説明

車両用空調装置

【課題】圧縮機の駆動源であるエンジンの回転数が急激に変化する場合にも、冷凍サイクル中の圧縮機のトルクを精度良く算出できるようにした車両用空調装置を提供する。
【解決手段】エンジンを駆動源とする冷媒の可変容量圧縮機と、凝縮器と、蒸発器とを有する冷凍サイクルと、圧縮機へ容量制御信号を出力する容量調節手段と、圧縮機のトルクを演算する圧縮機トルク演算手段とを備え、圧縮機トルク演算手段が、圧縮機が最大吐出容量で駆動される場合に対応した飽和領域トルク推定手段と、最大吐出容量以外の吐出容量で駆動される場合に対応した容量制御域トルク推定手段の、少なくとも2つのトルク推定手段を含む車両用空調装置において、圧縮機トルク演算手段が、設定値よりも大きなエンジン回転数の変化を検出した場合に、補正を圧縮機のトルク演算に加える補正手段を有することを特徴とする車両用空調装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用空調装置に関し、とくに、エンジン回転数が急激に変化する際にも圧縮機のトルクを適切に算出できるようにした車両用空調装置に関する。
【背景技術】
【0002】
冷媒の圧縮機、凝縮器、蒸発器を備えた冷凍サイクルを有する車両用空調装置において、圧縮機のトルクは、冷凍サイクル自身の性能や、圧縮機の駆動源としての車両のエンジンの制御性能に大きな影響を及ぼす。冷凍サイクルに用いられる圧縮機としては、外部制御信号により、冷房性能を幅広く制御できる可変容量圧縮機が広く利用されるようになってきた。例えば特許文献1に示されるように、これら外部からの電気信号によって複雑な制御を行うようにした外部制御式可変容量圧縮機にあっては、その多岐にわたる運転条件および制御方式にしたがって圧縮機の駆動トルクが変動することとなるが、エンジンにより駆動される可変容量圧縮機において、このエンジン負荷となる圧縮機の駆動トルクを予測することは困難であった。
【0003】
一方、圧縮機、凝縮器、蒸発器を備えた冷凍サイクルを有する車両用空調装置において、圧縮機のトルクは、例えば、圧縮機の冷媒の吐出圧力に基づいて算出される(例えば、特許文献2)。また、吐出冷媒圧力と吸入冷媒圧力の圧力差、または、圧縮機の容量制御信号からトルクを算出することもできる。
【0004】
また、先に本出願人により、トルク推定を行う手段を可変容量圧縮機の吐出容量が最大となる飽和領域と、吐出容量が最大でない容量制御域とに分けることで、精度の高い圧縮機トルク推定を可能とするトルク算出方法が提供されている(特許文献3)。
【0005】
しかし現在主流となっているピストンタイプの外部制御式可変容量圧縮機においては、吸入圧力を狙い通りに維持する方法として、吸入圧力の変化を検出しクランクケース内圧力を増減させることで圧縮機の吐出容量を変化させ、結果として冷房能力を制御しているため、例えば急加速時の自動シフトダウンなど、エンジン回転数が急激に変化するような場合には、圧縮機の吐出容量変化が追いつかず、安定時のような良好なトルク算出値が得られないことが明らかになってきた。
【0006】
特許文献4では、外部制御信号の変化に対する圧縮機の吐出容量変化の遅れを補正するために、一次遅れの手法およびディレイの手法を用いて実際の圧縮機駆動トルクに近づける方法を提案しているが、エンジン回転数の急激な変化については考慮されていない。
【0007】
エンジン回転数を安定的に制御するためには、圧縮機の吐出容量が実際に急激に変化した後、補正した圧縮機トルク推定値をエンジンECUにフィードバックするのは煩雑で不確定要素も含むため、実際には圧縮機の吐出容量を徐変させ、圧縮機トルクの急変を避ける方式の方がより現実的である。また、一般の自動車の使用においては、エンジン回転数の変化時の圧縮機トルクの推定精度を向上することが、省動力化を図る上で重要な課題と考えられる。
【特許文献1】特開平11−291751号公報
【特許文献2】特開2001−347828号公報
【特許文献3】特開2006−1505号公報
【特許文献4】特開2004−211663号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明の課題は、とくに、圧縮機の駆動源である車両のエンジンの回転数が急激に変化する場合にも、冷凍サイクル中の圧縮機のトルクを適切に精度良く算出できるようにした車両用空調装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明に係る車両用空調装置は、少なくとも、車両のエンジンを駆動源とし冷媒の吐出容量を可変可能な可変容量圧縮機と、冷媒の凝縮器と、冷媒の蒸発器とを有する冷凍サイクルと、前記圧縮機へ容量制御信号を出力する容量調節手段と、前記圧縮機のトルクを演算する圧縮機トルク演算手段とを備え、前記圧縮機トルク演算手段が、前記圧縮機が最大吐出容量で駆動される場合に対応した飽和領域トルク推定手段と、最大吐出容量以外の吐出容量で駆動される場合に対応した容量制御域トルク推定手段の、少なくとも2つのトルク推定手段を含む車両用空調装置において、前記圧縮機トルク演算手段は、設定値よりも大きなエンジン回転数の変化を検出した場合に、前記圧縮機および冷凍サイクルの応答遅れに対応する補正を圧縮機のトルク演算に加える補正手段を有することを特徴とするものからなる。ここで、車両のエンジンとは、車両走行用の原動機であり、内燃機関は勿論のこと、ハイブリッド車や電気自動車における電気モータも含む概念である。このような車両用空調装置においては、とくに、吐出容量が最大でない容量制御域でのトルク推定手段に、エンジン回転数の変化率(急加速および急減速)が設定値を超えた場合にトルク推定値に補正を加えることが有効である。
【0010】
上記補正手段としては、エンジン回転数が変化する直前の回転数と所定のサンプリング時間経過後のエンジン回転数が変化した時の回転数との差分である回転数変化率と、その回転数変化率に対応させて予め定められた補正係数とをパラメータとして予め作成されたマップから、圧縮機トルク演算のための補正係数を読み取り、読み取った補正係数に基づいて上記補正を加えるようにしたものが好ましい。このようにすれば、補正係数が迅速かつ的確に読み取られ、読み取った補正係数に基づいて、エンジン回転数の変化の度合いに応じて、圧縮機のトルクが精度良く演算、推定される。また、実際の運転状況ではエンジン回転数の変化により可変容量圧縮機の吐出容量が最大となる飽和領域から吐出容量が最大でない容量制御域へ移行、またはこの反対となるようなモードがあるが、各種入力信号のサンプリング時間を適切に選定(例えば、100msec以下)することで、可変容量圧縮機の運転モードが正確に判定されるので、トルク推定値演算プログラムを煩雑にする必要はない。
【0011】
上記マップは、上記回転数変化率と上記補正係数との関係を定めた特性線が、さらに冷凍サイクルへの負荷をパラメータとして選択可能に複数設定されたものからなることが好ましい。このパラメータとしての冷凍サイクルへの負荷としては、外気温度や冷凍サイクルの高圧側圧力を採用可能である。つまり、補正手段は、エンジン回転数が変化する直前の状態(外気温度、高圧圧力など)と、エンジン回転数の変化率とをパラメータとして作成されたマップから、エンジン回転数が変化する直前および回転数変化時のトルク演算のための補正係数を選択的に取り込み、事前に特定した時間内にてマップに基づいた補正演算を行う。
【0012】
上記のような圧縮機トルクの補正演算を加えることにより、エンジン回転数が急激に変化し、圧縮機の吐出容量変化が追従できないような場合にあっても、圧縮機のトルクとしてはエンジン回転数変化に対応したより精度の高い値として算出することが可能になり、精度の高い圧縮機トルクの推定値がエンジンの制御に利用可能となる。
【0013】
このような圧縮機トルクの補正演算を加味した車両用空調装置においては、さらに次のような制御を加えることができる。
【0014】
例えば、前記飽和領域トルク推定手段と前記容量制御域トルク推定手段により演算された値のうち、小さい方の値をトルク推定値として選択することが可能である。
【0015】
また、上記のような車両用空調装置においては、さらに、車両のエンジン回転数を検知またはその信号を参照するエンジン回転数検知手段と、外気温度を検知する外気温度検知手段と、高圧側冷媒圧力を検知する高圧検知手段とを備え、前記圧縮機が、吐出容量を制御可能な可変容量圧縮機からなり、前記容量制御域トルク推定手段は、少なくとも容量制御信号、高圧側冷媒圧力、外気温度、エンジン回転数に基づいて圧縮機のトルクを推定するとともに、圧縮機トルク演算に前記補正手段による補正を加える構成とすることができる。
【0016】
この場合、圧縮機の吐出容量の制御方式としては、吸入冷媒圧力を制御する方式(つまり、一般的な可変容量圧縮機)とすることも、吐出冷媒圧力と吸入冷媒圧力との圧力差を制御する方式とすることもできる。また、上記において高圧側冷媒圧力を検知することにより、次のような利点が得られる。すなわち、容量制御信号を変更した直後は、高圧側と低圧側の冷媒圧力差が安定するまでに多少の時間がかかる。この間、容量制御信号の値に関わりなく前記圧力差が変動するため、トルクの変動も生じる。そこで、高圧側冷媒圧力を検知することで、圧力変動に対応したより精度の高いトルク推定が可能となる。
【0017】
このような構成においては、さらに、凝縮器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該凝縮器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する構成とすることができる。
【0018】
すなわち、アイドリング時等において、凝縮器ファンの風量制御が行われる車両が多いが、この場合、凝縮器ファンの風量変化によって、凝縮器の空気側放熱能力が変化し、トルク推定の精度に大きな影響を及ぼす。したがって、トルク推定式に凝縮器ファン電圧等の凝縮器通過風量に相関のある物理量を導入することで、圧縮機のトルク推定の精度を高めることができる。
【0019】
また、さらに、蒸発器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する構成とすることができる。
【0020】
すなわち、蒸発器における熱負荷が大となると、冷媒流量を増加させる制御が働くため、圧縮機のトルクも増加する。したがって、トルク推定式に送風機電圧等の蒸発器通過風量に相関のある物理量を導入することで、圧縮機のトルク推定の精度を高めることができる。
【0021】
また、さらに、車両の車速を検知またはその信号を参照する車速認識手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該車速を参照して圧縮機のトルクを推定する構成とすることもできる。
【0022】
すなわち、車速が変化すると車両の前面風速が変化するため、凝縮器に導入される空気量が変化する。したがって、凝縮器の空気側放熱量が変化し、トルク推定の精度に大きな影響を及ぼす。よって、車速をトルク推定式に導入することで、前面風速変化を考慮した精度の高いトルク推定が可能となる。
【0023】
また、さらに、車両のエンジン回転数を検知またはその信号を参照するエンジン回転数検知手段と、車両の車速を検知またはその信号を参照する車速認識手段と、外気温度を検知する外気温度検知手段と、高圧側冷媒圧力を検知する高圧検知手段とを備え、前記圧縮機が、吐出容量を制御可能な可変容量圧縮機からなり、前記容量制御域トルク推定手段は、少なくとも容量制御信号、高圧側冷媒圧力、車速、外気温度に基づいて圧縮機の動力を推定し、エンジン回転数と推定された圧縮機の動力から圧縮機のトルクを推定するとともに、圧縮機トルク演算に補正手段による補正を加える構成とすることも可能である。
【0024】
この場合にも、圧縮機の吐出容量の制御方式としては、吸入冷媒圧力を制御する方式(つまり、一般的な可変容量圧縮機)とすることも、吐出冷媒圧力と吸入冷媒圧力との圧力差を制御する方式とすることもできる。例えば前者の方式の場合、つまり、吸入冷媒圧力を制御可能な可変容量圧縮機(つまり、一般的な可変容量圧縮機)を用いる場合、高圧検知手段(高圧側冷媒圧力センサ)の測定値と、容量制御信号から推定される吸入冷媒圧力の推定値から圧縮機吐出冷媒と吸入冷媒の圧力差を算出し、その圧力差と外気温度と車速により動力を推定する。その後、トルク=k×(動力/回転数)によりトルクを算出することができる。
【0025】
これらの構成においては、さらに、凝縮器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該凝縮器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機の動力を推定し、エンジン回転数と推定された圧縮機の動力から圧縮機のトルクを推定する構成とすることができる。
【0026】
すなわち、上記圧力差と動力との相関は、凝縮器の空気側放熱能力の大小により大きく影響をうける。よって、凝縮器の空気側放熱能力に大きな影響を及ぼす凝縮器通過風量(凝縮器の前面風速)の変化を把握するための要素として、凝縮器ファン電圧等を参照して動力を推定する。その後、トルク=k×(動力/回転数)によりトルクを算出することができる。
【0027】
また、さらに、蒸発器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機の動力を推定し、エンジン回転数と推定された圧縮機の動力から圧縮機のトルクを推定する構成とすることもできる。
【0028】
すなわち、蒸発器における熱負荷が大となると、冷媒流量を増加させる制御が働くため、圧縮機の動力も増加する。よって、送風機電圧等の蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して動力を推定する。その後、トルク=k×(動力/回転数)によりトルクを算出することができる。
【0029】
また、さらに、車両のエンジン回転数を検知またはその信号を参照するエンジン回転数検知手段と、外気温度を検知する外気温度検知手段とを備え、前記飽和領域トルク推定手段は、少なくとも外気温度、エンジン回転数に基づいて圧縮機のトルクを推定するとともに、圧縮機トルク演算に前記補正手段による補正を加える構成とすることができる。
【0030】
すなわち、飽和領域においては、容量制御信号変化に対してトルクは変化しないため、容量制御信号以外のパラメータ(外気温度、回転数など)を用いてトルクを推定する構成である。
【0031】
このような構成においては、さらに、凝縮器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記飽和領域トルク推定手段は、さらに該凝縮器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する構成とすることもできる。
【0032】
すなわち、前述したように、アイドリング時等において、凝縮器ファンの風量制御が行われる場合、凝縮器ファンの風量変化によって、凝縮器の空気側放熱能力が変化し、トルク推定の精度に大きな影響を及ぼす。よって、トルク推定式に凝縮器ファン電圧等の凝縮器通過風量に相関のある物理量を導入することで、圧縮機のトルク推定の精度を高めることができる。
【0033】
また、さらに、蒸発器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記飽和領域トルク推定手段は、さらに該蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する構成とすることができる。
【0034】
すなわち、蒸発器における熱負荷が大となると、冷媒流量を増加させる制御が働くため、圧縮機のトルクも増加する。したがって、トルク推定式に送風機電圧等の蒸発器通過風量に相関のある物理量を導入することで、圧縮機のトルク推定の精度を高めることができる。
【0035】
また、さらに、車両の車速を検知またはその信号を参照する車速認識手段を備え、前記飽和領域トルク推定手段は、さらに該車速を参照して圧縮機のトルクを推定する構成とすることもできる。
【0036】
すなわち、前述したように、車速が変化すると車両の前面風速が変化するため、凝縮器に導入される空気量が変化する。したがって、凝縮器の空気側放熱量が変化し、トルク推定の精度に大きな影響を及ぼす。よって、車速をトルク推定式に導入することで、前面風速変化を考慮した精度の高いトルク推定が可能となる。
【0037】
また、前記飽和領域トルク推定手段は、予め定められたある所定値をトルク推定値とすることもできる。すなわち、飽和領域においては、圧縮機の吐出容量が最大容量であることを想定しているため、トルクの大きな変動はない。よって、飽和領域トルク推定手段は、ある所定値をトルクの推定値として決定するようにしてもよいことになる。
【0038】
また、前記飽和領域トルク推定手段は、外気温度またはエンジン回転数または車速に対してトルク推定値を定めたトルク推定値マップにより、トルク推定値を導くこともできる。すなわち、予め試験等により求めたマップからトルクを推定するようにすることも可能である。このマップは、前述の補正係数読み取り用のマップとは異なるものである。
【0039】
上記のように演算された圧縮機のトルク推定値の情報はエンジン制御装置(エンジンECU)へ送ることもできる。すなわち、エンジンECUへトルク推定値を通信して、車両が最適なエンジン出力を決定できるようにするのである。
【発明の効果】
【0040】
本発明に係る車両用空調装置によれば、可変容量圧縮機の吐出容量が最大となる飽和領域と、吐出容量が最大でない容量制御域の全ての領域において、精度の高い圧縮機トルクの推定が可能となるとともに、圧縮機の駆動源であるエンジンの回転数が急激に変化する場合にあっても、精度の高い圧縮機トルクの推定が可能となり、より望ましい車両の空調制御が可能になる。また、精度の高い圧縮機トルクの推定が可能となることから、より最適なエンジンの制御を目指すことが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下に、本発明の望ましい実施の形態を、図面を参照して説明する。
図1は、本発明の一実施態様に係る車両用空調装置1を示している。図1において、冷凍サイクル2には、車両のエンジン100により駆動される、吐出容量を可変可能な可変容量圧縮機3が設けられており、エンジン100の駆動力はたとえば電磁クラッチ等を介して伝達される。冷凍サイクル2の冷媒配管中を冷媒が循環され、上記圧縮機3により圧縮された高温高圧の冷媒が、凝縮器4により外気と熱交換して冷却され、凝縮し液化する。受液器5により気液が分離され、液冷媒が冷媒の膨張機構6(膨張弁)によって膨張、減圧される。減圧された低圧の冷媒は、蒸発器7に流入して、送風機8により送風された空気と熱交換される。蒸発器7において蒸発し気化した冷媒は再び圧縮機3に吸入されて圧縮される。
【0042】
車室内空調を行う空気が通過する通風ダクト9には、送風機8が配置されており、空調風吸入口10から吸入された空気が送風機8により蒸発器7へと送風される。蒸発器7を通過した空気の一部は、下流側に配置されたヒータユニット11へと送られるが、ヒータユニット11を通過される空気の量と、バイパスされる空気の量との割合が、エアミックスダンパ12によって調整される。本実施態様では、蒸発器7の出口側に、蒸発器通過後の空気温度を検知するための蒸発器出口空気温度センサ13が設けられており、検知された信号は空調制御を行う空調制御装置14へ入力される。この空調制御装置14内に、本発明における、圧縮機3の飽和領域トルク推定手段と容量制御域トルク推定手段、および圧縮機トルク演算の補正を行う補正手段が組み込まれており、空調制御装置14は、本実施態様における空調制御全体を行う制御装置としても機能している。
【0043】
この空調制御装置14には、上記蒸発器出口空気温度センサ13による検知信号以外にも、各種信号が入力される。本実施態様では、少なくとも、外気温度センサからの外気温度検知信号、上記蒸発器出口空気温度センサ13による検知信号、車速信号、エンジン回転数信号、凝縮器通過風量に相関のある物理量としての凝縮器ファン電圧信号等の信号群15が空調制御装置14に入力され、空調制御装置14からは、可変容量圧縮機3に容量制御信号が出力されるとともに、エンジンECU16に、演算され、かつ補正手段により補正が加えられたトルク推定値の情報が送られるようになっている。
【0044】
通風ダクト9の下流側には、DEF、VENT、FOOT等の各吹き出し口17、18、19が設けられており、図示を省略した各ダンパにより所定の吹き出し口が選択されるようになっている。
【0045】
このように構成された車両用空調装置1において、本発明に係る制御は次のように行われる。まず、上記実施態様における圧縮機トルク演算の基本方式について説明し、次に、本発明の特徴である補正演算について説明する。
【0046】
図2は、実験により調査した、圧縮機の吸入冷媒と吐出冷媒の圧力差ΔPdPsと圧縮機トルクとの関係を示したもので、2つの値の実測値は、図の斜線領域内に分布する。斜線領域内のどの位置で安定するかは、主に圧縮機の回転数と凝縮器の空気側放熱能力により決定される。凝縮器の空気側放熱能力は、外気温度、車両の前面風速、凝縮器ファン電圧に大きな影響を受けるため、これらをトルク推定式に導入することにより、より高精度なトルク推定が可能になる。
【0047】
また、本発明においては、前述の如く、圧縮機の動力を直接演算してから、圧縮機のトルクを算出(推定)することもできる。図3は、その場合に参照する、実験により求めた圧縮機の吐出冷媒と吸入冷媒の圧力差(ΔPdPs)と圧縮機動力との関係を示している。図示の如く、圧力差(ΔPdPs)に対する圧縮機動力の大きさは、凝縮器空気側放熱能力の影響を大きく受ける。
【0048】
図4は、容量制御信号と圧縮機トルクの関係を示したものである。容量制御域(容量制御信号に応じて圧縮機トルクが変化していく領域)と飽和領域(容量制御信号を吐出容量が増加する方向へ変更してゆくと、あるポイントで吐出容量が最大となり、その後容量制御信号を吐出容量が増加する方向へ変更しても、トルクに変化がなくなる領域)を図示している。この飽和領域においては、容量制御信号を吐出容量が増加する方向へ変更しても、圧縮機トルクはある最大値を示したまま変化しない。
【0049】
図5は、上記のような容量制御域と飽和領域に対する圧縮機トルク推定例を示したもので、容量制御域のトルク推定式による演算値(容量制御域トルク推定手段による演算値)と、飽和領域のトルク推定式による演算値(飽和領域トルク推定手段による演算値)を示している。図5に示すように、全領域において、どちらか小さい方の演算値を選択することにより、容量制御域と飽和領域のどちらにおいても精度の高いトルク推定が可能となる。
【0050】
図6は、上記圧縮機トルク演算例、とくに、本発明に係る補正演算を加味した圧縮機トルクの演算例を示すフローチャートである。
ステップS1でエアコンON(空調制御ON)か否かを判定し、エアコンONの場合、ステップS2で、まず容量制御域トルク推定手段により演算値Trq1を演算する。ここでTrq1の演算方法は、次の2通りの方法がある。
【0051】
(1)トルクを直接演算する方法:
Trq1=f(EMPCV,Tamb,Nc,SP,Vcond,Pd,BLV)
ここで、EMPCV:容量制御信号、Tamb:外気温度 [℃] 、Nc:圧縮機回転数またはエンジン回転数[rpm]、SP:車速[km/h]、Vcond:凝縮器ファン電圧[V]、Pd:高圧側冷媒圧力[MPa] 、BLV :送風機電圧[V] である。
【0052】
(2)動力(PW)を直接演算してからトルクを演算する方法:
PW=f(EMPCV,Tamb,Nc,SP,Vcond,Pd,BLV)
Trq1=k*PW/Ne
ここで、kは定数である。
【0053】
さらに、ステップS3で、飽和領域トルク推定手段により演算値Trq2を次式により演算する。
Trq2=f(Tamb,Nc,SP,Vcond,Pd,BLV)
ここで、Trq2 は、前述したように、予め定められた所定値Kとしてもよい。
Trq2=K
【0054】
また、図10に示すように、外気温度とエンジン回転数(図10(A))や、外気温度と車速(図10(B))の値に応じてトルク推定値(F〜JあるはA〜E)を定めたマップを用いて、Trq2を算出してもよい。
【0055】
図6において、Trq1とTrq2が演算されたら、ステップS4でTrq1とTrq2との大小関係が判断され、Trq1≧Trq2の場合には、小さい方の値である飽和領域トルク演算値Trq2をトルク推定値Trqとし(ステップS5)、エンジンECUへ出力する(ステップS6)。この出力値を参照して、そのときの空調装置における圧縮機トルク(または動力)に応じて最適なエンジン運転を決定できるとともに、より望ましい空調制御を実現可能となる。
【0056】
ステップS4において、Trq1<Trq2と判断された場合には、ステップS7で、エンジン回転数の変化率Acc(エンジン回転数が変化する直前の回転数と所定のサンプリング時間(例えば、100msec以下)経過後のエンジン回転数が変化した時の回転数との差分)と、予め定められた上限変化率Accsetとの大小関係が判断され、Acc≦Accsetである場合には、ステップS8で、トルク推定値Trqとして既に演算されているTrq1を採用し、エンジンECUへ出力する(ステップS6)。
【0057】
ステップS7で、エンジン回転数が急激に変化している、つまり、Acc>Accsetと判断された場合には、本発明に係る補正手段を用いた補正演算が行われる。まず、ステップS9で、予め定められたマップから、そのときのエンジン回転数の変化率Accに応じた補正係数Caが読み取られる。このマップは、例えば図7に示すように予め作成され、記憶されている。図7に示す例では、回転数変化率Accに対応させて、外気温度をパラメータとして、補正係数Caが予め定められており、この予め作成されたマップから、圧縮機トルク演算のための補正係数Caが読み取られる。外気温度に代えて、あるいは外気温度とともに、冷凍サイクル2の高圧側圧力をパラメータとしてもよい。読み取られた補正係数Caを用いて、補正演算を加味した形態にて、エンジン回転数急変化領域における圧縮機トルク推定値Trq3の演算が行われ(ステップS10)、このトルク推定値Trq3がそのときの圧縮機トルク推定値Trqとされて(ステップS11)、エンジンECUへ出力される(ステップS6)。
【0058】
このようなエンジン回転数の急激な変化を考慮した補正演算を行うことにより、例えば図8、図9に示すような顕著な効果が得られる。図8は、エンジン回転数が急激に上昇する場合の、エンジン回転数の変化に対応した、圧縮機のトルク実測値、上記の補正演算なしの場合のトルク推定値、補正演算ありの場合のトルク推定値を、それぞれ示している。図9は、エンジン回転数が急激に下降する場合の、エンジン回転数の変化に対応した、圧縮機のトルク実測値、上記の補正演算なしの場合のトルク推定値、補正演算ありの場合のトルク推定値を、それぞれ示している。図8、図9から明らかなように、本発明に係る補正演算を加えることにより、トルク推定値が実際のトルク(トルク実測値)により近くなり、エンジン回転数の急激な変化に圧縮機の吐出容量の制御が追いつかない場合にあっても、圧縮機トルクが精度良く演算、推定されることが分かる。また、この精度良く推定された圧縮機トルク値の情報をエンジンECUに送ることにより、そのときの負荷に応じたより最適なエンジン制御が可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係る車両用空調装置における制御は、可変容量圧縮機を備えた冷凍サイクルを有するあらゆる車両用空調装置に適用でき、圧縮機トルクをより高精度に推定して、より望ましい空調制御、より望ましいエンジン制御を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0060】
【図1】本発明の一実施態様に係る車両用空調装置の概略構成図である。
【図2】圧縮機吸入冷媒と吐出冷媒の圧力差と圧縮機トルクとの関係を示す特性図である。
【図3】圧縮機吸入冷媒と吐出冷媒の圧力差と圧縮機動力との関係を示す特性図である。
【図4】容量制御域と飽和領域を示す特性図である。
【図5】容量制御域トルク推定式と飽和領域トルク推定式の容量制御信号に対するトルク推定値を示す特性図である。
【図6】本発明に係る制御の一例を示すフローチャートである。
【図7】外気温度をパラメータとした回転数変化率と補正係数との関係を示すマップの例を示す特性図である。
【図8】エンジン回転数上昇時の各特性の変化例を示す特性図である。
【図9】エンジン回転数下降時の各特性の変化例を示す特性図である。
【図10】飽和領域におけるトルク推定値マップの例を示す分布図である。
【符号の説明】
【0061】
1 車両用空調装置
2 冷凍サイクル
3 可変容量圧縮機
4 凝縮器
5 受液器
6 膨張機構(膨張弁)
7 蒸発器
8 送風機
9 通風ダクト
10 空調風吸入口
11 ヒータユニット
12 エアミックスダンパ
13 蒸発器出口空気温度センサ
14 空調制御装置
15 信号群
16 エンジンECU
17、18、19 吹き出し口
100 エンジン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、車両のエンジンを駆動源とし冷媒の吐出容量を可変可能な可変容量圧縮機と、冷媒の凝縮器と、冷媒の蒸発器とを有する冷凍サイクルと、前記圧縮機へ容量制御信号を出力する容量調節手段と、前記圧縮機のトルクを演算する圧縮機トルク演算手段とを備え、前記圧縮機トルク演算手段が、前記圧縮機が最大吐出容量で駆動される場合に対応した飽和領域トルク推定手段と、最大吐出容量以外の吐出容量で駆動される場合に対応した容量制御域トルク推定手段の、少なくとも2つのトルク推定手段を含む車両用空調装置において、前記圧縮機トルク演算手段は、設定値よりも大きなエンジン回転数の変化を検出した場合に、前記圧縮機および冷凍サイクルの応答遅れに対応する補正を圧縮機のトルク演算に加える補正手段を有することを特徴とする車両用空調装置。
【請求項2】
前記補正手段は、エンジン回転数が変化する直前の回転数と所定のサンプリング時間経過後のエンジン回転数が変化した時の回転数との差分である回転数変化率と、その回転数変化率に対応させて予め定められた補正係数とをパラメータとして予め作成されたマップから、圧縮機トルク演算のための補正係数を読み取り、読み取った補正係数に基づいて前記補正を加える、請求項1に記載の車両用空調装置。
【請求項3】
前記マップは、前記回転数変化率と前記補正係数との関係を定めた特性線が、さらに冷凍サイクルへの負荷をパラメータとして選択可能に複数設定されたものからなる、請求項2に記載の車両用空調装置。
【請求項4】
前記パラメータとしての冷凍サイクルへの負荷が、外気温度からなる、請求項3に記載の車両用空調装置。
【請求項5】
前記パラメータとしての冷凍サイクルへの負荷が、冷凍サイクルの高圧側圧力からなる、請求項3または4に記載の車両用空調装置。
【請求項6】
前記飽和領域トルク推定手段と前記容量制御域トルク推定手段により演算された値のうち、小さい方の値をトルク推定値として選択する、請求項1〜5のいずれかに記載の車両用空調装置。
【請求項7】
さらに、車両のエンジン回転数を検知またはその信号を参照するエンジン回転数検知手段と、外気温度を検知する外気温度検知手段と、高圧側冷媒圧力を検知する高圧検知手段とを備え、前記圧縮機が、吐出容量を制御可能な可変容量圧縮機からなり、前記容量制御域トルク推定手段は、少なくとも容量制御信号、高圧側冷媒圧力、外気温度、エンジン回転数に基づいて圧縮機のトルクを推定するとともに、圧縮機トルク演算に前記補正手段による補正を加える、請求項1〜6のいずれかに記載の車両用空調装置。
【請求項8】
さらに、凝縮器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該凝縮器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する、請求項7に記載の車両用空調装置。
【請求項9】
さらに、蒸発器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する、請求項7に記載の車両用空調装置。
【請求項10】
さらに、車両の車速を検知またはその信号を参照する車速認識手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該車速を参照して圧縮機のトルクを推定する、請求項7に記載の車両用空調装置。
【請求項11】
さらに、車両のエンジン回転数を検知またはその信号を参照するエンジン回転数検知手段と、車両の車速を検知またはその信号を参照する車速認識手段と、外気温度を検知する外気温度検知手段と、高圧側冷媒圧力を検知する高圧検知手段とを備え、前記圧縮機が、吐出容量を制御可能な可変容量圧縮機からなり、前記容量制御域トルク推定手段は、少なくとも容量制御信号、高圧側冷媒圧力、車速、外気温度に基づいて圧縮機の動力を推定し、エンジン回転数と推定された圧縮機の動力から圧縮機のトルクを推定するとともに、圧縮機トルク演算に前記補正手段による補正を加える、請求項1〜6のいずれかに記載の車両用空調装置。
【請求項12】
さらに、凝縮器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該凝縮器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機の動力を推定し、エンジン回転数と推定された圧縮機の動力から圧縮機のトルクを推定する、請求項11に記載の車両用空調装置。
【請求項13】
さらに、蒸発器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記容量制御域トルク推定手段は、さらに該蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機の動力を推定し、エンジン回転数と推定された圧縮機の動力から圧縮機のトルクを推定する、請求項11に記載の車両用空調装置。
【請求項14】
さらに、車両のエンジン回転数を検知またはその信号を参照するエンジン回転数検知手段と、外気温度を検知する外気温度検知手段とを備え、前記飽和領域トルク推定手段は、少なくとも外気温度、エンジン回転数に基づいて圧縮機のトルクを推定するとともに、圧縮機トルク演算に前記補正手段による補正を加える、請求項1〜6のいずれかに記載の車両用空調装置。
【請求項15】
さらに、凝縮器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記飽和領域トルク推定手段は、さらに該凝縮器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する、請求項14に記載の車両用空調装置。
【請求項16】
さらに、蒸発器通過風量に相関のある物理量を検知する手段を備え、前記飽和領域トルク推定手段は、さらに該蒸発器通過風量に相関のある物理量を参照して圧縮機のトルクを推定する、請求項14に記載の車両用空調装置。
【請求項17】
さらに、車両の車速を検知またはその信号を参照する車速認識手段を備え、前記飽和領域トルク推定手段は、さらに該車速を参照して圧縮機のトルクを推定する、請求項14に記載の車両用空調装置。
【請求項18】
前記飽和領域トルク推定手段は、予め定められたある所定値をトルク推定値とする、請求項1〜6のいずれかに記載の車両用空調装置。
【請求項19】
前記飽和領域トルク推定手段は、外気温度またはエンジン回転数または車速に対してトルク推定値を定めたトルク推定値マップにより、トルク推定値を導く、請求項1〜6のいずれかに記載の車両用空調装置。
【請求項20】
さらに、演算されたトルク推定値の情報をエンジン制御装置へ送る、請求項1〜19のいずれかに記載の車両用空調装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−107419(P2009−107419A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−279939(P2007−279939)
【出願日】平成19年10月29日(2007.10.29)
【出願人】(000001845)サンデン株式会社 (1,791)
【Fターム(参考)】