説明

有機半導体単結晶形成方法及び有機半導体デバイス

【課題】基板上の任意の位置に任意の向きの有機半導体単結晶を形成する。
【解決手段】親液性であって、結晶成長の方向を規制する形状(長方形など)を有する領域内に置かれた有機半導体に対して溶媒蒸気アニールを行うことにより、当該領域内に所定の方向に整列した有機半導体単結晶を成長させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は任意の位置に任意の向きの有機半導体の単結晶を形成する方法及びそのようにして形成された有機半導体単結晶を使用したデバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
安価で手軽な塗布プロセスによって形成できる有機半導体デバイスは、その軽さや薄さ、柔軟性を活かした新しいアプリケーションが期待されている。一方で、一般的な有機薄膜では主にグレインバウンダリー中に高密度のトラップ準位が内在し、キャリア輸送の妨げとなっている。高品質な有機半導体単結晶を電子デバイスに使用することで、多結晶有機薄膜と比較して格段にデバイス特性を改善することができる。その一方で、有機単結晶を電子デバイスに用いるためには、その位置と方位を制御できる方法を開発する必要があった。本願発明者はこれまでにも、基板上の所定の位置に有機薄膜を自己形成する方法(非特許文献1(基板表面を親液・撥液領域にパターニングすることで、選択領域のみに塗布有機薄膜を成長させることに関する)、非特許文献2(非特許文献1の選択的塗布法をプラスチック基板上で行うことでフレキシブルな有機FETアレイを作製することに関する)、非特許文献3(領域選択的な塗布技術によってゲート電極、ソース・ドレイン電極、有機半導体のすべてを形成することでオール溶液プロセスによる有機デバイスの作製を可能とすることに関する))、および有機半導体単結晶を基板上に直接形成する方法(非特許文献4(溶媒蒸気アニールによる有機薄膜の結晶化と有機FETへの応用に関する))を開発した。
【0003】
しかし、従来は有機半導体の単結晶の位置と方向を制御して形成することはできなかった。有機半導体単結晶の方向を制御することは重要である。なぜなら、有機半導体分子構造の異方性のために有機半導体結晶中の電荷輸送が結晶の向きに依存し、これにより有機半導体結晶を使用したデバイスの電気特性が大きくばらつくことがあるからである。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、有機半導体の単結晶を任意の位置に、しかも任意の方向に向くように形成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面によれば、有機半導体結晶の成長の方向を規制する形状を有する領域内で有機半導体の単結晶を成長させる、有機半導体単結晶形成方法が与えられる。
ここにおいて、前記領域の形状は前記有機半導体結晶の形状と相似形であってよい。
本発明の他の側面によれば、所望の結晶長よりも幅が狭く、かつ前記幅よりも大きな長さを有する領域内で有機半導体の単結晶を成長させる、有機半導体単結晶形成方法が与えられる。
ここにおいて、前記領域は親液性領域であり、前記成長は前記親液性領域に置かれた有機半導体に溶媒蒸気アニール処理を施すことにより行ってよい。
また、前記有機半導体及びポリマーを溶解した溶媒を少なくとも1つの前記親液性領域を有する基板上に付与して層分離させることにより、前記領域上に前記有機半導体の層及び前記ポリマーの層を形成してよい。
また、前記溶媒蒸気アニール処理は、前記有機半導体及び前記ポリマーを溶解する溶媒を使用してよい。
また、前記有機半導体及び前記ポリマーを溶解する前記溶媒は、トルエン、キシレン、テトラリン、デカリン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、及びシクロヘキサンからなる群から選択してよい。
また、前記親液性領域を有する基板は、親液性と撥液性の何れか一方の属性を有する表面上に前記親液性と撥液性の他方の属性を有する材料を選択的に設けることにより形成してよい。
また、前記表面は事前に親液化処理を施してあり、前記材料は撥液性を有してよい。
また、前記材料はCytop、オクチルトリクロロシラン、オクタデシルトリクロロシラン、及びフッ素化アルキルシランからなる群から選択してよい。
また、前記親液性領域を有する基板は、親液性と撥液性の何れか一方の属性を有する表面に対して反対の属性に変化させる処理を選択的に施すことにより形成してよい。
また、前記一方の属性を有する表面は撥液性の属性を有する表面であり、前記反対の属性に変化させる処理はUV照射であってよい。
また、前記表面は高ドープシリコンウエハ上に形成されたシリコン酸化膜表面であってよい。
また、前記有機半導体はTIPS−ペンタセン、アセン系化合物、チエノアセン系化合物、チオフェン類、及びポルフィリン類からなる群から選択してよい。
また、前記ポリマーはPMMA、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、PVP、及びPαMSからなる群から選択してよい。
本発明の更に他の側面によれば、上記何れかの方法によって形成された有機半導体単結晶を使用した有機半導体デバイスが提供される。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、高い結晶性を有する有機半導体の単結晶を任意の位置に任意の向きを持つように形成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】(a)本発明のプロセスを説明した概念図。(b)溝状の親液領域中に形成された有機半導体単結晶の顕微鏡写真、及びその表面粗さ計による測定結果のグラフ。顕微鏡写真の上から1/3付近のほぼ中央にある、有機半導体単結晶が形成されていない箇所を横切る淡色の下向き矢印(左側)及び形成された有機半導体単結晶を横切る濃色の下向き矢印(右側)に沿った測定結果を夫々グラフ中の淡色及び濃色の曲線で示す。測定の結果、Cytopの撥液領域が100nmに対して、親液領域中にPMMA(poly(methylmethacrylate))が80nm、有機結晶が260nmの厚さで形成されたことがわかった。
【図2】(a)本発明の方法で、基板上に形成した有機半導体単結晶アレイの偏光顕微鏡像。(b)個々の有機半導体単結晶を観察した光学顕微鏡像と偏光顕微鏡像。
【図3】有機半導体単結晶の成長過程の経時変化を観測した顕微鏡像。溶媒蒸気アニール開始から1分後には結晶がランダムな方向で出来始め、成長するにつれて親液領域の形状に合わせて方位を変化させていく様子を観測した。
【図4】親液領域の形状が有機半導体単結晶の成長に与える影響を示す写真。(a)親液領域の長さをL、幅をWとした。(b)Wを20μmで一定とし、Lを20、50、100μmと変化させていった場合の有機半導体単結晶の一連の顕微鏡像。LとWが同一(両者とも20μm)の場合は結晶成長に方位依存性は見られないが、Lが長くなるにつれて長軸方向に配向していくことが分かる。(c)Lが十分に長い場合の、Wによる有機半導体単結晶の成長様式の変化を示す一連の顕微鏡像。Wが10μm以下の場合は有機半導体の量が十分でなく、あまり大きな単結晶は成長しないが、15〜20μm程度になると親液領域の長軸方向に沿って有機半導体結晶が成長する。さらに、Wが25μm以上になると、有機半導体単結晶の方位がランダムになってしまう。(d)実験によって得られた600μmを超える大きさの有機半導体単結晶の顕微鏡像。
【図5】(a)作製した単結晶有機FETの光学顕微鏡像。(b)単結晶有機FETのドレイン電流−ゲート電圧特性を示すグラフ。(c)単結晶有機FETの各ゲート電圧におけるドレイン電流−ドレイン電圧特性を示すグラフ。
【図6】有機単結晶の成長が親液領域の形状によって支配され、基板の傾斜角に因らないことを示す偏光顕微鏡写真及び光学顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0008】
一般的な有機薄膜は特に粒界内に分子のディスオーダーによる多くのトラップ準位が存在し、電荷輸送を妨げているという問題がある。本発明によれば、有機単結晶を基板上に直接形成することで、有機薄膜中の粒界と分子のディスオーダーを減少させ、特性の優れた電子デバイスを作製することができる。また、単結晶の位置と方位を制御することで、実用的な電子デバイスへの応用を可能とし、結晶の異方性から生じるばらつき等の問題を解消し、電子デバイスの作製を再現性よく行うことができる。本発明では、これらの技術をさらに発展させ、基板上の所定の位置に、所定の方位を持つ結晶を直接形成するプロセスを開発した。
【0009】
本発明は、溶媒蒸気アニール法(solvent vapor annealing;SVA法)による有機単結晶の形成と、表面の親液・撥液領域パターニングを組み合わせたものであり、SVA法で形成する有機単結晶の位置と方位を表面の親液領域の形状によって制御することができる。なお、ここで「親液性」、「撥液性」というときの「液」とは、基板表面に有機半導体を付与するために使用する有機半導体溶液を指す。SVA法を使用することで、高品質の有機単結晶を室温で作製できるオール溶液プロセスの利点を利用することができる。なお、SVA法それ自体は有機半導体の分野では周知の事項であるので詳細には説明しないが、必要であれば、非特許文献4などを参照されたい。
【0010】
本願発明者等は先に、SVA法において、層分離などによって形成された有機半導体膜とポリマー基膜の二重層に対してSVA法を適用するポリマー支援溶媒蒸気アニール法(polymer assisted solvent vapor annealing;PASVA法)を提案した(非特許文献5)。PASVA法では、溶媒蒸気の存在下でポリマー基膜上に有機半導体単結晶を直接作製することができる。ここで、アニーリング用の蒸気として使用する溶媒は有機半導体だけではなく基膜を構成するポリマーを溶解するものである必要がある。すなわち、この方法はポリマー基膜の溶媒への溶解性に依存しており、この溶解により有機半導体分子がポリマー基膜表面上を長距離に渡って移動することができる。従って、PASVA法により、分子が移動して数百μmにも及ぶ長さの単結晶となることができる。有機半導体としては特にこれらに限定するというわけではないが、例えばTIPS−ペンタセン、アセン系化合物、チエノアセン系化合物、チオフェン類、及びポルフィリン類を使用することができる。具体例としてチエノアセン系化合物の一種であるC8−BTBT(Dioctylbenzothienobenzothiophene)を使用した場合、この物質は長い棒状の結晶を形成する傾向があり、その長軸は[100]結晶方向に対応する。本発明において、SVA法として具体的にPASVA法をパターン形成された領域に適用して結晶の成長方向を制限することで、更に好適に広い範囲における結晶の位置及び方向の制御を達成することができる。
【0011】
このように結晶が細長い形に成長する他の具体的な有機半導体を網羅することはここでは行わないが、単なる例示として金属ポルフィリン類を挙げておく。非特許文献6では、中心金属としてCo、Cu、Zn、Pdを使用した金属ポリフィリン(2,3,7,8,12,13,17,18-octaethyl-21H,23H-metallo-porphyrin)が長い針状結晶に成長することを、顕微鏡写真を参照して具体的に説明している。
【0012】
有機半導体には棒状ではない結晶を形成するものもある。そのような場合でも、使用する有機半導体の結晶の形に合わせてその方位を規制する形状を有する親液性領域を形成することにより、成長する結晶の方位を制御することができる。例えば、六角形の結晶であれば、六角形の親液性領域内で成長させるなど、親液性領域を出来上がる有機半導体の単結晶の形状と相似形にすることができる。また、結晶成長に方向性がある(つまり、成長した単結晶のアスペクト比が1よりも大きい)のであれば、単結晶の形状が完全な棒状でなくとも、所望の方向に長く伸びた形状の親液性領域内で結晶を成長させることで、その結晶の方位を制御することができることに注意されたい。なお、PASVA法によって高品質の有機半導体を作製する具体的な方法等は非特許文献5を参照されたい。
【0013】
本発明では、まず基板表面の任意の位置・方向に有機半導体溶液に対して親和性の高い領域を形成し、その他の領域は溶液に対する撥液性を高くしておく。さらに、有機半導体と高分子を溶解させた溶液を塗布することで、親液性の領域のみに有機半導体と高分子からなる層分離構造を形成する。さらに、溶媒蒸気アニールを施すことにより、有機単結晶の成長が親液領域内のみにおいて促進される。
【0014】
こうして成長させた有機単結晶は、親液領域より外に出ることができないため、例えば以下の実施例で例示するように、針状の結晶を形成するC8−BTBTの結晶を溝状の親液領域内で成長させると、親液領域の形状によって成長方向が制限され、結果として位置と方位を制御した有機結晶成長が可能となる。その結果、内部に粒界を持たない(ディスオーダーの少ない)高品質の有機単結晶を任意の位置と方向で基板上に形成することができる。
【0015】
本発明の他の利点は、溶液を用いたプロセスによって結晶を基板上に直接形成できること、室温・大気下のプロセスであること等が挙げられる。
【0016】
このように、本発明によれば所定位置に所定方向を向いた有機半導体単結晶が存在する基板を得ることができるため、有機半導体を使用した素子を製造するに当たってその生産性が大きく向上する。また、単一の基板上にこのような有機半導体単結晶を任意個数、また夫々任意方向に設置できるため、有機半導体素子を集積化する際にも好都合である。
【0017】
以下に説明する本発明の実施例では、有機半導体としてC8−BTBTを用いているが、本発明の効果は上で例示したものを含むすべての低分子系有機半導体に対して有効であり、C8−BTBTに限定されるものではない。同時に塗布するポリマー(高分子材料)に関しても、溶媒蒸気アニールに用いる溶媒に可溶であり、分子量が1000程度以上であれば、その種類は問わない。個別の物質を挙げれば、もちろんこれに限定する意図は全くないが、例えばPMMA、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、poly(4-vinylphenol)(PVP)、α−methyl polystyrene(PαMS)等が使用できる。溶媒蒸気アニールに用いる溶媒に関しても、有機半導体とポリマーが可溶な組み合わせであれば、その種類を問わない。使用可能な溶媒の具体例についても、単なる例示としてトルエン、キシレン、テトラリン、デカリン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、クロロホルム、テトラヒドロフラン(THF)、シクロヘキサン等を挙げておく。実施例ではシリコン基板上でパターニングを行っているが、基板の種類は問わない。また、撥液領域としてCytopを用いてパターニングを行ったが、溶液をはじく性質を持った材料ならば何でも用いることができる。例えば、撥液性を有する自己組織化単分子膜(オクチルトリクロロシラン、オクタデシルトリクロロシラン、フッ素化アルキルシラン等)をパターニングして用いてもよいし、Cytopを全面に塗布した後に、選択領域にUVを照射して親液化することも可能である。あるいは、上述のように親液性の面上の不用箇所を撥液性の物質で覆う等して親液性の領域を形成する代わりに、撥液性の面上に親液性の領域を形成してもよい。また、本発明による有機半導体単結晶を用いた有機半導体素子として、実施例ではトップコンタクト型構造を有する有機FETについて具体的に説明したが、有機デバイスの種類や構造は問わない。
【実施例】
【0018】
1.基板の準備
高ドープシリコンウエハの表面に200nmのシリコン酸化膜を形成したものを基板として用いた。基板をアセトン、イソプロパノールによって洗浄した後、表面をUV/オゾン洗浄を行うことで親液化(つまり、溶液に対する濡れ性を高くする処理)を行った。この親液化された表面にフォトレジスト(図1(a)ではPRと略記)をスピンコートしてから、フォトリソグラフィーを用いてパターニングした(図1(a)のステップ[a−1])。その後、旭硝子株式会社製の透明フッ素樹脂であるCytop(登録商標)をデベロッパー(CT−Solv.180)によって1:2に薄めたものをスピンコートし、90℃で2時間アニールした(図1(a)のステップ[a−2])。ここでフォトレジストをリフトオフすることで、図1(a)のステップ[a−3]にその一部の形状を示すように、親液性の細長い溝状の部位(シリコン酸化膜の表面)を撥液性の部位(つまりCytop;この樹脂は溶液やポリマーをはじく性質を持っている)が囲んでいる構造にパターニングした。ここで、撥液領域のCytopの膜厚は100nm程度であった(図1(b)の右側に示す表面粗さ計による測定結果のグラフを参照のこと)。
【0019】
2.有機半導体溶液の準備
C8−BTBT(日本化薬)1wt%およびPMMA(アルドリッチ)2wt%をアニソールに溶解させて、有機半導体とポリマーを含む溶液とした。
【0020】
3.有機単結晶のパターニング
この溶液を図1(a)のステップ[a−3]に示す状態の基板上にスピンコートすると、Cytopの領域は溶液をはじくため、親液性を有する溝(ドレイン)の部分にのみ溶液が塗布された。溝部分に塗布された溶液中のアニソールが蒸発するにつれて、C8−BTBTとPMMAが層分離し、下層にPMMA、上層にC8−BTBT多結晶の2層構造が形成された(図1(a)のステップ[a−4])。この相分離の詳細については、非特許文献5を参照されたい。この基板を室温のクロロホルムの蒸気によって10時間アニールすると、多結晶のC8−BTBTが自己組織化的に針状の単結晶に再結晶し、親液性の溝の方向に沿って成長した(図1(a)のステップ[a−5])。図1(b)右側の表面粗さ計の測定結果に示すように、C8−BTBT単結晶及びPMMA層の典型的な厚さは夫々260nm及び80nmであった。
【0021】
かくして、表面上にパターン形成された親液性領域のアレイを形成し、夫々の親液性領域上にPMMAとC8−BTBT多結晶の二重層を形成した基板を溶媒雰囲気に曝す、つまりPASVA法による処理を行うことにより、広い面積にわたって単一の方向を向いた有機半導体単結晶アレイを形成することができた。この単結晶アレイの偏光顕微鏡写真を図2(a)に示す。この写真から明らかにわかるように、結晶は溝の中のみに形成され、しかもこれらの結晶は同じ互いに同様な明度であった(この偏光顕微鏡写真はカラーで撮影したのであるが、元のカラー写真では色も互いに同様であった)。このことは、本発明によって結晶の位置と方向の両方を良好に制御できることを示している。顕微鏡写真の解析により、270個の溝のうちの83%の溝に結晶が含まれ、そのような結晶中の98%のものは方向が揃っていることが確認された。なお、当然のことであるが、親液性領域アレイのパターン形成の際に、個々の親液性領域の方向を個別に設定すれば、有機半導体単結晶毎に固有の方向を持つ単結晶アレイを作製することができる。
【0022】
図2(b)に個々の有機単結晶を観察した偏光顕微鏡像(左側の列)及び光学顕微鏡像(右側の列)を示す。偏光下で基板を45°ずつ回転させることによって、有機単結晶は対角位と消光位を示す。これにより、パターン形成された結晶は溝中で同じ方向を有していることが確認できた。
【0023】
これらの結晶の整列はPASVAプロセス中に起こるので、どのパラメータが結晶整列にもっとも影響するかを判定するため、方向付けられた結晶成長の機構を調べた。先ず、PASVAプロセス中における基板の傾斜が影響するかどうかを検討した。図6(a)は傾斜した基板上に形成された2つの互いに直角の溝中に整列された結晶を示す。この写真から、結晶は両方の溝中で等しく良好に成長し、基板の傾斜は影響しないことを示していることがわかった。図6(b)に示す、放射状に8方向に形成された溝を有する傾斜基板についての有機半導体単結晶形成実験結果(図6(b)の上側の写真が偏光顕微鏡像、下側は光学顕微鏡像)、特にその偏光顕微鏡像からも、形成された単結晶の向きは親液領域の方向のみによって決まり、基板の傾きに影響されないことがわかった。
【0024】
結晶整列のメカニズムを更に調べるため、実時間ビデオを使用して、PASVAを行っている間の結晶成長の過程を観察した。図3はこのようにして撮影したビデオ映像中の、PASVA開始後1分、2分、5分、20分時点のコマを示す。図3に示すように、結晶が長くなるにつれて、結晶は溝方向に沿ってひとりでに向きを変えていった。PASVA開始後1分では結晶は溝方向(つまり溝の長手方向)にほぼ直角に向いていた。時間の経過につれて、結晶の両端が溝の縁に到達すると、結晶成長の方向は溝方向に変化し始めた。かくして、PASVAプロセスによって、結晶は溝方向に強く整列するようになった。結晶方向を変化させる主要な駆動力は明らかに有機半導体の自己集合能力(self-assembling ability)である。分子間の強い相互作用によって結晶が溝の幅を超えて成長しようとすると、その結晶はCytopの非濡れ性によって溝方向に沿うように向きを変える。別の重要な要因として、結晶の下地であるPMMA層がクロロホルムに溶解することが挙げられる。PASVAプロセスを行っている間、溶媒蒸気によりPMMAの表面が溶解して膨潤し、これによって有機半導体とその下にあるポリマー膜の相互作用が低減する。結局、下地表面上で分子が移動しやすくなって、方向性を持つ結晶が溝内に自己整列的に形成される。
【0025】
更に、アスペクト比や寸法等の溝の形状が結晶形成プロセスに与える影響も調べた。図4は各種の長さ(L)と幅(W)とを有するPASVA溝によって形成される結晶の違いを示す顕微鏡像である。全てのサンプルについて、使用した有機半導体溶液の量やアニーリング時間などの他の条件は正確に同一となるように設定した。先ず、幅Wを20μmに固定し、長さLを変化させた場合について調べた。図4(b)から判るように、結晶の向きの整列状態は明らかに溝の形状(アスペクト比)に依存することがわかる。正方形の溝(L=W=20μm)の場合は、結晶の向きはランダムであった。一方、長さLの増大につれて、結晶は溝の長手方向に整列する傾向が出てきた。このことは、結晶を効率的に整列させるためには溝を一方向に長くする必要があることを意味する。
【0026】
次に、長さLが十分に大きい場合における幅Wの変化の影響を調べた(図4(c))。幅W=5μmの場合、溝中でのC8−BTBTの結晶化は見られなかった。これは恐らくはこのような幅の狭い溝中には十分な量のC8−BTBT分子及び/又はその下地となるPMMAが存在しないためであると考えられる。幅W=7.5〜10μmの場合には結晶化の程度に多少の改善が見られた。この場合にはいくつかの結晶が形成されたが、溝中で整列するには小さすぎた。幅W=15〜20μmの場合には、十分に大きく方向のばらつきが小さな結晶が形成された。これらの結晶は典型的には50μmよりも長く、最長のものは600μmを越えた(図4(d))。しかし、幅W>25μmでは、方向のばらつきは大きくなりがちであったが、これは恐らくは溝内での結晶の拘束が不十分だからであると考えられる。従って、幅Wの値が20μm程度が、結晶方向の整列度を最適化するためにもっとも適切であると考えることができる。本発明の方法はbistriisopropylsilylethynyl pentacene等の他の有機半導体に対しても適用することができる。しかし、最適な溝の形状は個々の有機半導体毎に求める必要がある。
【0027】
4.有機単結晶トランジスタの形成
基板として用いた高ドープシリコンをゲート電極、シリコン酸化膜をゲート絶縁層として、有機単結晶FET(OFET)を作製した。上記の方法で形成した有機半導体単結晶に対し、ソース・ドレイン電極として15nmの酸化モリブデンと40nmの金を真空蒸着してボトムゲート・トップコンタクト構造のデバイスとした(図5(a))。なお、ソース・ドレイン電極においてこのように酸化モリブデン(MoO)層を金−有機半導体界面に挿入した理由は、C8−BTBTの最高被占軌道(HOMO)は5.8eVであることが知られており、金で作製したソース・ドレイン電極では電荷注入障壁高さがかなり高くなることが予測されるからである。そこで、この酸化モリブデン層を電荷注入層として挿入することで、接触抵抗を低減している。
【0028】
作製したOFETの電気特性を真空中(<10−4Pa)にて測定した結果、伝達特性(図5(b))中の飽和領域において3.4cm/Vsの移動度(field-effect mobility、μFET)を得た。また、このOFETの出力特性を図5(c)に示す。
【0029】
以上説明したように、本発明によれば、表面上の拘束領域中でPASVAを使用することによって、結晶方向が同じになった有機単結晶アレイを作製する溶液ベースの方法が与えられる。例えば有機半導体としてC8−BTBTを使用した場合、この結晶は基板上の溶液に対して濡れ性を持つ長方形領域内で自己組織化され、結晶の長軸方向がこの長方形の長手軸に対して整列するようになることが示された。この現象の駆動力は可溶性のポリマー基膜上での分子の自己組織化能力であることがわかった。拘束領域の形状が結晶整列に対して与える影響についても検討した。最後に、整列された結晶を使った高性能OFETを作製して、3.4cm−1−1の移動度を得た。
【産業上の利用可能性】
【0030】
上述の通り、本発明は有機半導体素子の製品化のために大いに貢献することが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0031】
【非特許文献1】Selective organization of solution-processed organic field-effect transistors, T. Minari, M. Kano, T. Miyadera, S. D. Wang, Y. Aoyagi, M. Seto, T. Nemoto, S. Isoda, and K. Tsukagoshi,
【非特許文献2】Surface selective deposition of molecular semiconductors for solution-based integration of organic field-effect transistors, T. Minari, M. Kano, T. Miyadera, S. D. Wang, Y. Aoyagi, and K. Tsukagoshi, Applied Physics Letters, 94, 093307 (2009).
【非特許文献3】All-solution-processed selective assembly of flexible organic field-effect transistor arrays, M. Kano, T. Minari, and K. Tsukagoshi, Applied Physics Express, 3, 051601 (2010).
【非特許文献4】Improving Organic Thin-Film Transistor Performance through Solvent-Vapor Annealing of Solution-Processable Triethylsilylethynyl Anthradithiophene, K.C. Dickey, J.E. Anthony, Y.-L Loo, Advanced Materials, 18, 1721 (2006)
【非特許文献5】Solution-Processable Organic Single Crystals with Bandlike Transport in Field-Effect Transistors, C. Liu, T. Minari, X. Lu, A. Kumatani, K. Takimiya, and K. Tsukagoshi, Advanced Materials, 23, 523 (2010).
【非特許文献6】Molecular-packing-enhanced charge transport in organic field-effect transistors based on semiconducting porphyrin crystals, T. Minari, M. Seto, T. Nemoto, S. Isoda, K. Tsukagoshi and Y. Aoyagi, Applied Physics Letters, 91, 123501 (2007).

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機半導体結晶の成長の方向を規制する形状を有する領域内で有機半導体の単結晶を成長させる、有機半導体単結晶形成方法。
【請求項2】
前記領域の形状は前記有機半導体結晶の形状と相似形である、請求項1に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項3】
所望の結晶長よりも幅が狭く、かつ前記幅よりも大きな長さを有する領域内で有機半導体の単結晶を成長させる、有機半導体単結晶形成方法。
【請求項4】
前記領域は親液性領域であり、
前記成長は前記親液性領域に置かれた有機半導体に溶媒蒸気アニール処理を施すことにより行う、
請求項1から3の何れかに記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項5】
前記有機半導体及びポリマーを溶解した溶媒を少なくとも1つの前記親液性領域を有する基板上に付与して層分離させることにより、前記領域上に前記有機半導体の層及び前記ポリマーの層を形成する、請求項4に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項6】
前記溶媒蒸気アニール処理は、前記有機半導体及び前記ポリマーを溶解する溶媒を使用する、請求項5に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項7】
前記有機半導体及び前記ポリマーを溶解する前記溶媒は、トルエン、キシレン、テトラリン、デカリン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン、トリクロロベンゼン、クロロホルム、テトラヒドロフラン、及びシクロヘキサンからなる群から選択される、請求項6に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項8】
前記親液性領域を有する基板は、親液性と撥液性の何れか一方の属性を有する表面上に前記親液性と撥液性の他方の属性を有する材料を選択的に設けることにより形成する、請求項4から7の何れかに記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項9】
前記表面は事前に親液化処理を施してあり、前記材料は撥液性を有する、請求項8に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項10】
前記材料はCytop、オクチルトリクロロシラン、オクタデシルトリクロロシラン、及びフッ素化アルキルシランからなる群から選択される、請求項8または9に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項11】
前記親液性領域を有する基板は、親液性と撥液性の何れか一方の属性を有する表面に対して反対の属性に変化させる処理を選択的に施すことにより形成する、請求項4から7の何れかに記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項12】
前記一方の属性を有する表面は撥液性の属性を有する表面であり、
前記反対の属性に変化させる処理はUV照射である、
請求項11に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項13】
前記表面は高ドープシリコンウエハ上に形成されたシリコン酸化膜表面である、請求項9に記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項14】
前記有機半導体はTIPS−ペンタセン、アセン系化合物、チエノアセン系化合物、チオフェン類、及びポルフィリン類からなる群から選択される、請求項1から13の何れかに記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項15】
前記ポリマーはPMMA、ポリスチレン、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、PVP、及びPαMSからなる群から選択される、請求項5から請求項14の何れかに記載の有機半導体単結晶形成方法。
【請求項16】
請求項1から15の何れかに記載の方法によって形成された有機半導体単結晶を使用した有機半導体デバイス。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−58680(P2013−58680A)
【公開日】平成25年3月28日(2013.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−197147(P2011−197147)
【出願日】平成23年9月9日(2011.9.9)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成22年度、科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】