説明

光学物品及び光学物品の製造方法

【課題】 耐衝撃性が向上した反射防止膜を有する光学物品及び光学物品の製造方法を提供する。
【解決手段】 蒸着装置内に配置したプラスチック製の光学基板の表面に、水素またはフッ素を含有するガスを分解するための高周波電力値を所定値に設定して、SiO2の金属酸化物からなる薄膜、あるいはTiO2の金属酸化物からなる薄膜を、少なくとも1層以上形成した反射防止膜が、30原子%〜50原子%の少なくとも水素または/及びフッ素を含有することにより、反射防止膜を有する光学物品の耐衝撃性の向上を図る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、反射防止膜を有する光学物品及び光学物品の製造方法に関し、特に耐衝撃性の向上に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、レンズ等の光学物品の材料として、軽量、小型化、あるいはコストダウン等のニーズから、プラスチックが多用されている。プラスチック製光学物品(光学基板)の表面には、一般的にハードコート層(硬化層)が形成され、最表面には反射防止を目的とした金属酸化物の多層膜(反射防止膜)が形成されている。これらプラスチック製光学物品表面に形成する多層の反射防止膜は、反射防止特性が優れていることは言うまでもなく、機械的強度を十分に確保することが必要になる。
【0003】
プラスチック製光学物品は、ガラス製に比べ割れにくいという特徴を持っているが、表面に反射防止膜を構成する無機物質である金属酸化物の膜が存在することによって非常に割れやすくなる。例えば、所定の高さから鋼球を落下させ、光学物品の割れ(あるいは、クラックの発生)具合を評価する試験(耐衝撃性試験)において、金属酸化物膜が形成されていないプラスチック製光学物品の状態では、数mの高さからの鋼球の落下での光学物品の割れは発生しないが、反射防止膜を形成した光学物品は数十cmの高さからの鋼球落下で割れてしまうという現象が発生する。この原因は表面にある金属酸化物膜の柔軟性に起因していると考えられる。すなわち金属酸化物膜がプラスチック製光学物品の変形に追従できなくなったときに金属酸化物膜に割れが発生し、そのクラックを起点として光学基板そのものが割れると発明者らは推測する。
【0004】
これらの問題を解決するために、プラスチック製光学物品とハードコート層(硬化層)との間にプライマー層を形成する方法が開示されている(例えば、特許文献1)。詳細な原因に関しては記載されていないがプライマー層は非常に柔らかいために、金属酸化物膜の割れがハードコート層を貫き、プラスチック製光学物品に到達するのを抑制する働きがあると発明者らは考察している。また、耐衝撃性の改善とは異なるが、有機金属化合物のプラズマ重合法による反射防止膜の製造方法が開示されている(例えば、特許文献2)。
【0005】
【特許文献1】特開平5−93803号公報
【特許文献2】特開平8−62401号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載される製造方法ではプライマー層を形成するための工程が必要であり、製造時間およびコストが増加する等の課題がある。また、特許文献2に記載される反射防止膜は、有機金属を原料として用いているため反射防止膜中に水素を含有していることが予想される。その含有量に関しての記載はないが、一般的に数%〜十数%と推測され、膜中に水素は含有しているものの含有量が少ないために、密着性、耐熱性等の向上は図られるが耐衝撃性の向上には寄与しない。
そこで本発明は、耐衝撃性が向上した反射防止膜を有する光学物品及び光学物品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の光学物品は、光学基板の表面に、金属酸化物からなる薄膜を、少なくとも1層以上有する光学物品において、前記金属酸化物からなる薄膜の内の少なくとも1層が、少なくとも水素または/及びフッ素を含有する反射防止膜であることを特徴とする。
【0008】
これによれば、多層の反射防止膜を形成する金属酸化物層のうち少なくとも1層が、少なくとも水素またはフッ素を含むことにより、外部より力が印加され、光学基板の表面の反射防止膜が引っ張り応力を受けたとき、反射防止膜を構成する金属酸化物膜がある程度まで伸びることができるため割れ(クラック)は発生しなくなる。そのためクラックを起点とする光学基板の割れを防止することができ、耐衝撃性が向上した反射防止膜を得ることができる。このことは、膜中に含まれる水素あるいはフッ素が作用していると発明者らは考えている。例えば、SiO2膜を例にして説明すると、4配位のSiが1原子に対し2配位のOが2原子で化学量論的組成になる。ここにH(水素)またはF(フッ素)が含有されることによってSiの結合種のいくつかと結合を形成し、その結果Siは見かけ上1から3配位の原子として振る舞うことになるため、SiとOのみからなるネットワークより非常に柔軟なネットワークを形成できる。そのため金属酸化物膜が引っ張り応力を受けてもクラックが発生しにくくなるため耐衝撃性が向上すると考えられる。
【0009】
本発明における金属酸化物膜は、高屈折率層としてはZrO2、TiO2、Ta25、Nb25またはこれらの混合物、低屈折率層としてはSiO2、中屈折率層としてはAl23、Y23の金属酸化物またはこれらの混合物からなる。そして、例えば電子ビーム蒸着法により反射防止膜を形成する場合の蒸着材料としては、高屈折率層にはZrO2、TiO2、Ti35、Ta25等、低屈折率層にはSiO2等、中屈折率層にはAl23、Y23等を用いるのが好ましい。
【0010】
また、各々の層に水素またはフッ素が混入することによる屈折率の変化は形成する金属酸化物の膜厚によって調整することが好ましい。反射防止膜としては、光学基板に最も近い層に低屈折率層を形成し、その低屈折率層の表面に高屈折率層と低屈折率層を交互に5層積層した多層膜、または光学基板に最も近い層が低屈折率層であり、高屈折率層と低屈折率層を交互に7層積層した多層膜、あるいは光学基板に最も近い層から中屈折率層、高屈折率層、低屈折率層の順に3層積層した多層膜等が一般に用いられる。また、水素またはフッ素を含有した金属酸化物は屈折率が低下するため、単層の反射防止膜としてもよい。
【0011】
また、本発明の光学物品は、前記水素または/及びフッ素の含有量が30原子%〜50原子%であることを特徴とする。
これによれば、反射防止膜内に、含有量が30原子%〜50原子%の水素または/及びフッ素が含有されることによって、耐衝撃性が向上した反射防止膜を得ることができる。水素またはフッ素の含有量が30原子%未満の場合には、反射防止膜を形成する金属酸化物膜が柔軟になり難く、耐衝撃性の向上が図られない。また、水素またはフッ素の含有量が50原子%を超える場合には、反射防止膜の成膜速度が大幅に低下することにより、生産性が低下する。
【0012】
また、本発明の光学物品は、前記光学基板が、プラスチックであることを特徴とする。
これによれば、耐衝撃性が向上した光学物品を提供することができる。
【0013】
また、本発明の光学物品は、前記光学基板と反射防止膜との間に、ハードコート層を有することを特徴とする。
これによれば、プラスチックまたはハードコート層に覆われたプラスチックからなる光学基板の表面に、30〜50原子%の、少なくとも水素またはフッ素を含有する金属酸化物からなる反射防止膜が形成されることにより、本来、プラスチック製の光学基板の表面に無機物質である金属酸化物の膜が存在することによって割れやすくなるのを防止した、反射防止膜を有するプラスチック製光学物品を得ることができる。
【0014】
本発明における光学物品(光学基板)としては、レンズ、光ディスク、ディスプレイ等が挙げられる。これらの光学基板の材質としては、アクリル樹脂、チオウレタン系樹脂、メタクリル系樹脂、アリル系樹脂、エピスルフィド系樹脂、ポリカーボネート、ポリスチレン、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート(CR−39)等のプラスチック等が挙げられる。
【0015】
プラスチックの光学基板の表面に反射防止膜を形成する場合には、光学基板の表面に直接反射防止膜を形成してもよいが、ハードコート層をディッピング法またはスピンコート法等の塗布法により成膜し、このハードコート層上に反射防止膜を形成するのが密着性等を確保する上で望ましい。なお、本発明において、反射防止膜の形成の前に、光学基板またはハードコート層との密着性を高めるためにアルカリ処理、プラズマ処理、イオン処理などの表面の清浄化と活性化を行うことが望ましい。
【0016】
また、本発明において、反射防止膜上に撥水層または防曇層などの保護層をつけることができる。例えば保護層の形成方法としてはディッピング法、蒸着法、プラズマCVD法、PVD法等が挙げられる。光学基板の最表面に形成された金属酸化物膜がフッ素を含有している場合には、金属酸化物そのものが撥水性を持っているため撥水性の保護膜を形成する必要はないが、必要に応じて形成することも可能である。
【0017】
また、本発明の光学物品の製造方法は、光学基板の表面に、蒸着により金属酸化物からなる薄膜を形成し反射防止膜とする光学物品の製造方法において、少なくとも水素または/及びフッ素を含有するガスをプラズマ分解したガスの雰囲気中で、前記金属酸化物からなる反射防止膜を形成することを特徴とする。
【0018】
これによれば、少なくとも水素またはフッ素を含有するガスをプラズマ分解することによって、反射防止膜中に水素またはフッ素を効率よく含有することができる。単に水素またはフッ素を含有するガスを含む雰囲気中で金属酸化物膜を形成すると、反射防止膜中に含有される水素またはフッ素は、ガスの分解が不十分であるため数%以下の濃度の水素またはフッ素しか混入することができない。しかし、少なくとも水素またはフッ素を含有するガスをプラズマ分解する事によってイオン化またはラジカル化した水素またはフッ素が大量に生成されるため、金属酸化物膜中に効率よく水素またはフッ素を含有させることができる。
【0019】
水素またはフッ素を含有するガスをプラズマ分解して水素またはフッ素を含有した金属酸化物膜を形成する方法としては、電子ビーム蒸着、高周波スパッタリング、直流スパッタリング、プラズマCVD等が挙げられる。
【0020】
電子ビーム蒸着においては、真空室内に水素またはフッ素を含有するガスを導入し外部より高周波電圧を印加してプラズマを発生させることによって金属酸化物膜中に大量に水素またはフッ素を含有させることができる。また、プラズマにより分解された水素またはフッ素に、電圧を印加し加速した状態で光学基板に照射し、金属酸化物膜を蒸着することによっても金属酸化物膜中に大量に水素またはフッ素を導入することができる。
【0021】
金属酸化物ターゲットを用いた高周波スパッタリングにおいては、通常スパッタリングに用いるアルゴンガス等に加え、水素またはフッ素を含有するガスを蒸着装置内に導入することによって、金属酸化物膜中に大量の水素またはフッ素を含有させることができる。
【0022】
また、水素またはフッ素を含有した金属ターゲットを用いた直流スパッタリングにおいては、金属膜の蒸着工程と、酸化工程の交互プロセスによって金属酸化物膜を形成するが、酸化工程において用いられるイオン源やラジカル源に導入する酸素等に加え、水素またはフッ素を含有するガスを導入することによって金属酸化物膜中に大量に水素またはフッ素を含有させることができる。また、金属膜の蒸着工程と、酸化工程と、水素化またはフッ素化工程とを交互に繰り返すことによっても金属酸化物膜中に、大量の水素またはフッ素を含有させることができる。また、金属膜の蒸着工程に水素またはフッ素を含有するガスを導入することによって、水素またはフッ素を含有した金属膜を形成し、酸化工程によって酸化することも可能である。
【0023】
プラズマCVDにおいては、原料となるガスに加え水素またはフッ素を含有するガスを真空室内に導入することによって金属酸化物膜中に大量に水素またはフッ素を含有させることができる。プラズマCVDの原料としては、水素またはフッ素を含有する有機金属化合物を用い、蒸着条件を適切に整えることによって金属酸化物膜中に水素またはフッ素を含有させることができる。
【0024】
また、これらの蒸着装置とは別の真空室で水素またはフッ素を含有するガスをプラズマ分解した後に、それを成膜を行う蒸着装置内に導入する事によっても、金属酸化物膜中に水素またはフッ素を含有させることができる。プラズマおよび紫外線の照射によるダメージをさけたい場合は、この方法(別の真空室で水素またはフッ素を含有するガスをプラズマ分解した後蒸着装置内に導入する)と電子ビーム蒸着とを組み合わせるのが好適である。
【0025】
水素またはフッ素を含有するガスとしては特に限定はされないが、例えばH2,F2、H2O、CF4、CH22、CHF3、C28、C46、NF3のガス(常温で液体または固体の材料も含む)が挙げられる。また、金属酸化物薄膜の形成と水素またはフッ素の導入を同時に行うことができるガスとしては、SiH4、SiH22、ジメチルシラン、テトラメチルシラン、テトラメチルジシロキサン、メチルトリメトキシシラン、テトラメトキシシラン、テトラエトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、ジメチルジビニルシラン、ヘキサメチルジシロキサン、ヘキサメチルシラザン、メチルトリエトキシシラン、メチルトリプロポキシシラン、トリメチルビニルシラン、ジメチルジエトキシシラン、テトラエトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、ジエトキシジフェニルシラン、ジフェニルジメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、テトラメチルシラン、メチルトリエトキシシラン、トリイソプロポキシビニルシラン、アリロキシトリメチルシラン、アリルトリメチルシラン、アリルトリメトキシシラン、アリルトリエトキシシラン、オクタメチルシクロテトラシロキサン、フェニルシラン、フェニルトリエトキシシラン、フェニルトリメチルシラン、アニリノトリメチルシラン、ヘキサエチルジシロキサン、アリルジメチルシラン、エトキシジメチルビニルシラン、メトキシジメチルビニルシラン、テトラビニルシラン、トリアセトキシビニルシラン、テトラビニルシラン、トリメチルシリルイソシアネート、ジブトキシジアセトキシシラン、フェニルトリビニルシラン、N−メチル−N−トリメチルシリアアセトアミドなどの無機および有機ケイ素化合物や、アルミニウムトリ−S−ブトキシド、テトラエチルオルソチタネート、テトラ−n−プロピルオルソチタネート、チタニウムテトライソプロプキシド、チタニウムテトラ−n−ブトキシド、ジルコニウム−t−ブトキシド、テトラキス(トリメチルシロキシ)チタニウム、ジルコニウム2−メチル−2−ブトキシド、ペンタエトキシタンタル、テトラジメチルアミノチタン、テトラエトキシチタン、テトライソプロポキシチタン、モノシラン、ジシラン、ジクロロシラン、トリクロロシラン、ヘキサクロロシラン、フッ化チタン、フッ化タンタル等の無機および有機金属化合物が挙げられる。また、これらの混合ガスを用いても良いし、希釈用のガスとしてヘリウム、アルゴン、ネオン、キセノン、クリプトン、窒素を混合しても良い。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下、本発明の反射防止膜について説明する。先ず、反射防止膜の製造に用いる蒸着装置について説明する。
図1は反射防止膜の製造に用いる蒸着装置の模式図である。図1において、蒸着装置1は、真空容器11、排気装置20、ガス供給装置30、プラズマ発生装置40を備えている。いわゆる電子ビーム蒸着装置である。
【0027】
また、真空容器11は、真空容器11内に蒸着材料がセットされた蒸発源(るつぼ)12,13、蒸発源12,13の蒸着材料を加熱溶解(蒸発)する加熱手段14、反射防止膜を形成する光学基板としての基板Sを載置する基板支持台15、基板Sを加熱するための基板加熱用ヒータ16、プラズマ発生装置40を構成するアンテナ43等を備えている。必要に応じて真空容器10内に残留した水分を除去するためのコールドトラップや、酸素等のガスを導入する装置、導入したガスをイオン化し加速して基板Sに照射する装置、膜厚を管理するための装置等が具備される。
【0028】
蒸発源12,13は、蒸着材料がセットされたるつぼであり、真空容器11の下部に配備されている。
加熱手段14は、フィラメントに高電圧が印加されることで発生する電子ビームを、電子銃により偏向して、蒸発源12,13にセットされた蒸着材料に照射し蒸発させる。いわゆる電子ビーム蒸着が行われる。蒸着材料を蒸発させる他の方法として、タングステン等の抵抗体に通電し蒸着材料を溶融/気化する方法(いわゆる、抵抗加熱蒸着)、高エネルギーのレーザー光を蒸発させたい材料に照射する方法等がある。
【0029】
基板支持台15は、所定数の基板Sを載置する支持台であり、蒸発源12,13と対向した真空容器11内の上部に配備されている。基板支持台15は、基板Sに形成される反射防止膜の均一性を確保し、かつ量産性を高めるために回転機構を有するのが好ましい。
基板加熱用ヒータ16は、例えば赤外線ランプからなり、基板支持台15の上部に配備されている。基板加熱用ヒータ16は、基板Sを加熱することにより基板Sのガス出し(あるいは、水分とばし)を行い、基板Sの表面に形成される薄膜の密着性を確保する。赤外線ランプの他に抵抗加熱ヒータ等を用いることができる。但し、基板Sの材質がプラスチックの場合には、赤外線ランプを用いるのが好ましい。
【0030】
排気装置20は、真空容器11内を高真空に排気する装置であり、ターボ分子ポンプ21と、真空容器11内の圧力を一定に保つ圧力調節バルブ22を備えている。
ガス供給装置30は、水素またはフッ素を含有するガスを内蔵するガスシリンダー31と、ガスの流量を制御する流量制御装置32とを備えている。ガスシリンダー31に内蔵されたガスは、流量制御装置32を介して真空容器11内に導入される。
【0031】
プラズマ発生装置40は、高周波電源41と、整合器42と、真空容器11内に配備されたアンテナ43とを備えている。高周波電源41から整合器42を介してアンテナ43に供給された高周波電圧により、真空容器10内にプラズマを発生させる。
【0032】
圧力計50は、真空容器11内の圧力を検出する。圧力計50によって検出された圧力値に基づき、排気装置20の圧力調節バルブ22が、制御部(図示せず)からの制御信号により制御されて、真空容器11内の圧力が所定の圧力値に保たれる。真空容器11内の圧力は、ガス供給装置30のガスシリンダー31から供給されるガスの流量を制御する流量制御装置32を制御する方法でも可能である。
以上に説明した蒸着装置1(真空容器11)内の基板支持台15に光学基板(基板)Sが載置されて、蒸着装置1を稼動して光学基板に反射防止膜の形成が行われる。
【0033】
次に、本発明を具体的に説明する。
【0034】
(実施例)
本実施形態は、反射防止膜を形成する光学物品(光学基板または基板)として、例えばプラスチック製光学物品を用いた。基板Sは、チオウレタン系樹脂を熱硬化した光学基板であり、この基板Sの屈折率は1.60であった。また、基板Sの表面にはあらかじめハードコート層が形成されている。そして、形成する反射防止膜の低屈折率層の蒸着材料としてSiO2、高屈折率層としてTi35を用いた。また、反射防止膜を形成する金属酸化物膜中に水素またはフッ素を導入するためのガスとしてはCH22ガスを用いた。
【0035】
先ず、蒸着装置1(真空容器11)内の基板支持台15に基板Sを載置する。そして、ガスシリンダー31内に内蔵されるCH22ガスは、流量制御装置32によって流量制御され、真空容器11内に導入される。その際、真空容器11内の圧力は、圧力調節バルブ22によって、略1×10-2Paの圧力に調節した。そして、高周波電源41より0〜1,000Wの高周波電力がアンテナ43に供給され、真空容器11内にプラズマが発生する。この状態で蒸発源12内に置かれた蒸着材料のSiO2に、加熱手段14から電子ビームが照射されて、SiO2が溶融/気化することによって、基板Sの表面にフッ素および水素を含有したSiO2の層が形成される。
【0036】
次に、蒸発源13内に置かれた蒸着材料のTi35に、加熱手段14から電子ビームが照射されて、Ti35が溶融/気化することによって、基板Sに形成されたSiO2の層の上面に、フッ素および水素を含有したTiO2の層が形成される。こうした層の形成を繰り返すことによって、所定の膜厚の反射防止膜を、所定の層数、形成することができる。本実施形態の反射防止膜は、基板Sの表面より順に、SiO2/TiO2/SiO2/TiO2/SiO2/TiO2/SiO2の7層を形成した。また、形成する各々の膜厚は、基板Sの表面から順に、19.8/20.0/40.0/53.0/24.8/42.4/113.9nmとした。なお、形成される反射防止膜は、便宜上SiO2、TiO2と表記しているが、フッ素および水素を含有しているため実際の組成は異なる値になる。また、電子ビームの電流値は、SiO2形成時には80mA、TiO2形成時には260mAに設定した。
【0037】
以上の成膜条件で、水素またはフッ素を含有するガスを分解するための高周波電力値を変化させて反射防止膜を形成し、反射防止膜が形成された条件1〜7の光学物品(基板)の、耐衝撃性、反射防止膜を形成する金属酸化物膜の堆積速度、水素およびフッ素の含有量を測定した。測定に用いる基板の成膜条件を表1に示す。なお、表中のCH22流量の単位:sccmは、stndard cc/minを示し、1sccmは、1.667×10-8m3/sである。
【0038】
【表1】

耐衝撃性の測定は、プラスチック光学物品として中心厚が略1mm、度数が−3.00Dのレンズ表面に、7層の反射防止膜を形成したものを用いた。そのレンズを外径φ31.6mmの円柱形台座(レンズと接触する面にはゴムを設置)上に、凸面を上向きにして載せた状態で、レンズの上部より鋼球(φ15.8mm,16.3g)をレンズの中心に落下させ、レンズが割れたときの高さを耐衝撃性として評価した。
【0039】
また、成膜速度(膜の堆積速度)、水素およびフッ素の含有量は、シリコンウエハー上にSiO2またはTiO2を約200nm形成した後に、分光エリプソメトリーおよびSIMS(2次イオン質量分析)によって測定した。
【0040】
表1に示した条件1〜7で成膜した各測定項目の測定結果を、図2〜図6のグラフに示す。図2は、SiO2の成膜速度(膜の堆積速度)を示し、図3はTiO2の成膜速度(膜の堆積速度)を示す。図4はSiO2中の水素およびフッ素の含有量の測定結果を示し、図5はTiO2中の水素およびフッ素の含有量の測定結果を示す。図6はレンズの耐衝撃性の測定結果を示す。この図2〜図6の各グラフは、横軸に水素またはフッ素を含有するガスを分解するための高周波電力値(W)を示し、縦軸に各測定項目値を示す。
【0041】
図6に示すように、高周波電力が増加するに従って耐衝撃性が向上(増加)する。高周波電力が0Wでは1m以下の耐衝撃性であったものが、略400W以上では5m程度の耐衝撃性に増加している。また、図4および図5に示すように高周波電力が増加するに従って、金属酸化物中に含まれる水素およびフッ素の量が増加している。すなわち高周波電力が増加するに従ってCH22ガスの分解が促進され、効率よく金属酸化物膜内に水素およびフッ素が導入されていると考えられる。さらに、水素およびフッ素が金属酸化物膜内に含有されることによって、金属酸化物の構造が柔軟になり、耐衝撃性が向上していると考えられる。
【0042】
しかしながら、図2および図3に示すように、高周波電力が増加するに従って金属酸化物膜の成膜速度が低下する。特に、高周波電力が800W以上では急激に成膜速度が低下し、1,200Wでは膜が形成できなかった。これは、フッ素および水素のプラズマによるエッチングの効果が強くなった。または、水素およびフッ素の含有量が多くなり過ぎて、SiまたはTiが気化してしまったために、膜として存在できなかったと推定される。成膜速度の低下は生産性の低下につながるため好ましくない。
【0043】
以上の測定結果から、金属酸化膜中に含まれる水素およびフッ素の含有量が30〜50原子%である金属酸化物が、耐衝撃性および成膜速度の面から好適である。
【0044】
以上に説明した本実施形態によれば、以下の効果が得られる。
【0045】
(1)多層の反射防止膜を形成する金属酸化物層のうち少なくとも1層が、少なくとも水素またはフッ素を含むことにより、外部より力が印加されたとき、反射防止膜を構成する金属酸化物膜がある程度まで伸びることができるため、割れ(クラック)は発生しなくなり、クラックを起点とする基板Sの割れを防止することができる。また、フッ素を大量に含んだ金属酸化物が基板Sの表面に存在することによって、反射防止膜に撥水性も付与することができる。
【0046】
(2)反射防止膜内に、含有量が30原子%〜50原子%の少なくとも水素またはフッ素が含有されることによって、耐衝撃性が向上した、しかも成膜速度の面から好適な反射防止膜を得ることができる。
【0047】
(3)プラスチックまたはハードコート層に覆われたプラスチックからなる基板Sの表面に、少なくとも水素またはフッ素を含有する金属酸化物からなる反射防止膜が形成されることにより、本来、プラスチック製の光学基板の表面に無機物質である金属酸化物の膜が存在することによって割れやすくなるのを防止した、プラスチック製光学物品が得られる。
【0048】
(4)少なくとも水素またはフッ素を含有するガスをプラズマ分解することによって、イオン化またはラジカル化した水素またはフッ素が大量に生成されるため、金属酸化物膜中に必要とする水素またはフッ素を含有する反射防止膜を効率よく製造(形成)することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の反射防止膜の形成に用いる蒸着装置の模式図。
【図2】SiO2膜の成膜速度を示すグラフ。
【図3】TiO2膜の成膜速度を示すグラフ。
【図4】SiO2膜中の水素およびフッ素の含有量の測定結果を示すグラフ。
【図5】TiO2膜中の水素およびフッ素の含有量の測定結果を示すグラフ。
【図6】レンズの耐衝撃性の測定結果を示すグラフ。
【符号の説明】
【0050】
1…蒸着装置、11…真空容器、12,13…蒸発源、14…加熱手段、15…基板支持台、16…基板加熱用ヒータ、20…排気装置、21…ターボ分子ポンプ、22…圧力調節バルブ、30…ガス供給装置、31…ガスシリンダー、32…流量制御装置、40…プラズマ発生装置、41…高周波電源、42…整合器、43…アンテナ、50…圧力計、S…光学基板としての基板。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学基板の表面に、金属酸化物からなる薄膜を、少なくとも1層以上有する光学物品において、
前記金属酸化物からなる薄膜の内の少なくとも1層が、少なくとも水素または/及びフッ素を含有する反射防止膜であることを特徴とする光学物品。
【請求項2】
前記水素または/及びフッ素の含有量が30原子%〜50原子%であることを特徴とする請求項1に記載の光学物品。
【請求項3】
前記光学基板が、プラスチックであることを特徴とする請求項1又は2に記載の光学物品。
【請求項4】
前記光学基板と反射防止膜との間に、ハードコート層を有することを特徴とする請求項3に記載の光学物品。
【請求項5】
光学基板の表面に、蒸着により金属酸化物からなる薄膜を形成し反射防止膜とする光学物品の製造方法において、少なくとも水素または/及びフッ素を含有するガスをプラズマ分解したガスの雰囲気中で、前記金属酸化物からなる反射防止膜を形成することを特徴とする光学物品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−84761(P2006−84761A)
【公開日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−269295(P2004−269295)
【出願日】平成16年9月16日(2004.9.16)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】