーモーメントの制御が適切に行われるようにして旋回走行性能を向上させることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる目的を達成するために、第1発明は、実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態を判定し、その車両状態に応じて前記目標ヨー角度γref を設定することを特徴とする。
【0006】
第2発明は、第1発明の車両制御装置において、前記ヨー角速度γの特性が減少し且つ前記車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を低下させることを特徴とする。
【0007】
第3発明は、第1発明または第2発明の車両制御装置において、前記ヨー角速度γの特性が増加し且つ前記車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を大きくすることを特徴とする。
【0008】
第4発明は、第1発明〜第3発明の何れかの車両制御装置において、前記ヨー角速度γおよび前記車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少した場合には、前後輪の何れか一方のみのコーナリングパワーが低下した状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref に基づく前記ヨーモーメントの制御を禁止することを特徴とする。
【0009】
第5発明は、実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf〔N/rad〕、Kr〔N/rad〕をそれぞれ次式(5) 、(6) に従って算出するとともに、そのコーナリングパワーKf、Krから次式(7) に従って車両のスタビリティファクターKH〔s2 /m2 〕を求め、そのスタビリティファクターKHを用いて次式(8) に従って前記目標ヨー角速度γref 〔rad/s〕を決定することを特徴とする。
【0010】
【数2】
但し、m:車両質量〔kg〕、V:車速〔m/s〕、β:車体横すべり角〔rad〕、γ:ヨー角速度〔rad/s〕、I:車両のヨー慣性モーメント〔kgm2 〕、Lf:前軸〜重心間距離〔m〕、Lr:後軸〜重心間距離〔m〕、L:ホイールベース(=Lf+Lr)〔m〕、M:ヨーモーメント制御量〔Nm〕、δ:前輪操舵角〔rad〕、gy:横加速度〔m/s2 〕
【発明の効果】
【0011】
このような車両制御装置においては、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態、すなわち低μ路走行やタイヤ摩耗時等の低グリップ状態か否か、ハイグリップタイヤを装着している高グリップ状態か否か等を判定し、その車両状態に応じて目標ヨー角度γref を設定するため、路面状態の変化やタイヤの入替え、摩耗等に応じて目標ヨー角速度γref を適切に設定することが可能で、そのような車両状態における旋回走行性能を向上させることができる。例えば、アンダーステア気味の時には目標ヨー角速度γref が大きくされ、標準的な路面状態であれば旋回性が高くなって適切な旋回走行性能が得られるようになるが、雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下してアンダーステア気味になった場合には、標準的な路面状態でアンダー気味になった場合に比較して目標ヨー角速度γref の増大を抑制することにより、グリップ力に応じた適切なヨーモーメントを発生させて旋回走行性能を向上させることができる。また、旋回性が強い場合には、その旋回性を低くするために目標ヨー角速度γref が小さくされるが、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合、標準タイヤ等の標準グリップ状態に比較して目標ヨー角速度γref の低下を抑制することにより、タイヤの性能を生かした優れた旋回性を確保することができる。
【0012】
第2発明では、ヨー角速度γの特性が減少し且つ車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態、すなわち雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態と判定し、標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を低下させるため、グリップ力に応じた適切なヨーモーメントが発生させられるようになって旋回走行性能が向上する。
【0013】
第3発明では、ヨー角速度γの特性が増加し且つ車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態、すなわちハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態と判定し、標準タイヤ等の標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を大きくするため、タイヤの性能を生かした優れた旋回性が得られるようになって旋回走行性能が向上する。
【0014】
第4発明では、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少した場合には、前後輪の何れか一方のみのコーナリングパワーが低下した状態、すなわちコーナリングパワーが低下した側のタイヤはテンポラリータイヤ等で十分なグリップ力が得られない状態と判定し、目標ヨー角速度γref に基づくヨーモーメントの制御を禁止するため、誤ったヨーモーメントの制御が行われて旋回走行性能が却って損なわれることが防止される。
【0015】
第5発明は、車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う実際のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出し、そのコーナリングパワーKf、Krから車両のスタビリティファクターKHを求めるため、そのスタビリティファクターKHには、低μ路走行やタイヤ摩耗時等の低グリップ状態か否か、ハイグリップタイヤを装着している高グリップ状態か否か等の車両状態が反映される。そして、そのスタビリティファクターKHを用いて目標ヨー角速度γref が決定されることにより、タイヤのグリップ状態を反映した適切なヨーモーメントの制御が行われるようになり、第1発明〜第3発明と同様の作用効果が得られる。
【0016】
なお、第5発明においてヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出する技術手段は、第1発明〜第3発明においてヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態を判定することと実質的に同じで、第5発明は第1発明〜第3発明の一実施態様と見做すことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、左右輪の駆動力配分比を制御したり舵角を制御したり左右各車輪の駆動力、制動力を個別に制御したりしてヨーモーメントを制御することができる二輪駆動車両、四輪駆動車両等の種々の車両に適用され得る。具体的には、例えば
(a) 前後輪の一方もしくは双方の左右輪を独立で制動或いは駆動できるインホイールモータやVSC(Vehicle Stability Control )等を有する車両。
(b) 前後輪の一方もしくは双方の左右輪間でトルクを移動できる左右トルク移動ディファレンシャル装置、或いは左右輪の駆動力配分比を制御できる左右駆動力配分装置等を有する車両。
(c) 前後輪の一方もしくは双方の舵角を運転者のハンドル操作によらず独立して制御可能なVGRS(Variable Gear Ratio Steering; ギヤ比可変ステアリング)やアクティブリヤステア等を有する車両。
に好適に適用される。
【0018】
ヨー角速度γや車体横すべり角βは車速Vに依存して変化するが、ヨー角速度γの特性とは車速Vに依存して変化する変化特性のことで、車体横すべり角βの特性とは車速Vに依存して変化する変化特性のことである。そして、これ等のヨー角速度γや車体横すべり角βの特性は、車輪のグリップ力によって変化する前後輪のコーナリングパワーの変化に依存して変化し、雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態の場合には、標準グリップ状態の場合に比較して前後輪のコーナリングパワーが何れも低下し、ヨー角速度γの特性が減少(低下)するとともに車体横すべり角βの特性が増加することから、これ等の特性の変化に基づいて低グリップ状態か否かを判断できる。また、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合には、標準グリップ状態の場合に比較して前後輪のコーナリングパワーが何れも増大し、ヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少(低下)することから、これ等の特性の変化に基づいて高グリップ状態か否かを判断できる。
【0019】
一方、前輪にテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態の場合に比較して前輪のみコーナリングパワーが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少(低下)する一方、後輪にテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態の場合に比較して後輪のみコーナリングパワーが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加することから、これ等の特性の変化に基づいてテンポラリータイヤ装着か否かを判断できる。このようなテンポラリータイヤ装着時には適切なヨーモーメント制御が期待できないため、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βがそれぞれ予め定められた閾値(判定値)を超えて増加または減少した場合には、テンポラリータイヤ装着時と判断してヨーモーメント制御を禁止することが望ましい。
【0020】
第2発明では、ヨー角速度γの特性が減少し且つ車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態すなわち低グリップ状態と判定し、標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を低下させるが、この目標ヨー角速度γref の低下量は、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化量をパラメータとしてその変化量に応じて変化するものでも良いが、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ低下させるものでも良い。ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出し、そのコーナリングパワーKf、Krの低下量をパラメータとしてそれ等のコーナリングパワーKf、Krの低下量が大きい程目標ヨー角速度γref の低下量を大きしたり、コーナリングパワーKf、Krの各低下量がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ低下させるものでも良いなど、種々の態様が可能である。
【0021】
第3発明では、ヨー角速度γの特性が増加し且つ車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態すなわち高グリップ状態と判定し、標準タイヤ等の標準グリップ状態の場合に比較して目標ヨー角速度γref を大きくするが、この目標ヨー角速度γref の増大量は、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化量をパラメータとしてその変化量に応じて変化するものでも良いが、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ増大させるものでも良い。ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出し、そのコーナリングパワーKf、Krの増大量をパラメータとしてそれ等のコーナリングパワーKf、Krの増大量が大きい程目標ヨー角速度γref の増大量を大きしたり、コーナリングパワーKf、Krの各増大量がそれぞれ一定値を超えた場合に目標ヨー角速度γref を予め定められた一定量だけ増大させるものでも良いなど、種々の態様が可能である。
【0022】
上記のようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性変化に基づく目標ヨー角度γref の低下または増加は、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化や、それ等の特性の変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化を常時監視し、それ等の変化に基づいてリアルタイムに実施することが望ましい。例えば、第5発明のように前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ算出して目標ヨー角速度γref を決定する場合、旋回走行中にそれ等のコーナリングパワーKf、Krを所定のサイクルタイムでリアルタイムに算出するとともに、それ等のコーナリングパワーKf、Krに基づいて目標ヨー角速度γref を逐次求めるようにすれば良い。但し、前輪の操舵角が所定値以上の一連の旋回走行毎に、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性、或いはそれ等の特性の変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krの値に基づいて、低グリップ状態か高グリップ状態か或いは標準グリップ状態か等の車両状態を判定し、一連の旋回走行毎に目標ヨー角速度γref の補正量を決定するようにしても良いし、一定の時間間隔で車両状態を判定して目標ヨー角速度γref の補正量を更新するようにしても良いなど、種々の態様が可能である。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が適用された車両用駆動装置10を説明する構成図で、前置エンジン前輪駆動(FF)を基本とする四輪駆動車両用のものである。図1において、主動力源であるエンジン12で発生させられた出力は、トルクコンバータ13、変速機14、前輪用差動歯車装置16、および左右の前輪車軸18L、18Rを経て左前輪20L、右前輪20Rへ伝達される一方、前輪用差動歯車装置16で分岐して駆動力伝達軸であるプロペラシャフト22、前後駆動力配分装置24、シャフト25、後輪用差動歯車装置26、および左右の後輪車軸28L、28Rを経て左後輪30L、右後輪30Rへ伝達される。前輪用差動歯車装置16および後輪用差動歯車装置26は、何れも傘歯車式の差動歯車装置である。また、前後駆動力配分装置24は、動力伝達の遮断を含めて伝達トルク容量を連続的に変化させることができる電磁式の多板式摩擦クラッチ等で、プロペラシャフト22に直列に配設されており、駆動力配分用電子制御装置50によって伝達トルク容量が制御されることにより、全駆動力に対する後輪30L、30R側の駆動力配分比が所定の値となるように調整される。
【0024】
前記左側の後輪車軸28Lの周囲にはアシスト用の電動モータ32および駆動力不等配分機構34が配設されており、それ等の電動モータ32、駆動力不等配分機構34、および前記後輪用差動歯車装置26を含んで駆動力配分装置36が構成されている。電動モータ32は、正逆両方向へ回転駆動することが可能で、そのロータは、後輪用差動歯車装置26のデフケース26iに一体的に固設された中空シャフト52に一方向クラッチ54を介して接続されている。一方向クラッチ54は、前進走行時に後輪用差動歯車装置26のデフケース26iが電動モータ32の回転速度以上で回転することを許容しつつ、その電動モータ32の回転速度より低下することを阻止するように構成されている。
【0025】
上記電動モータ32は、前記駆動力配分用電子制御装置50によって車両の前進方向の発進時に正方向へ回転駆動されるようになっており、一方向クラッチ54および後輪用差動歯車装置26を介して左右の後輪30L、30Rにアシストトルクが加えられる。図2および図3は、何れも後輪用差動歯車装置26の3つの回転要素、すなわち第1入力部材であるデフケース26i、および出力部材である左右のサイドギヤの各々の回転速度を直線で結ぶことができる共線図で、左端の「L」は左サイドギヤ更には左後輪30Lを表しており、右端の「R」は右サイドギヤ更には右後輪30Rを表しており、中央の「I」はデフケース26iすなわち第1入力部材を表している。そして、LとIとの間隔はRとIとの間隔と同じで、第1入力部材Iすなわちデフケース26iに入力されたトルクは左後輪30Lおよび右後輪30Rに均等に配分される。
【0026】
図2の(a) は、車両の前進方向の発進時に電動モータ32によって左右の後輪30Lおよび30Rにアシストトルクが付与されている場合で、一方向クラッチ54を介してデフケース26iに入力された電動モータ32のモータトルクTmは、左右の後輪30Lおよび30Rに対して均等に配分され、Tm/2の大きさのアシストトルクが加えられる。この状態が、電動モータ32のトルクTmを左右の後輪30L、30Rに均等に配分する均等配分状態である。なお、後輪用差動歯車装置26には、前後駆動力配分装置24を経てエンジン12から所定の前後駆動力配分比で後輪側配分トルクTinが入力されるようになっており、その後輪側配分トルクTinも左右の後輪LおよびRに均等に配分される。したがって、この場合の左後輪30L、右後輪30RのトルクTL、TRは、何れも(Tin+Tm)/2となる。
【0027】
また、所定の走行状態に達した段階で電動モータ32の作動を停止させれば、一方向クラッチ54が遊転することにより電動モータ32が後輪用差動歯車装置26から自動的に切り離され、左右の後輪30Lおよび30Rはそれぞれ後輪側配分トルクTinのみで回転駆動されるようになる。図2の(b) は、このように電動モータ32によるトルクアシストが終了した状態で、この時の左後輪30L、右後輪30RのトルクTL、TRは、何れもTin/2となる。
【0028】
図1に戻って、前記駆動力不等配分機構34は、第1サンギヤS1、第1キャリアC1、および第1リングギヤR1を有するシングルピニオン型の第1遊星歯車装置38と、第2サンギヤS2、第2キャリアC2、および第2リングギヤR2を有するシングルピニオン型の第2遊星歯車装置40とを備えている。これ等の第1遊星歯車装置38および第2遊星歯車装置40は、ギヤ比ρ(サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)が等しい同じ大きさのもので、リングギヤR1、R2は共通のリングギヤRにて構成されている。このようにリングギヤR1、R2が共通のリングギヤRにて構成されることにより、第1遊星歯車装置38および第2遊星歯車装置40は、互いに相対回転可能な5つの回転要素、すなわち第1サンギヤS1、第1キャリアC1、リングギヤR、第2キャリアC2、第2サンギヤS2を有して構成される。そして、第1サンギヤS1は左側の後輪車軸28Lに一体的に接続され、第1キャリアC1はケース42に一体的に固定されて回転不能とされ、リングギヤRは回転自在で、第2キャリアC2はクラッチCLを介して電動モータ32のロータに選択的に接続され、第2サンギヤS2は前記中空シャフト52に一体的に接続されている。第2キャリアC2は、駆動力不等配分機構34の入力部材で第2入力部材に相当する。
【0029】
図2および図3は、上記5つの回転要素の各々の回転速度を一対の遊星歯車装置38、40毎に直線で結ぶことができる共線図を、前記後輪用差動歯車装置26の共線図に併合して示したもので、左端から第1サンギヤS1、第1キャリアC1、リングギヤR、第2キャリアC2、第2サンギヤS2の順番に位置し、左の後輪車軸28Lに接続された第1サンギヤS1は左後輪30Lを表す「L」と一致して一体的に回転させられるとともに、中空シャフト52に接続された第2サンギヤS2はデフケース26iを表す「I」と一致して一体的に回転させられる。また、これ等の間隔は遊星歯車装置38、40のギヤ比ρに応じて定まり、本実施例では両遊星歯車装置38、40のギヤ比ρが等しいため、リングギヤRとキャリアC1、C2との間隔が互いに等しいとともに、サンギヤS1とキャリアC1との間隔、およびサンギヤS2とキャリアC2との間隔も互いに等しい一方、リングギヤRとキャリアC1、C2との間隔と、サンギヤS1、S2とキャリアC1、C2との間隔の比がρ:1になる。
【0030】
クラッチCLは、例えば電磁クラッチにて構成され、前記駆動力配分用電子制御装置50によって係合、解放制御されることにより、電動モータ32と第2キャリアC2とを接続、遮断する。そして、図2の(b) に示すようにアシスト制御が終了した前進走行時にクラッチCLが係合させられるとともに、電動モータ32が正方向へ回転駆動されると、図3の(a) に示すように第2キャリアC2に正方向(図の上方)のモータトルクTmが作用し、右後輪30RのトルクTR=Tin/2+ρTm/(2(1+ρ))となり、左後輪30LのトルクTL=Tin/2−ρTm/(2(1+ρ))となる。すなわち、右後輪30Rでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ増大する一方、左後輪30Lでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ減少するのであり、それ等のトルク差(TR−TL)=ρTm/(1+ρ)に応じて右後輪30R側が増速される。この状態が、電動モータ32のトルクTmに基づいて右後輪30R側を増速する第1不等配分状態である。
【0031】
また、クラッチCLが係合させられるとともに、電動モータ32が逆方向へ回転駆動されると、図3の(b) に示すように第2キャリアC2に逆方向(図の下方)のモータトルクTmが作用し、左後輪30LのトルクTL=Tin/2+ρTm/(2(1+ρ))となり、右後輪30RのトルクTR=Tin/2−ρTm/(2(1+ρ))となる。すなわち、左後輪30Lでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ増大する一方、右後輪30Rでは前進方向のトルクがρTm/(2(1+ρ))だけ減少するのであり、それ等のトルク差(TL−TR)=ρTm/(1+ρ)に応じて左後輪30L側が増速される。この状態が、電動モータ32のトルクTmに基づいて左後輪30L側を増速する第2不等配分状態である。
【0032】
すなわち、前進走行時にクラッチCLを接続するとともに電動モータ32を正方向或いは逆方向へ所定のモータトルクTmで回転駆動することにより、左右の後輪30Lおよび30Rの駆動力を不等配分することが可能なのであり、VSC制御やコーナリング制御などにおいて、右後輪30Rを増速する第1不等配分状態としたり、左後輪30Lを増速する第2不等配分状態としたりすることにより、車両の走行安定性やコーナリング性能などを向上させることができる。駆動力配分装置36は、前後輪の駆動力配分比および左右輪の駆動力配分比を共に制御することが可能で、それ等の駆動力配分比を制御することによって車両のヨーモーメントを制御することができる。
【0033】
なお、図3の(a) 、(b) のように左右の後輪30Lおよび30Rに回転速度差がある場合に、クラッチCLを接続して電動モータ32に逆回転方向、すなわち図3の(a) では逆方向(下方向)、図3の(b) では正方向(上方向)のトルクを加えて不等配分状態とすることもできる。電動モータ32が、回生制御可能なモータジェネレータの場合には、その電動モータ32を回生制御して制動トルクを作用させることにより、第2キャリアC2の回転を制限して不等配分状態とすることもできる。
【0034】
前記駆動力配分用電子制御装置50は、CPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより、前後駆動力配分装置24および駆動力配分装置36を制御し、前後輪の駆動力配分比や左右輪の駆動力配分比を制御するもので、図4に示すようにそれ等の制御に必要な各種の信号が供給されるようになっている。すなわち、出力要求量に応じて運転者により操作されるアクセルの操作量(アクセル開度)Accを検出するアクセル操作量センサ60、車速Vに対応する自動変速機14の出力軸回転速度NOUT を検出する車速センサ62、各車輪20L、20R、30L、30Rの速度(車輪速)をそれぞれ検出する車輪速センサ64、実際の横加速度gyを検出する横加速度センサ66、実際のヨー角速度γを検出するヨー角速度センサ68、実際のヨー角加速度を検出するヨー角加速度センサ70、ステアリングの操舵角(ハンドル角)δを検出する操舵角センサ72、車体横すべり角速度を検出する車体横すべり角速度センサ74、車体横すべり角βを検出する車体横すべり角センサ76などが設けられており、それらのセンサからアクセル操作量Acc、車速V(出力軸回転速度NOUT )、車輪速、横加速度gy、ヨー角速度γ、ヨー角加速度、操舵角δ、車体横すべり角速度、車体横すべり角βなどを表す信号が、それぞれ駆動力配分用電子制御装置50に供給されるようになっている。上記各センサは何れも検出手段として機能するもので演算機能などを備えていても良く、例えばヨー角加速度センサ70は、ヨー角速度センサ68によって検出されるヨー角速度γを微分してヨー角加速度を求めるものでも良い。車体横すべり角速度センサ74は、横加速度センサ66、ヨー角速度センサ68、車速センサ62によって検出される横加速度gy、ヨー角速度γ、車速Vから予め定められた演算式に従って車体横すべり角速度を算出するものでも良い。車体横すべり角センサ76は、車体横すべり角速度センサ74によって検出或いは算出された車体横すべり角速度を積分して車体横すべり角βを求めるものでも良い。
【0035】
そして、上記駆動力配分用電子制御装置50は、車両の旋回走行中における左右の後輪30L、30Rの駆動力配分比制御を主として行われるヨーモーメント制御に関して、図5の機能ブロック線図に示すように、機能的にコーナリングパワー算出手段80、スタビリティファクター算出手段82、目標ヨー角速度算出手段84、ヨーモーメント制御手段86、およびヨーモーメント制御可否判定手段88を備えており、所定の演算式に従って目標ヨー角速度γref を算出してヨーモーメントを制御する。以下の演算式で用いられる各記号の意味および単位は、それぞれ下記の通りである。また、図6は、右側の前輪20Rおよび後輪30Rを例として、これ等の記号の一部を視覚的に示したモデル図である。
m:車両質量〔kg〕
V:車速〔m/s〕
β:車体横すべり角〔rad〕
βf:前輪横すべり角〔rad〕
βr:後輪横すべり角〔rad〕
γ:ヨー角速度〔rad/s〕
Yf:前輪コーナリングフォース〔N〕
Yr:後輪コーナリングフォース〔N〕
I:車両のヨー慣性モーメント〔kgm2 〕
Lf:前軸〜重心間距離〔m〕
Lr:後軸〜重心間距離〔m〕
L:ホイールベース(=Lf+Lr)〔m〕
M:ヨーモーメント制御量〔Nm〕
δ:前輪操舵角〔rad〕
KH:スタビリティファクター〔s2 /m2 〕
γref :目標ヨー角速度〔rad/s〕
gy:横加速度〔m/s2 〕
【0036】
上記コーナリングパワー算出手段80は、車両の前輪のコーナリングパワーKf〔N/rad〕、および後輪のコーナリングパワーKr〔N/rad〕を、それぞれ次式(5) 、(6) に従って車両の旋回走行中に所定のサイクルタイムでリアルタイムに算出する。すなわち、旋回走行中の車両については、次式(1) 〜(4) が成り立つため、これ等の(1) 式〜(4) 式からYf、Yr、βf、βrを消去することにより、式(5) および式(6) が得られる。
【数3】
【0037】
ここで、上記(5) 式および(6) 式に従って求められるコーナリングパワーKf、Krは、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βをパラメータとして求められるようになっており、車輪20L、20R、30L、30Rのグリップ状態の相違に伴うヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化が反映される。すなわち、これ等のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性(車速Vに対する変化特性)は、車輪20L、20R、30L、30Rのグリップ力によって変化する前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化に依存して変化し、雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態の場合に、標準グリップ状態に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下すると、ヨー角速度γの特性が減少(低下)するとともに車体横すべり角βの特性が増加する。言い換えれば、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下するのであり、このようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化、或いは前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化から、車両状態が雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態であると判断できる。
【0038】
具体的に説明すると、図7は、標準タイヤ装着時に予め定められた標準的な摩擦係数μの路面の旋回走行時における各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を示す図で、(b) および(c) に示すヨー角速度γおよび車体横すべり角βのグラフは、(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式から車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。図8は、雪道等の低μ路やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下した低グリップ状態を想定し、図7の標準グリップ時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ低下させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。これ等の図7および図8の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、前後輪のコーナリングパワーKf、Krを何れも低下させた図8では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加することが分かる。
【0039】
また、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合に、標準グリップ状態に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大すると、ヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少(低下)する。言い換えれば、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するのであり、このようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化、或いは前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化から、車両状態がハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態であると判断できる。
【0040】
図9は、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態を想定し、図7の標準グリップ時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ増大させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。そして、図7および図9の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、前後輪のコーナリングパワーKf、Krを何れも増大させた図9では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少することが分かる。
【0041】
一方、前輪20L、20Rにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して前輪のコーナリングパワーKfのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少(低下)する。また、後輪30L、30Rにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して後輪のコーナリングパワーKrのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加する。言い換えれば、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少し、または増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの何れか一方のみが低下するのであり、このようなヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化、或いは前後輪のコーナリングパワーKf、Krの変化から、前後輪の何れか一方にテンポラリータイヤを装着した車両状態であると判断できる。
【0042】
図10は、前輪20L、20Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合を想定し、図7の標準グリップ時に比較して前輪のコーナリングパワーKfを低下させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。そして、図7および図10の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、前輪のコーナリングパワーKfを低下させた図10では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少することが分かる。
【0043】
また、図11は、後輪30L、30Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合を想定し、図7の標準グリップ時に比較して後輪のコーナリングパワーKrを低下させた場合で、図7と同様に(a) に示す諸元を用いて前記(5) 式および(6) 式からヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性を車速Vおよび操舵角δをパラメータとして求めたものである。そして、図7および図11の(b) 、(c) のグラフから明らかなように、後輪のコーナリングパワーKrを低下させた図11では、図7の標準グリップ時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加することが分かる。
【0044】
図5に戻って、前記スタビリティファクター算出手段82は、前記コーナリングパワーKf、Krを用いて次式(7) に従ってスタビリティファクターKHを算出し、目標ヨー角速度算出手段84は、そのスタビリティファクターKHを用いて次式(8) に従って目標ヨー角速度γref を算出する。そして、ヨーモーメント制御手段86は、実際のヨー角速度γがその目標ヨー角速度γref に追従するように、それ等の偏差に応じて目標ヨーモーメントすなわち左右輪の駆動力分配比を求め、その駆動力配分比に応じて前記駆動力配分装置36をフィードバック制御する。
【数4】
【0045】
上記(7) 式では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの積が分母にあるため、標準グリップ状態の時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下する低μ路走行等の低グリップ状態の場合には、分母が小さくなってスタビリティファクターKHの値が大きくなるとともに、(8) 式ではそのスタビリティファクターKHを含む項KH・gy・Vが減算されることから、目標ヨー角速度γref が低減される。これにより、低μ路走行等の低グリップ時に、無理に旋回させるように目標ヨー角速度γref を増大させることが抑制され、旋回時の走行安定性が向上するなど旋回走行性能が向上する。また、標準グリップ状態の時に比較して前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合には、(7) 式の分母が大きくなってスタビリティファクターKHの値が小さくなるとともに、そのスタビリティファクターKHを含む項KH・gy・Vが減算されることによって求められる目標ヨー角速度γref は大きくなる。これにより、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ時に、その高グリップによる旋回性能を阻害するように目標ヨー角速度γref を低減することが抑制され、ハイグリップタイヤの性能を生かした優れた旋回性が得られるようになって旋回走行性能が向上する。
【0046】
一方、ヨーモーメント制御可否判定手段88は、前記目標ヨー角速度算出手段84によって算出された目標ヨー角速度γref により適正なヨーモーメントの制御が可能か否かを判断するたのもので、具体的には、前後輪の一方にテンポラリータイヤを装着した場合には、十分なグリップ性能が得られないため、上記目標ヨー角速度γref によっては適切なヨーモーメント制御が期待できず、そのような場合にはヨーモーメントの制御を禁止する。すなわち、前輪20L、20Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して前輪のコーナリングパワーKfのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少する一方、後輪30L、30Rの何れかにテンポラリータイヤを装着した場合は、標準グリップ状態に比較して後輪のコーナリングパワーKrのみが低下し、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加するため、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの何れか一方のみが標準グリップ時に比較して所定の判定値を超えて低下した場合には、前後輪の何れか一方にテンポラリータイヤを装着した車両状態であると判断して、目標ヨー角速度算出手段84によって算出された目標ヨー角速度γref によるヨーモーメントの制御を禁止するのである。
【0047】
図12は、本実施例のヨーモーメント制御を場合分けしてまとめたもので、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化と、前後輪のコーナリングパワーKf、Krによって推定される車両状態と、その車両状態に応じたヨーモーメント制御との関係を示した図である。この図12において、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加するケース1では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下する低μ路走行等の低グリップ状態と判断でき、低グリップ時に無理に旋回させることを防止するために、前記(8) 式に従って求められる目標ヨー角速度γref は標準グリップ時に比較して低減される。標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少するケース2では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態と判断でき、高グリップによる旋回性能を阻害することを防止するために、前記(8) 式に従って求められる目標ヨー角速度γref は標準グリップ時に比較して大きくされる。また、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少するケース3では、前輪のコーナリングパワーKfのみが低下する前輪20Lまたは20Rがテンポラリータイヤと判断でき、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加するケース4では、後輪のコーナリングパワーKrのみが低下する後輪30Lまたは30Rがテンポラリータイヤと判断でき、何れの場合も適切なヨーモーメント制御が期待できないためヨーモーメント制御が禁止される。
【0048】
このように、本実施例の車両制御装置においては、車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う実際のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf、Krをそれぞれ前記(5) 式、(6) 式に従ってリアルタイムに算出し、そのコーナリングパワーKf、Krを用いて(7) 式に従って車両のスタビリティファクターKHを算出するため、そのスタビリティファクターKHには、低μ路走行やタイヤ摩耗時等の低グリップ状態か否か、ハイグリップタイヤを装着している高グリップ状態か否か等の車両状態が反映され、低グリップ状態の場合には標準グリップ状態の時に比較してスタビリティファクターKHが大きくなる一方、高グリップ状態の場合には標準グリップ状態の時に比較してスタビリティファクターKHが小さくなる。そして、(8) 式に従ってそのスタビリティファクターKHを含む項KH・gy・Vを減算して目標ヨー角速度γref が算出されることにより、路面μの変化やタイヤの入替え、摩耗等の車両状態に応じて目標ヨー角速度γref が適切に設定され、実際のヨー角速度γがその目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントが制御されることにより、そのような車両状態の相違に拘らずヨーモーメントが適切に制御されて旋回走行性能が向上する。
【0049】
具体的には、例えばアンダーステア気味の時には目標ヨー角速度γref が大きくされ、標準的な路面状態であれば旋回性が高くなって適切な旋回走行性能が得られるようになるが、雪道等の低μ路走行やタイヤの摩耗などでグリップ力が低下してアンダーステア気味になった場合には、標準的な路面状態でアンダー気味になった場合に比較して目標ヨー角速度γref の増大を抑制することにより、グリップ力に応じた適切なヨーモーメントを発生させて旋回走行性能を向上させる。すなわち、低グリップ時には、標準グリップ状態の時に比較して、ヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加することにより、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下し、スタビリティファクターKHが大きくなるため、それに伴って目標ヨー角速度γref が小さくされ、無理に旋回させるように目標ヨー角速度γref を増大させることが抑制されて、旋回時の走行安定性が向上させられる。
【0050】
また、旋回性が強い場合には、その旋回性を低くするために目標ヨー角速度γref が小さくされるが、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態の場合、標準タイヤ等の標準グリップ状態に比較して目標ヨー角速度γref の低下を抑制することにより、タイヤの性能を生かした優れた旋回性が確保される。すなわち、高グリップ時には、標準グリップ状態の時に比較して、ヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少することにより、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大し、スタビリティファクターKHが小さくなるため、それに伴って目標ヨー角速度γref が大きくされ、ハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ時に、その高グリップによる旋回性能を阻害するように目標ヨー角速度γref を低減することが抑制され、ハイグリップタイヤの性能を生かした優れた旋回性が得られるようになる。
【0051】
また、本実施例では、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少することにより、前後輪のコーナリングパワーKf、Krの何れか一方のみが低下した場合には、そのコーナリングパワーが低下した側のタイヤがテンポラリータイヤで十分なグリップ力が得られない状態と判定し、目標ヨー角速度γref に基づくヨーモーメントの制御を禁止するため、テンポラリータイヤの装着時に誤ったヨーモーメントの制御が行われて旋回走行性能が却って損なわれることが防止される。
【0052】
なお、上記実施例では車輪のグリップ力に関する車両状態に応じて変化するヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化を反映した前後輪のコーナリングパワーKf、Krを(5) 式および(6) 式に従って算出し、(7) 式でスタビリティファクターKHを算出するとともに(8) 式で目標ヨー角速度γref を算出しているが、前記図12の場合分けに従ってヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化から車両状態を判定し、目標ヨー角速度γref を補正するようにしても良い。すなわち図13に示すように、目標ヨー角速度演算手段90により、例えば標準タイヤを装着した標準の摩擦係数μの路面走行を前提として車両毎に一定値が定められたスタビリティファクターKHを用いて従来と同様に目標ヨー角速度γref を演算する一方、車両状態判定手段96により、実際のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が標準グリップ状態の時に比較して変化したか否かを判断するとともに、変化した場合には、判定基準記憶手段98に予め記憶された図12の場合分けの判定基準を用いて、それ等のヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化の態様(各特性の増減)に応じて車両状態を判定する。ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性が標準グリップ状態の時に比較して変化したか否かは、例えば標準グリップ状態におけるヨー角速度γ、車体横すべり角βをそれぞれ車速Vおよび操舵角δをパラメータとして予め判定基準記憶手段98等に記憶しておき、現在の車速Vおよび操舵角δから標準グリップ時のヨー角速度γおよび車体横すべり角βを求めて、実際の値と比較すれば良い。
【0053】
そして、上記車両状態に応じて図12の「処置」の欄に示すように目標ヨー角速度γref を変化させるように、目標ヨー角速度補正手段92に補正指令を出力する。すなわち、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が減少するとともに車体横すべり角βの特性が増加したケース1では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも低下する低μ路走行等の低グリップ状態と判定し、前記目標ヨー角速度演算手段90によって求められた目標ヨー角速度γref を低減する。また、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γの特性が増加するとともに車体横すべり角βの特性が減少したケース2では、前後輪のコーナリングパワーKf、Krが何れも増大するハイグリップタイヤ装着時等の高グリップ状態と判定し、前記目標ヨー角速度演算手段90によって求められた目標ヨー角速度γref を増加させる。また、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも減少するケース3では、前輪のコーナリングパワーKfのみが低下する前輪20Lまたは20Rがテンポラリータイヤと判定する一方、標準グリップ状態の時に比較してヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性が何れも増加するケース4では、後輪のコーナリングパワーKrのみが低下する後輪30Lまたは30Rがテンポラリータイヤと判定し、何れの場合も適切なヨーモーメント制御が期待できないためヨーモーメント制御が禁止されるように、前記目標ヨー角速度演算手段90によって求められた目標ヨー角速度γref =0とする。
【0054】
そして、ヨーモーメント制御手段94は、前記ヨーモーメント制御手段86と同様に、目標ヨー角速度補正手段92により必要に応じて補正された後の目標ヨー角速度γref に追従して実際のヨー角速度γが変化するように、それ等の偏差に応じて目標ヨーモーメントすなわち左右輪の駆動力分配比を求め、その駆動力配分比に応じて前記駆動力配分装置36をフィードバック制御する。この場合にも、実質的に前記実施例と同様の作用効果が得られる。
【0055】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更、改良を加えた態様で実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の車両制御装置を備えている車両用駆動装置を説明する概略構成図である。
【図2】図1の車両用駆動装置が備えている駆動力配分装置の作用を説明する共線図で、(a) は発進アシスト時の状態、(b) はアシスト終了時の状態である。
【図3】図2と同じ共線図で、(a) は右車軸のトルクを増加した状態、(b) は左車軸のトルクを増加した状態である。
【図4】図1の車両用駆動装置が駆動力配分制御に関して備えている制御系統を説明するブロック線図である。
【図5】図4の駆動力配分用電子制御装置がヨーモーメント制御に関して備えている機能を説明するブロック線図である。
【図6】図5のコーナリングパワー算出手段、スタビリティファクター算出手段、および目標ヨー角速度算出手段によって最終的に目標ヨー角速度を算出する際の演算式の各記号を説明するためのモデル図である。
【図7】標準グリップ状態における各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図8】前後輪のコーナリングパワー低下時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図9】前後輪のコーナリングパワー増大時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図10】前輪のコーナリングパワー低下時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図11】後輪のコーナリングパワー低下時の各部の諸元と、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の一例を示す図である。
【図12】グリップ力が異なる車両状態に応じて目標ヨー角速度が設定されることを説明する図で、ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化と、前後輪のコーナリングパワーKf、Krによって推定される車両状態と、その車両状態に応じて設定される目標ヨー角速度との関係を示す図である。
【図13】本発明の他の実施例を説明する機能ブロック線図である。
【符号の説明】
【0057】
36:駆動力配分装置 50:駆動力配分用電子制御装置 68:ヨー角速度センサ 76:車体横すべり角センサ 80:コーナリングパワー算出手段 82:スタビリティファクター算出手段 84:目標ヨー角速度算出手段 86、94:ヨーモーメント制御手段 88:ヨーモーメント制御可否判定手段 90:目標ヨー角速度演算手段 92:目標ヨー角速度補正手段 96:車両状態判定手段 γ:ヨー角速度 γref :目標ヨー角速度 β:車体横すべり角
【特許請求の範囲】
【請求項1】
実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、
前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態を判定し、該車両状態に応じて前記目標ヨー角度γref を設定する
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記ヨー角速度γの特性が減少し且つ前記車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を低下させる
ことを特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記ヨー角速度γの特性が増加し且つ前記車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を大きくする
ことを特徴とする請求項1または2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記ヨー角速度γおよび前記車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少した場合には、前後輪の何れか一方のみのコーナリングパワーが低下した状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref に基づく前記ヨーモーメントの制御を禁止する
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項5】
実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、
車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf〔N/rad〕、Kr〔N/rad〕をそれぞれ次式(5) 、(6) に従って算出するとともに、該コーナリングパワーKf、Krから次式(7) に従って車両のスタビリティファクターKH〔s2 /m2 〕を求め、該スタビリティファクターKHを用いて次式(8) に従って前記目標ヨー角速度γref 〔rad/s〕を決定する
【数1】
但し、m:車両質量〔kg〕、V:車速〔m/s〕、β:車体横すべり角〔rad〕、γ:ヨー角速度〔rad/s〕、I:車両のヨー慣性モーメント〔kgm2 〕、Lf:前軸〜重心間距離〔m〕、Lr:後軸〜重心間距離〔m〕、L:ホイールベース(=Lf+Lr)〔m〕、M:ヨーモーメント制御量〔Nm〕、δ:前輪操舵角〔rad〕、gy:横加速度〔m/s2 〕
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項1】
実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、
前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの各特性の変化に基づいて車両状態を判定し、該車両状態に応じて前記目標ヨー角度γref を設定する
ことを特徴とする車両制御装置。
【請求項2】
前記ヨー角速度γの特性が減少し且つ前記車体横すべり角βの特性が増加した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に低下した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を低下させる
ことを特徴とする請求項1に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記ヨー角速度γの特性が増加し且つ前記車体横すべり角βの特性が減少した場合には、前後輪のコーナリングパワーが共に増大した車両状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref を大きくする
ことを特徴とする請求項1または2に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記ヨー角速度γおよび前記車体横すべり角βの特性が共に増加し、または共に減少した場合には、前後輪の何れか一方のみのコーナリングパワーが低下した状態と判定し、前記目標ヨー角速度γref に基づく前記ヨーモーメントの制御を禁止する
ことを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の車両制御装置。
【請求項5】
実際のヨー角速度γが目標ヨー角速度γref に追従するようにヨーモーメントを制御する車両制御装置において、
車輪のグリップ力に関する車両状態の変化に伴う前記ヨー角速度γおよび車体横すべり角βの特性の変化を反映する前後輪のコーナリングパワーKf〔N/rad〕、Kr〔N/rad〕をそれぞれ次式(5) 、(6) に従って算出するとともに、該コーナリングパワーKf、Krから次式(7) に従って車両のスタビリティファクターKH〔s2 /m2 〕を求め、該スタビリティファクターKHを用いて次式(8) に従って前記目標ヨー角速度γref 〔rad/s〕を決定する
【数1】
但し、m:車両質量〔kg〕、V:車速〔m/s〕、β:車体横すべり角〔rad〕、γ:ヨー角速度〔rad/s〕、I:車両のヨー慣性モーメント〔kgm2 〕、Lf:前軸〜重心間距離〔m〕、Lr:後軸〜重心間距離〔m〕、L:ホイールベース(=Lf+Lr)〔m〕、M:ヨーモーメント制御量〔Nm〕、δ:前輪操舵角〔rad〕、gy:横加速度〔m/s2 〕
ことを特徴とする車両制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2009−286159(P2009−286159A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−137674(P2008−137674)
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年5月27日(2008.5.27)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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