説明

電子分光分析装置及び電子分光分析方法

【課題】層界面領域に達する前に、照射面の層界面領域への近接を検出することが可能な電子分光分析方法を提供する。
【解決手段】試料に電子を励起させる励起線を照射し、試料から放出され、第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定し、試料から第1の電子とともに放出され、第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、前記第2の層が前記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギー(Ek(Si2s)、Ek(Si2p))よりも低い第2の運動エネルギー(Ek(1)、Ek(2)、Ek(3))を有する第2の電子の信号強度を測定し、第2の電子の信号強度の変化度合いが所定のレベルに達したときは、試料の分析条件を変更する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料の深度方向の分析が可能な電子分光分析装置及び電子分光分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面分析の一に電子分光分析がある。電子分光分析では、試料に、X線、紫外線、電子、イオン等の励起線を照射し、放出された電子の運動エネルギーをアナライザにより測定することにより、試料表面に存在する原子の核種及び結合状態の情報を得ることが可能である。電子分光分析には、X線光電子分光法(XPS:X-ray photoelectron spectroscopy)、オージェ電子分光法(AES:Auger electron spectroscopy)、電子エネルギー損失分光法(EELS:electron energy-loss spectroscopy)、ペニングイオン化電子分光法等がある。
【0003】
これらの電子分光分析では、試料表面のうち、励起線が照射された箇所(照射面)の原子から放出された光電子を測定するため、分析対象は試料の表面に限られる。そのため、イオンスパッタリング、グロー放電等のスパッタ手段により試料表面をスパッタして新たな照射面を形成し、励起線を照射して測定することが行われる。スパッタと測定を交互に繰り返すことで試料の深度方向に(掘り下げながら)分析することが可能となる。
【0004】
ここで、試料の深度方向に、均一にサンプリングすることが必ずしも効率的ではない場合がある。例えば、基板上に2層が積層されている試料について、2層の界面(層界面)領域を分析する場合、試料の、層界面から遠い領域(バルク領域)の分析は重要とはならない。バルク領域ではサンプリング密度を粗く、層界面領域ではサンプリング密度を密にすることができれば効率的な分析が可能である。このことから、分析をしつつ、照射面が試料の層界面領域に達する前にその近接を検出し、分析条件(スパッタ条件及び測定条件)を変更することが可能な分析手段が望まれる。
【0005】
特許文献1には、試料の深さ方向組成分析方式が開示されている。この分析方式は、複数層からなる試料を、スパッタリングと電子ビームの照射により発生するオージェ電子の信号強度(数)との繰り返しによって深さ方向に(掘り下げながら)分析するものである。試料に照射された電子ビームによって、試料から発生するオージェ電子は層毎に所定のエネルギーを有して発生する。エネルギーに対する信号強度は層毎のピークを有する。層毎のピーク近傍の狭いエネルギーウインドウを設定し、ウインドウ領域内に入るエネルギーを有するオージェ電子の信号強度(数)を測定する。狭いエネルギーウインドウを設定することによって測定の効率化が図られている。そして試料各層から得られる信号強度に対してスレッシュホールドレベルを設定し、信号強度がスレッシュホールドに達した際に層界面であると判定する。この判定結果に基いてスパッタリング時間(サンプリング密度に相当)を変更する。
【特許文献1】特開平2−108949号公報([実施例]、第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の分析方式は、上述のように、信号強度ピーク近傍の狭いエネルギーウインドウ領域内に入るエネルギーを有するオージェ電子の信号強度を測定する。信号強度ピークは、オージェ電子分光の原理上、試料表面に存在する原子から放出された電子が同程度のエネルギーを有することに起因する。(試料内部に存在する原子から放出された電子はエネルギーを損失しているため、ピーク位置からずれる。)
【0007】
しかしながら、当該分析方式では、スパッタリングにより形成された試料表面の浅部から得られる情報に基づき層界面を判定している。従って、スパッタにより形成される試料表面(照射面)が(層界面の情報を持つ領域である)層界面領域に到達しなければ、層界面を検出することはできない。換言すれば、照射面が層界面に十分接近しなければ、層界面を検出することができない。
【0008】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、スパッタにより形成される照射面が層界面領域に達する前に、照射面の層界面領域への近接を検出し、分析条件を変更することが可能な電子分光分析装置及び電子分光分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一形態に係る電子分光分析方法は、第1の層と第2の層との積層構造を有する試料を準備することを含む。
上記試料は、電子を励起させる励起線を照射される。
上記試料は、上記試料から放出され、上記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記試料から上記第1の電子とともに放出され、上記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、上記第2の層が上記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記第1の層側の表面をスパッタされる。
上記試料は、上記励起線を照射され、上記第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料の分析条件は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いが所定のレベルに達したときは変更される。
【0010】
本発明の別の形態に係る電子分光分析方法は、第1の層と第2の層との積層構造を有する材料既知の試料を準備することを含む。
上記試料は、電子を励起させる励起線を照射される。
上記試料は、上記試料から放出され、上記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記試料から上記第1の電子とともに放出され、上記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、上記第2の層が上記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記第1の層側の表面をスパッタされる。
上記試料は、上記励起線を照射され、上記第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料の残存膜厚は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いに基づいて取得される。
【0011】
本発明の別の形態に係る電子分光分析装置は、支持台と、励起線源と、スパッタ手段と、測定手段と、制御手段とを具備する。
上記支持台は、試料を支持する。
上記励起線源は、支持台に支持された試料の表面に電子を励起させる励起線を照射する。
上記スパッタ手段は、上記支持台に支持された試料の表面をスパッタする。
上記測定手段は、上記表面から放出され、上記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度と、上記表面から上記第1の電子とともに放出され、上記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、上記第2の層が上記表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度とをそれぞれ測定する。
上記制御手段は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いを検出し、上記変化度合いが所定のレベルに達したときに上記試料の分析条件を変更する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る電子分光分析方法は、第1の層と第2の層との積層構造を有する試料を準備することを含む。
上記試料は、電子を励起させる励起線を照射される。
上記試料は、上記試料から放出され、上記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記試料から上記第1の電子とともに放出され、上記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、上記第2の層が上記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記第1の層側の表面をスパッタされる。
上記試料は、上記励起線を照射され、上記第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料の分析条件は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いが所定のレベルに達したときは変更される。
【0013】
上記第1の電子は、上記第1の層の表面の原子から放出され、ある運動エネルギーを有する。上記第2の電子は上記第2の層の内部の原子から放出され、試料の表面に到達するまでに、試料中の他の原子による多重散乱を受ける。その結果、多重散乱を受けない場合(第2の電子が試料表面から放出された場合)に比べ、その有する運動エネルギーが減衰する。
上記第1の電子の信号強度は、スパッタにより表面(照射面)が上記第1の層と上記第2の層との界面(層界面)領域に接近しても原理的に変化しない。それに対し上記第2の電子の信号強度は、スパッタにより表面が層界面領域に接近すると増加する。これは、第2の電子を放出する原子と試料表面との距離が小さくなって多重散乱させる原子の数が減少し、その有する運動エネルギーの減衰量が小さくなるためである。これは、多重散乱を受けない電子の運動エネルギー(上記第1の運動エネルギー)より小さい運動エネルギー(上記第2の運動エネルギー)を有する電子の信号強度(個数)の増加に相当する。
これにより、上記第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度の変化度合いから、照射面が層界面領域に達する前に照射面の層界面領域への近接を検出し、分析条件を変更することが可能である。
【0014】
なお、上記試料の第1の層と第2の層のうち、スパッタされる側の層が第1の層である。励起線は、第1の層及び第2の層の何れの側から照射されてもよい。
【0015】
上記第2の運動エネルギーは、上記第1の運動エネルギーよりも30〜500eV低い領域の運動エネルギーであってもよい。
【0016】
従来の、多重散乱を受けない電子の信号強度を測定する場合、ピークを与える上記第1の運動エネルギー領域が着目され、第1の運動エネルギーよりも30〜500eV低い運動エネルギー領域は測定範囲外である場合が多い。本発明では、多重散乱により減衰された当該領域の運動エネルギー(第2の運動エネルギー)の変化を追跡することで照射面の層界面領域への近接を検出することが可能である。
【0017】
上記試料の表面をスパッタする工程は、上記試料の表面をスパッタする深度を規定するスパッタ条件に従ってスパッタする工程を含んでもよい。
上記分析条件を変更する工程は、上記スパッタ条件を変更する工程を含んでもよい。
【0018】
電子の運動エネルギー測定の間に行われるスパッタは、スパッタにより除去される試料の厚さ(スパッタ厚)が次回の励起線の照射面までの距離となるため、スパッタにより形成される各照射面の間隔は、サンプリング密度の粗密に相当する。スパッタ厚は、スパッタ条件により制御することが可能であり、照射面の層界面領域への近接の検出を受けてスパッタ条件を変更することによって、層界面領域への到達前にサンプリング密度の粗密を変更することが可能である。
【0019】
上記試料の表面をスパッタする工程は、イオン源から引き出され加速されたイオンを上記試料の表面に照射することで上記試料の表面をスパッタするイオンスパッタリング工程を含んでもよい。
上記スパッタ条件を変更する工程は、上記イオンスパッタリングの条件を変更する工程を含んでもよい。
【0020】
イオンスパッタリングでは、イオンの照射時間、イオンの種類、イオンのビーム強度等の各種イオンスパッタリングの条件を変更することにより、スパッタ厚を変更することが可能である。
【0021】
上記イオンスパッタリングの条件は、上記イオンの照射時間であってもよい。
【0022】
電子の運動エネルギー測定の間に行われるイオンスパッタリングにおいて、その照射時間により、スパッタ厚を規定することが可能である。各イオンスパッタリングで、バルク領域ではイオンの照射時間を長くし、層界面領域ではイオンの照射時間を短くすることにより、照射面の間隔すなわちサンプリング密度を調節することが可能である。
【0023】
上記イオンスパッタリングの条件は、上記イオンの種類であってもよい。
【0024】
単位時間当たりのスパッタ厚(スパッタ速度)は、照射されるイオンの種類に依存する。イオンの種類を変更することで、スパッタ厚を規定することが可能である。特に、上記第1の層と上記第2の層の被スパッタ特性が異なる(有機物と無機物等)場合、照射面が層界面に到達する前にイオン種を変更することは有効である。
【0025】
上記イオンスパッタリングの条件は、上記イオンのビーム強度であってもよい。
【0026】
スパッタ速度は、イオンの加速電圧等によって制御されるビーム強度に依存する。
【0027】
上記分析条件を変更する工程は、上記試料中の不純物に由来する第3の電子の信号強度を測定する工程を含んでもよい。
【0028】
照射面の層界面領域への近接を検出した後、分析条件の内、スパッタ条件を変更することにより、サンプリング密度を変更することが可能である。一般的に、試料の層界面に不純物が存在し、あるいは層界面の清浄度が特に重要である場合が多い。このため、照射面が層界面領域に到達する前にサンプリング密度を上げることは有効である。また、照射面の層界面領域への近接を検出した後、分析条件の内、測定条件(後述するアナライザへの印加電圧範囲等)を変更し、不純物の検出が可能な測定条件(ワイドレンジ等)とすることも可能である。例えば、バルク領域では不純物を検出可能な測定条件とはせず、層界面領域でのみ検出可能な測定条件とすることで、効率的な分析が可能となる。
【0029】
本発明の別の実施形態に係る電子分光分析方法は、第1の層と第2の層との積層構造を有する材料既知の試料を準備することを含む。
上記試料は、電子を励起させる励起線を照射される。
上記試料は、上記試料から放出され、上記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記試料から上記第1の電子とともに放出され、上記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、上記第2の層が上記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料は、上記第1の層側の表面をスパッタされる。
上記試料は、上記励起線を照射され、上記第2の電子の信号強度を測定される。
上記試料の残存膜厚は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いに基づいて取得される。
【0030】
多重散乱により減衰された第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度は、放出された原子から試料表面までの間(第1の層)に存在する、多重散乱を発生させる原子の量に依存する。よって、スパッタの進行に伴い増加する第2の電子の信号強度の変化度合いから、スパッタにより形成された表面(照射面)から層界面までの第1の層の厚さ(残存膜厚)を取得することが可能である。
【0031】
上記電子分光分析は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いと上記試料の残存膜厚との関係を示す参照テーブルをあらかじめ取得することを含んでもよい。
上記試料の残存膜厚を取得する工程は、上記テーブルに基づいて上記試料の残存膜厚を特定する工程を含んでもよい。
【0032】
予め取得された、第2の電子の信号強度の変化度合いと第1の層の残存膜厚との相関を示す参照データと比較することにより、測定により得られた第2の電子の信号強度の変化度合いから、残存膜厚を特定することが可能である。
【0033】
本発明の別の実施形態に係る電子分光分析装置は、支持台と、励起線源と、スパッタ手段と、測定手段と、制御手段とを具備する。
上記支持台は、試料を支持する。
上記励起線源は、支持台に支持された試料の表面に電子を励起させる励起線を照射する。
上記スパッタ手段は、上記支持台に支持された試料の表面をスパッタする。
上記測定手段は、上記表面から放出され、上記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度と、上記表面から上記第1の電子とともに放出され、上記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、上記第2の層が上記表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度とをそれぞれ測定する。
上記制御手段は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いを検出し、上記変化度合いが所定のレベルに達したときに上記試料の分析条件を変更する。
【0034】
上記制御手段は、上記第2の電子の信号強度の変化度合いと上記試料の残存膜厚との関係を示す参照テーブルを記憶する記憶部を有し、上記測定手段により測定された上記第2の電子の信号強度の変化度合いと上記参照テーブルに基づいて上記試料の残存膜厚を特定してもよい。
【0035】
以下、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
【0036】
図1は、本実施形態に係る分析装置1を示す模式図である。
本実施形態に係る分析装置1は、真空室2と、X線源3と、アナライザ4と、イオン源5と、制御部6とを有する。X線源3、アナライザ4及びイオン源5は真空室2に取り付けられ、また、それぞれが配線11で制御部6と接続されている。
真空室2の室内には、試料Aがセットされている。
【0037】
真空室2は、その室内で分析が可能となるように室内を真空に維持する。真空室2には、図示しない排気手段と試料搬送機構が設けられている。電子分光分析は、一般的に非常に真空度が高い真空(10−8Pa程度)中で分析が行われるため、そのような真空を維持可能に構成される。真空室2は、試料を支持する支持台10を有する。
【0038】
X線源(励起線源)3は、試料に電子を放出させる励起線であるX線を照射する。X線源3は、Al等を陽極材とする陽極と、フィラメント状の陰極とから構成される。陽極に電圧を印加し、陰極を加熱することにより発生する熱電子を衝突させることにより、Al原子中の電子遷移によるX線が発生する。このX線は、陽極材の原子構造に依存するエネルギーを持つ特性X線である。本実施形態に係るX線源3ではAlKα線(Al原子核のK殻電子が放出され、L殻の電子が遷移する際に発生するX線)を用いる。X線源3は、X線の経路上にX線の波長を均一とするX線単色化機構を備えてもよい。X線源3の構成はこれに限られず、他の形態のX線源を用いてもよい。
【0039】
アナライザ4は、試料から放出された電子の運動エネルギーを測定する。アナライザ4は、静電半球型の電子分光器であり、静電レンズ7、分光路8、検出素子9を有する。静電レンズ7は、離間して配置された電極間に印加された電圧により電場を発生させ、電極間を飛翔する電子を減速させる。分光路8は、半球殻状に形成され、電場を発生させて、静電レンズ7によって減速された電子の軌道を曲げる。検出素子9は到達した電子をシンチレータにより励起発光に変換し、電子の信号強度(数)を計測する。検出素子9として、到達位置(運動エネルギー)が異なる電子を同時に測定できるマルチチャンネルプレート(多重検出器)を用いてもよい。アナライザ4は、ここで示した構成のものに限られない。
【0040】
アナライザ4の、試料表面に対する配向角度(検出角)は特に限定されず、90°、45°、30°等、装置構成に応じて適宜選択できる。検出角に応じて信号強度は異なるが、検出角の違いは分析の結果に大きな影響を与えない。
【0041】
運動エネルギーを持って飛翔する電子は、静電レンズ7によって減速され、分光路8によって特定範囲の運動エネルギーを持つもののみが検出素子9に到達し、計側される。
静電レンズ7に印加される電圧により、計測対象とする電子の運動エネルギーが規定される。検出素子9がシングルチャンネルである場合は、静電レンズ7に印加する電圧を連続的あるいは断続的に走査し、種々の運動エネルギーを有する電子が計数される。検出素子9がマルチチャンネルである場合は、電圧を走査せずに種々の運動エネルギーを有する電子を計数することが可能である。
【0042】
イオン源5(スパッタ手段)は、試料にイオンビームを照射し、試料の表面をスパッタする。イオン源5は、供給されたArガスに電子を衝突させ、発生したArガスを加速及び収束させて照射する電子衝撃型イオン銃である。
イオン種はArに限られず、C60、ガスクラスター等とすることも可能である。また、イオン源5は、電子衝撃型に限られず、異なる原理のものであってもよい。また、イオン源が複数あってもよい。
【0043】
制御部6は、特定の分析条件に基づいてX線源3、アナライザ4及びイオン源5を制御する。分析条件は、X線源3に係るイオン種、イオン加速電圧、イオン照射時間等、アナライザ4に印加される電圧走査範囲等、イオン源5に係るイオン種、イオン加速電圧、イオン照射時間等であり、詳細は後述する。制御部6は、これらの制御を可能とする演算処理部、情報記憶部等を備える。
【0044】
図2は試料Aを示す斜視図である。
試料Aは、Siからなる基板A1(第2の層)上にSiOからなる薄膜A2(第1の層)が積層されたものである。試料は、このような構成のものに限られず、真空中で固相であり、層によって異なる原子を含む層が積層されたものであれば測定対象となり得る。層数も2層に限られない。
【0045】
次に、このように構成された分析装置1の動作を説明する。
【0046】
真空室2内に試料Aがセットされ、真空室2内の圧力が調節される。試料Aは薄膜A2が表側(X線源3、アナライザ4、イオン源5に面する側)となるように配置される。なお、X線源3は、基板A1に面する側に配置されていてもよい。
【0047】
次に、試料Aの分析が行われる。分析では、スパッタと電子の運動エネルギーの測定とが交互に実施される。
図3は分析の様子を示す模式図である。
図3(A)に示すように、試料Aの表面にX線源3からX線xが照射されると、試料Aから光電子(光のエネルギーによって固体中から光電効果により放出された電子を特に光電子と呼ぶ)eが放出され、その運動エネルギーがアナライザ4により測定される。
次に、図3(B)に示すように、イオン源5から照射されるイオンビームiにより試料Aの表面がスパッタされ、新たな表面が形成される。
以降、光電子の運動エネルギーの測定とスパッタが交互に繰り返されることにより、試料Aの表面が掘り下げられていき、試料Aの深度方向の分析が行われる。
【0048】
光電子の運動エネルギー測定について詳述する。
X線源3が試料Aの表面にエネルギーhνを有するX線を照射する(h:プランク定数、ν:振動数)。試料Aの表面のうち、X線の照射を受ける領域を照射面とする。
【0049】
照射面に存在する原子中の電子は光電効果により光電子として原子から放出される。光電子は、光エネルギーhνから結合エネルギーEb及び仕事関数Wを減じた運動エネルギーEk(Ek=hν−Eb−W)をもって放出される。結合エネルギーEbは、光電子が捕獲されていた原子の状態において、原子の核種及び電子状態に依存し、同一の核種であっても、結合状態が異なれば異なる値をとる。仕事関数W、光エネルギーhνは既知であるので、運動エネルギーEkを測定すれば、測定対象原子の核種及び電子状態がわかる。
【0050】
アナライザ4は、放出された光電子を測定する。測定により、特定の運動エネルギーを有する光電子の信号強度(光電子強度)が計測される。上述のように、測定対象の運動エネルギーは、静電レンズ7に印加される電圧により規定されるが、この電圧を走査することにより、(印加電圧から導出される)運動エネルギーに対する光電子強度のプロット(光電子スペクトル)が得られる。
【0051】
図4は、試料Aを測定した場合の光電子スペクトルの例である。
光電子スペクトルの横軸は光電子の運動エネルギーである。運動エネルギーは上述のように原子の核種及び電子状態によって決まる。縦軸は光電子強度(数)であり、原子の数密度に依存する。
【0052】
この光電子スペクトルは3つのピークと、これらのピークの低運動エネルギー側に位置するバックグラウンドを有する。
3つのピークは、薄膜A2の照射面に存在するSiOのSi2p(Si原子の2p電子軌道を意味する。以下、同)、Si2s及びO1sに帰属するピークである。これらのピークをとる運動エネルギーをEk(Si2p)、Ek(Si2s)、Ek(O1s)とする。実際の測定では、不純物や未反応物のピークが得られる場合があるがここでは省略した。
【0053】
バックグラウンドは、基板A1中のSi原子に由来する。これらの原子から放出された光電子は、試料Aの表面に達するまでに他の原子に衝突して多重散乱を起こし、運動エネルギーが減衰される。光電子強度がバックグラウンドを示す運動エネルギーから3点を抽出し、小さい順にEk(1)、Ek(2)、Ek(3)とする。
【0054】
Ek(Si2p)、Ek(Si2s)、Ek(O1s)に相当する、薄膜A2の表面(照射面)に存在する原子から放出された光電子が有する多重散乱を受けていない運動エネルギーが第1の運動エネルギーである。Ek(1)、Ek(2)、Ek(3)を含む、基板A1中に存在する原子から放出された光電子が有する多重散乱を受けた運動エネルギーが第2の運動エネルギーである。第2の運動エネルギーに相当する運動エネルギーの範囲は、試料の構成によって異なる。
【0055】
ピークを与える、減衰されていない運動エネルギーを有する光電子は照射面、試料Aの浅部に位置する原子から放出された電子であるため、通常、電子分光分析は、表面分析として利用される。
【0056】
アナライザ4の、試料表面に対する配向角度(検出角)は特に限定されず、90°、45°、30°等、装置構成に応じて適宜選択できる。検出角が異なっていても、第2の運動エネルギーに相当する運動エネルギーの範囲の信号強度はスパッタの進行に伴って同様な傾向で変化する。後述する強度変化率は検出角によって異なるが、検出角に応じて適宜変化率は定められる。
【0057】
スパッタについて詳述する。
イオン源5から照射されるイオンビームにより、試料Aの表面がスパッタされる。
スパッタ速度、スパッタ厚は、試料の材質、照射されるイオン種に依存し、イオン加速電圧、イオン照射時間により制御される。
【0058】
上述したように、電子分光分析は表面分析であるため、電子の運動エネルギー測定の間に実施されるスパッタ(一度のスパッタ)の深さはサンプリング密度であり、分析目的に合わせて調節されることが好適である。例えば、試料の層界面を重点的に分析する場合、薄膜A2の層界面から遠い領域(バルク領域)では一度のスパッタの深さを大きくし、層界面に近い領域(層界面領域)では一度のスパッタの深さを小さくすることができれば、分析に要する時間その他コストを抑制することが可能である。
【0059】
このためには、スパッタにより新たに形成される試料表面(照射面)が層界面領域に近接したことが検出されなければならない。
以下、この点について説明する。
【0060】
図5は、試料Aを測定した場合の光電子スペクトルの、残存膜厚による変化の様子を示す例である。残存膜厚は、スパッタにより新たに形成された試料Aの薄膜A2の表面から、層界面までの距離である。
図5は、試料Aの表面から、一定深度ずつスパッタし、それぞれのスパッタされた試料Aの表面について測定された光電子の運動エネルギーをプロットしたものである。T〜Tは残存膜厚を示し、T<T<T<Tである。TからTへ残存膜厚が減少(スパッタが進行)するに従い、ピークの値(波形)は不変であるのに対し、バックグラウンドの値は矢印で示すように増加する。
【0061】
ピークは、薄膜A2のSiOに由来するので、スパッタが進行しても原理的に不変である。それに対し、スパッタが進行するにつれて薄膜A2が薄くなり、基板A1中のSiから放出される光電子の個数が増加し、また、光電子を多重散乱させる原子が減少するため、バックグラウンドは増加する。
【0062】
図6は、測定深度に対する、特定の運動エネルギーを持つ光電子強度(個数)のプロットである。
横軸は試料表面からの距離(深度)であり、縦軸は光電子の信号強度を規格化したものである。Ek(Si2p)のプロットはSi2pのピークの深度プロファイルに相当し、Ek(1)、Ek(2)、Ek(3)のプロットは、各運動エネルギーを有する光電子の電子強度の深度プロファイルである。
【0063】
同図に示すように、Ek(Si2p)のプロットは、層界面の深度において先鋭に変化している。これは、照射面が層界面を通過したことで、試料表面に位置する原子が薄膜A2のSiOから基板A1のSiに替わったことによる。
Ek(1)、Ek(2)、Ek(3)のプロットは、層界面より浅い深度から漸増している。これは、多重散乱により減衰された運動エネルギーを有する(基板A1中Si由来の)光電子の個数が増加していくことによる。
【0064】
図7は、各運動エネルギーを有する光電子の強度変化率に対する残存膜厚のプロットである。強度変化率は、ある運動エネルギーを有する光電子の信号強度の、最初から数点または直近数点の信号強度の平均値に対する割合である。このプロットから、照射面が層界面領域に近接したことを判定する強度変化率の基準(例、10%)を求めることができる。強度変化率が低いとその時点での残存膜厚は大きいが、ノイズ等による誤検出が発生するおそれがあり、強度変化率が大きいとその時点での残存膜厚は小さいが検出精度が向上する。強度変化率の基準は試料の材質等に応じて適宜設定することが可能である。
また、事前に同図に示すようなデータを得ておくことによって、同一構成の試料を分析する際に、光電子の強度変化率から残存膜厚を推定することも可能である。
【0065】
以上のように、多重散乱を受けなかった(図4でピークに相当する)光電子の運動エネルギー(第1の運動エネルギー)は、照射面直下の情報のみを有するが、多重散乱を受けた(図4でバックグラウンドに相当する)光電子の運動エネルギー(第2の運動エネルギー)は、照射面から深度方向に奥行きを持った情報を持つ。換言すれば、多重散乱を受けた光電子の運動エネルギーを監視することで、層界面到達前に層界面の存在を検出することが可能である。
【0066】
以上を踏まえ、本実施形態に係る分析装置1による一連の分析操作を説明する。
図8は、分析操作を示すフローチャートである。
【0067】
ステップ1(ST1)では、試料Aが真空室2内の支持台10にセットされ、真空室2内の気圧が分析に適した圧力に調節される。
【0068】
ステップ2(ST2)では、試料Aの表面にX線源3からX線が照射されて光電子が放出され、放出された光電子の信号強度がアナライザ4によって測定される。アナライザ4は特定の測定条件(静電レンズ7への印加電圧等)に従って測定する。
【0069】
試料の材質が未知である場合、運動エネルギーの一定範囲を走査するワイドスキャン(図4参照)によってピーク位置の検索を行ってもよい。試料の材質が既知である場合、予め求められているピーク領域及びバックグラウンド領域の運動エネルギー領域について、シングルチャンネルあるいはマルチチャンネルの光電子強度測定が行われる。なお、照射面の層界面領域への近接を検出する目的の限りにおいて、ピーク領域の測定は必須ではない。
【0070】
このステップ2は、スパッタされていない試料Aの表面を測定するものであるが、省略することも可能である。また、ステップ2は、試料Aの表面を清浄化する手段により、試料Aの表面を清浄化する操作を含んでもよい。
【0071】
ステップ3(ST3)では、試料Aの表面にイオン源5からイオンビームが照射されて試料Aの表面がイオンスパッタリングされる。イオンスパッタリングは、イオン種、イオン強度、イオン照射時間等のスパッタ条件に従って行われる。当該イオンスパッタリングにより新たな試料表面(照射面)が形成される。
【0072】
ステップ4(ST4)では、ステップ3で形成された新たな試料表面にX線が照射され、アナライザ4により光電子が測定される。分析条件は、ステップ2と同一でもよく、ステップ2の測定結果から導出された新たな条件であってもよい。
【0073】
ステップ5(ST5)では、ステップ4で得られた測定結果から、照射面が層界面領域に近接したか否かが判定される。制御部6は、特定の運動エネルギーを有する光電子の強度変化率が基準(例、10%)に達した場合、即ち、信号強度の変化度合いが本実施形態における所定のレベルに達した場合に、照射面が層界面領域に近接したと判定する。近接したと判定されなければ再びステップ3へ戻り、前回のスパッタと同じスパッタ条件でスパッタが行われる。近接したと判定されるとステップ6に進む。
【0074】
ステップ6(ST6)では、分析条件が変更される。スパッタ条件(イオン種、イオン強度、イオン照射時間等)、あるいは測定条件(測定される運動エネルギー領域等)が、予め設定された層界面近傍用の分析条件に変更される。
【0075】
ステップ7(ST7)では、変更されたスパッタ条件に従って層界面近傍のスパッタが行われ、ステップ8(ST8)では、変更された測定条件に従って層界面近傍の測定が行われる。
【0076】
照射面が層界面領域から十分遠ざかったことが、ステップ8での測定結果から判定され、あるいはスパッタ回数等から判断されたら、分析操作を終了してもよく、ステップ3及びステップ4で用いた分析条件に戻って分析してもよい。
以上のようにして、本実施形態に係る分析操作が行われる。
【0077】
図9は、スパッタ間隔を示す概念図である。
図9(A)は試料Aの断面での通常の分析操作でのスパッタ間隔を示し、図9(B)は本実施形態に係る分析操作でのスパッタ間隔を示す。通常の分析操作でのスパッタ間隔は、試料の深度方向に等間隔であるのに対し、本実施形態に係る分析操作でのスパッタ間隔は、層界面領域近傍では狭く、層界面領域から遠い領域では広い。
【0078】
通常の分析操作では、層界面領域到達前に層界面を検出できないため、層界面のみを重点的に分析したい場合でもスパッタ間隔を等間隔にせざるを得ない。
それに対し、本実施形態に係る分析操作では、層界面領域到達前に層界面を検出できるため、層界面領域から遠い領域ではスパッタ間隔を広くし、層界面領域近傍では狭くすることが可能である。
なお、分析条件の変更は、必ずしもスパッタ間隔の変更を伴うものでなくてもよい。
【0079】
以上のようにして、本実施形態に係る分析方法が行われる。
本実施形態に係る分析方法では、試料の下層由来の、多重散乱を受けた光電子の有する減衰されたエネルギーの推移から、照射面の層界面領域への近接を判定し、分析条件を変更するため、効率的な分析が可能である。
【実施例】
【0080】
以下、本実施形態に係る分析方法の実施例を説明する。
【0081】
(実施例1)
分析装置1を用いた。X線源3から照射されるAlKα線の光エネルギーは1486.6eVとした。Si基板上に厚さ100nmのSiO薄膜が形成されたものを試料とした。検出角は45°とした。
【0082】
上述の実施形態において説明した分析操作に従って分析を行った。図10(図11)はステップ4においてワイドスキャン測定により得られた光電子スペクトルであり、図12、図13及び図14はこの測定結果をデータ処理して得られたものである。
【0083】
図10及び図11は、残存膜厚毎の、運動エネルギー(eV)に対する光電子強度(counts/second)のプロットである。図11は図10の一部を拡大したものである。
【0084】
これらの図に示すように、SiO薄膜中及びSi基板中のSi2pに帰属するピーク(1381eV)から、30〜500eV低い運動エネルギー領域(881〜1351eV付近)にSi基板中のSiに由来するバックグラウンドがみられる。残存膜厚が減少(スパッタが進行)するに従い、ピークはほぼ不変であるのに対し、バックグラウンドは増加していることがわかる。
【0085】
図12は、各運動エネルギーを有する光電子の規格化強度の、試料表面からの深度に対するプロットである。Si2p(1381eV)(第1の運動エネルギー)のプロットとO1s(949eV)のプロットは層界面(深度100nm)近傍で先鋭に変化している。それに対し、図10及び図11でバックグラウンドに相当する、第1の運動エネルギーより30〜500eV低い運動エネルギー領域から選択された任意の運動エネルギー(第2の運動エネルギー)の各プロット(982eV、1082eV、1182eV)は層界面より浅い領域から漸増している。
【0086】
図13は、運動エネルギーに対する、光電子強度が10%変化した際の残存膜厚(10%強度変化時残存膜厚)のプロットである。10%強度変化時残存膜厚が大きいほど、層界面領域の近接を手前で検出することが可能である。また、光電子の強度変化率の基準を、同図で示すように10%とした場合、Si2p由来の電子の運動エネルギーである1381eVよりも30〜500eV低い運動エネルギーの領域(881〜1351eV付近)を観測することで、最大約18nmの残存膜厚が検出可能である。
【0087】
10%強度変化時残存膜厚が極小値をとる運動エネルギーは、測定時(X線照射時)に試料表面に存在していた原子にから放出された光電子が有する運動エネルギーに相当する。これらの運動エネルギーを持つ光電子強度は、層界面の通過により先鋭な変化を示す(図12参照)ので、10%強度変化時残存膜厚はほぼ0である。つまり、光電子強度が10%変化するのは層界面の直前である。
【0088】
10%強度変化時残存膜厚が極小値をとる運動エネルギーの間に位置する運動エネルギー領域は、図10及び図11でバックグラウンドを示す運動エネルギー領域に相当する。当該運動エネルギー領域内の運動エネルギーを持つ光電子強度は、層界面より浅い深度から漸増する(図12参照)ので、10%強度変化時残存膜厚は高い値を示す。つまり、光電子強度が10%変化するのは層界面より浅い深度である。
このプロットから、1000eVの運動エネルギーを有する光電子を、スパッタ毎に測定すれば、層界面の18nm手前で照射面が層界面領域に近接したことを判定し、分析条件の変更を行うことが可能である。
【0089】
図14は、各運動エネルギーを有する光電子の強度変化率に対する残存膜厚のプロットである。何れの運動エネルギーのプロットについても、強度変化率と残存膜厚は相関関係を示す。事前に同図に示すようなデータ(参照テーブル)を得ておくことによって、同一構成の試料を分析する際に、光電子の強度変化率から残存膜厚を推定することも可能である。
【0090】
(実施例2)
分析装置1を用いた。X線源3から照射されるAlKα線の光エネルギーは1486.6eVとした。Si基板上に厚さ40nmのNPB(N,N’−ジ(ナフタレン−1−イル)−N,N’−ジフェニル−ベンジジン)薄膜が形成されたものを試料とした。検出角は45°とした。
【0091】
上述の実施形態において説明した分析操作に従って分析を行った。図15及び図16は、ステップ4において得られた測定結果をデータ処理して得られたものである。
【0092】
図15は、各運動エネルギーを有する光電子の規格化強度の、試料表面からの深度に対するプロットである。Si2p(1381eV)のプロットとC1s(1197eV)
のプロットは層界面(深度40nm)近傍で先鋭に変化しているのに対し、バックグラウンドに相当する各プロット(982eV、1082eV、1182eV)は層界面より浅い領域から漸増している。
【0093】
図16は、運動エネルギーに対する、光電子強度が20%変化した際の残存膜厚(20%強度変化時残存膜厚)のプロットである。このプロットから、1200eVの運動エネルギー有する光電子を、スパッタ毎に測定すれば、層界面の30nm手前で照射面が層界面領域に近接したことを判定し、分析条件の変更を行うことが可能である。
また、本実施例においても、各運動エネルギーを有する光電子の強度変化率に対する残存膜厚のプロットを事前に得ておくことによって、同一構成の試料を分析する際に、光電子の強度変化率から残存膜厚を推定することが可能である。
【0094】
本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、種々の変更が適用され得る。
【0095】
試料から光電子を放出させる励起線は、X線に限られず、紫外線、電子ビーム等とすることも可能である。
スパッタの手段は、イオンスパッタに限られず、グロー放電等であってもよい。
アナライザは、静電半球型のものに限られず、同心円筒鏡型と阻止電場型等を用いることも可能である。
【0096】
バックグラウンドを観測するエネルギー領域の範囲については、材料に含まれる各原子の、結合エネルギーの差に該当する範囲、すなわち試料で検出されるあるピークとそれに隣接するピークの間のエネルギー領域を観測すればよく、各試料に含まれる分析対象の原子およびその結合エネルギーによって変更することが可能である。
例えば、主にSiOとSiを分析する試料であれば、先述のようにSi2pとO1sのピーク間のバックグラウンドを観測し、このとき両ピークのエネルギー差は約400eVである。また、先述したNPBのような有機物とSiを主に分析する試料であれば、Si2pとC1sのピーク間のバックグラウンドを観測し、このとき両ピークのエネルギー差は約250eVである。すなわち、これら試料に関しては、観測される両ピークを比較した時、高いエネルギーを持つ一方のピークから30〜500eV低い運動エネルギーの領域のバックグラウンド、好ましくは200〜450eV低い運動エネルギーの領域のバックグラウンド、を観測すればよい。しかし、観測される両ピークの差がこの範囲に当てはまらない試料、例えば有機物とITOとを主に分析する試料に関しては、バックグラウンドを観測するためのエネルギー領域は適宜変更することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0097】
【図1】本発明の実施形態に係る分析装置1を示す模式図である。
【図2】試料Aを示す斜視図である。
【図3】本発明の実施形態に係る分析の様子を示す模式図である。
【図4】光電子スペクトルの一例である。
【図5】残存膜厚毎の光電子スペクトルの一例である。
【図6】測定深度に対する光電子強度のプロットの一例である。
【図7】各運動エネルギーを有する光電子の強度変化率に対する残存膜厚のプロットの一例である。
【図8】本発明の実施形態に係る分析操作を示すフローチャートである。
【図9】本発明の実施形態に係る分析操作でのスパッタ間隔を示す概念図である。
【図10】本発明の実施例1の測定結果である光電子スペクトルである。
【図11】本発明の実施例1の測定結果である光電子スペクトルである。
【図12】本発明の実施例1の測定結果から得られる測定深度に対する光電子強度のプロットである。
【図13】本発明の実施例1の測定結果から得られる光電子の運動エネルギーに対する10%強度変化時残存膜厚のプロットである。
【図14】本発明の実施例1の測定結果からえら得らえる各運動エネルギーを有する光電子の強度変化率に対する残存膜厚のプロットである。
【図15】本発明の実施例2の測定結果から得られる測定深度に対する光電子強度のプロットである。
【図16】本発明の実施例2の測定結果から得られる光電子の運動エネルギーに対する20%強度変化時残存膜厚のプロットである。
【符号の説明】
【0098】
1 分析装置
2 真空室
3 X線源
4 アナライザ
5 イオン源
6 制御部
7 静電レンズ
8 分光路
9 検出素子
10 支持台
11 配線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の層と第2の層との積層構造を有する試料を準備し、
前記試料に電子を励起させる励起線を照射し、
前記試料から放出され、前記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定し、
前記試料から前記第1の電子とともに放出され、前記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、前記第2の層が前記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度を測定し、
前記試料の前記第1の層側の表面をスパッタし、
前記試料に前記励起線を照射して、前記第2の電子の信号強度を測定し、
前記第2の電子の信号強度の変化度合いが所定のレベルに達したときは、前記試料の分析条件を変更する
電子分光分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電子分光分析方法であって、
前記第2の運動エネルギーは、前記第1の運動エネルギーよりも30〜500eV低い領域の運動エネルギーである
電子分光分析方法。
【請求項3】
請求項2に記載の電子分光分析方法であって、
前記試料の表面をスパッタする工程は、前記試料の表面をスパッタする深度を規定するスパッタ条件に従ってスパッタする工程であり、
前記分析条件を変更する工程は、前記スパッタ条件を変更する工程である
電子分光分析方法。
【請求項4】
請求項3に記載の電子分光分析方法であって、
前記試料の表面をスパッタする工程は、イオン源から引き出され加速されたイオンを前記試料の表面に照射することで前記試料の表面をスパッタするイオンスパッタリング工程であり、
前記スパッタ条件を変更する工程は、前記イオンスパッタリングの条件を変更する工程である
電子分光分析方法。
【請求項5】
請求項4に記載の電子分光分析方法であって、
前記イオンスパッタリングの条件は、前記イオンの照射時間である
電子分光分析方法。
【請求項6】
請求項4に記載の電子分光分析方法であって、
前記イオンスパッタリングの条件は、前記イオンの種類である
電子分光分析方法。
【請求項7】
請求項4に記載の電子分光分析方法であって、
前記イオンスパッタリングの条件は、前記イオンのビーム強度である
電子分光分析方法。
【請求項8】
請求項1に記載の電子分光分析方法であって、
前記分析条件を変更する工程は、前記試料中の不純物に由来する第3の電子の信号強度を測定する工程を含む
電子分光分析方法。
【請求項9】
第1の層と第2の層との積層構造を有する材料既知の試料を準備し、
前記試料に電子を励起させる励起線を照射し、
前記試料から放出され、前記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度を測定し、
前記試料から前記第1の電子とともに放出され、前記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、前記第2の層が前記試料の表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度を測定し、
前記試料の前記第1の層側の表面をスパッタし、
前記試料に前記励起線を照射して、前記第2の電子の信号強度を測定し、
前記第2の電子の信号強度の変化度合いに基づいて、前記試料の残存膜厚を取得する
電子分光分析方法。
【請求項10】
請求項9に記載の電子分光分析方法であって、
前記第2の電子の信号強度の変化度合いと前記試料の残存膜厚との関係を示す参照テーブルをあらかじめ取得し、
前記試料の残存膜厚を取得する工程は、前記テーブルに基づいて前記試料の残存膜厚を特定する工程を含む
電子分光分析方法。
【請求項11】
試料を支持する支持台と、
前記支持台に支持された試料の表面に電子を励起させる励起線を照射する励起線源と、
前記支持台に支持された試料の表面をスパッタするスパッタ手段と、
前記表面から放出され、前記第1の層の構成元素に由来する第1の電子の信号強度と、前記表面から前記第1の電子とともに放出され、前記第2の層の構成元素に由来する第2の電子の信号強度であって、前記第2の層が前記表面を形成しているときに測定される運動エネルギーである第1の運動エネルギーよりも低い第2の運動エネルギーを有する第2の電子の信号強度とをそれぞれ測定する測定手段と
前記第2の電子の信号強度の変化度合いを検出し、前記変化度合いが所定のレベルに達したときに前記試料の分析条件を変更する制御手段と
を具備する電子分光分析装置。
【請求項12】
請求項11に記載の電子分光分析装置であって、
前記制御手段は、前記第2の電子の信号強度の変化度合いと前記試料の残存膜厚との関係を示す参照テーブルを記憶する記憶部を有し、前記測定手段により測定された前記第2の電子の信号強度の変化度合いと前記参照テーブルに基づいて前記試料の残存膜厚を特定する
電子分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【公開番号】特開2010−101686(P2010−101686A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−271942(P2008−271942)
【出願日】平成20年10月22日(2008.10.22)
【出願人】(596043379)アルバック・ファイ株式会社 (2)
【Fターム(参考)】