電動機制御方法及び電動機制御装置
【課題】空転滑走した軸とは異なる軸における空転滑走の誘発を適切に抑制させるための新たな方策を提案すること。
【解決手段】係数Kは、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合にはK=1とされ、検知された場合には、検知されてから時間Tpが経過するまでの制御パラメータ値変更期間Ppの間、K算出部51で算出された値とされる。この切り替えは、タイマー切替器53が行う。K算出部51は、他軸から入力される他軸情報に基づいて、他軸において空転滑走の発生が検知されたか否かを判定し、検知された軸がある場合にはその空転滑走軸と自軸との位置関係に基づいて係数Kを決定する。また、制御パラメータ値変更期間Ppの間、タイマー切替器54によって引き下げ制御値も変更される。他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合には制御パラメータ標準値が選択され、制御パラメータ値変更期間Ppの間は制御パラメータ臨時値が選択される。
【解決手段】係数Kは、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合にはK=1とされ、検知された場合には、検知されてから時間Tpが経過するまでの制御パラメータ値変更期間Ppの間、K算出部51で算出された値とされる。この切り替えは、タイマー切替器53が行う。K算出部51は、他軸から入力される他軸情報に基づいて、他軸において空転滑走の発生が検知されたか否かを判定し、検知された軸がある場合にはその空転滑走軸と自軸との位置関係に基づいて係数Kを決定する。また、制御パラメータ値変更期間Ppの間、タイマー切替器54によって引き下げ制御値も変更される。他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合には制御パラメータ標準値が選択され、制御パラメータ値変更期間Ppの間は制御パラメータ臨時値が選択される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機制御方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
電動機で動輪を駆動して走行する車両として電気車や、内燃機関で発電した電力で電動機を駆動して走行する電気式機関車(例えば電気式ディーゼル機関車)の他、電気自動車等が知られているが、以下、その代表例として電車(動力車)について説明する。電車は車輪・レール間の接線力(粘着力ともいう。)によって加減速がなされる。電動機の発生トルクにより生じる駆動力が、車輪とレールとに働く粘着力以下であれば粘着走行がなされるが、粘着力を超えた場合には空転又は滑走(以下、「空転滑走」という。)が生じる。空転滑走が生じた場合には、電動機の発生トルクを引き下げて粘着走行に復帰させる制御が行われる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−44804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ある軸で空転滑走が生じた場合、電動機トルク(より正確にはトルク分電流)の一時的な引き下げを行うが、その際に電動機トルクの変動等によって台車ピッチングや軸重移動が生じ、空転滑走していない他軸で空転滑走が誘発される可能性がある。この対策として、空転滑走の発生を検知した場合、検知した軸のトルクを引き下げるとともに、検知しなかった他軸のトルクも引き下げる方策が考えられるが、電車全体の牽引力の点で問題がある。
【0005】
すなわち、空転滑走の発生が検知された軸と、検知されていない他軸の両方の電動機トルクを引き下げる場合、電車全体の牽引力が一斉に低下してしまう。この結果、登坂力の低下や最大牽引力の向上限界が問題となり、電車がガクガクと変動することによる乗り心地への影響等も問題となる。
【0006】
また、空転滑走の発生を検知した場合には電動機トルクを大きく引き下げる。そのため、曲線やレール継ぎ目、各軸車輪径差の影響による誤検知を防止するためにも、空転滑走を検知するための閾値は、確実に空転滑走が発生したと判断できる閾値とするのが通常である。その結果、空転滑走を検知した時点で、他軸で空転滑走が誘発されつつある状態にある場合もある。
【0007】
本発明は、上述した課題に鑑みて為されたものであり、その目的とするところは、空転滑走した軸とは異なる軸における空転滑走の誘発を適切に抑制させるための新たな方策を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の課題を解決するための第1の形態は、動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御方法であって、
第1の動軸(例えば図2の第2軸に係る空転滑走検知部)について前記検知処理を行う第1の検知処理ステップ(例えば図2の第2軸〜第4軸)と、
第2の動軸(例えば図2の第1軸)について前記検知処理を行う第2の検知処理ステップ(例えば図2の第1軸に係る空転滑走検知部70−1)と、
を含み、更に、
前記第1の検知処理ステップで検知がなされた場合に、前記第2の検知処理ステップの検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理ステップ(例えば図2の第1軸に係る制御パラメータ値設定部50−1)、
を含む電動機制御方法(例えば図8の再粘着制御処理)である。
【0009】
また、別の形態として、動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御装置(例えば図2の制御装置30−1)であって、
第1の動軸について前記検知処理を行う第1の検知処理手段と、
第2の動軸について前記検知処理を行う第2の検知処理手段と、
前記第1の検知処理手段で検知がなされた場合に、前記第2の検知処理手段での検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理手段と、
を備えた電動機制御装置を構成することとしてもよい。
【0010】
この第1の形態等によれば、動軸の空転滑走検知用状態値が閾値に達したことを検知する検知処理を各動軸について行う。そして、第1の動軸について検知がなされた場合、第2の動軸の検知処理が、閾値を一時的に低減させた検知処理として実行される。例えば、第1の動軸で空転滑走が発生した時点で、第2の動軸でも空転滑走が誘発されつつある状態にある場合もある。このとき、第2の動軸の検知処理は、閾値が一時的に低減された検知処理として行われる。この結果、第2の動軸での空転滑走の誘発が起こりつつある状態をより早期に捉え、トルク分電流の引き下げ制御を行うことで、第2の動軸での空転滑走の誘発を効果的に抑制することが可能となる。
【0011】
また、第2の形態は、第1の形態の電動機制御方法であって、前記第1の動軸と前記第2の動軸との位置関係に応じて、前記閾値低減ステップでの前記閾値の低減量(例えば図4の係数K)を変更する低減量変更ステップ(例えば図5、図8のステップS6)を更に含む電動機制御方法である。
【0012】
この第2の形態によれば、空転滑走の発生等が検知された第1の動軸と、その時点では未だ検知されていない第2の動軸との位置関係に応じて、第2の動軸の前記検知処理に係る閾値の低減量が変更される。第1の動軸に係るトルク分電流の低減によって台車ピッチングや軸重移動等が生じるが、その影響は第1の動軸と第2の動軸との位置関係によって異なる。従って、第1の動軸と第2の動軸との位置関係に応じて、閾値の低減量を適切に変更することが可能となる。
【0013】
より具体的には、第3の形態として、
前記低減量変更ステップが、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが同一車両内である場合に、(1)同一台車内であるときには当該台車内の位置関係(例えば図5の第1軸と第2軸の関係)、(2)異なる台車であるときには当該台車の位置関係(例えば図5の第1軸と第3軸の関係)、に応じて前記閾値の低減量を変更する、
ように電動機制御方法を構成することとしてもよい。
【0014】
更に、第4の形態として、
前記低減量変更ステップが、更に、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが異なる車両である場合に、当該車両の位置関係(例えば図10)に応じて前記閾値の低減量を変更する、
ように電動機制御方法を構成することとしてもよい。
【0015】
また、第5の形態は、第1〜第4の何れかの形態の電動機制御方法であって、
前記第2の検知処理ステップにおいて前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減された検知処理を行って検知がなされた場合、前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げる引き下げ制御ステップ(例えば図8のステップS12)を更に含む、
電動機制御方法である。
【0016】
この第5の形態によれば、第1の動軸において空転滑走の発生等が検知された場合には第2の動軸の検知処理は閾値が低減された検知処理として実行されるが、その閾値が低減された検知処理の実行中に検知がなされた場合には、低減していない検知処理で検知がなされた場合の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法で第2の動軸に係るトルク分電流が引き下げられる。閾値の低減中に第2の動軸の空転滑走の発生等が検知されたということは、第2の動軸で空転滑走の誘発が起こりつつあることを意味する。よって、空転滑走が実際に発生した場合とは異なる引き下げ制御方法で第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げる。
【0017】
例えば、第6の形態として、
前記引き下げ制御ステップが、(1)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ量よりも少ない引き下げ量、(2)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ速度よりも速い引き下げ速度、(3)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ時保持時間よりも短い保持時間、(4)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ後復帰時間よりも短い復帰時間、のうちの少なくとも1つを含む引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げることを含む、
ように電動機制御方法を構成することとしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】再粘着制御を説明するための図。
【図2】第1実施例の回路ブロック図。
【図3】空転滑走検知部のロジック構成を説明するための図。
【図4】制御パラメータ値設定部のロジック構成を説明するための図。
【図5】K算出部が記憶している係数テーブルの構成を示す図。
【図6】力行時係数テーブルの具体的な数値例を示す図。
【図7】引き下げ制御値を説明するための図。
【図8】再粘着制御処理の全体の流れを示す図。
【図9】走行シミュレーション結果を示す図。
【図10】係数テーブルの別の例を説明するための図。
【図11】制御パラメータ値の切替の変形例を説明するための図。
【図12】第2実施例の回路ブロック図。
【図13】第3実施例の回路ブロック図。
【図14】再粘着制御装置の回路ブロックの変形例を説明するための図。
【図15】空転滑走検知部のロジック構成の変形例を説明するための図。
【図16】空転滑走検知部のロジック構成の変形例を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の好適な実施形態を説明する。尚、以下では、本発明を電車に適用した場合を説明するが、電動機で動輪を駆動して走行する車両であれば、電車以外の電気車や、内燃機関で発電した電力で電動機を駆動して走行する電気式機関車等に適用することも可能であるし、電気自動車に適用することとしてもよい。また、以下では説明の簡明化のために「電動機トルク」を増減させるとして説明するが、より正確には「トルク分電流」を増減させる意味であり、「電動機トルク」と「トルク分電流」を同義として説明する。
【0020】
また、「再粘着制御」とは、狭義には空転滑走の発生の検知後に行われるトルク分電流の引き下げ及び復帰(引き下げ量の低減。トルク分電流の保持やトルク分電流の復帰も含む。)に係る制御(以下「トルク引き下げ・復帰制御」という。)のみを指すが、本実施形態においては広義の「再粘着制御」とし、空転滑走の発生の検知と、検知した後のトルク引き下げ・復帰制御との2つを含むものとする。
【0021】
先ず、本実施形態の再粘着制御について図1を参照して説明する。図1は、本実施形態の再粘着制御を説明するための図であり、ある制御対象の動軸に関して、空転滑走が発生していない一定加速中の状態から空転滑走が発生し、トルク引き下げ・復帰制御を行って再粘着するまでの一連の各信号波形を示している。横軸を時間tとして、上から順に、制御対象の動軸の軸回転の速度V及び基準速度Vmを示すグラフ、加速度αを示すグラフ、電動機トルクτeを示すグラフである。空転滑走が発生していない状態では、速度Vは基準速度Vmにほぼ一致し、電動機トルクτeはほぼ一定に保たれている。空転滑走が発生すると、軸速度Vが上昇し始め、基準速度Vmとの差分である速度差ΔVが増加する。そして、時刻t10において速度差ΔVが予め定められた空転滑走検知閾値Vsに達すると、空転滑走が発生したとして検知される。
【0022】
すると、トルク引き下げ・復帰制御が発動されて、電動機トルクτeの引き下げ(より正確にはトルク分電流の引き下げ)が開始される。電動機トルクτeの引き下げは、予め定められた引き下げ速度Wtで、所定の引き下げ量Qtを引き下げるまで継続的に行われる。即ち、電動機トルクτeの引き下げ量を増加させていく。電動機トルクτeが引き下げられると、加速度αの増加が次第に抑えられ、減少に転ずる。この間、速度Vは上がり続けるが、加速度αがゼロとなる時刻t20では、速度Vの増加もゼロとなる。図1においては、引き下げ量Qtまで引き下げた時点が時刻t20となっている。なお、電動機トルクτeの引き下げを終了する条件は、引き下げ量Qt分の引き下げの他、回復検知を条件としてもよい。具体的には、加速度αが所定の回復検知閾値(例えばゼロや“+1”、“−1”など)以下となったことを、空転滑走からもとの粘着走行への回復開始として捉えて検知する(回復検知)。
【0023】
引き下げ量Qt分の電動機トルクτeの引き下げがなされた後、所定の保持時間Thの間、引き下げ量を保持する。すると、マイナスとなっていた加速度αの減少が次第に抑えられ、やがて増加に転じる。また、基準速度Vmからの乖離幅が大きくなっていた速度Vが低下し始める。そして、保持時間Thの経過の後、復帰時間Ttをかけてトルクを復帰させる復帰動作用の制御が開始される。なお、保持時間Thの経過の後に復帰動作を行うのではなく、速度差ΔVが予め定められた再粘着検知閾値以下になった場合に復帰動作を開始することとしてもよい。
【0024】
トルク復帰動作によって、保持していた電動機トルクτeの引き下げ量を減少させてトルクが復帰され、所定の目標トルク値(例えば、トルク引き下げ・復帰制御の開始時点(時刻t10)における値)まで復帰した時刻t40において、トルク引き下げ・復帰制御の終了となる。このトルク復帰動作は、復帰時間Ttをかけて復帰するように制御される。
【0025】
尚、ここでは、空転滑走検知の監視対象の状態値(空転滑走検知用状態値)を速度V(ひいては速度差ΔV)として説明したが、以下実施例では加速度αも空転滑走検知用状態値に加えて併用することとする。勿論、加速度αの微分値(ジャーク)を空転滑走検知用状態値とする、或いは併用する、こととしてもよい。
【0026】
以上の再粘着制御は、各動軸それぞれについて行われるが、そのうちの一の動軸(第1の動軸)について空転滑走の発生が検知されて電動機トルクτeのトルク引き下げ・復帰制御が行われた場合、他の動軸(第2の動軸)に関しては、再粘着制御に係る制御パラメータの値(以下「制御パラメータ値」という。)が変更される。但し、制御パラメータ値の変更は一時的である。具体的には、ある動軸について空転滑走の発生が検知されたときを開始時点とし、予め定められた時間Tpの経過時点を終了時点とする期間の間、制御パラメータ値を変更する。この期間を、以下では「制御パラメータ値変更期間Pp」という。また、制御パラメータ値変更期間Ppの間の制御パラメータ値のことを「制御パラメータ臨時値」といい、制御パラメータ値の一時的な変更がなされる前のもとの制御パラメータ値のことを「制御パラメータ標準値」という。
【0027】
本実施形態において、変更対象となる制御パラメータ値は、空転滑走を検知するための速度V及び加速度αの閾値に係る制御パラメータ値(以下「空転滑走検知閾値」という。)と、空転滑走を検知した後のトルク引き下げ・復帰制御に係る制御パラメータ値(以下「引き下げ制御値」という。)とがある。引き下げ制御値には、引き下げ速度Wt、引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttがある。勿論、トルク復帰の復帰速度など、他のパラメータを含めてもよい。
【0028】
また、制御パラメータ値を具体的にどのように変更するかについては、詳細に後述するが、本実施形態では概ね次のように変更する。空転滑走検知閾値は低減させる。ある一の動軸について空転滑走の発生が検知された場合、他の動軸には誘発の可能性/蓋然性がある。そのため、誘発の可能性/蓋然性のある他の動軸に係る空転滑走検知閾値を低減させて、空転滑走の発生検知を敏感にさせる。これにより、他の動軸での空転滑走の誘発が起こりつつある状態をより早期に捉え、効果的に誘発を抑制する。
【0029】
また、空転滑走検知閾値の低減量は、空転滑走の発生が検知された一の動軸と、空転滑走検知閾値を低減させる他の動軸との位置関係に応じて変更する。一の動軸に係るトルク分電流の低減によって台車ピッチングや軸重移動等が生じるが、その影響は一の動軸と他の動軸との位置関係によって異なるからである。
【0030】
また、引き下げ制御値である引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttについてはそれぞれ低減させ、引き下げ速度Wtについては増加させる。制御パラメータ値変更期間Pp内で空転滑走の発生が検知されたとしても、その検知は、空転滑走の誘発が起こりつつある状態を検知したに過ぎない。従って、引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttについては、制御パラメータ標準値に比べて小さい値とし、引き下げ速度Wtについては大きい値として、誘発の予兆に対して素早く対応する。
【0031】
以下、本実施形態を適用した3つの実施例について説明する。
【0032】
<第1実施例>
図2は、本実施形態を適用した第1実施例の回路ブロック図であり、電車の主回路のうち、再粘着制御に関わる回路ブロックを概略的に示した図である。電動機の制御は個別制御(いわゆる1C1M)である。以下、図2を参照して第1軸に係る主回路のみを説明するが、第2〜第4軸も同様の構成である。第1軸に係る主回路は、電動機10−1と、パルスジェネレータ15−1と、インバータ20−1と、制御装置30−1とを備えて構成される。
【0033】
電動機10−1は、インバータ20−1から電力が供給されることで車軸を回転駆動する主電動機(メインモータ)であり、例えば三相誘導電動機で実現される。パルスジェネレータ15−1は、電動機10−1によって駆動される動軸(第1軸。ここでは「自軸」である。)の回転を検出する回転検出器であり、検出信号であるPG信号を速度・加速度検出部60−1に出力する。
【0034】
インバータ20−1には、コンバータや主変圧器等を介して架線からの電力が供給されている。インバータ20−1は、制御装置30−1から入力されるU相、V相及びW相それぞれの電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*に従って出力電圧を調整し、電動機10−1に給電する。
【0035】
制御装置30−1は、電動機10−1をベクトル制御する電動機制御装置である。この制御装置30−1は、CPUや各種メモリ(ROM、RAM等)から構成されるコンピュータや各種の電子回路等によって実現され、例えば制御ボードとして実装されたり、或いはインバータ20−1を含めて一体的にインバータ装置として構成される。インバータ20−1と一体的に構成される場合には、インバータ20−1及び制御装置30−1が電動機制御装置となる。制御装置30−1は、再粘着制御装置40−1及びベクトル演算制御装置90−1を備え、電動機10−1をベクトル制御するための電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*の生成や上述した再粘着制御を行う。
【0036】
具体的には、ベクトル演算制御装置90−1は、不図示の電流センサにより検出された電動機10−1に流入する電流から、d軸成分である励磁電流成分Id及びq軸成分であるトルク電流成分(トルク分電流)Iqを求める。そして、求めた励磁電流成分Id及びトルク電流成分(トルク分電流)Iqの他、パルスジェネレータ15−1により検出されたPG信号、速度・加速度検出部60−1により検出された速度V及び加速度α、不図示の電流指令生成装置から入力される電流指令値Id*,Iq*、再粘着制御装置40−1から入力されるトルク引き下げ指令信号等に基づいて、インバータ20−1に対する電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を生成する。
【0037】
再粘着制御装置40−1は、制御パラメータ値設定部50−1と、速度・加速度検出部60−1と、空転滑走検知部70−1と、トルク引き下げ指令制御部80−1とを備えており、図1を参照して説明した再粘着制御処理を実行する。
【0038】
速度・加速度検出部60−1は、公知の演算処理/信号処理等によりPG信号から自軸の速度V及び加速度αを検出する。検出した速度V及び加速度αは空転滑走検知部70−1に出力される。
【0039】
空転滑走検知部70−1は、速度・加速度検出部60−1で検出された速度V及び加速度αと、所与の基準速度Vmと、加速度閾値Sαと、速度第1閾値SV1と、速度第2閾値SV2とを用いて、自軸(第1軸)に空転滑走が発生したか否かの検知処理を行う。空転滑走検知閾値である加速度閾値Sαと速度第1閾値SV1と速度第2閾値SV2とは、制御パラメータ値設定部50−1によって設定される。空転滑走の発生検知の原理を、図1を用いて簡単に説明したが、空転滑走検知部70−1が行う空転滑走の発生判定(検知処理)はより複雑であるため、図3を参照して説明する。
【0040】
図3は、空転滑走検知部70−1の具体的なロジック構成を示す図である。
空転滑走検知部70−1は、加算器71と、比較器72〜74と、論理積回路75と、論理和回路76とを有する。これらの各回路は電子回路として構成されていてもよいし、デジタル演算上の機能ブロックとして構成されていてもよい。後者の場合には、コンピュータプログラムとして構成されるため、空転滑走検知部70−1はプログラムを実行可能なプロセッサーを有して構成される。
【0041】
加算器71は、速度・加速度検出部60−1で検出された速度Vから基準速度Vmを減算することで速度差ΔVを算出する。比較器72は、速度・加速度検出部60−1で検出された加速度αを加速度閾値Sαと比較する。比較器73は速度差ΔVを速度第1閾値SV1と比較し、比較器74は速度差ΔVを速度第2閾値SV2と比較する。何れの比較器72〜74も、被比較値が閾値以上の場合にH信号、未満の場合にL信号を出力する。論理積回路75は、比較器72と比較器73の比較結果の論理積を演算し、論理和回路76に出力する。論理和回路76は、論理積回路75の出力と比較器74の比較結果の論理和を、空転滑走検知部70−1の検知結果として出力する。
【0042】
従って、加速度αが加速度閾値Sα以上であり、且つ、速度差ΔVが速度第1閾値SV1以上の場合には、空転滑走が発生している旨の検知信号が出力される。また、速度差ΔVが速度第2閾値SV2以上の場合にも、空転滑走が発生している旨の検知信号が出力される。これは、速度差ΔVがいくら大きくなっても、加速度αが加速度閾値Sα未満であるが故に空転滑走の発生が検知されない事態を防止するために、速度差ΔVが速度第2閾値SV2以上となった場合には、空転滑走が発生していると判断するものである。故に、速度第2閾値SV2は、速度第1閾値SV1より大きな値に設定される。
これらの速度V、速度差ΔV、加速度αは、空転滑走検知用状態値の一例である。
【0043】
空転滑走検知部70−1の検知信号は、トルク引き下げ指令制御部80−1に出力されるとともに、第1軸の検知情報(第1軸情報)として他軸にも出力される。
なお、基準速度Vmの取得先を図示していないが、基準速度Vmは、運転台から取得した列車速度を基準速度としてもよいし、同一車両の各軸のうちの最低速度を基準速度としてもよいし、所定の従軸の速度を基準速度としてもよい。
【0044】
トルク引き下げ指令制御部80−1は、空転滑走検知部70−1から自軸の空転滑走が発生した旨の検知信号を入力した場合に、制御パラメータ値設定部50−1で設定される引き下げ制御値に従ってトルク引き下げ指令信号を生成する。
【0045】
具体的には、図1に示して説明した通り、空転滑走検知部70−1から自軸の空転滑走が発生した旨の検知信号を入力すると、現在の電動機トルクτeを記憶して、引き下げ速度Wtで、引き下げ量Qt分の電動機トルク(トルク分電流)の引き下げを行わせるための指令信号を生成する。引き下げ量Qt分の電動機トルクの引き下げがなされた後は、保持時間Thの間、電動機トルクτeを保持させ、その後、先に記憶した電動機トルクに向けて、復帰時間Ttをかけて徐々にトルクを引き上げるように、トルクの引き下げ量を低減させる指令信号を生成し、ベクトル演算制御装置90−1に出力する。
【0046】
制御パラメータ値設定部50−1は、他軸において空転滑走の発生が検知されておらず、制御パラメータ値変更期間Pp内でもない場合には、制御パラメータ値を制御パラメータ標準値とし、他軸において空転滑走の発生が検知され、制御パラメータ値変更期間Pp内である場合には、制御パラメータ値を制御パラメータ臨時値に設定変更する。
上述した通り、制御パラメータ値には空転滑走検知閾値と引き下げ制御値とがあり、空転滑走検知閾値には加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2が、引き下げ制御値には引き下げ速度Wt、引き下げ量Qt、保持時間Th、及び復帰時間Ttがある。
【0047】
図4は、制御パラメータ値設定部50−1の具体的なロジック構成を示す図である。
制御パラメータ値設定部50−1は、K算出部51と、タイマー切替器53,54と、乗算器55とを有する。これらの各回路は電子回路として構成されていてもよいし、デジタル演算上の機能ブロックとして構成されていてもよい。後者の場合には、コンピュータプログラムとして構成されるため、制御パラメータ値設定部50−1はプログラムを実行可能なプロセッサーを有して構成される。
【0048】
先ず、空転滑走検知閾値である加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2の設定について説明する。
制御パラメータ値設定部50−1は、加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2それぞれの標準値である加速度標準閾値SαS、速度第1標準閾値SV1S、及び速度第2標準閾値SV2Sを予め記憶しておき、これら標準閾値に乗算器55が係数K(0<K≦1)を乗算することで、加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2を算出・設定する。設定した各閾値は、空転滑走検知部70−1に出力される。従って、制御パラメータ値設定部50−1は、空転滑走検知部70−1による空転滑走の検知用の各閾値を一時的に低減させる閾値低減処理手段と言える。
【0049】
係数Kは、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合にはK=1とされ、検知された場合には、検知されてから時間Tpが経過するまでの制御パラメータ値変更期間Ppの間、K算出部51で算出された値とされる。この切り替えは、タイマー切替器53が行う。
【0050】
K算出部51は、他軸から入力される他軸情報に基づいて、他軸において空転滑走の発生が検知されたか否かを判定し、検知された軸がある場合にはその空転滑走軸と、自軸との位置関係に基づいて係数Kを決定する。
【0051】
図5は、K算出部51が記憶している係数テーブルの構成を説明するための図である。係数テーブルには、力行時(空転時)に適用する力行時用係数テーブル511と、制動時(滑走時)に適用する制動時用係数テーブル512とがあり、現在の走行状態が力行時か制動時かに応じて選択的に適用される。力行時か制動時かの判定は、例えば速度・加速度検出部60−1から速度Vや加速度αを入力して判定することとしてもよいし、運転台から操作信号を取得して判定することとしてもよい。
【0052】
図5に示すように、K算出部51は、現在の走行状態が力行時か制動時かに応じて係数テーブルを選択した上で、空転滑走の発生が検知された軸(検知軸)と自軸との関係から係数Kを求めて決定する。
【0053】
力行時用係数テーブル511に定められる各係数の具体的な数値例を図6に示す。図6(a)が各軸の位置関係を示す図であり、図6(b)が具体的な数値例である。実際の数値は実車実験等によって定められるが、数値の傾向としては図6(b)に示す通りである。すなわち、検知軸と自軸とが同一の台車の場合、検知軸が前方(例えば第1軸)で自軸が後方(例えば第2軸)のケースでは、検知軸が後方(例えば第2軸)で自軸が前方(例えば第1軸)のケースに比べて係数Kが小さい値に設定される(第3軸、第4軸の関係においても同様)。また、検知軸と自軸とが異なる台車の場合も同様に、検知軸が前方(例えば第1軸や第2軸)で自軸が後方(例えば第3軸や第4軸)のケースでは、検知軸が後方(例えば第3軸や第4軸)で自軸が前方(例えば第1軸や第2軸)のケースに比べて係数Kが小さい値に設定される。
【0054】
また、制動時用係数テーブル512に定められる係数Kの傾向は、力行時用係数テーブル511の場合の逆となる。すなわち、検知軸と自軸とが同一の台車の場合、検知軸が前方で自軸が後方のケースでは、検知軸が後方で自軸が前方のケースに比べて係数Kが大きい値に設定される。また、検知軸と自軸とが異なる台車の場合も同様に、検知軸が前方で自軸が後方のケースでは、検知軸が後方で自軸が前方のケースに比べて係数Kが大きい値に設定される。但し、係数Kは1以下である。
【0055】
図4に戻り、制御パラメータ値設定部50−1は、制御パラメータ値変更期間Ppの間、引き下げ制御値も変更する。具体的には、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合には、制御パラメータ標準値を選択し、空転滑走の発生が検知されて以降の制御パラメータ値変更期間Ppの間は制御パラメータ臨時値を選択してトルク引き下げ指令制御部80−1に出力する。図7は、引き下げ制御値に係る制御パラメータ標準値と制御パラメータ臨時値とを示す図である。
【0056】
次に、再粘着制御装置40−1が実行する再粘着制御処理の全体の流れについて図8を参照して説明する。
先ず、再粘着制御装置40−1は、他軸からの検知情報である他軸情報に基づいて、他軸において空転滑走の発生が検知されたか否かを判断する(ステップS2)。検知された場合には(ステップS2:YES)、制御パラメータ値設定部50−1のタイマー切替器53,54に、制御パラメータ値変更期間Ppを計時させるためにタイマーをスタートさせる(ステップS4)。
【0057】
そして、K算出部51が、空転滑走の発生が検知された検知軸と自軸との位置関係に基づいて係数Kを算出・決定し、タイマー切替器53,54による切替選択によって、制御パラメータ値を制御パラメータ臨時値に変更する(ステップS6)。再粘着制御装置40−1は、自軸の空転滑走の発生判定を、この制御パラメータ臨時値に含まれる空転滑走検知閾値を用いて行い(ステップS8)、自軸の空転滑走を検知した場合には(ステップS10:YES)、制御パラメータ臨時値に含まれる引き下げ制御値に基づいてトルク引き下げ・復帰制御を行う(ステップS12)。これらステップS8〜S12の処理を、タイマー切替器53,54がタイマーオフとなるまでの間、すなわち制御パラメータ値変更期間Ppの間実行する。
【0058】
タイマー切替器53,54がタイマーオフとなり(ステップS14:YES)、制御パラメータ値変更期間Ppが経過した場合、タイマー切替器53,54による切替選択を、もとの制御パラメータ標準値に戻し(ステップS16)、再粘着制御装置40−1は処理をステップS2に移行する。
【0059】
一方、ステップS2において、他軸において空転滑走の発生が検知されていなければ(ステップS2:NO)、再粘着制御装置40−1は自軸において空転滑走が発生していないかを判定する(ステップS20)。この判定は、制御パラメータ標準値に含まれる空転滑走検知閾値を用いて行う。空転滑走が発生したことを検知した場合(ステップS22:YES)、再粘着制御装置40−1は、検知した旨を示す情報を他軸に出力する(ステップS24)。そして、制御パラメータ標準値に含まれる引き下げ制御値に基づいてトルク引き下げ・復帰制御を行う(ステップS26)。
【0060】
次に、1C1M制御下で動輪2軸を備える台車モデルでの走行シミュレーションを行った結果を図9に示す。図9は、進行方向前方の軸を第1軸、後方を第2軸とし、t=2秒付近及び3.2秒付近で第1軸に空転を生じさせた場合の第1軸及び第2軸それぞれの電動機トルク及び速度の変化の様子を示す図である。破線が第1軸、実線が第2軸である。
【0061】
t=2.2秒付近及び3.3秒付近で第1軸の空転が検知され、トルク引き下げ・復帰制御が開始されている。一方、第2軸では、第1軸の空転につられるように、t=2.8秒付近から速度差が生じ始め、t=3.1秒付近で空転が検知されている。t=3.1秒付近での第2軸の速度変化と、t=2.2秒付近での第1軸の速度変化とを比べれば分かるように、空転滑走検知閾値は低減されたことで第2軸では早期に空転が検知されている。また、第2軸のトルク引き下げ量や保持時間等も、第1軸のそれと比較して低減されている。
【0062】
第1軸の空転検知によって第2軸の各種の制御パラメータ値が変更されたが、t=3.1秒付近の第2軸の速度の変化を見て分かる通り、第2軸は空転が誘発されつつある初期状態においてトルクが引き下げられたために、早期に再粘着している。すなわち、誘発を効果的に抑制し、牽引力の維持・向上を図ることができたと言える。
【0063】
以上の通り、第1実施例によれば、他軸において空転滑走の発生が検知された場合、自軸の空転滑走検知閾値である加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2が制御パラメータ値変更期間Ppの間、一時的に低減される。他軸で空転滑走の発生が検知された場合には、自軸でも空転滑走が誘発されつつある状態にある場合もある。従って、自軸の空転滑走検知閾値を一時的に低減させることで、自軸での空転滑走の誘発が起こりつつある状態をより早期に捉え、早期にトルク分電流の引き下げ制御を行うことで、自軸での空転滑走の誘発を効果的に抑制することが可能となる。
【0064】
また、空転滑走の発生が検知された他軸と、その時点では未だ検知されていない自軸との位置関係に応じて、空転滑走検知閾値の低減量が変更される。他軸で空転滑走の発生が検知されてトルク分電流が低減されると、台車ピッチングや軸重移動等が生じるため、自軸に対するその影響を、他軸と自軸との位置関係に応じて適切に推し量り、閾値の低減量を適切に変更することが可能となる。
【0065】
また、他軸において空転滑走の発生が検知されて、自軸の空転滑走検知閾値が低減された状態下(制御パラメータ値変更期間Pp中)で自軸にも空転滑走の発生が検知された場合には、トルク引き下げ・復帰制御に係る引き下げ制御値を低減させてトルク引き下げ・復帰制御を行う。空転滑走検知閾値を低減させた状態で空転滑走の発生を検知したということは、いわば空転滑走の誘発が起こりつつある状態を検知したに過ぎない。そこで、制御パラメータ値変更期間Ppの間は、トルク引き下げ・復帰制御に係る引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttを低減させ、引き下げ速度Wtを上昇させることで、通常時の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法でトルク分電流の引き下げ制御を行うのである。
【0066】
なお、第1実施例において説明した再粘着制御に係る制御パラメータ値は一例であり、他の制御パラメータ値を含めることとしてもよい。また、変更対象とする制御パラメータ値を、第1実施例において説明した一部の制御パラメータ値(例えば空転滑走検知閾値について加速度閾値Sαと速度第1閾値SV1、引き下げ制御値については引き下げ量Qtと保持時間h)を変更対象としてもよい。
【0067】
また、第1実施例では、空転滑走の発生が検知された検知軸と自軸との関係が同一車両内であることを想定して係数Kの決定方法を説明したが、別車両である場合にも同様に適用可能である。例えば、検知軸と自軸とが同一車両内である場合には、図5の係数テーブルに従って係数Kを決定することとし、別車両である場合には、図10の係数テーブルに従って係数Kを決定する。図10においては、第1車両〜第3車両の3両編成としているが、4両以上であってもよい。また、検知軸の車両と自軸の車両とが2両以上離れている場合には係数Kを変化させない(K=1のまま)としてもよい。
【0068】
また、検知軸と自軸との位置関係それぞれに対応する制御パラメータ臨時値を予め定めておき、それを利用することとしてもよい。具体的には、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合には図11(a)の制御パラメータ標準値を用いて再粘着制御を実行する。そして、他軸において空転滑走の発生が検知された場合には、図10(b)に示すように検知軸と自軸との位置関係それぞれに対応して予め定めた制御パラメータ臨時値の中から、検知軸と自軸との位置関係に応じた制御パラメータ臨時値を選択して再粘着制御を実行する。
【0069】
また、第1実施例を1台のインバータが1台の電動機を駆動制御する1C1M方式として説明したが、1台のインバータが複数台の電動機を駆動制御する1C2M方式等にも本発明を適用することができる。その場合には、空転滑走の発生が検知された検知軸と自軸とが同じインバータで制御しているか否かに応じて制御パラメータ値の変更量を変えればよい。ただし、変更する制御パラメータ値は最終的には実験段階や設計段階で定まることであり、基本的な発明思想としては上述した第1実施例と同様である。
【0070】
<第2実施例>
図12は、第2実施例の回路ブロック図である。第1実施例との違いは、各軸同士で出力/入力する情報が空転滑走の検知情報ではなく、速度・加速度検出部が出力する速度V及び加速度αの情報となり、各軸それぞれで他軸の空転滑走の発生を検知するようにしたことである。従って、再粘着制御装置40−1は、他軸情報に基づいて他軸における空転滑走の発生を検知する空転滑走検知部45−1を新たに有している。
【0071】
<第3実施例>
図13は、第3実施例の回路ブロック図である。第3実施例は、各軸の制御装置を統括して制御する上位装置として、統括制御装置がある場合の実施例である。統括制御装置300は、電動車或いは編成を一括して管理・制御する装置であり、統括再粘着制御部700を有して構成される。
【0072】
統括再粘着制御部700は、各軸のPG信号を入力して各軸の空転滑走の発生を検知するとともに、各軸のトルク引き下げ・復帰制御を行い、トルク引き下げ指令信号を生成して各軸の制御装置30(30−1,30−2,・・・)に出力する。
また、統括再粘着制御部700は、各軸それぞれについて図2の制御パラメータ値設定部、空転滑走検知部及びトルク引き下げ指令制御部に相当する回路ブロックを有し、各軸について図8の再粘着制御処理と同様の処理を並行して実行することで、各軸の再粘着制御を一括して行う。
【0073】
[変形例]
以上、本発明を適用した実施形態を説明したが、本発明が適用可能な実施形態はこれらに限られるわけではない。
例えば、電気車への適用について説明したが、内燃機関で発電した電力で電動機を駆動して走行する電気式機関車等に適用できることは勿論である。
また、1車両が有する軸数を「4」として図示及び説明したが、「6」や「8」としてもよい。
【0074】
また、上述した実施形態では、PG信号をもとに速度及び加速度を検出することとして説明した。しかし、速度センサレスベクトル制御の技術を適用して、パルスジェネレータ等の速度センサを不要として速度及び加速度を検出することとしてもよい。具体的には、速度・加速度検出部60は、電動機10に供給される電動機電流・電圧から回転速度を推定することで、軸速度Vを検出(推定)し、更に加速度αを検出(推定)することとしてもよい。
【0075】
(再粘着制御装置の回路ブロックの変形例)
上述した実施形態では、再粘着制御に係る制御パラメータ値を、制御パラメータ標準値と制御パラメータ臨時値とのどちらにするか切り替えることとして説明した。しかし、空転滑走検知部及びトルク引き下げ指令制御部を2系統(2組)用意し、一方を制御パラメータ標準値に設定し、他方を制御パラメータ臨時値に設定して、2系統(2組)を切り替える回路構成としてもよい。上述した第1実施例を、この回路構成に変更した変形例を図14に示す。
【0076】
図14において、第1軸に係る主回路は、制御パラメータ標準値が設定された空転滑走検知部70A−1及びトルク引き下げ指令制御部80A−1を有する標準系統A−1と、制御パラメータ臨時値が設定された空転滑走検知部70B−1及びトルク引き下げ指令制御部80B−1を有する臨時系統B−1と、切替部65−1とを備える。切替部65−1は、他軸情報に基づいて標準系統A−1と臨時系統B−1とを切り替える。従って、他軸情報が入力されていない場合には制御パラメータ標準値に従った空転滑走検知及びトルク引き下げ・復帰制御が行われ、他軸情報が入力された場合には制御パラメータ臨時値に従った空転滑走検知及びトルク引き下げ・復帰制御が行われる。
第1実施例に適用した場合を説明したが、勿論、第2実施例、第3実施例についても同様に適用可能である。
【0077】
(空転滑走検知用状態値)
上述した実施形態では、空転滑走検知用状態値として速度V及び加速度αを利用することとして説明したが、更にジャークJを利用することとしてもよい。
図15は、ジャークを利用した場合の空転滑走検知部のロジック構成の一例を示す図である。図3のロジック構成に対して、比較器701を追加し、論理積回路75を論理積回路702に、論理和回路76を論理和回路703に置き換えた構成である。
ジャークJは、速度・加速度検出部60−1が、検出した加速度αを更に微分することで求める。比較器701は、速度・加速度検出部60−1により検出されたジャークJをジャーク閾値SJと比較する。そして、ジャークJがジャーク閾値SJ以上の場合にH信号、未満の場合にL信号を出力する。論理積回路702は、比較器701,72,73の比較結果の論理積を演算して論理和回路703に出力する。
【0078】
(空転滑走検知)
上述した実施形態では、空転滑走の判定を唯一の判定として説明した。しかし、確実に空転滑走した状態にあると判定する前の、予備的(予兆的)な状態を判定し、多段階に空転滑走の状態を検知することとしてもよい。例えば、空転滑走検知部のロジック構成を図16に示すように構成してもよい。図16のロジック構成は、図15のロジック構成に加えて、比較器701と比較器72の比較結果の論理和を演算して1次検知結果として出力する論理和回路704を追加した構成である。図16のロジック構成によれば、自軸ジャークJ或いは自軸加速度αが所定の閾値以上となったことを1次検知し、1次検知結果として出力する。この1次検知結果を、上述した第1軸〜第4軸の軸情報として用いる。すなわち、例えば、図2において、第2軸〜第4軸の何れかで1次検知がなされた場合には、制御パラメータ値を制御パラメータ臨時値に変更するのである。こうすることで、他軸が空転滑走の予備的(予兆的)な状態になった場合には、自軸の再粘着制御が敏感な制御になり、空転滑走の誘発が一層抑制され得る。尚、第2実施例、第3実施例に同様に適用できることは勿論である。
【符号の説明】
【0079】
10−1 電動機
20−1 インバータ
30−1 制御装置
40−1 再粘着制御装置
50−1 制御パラメータ値設定部
70−1 空転滑走検知部
80−1 トルク引き下げ指令制御部
90−1 ベクトル演算制御装置
【技術分野】
【0001】
本発明は、電動機制御方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
電動機で動輪を駆動して走行する車両として電気車や、内燃機関で発電した電力で電動機を駆動して走行する電気式機関車(例えば電気式ディーゼル機関車)の他、電気自動車等が知られているが、以下、その代表例として電車(動力車)について説明する。電車は車輪・レール間の接線力(粘着力ともいう。)によって加減速がなされる。電動機の発生トルクにより生じる駆動力が、車輪とレールとに働く粘着力以下であれば粘着走行がなされるが、粘着力を超えた場合には空転又は滑走(以下、「空転滑走」という。)が生じる。空転滑走が生じた場合には、電動機の発生トルクを引き下げて粘着走行に復帰させる制御が行われる(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−44804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ある軸で空転滑走が生じた場合、電動機トルク(より正確にはトルク分電流)の一時的な引き下げを行うが、その際に電動機トルクの変動等によって台車ピッチングや軸重移動が生じ、空転滑走していない他軸で空転滑走が誘発される可能性がある。この対策として、空転滑走の発生を検知した場合、検知した軸のトルクを引き下げるとともに、検知しなかった他軸のトルクも引き下げる方策が考えられるが、電車全体の牽引力の点で問題がある。
【0005】
すなわち、空転滑走の発生が検知された軸と、検知されていない他軸の両方の電動機トルクを引き下げる場合、電車全体の牽引力が一斉に低下してしまう。この結果、登坂力の低下や最大牽引力の向上限界が問題となり、電車がガクガクと変動することによる乗り心地への影響等も問題となる。
【0006】
また、空転滑走の発生を検知した場合には電動機トルクを大きく引き下げる。そのため、曲線やレール継ぎ目、各軸車輪径差の影響による誤検知を防止するためにも、空転滑走を検知するための閾値は、確実に空転滑走が発生したと判断できる閾値とするのが通常である。その結果、空転滑走を検知した時点で、他軸で空転滑走が誘発されつつある状態にある場合もある。
【0007】
本発明は、上述した課題に鑑みて為されたものであり、その目的とするところは、空転滑走した軸とは異なる軸における空転滑走の誘発を適切に抑制させるための新たな方策を提案することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以上の課題を解決するための第1の形態は、動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御方法であって、
第1の動軸(例えば図2の第2軸に係る空転滑走検知部)について前記検知処理を行う第1の検知処理ステップ(例えば図2の第2軸〜第4軸)と、
第2の動軸(例えば図2の第1軸)について前記検知処理を行う第2の検知処理ステップ(例えば図2の第1軸に係る空転滑走検知部70−1)と、
を含み、更に、
前記第1の検知処理ステップで検知がなされた場合に、前記第2の検知処理ステップの検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理ステップ(例えば図2の第1軸に係る制御パラメータ値設定部50−1)、
を含む電動機制御方法(例えば図8の再粘着制御処理)である。
【0009】
また、別の形態として、動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御装置(例えば図2の制御装置30−1)であって、
第1の動軸について前記検知処理を行う第1の検知処理手段と、
第2の動軸について前記検知処理を行う第2の検知処理手段と、
前記第1の検知処理手段で検知がなされた場合に、前記第2の検知処理手段での検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理手段と、
を備えた電動機制御装置を構成することとしてもよい。
【0010】
この第1の形態等によれば、動軸の空転滑走検知用状態値が閾値に達したことを検知する検知処理を各動軸について行う。そして、第1の動軸について検知がなされた場合、第2の動軸の検知処理が、閾値を一時的に低減させた検知処理として実行される。例えば、第1の動軸で空転滑走が発生した時点で、第2の動軸でも空転滑走が誘発されつつある状態にある場合もある。このとき、第2の動軸の検知処理は、閾値が一時的に低減された検知処理として行われる。この結果、第2の動軸での空転滑走の誘発が起こりつつある状態をより早期に捉え、トルク分電流の引き下げ制御を行うことで、第2の動軸での空転滑走の誘発を効果的に抑制することが可能となる。
【0011】
また、第2の形態は、第1の形態の電動機制御方法であって、前記第1の動軸と前記第2の動軸との位置関係に応じて、前記閾値低減ステップでの前記閾値の低減量(例えば図4の係数K)を変更する低減量変更ステップ(例えば図5、図8のステップS6)を更に含む電動機制御方法である。
【0012】
この第2の形態によれば、空転滑走の発生等が検知された第1の動軸と、その時点では未だ検知されていない第2の動軸との位置関係に応じて、第2の動軸の前記検知処理に係る閾値の低減量が変更される。第1の動軸に係るトルク分電流の低減によって台車ピッチングや軸重移動等が生じるが、その影響は第1の動軸と第2の動軸との位置関係によって異なる。従って、第1の動軸と第2の動軸との位置関係に応じて、閾値の低減量を適切に変更することが可能となる。
【0013】
より具体的には、第3の形態として、
前記低減量変更ステップが、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが同一車両内である場合に、(1)同一台車内であるときには当該台車内の位置関係(例えば図5の第1軸と第2軸の関係)、(2)異なる台車であるときには当該台車の位置関係(例えば図5の第1軸と第3軸の関係)、に応じて前記閾値の低減量を変更する、
ように電動機制御方法を構成することとしてもよい。
【0014】
更に、第4の形態として、
前記低減量変更ステップが、更に、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが異なる車両である場合に、当該車両の位置関係(例えば図10)に応じて前記閾値の低減量を変更する、
ように電動機制御方法を構成することとしてもよい。
【0015】
また、第5の形態は、第1〜第4の何れかの形態の電動機制御方法であって、
前記第2の検知処理ステップにおいて前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減された検知処理を行って検知がなされた場合、前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げる引き下げ制御ステップ(例えば図8のステップS12)を更に含む、
電動機制御方法である。
【0016】
この第5の形態によれば、第1の動軸において空転滑走の発生等が検知された場合には第2の動軸の検知処理は閾値が低減された検知処理として実行されるが、その閾値が低減された検知処理の実行中に検知がなされた場合には、低減していない検知処理で検知がなされた場合の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法で第2の動軸に係るトルク分電流が引き下げられる。閾値の低減中に第2の動軸の空転滑走の発生等が検知されたということは、第2の動軸で空転滑走の誘発が起こりつつあることを意味する。よって、空転滑走が実際に発生した場合とは異なる引き下げ制御方法で第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げる。
【0017】
例えば、第6の形態として、
前記引き下げ制御ステップが、(1)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ量よりも少ない引き下げ量、(2)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ速度よりも速い引き下げ速度、(3)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ時保持時間よりも短い保持時間、(4)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ後復帰時間よりも短い復帰時間、のうちの少なくとも1つを含む引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げることを含む、
ように電動機制御方法を構成することとしてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】再粘着制御を説明するための図。
【図2】第1実施例の回路ブロック図。
【図3】空転滑走検知部のロジック構成を説明するための図。
【図4】制御パラメータ値設定部のロジック構成を説明するための図。
【図5】K算出部が記憶している係数テーブルの構成を示す図。
【図6】力行時係数テーブルの具体的な数値例を示す図。
【図7】引き下げ制御値を説明するための図。
【図8】再粘着制御処理の全体の流れを示す図。
【図9】走行シミュレーション結果を示す図。
【図10】係数テーブルの別の例を説明するための図。
【図11】制御パラメータ値の切替の変形例を説明するための図。
【図12】第2実施例の回路ブロック図。
【図13】第3実施例の回路ブロック図。
【図14】再粘着制御装置の回路ブロックの変形例を説明するための図。
【図15】空転滑走検知部のロジック構成の変形例を説明するための図。
【図16】空転滑走検知部のロジック構成の変形例を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の好適な実施形態を説明する。尚、以下では、本発明を電車に適用した場合を説明するが、電動機で動輪を駆動して走行する車両であれば、電車以外の電気車や、内燃機関で発電した電力で電動機を駆動して走行する電気式機関車等に適用することも可能であるし、電気自動車に適用することとしてもよい。また、以下では説明の簡明化のために「電動機トルク」を増減させるとして説明するが、より正確には「トルク分電流」を増減させる意味であり、「電動機トルク」と「トルク分電流」を同義として説明する。
【0020】
また、「再粘着制御」とは、狭義には空転滑走の発生の検知後に行われるトルク分電流の引き下げ及び復帰(引き下げ量の低減。トルク分電流の保持やトルク分電流の復帰も含む。)に係る制御(以下「トルク引き下げ・復帰制御」という。)のみを指すが、本実施形態においては広義の「再粘着制御」とし、空転滑走の発生の検知と、検知した後のトルク引き下げ・復帰制御との2つを含むものとする。
【0021】
先ず、本実施形態の再粘着制御について図1を参照して説明する。図1は、本実施形態の再粘着制御を説明するための図であり、ある制御対象の動軸に関して、空転滑走が発生していない一定加速中の状態から空転滑走が発生し、トルク引き下げ・復帰制御を行って再粘着するまでの一連の各信号波形を示している。横軸を時間tとして、上から順に、制御対象の動軸の軸回転の速度V及び基準速度Vmを示すグラフ、加速度αを示すグラフ、電動機トルクτeを示すグラフである。空転滑走が発生していない状態では、速度Vは基準速度Vmにほぼ一致し、電動機トルクτeはほぼ一定に保たれている。空転滑走が発生すると、軸速度Vが上昇し始め、基準速度Vmとの差分である速度差ΔVが増加する。そして、時刻t10において速度差ΔVが予め定められた空転滑走検知閾値Vsに達すると、空転滑走が発生したとして検知される。
【0022】
すると、トルク引き下げ・復帰制御が発動されて、電動機トルクτeの引き下げ(より正確にはトルク分電流の引き下げ)が開始される。電動機トルクτeの引き下げは、予め定められた引き下げ速度Wtで、所定の引き下げ量Qtを引き下げるまで継続的に行われる。即ち、電動機トルクτeの引き下げ量を増加させていく。電動機トルクτeが引き下げられると、加速度αの増加が次第に抑えられ、減少に転ずる。この間、速度Vは上がり続けるが、加速度αがゼロとなる時刻t20では、速度Vの増加もゼロとなる。図1においては、引き下げ量Qtまで引き下げた時点が時刻t20となっている。なお、電動機トルクτeの引き下げを終了する条件は、引き下げ量Qt分の引き下げの他、回復検知を条件としてもよい。具体的には、加速度αが所定の回復検知閾値(例えばゼロや“+1”、“−1”など)以下となったことを、空転滑走からもとの粘着走行への回復開始として捉えて検知する(回復検知)。
【0023】
引き下げ量Qt分の電動機トルクτeの引き下げがなされた後、所定の保持時間Thの間、引き下げ量を保持する。すると、マイナスとなっていた加速度αの減少が次第に抑えられ、やがて増加に転じる。また、基準速度Vmからの乖離幅が大きくなっていた速度Vが低下し始める。そして、保持時間Thの経過の後、復帰時間Ttをかけてトルクを復帰させる復帰動作用の制御が開始される。なお、保持時間Thの経過の後に復帰動作を行うのではなく、速度差ΔVが予め定められた再粘着検知閾値以下になった場合に復帰動作を開始することとしてもよい。
【0024】
トルク復帰動作によって、保持していた電動機トルクτeの引き下げ量を減少させてトルクが復帰され、所定の目標トルク値(例えば、トルク引き下げ・復帰制御の開始時点(時刻t10)における値)まで復帰した時刻t40において、トルク引き下げ・復帰制御の終了となる。このトルク復帰動作は、復帰時間Ttをかけて復帰するように制御される。
【0025】
尚、ここでは、空転滑走検知の監視対象の状態値(空転滑走検知用状態値)を速度V(ひいては速度差ΔV)として説明したが、以下実施例では加速度αも空転滑走検知用状態値に加えて併用することとする。勿論、加速度αの微分値(ジャーク)を空転滑走検知用状態値とする、或いは併用する、こととしてもよい。
【0026】
以上の再粘着制御は、各動軸それぞれについて行われるが、そのうちの一の動軸(第1の動軸)について空転滑走の発生が検知されて電動機トルクτeのトルク引き下げ・復帰制御が行われた場合、他の動軸(第2の動軸)に関しては、再粘着制御に係る制御パラメータの値(以下「制御パラメータ値」という。)が変更される。但し、制御パラメータ値の変更は一時的である。具体的には、ある動軸について空転滑走の発生が検知されたときを開始時点とし、予め定められた時間Tpの経過時点を終了時点とする期間の間、制御パラメータ値を変更する。この期間を、以下では「制御パラメータ値変更期間Pp」という。また、制御パラメータ値変更期間Ppの間の制御パラメータ値のことを「制御パラメータ臨時値」といい、制御パラメータ値の一時的な変更がなされる前のもとの制御パラメータ値のことを「制御パラメータ標準値」という。
【0027】
本実施形態において、変更対象となる制御パラメータ値は、空転滑走を検知するための速度V及び加速度αの閾値に係る制御パラメータ値(以下「空転滑走検知閾値」という。)と、空転滑走を検知した後のトルク引き下げ・復帰制御に係る制御パラメータ値(以下「引き下げ制御値」という。)とがある。引き下げ制御値には、引き下げ速度Wt、引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttがある。勿論、トルク復帰の復帰速度など、他のパラメータを含めてもよい。
【0028】
また、制御パラメータ値を具体的にどのように変更するかについては、詳細に後述するが、本実施形態では概ね次のように変更する。空転滑走検知閾値は低減させる。ある一の動軸について空転滑走の発生が検知された場合、他の動軸には誘発の可能性/蓋然性がある。そのため、誘発の可能性/蓋然性のある他の動軸に係る空転滑走検知閾値を低減させて、空転滑走の発生検知を敏感にさせる。これにより、他の動軸での空転滑走の誘発が起こりつつある状態をより早期に捉え、効果的に誘発を抑制する。
【0029】
また、空転滑走検知閾値の低減量は、空転滑走の発生が検知された一の動軸と、空転滑走検知閾値を低減させる他の動軸との位置関係に応じて変更する。一の動軸に係るトルク分電流の低減によって台車ピッチングや軸重移動等が生じるが、その影響は一の動軸と他の動軸との位置関係によって異なるからである。
【0030】
また、引き下げ制御値である引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttについてはそれぞれ低減させ、引き下げ速度Wtについては増加させる。制御パラメータ値変更期間Pp内で空転滑走の発生が検知されたとしても、その検知は、空転滑走の誘発が起こりつつある状態を検知したに過ぎない。従って、引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttについては、制御パラメータ標準値に比べて小さい値とし、引き下げ速度Wtについては大きい値として、誘発の予兆に対して素早く対応する。
【0031】
以下、本実施形態を適用した3つの実施例について説明する。
【0032】
<第1実施例>
図2は、本実施形態を適用した第1実施例の回路ブロック図であり、電車の主回路のうち、再粘着制御に関わる回路ブロックを概略的に示した図である。電動機の制御は個別制御(いわゆる1C1M)である。以下、図2を参照して第1軸に係る主回路のみを説明するが、第2〜第4軸も同様の構成である。第1軸に係る主回路は、電動機10−1と、パルスジェネレータ15−1と、インバータ20−1と、制御装置30−1とを備えて構成される。
【0033】
電動機10−1は、インバータ20−1から電力が供給されることで車軸を回転駆動する主電動機(メインモータ)であり、例えば三相誘導電動機で実現される。パルスジェネレータ15−1は、電動機10−1によって駆動される動軸(第1軸。ここでは「自軸」である。)の回転を検出する回転検出器であり、検出信号であるPG信号を速度・加速度検出部60−1に出力する。
【0034】
インバータ20−1には、コンバータや主変圧器等を介して架線からの電力が供給されている。インバータ20−1は、制御装置30−1から入力されるU相、V相及びW相それぞれの電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*に従って出力電圧を調整し、電動機10−1に給電する。
【0035】
制御装置30−1は、電動機10−1をベクトル制御する電動機制御装置である。この制御装置30−1は、CPUや各種メモリ(ROM、RAM等)から構成されるコンピュータや各種の電子回路等によって実現され、例えば制御ボードとして実装されたり、或いはインバータ20−1を含めて一体的にインバータ装置として構成される。インバータ20−1と一体的に構成される場合には、インバータ20−1及び制御装置30−1が電動機制御装置となる。制御装置30−1は、再粘着制御装置40−1及びベクトル演算制御装置90−1を備え、電動機10−1をベクトル制御するための電圧指令値Vu*、Vv*、Vw*の生成や上述した再粘着制御を行う。
【0036】
具体的には、ベクトル演算制御装置90−1は、不図示の電流センサにより検出された電動機10−1に流入する電流から、d軸成分である励磁電流成分Id及びq軸成分であるトルク電流成分(トルク分電流)Iqを求める。そして、求めた励磁電流成分Id及びトルク電流成分(トルク分電流)Iqの他、パルスジェネレータ15−1により検出されたPG信号、速度・加速度検出部60−1により検出された速度V及び加速度α、不図示の電流指令生成装置から入力される電流指令値Id*,Iq*、再粘着制御装置40−1から入力されるトルク引き下げ指令信号等に基づいて、インバータ20−1に対する電圧指令値Vu*,Vv*,Vw*を生成する。
【0037】
再粘着制御装置40−1は、制御パラメータ値設定部50−1と、速度・加速度検出部60−1と、空転滑走検知部70−1と、トルク引き下げ指令制御部80−1とを備えており、図1を参照して説明した再粘着制御処理を実行する。
【0038】
速度・加速度検出部60−1は、公知の演算処理/信号処理等によりPG信号から自軸の速度V及び加速度αを検出する。検出した速度V及び加速度αは空転滑走検知部70−1に出力される。
【0039】
空転滑走検知部70−1は、速度・加速度検出部60−1で検出された速度V及び加速度αと、所与の基準速度Vmと、加速度閾値Sαと、速度第1閾値SV1と、速度第2閾値SV2とを用いて、自軸(第1軸)に空転滑走が発生したか否かの検知処理を行う。空転滑走検知閾値である加速度閾値Sαと速度第1閾値SV1と速度第2閾値SV2とは、制御パラメータ値設定部50−1によって設定される。空転滑走の発生検知の原理を、図1を用いて簡単に説明したが、空転滑走検知部70−1が行う空転滑走の発生判定(検知処理)はより複雑であるため、図3を参照して説明する。
【0040】
図3は、空転滑走検知部70−1の具体的なロジック構成を示す図である。
空転滑走検知部70−1は、加算器71と、比較器72〜74と、論理積回路75と、論理和回路76とを有する。これらの各回路は電子回路として構成されていてもよいし、デジタル演算上の機能ブロックとして構成されていてもよい。後者の場合には、コンピュータプログラムとして構成されるため、空転滑走検知部70−1はプログラムを実行可能なプロセッサーを有して構成される。
【0041】
加算器71は、速度・加速度検出部60−1で検出された速度Vから基準速度Vmを減算することで速度差ΔVを算出する。比較器72は、速度・加速度検出部60−1で検出された加速度αを加速度閾値Sαと比較する。比較器73は速度差ΔVを速度第1閾値SV1と比較し、比較器74は速度差ΔVを速度第2閾値SV2と比較する。何れの比較器72〜74も、被比較値が閾値以上の場合にH信号、未満の場合にL信号を出力する。論理積回路75は、比較器72と比較器73の比較結果の論理積を演算し、論理和回路76に出力する。論理和回路76は、論理積回路75の出力と比較器74の比較結果の論理和を、空転滑走検知部70−1の検知結果として出力する。
【0042】
従って、加速度αが加速度閾値Sα以上であり、且つ、速度差ΔVが速度第1閾値SV1以上の場合には、空転滑走が発生している旨の検知信号が出力される。また、速度差ΔVが速度第2閾値SV2以上の場合にも、空転滑走が発生している旨の検知信号が出力される。これは、速度差ΔVがいくら大きくなっても、加速度αが加速度閾値Sα未満であるが故に空転滑走の発生が検知されない事態を防止するために、速度差ΔVが速度第2閾値SV2以上となった場合には、空転滑走が発生していると判断するものである。故に、速度第2閾値SV2は、速度第1閾値SV1より大きな値に設定される。
これらの速度V、速度差ΔV、加速度αは、空転滑走検知用状態値の一例である。
【0043】
空転滑走検知部70−1の検知信号は、トルク引き下げ指令制御部80−1に出力されるとともに、第1軸の検知情報(第1軸情報)として他軸にも出力される。
なお、基準速度Vmの取得先を図示していないが、基準速度Vmは、運転台から取得した列車速度を基準速度としてもよいし、同一車両の各軸のうちの最低速度を基準速度としてもよいし、所定の従軸の速度を基準速度としてもよい。
【0044】
トルク引き下げ指令制御部80−1は、空転滑走検知部70−1から自軸の空転滑走が発生した旨の検知信号を入力した場合に、制御パラメータ値設定部50−1で設定される引き下げ制御値に従ってトルク引き下げ指令信号を生成する。
【0045】
具体的には、図1に示して説明した通り、空転滑走検知部70−1から自軸の空転滑走が発生した旨の検知信号を入力すると、現在の電動機トルクτeを記憶して、引き下げ速度Wtで、引き下げ量Qt分の電動機トルク(トルク分電流)の引き下げを行わせるための指令信号を生成する。引き下げ量Qt分の電動機トルクの引き下げがなされた後は、保持時間Thの間、電動機トルクτeを保持させ、その後、先に記憶した電動機トルクに向けて、復帰時間Ttをかけて徐々にトルクを引き上げるように、トルクの引き下げ量を低減させる指令信号を生成し、ベクトル演算制御装置90−1に出力する。
【0046】
制御パラメータ値設定部50−1は、他軸において空転滑走の発生が検知されておらず、制御パラメータ値変更期間Pp内でもない場合には、制御パラメータ値を制御パラメータ標準値とし、他軸において空転滑走の発生が検知され、制御パラメータ値変更期間Pp内である場合には、制御パラメータ値を制御パラメータ臨時値に設定変更する。
上述した通り、制御パラメータ値には空転滑走検知閾値と引き下げ制御値とがあり、空転滑走検知閾値には加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2が、引き下げ制御値には引き下げ速度Wt、引き下げ量Qt、保持時間Th、及び復帰時間Ttがある。
【0047】
図4は、制御パラメータ値設定部50−1の具体的なロジック構成を示す図である。
制御パラメータ値設定部50−1は、K算出部51と、タイマー切替器53,54と、乗算器55とを有する。これらの各回路は電子回路として構成されていてもよいし、デジタル演算上の機能ブロックとして構成されていてもよい。後者の場合には、コンピュータプログラムとして構成されるため、制御パラメータ値設定部50−1はプログラムを実行可能なプロセッサーを有して構成される。
【0048】
先ず、空転滑走検知閾値である加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2の設定について説明する。
制御パラメータ値設定部50−1は、加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2それぞれの標準値である加速度標準閾値SαS、速度第1標準閾値SV1S、及び速度第2標準閾値SV2Sを予め記憶しておき、これら標準閾値に乗算器55が係数K(0<K≦1)を乗算することで、加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2を算出・設定する。設定した各閾値は、空転滑走検知部70−1に出力される。従って、制御パラメータ値設定部50−1は、空転滑走検知部70−1による空転滑走の検知用の各閾値を一時的に低減させる閾値低減処理手段と言える。
【0049】
係数Kは、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合にはK=1とされ、検知された場合には、検知されてから時間Tpが経過するまでの制御パラメータ値変更期間Ppの間、K算出部51で算出された値とされる。この切り替えは、タイマー切替器53が行う。
【0050】
K算出部51は、他軸から入力される他軸情報に基づいて、他軸において空転滑走の発生が検知されたか否かを判定し、検知された軸がある場合にはその空転滑走軸と、自軸との位置関係に基づいて係数Kを決定する。
【0051】
図5は、K算出部51が記憶している係数テーブルの構成を説明するための図である。係数テーブルには、力行時(空転時)に適用する力行時用係数テーブル511と、制動時(滑走時)に適用する制動時用係数テーブル512とがあり、現在の走行状態が力行時か制動時かに応じて選択的に適用される。力行時か制動時かの判定は、例えば速度・加速度検出部60−1から速度Vや加速度αを入力して判定することとしてもよいし、運転台から操作信号を取得して判定することとしてもよい。
【0052】
図5に示すように、K算出部51は、現在の走行状態が力行時か制動時かに応じて係数テーブルを選択した上で、空転滑走の発生が検知された軸(検知軸)と自軸との関係から係数Kを求めて決定する。
【0053】
力行時用係数テーブル511に定められる各係数の具体的な数値例を図6に示す。図6(a)が各軸の位置関係を示す図であり、図6(b)が具体的な数値例である。実際の数値は実車実験等によって定められるが、数値の傾向としては図6(b)に示す通りである。すなわち、検知軸と自軸とが同一の台車の場合、検知軸が前方(例えば第1軸)で自軸が後方(例えば第2軸)のケースでは、検知軸が後方(例えば第2軸)で自軸が前方(例えば第1軸)のケースに比べて係数Kが小さい値に設定される(第3軸、第4軸の関係においても同様)。また、検知軸と自軸とが異なる台車の場合も同様に、検知軸が前方(例えば第1軸や第2軸)で自軸が後方(例えば第3軸や第4軸)のケースでは、検知軸が後方(例えば第3軸や第4軸)で自軸が前方(例えば第1軸や第2軸)のケースに比べて係数Kが小さい値に設定される。
【0054】
また、制動時用係数テーブル512に定められる係数Kの傾向は、力行時用係数テーブル511の場合の逆となる。すなわち、検知軸と自軸とが同一の台車の場合、検知軸が前方で自軸が後方のケースでは、検知軸が後方で自軸が前方のケースに比べて係数Kが大きい値に設定される。また、検知軸と自軸とが異なる台車の場合も同様に、検知軸が前方で自軸が後方のケースでは、検知軸が後方で自軸が前方のケースに比べて係数Kが大きい値に設定される。但し、係数Kは1以下である。
【0055】
図4に戻り、制御パラメータ値設定部50−1は、制御パラメータ値変更期間Ppの間、引き下げ制御値も変更する。具体的には、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合には、制御パラメータ標準値を選択し、空転滑走の発生が検知されて以降の制御パラメータ値変更期間Ppの間は制御パラメータ臨時値を選択してトルク引き下げ指令制御部80−1に出力する。図7は、引き下げ制御値に係る制御パラメータ標準値と制御パラメータ臨時値とを示す図である。
【0056】
次に、再粘着制御装置40−1が実行する再粘着制御処理の全体の流れについて図8を参照して説明する。
先ず、再粘着制御装置40−1は、他軸からの検知情報である他軸情報に基づいて、他軸において空転滑走の発生が検知されたか否かを判断する(ステップS2)。検知された場合には(ステップS2:YES)、制御パラメータ値設定部50−1のタイマー切替器53,54に、制御パラメータ値変更期間Ppを計時させるためにタイマーをスタートさせる(ステップS4)。
【0057】
そして、K算出部51が、空転滑走の発生が検知された検知軸と自軸との位置関係に基づいて係数Kを算出・決定し、タイマー切替器53,54による切替選択によって、制御パラメータ値を制御パラメータ臨時値に変更する(ステップS6)。再粘着制御装置40−1は、自軸の空転滑走の発生判定を、この制御パラメータ臨時値に含まれる空転滑走検知閾値を用いて行い(ステップS8)、自軸の空転滑走を検知した場合には(ステップS10:YES)、制御パラメータ臨時値に含まれる引き下げ制御値に基づいてトルク引き下げ・復帰制御を行う(ステップS12)。これらステップS8〜S12の処理を、タイマー切替器53,54がタイマーオフとなるまでの間、すなわち制御パラメータ値変更期間Ppの間実行する。
【0058】
タイマー切替器53,54がタイマーオフとなり(ステップS14:YES)、制御パラメータ値変更期間Ppが経過した場合、タイマー切替器53,54による切替選択を、もとの制御パラメータ標準値に戻し(ステップS16)、再粘着制御装置40−1は処理をステップS2に移行する。
【0059】
一方、ステップS2において、他軸において空転滑走の発生が検知されていなければ(ステップS2:NO)、再粘着制御装置40−1は自軸において空転滑走が発生していないかを判定する(ステップS20)。この判定は、制御パラメータ標準値に含まれる空転滑走検知閾値を用いて行う。空転滑走が発生したことを検知した場合(ステップS22:YES)、再粘着制御装置40−1は、検知した旨を示す情報を他軸に出力する(ステップS24)。そして、制御パラメータ標準値に含まれる引き下げ制御値に基づいてトルク引き下げ・復帰制御を行う(ステップS26)。
【0060】
次に、1C1M制御下で動輪2軸を備える台車モデルでの走行シミュレーションを行った結果を図9に示す。図9は、進行方向前方の軸を第1軸、後方を第2軸とし、t=2秒付近及び3.2秒付近で第1軸に空転を生じさせた場合の第1軸及び第2軸それぞれの電動機トルク及び速度の変化の様子を示す図である。破線が第1軸、実線が第2軸である。
【0061】
t=2.2秒付近及び3.3秒付近で第1軸の空転が検知され、トルク引き下げ・復帰制御が開始されている。一方、第2軸では、第1軸の空転につられるように、t=2.8秒付近から速度差が生じ始め、t=3.1秒付近で空転が検知されている。t=3.1秒付近での第2軸の速度変化と、t=2.2秒付近での第1軸の速度変化とを比べれば分かるように、空転滑走検知閾値は低減されたことで第2軸では早期に空転が検知されている。また、第2軸のトルク引き下げ量や保持時間等も、第1軸のそれと比較して低減されている。
【0062】
第1軸の空転検知によって第2軸の各種の制御パラメータ値が変更されたが、t=3.1秒付近の第2軸の速度の変化を見て分かる通り、第2軸は空転が誘発されつつある初期状態においてトルクが引き下げられたために、早期に再粘着している。すなわち、誘発を効果的に抑制し、牽引力の維持・向上を図ることができたと言える。
【0063】
以上の通り、第1実施例によれば、他軸において空転滑走の発生が検知された場合、自軸の空転滑走検知閾値である加速度閾値Sα、速度第1閾値SV1、及び速度第2閾値SV2が制御パラメータ値変更期間Ppの間、一時的に低減される。他軸で空転滑走の発生が検知された場合には、自軸でも空転滑走が誘発されつつある状態にある場合もある。従って、自軸の空転滑走検知閾値を一時的に低減させることで、自軸での空転滑走の誘発が起こりつつある状態をより早期に捉え、早期にトルク分電流の引き下げ制御を行うことで、自軸での空転滑走の誘発を効果的に抑制することが可能となる。
【0064】
また、空転滑走の発生が検知された他軸と、その時点では未だ検知されていない自軸との位置関係に応じて、空転滑走検知閾値の低減量が変更される。他軸で空転滑走の発生が検知されてトルク分電流が低減されると、台車ピッチングや軸重移動等が生じるため、自軸に対するその影響を、他軸と自軸との位置関係に応じて適切に推し量り、閾値の低減量を適切に変更することが可能となる。
【0065】
また、他軸において空転滑走の発生が検知されて、自軸の空転滑走検知閾値が低減された状態下(制御パラメータ値変更期間Pp中)で自軸にも空転滑走の発生が検知された場合には、トルク引き下げ・復帰制御に係る引き下げ制御値を低減させてトルク引き下げ・復帰制御を行う。空転滑走検知閾値を低減させた状態で空転滑走の発生を検知したということは、いわば空転滑走の誘発が起こりつつある状態を検知したに過ぎない。そこで、制御パラメータ値変更期間Ppの間は、トルク引き下げ・復帰制御に係る引き下げ量Qt、保持時間Th、復帰時間Ttを低減させ、引き下げ速度Wtを上昇させることで、通常時の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法でトルク分電流の引き下げ制御を行うのである。
【0066】
なお、第1実施例において説明した再粘着制御に係る制御パラメータ値は一例であり、他の制御パラメータ値を含めることとしてもよい。また、変更対象とする制御パラメータ値を、第1実施例において説明した一部の制御パラメータ値(例えば空転滑走検知閾値について加速度閾値Sαと速度第1閾値SV1、引き下げ制御値については引き下げ量Qtと保持時間h)を変更対象としてもよい。
【0067】
また、第1実施例では、空転滑走の発生が検知された検知軸と自軸との関係が同一車両内であることを想定して係数Kの決定方法を説明したが、別車両である場合にも同様に適用可能である。例えば、検知軸と自軸とが同一車両内である場合には、図5の係数テーブルに従って係数Kを決定することとし、別車両である場合には、図10の係数テーブルに従って係数Kを決定する。図10においては、第1車両〜第3車両の3両編成としているが、4両以上であってもよい。また、検知軸の車両と自軸の車両とが2両以上離れている場合には係数Kを変化させない(K=1のまま)としてもよい。
【0068】
また、検知軸と自軸との位置関係それぞれに対応する制御パラメータ臨時値を予め定めておき、それを利用することとしてもよい。具体的には、他軸において空転滑走の発生が検知されていない場合には図11(a)の制御パラメータ標準値を用いて再粘着制御を実行する。そして、他軸において空転滑走の発生が検知された場合には、図10(b)に示すように検知軸と自軸との位置関係それぞれに対応して予め定めた制御パラメータ臨時値の中から、検知軸と自軸との位置関係に応じた制御パラメータ臨時値を選択して再粘着制御を実行する。
【0069】
また、第1実施例を1台のインバータが1台の電動機を駆動制御する1C1M方式として説明したが、1台のインバータが複数台の電動機を駆動制御する1C2M方式等にも本発明を適用することができる。その場合には、空転滑走の発生が検知された検知軸と自軸とが同じインバータで制御しているか否かに応じて制御パラメータ値の変更量を変えればよい。ただし、変更する制御パラメータ値は最終的には実験段階や設計段階で定まることであり、基本的な発明思想としては上述した第1実施例と同様である。
【0070】
<第2実施例>
図12は、第2実施例の回路ブロック図である。第1実施例との違いは、各軸同士で出力/入力する情報が空転滑走の検知情報ではなく、速度・加速度検出部が出力する速度V及び加速度αの情報となり、各軸それぞれで他軸の空転滑走の発生を検知するようにしたことである。従って、再粘着制御装置40−1は、他軸情報に基づいて他軸における空転滑走の発生を検知する空転滑走検知部45−1を新たに有している。
【0071】
<第3実施例>
図13は、第3実施例の回路ブロック図である。第3実施例は、各軸の制御装置を統括して制御する上位装置として、統括制御装置がある場合の実施例である。統括制御装置300は、電動車或いは編成を一括して管理・制御する装置であり、統括再粘着制御部700を有して構成される。
【0072】
統括再粘着制御部700は、各軸のPG信号を入力して各軸の空転滑走の発生を検知するとともに、各軸のトルク引き下げ・復帰制御を行い、トルク引き下げ指令信号を生成して各軸の制御装置30(30−1,30−2,・・・)に出力する。
また、統括再粘着制御部700は、各軸それぞれについて図2の制御パラメータ値設定部、空転滑走検知部及びトルク引き下げ指令制御部に相当する回路ブロックを有し、各軸について図8の再粘着制御処理と同様の処理を並行して実行することで、各軸の再粘着制御を一括して行う。
【0073】
[変形例]
以上、本発明を適用した実施形態を説明したが、本発明が適用可能な実施形態はこれらに限られるわけではない。
例えば、電気車への適用について説明したが、内燃機関で発電した電力で電動機を駆動して走行する電気式機関車等に適用できることは勿論である。
また、1車両が有する軸数を「4」として図示及び説明したが、「6」や「8」としてもよい。
【0074】
また、上述した実施形態では、PG信号をもとに速度及び加速度を検出することとして説明した。しかし、速度センサレスベクトル制御の技術を適用して、パルスジェネレータ等の速度センサを不要として速度及び加速度を検出することとしてもよい。具体的には、速度・加速度検出部60は、電動機10に供給される電動機電流・電圧から回転速度を推定することで、軸速度Vを検出(推定)し、更に加速度αを検出(推定)することとしてもよい。
【0075】
(再粘着制御装置の回路ブロックの変形例)
上述した実施形態では、再粘着制御に係る制御パラメータ値を、制御パラメータ標準値と制御パラメータ臨時値とのどちらにするか切り替えることとして説明した。しかし、空転滑走検知部及びトルク引き下げ指令制御部を2系統(2組)用意し、一方を制御パラメータ標準値に設定し、他方を制御パラメータ臨時値に設定して、2系統(2組)を切り替える回路構成としてもよい。上述した第1実施例を、この回路構成に変更した変形例を図14に示す。
【0076】
図14において、第1軸に係る主回路は、制御パラメータ標準値が設定された空転滑走検知部70A−1及びトルク引き下げ指令制御部80A−1を有する標準系統A−1と、制御パラメータ臨時値が設定された空転滑走検知部70B−1及びトルク引き下げ指令制御部80B−1を有する臨時系統B−1と、切替部65−1とを備える。切替部65−1は、他軸情報に基づいて標準系統A−1と臨時系統B−1とを切り替える。従って、他軸情報が入力されていない場合には制御パラメータ標準値に従った空転滑走検知及びトルク引き下げ・復帰制御が行われ、他軸情報が入力された場合には制御パラメータ臨時値に従った空転滑走検知及びトルク引き下げ・復帰制御が行われる。
第1実施例に適用した場合を説明したが、勿論、第2実施例、第3実施例についても同様に適用可能である。
【0077】
(空転滑走検知用状態値)
上述した実施形態では、空転滑走検知用状態値として速度V及び加速度αを利用することとして説明したが、更にジャークJを利用することとしてもよい。
図15は、ジャークを利用した場合の空転滑走検知部のロジック構成の一例を示す図である。図3のロジック構成に対して、比較器701を追加し、論理積回路75を論理積回路702に、論理和回路76を論理和回路703に置き換えた構成である。
ジャークJは、速度・加速度検出部60−1が、検出した加速度αを更に微分することで求める。比較器701は、速度・加速度検出部60−1により検出されたジャークJをジャーク閾値SJと比較する。そして、ジャークJがジャーク閾値SJ以上の場合にH信号、未満の場合にL信号を出力する。論理積回路702は、比較器701,72,73の比較結果の論理積を演算して論理和回路703に出力する。
【0078】
(空転滑走検知)
上述した実施形態では、空転滑走の判定を唯一の判定として説明した。しかし、確実に空転滑走した状態にあると判定する前の、予備的(予兆的)な状態を判定し、多段階に空転滑走の状態を検知することとしてもよい。例えば、空転滑走検知部のロジック構成を図16に示すように構成してもよい。図16のロジック構成は、図15のロジック構成に加えて、比較器701と比較器72の比較結果の論理和を演算して1次検知結果として出力する論理和回路704を追加した構成である。図16のロジック構成によれば、自軸ジャークJ或いは自軸加速度αが所定の閾値以上となったことを1次検知し、1次検知結果として出力する。この1次検知結果を、上述した第1軸〜第4軸の軸情報として用いる。すなわち、例えば、図2において、第2軸〜第4軸の何れかで1次検知がなされた場合には、制御パラメータ値を制御パラメータ臨時値に変更するのである。こうすることで、他軸が空転滑走の予備的(予兆的)な状態になった場合には、自軸の再粘着制御が敏感な制御になり、空転滑走の誘発が一層抑制され得る。尚、第2実施例、第3実施例に同様に適用できることは勿論である。
【符号の説明】
【0079】
10−1 電動機
20−1 インバータ
30−1 制御装置
40−1 再粘着制御装置
50−1 制御パラメータ値設定部
70−1 空転滑走検知部
80−1 トルク引き下げ指令制御部
90−1 ベクトル演算制御装置
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御方法であって、
第1の動軸について前記検知処理を行う第1の検知処理ステップと、
第2の動軸について前記検知処理を行う第2の検知処理ステップと、
を含み、更に、
前記第1の検知処理ステップで検知がなされた場合に、前記第2の検知処理ステップの検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理ステップ、
を含む電動機制御方法。
【請求項2】
前記第1の動軸と前記第2の動軸との位置関係に応じて、前記閾値低減処理ステップでの前記閾値の低減量を変更する低減量変更ステップを更に含む、
請求項1に記載の電動機制御方法。
【請求項3】
前記低減量変更ステップは、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが同一車両内である場合に、(1)同一台車内であるときには当該台車内の位置関係、(2)異なる台車であるときには当該台車の位置関係、に応じて前記閾値の低減量を変更する、
請求項2に記載の電動機制御方法。
【請求項4】
前記低減量変更ステップは、更に、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが異なる車両である場合に、当該車両の位置関係に応じて前記閾値の低減量を変更する、
請求項3に記載の電動機制御方法。
【請求項5】
前記第2の検知処理ステップにおいて前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減された検知処理を行って検知がなされた場合、前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げる引き下げ制御ステップを更に含む、
請求項1〜4の何れか一項に記載の電動機制御方法。
【請求項6】
前記引き下げ制御ステップは、(1)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ量よりも少ない引き下げ量、(2)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ速度よりも速い引き下げ速度、(3)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ時保持時間よりも短い保持時間、(4)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ後復帰時間よりも短い復帰時間、のうちの少なくとも1つを含む引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げることを含む、
請求項5に記載の電動機制御方法。
【請求項7】
動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御装置であって、
第1の動軸について前記検知処理を行う第1の検知処理手段と、
第2の動軸について前記検知処理を行う第2の検知処理手段と、
前記第1の検知処理手段で検知がなされた場合に、前記第2の検知処理手段での検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理手段と、
を備えた電動機制御装置。
【請求項1】
動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御方法であって、
第1の動軸について前記検知処理を行う第1の検知処理ステップと、
第2の動軸について前記検知処理を行う第2の検知処理ステップと、
を含み、更に、
前記第1の検知処理ステップで検知がなされた場合に、前記第2の検知処理ステップの検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理ステップ、
を含む電動機制御方法。
【請求項2】
前記第1の動軸と前記第2の動軸との位置関係に応じて、前記閾値低減処理ステップでの前記閾値の低減量を変更する低減量変更ステップを更に含む、
請求項1に記載の電動機制御方法。
【請求項3】
前記低減量変更ステップは、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが同一車両内である場合に、(1)同一台車内であるときには当該台車内の位置関係、(2)異なる台車であるときには当該台車の位置関係、に応じて前記閾値の低減量を変更する、
請求項2に記載の電動機制御方法。
【請求項4】
前記低減量変更ステップは、更に、前記第1の動軸と前記第2の動軸とが異なる車両である場合に、当該車両の位置関係に応じて前記閾値の低減量を変更する、
請求項3に記載の電動機制御方法。
【請求項5】
前記第2の検知処理ステップにおいて前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減された検知処理を行って検知がなされた場合、前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ制御方法とは異なる引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げる引き下げ制御ステップを更に含む、
請求項1〜4の何れか一項に記載の電動機制御方法。
【請求項6】
前記引き下げ制御ステップは、(1)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ量よりも少ない引き下げ量、(2)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ速度よりも速い引き下げ速度、(3)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ時保持時間よりも短い保持時間、(4)前記閾値低減処理ステップにより前記閾値が低減されていない検知処理で検知された際の引き下げ後復帰時間よりも短い復帰時間、のうちの少なくとも1つを含む引き下げ制御方法で前記第2の動軸に係るトルク分電流を引き下げることを含む、
請求項5に記載の電動機制御方法。
【請求項7】
動軸の空転滑走検知用状態値を所与の閾値と比較して空転滑走を検知する検知処理を行い、空転滑走が発生した動軸のトルク分電流を引き下げる制御を行う電動機制御装置であって、
第1の動軸について前記検知処理を行う第1の検知処理手段と、
第2の動軸について前記検知処理を行う第2の検知処理手段と、
前記第1の検知処理手段で検知がなされた場合に、前記第2の検知処理手段での検知処理を、前記閾値を一時的に低減させた検知処理として行わせる閾値低減処理手段と、
を備えた電動機制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2012−34456(P2012−34456A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−170134(P2010−170134)
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【出願人】(000173784)公益財団法人鉄道総合技術研究所 (1,666)
【Fターム(参考)】
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