説明

金属インサート樹脂成形品のクリープ破壊寿命の推定方法、材料選定方法、設計方法及び製造方法

【課題】 金属インサート樹脂成形品のクリープ破壊寿命を正確に推定する方法を提供する。
【解決手段】 下記(1)〜(4)の過程からなる金属インサート樹脂成形品の樹脂部分のクリープ破壊寿命推定方法。
(1)金属インサート樹脂成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)を見積もる。
(2)t時間後の発生応力σ(t)を見積もる。
(3)経過時間を短い時間間隔の区間(t1,t2,t3,…,ti,…)に分割し、区間tiの平均発生応力σiから、その区間のダメージ量Diを算出する。
(4)ダメージ量Diをt=0(本発明で、初期のことを示す。)より累積し、ダメージ量Diの累積値(累積損傷度)が1を越える時点の時間(te)を求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属インサート樹脂成形品のクリープ破壊寿命の推定方法、それを用いた金属インサート樹脂成形品の材料選定方法、設計方法及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
樹脂製品は樹脂のみでは強度と剛性面で金属に劣ることから、樹脂成形品の芯を金属にして製品全体の寸法精度を向上させたり、部品の強度や剛性を補強する方法がある。又、電流を流すバスバー等の金属端子インサートを樹脂で包み、樹脂製品内部に金属回路を設ける方法がある。
樹脂と金属が一体化した樹脂製品を金属インサート樹脂成形品(以下インサート成形品という。本発明では金属、セラミック、充填する樹脂よりも収縮率の小さい硬質の樹脂をインサートしたものも金属インサート樹脂成形品という。)と呼び、射出成形時にあらかじめ金型に金属部品をセットして、成形時に樹脂と金属を一体化する方法(インサート成形)と、樹脂成形品の穴に金属をはめ込む方法(圧入)等がある。
インサート成形品の最も大きな問題の一つとしては、樹脂のクリープ破壊が挙げられる。樹脂に荷重を与えた状態で放置するとやがては破壊に至るが、これをクリープ破壊という。インサート成形品の場合は成形品それ自体がすでに応力を発生している。なぜなら、成形時に樹脂は成形収縮する性質があるが、金属が樹脂の収縮を妨げるので、結果的に樹脂は金属によって押し広げられた状態にあるからである。
また、圧入の場合は金属部の脱落を防止するために圧入代を設ける(例えば、径の小さい樹脂部品にそれより大きな径の金属シャフトを挿入する)場合がほとんどで、その結果圧入したときの樹脂は金属に押し広げられた状態にあり、この場合にも成形品それ自体にすでに応力が発生している。
【0003】
インサート成形品のクリープ破壊に関しては、破壊が即製品の故障につながる場合が多く、関心が高い問題である。これに対処するには、ある製品形状に対してどのような使用環境で何時間耐え得るかの「クリープ破壊寿命予測」が必要であるが、一般的な寿命予測方法は今までに確立されていない。今までに確立されていない背景には、インサート成形品のクリープ破壊では、その樹脂部が「応力緩和」を伴う点にある。
樹脂材料に一定歪(一定変形)を与え放置すると、発生応力(反発力)が時間と共に低下する樹脂材料に特有な性質があり、これを応力緩和と呼ぶ。
樹脂製品に加わる荷重が外部から一定に加わっている状態であれば、発生する応力も常に一定であるため、クリープ破壊寿命データ(一定応力−破壊寿命の関係)から、破壊寿命を容易に読み取ることができる。しかしながらインサート成形品の場合では、芯の金属インサートを締めつけて発生する応力は、樹脂自体が成形収縮や後収縮によって、或いは圧入によって樹脂が逆に拡大させられているために発生しているので、樹脂材料自身の「へたり」、すなわち応力緩和や後収縮の進行によって時間と共に刻々と変化し続けている。よって応力が一定ではないため、通常行われているようなクリープ破壊寿命データ(一定応力−破壊寿命の関係)から寿命を予測することができない。
すなわち、応力が変化しつつある製品のクリープ破壊寿命を予測する技術が確立されていないため、従来では類似形状を有した過去のクリープ破壊寿命の市場実績を参考に、大まかな寿命予測をするしか方法がなかった。(非特許文献1、2参照)。
【0004】
しかし、過去の実績が存在しない場合も多くあり、その様な場合における金属インサートを有する樹脂製品の開発は、設計→試作物→そのクリープ破壊試験→設計改良→改良試作物→そのクリープ破壊試験・・という過程の繰り返しによって進められる。したがって非常に手間と時間がかかっており、金属インサートを有する樹脂製部品を短期に開発可能にする手法が求められている。
【0005】
【非特許文献1】ポリプラスチックス(株)、pla-topia 15, 1995年9月(7頁〜16頁)
【非特許文献2】(社)精密工学会成形プラスチツク研究専門委員会、2001年度報告書(64頁〜73頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、インサート成形品のクリープ破壊寿命の推定方法を提供すること及び所定の寿命を満足するインサート成形品を、早期に経済的に提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、寿命予測の方法について樹脂固有の特性を考慮し、検証実験の結果、本発明の特定の寿命予測方法が十分使用可能であることをみいだし、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、本発明は、
下記(1)〜(4)の過程からなる金属インサート樹脂成形品の樹脂部分のクリープ破壊寿命推定方法である。
(1)金属インサート樹脂成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)を見積もる。
(2)t時間後の発生応力σ(t)を見積もる。
(3)経過時間を短い時間間隔の区間(t1,t2,t3,…,ti,…)に分割し、区間tiの平均発生応力σiから、その区間のダメージ量Diを次式(A) から算出する。
Di=ti(時間)/Li(時間) (A)
(ここで、Li(単位:時間)は、所定の雰囲気温度においてσiが連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命の測定値であり、ウェルド及び/又は樹脂の流動配向を有するダンベル型試験片に各種重量の錘を吊るして、該試験片の破断寿命を測定して得た破壊寿命曲線から得られる。)
(4)ダメージ量Diをt=0(本発明で、初期のことを示す。)より累積し、ダメージ量Diの累積値(累積損傷度)が1を越える時点の時間(te)を求める。
【発明の効果】
【0009】
本発明は下記の効果を有する。
(イ)金属インサート樹脂成形品において、構造が具体的に図面化された段階で、クリープ破壊寿命予測によって危険箇所を抽出し、クリープ破壊が起こりにくいような形状への変更、或いは適切な材料の選択を可能にする。
(ロ)多大な時間とコストを要するクリープ破壊試験を省いて、金属インサートを有する樹脂製品の開発期間を大幅に短縮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明にかかる寿命推定方法について詳細に説明する。本発明にかかるインサート成形品の樹脂部分の寿命推定方法は下記(1)〜(4)の過程からなる。
(1)金属インサート樹脂成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)を見積もる。
(2)t時間後の発生応力σ(t)を見積もる。
(3)経過時間を短い時間間隔の区間(t1,t2,t3,…,ti,…)に分割し、区間tiの平均発生応力σiから、その区間のダメージ量Diを次式(A) から算出する。
Di=ti(時間)/Li(時間) (A)
(ここで、Li(単位:時間)は、所定の雰囲気温度においてσiが連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命の測定値であり、ウェルド及び/又は樹脂の流動配向を有するダンベル型試験片に各種重量の錘を吊るして、該試験片の破断寿命を測定して得た破壊寿命曲線から得られる。)
(4)ダメージ量Diをt=0(本発明で、初期のことを示す。)より累積し、ダメージ量Diの累積値(累積損傷度)が1を越える時点の時間(te)を求める。
【0011】
例えば、10MPaの応力がかかり続けたとき、1000時間で破壊するような材料に、10MPaの応力を100時間かけて、その後応力を取り除いたときのダメージ量は0.1(=100時間/l000時間)である。ここで10MPaという応力は樹脂特有の応力緩和現象や後収縮によって時間とともに刻々と変化しているため、適当な時間間隔、できれば短い時間間隔に区分し、区分した短い区間内では10MPaの応力が一定であるとしてダメージを計算する。こうしたダメージを初期(t=0)から区間毎に累積し、累積値が1を越えた時点をクリープ破壊寿命とする。
【0012】
以下、各過程毎に詳しく説明する。
(1)インサート成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)(単位:MPa)の見積もり
はじめに、製品が製造され、所定の使用環境に置かれた直後(t=0)の初期発生応力σ(0)を求める。問題となる製品が比較的単純な形状であれば材料力学式を用いて机上にて計算可能であるが、複雑な形状の場合はコンピュータを利用して有限要素法により計算する。このとき必要なパラメータは以下のものである。
・製品形状(図面)
・雰囲気温度
・樹脂材料の成形収縮率、樹脂材料及び金属インサートの線膨張係数、樹脂材料のポアソン比、樹脂材料の初期弾性率及び後収縮率
【0013】
(2)発生応力の経時変化σ(t)(単位:MPa)の見積もり
インサート成形品の場合では、芯の金属インサートを締めつけて発生する樹脂側の応力は、材料自身の「へたり」、すなわち応力緩和や後収縮の進行によって時間と共に変化し続けている。
こうした時間と共に変化し続ける応力は、
σ(t)=E(0)×(ε(t)/100)×(Es/Eo(ε(t))) (B)
によって求めることができる。
式(B) は基本的にはフックの法則(応力=弾性率×歪)を応用したものであって、樹脂側の応力σ(t)は、初期弾性率E(0)と発生歪の経時変化ε(t)をかけ合わせたものとなっている。
また、「歪が発生すると弾性率が低下する」といった樹脂特有の性質は、Es/Eo(ε(t))として考慮する。すなわち、σ(t)を求めるにはE(0)、ε(t)、Es/Eo(ε(t))を知る必要があるが、そのためには以下のようにすればよい。
・初期弾性率E(0)(単位:MPa)
所定の雰囲気における初期弾性率を知ればよい。所定の温度雰囲気中で弾性率を測定すればよく、ISO 527-1,2で試験方法が規格化されている。また、樹脂メーカーの発行するパンフレット類にも記載が多い。
・発生歪の経時変化ε(t)(%)
ε(t)=(Eapp(t)/E(0))×(ε(0)+εpost(t))/100 (C)
を利用して求める。
Eapp(t)は所定の雰囲気温度における時間tでの見かけ弾性率(MPa)であり、図1のようにして求めることができる。すなわち、Eapp(t)は、t時間後における反発力の低下(応力緩和)から求められた弾性率であって、Eapp(t)が1/2になるということは、反発力も1/2になることを意味する。また、(Eapp(t)/E(0))といったように、見かけ弾性率Eapp(t)を初期弾性率E(0)で除すことによって、反発力が何分の1になってしまうかを計算式として表せる。初期の反発力が仮に1/2になったということは、発生している歪も1/2になったということと同値である。
よって、式(C) に示すように、時間tで発生するはずの歪(ε(o)+εpost(t))に、(Eapp(t) /E(0))を掛け算してやることにより、へたりによって変化した発生歪ε(t)が求められる。
なお、より正確に予測するために、「歪が発生すると弾性率が低下する」といった樹脂特有の性質である(Es/Eo(ε(t))(単位:%)を知って、補正を行なう(E.Baer, J.R.Knox: SPE Journal, Apr. 396 (1960)参照)。
Es/Eoの歪依存性の一例を図2に示す。式(C) によって求めた時間tにおける発生歪ε(t)のときのEs/Eoは、図2から読み取ることができる。
以上により、発生応力σ(t)を見積もることができる。
【0014】
(3)経過時間を有限個の短い時間間隔の区間(t1,t2,t3,…,ti,…)に分割し、各区間での平均発生応力σiから、各区間でのダメージ量Diを算出する。
図3のように経過時間(t)を細かな時間間隔で区間に分割する。時間間隔の区間の長さは特に制限はなく、例えば、1時間、1日、1ヶ月などがあげられる。
t時間後の発生応力σ(t)は、上記式(B) により計算される。なお、i番目の区間での応力はその区間内では一定として平均値で代表させるが、それは、式(D) で計算される。
σi={σ(ti)+σ(ti-1)}/2 (D)
次に、各区間のダメージ量Di(単位なし)を計算する。
i番目の区間にて発生している応力(単位:MPa)と、その応力がかかっている区間の時間(単位:時間)において、ダメージ量Diは、下記のように求められる。
Di=ti(時間)/Li(時間) (A)
(ここで、Liは、所定の雰囲気温度においてσiが連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命の測定値であり、例えば図4に示すように、ダンベル型試験片に各種重量の錘を吊るして、該試験片の破断寿命を測定して得た破壊寿命曲線(例えば図5)から得られる。)
【0015】
ウェルド及び/又は樹脂の流動配向を考慮する場合
次に、寿命を予測する成形品の樹脂部の樹脂の流動方向を考慮して寿命予測精度を著しく向上させるために、図4に示すような単純なダンベル試験片のクリープデータではなく、例えばウェルド試験片のクリープ破壊寿命曲線(図6、樹脂の流れが金型内で合流する試験片で、強度や伸びが低下する)、あるいは、樹脂の流動方向に対して直角方向の試験片のクリープ破壊寿命曲線(図7)を適用する。
なお、成形品の開発に早急に対応するには、図5〜7に示すような、一定応力と破壊寿命の関係を求めた定応力クリープ破壊試験のデータベースを充実することが望ましい。
【0016】
さらに、ダメージ量Diに安全率Sを掛けたり、Diを(Di)c等に修正して寿命との近似度を向上させるようにしてもよい。
【0017】
(4)各区間でのダメージDiを累積加算し、合計が1になるときの時間を求める。
上記時間間隔区間iでのダメージ量Diをt=0から各時間間隔区間毎に単純な和として累積していって、累積値が1になった時刻tをクリープ破壊寿命とする。
なお、σ(t)を近似曲線として表し、単位時間間隔の区間をdtとして、σ(t)を所望の時間0〜tにわたって積分しても構わない。
累積値が1になった時間を破壊に至る限界とすることに対する学術的な裏付けとして、金属材料の疲労寿命に関して「マイナー則」といわれる線形被害則があげられる。これは、幾つかの応力レベルσ12,…,σi(MPa)が単独で加えられたときの疲労破壊寿命をそれぞれN1,N2,…,Ni回としたとき、それぞれのレベルの応力がn1,n2,…,ni回加えられたとすると、破壊は次式(E) が満たされたときに生ずるとするもので、経験的に知られている。(プラスチック大辞典編集委員会編、プラスチック大辞典(初版)、P519-520)
Σ(ni/Ni)=1 (E)
したがってクリープ破壊寿命を予測する場合においても同様に、時間とともに連続的に変化する応力を有限個の短い時間間隔の区間に分割し、それぞれの区間において荷重が一定と仮定してやれば、それぞれの区間でのダメージを計算できるようになり、また、ダメージの累積合計が1に達した時間tをクリープ破壊寿命と見なすことができる。
【0018】
本発明は、過程(4)において次のような特徴を持つ。
(i)経過時間に対して連続的に変化する応力を、短い区間内では一定とし、それぞれの区間内でのダメージを累積加算することによってマイナー則を応用できる状態にして、クリープ破壊寿命を推定すること。
(ii)金属材料の疲労破壊寿命に関しての経験則「マイナー則」を、樹脂のクリープ破壊寿命にも適用したこと。
(iii)ダメージ量Diを求めるとき、分母の「応力が連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命」の元となるデータは、単純なダンベル試験片より得られるクリープ破壊寿命ではなく、例えば均一な金属材料と異なって、樹脂製品に固有なウェルド(樹脂の流れが金型内で合流する点で、強度や伸びが低下する)や、樹脂の流動方向を考慮し、それと類似した試験片にて測定されたデータを適用すること。
(iv)寿命推定を、インサート成形品の製品化に利用すること。
【0019】
(実施例)
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0020】
(参考例1)
図8に示すように、外径24mm、高さ20mm、肉厚2mmのSUS304製の円筒形金属を射出整形用金型にセットし、その外側にポリアセタール樹脂(商品名:ジュラコン(登録商標)M90-44)、ポリプラスチックス(株)製)を肉厚2.4mmとなるように射出充填した形状のインサート成形品を作製した。
図9に、図8に示したインサート成形品の成形時における樹脂流動パターンを示す。すなわち、円筒状金属インサートの天面の縁の1箇所にサイドゲートを設け、そこから射出成形機にて樹脂を充填し金型内で固化させた。樹脂は円筒型金属インサートの曲面を二手に分かれて回り込むように流れ、ゲートの裏側で合流し、ウェルドが発生する。
これを高温で放置した場合のクリープ破壊位置は、ほとんどの場合、密着強度の弱いウェルド部分で破壊が起こる。実際に、この金属インサート成形品10ヶを80℃中に放置し続けたところ、平均2,880時間で、ウェルド部分からクリープ破壊が生じた。
【0021】
(実施例1)(本発明のクリープ破壊寿命推定方法の適用の妥当性の検証)
図8に示した寸法形状のインサート成形品を雰囲気温度80℃で放置した場合のクリープ破壊寿命を以下に示すように予測した。クリープ破壊寿命予測手順を以下に説明する。表1にジュラコン(登録商標)M90-44の物性値を示す。
【0022】
【表1】

【0023】
寿命推定方法は下記(1)〜(4)の過程からなる。
(1)インサート成形品の樹脂部分の初餌発生応力σ(0)(MPa)の見積もり
実施例1では、インサート成形品は円筒形状であるので、材料力学における公知の式を用いて発生応力の計算が可能である。
初期発生応力σ(0)はフックの法則より次式(F) で表される。
σ(0)=E(0)×(ε(0)/100)×(Es/Eo)) (F)
(ただし、E(0)は引張り弾性率=1410(MPa)、ε(0)は初期発生歪(%)、(Es/Eo)は保持率であり後述の如く求まる。)
初期発生歪ε(0)は次式(G)で表される。
ε(0)=(ds-d0)/d0×{W/(W+ν)}×100 (G)
(ここで、dsは高温で放置したときの金属インサートの外径(mm)、d0は樹脂部が金属に拘束を受けずに自由に寸法変化できる場合の内径(mm)、Wは形状係数、νはポアソン比=0.35)
形状係数Wは次式(H)で表される。
W={1+(ds/dh)2}/{1-(ds/dh)2} (H)
(ここで、dhは樹脂外径(mm))
樹脂部が金属に拘束を受けずに自由に寸法変化できる場合の内径d0は、成形収縮率S=2%と、常温23℃から高温放置温度80℃へ温度が上昇するときの線膨張係数CTE23-80=1.18×10-4(1/゜K)によって決定される。成形収縮率をそれと等価線膨張係数値に換算し、それを等価線膨張係数CTEs23-80(1/゜K)とすると、
CTEs23-80=-S/100/(80℃-23℃)=-2.0/100/(80-23)=-3.51×10-4(1/゜K)
よってd0(mm)は、
d0=ds+ds×(CTEs23-80+CTE23-80)×(80℃-23℃)=
24.00+24.00×(-3.51×10-4+1.18×10-4)×(80-23)=23.68(mm)
金属インサート(SUS304)の線膨張係数CTEsusは1.00×10-5(1/゜K)であるので、高温80℃で放置したとしたときの金属インサート外径ds(mm)は、23℃での金属部外径をds0(mm)とすると、
ds=ds0+ds0×CTEsus×(80℃-23℃)=24.00+24.00×1.00×10-5×(80-23)=24.01(mm)
以上求めたdh、dsを式(H)に代入すれば、形状係数Wは、
W={1+(ds/dh)2}{1-(ds/dh)2}={l+(24.01/28.8)2}/{1-(24.01/28.8)2}=5.56
であり、初期発生歪ε(0)は、式(G)より、
ε(0)=(Ds-D0)/D0×{W/(W+ν)}×100=
(24.01-23.68)/23.68×{5.56/(5.56+0.35)}×l00=1.31%
ε(0)=1.31%のときのEs/E0は図2より、Es/E0 =0.84
初期発生応力σ(0)は、式(F)より、
σ(0)=E×(ε(0)/100)×(Es/E0))=1410×(1.31/100)×0.84)=15.5MPa
よって、インサート成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)は、15.5MPaである。
【0024】
(2)発生応力の経時変化σ(t)(MPa)の見積もり
インサート成形品の発生応力は応力緩和によって低下し、一方、後収縮の進行によって増加する。
両者の寄与を総合するとした発生応力の経時変化は、式(B) によって求められる。
σ(t)=E(0)×(ε(t)/100)×(Es/Eo(ε(t))) (B)
ただし、ε(t)=(Eapp(t)/E(0))×(ε(0)+εpost(t))/100 (C)
式(B) 、(C) と、表1の物性値を用いて計算した発生応力の経時変化σ(t)を図10に示す。
【0025】
(3)経過時間を短い時間間隔に分割し、区間tiの平均発生応力σiから、各区間のダメージ量Diを算出する。
図10に示した各プロットの、隣り合う時間の間を1区間とした。ここで、区間iでの平均発生応力σi(MPa)は、式(D) で表される。
σi={σ(ti)+σ(ti-1)}/2 (D)
例として、最初の2区間の平均応力は、
σ1={σ(t1)+σ(t0)}/2={σ(0.1)+σ(0)}/2=(12.4+15.5)/2=14.0(MPa)
(なお、σ(0)=15.5は前記初期発生応力σ(0)で求めた値である。)
σ2={σ(t2)+σ(t1)}/2={σ(0.2)+σ(0.1)}/2=(12.1+12.4)/2=12.3(MPa)
である。
区間iでのダメージ量Diは、時間間隔をti(時間)、平均発生応力をσi(MPa)とすると式(A) で表される。
Di=ti(時間)/{クリープ破壊寿命Li(時間)の測定値} (A)
Diを求めるためには、「所定の雰囲気温度において、σiが連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命Li(時間)の測定値」が必要であるが、実施例1ではインサート成形品にウェルドが存在するため、破壊はウェルドで起こると想定される。よって、ここで適用されるクリープ破壊寿命データ(一定応力−破壊寿命の関係)は、図6に示すようなダンベル型の両端から樹脂を流し込み、中央部にウェルドを設けた試験片のクリープデータを使用した。
図11に、式(A) を用いて計算した各区間でのダメージ量、すなわちインサート成形品の樹脂部の受けるダメージ量の経時変化を示す。
【0026】
(4)各区間でのダメージDiを累積加算し、合計が1を越える時点の時間(te)を求める。
(3)において求めたダメージ量Diを時刻t=0より累積した結果を図12に示す。
「累積損傷度」と定義されたダメージ量Diの単純な和が1を越えたとき破壊が起こるというマイナー則により、80℃で放置した場合のクリープ破壊寿命は2,800時間と推定された。
この推定結果は、この金属インサート成形品10ヶを80℃中に放置し続けたクリープ破壊の実験値である平均破壊時間2,880時間とほぼ一致し、本発明の予測手法を用いることにより、インサート成形品の樹脂部のクリープ破壊寿命を極めて精度良く予測することが可能である。
【0027】
(比較例1)
図8に示した寸法形状のインサート成形品を雰囲気温度80℃で放置した場合のクリープ破壊寿命を、樹脂特有の性質であるウェルドを考慮せずに、図4に示すような通常のダンベル型試験片を用いて測定したクリープデータを式(A) において適用し、インサート成形品の樹脂部のクリープ破壊寿命を予測した。
具体的には、以下に示す方法で予測した。
(1)インサート成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)(MPa)の見積もり
(2)平均発生応力の経時変化σ(t)(MPa)の見積もり
(1)と(2)については、実施例1とまったく同様である。
(3)経過時間を有限個の短い時間間隔に分割し、区間tiの平均応力σiから、各区間のダメージ量Diを算出する。
Diを求めるためには、「σiが所定の雰囲気温度において、連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命Li(時間)の測定値」が必要であるが、インサート成形品にはウェルドが存在するものの、あえて通常のダンベル型テストピースを使用して測定したクリープデータを使用した。
図13に、式(A) を用いて計算した各区間でのダメージ量を示す。
(4)各区間でのダメージDiを累積加算し、合計が1になるときの時間(te)を求める。
(3)において求めたダメージ量Diを時刻t=0より累積した結果を図14に示す。
「累積損傷度」と定義されたダメージ量Diの単純な和が1を越えたとき破壊が起こるというマイナー則により、80℃で放置した場合のクリープ破壊寿命は4,200,000時間(479年)と推定された。
この推定結果は、この金属インサート成形品10ヶを80℃中に放置し続けたクリープ破壊の実験値である平均破壊時間2,880時間とは大きく異なる。
【0028】
(比較例2)
金属材料では、時間とともに発生応力が低下する応力緩和と、後収縮がほとんど発生しないために、経過時間に対して発生応力も一定である。また従来は、本発明のような手法がなかったため、樹脂材料であっても発生応力が一定であるとしてインサート成形品の樹脂部のクリープ破壊寿命を予測していた。
図8に示した寸法形状のインサート成形品を雰囲気温度80℃で放置した場合の樹脂部のクリープ破壊寿命を、発生応力が常に一定として、以下に示す方法で予測した。
具体的には、以下に示す方法で予測した。
(1)インサート成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)(MPa)の見積もり
については、実施例1とまったく同様である。ただし比較例2では、初期発生応力σ(0)(MPa)は常に一定であると仮定するため、初期発生応力σ(0)=15.5MPaときのクリープ破壊寿命を図6から読み取るだけで良い。よって、金属インサート樹脂成形品を雰囲気温度80℃で放置した場合の樹脂部のクリープ破壊寿命は、270時間と推定された。
この推定結果は、この金属インサート成形品10ヶを80℃中に放置し続けたクリープ破壊の実験値である平均破壊時間2880時間よりも、かなり短い。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】見かけ弾性率の測定方法の説明図である。
【図2】発生歪とEs/E0の関係を表すグラフである。
【図3】発生応力の経時変化の区間分割例である。
【図4】定応力クリープ破壊試験方法の説明図である。
【図5】通常のダンベル片を用いて測定されたクリープ破壊寿命曲線と、通常試験片を示す図である。
【図6】ウェルド試験片を用いて測定されたクリープ破壊寿命曲線と、ウェルド試験片を示す図である。
【図7】樹脂の流動方向に対して直角方向に切り出された試験片を用いて測定されたクリープ破壊寿命曲線と、流動直角方向切り出し試験片を示す図である。
【図8】実施例と比較例で用いたインサート成形品の斜視図である。
【図9】実施例と比較例で用いたインサート成形品の流動パターン説明図である。
【図10】インサート成形品の樹脂部に発生する応力の経時変化(実施例1のとき)を示す図である。
【図11】インサート成形品の樹脂部の受けるダメージ量の経時変化(実施例1のとき)を示す図である。
【図12】インサート成形品の樹脂部の受けるダメージ量を時刻t=0より累積した結果(実施例1のとき)を示す図である。
【図13】インサート成形品の樹脂部の受けるダメージ量の経時変化(比較例1のとき)を示す図である。
【図14】インサート成形品の樹脂部の受けるダメージ量を時刻t=0より累積した結果(比較例1のとき)を示す図である。
【符号の説明】
【0030】
P 反発力
L スパン
b 厚み
a 幅
Y 変形量

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記(1)〜(4)の過程からなる金属インサート樹脂成形品の樹脂部分のクリープ破壊寿命推定方法。
(1)金属インサート樹脂成形品の樹脂部分の初期発生応力σ(0)を見積もる。
(2)t時間後の発生応力σ(t)を見積もる。
(3)経過時間を短い時間間隔の区間(t1,t2,t3,…,ti,…)に分割し、区間tiの平均発生応力σiから、その区間のダメージ量Diを次式(A) から算出する。
Di=ti(時間)/Li(時間) (A)
(ここで、Li(単位:時間)は、所定の雰囲気温度においてσiが連続して掛かり続けたときのクリープ破壊寿命の測定値であり、ウェルド及び/又は樹脂の流動配向を有するダンベル型試験片に各種重量の錘を吊るして、該試験片の破断寿命を測定して得た破壊寿命曲線から得られる。)
(4)ダメージ量Diをt=0(本発明で、初期のことを示す。)より累積し、ダメージ量Diの累積値(累積損傷度)が1を越える時点の時間(te)を求める。
【請求項2】
発生応力σ(t)が、次式(B) で表される請求項1記載の寿命推定方法。
σ(t)=E(0)×(ε(t)/100)×(Es/Eo(ε(t))) (B)
(ここで、E(0)は所定の雰囲気温度における初期弾性率(MPa)、ε(t)は所定の雰囲気温度における金属インサート成形品の樹脂部分の発生歪(%)、Es/Eo(ε(t))はε(t)が発生したときのE(0)の保持率を表す。)
【請求項3】
発生歪ε(t)が、次式(C) で表される請求項2記載の寿命推定方法。
ε(t)=(Eapp(t)/E(0))×(ε(0)+εpost(t))/100 (C)
(ここで、Eapp(t)は所定の雰囲気温度におけるt時間後の見かけ弾性率(MPa)、ε(0)は所定の雰囲気温度における金属インサート成形品の樹脂部分の初期発生歪(%)、εpost(t)は所定の雰囲気温度におけるt時間後の金属インサート成形品の樹脂部分の後収縮率(%)を表す。)
【請求項4】
平均発生応力σiが、tiにおいて発生するσ(ti)と、その一つ前のti-1における発生応力σ(ti-1)との相加平均である次式(D) で表される請求項1〜3のいずれかに記載の寿命推定方法。
σi={σ(ti)+σ(ti-1)}/2 (D)
【請求項5】
金属インサート樹脂成形品樹脂部の発生歪の経時変化ε(t)を求めるために、下記パラメータ:
・製品形状(図面)
・雰囲気温度
・樹脂材料の成形収縮率、樹脂材料の線膨張係数、金属インサートの線膨張係数、樹脂材料のポアソン比、樹脂材料の初期弾性率及び樹脂材料の後収縮率
の全てを与えて熱応力解析を行なう請求項1〜4のいずれかに記載の寿命推定方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の寿命推定方法を使用し、累積損傷度が1未満とする金属インサート樹脂成形品の材料選定方法。
【請求項7】
請求項1〜5のいずれかに記載の寿命推定方法を使用し、累積損傷度が1未満とする金属インサート樹脂成形品の設計方法。
【請求項8】
請求項1〜5のいずれかに記載の寿命推定方法を使用し、累積損傷度が1未満とする金属インサート樹脂成形品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2007−78646(P2007−78646A)
【公開日】平成19年3月29日(2007.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−270587(P2005−270587)
【出願日】平成17年9月16日(2005.9.16)
【出願人】(390006323)ポリプラスチックス株式会社 (302)
【Fターム(参考)】