説明

ラッシュアジャスタ

【課題】長期間使用したときに雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間の摩擦係数が低下しにくく、雄ねじと雌ねじの耐摩耗性に優れたラッシュアジャスタを提供する。
【解決手段】内周に雌ねじ15を有するナット部材14と、雌ねじ15にねじ係合する雄ねじ16を外周に有するアジャストスクリュ17と、そのアジャストスクリュ17を付勢するリターンスプリング19とを有するラッシュアジャスタにおいて、雄ねじ16の圧力側フランク23を梨地とし、その雄ねじ16の圧力側フランク23の表面硬度を雌ねじ15の圧力側フランク25の表面硬度よりも高くし、雄ねじ16の圧力側フランク23の面粗さをRa0.8〜12.5の範囲に設定し、雄ねじ16の圧力側フランク23の粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端を滑らかにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、エンジンの動弁装置に組み込まれるラッシュアジャスタに関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの吸気ポートまたは排気ポートに設けたバルブを動作させる動弁装置として、上下にスライド可能に支持されたバルブリフタをカムで押し下げ、そのバルブリフタでバルブステムを押し下げるようにしたもの(ダイレクト式動弁装置)や、中央部を支点として揺動可能に支持されたアームの一端部をカムで押し上げ、そのアームの他端部でバルブステムを押し下げるようにしたもの(ロッカアーム式動弁装置)、一端部を支点として揺動可能に支持されたアームの中央部をカムで押し下げ、そのアームの他端部でバルブステムを押し下げるようにしたもの(スイングアーム式動弁装置)などが知られている。
【0003】
これらの動弁装置は、エンジン作動中、動弁装置の構成部材間に生じる熱膨張差によって、動弁装置の構成部材間の隙間が変化し、その隙間の変化によって異音や圧縮漏れを生じるおそれがある。また、動弁装置の摺動部が摩耗しても、動弁装置の構成部材間の隙間が変化し、その隙間の変化によって異音を生じるおそれがある。
【0004】
この異音や圧縮漏れを防止するため、一般に、動弁装置にはラッシュアジャスタが組み
込まれ、そのラッシュアジャスタで動弁装置の構成部材間の隙間の変化を吸収する。
【0005】
このようなラッシュアジャスタとして、上記スイングアーム式動弁装置においては、シリンダヘッドの上面に開口した収容穴に挿入されるナット部材と、そのナット部材の内周に形成された雌ねじにねじ係合する雄ねじを外周に有するアジャストスクリュと、そのアジャストスクリュを前記ナット部材から上方に突出する方向に付勢するリターンスプリングとを有し、前記アジャストスクリュのナット部材からの突出端で動弁装置のアームを揺動可能に支持するものが知られている(特許文献1,3)。
【0006】
また、上記ロッカアーム式動弁装置においては、カムの回転に応じて揺動するアームの下面に開口した収容穴に挿入されるナット部材と、そのナット部材の内周に形成された雌ねじにねじ係合する雄ねじを外周に有するアジャストスクリュと、そのアジャストスクリュを前記ナット部材から下方に突出する方向に付勢するリターンスプリングとを有し、前記アジャストスクリュのナット部材からの突出端で動弁装置のバルブステムを押圧するものが知られている(特許文献2,3)。
【0007】
また、上記ダイレクト式動弁装置においては、シリンダヘッドに形成されたガイド孔に上下にスライド可能に挿入されるリフタボディと、そのリフタボディに固定されたナット部材と、そのナット部材の内周に形成された雌ねじにねじ係合する雄ねじを外周に有するアジャストスクリュと、そのアジャストスクリュを前記ナット部材から下方に突出する方向に付勢するリターンスプリングとを有し、前記アジャストスクリュのナット部材からの突出端で動弁装置のバルブステムを押圧するものが知られている(特許文献4)。
【0008】
これらのラッシュアジャスタにおいて、カムの回転により、アジャストスクリュをナット部材に押し込む方向(以下、「押し込み方向」という)の軸方向荷重が負荷されたときは、雄ねじの圧力側フランクが雌ねじの圧力側フランクで受け止められて、アジャストスクリュの軸方向位置が固定される。厳密には、このとき、雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間に僅かな滑りが生じ、その滑りによってアジャストスクリュは押し込み方向に移動するが、更にカムが回転して押し込み方向の荷重が解除されたときに、アジャストスクリュは、リターンスプリングの力によって回転しながら突出方向に移動し、元の位置に戻る。
【0009】
また、動弁装置の熱膨張などによって、動弁装置の構成部材間の隙間が大きくなったときは、カムにより押し込み方向の荷重が負荷されたときのアジャストスクリュの押し込み量よりも、更にカムが回転して押し込み方向の荷重が解除されたときのアジャストスクリュの突出量が大きくなる。その結果、カムが回転するごとに、アジャストスクリュは突出方向に徐々に移動して、動弁装置の構成部材間の隙間の変化を吸収する。
【0010】
反対に、動弁装置の構成部材間の隙間が小さくなったときは、カムにより押し込み方向の荷重が負荷されたときのアジャストスクリュの押し込み量よりも、更にカムが回転して押し込み方向の荷重が解除されたときのアジャストスクリュの突出量が小さくなる。その結果、カムが回転するごとに、アジャストスクリュは押し込み方向に数ミクロンずつ移動して、動弁装置の構成部材間の隙間の変化を吸収する。
【0011】
ところで、特許文献1〜4に記載のラッシュアジャスタは、アジャストスクリュの雄ねじとナット部材の雌ねじの表面が平滑なので、雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間の摩擦係数が小さく、また、雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間に油膜が発生することがある。そのため、カムの回転により押し込み方向の荷重が負荷されたときに、雄ねじと雌ねじの間の過大な滑りによってアジャストスクリュが押し込み方向に大きく移動し、バルブリフト量が小さくなるおそれがあった。
【0012】
そこで、雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間の摩擦係数を確保するとともに、雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間の油膜を防止するため、ダイレクト式動弁装置においては、雄ねじの圧力側フランクを梨地としたものが提案されている(特許文献5)。
【特許文献1】特開2005−273510号公報
【特許文献2】特開2006−132426号公報
【特許文献3】実開昭64−34407号公報
【特許文献4】特開2003−227318号公報
【特許文献5】特開2005−127189号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかし、雄ねじの圧力側フランクを梨地としても、長期間の使用によって雄ねじが摩耗すると、雄ねじの圧力側フランクが平滑化し、雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間の摩擦係数が小さくなる。また、雄ねじの圧力側フランクの表面硬度が雌ねじの圧力側フランクの表面硬度と同程度、あるいはそれ以下であれば、梨地の摩耗が進行しやすく、圧力側フランク間の摩擦係数の低下を十分に抑制できない可能性があった。
【0014】
そこで、この発明の発明者は、雄ねじの圧力側フランクを梨地とした場合にも、その梨地の摩耗が進行しにくいラッシュアジャスタを検討し、そのようなラッシュアジャスタとして、雄ねじの圧力側フランクの表面硬度を雌ねじの圧力側フランクの表面硬度よりも高くしたものを考案した。このようにすると、雄ねじの圧力側フランクの梨地は、その表面硬度が高いので、摩耗しにくくなる。
【0015】
しかし、このようにすると、雄ねじの圧力側フランクの梨地の微細な凸部の先端が雌ねじの圧力側フランクを攻撃するので、雌ねじが摩耗しやすくなるという問題がある。また、雄ねじの圧力側フランクの梨地の微細な凸部の先端が摩耗した場合、高硬度の摩耗粉が生じるので、その摩耗粉によって雌ねじの摩耗が進行しやすくなるという問題がある。
【0016】
この発明が解決しようとする課題は、長期間使用したときに雄ねじと雌ねじの圧力側フランク間の摩擦係数が低下しにくく、雄ねじと雌ねじの耐摩耗性に優れたラッシュアジャスタを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記の課題を解決するため、前記雄ねじの圧力側フランクを梨地とし、その雄ねじの圧力側フランクの表面硬度を雌ねじの圧力側フランクの表面硬度よりも高くし、前記雄ねじの圧力側フランクの面粗さをRa0.8〜12.5の範囲に設定し、前記雄ねじの圧力側フランクの粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端を滑らかにした。
【0018】
雄ねじの圧力側フランクの表面硬度を雌ねじの圧力側フランクの表面硬度よりも高くする方法としては、例えば、硬質皮膜のコーティングが挙げられる。ここで、硬質皮膜としては、例えば、ダイヤモンドライクカーボン皮膜(以下、「DLC皮膜」という)を採用することができる。DLC皮膜の硬さはHv2000以上とすると、雄ねじの圧力側フランクの耐摩耗性を確保することができる。DLC皮膜の厚さは1μm以上とすると、DLC皮膜が摩耗して母材が露出するのを防止することができ、5μm以下とすると、DLC皮膜中の残留応力によって皮膜の密着力が低下するのを防止することができる。
【0019】
この発明は、例えば、次のラッシュアジャスタに適用することができる。
1)前記ナット部材は、シリンダヘッドの上面に開口した収容穴に挿入され、前記アジャストスクリュは、前記ナット部材からの突出端で動弁装置のアームを揺動可能に支持するスイングアーム式動弁装置のラッシュアジャスタ。
2)前記ナット部材は、カムの回転に応じて揺動するアームの下面に開口した収容穴に挿入され、前記アジャストスクリュは、前記ナット部材からの突出端で動弁装置のバルブステムを押圧するロッカアーム式動弁装置のラッシュアジャスタ。
3)前記ナット部材は、シリンダヘッドに形成されたガイド孔に上下にスライド可能に挿入されるリフタボディに固定され、前記アジャストスクリュは、前記ナット部材からの突出端で動弁装置のバルブステムを押圧するダイレクト式動弁装置のラッシュアジャスタ。
【発明の効果】
【0020】
この発明のラッシュアジャスタは、雄ねじの圧力側フランクの粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端を滑らかにしたので、雄ねじの圧力側フランクの雌ねじの圧力側フランクに対する攻撃性が低く、雌ねじが摩耗しにくい。また、雄ねじの圧力側フランクの梨地の微細な凸部の先端が摩耗しにくく、高硬度の摩耗粉が生じにくいので、高硬度の摩耗粉による雄ねじと雌ねじの摩耗を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
図1に、この発明の第1実施形態のラッシュアジャスタ1を組み込んだ動弁装置を示す。この動弁装置は、エンジンのシリンダヘッド2の吸気ポート3に設けられたバルブ4と、そのバルブ4に接続されたバルブステム5と、カム6の回転に応じて揺動するアーム7とを有する。
【0022】
バルブステム5は、バルブ4から上方に延び、シリンダヘッド2を摺動可能に貫通している。バルブステム5の上部外周には、環状のスプリングリテーナ8が固定され、スプリングリテーナ8の下面とシリンダヘッド2の上面の間にバルブスプリング9が組み込まれている。バルブスプリング9は、スプリングリテーナ8を介してバルブステム5を上方に付勢し、その付勢力によってバルブ4をバルブシート10に着座させている。
【0023】
アーム7は、一方の端部がラッシュアジャスタ1で支持され、他方の端部がバルブステム5の上端に接触している。また、アーム7の中央部にはローラ11が取り付けられ、ローラ11は、アーム7の上方に設けられたカム6に接触している。カム6は、エンジンのクランクシャフト(図示せず)に同調して回転するカムシャフト12に一体に形成されており、カムシャフト12が回転すると、ベースサークル6aに対して隆起したカム山部6bが、ローラ11を介してアーム7を押し下げるようになっている。
【0024】
図2に示すように、ラッシュアジャスタ1は、シリンダヘッド2の上面に開口した収容穴13に挿入される筒状のナット部材14と、ナット部材14の内周に形成された雌ねじ15にねじ係合する雄ねじ16を下部外周に有するアジャストスクリュ17と、ナット部材14の下端に固定された底部材18と、アジャストスクリュ17と底部材18の間に組み込まれたリターンスプリング19とからなる。
【0025】
リターンスプリング19は圧縮コイルばねである。リターンスプリング19は、下端が底部材18で支持され、上端がスプリングシート20を介してナット部材14から突出する方向の軸方向力をアジャストスクリュ17に付与しており、その軸方向力によって、アジャストスクリュ17を突出方向に付勢している。
【0026】
アジャストスクリュ17は、図1に示すように、ナット部材14からの突出端21が半球状に形成されており、その突出端21が、アーム7の端部下面に形成された凹部22に嵌合している。ここで、突出端21は、凹部22の内面に摺動可能に接触し、その摺動によりアーム7を揺動可能に支持する。
【0027】
図2に示すように、雄ねじ16は、アジャストスクリュ17をナット部材14に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク23のフランク角が、遊び側フランク24のフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。同様に、雌ねじ15も、アジャストスクリュ17をナット部材14に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク25のフランク角が、遊び側フランク26のフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。
【0028】
図3に示すように、雄ねじ16の圧力側フランク23は梨地となっている。また、雄ねじ16の圧力側フランク23には、図4に示すように、硬質のDLC皮膜27がコーティングされている。DLC皮膜27は、Hv2000以上であり、このDLC皮膜のコーティングによって、雄ねじ16の圧力側フランク23の表面硬度が雌ねじ15の圧力側フランク25の表面硬度よりも高くなっている。
【0029】
雄ねじ16の圧力側フランク23の面粗さ(すなわち、DLC皮膜27の表面の面粗さ)は、Ra0.8〜12.5の範囲に設定されている。また、雄ねじ16の圧力側フランク23は、粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように、梨地の微細な凸部の先端が滑らかとなっている。面粗さRaとその粗さ曲線のスキューネスRskは、JIS0601(製品の幾何特性仕様(GPS)−表面性状:輪郭曲線方式−用語,定義及び表面性状パラメータ)による。
【0030】
一方、雌ねじ15の圧力側フランク25は、雄ねじ16の圧力側フランク23よりも面粗さが小さくなるように形成されている。
【0031】
このようなアジャストスクリュ17は、例えば、次のようにして製作することができる。
(工程1)炭素量の低い鋼材であるSCM415から、鍛造とねじ転造によりアジャストスクリュ17の成形を行なう。
(工程2)このアジャストスクリュ17の成形品に浸炭焼入れ焼戻しを施して、硬さがHv700程度、深さが0.3mm程度の浸炭硬化層を形成する。
(工程3)アジャストスクリュ17の雄ねじ16の部分にショットブラストを施して雄ねじ16の表面を、面粗さがRa3.0〜5.0程度の梨地にする。ショットブラストは、粒度が♯20のSiC粒子をメディアとして行なう。
(工程4)バレル研磨により、雄ねじ16の表面の梨地の微細な凸部の先端を除去して滑らかにする。このバレル研磨は、図9、図10に示すように、雄ねじ16の圧力側フランク23の粗さ曲線のスキューネスが、少なくともRsk<0を満たすまで行なう。
(工程5)雄ねじ16の表面にDLC皮膜27をコーティングする。このコーティングは、DLC皮膜27の密着性を高めるため、雄ねじ16の表面に中間層を形成し、その上にDLC皮膜27を形成して行なう。DLC皮膜27のコーティングは、アンバランスドマグネトロンスパッタリング法(いわゆるUBMS法)で行なうことができ、そのバイアス電圧を調整することにより、DLC皮膜27の硬度をHv2000以上とすることができる。DLC皮膜27をコーティングした後の圧力側フランク23の面粗さは、Ra1.6〜3.2程度となる。
【0032】
DLC皮膜27の厚さは1μm以上5μm以下の範囲に設定すると好ましい。DLC皮膜27の厚さは1μm以上とすると、DLC皮膜27が摩耗して母材が露出するのを防止することができ、5μm以下とすると、DLC皮膜27中の残留応力によって皮膜の密着力が低下するのを防止することができる。
【0033】
次に、ラッシュアジャスタ1の動作例を説明する。
【0034】
エンジンの作動によりカム6が回転して、カム6のカム山部6bがアーム7を押し下げると、バルブ4がバルブシート10から離れて、吸気ポート3を開く。このとき、アジャストスクリュ17に押し込み方向の荷重が負荷されるが、雄ねじ16の圧力側フランク23が雌ねじ15の圧力側フランク25で受け止められて、アジャストスクリュ17の軸方向位置が固定される。
【0035】
更にカム6が回転して、カム山部6bがローラ11の位置を過ぎると、バルブスプリング9の付勢力によってバルブステム5が上昇し、バルブ4がバルブシート10に着座して、吸気ポート3を閉じる。
【0036】
厳密には、カム6のカム山部6bがアーム7を押し下げるときに、雄ねじ16の圧力側フランク23と雌ねじ15の圧力側フランク25の間に僅かな滑りが生じ、その滑りによってアジャストスクリュ17は押し込み方向に移動するが、カム山部6bがローラ11の位置を過ぎて、押し込み方向の荷重が解除されたときに、アジャストスクリュ17は、リターンスプリング19から負荷される突出方向の荷重によって突出方向に移動し、元の位置に戻る。
【0037】
エンジン作動中に、シリンダヘッド2、バルブステム5、アーム7など、動弁装置の構成部材間に熱膨張差が生じ、カム6とアーム7の間の距離が大きくなったときは、カム6のカム山部6bがアーム7を押し下げるときのアジャストスクリュ17の押し込み量よりも、更にカム6が回転して押し込み方向の荷重が解除されたときのアジャストスクリュ17の突出量が大きくなる。その結果、カム6が回転するごとに、アジャストスクリュ17が突出方向に徐々に移動するので、カム6のベースサークル6aとローラ11の間に隙間が生じない。
【0038】
反対に、バルブ4とバルブシート10の接触面が摩耗したときは、カム6のベースサークル6aがローラ11の位置にあるときにも、バルブスプリング9の付勢力がアジャストスクリュ17に作用するため、カム6のカム山部6bがアーム7を押し下げるときのアジャストスクリュ17の押し込み量よりも、更にカム6が回転して押し込み方向の荷重が解除されたときのアジャストスクリュ17の突出量が小さくなる。その結果、カム6が回転するごとに、アジャストスクリュ17が押し込み方向に徐々に移動し、バルブステム5が上昇するので、バルブ4とバルブシート10の接触面間に隙間が生じない。
【0039】
このラッシュアジャスタ1は、雄ねじ16の圧力側フランク23の粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端が滑らかとなっているので、雄ねじ16の圧力側フランク23の雌ねじ15の圧力側フランク25に対する攻撃性が低く、雌ねじ15が摩耗しにくい。また、雄ねじ16の圧力側フランク23の梨地の微細な凸部の先端が摩耗しにくく、高硬度の摩耗粉が生じにくいので、高硬度の摩耗粉による雄ねじ16と雌ねじ15の摩耗を防止することができる。
【0040】
この実施形態では、アジャストスクリュ17をナット部材14から突出する方向に付勢するリターンスプリング19として、ナット部材14から突出する方向の軸方向力をアジャストスクリュ17に付与する圧縮コイルばねを用いたが、ナット部材14から突出する方向の回転力をアジャストスクリュ17に付与するねじりばね(図示せず)を用いてもよい。この場合、ねじりばねとしては、例えば、下端を底部材18に係止し、上端をアジャストスクリュ17のナット部材14への挿入端に係止したねじりコイルばねを採用することができる。
【0041】
図5に、この発明の第2実施形態のラッシュアジャスタ31を組み込んだ動弁装置を示す。この動弁装置は、エンジンのシリンダヘッド32の吸気ポート33に設けられたバルブ34と、そのバルブ34に接続されたバルブステム35と、カム36の回転に応じて揺動するアーム37とを有する。
【0042】
バルブステム35は、バルブ34から上方に延びており、バルブステム35の上部にはスプリングリテーナ38が固定されている。スプリングリテーナ38は、バルブスプリング39によって上方に付勢され、その付勢力によってバルブ34をバルブシート40に着座させている。
【0043】
アーム37は、中央部を支点軸41で揺動可能に支持されている。アーム37の一方の端部には、カム36に接触するローラ42が取り付けられ、アーム37の他方の端部には、ラッシュアジャスタ31が組み込まれている。アーム37の下方に設けられたカム36は、エンジンのクランクシャフト(図示せず)に同調して回転するカムシャフト43に一体に形成されており、カムシャフト43が回転すると、ベースサークル36aに対して隆起したカム山部36bが、ローラ42を押圧してアーム37を揺動させるようになっている。
【0044】
図6に示すように、ラッシュアジャスタ31は、ナット部材44と、アジャストスクリュ45と、リターンスプリング46とからなる。ナット部材44は、アーム37を上下に貫通する収容穴47に挿入されており、ナット部材44の内周に形成された雌ねじ48が、アジャストスクリュ45の外周に形成された雄ねじ49とねじ係合している。
【0045】
ナット部材44の上端は、アーム37の上面から突出しており、その突出部分に有底筒状のキャップ50が嵌め合わせて固定されている。キャップ50は、収容穴47の上縁に係止して、ナット部材44が収容穴47から下方に脱落するのを防止する。一方、ナット部材44の下端には、アーム37の下面に当接するフランジ51が形成されており、そのフランジ51で、ナット部材44に作用する上向きの力を受け止めるようになっている。
【0046】
リターンスプリング46は圧縮コイルばねである。リターンスプリング46は、上端がキャップ50で支持され、下端がナット部材44から突出する方向の軸方向力をアジャストスクリュ45に付与しており、その軸方向力によって、アジャストスクリュ45を突出方向に付勢している。アジャストスクリュ45のナット部材44からの突出端は、バルブステム35の上端を押圧している(図6参照)。
【0047】
雄ねじ49は、アジャストスクリュ45をナット部材44に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク52のフランク角が、遊び側フランク53のフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。同様に、雌ねじ48も、アジャストスクリュ45をナット部材44に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク54のフランク角が、遊び側フランク55のフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。
【0048】
雄ねじ49の圧力側フランク52は、第1実施形態と同様、梨地となっている。また、雄ねじ49の圧力側フランク52には、硬質のDLC皮膜がコーティングされている。DLC皮膜は、Hv2000以上であり、この硬質皮膜のコーティングによって、雄ねじ49の圧力側フランク52の表面硬度が雌ねじ48の圧力側フランク54の表面硬度よりも高くなっている。雄ねじ49の圧力側フランク52の面粗さは、Ra0.8〜12.5の範囲に設定されている。また、雄ねじ49の圧力側フランク52は、粗さ曲線のスキューネスがRsk<0となるように梨地の微細な凸部の先端が滑らかとなっている。
【0049】
このラッシュアジャスタ31は、第1実施形態と同様、カム36のカム山部36bがアーム37の端部を押し上げて、アジャストスクリュ45に押し込み方向の荷重が負荷されると、雄ねじ49の圧力側フランク52が雌ねじ48の圧力側フランク54で受け止められて、ナット部材44に対するアジャストスクリュ45の軸方向位置が固定される。このとき、厳密には、雄ねじ49の圧力側フランク52と雌ねじ48の圧力側フランク54の間に僅かな滑りが生じ、その滑りによってアジャストスクリュ45は押し込み方向に移動するが、更にカム36が回転して押し込み方向の荷重が解除されたときに、アジャストスクリュ45は、リターンスプリング46から負荷される突出方向の荷重によって突出方向に移動し、元の位置に戻る。
【0050】
このラッシュアジャスタ31は、雄ねじ49の圧力側フランク52の粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端が滑らかとなっているので、雄ねじ49の圧力側フランク52の雌ねじ48の圧力側フランク54に対する攻撃性が低く、雌ねじ48が摩耗しにくい。また、雄ねじ49の圧力側フランク52の梨地の微細な凸部の先端が摩耗しにくく、高硬度の摩耗粉が生じにくいので、高硬度の摩耗粉による雄ねじ49と雌ねじ48の摩耗を防止することができる。
【0051】
アジャストスクリュ45をナット部材44から突出する方向に付勢するリターンスプリング46は、ナット部材44から突出する方向の回転力をアジャストスクリュ45に付与するねじりばね(図示せず)を用いてもよい。この場合、ねじりばねとしては、例えば、上端をキャップ50に係止し、下端をアジャストスクリュ45のナット部材44への挿入端に係止したねじりコイルばねを採用することができる。
【0052】
図7に、この発明の第3実施形態のラッシュアジャスタ61を組み込んだ動弁装置を示す。この動弁装置は、シリンダヘッド62の吸気ポート63に設けられたバルブ64と、そのバルブ64に接続されたバルブステム65とを有する。バルブステム65は、バルブ64から上方に延びており、バルブステム65の上部にはスプリングリテーナ66が固定されている。スプリングリテーナ66は、バルブスプリング67によって上方に付勢され、その付勢力によってバルブ64をバルブシート68に着座させている。
【0053】
図7、図8に示すように、ラッシュアジャスタ61は、シリンダヘッド62に形成されたガイド孔69に上下にスライド可能に挿入されるリフタボディ70と、リフタボディ70と一体に上下動するナット部材71と、そのナット部材71の内周に形成された雌ねじ72にねじ係合する雄ねじ73を外周に有するアジャストスクリュ74と、そのアジャストスクリュ74を付勢するリターンスプリング75とからなる。
【0054】
図7に示すように、リフタボディ70は、筒部76と、筒部76の上端に設けられた端板77とからなる。リフタボディ70の上方にはカム78が設けられている。カム78は、エンジンのクランクシャフト(図示せず)に同調して回転するカムシャフト79に一体に形成されており、カムシャフト79が回転すると、ベースサークル78aに対して隆起したカム山部78bが、端板77の上面を押圧してリフタボディ70を押し下げるようになっている。ナット部材71は、端板77の下面に止め輪80で固定されている。
【0055】
図8に示すように、リターンスプリング75は圧縮コイルばねである。リターンスプリング75は、上端が端板77で支持され、下端がナット部材71から突出する方向の軸方向力をアジャストスクリュ74に付与しており、その軸方向力によって、アジャストスクリュ74を突出方向に付勢している。
【0056】
アジャストスクリュ74のナット部材71からの突出端はスペーサ81に接触し、そのスペーサ81を介してバルブステム65の上端を押圧している。スペーサ81は、ナット部材71に固定されたリテーナ82でナット部材71に対して回り止めされ、かつ、リテーナ82に形成された切欠き83の範囲内で上下に移動可能となっている。
【0057】
雄ねじ73は、アジャストスクリュ74をナット部材71に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク84のフランク角が、遊び側フランク85のフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。同様に、雌ねじ72も、アジャストスクリュ74をナット部材71に押し込む方向の荷重が負荷されたときに圧力を受ける圧力側フランク86のフランク角が、遊び側フランク87のフランク角よりも大きい鋸歯状に形成されている。
【0058】
雄ねじ73の圧力側フランク84は、第1実施形態と同様、梨地となっている。また、雄ねじ73の圧力側フランク84には、硬質のDLC皮膜がコーティングされている。DLC皮膜は、Hv2000以上であり、この硬質皮膜のコーティングによって、雄ねじ73の圧力側フランク84の表面硬度が雌ねじ72の圧力側フランク86の表面硬度よりも高くなっている。雄ねじ73の圧力側フランク84の面粗さは、Ra0.8〜12.5の範囲に設定されている。また、雄ねじ73の圧力側フランク84は、粗さ曲線のスキューネスがRsk<0となるように梨地の微細な凸部の先端が滑らかとなっている。
【0059】
このラッシュアジャスタ61は、第1実施形態と同様、カム78のカム山部78bがリフタボディ70を押し下げて、アジャストスクリュ74に押し込み方向の荷重が負荷されると、雄ねじ73の圧力側フランク84が雌ねじ72の圧力側フランク86で受け止められて、ナット部材71に対するアジャストスクリュ74の軸方向位置が固定される。このとき、厳密には、雄ねじ73の圧力側フランク84と雌ねじ72の圧力側フランク86の間に僅かな滑りが生じ、その滑りによってアジャストスクリュ74は押し込み方向に移動するが、更にカム78が回転して押し込み方向の荷重が解除されたときに、アジャストスクリュ74は、リターンスプリング75から負荷される突出方向の荷重によって突出方向に移動し、元の位置に戻る。
【0060】
このラッシュアジャスタ61は、雄ねじ73の圧力側フランク84の粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端が滑らかとなっているので、雄ねじ73の圧力側フランク84の雌ねじ72の圧力側フランク86に対する攻撃性が低く、雌ねじ72が摩耗しにくい。また、雄ねじ73の圧力側フランク84の梨地の微細な凸部の先端が摩耗しにくく、高硬度の摩耗粉が生じにくいので、高硬度の摩耗粉による雄ねじ73と雌ねじ72の摩耗を防止することができる。
【0061】
アジャストスクリュ74をナット部材71から突出する方向に付勢するリターンスプリング75は、ナット部材71から突出する方向の回転力をアジャストスクリュ74に付与するねじりばね(図示せず)を用いてもよい。この場合、ねじりばねとしては、例えば、上端を端板77に係止し、下端をアジャストスクリュ74のナット部材71への挿入端に係止したねじりコイルばねを採用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】この発明の第1実施形態のラッシュアジャスタを組み込んだ動弁装置を示す正面図
【図2】図1のラッシュアジャスタ近傍の拡大断面図
【図3】図2に示す雄ねじと雌ねじの拡大断面図
【図4】図3に示す雄ねじの圧力側フランクの拡大断面図
【図5】この発明の第2実施形態のラッシュアジャスタを組み込んだ動弁装置を示す正面図
【図6】図5のラッシュアジャスタ近傍の拡大断面図
【図7】この発明の第3実施形態のラッシュアジャスタを組み込んだ動弁装置を示す正面図
【図8】図7のラッシュアジャスタ近傍の拡大断面図
【図9】図1に示すアジャストスクリュにバレル研磨を施す前の雄ねじの圧力側フランクの粗さ曲線を示す図
【図10】図1に示すアジャストスクリュにバレル研磨を施した後の雄ねじの圧力側フランクの粗さ曲線を示す図
【符号の説明】
【0063】
1 ラッシュアジャスタ
2 シリンダヘッド
7 アーム
13 収容穴
14 ナット部材
15 雌ねじ
16 雄ねじ
17 アジャストスクリュ
19 リターンスプリング
21 突出端
23,25 圧力側フランク
27 ダイヤモンドライクカーボン皮膜
31 ラッシュアジャスタ
35 バルブステム
36 カム
37 アーム
44 ナット部材
45 アジャストスクリュ
46 リターンスプリング
47 収容穴
48 雌ねじ
49 雄ねじ
52,54 圧力側フランク
61 ラッシュアジャスタ
62 シリンダヘッド
65 バルブステム
69 ガイド孔
70 リフタボディ
71 ナット部材
72 雌ねじ
73 雄ねじ
74 アジャストスクリュ
75 リターンスプリング
84,86 圧力側フランク

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内周に雌ねじ(15)を有するナット部材(14)と、前記雌ねじ(15)にねじ係合する雄ねじ(16)を外周に有するアジャストスクリュ(17)と、そのアジャストスクリュ(17)をナット部材(14)から突出する方向に付勢するリターンスプリング(19)とを有し、前記アジャストスクリュ(17)をナット部材(14)に押し込む方向の軸方向荷重が負荷されたときに、その軸方向荷重を前記雄ねじ(16)と雌ねじ(15)の圧力側フランク(23,25)で受けるラッシュアジャスタにおいて、
前記雄ねじ(16)の圧力側フランク(23)を梨地とし、その雄ねじ(16)の圧力側フランク(23)の表面硬度を雌ねじ(15)の圧力側フランク(25)の表面硬度よりも高くし、前記雄ねじ(16)の圧力側フランク(23)の面粗さをRa0.8〜12.5の範囲に設定し、前記雄ねじ(16)の圧力側フランク(23)の粗さ曲線のスキューネスがRsk<0を満たすように梨地の微細な凸部の先端を滑らかにしたことを特徴とするラッシュアジャスタ。
【請求項2】
硬質皮膜(27)のコーティングによって、雄ねじ(16)の圧力側フランク(23)の表面硬度を雌ねじ(15)の圧力側フランク(23)の表面硬度よりも高くした請求項1に記載のラッシュアジャスタ。
【請求項3】
前記硬質皮膜が、ダイヤモンドライクカーボン皮膜(27)である請求項2に記載のラッシュアジャスタ。
【請求項4】
前記ダイヤモンドライクカーボン皮膜(27)の硬さがHv2000以上である請求項3に記載のラッシュアジャスタ。
【請求項5】
前記ダイヤモンドライクカーボン皮膜(27)の厚さが1μm以上5μm以下である請求項3または4に記載のラッシュアジャスタ。
【請求項6】
前記ナット部材(14)は、シリンダヘッド(2)の上面に開口した収容穴(13)に挿入され、前記アジャストスクリュ(17)は、前記ナット部材(14)からの突出端(21)で動弁装置のアーム(7)を揺動可能に支持する請求項1から5のいずれかに記載のラッシュアジャスタ。
【請求項7】
前記ナット部材(44)は、カム(36)の回転に応じて揺動するアーム(37)の下面に開口した収容穴(47)に挿入され、前記アジャストスクリュ(45)は、前記ナット部材(44)からの突出端で動弁装置のバルブステム(35)を押圧する請求項1から5のいずれかに記載のラッシュアジャスタ。
【請求項8】
前記ナット部材(71)は、シリンダヘッド(62)に形成されたガイド孔(69)に上下にスライド可能に挿入されるリフタボディ(70)に固定され、前記アジャストスクリュ(74)は、前記ナット部材(71)からの突出端で動弁装置のバルブステム(65)を押圧する請求項1から5のいずれかに記載のラッシュアジャスタ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−138740(P2010−138740A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−313867(P2008−313867)
【出願日】平成20年12月10日(2008.12.10)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】