説明

回転機の制御装置

【課題】直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで回転機を流れる電流、トルク、および磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する新たな回転機の制御装置を提供する。
【解決手段】予測部33によって予測された予測電流ide,iqeのベクトルと、指令電流のベクトルidr,iqrとの差の内積値にオフセット値Δを加算したものである評価関数Jを最小とする操作状態(電圧ベクトル)が、インバータIVの操作状態として決定される。矩形波制御時においては、トルクフィードバック制御によって定まる位相に応じた操作状態以外の評価関数Jにおけるオフセット値Δを増大させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の制御装置としては、例えば下記特許文献1に見られるように、インバータの操作状態を様々に設定した場合についての3相電動機の電流をそれぞれ予測し、予測される電流と指令電流との偏差を最小化することのできる操作状態となるように、インバータを操作するいわゆるモデル予測制御を行うものが提案されている。これによれば、インバータの操作状態に基づき予測される電流の挙動を最適化するようにインバータが操作されるため、過渡時における指令電流への追従性を良好なものとすることができる。このため、モデル予測制御は、車載主機としてのモータジェネレータの制御装置等、過渡追従特性として特に高い性能が要求される用途にとっては、有用性が高いと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2008−228419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ただし、モデル予測制御を行なう場合、予測される電流と指令電流との偏差を最小化する操作状態が都度選択されるために、インバータのスイッチング状態の切替頻度が増大し、ひいてはインバータの出力線間電圧の基本波成分の実効値を大きくすることが困難となる。
【0005】
本発明は、上記課題を解決する過程でなされたものであり、その目的は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する新たな回転機の制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
以下、上記課題を解決するための手段、およびその作用効果について記載する。
【0007】
請求項1記載の発明は、直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置において、固定座標系における電圧ベクトルにて表現される前記直流交流変換回路の操作状態を仮設定した場合の前記制御量を予測する予測手段と、該予測手段によって予測される制御量に基づき、該予測される制御量に対応する操作状態を評価し、評価の高い操作状態を前記直流交流変換回路の操作状態として決定する決定手段と、該決定された操作状態となるように前記直流交流変換回路を操作する操作手段と、前記決定手段が前記決定を行なうために前記操作状態を評価するに際し、特定の操作状態の評価を高くして且つ、該評価を高くする操作状態を前記回転機の回転角度に応じて可変設定する可変手段とを備えることを特徴とする。
【0008】
上記発明では、可変手段によって回転角度に応じて特定の操作状態の評価が高くされるため、この可変手段の設計によって、スイッチング状態の切り替えを制限することが可能となる。
【0009】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明において、前記可変手段によって最も評価が高くされる操作状態に従って前記直流交流変換回路が操作される場合、前記回転機の各端子が前記回転機の1電気角周期の間に前記直流電圧源の正極および負極のそれぞれに1度ずつ接続される矩形波制御となることを特徴とする。
【0010】
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の発明において、前記決定手段は、前記評価が最も高かった操作状態を前記直流交流変換回路の操作状態に決定するものであり、前記可変手段は、前記特定の操作状態に対応する前記予測される制御量とその指令値との差が規定値以下である場合、前記特定の操作状態の評価を最も高くするものであることを特徴とする。
【0011】
上記発明では、制御量とその指令値との差が規定値を上回る場合には、特定の操作状態以外を採用可能とすることで、上記規定値の設定によって制御量が指令値から過度に乖離する事態を抑制することが可能となる。
【0012】
請求項4記載の発明は、請求項3記載の発明において、前記規定値は、前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルクおよび前記回転機の回転速度の少なくとも1つを入力として可変設定されることを特徴とする。
【0013】
決定手段による評価対象となる制御量の絶対値は、電流やトルクに依存する。このため、制御量とその指令値との乖離として許容される最大値は、電流やトルクの絶対値の大きさに依存する。この点、上記電流やトルクに応じて規定値を可変設定するなら、規定値を許容される最大値とすることができる。また、回転速度は、制御量の変化速度と相関を有するパラメータである。このため、制御量とその指令値との差の許容最大値を回転速度に応じて可変設定するなら、この許容最大値を、正常な制御がなされる状況下、制御によって制御量とその指令値との差が外れることのない値であって極力小さい値とすることができる。
【0014】
請求項5記載の発明は、請求項3または4記載の発明において、前記決定手段は、前記予測される制御量とその指令値との差が小さいほど評価を高くするものであり、前記可変手段は、前記特定の操作状態以外の操作状態に対応する前記差の絶対値から前記特定の操作状態に対応する前記差の絶対値を減算した相対誤差が前記規定値だけ増加補正されたものを前記決定手段による評価にゆだねることを特徴とする。
【0015】
上記発明では、特定の操作状態に対応する前記差の絶対値が規定値以上となる場合、他の操作状態を採用可能とすることができる。
【0016】
請求項6記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1項に記載の発明において、前記制御量を制御するための操作量として、前記直流交流変換回路の出力電圧ベクトルの位相を設定する位相設定手段をさらに備え、前記可変手段は、前記直流交流変換回路の操作状態のうち前記位相設定手段によって設定される位相から定まるものの評価を高くすることを特徴とする。
【0017】
上記発明では、電圧の位相に応じて制御量が制御される状況下、これを適切に行なうことができる。
【0018】
請求項7記載の発明は、請求項6記載の発明において、前記可変手段は、前記回転機の相数で前記回転機の1電気角周期の「1/2」を除算した角度領域毎に、前記評価を高くする操作状態を可変設定することを特徴とする。
【0019】
矩形波制御では、回転機の各端子に接続されるスイッチング素子のスイッチング状態が1電気角周期の「1/2」に1度切り替えられる。このため、直流交流変換回路に接続されるいずれかの端子でスイッチング状態が切り替えられるタイミング間の間隔は、各相が均等に分散されている通常の場合を想定すると、回転機の相数で前記回転機の1電気角周期の「1/2」を除算した角度領域となる。上記発明では、この点に鑑み、可変手段を構成した。
【0020】
請求項8記載の発明は、請求項6または7記載の発明において、前記位相設定手段は、前記回転機のトルクをその指令値にフィードバック制御するための操作量として前記位相を操作することを特徴とする。
【0021】
請求項9記載の発明は、請求項1〜8のいずれか1項に記載の発明において、前記操作手段は、前記可変手段による可変設定がなされる場合、前記操作状態の更新タイミングを前記回転機の回転角度周期で設定することを特徴とする。
【0022】
上記発明では、更新タイミングが角度周期で設定されるため、回転速度にかかわらず、可変手段の意図する制御からの誤差を低減することができる。
【0023】
請求項10記載の発明は、請求項6〜8のいずれか1項に記載の発明において、前記操作手段は、前記位相設定手段による位相の設定がなされる場合、前記操作状態の更新タイミングとして、前記設定される位相によって指示される操作状態の変更タイミングを含めることを特徴とする。
【0024】
上記発明では、更新タイミングを時間周期とする場合等と比較して、位相設定手段による位相に応じた操作状態の切り替えを正確に行なうことができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】第1の実施形態にかかるシステム構成図。
【図2】電圧ベクトルを示す図。
【図3】上記実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す流れ図。
【図4】同実施形態にかかる操作状態の仮設定候補を示す図。
【図5】過変調領域の問題点を説明する図。
【図6】上記実施形態にかかる過変調領域の評価対象の切り替え処理の手順を示す流れ図。
【図7】同実施形態にかかる矩形波制御における評価手法の切り替え処理の手順を示す流れ図。
【図8】同実施形態の効果を検証した運転手法を示す図。
【図9】同実施形態の効果を示すタイムチャート。
【図10】同実施形態の効果を示すタイムチャート。
【図11】同実施形態の効果を示すタイムチャート。
【図12】同実施形態の効果を示すタイムチャート。
【図13】第2の実施形態にかかるモデル予測制御の更新周期を規定する処理の手順を示す流れ図。
【図14】第3の実施形態にかかるモデル予測制御の更新周期を規定する処理の手順を示す流れ図。
【図15】第4の実施形態にかかる矩形波制御時の指令電流の設定処理の手順を示す流れ図。
【図16】同実施形態にかかる矩形波制御における評価手法の切り替え処理の手順を示す流れ図。
【図17】第5の実施形態にかかるシステム構成図。
【発明を実施するための形態】
【0026】
<第1の実施形態>
以下、本発明にかかる回転機の制御装置を車載主機としての回転機の制御装置に適用した第1の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0027】
図1に、本実施形態にかかるモータジェネレータの制御システムの全体構成を示す。車載主機としてのモータジェネレータ10は、3相の永久磁石同期モータである。また、モータジェネレータ10は、突極性を有する回転機(突極機)である。詳しくは、モータジェネレータ10は、埋め込み磁石同期モータ(IPMSM)である。
【0028】
モータジェネレータ10は、インバータIVを介して端子電圧がたとえば百V以上となる高電圧バッテリ12に接続されている。インバータIVは、スイッチング素子S*p,S*n(*=u,v,w)の直列接続体を3組備えており、これら各直列接続体の接続点がモータジェネレータ10のU,V,W相にそれぞれ接続されている。これらスイッチング素子S*#(*=u,v,w;#=p,n)として、本実施形態では、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)が用いられている。そして、これらにはそれぞれ、ダイオードD*#が逆並列に接続されている。
【0029】
本実施形態では、モータジェネレータ10やインバータIVの状態を検出する検出手段として、以下のものを備えている。まずモータジェネレータ10の回転角度(電気角θ)を検出する回転角度センサ14を備えている。また、モータジェネレータ10の各相を流れる電流iu,iv,iwを検出する電流センサ16を備えている。更に、インバータIVの入力電圧(電源電圧VDC)を検出する電圧センサ18を備えている。
【0030】
上記各種センサの検出値は、図示しないインターフェースを介して低電圧システムを構成する制御装置20に取り込まれる。制御装置20では、これら各種センサの検出値に基づき、インバータIVを操作する操作信号を生成して出力する。ここで、インバータIVのスイッチング素子S*#を操作する信号が、操作信号g*#である。
【0031】
上記制御装置20は、モータジェネレータ10のトルクを要求トルクTrに制御すべく、インバータIVを操作する。詳しくは、要求トルクTrを実現するための指令電流とモータジェネレータ10を流れる電流とが一致するように、インバータIVを操作する。すなわち、本実施形態では、モータジェネレータ10のトルクが最終的な制御量となるものであるが、トルクを制御すべく、モータジェネレータ10を流れる電流を直接の制御量として、これを指令電流に制御する。特に、本実施形態では、モータジェネレータ10を流れる電流を指令電流に制御すべく、インバータIVの操作状態を複数通りのそれぞれに設定した場合についてのモータジェネレータ10の電流を予測し、上記操作状態のうち予測電流が指令電流に近くなるものをインバータIVの実際の操作状態として採用するモデル予測制御を行う。
【0032】
以下では、まず「1.低変調率での制御」について説明した後、「2.過変調領域での制御」について説明し、最後に本願の要部となる「3.矩形波制御」について説明する。
「1.低変調率での制御」
電流センサ16によって検出された相電流(電流iu,iv,iw)は、dq変換部22において、回転座標系の実電流id,iqに変換される。また、回転角度センサ14によって検出される電気角θは、速度算出部23の入力となり、これにより、回転速度(電気角速度ω)が算出される。一方、指令電流設定部24は、要求トルクTrを入力とし、dq座標系での指令電流idr,iqrを出力する。これら指令電流idr,iqr、実電流id,iq、及び電気角θは、モデル予測制御部30の入力となる。モデル予測制御部30では、これら入力パラメータに基づき、インバータIVの操作状態を規定する電圧ベクトルViを決定し、操作部26に出力する。操作部26では、入力された電圧ベクトルViに基づき、上記操作信号を生成してインバータIVに出力する。
【0033】
ここで、インバータIVの操作状態を表現する電圧ベクトルは、図2に示す8つの電圧ベクトルとなる。例えば、低電位側のスイッチング素子Sun,Svn,Swnがオン状態となる操作状態(図中、「下」と表記)を表現する電圧ベクトルが電圧ベクトルV0であり、高電位側のスイッチング素子Sup,Svp,Swpがオン状態となる操作状態(図中、「上」と表記)を表現する電圧ベクトルが電圧ベクトルV7である。これら電圧ベクトルV0,V7は、モータジェネレータ10の全相を短絡させるものであり、インバータIVからモータジェネレータ10に印加される電圧がゼロとなるものであるため、ゼロ電圧ベクトルと呼ばれている。これに対し、残りの6つの電圧ベクトルV1〜V6は、上側アームおよび下側アームの双方にオン状態となるスイッチング素子が存在する操作パターンによって規定されるものであり、有効電圧ベクトルと呼ばれている。なお、図2(b)に示すように、電圧ベクトルV1、V3,V5のそれぞれがU相、V相、W相の正側にそれぞれ対応している。
【0034】
次に、モデル予測制御部30の処理の詳細について説明する。先の図1に示す操作状態設定部31では、インバータIVの操作状態を設定する。ここでは、先の図2に示した電圧ベクトルV0〜V7をインバータIVの操作状態として設定する。dq変換部32では、操作状態設定部31によって設定された電圧ベクトルをdq変換することで、dq座標系の電圧ベクトルVdq=(vd,vq)を算出する。こうした変換を行うべく、操作状態設定部31における電圧ベクトルV0〜V7を、例えば、先の図2において、「上」を「VDC/2」として且つ「下」を「−VDC/2」とすることで表現すればよい。この場合、例えば、電圧ベクトルV0は、(−VDC/2、−VDC/2、−VDC/2)となり、電圧ベクトルV1は、(VDC/2、−VDC/2、−VDC/2)となる。
【0035】
予測部33では、電圧ベクトル(vd、vq)と、実電流id,iqと、電気角速度ωとに基づき、インバータIVの操作状態を操作状態設定部31によって設定される状態とした場合の電流id,iqを予測する。ここでは、下記(c1)、(c2)にて表現される電圧方程式を、電流の微分項について解いた下記の状態方程式(式(c3)、(c4))を離散化し、1ステップ先の電流を予測する。
vd=(R+pLd)id −ωLqiq …(c1)
vq=ωLdid +(R+pLq)iq +ωφ …(c2)
pid
=−(R/Ld)id +ω(Lq/Ld)iq +vd/Ld …(c3)
piq
=−ω(Ld/Lq)id−(Rd/Lq)iq+vq/Lq−ωφ/Lq…(c4)
ちなみに、上記の式(c1)、(c2)において、抵抗R、微分演算子p、d軸インダクタンスLd,q軸インダクタンスLqおよび電機子鎖交磁束定数φを用いた。
【0036】
上記電流の予測は、操作状態設定部31によって設定される複数通りの操作状態のそれぞれについて行われる。
【0037】
一方、操作状態決定部34では、予測部33によって予測された予測電流ide,iqeと、指令電流idr,iqrとを入力として、インバータIVの操作状態を決定する。ここでは、操作状態設定部31によって設定された操作状態のそれぞれを評価関数Jによって評価し、評価のもっとも高かった操作状態を選択する。この評価関数Jとして、本実施形態では、評価が低いほど値が大きくなるものを採用する。具体的には、評価関数Jを、指令電流ベクトルIdqr=(idr,iqr)と、予測電流ベクトルIdqe=(ide,iqe)との差の内積値に基づき算出する。これは、指令電流ベクトルIdqrと予測電流ベクトルIdqeとの各成分の偏差が正、負の双方の値となりうることに鑑み、値が大きいほど評価が低いことを表現するための一手法である。これにより、指令電流ベクトルIdqrと予測電流ベクトルIdqeとの各成分の差が大きいほど、評価が低くなる評価関数Jを構築することができる。なお、本実施形態では、評価関数Jを上記内積値とオフセット値Δとの和とする。このオフセット値Δについては後に詳述する。
【0038】
図3に、本実施形態にかかるモデル予測制御の処理手順を示す。この処理は、所定周期(制御周期Tc)で繰り返し実行される。
【0039】
この一連の処理では、まずステップS10において、電気角θ(n)と、実電流id(n),iq(n)とを検出するとともに、前回の制御周期で決定された電圧ベクトルV(n)を出力する。続くステップS12においては、1制御周期先における電流(ide(n+1),iqe(n+1))を予測する。これは、上記ステップS10によって出力された電圧ベクトルV(n)によって、1制御周期先の電流がどうなるかを予測する処理である。ここでは、上記の式(c3)、(c4)にて表現されたモデルを前進差分法にて制御周期Tcで離散化したものを用いて、予測電流ide(n+1)、iqe(n+1)を算出する。この際、電流の初期値として、上記ステップS10において検出された実電流id(n),iq(n)を用いるとともに、dq軸上の電圧ベクトルとして、電圧ベクトルV(n)を、上記ステップS10において検出された電気角θ(n)に「ωTc/2」を加算した角度によってdq変換したものを用いる。
【0040】
続くステップS14,S16では、次回の制御周期における電圧ベクトルを複数通りに設定した場合のそれぞれについて、2制御周期先の電流を予測する処理を行う。すなわち、まずステップS14において、次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)を仮設定する。ここでは、今回の制御周期における電圧ベクトルV(n)にて表現される操作状態からのスイッチング状態の切り替え相数が「1」以下となるものを次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)として仮設定する。
【0041】
たとえば、電圧ベクトルV(n)が有効電圧ベクトル(Vi;i=1〜6)である場合、電圧ベクトルV(n+1)を、電圧ベクトルVi−1、Vi,Vi+1(i:mod 6)とするか、ゼロ電圧ベクトルとする。ただし、ゼロ電圧ベクトルとしては、V(n)=V2k(k=1〜3)であるなら、電圧ベクトルV7を選択し、V(n)=V2k−1であるなら、電圧ベクトルV0を選択する。図4(a)に、V(n)=V1の場合について、電圧ベクトルV(n+1)として仮設定可能な4つの電圧ベクトルを示した。また、現在の電圧ベクトルV(n)がゼロ電圧ベクトル(電圧ベクトルV0)である場合、図4(b)に示すように、電圧ベクトルV(n+1)を、奇数の電圧ベクトルV1,V3,V5または電圧ベクトルV0とする。さらに、現在の電圧ベクトルV(n)がゼロ電圧ベクトル(電圧ベクトルV7)である場合、図4(c)に示すように、電圧ベクトルV(n+1)を、偶数の電圧ベクトルV2,V4,V6または電圧ベクトルV7とする。
【0042】
続くステップS16においては、上記ステップS12と同様にして予測電流ide(n+2)、iqe(n+2)を算出する。ただし、ここでは、電流の初期値として、上記ステップS12において算出された予測電流ide(n+1),iqe(n+1)を用いるとともに、dq軸上の電圧ベクトルとして、電圧ベクトルV(n+1)を、上記ステップS10において検出された電気角θ(n)に「3ωTc/2」を加算した角度によってdq変換したものを用いる。
【0043】
続くステップS18においては、次回の制御周期における電圧ベクトルV(n+1)を決定する処理を行う。ここでは、ステップS14において仮設定された4つの電圧ベクトルのそれぞれに対応する予測電流ide(n+2),iqe(n+2)を用いて、評価関数Jの値を4つ算出し、これらのうち評価関数Jを最小化する電圧ベクトルを最終的な電圧ベクトルV(n+1)とする。続くステップS20においては、電圧ベクトルV(n),V(n+1)を、それぞれ電圧ベクトルV(n−1),V(n)とし、電気角θ(n)を電気角θ(n−1)とし、実電流id(n),iq(n)を、それぞれ実電流id(n−1)、iq(n−1)とする。
【0044】
なお、ステップS20の処理が完了する場合には、この一連の処理を一旦終了する。
「2.過変調領域での制御」
ところで、上記の式(c1)、(c2)に、指令電流idr,iqr(固定値)を入力することで、指令電圧ベクトル(vdr、vqr)のノルムが一義的に定まる。このノルムは、モータジェネレータ10の電気角θが「360°」回転することで、図5(a)に示す2次元固定座標系において「360°」回転する。ここで、インバータIVによって実現可能な出力電圧は、図5(a)に示すように、1辺の長さが「√(2/3)×VDC」の6角形内の領域に制限される。このため、指令電圧ベクトル(vdr、vqr)の終点が描く曲線(円)としての上限は、図5(a)に示した半径「VDC/√2」の円(6角形の内接円)となる。この状態は、インバータIVの出力線間電圧の基本波成分の振幅が入力電圧と一致していることを意味し、このときの変調率を「2/√3」と定義する。
【0045】
本実施形態では、変調率が「2/√3」よりも大きい領域を過変調領域とする。過変調領域においても変調率をさらに上昇させることができることが周知である。ただし、過変調領域である場合、すなわち、指令電流idr,iqrに応じた上記指令電圧ベクトルのノルムが上記円の半径よりも大きくなる場合、モータジェネレータ10の電気角によっては指令電流idr,iqrを実現することはできず、これに起因してモータジェネレータ10の制御量に電気角周波数の6倍の高調波成分が重畳される。すなわち、図5(b)に示す円にて表現される指令電圧ベクトルの場合、指令電圧ベクトルの終点が上記6角形の領域内に入る破線部分では指令どおりに電圧が出力され、6角形の領域からはみ出る1点鎖線部分は6角形に制約された電圧が出力され、これが電気角周波数の6倍の周期で繰り返される。このため、モータジェネレータ10の制御量に電気角周波数の6倍の高調波が重畳される。
【0046】
この6次の高調波の重畳によって電流が変動したとしてもその平均値が指令電流idr,iqrとなるなら、モータジェネレータ10のトルクを要求トルクTrに制御することができる。ただし、上記評価関数Jを用いてインバータIVの操作状態を決定する場合、モータジェネレータ10の実際のトルクと要求トルクTrとの間に定常的な乖離が生じる。これは、予測電流ide(n+2),iqe(n+2)となると予測されるタイミングと現在時との間の時間間隔(予測間隔)が上記高調波の周期と比較して小さいことに起因している。すなわち、この場合、局所的なタイムスケースにおいて予測電流ide,iqeと指令電流idr,iqrとの差を最小にするための操作状態が選択される。ただし、インバータIVの出力電圧からの制約により実際の電流を指令電流とすることのできない領域とこれを上回る制御が可能な領域とが存在する。そして、上回る制御が可能な領域においては、指令電流と予測電流との差を最小とする操作状態が選択されるため、指令電流を上回る操作状態の使用が回避され、電流の平均値が指令電流に対して不足する。
【0047】
ちなみに、上記定常偏差は、高調波の周期以上の長期間にわたって都度の予測電流ide,iqeと指令電流idr,iqrとの差を評価することで次回の操作状態を決定するなら解消しうる。ただし、この場合には演算負荷が過大となる。
【0048】
そこで本実施形態では、先の図1に示した処理によって過変調領域における定常偏差の抑制を図る。
【0049】
すなわち、dq変換部22の出力する実電流idは、例えば1次遅れフィルタ等のローパスフィルタ40に取り込まれる。ローパスフィルタ40は、実電流idの高調波成分を減衰させつつ基本波成分を選択的に透過させるものであり、カットオフ周波数を電気角速度ωに応じて可変設定する。切替部42は、ローパスフィルタ40の出力信号(平均実電流idL)を予測部33に出力するか否かを切り替える。一方、dq変換部22の出力する実電流iqは、例えば1次遅れフィルタ等のローパスフィルタ44に取り込まれる。ローパスフィルタ44は、実電流iqの高調波成分を減衰させつつ基本波成分を選択的に透過させるものであり、カットオフ周波数を電気角速度ωに応じて可変設定する。切替部46は、ローパスフィルタ44の出力信号(平均実電流iqL)を予測部33に出力するか否かを切り替える。
【0050】
これにより、切替部42,46によって平均実電流idL,iqLが予測部33に入力される場合には、予測部33では、実電流id,iqに基づく予測電流ide,iqeの算出に加えて、平均実電流idL,iqLに基づく平均予測電流ideL,iqeLの算出を行なう。
【0051】
そして、平均実電流idL,iqLに基づき予測部33によって予測された平均予測電流ideLに重み係数α(>0)を乗算した値と、実電流id,iqに基づき予測部33によって予測された予測電流ideに重み係数「1−α(>0)」を乗算した値とが加算部48において加算される。これにより、平均予測電流ideLと予測電流ideとの加重平均処理を行なう。そして、セレクタ52では、加算部48の値と、予測電流ideとのいずれかを操作状態決定部34に選択的に出力する。
【0052】
また、平均実電流idL,iqLに基づき予測部33によって予測された平均予測電流iqeLに重み係数α(>0)を乗算した値と、実電流id,iqに基づき予測部33によって予測された予測電流iqeに重み係数「1−α(>0)」を乗算した値とが加算部50において加算される。これにより、平均予測電流iqeLと予測電流iqeとの加重平均処理を行なう。そして、セレクタ54では、加算部50の値と、予測電流iqeとのいずれかを操作状態決定部34に選択的に出力する。
【0053】
ここで、加算部48,50の出力は、予測部33によって予測された予測電流ide,iqeの高調波成分を除去しつつも、基本波成分の位相遅れが低減されたものとなっている。これは、ローパスフィルタ40,44によるフィルタ処理のなされない成分を含むためである。ここで、位相遅れ補償の効果は、上記重み係数αをゼロに近づけるほど大きくなる。
【0054】
図6に、上記切替部42,46やセレクタ52,54の操作によるモデル予測手法の切り替え処理の手順を示す。この処理は、制御装置20において、たとえば所定周期で繰り返し実行される。
【0055】
この一連の処理では、まずステップS30において、平均電圧ベクトルVaを算出する。これは、上記の式(c1)、(c2)において微分演算子pを除去したものに、指令電流ベクトルIdqrを入力することで行なわれる。ここで、平均電圧ベクトルVaとは、インバータIVの出力電圧のうち電気角周波数を有する基本波成分の実効値のことである。すなわち、インバータIVは、1電気角周期よりも短い時間間隔でスイッチング状態を切り替えることで、その出力電圧が、電気角周波数成分を有する正弦波形状の電圧を模擬したものとなっている。インバータIVの模擬する上記正弦波形状の電圧が平均電圧ベクトルVaである。ちなみに、この平均電圧ベクトルVaのノルムは、変調率や電圧利用率と比例関係にある物理量である。ここで、変調率は、インバータIVの出力電圧についての基本波成分のフーリエ係数のことである。なお、このフーリエ係数の算出に際しては、基本波の振幅中心とインバータIVの出力電圧の変動幅の中央値とを一致させる。
【0056】
続くステップS32においては、変調率Mを算出する。これは、電源電圧VDCと、平均電圧ベクトルVaとを用いて、「(|Va|/VDC)√(8/3)」となる。続くステップS34では、過変調領域であるか否かを判断する。そしてステップS34において肯定判断される場合には、ステップS36において、平均予測電流ideL,iqeLを用いて(加算部48,50の出力信号に基づき)インバータIVの操作状態を評価する。これに対し、ステップS36において否定判断される場合には、ステップS38において、予測電流ide,iqeのみを用いてインバータIVの操作状態を評価する。
【0057】
なお、上記ステップS36,S38の処理が完了する場合には、この一連の処理を一旦終了する。
「3.矩形波制御」
ところで、周知のように、インバータIVの変調率を最大とすることのできる制御は、矩形波制御である。ただし、上記可変調領域での制御を行なう場合、評価関数Jを用いて電圧ベクトルを評価することに起因して、矩形波制御とはならないことが発明者らによって見出されている。そこで本実施形態では、矩形波制御においては、上記評価関数Jを定めるオフセット値Δを操作することで、評価手法を切り替える処理を行なう。
【0058】
図7に、本実施形態にかかる上記評価手法の切り替え処理の手順を示す。この処理は、たとえば所定周期でくり返し実行される。
【0059】
この一連の処理では、まずステップS40において、矩形波制御がなされている旨を示す矩形波フラグがオンであるか否かを判断する。そして、ステップS40において否定判断される場合、ステップS42において、変調率Mが規定値Mthよりも大きいか否かを判断する。ここで、規定値Mthは、平均予測電流ideL,iqeLを用いた評価を行なうことで実現可能な変調率の上限値程度に設定する。この上限値は、トルクおよび電気角速度ωによって定まる動作点に応じて変動する傾向があるため、規定値Mthを動作点に応じて可変設定することが望ましい。
【0060】
ステップS42において肯定判断される場合、ステップS44において、矩形波フラグをオンする。続くステップS52においては、実電流id,iqから推定される推定トルクを要求トルクTrにフィードバック制御するための操作量として、インバータIVの出力電圧の位相指令θvを算出する。ここで、位相指令θvは、d軸に対する位相δと電気角θとの和とすればよい。また、d軸に対する位相δは、上記推定トルクと要求トルクTrとの差の比例要素および積分要素の和として算出すればよい。なお、推定トルクは、以下の式(c5)によって予測すればよい。
【0061】
T=P{Φ・iq+(Ld−Lq)id・iq} …(c5)
ちなみに、上記の式(c5)においては、極対数Pを用いている。
【0062】
続くステップS54においては、操作状態のそれぞれに対応するオフセット値Δのうち、位相指令θv方向のベクトルVθvとのなす角度が最も小さい電圧ベクトルに対応するものをゼロとし、それ以外のものを規定値A(>0)とする。ここで規定値Aは、指令電流ベクトルIdqr=(idr,iqr)と、予測電流ベクトルIdqe=(ide,iqe)との差の内積値のとり得ると想定される値の最大値よりも大きく設定する。これにより、ベクトルVθvとのなす角度が最も小さい電圧ベクトルを常時選択することができる。
【0063】
一方、上記ステップS40において肯定判断される場合、ステップS46において、予測電流ide,iqeのベクトルの位相と指令電流idr,iqrのベクトルの位相との差が所定値以下であるか否かを判断する。この判断は、指令電流idr,iqrのベクトルの位相に応じて所定範囲を定めておくことで行なうことができる。そして、ステップS46において否定判断される場合には、ステップS52に移行する一方、ステップS46において肯定判断される場合には、ステップS48において矩形波フラグをオフとする。そして、ステップS48の処理が完了する場合や、ステップS42において否定判断される場合には、ステップS50においてオフセット値Δをゼロとする。
【0064】
なお、ステップS50、S54の処理が完了する場合、この一連の処理を一旦終了する。
【0065】
図8〜12に、本実施形態の効果を示す。ここで、図8は、本実施形態の効果を評価するための運転領域を示すものであり、ケース1が図9に、ケース2が図10に、ケース3が図11にそれぞれ対応している。
【0066】
詳しくは、ケース1として、図9(b)に示すように、予測電流ide,iqeのみによる評価のなされる正弦波モードから平均予測電流ideL,iqeLを用いた評価のなされる過変調モードを経て、上記矩形波制御を行なう場合を示した。これに対し、図9(a)には、矩形波制御を継続した場合を示している。また、ケース2として、図10(a)に示すように、正弦波モードから過変調モードを経て矩形波制御を行なう場合と、図10(b)に示すように、矩形波制御から過変調モードを経て正弦波モードに移行する場合とを示した。また、ケース3として、トルクを増大させる場合(図11(a))とトルクを減少させる場合(図11(b))とのそれぞれについて、矩形波制御を継続する場合を示した。
【0067】
なお、図12(a)は、先の図7に示す処理を行なった場合を示し、図12(b)は、オフセット値Δを常時ゼロとした場合を示す。図示されるように、先の図7に示す処理によってオフセット値Δを操作することで、スイッチング回数を低減することができ、各相のスイッチング状態の切り替え周期を1電気角周期の「1/2」とすることができる。
【0068】
以上詳述した本実施形態によれば、以下の効果が得られるようになる。
【0069】
(1)位相指令θv方向のベクトルVθvとの位相差が最も小さい電圧ベクトルによって表現されるインバータIVの操作状態の評価を最も高くした。これにより、トルクフィードバック制御の操作量として矩形波制御におけるインバータIVの出力電圧の位相を操作することができる。
<第2の実施形態>
以下、第2の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0070】
本実施形態では、モデル予測制御による操作状態の更新周期(制御周期Tc)に対応する時間を電気角速度ωに応じて可変設定することで、回転角度周期とする。
【0071】
図13に、本実施形態にかかる更新周期の切り替え処理の手順を示す。この処理は、たとえば所定周期でくり返し実行される。
【0072】
この一連の処理では、まずステップS60において矩形波フラグがオンとなっているか否かを判断する。そしてステップS60において肯定判断される場合、ステップS62において、制御周期Tcを、「2π/N」とする。なお、ステップS62の処理が完了する場合や、ステップS60において否定判断される場合には、この一連の処理を一旦終了する。
【0073】
上記処理によれば、矩形波制御において、「2π/N」毎に、インバータIVの操作状態が更新されることとなる。このため、制御周期Tcを固定された時間によって定める場合と比較して、インバータIVの出力電圧の位相を操作する状況下、スイッチング状態の実際の切替位相と位相指令θvによって指示されるスイッチング状態の切替位相との誤差の変動を低減することができる。
【0074】
以上説明した本実施形態によれば、先の第1の実施形態の上記(1)の効果に加えて、さらに以下の効果が得られるようになる。
【0075】
(2)インバータIVの操作状態の更新タイミングをモータジェネレータ10の回転角度周期で設定した。これにより、インバータIVの出力電圧の位相の誤差が電気角速度ωに起因して変動することを低減することができる。
<第3の実施形態>
以下、第3の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0076】
本実施形態では、電圧ベクトルV1〜V6のうち位相指令θv方向のベクトルVθvとのなす角度が最小となるものが切り替わるタイミングをモデル予測制御による操作状態の更新タイミングとする割り込み処理を行なう。
【0077】
図14に、本実施形態にかかる更新周期の切り替え処理の手順を示す。この処理は、たとえば所定周期でくり返し実行される。
【0078】
この一連の処理では、まずステップS70において矩形波フラグがオンとなっているか否かを判断する。そしてステップS70においてオンとなっている場合、ステップS72において、位相指令θv方向のベクトルVθvとのなす角度が最小となる電圧ベクトルが変化したか否かを判断する。そして、ステップS72において肯定判断される場合、ステップS74において、インバータIVの操作状態を更新する(電圧ベクトルV(n+1)を出力する)。なお、ステップS74の処理が完了する場合や、ステップS70,S72において否定判断される場合には、この一連の処理を一旦終了する。
【0079】
上記処理によれば、インバータIVの出力電圧の位相と位相指令θvとの誤差を十分に低減することができ、より正確な位相操作を行なうことができる。
【0080】
以上説明した本実施形態によれば、先の第1の実施形態の上記(1)の効果に加えて、さらに以下の効果が得られるようになる。
【0081】
(3)位相指令θvによってスイッチング状態の切替が指示されるタイミングを、インバータIVの操作状態の更新タイミングに含めた。これにより、操作量としての位相の精度を向上させることができることから、トルクフィードバック制御の制御性を向上させることができる。
<第4の実施形態>
以下、第4の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0082】
本実施形態では、矩形波制御の実行時において、予測電流ide(n+2),iqe(n+2)と指令電流idr,iqrとの差が許容範囲を超える場合、指令電流idr,iqrと、予測電流ide,iqeとの差がもっとも小さくなる操作状態を選択する。このため、本実施形態では、矩形波制御用の指令電流idr,iqrを設定する。すなわち、矩形波制御では、トルクフィードバック制御によるインバータIVの出力電圧の位相の操作に応じて弱め界磁制御がなされることとなる。そしてこの際の指令電流idr,iqrは、たとえば最小電流最大トルク制御等を実現すべく設定された指令電流設定部24の出力とは相違する。このため、矩形波制御時に流れる電流が正常であるか否かを判断するうえでは、矩形波制御用の指令電流が必要となる。そこで本実施形態では、矩形波制御時には、図15に示す処理によって指令電流idr,iqrを設定する。
【0083】
図15に、矩形波制御時の指令電流の設定処理の手順を示す。この処理は、たとえば所定周期でくり返し実行される。
【0084】
この一連の処理では、まずステップS80において、矩形波フラグがオンとなっているか否かを判断する。そしてステップS80において肯定判断される場合、ステップS82において、弱め界磁制御の磁束ノルム指令値Φfwcを以下の式(c6)にて算出する。
【0085】
【数1】


ここでは、ノルム目標値Nr、d軸正方向と鎖交磁束ベクトルとのなす角度θf(=arctan(Lqiq/(Ldid+φ)))を用いている。
【0086】
以下、この式の導出について説明する。
【0087】
モータジェネレータ10の端子電圧Vamは、誘起電圧Voおよび電流Iを用いると、電流の変動による影響を無視する場合、以下の式(c7)にて表現される。
Vam=Vo+RI …(c7)
上記の式(c7)は、d軸正方向と鎖交磁束ベクトルとのなす角度θf(=arctan(Lqiq/(Ldid+φ)))を用いて、以下の式(c8)となる。
【0088】
【数2】


ただし、上記の式(c8)において、モータジェネレータ10の正回転がプラス符号に対応し、逆回転がマイナス符号に対応する。
【0089】
上記の式(c8)を、誘起電圧Voについて解くと、以下の式(c9)を得る。
【0090】
【数3】

磁束ノルム指令値Φfwcは、「|ω|・Φfwc=Vo」に基づき上記の式(c9)を変形することで、上記の式(c6)にて表現される。ただし、上記の式(c6)においては、端子電圧Vamを、ノルム目標値Nrに代えている。ここで、ノルム目標値Nrは、電源電圧VDCに、「Mr・√(3/8)」を乗算したものである。ここでは、変調率指令値Mrを用いている。ここで、「Mr・√(3/8)」は、電圧利用率指令値である。電圧利用率は、変調率と同様、インバータIVの出力電圧ベクトルの大きさを定量化した物理量である。なお、変調率指令値Mrを、本実施形態では、矩形波制御の変調率である「1.27」とする。
【0091】
続くステップS84では、磁束ノルム指令値Φfwcと要求トルクTrとに基づき、指令電流idr,iqrをマップ演算する。これにより、指令電流idr,iqrは、変調率が矩形波制御の変調率と同一となる場合において要求トルクTrとするうえで要求される電流となる。
【0092】
なお、上記ステップS84の処理が完了する場合や、ステップS80において否定判断される場合には、この一連の処理を一旦終了する。
【0093】
図16に、実施形態にかかる上記評価手法の切り替え処理の手順を示す。この処理は、たとえば所定の時間周期(制御周期Tc)でくり返し実行される。なお、図16において、先の図7に示した処理に対応する処理については、便宜上同一のステップ番号を付している。
【0094】
この一連の処理では、ステップS42において肯定判断される場合、ステップS44aにおいて、矩形波フラグをオンとするとともに、予測電流ide(n+2),iqe(n+2)のみによって評価関数Jを算出する瞬時値評価に切り替える。これは、指令電流idr,iqrと予測電流ide,iqeとの差が許容範囲から外れるか否かを瞬時値によって評価するための設定である。
【0095】
続くステップS52の処理の後、ステップS54aにおいて、オフセット値Δがゼロ以外とされる場合の規定値Aを、要求トルクTrおよび電気角速度ωに応じて可変設定する。この規定値Aは、予測電流ide(n+2),iqe(n+2)と指令電流idr,iqrとの差についての許容上限値に設定される。ここで、要求トルクTrは、電流の絶対値と相関を有するパラメータである。このため、たとえ許容上限値が上記差を指令電流のベクトルノルムで除算した値(誤差割合)としては固定値である場合であっても、規定値Aは、要求トルクTrに応じて可変設定されることが望ましいこととなる。また、電気角速度ωは電流の変化速度と相関を有するパラメータである。このため、電気角速度ωに応じて規定値Aを可変設定することで、正常時において上記差が上記規定値Aを上回ることのない値を適切に設定することができる。なお、規定値Aは、予測電流ide(n+2),iqe(n+2)と指令電流idr,iqrとの差についての正常時における最大値以上となっている。この最大値は、トルクおよび電気角速度ωに応じて定まる動作点に応じて変化するため、この観点からも、規定値Aを、要求トルクTrおよび電気角速度ωに応じて可変設定することが望ましい。
【0096】
以上説明した本実施形態によれば、先の第1の実施形態の上記(1)の効果に加えて、さらに以下の効果が得られるようになる。
【0097】
(4)予測電流ide(n+2),iqe(n+2)と指令電流idr,iqrとの差が規定値A以下であることを条件に、位相指令θvによって定まる操作状態に決定した。これにより、モータジェネレータ10を流れる電流が指令電流idr,iqrから大きく乖離する事態を回避することができる。
<第5の実施形態>
以下、第5の実施形態について、先の第1の実施形態との相違点を中心に図面を参照しつつ説明する。
【0098】
図17に、本実施形態にかかるシステム構成を示す。なお、図17において、先の図1に示した処理に対応する処理については、便宜上同一の符号を付している。
【0099】
図示されるように、トルク/磁束予測部64では、予測電流ide,iqeに基づき、モータジェネレータ10の磁束ベクトルΦとトルクTとを予測する。ここで、磁束ベクトルΦ=(Φd、Φq)は、下記の式(c10)、(c11)にて予測され、トルクは、下記の式(c12)によって予測される。
【0100】
Φd=Ld・id+φ …(c10)
Φq=Lq・iq …(c11)
T=P(Φd・iq−Φq・id) …(c12)
一方、磁束マップ24aでは、要求トルクTrに基づき、指令磁束ベクトルΦrを設定する。ここで、指令磁束ベクトルΦrは、要求トルクTrを満たすもののうち、例えば最小の電流で最大のトルクが得られる最大トルク制御を実現する等の要求によって設定されるものである。
【0101】
操作状態決定部34aでは、評価関数Jに基づき最終的な操作状態を決定する。ここで、評価関数Jは、予測トルクTeと要求トルクTrとの差と、予測磁束ベクトルΦeと指令磁束ベクトルΦrとの各成分の差とに基づき定量化される。詳しくは、これらの差の2乗のそれぞれに重み係数a,bを乗算した値同士の和に基づき決定される。ここで、重み係数a,bは、トルクと磁束との大きさが相違することに鑑みたものである。すなわち例えば、トルクの数値の方が大きくなる単位設定をする場合、トルク偏差の方が大きくなりやすいため、重み係数a,bを用いない場合には、磁束の制御性が低い電圧ベクトルであっても評価がさほど低くならない等、デメリットが生じるおそれがある。このため、重み係数a、bを、評価関数Jの複数の入力パラメータの絶対値の大きさの相違を補償する手段として用いる。なお、トルクと磁束との関係式が「T=P×Ia×Φ×sin(θv−θi);Ia:電流振幅、θi:電流位相角」であることに鑑みれば、「a=1、b=|P×Ia×sin(θv−θi)|」とすることが望ましい。
【0102】
ここで、本実施形態では、過変調領域においては、評価関数Jの入力パラメータを、磁束予測部64によって予測された予測トルクTeと予測磁束Φde,Φqeのそれぞれを位相遅れ補償器66,68,70によってフィルタ処理したものへと切り替える。なお、変調率が小さい領域等では、セレクタ72,72,76の操作によって、評価関数Jの入力パラメータを、磁束予測部64によって予測された予測トルクTeと予測磁束Φde,Φqeとに切り替える。
【0103】
また矩形波制御は、評価関数Jにおけるオフセット値Δを操作することで行なうことができる。
<その他の実施形態>
なお、上記各実施形態は、以下のように変更して実施してもよい。
【0104】
「オフセット値Δの可変設定パラメータについて」
要求トルクTrおよび電気角速度ωに限らない。たとえばトルクと相関を有するパラメータとして、推定トルクや、モータジェネレータ10を流れる電流を用いてもよい。また、電流の変化速度をより正確に把握する上では、電気角速度ωに加えて電源電圧VDCを用いることが有効である。
【0105】
さらに、矩形波制御よりも小さい変調率において可変手段を適用するなら、変調率に応じて可変設定することも有効である。ここでの変調率は、制御量(トルク、電流等)の6次の変動量の大きさと相関を有するパラメータである。なお、この場合であっても、可変手段によって最高の評価となる操作状態によってインバータIVが操作される場合、可変手段は、インバータIVの出力電圧の位相を操作する手段となる。
【0106】
「可変手段について」
矩形波制御を行なう場合に限らないことについては、「オフセット値Δの可変設定パラメータについて」の欄に記載したとおりである。
【0107】
「位相設定手段について」
トルクフィードバック制御の操作量として位相を設定するものに限らない。たとえば、上記第4の実施形態における矩形波制御時の指令電流idr,iqrを、上記の式(c1)、(c2)において微分演算子pを削除したものに代入することで算出される電圧の位相とするものであってもよい。この場合、トルクの開ループ操作量として位相が操作されることとなる。
【0108】
「仮設定される操作状態について」
スイッチング状態の切り替え相数が「1」以下となるものに限らず、「2」以下となるものであってもよい。また、電圧ベクトルV0〜V7の全てであってもよい。
【0109】
「予測手段について」
次回の電圧ベクトルV(n+1)によって生じる制御量のみを予測するものに限らない。たとえば、数制御周期先の更新タイミングにおけるインバータIVの操作による制御量まで順次予測するものであってもよい。
【0110】
「決定手段について」
たとえば、上記第1の実施形態において、予測電流ide(n+2)と指令電流idr(n+2)との差と、予測電流iqe(n+2)と指令電流iqr(n+2)との差との加重平均処理値を、乖離度合いの評価対象とするパラメータとしてもよい。要は、乖離度合いが大きいほど評価が低くなることを定量化すべく、乖離度合いと評価との間に正または負の相関関係があるパラメータによって定量化すればよい。
【0111】
たとえば、制御量とその指令値との差を、制御量とその指令値との差を指令値で除算した値によって定量化するなら、制御量の絶対値にかかわらず、同一の大きさで同一の誤差(指令値に対する誤差の割合)を定量化することができる。このため、この場合には、オフセット値Δを固定値としたとしても、上記第4の実施形態に準じた効果をうることも可能となる。
【0112】
「制御量について」
指令値と予測値とに基づきインバータIVの操作を決定するために用いる制御量としては、トルクおよび磁束と、電流とのいずれかに限らない。例えば、トルクのみまたは磁束のみであってもよい。また例えば、トルクおよび電流であってもよい。ここで、制御量を電流以外とする場合等において、センサによる直接の検出対象を電流以外としてもよい。
【0113】
上記各実施形態では、回転機の究極の制御量(予測対象であるか否かにかかわらず、最終的に所望の量とされることが要求される制御量)を、トルクとしたが、これに限らず、例えば回転速度等としてもよい。
【0114】
「過変調制御について」
決定手段の入力パラメータとしての制御量とその指令値との差から制御量の高調波成分を低減する手段としては、予測電流ide,iqeの算出に用いる初期値となる実電流id,iqにローパスフィルタ処理を施すものに限らない。たとえば、実電流id,iqをハイパスフィルタ処理することで抽出される高周波成分を、制御量とその指令値との差から減算する手段であってもよい。
【0115】
また、決定手段の入力パラメータとしての制御量とその指令値との差から制御量の高調波成分を低減する手段を備えるものにも限らない。たとえば特開2011-019319号公報に記載されているように、制御量とその指令値との差を入力とする比例要素と、制御量とその指令値との差を入力とする積分要素とについて、それらの絶対値同士を加算したものによって評価関数を構成するものであってもよい。
【0116】
「回転機について」
3相回転機に限らない。たとえば5つの端子のそれぞれの巻線が互いに接続された5相回転機等、4相以上の回転機であってもよい。こうした場合であっても、各固定子に対応する電圧ベクトルの優先領域を、同電圧ベクトルの進角側および遅角側にそれぞれ「π/N:Nは相数」の角度の領域とすることが望ましい。
また、上記実施形態では、固定子巻線同士がスター結線されたものを想定したが、これに限らず、たとえばデルタ結線されたものであってもよい。この場合、回転機の端子に印加される電圧と相に印加される電圧とは相違するものの、各固定子に対応する電圧ベクトルの優先領域を、同電圧ベクトルの進角側および遅角側にそれぞれ「π/N:Nは相数」の角度の領域とすることが望ましいことには変わりない。
【0117】
回転機としては、埋め込み磁石同期機に限らず、表面磁石同期機や、界磁巻線型同期機等、任意の同期機であってよい。更に、同期機にも限らず、誘導モータ等、誘導回転機であってもよい。
【0118】
回転機としては、ハイブリッド車に搭載されるものに限らず、電気自動車に搭載されるものであってもよい。また、回転機としては車両の主機として用いられるものに限らない。
【0119】
「そのほか」
たとえばモデル予測制御において、変調率が規定値以上となることで従来の矩形波制御を行なってもよい。
【0120】
直流電圧源としては、高電圧バッテリ12に限らず、例えば高電圧バッテリ12の電圧を昇圧するコンバータの出力端子であってもよい。
【符号の説明】
【0121】
10…モータジェネレータ、12…高電圧バッテリ(直流電圧源の一実施形態)、14…制御装置(回転機の制御装置の一実施形態)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直流電圧源の正極および負極のそれぞれに回転機の端子を選択的に接続するスイッチング素子を備える直流交流変換回路について、該直流交流変換回路のスイッチング素子をオン・オフ操作することで前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルク、および前記回転機の磁束の少なくとも1つを有した制御量を制御する回転機の制御装置において、
固定座標系における電圧ベクトルにて表現される前記直流交流変換回路の操作状態を仮設定した場合の前記制御量を予測する予測手段と、
該予測手段によって予測される制御量に基づき、該予測される制御量に対応する操作状態を評価し、評価の高い操作状態を前記直流交流変換回路の操作状態として決定する決定手段と、
該決定された操作状態となるように前記直流交流変換回路を操作する操作手段と、
前記決定手段が前記決定を行なうために前記操作状態を評価するに際し、特定の操作状態の評価を高くして且つ、該評価を高くする操作状態を前記回転機の回転角度に応じて可変設定する可変手段とを備えることを特徴とする回転機の制御装置。
【請求項2】
前記可変手段によって最も評価が高くされる操作状態に従って前記直流交流変換回路が操作される場合、前記回転機の各端子が前記回転機の1電気角周期の間に前記直流電圧源の正極および負極のそれぞれに1度ずつ接続される矩形波制御となることを特徴とする請求項1記載の回転機の制御装置。
【請求項3】
前記決定手段は、前記評価が最も高かった操作状態を前記直流交流変換回路の操作状態に決定するものであり、
前記可変手段は、前記特定の操作状態に対応する前記予測される制御量とその指令値との差が規定値以下である場合、前記特定の操作状態の評価を最も高くするものであることを特徴とする請求項1または2記載の回転機の制御装置。
【請求項4】
前記規定値は、前記回転機を流れる電流、前記回転機のトルクおよび前記回転機の回転速度の少なくとも1つを入力として可変設定されることを特徴とする請求項3記載の回転機の制御装置。
【請求項5】
前記決定手段は、前記予測される制御量とその指令値との差が小さいほど評価を高くするものであり、
前記可変手段は、前記特定の操作状態以外の操作状態に対応する前記差の絶対値から前記特定の操作状態に対応する前記差の絶対値を減算した相対誤差が前記規定値だけ増加補正されたものを前記決定手段による評価にゆだねることを特徴とする請求項3または4記載の回転機の制御装置。
【請求項6】
前記制御量を制御するための操作量として、前記直流交流変換回路の出力電圧ベクトルの位相を設定する位相設定手段をさらに備え、
前記可変手段は、前記直流交流変換回路の操作状態のうち前記位相設定手段によって設定される位相から定まるものの評価を高くすることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の回転機の制御装置。
【請求項7】
前記可変手段は、前記回転機の相数で前記回転機の1電気角周期の「1/2」を除算した角度領域毎に、前記評価を高くする操作状態を可変設定することを特徴とする請求項6記載の回転機の制御装置。
【請求項8】
前記位相設定手段は、前記回転機のトルクをその指令値にフィードバック制御するための操作量として前記位相を操作することを特徴とする請求項6または7記載の回転機の制御装置。
【請求項9】
前記操作手段は、前記可変手段による可変設定がなされる場合、前記操作状態の更新タイミングを前記回転機の回転角度周期で設定することを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項に記載の回転機の制御装置。
【請求項10】
前記操作手段は、前記位相設定手段による位相の設定がなされる場合、前記操作状態の更新タイミングとして、前記設定される位相によって指示される操作状態の変更タイミングを含めることを特徴とする請求項6〜8のいずれか1項に記載の回転機の制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−253943(P2012−253943A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125532(P2011−125532)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000004260)株式会社デンソー (27,639)
【Fターム(参考)】