説明

ワイヤソー用切削油剤

【課題】
ワイヤソー用切削油剤において、砥粒等の研磨材の沈降を抑制し、沈降した場合でも再分散を容易にし、しかもハードケーキの生成を防止すると共に砥粒を含有するスラリーが刃物となるワイヤー細線に均一にからみつくことにより、切断性の効率と精度を向上させ、切断後のウエハーの洗浄も容易にする。
【解決手段】
本発明に関わるワイヤソー用切削油剤は、低分子量ポリアルキレングリコール(a)、低分子量グリコール、その二量体又は三量体(b)、ポリエーテル化合物(c)の中から選ばれる一種又は二種以上よりなる基材と、グラフト共重合体(d)とを必須成分として含有するものである。特に効果的なグラフト共重合体としては、アリルアルコール、無水マレイン酸およびスチレンの共重合体にポリオキシアルキレンモノアルキルエーテルをグラフト重合したものが挙げられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリコン単結晶や多結晶、その他化合物半導体やセラミックス等のインゴットのワイヤソーによる切断用に有効な合成系基材の切削油剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、シリコン単結晶等のインゴット切断用切削油剤としては、主に鉱物油を主成分とする非水溶性切削油が用いられ、この切削油に、SiC等の砥粒を混合・分散させたスラリーをインゴット切断面を走るワイヤー細線にからませて切断するものである。切断された物品(ウエハー)は、次工程として洗浄工程に回される。
【0003】
近年ワイヤソーにおいても、切断速度の高速化、加工物の面粗度の精度アップが画され、機械・切削液の性能向上が要求されるようになっている。同時に切断後の洗浄性の良さも求められて来た。鉱物油を主成分とする切削油で切断されたウエハーは、付着しているものが鉱物油であるが故に水のみでは脱脂出来ず、有機溶剤又は洗浄剤を含んだ水の助けを借りなければならない。
【0004】
洗浄性の良好な切削液として、特開平10−53789号にはポリグリコールエーテル、ベントナイト、CMC及び水等を成分とする組成物が開示されているが、これは水が28〜70重量%添加されていて、使用時蒸発による水分の調整が必要となる。その他、洗浄性の良好な切削液としてグリコール系を主成分とする組成物があり、特開平10−130635号にはプロピレングリコールを主体とする組成物が開示されている。特表2000−537440号にはポリアルキレングリコールを主体とする組成物が開示されている。また、特開平11−286693号、特開平11−323376号、特開2000−44974号にはポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレングリコールを主体とする組成物が開示されている。
【特許文献1】特開平10−53789号公報
【特許文献2】特開平10−130635号公報
【特許文献3】特表2000−537440号公報
【特許文献4】特開平11−286693号公報
【特許文献5】特開平11−323376号公報
【特許文献6】特開2000−44974号公報
【0005】
これらの組成物は、従来の鉱油を主体とした組成物に比し、水又は若干の洗浄剤を含んだ水で洗浄可能であるが、これらの組成物は、特開平10−53789号を除いて、砥粒等の研磨剤が沈降し、その沈降物がハードケーキになり容易に再分散が出来ないという欠点がある。特開2000−44974号では、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレングリコールの主成分にシリカ粒子を含有することにより、砥粒の沈降防止及び再分散性の良さを主張しているが、この発明の実施例に示されている砥粒粒度は#600である。近年切断ウエハーの精度向上から、砥粒が#1000、#1500、#2000と細かくなり、それに従い切削くずもより細かくなることにより、組成液と砥粒や切削くずの分離が困難になり、再生処理に難が出て廃棄物が多くなる等の問題が生ずる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、砥粒等の研磨材の沈降を抑制し、沈降した場合でも再分散を容易にし、しかもハードケーキの生成を防止すると共に砥粒を含有するスラリーが刃物となるワイヤー細線に均一にからみつくことにより、切断性の効率と精度を向上させ、切断後のウエハーの洗浄性も良好なワイヤソー用切削油剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明にかかわるワイヤソー用切削油剤は、低分子量ポリアルキレングリコール(a)、低分子量グリコール、その二量体又は三量体(b)、およびポリエーテル化合物(c)の中から選ばれる一種又は二種以上よりなる基材と、グラフト共重合体(d)とを必須成分として含有するものである。
【発明の効果】
【0008】
砥粒の分散性に優れたワイヤソー用切削油剤が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下、本発明のワイヤソー切削油剤に使用される構成成分について具体的に説明する。低分子量ポリアルキレングリコール(a)、低分子量グリコール、その二量体又は三量体(b)、並びにポリエーテル化合物(c)の3成分の中から選ばれる一種又は二種以上は本発明の切削油剤の基材をなすものである。
【0010】
低分子量ポリアルキレングリコール(a)はポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等で代表され、その分子量範囲は平均分子量100〜500のものが最適である。平均分子量が100以下になると、粘度、引火点が低く、蒸気圧は高くなり、加工時の砥粒の分散安定性、ワイヤーへのスラリーのからみ不良、液の蒸発による砥粒の混合割合の変動、低沸点物質の過多による消防法上の安全性などに問題が生じる。また平均分子量が500以上になるとスラリーの粘度が高くなり、切断ウエハーに反り(ワ−プ)が生じ、事後の工程に適さず不良品となる。
【0011】
低分子量グリコール、その二量体又は三量体(b)は、平均分子量75〜300の範囲のジエチレングリコール、トリエチレングリコール、プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、トリプロピレングリコールに代表される低分子量グリコール類である。平均分子量75以下のものでは、粘度、引火点が低く、蒸気圧が高くなり、加工時の砥粒の分散安定性やワイヤーへのスラリーのからみ不良、液の蒸発による砥粒の混合割合の変動、消防法上の安全性などに問題が生じ、切断に不具合が生じる。また平均分子量が300以上になるとスラリー粘度が高くなり、切断抵抗による温度上昇によって細線の伸び率に変動がもたらされ切断ウエハーの精度が劣化する。
【0012】
ポリエーテル化合物(c)は、ポリオキシエチレングリコールとポリオキシプロピレングリコールの共重合体に代表される化合物であり、
化学式RO(EO)p(AO)qR(2)で表されるものである。
ここで、R,Rは水素原子又は炭化水素基、EOはオキシエチレン基、AOは炭素数3,4のオキシアルキレン基、pはEOの付加モル数、qはAOの付加モル数を示す。これらの化合物の平均分子量の範囲は200〜3000が最適であり、平均分子量がこの範囲より大きくなると粘性が大きすぎて細粒砥粒がポリマーにからめられ、分散性に難をきたし、また平均分子量がこの範囲より小さくなると砥粒の沈降が早すぎてこれもまた砥粒の分散安定性に難をもたらす。EOとAOの割合は、EO:AO=30:70部(モル部)〜70:30部が良い。EOの割合が70部より多くなると分子内の親水性が増加しワイヤー細線への砥粒の付着性が悪くなり、AOの割合が70部より多くなると分子内の親油性が増加し、切断後のウエハーの洗浄性に難をもたらす。
【0013】
基材をなす(a)、(b)、(c)の成分は単体でも良いが、三成分の中から選ばれる二成分又は三成分の混合でも良い。その混合割合は、砥粒の粘度、混合割合によって異なるが、出来上がりスラリーの粘度は、#1000砥粒1kg:ワイヤソー切断油剤1L(リットル)の割合で、50〜400mps/25℃が好ましい。50mps/25℃より低いと細線ワイヤーへのスラリーの巻き付きが不足し、切断速度が遅くなり切断すじ(ソーマーク=均一切断不足)が生じたりする。また400mps/25℃℃より高くなると、切断われやワープ不良が生じる。
【0014】
(a)、(b)、(c)で示される合成基材のみで砥粒を分散し、加工に供しても切断は可能であるが、砥粒の分散に常に注意を向けなければならない。油断をすれば砥粒は沈降しあげくの果て、ハードケーキを作り、再分散が不可能になるばかりか配管の曲りなどに堆堰して切断後のスラリー供給に不具合を生じる。
【0015】
本発明が解決しようとする課題は正にこの改善にあり、本発明は上記の合成基材にグラフト共重合体(d)を0.01〜5.0重量%、好ましくは0.05〜0.5重量%添加することによって砥粒や研磨粉の沈降を抑制し、沈降した場合においても容易に再分散し、ハードケーキを作らず、優れた切断性及び作業性を与えるものである。
【0016】
グラフト共重合体(d)としては、重合体の連鎖移動反応を利用してポリビニルアルコールとヒドロキシエチルセルロースとのグラフト共重合体や幹重合体に遊離基に分裂し得る官能基を導入し、重合を開始する方法で高分子過酸化物を合成し、これを分解してなるグラフト共重合等があるが、本発明で最適として選んだものは具体的には以下に示す構造を持つグラフト共重合物である。
すなわち、グラフト共重合体(d)としては、アリルアルコール、無水マレイン酸およびスチレンの共重合体にポリオキシアルキレンモノアルキルエーテルをグラフト重合したもので、下記の化学式(1)で表されるものである。
ただし化学式(1)において、記号「AO」はオキシアルキレン基を表し、mは5〜100の数、nは1〜50の数である。
【化1】

【0017】
この共重合体は150〜300cst/100℃の粘度を持つ化合物である。先に述べたように添加量は0.01〜5.0重量%、好ましくは0.05〜0.5重量%であり、添加量が多すぎると母体である合成基材が増粘して好ましくない。
【0018】
砥粒の分散性と再分散性及びハードケーキ防止性は上記グラフト共重合物の添加のみで充分目的を達成出来るが、さらにこれに有機酸塩又は無機酸塩(e)を0.01〜1.0重量%、好ましくは0.01〜0.2重量%添加することによって効果のさらなる向上、すなわち切断速度と切断精度の向上が図られる。有機酸塩としては、酢酸Na、酢酸K、酢酸Ca、安息香酸Na、コハク酸Na、クエン酸Naなどが特に有効であり、無機酸塩としては、硫酸K、炭酸水素Naなどが特に有効である。
【0019】
さらに、(a、b、c)+(d)、あるいは(a、b、c)+(d)+(e)の組成物に水(f)を1.0〜40.0重量%、好ましくは5.0〜20.0重量%添加することによって、耐火性(消防法上の非危険物)を持ち、切断時の冷却性が向上し、砥粒及び切削くずの沈降を防止し、より苛酷な条件においても砥粒等の再分散性を良好とし、ハードケーキの生成を防止する。
【0020】
さらに、これら(a、b、c)+(d)、(a、b、c)+(d)+(e)あるいは(a、b、c)+(d)+(e)+(f)の組成物にアルカノールアミン(g)を0.05〜0.5重量%、好ましくは、0.1〜0.3重量%添加することによって、より効果の向上と持続性を保持することが出来る。
【0021】
また本発明の切削油剤には、ワイヤソー機械及びワイヤーの防錆性を付与させるためにベンゾトリアゾール、ベンゾチアゾール、Na−ベンゾチアゾール等の防錆添加剤を添加することで効果を上げることが出来る。その添加量は、それらの一種又は二種以上の組合せで、0.01〜1.0重量%、好ましくは0.06〜0.3重量%である。本発明にの切削油剤には、その効果及び作業性を高めるために、当該技術分野において使用される油性剤,極圧剤,及び消泡剤を適宜選択して添加することが出来る。
【実施例】
【0022】
以下、実施例を比較例と対比して、本発明の構成及び効果を具体的に説明す るが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。表1、2、3に本発明の実施例(1〜15)、表4に比較例(1〜4)を示す。各表に記載した成分および性状の詳細は下記の通りである。
1)成分
・PEG300 :ポリエチレングリコール(分子量300)
・PEG200 :ポリエチレングリコール(分子量200)
・PG :プロピレングリコール
・DPG :ジプロピレングリコール
・EO:PO=50:50 :ポリオキシエチレン:ポリオキシプロピレングリコール
(平均分子量500)
・グラフト共重合物:アリルアルコール、無水マレイン酸、スチレン共重合物と
ポリアルキレンモノアルキルエーテルからなる化合物
・酢酸Na :結晶酢酸ソーダ(大東化学(株)製)
・トリエタノールアミン:TEA−99(シェルジャパン(株)製)
・ベンゾトリアゾール :BT−120(城北化学工業(株)製)
2)性状
・粘度:JISK5400 4.5.3回転粘度計法
・密度:JISK2249
・スラリー粘度
a.試料の作製条件
砥粒:GC#1000(緑色炭化ケイ素#1000)
液 :実施例に成分を示した本発明液
砥粒及び液を1重量:1容量の割合で試験に必要量混ぜ、次の撹拝条件に て混合し供試料とする。
本試料はスラリー粘度の他、砥粒分散安定性、ウエハー切断状況の各試験 に用いる。
撹拝機 スリーワンモーターTYP1200
プロペラ プロペラ型
回転数 1200rpm
攪拌時間 1時間
b.粘度測定条件
回転粘度計 B型回転粘度計(東京計器)
回転数 60rpm(度500以下)
12rpm(粘度500以上)
ロ−タ− No.2
測定温度 25℃
c.切粉混入後の粘度測定条件
撹拝後の分散液に切粉として、GC10000を10%入れ
JISK5400に従って粘度を測定した。
(切断時に混入する切粉を想定)
d.砥粒分散安定性
d−1 砥粒分離
分散後(撹搾後)の分散液を200ccビーカーに150cc入れ、24 時間後の液の分離量を見た。
d−2 ハードケーキ生成
d−1測定後、ビーカーを逆さまにして流動する液をビーカー外に排出 した後、固形物がビーカー底に残存するかどうかを確認した。
d−3 再分散性
d−1で静置したサンプルをbの条件で攪拌し、固形分が完全に分散した かどうかを確認した。
・ウエハー切断状況
日平トヤマ製ワイヤソー444型のワイヤー切断加工機を使用し、
表5に示す作業条件で、φ300mm×200mmのSi単結晶の切断を 行った。
結果に示すTTVは、加工後ウエハー1枚に生ずる厚さむらを表す。
【0023】
【表1】






















【0024】
【表2】





















【0025】
【表3】





















【0026】
【表4】




















【0027】
【表5】





【0028】
実施例1〜15から明らかなように、本発明の切削油剤を使用した場合、砥粒分離やカードケーキの生成はなく、再分散性は良好であった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明品は、砥粒の分散性および抗ハードケーキ性に優れる事から、ワィヤソーによるワィヤーへの砥粒の供給性が安定しているため、良好な切削性が得られる。また、砥粒混合物を長時間放置しても砥粒の分散安定性があり、更に長時間の放置や配管の曲りなどの液貯まりが生ずる所において、仮に砥粒の沈降が生じてもハードケーキにならず再分散性が良好であり、安定な作業性が得られる。このことは、生産性の能率化から、切断機が数十台以上になると一台、一台での給油よりも大型タンクを介した集中給油が必要になり、そのためにはこの砥粒安定性と抗ハードケーキ性は、なくてはならない性質となる。本発明の切削油剤は、そのことに関して卓越した性能を奏する。また砥粒の分散性、抗ハードケーキ性は切断後、ウエハーの表面に残る砥粒の洗浄性を容易にする性能を有し、この事に関しても本発明は卓越した効果を発揮する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低分子量ポリアルキレングリコール(a)、
低分子量グリコール、その二量体又は三量体(b)、および
ポリエーテル化合物(c)
の中から選ばれる一種又は二種以上よりなる基材と、グラフト共重合体(d)とを必須成分として含有するワイヤソー用切削油剤。
【請求項2】
グラフト共重合体(d)が、アリルアルコール、無水マレイン酸およびスチレンの共重合体にポリオキシアルキレンモノアルキルエーテルをグラフト重合したもので、下記の化学式(1)で表されるものである請求項1に記載のワイヤソー用切削油剤。
ただし化学式(1)において、記号「AO」はオキシアルキレン基を表し、mは5〜100の数、nは1〜50の数である。
【化1】

【請求項3】
さらに有機酸塩または無機酸塩(e)を含有するものである請求項1または請求項2に記載のワイヤソー用切削油剤。
【請求項4】
さらに水(f)を含有するものである請求項1、請求項2または請求項3に記載のワイヤソー用切削油剤。
【請求項5】
さらにアルカノールアミン(g)を含有するものである請求項1、請求項2、請求項3または請求項4に記載のワイヤソー用切削油剤。
【請求項6】
ポリエーテル化合物(c)が、化学式RO(EO)p(AO)qR(2)で表されるものである請求項1に記載のワイヤソー用切削油剤。
ここで、R,Rは水素原子又は炭化水素基、EOはオキシエチレン基、AOは炭素数3または4のオキシアルキレン基、pはEOの付加モル数で1〜50の数、qはAOの付加モル数で1〜50の数を示す。
【請求項7】
有機酸塩または無機酸塩(e)において有機酸塩が、酢酸Na、酢酸K、酢酸Ca、安息香酸Na、コハク酸Naおよびクエン酸Naの中から選ばれたものであり、無機酸塩が、硫酸Kおよび炭酸水素Naの中から選ばれたものである請求項3に記載のワイヤソー用切削油剤。
【請求項8】
アルカノールアミン(g)がモノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミンの中から選ばれたものである請求項5に記載のワイヤソー用切削油剤。


【公開番号】特開2006−111728(P2006−111728A)
【公開日】平成18年4月27日(2006.4.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−300583(P2004−300583)
【出願日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【出願人】(391045668)パレス化学株式会社 (8)
【Fターム(参考)】