説明

車両用ブレーキ液圧制御装置

【課題】車両が横転しそうなときの姿勢の安定性をより向上させる。
【解決手段】同一軸上に設けられた左右の車輪を個別に制動可能に構成され、旋回中に横転傾向が検知されると車輪を制動して横転抑制制御を実行する車両用ブレーキ液圧制御装置であって、横転抑制制御部120は、横転傾向が検知された場合に、旋回外輪に第1の制動力で制動を行うと同時に、同一軸上の旋回内輪に第1の制動力よりも小さい第2の制動力で制動を開始する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用ブレーキ液圧制御装置に関し、特に、ブレーキを制御して車両の横転を抑制する車両用ブレーキ液圧制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両が急旋回することで、横転しそうになった場合に、車両を安定させるため、旋回外輪のみに制動力を与えることで、路面とタイヤの間に働く横方向の摩擦力を減少させ、横転を抑制する方法が知られている(特許文献1)。
【0003】
また、車両は、一方向に旋回した後、逆方向に切り返したときに、ロールの反動で特に横転し易くなることから、切返しの操舵後に安定化し易いように、切返し操作後に旋回内輪に予備ブレーキを与える技術が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平10−081215号公報
【特許文献2】特表2007−513002号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1または特許文献2に記載の方法では、旋回後の切返し操作のときに、切返し後の外輪(切返し前の内輪)の制動力を迅速に上昇させることができないという問題がある。特許文献2の技術では、切返し操作後に予備ブレーキを与えることから、特許文献1の方法よりは良いと考えられるが、旋回内輪の予備ブレーキは、あくまで切り返し操作後に与えられることから、切返し後の外輪のブレーキ力の上昇は必ずしも十分ではなく、また、予備ブレーキの時間が短いことから、横転抑制の要素の1つである車両の減速への寄与も小さいという問題があった。
【0006】
そこで、本発明は、車両が横転しそうなときの姿勢の安定性をより向上させることができる車両用ブレーキ液圧制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決する本発明は、同一軸上に設けられた左右の車輪を個別に制動可能に構成され、旋回中に横転傾向が検知されると前記車輪を制動して横転抑制制御を実行する車両用ブレーキ液圧制御装置であって、横転傾向が検知された場合に、旋回外輪に第1の制動力で制動を行うと同時に、同一軸上の旋回内輪に前記第1の制動力よりも小さい第2の制動力で制動を開始することを特徴とする。
【0008】
このような構成によれば、横転傾向が検知された場合に、旋回外輪に第1の制動力で制動を行うのと「同時に」、同一軸上の旋回内輪(以下、単に「内輪」ということがある。)に前記第1の制動力よりも小さい第2の制動力で制動を開始するので、旋回内輪よりも旋回外輪(以下、単に「外輪」ということがある。)に大きな制動力を与えることで、その後の切返し操舵の有無に関わらず、横転傾向の抑制が可能であるとともに、その後に切返し操舵があった場合には、すでに旋回内輪(切返し後の旋回外輪)にある程度の制動力が与えられていることで、切返し後に迅速に外輪のブレーキ圧を上昇させて、効果的に横転の抑制をすることができる。
【0009】
また、切返し操舵の前において、外輪だけでなく、内輪にも制動力を与えることで、車体速度を効果的に減少させ、これによっても、横転を抑制することができる。すなわち、横転傾向を直接的に示すロール角は、車体速度に依存し、車体速度が高いほど大きくなりやすいので、車体速度を落とすことで横転を抑制することができる。また、この構成によれば、切返し操舵の前の時点で、内輪の制動力を利用して車体速度が低くなっているので、切返し操舵後の横転を効果的に抑制することができる。
【0010】
前記した車両用ブレーキ液圧制御装置においては、前記第1の制動力で旋回外輪の制動を行うために目標となる外輪目標制動力を設定する外輪目標制動力設定手段と、前記第2の制動力で旋回内輪の制動を行うために目標となる内輪目標制動力を、前記外輪目標制動力より小さい値で設定する内輪目標制動力設定手段とを備える構成とすることができる。
【0011】
そして、本発明における横転抑制制御は、横転傾向を示す横転検知パラメータが少なくとも所定の閾値を超えた場合に実行され、前記外輪目標制動力設定手段は、前記横転検知パラメータと前記所定の閾値との偏差から外輪目標制動力を設定する構成とすることができる。
【0012】
横転傾向を示す横転検知パラメータと横転抑制制御をするか否かを判定する所定の閾値との偏差は、大きければ大きいほど横転の可能性が高いことを意味するので、この偏差から外輪目標制動力を設定することで、横転の可能性に応じた制御を行うことが可能となる。
【0013】
そして、前記内輪目標制動力設定手段は、予め定められた所定値が外輪目標制動力に1未満の係数を乗じた値より小さい場合には当該所定値を内輪目標制動力に設定し、予め定められた所定値が外輪目標制動力に前記1未満の係数を乗じた値以上の場合には外輪目標制動力に前記1未満の係数を乗じた値を内輪目標制動力に設定する構成とすることができる。
【0014】
このような構成によれば、内輪目標制動力を基本的に所定値とすることで、切返し後の外輪の制動力の上昇の遅れを防止し、車体の減速性能を発揮しつつ、外輪に与える制動力が小さい場合には、内輪の制動力を外輪よりも小さくすることができるので、この場合にも横転の抑制効果を発揮することができる。
【0015】
前記内輪目標制動力設定手段は、前記横転抑制制御を開始してから所定時間は、前記所定値を第1の所定値とし、前記所定時間経過後は、前記所定値を前記第1の所定値よりも小さい第2の所定値としてもよい。
【0016】
このような構成によれば、横転抑制制御の開始初期に内輪目標制動力を大きく設定することで制動力の立ち上がりを向上させて、車両の安定化を図ることができる。
【0017】
前記した車両用ブレーキ液圧制御装置においては、前記横転抑制制御を前後の車輪の双方で実行し、前記外輪目標制動力設定手段は、後輪の外輪目標制動力を、第3の所定値を上限とするように設定することが望ましい。
【0018】
このように構成することで、前後輪の両方に制動力が与えられ、迅速に車体速度を減少させて横転抑制効果を向上させることができるとともに、スリップしやすい後輪の制動力に上限値を設けて必要以上の制動力を発生させないようにすることができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、横転抑制制御時に、旋回外輪に制動力を与えるのと同時に旋回内輪に制動力を与えるので、車体速度を減少させることで横転傾向を抑制するとともに、切返し操舵があった場合に切返し後の旋回外輪の制動力の上昇の遅れを防止し、車両が横転しそうなときの姿勢の安定性をより向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明の実施形態に係る車両用ブレーキ液圧制御装置を備えた車両の構成図である。
【図2】車両用ブレーキ液圧制御装置の液圧ユニットの構成図である。
【図3】制御部の構成を示すブロック図である。
【図4】(a)パラメータ計算手段の構成を示すブロック図と、(b)ROM制御制動力設定手段の構成を示すブロック図である。
【図5】閾値計算用ロールレートとロール角閾値の関係を示すグラフである。
【図6】横転抑制制御の全体処理を示すフローチャートである。
【図7】合成ロール角の計算処理を示すフローチャートである。
【図8】第1配分係数の算出処理を示すフローチャートである。
【図9】第2配分係数の算出処理を示すフローチャートである。
【図10】ロール角閾値の設定処理を示すフローチャートである。
【図11】外輪目標制動力の算出処理を示すフローチャートである。
【図12】内輪目標制動力の算出処理を示すフローチャートである。
【図13】第1合成ロール角を算出する処理を説明するための、各パラメータの経時変化を示すグラフである。
【図14】第2合成ロール角を算出する処理を説明するための、各パラメータの経時変化を示すグラフである。
【図15】合成ロールレートを算出する処理を説明するための、各パラメータの経時変化を示すグラフである。
【図16】合成ロールレートからロール角閾値を算出するまでを説明するグラフである。
【図17】偏差ΔRaの算出を説明するグラフである。
【図18】(a)偏差ΔRaからのPI出力値の算出を説明するグラフと、(b)外輪目標制動力の経時変化を示すグラフである。
【図19】内輪目標制動力の経時変化を示すグラフである。
【図20】(a)前右輪、(b)前左輪、(c)後右輪、(d)後左輪のそれぞれについての目標制動力の経時変化を示すグラフである。
【図21】本実施形態の装置による横転抑制制御を行った場合の、配分係数、横転検知パラメータ、キャリパ圧、車輪浮上がり量の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1に示すように、車両用ブレーキ液圧制御装置Aは、車両CRの各車輪Wに付与する制動力(ブレーキ液圧)を適宜制御するためのものであり、油路(液圧路)や各種部品が設けられた液圧ユニット10と、液圧ユニット10内の各種部品を適宜制御するための制御部100とを主に備えている。
【0022】
制御部100には、車輪Wの車輪速度を検出する車輪速センサ91と、ステアリングSTの操舵角を検出する操舵角センサ92と、車両CRの横方向に働く加速度(横加速度)を検出する横加速度センサ93と、車両CRの旋回角速度(実ヨーレート)を検出するヨーレートセンサ94とが接続されている。各センサ91〜94の検出結果は、制御部100に出力される。
【0023】
制御部100は、例えば、CPU、RAM、ROMおよび入出力回路を備えており、車輪速センサ91、操舵角センサ92、横加速度センサ93およびヨーレートセンサ94からの入力と、ROMに記憶されたプログラムやデータに基づいて各演算処理を行うことによって制御を実行する。
【0024】
ホイールシリンダHは、マスタシリンダMCおよび車両用ブレーキ液圧制御装置Aにより発生されたブレーキ液圧を各車輪Wに設けられた車輪ブレーキFR,FL,RR,RLの作動力に変換する液圧装置であり、それぞれ配管を介して車両用ブレーキ液圧制御装置Aの液圧ユニット10に接続されている。
【0025】
図2に示すように、液圧ユニット10は、運転者がブレーキペダルBPに加える踏力に応じたブレーキ液圧を発生する液圧源であるマスタシリンダMCと、車輪ブレーキFR,FL,RR,RLとの間に配置されている。液圧ユニット10は、ブレーキ液が流通する油路を有する基体であるポンプボディ10a、油路上に複数配置された入口弁1、出口弁2などから構成されている。
【0026】
マスタシリンダMCの二つの出力ポートM1,M2はポンプボディ10aの入口ポート12Aに接続され、ポンプボディ10aの出口ポート12Bは各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに接続されている。そして、通常時はポンプボディ10a内の入口ポート12Aから出口ポート12Bまでが連通した油路となっていることで、ブレーキペダルBPの踏力が各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに伝達されるようになっている。
【0027】
また、出力ポートM1から始まる油路は前輪左側の車輪ブレーキFLと後輪右側の車輪ブレーキRRに通じており、出力ポートM2から始まる油路は前輪右側の車輪ブレーキFRと後輪左側の車輪ブレーキRLに通じている。なお、以下では、出力ポートM1から始まる油路を「第一系統」と称し、出力ポートM2から始まる油路を「第二系統」と称する。
【0028】
液圧ユニット10には、その第一系統に各車輪ブレーキFL,RRに対応して二つの制御弁手段Vが設けられており、同様に、その第二系統に各車輪ブレーキRL,FRに対応して二つの制御弁手段Vが設けられている。また、液圧ユニット10には、第一系統および第二系統のそれぞれに、リザーバ3、ポンプ4、オリフィス5a、調圧弁(レギュレータ)R、吸入弁7が設けられている。さらに、液圧ユニット10には、第一系統のポンプ4と第二系統のポンプ4とを駆動するための共通のモータ9が設けられている。このモータ9は、回転数制御可能なモータである。また、本実施形態では、第二系統にのみ圧力センサ8が設けられている。
【0029】
なお、以下では、マスタシリンダMCの出力ポートM1,M2から各調圧弁Rに至る油路を「出力液圧路A1」と称し、第一系統の調圧弁Rから車輪ブレーキFL,RRに至る油路および第二系統の調圧弁Rから車輪ブレーキRL,FRに至る油路をそれぞれ「車輪液圧路B」と称する。また、出力液圧路A1からポンプ4に至る油路を「吸入液圧路C」と称し、ポンプ4から車輪液圧路Bに至る油路を「吐出液圧路D」と称し、さらに、車輪液圧路Bから吸入液圧路Cに至る油路を「開放路E」と称する。
【0030】
制御弁手段Vは、マスタシリンダMCまたはポンプ4側から車輪ブレーキFL,RR,RL,FR側(詳細には、ホイールシリンダH側)への液圧の行き来を制御する弁であり、ホイールシリンダHの圧力を増加、保持または低下させることができる。そのため、制御弁手段Vは、入口弁1、出口弁2およびチェック弁1aを備えて構成されている。
【0031】
入口弁1は、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRとマスタシリンダMCとの間、すなわち車輪液圧路Bに設けられた常開型の電磁弁である。入口弁1は、通常時に開いていることで、マスタシリンダMCから各車輪ブレーキFL,FR,RL,RRへブレーキ液圧が伝達するのを許容している。また、入口弁1は、車輪Wがロックしそうになったときに制御部100により閉塞されることで、ブレーキペダルBPから各車輪ブレーキFL,FR,RL,RRに伝達するブレーキ液圧を遮断する。
【0032】
出口弁2は、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRと各リザーバ3との間、すなわち車輪液圧路Bと開放路Eとの間に介設された常閉型の電磁弁である。出口弁2は、通常時に閉塞されているが、車輪Wがロックしそうになったときに制御部100により開放されることで、各車輪ブレーキFL,FR,RL,RRに作用するブレーキ液圧を各リザーバ3に逃がす。
【0033】
チェック弁1aは、各入口弁1に並列に接続されている。このチェック弁1aは、各車輪ブレーキFL,FR,RL,RR側からマスタシリンダMC側へのブレーキ液の流入のみを許容する一方向弁であり、ブレーキペダルBPからの入力が解除された場合に、入口弁1を閉じた状態にしたときにおいても、各車輪ブレーキFL,FR,RL,RR側からマスタシリンダMC側へのブレーキ液の流入を許容する。
【0034】
リザーバ3は、開放路Eに設けられており、各出口弁2が開放されることによって逃がされるブレーキ液圧を吸収する機能を有している。また、リザーバ3とポンプ4との間には、リザーバ3側からポンプ4側へのブレーキ液の流れのみを許容するチェック弁3aが介設されている。
【0035】
ポンプ4は、出力液圧路A1に通じる吸入液圧路Cと車輪液圧路Bに通じる吐出液圧路Dとの間に介設されており、リザーバ3に貯留されているブレーキ液を吸入して吐出液圧路Dに吐出する機能を有している。これにより、リザーバ3により吸収されたブレーキ液をマスタシリンダMCに戻すことができるとともに、運転者がブレーキペダルBPを操作しない場合でもブレーキ液圧を発生して車輪ブレーキFL,RR,RL,FRに制動力を発生することができる。
なお、ポンプ4のブレーキ液の吐出量は、モータ9の回転数に依存しており、例えば、モータ9の回転数が大きくなると、ポンプ4によるブレーキ液の吐出量も大きくなる。
【0036】
オリフィス5aは、ポンプ4から吐出されたブレーキ液の圧力の脈動および後述する調圧弁Rが作動することにより発生する脈動を減衰させている。
【0037】
調圧弁Rは、通常時に開いていることで、出力液圧路A1から車輪液圧路Bへのブレーキ液の流れを許容する。また、調圧弁Rは、ポンプ4が発生したブレーキ液圧によりホイールシリンダH側の圧力を増加するときには、ブレーキ液の流れを遮断しつつ、吐出液圧路D、車輪液圧路BおよびホイールシリンダH側の圧力を設定値以下に調節する機能を有している。そのため、調圧弁Rは、切換弁6およびチェック弁6aを備えて構成されている。
【0038】
切換弁6は、マスタシリンダMCに通じる出力液圧路A1と各車輪ブレーキFL,FR,RL,RRに通じる車輪液圧路Bとの間に介設された常開型のリニアソレノイド弁である。詳細は図示しないが、切換弁6の弁体は、付与される電流に応じた電磁力によって車輪液圧路BおよびホイールシリンダH側へ付勢されており、車輪液圧路Bの圧力が出力液圧路A1の圧力より所定値(この所定値は、付与される電流による)以上高くなった場合には、車輪液圧路Bから出力液圧路A1へ向けてブレーキ液が逃げることで、車輪液圧路B側の圧力が所定圧に調整される。
【0039】
チェック弁6aは、各切換弁6に並列に接続されている。このチェック弁6aは、出力液圧路A1から車輪液圧路Bへのブレーキ液の流れを許容する一方向弁である。
【0040】
吸入弁7は、吸入液圧路Cに設けられた常閉型の電磁弁であり、吸入液圧路Cを開放する状態または遮断する状態に切り換えるものである。吸入弁7は、切換弁6が閉じるとき、すなわち、運転者がブレーキペダルBPを操作しない場合において各車輪ブレーキFL,FR,RL,RRにブレーキ液圧を作用させるときに制御部100により開放(開弁)される。
【0041】
圧力センサ8は、第二系統の出力液圧路A1のブレーキ液圧を検出するものであり、その検出結果は制御部100に入力される。
【0042】
次に、制御部100の詳細について説明する。図3に示すように、制御部100は、各センサ91〜94から入力された信号に基づいて液圧ユニット10内の制御弁手段V、切換弁6(調圧弁R)および吸入弁7の開閉動作ならびにモータ9の動作を制御して、各車輪ブレーキFL,RR,RL,FRの動作を制御するものである。制御部100は、横滑り制御部110、横転抑制制御部120、目標制動力設定部130、弁駆動部140、モータ駆動部150および記憶部180を備えている。記憶部180は、予め設定された定数や、センサが検出した値や各機能部が算出した値が適宜記憶される。
【0043】
横滑り制御部110は、車両CRの横滑りを抑制して挙動を安定化させるための公知の制御手段である。横滑り制御部110は、車輪速センサ91、操舵角センサ92、横加速度センサ93およびヨーレートセンサ94が検出した信号に基づいて、4つの車輪Wのうちの一部の車輪Wに制動力を与える制御を実行する。横滑り制御部110が算出した各車輪Wに与える制動力は、目標制動力設定部130へ出力される。
【0044】
横転抑制制御部120は、車両CRが旋回中に横転検知パラメータによって車両CRの横転傾向が検知されると同一軸上に設けられた左右の車輪Wに個別に制動力を与えることにより横転抑制制御を実行する機能を有する。具体的には、横転傾向が検知された場合に、旋回外輪に第1の制動力で制動を行うと同時に、同一軸上の旋回内輪に第1の制動力よりも小さい第2の制動力で制動を開始する機能を有する。このため、横転抑制制御部120は、ロール角算出手段121と、ロールレート算出手段122と、補正横加速度算出手段123と、転舵速度算出手段124と、操舵判定手段125と、切返し判定手段126と、不安定レベル算出手段127と、パラメータ計算手段128と、ROM(横転抑制)制御制動力設定手段129とを備える。
【0045】
ロール角算出手段121は、第1ロール角の一例としての横Gベースロール角Ra1、第2ロール角の一例としてのヨーレートベースロール角Ra2、第3ロール角の一例としての操舵角ベースロール角Ra3を算出する手段である。これらのロール角の計算方法は公知であり、以下の計算式により算出することができる。
Ra1=(Hg×W×Yg)/(Gf+Gr)
Ra2=(Hg×W×ω×Vx)/(Gf+Gr)
Ra3=(Hg×W×ωθ×Vx)/(Gf+Gr)
Hg:ロール軸と重心の鉛直方向の距離
W:バネ上重量
Gf,Gr:ロール剛性
Yg:横加速度
ω:ヨーレート
ωθ:規範ヨーレート(規範ヨーレートは操舵角と車体速度Vxとに基づき算出される)
Vx:車体速度
【0046】
ロールレート算出手段122は、横Gベースロール角Ra1から横GベースロールレートRa1′を算出し、ヨーレートベースロール角Ra2からヨーレートベースロールレートRa2′を算出する。これらのロールレートは、ロール角の時間的変化率を計算することにより求める。
【0047】
補正横加速度算出手段123は、横加速度Ygを評価するための値として横加速度Ygの絶対値が減少しにくいようにフィルタ処理した値である補正横加速度Ygmを算出する機能を有する。具体的には、横加速度Ygの絶対値を取り、この絶対値が大きくなるときには、補正横加速度Ygmを絶対値の値と同じとし、絶対値が小さくなるときには、補正横加速度Ygmの値が小さくなりにくくなるように、所定の変化率の範囲内で補正横加速度Ygmの値を前回の値より小さくするように変化させる(図13の補正横加速度のグラフを参照)。
【0048】
転舵速度算出手段124は、操舵角δの変化率を計算し、これをフィルタ処理して転舵速度δ′を算出する手段である。
【0049】
操舵判定手段125は、急操舵がなされたか否かを判定する手段である。具体的には、操舵判定手段125は、転舵速度δ′の絶対値が所定値δ′th以上であり、かつ、補正横加速度Ygmの絶対値が所定値Ygth以上であるときに急操舵がなされたと判定する。
【0050】
切返し判定手段126は、急な切返しがあったか否かを判定する手段である。具体的には、切返し判定手段126は、以下の5つの条件がすべて満たされたときに急な切返しがあったと判定する。
(1)操舵角δの左右を示す符号と横加速度Ygの左右を示す符号が、異なること、すなわち、ステアリングを左に操舵したときの操舵角の値の符号と、車両が安定して左旋回しているときに作用する横加速度およびロール角の値の符号と、車両が左旋回してロール角が大きくなるときのロールレートの値の符号を第1の符号(例えば、左)と規定し、ステアリングを右に操舵したときの操舵角の値の符号と、車両が安定して右旋回しているときに作用する横加速度およびロール角の値の符号と、車両が右旋回してロール角が大きくなるときのロールレートの値の符号を第2の符号(例えば、右)と規定したとき、操舵角δと横加速度Ygのうち一方が第1の符号であるとともに他方が第2の符号であること。
(2)横Gベースロール角Ra1と横GベースロールレートRa1′の一方が第1の符号であるとともに他方が第2の符号であること。
(3)ヨーレートベースロール角Ra2とヨーレートベースロールレートRa2′の一方が第1の符号であるとともに他方が第2の符号であること。
(4)横GベースロールレートRa1′の絶対値が所定値Ra1′th以上であること。
(5)ヨーレートベースロールレートRa2′の絶対値が所定値Ra2′th以上であること。
【0051】
不安定レベル算出手段127は、ヨーレートセンサ94で検出される実ヨーレートに対し公知のフィルタ処理をした実ヨーレートYsと、操舵角δおよび車体速度Vxから公知の方法により求まる規範ヨーレートYcとに基づいて、従来公知の方法により、車両CRの走行状態の不安定レベルを算出する機能を有している。具体的には、不安定レベル算出手段127は、実ヨーレートYsと規範ヨーレートYcの差分(実ヨーレートYsと規範ヨーレートYcの偏差)に対してフィルタ処理を行って不安定レベルを求める。不安定レベルは、車両CRの走行状態における不安定さが大きいときに大きな値となる。
【0052】
パラメータ計算手段128は、以上の各手段が算出した値に基づき、横転傾向を示す値(パラメータ)を計算するとともに、車両CRのロール角の変化率である閾値計算用ロールレートを算出し、当該閾値計算用ロールレートが大きい程小さい値となるようにパラメータ閾値としてのロール角閾値Rathを設定する手段である。
【0053】
パラメータ計算手段128は、実ロール角に相当する第1ロール角(横Gベースロール角Ra1)と、当該第1ロール角よりも早い位相で変化するパラメータを用いて得られた第2ロール角(ヨーレートベースロール角Ra2)とを所定の配分で合成して第1合成ロール角Ra12を計算し、操舵判定手段125により急操舵がなされたと判定されたときは、急操舵がなされていないと判定されたときよりも第1ロール角に対する第2ロール角の配分を大きくして第1合成ロール角Ra12を計算する。
【0054】
そして、パラメータ計算手段128は、第1ロール角および第2ロール角よりも早い位相で変化するパラメータから得られた第3ロール角(操舵角ベースロール角Ra3)と第1合成ロール角Ra12とを所定の配分で合成して横転検知パラメータとしての第2合成ロール角Raを計算し、切返し判定手段126により急な切返しがあったと判定されたときは、急な切返しがなかったと判定されたときよりも第1合成ロール角Ra12に対する第3ロール角の配分を大きくして第2合成ロール角Raを計算する。
【0055】
本実施形態では、第1合成ロール角Ra12を計算するための所定の配分として、転舵速度に応じて変化する第1配分係数K1を用い、第2合成ロール角Raを計算するための所定の配分として、急な切返しに応じて変化する第2配分係数K2を用いる。このため、パラメータ計算手段128は、図4(a)に示すように、第1カウンタ128A、第2カウンタ128B、第1配分係数設定手段128Cおよび第2配分係数設定手段128Dを有する。
【0056】
第1カウンタ128Aは、操舵判定手段125により急操舵がなされたと判定された場合に第1カウント値C1を上限値C1maxの範囲内で加算し、急操舵がなされていないと判定された場合に第1カウント値C1を減算する。このときの加算量と減算量とは互いに同じ値でもよいし、異なる値でもよい。本実施形態では、急操舵がなされたときに、その急操舵の影響を比較的長く残すため、加算量より減算量が小さく設定されている。第1カウンタ128Aは、第1配分係数K1が後述する所定の上限値に達した後も、加算を行う。これにより、第1配分係数K1が所定の上限値に達した後に第1カウント値C1を減算し始めても、第1カウント値C1が所定の上限値に対応する値になるまでは第1配分係数K1が所定の上限値に維持されるので、急操舵を終えた後も横転抑制効果を向上させることができる。
【0057】
第2カウンタ128Bは、切返し判定手段126により急な切返しがあったと判定された場合に第2カウント値C2を上限値C2maxの範囲内で加算し、急な切返しがなかったと判定した場合に第2カウント値C2を減算する。このときの加算量と減算量とは互いに同じ値でもよいし、異なる値でもよい。本実施形態では、切返し操舵がなされたときに、その切返し操舵の影響を比較的長く残すため、加算量より減算量が小さく設定されている。第2カウンタ128Bは、第2配分係数K2が後述する所定の上限値に達した後も、加算を行う。これにより、第2配分係数K2が所定の上限値に達した後に第2カウント値C2を減算し始めても、第2カウント値C2が所定の上限値に対応する値になるまでは第2配分係数K2が所定の上限値に維持されるので、特に切返し後の横転抑制効果を向上させることができる。
【0058】
第1配分係数設定手段128Cは、第1カウント値C1に応じて横Gベースロール角Ra1に対するヨーレートベースロール角Ra2の配分に相当する第1配分係数K1を所定の上限値以下の範囲で設定する。ここで設定する第1配分係数K1は、横GベースロールレートRa1′に対するヨーレートベースロールレートRa2′の配分係数としても用いられる。本実施形態では、第1配分係数K1は、第1カウント値C1に一定の係数α1を乗じた値とし、所定の上限値は1としている。
【0059】
第2配分係数設定手段128Dは、第2カウント値C2に応じて第1合成ロール角Ra12に対する操舵角ベースロール角Ra3の配分に相当する第2配分係数K2を所定の上限値以下の範囲で設定する。本実施形態では、第2配分係数K2は、第2カウント値C2に一定の係数α2を乗じた値とし、所定の上限値は1よりも小さな値であるK2maxとしている。
【0060】
以上の各手段128A〜128Dにより算出された第1配分係数K1と第2配分係数K2を用い、パラメータ計算手段128は、次式により、第1合成ロール角Ra12および第2合成ロール角Raを算出する。
Ra12=K1×Ra2+(1−K1)×Ra1
Ra =K2×Ra3+(1−K2)×Ra12
【0061】
また、パラメータ計算手段128は、ロール角閾値Rathの設定のため、図4に示すように、閾値計算用ロールレート算出手段128Eを有する。ここで、閾値計算用ロールレートを算出するのに用いるロール角は、ロール角センサで求めたロール角や横Gベースロール角など、実ロール角に相当するロール角であってもよいし、その他のパラメータから算出した推定ロール角であってもよい。また、このロール角は、横転検知パラメータと同じであってもよいし、別に求めたものでもよい。さらに、ロール角の物理量としての意味を残している限り、ロール角にフィルタ処理をしてもよいし、他の値との合成などの計算処理を行った値でもよい。本実施形態では、前記したロール角算出手段121が算出した横Gベースロール角Ra1およびヨーレートベースロール角Ra2を閾値計算用ロールレートの算出に用いることとする。
【0062】
閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、実ロール角に相当する第1ロール角(横Gベースロール角Ra1)の変化率である横GベースロールレートRa1′と、第1ロール角よりも早い位相で変化するパラメータを用いて得られた第2ロール角(ヨーレートベースロール角Ra2)の変化率であるヨーレートベースロールレートRa2′とを所定の配分で合成して閾値計算用ロールレートとして用いる合成ロールレートRa12′を計算する。そして、閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、操舵判定手段125により急操舵がなされたと判定されたときは、急操舵がなされていないと判定されたときよりも第1ロールレートに対する第2ロールレートの配分を大きくして合成ロールレートRa12′を計算する。
【0063】
具体的には、閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、第1配分係数設定手段128Cにより算出された第1配分係数K1を用い、次式により、合成ロールレートRa12′を算出する。
Ra12′=K1×Ra2′+(1−K1)×Ra1′
【0064】
さらに、閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、不安定レベルが所定値Lv未満である場合には、閾値計算用ロールレートを0にする。
【0065】
パラメータ計算手段128は、閾値計算用ロールレート算出手段128Eにより設定された閾値計算用ロールレートの値を用い、記憶部180に記憶されている閾値計算用ロールレートとロール角閾値Rathとの換算テーブルを参照して、ロール角閾値Rathを設定する。この換算テーブルは、図5に示すように閾値計算用ロールレートが大きくなるほど、ロール角閾値Rathが小さくなるようになっている。より具体的には、閾値計算用ロールレートがγ1までは、ロール角閾値Rathは一定値εであり、閾値計算用ロールレートがγ1からγ2までの間は、一定勾配でロール角閾値Rathが0まで減少し、閾値計算用ロールレートがγ2より大きいときは、ロール角閾値は0とされている。
閾値計算用ロールレートがγ1までは一定値εをとることで、Jターン旋回などの遅い操舵による旋回において、横転抑制制御が必要以上に介入することが防止され、閾値計算用ロールレートがγ2より大きい場合には、ロール角閾値が0となっていることで、車両が横転し易い状況において確実に横転抑制制御が実行される。
【0066】
ROM制御制動力設定手段129は、図4(b)に示すように、外輪目標制動力設定手段129Aと、内輪目標制動力設定手段129Bとを有する。
【0067】
外輪目標制動力設定手段129Aは、第1の制動力で旋回外輪の制動を行うために目標となる外輪目標制動力を設定する手段であり、横転検知パラメータとしての第2合成ロール角Raとロール角閾値Rathとの偏差ΔRaから外輪目標制動力を設定する。横転検知パラメータは、大きいほど、横転の可能性が高いことを示す指標であり、ロール角閾値Rathは、横転の可能性を判断する基準値である。そこで、横転検知パラメータと所定の閾値(ここではロール角閾値Rath)との偏差ΔRaが大きいほど横転の可能性が高いので、旋回外輪に与える制動力を、この偏差ΔRaに応じた値とすることで、適度な制動力を外輪に与えて横転を抑制することができる。
【0068】
具体的には、偏差ΔRaは、次のようにして求めることができる。まず、次式により、左旋回時の偏差ΔRa(左)および右旋回時の偏差ΔRa(右)を計算する。なお、ロール角閾値Rathは、0または正の値である。
ΔRa(左)=MAX{(Ra−Rath),0}
ΔRa(右)=MAX{((−Rath)−Ra),0}
そして、ΔRa(左)とΔRa(右)のうち、大きい方をΔRaとする。
【0069】
また、本実施形態においては、PI制御によってより適切な制動力を設定するため、外輪目標制動力設定手段129Aは、偏差ΔRaからPI出力値を求め、外輪目標制動力Foutとしては、値の大きさを調整するため、PI出力値に補正係数を乗じた値を入力する。
【0070】
また、外輪目標制動力設定手段129Aは、後輪の外輪目標制動力Fout1を、所定値Foutmax(第3の所定値)を上限値とするように設定する。後輪は、前輪に比較して制動時にスリップしやすいことから、制動力の目標値に上限を設けることで、後輪のスリップによる車両CRの姿勢の不安定化を抑制することができる。
【0071】
なお、偏差ΔRaは、外輪目標制動力を計算する元となる値であるため、横転傾向の判定の後は、横転傾向が判定されないのであれば、外輪目標制動力設定手段129Aにより0が代入される。
【0072】
内輪目標制動力設定手段129Bは、第2の制動力で旋回内輪の制動を行うために目標となる内輪目標制動力を、外輪目標制動力より小さい値で設定する手段であり、基本的に、本実施形態では、予め定められた所定値を内輪目標制動力として設定する。具体的には、この所定値は、横転抑制制御を開始してから所定時間Tm1の間は、第1の所定値B1であり、所定時間Tm1を経過後は、第1の所定値B1よりも小さい第2の所定値B2とする。これにより、制動力の立ち上がりが良くなるので、横転抑制制御の初期から内輪による制動を効果的に効かせて車体速度を減少させ、横転傾向の減少による車両の安定化を図ることができる。
【0073】
また、横転傾向が小さい場合には、外輪目標制動力が小さく設定されるので、このときにも内輪目標制動力が外輪目標制動力よりも小さくなるようにするため、内輪目標制動力設定手段129Bは、予め定められた所定値(第1の所定値B1または第2の所定値B2)が外輪目標制動力に1未満の係数βを乗じた値より小さい場合には当該所定値を内輪目標制動力に設定し、予め定められた所定値が外輪目標制動力に1未満の係数βを乗じた値以上の場合には外輪目標制動力に1未満の係数βを乗じた値を内輪目標制動力に設定する。これにより、内輪目標制動力は、常に、外輪目標制動力に対して1未満の係数βを乗じた値よりも小さくなる。すなわち、内輪の制動力よりも外輪の制動力が大きくなることで、横転の抑制が実行可能となる。このように内輪目標制動力を設定する具体的な処理方法は、後にフローチャートを参照しながら説明する。
【0074】
そして、ROM制御制動力設定手段129は、第2合成ロール角Raの値から、車両CRが右旋回と左旋回のいずれにあるかを判定し、各輪についての目標制動力を設定する。具体的には、外輪目標制動力設定手段129Aが算出した前輪の外輪用の目標制動力Fout、後輪の外輪用の目標制動力Fout1、内輪目標制動力設定手段129Bが算出した前輪の内輪用の目標制動力Fin、後輪の内輪用の目標制動力Fin1に基づき、各輪に目標制動力を設定する。
【0075】
横転抑制制御部120は、第2合成ロール角Raを常時監視し、第2合成ロール角Raと正のロール角閾値Rathとの偏差ΔRaが所定値ΔRath(ΔRathは0または正である)を上回った場合に車輪ブレーキFL,RR,RL,FRの少なくとも一つに制動力を与えて横転抑制制御を実行する。ここでの所定値ΔRathは、任意の値でよく、例えば0でもよいが、所定値ΔRathを適度な大きさの値とすることで、必要以上に敏感に横転抑制制御に入ることを抑制することができる。そして、このとき各輪に与えられる制動力は、左右同軸の車輪Wについて同時に与えられ、横転抑制制御中は常に左右同軸の車輪Wの両方に与えられる。すなわち、制動力の付与開始も左右同時である。また、本実施形態においては、横転抑制制御時に前後の車輪双方に制動力を与えるので、横転抑制制御時は、常に、4輪のすべてに制動力が付与されることになる。なお、本実施形態においては、横転抑制制御フラグがONからOFFになった後も、外輪の制動力の急変を避けるため、制動力をすぐに0にするのではなく、徐々に小さくして0にしていく。
こうして設定された横転抑制制御のための各車輪Wの目標制動力は、目標制動力設定部130に出力される。
【0076】
目標制動力設定部130は、横滑り制御部110から出力された各車輪Wに与えるべき制動力と横転抑制制御部120から出力された各車輪Wに与えるべき制動力を比較して、大きい方の制動力を各車輪Wの目標制動力として設定する機能を有する。そして、目標制動力に応じて、液圧ユニット10の各弁の動作およびモータ9の動作をそれぞれ弁駆動部140とモータ駆動部150に出力する。
【0077】
弁駆動部140は、目標制動力設定部130からの指示に従い、制御弁手段V、調圧弁Rおよび吸入弁7を実際に駆動する。
【0078】
モータ駆動部150は、目標制動力設定部130からの指示に従いモータ9を回転駆動させる機能を有する。
【0079】
以上のような制御部100における、横転抑制制御をする場合の処理について説明する。図7に示すように、制御部100は、まず、車輪速センサ91、操舵角センサ92、横加速度センサ93およびヨーレートセンサ94などの各種のセンサの検出信号を読み込む(S1)。そして、合成ロール角を計算する(S100)。
【0080】
合成ロール角の計算は、図7に示すように、まず、ロール角算出手段121が、各センサ91〜94の検出値と、記憶部180に記憶されている定数に基づき、横Gベースロール角Ra1、ヨーレートベースロール角Ra2、操舵角ベースロール角Ra3を算出する(S102〜S104)。
【0081】
次に、ロールレート算出手段122は、横Gベースロール角Ra1の変化率を計算して横GベースロールレートRa1′を計算し、ヨーレートベースロール角Ra2の変化率を計算してヨーレートベースロールレートRa2′を計算する(S105)。そして、補正横加速度算出手段123は、横加速度Ygから、補正横加速度Ygmを計算する。また、転舵速度算出手段124は、操舵角δの変化率を計算し、これをフィルタ処理して転舵速度δ′を計算する(S106)。
【0082】
次に、横転抑制制御部120の第1配分係数設定手段128Cは、第1配分係数K1を計算する(S200)。第1配分係数K1は、図8に示す処理により計算される。
具体的に、まず、操舵判定手段125は、転舵速度δ′の絶対値が所定値δ′th以上であり、かつ、補正横加速度Ygmの絶対値が所定値Ygth以上であるかを判定する(S201)。図13を参照すれば、これを満たすのは、時刻t11〜t13の範囲である。これを満たすときには、転舵速度δ′が大きく、横加速度Ygがある程度大きくなっている急操舵がなされたときであるので、比較的横転が生じやすいといえる。そのため、ステップS201の条件を満たす場合(S201,Yes)、第1カウンタ128Aは、第1カウント値C1を加算する(S202)。そして、第1カウンタ128Aは、第1カウント値C1が上限値C1maxより大きくなっていれば(S203,Yes)、第1カウント値C1を上限値C1maxとし(S204)、第1カウント値C1が上限値C1max以下であれば(S203,No)、加算した値をそのまま第1カウント値C1とする。
【0083】
一方、ステップS201において、条件を満たさない場合(S201,No)、すなわち、急操舵がなされていないときには、第1カウンタ128Aは、第1カウント値C1を減算する(S208、図13の時刻t13〜t15を参照)。第1カウント値C1が0未満になるときには(S209,Yes)、第1カウント値C1を0にする(S210)。第1カウント値C1が0以上の場合(S209,No)には、そのままの値を第1カウント値C1とする。
【0084】
以上の各ステップにより第1カウント値C1が決まると、第1カウント値C1に係数α1を乗じることで第1配分係数K1を求める(S205)。第1配分係数K1が1より大きい場合には(S206,Yes)、第1配分係数K1を上限値の1に設定し(S207)、第1配分係数K1が1以下の場合には(S206、No)、そのままの値を第1配分係数K1とする。
【0085】
次に、横転抑制制御部120の第2配分係数設定手段128Dは、第2配分係数K2を計算する(S300)。第2配分係数K2は、図9に示す処理により計算される。
具体的に、まず、切返し判定手段126は、δ×Ygが負であるか否か、つまり、操舵角δと横加速度Ygの左右を示す符号が異なるか否か(カウンタステアであるか否かの意味であり、図14では、時刻t21〜t26に相当する。)を判定する(S301)。δ×Ygが負である場合(S301,Yes)、切返し判定手段126は、Ra1×Ra1′が負か否か、つまり、横Gベースロール角Ra1と横GベースロールレートRa1′の左右を示す符号が異なるかと、横GベースロールレートRa1′の絶対値が所定値Ra1′th以上であるか否か(切返しが急か否か)を判定する(S302)。ステップS302の条件を満たす場合(S302,Yes)、切返し判定手段126は、さらに、Ra2×Ra2′が負か否か、つまり、ヨーレートベースロール角Ra2とヨーレートベースロールレートRa2′の左右を示す符号が異なるかと、ヨーレートベースロールレートRa2′の絶対値が所定値Ra2′th以上であるか否か(切返しが急か否か)を判定する(S303)。ステップS303の条件を満たす場合、切返し判定手段126は、急な切返し操舵があったと判定する。図14を参照すれば、ステップS301〜S303を満たすのは、時刻t22〜t24の範囲である。これを満たすときには、急な切返しがあったときであるので横転が生じやすいといえる。そのため、第2カウンタ128Bは、第2カウント値C2を加算する(S304)。そして、第2カウンタ128Bは、第2カウント値C2が上限値C2maxより大きくなっていれば(S305,Yes)、第2カウント値C2を上限値C2maxとし(S306)、第2カウント値C2が上限値C2max以下であれば(S305,No)、加算した値をそのまま第2カウント値C2とする。
【0086】
一方、ステップS301〜303のいずれかにおいて、条件を満たさない場合(S301〜S303のNo)、すなわち、急な切返し転舵がなされていないときには、第2カウンタ128Bは、第2カウント値C2を減算する(S311、図14の時刻t24〜t26を参照)。第2カウント値C2が0未満になるときには(S312,Yes)、第2カウント値C2を0にすることで(S313)、第2カウント値C2を0以上の値とする。第2カウント値C2が0以上の場合(S312,No)には、そのままの値を第2カウント値C2とする。
【0087】
以上の各ステップにより第2カウント値C2が決まると、第2カウント値C2に係数α2を乗じることで第2配分係数K2を求める(S307)。第2配分係数K2が1よりも小さな値であるK2maxより大きい場合には(S308,Yes)、第2配分係数K2を上限値のK2maxに設定し(S309)、第2配分係数K2がK2max以下の場合には(S308、No)、そのままの値を第2配分係数K2とする。
【0088】
図7に戻り、第1配分係数K1と第2配分係数K2が求まると、パラメータ計算手段128は、
Ra12=K1×Ra2+(1−K1)×Ra1
により、横Gベースロール角Ra1とヨーレートベースロール角Ra2とを第1配分係数K1で合成して第1合成ロール角Ra12を算出する(S107)。第1合成ロール角Ra12は、図13に示すように、横Gベースロール角Ra1を基本としつつ、第1配分係数K1が0より大きいとき(時刻t11〜t15)は、横Gベースロール角Ra1よりも早い位相で変化するヨーレートベースロール角Ra2を合成し、時刻t12〜t14においては、完全にヨーレートベースロール角Ra2に倣った値をとる。
【0089】
そして、パラメータ計算手段128は、
Ra=K2×Ra3+(1−K2)×Ra12
により、第1合成ロール角Ra12と操舵角ベースロール角Ra3とを第2配分係数K2で合成して第2合成ロール角Raを算出する(S108)。第2合成ロール角Raは、図14に示すように、第1合成ロール角Ra12を基本としつつ、第2配分係数K2が0より大きいとき(時刻t22〜t26)は、横Gベースロール角Ra1およびヨーレートベースロール角Ra2よりも早い位相で変化する操舵角ベースロール角Ra3を第1合成ロール角Ra12に合成し、時刻t23〜t25においては、操舵角ベースロール角Ra3にかなり近づいた値をとる。
【0090】
そして、図6に戻り、パラメータ計算手段128は、ステップS400でロール角閾値Rathを設定する。具体的には、図10に示すように、閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、
Ra12′=K1×Ra2′+(1−K1)×Ra1′
により、横GベースロールレートRa1′とヨーレートベースロールレートRa2′とを第1配分係数K1で合成して合成ロールレートRa12′を算出する(S401)。合成ロールレートRa12′は、図15に示すように、横GベースロールレートRa1′を基本としつつ、第1配分係数K1が0より大きいとき(時刻t11〜t15)は、横Gベースロール角Ra1よりも早い位相で変化するヨーレートベースロール角Ra2に基づくヨーレートベースロールレートRa2′を合成し、時刻t12〜t14においては、完全にヨーレートベースロールレートRa2′に倣った値をとる。
【0091】
そして、閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、合成ロールレートRa12′を図16に示すように絶対値処理し、また、減少しにくいようにフィルタ処理して閾値計算用ロールレートを計算する(S402)。
【0092】
さらに、閾値計算用ロールレート算出手段128Eは、不安定レベル算出手段127が算出した不安定レベルが所定値Lv以上か否かを判定し、Lv未満の場合(S403,No)、閾値計算用ロールレートを0(ゼロ)にし(S404)、Lv以上の場合には(S403,Yes)、閾値計算用ロールレートを変更しない。
【0093】
次に、パラメータ計算手段128は、図5の閾値計算用ロールレートとロール角閾値Rathの換算テーブルを参照して、閾値計算用ロールレートからロール角閾値Rathを設定する(S405)。これにより、図16に示すように、閾値計算用ロールレートが、時刻t31やt32〜t33において急激に大きくなったときは、ロール角閾値Rathが急激に小さくなり、閾値計算用ロールレートがγ2以上(時刻t33〜t34)では、ロール角閾値Rathが0となる。
【0094】
このようにして、横転検知パラメータとしての第2合成ロール角Raとロール角閾値Rathが求まると、図6に示すように、横転抑制制御部120は、第2合成ロール角Raとロール角閾値Rathの偏差ΔRaを計算する(S4)。そして、偏差ΔRaと所定値ΔRathを比較して、偏差ΔRaが所定値ΔRathより大きい場合(S5,Yes、図17の時刻t1〜t7)、横転抑制制御フラグをONにする(S6)。一方、偏差ΔRaが所定値ΔRathよりも大きくない場合(S5,No、図17のt1以前とt7以後を参照)、横転抑制制御フラグをOFFにする。また、偏差ΔRaが以下の外輪目標制動力の設定に影響しないようにするため偏差ΔRaを0にする(S7)。なお、横転抑制制御に入るか否かの条件には、車体速度Vxが所定値以上であることや、補正横加速度Ygmが所定値以上であることを含めてもよい。
【0095】
次に、外輪目標制動力設定手段129Aは、横転抑制制御のための外輪目標制動力を設定する(S500)。具体的には、図11および図18(a)に示すように、偏差ΔRaからP(比例)成分とI(積分)成分を算出し、これらの和をとることで、PI出力値を得る(S501)。なお、I成分は、図18(a)のように、上限値Imaxが設定されている。そして、外輪目標制動力設定手段129Aは、PI出力値に、所定の補正係数を乗じてFoutを算出する(S502)。ここでは、図18(a)、(b)を比較して分かるように、1より小さい補正係数を用いている。
さらに、外輪目標制動力設定手段129Aは、後輪用の制動力として、Foutmaxでリミット処理したFout1を計算する(S503)。
【0096】
次に、内輪目標制動力設定手段129Bは、横転抑制制御のための内輪目標制動力を設定する(S600)。具体的には、図12に示すように、まず、横転抑制制御開始時点であり、かつ、ホイールシリンダ圧が所定値以下であるかを判定する(S601)。横転抑制制御開始時点であるか否かは、横転抑制制御フラグの前回値と今回値を見て、前回値がOFFであり、かつ、今回値がONであった場合には、横転抑制制御開始時点であることを判定できる。ホイールシリンダ圧が所定値以下か否かの判定は任意であるが、ホイールシリンダ圧が所定値以上である場合には、内輪の制動力の立ち上がりを考慮する必要が無いので、本実施形態ではステップS601の条件に加えている。ステップS601の条件を満たす場合(S601,Yes)、タイマTmにTm1を代入してタイマをスタートする(S602)。ステップS601の条件を満たさない場合(S601,No)、横転抑制制御が終了したか、または、旋回方向が判定したかを判定する(S603)。ステップS603の条件を満たす場合(S603,Yes)、横転抑制制御が終了したか、ステアリングの切返しにより内輪が左右入れ替わったときなので、タイマTmに0を代入してリセットする(S604)。ステップS603の条件を満たさない場合(S603,No)、タイマTmをカウントダウンする(S605)。そして、ステップS602、S604、S605の後、タイマTmの値が負になるのを避けるため、Tmと0のうちの大きい方の値をTmに代入する(S606)。
【0097】
次に、内輪目標制動力設定手段129Bは、タイマTmの値に応じた内輪目標制動力を設定する(以下、内輪目標制動力の設定につき図19も参照)。
まず、横転抑制制御フラグがONであるか否かを判定し(S607)、ONでなかった場合(S607,No)、内輪目標制動力を前輪用(Fin)、後輪用(Fin1)とも0にする(S608)。横転抑制制御フラグがONであった場合(S607,Yes)、タイマTmが0より大きいか否かを判定し(S609)、0より大きい場合(S609,Yes)、横転抑制制御の初期であるので、内輪目標制動力を前輪用(Fin)、後輪用(Fin1)とも第1の所定値B1にする(S610)。一方、タイマTmが0より大きくない場合(S609,No)、横転抑制制御の初期ではないので、内輪目標制動力を前輪用(Fin)、後輪用(Fin1)とも第2の所定値B2にする(S611)。
【0098】
さらに、内輪目標制動力設定手段129Bは、前輪用の外輪目標制動力Foutに係数βを乗じた値と、既に求めた前輪用の内輪目標制動力Finを比較し、小さい方を新たな内輪目標制動力Finに設定する(S612)。これにより、内輪目標制動力Fin(第1の所定値B1または第2の所定値B2)が外輪目標制動力に係数βを乗じた値より小さい場合には第1の所定値B1または第2の所定値B2がそのまま内輪目標制動力Finに設定され、内輪目標制動力Fin(第1の所定値B1または第2の所定値B2)が外輪目標制動力に係数βを乗じた値以上の場合には外輪目標制動力に係数βを乗じた値が内輪目標制動力Finに設定される。
後輪用の内輪目標制動力Fin1についても、同様に、後輪用の外輪目標制動力Fout1に係数βを乗じた値と比較して、小さい方を新たな内輪目標制動力Fin1に設定する(S612)。
【0099】
以上のようにして前輪の外輪用の目標制動力Fout、後輪の外輪用の目標制動力Fout1、前輪の内輪用の目標制動力Fin、後輪の内輪用の目標制動力Fin1が求まると、図6のステップS14以下で、車両CRが左右のいずれに旋回しているかに基づき、各輪に目標制動力を設定する。
【0100】
具体的には、ROM制御制動力設定手段129は、第2合成ロール角Raが0より大きいかを判定し(S14)、0より大きい場合には左旋回であるので(S14,Yes)、右前輪(外輪)の目標制動力FFRをFoutに設定し、右後輪の目標制動力FRRをFout1に設定し、左前輪(内輪)の目標制動力FFLをFinに設定し、左後輪の目標制動力FRLをFin1に設定する(S15)。逆に、第2合成ロール角Raが0より大きくない場合には右旋回であるので(S14,No)、右前輪(内輪)の目標制動力FFRをFinに設定し、右後輪の目標制動力FRRをFin1に設定し、左前輪(外輪)の目標制動力FFLをFoutに設定し、左後輪の目標制動力FRLをFout1に設定する(S16)。
【0101】
以上のようにして設定された各輪ごとの横転抑制制御用の目標制動力は、図20(a)〜(d)に示すようになる。
【0102】
以上の各処理により、各輪の目標制動力が設定されると、横転抑制制御部120は、各輪の目標制動力を目標制動力設定部130に出力する。そして、目標制動力設定部130は、横滑り制御部110が出力した目標制動力と、横転抑制制御部120が出力した目標制動力のうち、大きい方を目標制動力として設定し、この目標制動力で各輪に制動力が付与されるよう、弁駆動部140とモータ駆動部150に指示を出力する。これにより、4つの車輪Wすべてについて、同時に制動力が付与される(S17)。
【0103】
以上のようにして、本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置Aによれば、横転傾向が判定されると、外輪より内輪が小さい制動力となるように、4輪すべてについて同時に制動力の付与が開始される。そして、切返し操舵がありそうか否かにかかわらず、常に4輪すべてについて同時に制動力が付与される。つまり、横転抑制制御のための制動力の付与が同軸上の左右輪について同時に開始されるので、内輪の制動力を利用して車体速度を効果的に減少させることができ、これにより横転傾向を抑制することができる。そして、切返し操舵があった場合には、切返し前の内輪において横転抑制制御の当初から予備制動が与えられていることで、切返し後に、外輪(切返し前の内輪)に速やかに大きな制動力を与えることができる。したがって、切返し操舵がなされた場合に、迅速に外輪のブレーキ圧を上昇させて、効果的に横転の抑制をすることができる。
【0104】
そして、車両用ブレーキ液圧制御装置Aによれば、横転傾向を示すロール角(第2合成ロール角Ra)とロール角閾値Rathの偏差ΔRaに基づいて外輪目標制動力を設定するので、横転傾向の強さに応じた制御が可能となる。
【0105】
また、前後の車輪Wの両方に制動力を与えることで、車両CRの減速を効果的に実現し、横転傾向の抑制が図られるとともに、後輪の外輪目標制動力は、所定値Foutmaxを上限としているので、後輪のスリップによる車両CRの不安定化を抑制できる。
【0106】
そして、車両用ブレーキ液圧制御装置Aによれば、横転抑制制御の開始初期に内輪目標制動力を大きく設定して迅速に車体速度を減少させているので、車両CRの安定化を図ることができる。
【0107】
さらに、本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置Aによれば、急操舵がなされたときには、実ロール角に相当する横Gベースロール角Ra1よりも早い位相で変化するヨーレートベースロール角Ra2を加味して第2合成ロール角Ra(第1合成ロール角Ra12)を計算し、これを横転検知パラメータとするので、横転の可能性が高い場合には、そのことを早く予測して、早く横転抑制制御を開始することができる。また、急な切返し転舵がなされたときには、横Gベースロール角Ra1およびヨーレートベースロール角Ra2よりも早い位相で変化する操舵角ベースロール角Ra3を加味して第2合成ロール角Raを計算し、これを横転検知パラメータとするので、横転の可能性がより高い場合には、そのことをさらに早く予測して、速やかに横転抑制制御を開始し、横転抑制効果を向上させることができる。
【0108】
これを、図21を参照して説明すると、第1配分係数K1および第2配分係数K2が0でないとき(時刻t41〜t44、特に時刻t42〜t43)、第2合成ロール角は、横転検知パラメータのグラフにあるように、横Gベースロール角や第1合成ロール角よりも早い位相で変化し、これにより、横転抑制制御が早く実行されることで、車輪ブレーキFLのキャリパ圧が早く昇圧される(実線が本実施形態で、破線が比較例を示す)。このため、車輪浮上がり量のグラフに示すように、実線の本実施形態は、破線の比較例よりも車輪の浮上がりを抑制できる。
【0109】
そして、本実施形態の車両用ブレーキ液圧制御装置Aによれば、パラメータ計算手段128が、閾値計算用ロールレートが大きい程、ロール角閾値Rathが小さくなるようにロール角閾値Rathを設定する。そのため、閾値計算用ロールレートが大きい場合には、ロール角閾値Rathが小さくなる結果、横転検知パラメータとしての横Gベースロール角Ra1がロール角閾値Rathを越えやすくなり、ロール角が急激に大きくなっているときのような横転し易い場合に迅速に横転抑制制御を開始して、車両の安定性を高めることができる。
【0110】
そして、車両用ブレーキ液圧制御装置Aは、不安定レベルが所定値Lv未満のときには、閾値計算用ロールレートを0にするので、ロール角閾値Rathが大きくなり、不要に横転抑制制御が開始されることがない。
【0111】
また、車両用ブレーキ液圧制御装置Aは、急操舵がなされたときには、実ロール角に相当する横Gベースロール角Ra1よりも早い位相で変化するヨーレートベースロール角Ra2の変化率であるヨーレートベースロールレートRa2′を加味して合成ロールレートRa12′を計算し、この合成ロールレートRa12′に基づき閾値計算用ロールレートおよびロール角閾値Rathを計算するので、横転の可能性が高い場合には、そのことを早く予測して、早く横転抑制制御を開始することができる。
【0112】
以上に本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記した実施形態に限定されるものではない。具体的な構成については、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更が可能である。
【0113】
例えば、前記実施形態において、第1ロール角として横Gベースロール角Ra1、第2ロール角としてヨーレートベースロール角Ra2を例示したが、第1ロール角として横Gベースロール角Ra1、第2ロール角として操舵角ベースロール角Ra3を用い、これらを第1配分係数K1で合成して横転検知パラメータとしてもよい。
【0114】
また、前記実施形態において、切返し判定手段126は、切返しの正確な判定をするため、横Gベースロール角Ra1とヨーレートベースロール角Ra2の両方について、ロール角とロールレートの左右を示す符号が異なることおよびロールレートの絶対値が所定値以上であることを判断していたが、第1ロール角と第2ロール角のいずれかのみについて判断をして急な切返しを判定してもよい。すなわち、第1ロール角と第2ロール角の少なくとも一方がロール角とロールレートの左右を示す符号が異なり、かつ、当該符号が異なっていたロールレートの絶対値が所定値以上となったときに急な切返しがあったと判定してもよい。
【0115】
そして、前記実施形態においては、より早く横転抑制制御の実行を可能にするため、第2合成ロール角Raを横転検知パラメータとして使用したが、前記した第1合成ロール角Ra12や、横加速度から求まるロール角、またはロール角センサから検出されるロール角を横転検知パラメータとして使用してもよい。
【0116】
前記実施形態において、急操舵がなされていないときの第1配分係数K1は0であったが、0より大きい値であってもよい。また、第1配分係数K1の上限値は1であったが、1より小さい値であってもよい。さらに、急な切返しがなされていないときの第1配分係数K1は0であったが、0より大きい値であってもよい。
【0117】
前記実施形態においては、第1配分係数設定手段128C、第2配分係数設定手段128Dは各カウント値に係数を乗じて各配分係数を決定していたが、各カウント値と各配分係数との関係を予めテーブルに記憶させておき、このテーブルに基づいて各カウント値から各配分係数を決定してもよい。
【0118】
前記実施形態において、操舵判定手段125は、転舵速度の絶対値が所定値以上であり、かつ、横加速度の絶対値を減少しにくいようにフィルタ処理した値が所定値以上であるときに急操舵がなされたと判定していたが、転舵速度の絶対値が所定値以上であり、かつ、横加速度の絶対値が所定値以上であるときに急操舵がなされたと判定しても構わない。
【0119】
前記実施形態において、パラメータ計算手段128は、車両CRのロール角の変化率である閾値計算用ロールレートを算出し、当該閾値計算用ロールレートを減少しにくいようにフィルタ処理した値が大きい程小さい値となるようにロール角閾値(パラメータ閾値)を設定していたが、フィルタ処理していない閾値計算用ロールレートを用いてパラメータ閾値を設定してもよい。
【0120】
前記実施形態において、第1ロールレートとして横GベースロールレートRa1′、第2ロールレートとしてヨーレートベースロールレートRa2′を例示したが、第1ロールレートとして横GベースロールレートRa1′、第2ロールレートとして操舵角に基づいて算出した操舵角ベースロールレートを用い、これらを第1配分係数K1で合成して横転検知パラメータとしてもよい。
【0121】
前記実施形態において、ロール角閾値は、ロールレートの大きさが小さい場合には横転する可能性が低いので、横転抑制制御が開始しにくいようにロール角閾値を大きくするような値を採っていたが、本発明においてロール角閾値は一定値であってもよい。
【0122】
前記実施形態においては、外輪目標制動力をPI制御により設定していたが、外輪目標制動力の詳細な設定方法はこれに限られない。
【0123】
前記実施形態においては、横転抑制制御時に、前輪と後輪の両方に制動力を付与していたが、前輪または後輪の一方のみに制動力を付与するように構成してもよい。
【符号の説明】
【0124】
91 車輪速センサ
92 操舵角センサ
93 横加速度センサ
94 ヨーレートセンサ
100 制御部
110 横滑り制御部
120 横転抑制制御部
121 ロール角算出手段
122 ロールレート算出手段
123 補正横加速度算出手段
125 操舵判定手段
126 切返し判定手段
128 パラメータ計算手段
128A 第1カウンタ
128B 第2カウンタ
128C 第1配分係数設定手段
128D 第2配分係数設定手段
128E 閾値計算用ロールレート算出手段
129 ROM制御制動力設定手段
129A 外輪目標制動力設定手段
129B 内輪目標制動力設定手段
A 車両用ブレーキ液圧制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
同一軸上に設けられた左右の車輪を個別に制動可能に構成され、旋回中に横転傾向が検知されると前記車輪を制動して横転抑制制御を実行する車両用ブレーキ液圧制御装置であって、
横転傾向が検知された場合に、旋回外輪に第1の制動力で制動を行うと同時に、同一軸上の旋回内輪に前記第1の制動力よりも小さい第2の制動力で制動を開始することを特徴とする車両用ブレーキ液圧制御装置。
【請求項2】
前記第1の制動力で旋回外輪の制動を行うために目標となる外輪目標制動力を設定する外輪目標制動力設定手段と、
前記第2の制動力で旋回内輪の制動を行うために目標となる内輪目標制動力を、前記外輪目標制動力より小さい値で設定する内輪目標制動力設定手段とを備えることを特徴とする請求項1に記載の車両用ブレーキ液圧制御装置。
【請求項3】
前記横転抑制制御は、横転傾向を示す横転検知パラメータが少なくとも所定の閾値を超えた場合に実行され、
前記外輪目標制動力設定手段は、前記横転検知パラメータと前記所定の閾値との偏差から外輪目標制動力を設定することを特徴とする請求項2に記載の車両用ブレーキ液圧制御装置。
【請求項4】
前記内輪目標制動力設定手段は、予め定められた所定値が外輪目標制動力に1未満の係数を乗じた値より小さい場合には当該所定値を内輪目標制動力に設定し、予め定められた所定値が外輪目標制動力に前記1未満の係数を乗じた値以上の場合には外輪目標制動力に前記1未満の係数を乗じた値を内輪目標制動力に設定することを特徴とする請求項2または請求項3に記載の車両用ブレーキ液圧制御装置。
【請求項5】
前記内輪目標制動力設定手段は、前記横転抑制制御を開始してから所定時間は、前記所定値を第1の所定値とし、前記所定時間経過後は、前記所定値を前記第1の所定値よりも小さい第2の所定値とすることを特徴とする請求項4に記載の車両用ブレーキ液圧制御装置。
【請求項6】
前記横転抑制制御を前後の車輪の双方で実行し、
前記外輪目標制動力設定手段は、後輪の外輪目標制動力を、第3の所定値を上限とするように設定することを特徴とする請求項2から請求項4のいずれかに1項に記載の車両用ブレーキ液圧制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【公開番号】特開2012−171516(P2012−171516A)
【公開日】平成24年9月10日(2012.9.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−36441(P2011−36441)
【出願日】平成23年2月22日(2011.2.22)
【出願人】(000226677)日信工業株式会社 (840)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】