説明

反射防止膜及び光学フィルター

【課題】親水性を備える高機能反射防止膜を提供する。
【解決手段】最表面の低屈折率透明膜と、該低屈折率透明膜の下層に設けられた高屈折率透明膜とを有する反射防止膜において、該高屈折率透明膜が、ガスフロースパッタリング法により成膜された酸化チタン膜である反射防止膜。ガスフロースパッタリング法で成膜された酸化チタン膜は、基板無加熱のアズデポジション状態で高い光触媒活性を示すものであるが、このような酸化チタン膜上に低屈折率透明膜を形成し、この酸化チタン膜を低屈折率透明膜で被覆した場合でも、低屈折率透明膜の下層の酸化チタン膜による親水性を得ることができ、しかも酸化チタン膜と低屈折率透明膜との積層で優れた反射防止性能を有し、更には、酸化チタン膜上の低屈折率透明膜をガスフロースパッタリング法による高速成膜により成膜した低密度膜とすることにより、下層の酸化チタン膜による親水性をより一層向上させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は反射防止膜及び光学フィルターに係り、特にガスフロースパッタリング法により成膜された酸化チタンよりなる高屈折率透明膜を備え、この酸化チタン膜による親水性を兼備する反射防止膜と、この反射防止膜を有する光学フィルターに関する。
【背景技術】
【0002】
OA機器のPDP(プラズマディスプレイパネル)や液晶板、車輌ないし特殊建築物の窓材には光の反射を防止して高い光透過性を確保するために、透明基材上に反射防止膜を設けた光学フィルターが適用されている。従来、この種の用途に用いられる反射防止用光学フィルターは、TiO,SiO,ITO,SnO,MgF等の透明膜を基板上に積層した構成とされている。また、近年、光学フィルターとして、高屈折率透明膜と低屈折率透明膜とを積層してなる構造も提案されている。
【0003】
通常、これら高屈折率透明膜及び低屈折率透明膜としては、有機系又は無機系の絶縁体又は半導体膜が用いられている。例えば、特開平11−142603号公報には、ITO(スズインジウム酸化物)又はZnO、AlをドープしたZnO、TiO、SnO、ZrO等よりなる高屈折率透明膜と、SiO、MgF、Al等よりなる低屈折率透明膜とが、有機フィルム上に交互に形成された反射防止フィルムが記載されている。
【0004】
また、このような反射防止フィルムにおいて、透明基材として有機フィルムを用い、有機フィルムと反射防止膜との間にハードコート層を形成したものも提供されている(特開平11−305008号公報)。
【0005】
従来、透明基材上の反射防止膜を構成する高屈折率透明膜及び低屈折率透明膜は、スパッタ法(プレーナー型マグネトロンスパッタ法。以下、「通常のスパッタ法」と称す場合がある。)により形成されている。
【0006】
しかしながら、通常のスパッタ法は、均一成膜が可能である反面、成膜速度が遅く、真空チャンバー内を高真空状態に排気するために大掛かりな排気装置が不可欠であるため、高額な設備を必要とするという欠点がある。
【0007】
また、特に、低屈折率透明膜を形成する場合、成膜時に空隙を設けることにより、より一層低屈折率の膜を形成することができるが、通常のスパッタ法では、適度な空隙を形成することが容易ではないという不具合もあった。
【0008】
更に、通常のスパッタ法では、ターゲットの下部に磁石を設けるため、ターゲット直上での水平方向磁場の強いターゲット領域が選択的にスパッタリングされて消費されることから、ターゲットの利用効率が低いという不具合もあった。
【0009】
本出願人は、この問題点を解決するものとして、ガスフロースパッタリング法を適用して反射防止膜を成膜することを発明し、先に特許出願した(特願2006−7590号、以下「先願1」という。)。
【0010】
ガスフロースパッタリング法は、比較的高い圧力下でスパッタリングを行い、スパッタ粒子をガスの強制流により成膜対象基板まで輸送して堆積させる方法である。このガスフロースパッタリング法は、高真空排気が不要であることから、従来の通常のスパッタ法のような大掛かりな排気装置を用いることなく、メカニカルなポンプ排気で成膜することが可能であり、従って、安価な設備で実施できる。しかも、ガスフロースパッタリング法は、通常のスパッタ法の10〜1000倍の高速成膜が可能である。
【0011】
従って、先願1によれば、ガスフロースパッタリング法を採用することによる設備費の低減、成膜時間の短縮により、反射防止膜及び光学フィルターを安価に製造することが可能となる。
【0012】
特に、低屈折率透明膜の形成に際しては、大電力を投入して成膜速度を非常に高めたり、成膜圧力を高めることで、成膜時に容易に空隙を設けることができ、屈折率が十分に低い低屈折率透明膜を形成することができる。また、ターゲット下部に磁石を設けるものではないため、ターゲットの有効利用率も90%以上と非常に高い。
【0013】
しかも、ガスフロースパッタリング法であれば、透明基材に対する密着性も良好な膜を成膜することができ、高品質の反射防止膜及び光学フィルターを製造することができる。
【0014】
本出願人はまた、ガスフロースパッタリング法により、光触媒酸化チタン薄膜を成膜することを発明し、先に特許出願した(特願2006−53102号、以下「先願2」という。)。
【0015】
即ち、光触媒酸化チタン薄膜についても、従来、スパッタリングにより成膜されているが、通常のスパッタリング(DCマグネトロンスパッタリング)で、Tiターゲットを用い、酸素を導入しながら行う反応性スパッタリングにおいて透明な酸化チタン薄膜を形成するには、いわゆる酸化物モードでの成膜となり、成膜速度が10nm/min程度と極めて低速な成膜となってしまう。通常のスパッタリングにおいても、このような低速でゆっくりと薄膜を成長させることにより、基材無加熱の低温プロセスにおいてもアナターゼ結晶の光触媒酸化チタン薄膜を形成することが可能であるが、このような低速の成膜速度では工業的に使用に耐えるものではない。
【0016】
この通常のスパッタリングにおいても、スパッタリング時のプラズマの発光をモニターし、発光強度が設定値となるように、導入する酸素流量を高速かつ精細にフィードバック制御する方法(プラズマ発光強度制御法)により成膜速度の改善が可能である。例えば、酸化チタンを成膜する場合には、プラズマ中のTiに由来する波長500nmの光をモニターする。この波長500nmの光の発光強度は、酸素を導入せず、Arのみでスパッタリングするいわゆる金属モードでの発光強度に対して、酸素を導入した場合には、この発光強度が低下するが、この発光強度が設定値(例えば金属モードの発光強度の30%)となるように、導入する酸素流量をフィードバック制御する。酸素流量の制御方法としてはピエゾバルブを用いたものや高速マスフローコントローラを用いたものなどがある。これにより、通常のスパッタリングでは制御不可能な遷移領域(金属モードと酸化物モードの中間の領域)にて酸化チタンの成膜が可能となり、成膜速度を大幅に向上させることができる。このときの成膜速度は、採用する装置や条件によって変化するが、50〜200nm/min程度の範囲まで高速化が可能である。
【0017】
しかしながら、通常のスパッタリングで、このようなプラズマ発光強度制御法を採用して高速成膜することにより形成された酸化チタン薄膜は、薄膜に対して後焼成などの後処理を施さない、成膜直後の状態(アズデポジッション)においては、アセトアルデヒドの分解などの光触媒活性が得られない。光触媒活性が得られない理由としては、形成された薄膜がアモルファスであるために、欠陥が多いことや、高速成膜の場合には、酸化物モードでゆっくり成膜した酸化チタン薄膜に比較して酸素欠損が多い酸化チタンとなっていることなどが考えられる。即ち、透明で高屈折率な酸化チタン薄膜を高速成膜することは、プラズマ発光強度制御法を採用することにより可能ではあるが、このような高速成膜で得られた酸化チタン薄膜は、アズデポジッションでは光触媒薄膜として機能せず、光触媒活性を発現させるには、成膜時に成膜圧力を3Pa程度と比較的高い圧力に設定した上で、成膜後に200℃以上(例えば300℃で1時間)の高温の後焼成が必要となっている。このように後焼成などの高温プロセスが必要な場合には、単純に工程が増えるデメリットに加え、その温度に耐える耐熱性基板が必要であり、光触媒薄膜の適用範囲を著しく縮小させることとなる。
【0018】
このように、通常のスパッタリングによる酸化チタン薄膜の形成では、成膜速度が遅い;高速成膜を行うとアズデポジッションで光触媒活性を示す酸化チタン薄膜を形成することができず後焼成等の高温プロセスが必要になる;といった欠点があり、更に、通常のスパッタリングでは、真空チャンバー内を高真空状態に排気するために大掛かりな排気装置や高機能の制御機器が必要となるため、高額な設備を必要とするという欠点もあったが、ガスフロースパッタリング法であれば、安価な設備で、高速成膜が可能であるために、ガスフロースパッタリングを採用することによる設備費の低減、成膜時間の短縮、成膜効率の向上により、光触媒酸化チタン薄膜を安価に成膜することが可能となる。しかも、ガスフロースパッタリングであれば、基材加熱や後焼成を行うことなく光触媒活性の高い酸化チタン薄膜を成膜することができ、また、成膜された酸化チタン薄膜の基材に対する密着性も良好であるため、高品質の光触媒酸化チタン薄膜を製造することができる。
【0019】
この先願2による効果が得られる作用機構の詳細は次の通りである。
【0020】
通常のスパッタリング法ではTiターゲットを用いて酸化チタンを成膜する際に酸素をある程度導入した時点でターゲット表面が酸化されてしまい急激に金属モードから酸化物モードに変化してしまう。これにより成膜される薄膜は透明な酸化チタン薄膜となるが、成膜速度も急激に低下してしまう。一方で、ガスフロースパッタリングでは圧力が2桁程度高く、ターゲット表面をアルゴンガスの強制流が流れ、ターゲット表面に酸素ガスが拡散してくるのを防ぎ、ターゲット表面を酸化させることなく常にフレッシュなメタル状態に維持しつつスパッタリングし、スパッタ粒子をアルゴンの強制流にて基板上まで輸送し、基板上で酸素ガスにより酸化させることが可能である。これにより十分な酸素を導入しても通常のスパッタリングのように酸化物モードになって成膜速度が低下することはなく、酸化チタン薄膜の高速成膜が可能となる。高速成膜のレベルとしてはプラズマ発光強度制御法を用いた場合と比較して、酸化チタン薄膜の密度が同一でないことや、成膜圧力などの条件により成膜速度は変化するために単純に比較することはできないが、同一電力密度を印加した場合には同等以上の成膜速度が得られる。例えば10W/cmの電力印加にて、プラズマ発光強度制御法では約100nm/min、ガスフロースパッタリングでは約140nm/minの成膜速度が可能である。
【0021】
このようにガスフロースパッタリングでは酸化チタンの高速成膜が可能であることが特長であるが、更にはガスフロースパッタリングにて成膜した酸化チタン薄膜は、基板無加熱の低温プロセスにおけるアズデポジッションにおいても良好な光触媒活性を示す。導入する酸素量やその他の条件によりアズデポジッションでの触媒活性の高さが異なるが、ガスフロースパッタリングでは酸素導入量により急激に成膜速度が低下するなどのモードの変化もなく、良好なアズデポジッション光触媒活性を有する条件を容易に見つけ出すことができる。酸素導入量が多いほどアズデポジッションでの光触媒活性は高い傾向にあるが、極度の酸素導入量増大はターゲット表面でのアーキングを誘発するため、これらの問題が生じない範囲で酸素流量は適宜変更することができる。
【0022】
ガスフロースパッタリングによる低温プロセスでのアズデポジッション薄膜は基本的にはアモルファス構造の酸化チタンであり、アモルファス構造の酸化チタンでありながら光触媒活性が出現する理由については現在明らかとなっていないが、十分に酸素が存在する雰囲気での高速成膜というガスフロースパッタリングの特徴により、酸素欠陥が極めて少ない化学量論比に近い酸化チタンが形成されていること;従来のスパッタ法より2桁高い成膜圧力で成膜することにより、高エネルギー粒子による薄膜へのダメージが極めて少ないこと;薄膜中の欠陥がOHなどでトラップされている可能性;などが考えられる。
【0023】
このように低温プロセスかつ高速成膜にて光触媒薄膜が形成できることは他に類を見ない発明であり、これにより、従来用いることができなかった耐熱性の低い基材にも光触媒薄膜を形成することが可能となり、基材によってはフレキシブル化も可能となる。
【特許文献1】特開平11−142603号公報
【特許文献2】特開平11−305008号公報
【特許文献3】特願2006−7590号
【特許文献4】特願2006−53102号
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
反射防止膜は、OA機器や車輌や建築物の窓面に取り付けられて用いられるため、経時による汚れが問題となり易い。
【0025】
このような反射防止膜の表面に親水性を付与することができれば、反射防止膜表面に付着した汚れを容易に拭き取ることができるようになり、また、反射防止膜を屋外で使用する場合には、雨水によるセルフクリーニング機能を得ることができる。
【0026】
本発明は、親水性を備える反射防止膜と、この反射防止膜を有する光学フィルターを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0027】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、ガスフロースパッタリング法で成膜された酸化チタン膜は、基板無加熱のアズデポジション状態で高い光触媒活性を示すものであるが、このような酸化チタン膜上に低屈折率透明膜を形成し、この酸化チタン膜を低屈折率透明膜で被覆した場合でも、低屈折率透明膜の下層の酸化チタン膜による親水性を得ることができ、しかも酸化チタン膜と低屈折率透明膜との積層で優れた反射防止性能を有すること、更には、酸化チタン膜上の低屈折率透明膜をガスフロースパッタリング法による高速成膜により成膜した低密度膜とすることにより、下層の酸化チタン膜による親水性をより一層向上させることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0028】
即ち、本発明は以下を要旨とする。
【0029】
(1) 最表面の低屈折率透明膜と、該低屈折率透明膜の下層に設けられた高屈折率透明膜とを有する反射防止膜において、該高屈折率透明膜が、ガスフロースパッタリング法により成膜された酸化チタン膜であることを特徴とする反射防止膜。
【0030】
(2) (1)において、前記低屈折率透明膜が、酸化ケイ素、フッ化マグネシウム、窒化ケイ素、及び酸化アルミニウムよりなる群から選ばれる1種又は2種以上を主成分とすることを特徴とする反射防止膜。
【0031】
(3) (1)又は(2)において、前記低屈折率透明膜が、ガスフロースパッタリング法により150〜300nm・m/minの動的成膜速度で形成された低密度膜であることを特徴とする反射防止膜。
【0032】
(4) (1)〜(3)において、前記低屈折率透明膜の膜厚が5〜300nmであることを特徴とする反射防止膜。
【0033】
(5) (1)〜(4)において、高屈折率透明膜と低屈折率透明膜との交互積層膜であることを特徴とする反射防止膜。
【0034】
(6) (1)〜(5)の反射防止膜が透明基材上に形成されてなることを特徴とする光学フィルター。
【0035】
(7) (6)において、前記透明基材と反射防止膜との間にハードコート層を有することを特徴とする光学フィルター。
【発明の効果】
【0036】
本発明によれば、表面親水性に優れ、防汚性、セルフクリーニング性等を備える高機能性反射防止膜及び光学フィルターが提供される。
【0037】
なお、本発明の反射防止膜及び光学フィルターは、ガスフロースパッタリング法を採用することによる設備費の低減、成膜時間の短縮、ターゲットの有効利用率の向上により、反射防止膜及び光学フィルターを安価に製造することが可能となる。
【0038】
また、低屈折率透明膜の成膜時に容易に空隙を設けることができ、屈折率が十分に低い低屈折率透明膜を形成して反射防止性能に優れた反射防止膜とすることができ、しかも、基材に対する密着性も良好な膜を成膜することができるため、高品質の反射防止膜及び光学フィルターを製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0039】
以下に図面を参照して本発明の反射防止膜及び光学フィルターの実施の形態を詳細に説明する。
【0040】
図1(a)は、本発明の実施に好適なガスフロースパッタ装置の概略的な構成を示す模式図であり、図1(b)は、図1(a)のターゲット及びバックプレート構成を示す斜視図である。図2,3は本発明の光学フィルターの実施の形態を示す系統図である。図2,3において、同一機能を奏する部材には同一符号を付してある。
【0041】
まず、図1を参照して、本発明で採用するガスフロースパッタリング法による成膜方法について説明する。
【0042】
ガスフロースパッタ装置では、スパッタガス導入口11からチャンバー20内にアルゴン等の希ガス等を導入し、DC電源等の電源12に接続されたアノード13及びカソードとなるターゲット15間での放電で発生したプラズマによりターゲット15をスパッタリングし、はじき飛ばされたスパッタ粒子をアルゴン等の希ガス等の強制流にて、基板16まで輸送し堆積させる。なお、図示例において、基板16は、ホルダー17に支持されており、基板16の近傍には、反応性ガスの導入口18が配置されており、反応性スパッタリングを行うことが可能である。14は水冷バッキングプレートである。
【0043】
本発明においては、このようなガスフロースパッタ装置を用いて、反射防止膜を構成する後述の高屈折率透明膜、及び低屈折率透明膜のうち、少なくとも、最表面の低屈折率透明膜の下層の酸化チタン膜よりなる高屈折率透明膜をガスフロースパッタリング法により成膜する。ただし、ガスフロースパッタリング法による高速成膜による低コスト化や、低屈折率透明膜の低密度化による低屈折率化による性能向上の面で、本発明においては、反射防止膜を構成するすべての膜をガスフロースパッタリング法により成膜することが好ましい。
【0044】
以下に各層の成膜方法、成膜条件等について説明する。
【0045】
<低屈折率透明膜>
低屈折率透明膜をガスフロースパッタリング法により成膜する場合、ターゲットとしては、Si、及び/又はAlを用い、チャンバの大きさやターゲットサイズより異なるが、以下のような条件で成膜することができる。
スパッタ圧力:10〜100Pa
スパッタ電力密度:1〜35W/cm
アルゴン流量:0.5〜30SLM
反応性ガス流量:0〜120sccm
基板温度:室温
ターゲット材間距離:5〜15cm
【0046】
通常、低屈折率透明膜は、酸化ケイ素(SiO)、フッ化マグネシウム(MgF)、窒化ケイ素(Si)、酸化アルミニウム(Al)等の、屈折率が1.6以下の低屈折率材料が用いられ、その際、本発明に従って、ガスフロースパッタリング法を採用することにより、30〜300nm・m/minの動的成膜速度の高速成膜を行うことができる。
【0047】
特に、この低屈折率透明膜の成膜にあたり、投入電力を増大し、成膜圧力を高めることで150〜300nm・m/minの動的成膜速度の高い成膜速度で空隙を形成し、形成される低屈折率透明膜のより一層の低屈折率化を図ることができる。
【0048】
<最表面の低屈折率透明膜の下層の酸化チタン高屈折率透明膜>
ガスフロースパッタリングによる酸化チタン高屈折率透明膜の成膜は、金属Tiをターゲットとし、酸素ガスを導入しながら行う反応性スパッタリングであっても良く、また、導電性のTiO(ただし、y=1.6〜1.95)を用い、酸素ガスを導入しながら行う反応性スパッタリングであっても良い。
【0049】
ガスフロースパッタリングによれば、アズデポジッションで良好な光触媒活性を有する酸化チタン薄膜を高速成膜することができるため、成膜時の基材加熱は不要であるが、必要に応じて基材加熱を行っても良い。
【0050】
成膜時に基材加熱を行う場合、その加熱温度は、基材の耐熱性よりも低い温度であれば良く、特に制限はないが、通常200〜600℃である。
【0051】
非加熱基材で成膜された薄膜は、通常、アズデポジッションではアモルファス薄膜であり、加熱基材で成膜された薄膜は加熱温度によりアモルファス薄膜(200℃以下の低温の場合)である場合と、結晶性薄膜である場合とがあるが、ガスフロースパッタリング法によれば、非加熱基材上のアズデポジッションのアモルファス薄膜であっても、良好な光触媒活性を示す酸化チタン薄膜を成膜することができる。
【0052】
ガスフロースパッタリング時の成膜圧力は、高過ぎると成膜速度が低下し、またアークが起きやすく不安定になり、低過ぎると放電電圧が高くなり、放電維持が困難であることから、5〜200Pa、特に10〜120Paであることが好ましい。
【0053】
その他のガスフロースパッタリング条件、例えば酸素ガス流量やアルゴンガス流量、投入電力、ターゲット基材間距離等は装置型式により異なるため、一概に数値を挙げることはできないが、図1のような型式の装置であれば、通常
スパッタ電力密度:1〜25W/cm
アルゴンガス流量:0.5〜30SLM
酸素ガス流量:0〜120sccm
ターゲット基材間距離:5〜15cm
といった条件を採用することができる。
【0054】
ここで、高い成膜速度と放電安定性、形成される酸化チタン薄膜の光触媒活性に応じて、これらの条件を設定するが、ガスフロースパッタリング法によれば、30〜150nm・m/minの動的成膜速度の高速成膜を行うことができる。
【0055】
<酸化チタン膜以外の高屈折率透明膜>
酸化チタン膜以外の高屈折率透明膜をガスフロースパッタリング法により成膜する場合、ターゲットとしては、Ti、Nb、Ta、In、Sn、ITO(SnドープIn)、InSn合金、Zn、AZO(AlドープZnO)、GZO(GaドープZnO)、ZnAl合金、ZnGa合金、及びZrよりなる群から選ばれる1種又は2種以上を用い、チャンバの大きさやターゲットサイズより異なるが、以下のような条件で成膜することができる。
スパッタ圧力:10〜100Pa
スパッタ電力密度:1〜25W/cm
アルゴン流量:0.5〜30SLM
反応性ガス流量:0〜120sccm
基板温度:室温
ターゲット基材間距離:5〜15cm
【0056】
通常、酸化チタン膜以外の高屈折率透明膜はITO(スズインジウム酸化物)、ZnO、AlをドープしたZnO、SnO、In、Nb、Ta、GaドープZnO、TiN、ZrO等の屈折率1.8以上の高屈折率材料が用いられ、その際、本発明に従って、ガスフロースパッタリング法を採用することにより、30〜150nm・m/minの動的成膜速度の高速成膜を行うことができる。
【0057】
なお、上記各層のガスフロースパッタリング法による成膜に当たり、2種類以上のターゲットを用いて複合酸化物層を形成することも可能である。また、各層を2種以上の材料の多層膜とすることもできる。
【0058】
次に、図2,3を参照して本発明の反射防止膜及び光学フィルターの具体的な構成を説明する。
【0059】
図2の光学フィルター10は、透明基材1の一方の面にハードコート層2と、酸化チタンよりなる高屈折率透明膜3及び低屈折率透明膜4とで構成される反射防止膜5が形成され、他方の面に粘着層6が形成されたものである。
【0060】
図3に示す光学フィルター10Aは、透明基材1の一方の面にハードコート層2と、高屈折率透明膜3A,3Bと低屈折率透明膜4A,4Bの交互積層膜からなる反射防止膜5Aが形成されたものである。この高屈折率透明膜3A,3Bのうち、少なくとも最表面の低屈折率透明膜4Bの下層の高屈折率透明膜3Bは酸化チタンにより構成されるが、この最表面の低屈折率透明膜4Bの下層の高屈折率透明膜3B以外の高屈折率透明膜は、酸化チタン以外の材料で構成されるものであってもよい。
【0061】
透明基材1としては、ケイ酸アルカリ系ガラス、無アルカリガラス、石英ガラス等のガラスや、ポリエステル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリエーテルサルファイド(PES)、トリアセチルセルロース(TAC)、ポリブチレンテレフタレート、ポリメチルメタアクリレート(PMMA)、アクリル、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン、トリアセテート、ポリビニルアルコール、ポリ塩化ビニル、ポリ塩化ビニリデン、ポリエチレン、エチレン−酢酸ビニル共重合体、ポリウレタン、セロファン等の有機材料よりなる透明フィルムが挙げられる。
【0062】
透明基材1の厚さは得られる光学フィルターの用途による要求特性(例えば、強度、薄膜性)等によって適宜決定されるが、通常の場合、1μm〜10mmの範囲とされる。
【0063】
ハードコート層2は、アクリル樹脂、シリコーン樹脂等の通常のハードコート材をコーティングすることにより形成することができる。ハードコート層2は紫外線カット性としても良く、この場合、このようなハードコート材に公知の紫外線吸収材を0.05〜5重量%程度配合してコーティングすることにより紫外線カット性ハードコート層を形成することができる。ハードコート層2の厚さは通常1〜20μm程度とするのが好ましい。
【0064】
反射防止膜を構成する高屈折率透明膜及び低屈折率透明膜の好適な厚さは、光の干渉で可視光領域での反射率を下げるため、膜構成、膜種、中心波長により異なってくるが、図2に示すように、高屈折率透明膜3と低屈折率透明膜4との2層構造の場合、高屈折率透明膜3の膜厚は50〜80nm、低屈折率透明膜4の膜厚は85〜120nmとするのが好ましく、図3に示すような4層構造の場合、透明基材1側の高屈折率透明膜3A(第1層)が5〜50nm、低屈折率透明膜3A(第2層)が5〜50nm、高屈折率透明膜3B(第3層)が50〜150nm、低屈折率透明膜3B(第4層)が50〜150nm程度の膜厚で形成するのが好ましい。
【0065】
なお、反射防止膜としては、図2,3に示すような構成に限らず、低屈折率透明薄膜と高屈折率透明薄膜をより多層に積層したものなども採用することができる。
【0066】
粘着層6の粘着剤(感圧接着剤)としては、アクリル系、SBS、SEBS等の熱可塑性エラストマー系などが好適に用いられる。これらの粘着剤には、タッキファイヤー、紫外線吸収剤、着色顔料、着色染料、老化防止剤、接着付与剤等を適宜添加することができる。この粘着層6の厚みは10〜1000μm程度が良い。この粘着層6には、図示しない適当な剥離紙(フィルム)を装着しておく。
【0067】
なお、本発明においては、最表面の低屈折率透明膜を空隙の多い低密度膜とすることにより、この低屈折率透明膜の下層の酸化チタン膜による親水性をより一層効果的に発揮させることができ、好ましい。従って、最表面の低屈折率透明膜の成膜に当たっては、前述の如く、投入電力を増大し、成膜圧力を高めることで150〜300nm・m/minの動的成膜速度の高い成膜速度で空隙を形成することが好ましい。このような高速成膜による空隙の形成は、低屈折率透明膜の低屈折率化による反射防止膜の反射防止性能の向上のためにも有効である。
【0068】
また、最表面の低屈折率透明膜は、その膜厚が過度に厚いと下層の酸化チタン高屈折率透明膜の親水性が十分に発揮されない場合があるため、最表面の低屈折率透明膜については、必要とされる反射防止性能が得られる範囲で薄く、例えば5〜300nm程度に形成することが好ましい。
【0069】
また、前述の如く、ガスフロースパッタリングによる成膜で、アズデポジッションの状態で良好な親水性を示す酸化チタン薄膜を成膜することができることから、高分子フィルム等の耐熱性の低い基板上に形成した反射防止膜に対しても良好な親水性を付与することができ、また、成膜された薄膜の焼成は必ずしも必要とされないが、これを焼成することにより、より一層親水性を高めることができる。
【0070】
この場合、基材としては前述の基材のうち、ガラス等の耐熱性の基材を用い、焼成条件は200〜500℃で0.2〜2時間であることが好ましい。この範囲より焼成温度が高過ぎると結晶相にルチル相が出現し活性が低下し、低過ぎると焼成を行ったことによるアナターゼの結晶化による親水性の向上効果を十分に得ることができない。
【0071】
なお、図2,3は本発明の光学フィルターの一例を示す図であり、本発明はその要旨を超えない限り、何ら図示のものに限定されるものではない。
【0072】
例えば、本発明の光学フィルターは、反射防止膜の他、更に透明導電膜、近赤外線カット膜等が形成されていても良い。
【0073】
本発明の反射防止膜及び光学フィルターは、最表面の低屈折率透明膜の下層の酸化チタン高屈折率透明膜の優れた光触媒活性に基く超親水機能により、良好な防汚、セルフクリーニング性を得ることができ、長期に亘りその表面を清浄に保つことができる。
【実施例】
【0074】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0075】
なお、以下において基板として用いたPETフィルムは、厚さ188μmのPETフィルムの一方の面に厚さ5μmのアクリル樹脂よりなるハードコート層が形成されたものである。
【0076】
また、成膜された透明膜の屈折率は、エリプソメーターにより求めた。
【0077】
実施例1
図1に示すガスフロースパッタ装置を用い、チャンバー内に、基板としてPETフィルムをセットし、荒引きポンプ(ロータリーポンプ+メカニカルブースターポンプ)で1×10−1Paまで排気した後、高屈折率透明膜(TiO膜)、低屈折率透明膜(SiO膜)、高屈折率透明膜(TiO膜)、低屈折率透明膜(SiO膜)の順に積層成膜して4層の多層膜よりなる反射防止膜を形成して、図3に示す光学フィルターを製造した。
【0078】
なお、目的の膜厚を得るために、基板移動速度を調整して多層膜作製を行った。
【0079】
具体的な成膜条件は下記表1の通りとし、その他の条件は以下の通りとした。形成された各透明膜の屈折率は表1に示す通りであった。
・ターゲット寸法:80mm×160mm×5mmt
・カソード形状:平行平板対向型(上記ターゲットを2枚使用、距離30mm)
・基板位置:カソード上端部と基板との距離50mm
【0080】
【表1】

【0081】
実施例2
実施例1において、第4層の低屈折率透明膜成膜時にターゲットへの投入電力を増加させるとともに、成膜圧力を増加させ、下記表2に示す条件で高速成膜を行ったこと以外は実施例1と同様にして光学フィルターを製造した。
【0082】
なお、具体的な成膜条件は下記表2の通りとした。形成された各透明膜の屈折率は表2に示す通りであった。
【0083】
【表2】

【0084】
比較例1
通常のマグネトロンスパッタ装置を用いて、実施例1と同様の膜構成の光学フィルターを製造した。
【0085】
真空チャンバーに、基板としてPETフィルムをセットし、荒引きポンプ(ロータリーポンプ+メカニカルブースターポンプ)で1×10−1Paまで排気した後、ターボ分子ポンプで1×10−4Paまで排気し、次いで4層の多層膜を成膜した。なお、目的の膜厚を得るために、基板移動速度を調整した。
【0086】
具体的な成膜条件は下記表3の通りとし、その他の条件は以下の通りとした。形成された各透明膜の屈折率は表3に示す通りであった。
・ターゲット寸法:125mm×500mm×5mmt
・カソード形状:プレーナ型マグネトロン、基板と平行に対面して設置
・基板位置:ターゲット基板との距離80mm
【0087】
【表3】

【0088】
比較例2
比較例1において、高屈折率透明膜の成膜に際してはプラズマ発光強度制御法を採用し、波長500nmの光をモニターし、発光強度4Vとなるように酸素ガス流量を制御し、成膜速度70nm/minの高速成膜を行ったこと以外は同様にして、実施例1と同様の膜構成の光学フィルターを製造した。
【0089】
具体的な成膜条件は下記表4の通りとし、その他の条件は比較例1と同様である。形成された各透明膜の屈折率は表4に示す通りであった。
【0090】
【表4】

【0091】
[親水性の評価]
実施例1,2及び比較例1,2で製造された光学フィルターについて、最表面の低屈折率透明膜(SiO膜)に対して、紫外線(UV)照射による水滴接触角を計測し、結果を表5に示した。
【0092】
水滴接触角は一定時間(60分)のUV照射後に水滴接触角計により計測し、5点の計測値の平均値で示した。なお、UV照射には中心波長352nmのブラックライト蛍光ランプ(東芝ライテック(株)製FL20S・BLB−A)を用い0.4mW/cmの光強度でサンプルに照射した。
【0093】
【表5】

【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】図1(a)は、本発明の実施に好適なガスフロースパッタ装置の概略的な構成を示す模式図であり、図1(b)は、図1(a)のターゲット及びバックプレート構成を示す斜視図である。
【図2】本発明の光学フィルターの構造例を示す模式的断面図である。
【図3】本発明の光学フィルターの他の構造例を示す模式的断面図である。
【符号の説明】
【0095】
1 透明基材
2 ハードコート層
3,3A,3B 高屈折率透明膜
4,4A,4B 低屈折率透明膜
5,5A 反射防止膜
10,10A 光学フィルター
12 DC電源
13 アノード
14 バッキングプレート
15 ターゲット
16 基板
20 チャンバー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
最表面の低屈折率透明膜と、該低屈折率透明膜の下層に設けられた高屈折率透明膜とを有する反射防止膜において、該高屈折率透明膜が、ガスフロースパッタリング法により成膜された酸化チタン膜であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項2】
請求項1において、前記低屈折率透明膜が、酸化ケイ素、フッ化マグネシウム、窒化ケイ素、及び酸化アルミニウムよりなる群から選ばれる1種又は2種以上を主成分とすることを特徴とする反射防止膜。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記低屈折率透明膜が、ガスフロースパッタリング法により150〜300nm・m/minの動的成膜速度で形成された低密度膜であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、前記低屈折率透明膜の膜厚が5〜300nmであることを特徴とする反射防止膜。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、高屈折率透明膜と低屈折率透明膜との交互積層膜であることを特徴とする反射防止膜。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の反射防止膜が透明基材上に形成されてなることを特徴とする光学フィルター。
【請求項7】
請求項6において、前記透明基材と反射防止膜との間にハードコート層を有することを特徴とする光学フィルター。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−3390(P2008−3390A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−174085(P2006−174085)
【出願日】平成18年6月23日(2006.6.23)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】