説明

転がり軸受

【課題】安価で且つ錆が生じにくい転がり軸受を提供する。
【解決手段】深溝玉軸受1は、内輪2と、外輪3と、両軌道面2a,3a間に転動自在に配された複数の転動体4と、を備えている。そして、内輪2及び外輪3の少なくとも一方は、その表面の少なくとも一部に、防錆性を有する固体潤滑剤をショットブラストすることにより形成された耐食性被膜5を備えている。この耐食性被膜5は、亜鉛及び錫で構成されており、亜鉛粒子をショットブラストした後に錫粒子をショットブラストすることにより形成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
通常、耐食性が必要な転がり軸受は、内輪及び外輪をステンレス鋼で構成する場合が多い。また、特許文献1,2には、軸受鋼で構成された内輪及び外輪の表面に無電界ニッケルメッキを施すことにより、転がり軸受に防錆性や耐食性を付与する方法が開示されている。さらに、特許文献1には、軸受鋼で構成された内輪及び外輪の表面に錫をショットブラストすることにより、防錆被膜を形成する方法が開示されている。
【特許文献1】特開2002−139052号公報
【特許文献2】特開2002−147473号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、ステンレス鋼で構成された転がり軸受は、耐食性は優れているものの材料コスト及び加工コストが高いので、低コストが要求される用途には適さなかった。また、無電界ニッケルメッキは、ステンレス鋼を用いた場合ほど高価ではないものの、その工程が長時間且つ多岐に渡ることからコストアップの要因となるとともに、カドミウムや鉛などの環境規制物質の使用が避けされないという問題点を有していた。さらに、錫をショットブラストする方法では、ステンレス鋼を用いた場合や無電界ニッケルメッキを施した場合ほどの防錆性を得ることができないという問題があった。
そこで、本発明は上記のような従来技術が有する問題点を解決し、安価で錆が生じにくい転がり軸受を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
前記課題を解決するため、本発明は次のような構成からなる。すなわち、本発明に係る請求項1の転がり軸受は、内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その表面の少なくとも一部に、防錆性を有する固体潤滑剤をショットブラストすることにより形成された耐食性被膜を備えることを特徴とする。
【0005】
防錆性を有する固体潤滑剤をショットブラストすると、物理的衝突エネルギー(衝突熱)により母材の表面に固体潤滑剤が溶着され、耐食性とともに潤滑性も有する耐食性被膜が形成される。その結果、マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS440C)以上の優れた防錆性が付与されるとともに、潤滑性も付与される。固体潤滑剤のショットブラストは、ショットピーニングと同様に一般的なショットブラスト装置,ショットピーニング装置で行うことが可能であり、多数の内輪,外輪を一度に処理することができるので、短時間且つ安価に処理を行うことができる。
【0006】
ショットブラスト装置,ショットピーニング装置は特に限定されるものではなく、空気圧式,遠心力式等の装置が使用できる。また、ショットブラスト時の雰囲気環境は、適宜調整することが好ましい。例えば、真空用途の転がり軸受に耐食性被膜を形成する場合には、遠心力式ショットブラスト装置を用いて減圧下又は真空にてショットブラストを行うことが好ましい。さらに、より細かい粒径の固体潤滑剤をショットする場合には、窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行うと、固体潤滑剤の酸化が少なくなるため好適である。
【0007】
さらに、耐食性被膜により防錆性が付与されているので、転がり軸受の表面に防錆油を塗布する必要がない。さらに、表面に防錆油を塗布することなく防錆性が付与されているので、防錆油により悪影響を受ける部材(例えば高分子材料製の部材)の周辺に本発明の転がり軸受を配置することも可能である。なお、固体潤滑剤としては、内輪,外輪を構成する鋼(母材)の主成分である鉄よりも卑な金属と貴な金属との両方を併せて使用することが好ましい。
【0008】
また、本発明に係る請求項2の転がり軸受は、請求項1に記載の転がり軸受において、前記耐食性被膜は、亜鉛粒子をショットブラストした後に錫粒子をショットブラストすることにより形成されたものであることを特徴とする。
内輪,外輪を構成する鋼の主成分である鉄よりも卑な金属である亜鉛を含有する耐食性被膜が表面に形成されていると、錆が発生しやすいような環境(例えば高湿環境)下であっても、鉄よりも卑な亜鉛が優先的に酸素と結合して酸化亜鉛となるので、鉄が酸素と結合して錆となることが抑制される。また、耐食性被膜には鉄よりも貴な金属であり錆びにくい錫が含まれているので、母材が保護されて発錆が抑制される。さらに、比較的硬質の酸化亜鉛の粉末が、軌道面に形成された耐食性被膜の表面上に生成すると、転がり軸受の音響性能に悪影響を及ぼすおそれがあるが、耐食性被膜に錫が含まれているので、耐食性被膜の表面上に酸化亜鉛の粉末が生成することが抑制される。
【0009】
亜鉛粒子をショットブラストした後に錫粒子をショットブラストすることにより形成された耐食性被膜は、下記のような2層構造、合金構造、複合化構造、海島構造、又はこれらのうち2つ以上の構造が混在した構造をなしていると思われる。すなわち、2層構造とは、耐食性被膜が内側の亜鉛層と表面側の錫層の2層からなる構造である。また、合金構造とは、耐食性被膜のほぼ全体が亜鉛と錫との合金からなる構造である。さらに、複合化構造とは、耐食性被膜のほぼ全体が亜鉛と錫との混合物からなる構造であり、且つ、内側(母材側)から表面側に向かって亜鉛の割合が徐々に減少し且つ錫の割合が徐々に増加する構造である。さらに、海島構造とは、亜鉛の母相中に錫が島状に分布している構造である。これらのうち2つ以上の構造が混在した構造の一例を示すと、内側(母材側)の亜鉛層と中間の合金層と表面側の錫層との3層からなる3層構造があげられる。
【0010】
なお、亜鉛粒子(鉄より卑な金属粒子)と錫粒子(鉄より貴もしくは鉄と同等)との混合粒子、又は、亜鉛と錫との合金の粒子をショットブラストしてもよい。また、錫粒子をショットブラストした後に亜鉛粒子をショットブラストしてもよい。
さらに、本発明に係る請求項3の転がり軸受は、請求項1又は請求項2に記載の転がり軸受において、前記耐食性被膜の亜鉛の含有量が5質量%以上80質量%以下であり、錫の含有量が95質量%以下20質量%以上であることを特徴とする。
【0011】
このような構成の耐食性被膜は、優れた防錆性及び潤滑性を有する。なお、耐食性被膜の亜鉛の含有量は10質量%以上50質量%以下、錫の含有量は90質量%以下50質量%以上であることがより好ましく、亜鉛の含有量は20質量%以上40質量%以下、錫の含有量は80質量%以下60質量%以上であることがさらに好ましい。
さらに、本発明に係る請求項4の転がり軸受は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受において、前記耐食性被膜の厚さが0.1μm以上5μm以下であることを特徴とする。
【0012】
耐食性被膜の厚さが5μm超過であると、耐食性被膜を均一に被覆することが困難となるとともに、耐食性被膜の脱落が生じやすくなり、転がり軸受にとって異物となるおそれがある。一方、耐食性被膜の厚さが0.1μm未満であると、十分且つ持続的な耐食性が得られないおそれがある。
なお、耐食性被膜の厚さは、ショットブラストの条件、例えば噴射圧力(例えば0.29〜0.69MPa)や噴射時間(例えば10〜20分)によって制御することが可能である。また、耐食性被膜の厚さは、耐食性被膜の形成前後の質量差から、その単位をμmからg/m2 に換算して表すこともできる。亜鉛で構成された耐食性被膜の場合は、1μmが7.1g/m2 に相当する。
【0013】
さらに、本発明に係る請求項5の転がり軸受は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その軌道面に前記耐食性被膜を備えており、軌道面に形成された前記耐食性被膜の厚さは0.1μm以上2μm以下であることを特徴とする。
軌道面に耐食性被膜が形成された場合には、耐食性被膜の表面粗さは軌道面に求められる表面粗さよりも悪いため、転がり軸受の回転初期の音響性能が不十分となるが、回転時に転動体に押圧されることにより耐食性被膜の表面の凹凸が均されて、耐食性被膜の表面粗さは軌道面に求められる表面粗さと同等又はそれより良好となるので、若干の慣らし運転を行えば音響性能は問題のないレベルまで改善する。
【0014】
よって、本発明に係る請求項5の転がり軸受は、エアコンディショナー用ファンモータ等のように回転時の軸受音の低減が求められる民生機器用モータ等に好適である。慣らし運転を行わなくても、音響性能がそれほど問われない一般的なモータ用途であれば、問題なく使用可能である。
軌道面に形成された耐食性被膜は、回転時に転動体に押圧されるので、厚さが2μm超過であると脱落が生じやすくなり、転がり軸受にとって異物となるおそれがある。厚さが2μm以下であれば、転がり軸受の回転による耐食性被膜の脱落が生じにくいとともに、転動体に押圧されて耐食性被膜の表面の凹凸が均されることにより音響性能が向上する。一方、耐食性被膜の厚さが0.1μm未満であると、十分且つ持続的な耐食性が得られないおそれがある。
【0015】
さらに、本発明に係る請求項6の転がり軸受は、請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受において、真空環境下で使用されるとともに、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その軌道面に前記耐食性被膜を備えており、軌道面に形成された前記耐食性被膜の厚さは2μm超過5μm以下であることを特徴とする。
このような構成であれば、防錆性を保ちつつ、耐食性被膜による潤滑性が高められているので、潤滑油,グリース等の液状,半固形状の潤滑剤の使用量を削減可能である。そのため、真空用途の他、油脂類を嫌う環境における使用に好適である。
【0016】
さらに、本発明に係る請求項7の転がり軸受は、請求項1〜6のいずれか一項に記載の転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その軌道面に前記耐食性被膜を備えており、軌道面に形成された前記耐食性被膜にはバニシ仕上げが施されていることを特徴とする。
軌道面に耐食性被膜が形成された場合には、耐食性被膜の表面粗さは軌道面に求められる表面粗さよりも悪いため、転がり軸受の回転初期の音響性能が不十分となるが、バニシ仕上げを施して軌道面を面押し加工すれば耐食性被膜の表面の凹凸が均されて、耐食性被膜の表面粗さは軌道面に求められる表面粗さと同等又はそれより良好となるので、音響性能が良好となる。また、厚さが2μm超過5μm以下である耐食性被膜においても、被膜の脱落が効果的に防止される。
【0017】
さらに、本発明に係る請求項8の転がり軸受は、請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪は、表面全体に前記耐食性被膜を形成した後に軌道面に形成された前記耐食性被膜のみを除去したものであることを特徴とする。
軌道面には耐食性被膜が存在しないので、回転初期の音響性能の問題がなく、優れた音響性能が求められる用途にも使用可能である。軌道面以外の部分に耐食性被膜が形成されているので、優れた防錆性を有しており問題は全くない。軌道面に形成された耐食性被膜を除去する方法は特に限定されるものではないが、例えば耐食性被膜形成後の研磨や耐食性被膜形成時のマスキングがあげられる。
【0018】
さらに、本発明に係る請求項9の転がり軸受は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の転がり軸受において、前記内輪と前記外輪との間に形成された軸受内部空間に、該軸受内部空間の容積の20体積%以下のグリースを配したことを特徴とする。
耐食性被膜は固体潤滑剤で構成されており潤滑性を有するため、軸受内部空間に配するグリースを少なくしても、転がり軸受の耐久性は十分となる。そして、グリースの使用量が少ないので、転がり軸受が低トルクである上、グリースの漏洩が抑制される。
【0019】
特に、転がり軸受を高温下で使用するような用途(例えば、複写機やプリンターの定着部では200℃程度で使用される)では、フッ素グリース等のグリースから基油が離油して漏洩するという問題が従来存在したが、グリースの使用量が少ないので、グリースの基油の漏洩が抑制される。
また、通常フッ素グリースには、防錆剤としてトリアゾール系の添加剤が添加されているが、このトリアゾール系添加剤は200℃を超えると不快臭を発するため、複写機等の機器の周辺環境が悪化することがあった。本発明の転がり軸受であれば、グリースや潤滑油に防錆剤を添加しなくても差し支えないので、上記のような周辺環境の悪化が生じにくい。
【0020】
さらに、通常の転がり軸受では、軸受外面の防錆のために防錆油を塗布することがあるが、軸受外面に塗布された防錆油が高温に晒されると、上記と同様に不快臭を発したり、気化蒸発して軸受の周辺環境に悪影響を与えることも考えられる。特に、軸受の近傍に樹脂製部品がある場合はその可能性が大きくなる。本発明の転がり軸受であれば、軸受外面の防錆油の塗布を省くことも可能であるため、上記のような問題が生じにくい。
【0021】
グリースの使用量が軸受内部空間の容積の20体積%超過であると、トルクが大きくなるおそれがあるとともに、グリースの漏洩が多くなるおそれがある。一方、10体積%未満であると、大気環境下での使用においては潤滑性が低くなり転がり軸受の耐久性が不十分となるおそれがある。真空環境下又は油脂類を嫌う環境下では、グリース等の潤滑剤の封入量は少ない方が好ましい。
【0022】
さらに、本発明に係る請求項10の転がり軸受は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の転がり軸受において、グリースを備えておらず、前記内輪と前記外輪との間に形成された軸受内部空間に配された潤滑油のみで潤滑されていることを特徴とする。
グリースを備えておらず潤滑油のみで潤滑されているので(例えば、オイルプレーティング法による潤滑)、転がり軸受が低トルクである上、グリースの漏洩が生じる心配がない。
【0023】
さらに、本発明に係る請求項11の転がり軸受は、請求項1〜7のいずれか一項に記載の転がり軸受において、液状の潤滑油及び半固形状のグリースをいずれも備えていないことを特徴とする。
比較的短時間であれば、厚さ0.1μm以上2μm以下という比較的薄い耐食性被膜のみでも、すなわちグリースや潤滑油を全く使用しなくても(無潤滑でも)、耐食性被膜の潤滑性のみで転がり軸受を使用することが可能である。また、グリースや潤滑油を全く使用しない場合は、真空環境下や油脂類を嫌う環境下での使用に好適である。
【0024】
ただし、万が一耐食性被膜が軌道面から剥がれて脱落した場合に備えて、あるいは、外部から軌道面への異物の侵入に備えて、これらのグリース封入量の少ない転がり軸受や無潤滑の転がり軸受であっても、シールやシールド板で密封することが好ましい。シールやシールド板を備えていれば、外部の汚染を最小限にとどめることが可能であるとともに、外部環境の影響も受けにくい。
【発明の効果】
【0025】
本発明の転がり軸受は、安価で且つ錆が生じにくい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
本発明に係る転がり軸受の実施の形態を、図面を参照しながら詳細に説明する。
図1は、本発明に係る転がり軸受の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。この深溝玉軸受1は、軌道面2aを外周面に有する内輪2と、内輪2の軌道面2aに対向する軌道面3aを内周面に有する外輪3と、両軌道面2a,3a間に転動自在に配された複数の転動体4と、を備えている。
【0027】
そして、内輪2の内周面に軸部材6が嵌入されるとともに、図示しない回転ドラムの軸受支持部7に外輪3の外周面が嵌め込まれている。これにより、前記回転ドラムが深溝玉軸受1により回転可能に支持されている。なお、内輪2及び外輪3の間に転動体4を保持する保持器や、シール等の密封装置を備えていてもよい。
内輪2及び外輪3の少なくとも一方は、その表面の少なくとも一部に、防錆性を有する固体潤滑剤をショットブラストすることにより形成された耐食性被膜5を備えている。このような深溝玉軸受1は、安価で且つ優れた防錆性を有しており、複写機,プリンター等のような事務機器に好適に用いることができる。なお、図1においては内輪2,外輪3の両方が耐食性被膜5を備えているが、一方のみが備えていてもよい。
【0028】
この耐食性被膜5を構成する固体潤滑剤の種類は、防錆性を有していれば特に限定されるものではないが、例えば亜鉛及び錫が好ましい。亜鉛及び錫で構成された耐食性被膜5は、亜鉛粒子をショットブラストした後に錫粒子をショットブラストすることにより形成することが好ましい。ただし、錫粒子をショットブラストした後に亜鉛粒子をショットブラストすることにより形成してもよいし、亜鉛粒子と錫粒子との混合物をショットブラストすることにより形成してもよい。
【0029】
この耐食性被膜5の厚さは、軌道面2a,3a以外の部分に形成されている耐食性被膜5については、0.1μm以上5μm以下であることが好ましく、軌道面2a,3aの部分に形成されている耐食性被膜5については、音響性能を重視する場合には0.1μm以上2μm以下であることが好ましい。そして、軌道面2a,3aの部分に形成されている耐食性被膜5には、バニシ仕上げを施すことが好ましい。
【0030】
なお、図1においては、内輪2及び外輪3の表面全体に耐食性被膜5が形成されているが、表面の一部分に耐食性被膜が形成されている場合でも防錆効果が得られる。軌道面2a,3aの部分については、耐食性被膜5が形成されていない方が音響性能が優れているので、内輪2及び外輪3の表面全体に耐食性被膜5を形成した後に、軌道面2a,3aに形成された耐食性被膜のみを除去してもよい。
また、深溝玉軸受1は、軌道面2a,3aに形成された耐食性被膜5の潤滑性によって無潤滑でも使用可能であるが、内輪2及び外輪3の間に形成された軸受内部空間にグリースや潤滑油を配して潤滑してもよい。グリースを用いる場合には、軸受内部空間の容積の20体積%以下のグリースを配することが好ましい。
【0031】
なお、本発明の転がり軸受は、保持器,密封装置,又はその他の付属の部材を備えていてもよいが、これら保持器,密封装置,又はその他の付属の部材についても、前述した耐食性被膜5を備えていてもよい。特に、これら保持器,密封装置,又はその他の付属の部材が鋼製である場合は、前述と同様の防錆効果が期待できる。保持器であれば、少なくとも転動体との摺動部分があるので、潤滑と防錆の効果が期待でき、密封装置であれば、外部環境との接点があるため、水分と接触する状況下などでは防錆効果が期待できる。間座やセパレータも同様である。
【0032】
また、本実施形態においては、転がり軸受の例として深溝玉軸受をあげて説明したが、転がり軸受の種類は深溝玉軸受に限定されるものではなく、本発明は様々な種類の転がり軸受に対して適用することができる。例えば、アンギュラ玉軸受,自動調心玉軸受,自動調心ころ軸受,針状ころ軸受,円筒ころ軸受,円すいころ軸受等のラジアル形の転がり軸受や、スラスト玉軸受,スラストころ軸受等のスラスト形の転がり軸受である。
【0033】
さらに、転がり軸受に限らず、ボールねじのねじ軸,ナット,ボールや、リニアガイド装置の案内レール,スライダ,転動体等に対して、本発明を適用することもできる。さらに詳細に本発明の適用方法を例示すれば、これら部材の表面の全面に本発明の耐食性被膜を形成してもよいし、これら部材の表面の一部分に本発明の耐食性被膜を形成してもよい。
【実施例】
【0034】
以下に実施例を示して、本発明をさらに具体的に説明する。
〔防錆性の評価〕
深溝玉軸受(内径30mm,外径42mm,幅7mm)用の外輪を脱脂した後に、高温高湿環境下(温度70℃,湿度90%)に保持し、錆が発生するまでの時間(発錆時間)を測定した。
その結果、亜鉛粒子をショットブラストした後に錫粒子をショットブラストすることにより耐食性被膜を表面全体に形成したSUJ2製の外輪は、耐食性被膜の厚さが0.1μm,0.5μm,2μm,5μmのいずれの場合においても、720時間経過して錆が発生しなかった。これに対して、上記のような耐食性被膜を備えていないSUS440C製の外輪は、168時間経過後に点状の錆が発生した。
【0035】
〔音響性能の評価〕
呼び番号608の深溝玉軸受(内径8mm,外径22mm,幅7mm)を、アキシアル荷重39.2N,回転速度1800min-1という条件で回転させて、回転初期(0時間)及び回転1時間後のアンデロン値(ハイバンド値)を測定した。この深溝玉軸受の内輪及び外輪の表面全体(軌道面を含む)には、前述の防錆性の評価の場合と同様の耐食性被膜が形成されている。結果を表1に示す。
【0036】
【表1】

【0037】
耐食性被膜の表面粗さは軌道面に求められる表面粗さよりも悪いため、回転初期のアンデロン値は大きいが、軸受を回転させることにより転動体に押圧されて軌道面に形成された耐食性被膜の表面の凹凸が均され、耐食性被膜の表面粗さが良好となるので、回転1時間後のアンデロン値は回転初期よりも小さくなっている(音響性能が向上している)。そして、下記式で定義される音響回復率から分かるように、音響性能は、耐食性被膜の厚さが0.1μm以上2μm以下の場合に大きく改善している。
音響回復率(%)={(回転1時間後のアンデロン値)− (回転初期のアンデロン値)}/(回転初期のアンデロン値)×100
【0038】
耐食性被膜の厚さが2μm超過5μm以下である軸受は、回転初期のアンデロン値は大きくしかも音響回復率が低いので、高い音響性能が要求されるエアコンディショナー等のファンモータ用途としては好適ではない。一方、耐食性被膜の厚さが0.1μm以上2μm以下である軸受は、回転初期のアンデロン値は大きいが音響回復率が高いので、高い音響性能が要求されるモータ用途として使用可能である。また、軌道面に形成された耐食性被膜を研磨により除去した軸受は、静音モータ用途として使用可能である。軌道面に耐食性被膜が形成されていないが、グリース等を用いて潤滑することにより、軌道面の防錆は可能である。
【0039】
次に、軌道面に形成された耐食性被膜に面押し加工(バニシ仕上げ)を施してから、上記と同様の音響性能の評価を行った。面押し加工は、通常通り組み立てた深溝玉軸受に0〜98Nのラジアル荷重及びアキシアル荷重の合成荷重を負荷しながら4時間回転させることによって行った。そして、面押し加工の終了後に深溝玉軸受を分解し、転動体及び保持器を新品と交換して再度組み立てたものを、音響性能の評価に供した。結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
表2から分かるように、軌道面に形成された耐食性被膜の表面の凹凸が面押し加工により均されて、耐食性被膜の表面粗さが非常に良好となっているので、音響性能は回転初期から非常に良好であった。
〔グリースの漏洩性及び軸受の耐久性の評価〕
深溝玉軸受(内径30mm,外径42mm,幅7mm)の軸受内部空間に所定量のフッ素グリースを封入し、軸受温度200℃、回転速度200min-1の条件で内輪を回転させ、焼付きが生じるまでの時間(焼付き寿命)と回転3000時間後に軸受内部空間に残存しているグリースの量(初期の封入量を100%とした場合のグリース残存率)とを測定した。結果を図2,3のグラフに示す。
【0042】
前述の防錆性の評価の場合と同様の耐食性被膜が表面全体に形成された軸受(実施例)と、耐食性被膜を備えていない通常の軸受(比較例)とについて試験を行ったところ、グリース残存率については、図2から分かるように両軸受はほぼ同様の結果であった。軸受の耐久性と漏洩したグリースによる外部環境の汚染とを考慮すると、グリース残存率は75〜100%であることが好ましいので、グリースの封入量は軸受内部空間の容積の20体積%以下とすることが好ましいことが分かる。
【0043】
一方、焼付き寿命は、図3から分かるように、グリースの封入量が多いほど長寿命となるが、グリースの封入量が同じである場合は、軌道面に形成された耐食性被膜の潤滑性によって比較例の軸受よりも実施例の軸受の方が長寿命であった。そして、例えば4000時間以上の優れた焼付き寿命を得るためには、グリースの封入量は軸受内部空間の容積の10体積%以上であることが好ましいことが分かる。
【0044】
〔トルクの評価〕
前述の防錆性の評価の場合と同様の耐食性被膜が表面全体に形成された呼び番号688の深溝玉軸受(内径8mm,外径16mm,幅5mm)を用意して、その軸受内部空間に所定量のフッ素グリースを封入した。そして、ラジアル荷重14.7N,回転速度3000min-1という条件で内輪を回転させ、トルクを測定した。結果を表3に示す。
【0045】
【表3】

【0046】
一般的な軸受のグリースの封入量は軸受内部空間の容積の30体積%であるが、グリースの封入量が20体積%以下であっても、耐食性被膜の潤滑性により優れた焼付き寿命を有している。よって、グリースの封入量を20体積%以下として、耐久性を維持しながら表3に示すような低トルク化を実現できる。特に、グリースを使用しない場合は、グリースの封入量が30体積%の場合の1/4に低トルク化できる。
【0047】
〔防錆性の評価2〕
前述の防錆性の評価の場合と同様に、内輪及び外輪の表面の全体に耐食性被膜が形成された深溝玉軸受を用意して、その防錆性を評価した。なお、この深溝玉軸受の外径は19mm、内径は8mm、幅は6mmである。
耐食性被膜は、亜鉛粉末をショットブラストした後に錫粉末をショットブラストすることにより形成し、錫粉末の噴射圧力や噴射時間を変更することにより、亜鉛及び錫の含有量が種々異なる耐食性被膜を備えた軸受を得た(表4の実施例101〜110を参照)。耐食性被膜の形成にはショットピーニング装置を用い、投射材としては平均粒径45μm(JIS R6001の規定による)の亜鉛粉末及び錫粉末を用いた。噴射圧力は0.196〜0.882MPaで、噴射時間は10〜20minである。1回の処理に用いる内輪,外輪の質量は、それぞれ1〜20kgとした。
【0048】
なお、表4の比較例101は、耐食性被膜は備えておらず従来の防錆油を塗布することにより防錆処理を施した軸受である。また、比較例102,103は、従来の電気メッキ法により亜鉛被膜又は錫被膜を形成して防錆処理を施した軸受である。さらに、比較例104は、平均粒径45μm(JIS R6001の規定による)の錫粉末をショットブラストすることにより錫被膜を形成した軸受である。噴射圧力,噴射時間等のショットブラストの条件は、実施例101〜110の場合と同様である。
【0049】
【表4】

【0050】
実施例101〜110及び比較例102〜104の軸受について、形成した耐食性被膜のEDX測定を行い、耐食性被膜に含まれる亜鉛の含有量及び錫の含有量を測定した。測定範囲は耐食性被膜の表面の250μm×200μmの領域であり、加速電圧は10kVである。結果を表4に示す。なお、いずれの軸受においても、耐食性被膜の厚さは0.05〜8μmであった。また、耐食性被膜の断面組織を特性X線を用いて観察したところ、実施例101〜110については、前述の2層構造、合金構造、複合化構造の混在が推定された。
【0051】
このようにして得られた軸受を脱脂した後、温度60℃,湿度90%の環境下に放置し、外輪の外周面や内輪の内周面に点状の赤錆が発生するまでの時間(発錆時間)を測定した。結果を表4に示す。なお、表4における発錆時間の数値は、比較例101の軸受の発錆時間を1とした場合の相対値で示してある。
実施例101〜110の軸受は、亜鉛及び錫を含有する耐食性被膜を備えているので、防錆油の塗布により防錆処理を施した比較例101の軸受に比べて、極めて錆が生じにくかった。また、耐食性被膜に含まれる亜鉛の含有量が5質量%以上80質量%以下であると、防錆性がより優れており、20質量%以上40質量%以下であると防錆性がさらに優れていることが分かる。
【0052】
〔トルクの評価2〕
前述の防錆性の評価の場合と同様の耐食性被膜が内輪及び外輪の表面の全体に形成された単列深溝玉軸受(内径8mm,外径22mm,幅7mm)を用意して、真空環境下で回転試験を行い、回転トルクを測定した。軸受は、溶剤で洗浄し気圧1Pa以下の減圧下で乾燥した後に、所定量の潤滑剤(フォンブリン社製のYVAC2)を封入したものを使用した。
【0053】
なお、内輪,外輪,及び保持器はステンレス鋼製で、転動体は窒化ケイ素製である。また、耐食性被膜の厚さは4μmである。さらに、耐食性被膜の亜鉛の含有量は30質量%で、錫の含有量は70質量%である。さらに、比較例として、耐食性被膜を形成していない内輪及び外輪を備え、軸受内部空間の容積の5体積%の潤滑剤を封入した単列深溝玉軸受を用意したが、窒化ケイ素製転動体の寸法を調整することにより、初期のラジアル隙間が同程度となるようにした。
【0054】
回転試験は、気圧10Pa、温度80℃(外輪の外周面の温度)という環境下で、予圧58.8N、回転速度360min-1という条件で行った。そして、一定回転数毎に回転トルクを測定し、初期の回転トルクの2倍を超えたら回転試験を終了した。軸受内部空間の容積の0,1,3,5体積%の潤滑剤を封入した軸受について、それぞれ回転試験を行い、回転トルクが初期の回転トルクの2倍を超えるまでの総回転数を測定した。
【0055】
各軸受の総回転数を、比較例の軸受の総回転数を1とした場合の相対値で示すと、潤滑剤0体積%の場合は55、潤滑剤1体積%の場合は5、潤滑剤3体積%の場合は4、潤滑剤5体積%の場合は2であった。これらの結果から、耐食性被膜を備える転がり軸受は、減圧条件下や無潤滑条件下でも良好な性能を示すことが分かる。
なお、無潤滑条件下の場合は、いわゆるトモガネ現象によるトルクの増大や焼付きを防止するために、相互に接触する部材については、材質を変えるか、材質の組成を変えることが好ましい。例えば、内輪及び外輪に本発明の耐食性被膜を形成した場合には、転動体には耐食性被膜を形成しないか、二硫化モリブデン被膜等の別種の被膜を形成するか、又は転動体をセラミック製とすることが好ましい。
【0056】
逆に、転動体に本発明の耐食性被膜を形成した場合には、内輪及び外輪には耐食性被膜を形成しないか、二硫化モリブデン被膜等の別種の被膜を形成するか、又は内輪及び外輪をセラミック製とすることが好ましい。
さらに、内輪,外輪,転動体ともに本発明の耐食性被膜を形成した場合には、例えば亜鉛と錫とからなる耐食性被膜であれば、内外輪と転動体とで被膜組成(亜鉛と錫の組成比)を異なるものとすることが好ましい。また、亜鉛又は錫を異種の金属種とすることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明に係る転がり軸受の一実施形態である深溝玉軸受の構造を示す縦断面図である。
【図2】グリースの封入量とグリース残存率との関係を示すグラフである。
【図3】グリースの封入量と焼付き寿命との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0058】
1 深溝玉軸受
2 内輪
2a 軌道面
3 外輪
3a 軌道面
4 転動体
5 耐食性被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、前記内輪及び前記外輪の間に転動自在に配された複数の転動体と、を備える転がり軸受において、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その表面の少なくとも一部に、防錆性を有する固体潤滑剤をショットブラストすることにより形成された耐食性被膜を備えることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記耐食性被膜は、亜鉛粒子をショットブラストした後に錫粒子をショットブラストすることにより形成されたものであることを特徴とする請求項1に記載の転がり軸受。
【請求項3】
前記耐食性被膜の亜鉛の含有量が5質量%以上80質量%以下であり、錫の含有量が95質量%以下20質量%以上であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の転がり軸受。
【請求項4】
前記耐食性被膜の厚さが0.1μm以上5μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項5】
前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その軌道面に前記耐食性被膜を備えており、軌道面に形成された前記耐食性被膜の厚さは0.1μm以上2μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項6】
真空環境下で使用されるとともに、前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その軌道面に前記耐食性被膜を備えており、軌道面に形成された前記耐食性被膜の厚さは2μm超過5μm以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項7】
前記内輪及び前記外輪の少なくとも一方は、その軌道面に前記耐食性被膜を備えており、軌道面に形成された前記耐食性被膜にはバニシ仕上げが施されていることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項8】
前記内輪及び前記外輪は、表面全体に前記耐食性被膜を形成した後に軌道面に形成された前記耐食性被膜のみを除去したものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項9】
前記内輪と前記外輪との間に形成された軸受内部空間に、該軸受内部空間の容積の20体積%以下のグリースを配したことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項10】
グリースを備えておらず、前記内輪と前記外輪との間に形成された軸受内部空間に配された潤滑油のみで潤滑されていることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の転がり軸受。
【請求項11】
液状の潤滑油及び半固形状のグリースをいずれも備えていないことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載の転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−180374(P2008−180374A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−298076(P2007−298076)
【出願日】平成19年11月16日(2007.11.16)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】