説明

軟X線光学素子の製造方法

【課題】軟X線多層膜光学素子に十分な耐久性を持たせ、かつ反射特性を向上させること。
【解決手段】軟X線多層膜ミラー100の製造方法は、Si層2とMo層3とからなる多層膜4と、この多層膜の最表層3eに重ねて設けられた保護膜用Si層5とC層6とからなる保護膜7とを備えた、軟X線を反射する軟X線多層膜ミラー100の製造するものであり、多層膜4をArガスによるスパッタリングによって形成した後、多層膜4に保護膜7を形成し、保護膜7にXe8を含有させて、軟X線多層膜ミラー100を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線多層膜光学素子に十分な耐久性を持たせ、かつ反射特性を向上させる軟X線多層膜光学素子の製造方法を提供することにある。
【背景技術】
【0002】
軟X線領域の光を物質に照射する場合、軟X線領域の光は全ての物質に強く吸収されるとともに、ほとんどの物質が軟X線領域の光に対する屈折率が1に近い。このため、原理的には屈折によるレンズ作用を利用することができない。そこで、反射ミラーを利用して光学系を組むことになるが、通常の単層膜を形成した反射鏡は、直入射反射率がほとんどゼロに近く、反射ミラーとして機能しない。しかし、比較的、光の吸収の少ない材料を用いた多層膜は、反射率が高くミラー光学素子として機能できることから、現在その効果を利用した反射光学系に用いられている。
【0003】
具体的には、上記のミラー光学素子は、A,B二種類の物質を交互に積層させて形成されている。この場合のミラー光学素子は、物質Aと物質Bの1界面(反射面1つ)あたりの反射率は1%以下となり反射ミラーとしては機能しない。しかし、ミラー光学素子は、その反射面を多数形成することで各界面での反射光が強めあいの干渉条件に一致するような周期的構造となる。十分な反射光を得ることができるほど物質Aと物質Bを交互に積層し多層化した、例えば波長オーダーの厚さである極薄膜を数十に積層した積層体は、反射ミラーとして用いることができる。
【0004】
得られた積層体が高反射率を持つためには、物質A、物質Bの組み合わせとして、吸収係数をできるだけ小さくして、屈折率nとnの差が大きい2つの物質を選ぶ必要がある。反射ミラーに入射させる光が軟X線領域での波長である11nm≦λ≦14nmの範囲のとき、最も高反射率が得られる物質対の候補してはMoとSiの交互多層膜が知られている。この交互多層膜は、スパッタリング法や蒸着法、CVD法等の薄膜形成技術によって形成することができる。また、高反射率ミラーを得るためのスパッタリングのアシストガスに関しては、一般的なArガスに加え、XeやKrを使っても形成している(特許文献1参照)。
【0005】
ところで、軟X線に対応した反射ミラーであり軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーは、物理的、化学的損傷に敏感であり、軟X線光の照射による膜破壊や、最表面の酸化により反射度や光学特性が低下することがあった。
【0006】
該損傷による反射度や光学品質の低下を防止するため、軟X線多層膜ミラーの最表面に保護膜をコーティングする技術が知られている。保護膜の材料、層数、膜厚は限定されていない。しかし、保護膜は、軟X線多層膜ミラーを外部侵害から保護するために十分な厚さを有している必要があるが、入射放射線を過剰に吸光するほど過剰な厚さであってはならない。これまで軟X線多層膜ミラーの反射率の低下を最小限に抑えつつ、劣化を防止できる材料の組み合わせや厚さに関して様々な手段が提案されている(特許文献2参照)。C(カーボン)は、比較的不活性な材料で硬質であり、かつ抗酸化性を持つため、軟X線多層膜ミラーの最表面を覆うキャッピング層の候補材料の一つとなっている(特許文献2参照)。
【0007】
なお、軟X線光学素子とは、照明システムと投影システムに含まれる近直角入射ミラーもしくは近全反射角入射ミラー等の反射材か、または多層マスクかなどの光学素子のいずれかである。また、本発明における軟X線とは、軟X線領域がVUU領域と軟X線領域を含む範囲を指し、数値的には波長λが、0.2nm≦λ≦30nmの光を指す。
【0008】
【特許文献1】特開2004−331998号公報
【特許文献2】特開昭63-106703号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献2に記載の技術を用いて、カーボン層を表面に設けただけの軟X線多層膜ミラーは、耐久性が向上するが、反射率が低下して、光学特性が低下することがある。逆にカーボン層を薄く積層すれば反射率の低下が抑えられるが、耐久性が低下してしまうという問題がある。
【0010】
本発明は、軟X線多層膜光学素子に十分な耐久性を持たせ、かつ反射特性を向上させる軟X線多層膜光学素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の軟X線光学素子の製造方法は、多層膜と前記多層膜の最表層に重ねて設けられた保護膜とを備えた軟X線を反射する軟X線光学素子の製造するようになっており、前記多層膜をArガスによるスパッタリングによって形成した後、前記多層膜に前記保護膜を形成し、前記保護膜にXeを含有させた、ことを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本発明の軟X線光学素子の製造方法は、保護膜にXeを含有させるようになっているので、軟X線多層膜光学素子に十分な耐久性を持たせ、かつ反射特性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面に基づいて本発明の実施形態における軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーの製造方法を説明する。
【0014】
(第1実施形態)
図1は、第1実施形態における、軟X線光学素子の製造方法によって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラー100の断面模式図である。軟X線多層膜ミラー100は、軟X線多層膜4を備えている。軟X線多層膜4は、スパッタリング法により、異なる元素からなる多層膜としてのSi層2とMo層3を交互に積層して、Mo層3eを最終層にして形成される。このときの軟X線多層膜4の成膜は、スパッタガスにArガスを用いて行われる。軟X線多層膜4は、軟X線9が近直角入射で入射したとき、高反射率を実現させるものである。
【0015】
基板1の材質としては、熱伝導率の高いものがよく、Si、Ni、Cu、Ag及び、それらを含む化合物が良い。
【0016】
軟X線多層膜4を被覆する2層構成保護膜7は、Xeガスイオンを使用したスパッタリングにより、軟X線多層膜4の最終層(最表層)のMo層3eに重ねて、保護膜用Si層5とC層6とで形成される。このとき、C層6の方が最表面に位置している形で2層構成保護膜7が作られる。保護膜用Si層5の膜厚は4nm、C層6の膜厚は2nmであり、2層構成保護膜7全体の膜厚は6nmとなっている。また、2層構成保護膜7はXeガスイオンでスパッタリングされていることから、一部のXe原子8が2層構成保護膜7中にトラップされている。
【0017】
このような方法で作成された軟X線多層膜ミラー100の耐久性を、耐久性を測定する一つの方法として従来から用いられている二次電子放出率(いわゆるβ値)の経時変化を計測することで測定した。具体的には1keVの出力で20時間、電子ビームを軟X線多層膜ミラー100の表面に照射し、放出される二次電子を計測することによって耐久性を測定する方法である。その結果、軟X線多層膜4と2層構成保護膜7が共にArガスを使用してスパッタリングされた従来の軟X線多層膜ミラーのβ値と比べて、本発明の軟X線多層膜ミラーのβ値は、照射時間に対して約4倍以上長く低いβ値を維持できることが分かった。
【0018】
以上のようにして、軟X線多層膜4はArガスを用い、かつC層6を表面に備えた2層構成保護膜7はXeガスを用いてスパッタリングすることで作成した軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラー100は耐久性が約4倍向上することが分かった。このような構成の軟X線多層膜ミラー100は、C層6の厚みを維持したままで耐久性を向上させることができるので、反射率を低下させることなく高い耐久性を得ることができる。
【0019】
(第2実施形態)
図2は、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーを作成する成膜室12の概略断面図である。図3は、第2実施形態における、軟X線光学素子の製造方法によって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラー200の断面模式図である。
【0020】
成膜室12内には、移動可能な基板ホルダー13とターゲット18が設置されている。成膜室12内で、基板1に、スパッタリング法で異なる元素からなる多層膜としてのSi層2とMo層3を交互に積層させて、Si層2を最終層とする軟X線多層膜14を成膜する。さらに、軟X線多層膜14の最終層であるSi層2eを被覆するC層6を成膜する。これによって、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラー200が作製される。
【0021】
なお、軟X線多層膜14の最終層(最表層)のSi層2eは、2層構成保護膜17の保護膜用Si層5と兼用されている。保護膜用Si層5(=最終層のSi層2e)の膜厚は4nm、C層6の膜厚は2nmであり、2層構成保護膜17全体の膜厚は6nmとなっている。
【0022】
また、このときの軟X線多層膜14の成膜は、スパッタガスにArガスが使用されている。これによって、軟X線多層膜ミラー200は、軟X線を近直角入射で入射させられたとき、高反射率を実現することができる。
【0023】
基板1の材質としては、熱伝導率の高いものがよく、Si、Ni、Cu、Ag及び、それらを含む化合物が良い。
【0024】
軟X線多層膜ミラー200を作製した後、成膜室12に設置されているイオンガン19で、XeビームであるXeイオンビーム16を2層構成保護膜17に打ち込む。イオンガン19から発生されるXeイオンビーム16は、その一部がC層6を通り抜けて保護膜用Si層5に到達して保護膜用Si層5内に入り込むようなエネルギーを与えられて2層構成保護膜17に打ち込まれる。
【0025】
このようにして、保護膜用Si層5とC層6からなる2層構成保護膜17にXe原子8を含有させることができる。この製造方法により作製した軟X線多層膜ミラー200は、従来のArガスを用いたスパッタリングで軟X線多層膜及びC層を形成した従来の軟X線多層膜ミラーと、前述のβ値の経時変化を計測して比較すると、耐久性が約2倍以上向上することが分かった。
【0026】
(第3実施形態)
図4は、本発明の第3実施形態における、軟X線光学素子の製造方法よって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラー300の断面模式図である。
【0027】
軟X線多層膜ミラー300は、軟X線多層膜24と2層構成保護層7とで構成されている。まず、軟X線多層膜24は、スパッタリング法により、Si層2とMo層3を交互に積層されて形成される。このとき、Si層2とMo層3の界面に自然生成され反射率特性を低下させる“拡散層”が形成されることがある。そこで、BC膜(ボロンカーバイト膜)10を、Si層2とMo層3の間に挟んで成膜する。このため、軟X線多層膜24は、(Si層2−BC層10−Mo層3−BC層10)を1周期とし、数十周期積層成膜されて形成される。このとき、軟X線多層膜24の成膜には、スパッタガスにArガスを用いて行われる。軟X線多層膜24は、軟X線9が近直角入射で入射したとき、高反射率を実現させるものである。
【0028】
基板1の材質としては、熱伝導率の高いものがよく、Si、Ni、Cu、Ag及び、それらを含む化合物が良い。
【0029】
軟X線多層膜24を被覆する2層構成保護膜7は、Xeガスイオンによるスパッタリングにより、最終層(最表層)のBC層10eの上に保護膜用Si層5とC層6とで成膜される。このとき、C層6の方が最表面に位置している形で2層構成保護膜7が成膜される。保護膜用Si層5の膜厚は3.5nm、C層6の膜厚は2nmで、2層構成保護膜7全体の膜厚は5.5nmとなっている。2層構成保護膜7は、Xeガスイオンでスパッタリングされていることから、一部のXe原子8が2層構成保護膜7中にトラップされている。
【0030】
以上の製造方法により作製した軟X線多層膜ミラー300は、従来のArガスを用いたスパッタリングで軟X線多層膜及びC層を形成した従来の軟X線多層膜ミラーと、前述のβ値の経時変化を計測して比較すると、耐久性が4倍以上向上することが分かった。
【0031】
(第4実施形態)
図5は、本発明の第4実施形態における、軟X線光学素子の製造方法よって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラー400の断面模式図である。
【0032】
軟X線多層膜ミラー400は、軟X線多層膜34を備えている。まず、軟X線多層膜34は、スパッタリング法でMo層3を数10nm積層して成膜されたものであり、軟X線が近全反射入射で入射したときに高反射率を実現させるようになっている。このときの軟X線多層膜34の成膜には、スパッタガスにArガスが用いられる。
【0033】
基板1の材質としては、熱伝導率の高いものがよく、Si、Ni、Cu、Ag及び、それらを含む化合物が良い。
【0034】
軟X線多層膜34を被覆する2層構成保護膜7は、最終層(最表層)のMo層3eの上に、Xeガスイオンによるスパッタリングにより、保護膜用Si層5とC層6とで成膜される。このとき、C層6の方が最表面に位置している。保護膜用Si層5の膜厚は3nm、C層6の膜厚は3nmで、2層構成保護膜7全体の膜厚は6nmとなっている。2層構成保護膜7は、Xeガスイオンでスパッタリングされていることから、一部のXe原子8が2層構成保護膜7中にトラップされている。
【0035】
以上の製造方法により作製した軟X線多層膜ミラー400は、従来のArガスを用いたスパッタリングで軟X線多層膜及びC層を形成した従来の軟X線多層膜ミラーと、前述のβ値の経時変化を計測して比較すると、耐久性が2倍以上向上することが分かった。
【0036】
以上説明した、Xe原子が含有している2層構成保護膜7,17において、Si層をMo層で置き換えたときの耐久性の効果を確認した結果、(Mo+C)保護膜と(Si+C)保護膜とでは、後者の方が、耐久性が2倍から4倍ほど向上することが確認された。
【0037】
また、C層直下の層の材料が保護膜用Si層であることで耐久性が向上している。
【0038】
さらに、Si層とC層から成り、かつArガススパッタリングで得られたAr原子含有の2層構成保護膜を有する軟X線多層膜ミラーと、Xe原子がトラップされた2層構成保護膜を持つ軟X線多層膜ミラーとでは、後者の方が、耐久性が優れている。耐久性が3倍から4倍ほど向上していることが実験的に確認された。
【0039】
以上の説明から、保護膜用のSi層とC層の2種類の材料からなる2層構成保護膜を積層し、その保護膜中にXe原子を含有させて形成した軟X線多層膜ミラーは、化学的、物理的侵害により耐え得るという優れた特性を備えている。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明の第1実施形態における、軟X線光学素子の製造方法によって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーの断面模式図である。
【図2】軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーを作成する成膜室の概略断面図である。
【図3】本発明の第2実施形態における、軟X線光学素子の製造方法によって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーの断面模式図である。
【図4】本発明の第3実施形態における、軟X線光学素子の製造方法よって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーの断面模式図である。
【図5】本発明の第4実施形態における、軟X線光学素子の製造方法よって製造された、軟X線光学素子としての軟X線多層膜ミラーの断面模式図である。
【符号の説明】
【0041】
1 基板
2 Si層
2e 最終層のSi層(多層膜の最表層)
3 Mo層
3e 最終層のMo層(多層膜の最表層)
4 軟X線多層膜(多層膜)
5 保護膜用Si層
6 C層
7 2層構構成護膜(保護膜)
8 Xe原子
9 軟X線
10 BC層
10e 最終層のBC層(多層膜の最表層)
12 成膜室
14 軟X線多層膜(多層膜)
16 Xeイオンビーム(Xeビーム)
17 2層構成保護膜(保護膜)
24 軟X線多層膜(多層膜)
34 軟X線多層膜(多層膜)
100 軟X線多層膜ミラー(軟X線光学素子)
200 軟X線多層膜ミラー(軟X線光学素子)
300 軟X線多層膜ミラー(軟X線光学素子)
400 軟X線多層膜ミラー(軟X線光学素子)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層膜と前記多層膜の最表層に重ねて設けられた保護膜とを備えた軟X線を反射する軟X線光学素子の製造方法において、
前記多層膜をArガスによるスパッタリングによって形成した後、
前記多層膜に前記保護膜を形成し、前記保護膜にXeを含有させた、
ことを特徴とする軟X線光学素子の製造方法。
【請求項2】
前記保護膜を、XeガスによるスパッタリングによってSi層とC層とを積層し、C層を最表層にして形成した、
ことを特徴とする請求項1に記載の軟X線光学素子の製造方法。
【請求項3】
前記保護膜を、Si層とC層とを積層し、C層を最表層にして形成した後、前記保護膜にXeビームを打ち込んで、Xeを含有させた、
ことを特徴とする請求項1に記載の軟X線光学素子の製造方法。
【請求項4】
前記多層膜が、異なる元素の膜を重ねて形成されている、
ことを特徴とする請求項1に記載の軟X線光学素子の製造方法。
【請求項5】
前記多層膜を、Si層とMo層とを交互に積層して最表層をSi層とし、前記最表層に前記保護膜を形成した、
ことを特徴とする請求項1又は4に記載の軟X線光学素子の製造方法。
【請求項6】
前記Si層と前記Mo層との間にBC層を形成した、
ことを特徴とする請求項5に記載の軟X線光学素子の製造方法。
【請求項7】
前記多層膜を、Mo層を積層して形成した、
ことを特徴とする請求項1に記載の軟X線光学素子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−109193(P2009−109193A)
【公開日】平成21年5月21日(2009.5.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−278329(P2007−278329)
【出願日】平成19年10月26日(2007.10.26)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】