説明

イオン注入方法、及び、イオン注入装置

内包原子イオンに加速電極を用いて加速エネルギーを与え、堆積基板上に予め形成しておいた空のフラーレン膜に内包原子を注入する内包フラーレンの製造方法では、イオンビームを構成する荷電粒子が同一極性のイオンである内包原子イオンのみであるので、荷電粒子間で斥力が働き、特に、低エネルギーのイオン注入においてイオンビームが発散するため、フラーレン膜に高密度のイオンを注入することが困難で、内包フラーレンの収率が低いという問題があった。
内包原子イオンからなる荷電粒子及び該内包原子イオンと反対極性の荷電粒子とを含むプラズマを、磁場発生手段により発生させた均一磁場により、堆積基板上の空のフラーレン膜まで輸送し、該堆積基板に印加したバイアス電圧により内包原子に加速エネルギーを与え、該フラーレン膜に内包原子を注入することにした。プラズマを構成する荷電粒子間に引力が働きプラズマが発散しないので、低エネルギーのイオン注入においても、高密度のイオン注入が可能であり、内包フラーレンの収率を向上できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、堆積基板上の有機材料膜又は高分子材料膜に注入イオンを含むプラズマ流を照射し、内包フラーレンなどのイオン注入膜を形成するイオン注入方法、及び、イオン注入装置に関する。
【背景技術】
【0002】
【特許文献1】特開平9−180662
【0003】
【非特許文献1】E.E.B.Campbell, R.Tellgmann, N.Krawez, and I.V.Hertel, J.Phys.Chem Solids Vol 58, No.11, pp.1763-1769, 1997
【0004】
【非特許文献2】プラズマ・核融合学会誌 第75巻第8号 1999年8月p.927〜933「フラーレンプラズマの性質と応用」
【0005】
内包フラーレンは、フラーレンとして知られるC60、C70、C76、C78、C82、C84などの球状炭素分子に、アルカリ金属などの原子を内包した、エレクトロニクス、医療等への応用が期待される材料である。内包フラーレンの製造方法としては、真空室中で生成した内包原子のプラズマから加速電極に印加した加速電圧により内包原子のイオンビームを引き出して、堆積基板上に堆積した空のフラーレン膜に内包原子イオンを打ち込み、内包原子をフラーレン分子に内包させる方式(イオン注入方式)と、真空室中で内包原子イオンからなるプラズマ流を発生させ、発生したプラズマ流にフラーレン蒸気を導入し、フラーレン分子をイオン化し、プラズマ流の下流に配置した堆積基板近傍で互いに極性の異なる内包原子イオンとフラーレンイオンを反応させることで、内包フラーレン膜を堆積させる方式(フラーレンプラズマ反応方式)が知られている。
【0006】
(イオン注入方式の内包フラーレン製造装置)
図12 (a)、(b)は、従来の内包フラーレン製造装置の断面図である。図12(a)に示す従来の内包フラーレン製造装置は、真空チャンバー、イオンソース、加速電極、堆積基板とから構成される。真空チャンバー201は、真空ポンプ202により約10−4Paの真空度に排気している。イオンソースは、加熱フィラメントなどの熱電子放出装置203とアルカリ金属蒸気導入装置204とから構成される。熱電子放出装置203から放出された熱電子が、アルカリ金属蒸気導入装置204により導入されたアルカリ金属などの原子に衝突して原子を電離することにより、図12(a)において、Aとeで示すアルカリ金属イオンと電子とを含むプラズマが発生する。イオンソースにおいて発生したプラズマは、ひとつ又は複数の加速電極、例えば、加速電極205、206によりアルカリ金属イオンのみ取り出して加速エネルギーを与え、堆積基板208上に予め堆積した空のフラーレン膜209に注入する。注入されるイオンのエネルギーは、加速電極により、20eVから500eVまでの範囲で制御される。(非特許文献1)
【0007】
(フラーレンプラズマ方式の内包フラーレン製造装置)
また、従来のフラーレンプラズマ反応方式による内包フラーレンの製造装置は、図12(b)に示すように、真空チャンバー、電磁コイル、プラズマ生成装置、フラーレン導入手段、堆積基板、バイアス電圧印加手段とから構成される。真空チャンバー211は、真空ポンプ212により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成装置は、加熱フィラメント、ホットプレート216、アルカリ金属蒸発用オーブン214、アルカリ金属蒸気導入管215とから構成されている。蒸発用オーブン214で発生させたアルカリ金属蒸気をアルカリ金属蒸気導入管215からホットプレート216上に噴射すると、接触電離によってアルカリ金属イオンと電子からなるプラズマが生成する。
【0008】
生成したプラズマは電磁コイル213により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー211内の軸方向に閉じ込められ、ホットプレート216から堆積基板220に向かって流れるプラズマ流となる。フラーレン導入手段は、フラーレン昇華用オーブン218と、再昇華円筒219とから構成されている。フラーレン昇華用オーブン218から昇華したC60などのフラーレン分子をプラズマ流に噴射すると、電子親和力が大きいC60にプラズマ流を構成する電子が付着してC60の負イオンが発生する。その結果、アルカリ金属として、例えば、ナトリウムを用いた場合に、
Na → Na + e
60 + e → C60
の反応により、プラズマ流は、アルカリ金属イオン、フラーレンイオン、及び残留電子が混在するプラズマ流となる。このようなプラズマ流の下流に堆積基板220を配置し正のバイアス電圧を印加すると、質量が小さく速度が速いアルカリ金属イオンが減速され、質量が大きく速度が遅いフラーレンイオンが加速されることでアルカリ金属イオンとフラーレンイオンの相互作用が大きくなり、内包化が起こりやすくなる。(非特許文献2)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
(イオン注入方式の内包フラーレン製造装置)
内包原子イオンに加速電極を用いて加速エネルギーを与え、堆積基板に予め形成しておいた空のフラーレン膜にイオンを注入する方式では、堆積基板に照射されるイオンビームを構成する荷電粒子が正又は負のいずれか一極性のイオンのみになる。例えば、内包原子がアルカリ金属又は窒素の場合には、イオンビームを構成するイオンは正イオンのみとなり、内包原子がハロゲン元素の場合には、イオンビームを構成するイオンは負イオンのみとなる。
【0010】
図13(a)、(b)は、従来のイオン注入方法を用いた内包フラーレン形成プロセスの説明図である。図13(a)において、アルカリ金属イオン231と電子232とからなるプラズマに対し加速電極233を用いて、20eVから500eV程度の範囲で負の加速電圧を印加する。この加速電圧範囲は、通常のシリコンなどの無機半導体材料を用いたプロセスにおけるイオン注入法で使用される10KeVから200KeVの範囲の加速電圧と比較すると極めて低い加速電圧である。この理由は、加速エネルギーが高すぎると有機材料であるフラーレンのケージを破壊するおそれがあるためである。また、加速エネルギーが低すぎると内包原子イオンがフラーレンのケージを通過できないので、20eV以上の加速電圧が必要である。プラズマを構成する正のアルカリ金属イオンは負電圧を印加した加速電極により加速されて、堆積基板235上に堆積した空のフラーレン膜236に注入される。
【0011】
図13(a)に示す従来のイオン注入方法では、イオンビーム234に含まれる荷電粒子が正のイオンのみであるので、該荷電粒子間に斥力が働きイオンビーム234が発散し、単位面積あたりのイオン密度を高くするのが困難である。従って、図13(b)に示すように、注入される内包原子のイオン密度が低く、堆積基板上の一部のフラーレンのみにイオンが注入され、内包フラーレン236が形成される。そのため、堆積基板上の堆積膜における内包フラーレンの含有量(収率)が低いという問題があった。特に、フラーレンなどの有機材料にイオンを注入する場合のように加速エネルギーが低いイオン注入においては、イオンビームが発散しやすく、高密度イオンビームを注入するのが困難だった。
【0012】
また、図13(b)に示すように、イオンビームが発散するために、堆積基板235に照射されず、製造装置の内壁などに付着するイオンも多かった。内包原子の中では、Naなどのように、腐食性があり、また、水分と激しく反応する材料もあり、製造装置の保守の作業性、安全性の点でも問題があった。
【0013】
(イオンビームの発散を防止した従来のイオン注入装置)
イオンビーム発散防止を目的として、イオンビームを発生するためのイオン源、前記イオン源から引き出されたイオンビームの中から特定のイオン種を選別するための磁場型質量分離器、質量分離されたイオンビームを試料基板に打ち込むためのイオン打ち込み室、質量分離イオンを更に加速するための加速器により構成されるイオンビーム装置において、前記磁場型質量分離器の分析管内にマイクロ波電波と微量な放電ガスを導入し、前記分析管内でプラズマを生成させるイオン注入装置が知られているが、イオン源の他に、質量分離器やイオンビーム中和用のプラズマ発生装置が必要となるため、装置構造が複雑になるという問題があった。(特許文献1)
【0014】
(フラーレンプラズマ方式の内包フラーレン製造装置)
従来のフラーレンプラズマ反応法を用いた内包フラーレンの製造方法では、堆積基板にバイアス電圧を印加することで、軽い内包原子イオンAと、重いフラーレンイオンC60の運動速度を制御して内包化反応がおきる確率を高める工夫がなされている。また、内包原子イオンとフラーレンイオンの衝突エネルギーが高すぎると内包フラーレンが分解してしまい、衝突エネルギーが低すぎると内包化されにくくなる。そこで、内包フラーレンの収率を高めるためには、衝突確率を最適化し、同時に衝突エネルギーを適切な値にする必要がある。しかし、衝突確率向上に適したバイアス電圧と衝突エネルギーを最適にするバイアス電圧が必ずしも一致していないために、従来のフラーレンプラズマ反応法では内包フラーレンの収率を十分高くすることができないという問題があった。
【0015】
研究利用だけではなく、工業利用を目的として内包フラーレンを製造するためには、低エネルギーで高密度のイオンを基板上に輸送し、さらに高い収率で内包フラーレンを製造する方法の開発が求められていた。
【0016】
本発明は、上記課題を解決するために、低エネルギーでも収束性の高い高密度のイオンを堆積基板上に輸送し、内包フラーレンなどのイオン注入生成物を高い効率で製造する製造方法及び製造装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明(1)は、プラズマ生成手段により、少なくとも注入イオン及び前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生させ、磁場の作用により前記プラズマを堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に印加したバイアス電圧により前記注入イオンに加速エネルギーを与え、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射し、前記堆積基板上の材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法である。
【0018】
本発明(2)は、前記バイアス電圧の極性が、前記注入イオンの極性と反対の極性であることを特徴とする前記発明(1)のイオン注入方法である。
【0019】
本発明(3)は、前記堆積基板上に堆積した前記材料膜に前記プラズマを照射することにより、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)のイオン注入方法である。
【0020】
本発明(4)は、前記堆積基板上に前記材料膜を堆積するのと同時に、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射し、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)のイオン注入方法である。
【0021】
本発明(5)は、前記堆積基板上に前記材料膜を堆積する工程と、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射する工程を交互に行うことにより、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする前記発明(1)又は前記発明(2)のイオン注入方法である。
【0022】
本発明(6)は、フラーレンからなる材料膜にイオンを注入することにより、内包フラーレン又はヘテロフラーレンを生成することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(5)のイオン注入方法である。
【0023】
本発明(7)は、前記加速エネルギーが、10eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする前記発明(6)のイオン注入方法である。
【0024】
本発明(8)は、前記加速エネルギーが、20eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする前記発明(6)のイオン注入方法である。
【0025】
本発明(9)は、前記材料膜が、カーボンナノチューブ、有機ELの材料膜、太陽電池の材料膜、燃料電池の材料膜、有機半導体材料膜、又は、導電性高分子材料膜であることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(5)のいずれか1項記載のイオン注入方法である。
【0026】
本発明(10)は、前記加速エネルギーが、0.5eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする前記発明(9)のイオン注入方法である。
【0027】
本発明(11)は、前記注入イオンのイオン電流密度が1μA/cm以上であることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(10)のイオン注入方法である。
【0028】
本発明(12)は、前記堆積基板から離間して前記プラズマ中にグリッド電極を配置して、前記グリッド電極に印加する電圧によりプラズマ電位を制御して前記注入イオンを注入することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(11)のイオン注入方法である。
【0029】
本発明(13)は、前記堆積基板と前記グリッド電極との距離が、1mm以上50mm以下の範囲の距離であることを特徴とする前記発明(12)のイオン注入方法である。
【0030】
本発明(14)は、前記堆積基板を同心円状に分割した複数の堆積プレートとし、前記複数の堆積プレートに印加するバイアス電圧を独立に制御して前記注入イオンを注入することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(13)のイオン注入方法である。
【0031】
本発明(15)は、冷却手段により前記堆積基板を冷却して、前記注入イオンを注入することを特徴とする前記発明(8)乃至前記発明(14)のイオン注入方法である。
【0032】
本発明(16)は、真空容器と、前記真空容器内で少なくとも注入イオン及び前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段と、前記堆積基板上に材料膜を堆積する材料膜堆積手段とからなるイオン注入装置である。
【0033】
本発明(17)は、真空容器と、前記真空容器内で少なくとも注入イオン及び前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段とからなるイオン注入装置である。
【0034】
本発明(18)は、前記堆積基板が、コンベア又は回転円筒からなる堆積基板であることを特徴とする前記発明(16)又は前記発明(17)のイオン注入装置である。
【0035】
本発明(19)は、ベルトコンベア又は回転円筒からなる搬送装置を有し、前記搬送装置が前記真空装置の中で複数の前記堆積基板を支持し搬送することを特徴とする前記発明(16)又は前記発明(17)のイオン注入装置である。
【0036】
本発明(20)は、前記堆積基板が導電性の挟着部材により前記搬送装置に支持されることを特徴とする前記発明(19)のイオン注入装置である。
【0037】
本発明(21)は、前記堆積基板を冷却する冷却手段を備えたことを特徴とする前記発明(19)又は前記発明(20)ののイオン注入装置である。
【発明の効果】
【0038】
1.注入イオン及び注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを磁場により輸送しイオン注入を行うので、プラズマを構成する荷電粒子間に引力が働き、プラズマが発散しにくい。簡単な構成の製造装置を用いて、低エネルギーでも高密度のイオン注入を行うことが可能である。
2.収束性の高いプラズマを堆積基板に向けて照射できるので、堆積基板以外の装置内壁に照射されるプラズマ量を低減でき、装置の汚染が少ない。保守作業が容易であり、また、原材料の使用効率も高い。
3.注入イオンのイオン密度を高めることで注入イオンと材料膜を構成する分子の衝突確率を向上でき、堆積基板に印加するバイアス電圧を制御することで注入イオンの加速エネルギーを制御できる。衝突確率、加速エネルギーを独立に異なるプロセスパラメータで制御できるので、イオン注入プロセスの制御性を向上できる。
4.内包フラーレンやヘテロフラーレンなどのフラーレン類を効率よく生成できるので、工業利用のためのフラーレン類の大量生産が可能になる。
5.高エネルギーでイオン注入を行うと損傷を受けやすい有機材料や高分子材料に、低エネルギーで高密度のイオン注入を行うことが可能である。
6.本発明の材料膜の堆積とプラズマ流の照射を同時又は交互に行う方式のイオン注入方法によれば、材料膜の厚さ方向に均一にイオンを注入することが可能で、フラーレン類の大量生成、不純物の均一ドープに有用である。
7.本発明の堆積基板に堆積した材料膜にプラズマを照射してイオン注入を行う方式では、真空装置内にイオン注入装置の他に、材料膜の堆積装置を備える必要がないので、装置構成が簡単になる。
8.本発明のグリッド電極によりプラズマの電位を制御するイオン注入方法によれば、堆積基板に印加したバイアス電圧が作用する領域範囲を制御することができ、プラズマ流の収束性をより高めることができる。
9.本発明の分割プレートからなる堆積基板を用いたイオン注入方法によれば、イオンの面内密度分布が不均一なプラズマでも、堆積基板面内で均一なイオン注入を行うことが可能になり、イオン注入生成物の収率を向上できる。
10.本発明の連続処理システムを用いたイオン注入装置によれば、注入イオン原料の供給、材料膜原料の供給、材料膜の堆積、イオン注入、生成物の回収を連続して自動で行うことができ、イオン注入生成物の大量生産が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】(a)、(b)は、それぞれ、本発明のイオン注入装置の第一具体例、第二具体例に係る断面図である。
【図2】(a)、(b)は、それぞれ、本発明のイオン注入装置の第三具体例、第四具体例に係る断面図である。
【図3】(a)、(b)は、本発明のイオン注入方法を用いた内包フラーレン生成プロセスの説明図である。
【図4】(a)、(b)は、本発明のイオン注入方法を用いた内包フラーレン生成プロセスの説明図である。
【図5】(a)、(b)、(c)は、本発明のイオン注入装置に係るグリッド電極の機能の説明図である。
【図6】(a)、(b)、(c)は、本発明のイオン注入装置に係る分割基板の機能の説明図である。
【図7】連続処理システムを備えた本発明のイオン注入装置に係る断面図である。
【図8】(a)乃至(f)は、本発明のイオン注入装置の連続処理システムに係る堆積基板の具体例の斜視図である。
【図9】(a)、(b)は、本発明のイオン注入装置における電気的導通手段と冷却手段を備えた堆積基板の断面図である。
【図10】本発明のイオン注入方法で生成したNa内包C60の質量分析結果を示す図である。
【図11】Na内包C60の収率の注入エネルギー依存性を示す図である。
【図12】(a)、(b)は、従来の内包フラーレン製造装置の断面図である。
【図13】(a)、(b)は、従来のイオン注入方法を用いた内包フラーレン形成プロセスの説明図である。
【符号の説明】
【0040】
1、21、41、61、141 真空チャンバー
2、22、42、62、142 真空ポンプ
3、23、43、47、48、63、143 電磁コイル
4、24、144 アルカリ金属昇華オーブン
5、25、145 アルカリ金属蒸気導入管
6、26、146 ホットプレート
7、27、67、147、161 プラズマ流
8、54、149 フラーレン昇華オーブン
9、55、150 フラーレン蒸気導入管
10、28、56、68、165、166、169 基板
11、29、57、69、153 堆積膜
12、30、58、70、154 バイアス電圧印加用電源
148 連続処理システム
150 駆動用ローラー
152、162 ベルトコンベア
155 ゲートバルブ
156 ロードロックチャンバー
163 プラズマ流遮蔽板
164 開口部
167 回転円筒
168 回転軸
44 マイクロ波発信器
45、64 ガス導入管
46、65 プラズマ生成室
49 PMHアンテナ
50 プラズマ
51 電子温度制御電極
52 電子温度制御用電源
53、101、111、121、125 プラズマ流
71 グリッド電極
72 グリッド電圧印加用電源
102、112 正イオン
103 電子
104、114、122、126、127、132、133、134、135 堆積基板
105、115、123、128、129 堆積膜
106、116、124、130、131 バイアス電圧印加用電源
107、117 第一のグリッド電極
118 第二のグリッド電極
119 グリッド電圧印加用電源
113 負イオン
171、181 堆積基板支持部材
172、182 プラスティック基板
173、183 ITO電極
174、184 有機材料膜
175、185 挟着部材
176、186 冷却手段
177、187 バイアス電圧印加用電源
81、91 プラズマ流
82 フラーレン蒸気導入管
83、92 基板
84、93 バイアス電圧印加用電源
85、94、231 正イオン
86、95、236 フラーレン分子
87、96、232 電子
88、97、237 内包フラーレン分子
201、211 真空チャンバー
202、212 真空ポンプ
203 熱電子放出装置
204 アルカリ金属蒸気導入装置
205、206、233 加速電極
207、234 イオンビーム
208、220、235 基板
209 堆積膜
213 電磁コイル
214 アルカリ金属昇華オーブン
215 アルカリ金属蒸気導入管
216 ホットプレート
217 プラズマ流
218 フラーレン昇華オーブン
219 再昇華用円筒
221 バイアス電圧印加用電源
231 正イオン
232 電子
233 加速電極
234 イオンビーム
235 基板
【発明を実施するための最良の形態】
【0041】
以下、本発明の最良形態について説明する。
【0042】
(イオン注入方法)
本発明のイオン注入方法は、注入イオン、及び、前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生させ、磁場の作用により前記プラズマを堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に印加したバイアス電圧により前記注入イオンに加速エネルギーを与え、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射し、前記堆積基板上の材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法である。
【0043】
堆積基板上に材料膜を形成する方法は、例えば、以下に示す方法から選択することができる。
1.イオン注入装置内に、材料膜を構成する原子又は分子からなる蒸気を堆積基板に向かって噴射する蒸気導入部を配置し、堆積基板上に材料膜の堆積を行うのと同時に、内包原子プラズマを堆積基板に向けて照射しイオン注入を行う。材料膜の堆積は、蒸気を噴射する蒸着法に限らず、スパッター法、CVD法などの堆積方法を用いてもよい。
2.材料膜の堆積装置を備えた本発明のイオン注入装置に連続処理システムを配置し、同一真空室中で、極めて薄い材料膜の堆積とイオン注入を交互に繰り返し、最終的に所定の膜厚の生成膜を得る。材料膜の堆積装置とイオン注入装置は、互いに同期をとってプロセスの制御を行う。
3.堆積装置により基板上に材料膜を堆積してから、本発明のイオン注入装置により該材料膜に注入イオンを注入する。堆積装置とイオン注入装置は、独立した真空装置(ex−situプロセス)であってもよいし、共通の真空装置(in−situプロセス)であってもよい。
【0044】
図3(a)、(b)は、本発明のイオン注入方法を用いた内包フラーレン生成プロセスに関し、堆積基板に対しフラーレン蒸気を噴射し、アルカリ金属イオンを含むプラズマ流を堆積基板に照射して堆積基板上にアルカリ金属内包フラーレンを形成する場合の説明図である。フラーレン蒸気の噴射とプラズマ流の照射は、同時に行ってもよいし、交互に行ってもよい。
【0045】
図3(a)において、プラズマ流81はアルカリ金属からなる正イオン85と電子87からなるプラズマである。プラズマ流81を構成する荷電粒子は、電磁コイル又は磁石により発生した磁場の作用により、堆積基板83に向かって移動する。プラズマ流81は正イオンと負の荷電粒子である電子がほぼ同密度で存在し、荷電粒子が互いに引力を及ぼすので発散しにくい。そのため、高密度の正イオンを堆積基板83に向かって輸送することができる。
【0046】
図3(b)において、堆積基板83に対し、フラーレン分子86の噴射とプラズマ流81の照射を同時又は交互に行う。堆積基板83には、バイアス電圧印加用電源84により負のバイアス電圧を印加しているので、アルカリ金属イオン85は加速エネルギーを得て堆積基板83上に堆積したフラーレン分子に衝突し、フラーレン分子に内包されて、内包フラーレン88になる。
【0047】
イオンを材料膜に注入する場合、注入されるイオン密度の深さ分布は材料膜の表面付近にピークを持つ分布となる。そのため、厚い材料膜の表面からイオンを注入する場合は、材料膜の表面から離れた領域に注入されるイオン量は少なくなる。一方、本発明の材料膜の堆積とプラズマ流の照射を同時又は交互に行う方法によれば、材料膜の深さ方向に比較的均一にイオンを注入することが可能であり、内包フラーレンやヘテロフラーレンの生成のように生成物の収量を多くしたいときや、不純物注入において深さ方向にも均一に不純物を注入したい場合に有利な方法である。
【0048】
図4(a)、(b)は、本発明のイオン注入方法を用いた内包フラーレン生成プロセスに関し、堆積基板に堆積したフラーレン膜に対し、アルカリ金属イオンを含むプラズマ流を照射してアルカリ金属内包フラーレンを形成する場合の説明図である。
【0049】
図4(a)において、プラズマ流91はアルカリ金属からなる正イオン94と電子96からなるプラズマである。プラズマ流91を構成する荷電粒子は、電磁コイル又は磁石により発生した磁場の作用により、堆積基板92に向かって移動する。プラズマ流91は正イオンと負の荷電粒子である電子がほぼ同密度で存在し、荷電粒子が互いに引力を及ぼすので発散しにくい。そのため、高密度の正イオンを堆積基板92に向かって輸送することができる。堆積基板92上には、フラーレン分子95からなる薄膜が堆積されている。
【0050】
図4(b)において、堆積基板92には、バイアス電圧印加用電源93により負のバイアス電圧を印加しているので、アルカリ金属イオン94は加速エネルギーを得て堆積基板92上に堆積したフラーレン分子に衝突し、フラーレン分子に内包されて、内包フラーレン97になる。
【0051】
本発明の堆積基板に堆積した材料膜にイオン注入する方法は、材料膜の表面にしかイオンが注入されないが、材料膜が十分薄い場合や、材料膜の表面のみに不純物を注入すればよい場合は、イオン注入装置の内部に材料膜の堆積装置を配置する必要がないので、装置構成を簡単にできるという点で有利な方法である。
【0052】
(イオン注入装置)
以下、本発明のイオン注入装置を図に示す具体例を参照しながら説明する。
【0053】
第一具体例
図1(a)は、本発明のイオン注入装置の第一具体例に係る断面図である。本発明の第一具体例は、接触電離方式のプラズマ生成装置によりアルカリ金属イオンからなるプラズマを生成し、生成したプラズマを堆積基板に照射し、同時にフラーレン蒸気を堆積基板に噴射し、アルカリ金属内包フラーレンを製造するイオン注入装置である。
【0054】
真空チャンバー1は、真空ポンプ2により約10−4Paの真空度に排気している。アルカリ金属昇華オーブン4により、オーブンに充填したアルカリ金属を昇華し、アルカリ金属蒸気導入管5よりホットプレート6にアルカリ金属蒸気を噴射する。アルカリ金属蒸気はホットプレート6上で電離しアルカリ金属イオンと電子からなるプラズマが生成する。
【0055】
真空チャンバー1の周りに電磁コイル3を配置して、生成したプラズマに均一磁場(B=2〜7kG)を作用させる。プラズマを構成するイオンと電子は磁場方向に直交する平面内でラーモア運動と呼ばれる円運動する。そのため、プラズマはホットプレートとほぼ同一形状の断面を持つ空間内に閉じ込められ、拡散によりホットプレート6から、真空チャンバー1内におけるプラズマ生成装置の対面に配置した堆積基板10に向かって流れるプラズマ流となる。
【0056】
堆積基板10には、バイアス電圧印加用電源12により負のバイアス電圧を印加している。プラズマ中のアルカリ金属イオンは、堆積基板10に印加されたバイアス電圧により加速エネルギーを与えられ、堆積基板10に向かって照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン8で昇華してフラーレン蒸気導入管9から堆積基板10に向かって噴射する。堆積基板に堆積したフラーレン膜11にアルカリ金属イオンが衝突し、アルカリ金属内包フラーレンが形成される。
【0057】
堆積基板の材料は、ステンレス、アルミニウム、銅などの導電性材料を用いることができる。堆積基板に印加するバイアス電圧(絶対値)の最適値は、堆積された有機材料膜や注入されるイオンの種類によって変化するが、Na内包C60の場合には、20Vから500Vの範囲で制御するのが好ましい。印加するバイアス電圧とイオンの加速エネルギーは比例し、例えば、−1Vのバイアス電圧を印加すると、Naイオンは1eVの加速エネルギーを得る。正イオンに対しては負のバイアス電圧を作用させ、負イオンに対しては正のバイアス電圧を作用させることにより、イオンに対して加速エネルギーを与えることができる。
【0058】
加速エネルギーが20eV以下であると、Naがフラーレンのケージの中に入りにくく、加速エネルギーが500eV以上であると、Naが衝突することで、フラーレンケージが破壊されやすくなる。加速エネルギーが20eVから500eVまでの範囲であれば、Naがケージの中に入りやすく、フラーレンケージの破壊が起きにくい。
【0059】
本発明のイオン注入方法は、注入イオンからなる荷電粒子、及び、注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを、磁界の中に閉じ込め、堆積基板に向かって輸送することでプラズマを構成する荷電粒子間に互いに引力が働くため、プラズマが発散せず、高密度のイオンを堆積基板上の材料膜に注入することが可能である。
【0060】
第二具体例
図1(b)は、本発明のイオン注入装置の第二具体例に係る断面図である。本発明の第二具体例は、接触電離方式のプラズマ生成装置によりアルカリ金属イオンからなるプラズマを生成し、生成したプラズマを堆積基板上に堆積したフラーレン膜に照射し、アルカリ金属内包フラーレンを製造するイオン注入装置である。
【0061】
真空チャンバー21は、真空ポンプ22により約10−4Paの真空度に排気している。アルカリ金属昇華オーブン24により、オーブンに充填したアルカリ金属を昇華し、アルカリ金属蒸気導入管25よりホットプレート26にアルカリ金属蒸気を噴射する。アルカリ金属蒸気はホットプレート26上で電離しアルカリ金属イオンと電子からなるプラズマが生成する。生成したプラズマは電磁コイル23により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー21内の軸方向に閉じ込められ、ホットプレート26から堆積基板28に向かって流れるプラズマ流となる。
【0062】
真空チャンバー21内に配置した堆積基板28には、バイアス電圧印加用電源30により負のバイアス電圧を印加している。プラズマ中のアルカリ金属イオンは、堆積基板28に印加されたバイアス電圧により加速エネルギーを与えられ、堆積基板28上に予め堆積したフラーレン膜29に向かって照射され、フラーレン膜29にアルカリ金属イオンが衝突し、アルカリ金属内包フラーレンが形成される。
【0063】
予め堆積基板上にフラーレン膜を堆積する装置は、本発明のイオン注入装置と独立した堆積装置でもよいし、同一の真空チャンバーに組み込んだ堆積装置であってもよい。また、堆積方法としては、蒸着法に限らず、スパッター法、CVD法などの堆積方法を用いてもよい。
【0064】
第三具体例
図2(a)は、本発明のイオン注入装置の第三具体例に係る断面図である。本発明の第三具体例は、ECRプラズマ生成装置により窒素イオンからなるプラズマを生成し、生成した窒素イオンをフラーレンに注入し、窒素内包フラーレンを製造するイオン注入装置である。
【0065】
真空チャンバー41とプラズマ生成室46は、連通した真空容器であり、真空ポンプ42により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成室46に窒素ガス導入管45から窒素ガスを導入し、マイクロ波発振器44により前記窒素ガスを構成する原子や分子を励起して窒素プラズマを生成する。電磁コイル47、48は、例えば、プラズマ生成室46を取り巻くように円形とされたものを互いに離間状態で配置し、同方向に電流を流す。電磁コイル47、48の近傍では強い磁場が形成され、電磁コイル47、48の間では弱い磁場が形成される。強い磁場のところでイオンや電子の跳ね返えりが起きるので、一時的に閉じ込められた高エネルギーのプラズマが形成され、窒素1個からなるNイオンを多く含むプラズマ50を発生させることができる。
【0066】
PMHアンテナ49は、複数のコイルエレメントの位相を変えて高周波電力(13.56MHz、MAX2kW)を供給するもので、各コイルエレメント間にはより大きな電界差が生じることになる。従って、プラズマ生成室46内において発生するプラズマ50はその全域においてより高密度なものになる。
【0067】
生成したプラズマ50は電磁コイル43により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー41内の軸方向に閉じ込められ、プラズマ生成室46から真空チャンバー41内に配置した堆積基板56に向かって流れるプラズマ流53となる。プラズマ流53の途中に、バイアス電源52によりバイアス電圧を印加したグリッド電極51を配置することにより、プラズマ中の電子のエネルギーを制御することができる。堆積基板56には、バイアス電圧印加用電源58により負のバイアス電圧を印加している。プラズマ中のNイオンは、堆積基板56に印加されたバイアス電圧により加速エネルギーを与えられ、堆積基板56に向かって照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン54で昇華してフラーレン蒸気導入管55から堆積基板56に向かって噴射する。堆積基板56に堆積したフラーレン膜57に窒素イオンが衝突し、窒素内包フラーレンが生成される。
【0068】
第四具体例
図2(b)は、本発明のイオン注入装置の第四具体例に係る断面図である。本発明の第四具体例は、高周波誘導方式のプラズマ生成装置によりハロゲン原子イオンからなるプラズマを生成し、生成したプラズマを堆積基板上に堆積したフラーレン膜に照射し、ハロゲン原子内包フラーレンを製造するイオン注入装置である。
【0069】
真空チャンバー61は、真空ポンプ62により約10−4Paの真空度に排気している。ハロゲン原子として例えばフッ素を内包する内包フラーレンを生成する場合は、ガス導入管64から例えばCFからなる原料ガスをプラズマ生成室65に導入し、プラズマ生成室の周囲に配置した高周波誘導コイル66により高周波電力を供給して原料ガスを励起しCFとFと電子を含むプラズマを生成する。
【0070】
生成したプラズマは電磁コイル63により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー61内の軸方向に閉じ込められ、プラズマ生成室65から真空チャンバー61内に配置した堆積基板68に向かって流れるプラズマ流となる。プラズマ流の途中に電源72により正のバイアス電圧を印加したグリッド電極71を配置している。プラズマ中の正イオンは、グリッド電極71に印加された正電圧により斥力を受けるので、グリッド電極を通過できない。堆積基板68に対しては、フッ素イオンと電子のみが照射されるので、内包フラーレンの生成に不要なイオンを除去することができる。
【0071】
堆積基板68には、バイアス電圧印加用電源70により正のバイアス電圧を印加している。プラズマ中のフッ素イオンは、堆積基板68に印加されたバイアス電圧により加速エネルギーを与えられ、堆積基板68上に予め堆積したフラーレン膜69に向かって照射され、フラーレン膜69にフッ素イオンが衝突し、フッ素内包フラーレンが形成される。
【0072】
(グリッド電極)
プラズマ流は堆積基板に対し直接照射してもよいが、グリッド電極をプラズマ流の途中に配置し、グリッド電極に印加するバイアス電圧によりプラズマ電位を制御しながら照射するのが好ましい。図5(a)、(b)、(c)は、本発明のイオン注入装置に係るグリッド電極の機能の説明図である。
【0073】
図5(a)は、プラズマ電位制御用のグリッド電極を用いずに、正イオンを含むプラズマをフラーレン膜に照射してイオン注入を行う場合の説明図であり、図5(b)は、プラズマ電位制御用のグリッド電極を用いて、正イオンを含むプラズマをフラーレン膜に照射してイオン注入を行う場合の説明図である。
【0074】
図5(a)において、注入対象となる正イオン102と反対極性の電子103を含んだプラズマ流が磁場により輸送される。堆積基板104に印加された負のバイアス電圧により、正イオン102を加速して堆積基板104上の堆積膜105にイオン注入を行う。しかし、堆積基板104の近傍ではプラズマ中の電子103が斥力を受け、正イオン102が引力を受けるため、正イオン密度が電子密度より高くなる。そのため、プラズマの中和条件が保たれず、プラズマを構成する荷電粒子が互いに反発し、プラズマ流が発散しやすくなる。
【0075】
一方、図5(b)において、堆積基板104のプラズマ上流側に、堆積基板104と離間してグリッド電極107を配置している。さらに、グリッド電極107を、例えば接地電位とする。グリッド電極107が堆積基板に印加したバイアス電圧の影響を遮蔽し、グリッド電極107と堆積基板104の間のプラズマ空間では、プラズマに対するバイアス電圧が作用するが、グリッド電極107よりプラズマ上流側にはバイアス電圧が作用しない。
【0076】
グリッド電極107を設け適切な電位にすることにより、プラズマ流にバイアス電圧が作用する領域を堆積基板とグリッド電極間の限られた領域に限定することができる。すなわち、グリッド電極107まではプラズマが中和条件を保ち高密度で輸送され、グリッド電極107と堆積基板104の間の領域でバイアス電圧を作用させ内包原子に加速エネルギーを与えることができる。堆積基板104とグリッド電極107の距離は、1mm以上、50mm以下が好ましく、低い加速エネルギーでも高密度のイオン注入が可能である。
【0077】
図5(c)は、ハロゲン元素などの負イオンを含むプラズマをフラーレン膜に照射してイオン注入を行う場合の説明図である。図5(c)において、注入対象となる負イオン113と反対極性の正イオン112を含んだプラズマ流が磁場により輸送される。堆積基板114に印加された正のバイアス電圧により、負イオン113に加速エネルギーを与えて、堆積膜115にイオン注入を行う。堆積基板114のプラズマ上流側に、堆積基板114と離間してグリッド電極118を配置している。グリッド電極118に、正のバイアス電圧を印加することにより、イオン注入に不要な正イオン112を除去する。グリッド電極118のさらにプラズマ上流側にグリッド電極117を配置して、グリッド電極117を、例えば接地電位とする。グリッド電極117が堆積基板114及びグリッド電極118に印加したバイアス電圧の影響を遮蔽し、グリッド電極117よりプラズマ流の上流側にはバイアス電圧が作用しない。
【0078】
グリッド電極117を設け適切な電位にすることにより、プラズマ流にバイアス電圧が作用する領域を堆積基板とグリッド電極間の限られた領域に限定することができる。すなわち、グリッド電極117まではプラズマが中和条件を保ち高密度で輸送され、グリッド電極117と堆積基板114の間の領域でバイアス電圧を作用させ内包原子に加速エネルギーを与えることができる。堆積基板114とグリッド電極117の距離は、1mm以上、50mm以下が好ましく、低い加速エネルギーでも高密度のイオン注入が可能である。
【0079】
(分割基板)
内包フラーレンを堆積する基板は、一枚の連続した基板(非分割プレート)を用いてもよいが、プラズマ中のイオン密度分布に応じて分割基板を用いることも可能である。図6(a)、(b)、(c)は、本発明のイオン注入装置に係る分割基板の機能の説明図である。例えば、アルカリ金属プラズマのように接触電離方式のプラズマ源を用い生成したプラズマの場合、イオン密度の断面内分布は必ずしも一様にならず、図6(a)に示すように、断面中心にピークを持つ不均一な密度分布になる場合がある。
【0080】
図6(a)は、堆積基板が非分割プレートからなる場合のプラズマ流121におけるアルカリ金属イオン密度の分布を示す図である。アルカリ金属イオンは、断面内において一様な負のバイアス電圧を印加した堆積基板により加速エネルギーを与えられて、堆積基板122に堆積されたフラーレン膜123に注入されるが、断面内のイオン密度は堆積基板から離れた位置においても、堆積基板近傍においても同様に不均一であり、断面中心のイオン注入量が多くなり、断面外周のイオン注入量が少なくなるので、堆積基板周辺のフラーレン膜における内包フラーレンの収率が低くなる。
【0081】
一方、図6(c)、(d)に示すように、堆積基板の平面形状をプラズマ密度の断面内分布に合わせて、例えば、同心円状の分割プレートから構成される形状とし、図6(b)に示すように、各分割プレートに独立制御したバイアス電圧を印加する。例えば、周辺プレート127、中心プレート126に対し、それぞれ、バイアス電源131とバイアス電源130から負のバイアス電圧を印加する。周辺プレート127に対するバイアス電圧の絶対値を、中心プレート126に対するバイアス電圧の絶対値よりも大きくすると、プラズマ流を構成するアルカリ金属イオンに対し、周辺プレートが中心プレートよりも強い引力を作用させるため、アルカリ金属イオン密度分布がより広がって断面内においてより均一なものとなる。そのため、注入されるイオン密度もフラーレン膜128、129において、より均一なものとなるため、内包フラーレンの収率を向上できる。
【0082】
(プロセス条件の制御)
本発明のイオン注入装置において、プラズマ中のイオン、電子の密度やエネルギーなどの物理量を測定する手段を設け、測定した物理量によりプロセス条件を制御することも可能である。例えば、プラズマ中の電子密度を測定する手段として、堆積基板の前面にラングミュアプローブを配置し、プローブ電流測定装置によりプローブに流れる電子による電流を測定し、プラズマ中における電子密度を測定することができる。測定値に応じて、例えば、堆積基板に印加するバイアス電圧を制御し、内包フラーレンの収率をさらに最適化することが可能である。バイアス電圧の制御方法は、オペレータが該測定値をみて手動でバイアス電圧を制御してもよいし、コンピュータによる自動制御を行ってもよい。
【0083】
例えば、イオン又は電子の密度が高い場合は、バイアス電圧の絶対値を小さくする。あるいは、イオン又は電子のエネルギーが高い場合は、バイアス電圧の絶対値を小さくする。バイアス電圧を制御することで、プラズマの状態に応じて、プラズマ中の注入イオンに対し最適の加速エネルギーを与えることができ、内包フラーレンの収率をさらに向上することが可能である。
【0084】
(連続処理システム)
図7は、連続処理システムを備えた本発明のイオン注入装置の断面図である。図7に示すイオン注入装置では、連続処理システムを用いて、フラーレン膜の堆積と該フラーレン膜に対するイオン注入を連続して行っている。
【0085】
真空チャンバー141は、真空ポンプ142により約10−4Paの真空度に排気している。アルカリ金属昇華オーブン144により、オーブンに充填したアルカリ金属を昇華し、アルカリ金属蒸気導入管145よりホットプレート146にアルカリ金属蒸気を噴射する。アルカリ金属蒸気はホットプレート146上で電離しアルカリ金属イオンと電子からなるプラズマが生成する。
【0086】
生成したプラズマは電磁コイル143により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー141内の軸方向に閉じ込められ、ホットプレート146から連続処理システム148に向かって流れるプラズマ流147となる。
【0087】
連続処理システム148は、堆積基板を兼ねた搬送機構である導電性のコンベア152とコンベア駆動用ローラー151とから構成される。また、連続処理システム148に隣接して、フラーレン堆積装置と内包フラーレン回収装置が配置されている。
【0088】
フラーレン堆積装置は、フラーレン昇華用オーブン149、フラーレン蒸気導入管150から構成され、コンベア152にフラーレン蒸気を噴射し、コンベア152上にフラーレン膜を堆積する。また、内包フラーレンン回収装置は、図示しない内包フラーレン回収手段、ゲートバルブ155、ロードロックチャンバー156とから構成される。
【0089】
コンベア152上に堆積されたフラーレン膜153がフラーレン堆積装置、イオン注入装置、内包フラーレン回収装置間を移動できるようにコンベア152は配置されている。堆積装置によりコンベア151上に堆積したフラーレン膜に対し、イオン注入装置によりプラズマ流147を照射して、コンベア152にバイアス電圧印加用電源154から負のバイアス電圧を印加し、プラズマ流147中のアルカリ金属イオンに加速エネルギーを与え、イオン注入を行い、内包フラーレンを生成する。生成された内包フラーレンは内包フラーレン回収手段により回収され、ロードロックチャンバー156に取り出される。
【0090】
堆積装置による堆積プロセス、イオン注入装置によるイオン注入プロセス、回収装置による内包フラーレンの回収プロセス、コンベアの駆動は、いずれも、コンピュータにより同期制御される。コンベアの駆動方式としては、(1)一方向連続駆動、(2)一方向ステップ駆動、(3)双方向ステップ駆動のいずれの駆動方式を用いることも可能である。
【0091】
特に、双方向ステップ駆動方式を用いて、堆積装置においてフラーレンの極めて薄い層を堆積基板上に堆積した後、該フラーレン層をイオン注入装置に移動して内包原子を注入し、再び、堆積装置にフラーレン層を移動して該フラーレン層の上に極めて薄いフラーレン層を堆積するという工程を繰り返し、最終的に、所定の膜厚の内包フラーレン膜を形成する方法によれば、堆積したフラーレン膜の厚さ方向に関して均等に内包原子イオンを注入することが可能であり、内包フラーレンの収率を増やすことができる。
【0092】
また、内包フラーレン膜の自動回収手段を用いて、コンベア151上に形成した内包フラーレンを自動的、連続的に回収することが可能である。同時に、アルカリ金属蒸発用オーブン144にアルカリ金属を自動的に供給する手段と、フラーレン昇華用オーブン149にフラーレンを自動的に供給する手段を配置することも可能である。内包フラーレンの原料を自動的に供給しながら、同時に堆積基板上に形成した内包フラーレンを自動的に回収できるので、内包フラーレンの製造を半永久的に継続することができ、内包フラーレンの大量生産を行うことが可能である。
【0093】
(連続処理システムにおける堆積基板)
以上説明を行った本発明のイオン注入装置の連続処理システムでは、複数の異なる形態の堆積基板を用いることが可能である。図8(a)乃至(f)は、連続処理システムに係る堆積基板の具体例を示す斜視図である。
【0094】
図8(a)は、図7に示す本発明のイオン注入装置において説明した形態の堆積基板である。駆動用ローラーで駆動するコンベア162にプラズマ161を照射して、コンベア162上に堆積した図示しないフラーレン膜に対しイオンを注入する。
【0095】
図8(b)は、コンベアの前面、プラズマ側にプラズマ流の遮蔽用部材を配置した堆積基板である。図8(a)に示す堆積基板と同様に、駆動用ローラで駆動するコンベア162にプラズマ161を照射して、コンベア162上に堆積した図示しないフラーレン膜に対しイオンを注入する。図8(b)に示す堆積基板では、プラズマの形状などに合わせた開口部を持つプラズマ流遮蔽板163を、堆積基板近傍のプラズマ流側に配置している。堆積基板上のイオン注入が不要な部分へのイオン注入を防止できるので、堆積基板の汚染防止などに効果がある。
【0096】
また、コンベア上に直接、フラーレン膜の堆積や、イオン注入を行うのではなく、コンベア162上に装着した単数、あるいは、複数の堆積基板165に対して、フラーレン膜の堆積や、イオン注入を行うことも可能である。図8(c)は、堆積基板が円形の場合であり、図8(d)は、堆積基板が長方形、あるいは、正方形の場合である。もちろん、コンベア上に装着する堆積基板の形状は、円形、矩形以外の任意の形状とすることが可能である。
【0097】
図8(e)、(f)は、連続処理システムが、コンベアではなく、回転軸168を中心に回転可能な円筒により駆動される場合の連続処理システムの斜視図である。図8(e)は、回転円筒167上に直接、フラーレン膜の堆積とイオン注入を行う場合であり、図8(f)は、回転円筒167上に装着した堆積基板169上にフラーレン膜の堆積とイオン注入を行う場合である。
【0098】
なお、図8(e)、(f)により示す実施例は、回転円筒の回転軸を鉛直方向に配置した場合の例であるが、回転円筒の回転軸は水平方向など任意の方向に配置できる。
【0099】
コンベア、あるいは、回転円筒に堆積基板を装着してフラーレン膜の形成とイオン注入を行う連続処理システムにおいては、堆積基板をコンベア、あるいは、回転円筒から取り外すことにより内包フラーレンの回収を容易に実施することが可能である。
【0100】
(電気的導通手段、基板冷却手段)
コンベア又は回転円筒に装着する堆積基板は、必ずしも、導電性材料からなる基板を使用できるわけではなく、少なくとも一部が絶縁性の堆積基板を使用せざるを得ない場合もある。例えば、本発明のイオン注入方法により、有機ELや有機太陽電池を構成する材料膜にイオン注入を行う場合は、堆積基板として、絶縁性材料を含む電極付基板上の材料膜にイオンを注入する場合がある。該電極付基板として、電極付ガラス基板又は電極付プラスティック基板を用い、電極の材料として、ITO、アルミニウム、又は、銀を用いる場合がある。該プラスティック基板の材料としては、PET、PES等を用いることが可能である。
【0101】
このような絶縁性材料を含む電極付基板上の材料膜にイオンを注入する場合でも、コンベア又は回転円筒に堆積基板を装着する部材、例えば、堆積基板を挟着して固定する部材に導電性材料を用い、導電性のコンベア又は回転円筒と注入対象の材料膜又は堆積基板の導電性の部分が電気的に導通する構造にすれば、外部のバイアス電源から注入対象の材料膜にバイアス電圧を印加することが可能になる。
【0102】
また、イオン注入時に材料膜にプラズマが照射されている間、堆積基板の温度が上昇する場合もある。このような場合であっても、コンベア又は回転円筒に冷却水循環装置などの堆積基板を冷却する手段を配置すれば、耐熱性の低いPETやPESなどのプラスティック基板に対し高密度のイオン注入を行うことが可能である。
【0103】
図9(a)は、本発明のイオン注入装置における電気的導通手段と冷却手段を備えた堆積基板の断面図である。連続処理システムにおいて複数の堆積基板が、コンベアなどの堆積基板支持部171に固定された導電性の挟着部材175により挟着され、堆積基板支持部171上に装着されている。堆積基板は、例えば、プラスティック基板172、ITO電極173から構成される多層基板である。ITO電極173上に蒸着法などで堆積した有機材料膜174に対し本発明のイオン注入方法によりイオン注入を行う。プラスティック基板172は絶縁性であるが、挟着部材175が導電性であり電気的導通手段として機能するので、バイアス電圧印加用電源177から供給されるバイアス電圧は、堆積基板支持部171、挟着部材175を介してITO電極173に印加され、有機材料膜174に注入されるイオンに対し注入エネルギーを与えることが可能である。また、イオン注入プロセス時、プラスティック基板172が加熱され、変形、変質することを防止するため、冷却水循環装置などの冷却手段176により堆積基板支持部171を冷却することも可能である。
【0104】
注入対象の材料膜にバイアス電圧を印加するための電気的導通手段や、堆積基板の発熱を防止するための冷却手段は、図9(b)に示す連続処理システムだけでなく、図9(b)に示すような、単一の堆積基板を用いたイオン注入においても用いることが可能である。
【0105】
図9(b)は、本発明のイオン注入装置における電気的導通手段と冷却手段を備えた単一の堆積基板の断面図である。堆積基板支持部181上に、プラスティック基板182とITO電極183とからなる多層基板が導電性の挟着部材185により挟着されて装着されている。ITO電極183上には、有機材料膜184が堆積されている。堆積基板支持部181は冷却手段186を備えている。図9(b)に示す堆積基板は、図9(a)に示す堆積基板と同様に、ITO基板に対するバイアス電圧の印加、及び、堆積基板の冷却を行うことが可能である。
【0106】
(内包フラーレン以外の材料物質の製造)
以上説明した本発明のイオン注入方法の応用分野は、フラーレンに内包原子を注入する内包フラーレンの製造に限定されない。
【0107】
本発明のイオン注入方法は、一般的に、高いエネルギーのイオン注入を行うと膜を構成する分子が破壊されるため、低いエネルギーでの高密度イオン注入が必要な有機材料膜又は高分子材料膜への高密度イオン注入に適用した場合に大きな効果が得られる。例えば、カーボンナノチューブ、有機ELの材料膜、太陽電池の材料膜、燃料電池の材料膜、有機半導体材料膜、導電性高分子材料膜などに、内包物質、あるいは、不純物物質となるイオンを注入する応用分野に、本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。また、本発明のイオン注入方法は、フラーレンにイオンを注入することにより、フラーレンを構成する炭素原子を注入原子で置き換えるヘテロフラーレンの製造にも、好適に用いることができる。
【0108】
(注入エネルギー)
本発明における「低い注入エネルギー」又は「低い加速エネルギー」とは、シリコンなどの無機低分子材料を用いた半導体プロセスで通常使用される数KeVから数100KeVまでのイオン注入エネルギーと比較して低い注入エネルギーのことである。
【0109】
本発明のイオン注入方法が好適に適用される注入エネルギーとしては、内包物質の注入の場合には、ケージ構造の分子に効率よく内包物質を注入するために、20eV以上の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。また、注入対象膜の破壊を防止するため、500eV以下の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。
【0110】
不純物物質の注入の場合には、内包物質の注入に比べ低い注入エネルギーでのイオン注入を行うことが可能であり、効率よくイオン注入を行うためには、注入エネルギーを0.5eV以上とすることが好ましい。また、注入対象膜の破壊を防止するため、500eV以下の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。
【0111】
ヘテロフラーレンの製造の場合は、フラーレン分子と注入イオンの置換反応が起こりやすい注入条件として、10eV以上の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。また、注入対象膜の破壊を防止するため、500eV以下の注入エネルギーでイオン注入を行うことが好ましい。
【0112】
(イオン密度)
本発明における「高密度のイオン」又は「高密度のイオン注入」とは、内包フラーレンの生成、あるいは、有機又は高分子材料膜の物性制御のためのイオン注入を適切な注入時間で行える程度のイオン密度のことである。具体的には、面積あたりのイオン電流として、1μA/cm以上が好ましく、100μA/cm以上がさらに好ましい。
【0113】
(分子イオンの注入)
カーボンナノチューブへの内包物質の注入や、有機材料膜、高分子材料膜への不純物物質注入の場合には、原子イオンの注入だけでなく、分子をイオン化した分子イオンを、本発明のイオン注入方法により、注入することが可能である。
【0114】
本発明のイオン注入方法によれば、分子イオンを破壊することなく注入対象膜に高いイオン密度で注入することが可能である。
【0115】
(ヘテロフラーレン)
「ヘテロフラーレン」とは、フラーレン分子を構成する一つ又は複数の炭素原子を炭素以外の原子で置き換えたフラーレンのことであり、炭素原子を置換する原子としては、窒素、ボロンが挙げられる。例えば、フラーレンの炭素原子を窒素又はボロンで置換したC59N、C69N、C58BN、C68BNなどのヘテロフラーレンの製造に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
【0116】
(カーボンナノチューブ)
注入対象膜がカーボンナノチューブである例として、FETなどに使用される単層ナノチューブ、又は、多層ナノチューブからなる有機材料膜に、アルカリ金属又はハロゲン元素からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
【0117】
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、該有機材料膜の導電性などの物性の制御を行うことが可能である。
【0118】
(有機ELの材料膜)
注入対象膜が有機ELの電子輸送層を構成する材料膜である例として、1,3,4−オキサゾール誘導体(PBD)、又は、1,2,4−トリアゾール誘導体(TAZ)からなる有機材料膜に、アルカリ金属からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
【0119】
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、電子注入特性などの物性を改善することが可能である。
【0120】
注入対象膜が有機ELの発光層を構成する材料膜である例として、トリス(8−キノリノラト)アルミニウム錯体(Alq3)、ビス(ベンゾキノリノラト)ベリリウム錯体(BeBq2)、ビス(8−キノラト)亜鉛錯体(Znq2)、フェナントロリン系ユロピウム錯体(Eu(TTA)3(phen))、ポリパラフェニレンビニレン、又は、ポリフルオレンからなる有機材料膜に、アルカリ金属からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
【0121】
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、発光効率などの物性を改善することが可能である。
【0122】
(太陽電池の材料膜)
注入対象膜が太陽電池の陰極、陽極、又は、発電層を構成する材料膜である例として、ポリ3アルキルチオフェン、又は、ポリパラフェニレンビニレンからなる有機材料膜に、アルカリ金属、又は、C60からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、エネルギー変換効率などの物性を改善することが可能である。
【0123】
(燃料電池の材料膜)
注入対象膜が燃料電池の電解質膜などの材料膜である例として、フラーレンからなる有機材料膜に、Cs、Rb、K、Ba、Na、Sr、Ca、又は、Liからなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、プロトンの伝導度などの物性を改善し、例えば、燃料電池の内部抵抗を低減することが可能である。
【0124】
(有機半導体材料膜)
注入対象膜がTFTなどに使用される有機半導体材料膜である例として、ペンタセン、テトラセン、ペリレン、又は、クマリンからなる有機材料膜に、ハロゲン元素、又は、アルカリ金属からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
該有機材料膜にイオン注入を行うことにより、キャリアの移動度などの物性を改善することが可能である。
【0125】
(導電性高分子材料膜)
注入対象膜がTFTなどに使用される導電性高分子材料膜である例として、ポリピロール系、ポリチオフェン系、ポリアニリン系、ポリアセチレン系、ポリチアジル系、ポリパラフェニレンビニレン系の高分子材料膜に、アルカリ金属、ハロゲン元素、又は、窒素からなるイオンを注入する場合に本発明のイオン注入方法を好適に用いることができる。
【0126】
該高分子材料膜にイオン注入を行うことにより、導電度などの物性を改善することが可能である。
【実施例1】
【0127】
(内包フラーレンの製造例)
本発明のイオン注入方法により、フラーレンC60からなる材料膜にNaプラズマを照射してNa内包C60を生成した。フラーレン膜の堆積とイオン注入条件は以下の通りである。
真空度:3×10−5Pa、ホットプレート加熱電力:2.5kW、磁場強度:2000G、Naオーブン温度:370℃、Na蒸気導入管温度:500℃、10Å/回のフラーレン膜の堆積とイオン注入を10回繰り返した。
【0128】
(質量分析結果)
図10は、本発明のイオン注入方法で生成したNa内包C60の質量分析結果を示す図である。空のC60を示す質量数720のピーク以外に、Na内包C60を示す質量数743のピークも検出されている。
【0129】
(収率の注入エネルギー依存性)
従来のイオンビーム照射によるイオン注入法と本発明のイオン注入法を比較するために、C60にNaイオンを注入してNa内包C60を生成し、その収率の注入エネルギー依存性を評価した。
【0130】
図11は、Na内包C60の収率の注入エネルギー依存性を示す図である。
図11において黒丸で示す従来のイオン注入方法によれば、イオン注入の加速エネルギーが70eVの条件でNa内包C60の収率が最大となるが、最大でも収率が1%未満にすぎない。また、従来のフラーレンプラズマ反応法では、せいぜい10%の収率しか得られていない。
それに対し、白丸で示す本発明のイオン注入方法によれば、Na内包C60の収率は、約50eVで最大の50%の収率が得られる。また、加速エネルギーが40eVから60eVまでの範囲では、収率が10%以上となり、従来のフラーレンプラズマ反応法よりも一桁以上高い収率が得られる。
【0131】
さまざまな種類のアルカリ金属イオンを、本発明のイオン注入方法によりC60からなる堆積膜に注入して内包フラーレンを生成した実験によれば、内包フラーレンの収率が最大になる注入エネルギーは注入イオンによって異なることが確認された。Na内包フラーレンの場合は、注入エネルギーが約50eVの条件で収率が最大になったが、Li内包フラーレン、K内包フラーレン、Rb内包フラーレンの場合は、それぞれ、注入エネルギーが、約30eV、約60eV、約80eVの条件で、収率が最大になった。
【産業上の利用可能性】
【0132】
以上のように、本発明に係るイオン注入方法、及び、イオン注入装置は、特に、低エネルギーで高密度のイオン注入が必要な、内包フラーレンなどの有機材料や高分子材料への原子イオン、分子イオンの注入に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラズマ生成手段により、少なくとも注入イオン及び前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生させ、磁場の作用により前記プラズマを堆積基板上に輸送し、前記堆積基板に印加したバイアス電圧により前記注入イオンに加速エネルギーを与え、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射し、前記堆積基板上の材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とするイオン注入方法。
【請求項2】
前記バイアス電圧の極性が、前記注入イオンの極性と反対の極性であることを特徴とする請求項1記載のイオン注入方法。
【請求項3】
前記堆積基板上に堆積した前記材料膜に前記プラズマを照射することにより、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項4】
前記堆積基板上に前記材料膜を堆積するのと同時に、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射し、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項5】
前記堆積基板上に前記材料膜を堆積する工程と、前記堆積基板に向けて前記プラズマを照射する工程を交互に行うことにより、前記材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする請求項1又は2のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項6】
フラーレンからなる材料膜にイオンを注入することにより、内包フラーレン又はヘテロフラーレンを生成することを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項7】
前記加速エネルギーが、10eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする請求項6記載のイオン注入方法。
【請求項8】
前記加速エネルギーが、20eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする請求項6記載のイオン注入方法。
【請求項9】
前記材料膜が、カーボンナノチューブ、有機ELの材料膜、太陽電池の材料膜、燃料電池の材料膜、有機半導体材料膜、又は、導電性高分子材料膜であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項10】
前記加速エネルギーが、0.5eV以上500eV以下の範囲であることを特徴とする請求項9記載のイオン注入方法。
【請求項11】
前記注入イオンのイオン電流密度が1μA/cm以上であることを特徴とする請求項1乃至10のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項12】
前記堆積基板から離間して前記プラズマ中にグリッド電極を配置して、前記グリッド電極に印加する電圧によりプラズマ電位を制御して前記注入イオンを注入することを特徴とする請求項1乃至11のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項13】
前記堆積基板と前記グリッド電極との距離が、1mm以上50mm以下の範囲の距離であることを特徴とする請求項12記載のイオン注入方法。
【請求項14】
前記堆積基板を同心円状に分割した複数の堆積プレートとし、前記複数の堆積プレートに印加するバイアス電圧を独立に制御して前記注入イオンを注入することを特徴とする請求項1乃至13のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項15】
冷却手段により前記堆積基板を冷却して、前記注入イオンを注入することを特徴とする請求項8乃至14のいずれか1項記載のイオン注入方法。
【請求項16】
真空容器と、前記真空容器内で少なくとも注入イオン及び前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段と、前記堆積基板上に材料膜を堆積する材料膜堆積手段とからなるイオン注入装置。
【請求項17】
真空容器と、前記真空容器内で少なくとも注入イオン及び前記注入イオンと反対極性の荷電粒子を含むプラズマを発生するプラズマ生成手段と、磁場発生手段と、前記真空容器内に配置した堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電圧印加手段とからなるイオン注入装置。
【請求項18】
前記堆積基板が、コンベア又は回転円筒からなる堆積基板であることを特徴とする請求項16又は17のいずれか1項記載のイオン注入装置。
【請求項19】
ベルトコンベア又は回転円筒からなる搬送装置を有し、前記搬送装置が前記真空装置の中で複数の前記堆積基板を支持し搬送することを特徴とする請求項16又は17のいずれか1項記載のイオン注入装置。
【請求項20】
前記堆積基板が導電性の挟着部材により前記搬送装置に支持されることを特徴とする請求項19記載のイオン注入装置。
【請求項21】
前記堆積基板を冷却する冷却手段を備えたことを特徴とする請求項17乃至20のいずれか1項記載のイオン注入装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate

【図12】
image rotate

【図13】
image rotate


【国際公開番号】WO2005/066385
【国際公開日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【発行日】平成19年12月20日(2007.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−516880(P2005−516880)
【国際出願番号】PCT/JP2005/000072
【国際出願日】平成17年1月6日(2005.1.6)
【出願人】(502344178)株式会社イデアルスター (59)
【Fターム(参考)】