説明

摩擦係合部の温度に基づいて前後輪間摩擦制動力配分を変更する車輌

【課題】自動車等の車輌の摩擦制動装置の摩擦係合部の温度がフェードを生ずるような温度に上昇することがあるとしても、各車輪に於ける摩擦係合部の間に温度差が生じていれば、まずそうなるのは、最も大きな温度上昇を生じている摩擦係合部のみのであり、その他の車輪の摩擦係合部には尚まだ温度上昇に余裕があることに着目して摩擦制動装置の耐負荷性能を向上させる。
【解決手段】前輪摩擦制動手段または後輪摩擦制動手段のいずれか一方の摩擦係合部の温度が限界値を越えたとき、摩擦係合部の温度が限界値を越えた前輪側または後輪側の摩擦制動手段の制動力の一部を前後反対側の摩擦制動手段へ移転させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦制動装置を備えた自動車等の車輌に係り、特に摩擦制動装置の摩擦係合部の過熱による制動力低下(フェード)に対処することに係わる。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車輌に於ける摩擦制動装置はその過熱の度合が或る限度を越えて進行すると制動力が低下してくる。これはフェードと称されている。下記の特許文献1には、摩擦制動装置に於けるブレーキパッドの温度を正確に推定し、制動力の変化がなく最適なブレーキ制御を可能とするよう、制動時の制動速度に応じたブレーキパッドの温度上昇を算出する第一の温度算出手段と、制動時の制動力と車輪速度に応じてブレーキパッドの温度上昇を算出する第二の温度算出手段とを設け、これら2つの温度算出手段に基づいてブレーキパッドの温度を推定することが記載されている。一方、下記の特許文献2には、各輪に対し摩擦制動装置と回生制動装置とを備えた車輌に於いて、各輪の摩擦制動装置に於けるブレーキパッドの温度を推定し、推定されたブレーキパッドの温度に基づいて摩擦制動と回生制動の間の配分を制御することが記載されている。また下記の特許文献3には、ブレーキペダルのアーム部に設けられた踏力検出センサにより検出された踏力情報と摩擦制動装置の回転部と非回転部との間に作用する摩擦力を検知する第二のセンサの出力との対比からフェード等の摩擦制動装置の作動不良を判定し、摩擦制動装置の作動不良時には補助制動装置を作動させることが記載されている。また下記の特許文献4には、ブレーキロータに押し付けられる摩擦材の温度に基づいて制動力発生機構の制動力発生効率の低下又はその虞を判定し、或いは制動力発生機構の作動状況に基づいて摩擦材の温度を推定することが記載されている。
【特許文献1】特開平7-156780
【特許文献2】特開2005-14692
【特許文献3】特開2000-289593
【特許文献4】特開2001-39280
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
自動車等の車輌の制動に当っての前後輪間の制動力の配分は、一般に主として制動時の車輌の走行安定性を確保する観点から最適となるよう定められている。しかし、車輌の運行に於ける制動の態様は多様に変化するので、走行安定性確保の観点からの制動力の前後輪間配分は、必ずしも制動時に前輪摩擦制動装置の摩擦係合部と後輪摩擦制動装置の摩擦係合部に同一の温度上昇をもたらすものではなく、同一の設計による車輌であっても時と場合によって前輪摩擦制動装置の摩擦係合部の温度上昇と後輪摩擦制動装置の摩擦係合部の温度上昇との間にはかなりの相違が生ずることが考えられる。かかる前輪摩擦制動装置の摩擦係合部と後輪摩擦制動装置の摩擦係合部の間の温度差は、両者の温度がいずれもフェードの如き摩擦制動装置の作動不良を生ずる虞のない温度範囲内にあれば、特に何ら問題とはならないと考えられる。
【0004】
一方、摩擦制動装置の摩擦係合部の温度がフェードの如き作動不良を生ずる温度に近づくことがあるとしても、各車輪に対する摩擦制動装置の摩擦係合部の間に温度差が生じていれば、まずそのような状態となるのは、最も大きな温度上昇を生じている摩擦制動装置の摩擦係合部のみであり、その他の摩擦制動装置の摩擦係合部には尚まだ温度上昇に余裕があるということになる。
【0005】
本発明は、上記の事項と、左右を含めた前輪摩擦制動装置と左右を含めた後輪摩擦制動装置の間であれば、その間に制動力の一部を一時的に移転しても車輌の走行安定性確保の観点からさして問題とはならないことに着目し、車輌の摩擦制動装置の耐負荷性能を改善することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するものとして、本発明は、前輪を制動する前輪摩擦制動手段と、後輪を制動する後輪摩擦制動手段とを有し、前輪摩擦制動手段または後輪摩擦制動手段のいずれか一方の摩擦係合部の温度がそれについて定められた限界値を越えたとき、摩擦係合部の温度が該限界値を越えた前輪側または後輪側の摩擦制動手段の制動力の一部を前後反対側の摩擦制動手段へ移転するようになっていることを特徴とする車輌を提案するものである。
【0007】
前記限界値は該摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれ以上に上昇すると制動力の低下を生ずる虞のある温度領域の下限値であってよい
【0008】
前記の制動力一部移転は一旦開始されると該摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が前記限界値より低い値に設定された所定の移転終了温度に低下するまで行われるようになっていてよい。
【0009】
前輪摩擦制動手段と後輪摩擦制動手段の間の前記の制動力一部移転はその実行中に制動力一部移転を受ける側の摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたときには中止されるようになっていてよい。
【0010】
前輪および後輪はそれぞれ左右にあり、前輪摩擦制動手段は左右の前輪に対しそれぞれ分かれて設けられており、後輪摩擦制動手段は左右の後輪に対しそれぞれ分かれて設けられており、左前輪または右前輪のいずれかに対する摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたとき前輪摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が該摩擦係合部について定められた前記限界値を越えたと判断され、また左後輪または右後輪のいずれかに対する摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたとき後輪摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が該摩擦係合部について定められた前記限界値を越えたと判断されるようになっていてよい。
【0011】
前記の制動力一部移転は車速が所定値以上であること、または車輌に作用する横加速度ないしそれと同等の車輌運行パラメータの値がそれについて定められた所定値以下であること、のいずれか一方または両方を条件として行われるようになっていてよい。
【発明の効果】
【0012】
上記の如く、前輪を制動する前輪摩擦制動手段と、後輪を制動する後輪摩擦制動手段とを有する車輌に於いて、前輪摩擦制動手段または後輪摩擦制動手段のいずれか一方の摩擦係合部の温度がそれについて定められた限界値を越えたとき、摩擦係合部の温度が該限界値を越えた前輪側または後輪側の摩擦制動手段の制動力の一部を前後反対側の摩擦制動手段へ移転するようになっていれば、左右の前輪または左右の後輪のいずれかの摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が最初にフェードの如き摩擦制動手段の作動不良を生ずる虞の或る温度を越えたとしても、各車輪に対する摩擦制動装置の摩擦係合部の間に温度差があれば、他の車輪の摩擦制動手段の摩擦係合部には尚まだ温度上昇に余地があることになるので、その時点で限界温度に達した摩擦制動手段より制動力の一部を他の摩擦制動手段へ移転する(即ち、一方の摩擦制動手段の制動力を減らしてその分に相当するだけ他方の摩擦制動手段の制動力を上げる)ことにより、いずれの摩擦制動手段の摩擦係合部も所定の限界温度を越えないようにすることができる。この場合、制動力の一部移転が左右の前輪および左右の後輪をそれぞれ一組として前後輪間にて行われれば、全体としての制動力には変化がなく、また左右の車輪間に制動力が移転することはないので、車輌の制動性および走行安定性が損なわれることはない。
【0013】
前記限界値が、該摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれ以上に上昇すると制動力の低下を生ずる虞のある温度領域の下限値とされていれば、摩擦制動手段にその摩擦係合部の温度上昇による制動力の低下をきたすような状態が生ずることを回避することができる。
【0014】
前記の制動力一部移転が、一旦開始されると該摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が前記限界値より低い値に設定された所定の移転終了温度に低下するまで行われるようになっていれば、移転終了温度を適当に設定することにより、かかる温度限定制御に適当なヒステリシスを与え、安定した制御を行わせることができる。
【0015】
前輪摩擦制動手段と後輪摩擦制動手段の間の前記の制動力一部移転が、その実行中に制動力一部移転を受ける側の摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたときには中止されるようになっていれば、制動力一部移転を受ける側の摩擦制動手段が制動力増大に伴ってその摩擦係合部に限界値を越える温度上昇をきたすことを防止することができる。
【0016】
車輌の前輪および後輪はそれぞれ左右があるが、前輪摩擦制動手段が左右の前輪に対しそれぞれ分かれて設けられており、後輪摩擦制動手段が左右の後輪に対しそれぞれ分かれて設けられている場合に、左前輪または右前輪のいずれかに対する摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたとき前輪摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が該摩擦係合部について定められた前記限界値を越えたと判断され、また左後輪または右後輪のいずれかに対する摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたとき後輪摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が該摩擦係合部について定められた前記限界値を越えたと判断されるようになっていれば、前輪および後輪のそれぞれについて左右の車輪のいずれか一方に対する摩擦制動手段の摩擦係合部に前記限界値を越える温度上昇が生じたとき、左右の車輪のいずれに対しても適切に対処することができる。
【0017】
前記の制動力一部移転は、車輌が概略40km/h以下であるような比較的低速にて走行しているとき行なわれると、制動フィーリングが損なわれる虞れがある。そこで、前記の制動力一部移転は車速が所定値以上であることを条件として行われるようになっていれば、そのような問題を回避することができる。また、低速にての走行中には制動装置にフェードが生ずる可能性も低いので、前記の制動力一部移転は必要ないと考えられる。
【0018】
同様に、前記の制動力一部移転が、車輌に作用する横加速度ないしそれと同等の車輌運行パラメータの値がそれについて定められた所定値以下であることを条件として行われるようになっていれば、車輌がある速度以上の車速にて旋回中であるときの制動時あるいは直進走行中であっても或る強さ以上の横風うを受けているような状態で制動されたとき、前後輪間に制動力が移転することにより車輌に不意のヨーモーメントが作用して走行不安定を生ずるような事態を回避することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
図1は、本発明による車輌の一つの実施の形態を発明の要部をなす制動装置の油圧回路の構成をについて示す概略図である。
【0020】
図1に示す油圧回路10に於いて、12はブレーキペダルであり、運転者によるブレーキペダル踏み込み操作に応じてマスタシリンダ14よりブレーキオイルが圧送されるようになっている。ブレーキペダル12とマスタシリンダ14との間にはドライストロークシミュレータ16が設けられている。
【0021】
マスタシリンダ14は第一のマスタシリンダ室14Aと第二のマスタシリンダ室14Bとを有し、これらのマスタシリンダ室にはそれぞれ左前輪用のブレーキ油圧供給導管18Lおよび右前輪用のブレーキ油圧供給導管18Rの一端が接続されている。ブレーキ油圧供給導管18Lおよび18Rの他端にはそれぞれ左前輪および右前輪に制動力を付与するホイールシリンダ20FLおよび20FRが接続されている。
【0022】
ブレーキ油圧供給導管18Lおよび18Rの途中にはそれぞれ常開型の電磁開閉弁22Lおよび22Rが設けられ、それぞれマスタシリンダ室14Aおよびマスタシリンダ室14Bと左前輪および右前輪のホイールシリンダ20FLおよび20FRとの連通を制御するようになっている。尚、図示の油圧回路では、ブレーキペダルの踏み込みにより直接的に制動されるのは左前輪と右前輪であり、左後輪および右後輪のホイールシリンダ20RLおよび20RRは後述のオイルポンプを油圧源とする自動油圧制御系を経て油圧を供給されるようになっている。マスタシリンダ室14Aと電磁開閉弁22Lの間のブレーキ油圧供給導管18Lには常閉型の電磁開閉弁24を介してウェットストロークシミュレータ26が接続されている。
【0023】
マスタシリンダ14にはリザーバ28が接続されており、リザーバ28には油供給導管30の一端が接続されており、その他端には電動機32により駆動されるオイルポンプ34が接続されている。オイルポンプ34の吐出側に接続された油圧供給導管36には高圧の油圧を蓄圧するアキュムレータ38が接続されている。リザーバ28、オイルポンプ34、アキュムレータ38は後述の如くマイクロコンピュータにより制御されてホイールシリンダ20FL、20FR、20RL、20RRに油圧を供給する油圧源を構成している。尚、図には示されていないが、オイルポンプ34の吐出側の油圧供給導管36と吸入側の油供給導管30とを接続する導管が設けられ、該導管の途中にはアキュムレータ38内の圧力が基準値を越えた場合に開弁しオイルポンプ34の吐出側より吸入側へオイルを戻すリリーフ弁が設けられている。
【0024】
オイルポンプ34の吐出側の油圧供給導管36は、常閉型の電磁開閉弁40FL,40FRと導管42FL,42FRとブレーキ油圧供給導管18L,18Rの常開型電磁開閉弁22L,22Rより下流側の部分を経て左前輪および右前輪のホイールシリンダ20FL,20FRに接続されており、また常閉型の電磁開閉弁40RL,40RRと導管44RL,44RRを経て左後輪および右後輪のホイールシリンダ20RL,20RRに接続されている。一方、ホイールシリンダ20FL,20FR,20RL,20RRは、常閉型の電磁開閉弁46FL,46FR,46RL,46RRを経て戻り導管48に接続されており、オイルポンプ34の吸入側およびリザーバ28へ向けてオイルを排出できるようになっている。
【0025】
車輌の非制動運転時には、電磁開閉弁22L,22Rが開いており、電磁開閉弁40FL,40FR,40RL,40RRおよび電磁開閉弁46FL,46FR,46RL,46RRが閉じられている。ブレーキペダルが踏まれると、電磁開閉弁22L,22Rが閉じられ、またブレーキペダルの踏込みの度合に応じて電磁開閉弁40FL,40FR,40RL,40RRおよび電磁開閉弁46FL,46FR,46RL,46RRの開閉が後述のマイクロコンピュータにより制御され、ホイールシリンダ20FL,20FR,20RL,20RRの各々に於ける油圧は、電磁開閉弁46FL,46FR,46RL,46RRが閉じられていて、電磁開閉弁40FL,40FR,40RL,40RRが開かれるとき昇圧し、逆に電磁開閉弁40FL,40FR,40RL,40RRが閉じられていて、電磁開閉弁46FL,46FR,46RL,46RRが開かれるとき低下する。かかる制御の過程に於いて、各車輪への制動力の配分が制御される。その他に、車輌がアンチロックブレーキシステム(ABS)や車輌走行安定制御システム(VSC)等を備えているときには、電磁開閉弁40FL,40FR,40RL,40RRおよび46FL,46FR,46RL,46RRは更にそのためにマイクロコンピュータによる制御の下に開閉される。但し、これらの事項はすべてこの技術の分野に於いては公知である。
【0026】
ホイールシリンダ20FL,20FR,20RL,20RRの各々は、それに油圧が供給されると、ブレーキパッドにて内張りされたブレーキシュー50FL,50FR,50RL,50RRをブレーキディスク52FL,52FR,52RL,52RRに対し押し付け、対応する車輪を制動する。ホイールシリンダ20FL,20FR,20RL,20RRの各々に於ける作動油圧(ブレーキ油圧)は、油圧センサ54FL,54FR,54RL,54RRにより検出されるようになっている。尚、油圧センサとしては、他にマスタシリンダ室14Aおよび14Bにて加圧された油圧を検出する油圧センサ56L,56Rおよびオイルポンプ34の吐出圧を検出する油圧センサ58が設けられている。また図1には示されていないが、ブレーキシュー50FL,50FR,50RL,50RRにはそのパッド部の温度を検出するパッド温度センサが組み込まれている。60はブレーキペダルの踏込みストロークを検出するストロークセンサである。
【0027】
図2は、図1の制動油圧回路に対する制御装置を示すブロック図である。図示のマイクロコンピュータ62は、図1の制動油圧回路の制御を行うためだけでなく、種々のセンサより信号供給され、上記のABSやVSCを含む車輌の種々のコンピュータ制御を行うために設けられているものであるが、図1の制動油圧回路の制御に関しては、上記の油圧センサ54FL〜54RR、56L,56R、58、ストロークセンサ60からの信号の他に、車速センサ64、ヨーレートセンサ66、横加速度センサ68.車輪速センサ70FL〜70RR、および上記のブレーキシュー50FL〜50RRのパッド部の温度を検出するパッド温度センサ72FL,72FR,72RL,72RR等よりそれぞれの情報を示す信号が供給され、駆動回路74を経て電動機32のオンオフおよび電磁開閉弁22L,22R、40FL〜40RR、46FL〜46RRの開閉を制御するようになっている。
【0028】
図3は、図1に示す油圧回路を図2に示す制御装置にて作動させて本発明による車輌の制動制御を実行する要領の一例を示すフローチャートである。かかるフローチャートに沿った制御は、車輌の運行中、数10〜数100ミリセカンドの周期にて繰り返されてよい。
【0029】
制御が開始されると、ステップ10に於いて、左右の前輪および左右の後輪に於けるブレーキパッドの温度Tbsi (i=fl,fr,rl,rr)が検出される。このパッドの温度は上記のパッド温度センサ72FL〜72RR等によって直接測定されるのが最も正確であるが、制動装置の作動に関する種々のパラメータに基づいて推定されてもよい。
【0030】
次いで、制御はステップ30へ進み、車速Vが所定値Vm以上であるか否かが判断される。この所定値Vmは、車輌がそれ以下の車速にて走行しているときには本発明による制動力の前後配分変更制御を行わないようにするための車速値であり、例えば40km/h程度の値とされてよい。答がノー(N)の時には、制御はそのまま後述のステップ160へ進み、制動力前後配分変更制御を行うことなく通常通りの制動制御が実行される。車速がVmを越えておらず、答がイエス(Y)であるときには、制御はステップ30へ進む。
【0031】
ステップ30に於いては、車速Vと車体のヨーレートγの積によって表される車体に作用する横加速度が所定値Gm以上であるか否かが判断される。この所定値Gmもまた車輌にこの値以上の横加速度が作用している状態では車輌の走行安定性維持のため本発明による制動力の前後配分変更制御を行わないようにするための横加速度の値である。車速Vと車体のヨーレートγの積に代えて横加速度センサの検出値が用いられてもよい。答がイエスであれば、制御はそのまま後述のステップ160へ進む。答がノーであれば制御はステップ40へ進む。
【0032】
ステップ40に於いては、ステップ10にて検出または推定された左右の前輪に於けるブレーキパッド温度TbsflとTbsfrのうちの高い方をTbsfとし、またTbsrlとTbsrrのうちの高い方をTbsrとする演算が行われる。次いで制御はステップ50へ進む。
【0033】
ステップ50に於いては、フラグSfが1であるか否かが判断される。フラグS1は制御の開始時に0にリセットされ、制御が後述のステップ180に至ったとき1にセットされるものであるので、それまで差し当たり答はノーであり、その間制御はステップを60へ進む。
【0034】
ステップ60に於いては、ステップ40にて算出されたTsbf、即ち左右の前輪に於けるブレーキパッドの温度の高い方の温度がそれに対して設定された所定の限界値Tmf1以上であるか否かが判断される。この限界値Tmf1は、左右の前輪に於けるブレーキパッドの温度がそれ以上に上昇すると制動力の低下を生ずる虞のある温度領域の下限値である。答がノーであれば、制御はステップ70へ進む。答がイエスの場合については後述する。
【0035】
ステップ70に於いては、他の一つのフラグSrが1であるか否かが判断される。このフラグSrもまた制御の開始時に0にリセットされ、制御が後述のステップ90に至ったとき1にセットされるものであり、それまで答はノーである。従って、一先ず制御はステップ80へ進む。
【0036】
ステップ80に於いては、ステップ40にて算出されたTsbr、即ち左右の後輪に於けるブレーキパッドの温度の高い方の温度がそれに対して設定された所定の限界値Tmr1以上であるか否かが判断される。この限界値Tmr1は、左右の後輪に於けるブレーキパッドの温度がそれ以上に上昇すると制動力の低下を生ずる虞のある温度領域の下限値である。答がノーのとき、即ち前輪に於いても後輪に於いてもブレーキパッドの温度上昇に関して問題がないときには、制御はステップ160へ進み、本発明による制動力の前後配分変更制御を行うことなく、そのまま制動制御が実行される。しかし、左右いずれかの後輪に於いてブレーキパッドに限界値を越える温度上昇が生じており、ステップ80の答がイエスとなったときには、制御はステップ90へ進む。
【0037】
ステップ90に於いてはフラグSrが1にセットされる。これによってそれ以後、制御がステップ70に至ったときには、制御はステップ80へ進むことなく、即ち後輪のブレーキパッドの温度について再度のチェックを行うことなく以下のステップ100以降の制御を行う。
【0038】
ステップ100に於いては、ステップを60に於ける判断と同じである左右の前輪に於けるブレーキパッドの温度の高い方の温度がそれに対して設定された所定の限界値Tmf1以上であるか否かの判断が再度なされる。これは当初左右の前輪に於けるブレーキパッドの温度が高くなっていなくても、ステップ100以下のステップによる後輪摩擦制動手段より前輪摩擦制動手段への制動力の一部移転が行われた結果、前輪に於けるブレーキパッドの温度が限界値を越えて上昇することがあることに対処するものである。ステップ100の答がノーである限り制御はステップ110へ進む。答がイエスとときについては後述する。
【0039】
ステップ110に於いては、後輪に於けるブレーキパッドの温度Tbsrが所定値Tmr2以上であるか否かが判断される。この所定値Tmr2は、上記の限界値Tmr1より低い値に設定された値であり、制動力一部移転制御が一旦開始されたときには、それによって後輪に於けるブレーキパッドの温度Tbsrが限界値Tmr1以下に下がっても直ちに制御は中止せず、制御に或るヒステリシスを与えて制御の安定性を確保するためのものである。従って、後輪の摩擦制動手段より前輪の摩擦制動手段へ制動力の一部を移転する制御が一旦開始されると、後輪に於けるブレーキパッドの温度TbsrがTmr2に下がるまで、即ちステップ110の答がイエスである間は、制御はステップ120へ進む。ステップ110の答がノーとなったときについては後述する。
【0040】
ステップ120に於いては、後輪ブレーキパッドの温度を低減すべき温度低減量ΔTbsrがTbsrとTmr2の差として算出される。
【0041】
次いでステップ130に於いて、後輪ブレーキパッドの温度をΔTbsrだけ下げるために後輪に対する摩擦制動手段の制動力を下げるべき制動力低減量ΔFrが、この例では、ΔTbsrだけでなく、その時点に於ける後輪制動力Fr、車速V、外気温Taを変数とする関数βfr(Fr,V,Ta,ΔTbsr)の値として算出される。尚、かかる関数値は各変数に対する適当なマップとして準備され、それを参照することにより求められるようになっていてよい。
【0042】
次いでステップ140に於いて、後輪に於ける制動力をΔFrだけ低減させるために後輪制動油圧が低減されるべき油圧低減量ΔPrの値がΔFrを変数とする関数βpr(ΔFr)の値として算出される。これもまたΔFrに対する適当なマップとして準備され、それを参照することにより求められるようになっていてよい。
【0043】
そしてまたステップ150に於いて、後輪に於ける制動力低減量ΔFrの分だけ前輪に於ける制動力を増大させるために前輪制動油圧が増大されるべき油圧増大量ΔPfの値がΔFrを変数とする関数βpf(ΔFr)の値として算出される。これもまたΔFrに対する適当なマップとして準備され、それを参照することにより求められるようになっていてよい。
【0044】
以上の如き前後輪間での制動力配分の変更を行った後、ステップ160に於いて制動制御が実行される。
【0045】
かかる後輪側より前輪側への制動力の一部を移転制御は、それによって前輪のブレーキパッド温度Tbsfが限界値Tmf1を越えて上昇することにならない限り,後輪のブレーキパッド温度TbsrがTmr2まで下がるまで続けられる。そして、かかる後輪側より前輪側への制動力の一部を移転により後輪に於ける制動負荷が低減され、後輪のブレーキパッドの温度TbsrがTmr2まで下がると、そこでステップ110の答はイエスからノーに転ずるので、その時点で制御はステップ170へ進む。ここで後輪制動油圧低減量ΔPrおよび前輪制動油圧増大量ΔPfはいずれも0にリセットされ、また後輪側より前輪側への制動力一部移転制御が実行中であることを示すフラグSrも0にリセットされる。
【0046】
また後輪側より前輪側への制動力一部移転制御の途中に於いて,前輪のブレーキパッド温度TbsfがTmf1を越えて上昇する事態が生ずると、そのことはステップ100の答がノーからイエスに転ずることにより検出される。かかる事態が生じたときには、その時点で動力一部移転制御は中止される。
【0047】
前輪のブレーキパッド温度がその限界値を越えたときには、ステップ60の答がイエスとなり、これより制御はステップ180へ進み、フラグSfが1 にセットされる。これ以後,制御はステップを50よりステップ60へ進むことなくステップ180へ進む。
【0048】
次いでステップを190に於いて、後輪に於けるブレーキパッドの温度Tbsrがその限界値Tmr1を越えていないか否かがチェックされる。これはステップ100について説明したと同様に、前輪側より後輪側への制動力一部移転により後輪のブレーキパッド温度が限界値を越えることとならないようにするためのチェックである共に、前輪ブレーキパッドの温度と後輪ブレーキパッドの温度とが同時にそれぞれの限界値を越えたとき、即ちまだフラグSfが0である状態にて制御がステップ60へ進み、ここで答が初めてイエスとなり、制御がステップ190へ初めて進んだとき、ステップ190の答もイエスとなったときをもチェックするものであり、換言すれば、前輪および後輪に於いてブレーキパッドの温度が同時に限界値を越えたときには,前後輪間での制動力の移転は行わないことを示すものである。
【0049】
ステップ190よりステップ250に至る制御は、上記のステップ100よりステップ170について後輪側より前輪側へ制動力を一部移転することについて説明した制御と同様の要領にて、前輪側より後輪側へ制動力の一部を移転するものである。図示のフローチャートに於いて、温度、制動力、油圧を表すT、F,Pの文字に付されたサフィックスに於けるfおよびrはそれぞれ前輪および後輪に係るものであることを示しており、上記のステップ100〜170による後輪側より前輪側への制動力一部移転制御の説明から、ステップ190〜250による前輪側より後輪側への制動力一部移転制御の要領は明らかであると思われるので、これについての重複的説明は明細書の冗長化を避けるため省略する。
【0050】
以上に於いては本発明を一つの実施の形態について詳細に説明したが、かかる実施の形態について本発明の範囲内にて種々の変更が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明による車輌に於ける制動装置の油圧回路の構成の一例を示す概略図。
【図2】図1の制動油圧回路に対する制御装置を示すブロック図。
【図3】本発明による車輌に於いて行われる前後輪間の制動力一部移転制御の一例を示すフローチャート。
【符号の説明】
【0052】
10…油圧回路、12…ブレーキペダル、14…マスタシリンダ、14A,14B…マスタシリンダ室、16…ドライストロークシミュレータ、18L,18R…ブレーキ油圧供給導管、20FL〜20RR…ホイールシリンダ、22L,22R…常開型電磁開閉弁、24…常閉型電磁開閉弁、26…ウェットストロークシミュレータ、28…リザーバ、30…油供給導管、32…電動機、34…オイルポンプ、36…油圧供給導管、38…アキュムレータ、40FL〜40RR…常閉型電磁開閉弁、42FL,42…導管、44RL,44RR…導管、46FL〜46RR…常閉型電磁開閉弁、48…戻り導管、50FL〜50RR…ブレーキシュー、52FL〜52RR…ブレーキディスク、54FL〜54RR…油圧センサ、56L,56R…油圧センサ、58…油圧センサ、60…ストロークセンサ、62…マイクロコンピュータ、64…車速センサ、66…ヨーレートセンサ、68…横加速度センサ、70FL〜70RR…車輪速センサ、72FL〜72RR…ブレーキパッド温度センサ、74…駆動回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前輪を制動する前輪摩擦制動手段と、後輪を制動する後輪摩擦制動手段とを有し、前輪摩擦制動手段または後輪摩擦制動手段のいずれか一方の摩擦係合部の温度がそれについて定められた限界値を越えたとき、摩擦係合部の温度が該限界値を越えた前輪側または後輪側の摩擦制動手段の制動力の一部を前後反対側の摩擦制動手段へ移転するようになっていることを特徴とする車輌。
【請求項2】
前記限界値は該摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれ以上に上昇すると制動力の低下を生ずる虞のある温度領域の下限値であることを特徴とする請求項1に記載の車輌。
【請求項3】
前記の制動力一部移転は一旦開始されると該摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が前記限界値より低い値に設定された所定の移転終了温度に低下するまで行われるようになっていることを特徴とする請求項1または2に記載の車輌。
【請求項4】
前輪摩擦制動手段と後輪摩擦制動手段の間の前記の制動力一部移転はその実行中に制動力一部移転を受ける側の摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたときには中止されるようになっていることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の車輌。
【請求項5】
前輪および後輪はそれぞれ左右にあり、前輪摩擦制動手段は左右の前輪に対しそれぞれ分かれて設けられており、後輪摩擦制動手段は左右の後輪に対しそれぞれ分かれて設けられており、左前輪または右前輪のいずれかに対する摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたとき前輪摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が該摩擦係合部について定められた前記限界値を越えたと判断され、また左後輪または右後輪のいずれかに対する摩擦制動手段の摩擦係合部の温度がそれについて定められた前記限界値を越えたとき後輪摩擦制動手段の摩擦係合部の温度が該摩擦係合部について定められた前記限界値を越えたと判断されるようになっていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の車輌。
【請求項6】
前記の制動力一部移転は車速が所定値以上であることを条件として行われるようになっていることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の車輌。
【請求項7】
前記の制動力一部移転は車輌に作用する横加速度ないしそれと同等の車輌運行パラメータの値がそれについて定められた所定値以下であることを条件として行われるようになっていることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の車輌。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−179272(P2008−179272A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−14894(P2007−14894)
【出願日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】