説明

ホールドオーバ機能付きDPLL回路

【課題】デジタル同期網に関し、特にホールドオーバ時において自走周波数制御のために温度補正を行った高精度な基準クロックを生成するホールドオーバ機能付きDPLL回路を提供する。
【解決手段】ホールドオーバ機能付きDPLL回路は、DDSを使用したDPLL回路のホールドオーバモードにおいて、ホールドオーバ検出時における固定のDDS制御値にスレーブ発振器の温度特性から算出した補正値を加算することで、前記DDS制御値を前記温度特性に応じて可変する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はデジタル網の同期装置に関し、特にホールドオーバ時において自走周波数制御のために温度補正を行った高精度な基準クロックを生成するホールドオーバ機能付きデジタルフェーズロックドループ(DPLL)回路に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ここでは、一般的なDPLL回路について簡単に説明しておく。図1は、DPLL回路のブロック図を示したものである。図2は、DPD (Digital phase Detector)1の動作例を示したものである。そして、図3は、DDS(Direct Digital Synthesizer)3の動作例を示したものである。
【0003】
図1において、DPLLは、DPD1、DLF(Digital Loop Filter)2、スレーブ発振器5、位相カウントクロックを生成するアナログPLL(Analog PLL)または逓倍回路6、出力周波数を入力周波数に変換する分周器4からなる。DPD1は、図2に示すように、基準クロック(REF CLK)とフィードバッククロック(FB CLK)の立ち上りエッジ間を高速クロックによりカウントする。そして、目標収束点の位相カウント値との差分Δφ(図2の場合は1count)を出力する。カウント用の高速クロックは図1に示すAPLL(または逓倍回路)6で作り出す。
【0004】
DLF2は、DPD1で検出した位相誤差値を平均化し、滑らかにする役割をもつ。
DDS3は、固定発振器のクロックを源振として、出力する発振波形をチューニングワード(TW)と呼ばれるデジタルデータによって合成して作り出す回路であり、TWにより出力周波数を制御できる。TWは、VCOでいうと制御電圧に相当する。図3には、DDS3の動作の詳細を示している。
【0005】
図3に示すように、位相アキュームレータ(Phase Accumulator) はチューニングワードを入力クロック5の周期で順次加算していく。その加算値が位相アキュームレータのビット長N(=32ビット)で示される値2N(=2π)を超えると、オーバーフローして0からの差分を加算し更新が繰り返される。位相アキュームレータの出力値は、メモリに格納された正弦波ルックアップテーブルに従って正弦波に変換される。さらにこのデジタル出力値をD/A変換したものがDDS3の出力値となる。
【0006】
これより、チューニングワードの値が大きければ、その累積加算値の傾斜は大きくなってオーバーフローするまでの時間は短くなる(周波数が高くなって位相は進む)。一方、チューニングワードの値が小さくなれば、その累積加算値の傾斜は小さくなってオーバーフローするまでの時間は長くなる(周波数が低くなって位相は遅れる)。分周器4は、入力周波数を1/N(例えば、8KHz又は125nS)するもので、DDS3の出力クロックを比較する周波数(REF CLK)に一致するように分周する。
【0007】
以下にDPLLの基本動作をまとめている。
(1)DPD1で基準クロックとフィードバッククロックの位相を比較する。
(2)DPD1から出力された誤差信号(値)ΔφをDLF2で平均化し、補正値としてDDS3のTWに加える。
(3)補正値によって基準クロック周波数(REF CLK)に近づくようにDDS出力周波数Fout が制御される。
(1)〜(3)の動作が繰り返されて、最終的にはDDS3の出力周波数(偏差)は、基準クロックの周波数(偏差)に一致する(ロックする)。
【0008】
上述したDDS3は、基準クロック周波数に基づいてチューニングワードと呼ばれる制御値(TW)に応じた周波数の出力クロックを生成するデバイスであり、その出力周波数(Fout)は下記式1で表される。
Fout=Fosc×TW/2NA ---(式1)
ここで、Fout:出力周波数
Fosc:スレーブ発振器周波数
TW:チューニングワード
NA:DDS位相アキュームレータのビット長
である。いま、Fosc とNAは固定値であるから、Fout はTWで制御されることが分かる。
【0009】
ところで、「ホールドオーバ」は、基準クロック(REF CLK)の障害発生時に障害発生直前の周波数偏差で自走を開始し、その後はスレーブ発振器の精度で動作する状態をいう。このため、一般的にスレーブ発振器には、周波数安定度の優れた恒温槽付水晶発振器(OCXO)が用いられる。しかしながら、Stratum3Eではホールドオーバ時の周波数安定度として温度特性±10ppbと、OCXOにとっても厳しい規格が要求されている。
【0010】
従来から、デジタル同期網内の伝送装置(光伝送装置、移動通信装置など)には、デジタル網同期のために基準クロックを生成するDPLL回路が用いられている。この場合、デジタル同期網の最上位には、基準となるクロック源があり、これには一般的に1次標準器であるセシウム原子発振器が使用されている。
【0011】
同期網内の各伝送装置は、この基準クロック源から分配されるクロックを元に、装置内で使用するクロックを生成する同期(Sync)ユニットを備えている。この同期ユニットが生成するクロックの特性は、ITU810、GR−1244(ベルコア)で同期網における従属階層レベル(Stratum)毎に細かく規定されている。この中には、ホールドオーバ時の周波数精度も規定されている。
【0012】
DPLLは、上述したように基準クロック(REF CLK)とフィードバッククロック(FB CLK)の位相誤差信号により、DDS制御値(チューニングワード;TW)を補正することで“基準クロック周波数(偏差)”と“DDSの出力周波数偏差”を一致させている。従って、基準クロックに障害が発生した場合は、位相誤差信号が生成できずにDDS制御値(TW)を補正できなくなる。このため、ホールドオーバ回路によってDDS制御値を障害発生直前の制御値に固定することが一般的に行われてきた。
【0013】
このように、従来技術ではホールドオーバ時においてDDS制御値を固定するが、この場合、DDS3の出力周波数(Fout)は上記式1から明らかなように、スレーブ発振器5の周波数(Fosc)に依存する。そのため、ホールドオーバ時のDPLL出力周波数は、スレーブ発振器5の周波数温度特性が諸に反映されたものになっていた。これを改善するために、例えばPLL回路の自走周波数制御時に温度補償部(可変遅延回路)を付加して高安定な自走周波数を得ることが行われていた(特許文献1参照)。
【0014】
【特許文献1】特開平7−240684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、上記例の場合は温度補償動作が基準クロックの入力断検出時に限られるという問題があった。ホールドオーバ動作は、上記の基準クロックの入力断検出時に限らず、DPD1、DLF2、分周器4等の回路障害やフィードバッククロックの入力断検出時にも必要となるからである。
【0016】
そこで本発明の目的は、上記問題点に鑑み、上記種々の障害要因によりホールドオーバ処理が必要になったときにDDS制御値を障害検出直前の値に原則固定するホールドオーバ回路をDDS3の入力段に設け、さらにその制御値をスレーブ発振器の周波数温度特性を基に補正できるように構成したホールドオーバ機能付きDPLL回路を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明によれば、DDSを使用したDPLL回路のホールドオーバモードにおいて、ホールドオーバ検出時における固定のDDS制御値にスレーブ発振器の温度特性から算出した補正値を加算することで、前記DDS制御値を前記温度特性に応じて可変にするホールドオーバ機能付きDPLL回路が提供される。
【0018】
より具体的には、前記ホールドオーバ機能付きDPLL回路は、周囲温度を検出する温度センサと、スレーブ発振器の温度−周波数変動特性を保持する特性保持部と、前記温度センサからの検出信号と前記特性保持部の保持情報に基づいてDDS制御補正値を与える補正値変換部と、障害発生直前のDDS制御値を固定値として与えるホールドオーバ回路と、前記補正値変換部からのDDS制御補正値と前記ホールドオーバ回路のDDS制御値を加算して出力する加算器と、前記加算器又はDLF出力のいずれか一方を選択して出力するセレクタと、を有し、ホールドオーバモードにおいて、前記セレクタが前記加算器の出力を選択してDDSを制御する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、サーミスタ等の温度センサから得た温度情報をスレーブ発振器の温度特性を元に、周波数温度変化を相殺する補正値を算出してホールドオーバ制御値に加算する。これにより、周囲温度変動による周波数変動を抑えることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
図4は、本発明によるホールドオーバ機能付きDPLL回路の基本構成を示した図である。
図4において、ホールドオーバ回路10は、DLF2とDDS3との間に設けられ、DDS3の設定値を加算器14及びセレクタ15を介してDDS3に入力する。ホールドオーバ回路10は、種々の障害要因によりホールドオーバ処理が必要になったことを知らせるホールドオーバ情報を受けて、障害発生直前の設定値(TW等)をDDS3に固定値として与えることでDDS3をその時点での周波数偏差で自走させ、その後はスレーブ発振器5の精度で動作状態を維持する。
【0021】
加算器14は、前記固定値に、後述する周囲温度情報等による差分値を加える。セレクタ15は、前記ホールドオーバ情報によりDLF2側の正常時の制御情報に代えて、ホールドオーバ回路10及び加算回路14側からの障害時の制御情報(固定値+温度制御情報)を選択してDDS3にその設定値として与える。
【0022】
従って、障害時のDDS3は、障害発生直前の設定値(固定値)とその温度制御情報(スレーブ発振器5の温度特性を相殺する可変値)に従って、動作状態を継続する。この場合の障害発生には、基準クロックの入力断、DPD1、DLF2、分周器4等の回路障害やフィードバッククロックの入力断等の種々の要因が含まれる。
【0023】
なお、正常時(セレクタ15がDLF2側を選択)のDDS3は、周囲温度情報等を含めた状態でフィードバック制御されているため、スレーブ発振器5の温度特性はマスクされている。しかしながら、ホールドオーバ時(障害検出時)には、フィードバック制御がきかなくなり諸にスレーブ発振器5の温度特性の影響を受けるようになる。
【0024】
図5は、本発明の第1の実施例を示したものである。
図5において、サーミスタ等の温度センサ22により周囲温度をモニタし、A/D変換器23でデジタルデータに変換する。この値と予め保持しているスレーブ発振器5の温度特性21を元に補正値変換部24で温度補正値を算出し、ホールドオーバ時の制御値(固定値)に加算14してやる。この温度補正後の制御値を使ってDDS3を制御する。
【0025】
図6は、本発明の第2の実施例を示したものである。
本例の構成は、図5の構成とほぼ同じであるが、補正値をメモリに蓄えたルックアップテーブル31により変換している点が異なる。発振器の温度特性が2次や3次の曲線を描く場合に算出を簡易化する点で有効である。
【0026】
図7には、スレーブ発振器5の温度特性の一例を示している。
図7に示すように簡易な直線や指数関数等で近似できる場合41には、メモリ量の削減等により図5の構成が有利となる。一方、温度特性が2次や3次の曲線を描く場合42には演算精度や高速化の点で図6の構成が有利となる。補正値変換部24は、これらのいずれの場合にも周波数が温度変動しない図中に示すような補正値に変換する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】DPLL回路のブロック図を示した図である。
【図2】DPDの動作の一例を示した図である。
【図3】DDSの動作の一例を示した図である。
【図4】本発明によるホールドオーバ機能付きDPLL回路の基本構成を示した図である。
【図5】本発明の第1の実施例を示した図である。
【図6】本発明の第2の実施例を示した図である。
【図7】スレーブ発振器の温度特性の一例を示した図である。
【符号の説明】
【0028】
1 デジタル位相検出器
2 デジタルループフィルタ
3 ダイレクトデジタルシンセサイザ
6 アナログPLL
10 ホールドオーバ回路
14 加算器
15 セレクタ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
DDSを使用したDPLL回路のホールドオーバモードにおいて、ホールドオーバ検出時における固定のDDS制御値にスレーブ発振器の温度特性から算出した補正値を加算することで、前記DDS制御値を前記温度特性に応じて可変にしたことを特徴とするホールドオーバ機能付きDPLL回路。
【請求項2】
周囲温度を検出する温度センサと、
スレーブ発振器の温度−周波数変動特性を保持する特性保持部と、
前記温度センサからの検出信号と前記特性保持部の保持情報に基づいて、DDS制御補正値を与える補正値変換部と、
障害発生直前のDDS制御値を固定値として与えるホールドオーバ回路と、
前記補正値変換部からのDDS制御補正値と前記ホールドオーバ回路のDDS制御値を加算して出力する加算器と、
前記加算器又はDLF出力のいずれか一方を選択して出力するセレクタと、
を有し、
ホールドオーバモードにおいて、前記セレクタが前記加算器の出力を選択してDDSを制御することを特徴とするホールドオーバ機能付きDPLL回路。
【請求項3】
前記特性保持部は、前記保持情報をテーブル情報として保持することを特徴とする請求項2記載のホールドオーバ機能付きDPLL回路。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−214790(P2007−214790A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−31340(P2006−31340)
【出願日】平成18年2月8日(2006.2.8)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】