説明

電流によって誘起されるスピン運動量移動に基づいた、高速かつ低電力な磁気デバイス

メモリセル用の磁気デバイスの磁気領域における磁化方向及び/又はヘリシティを、スピン偏極電流を用いて制御及びスイッチングするための、高速かつ低電力な方法に関する。磁気デバイスは、固定された磁気ヘリシティ及び/又は磁化方向を含む参照磁化層と、可変である磁気ヘリシティを含む自由磁化層と、を含んで構成される。固定磁化層及び自由磁化層は、非磁性層を介して分離されることが好ましく、また、参照層は、参照層に対して垂直な容易軸を含む。情報を書き込むための磁気メモリとして機能させるためには、デバイスに電流を印加することにより、デバイスの磁性状態を変化させるトルクを誘起させる。デバイスの磁性状態に依存する抵抗値が測定され、これにより、デバイスに格納された情報が読み出される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本出願は、2007年10月31日出願の米国特許出願第11/932,745号に基づく優先権を主張し、この全内容が参照によって本明細書に組み込まれる。
【0002】
本発明は、米国国立科学財団によって与えられた「Nanoscale Spin Transfer Devices and Materials」と題する契約番号NSF-DMR-0405620に基づく政府支援と、「Noise-Induced Escape in Multistable Systems」と題する契約番号NSF-PHY-0351964及びNSF-PHY-0601179に基づく政府支援と、米国国防総省の海軍研究事務所によって与えられた「Gate Controlled Ferromagnetism in Semiconductor Nanostructures」と題する管理番号ONR N0014-02-1-0995に基づく政府支援と、の下でなされた。米国政府は、本発明に一定の権利を有する。
【0003】
本発明は、広義には、メモリ及び情報処理用途に用いられる磁気デバイス(例えば、巨大磁気抵抗(GMR)デバイス)に関する。より詳しくは、本発明は、スピン偏極電流を用いて、上記のようなデバイスの磁気領域における磁化方向及び/又はヘリシティを制御及びスイッチングし得る、高速かつ低電力な方法に関する。
【背景技術】
【0004】
磁気メモリ及び情報処理用途では、スピン偏極された電子の流れを用いる磁気デバイスが注目されている。この種のデバイスは、通常、少なくとも2つの強磁性電極を備えており、これらの電極は、非磁性材料(例えば、金属又は絶縁体)を介して分離されている。電極の厚さは、通常、1nm〜50nmの範囲内である。非磁性材料が金属である場合には、この種のデバイスは、巨大磁気抵抗デバイス又はスピンバルブデバイスとして公知である。デバイスの抵抗値は、例えば、磁性電極どうしが互いに平行であるか、それとも、反平行(すなわち、双方の磁化は、互いに平行であるが、互いに逆方向になっている)であるかといったような、磁性電極どうしの磁化の相対的配向性(relative magnetization orientation)に依存する。一方の電極は、通常、ピン止めされた(pinned)磁化を有している。すなわち、この電極は、他方の電極と比較して、より大きな保磁力を有しており、その磁化配向を変更するためには、より大きな磁界か、又は、より大きなスピン偏極電流が必要とされる。第2の層は、自由電極として公知であり、その磁化方向は、前者に対して変更可能である。この第2の層の配向によって、情報を格納することができる。例えば、これらの層の反平行配置によって「1」が表され、かつ、これらの層の平行配置によって「0」が表され得る。あるいは、これらの層の反平行配置によって「0」が表され、かつ、これらの層の平行配置によって「1」が表され得る。デバイスの抵抗値は、これら2つの状態に応じて相違しており、それゆえ、デバイスの抵抗値を用いて、「0」と「1」とを識別することができる。この種のデバイスの重要な特徴は、デバイスが、不揮発性メモリであるということである。なぜなら、電源オフ時でも、磁気ハードドライブと同様に、デバイスが情報を保持するからである。磁性電極については、横方向(lateral)のサイズをサブミクロンとすることができ、また、磁化方向については、熱変動に関しても安定させることができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来の磁気ランダムアクセスメモリ(MRAM)の構成では、複数の磁界を用いて、自由電極の磁化方向のスイッチングを行っている。これらの磁界は、磁性電極の近傍の、電流が流れるワイヤによって生成される。メモリデバイスは、複数のMRAMセルからなる稠密なアレイにより構成されるので、ワイヤは、その断面が小さくなければならない。ワイヤからの磁界が、長距離にわたる磁界を生成することにより(磁界は、ワイヤの中心からの距離の逆数に比例してしか減衰しない)、アレイを構成する素子間においてクロストークが発生し、そして、1つのデバイスが、他の複数のデバイスからの複数の磁界を受ける。このクロストークは、メモリの密度を制限し、及び/又は、メモリ動作におけるエラーを引き起こす。更に、上記のワイヤによって生成される磁界は、電極位置において約0.1テスラに制限され、この結果として、デバイスの動作速度が遅くなる。重要なことに、従来のメモリ構成では、スイッチング事象を引き起こすために、確率的な(ランダム)プロセス又は変動磁界も用いている。これは、本質的に遅く、また、信頼性が低い(例えば、R. H. Koch et al., Phys. Rev. Lett. 84, 5419 (2000)を参照されたい)。
【0006】
米国特許第5,695,864号、及び、いくつかの他の刊行物(例えば、J. Slonckewski, Journal of Magnetism and Magnetic Materials 159, L1 (1996))において、John Slonckewski氏は、スピン偏極電流を用いて磁性電極の磁化配向を直接的に変更させるメカニズムを説明した。提案されたメカニズムでは、流れている電子のスピン角運動量が、磁気領域の背景磁化(background magnetization)と直接的に相互作用する。動いている電子は、そのスピン角運動量の一部を背景磁化へと移動させ、そして、この領域の磁化に対してトルクを生成させる。このトルクは、この領域の磁化方向を変更させることができ、そして、その磁化方向をスイッチングさせることができる。更に、この相互作用は、電流が流れている領域のみに作用するので、局所的なものである。しかしながら、提案されたメカニズムは、理論的なものでしかなかった。
【0007】
Slonckewski氏の特許には、磁気スイッチングのためにスピン運動量移動(spin-momentum transfer)を用いるMRAMデバイスが記載されている。しかしながら、提案されたデバイスは、低速であり、また、変動磁界及び確率的プロセスに依存して、磁化スイッチングを引き起こしている。更に、デバイスをスイッチングするためには、高い電流密度が必要とされる。「ラッチ又は論理ゲート」の好ましい実施形態の記載において、Slonckewski氏は、「・・・3つの磁石F1、F2及びF3の好ましい軸は、上述したように、全て「鉛直方向」(すなわち、同じ方向(direction)又は配向(orientation))である。これらが同一軸に対して平行である限りにおいては、他の配向であっても、機能可能である。」と述べている。後述するように、本発明者らによるデバイスでは、同一軸に対して平行ではない複数の層磁化(layer magnetizations)を利用しており、それゆえ、速度、信頼性、及び電力消費量において大いに有利である。
【0008】
また、Jonathan Sun氏による米国特許第6,256,223号には、電流誘起の磁気スイッチングを用いるデバイスが記載されており、また、そのデバイスの動作に関する実験例が示されている。しかしながら、提案されたデバイスは、デバイス特性に関して一貫性が乏しいので、信頼性が低い。更に、磁気スイッチングに関して評価された時間は、高電流密度において、50nsecであった。
【0009】
スピン偏極電流の作用下において高速かつ信頼性の高い動作を行い得るデバイスが求められている。これには、磁化配向のスイッチング時に、より低い電力で動作し、かつ、より小さな閾値電流を有するデバイスが含まれる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
スピン運動量移動を用いるデバイスの従来構成に関する制限に鑑み、本発明の目的は、磁気メモリとして最適な構造か、又は、磁気情報処理デバイスとして最適な構造を提供することである。
【0011】
本発明の他の目的は、動作速度に関しての利点を有する磁気デバイスを提供することである。
【0012】
本発明の更に他の目的は、信頼性に関しての利点を有する磁気デバイスを提供することである。
【0013】
本発明の更に他の目的は、動作時に比較的低い電力のみを必要とする磁気デバイスを提供することである。
【0014】
本発明の更に他の目的は、格納された情報の安定性に関しての利点を有する磁気デバイスを提供することである。
【0015】
本発明の更に他の目的は、大きな読出信号を有する磁気デバイスを提供することである。
【0016】
本発明の上記の目的及び他の目的は、各層の磁化方向どうしが同一軸に沿って延在していない複数の磁性層を採用したデバイスによって、実現される。例えば、一態様では、2つの磁気領域が、互いに直交した磁化を有する。
【0017】
本発明は、磁気デバイスに関するものであり、磁気デバイスは、強磁性層と非磁性層とを含んで構成され、そして、電流が、これらの層を通って流れ得る。磁気デバイスは、磁化方向が固定された強磁性層と、供給された電流に応答して磁化方向が自由に回転可能な別の強磁性層と、を含んで構成され、これらの層は、非磁性領域を介して分離されている。また、他の層から非磁性層を介して分離される第3の強磁性層は、磁化方向が固定されており、この第3の強磁性層を用いることにより、自由強磁性層の磁化方向を読み出すことができる。これらの強磁性層の磁化方向は、全てが同一軸に沿っているわけではない。ある好ましい態様では、第1の固定強磁性層の磁化方向は、層がなす平面に対して垂直である一方、自由強磁性層の磁化は、層がなす平面内に存在する。上述したように、層間を流れる電流は、スピン角運動量を、固定磁化層から自由磁化層へと移動させ、そして、自由層の磁化に対してトルクを生成する。このトルクは、電流及びその電流のスピン偏極に依存する比例係数を含み、固定層及び自由層の磁化方向のベクトル三重積に比例する。固定層の磁化方向と自由層の磁化方向とが直交している場合には、大きなトルクが生成される。
【0018】
この大きなトルクは、自由磁化層の磁化方向に対して作用し、そして、自由磁化層の磁化を、層がなす平面から離れるように回転させる。自由磁化層の厚さが、幅寸法及び長さ寸法よりも小さいことにより、層がなす平面から離れるような自由磁化層の磁化の回転は、層がなす平面に対して垂直な方向に大きな磁界(すなわち「消磁磁界」)を生成する。
【0019】
この消磁磁界は、自由磁化層の磁化ベクトルを、歳差運動(precess)させる(すなわち、磁化方向が、消磁磁界の方向の周りを回転する)。消磁磁界は、歳差運動の速度も決定する。大きな消磁磁界により、高い歳差運動速度がもたらされ、これは、高速の磁気スイッチングにとって最適な条件となる。本発明による磁気デバイスの利点は、層の磁気的応答を引き起こすために、又は、それを制御するために、不規則変動性の力や磁界を必要としないことである。
【0020】
本発明の他の態様では、固定された磁気ヘリシティ及び/又は磁化方向を有する参照磁化層と、可変である磁気ヘリシティを含む少なくとも1つの磁化ベクトルを有する自由磁化層と、自由磁化層と参照磁化層とを空間的に分離する非磁性層と、を備える磁気デバイスが提供される。自由磁化層の磁気ヘリシティは、電流によって誘起されるスピン運動量移動を用いて変更され得る。好ましい一態様では、デバイスは、実質的なリング状構造であり、また、参照磁化層は、参照層に対してほぼ垂直な容易軸と、参照層がなす平面に対して垂直に固定された磁化と、を含んでいる。あるいは、参照層は、参照層に対してほぼ垂直な容易軸と、リング状構造に関して実質的に時計回りか又は反時計回りの磁気ヘリシティと、を含んでいる。
【0021】
本発明の上記の特徴及び他の特徴は、本発明の例示的の実施形態に関する以下の詳細な説明と添付図面とにより、一層明らかとなるであろう。尚、添付図面においては、同様の構成要素に対して、同様の符号が付されている。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】本発明に従う磁気デバイスを示す図である。
【図2A】自由磁化層を示す図であり、図3Aに示す電流パルスの印加時の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図2B】自由磁化層を示す図であり、図3Aに示す電流パルスの印加時の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図2C】自由磁化層を示す図であり、図3Aに示す電流パルスの印加時の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図2D】自由磁化層を示す図であり、図3Aに示す電流パルスの印加時の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図2E】自由磁化層を示す図であり、図3Aに示す電流パルスの印加時の、図1の電子デバイスの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図3A】磁気デバイスに印加され得る電流波形を示す図である。
【図3B】磁気デバイスに印加され得る別の電流波形を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態に従うメモリセルを示す図である。
【図5A】自由磁化層を示す図であり、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図5B】自由磁化層を示す図であり、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図5C】自由磁化層を示す図であり、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図5D】自由磁化層を示す図であり、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図5E】自由磁化層を示す図であり、図4のメモリセルの磁化ベクトルと消磁磁界とを示す。
【図6A】書込動作時に図4のメモリセルに印加され得る電流波形を示す図である。
【図6B】図6Aに示す電流パルスの印加の前後において、読出動作時にメモリセルから測定される抵抗値を示す図である。
【図7】4状態メモリセルにおける自由磁化層を示す図である。
【図8】磁気デバイスに印加され得る電流波形の一例を示す図である。
【図9】図8に示す電流パルスの印加中及び印加後における自由磁化層の磁化成分を示す図である。
【図10】本発明の一実施形態に従うメモリセルを示す図であり、書込動作時に、正味電流は、自由磁化層を通過しない。
【図11】本発明に従う環状磁気デバイスを示す図である。
【図12】本発明の一実施形態に従う環状メモリセルを示す図である。
【図13】本発明の他の実施形態に従う環状メモリセルを示す図であり、各別の読出接点及び書込接点を備える。
【発明を実施するための形態】
【0023】
〔基本的な磁気デバイスの構造〕
【0024】
基本的なコンセプトの図示を目的として、図1は、柱状の多層磁気デバイスを示している。この磁気デバイスは、磁化方向が固定されたピン止め磁化層(pinned magnetic layer)FM1と、磁化方向がフリーである自由磁化層(free magnetic layer)FM2と、を含んで構成される。ベクトル(→)m(本来であれば、mの上に「→」を表記すべきところを、簡便的に、mの左横に「(→)」を表記する。以下同様。)は、ピン止め磁化層FM1の磁化ベクトルであり、また、ベクトル(→)mは、自由磁化層FM2の磁化ベクトルである。ピン止め磁化層FM1は、スピン角運動量の発生源として機能する。
【0025】
ピン止め磁化層FM1と自由磁化層FM2とは、第1の非磁性層N1を介して分離されている。第1の非磁性層N1は、2つの層FM1,FM2を空間的に分離し、これにより、これらの磁気的相互作用が、最小化される。柱状の磁気デバイスは、通常、ナノメートルのサイズとされ、例えば、横方向では、約200nmよりも小さくされ得る。
【0026】
自由磁化層FM2は、実質的には、2つの他の層(すなわち、ピン止め磁化層FM1及び非磁性層N1)を備える柱状の磁気デバイス内に組み込まれた、磁性薄膜部材である。この層の厚さは、通常、約1nm〜約50nmである。
【0027】
柱状の磁気デバイスは、例えば、スパッタリングと、サブミクロンのステンシルマスクを介した熱蒸着及び電子ビーム蒸着と、を含む多くの異なる手法によって、層の積層順に形成され得る。また、これらの磁気デバイスは、スパッタリング、熱蒸着及び電子ビーム蒸着を用いて、積層順に形成され、この後、他の半導体ウェハ又は絶縁ウェハのシリコンを除去するように材料を除去して基板の表面上に柱状の磁気デバイスを残す減肉的なナノ形成プロセスを経て形成され得る。
【0028】
強磁性層用の材料には、Fe、Co、Ni、及びこれらの元素の合金(例えば、Ni1−xFe)と;これらの強磁性金属と非磁性金属(例えば、Cu、Pd、Pt)との合金(例えば、NiMnSb)であって、室温にて材料が強磁性的に整列される組成の合金と;導電性材料と;導電性磁性酸化物(例えば、CrO及びFe)と;が含まれる(しかし、これらに限定するものではない)。非磁性層用の材料には、Cu、Cr、Au、Ag、及びAlが含まれる(しかし、これらに限定するものではない)。非磁性層に対して主に要求されることは、層厚さと比較してより短い長さスケールにおいて、電子スピン方向を散乱させないことである。
【0029】
電流源が、ピン止め磁化層FM1と自由磁化層FM2とに接続され、これにより、電流Iが、柱状のデバイスを流れることができる。
【0030】
〔磁気スイッチングの方法〕
【0031】
電流Iが、柱状の磁気デバイスに供給され(印加され)、そして、電流Iは、ピン止め磁化層FM1から第1の非磁性層N1を介して自由磁化層FM2へと、デバイスの様々な層を通って流れる。印加された電流Iにより、角運動量が、ピン止め磁化層FM1から自由磁化層FM2へと移動される。上述したように、ある磁気領域から他の磁気領域への角運動量の移動は、トルクを生成することができる。
【0032】
図2A〜図2Eは、図1に示す磁気デバイスを用いた磁気スイッチング方法の各ステップを示している。尚、簡略化のため、図2A〜図2Eは、自由磁化層FM2と、この自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mと、のみを示している。図2Aは、電流Iを印加する前の、自由磁化層FM2の初期状態を示している。
【0033】
図2B〜図2Dに示すように、図3A及び図3Bに示すような形態の電流Iを印加することにより、角運動量が、ピン止め磁化層FM1から自由磁化層FM2へと移動される。このように角運動量がピン止め磁化層FM1から自由磁化層FM2へと移動されることにより、自由磁化層FM2の磁気モーメント上にトルク(→)τが生成される。
【0034】
自由層の単位磁化あたりのトルク(→)τは、ベクトル三重積a(^)m×((^)m×(^)m)に比例する。ここで、(^)m(本来であれば、mの上に「^」を表記すべきところを、簡便的に、mの左横に「(^)」を表記する。以下同様。)は、自由磁化層FM2の磁気モーメントの方向における単位ベクトルであり、(^)mは、ピン止め磁化層FM1の磁気モーメントの方向における単位ベクトルである。係数aは、電流Iと、電流Iのスピン偏極Pと、自由磁化層とピン止め磁化層との間の角度の余弦cos(θ)と、に依存しており、以下の式で表される。
【0035】
【数1】

【0036】
ここで、
【0037】
【数2】

【0038】
(エイチバー)は、換算プランク定数であり、gは、スピン偏極Pとcos(θ)との関数であり、Mは、自由層の磁化密度であり、eは、電子の電荷であり、そして、Vは、自由層の容積である(J. Slonckewski, Journal of Magnetism and Magnetic Materials 159, L1 (1996)を参照されたい)。従って、ピン止め磁化層FM1の磁気モーメントと、自由磁化層FM2の磁気モーメントと、が互いに垂直である場合には、大きなトルク(→)τが生成される。
【0039】
このトルク(→)τは、自由磁化層FM2の磁気モーメントに作用し、そして、自由磁化層FM2の磁化を、層がなす平面から離れるように回転させる。自由磁化層FM2の厚さが、自由磁化層FM2の幅寸法及び長さ寸法よりも小さいことにより、自由磁化層FM2がなす平面から離れるような自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの回転は、自由磁化層FM2がなす平面に対して垂直な方向に大きな磁界(すなわち「消磁磁界」)を生成する。
【0040】
この消磁磁界は、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mを、歳差運動させ(すなわち、駆動し)、これにより、磁化方向が、磁界軸の周りを回転する。消磁磁界は、歳差運動の速度も決定する。大きな消磁磁界により、極めて高い歳差運動速度がもたらされ、これは、高速の磁気スイッチングにとって最適な条件となる。
【0041】
従って、高速磁気スイッチングに最適な磁気メモリデバイスの構成では、ピン止め磁化層FM1の磁気モーメントは、自由磁化層FM2がなす平面に対して垂直であり、また、自由磁化層FM2の磁気モーメントは、複数の薄層により構成される柱状体の軸に対して垂直であり、更に、自由磁化層FM2の磁気モーメントは、自由磁化層FM2がなす平面内に存在する。
【0042】
図2Eは、磁気スイッチングプロセスが終了した後の自由磁化層FM2を示している。図2A及び図2Eに示すように、磁気スイッチングプロセスにより、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mは、逆方向となるように180°回転され、これにより、スイッチングが実現される。
【0043】
図3A及び図3Bは、磁気デバイスに印加可能な電流入力における2つの異なる形態を示している。図3Aに示す電流入力は、持続時間が短い2つの電流パルスを含んで構成され、第1の正の電流パルスの後に、第2の負の電流パルスが続いている。この電流入力形態により、「1」又は「0」を書き込むことができる。これに代えて、2つの電流パルスが互いに逆極性である限りにおいては、第1の電流パルスを負のパルスとし、かつ、第2の電流パルスを正のパルスとすることができる。両方の場合において、磁気ビットの状態は、「1」から「0」へと変更されるか、又は、「0」から「1」へと変更される(すなわち、最終状態は、ビットの初期状態の補数になるであろう)。図3Aに示す電流入力は、上述し、かつ、図2A〜図2Eに示した磁気スイッチング方法にて用いられる。2つの電流パルスにより形成された電流入力を用いることにより、比較的高速な磁気スイッチングプロセスを実現することができる。
【0044】
第1の電流パルスは、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの歳差運動を開始させる。第1の電流パルスの終了後に、第2の電流パルスが印加され、これにより、所望の状態にて歳差運動を停止させることができる。
【0045】
第2の電流パルスは、デバイスの動作にとって、必須ではないが、しかし、第2の電流パルスは、より高速なスイッチングを可能にする。例えば、図3Bに示す電流入力は、単一の正の電流パルスを含んで構成されている。これに代えて、単一の負の電流パルスを、磁気デバイスに印加することもできる。多くの異なるタイプの電流パルスがFM2をスイッチングし得ることが、シミュレーションによって示された。従って、デバイスの動作が、図3に示す電流パルスに制限されないことは、明らかである。
【0046】
〔メモリセルの構造〕
【0047】
上述の磁気デバイスは、磁気メモリを構築し得るよう、複数のメモリセルのアレイを構成するために、メモリセル内に組み込み可能である。図4に示す一実施形態において、本発明の磁気デバイスは、メモリセルとして実装される場合には、柱状の多層デバイスとされ、このデバイスは、磁化方向が固定されたピン止め磁化層FM1と、磁化方向がフリーである自由磁化層FM2と、磁化方向が固定された読出磁化層FM3と、を備えている。(→)mは、ピン止め磁化層FM1の磁化ベクトルであり、(→)mは、自由磁化層FM2の磁化ベクトルであり、(→)mは、読出磁化層FM3の磁化ベクトルである。
【0048】
ピン止め磁化層FM1と自由磁化層FM2とは、第1の非磁性層N1を介して分離されている。第1の非磁性層N1は、2つの層FM1,FM2を空間的に分離し、これにより、2つの層FM1,FM2の間の磁気的相互作用が、最小化される。自由磁化層FM2と読出磁化層FM3とは、第2の非磁性層N2を介して分離されている。第2の非磁性層N2は、2つの層FM2,FM3を空間的に分離し、これにより、2つの層FM2,FM3の間の磁気的相互作用が、最小化される。柱状の磁気デバイスは、通常、ナノメートルのサイズとされ、例えば、約200nmよりも小さくすることができる。
【0049】
電流源が、ピン止め磁化層FM1と読出磁化層FM3とに接続され、これにより、電流Iが、柱状のデバイスを流れることができる。磁気デバイスの抵抗値を測定できるように、電圧計が、ピン止め磁化層FM1と読出磁化層FM3とに接続され、これにより、メモリセルの論理的内容を読み出すことができる。
【0050】
〔情報の書込方法〕
【0051】
情報をメモリセル内に書き込む場合には、磁気スイッチングプロセスが用いられる。メモリセル内に情報の論理的ビットを格納(記憶)することを目的として、「0」及び「1」の論理値を符号化するために、メモリセルの内部における磁化ベクトルの磁化方向が、2つの可能な配向のうちの一方にセットされる。この磁気デバイスが、メモリセルとして実装される場合には、情報のビットを格納するために、上述の磁気スイッチング方法が用いられる。磁気デバイス内の論理値を変更する場合には、電流パルスが印加される。上述し、かつ、図4に図示した磁気メモリデバイスは、情報の1ビットを格納する。なぜなら、自由磁化層FM2が、2つの安定磁性状態を有する単一の磁化ベクトル(→)mを含んでいるからである。
【0052】
電流Iが、柱状の磁気メモリデバイスに印加され、そして、電流Iは、ピン止め磁化層FM1から読出磁化層FM3へと、磁気メモリデバイスの様々な層を通って流れる。印加された電流Iにより、角運動量が、ピン止め磁化層FM1から自由磁化層FM2へと移動される。
【0053】
図5A〜図5Eは、図4に示す磁気メモリデバイスを用いた情報書込方法の各ステップを示している。尚、簡略化のため、図5A〜図5Eは、自由磁化層FM2と、この自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mと、のみを示している。図5Aは、電流Iが印加される前の、自由磁化層FM2の初期状態を示している。
【0054】
図5B〜図5Dに示すように、図3A及び図3Bに示すような形態の電流Iを印加することにより、角運動量が、ピン止め磁化層FM1から自由磁化層FM2へと移動される。図2A〜図2Eと図5A〜図5Eとは、磁気デバイスに電流を印加した結果として、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの配向が変化することを示している。
【0055】
図6Aは、図4に示す磁気デバイスに印加される電流入力の一形態を示している。図6Aに示す電流入力は、持続時間が短い2つの電流パルスを含んで構成され、第1の正の電流パルスの後に、第2の負の電流パルスが続いている。この電流入力形態により、「1」又は「0」を書き込むことができる。これに代えて、2つの電流パルスが互いに逆極性である限りにおいては、第1の電流パルスを負のパルスとし、かつ、第2の電流パルスを正のパルスとすることができる。両方の場合において、磁気ビットの状態は、「1」から「0」へと変更されるか、又は、「0」から「1」へと変更される(すなわち、最終状態は、ビットの初期状態の補数になるであろう)。
【0056】
第1の電流パルスは、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの歳差運動を開始させる。第1の電流パルスの終了後に、第2の電流パルスが印加され、これにより、所望の状態にて歳差運動を停止させることができる。この実施形態における本発明の磁気メモリデバイスでは、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mが180°回転された時点で、歳差運動を停止させる。
【0057】
図6Bは、小さな電流を印加した場合(すなわち、電流の強さが、電流パルスに用いられるときよりもはるかに弱い場合)における、図4に示す磁気メモリデバイスに接続された電圧計の測定値に対応するデバイスの抵抗値の一例を示している。この抵抗値は、図6Aの電流パルスがデバイスに印加された後には、増大する。図5Aに示す初期状態では(第1の正の電流パルスの印加前では)、抵抗値は、一定の小さな値である。図5Eに示す最終状態では、抵抗値は、一定の大きな値である。
【0058】
従って、図5Aに示す状態は、初期状態における論理値「0」に対応する一方、図5Eに示す状態は、最終状態における論理値「1」に対応する。図5Eに示す最終状態における自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mは、図5Aに示す初期状態における自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mに対して、逆方向である。
【0059】
電流パルスの必要な振幅は、上述のスピン移動トルクを含むランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式(Landau-Lifzshitz Gilbert equations)等のマイクロ磁気学に関する方程式を用いて、数値モデリングにより、評価可能である(例えば、B. Oezyilmaz et al., Phys. Rev. Lett. 91, 067203 (2003) を参照されたい)。磁化密度がM=1400emu/cmであるCo製自由層の場合には、ギルバート減衰パラメータαが、0.01であり、電流のスピン偏極Pが、0.4であり、面内一軸異方性磁界(in-plane uniaxial anisotropy field)は、1000kOeである。(この場合、面内一軸異方性定数Kは、K=7×10erg/cmである。)この評価のために、Co製自由層は、その厚さが3nmとされ、また、横方向寸法が60nm×60nmとされた。本発明者らは、振幅が5mAの電流パルスであれば、層を十分にスイッチングさせ得ることを、見出した。デバイスのスイッチングに必要な電流は、Co製自由層のサイズを縮小させることにより;また、例えば、スピン偏極度が比較的大きなピン止め層を用いることによって、電流のスピン偏極を増大させることにより;また、面内異方性を低減させることにより、もしくは、ギルバート減衰を減少させることにより;抑制される。この電流の振幅の場合には、パルス幅が35psecであれば、十分にデバイスをスイッチングさせることができる。
【0060】
デバイス抵抗値が5オームである場合には、エネルギー散逸量は、5×10−15Jである。このエネルギー散逸量の値は、ピン止め層の磁化と自由層の磁化とが最初に同じ軸に沿って整列されている場合に、スピン偏極電流を用いて磁気デバイスをスイッチングするために必要とされるエネルギーと比較可能である。この場合については、最近の実験により、抵抗値が5オームであるデバイス内に、約10mAの電流を、約10ns間にわたって印加する必要があることが示された(R. Koch et al., Phys. Rev. Lett. 92, 088302 (2004)を参照されたい)。従って、散逸エネルギーは、5×10−12Jである。従って、比較すると、本発明者らによるデバイスの所要電力量は、極めて小さい。更に、パルスが、大きな電流密度(例えば、1A/μm)であるにもかかわらず、非常に短時間しか作用しないことにより、一切の電子移動(electromigration)が起こらない。更に、本発明者らは、このデバイスを、この値よりも5倍大きな電流密度にて、長時間(約1分間)にわたって動作させたが、デバイスの損傷はなかった(B. Oezyilmaz et al., Phys. Rev. Lett. 91, 067203 (2003)を参照されたい)。
【0061】
〔情報の読出方法〕
【0062】
読出磁化層FM3は、磁気メモリデバイスの実装を最も単純にするために、必要とされる。読出磁化層FM3は、磁化方向が固定された磁化ベクトル(→)mを有している。読出磁化層FM3の磁化ベクトル(→)mは、数多くの方法によって固定可能である。例えば、読出磁化層FM3は、より厚く形成可能であり、また、より高い異方性を有する磁性材料から形成可能であり、あるいは、交換バイアス現象が利用できるように反強磁性層の近傍に配置可能である。交換バイアス現象では、反強磁性層と強磁性層との間の結合により、及び、反強磁性層の大きな磁気異方性により、強磁性層が硬化され、この結果、磁化方向を変更するために、より大きな磁界及び電流が必要とされる。
【0063】
磁気メモリデバイスの抵抗値は、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mと読出磁化層FM3の磁化ベクトル(→)mとの間の相対的配向性に対して、非常に敏感である。磁気メモリデバイスの抵抗値は、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mと読出磁化層FM3の磁化ベクトル(→)mとが互いに反平行に配置されている場合に、最大となる。磁気メモリデバイスの抵抗値は、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mと読出磁化層FM3の磁化ベクトル(→)mとが互いに平行に配置されている場合に、最小となる。従って、単純な抵抗値測定により、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの配向を決定することができる。
【0064】
読出磁化層FM3における磁化ベクトル(→)mの配向の固定については、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの配向に応じて、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mに対して平行な配置か、又は、反平行な配置となるようにセットされる。自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの配向がスイッチングされて180°回転されるためには、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mと読出磁化層FM3の磁化ベクトル(→)mとが、互いに反平行な配置か、又は、平行な配置でなければならない。
【0065】
〔複数ビットにより構成される情報の格納〕
【0066】
上述し、かつ、図4に示した磁気メモリデバイスは、2つの安定磁性状態を有しており、そして、1ビットの情報を格納することができる。本発明の他の実施形態では、磁気メモリデバイスは、複数ビットにより構成される情報を格納し得るように構成され得る。図7は、4つの安定磁性状態を有する自由磁化層FM2の一例を示している。4つの安定磁性状態を有する自由磁化層FM2を含んで構成される磁気メモリデバイスは、2ビットの情報を格納することができる。この実施形態では、電流パルスを印加することにより、磁化が、180°ではなく、90°だけ異なる方向にスイッチングされる。これは、異なる形態の電流パルスによって、実現可能である。例えば、電流パルスは、振幅をより小さくしたもの、及び/又は、持続時間がより短いもの、とすることができる。この場合に、読出層(FM3)は、4つの磁化状態の各々が、互いに異なる抵抗値を有するように整列配置される。このためには、読出層の磁化が、4つの状態の全てに対して平行な向きである面内成分か、又は、4つの状態に対して45°の向きである面内成分を含まないことが、必要とされる。
【0067】
〔実施例〕
【0068】
スピン移動トルクを含むランダウ・リフシッツ・ギルバート方程式を用いて、磁気デバイスの動作をシミュレートした。
【0069】
図8は、磁気メモリデバイスに印加された電流入力の振幅を示している。この電流入力は、開始時刻t=0にて開始され、そしてt=30ピコ秒にて終了する。この電流入力は、図3A及び図6Aに示す電流入力と同様に、2つの電流パルスを含んで構成される。
【0070】
16ピコ秒間にわたって正の電流パルスを磁気メモリデバイスに印加することにより、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの歳差運動が開始される。この16ピコ秒間にわたる電流パルスの終了後に、14ピコ秒間にわたる負の電流パルスが、磁気メモリデバイスに印加され、これにより、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの歳差運動が停止されて、磁化ベクトル(→)mの所望の状態が実現される。磁気メモリデバイスの場合には、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mが180°回転された後に、歳差運動が停止される。
【0071】
図9は、図2B及び図5Bに示すx方向及びy方向における自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mの磁化成分m及びmを示している。磁化成分m及びmは、図8に示す電流入力の印加中及び印加後に測定される。図9は、自由磁化層FM2の磁化ベクトル(→)mが、図5Aに対応する初期状態から図5Eに対応する最終状態へと、180°反転されたことを示している。磁化成分(m,m)は、本発明によって示されているように、(−1,0)と(1,0)との間にてスイッチング可能である。
【0072】
〔利点〕
【0073】
高速かつ低電力である本発明の磁気デバイスは、読出及び書込動作か、又は、論理演算のみに、エネルギーを消費する。通電されていないときでも、情報は、大きな損失を伴わずに、格納されている。従って、本発明の磁気デバイスは、メモリセルとして実装される場合には、不揮発性メモリとして用いることができる。
【0074】
本発明の磁気デバイスによって提供される不揮発性メモリは、コンピュータ及び携帯用電子機器等における多様な用途に適している。特に、高速かつ低電力である本発明の磁気デバイスは、様々な利点を提供する。高速かつ低電力である本発明の磁気デバイスは、フラッシュメモリや、他のタイプの不揮発性ランダムアクセスメモリ(RAM)(例えば、従来の磁気RAM(MRAM)や強誘電性RAM(FRAM))に匹敵する性能を有する。
【0075】
電流誘起トルクは、通電された磁気デバイス(すなわち、電流が印加された磁気デバイス)のみに対して作用する。従って、複数の磁気デバイスが、アレイとして(例えば、磁気メモリとして)配置される場合には、アレイ内にて隣り合う素子間の寄生的相互作用(「クロストーク」)が、電流誘起スピン移動によって生成することはない。この状況は、従来の磁気メモリとは相違している。従来の磁気メモリの場合には、磁気素子の近傍に位置したワイヤに小さな電流を流して生成された磁界を用いることによって磁気的スイッチングが行われる。
【0076】
本発明によって提供される、電流誘起トルクによる磁気的スイッチング方法は、層の磁化方向をスイッチングするために磁界を用いる現行の従来的方法と比較して、より高速である。本発明における読出及び書込動作は、サブナノ秒の時間スケールで完了可能である。従来の磁気ハードドライブは、ミリ秒程度のデータアクセス時間を有しているので、本発明の磁気メモリと比較して、非常に低速である。
【0077】
本発明によって提供される、電流誘起トルクによる磁気的スイッチング方法では、少ない電力で十分である。これは、携帯用電子機器に用いる場合に、特に有利である。
【0078】
本発明の磁気デバイスは、その横方向寸法が、約200nm未満であるので、本発明によって提供される、電流誘起トルクによる磁気的スイッチング方法は、サブミクロンスケールのデバイスにとって理想的である。従って、本発明では、超高密度メモリセルを作成することができるようなサイズに設定され、この結果、本発明によって提供される磁気メモリ内に、莫大な量の情報を格納することができる。
【0079】
高速かつ低電力である本発明の磁気デバイスは、その基本アーキテクチャが単純であり、また、読出及び書込動作に関しては、信頼性が高く、更に、温度変化に対して敏感ではない。従来の磁気メモリデバイスとは異なり、本発明では、確率的(ランダム)プロセス又は変動磁界にも依存せずに、スイッチング事象を引き起こすことができる。
【0080】
本発明の一実施形態では、複数ビットにより構成される情報を、各デバイスに格納することができ、この結果、より多くの情報を、磁気メモリ内に格納することができる。
【0081】
本発明によって提供される、電流誘起トルクによる磁気的スイッチング方法は、磁気メモリデバイスにも、論理演算にも、用いられ得る。磁化の変更を引き起こす電流パルスについては、電流パルスの形状、振幅、及び持続時間によって決まる閾値が存在するので、論理関数(例えば、ANDゲート)を生成するように、電流入力を組み合わせることができる。例えば、2つの電流パルスを組み合わせることにより、これら2つの電流パルスの和である電流パルスを生成することができ、そして、この電流パルスがデバイスを流れる。個々のパルスでは、デバイスをスイッチングしないが、組み合わせパルスでは、デバイスをスイッチングするように、パルスの特性(形状、振幅、及び持続期間)を選択することができる。従って、これは、AND演算(論理積演算)である。NOT演算(否定演算)では、デバイスの状態を単にスイッチングさせるのみでよい。NOT演算とAND演算とを組み合わせることにより、NAND関数(否定論理積関数)を形成することができる。尚、NAND関数は、汎用のデジタル論理ゲートである(すなわち、全てのデジタル論理関数は、NANDゲートから構成され得る)。
【0082】
様々な形状及び層構成が、本発明によって提供され得る。例えば、本発明の一実施形態における磁気デバイスは、書込動作時に、正味電流が、自由磁化層FM2を通過しないように構成され得る。これは、図10に示されている。図10は、本発明の一実施形態を示す図である。この実施形態では、電流源Aと、電流源Bと、層I2と、を備えている。尚、層I2は、例えば、Alから形成された薄い絶縁層である。このデバイスでは、層I2は、その厚さが0.5〜3nmであり、また、十分に薄いので、電子が量子力学的トンネル効果によって層I2を通過することができる。
【0083】
図10に示すデバイスでは、自由磁化層FM2の磁化方向を変更するために、電流パルスが、電流源Aによって印加される。電流源Aを使用すると、電流が、FM1から非磁性層N1へと流れ、電子スピン角運動量が、非磁性層N1と自由磁化層FM2との間の界面における電子の反射(reflection)によって、自由磁化層FM2へと移動される。デバイスの読出は、電流源Bを用いて行われる。電流源Bからの小さな電流が自由磁化層FM2と読出層FM3との間を流れる際に、電圧が測定される。この電圧は、層FM2と層FM3との相対的な磁化方向に依存しており、これにより、層FM2の磁化方向を決定して、デバイスの読出を行うことができる。このデバイスの利点としては、トンネル接合抵抗値を大きな値(1オーム〜100kオーム)とすることができるので、読出信号が大きい、という点を挙げることができる。読出信号は、10mV〜1Vの範囲内とすることができる。
【0084】
〔環状磁気デバイスの構造〕
【0085】
図11は、閉じた周期構造(closed periodic structure)を有する柱状の磁気デバイス1100を示している。磁気デバイス1100は、自由磁化層1110と、非磁性層1120と、参照磁化層(reference magnetic layer)1130と、を備えている。参照層1130は、固定された磁気ヘリシティ1135か、所定角度の方向に(例えば、層がなす平面に対して垂直に)固定された磁化ベクトルか、又は、固定された磁気ヘリシティ1135と、所定角度の方向に固定された磁化ベクトルと、の両方、を有することが好ましい。自由磁化層1110は、フリーな磁気ヘリシティ1115を有することが好ましい。参照層1130は、スピン角運動量の発生源として機能することが好ましい。自由層1110と参照層1130とは、非磁性層1120を介して分離されることが好ましい。
【0086】
参照層1130は、自由層1110よりも磁気的に硬質(ハード)であることが好ましく、また、境界明瞭な(well-defined)磁性状態であることが好ましい。この特性は、例えば、自由層よりも厚い層を用いるか、又は、自由層1110の材料よりも大きな磁気異方性を有する材料(例えば、コバルト、L10相のFePtもしくはFePd、又は、コバルト及びニッケルの積層構造)を用いることによって、実現可能である。これに代えて、薄い反強磁性層(例えば、IrMn又はFeMn)に交換結合させることによって、所望の硬度を実現することができる。
【0087】
非磁性層1120は、スピンが非磁性層1120を通って移動する間に、参照層1130のスピン運動量を保存することが好ましい。従って、非磁性層1120に用いられる材料のスピン拡散長(spin diffusion length)は、非磁性層1120の厚さよりも長いことが好ましい。所望の特性を満たす材料の例には、貴金属(例えば、Cu、Ag、Au)が含まれる。非磁性層は、絶縁体(例えば、Al又はMgO)であってもよい。十分に薄い絶縁層では、電子トンネル効果によってスピン移動が起こり、これにより、磁気トンネル接合が形成される。
【0088】
自由磁化層1110は、長い交換長(exchange length)を有する軟質磁性材料(例えば、パーマロイ、コバルト、ニッケル、鉄、及び、これらの材料の合金)を含むことが好ましい。加えて、非磁性元素(例えば、銅)を含む合金は、層の磁気モーメントを有利に抑制し得る。これに代えて、自由磁化層は、磁性酸化物(例えば、CrO又はFe)を含むことも可能である。
【0089】
図11に示すように、磁気デバイス1100の各層は、リング状(すなわち、環状)であることが好ましい。環状であることにより、端部又は鋭角部の個数を最小限にすることができる。尚、端部又は鋭角部は、磁気ヘリシティの反転度合いを増大させることによって安定性を低下させる磁気的核形成部位(magnetic nucleation sites)として機能し得る。対称的リング構造は、不要なヘリシティ反転の防止に用いられる好ましい形状のうちの1つであるが、本発明では、同様の利点を提供可能な、閉じた周期構造のあらゆる形状を採用してもよい。デバイスの形状の回転対称性が低下するほど、特定部位にて磁気的核形成と磁気ヘリシティの反転とが更に促進される。鋭角部を含む形状は、ヘリシティ反転を促進する強力な核形成部位を生成するので、この形状を避けることが好ましい。
【0090】
通常、当該技術分野で公知のデバイスでは、結果として、自由磁化層のヘリシティ1115により表される格納情報の安定性と、情報の変更に必要な速度及び電力と、の間にトレードオフの関係が成り立っている。通常、プログラムされたヘリシティの安定性が増大すると、ヘリシティの変更に必要な電力も増大する。
【0091】
リング形状とすることにより、非常に安定な磁化配向がもたらされる。加えて、リング形状における磁化反転メカニズムは、極めて小さなサイズ(例えば、通常、数十ナノメートル)以上のリング直径にわずかに依存する。従って、現在最も使用されている形状と比べると、デバイスのサイズは、重要なファクターではない。従って、リング形状とすることによって、使用範囲をより広げることが可能となり、また、製造コストを下げることが可能となる。
【0092】
いくつかのファクターは、リングの磁化の安定性に影響を及ぼす。1つのファクターは、リングのサイズである。所定の磁界には、臨界リング半径が存在し、このために、リングは、臨界サイズ以上の半径を有しており、この場合に、リングの磁化の安定性は、リングサイズとは比較的無関係である。リングのサイズが臨界サイズ未満に減少すると、磁化の安定性は、急速に低下する。加えて、磁化は、熱変動や、不安定化磁界(destabilizing magnetic field)の印加の影響を受けやすい。
【0093】
これらの特性を利用して、リング状の磁気デバイスを構成することが可能であり、これに関して、デバイスの磁化は、通常、静的動作状態にて安定しているが、デバイスに電流パルスを印加することによって容易に変更又は反転可能である。特に、臨界サイズにかなり近く、かつ、電流が印加されていないリングデバイスに対して、電流を印加することにより、磁気ヘリシティを容易に反転させることができる。この電流は、不安定化磁界を提供する効果と、リングの臨界半径の値を効率的に変化させる効果と、を有する。従って、臨界サイズにかなり近いサイズで構成される磁気リングは、安定性があり、通常動作状態にて不要な反転が起こらないが、しかし、比較的小さな電流の印加によって反転可能である。
【0094】
本発明の他の実施形態では、臨界半径以上の半径を有する磁気リングデバイスは、非常に安定性のある磁化を提供することができる。従って、デバイスの磁化を変更又は反転させることをデバイスの目的としない場合には、臨界半径よりも大きな半径を有する磁気リングが、臨界サイズよりも大きく、かつ、広範囲にわたるサイズで、読出専用メモリにて容易に用いられ得る。
【0095】
図12は、磁気メモリ素子として用いられる磁気リングデバイス1200を示している。自由磁化層1210は、少なくとも2つの安定した配向(時計回りの配向及び反時計回りの配向)を有する磁気ヘリシティ1215を有することが好ましい。参照層1230は、所定角度の方向に固定された磁化ベクトル1236か、固定された磁気ヘリシティ1235か、又は、所定角度の方向に固定された磁気ベクトル1236と、固定された磁気ヘリシティ1235と、の両方、を有することが好ましい。所定角度の方向に固定された磁化ベクトル1236は、参照層1230がなす平面に対してほぼ垂直であることが好ましい。参照磁化層1230と自由磁化層1210とは、非磁性層1220を介して分離されることが好ましい。
【0096】
電流源1270からの電流パルスを磁気デバイス1200の各層にわたって印加することにより、自由磁化層のヘリシティの方向を変更又は反転させることができる。制御電流源1270からのパルスは、自由磁化層のヘリシティ1215の反転を引き起こす。参照磁化層1230のスピン運動量は、自由磁化層1210に移動されて磁化を変化させ、そして、自由磁化層のヘリシティ1215の反転を誘起する。デバイス1200を一方向に流れる電気パルスは、自由磁化層のヘリシティ1215を時計回りの方向にセットし、また、逆方向に流れる電気パルスは、自由磁化層のヘリシティ1215を反時計回りに方向にセットする。
【0097】
制御電流源1270からの電気パルスは、自由磁化層のヘリシティ1215の反転を引き起こす。第2の安定状態に達すると、自由磁化層のヘリシティ1215の反転が停止される。しかしながら、制御電流源1270からの第2の電流パルスを用いると、自由磁化層のヘリシティ1215の反転を、より迅速に停止させることができる。自由磁化層1210に対してほぼ垂直な容易軸1236(すなわち、強磁性材料内での自発磁化においてエネルギー的に好ましい方向)を有する参照層1230は、より高速なスピン移動を引き起こし、そして、自由磁化層のヘリシティ1215の反転が誘起される。
【0098】
固定磁化層のヘリシティ1268を有する第2の参照層1263を用いて、自由磁化層のヘリシティ状態を読み出すことができる。例えば、自由層よりも厚い層を用いるか、又は、自由層1210の材料よりも大きな磁気異方性を有する材料(例えば、コバルト、L10相のFePtもしくはFePd、又は、コバルト及びニッケルの積層構造)を用いることによって、磁気ヘリシティの固定を実現することができる。第2の参照層1263は、非磁性層1266を介して、自由磁化層1210から分離されている。ここで、非磁性層1266は、薄い非磁性金属層又は絶縁層である。絶縁層の場合では、第2の参照層1263及び自由磁化層1210は、磁気トンネル接合を形成する。自由磁化層のヘリシティ1215と第2の参照磁化層のヘリシティ1268とが、同じ方向である場合に(すなわち、磁気ヘリシティが、両方共に、時計回りか、又は、反時計回りである場合に)、デバイス1200全体の抵抗値は、自由磁化層のヘリシティ1215と参照磁化層のヘリシティ1235とが、逆方向である場合に比べて、通常、小さくなり、これにより、自由磁化層1210における2つの安定な配向を区別することができる。
【0099】
図13は、本発明の他の実施形態に従う、磁気リングデバイス1300を示しており、このデバイスは、磁気メモリ素子として用いられる。自由磁化層1310は、少なくとも2つの安定した配向(時計回りの配向及び反時計回りの配向)を有する磁気ヘリシティ1315を有することが好ましい。参照層1330は、所定角度の方向に固定された磁化ベクトル1336か、固定された磁気ヘリシティ1335か、又は、所定角度の方向に固定された磁気ベクトル1336と、固定された磁気ヘリシティ1335と、の両方、を有することが好ましい。所定角度の方向に固定された磁化ベクトル1336は、参照層1330がなす平面に対してほぼ垂直であることが好ましい。参照磁化層1330と自由磁化層1310とは、非磁性層1320を介して分離されることが好ましい。
【0100】
電流源1370からの電流パルスを、書込接点1350及び接点1340を介して磁気デバイス1300の各層にわたって印加することにより、自由磁化層のヘリシティの方向を変更又は反転させることができる。制御電流源1370からのパルスは、自由磁化層のヘリシティ1315の反転を引き起こす。参照磁化層1330のスピン運動量は、自由磁化層1310に移動されて、これにより、磁化が変更されると共に、自由磁化層のヘリシティ1315の反転が誘起される。デバイス1300を一方向に流れる電気パルスは、自由磁化層のヘリシティ1315を時計回りの方向にセットし、また、逆方向に流れる電気パルスは、自由磁化層のヘリシティ1315を反時計回りに方向にセットする。
【0101】
制御電流源1370からの電気パルスは、自由磁化層のヘリシティ1315の反転を引き起こす。第2の安定状態に達すると、自由磁化層のヘリシティ1315の反転が停止される。しかしながら、制御電流源1370からの第2の電流パルスを用いると、自由磁化層のヘリシティ1315の反転を、より迅速に停止させることができる。
【0102】
自由磁化層1310に対してほぼ垂直な容易軸(すなわち、強磁性材料内での自発磁化においてエネルギー的に好ましい方向)を有する参照層1330は、より高速なスピン移動を引き起こし、そして、自由磁化層のヘリシティ1315の反転が誘起される。
【0103】
電流注入は、対称的でなくてもよい。電流の局所注入を用いて、自由磁化層のヘリシティ1315の変化を引き起こすことが可能である。スピン角運動量の移動は、参照層1330によりスピン偏極された電流と共に、磁化反転の核形成に役立てられ得る。層1320は、スピンを保持する非磁性層(例えば、Cu、Ag、Au)か、又は、薄い絶縁層(例えば、Al又はMgO)である。リングがわずかに非対称であることにより、スピン運動量移動の間の核形成及び反転が促進される。著しく非対称にすると、磁化安定性が低下するので、これは好ましくない。
【0104】
自由磁化層のヘリシティは、デバイス1300全体の電圧又は抵抗値を測定することにより、決定される。自由磁化層のヘリシティ1315と参照磁化層のヘリシティ1335とが、同じ方向である場合に(すなわち、磁気ヘリシティが、両方共に、時計回りか、又は、反時計回りである場合に)、デバイス1300全体の抵抗値は、自由磁化層のヘリシティ1315と参照磁化層のヘリシティ1335とが、逆方向である場合に比べて、通常、小さくなる。
【0105】
現在用いられている磁気メモリデバイスは、通常、情報を書き込むために(すなわち、デバイスの磁気ヘリシティを変更するために)、比較的高い電流か、又は、低いインピーダンスを必要とする。その一方で、読出は比較的低い電流で実行されるが、大きな読出信号を必要とする。リング形状の磁気デバイス1300では、書込及び読出動作を、デバイスの互いに異なる位置にて実行させることよって、上記の相反する要求に対応している。書込動作は、大きな電流を供給する制御電流源1370と、書込接点1350と、を用いて実行され得る。ここで、書込接点1350は、自由磁化層1310か、又は、参照磁化層1330に、直接的に接触可能であり、従って、低インピーダンスである。自由磁化層1310か、又は、参照磁化層1330に、直接的に接触可能に配置される接点1340によって、書込動作回路が閉じられ、これにより、デバイス1300の全体にわたる回路が閉じられる。
【0106】
読出動作は、別個の読出回路を用いて実行され得る。読出接点1360は、固定された磁化方向又はヘリシティ1365を有する磁気接触部1363と、この磁気接触部1363をデバイス1300から分離する絶縁部1366と、を備え、これにより、デバイス1300との磁気トンネル接合が形成される。別個の読出電流源1380は、比較的小さな電流を、デバイス1300の全体に供給可能であり、また、デバイス1300の電圧又は抵抗値が、読出装置1390によって測定される。
【0107】
好ましくは、デバイスは、その厚さが約10〜200ナノメートルであり、また、外側半径が約0.25〜1ミクロンである。
【0108】
通常の多素子型磁気デバイスは、異なる素子間に強い静磁気的相互作用を有する。この相互作用は、定量化することや制御することが難しく、それゆえ、結果として、デバイスの密度及び性能における問題を深刻化させている。本発明は、この相互作用を最小限に抑えることができる。加えて、このデバイスは、磁界の拡散の問題を回避するので、結果として、漂遊磁界や制御が不十分な磁界に起因する誤差の発生を抑制すると共に、高速な書込及び読出を実現することができる。
【0109】
現時点で考え得る本発明の様々な実施形態について上述したが、これらの実施形態に対して様々な改変が行われ得ることは、理解されるであろう。また、添付した特許請求の範囲については、本発明の真の精神及び範囲に含まれるような全ての改変を包含することが意図されている。
【0110】
磁気メモリセルの状態の読出に用いられ得る巨大磁気抵抗の可能性は、磁気トンネル接合によってもたらされる。磁気トンネル接合は、薄い絶縁層を介して分離される2つの磁化層によって構成される。絶縁層は、電子が量子力学的トンネル効果によってこの層を通過することができるような十分な薄さである。絶縁層の厚さは、通常、0.3〜3nmの間である。
【0111】
大きな磁気抵抗により、大きな読出信号が提供される。巨大磁気抵抗は、酸化マグネシウム(MgO)製絶縁隔壁を用いて形成可能であることが、実験によって示された。磁気抵抗では、各層が反平行に磁化された状態と平行に磁化された状態との間の抵抗変化率を参考にする。上述のMgO製絶縁層では、400%という比較的大きな磁気抵抗が形成された。酸化アルミニウム製絶縁層では、約30%の磁気抵抗が形成された。これらの材料は、両方共、他の絶縁体と同様に、非磁性層N1又はN2として有用であることが分かるであろう。
【0112】
ここで留意すべきことは、スイッチングプロセスの間に、電流が絶縁層を通過しなければならないことである。この例外は、図10に示すデバイスであり、このデバイスには、N1に別個の電気接点が設けられている。これは、絶縁体が、電流の存在下で破損してはならないこと、又は、同様に、電流の存在下で上記接合に生じる電圧の存在下で破損してはならないこと、を意味している。薄い絶縁障壁は、電圧破壊として知られている破損の前では、通常、1V/nmの電界を保持する。上記接合のスイッチングに必要とされる電流は、上記接合にて、絶縁体破壊電界(insulator breakdown electric field)を超過する電界を生成してはならない。
【0113】
デバイスのピン止め磁化層は、垂直磁気異方性を有する材料を含んでいる。垂直磁気異方性は、層がなす平面に対して垂直に磁化が配向するように、磁化を設定する。薄い磁化層は、通常、フィルム面に磁化される。この配向は、通常、比較的低いエネルギー配置であり、これは、層の静磁エネルギーを低下させる。磁化を平面に対して垂直に配向させるためには、垂直磁気異方性が、層の静磁エネルギーと比べて十分に大きくなければならない。
【0114】
これは、数多くの異なる材料を用いて実現可能である。例えば、Fe及びPtの合金、Fe及びPdの合金、Co及びPtの合金、Co及びPdの合金、Co及びAuの合金、Co及びNiの合金である。これは、異種の磁性材料(dissimilar magnetic materials)の間か、又は、磁性材料と非磁性材料との間に、接合部(インターフェイス)を形成することによっても実現可能である。前者の例は、Co及びNiの積層構造であり、また、後者の例は、Co及びAuの積層構造か、又は、Co及びPtの積層構造である。これらの層状材料の利点は、それらが結晶である必要がない点である。つまり、多結晶層で十分である。
【0115】
この層は、電流をスピン偏極する機能を有する。この材料は、効率よくスピン偏極を行わなければならない。Pd又はPtを用いることによる欠点は、これらの元素が、通常、強いスピン散乱を誘起する点である。ここで、スピン散乱は、層のスピン偏極を弱めるものである。効率的なデバイス動作には、層のスピン偏極が十分に(大量に)行われている必要がある。
【0116】
自由層の磁化方向は、電流パルスに応じてスイッチングされる。この電流パルスの振幅を低下させることにより、デバイスの動作に必要な電力を抑制することが望ましい。電流要求は、層の磁化密度、減衰、及び、磁気異方性と関連している。磁化密度及び磁気異方性が低下するほど、スイッチングに必要な電流の振幅も、より小さくなる。磁性材料が非磁性材料と合金化されると、磁性材料の磁化密度は低下する。(当然ながら、これは、合金濃度範囲内においてのみ当てはまることである。最終的には、この材料は非磁性材料になるであろう。)
【0117】
スイッチング電流の振幅とスイッチング時間とが相互依存していることに留意すべきである。例えば、磁化密度が低下すると、磁化反転に要する時間は長くなる。
【0118】
デバイスの信頼性を向上させるためには、自由磁化層の磁化減衰を促進させることが望ましい。減衰の促進により、スイッチングにおけるパラメータ範囲が拡大されることが予想される。つまり、デバイスは、より広範な電流パルス振幅、時間、及び、電流パルス形状を対象として、その状態間にて再現性よくスイッチングを行うことができる。
【0119】
以下の参考文献の全内容が、参照によって、本明細書に組み込まれる。
(1)S. Yuasa et al, Applied Physics Letters 89, 042505 (2006)
(2)J-M. L. Beaujour, W. Chen, K. Krycka, C-C. Kao, J. Z. Sun and A. D. Kent, "Ferromagnetic resonance study of sputtered Co | Ni multilayers," The European Physical Journal B, DOI: 10.1140 (2007)
(3)J-M. L. Beaujour, A. D. Kent and J. Z. Sun, "Ferromagnetic resonance study of polycrystalline Fe_{1-x}V_x alloy thin films" arXiv:0710.2826 (October 2007)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である少なくとも1つの磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含む読出磁化層と、
前記自由磁化層と前記読出磁化層とを空間的に分離する第2の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記第2の非磁性層は、絶縁体を含む磁気デバイス。
【請求項2】
前記第2の非磁性層は、電子が量子力学的トンネル効果によって通過可能なように十分に薄い絶縁体を含む請求項1に記載の磁気デバイス。
【請求項3】
前記第2の非磁性層は、MgO、AlO、SiO、マグネシウム原子と酸素原子との原子数比が1:1以外のマグネシウム酸化物、アルミニウム原子と酸素原子との原子数比が1:1以外のアルミニウム酸化物、及び、ケイ素原子と酸素原子との原子数比が1:1以外のケイ素酸化物、のうち少なくとも1つを含む絶縁体を含む請求項1に記載の磁気デバイス。
【請求項4】
前記第2の非磁性層は、酸化マグネシウムMgOを含む絶縁体を含み、前記酸化マグネシウムMgOは、前記読出磁化層及び前記自由磁化層のうち少なくとも1つを含むエピタキシャル格子配列を有する請求項1に記載の磁気デバイス。
【請求項5】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である少なくとも1つの磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記第1の非磁性層は、絶縁体を含む磁気デバイス。
【請求項6】
前記第1の非磁性層は、電子が量子力学的トンネル効果によって通過可能なように十分に薄い絶縁体を含む請求項5に記載の磁気デバイス。
【請求項7】
前記第1の非磁性層は、MgO、AlO、SiO、マグネシウム原子と酸素原子との原子数比が1:1以外のマグネシウム酸化物、アルミニウム原子と酸素原子との原子数比が1:1以外のアルミニウム酸化物、及び、ケイ素原子と酸素原子との原子数比が1:1以外のケイ素酸化物、のうち少なくとも1つを含む絶縁体を含む請求項5に記載の磁気デバイス。
【請求項8】
前記第1の非磁性層は、酸化マグネシウムMgOを含む絶縁体を含み、前記酸化マグネシウムMgOは、前記ピン止め磁化層及び前記自由磁化層のうち少なくとも1つを含むエピタキシャル格子配列を有する請求項5に記載の磁気デバイス。
【請求項9】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である少なくとも1つの磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記ピン止め磁化層は、垂直磁気異方性成分を有する磁気デバイス。
【請求項10】
前記ピン止め磁化層は、垂直磁気異方性成分を有し、この成分は、磁化を、前記ピン止め磁化層に対して垂直に配向させるために十分な大きさである請求項9に記載の磁気デバイス。
【請求項11】
前記ピン止め磁化層は、垂直磁気異方性成分を有し、かつ、FeとPtとの合金、FeとPdとの合金、CoとPtとの合金、CoとPdとの合金、CoとNiとの合金、及び、CoとAuとの合金、のうち少なくとも1つを含む請求項9に記載の磁気デバイス。
【請求項12】
前記ピン止め磁化層は、異種の材料間の接合部によって実現される垂直磁気異方性成分を有する請求項9に記載の磁気デバイス。
【請求項13】
前記接合部は、Co、Ni、Fe、又は、これらの元素の合金、を含んで構成される請求項12に記載の磁気デバイス。
【請求項14】
前記接合部は、磁性材料と非磁性材料との間に配置され、前記磁性材料は、Co、Ni、Fe、CoとNiとの合金、CoとFeとの合金、NiとFeとの合金、のうち少なくとも1つを含み、かつ、前記非磁性材料は、Cu、Pt、Pd、及び、Au、のうち少なくとも1つを含む請求項13に記載の磁気デバイス。
【請求項15】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である1つ以上の磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記自由磁化層は、Co、Ni、Fe、及び、これらの元素の合金、のうち少なくとも1つを含んで構成され、かつ、前記少なくとも1つは、非磁性元素と更に合金化される磁気デバイス。
【請求項16】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である少なくとも1つの磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記自由磁化層は、Co、Ni、及び、Fe、のうち少なくとも1つを含んで構成され、かつ、Ti、V、Cr、Mn、又は、Cu、と合金化される磁気デバイス。
【請求項17】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である1つ以上の磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記自由磁化層は、Co、Ni、Fe、及び、これらの元素の合金、のうち少なくとも1つを含んで構成され、かつ、前記少なくとも1つは、磁気減衰を促進させる元素と更に合金化される磁気デバイス。
【請求項18】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である少なくとも1つの磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記自由磁化層には、Pd及びPtのうち少なくとも1つがドープされる磁気デバイス。
【請求項19】
磁化方向が固定された磁化ベクトルを含むピン止め磁化層と、
磁化方向が可変である少なくとも1つの磁化ベクトルを含む自由磁化層と、
前記自由磁化層と前記ピン止め磁化層とを空間的に分離する第1の非磁性層と、
を含んで構成され、
前記自由磁化層には、希土類原子がドープされる磁気デバイス。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図2C】
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【図2D】
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【図2E】
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【図3A】
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【図3B】
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【図4】
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【図5A】
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【図5B】
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【図5C】
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【図5D】
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【図5E】
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【図6A】
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【図6B】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公表番号】特表2011−502354(P2011−502354A)
【公表日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−531338(P2010−531338)
【出願日】平成20年10月30日(2008.10.30)
【国際出願番号】PCT/US2008/081893
【国際公開番号】WO2009/059071
【国際公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.FRAM
【出願人】(594032322)ニューヨーク・ユニバーシティ (34)
【氏名又は名称原語表記】New York University
【Fターム(参考)】