説明

運動誤差測定基準及び運動誤差測定装置

【課題】ピッチング誤差やローリング誤差を抽出でき高精度な測定を行える運動誤差測定基準、運動誤差測定装置を提供する。
【解決手段】運動誤差測定基準は、例えばベースに対して所定の方向に移動可能に支持されたステージの運動誤差を求める測定装置で利用することが出来るものであり、前記母線に沿って前記原点からの距離が既知である所定点において、実際の物体面と、母線が構成すべき数学的理想面との差が、面外への微小変位と、面法線の方向の微小角変位に関して校正されており、その校正値が記憶されて演算に供しうる数値データとして付与されているものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、運動誤差測定基準及び運動誤差測定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
精密な塗布工具の長尺化,ウエハの大型化,液晶画面の大面積化等により,長尺の真直形状,大面積の平面形状を高精度に測定する必要が高まっているが,物理的に与えられる測定基準の確からしさはもはや限界が来ている。そこで,物理的基準に頼らない,数学的に与えられる基準での測定法が求められている。また、測定対象が、2次元、3次元物体となると、構造上アッベの原理が満たせなくなり、その高精度化には大きな壁となっている。そのため、ステージの運動誤差についても,高精度な測定においては、前記ピッチング誤差や前記ローリング誤差の測定と補正の必要性が顕著になっている。これらの直線運動に関連した必要は、回転テーブルについても同様に生じている.なお,回転運動では,回転軸の傾斜運動誤差を円の母線に沿って観察すると,直線運動における前記ピッチング誤差とローリング誤差に相当している。
【0003】
従来,真直運動誤差の測定では、断面直線の真直度が保証された直定規を基準として用い、直定規の長手方向と変位計の相対的な運動における変位計の出力から、真直運動の誤差を検出することが行われていた。ピッチングは理論上,長手方向の局所的な傾斜角を基準にすれば測定できることは知られているが,直定規を基準にするときは一定間隔で長手方向に配置した2点の変位の差から得る方法が用いられる。移動体上に二つのコーナキューブを置きその相対変位をレーザ干渉測長機でよみとりピッチングかヨーイングを計る方法も知られているが,空気の揺らぎの影響などで,あまり長い距離の移動真直度の安定した測定は難しい。そのため,工作機械の移動ステージ,回転ステージ,3次元測定機のx,y,z軸移動機構,r,z,θ軸移動機構にはそれぞれ移動方向に沿う位置決めのエンコーダが取り付けられるのみで,それぞれの軸における直線運動誤差(直線からの並進誤差,ピッチング誤差,ヨーイング誤差,ローリング誤差を含む)や回転運動誤差(ピッチング誤差,ローリング誤差に相当する回転軸の2方向の傾斜運動誤差と回転軸の軸方向の出入りの誤差,2方向の半径方向並進誤差を含む)は検出され制御されることはなかった。しかし,機械に要求される精度の向上に伴い,直線運動の高精度で簡便な計測法の確立が課題となっている。特許文献1には、逐次2点法における変位センサの姿勢変化によるピッチング誤差を除去し、センサのデータに取り込んで表面形状計測の精度を向上させる技術が開示されている。回転運動誤差についても、リング状の定規の端面や側面の真円度が校正された円定規が基準として用いられているが、傾斜運動については良い基準定規は知られていない。
【特許文献1】特開2005−114549号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかるに、特許文献1の技術では、離れた場所からレーザをセンサユニットに照射して、ピッチング角度を読みとるものであるため、レーザ測長器を設けるスペースが必要となり、装置が大型化するという問題がある。また,ローリングについては直接測定する方法がなかった。また、測定環境の悪い工作機械の運動を計測する手法とはなりえない。
また、従来運動誤差を測定するために供給されている基準は、真直度、真円度といった、基準の持つ誤差の最大値のみが保証されていて、現在求められている運動精度の精細な検査には十分の役割が果たせないでいる。もちろん、レーザの反射対象が方向を変えてしまう回転運動における運動誤差の測定には使えない。
【0005】
本発明は、かかる従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、ピッチング誤差やローリング誤差を抽出でき高精度な測定を行える運動誤差測定基準、測定装置、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1に記載の運動誤差測定基準は、
柱状の物体あるいは円板状の物体であって、
前記柱状物体においては、その長手方向の面を構成するある特定の直線母線と前記直線母線の原点が、または前記円板状物体においてはその円板面あるいはその側面を構成するある特定の円母線と前記円母線の原点が、定められており、
前記母線上にあって前記原点からの距離が既知である点において、母線が構成している実際の物体面と、母線が構成すべき数学的理想面との差が、面外への微小変位と、面法線の方向の微小角変位に関して校正されており、その校正値が記憶されて演算に供しうる数値データとして持ち運びできるメモリー等の形で付与されていることを特徴とする。ここで,柱状物体は直線運動誤差(直線からの並進誤差,ピッチング誤差,ヨーイング誤差,ローリング誤差を含む)の測定基準に供され,円板状物体は,回転運動誤差(ピッチング誤差,ローリング誤差に相当する回転軸の2方向の傾斜運動誤差と回転軸の軸方向の出入りの誤差,2方向の半径方向並進誤差を含む)の測定基準に供される.
【0007】
本発明によれば、ベースに対して所定の方向に移動可能に支持されたステージの運動誤差を求める測定装置で利用することの出来る,決められた母線上の、原点から既知の距離上で、母線が構成している実際の物体面と、母線が構成すべき数学的理想面との差が、面外への微小変位と、面法線の方向の微小角変位に関して校正されており、その校正値が記憶されて演算に供しうる数値データとして付与されている。
【0008】
運動誤差測定基準と変位センサの組み合わせで運動誤差の並進成分のみを測定し、しかもその測定値が、運動測定に使う基準定規の真直度や真円度という最大値の振れ以内で保証されるに過ぎなかった従来の方法に比べ、本発明によれば、測定基準がないことで測定が容易でなかったローリング誤差が測定できるようになるだけでなく、ピッチング誤差も並進誤差も前記付与された校正値の確からしさの限度までという高い測定精度が保証される運動誤差測定基準が成立する。
【0009】
請求項2に記載の運動誤差測定基準は、請求項1に記載の発明において、前記原点からの前記母線上の位置を決めるためのエンコーダ用スケールの役目を果たす目盛が、前記柱状物体あるいは前記円板状物体上に付加され、付与されている前記校正値データの活用を容易にすることを特徴とするものである。
【0010】
請求項3に記載の運動誤差測定基準は、請求項1又は2に記載の発明において、前記円板状物体は、同心の円板状の中心部が切り取られて円筒内側面を有していることを特徴とする。
【0011】
請求項4に記載の運動誤差測定基準は、請求項1乃至3のいずれかに記載の発明において、前記数学的理想面に接する平面でかつ、前記母線上の点を含む平面が互いに直交する配置にある2本の前記母線について、前記校正値のデータが付与されていることを特徴とする。
【0012】
請求項5に記載の運動誤差測定装置は、請求項1乃至4のいずれかに記載の運動誤差測定基準に沿って前記母線方向に相対移動可能な形の読み取りヘッドを有し、前記読み取りヘッドの出力値が,前記校正値と、前記相対移動における運動誤差と、前記読み取りヘッドを前記運動誤差測定基準に取り付ける際に決まる定数と、の和から構成され適切な演算処理で前記相対運動の運動誤差成分のみを抽出し、相対運動の誤差を測定するものである。
【0013】
本発明によれば、従来の移動ステージシステムで、エンコーダのスケールと読み取りヘッドを用いて位置座標を読み取ったのと同様の簡便さで、ステージの移動に伴う並進誤差、姿勢誤差を常に測定することが出来るようになる。
【0014】
請求項6に記載の運動誤差測定装置は、請求項5に記載の発明において、測定しようとする運動誤差は、前記数学的理想面内における前記母線に直交する軸方向への傾斜運動誤差(以下、これをローリング誤差と呼ぶ)であることを特徴とする。
【0015】
請求項7に記載の運動誤差測定装置は、請求項5又は6に記載の発明において、測定しようとする運動誤差は、前記数学的理想面内における前記母線に沿う方向で前記数学的理想面外への傾斜運動誤差(以下、これをピッチング誤差と呼ぶ)であることを特徴とする。
【0016】
請求項8に記載の運動誤差測定装置は、請求項5乃至7のいずれかに記載の発明において、測定しようとする運動誤差は、前記面外への微小変位と同じ方向の並進誤差であることを特徴とする。
【0017】
請求項9に記載の運動誤差測定装置は、ベースに対して所定の方向に移動可能に支持されたステージの運動誤差を求める測定装置において、
前記ベースと前記ステージの一方に取り付けられた請求項1〜4のいずれかに記載の運動誤差測定基準と、
前記ベースと前記ステージの他方に取り付けられたセンサであって、前記センサの信号
が、前記校正値と、前記ベースと前記ステージの相対移動における運動誤差と、前記センサを取り付ける際に決まる定数と、の和から構成されるセンサと、
前記センサからの信号と、校正値と、前記定数を入力する演算手段と、を有し、
前記演算手段は、前記校正値と、前記センサから出力された信号とに基づいて、前記相対移動に関する前記ピッチング誤差と前記ローリング誤差の少なくとも一方を抽出することを特徴とする。
【0018】
運動誤差測定基準と変位センサの組み合わせで運動誤差の並進成分のみを測定し、しかもその測定値が、運動測定に使う基準定規の真直度や真円度という最大値の振れ以内で保証されるに過ぎなかった従来の方法に比べ、本発明によれば、測定基準がないことで測定が容易でなかったローリング誤差が測定できるようになるだけでなく、ピッチング誤差も並進誤差も前記付与された校正値の確からしさの限度までという高い測定精度が保証される運動誤差測定法が成立する。
【0019】
請求項10に記載の運動誤差測定装置は、請求項9に記載の発明において、前記演算手段は、前記校正値と、前記センサから出力された信号とに基づいて、前記相対移動に関するヨーイング誤差を抽出することを特徴とする。
【0020】
請求項11に記載の運動誤差測定装置は、請求項9又は10に記載の発明において、前記演算手段は、前記校正値と、前記センサから出力された信号とに基づいて、前記相対移動に関する並進誤差を抽出することを特徴とする。
【0021】
請求項12に記載の運動誤差測定装置は、請求項9〜11のいずれかに記載の発明において、前記ベースに対する前記ステージの相対位置を検出するエンコーダを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明によって、今までの直定規や円定規ではできなかった高度な運動誤差測定が可能になる。本発明の運動誤差測定基準と一体化して,センサを取り付ける測定装置を採用すると,空気の揺らぎの影響が入りにくい計測システムで真直運動又は円運動の誤差成分を測定できることになり,真直運動又は円運動の高精度化に役立つ。とくに,レーザ干渉測長器よりはリニヤエンコーダが選ばれているような環境で使われる機械においては,リニヤエンコーダと本発明の運動誤差測定基準との一体化が高度利用と整合性が良く,ほとんど基本構造を変えなくても真直運動や円運動の誤差の全成分が計測できるシステムになる。真直移動や円運動において,今まで計ることの出来なかったローリング運動を含めた5自由度の運動誤差を一つの柱状物体や円板状物体による基準で測定できることは,機械の高精度化に大いに役立つ。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。図1は第1の実施形態にかかる運動誤差測定基準の柱状物体POの斜視図(a)と、母線BSの校正値(b),(c),(d)に関する説明図である。図中に示す直交座標軸において、X軸方向を母線BSに沿う方向、Y軸方向を,母線BSが構成する面に載り,母線に直交する方向、Z軸方向を,母線BSが構成する面に垂直で,母線BSに直交する方向に採っている。この実施例では、数学的理想面MPは正しい平面であり、その面法線方向はZ軸と一致している。図1の(b)は母線BSを含むxz断面での実際の物体面の数学的理想平面MPからの偏差(校正値)を示している。図(b)のX軸は、数学的理想面MPの母線BSでもある。図1の(c)、(d)はそれぞれ、実際の物体面の法線とZ軸との偏差(校正値)をX軸方向の成分f‘(x)(以下ピッチング角度形状と呼ぶ)と、Y軸方向の成分f‘(x)(以下ローリング角度形状と呼ぶ)とに分けて表示したものであり、これらの図の縦軸の単位は角度になっている。ただし、(b)、(c)、(d)はそれぞれイメージ図であり、定められた原点からの距離xの点での校正値として表現されているが、例えば、(b)の形と(c)の形が互いに微分と積分の関係にあるといった数学的な厳密さは無視して表示している。また、図では,校正値は連続的な曲線で示されているが,実際には,コンピュータで使うために,離散的なxの位置で,有限の桁の数値が校正値として記憶されるのは言うまでもない。これらの一つの母線BSに沿う真直形状と角度形状2成分、あわせて3成分の校正結果を校正値として記憶して、コンピュータ(演算手段)で利用できる形で提供するのが、請求項1の運動誤差測定基準となる。
【0024】
一般に、物体の運動誤差は直交3軸方向の並進運動と、3軸方向への傾斜運動の6自由度を有している。X軸方向にある直線母線に沿う運動では、Y軸、Z軸方向の並進運動と3軸方向の傾斜が運動誤差の5成分であり、X軸方向に生じるずれは運動誤差とは呼ばず、位置決め誤差と呼ぶ。この運動誤差を考慮して、図1に示した3種の校正値のカーブを得るための校正方法の例を図2に示す。X軸方向に移動可能な直動ステージLSを用意し、ステージLSの移動方向に校正すべき母線BS方向を合わせる形で柱状物体POを載せる。このステージLSにローリングを検出する電子式水準器RLを置き、さらに、ピッチングを検出するためのオートコリメータACを載せる。ステージLS外のベース(不図示)にはこのオートコリメータACによる角度検出のための反射鏡AMを固定する。また、ステージLS外のベースに置かれた角度センサ保持具SJを介して、母線BS上の一点の法線方向を検出するように2次元角度センサASを配置する。
【0025】
式(1)、(2)に示したように、前記2次元角度センサASの出力のうち、X軸方向の傾斜角度の出力には、運動のピッチング成分e(x)と、形状のピッチング角度成分f‘(x)が含まれ、y方向の傾斜成分には、運動のローリング成分e(x)と形状のローリング角度成分成分f‘(x)が含まれる。これらの出力から、オートコリメータACと水準器RLで測定したステージLSの走査運動中のピッチングe(x)とローリングe(x)を取り除けば、目的の母線BS1に沿った、法線方向の角度形状2成分が校正できる。なお、母線BS1の形状の検出に角度センサASを用いているので、並進誤差の影響は直接には出力に現れない。校正された角度形状のうち、ピッチング角度形状を積分すれば、図1の(b)の校正値である、図2の母線1に沿う面外への凹凸形状(真直形状)も求めることが出来る。
【0026】
【数1】

【0027】
なお、オートコリメータACがヨーイングを検出できるものであれば、2次元角度センサASを図の第2の母線BS2(母線BS1のある面とは直交する面にある)の法線方向検出に使えば、第2の母線BS2に沿う角度形状2成分も校正することが出来る。この第2の母線BS2に沿うX軸方向の傾斜は、ステージLSの運動で言えばヨーイングであるので、以下では、ヨーイング角度形状と呼ぶ。この、ヨーイング角度形状を用いて積分すれば、図の第2の母線BS2に沿う真直形状が求められ、Y軸方向の並進誤差の測定基準となる。また、図の母線BS1,BS2についての校正値を同時に付与すれば、請求項4に記載の運動誤差測定基準となる。
【0028】
図3は第2の実施形態にかかる運動誤差測定基準の円板状物体COの斜視図(a)と、正面図(b)と、母線の校正値に関する説明図(c),(d),(e)である。図3は、円板面の母線に沿う相対運動の運動誤差測定基準の概要を示すもので、(b)のように、円板面の半径Rの円を母線BS1とし、原点Oから母線BS1に沿う距離xをRθとして位置を規定する。(c)、(d)、はそれぞれ、母線BS1上の位置xでの面外への凹凸形状(真直形状)f(x)と、そのx方向の微分に相当するピッチング角度形状f‘(x)が、不図示であるが、母線BS1上の点での法線の半径方向への傾斜角、すなわち、ローリング角度形状f‘(x)、が校正され、その結果がディジタル量として記憶される。なお、図(c)、(d)を展開して、直線に沿う形状として表せば、これらは、図1の(b)、(c)と同じ形になり、基準としての数学的な意味が同等であることも示される。円板側面、すなわち円筒部分の円母線BS2を測定基準として用いるときは、図(e)のように半径方向の凹凸形状(真円形状)が校正値として記憶される。この円母線BS2に沿うピッチング運動誤差(前記定義により、母線に沿う方向で面外への傾斜運動誤差)は、前記回転軸から見た回転運動誤差に含まれる回転軸に直交する2方向の並進誤差の一つに相当し、所定の点で円(円板側面の半径rの母線)に接する方向の並進誤差成分を半径rで除して角度に変換したものと等しい。
【0029】
図3に示した、円板面上の母線BS1について、3種の校正値の曲線を得るための校正方法の例を図4に示す。円板状物体COの円板面が鏡であるとし、これを回転テーブルRTに設置する。円板の一つの直径に沿う線上で、円板の中心と半径Rの母線BS上の点の面法線方向に対向して、オートコリメータなどの2次元角度センサSA,SBを回転テーブル外のベース(不図示)に置かれたセンサ保持具(不図示)で保持して配置する。
【0030】
【数2】

【0031】
このとき、2次元角度センサSA,SBの2成分のうち、前記直径に沿う方向の傾斜角度成分をμ、それと直交する方向の傾斜角度成分をνとする。ただし、添え字A,BはセンサSA,SBに対応している。円板状物体COの中心におかれた角度センサSAの出力は、一回転を一周期とする成分を除けば、テーブルRTの回転軸の傾斜成分のみが残るので、式(3)、(4)のように表される。また、半径Rの母線BS1上の角度センサSAの出力には、回転軸の傾斜成分と、母線の各点での法線方向の傾斜角が加わり、式(5)、(6)のように表される。なお、母線BS1に沿う方向の傾斜角成分がピッチング角度形状、これと直交する成分がローリング角度形状になる。これらの式(3)ないし(6)より、母線BS1に沿う方向の法線の傾斜角度形状成分(ピッチング角度形状成分)とそれに直交する方向の傾斜角度形状成分(ローリング角度形状成分)は容易に求めることが出来る。また、ピッチング角度形状は、母線BS1に沿う面外凹凸形状(真直形状)の微分に相当するので、これをxについて積分すれば、真直形状f(x)が求まる。なお、図の母線BS1の原点における面法線方向と2次元角度センサの光軸方向は一般には一致しないので,一定値だけ角度センサ出力にオフセット量即ち請求項5、9にいう定数が加わることになる。この定数は、たとえば、原点での法線方向の角度変化がゼロとなるように決めることで取り除いて問題はない。式(1)ないし(6)ではこの定数項は省略している。
【0032】
図3に示した第2の母線BS2の真円形状については、反転法や3点法など種々の測定法がある。図4に示した校正システムと整合性の良い方法に、例えば直交型混合法(文献:高偉,清野慧: 真円度測定のための直交型混合法に関する研究 (直交型混合法の提案および測定システムの設計),日本機論集(C),61-589,(1995),3775-3780.)があり、これを用いれば真円形状とピッチング角度形状が測定できる。この方法は、母線BS2の円周上90度隔てた2箇所に、それぞれ、変位センサ(面外変位の検出用)と角度センサ(ピッチング角検出用)を配置するものである。この方法で同時に得られる、母線BS2に沿う真円形状とピッチング角度形状とを校正値として記憶することで、所定の運動誤差測定基準となる。
【0033】
図5は請求項8に記載の、母線BSの形状情報の読み取りヘッドEHを有している実施形態の例を示す図である。第2の物体20は、柱状物体POに対して相対運動用軸受BGにより相対移動可能となっており、変位計と2次元角度センサとを兼ねる混合センサDASと、エンコーダ用読み取りヘッドEHを含んでいる。運動誤差測定基準としては、柱状物体POを取り上げ、請求項2に記載のエンコーダ用目盛りESCを付与したものを使用している例である。図5において、請求項5に記載の、読み取りヘッドEHを有する実施形態で、請求項2に記載のエンコーダ用目盛りESCを有する柱状の物体POによる運動誤差測定基準を使用している。図には示していないが、校正値はエンコーダ目盛りESCの位置と関連付けて可搬式のメモリー(不図示)に記憶されている。
【0034】
図6は、運動誤差測定基準である柱状物体POを用いた運動誤差測定装置の概略斜視図である。直交座標のY,Z軸は図のように取る。ここでは第2の物体であるベース(不図示)に対してX方向に移動するステージST(たとえば平面研削盤のステージ)があり、ステージSTの上面には測定対象の平面を有する試料OBJが配置され、ステージSTの側面には柱状物体POが固定され、ベース側にはその読み取りヘッドとして混合センサDASとEHが固定されている。読み取りヘッドEHは、柱状物体PO上に形成されたエンコーダ目盛りESCを読み取り、ステージSTの現在の位置を測定できるようになっている。
【0035】
また、ベースに固定された支柱PTから伸びた腕AMによって変位センサDSBが、試料OBJの測定面の一つの走査ラインに沿った面外凹凸(真直形状)を計れるように支持されている。この変位センサDSBと、読み取りヘッドEHと共にベースに併設され母線BSの形状を測定する混合センサDASは、母線BSに沿った所定点での原点Oに対する並進誤差と法線角度とを測定できるようになっている。読み取りヘッドEH、変位センサDSB、混合センサDASからの出力は、上述の校正値を記憶したメモリー(不図示)にアクセス可能な演算手段CTUに入力される。
【0036】
ここで、形状測定用混合センサDASは、アッべの原理を満たす配置として、X軸方向には同じ位置に置くことができるが、Y軸方向には構造上アッベの配置が取れず、距離Hyのずれが生じる。その結果、変位センサDSBの出力m(x)には、目的の真直形状g(x)にステージSTのZ軸方向の並進誤差e(x)だけでなく、ローリング誤差の影響による変位、e(x)Hyが加わり、式(7)のように表される。なおCは、変位センサDSBのゼロ点が必ずしも測定面のx=0の点と一致しないことにより生じる定数である。
(x)=g(x)+e(x)+e(x)Hy+C (7)
【0037】
一方、運動誤差測定装置の母線BSに対向している読み取りヘッドEH及び混合センサDASの出力から、既知の校正値と、x=0の位置での出力によって決まる定数を 差し引くと、運動誤差の並進変位e(x)成分とローリング角度成分e(x)が求まり、演算手段CTUは、これを用いて式(7)より目的のg(x)を算出できる。この運動誤差測定装置では、ローリング測定が可能になることが測定精度の向上に不可欠である。尚、「アッベの原理(配置)」とは、長さ測定の際に被測定物と定規とを一直線に並べて、傾斜の誤差を2次の誤差として取り扱う原理をいう。本発明に関して言えば、2本の変位計の感度方向と2つの被測定面上の測定点とが一直線上に並ぶため、X軸方向にアッベの条件が満たされてピッチング誤差がでないことを意味する。
【0038】
なお、運動誤差測定装置は説明を分かりやすくするため、図のようにステージSTの外に置いているが、工作機械などにおける実際の利用では、加工液などの害を防ぐためステージSTの裏面に配置するのが望ましい。また、被測定対象の試料の加工後に、測定基準である柱状物体POをステージST上に並べて置き、母線BSに向けて、角度センサと変位センサを別途配置することも可能である。
【0039】
また、図2に示した校正用ステージで原理的に同じ測定が出来るが、あくまで、校正のために特別に環境を整える必要があり、また、測定点ごとにステージを静止させて水準器の読みを取らねばならないので測定所要時間が膨大になるなど、現実的ではない。
【0040】
尚、以上の実施の形態において、変位センサと角度センサをベースに取り付け、直定規又は円定規をステージに取り付けても、同様の効果が期待できる。又、図6の測定装置に、図3に示す円盤状物体を運動誤差測定基準として取り付けても良い。この場合、母線BSは円になるので、母線BSの中心を通る回転軸線回りにベースに対してステージを回転運動させることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】第1の実施形態にかかる運動誤差測定基準の柱状物体POの斜視図(a)と、母線BSの校正値(b),(c),(d)に関する説明図である。
【図2】運動誤差測定基準の校正を説明する図である。
【図3】第2の実施形態にかかる運動誤差測定基準の円板状物体COの斜視図(a)と、正面図(b)と、母線の校正値に関する説明図(c),(d),(e)である。
【図4】図3に示した、円板面上の母線BS1について、3種の校正値の曲線カーブを得るための校正方法の例を示す図である。
【図5】第2の物体として母線BSの形状情報の読み取りヘッドEHを有している実施形態の例を示す図である。
【図6】運動誤差測定基準である柱状物体POを用いた運動誤差測定装置の概略斜視図である。
【符号の説明】
【0042】
AC オートコリメータ
AM 反射鏡
AS 角度センサ
BS 母線
BS1 母線
BS2 母線
CO 円板状物体
EH ヘッド
ESC エンコーダ用目盛り
Hy 距離
LS 直動ステージ
MP 数学的理想面
O 原点
PO 柱状物体
RL 電子式水準器
RT 回転テーブル
SA 角度センサ
SJ 角度センサ保持具
SA,,SB 角度センサ
AM 腕
CTU 演算手段
DAS 形状測定用混合センサ
DSB 変位センサ
OBJ 試料
PO 柱状物体
PT 支柱
ST ステージ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ある特定の直線状の母線又はある特定の円状の母線に沿って、前記母線の原点を基準に、柱状の物体あるいは円板状の物体に対して相対運動をする第2の物体との間に配置される運動誤差基準であって、
前記柱状物体においては、その長手方向の面が前記特定の直線状の母線に沿って延在し、または前記円板状物体においては、その円板面あるいはその側面が前記円状の母線に沿って延在しており、
前記母線に沿って前記原点からの距離が既知である所定点において、実際の物体面と、母線が構成すべき数学的理想面との差が、面外への微小変位と、面法線の方向の微小角変位に関して校正されており、その校正値が記憶されて演算に供しうる数値データとして付与されていることを特徴とする運動誤差測定基準。
【請求項2】
前記原点からの距離が既知である所定点の位置を決めるためのエンコーダ用スケールの役目を果たす目盛が、前記柱状物体あるいは前記円板状物体上に付加され、付与されている前記校正値データの活用を容易にすることを特徴とする請求項1に記載の運動誤差測定基準。
【請求項3】
前記円板状物体は、同心の円板状の中心部が切り取られて円筒内側面を有していることを特徴とする請求項1又は2に記載の運動誤差測定基準。
【請求項4】
前記数学的理想面に接する平面で、かつ前記所定点を含む平面が互いに直交する配置にある2本の前記母線について、前記校正値のデータが付与されていることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の運動誤差測定基準。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の運動誤差測定基準における前記母線方向に相対移動可能な形の読み取りヘッドを前記第2の物体として有し、前記読み取りヘッドの出力値が,前記校正値と、前記相対移動における運動誤差と、前記読み取りヘッドを前記運動誤差測定基準に取り付ける際に決まる定数と、の和から構成されることを特徴とする運動誤差測定装置。
【請求項6】
測定しようとする運動誤差は、前記数学的理想面内において前記母線に直交する軸方向への傾斜運動誤差(以下、これをローリング誤差と呼ぶ)であることを特徴とする請求項5に記載の運動誤差測定装置。
【請求項7】
測定しようとする運動誤差は、前記数学的理想面内における前記母線に沿う方向で前記数学的理想面外への傾斜運動誤差(以下、これをピッチング誤差と呼ぶ)であることを特徴とする請求項5又は6に記載の運動誤差測定装置。
【請求項8】
測定しようとする運動誤差は、前記面外への微小変位と同じ方向の並進誤差であることを特徴とする請求項4乃至7のいずれかに記載の運動誤差測定装置。
【請求項9】
ベースに対して所定の方向に移動可能に支持されたステージの運動誤差を求める測定装置において、
前記ベースと前記ステージの一方に取り付けられた請求項1〜4のいずれかに記載の運動誤差測定基準と、
前記ベースと前記ステージの他方に取り付けられたセンサであって、前記センサの信号
が、前記校正値と、前記ベースと前記ステージの相対移動における運動誤差と、前記センサを取り付ける際に決まる定数と、の和から構成されるセンサと、
前記センサからの信号と、校正値と、前記定数を入力する演算手段と、を有し、
前記演算手段は、前記校正値と、前記センサから出力された信号とに基づいて、前記相対移動に関する前記ピッチング誤差と前記ローリング誤差の少なくとも一方を抽出することを特徴とする運動誤差測定装置。
【請求項10】
前記演算手段は、前記校正値と、前記センサから出力された信号とに基づいて、前記相対移動に関するヨーイング誤差を抽出することを特徴とする請求項9に記載の運動誤差測定装置。
【請求項11】
前記演算手段は、前記校正値と、前記センサから出力された信号とに基づいて、前記相対移動に関する並進誤差を抽出することを特徴とする請求項9又は10に記載の運動誤差測定装置。
【請求項12】
前記ベースに対する前記ステージの相対位置を検出するエンコーダを有することを特徴とする請求項9〜11のいずれかに記載の運動誤差測定装置。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−89541(P2008−89541A)
【公開日】平成20年4月17日(2008.4.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−273908(P2006−273908)
【出願日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【出願人】(591238981)
【出願人】(000145633)株式会社小坂研究所 (1)
【Fターム(参考)】