説明

動圧軸受装置用の軸部材およびその製造方法

【課題】 フランジ部の軸方向両側に形成されたスラスト軸受隙間での圧力バランスを早期に回復し、かつ斯かる機能を低コストに実現可能とする。
【解決手段】 共通の鍛造工程で、軸部11とフランジ部12とを一体に有する軸素材10に成形するのと同時に、軸素材10のフランジ部12に、その両端面12a、12bに開口する貫通孔19を成形する。この結果、貫通孔29が、完成品としての軸部材2のフランジ部22の両端面に形成されたスラスト軸受隙間W1、W2を避けて、これら軸受隙間W1、W2よりも内径側に開口するように形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動圧軸受装置用の軸部材およびその製造方法に関するものである。この軸受装置は、情報機器、例えばHDD等の磁気ディスク装置、CD−ROM、CD−R/RW、DVD−ROM/RAM等の光ディスク装置、MD、MO等の光磁気ディスク装置等のスピンドルモータ、レーザビームプリンタ(LBP)のポリゴンスキャナモータ、その他の小型モータ用として好適である。
【背景技術】
【0002】
上記各種モータには、高回転精度の他、高速化、低コスト化、低騒音化等が求められている。これらの要求性能を決定づける構成要素の1つに当該モータのスピンドルを支持する軸受があり、近年では、上記要求性能に優れた特性を有する動圧軸受の使用が検討され、あるいは実際に使用されている。
【0003】
動圧軸受は、軸受隙間に生じる流体の動圧作用により発生する圧力で軸部材を回転自在に非接触支持するものであり、例えば、HDD等のディスク駆動装置のスピンドルモータに組込まれて使用される。この種の動圧軸受装置では、軸部材をラジアル方向に回転自在に非接触支持するラジアル軸受部と、軸部材をスラスト方向に回転自在に非接触支持するスラスト軸受部とが設けられ、ラジアル軸受部として、軸受スリーブの内周面または軸部材の外周面に動圧発生用の溝(動圧溝)が形成される。また、スラスト軸受部を構成する軸部材のフランジ部の両端面、あるいは、これに対向する面(軸受スリーブの端面や、ハウジングに固定される底部材の端面、あるいはハウジングの底部の内底面等)に、動圧溝が形成される(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2002−61641号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
最近では、情報機器における情報記録密度の増大や高速回転化に対応するため、上記情報機器用のスピンドルモータには一層の高回転精度化が求められており、この要請に応じるために、上記スピンドルモータに組込まれる動圧軸受装置についても更なる高回転精度が要求されている。
【0005】
ところで、動圧軸受装置の回転性能を長期に亘って安定的に発揮するためには、軸部材を支持するための流体の圧力が生じるラジアル軸受隙間やスラスト軸受隙間を、高精度に管理することが重要となる。例えば、スラスト軸受隙間が、上述のようにフランジ部の軸方向両側に形成される場合には、軸部材のスラスト支持状態を安定して保つため、フランジ部の一端面側におけるスラスト支持のための圧力と、他端面側におけるスラスト支持のための圧力との間でバランスを取り、フランジ部の端面とこれに対向する面との摺動接触をできる限り避ける必要がある。スラスト軸受隙間の高精度化は、これに面するフランジ部の端面や動圧溝等を高精度に加工することで達成することができるが、単に加工精度を高めるだけでは、高コスト化を招くため妥当ではない。
【0006】
本発明の課題は、フランジ部の軸方向両側に形成されたスラスト軸受隙間での圧力バランスを早期に回復し、かつ斯かる機能を低コストに実現可能とすることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記課題を解決するため、本発明は、フランジ部を備え、フランジ部の軸方向両側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用により発生した圧力でスラスト方向に非接触支持されるものであって、フランジ部に、その両端面に開口する貫通孔が形成され、貫通孔の内周が塑性加工された面であることを特徴とする動圧軸受装置用軸部材を提供する。
【0008】
このように、本発明では、フランジ部に、その両端面に開口する貫通孔を形成したので、何らかの理由で、軸方向一端側のスラスト軸受隙間の流体圧が極端に高まった場合、フランジ部に形成された貫通孔を介して、軸方向他端側のスラスト軸受隙間へ流体(例えば潤滑油)が流れ込む。これにより、両スラスト軸受隙間における圧力バランスが早期に回復され、各スラスト軸受隙間を適正な幅に維持して、フランジ部の端面とこれに対向する面との摺動摩擦を未然に防止することができる。
【0009】
貫通孔をフランジ部に形成する方法として、例えば切削加工が考えられるが、切削加工だとサイクルタイムが長く、加工能率が低下して高コスト化を招く。また、切削加工では、切粉の発生が避けられず、これが流体中にコンタミとして混入するおそれがある。これを防止するためには、切削後に別途軸部材の洗浄処理を行わねばならず、コストの増加を招く。特に、上記情報機器に用いられる動圧軸受装置では、フランジ部の直径が数mmとなり、貫通孔もこれに対応して数十〜数百μmの超小径となる。この場合、切削加工後の切粉の完全除去は容易でなく、そのために念入りな洗浄工程等が必要となり高コスト化が避けられない。
【0010】
これに対し、鍛造に代表される塑性加工は、切削に比べて一般にサイクルタイムが短く、高能率に加工することができる。また、切削加工のように、切粉が発生することがないから洗浄工程が不要となる。従って、貫通孔を塑性加工で成形すれば、その成形コストを大幅に削減することができる。この場合、貫通孔の内周は塑性加工された面となるが、塑性加工された面はその面粗度が良好であるため、特段の後加工を施さなくても貫通孔内での流体のスムーズな流通を確保することができる。
【0011】
貫通孔は、軸部の近傍に形成するのが望ましい。軸部の近傍に貫通孔を形成することで、フランジ部の内径側にも二つのスラスト軸受隙間の間での流体の流通路が確保されるので、もともとあったフランジ部外径側の流体の流通路(フランジ部外周面とハウジング内周面との間の環状すき間)と合わせ、二つのスラスト軸受隙間の間での圧力バランスの調整機能を高めることができる。この観点から、貫通孔はスラスト軸受隙間の半径方向中心よりも内径側に開口させるのが望ましい。この場合、貫通孔は、いわゆる動圧の逃げを防止するため、動圧溝の形成領域とこれに対向する面との間のスラスト軸受隙間を避けた位置(スラスト軸受隙間よりも内径側)に開口させるのが望ましい。スペース面の制約等の関係から、当該位置に開口させることが難しい場合は、スラスト軸受隙間にかかる位置に開口させても構わない。ただし、この場合でも動圧の逃げを極力回避することが望ましい。
【0012】
上記動圧軸受装置用の軸部材は、例えば軸部材と、この軸部材が内周に挿入される軸受スリーブと、軸部の外周と軸受スリーブの内周との間のラジアル軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させて軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、フランジ部一端側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させてフランジ部をスラスト方向に非接触支持する第1スラスト軸受部と、フランジ部他端側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させてフランジ部をスラスト方向に非接触支持する第2スラスト軸受部とを備えた動圧軸受装置として提供可能である。
【0013】
ラジアル軸受隙間に面する軸部の外周面と、この外周面に対向する軸受スリーブの内周面の何れか一面に、流体の動圧作用を生じるための動圧溝を軸方向で非対称に形成すれば、ラジアル軸受隙間で軸方向への流体の流れが生じる。この流れがフランジ部に向かうようにすれば、軸受装置内部で負圧が生じるのを避けることができ、また、貫通孔による圧力バランスの調整機能によって、フランジ部への押込みにより生じた高圧が平衡化される。
【0014】
上記動圧軸受装置は、動圧軸受装置と、ロータマグネットと、ステータコイルとを備えたモータとして提供することも可能である。
【0015】
また、本発明は、軸部とフランジ部とを備え、フランジ部の軸方向両側のスラスト軸受隙間で生じた流体の動圧作用によりスラスト方向に非接触支持される動圧軸受装置用軸部材の製造方法を提供するものであって、軸部およびフランジ部を一体に鍛造成形すると共に、フランジ部に、その両端面に開口する貫通孔を鍛造成形し、かつこれらの鍛造を同時に行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、軸部材の回転時、フランジ部の軸方向両側に形成されたスラスト軸受隙間での圧力バランスを早期に回復し、各スラスト軸受隙間を常に所定の間隔に維持することができるので、軸受の回転性能を長期に亘って安定的に発揮することが可能となる。また、斯かる機能を低コストに得ることができ、量産性の飛躍的な向上が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0018】
図2は、本発明の一実施形態に係る動圧軸受装置1を組込んだ情報機器用スピンドルモータの一構成例を概念的に示している。この情報機器用スピンドルモータは、HDD等のディスク駆動装置に用いられるもので、軸部材2を回転自在に非接触支持する動圧軸受装置1と、軸部材2に取付けられたディスクハブ3と、例えば半径方向のギャップを介して対向させたステータコイル4およびロータマグネット5と、ブラケット6とを備えている。ステータコイル4はブラケット6の外周に取付けられ、ロータマグネット5は、ディスクハブ3の内周に取付けられる。ブラケット6は、その内周に動圧軸受装置1を装着している。また、ディスクハブ3は、その外周に磁気ディスク等のディスク状情報記録媒体(以下、単にディスクという。)Dを一枚または複数枚保持している。このように構成された情報機器用スピンドルモータにおいて、ステータコイル4に通電すると、ステータコイル4とロータマグネット5との間の磁力によりロータマグネット5が回転し、これに伴って、ディスクハブ3およびディスクハブ3に保持されたディスクDが軸部材2と一体に回転する。
【0019】
図3は、動圧軸受装置1の一例を示している。この動圧軸受装置1は、一端に底部7bを有するハウジング7と、ハウジング7に固定された軸受スリーブ8と、軸受スリーブ8の内周に挿入される軸部材2と、シール部材9とを主な構成部品として構成される。なお、説明の便宜上、ハウジング7の底部7bの側を下側、底部7bと反対の側を上側として以下説明を行う。
【0020】
ハウジング7は、図3に示すように、例えばLCPやPPS、あるいはPEEK等の樹脂材料で円筒状に形成された側部7aと、側部7aの一端側に位置し、例えば金属材料で形成された底部7bとで構成されている。底部7bは、この実施形態では側部7aとは別体として成形され、側部7aの下部内周に後付けされている。底部7bの上側端面7b1の一部環状領域には、動圧発生部として、図示は省略するが、例えばスパイラル形状を成す動圧溝が形成される。なお、底部7bは、この実施形態では側部7aとは別体に形成され、側部7aの下部内周に固定されるが、側部7aと例えば樹脂材料で一体に型成形することもできる。その際、上側端面7b1に設けられる動圧溝は、側部7aおよび底部7bからなるハウジング7の射出成形と同時に型成形することができ、これにより別途底部7bに動圧溝を成形する手間を省くことができる。
【0021】
軸受スリーブ8は、例えば、焼結金属からなる多孔質体、特に銅を主成分とする焼結金属の多孔質体で円筒状に形成され、ハウジング7の内周面7cの所定位置に固定される。
【0022】
軸受スリーブ8の内周面8aの全面又は一部円筒面領域には動圧発生部としての動圧溝が形成される。この実施形態では、例えば図4(a)に示すように、へリングボーン形状の動圧溝8a1、8a2がそれぞれ軸方向に離隔して2箇所形成される。上側の動圧溝8a1の形成領域では、動圧溝8a1が、軸方向中心m(上下の傾斜溝間領域の軸方向中央)に対して軸方向非対称に形成されており、軸方向中心mより上側領域の軸方向寸法X1が下側領域の軸方向寸法X2よりも大きくなっている。従って、軸部材2の回転時には、非対称の動圧溝8a1によってラジアル軸受隙間の潤滑油が下方に押込まれる。
【0023】
軸受スリーブ8の外周面8bには、1本又は複数本の軸方向溝8b1が軸方向全長に亘って形成されている。この実施形態では、3本の軸方向溝8b1を円周方向等間隔に形成している。
【0024】
軸受スリーブ8の下側端面8cの全面又は一部環状領域には、動圧発生部として、例えば図4(b)に示すスパイラル形状の動圧溝8c1が形成される。
【0025】
シール手段としてのシール部材9は、図3に示すように、例えば真ちゅう等の軟質金属材料やその他の金属材料、あるいは樹脂材料でハウジング7とは別体かつ環状に形成され、ハウジング7の側部7aの上部内周に圧入、接着等の手段で固定される。この実施形態において、シール部材9の内周面9aは円筒状に形成され、シール部材9の下側端面9bは軸受スリーブ8の上側端面8dと当接している。
【0026】
軸部材2は、例えば図1に示すように、ステンレス鋼等の金属材料で形成され、軸部21と、軸部21の下端に設けられたフランジ部22とを一体に備える断面T字形を成す。軸部21の外周には、図3に示すように、軸受スリーブ8の内周面8aに形成された二つの動圧溝8a1、8a2の形成領域に対向するラジアル軸受面23a、23bが軸方向に離隔して2箇所形成されている。一方のラジアル軸受面23aの上方には、軸先端に向けて漸次縮径するテーパ面24が隣接して形成され、さらにその上方にディスクハブ3の取付け部となる円筒面25が形成されている。二つのラジアル軸受面23a、23bの間、他方のラジアル軸受面23bとフランジ部22との間、およびテーパ面24と円筒面25との間には、それぞれ環状のヌスミ部26、27、28が形成されている。
【0027】
フランジ部22の上端面には、例えば図3に示すように、第1スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間に面するスラスト軸受面22aが形成され、フランジ部22の下端面には、同図に示すように、第2スラスト軸受部T2のスラスト軸受隙間に面するスラスト軸受面22bが形成される。そして、フランジ部22の内径側(軸部21の近傍)に、この実施形態では、フランジ部22両端面のスラスト軸受面22a、22bよりも内径側の箇所に、フランジ部22の両端面に開口する貫通孔29が形成される。
【0028】
軸部21のテーパ面24と、テーパ面24に対向するシール部材9の内周面9aとの間には、ハウジング7の底部7b側から上方に向けて半径方向寸法が漸次拡大する環状のシール空間Sが形成される。組立て完了後の動圧軸受装置1(図3参照)においては、ラジアル軸受隙間やスラスト軸受隙間を含むハウジング7の内部空間が全て潤滑油で満たされ、その油面はシール空間Sの範囲内に保たれる。
【0029】
上述の如く構成された動圧軸受装置1において、軸部材2を回転させると、軸受スリーブ内周面8aの動圧溝8a1、8a2の形成領域(上下2箇所)と、これら動圧溝8a1、8a2の形成領域にそれぞれ対向する軸部21のラジアル軸受面23a、23bとの間のラジアル軸受隙間に、潤滑油の動圧作用による圧力が発生し、軸部材2の軸部21がラジアル方向に回転自在に非接触支持される。これにより、軸部材2をラジアル方向に回転自在に非接触支持する第1ラジアル軸受部R1と第2ラジアル軸受部R2とが形成される。また、軸受スリーブ8の下側端面8cに形成される動圧溝8c1領域と、この動圧溝8c1領域に対向するフランジ部22上側(軸部側)のスラスト軸受面22aとの間の第1スラスト軸受隙間W1(図3参照)、および底部7bの上側端面7b1に形成される動圧溝領域と、この動圧溝領域と対向するフランジ部22下側(反軸部側)のスラスト軸受面22bとの間の第2スラスト軸受隙間W2(図3参照)に、潤滑油の動圧作用による圧力がそれぞれ発生し、軸部材2のフランジ部22が両スラスト方向に回転自在に非接触支持される。これにより、軸部材2をスラスト方向に回転自在に非接触支持する第1スラスト軸受部T1と第2スラスト軸受部T2とが形成される。
【0030】
軸部材2の回転時、上記ラジアル軸受隙間やスラスト軸受隙間W1、W2、あるいは多孔質体の軸受スリーブ8内部との間で潤滑油が循環し、各軸受隙間に軸部材を支持するための潤滑油が適宜供給されるが、何らかの理由で、油の循環が乱れることがある。その場合でも、フランジ部22に設けた貫通孔29が、各スラスト軸受隙間W1、W2の間での圧力バランスを調整するので、一方のスラスト軸受隙間(第1スラスト軸受隙間W1)と、他方のスラスト軸受隙間(第2スラスト軸受隙間W2)とをそれぞれ適正間隔に維持することができる。これにより、軸部材2を安定的にスラスト支持することができ、斯かる軸受性能を長期に亘って安定的に発揮することができる。
【0031】
以下、上記動圧軸受装置1を構成する軸部材2の製造方法について説明する。
【0032】
軸部材2は、主に(A)成形工程、(B)研削工程の2工程を経て製造される。このうちの(A)の成形工程には、軸素材成形加工(A−1)と、貫通孔成形加工(A−2)と、軸部矯正加工(A−3)とが含まれる。また、(B)の研削工程には、幅研削加工(B−1)と、全面研削加工(B−2)と、仕上げ研削加工(B−3)とが含まれる。
【0033】
(A)成形工程
(A−1)軸素材成形加工、および(A−2)貫通孔成形加工
まず、成形すべき軸部材2の素材となるステンレス鋼等の金属材を、金型を用いて例えば冷間で圧縮成形することにより(鍛造加工)、例えば図5に示すように、軸部対応領域(以下、単に軸部という。)11およびフランジ部対応領域(以下、単にフランジ部という。)12を一体に有する軸素材10が形成される(軸素材成形加工(A−1))。また、この軸素材10の鍛造成形に使用する金型は、この実施形態では、フランジ部12に貫通孔19を成形するための金型を兼ねている。そのため、この金型で金属材を圧縮成形することで、軸素材10が鍛造成形されるのと同時に、フランジ部12の内径側に(軸部11の近傍に)、図5に示すように、フランジ部12の軸部側端面12aと、反軸部側端面12bとの間を貫通する貫通孔19が形成される(貫通孔成形加工(A−2))。
【0034】
このように、フランジ部12への貫通孔19の成形を、鍛造加工で行うことにより、加工に伴う切粉等の発生を避けて、加工後の洗浄工程を省略、あるいはより簡便なものにすることができる。また、貫通孔19の成形と、軸部11とフランジ部12とを一体に備えた軸素材10の成形とを共に鍛造で、かつ同時に行うことで、斯かる加工工程を簡略化して、加工時間の大幅な短縮化を図ることができる。
【0035】
上記成形工程における冷間鍛造の方式としては、押出し加工、据込み加工、ヘッディング加工等の何れか、もしくはこれらの組合わせを採用することもできる。図示例では、鍛造加工後の軸部11の外周面11aを、テーパ面14およびテーパ面14と上方に向けて連続し他所より小径の円筒面15とを介在させた異径形状としているが、テーパ面14を省略し全長に亘って均一径に成形することもできる。なお、この実施形態では、軸素材10の成形と、貫通孔19の成形を共に鍛造加工で同時に行った場合を説明したが、両工程を必ずしも同時に行う必要はなく、軸素材10を鍛造成形した後に、貫通孔19を鍛造で成形しても構わない。
【0036】
(A−3)軸部矯正加工
先の工程において鍛造成形された軸素材10の軸部11を、例えば図示は省略するが、一対の転造ダイス(例えば平ダイスや丸ダイス等)で加圧挟持し、前記一対の転造ダイスを互いに逆方向に往復動させることで、軸部11の外周面11aに、円筒度矯正のための転造加工を施す(軸部矯正加工(A−3))。これにより、軸素材10の軸部外周面11aのうち、矯正加工を施した面13の円筒度が所要の範囲内(例えば10μm以下)に改善される。円筒度の矯正加工としては、例えば転造加工の他、絞りやしごき、あるいは割り型のプレス(挟み込み)によるサイジング加工等など、種々の加工方法を採用することができる。また、矯正加工は軸部11の外周面11a全長に亘って行う他、完成品としての軸部材2のラジアル軸受面23a、23bに対応する箇所を含む限り、外周面11aの一部のみに行うこともできる。
【0037】
(B)研削工程
(B−1)幅研削加工
成形工程を経た軸素材10の両端面となる、軸部端面11bおよびフランジ部12の反軸部側端面12bを、前記矯正加工を施した面13を基準として研削加工する。この研削工程に用いられる研削装置40は、例えば図6(a)、(b)に示すように、ワークとしての軸素材10を複数保持するキャリア41と、キャリア41によって保持された軸素材10の軸部端面11bおよびフランジ部12の反軸部側端面12bを研削する一対の砥石42、42とを備えている。
【0038】
図示のように、キャリア41の外周縁の円周方向一部領域には、複数の切欠き43が円周方向等ピッチに設けられる。軸素材10は、その矯正加工面13を切欠き43の内面43aにアンギュラコンタクトさせた状態で切欠き43に収容される。軸素材10の矯正加工面13はキャリア41の外周面よりも僅かに突出しており、キャリアの外径側には、軸素材10の突出部分を外径側から拘束する形でベルト44が張設されている。切欠き43に軸素材10を収容したキャリア41の軸方向両端側には、例えば図7に示すように、一対の砥石42、42がその端面(研削面)同士を対向させて所定の間隔で同軸配置されている。
【0039】
キャリア41の回転に伴い、軸素材10が定位置から切欠き43に順次投入される。投入された軸素材10は、切欠き43からの脱落をベルト44で拘束された状態で、回転する砥石42、42の端面上をその外径端から内径端にかけて横断する。これに伴い、軸素材10の両端面、換言すれば軸部端面11bとフランジ部12の反軸部側端面12bとが砥石42、42の端面で研削される(図7参照)。この際、軸素材10の矯正加工面13がキャリア41に支持され、かつこの矯正加工面13が高い円筒度を有するので、予め砥石42の回転軸心と砥石42の研削面との直角度、および砥石42の回転軸心とキャリア41の回転軸心との平行度等を高精度に管理しておけば、この矯正加工面13を基準として、軸素材10の両端面11b、12bを高精度に仕上げることができ、矯正加工面13に対する直角度の値を小さく抑えることができる。また、軸素材10の軸方向幅(フランジ部12を含めた全長)が所定寸法に仕上げられる。
【0040】
(B−2)全面研削加工
次いで、研削した軸素材10の両端面(軸部端面11b、フランジ部12の反軸部側端面12b)を基準として軸素材10の外周面10aおよびフランジ部12の軸部側端面12aの研削加工を行う。この研削工程で用いられる研削装置50は、例えば図8に示すように、バッキングプレート54およびプレッシャプレート55を軸素材10の両端面に押し当てながら砥石53でプランジ研削するものである。軸素材10の矯正加工面13はシュー52によって回転自在に支持される。
【0041】
砥石53は、完成品としての軸部材2の外周面形状に対応した研削面56を備える総形砥石である。研削面56は、軸部11の軸方向全長に亘る外周面11aおよびフランジ部12の外周面12cを研削する円筒研削部56aと、フランジ部12の軸部側端面12aを研削する平面研削部56bとを備えている。図示例の砥石53は、円筒研削部56aとして、軸部材2のラジアル軸受面23a、23bに対応する領域を研削する部分56a1、56a2、テーパ面24に対応する領域を研削する部分56a3、円筒面25に対応する領域を研削する部分56a4、各ヌスミ部26〜28を研削加工する部分56a5〜56a7、フランジ部22の外周面22cに対応する領域を研削する部分56a8を備えている。
【0042】
上記構成の研削装置50における研削加工は以下の手順で行われる。まず、軸素材10および砥石53を回転させた状態で砥石53を斜め方向(図中の矢印1方向)に送り、フランジ部12の軸部側端面12aに砥石53の平面研削部56bを押し当て、フランジ部12の軸部側端面12aを研削する。これにより、軸部材2のフランジ部22軸部側端面の仕上げ加工が完了し、第1スラスト軸受部T1に面するスラスト軸受面22aが形成される。次いで、砥石53を軸素材10の回転軸心と直交する方向(図中の矢印2方向)に送り、軸素材10の軸部11の外周面11aおよびフランジ部12の外周面12cに砥石53の円筒研削部56aを押し当てて、各面11a、12cを研削する。これにより、軸部材2の軸部21外周面のうち、ラジアル軸受面23a、23bおよび円筒面25に対応する領域がそれぞれ研削されると共に、テーパ面24、フランジ部22の外周面22c、さらに各ヌスミ部26〜28が形成される。なお、上記研削の際には、例えば図8に示すように、計測ゲージ57で残りの研削代を計測しつつ研削を行うのが好ましい。
【0043】
この全面研削工程においては、事前に幅研削加工で軸素材10の両端面11b、12bの直角度の精度出しが行われているから、各被研削面を高精度に研削することができる。
【0044】
(B−3)仕上げ研削加工
(B−2)全面研削加工で研削を施した面のうち、軸部材2のラジアル軸受面23a、23b、および円筒面25に対応する領域に最終的な仕上げ研削を施す。この研削加工に用いる研削装置は、例えば図9に示す円筒研削盤で、バッキングプレート64とプレッシャプレート65とで挟持した軸素材10を回転させながら、砥石63でプランジ研削するものである。軸素材10は、シュー62で回転自在に支持される。砥石63の研削面63aは、軸部材2のラジアル軸受面23a、23bに対応する領域(同図中13a、13bに示す領域)を研削する第一の円筒研削部63a1と、円筒面25に対応する領域(同図中15に示す領域)を研削する第二の円筒研削部63a2とからなる。
【0045】
上記構成の研削装置60において、回転する砥石63に半径方向の送りを与えることにより、ラジアル軸受面23a、23bおよび円筒面25に対応する領域13a、13b、および15がそれぞれ研削され、これらの領域が最終的な表面精度に仕上げられる。
【0046】
上記(A)成形工程および(B)研削工程を経た後、必要に応じて熱処理や洗浄処理を施すことで、図1に示す軸部材2が完成する。これにより、軸部21の近傍に、フランジ部22の両端面に開口する貫通孔29が形成される。貫通孔29の内周面は鍛造加工により形成されたものであるから、その面粗度は良好なものとなる。
【0047】
上記製造方法によれば、軸部21外周に形成されたラジアル軸受面23a、23bの円筒度を高精度に仕上げることができる。これにより、例えば動圧軸受装置1における軸受スリーブ8内周の内周面8aとの間に形成されるラジアル軸受隙間の、円周方向あるいは軸方向へのばらつきが所定の範囲内に抑えられ、上記ラジアル軸受隙間のばらつきによる軸受性能への悪影響を回避することができる。また、軸部21外周に形成されたラジアル軸受面23a、23bを基準とした、フランジ部22の両端面(スラスト軸受面)22a、22bの直角度の値を小さく抑えた軸部材2を成形することもできる。フランジ部22の両端面に形成したスラスト軸受面22a、22bは、対向する面(軸受スリーブ8の下側端面8cやハウジング7の底部7bの上側端面7b1など)との間のスラスト軸受隙間を形成することから、斯かる直角度の数値を小さく抑えることにより、上記スラスト軸受隙間のばらつきを抑えることができる。また、軸部の端面21bは、上記スラスト軸受隙間を設定する際の基準面にもなる。そのため、軸部端面21bの直角度の数値を小さく抑えることにより、スラスト軸受隙間を精度良く管理することもできる。
【0048】
また、この実施形態では、軸部21の円筒面25に対応する領域に仕上げ研削加工(図9参照)を行っているので、円筒面25の円筒度も高精度に仕上げられ、ディスクハブ3等の部材を軸部材2に取付ける際の組付け精度が高められる。これにより、ディスクDをディスクハブ3に保持するためのクランパ等を軸部材2に固定する際の精度を高めることができ、クランパとディスクハブ3との間でクランプ固定されるディスクDの軸部材2に対する組付け精度がより一層高められ、さらなるモータ性能の向上が図られる。
【0049】
以上の実施形態では、軸部材2のラジアル軸受面23a、23bおよびスラスト軸受面22a、22bを、全て動圧溝のない平滑面とした場合を例示したが、これらの軸受面の側に動圧溝を形成することもできる。この場合、ラジアル動圧溝は、図6〜図9に示す研削加工の前の段階で、転造あるいは鍛造により形成することができ、スラスト動圧溝は、プレスあるいは鍛造で形成することができる。
【0050】
また、以上の実施形態では、貫通孔29を、スラスト軸受隙間W1、W2における圧力の逃げを防ぐため、フランジ部22のスラスト軸受面22a、22b(スラスト軸受隙間W1、W2)を避けて、これら軸受面22a、22bよりも内径側に開口するように形成した場合を説明したが、多少の圧力の逃げを考慮して動圧溝やスラスト軸受隙間を設定できる場合には、貫通孔29をスラスト軸受面22a、22bにかかる位置に形成することも可能である。
【0051】
また、以上の実施形態では、ラジアル軸受部R1、R2およびスラスト軸受部T1、T2を構成する動圧軸受として、例えばへリングボーン形状やスパイラル形状の動圧溝からなる動圧発生部を用いた軸受を例示しているが、動圧発生部の構成はこれに限定されるものではない。ラジアル軸受部R1、R2として、例えば多円弧軸受、ステップ軸受、テーパ軸受、テーパ・フラット軸受等を使用することもでき、スラスト軸受部T1、T2として、ステップ・ポケット軸受、テーパ・ポケット軸受、テーパ・フラット軸受等を使用することもできる。
【0052】
また、以上の実施形態では、動圧軸受装置1の内部に充満し、軸受スリーブ8と軸部材2との間のラジアル軸受隙間や、軸受スリーブ8およびハウジング7と軸部材2との間のスラスト軸受隙間W1、W2に動圧作用を生じる流体として、潤滑油を例示したが、特にこの流体に限定されるものではない。動圧溝を有する各軸受隙間に動圧作用を生じ得る流体、例えば空気等の気体や、磁性流体等の流動性を有する潤滑剤を使用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の一実施形態に係る動圧軸受装置用の軸部材の側面図である。
【図2】軸部材を備えた動圧軸受装置を組み込んだ情報機器用スピンドルモータの断面図である。
【図3】動圧軸受装置の縦断面図である。
【図4】軸受スリーブの縦断面図である。
【図5】鍛造加工により成形された軸素材の側面図である。
【図6】(a)は軸素材の幅研削工程に係る研削装置の一例を示す概略図、(b)は軸素材を保持するキャリアの切欠き周辺の拡大図である。
【図7】上記幅研削工程に係る研削装置の一例を示す一部断面図である。
【図8】軸素材の全面研削工程に係る研削装置の一例を示す概略図である。
【図9】軸素材の研削仕上げ工程に係る研削装置の一例を示す概略図である。
【符号の説明】
【0054】
1 動圧軸受装置
2 軸部材
3 ディスクハブ
4 ステータコイル
5 ロータマグネット
7 ハウジング
8 軸受スリーブ
8a 内周面
8a1、8a2 動圧溝
8c 下側端面
8c1 動圧溝
9 シール部材
10 軸素材
11 軸部
11b 端面
12 フランジ部
12a 軸部側端面
12b 反軸部側端面
13 矯正加工面
14 テーパ面
15 円筒面
19 貫通孔(軸素材)
21 軸部
21b 端面
22 フランジ部
22a、22b スラスト軸受面
23a、23b ラジアル軸受面
24 テーパ面
25 円筒面
26、27、28 ヌスミ部
29 貫通孔
40 研削装置
41 キャリア
42 砥石
43 切欠き
43a 内面
50、60 研削装置
52、62 シュー
53、63 砥石
54、64 バッキングプレート
55、65 プレッシャプレート
56 研削面
56a 円筒研削部
56b 平面研削部
57、67 計測ゲージ
63 砥石
63a 研削面
D ディスク
S シール空間
R1、R2 ラジアル軸受部
T1、T2 スラスト軸受部
W1、W2 スラスト軸受隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フランジ部を備え、フランジ部の軸方向両側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用により発生した圧力でスラスト方向に非接触支持される動圧軸受装置用の軸部材において、
フランジ部に、その両端面に開口する貫通孔が形成され、
貫通孔の内周が塑性加工された面であることを特徴とする動圧軸受装置用の軸部材。
【請求項2】
さらに、フランジ部と一体に鍛造成形された軸部を備える請求項1記載の動圧軸受装置用の軸部材。
【請求項3】
貫通孔を、軸部の近傍に形成した請求項1又は2記載の動圧軸受装置用の軸部材。
【請求項4】
請求項1〜3何れか記載の軸部材と、軸部材が内周に挿入される軸受スリーブと、軸部の外周と軸受スリーブの内周との間のラジアル軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させて軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部と、フランジ部一端側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させてフランジ部をスラスト方向に非接触支持する第1スラスト軸受部と、フランジ部他端側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用で圧力を発生させてフランジ部をスラスト方向に非接触支持する第2スラスト軸受部とを備えた動圧軸受装置。
【請求項5】
ラジアル軸受隙間に面する軸部の外周面と、この外周面に対向する軸受スリーブの内周面の何れか一面に、流体の動圧作用を生じるための動圧溝が軸方向で非対称に形成されている請求項4記載の動圧軸受装置。
【請求項6】
請求項4又は5記載の動圧軸受装置と、ロータマグネットと、ステ−タコイルとを備えるモータ。
【請求項7】
軸部とフランジ部とを備え、フランジ部の軸方向両側のスラスト軸受隙間に生じる流体の動圧作用により発生した圧力でスラスト方向に非接触支持される動圧軸受装置用の軸部材の製造方法において、
軸部およびフランジ部を一体に鍛造成形すると共に、フランジ部に、その両端面に開口する貫通孔を鍛造成形し、かつこれらの鍛造を同時に行うことを特徴とする動圧軸受装置用の軸部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−77864(P2006−77864A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−261457(P2004−261457)
【出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【出願人】(390011198)福井鋲螺株式会社 (41)
【Fターム(参考)】