説明

車両用インホイールモータ支持構造

【課題】インホイールモータ支持構造において、車両の乗り心地をより高めることができる支持構造を提供する。
【解決手段】車両用インホイールモータ20は、車輪11を駆動するための電動モータ22をハウジング21に収納し、ハウジングを車輪に相対回転が可能に組込んだものである。インホイールモータ支持構造は、ハウジングを車体15によって支持するものであり、車体にハウジングの上部21aを連結するアッパリンク33と、ハウジングからアッパリンクを介して車体へ入力される振動を受けるアッパ弾性部41,42と、車体にハウジングの下部21bを連結するロアリンク34と、ハウジングからロアリンクを介して車体へ入力される振動を受けるロア弾性部43,44とを備える。アッパ弾性部のばね定数及びロア弾性部のばね定数は、電動モータの駆動状態にかかわらず、車体に対する車輪の回転中心Pcの前後変位を規制可能な値に設定されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車体にアッパリンク及びロアリンクによってインホイールモータを連結した、リンク式の車両用インホイールモータ支持構造に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンを備えた一般的な自動車のなかには、フロントエンジン・リヤドライブ式車両(FR車)がある。例えば、FR車に搭載された4リンク式のリヤサスペンション装置は、車輪に連結されたアクスルを収納するアクスルハウジングと、このアクスルハウジングを車体に支持するアッパリンク及びロアリンクとを有している。アクスルハウジングは、差動装置を収納したデフ収納部を有する。差動装置の入力軸は、フックスジョイント及びプロペラシャフトを介して、パワープラントの出力軸に連結する。パワープラントの動力源はエンジンである。
【0003】
このような従来のリンク式サスペンション装置においては、車両の加減速時や制動時に
、デフ収納部が前後に若干回転し得る。デフ収納部の回転動作により、差動装置の入力軸とプロペラシャフトとの間のジョイント角度が変動することによって、ジャダ振動(激しい振動、judder)が生じる。このような振動の発生を抑制する技術が知られている(例えば、特許文献1参照。)。
【特許文献1】特開平8−197925号公報
【0004】
特許文献1に示す従来のリンク式サスペンション装置は、アクスルハウジングに対するアッパリンク及びロアリンクの取付け位置やアッパリンク及びロアリンクに設けられるブッシュの剛性を適宜設定するというものである。このため、車両の加減速時や制動時におけるアクスルハウジングの並進力及びモーメントを釣り合わせることができる。つまり、モーメントの作用でデフ収納部を回転動作させることにより、デフ収納部の回転を抑制する。この結果、ジョイント角度の変動は抑制される。このため、ジャダ振動を抑制することができる。
【0005】
ところで、車両のなかには、駆動源をエンジンではなく、インホイールモータとしたものがある。インホイールモータは、車輪を駆動するための電動モータをハウジングに収納し、このハウジングを車輪に相対回転が可能に組込んだ、一般的なものである。インホイールモータを懸架するリンク式サスペンション装置においては、インホイールモータのハウジングをアッパリンク及びロアリンクによって車体に支持することになる。アッパリンク及びロアリンクは、モーメントによるハウジングの回動を許容するように車体に支持する。
【0006】
このようなインホイールモータを搭載した車両においては、電動モータの駆動力とトルク反力を、リンク式サスペンション装置によって全て受けることになる。このため、特許文献1においてエンジンを搭載した車両の技術を、インホイールモータを搭載した車両に、そのまま適用させることはできない。つまり、特許文献1の技術をそのまま適用したのでは、電動モータによるトルク変動時に車輪の回転中心(車軸中心)が車両前後方向に動いてしまう。トルク変動時にはリンク式サスペンションの前後振動を誘発し、この振動が車体に伝達されるので、車両の乗り心地を高めるには改良の余地がある。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、車両用インホイールモータ支持構造において、車両の乗り心地をより高めることができる技術を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に係る発明は、車輪を駆動するための電動モータをハウジングに収納し、このハウジングを前記車輪に相対回転が可能に組込むとともに車体によって支持する構成の車両用インホイールモータ支持構造において、
前記車体から前記ハウジングへ向かって車体前後方向に延び、前記車体に前記ハウジングの上部を連結するアッパリンクと、前記車体と前記アッパリンクとの連結部分、及び、前記ハウジングと前記アッパリンクとの連結部分にそれぞれ介在し、前記ハウジングから前記アッパリンクを介して前記車体へ入力される振動を受けるアッパ弾性部と、前記車体から前記ハウジングへ向かって車体前後方向に延び、前記車体に前記ハウジングの下部を連結するロアリンクと、前記車体と前記ロアリンクとの連結部分、及び、前記ハウジングと前記ロアリンクとの連結部分にそれぞれ介在し、前記ハウジングから前記ロアリンクを介して前記車体へ入力される振動を受けるロア弾性部と、を備え、前記アッパ弾性部のばね定数及び前記ロア弾性部のばね定数は、前記電動モータの駆動状態にかかわらず、前記車体に対する前記車輪の回転中心の前後変位を規制可能な値に設定されていることを特徴とする。
【0009】
請求項2に係る発明は、請求項1において、前記ハウジングに連結される、前記アッパ及びロアリンクの連結点同士の鉛直方向の距離を、総離間距離Lとし、この総離間距離Lに対するロアリンク側の距離の割合を、0から1までの値で設定されるロア距離配分率tとし、前記車輪の回転中心から前記ロアリンクの連結点までの距離を、前記ロア距離配分率tに前記総離間距離Lを乗算した値とし、前記車輪の回転中心から前記アッパリンクの連結点までの距離を、1の値から前記ロア距離配分率tを減算し更に前記総離間距離Lを乗算した値とし、前記アッパ弾性部のばね定数及び前記ロア弾性部のばね定数の総和を、総ばね定数Ksとし、この総ばね定数Ksに対する前記アッパ弾性部のばね定数の割合を、0から1までの値で設定されるアッパ分配率sとし、前記アッパ弾性部のばね定数を、前記アッパ分配率sに前記総ばね定数Ksを乗算した値とし、前記ロア弾性部のばね定数を、1の値から前記アッパ分配率sを減算し更に前記総ばね定数Ksを乗算した値とし、路面から前記車輪の回転中心までの高さをHとし、前記電動モータを駆動したことにより、前記車輪の回転中心に発生する、前後方向の並進力をFとし、この並進力Fによって、前記車体に対する前記車輪の回転中心が前後に並進する並進量をXとし、前記ロア距離配分率t及び前記アッパ分配率sは、次の並進量演算式によって求められる前記並進量Xが0となるように設定されていることを特徴とする。
【0010】
【数2】

【発明の効果】
【0011】
請求項1に係る発明では、電動モータの駆動状態にかかわらず、車体に対して車輪の回転中心が前後に変位しないように、アッパ弾性部のばね定数とロア弾性部のばね定数とを設定したものである。従って、電動モータのトルクが変動したときに、リンク式サスペンション装置に作用する前後方向の力を、ハウジングの回転方向の動きとして受け止めることができる。このため、サスペンション装置の前後振動を抑制することができるので、車体に前後振動が伝達されることを抑制することができる。この結果、車両の乗り心地を高めることができる。
【0012】
請求項2に係る発明では、並進量演算式によって並進量Xを求めることが可能なので、並進量Xが0となるように(車輪の回転中心が前後へ変位しないように)、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sを設定することができる。つまり、X=0となるように、アッパリンクの取付位置、ロアリンクの取付位置、アッパ弾性部のばね定数、ロア弾性部のばね定数を最適条件に設定することができる。このため、サスペンション装置の前後振動を容易に抑制することができるので、車体に前後振動が伝達されることを抑制することができる。この結果、車両の乗り心地を高めることができる。
【0013】
さらには、並進量演算式によって並進量Xを求めることが可能なので、サスペンション装置に付加した制御部とアクチュエータによって、並進量Xが0となるようにロア距離配分率t及びアッパ分配率sを制御することができる。つまり、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sを自動制御する制御系を、容易に構築することができる。
例えば、制御部は車両の走行状態等に応じて、上記並進量演算式を用いて並進量Xを演算し、この並進量Xが0となるように各種のアクチュエータに制御信号を発する。各種のアクチュエータは、制御信号に応じてアッパリンクの取付位置、ロアリンクの取付位置、アッパ弾性部のばね定数、及びロア弾性部のばね定数を最適条件に調整する。この結果、車両の走行状態等に応じて、サスペンション装置の前後振動を常に且つ容易に抑制することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
本発明を実施するための最良の形態を添付図に基づいて以下に説明する。なお、「前」、「後」、「左」、「右」、「上」、「下」は運転者から見た方向に従い、Frは前側、Rrは後側、Leは左側、Riは右側、Upは上側、Dwは下側を示す。
【0015】
図1は本発明に係る車輪、インホイールモータ及びサスペンション装置を備えた車両の側面図である。図2は図1に示す車輪、インホイールモータ及びサスペンション装置を後方から見た図である。
図1及び図2に示すように、車両10は車輪11,11、インホイールモータ20,20及びサスペンション装置30,30を左右にそれぞれ備えている。左右の車輪11,11は例えば後輪である。
【0016】
左のインホイールモータ20は、ハウジング21と、ハウジング21に収納された電動モータ22及び伝動機構23から成る。ハウジング21は、車輪11に相対回転が可能に組込まれている。電動モータ22は、車輪11を駆動するための駆動源である。伝動機構23は、電動モータ22が発生した出力を車輪11のハブ12に伝達するものである。伝動機構23の出力軸23aは、車輪11の車軸を兼ねている。このため、車輪11は出力軸23aを中心に回転する。以下、出力軸23aの中心Pcのことを「回転中心Pc」または「車軸中心Pc」と言うことにする。右のインホイールモータ20は左のインホイールモータ20と同じ構成であり、説明を省略する。
電動モータ22,22によって車輪11,11を図1の反時計回り(矢印fr方向)へ回転させることにより、車両10は前進走行をする。
【0017】
左のサスペンション装置30は、車体15にハウジング21を支持することによって、車体15にインホイールモータ20及び車輪11を懸架するものである。このサスペンション装置30は、ショックアブソーバ31とコイルばね32とアッパリンク33とロアリンク34とから成る。右のサスペンション装置30は、左のサスペンション装置30と同じ構成であり、説明を省略する。これら左右のサスペンション装置30,30は4リンク式サスペンション装置と言われている。
【0018】
アッパリンク33は、車体15のブラケット16からハウジング21へ向かって車体前後方向(例えば前方)に延び、ハウジング21の上部21aを連結する部材である。ロアリンク34は、車体15のブラケット17からハウジング21へ向かって車体前後方向(例えば後方)に延び、ハウジング21の下部21bを連結する部材である。このように、アッパリンク33及びロアリンク34によって、車体15にハウジング21の上下部21a,21bを連結することができる。
【0019】
ここで、図1に示すように、車両10を側方から見たときに、次の通りに定義する。車体15とアッパリンク33との連結点P1(連結中心P1)のことを、第1連結点P1と言う。ハウジング21とアッパリンク33との連結点P2(連結中心P2)のことを、第2連結点P2またはアッパ連結点P2と言う。車体15とロアリンク34の連結点P3(連結中心P3)のことを、第3連結点P3と言う。ハウジング21とロアリンク34の連結点P4(連結中心P4)のことを、第4連結点P4またはロア連結点P4と言う。
【0020】
車体15とアッパリンク33との連結部分には、第1ブッシュ41が介在している。ハウジング21の上部21aとアッパリンク33との連結部分には、第2ブッシュ42が介在している。第1・第2ブッシュ41,42のことを、以下「アッパ弾性部41,42」と言う。アッパ弾性部41,42は、ハウジング21からアッパリンク33を介して車体15へ入力された振動を受ける。
【0021】
車体15とロアリンク34との連結部分には、第3ブッシュ43が介在している。ハウジング21の下部21bとロアリンク34との連結部分には、第4ブッシュ44が介在している。第3・第4ブッシュ43,44のことを、以下「ロア弾性部43,44」と言う。ロア弾性部43,44は、ハウジング21からロアリンク34を介して車体15へ入力された振動を受ける。
【0022】
各ブッシュ41〜44は、それぞれ外筒と内筒との間にラバー等の弾性体を介在させた、いわゆるラバーブッシュの構成である。アッパリンク33及びロアリンク34に力が作用したときに、各ブッシュ41〜44の弾性体は、弾性変形することによって力を緩和することができる。このため、各ブッシュ41〜44は、所定の「ばね定数」を有した、ばねの一種であるとみなすことができる。
【0023】
図3は図1に示す車輪、インホイールモータ、アッパリンク及びロアリンクの模式図である。なお、以下の説明の理解を容易にするために、アッパ連結点P2及びロア連結点P4の位置を、図1に示す位置に対して、ずらして表してある。
【0024】
ここで、図3に示すように、車両10を側方から見たときに、次の通りに定義する。
路面Grから車輪11の回転中心Pcまでの高さ、つまり、回転中心Pcの高さはHである。
アッパ連結点P2からロア連結点P4までの鉛直方向(路面Grに対して垂直方向)の距離Lのことを、「総離間距離L」とする。総離間距離Lは、ロア側距離rとアッパ側距離rとの総和である。ロア側距離rは、回転中心Pcからロア連結点P4までの距離である。アッパ側距離rは、回転中心Pcからアッパ連結点P2までの距離である。
【0025】
総離間距離Lに対するロア側距離r(ロアリンク34側の距離r)の割合のことを、「ロア距離配分率t」とする。但し、ロア距離配分率tは、0から1までの値に設定される(0≦t≦1)。0<t<1であることが好ましい。
ロア側距離rは、ロア距離配分率tに総離間距離Lを乗算することによって求められた値である。つまり、rは次の式(1)によって求められる。
=t・L ・・・(1)
一方、アッパ側距離rは、1の値からロア距離配分率tを減算し更に総離間距離Lを乗算することによって求められた値である。つまり、rは次の式(2)によって求められる。
=(1−t)・L ・・・(2)
【0026】
上述のように、アッパ弾性部41,42及びロア弾性部43,44は、前後方向の力に対して「ばね」作用をなす。そこで、アッパ弾性部41,42及びロア弾性部43,44を一種の「ばね」とみなして、各々の「ばね定数」(等価静ばね定数)を定めるようにした。2つのアッパ弾性部41,42の全体の「ばね定数」はk、2つのロア弾性部43,44の全体の「ばね定数」はkである。本発明において、「アッパ弾性部のばね定数k」とは、2つのアッパ弾性部41,42全体のばね定数のことである。また、「ロア弾性部のばね定数k」とは、2つのロア弾性部43,44全体のばね定数のことである。
アッパ弾性部41,42のばね定数kとロア弾性部43,44のばね定数kとの総和Ksのことを、「総ばね定数Ks」とする。
【0027】
総ばね定数Ksに対する、アッパ弾性部41,42のばね定数kの割合のことを、「アッパ分配率s」とする。但し、アッパ分配率sは、0から1までの値に設定される(0≦s≦1)。0<s<1であることが好ましい。アッパ弾性部41,42のばね定数kは、アッパ分配率sに総ばね定数Ksを乗算することによって求められた値である。つまり、kは次の式(3)によって求められる。
=s・Ks ・・・(3)
一方、ロア弾性部43,44のばね定数kは、1の値からアッパ分配率sを減算し更に総ばね定数Ksを乗算することによって求められた値である。つまり、kは次の式(4)によって求められる。
=(1−s)・Ks ・・・(4)
【0028】
ここで、車両10の前進走行時におけるそれぞれの力とトルクについて、図3及び図4に基づき説明する。図4は図3に示すインホイールモータ、アッパリンク及びロアリンクの作用図である。なお、図4において、前進方向の力を正(+)、逆方向の力を負(−)とする。また、図4において時計回り方向のトルク、つまりトルク反力を負(−)とする。
【0029】
図3において、電動モータ22を駆動したことにより、車輪11の回転中心Pcに発生する前後方向の並進力(駆動力)をFとする。並進力Fのうち、アッパリンク33に作用する分力(アッパ分力)はFである。並進力Fのうち、ロアリンク34に作用する分力(ロア分力)はFである。並進方向の力の釣り合いは、次の式(5)によって表される。
F+F−F=0 ・・・(5)
また、並進力Fに対するトルク反力Tは、次の式(6)によって求められる。但し、Hは回転中心Pcの高さである。
T=F・H ・・・(6)
回転中心Pcでの力の釣り合いについては、次の式(7)によって表される。
T−r・F−r=0 ・・・(7)
【0030】
上記式(5)及び式(7)により、次の式(8)と式(9)が導かれる。
=F・(H−r)/(r+r) ・・・(8)
=F・(H+r)/(r+r) ・・・(9)
及びFの値は、アッパ側距離rとロア側距離rの比、つまりロア距離配分率tによって定まる。このため、式(8)は式(10)に置き換えることができ、式(9)は、式(11)に置き換えることができる。
=F・(H−t・L)/L ・・・(10)
=F・{H+(1−t)・L}/L ・・・(11)
【0031】
式(6)及び式(7)から明らかなように、ロア距離配分率tが大きいほど、F及びFの値は小さくなる。しかし、インホイールモータ20及びサスペンション装置30の構成上、ロア距離配分率tを過大な値または過小な値に設定することはできず、自ずから限界がある。このため、ロア距離配分率tの値は概ね0.3〜0.7の範囲に設定することが好ましい。
【0032】
ここで、並進力Fとトルク反力Tとの釣り合いによる、ハウジング21の挙動について説明する。
先ず、図4に示すように、ハウジング21にトルク反力Tだけが作用したと仮定した場合には、ハウジング21は回転中心Pcを基準に図時計回り方向へ傾き角θ(回転角θ)だけ回転変位しようとする。つまり、アッパ連結点P2は後方へ点P2aまで回転変位しようとし、ロア連結点P4は前方へ点P4aまで回転変位しようとする。
しかし、実際には、ハウジング21に並進力Fが作用している。並進力Fにより、ハウジング21は前方へ並進量Xだけ並進しようとする。つまり、トルク反力Tによってハウジング21が回転変位した状態において、回転中心Pc、点P2a及び点P4aは、前方へ並進量Xだけ並進する(平行移動する)。
【0033】
以上の説明から明らかなように、並進力Fとトルク反力Tとの釣り合いによって、回転中心Pcは前方へ並進量Xだけ並進する。このときに、アッパ連結点P2は後方へ点P2bまで変位することになり、ロア連結点P4は前方へ点P4bまで変位することになる。点P2bは、アッパ連結点P2と点P2aとの間に位置する。点P4bは、点P4aの前方に位置する。
【0034】
本発明は、ハウジング21に並進力Fが作用した場合に、トルク反力Tを有効に利用することにより、車体15(図1参照)に対して回転中心Pcが前後に変位する、いわゆる、前後変位を規制したことを特徴とする。回転中心Pcの変位を規制するには、並進量Xを0にすればよい。並進量Xが0のときに、アッパ連結点P2は点P2aに位置し、ロア連結点P4は点P4aに位置する。
【0035】
以下、ハウジング21に並進力Fが作用した場合において、回転中心Pcの前後変位を規制することについて説明していく。
アッパ連結点P2から点P2bまでの変位量Xのことを、アッパ連結点P2の並進量Xと言う。ロア連結点P4から点P4bまでの変位量Xのことを、ロア連結点P4の並進量Xと言う。
【0036】
アッパ連結点P2の並進量Xと、ロア連結点P4の並進量Xは、次の式(12)及び式(13)によって求められた値となる。なお、トルク反力Tによる各連結点P2,P4の回転軌跡は、厳密には円軌跡である。しかし、傾き角θが微小なので直線変位に近似しており、直線変位としても実質的には差し支えない。このため、回転中心Pcから点P2aまでの距離をrと仮定し、回転中心Pcから点P4aまでの距離をrと仮定する。従って、三角形の公式を用いた式(12)及び式(13)が成立する。
=r・sinθ−X ・・・(12)
=r・sinθ+X ・・・(13)
【0037】
上述のように、傾き角θは微小であるため、sinθはθ[ラジアン]と近似できる。このため、X及びXを、次の式(14)及び式(15)によって求めることができる。
=r・θ−X ・・・(14)
=r・θ+X ・・・(15)
よって、式(14)及び式(15)は、次の式(16)からなる行列によって表すことができる。さらに、式(16)の行列を、式(17)からなる逆行列によって表すことができる。
【0038】
【数3】

【0039】
従って、並進量X及び傾き角θは、次の式(18)及び式(19)によって求めることができる。
【0040】
【数4】

【0041】
ところで、F及びFは次の式(20)及び式(21)によって求めることができる。
=k・X ・・・(20)
=k・X ・・・(21)
上記の式(20)及び式(21)により、次の式(22)と式(23)が導かれる。
=F/k ・・・(22)
=F/k ・・・(23)
また、上述のように、r,r,k,kは、上記の式(1)〜(4)によって求められる。
従って、式(18)及び式(19)は、次の式(24)及び式(25)に置き換えることができる。
【0042】
【数5】

【0043】
また、上記の式(10)及び式(11)に基づいて、式(24)から次の式(26)が導かれる。また、式(25)から次の式(27)が導かれる。
【0044】
【数6】

【0045】
上記の式(26)から明らかなように、並進量Xは、総離間距離Lや総ばね定数Ksの大きさに反比例するとともに、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sのバランスによって、大きさが決まる。また、上記の式(27)から明らかなように、傾き角θは、総離間距離Lの二乗や総ばね定数Ksの大きさに反比例するとともに、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sのバランスによって、大きさが決まる。
【0046】
ロア距離配分率t及びアッパ分配率sは、上記の式(26)によって求められる並進量Xが0となるように設定すればよい。なお、式(26)のことを適宜「並進量演算式」と言う。
【0047】
また、上記式(24)を変形することにより、次の式(28)が導かれる。そして、式(28)によりアッパ分配率sを求めることができる。
【0048】
【数7】

【0049】
図5は、横軸を総ばね定数のアッパ分配率sとし、縦軸を前方への並進量Xとして、上記式(26)に、H=0.3m、L=0.35m、t=0.4、Ks=2.1×10N/mを代入するとともに、Fの値を所定値に設定したときの、アッパ分配率sに対する並進量Xの関係を表した特性図である。図5に示すように、X=0とするには、s=0.17と設定すればよいことが判る。
【0050】
次に、各種特性について図6〜図9に基づき説明する。なお、図6〜図8の特性は、H=0.3m、L=0.35m、Ks=2.1×10N/m、F=1767N、T=530N・mの条件下による。
【0051】
図6は、X軸をロア距離配分率tとし、Y軸を総ばね定数のアッパ分配率sとし、Z軸を前方への並進量Xとして、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sに対する並進量Xの関係を三次元に表した特性図であり、上記の式(26)に基づいて表されている。
【0052】
この特性図によれば、次のことが判る。アッパ分配率sが小さい方が並進量Xも小さい。また、アッパ分配率sが小さいと、ロア距離配分率tの大きさにかかわらず、並進量Xは小さい。アッパ分配率sが概ね0.7以下の場合には、ロア距離配分率tが0.1〜0.85の範囲において、並進量Xは概ね0である。
【0053】
図7は、横軸をロア距離配分率tとし、縦軸をアッパ分配率sとして、並進量X=0の場合におけるロア距離配分率tとアッパ分配率sの関係を表した特性図であり、上記の式(26)に基づいて表されている。つまり、図7の特性図は、上記図6に示す特性において、X=0の場合におけるロア距離配分率tとアッパ分配率sの関係を表している。
【0054】
この特性図によれば、並進量X=0を達成するには、ロア距離配分率tを0.85よりも小さい値に設定するとともに、アッパ分配率sを0.25よりも小さい値に設定する必要があることが判る。そして、図7の特性曲線に基づいて、ロア距離配分率tとアッパ分配率sを適宜設定することによって、並進量X=0を達成することができる。
【0055】
図8は、X軸をロア距離配分率tとし、Y軸をアッパ分配率sとし、Z軸をハウジングの傾き角θとして、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sに対する傾き角θの関係を三次元に表した特性図であり、上記の式(27)に基づいて表されている。Z軸(縦軸)の目盛りは、下が小さい値であり、上にいくにつれて大きい。
【0056】
この特性図によれば、次のことが判る。特性曲線は、下に緩やかな凸となる傾向にあり、この凸の頂部、つまり傾き角θの最小値はs=0.4付近にある。しかも、特性曲線は、ロア距離配分率tが大きくなるにつれて、下に凸となる傾向が緩やかになっていく。
【0057】
図9は、X軸をアッパ分配率sとし、Y軸を総ばね定数Ksとし、Z軸をハウジングの傾き角θとして、アッパ分配率s及び総ばね定数Ksに対する傾き角θの関係を三次元に表した特性図であり、上記の式(27)に基づいて表されている。Z軸(縦軸)の目盛りは、下が小さい値であり、上にいくにつれて大きい。なお、図9の特性は、H=0.3m、L=0.35m、F=1767N、T=530N・mの条件下による。
【0058】
この特性図によれば、次のことが判る。特性曲線は、下に緩やかな凸となる傾向にあり、しかも、この凸の頂部は概ね平坦である。総ばね定数Ksが小さいときにおける凸の頂部、つまり傾き角θの最小値はs=0.4付近にある。しかも、総ばね定数Ksが大きくなると、アッパ分配率sの値にかかわらず、傾き角θが最小値になる特性を有している。このように、総ばね定数Ksの値が小さすぎなければ、アッパ分配率sの範囲を広く採用することができる。
【0059】
以上の説明から明らかなように、ハウジング21に並進力Fが作用した場合に、回転中心Pcの前後変位を規制するには、上記の式(26)によって求められる並進量Xが0となるように(車輪11の回転中心Pcが前後へ変位しないように)、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sを設定すればよいことが判る。つまり、X=0となるように、アッパリンク33の取付位置、ロアリンク34の取付位置、アッパ弾性部41,42のばね定数k、ロア弾性部43,44のばね定数kを最適条件に設定することができる。このため、サスペンション装置30の前後振動を容易に抑制することができるので、車体15に前後振動が伝達されることを抑制することができる。この結果、車両10の乗り心地を高めることができる。
【0060】
さらには、上記の式(26)によって並進量Xを求めることが可能なので、サスペンション装置30に付加した制御部(図示せず)とアクチュエータ(図示せず)によって、並進量Xが0となるようにロア距離配分率t及びアッパ分配率sを制御することができる。つまり、ロア距離配分率t及びアッパ分配率sを自動制御する制御系を、容易に構築することができる。
【0061】
例えば、制御部は車両10の走行状態等に応じて、式(26)を用いて並進量Xを演算し、この並進量Xが0となるように各種のアクチュエータに制御信号を発する。各種のアクチュエータは、制御信号に応じてアッパリンク33の取付位置、ロアリンク34の取付位置、アッパ弾性部41,42のばね定数k、及びロア弾性部43,44のばね定数kを最適条件に調整する。この結果、車両10の走行状態等に応じて、サスペンション装置30の前後振動を常に且つ容易に抑制することができる。
【0062】
このように本発明では、電動モータ22の駆動状態にかかわらず、車体15に対して車輪11の回転中心Pcが前後に変位しないように、アッパ弾性部41,42のばね定数kとロア弾性部43,44のばね定数kとを設定したものである。従って、電動モータ22のトルクが変動したときに、リンク式サスペンション装置30に作用する前後方向の力を、ハウジング21の回転方向の動きとして受け止めることができる。つまり、トルク反力Tによって並進力Fを打ち消すことができる。このため、サスペンション装置30の前後振動を抑制することができるので、車体15に前後振動が伝達されることを抑制することができる。このことは、車両10の加速走行時と減速走行時のどちらの場合であっても、同様である。この結果、車両10の乗り心地を高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の車両用インホイールモータ支持構造は、車体15にアッパリンク33及びロアリンク34によってインホイールモータ20を連結した車両に備えるのに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明に係る車輪、インホイールモータ及びサスペンション装置を備えた車両の側面図である。
【図2】図1に示す車輪、インホイールモータ及びサスペンション装置を後方から見た図である。
【図3】図1に示す車輪、インホイールモータ、アッパリンク及びロアリンクの模式図である。
【図4】図3に示すインホイールモータ、アッパリンク及びロアリンクの作用図である。
【図5】図3に示すサスペンション装置において、アッパ分配率に対する並進量の関係を表した特性図である。
【図6】図3に示すサスペンション装置において、ロア距離配分率及びアッパ分配率に対する並進量の関係を表した特性図である。
【図7】図3に示すサスペンション装置において、並進量が0の場合におけるロア距離配分率とアッパ分配率の関係を表した特性図である。
【図8】図3に示すサスペンション装置において、ロア距離配分率及びアッパ分配率に対する傾き角の関係を表した特性図である。
【図9】図3に示すサスペンション装置において、アッパ分配率及び総ばね定数に対する傾き角の関係を表した特性図である。
【符号の説明】
【0065】
10…車両、11…車輪、15…車体、20…インホイールモータ、21…ハウジング、21a…ハウジングの上部、21b…ハウジングの下部、22…電動モータ、30…サスペンション装置、33…アッパリンク、34…ロアリンク、41,42…アッパ弾性部、43,44…ロア弾性部、F…並進力、Gr…路面、H…路面から車輪の回転中心までの高さ、Ks…総ばね定数、k…アッパ弾性部のばね定数、k…ロア弾性部のばね定数、L…総離間距離、Pc…車輪の回転中心、P1…アッパリンクと車体との連結部分(連結点)、P3…ロアリンクと車体との連結部分(連結点)、r…ロア側距離、r…アッパ側距離、s…アッパ分配率、t…ロア距離配分率、X…並進量、

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪を駆動するための電動モータをハウジングに収納し、このハウジングを前記車輪に相対回転が可能に組込むとともに車体によって支持する構成の車両用インホイールモータ支持構造において、
前記車体から前記ハウジングへ向かって車体前後方向に延び、前記車体に前記ハウジングの上部を連結するアッパリンクと、
前記車体と前記アッパリンクとの連結部分、及び、前記ハウジングと前記アッパリンクとの連結部分にそれぞれ介在し、前記ハウジングから前記アッパリンクを介して前記車体へ入力される振動を受けるアッパ弾性部と、
前記車体から前記ハウジングへ向かって車体前後方向に延び、前記車体に前記ハウジングの下部を連結するロアリンクと、
前記車体と前記ロアリンクとの連結部分、及び、前記ハウジングと前記ロアリンクとの連結部分にそれぞれ介在し、前記ハウジングから前記ロアリンクを介して前記車体へ入力される振動を受けるロア弾性部と、を備え、
前記アッパ弾性部のばね定数及び前記ロア弾性部のばね定数は、前記電動モータの駆動状態にかかわらず、前記車体に対する前記車輪の回転中心の前後変位を規制可能な値に設定されていることを特徴とした車両用インホイールモータ支持構造。
【請求項2】
前記ハウジングに連結される、前記アッパ及びロアリンクの連結点同士の鉛直方向の距離を、総離間距離Lとし、
この総離間距離Lに対するロアリンク側の距離の割合を、0から1までの値で設定されるロア距離配分率tとし、
前記車輪の回転中心から前記ロアリンクの連結点までの距離を、前記ロア距離配分率tに前記総離間距離Lを乗算した値とし、
前記車輪の回転中心から前記アッパリンクの連結点までの距離を、1の値から前記ロア距離配分率tを減算し更に前記総離間距離Lを乗算した値とし、
前記アッパ弾性部のばね定数及び前記ロア弾性部のばね定数の総和を、総ばね定数Ksとし、
この総ばね定数Ksに対する前記アッパ弾性部のばね定数の割合を、0から1までの値で設定されるアッパ分配率sとし、
前記アッパ弾性部のばね定数を、前記アッパ分配率sに前記総ばね定数Ksを乗算した値とし、
前記ロア弾性部のばね定数を、1の値から前記アッパ分配率sを減算し更に前記総ばね定数Ksを乗算した値とし、
路面から前記車輪の回転中心までの高さをHとし、
前記電動モータを駆動したことにより、前記車輪の回転中心に発生する、前後方向の並進力をFとし、
この並進力Fによって、前記車体に対する前記車輪の回転中心が前後に並進する並進量をXとし、
前記ロア距離配分率t及び前記アッパ分配率sは、次の並進量演算式によって求められる前記並進量Xが0となるように設定されていることを特徴とした請求項1記載の車両用インホイールモータ支持構造。
【数1】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−179274(P2009−179274A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−22098(P2008−22098)
【出願日】平成20年1月31日(2008.1.31)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】