説明

歯車変速機

【課題】係合クラッチおよび同期機構を備える歯車変速機において、変速時の衝撃および衝撃音を低減しながら、変速の迅速化およびシフタの操作力の軽減を図る。
【解決手段】歯車変速機Mは、係合クラッチ32および同期機構Sを備える。同期機構Sは、変速歯車12bに回転可能に支持される摩擦リング50と、摩擦リング50と変速歯車12bとの間で摩擦力を発生させるバネ61とを備える。摩擦リング50は、変速時にシフタ22が軸方向に移動して係合クラッチ32の歯車側係合部38およびシフタ側係合部39が互いに当接する前に、シフタ側係合部39が周方向で当接する先行係合部52を有する。摩擦リング50は、バネ61が発生する摩擦力により変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度を同期化する。その後、シフタ22はさらに軸方向に移動して、歯車側係合部38およびシフタ側係合部39を周方向で互いに当接させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転軸に設けられた変速歯車と、変速操作装置により操作されて前記回転軸の軸方向に移動可能なシフタと、変速歯車に設けられた歯車側係合部とシフタに設けられたシフタ側係合部とを有する係合クラッチとを備える歯車変速機に関し、さらに詳細には、変速時に係合クラッチの係合部同士が当接する前に、変速歯車およびシフタの回転速度を同期化するための構造に関する。そして、該歯車変速機は、例えば車両に搭載される。
【背景技術】
【0002】
例えば車両に搭載される歯車変速機であって、係合クラッチ(いわゆるドッグクラッチ)を備えるものにおいては、変速時に、変速操作装置で操作されたシフタが軸方向に移動して、係合クラッチの歯車側係合部とシフタ側係合部とが互いに周方向で当接することより、変速歯車およびシフタが一体に回転して該変速歯車で規定される変速比が確立される。
しかしながら、係合クラッチの係合部同士が当接する直前での変速歯車の回転速度とシフタの回転速度とが異なるため、歯車側係合部とシフタ側係合部との当接の際に、衝撃および該衝撃に起因する衝撃音が発生する。そこで、この衝撃および衝撃音を低減するために、歯車側係合部とシフタ側係合部との当接に先だって、変速歯車およびシフタの回転速度を同期化する(すなわち、変速歯車とシフタとの回転速度差を小さくする)同期機構を備える歯車変速機が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公平2−39660号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、同期機構が、シフタにより軸方向に移動するように駆動されて変速歯車に押し付けられるシンクロナイザリングを備えるものでは、同期化の際に、シンクロナイザリングと変速歯車との間での摩擦力を発生させるためには、シフタがシンクロナイザリングを軸方向に移動させる必要があることから、係合クラッチが接続完了状態になって変速比が確立されるまでのシフタの軸方向移動量が、シンクロナイザリングを軸方向に移動させる分だけ大きくなるので、シフタが移動を開始する変速開始から変速比の確立までに時間がかかり、変速の迅速化が困難である。
また、シンクロナイザリングと変速歯車との間での摩擦力を発生させるためには、シフタがシンクロナイザリングを変速歯車に対して軸方向に付勢するので、シフタに加える操作力を大きくする必要がある。このため、シフタの操作が運転者により行われるマニュアル式の変速操作装置では、変速操作の軽快性が低下する。また、シフタの操作を行う電動モータなどのアクチュエータを備える変速操作装置では、該アクチュエータにより大きな操作力を発生させる必要があって、アクチュエータの大型化を招来する。
【0005】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、請求項1〜6記載の発明は、係合クラッチおよび同期機構を備える歯車変速機において、変速時の衝撃および衝撃音を低減しながら、変速の迅速化およびシフタの操作力の軽減を図ることを目的とする。そして、請求項2記載の発明は、さらに、簡単な構造により、摩耗などの経年変化や温度変化に対する同期機構の同期化機能の確保を図ることを目的とし、請求項3記載の発明は、さらに、係合クラッチの係合部と同期機構の係合部との当接機会を多くすることにより、変速の迅速化を図ることを目的とし、請求項4記載の発明は、さらに、係合クラッチの係合部の当接に起因する衝撃および衝撃音の一層の低減を図ることを目的とし、請求項5,6記載の発明は、さらに、同期機構が設けられた変速歯車またはシフタの、軸方向での小型化を図ること、および変速の一層の迅速化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1記載の発明は、回転軸(4)に設けられた変速歯車(12b)と、前記回転軸(4)に軸方向に移動可能に設けられると共に変速操作装置(26)により操作されるシフタ(22)と、前記変速歯車(12b)に設けられた歯車側係合部(38)と前記シフタ(22)に設けられたシフタ側係合部(39)とを有する係合クラッチ(32)と、変速時に前記変速歯車(12b)および前記シフタ(22)の回転速度を同期化する同期機構(S)とを備え、前記係合クラッチ(32)が、前記歯車側係合部(38)および前記シフタ側係合部(39)が互いに周方向で当接している接続完了状態にあるとき、前記変速歯車(12b)および前記シフタ(22)が一体に回転することにより前記変速歯車(12b)で規定される変速比が確立される歯車変速機において、前記変速歯車(12b)および前記シフタ(22)のうちの一方を第1回転体(12b)とする共に他方を第2回転体(22)とし、かつ、前記歯車側係合部(38)および前記シフタ側係合部(39)のうちの一方を前記第1回転体(12b)の第1係合部(38)とすると共に他方を前記第2回転体(22)の第2係合部(39)とするとき、前記同期機構(S)は、前記第1回転体(12b)と接触した状態で前記第1回転体(12b)に対して回転可能に支持される摩擦回転体(50)と、前記摩擦回転体(50)と前記第1回転体(12b)との間で摩擦力を発生させる摩擦力発生部材(60)とを備え、前記摩擦回転体(50)は、変速時に前記変速操作装置(26)により操作された前記シフタ(22)が軸方向に移動して前記第1係合部(38)および前記第2係合部(39)が互いに当接する前に、前記第2係合部(39)が周方向で当接する先行係合部(52)を有し、前記摩擦回転体(50)は、前記第2係合部(39)と前記先行係合部(52)との当接前に前記摩擦力発生部材(60)が発生する前記摩擦力により前記第1回転体(12b)と一体に回転すると共に、前記第2係合部(39)と前記先行係合部(52)との当接時に、前記第1回転体(12b)に対して相対回転しながら、前記摩擦力発生部材(60)が発生する前記摩擦力により前記第1回転体(12b)および前記第2回転体(22)の回転速度を同期化し、前記シフタ(22)は、前記第2係合部(39)および前記先行係合部(52)が当接した後、さらに軸方向に移動して、前記第1係合部(38)および前記第2係合部(39)を周方向で互いに当接させる歯車変速機である。
請求項2記載の発明は、請求項1記載の歯車変速機において、前記摩擦回転体(50)および前記第1回転体(12b)の接触面(51a,42a)は、前記回転軸(4)の回転中心線(L2)を中心軸線とするテーパ面であり、前記摩擦力発生部材(60)は、前記テーパ面が先細となる方向に前記摩擦回転体(50)を付勢する付勢部材(61)を有するものである。
請求項3記載の発明は、請求項1または2記載の歯車変速機において、周方向での前記先行係合部(52)の形成角度(θ2)は、周方向での前記第1係合部(38)の形成角度(θ1)よりも小さいものである。
請求項4記載の発明は、請求項1から3のいずれか1項記載の歯車変速機において、前記変速操作装置(26)は、制御装置(7)により制御されて前記シフタ(22)を軸方向に操作するアクチュエータ(27)を備え、前記制御装置(7)は、前記第2係合部(39)と前記先行係合部(52)とが当接する位置で、前記シフタ(22)の軸方向での移動を減速または一旦停止するものである。
請求項5記載の発明は、請求項1から4のいずれか1項記載の歯車変速機において、前記摩擦回転体(50)の少なくとも一部は、軸方向で前記第1係合部(38)と同じ位置にあるものである。
請求項6記載の発明は、請求項1から5のいずれか1項記載の歯車変速機において、前記先行係合部(52)は、前記第1係合部(38)の最小軸方向幅(W4)の1/3以下の突出量(W3)で、前記第1係合部(38)に対して軸方向に突出しているものである。
【発明の効果】
【0007】
請求項1記載の発明によれば、変速時に、変速操作装置により駆動されたシフタが軸方向に移動して、第2係合部と先行係合部とが当接することで、摩擦回転体と第1回転体との間で作用する摩擦力により、変速歯車およびシフタの回転速度が同期化されて、両者の回転速度差が小さくなった後に、シフタがさらに軸方向に移動することにより、係合クラッチの歯車側係合部とシフタ側係合部とが互いに当接して係合クラッチが接続完了状態になるので、変速時の衝撃が緩和されて、該衝撃および衝撃音が低減する。
そして、変速歯車およびシフタの回転速度の同期化のための摩擦力は、軸方向でのシフタの移動とは無関係に、シフタとは別個の部材である摩擦力発生部材により発生するので、該摩擦力を発生させるために摩擦回転体をシフタで軸方向に移動させる必要がない。この結果、同期機構を備えた歯車変速機において、係合クラッチが非接続状態にある変速開始から接続完了状態までのシフタの軸方向移動量を小さくすることができて、変速が迅速化される。
また、同期化のための摩擦力を発生させるために、シフタにより摩擦回転体を軸方向に付勢する必要がないので、変速操作装置によるシフタの操作力を軽減できる。この結果、変速操作装置がシフタを操作するアクチュエータを備える自動式の変速操作装置における該アクチュエータの小型化が可能になり、またマニュアル式の変速操作装置における変速操作の軽快性が向上する。
請求項2記載の事項によれば、テーパ面からなる接触面にて第1回転体と接触する摩擦回転体が、第1回転体のテーパ面からなる接触面に対して付勢部材により付勢されているので、第1回転体および摩擦回転体の熱膨張や接触面での摩耗等の経年変化が発生したとしても、接触面での接触状態を維持できる。この結果、簡単な構造により、摩耗などの経年変化や温度変化に対して、同期機構の同期化機能を確保できる。
請求項3記載の事項によれば、先行係合部の形成角度が第1係合部の形成角度よりも小さい分だけ、周方向で先行係合部が形成されていない角度範囲を、周方向で第1係合部が形成されていない角度範囲よりも大きくできるので、第2係合部と先行係合部とが当接する機会が、第2係合部と第1係合部とが当接する機会よりも多くなり、変速歯車とシフタとの同期化の機会が多くなって、変速の迅速化が可能になる。
請求項4記載の事項によれば、シフタが移動して、第2係合部と先行係合部との当接後で、歯車側係合部とシフタ側係合部との当接の前に、シフタが減速または停止する分だけ、変速歯車とシフタとの回転速度の同期化の時間を長く取ることができる。この結果、変速歯車とシフタとの回転速度差が一層小さい状態で歯車側係合部とシフタ側係合部とを当接させることができるので、変速時の衝撃および衝撃音を一層低減できる。
請求項5記載の事項によれば、第1回転体において摩擦回転体および第1係合部が軸方向で同じ位置にあるので、第1係合部に対して摩擦回転体を軸方向でコンパクトに配置できる。この結果、同期機構が設けられた変速歯車またはシフタを軸方向で小型化でき、またシフタの軸方向移動量を小さくできるので、変速の迅速化ができ、さらに軸方向でシフタと変速歯車を近接して配置できるので、歯車変速機を軸方向で小型化できる。
請求項6記載の事項によれば、先行係合部が第1係合部に対して軸方向に突出する突出量を小さくすることができるので、請求項5記載の発明と同様の効果が奏される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明が適用された歯車変速機の断面図であり、同期機構が設けられた変速歯車について、図2のI−I線断面図である。
【図2】変速歯車および変速歯車の凹部内に配置された同期機構の摩擦リングを軸方向から見たときの図1のII矢視での拡大図であり、バネ、ワッシャおよび止め輪を外したときの図である。
【図3】図1の、同期機構が設けられた変速歯車の要部拡大図である。
【図4】図2の要部拡大図に相当し、係合クラッチのシフト側係合部と摩擦リングの先行係合部とが当接する同期化過程での状態を示す図である。
【図5】図2の要部拡大図に相当し、係合クラッチのシフト側係合部と、係合クラッチの歯車側係合部および摩擦リングの先行係合部とが当接している係合クラッチの接続完了状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施形態を図1〜図5を参照して説明する。
図1を参照すると、本発明が適用された歯車変速機Mは、常時噛合式の歯車変速機であり、該変速機Mに入力される動力を発生する動力発生装置としての内燃機関Eと共に、機械である車両としての自動二輪車に搭載される。
【0010】
変速機Mは、内燃機関Eの出力軸である駆動回転軸としてのクランク軸1からの動力が変速クラッチ2を介して入力される入力回転軸としてのメイン軸3と、メイン軸3の回転速度が変速された後の回転速度で回転する出力回転軸としてのカウンタ軸4と、メイン軸3の回転速度を変速してカウンタ軸4に伝達する複数である設定数の変速歯車対11〜16から構成される変速歯車群10と、変速操作装置26により操作される1以上のシフタ21〜24と、前記設定数の変速比を確立するための該設定数の係合クラッチ31〜36と、変速時に変速歯車およびシフタの回転速度を同期化する同期機構Sとを備える。
変速機ケース(図示されず)に軸受5を介して回転可能に支持されるメイン軸3およびカウンタ軸4は、内燃機関Eにより回転駆動される回転軸であり、その回転中心線L1,L2が互いに平行となるように配置される。
【0011】
なお、明細書または特許請求の範囲の記載において、軸方向は、回転軸の回転中心線に平行な方向であるとし、径方向および周方向は、それぞれ、該回転中心線を中心とする径方向および周方向であるとし、中心半平面とは、前記回転中心線を含むと共に該回転中心線から径方向に延びている平面であるとする。また、変速歯車およびシフタの回転速度の同期化とは、変速歯車とシフタとの回転速度差が小さくなることを意味する。
【0012】
クランク軸1の動力をメイン軸3に伝達する動力伝達経路に配置される変速クラッチ2は、制御装置7により制御されることでメイン軸3へのクランク軸1の動力の伝達および遮断を行う動力断続手段であり、この実施形態では、第1,第2変速クラッチ2a,2bから構成される。
メイン軸3は、第1変速クラッチ2aを介してクランク軸1からの動力が入力される第1メイン軸3aと、第2変速クラッチ2bを介してクランク軸1からの動力が入力される第2メイン軸3bとから構成される。第2メイン軸3bは、第1メイン軸3aと同軸に配置されて、第1メイン軸3aの外周に相対回転可能に支持される。
カウンタ軸4の動力は、該カウンタ軸4に設けられてカウンタ軸4と一体に回転する出力回転体としての出力歯車6を有する減速機構を介して、自動二輪車の駆動輪である後輪に伝達される。
なお、別の例として、変速クラッチおよびメイン軸はそれぞれ1つであってもよい。
【0013】
変速歯車群10は、前記設定数としての6つの変速歯車対である第1〜第6変速歯車対11〜16から構成される。各変速歯車対11〜16は、メイン軸3に設けられる第1〜第6入力側変速歯車11a〜16aと、カウンタ軸4に設けられると共に第1〜第6入力側変速歯車11a〜16aとそれぞれ常時噛み合う第1〜第6出力側変速歯車11b〜16bとからなる。各変速歯車11a〜16a,11b〜16bの外周には、多数の歯を有する歯部19が形成されている。
第1〜第6変速歯車対11〜16は、最大変速比としての第1変速比から、最小変速比としての第6変速比まで、同一のメイン軸3の回転速度に対してカウンタ軸4の回転速度が順次大きくなる変速比をそれぞれ確立する。
なお、変速時には、第1,第2変速クラッチ2a,2bが、それぞれ第1,第2メイン軸3a,3bに対するクランク軸1の動力の伝達を遮断する。
【0014】
第1,第3変速歯車11a,13aは、第1メイン軸3aと一体に回転するように設けられ、第5変速歯車15aは、第1メイン軸3aに回転可能に設けられる。第2,第4変速歯車12a,14aは、第2メイン軸3bと一体に回転するように設けられ、第6変速歯車16aは、第2メイン軸3bに回転可能に設けられる。
一方、第1〜第4変速歯車11b〜14bは、カウンタ軸4に相対回転可能に設けられ、第5,第6変速歯車15b,16bは、カウンタ軸4と一体に回転するように設けられる。
【0015】
この実施形態では、複数のシフタ21〜24は、カウンタ軸4に軸方向に移動可能に設けられる第1,第2シフタ21,22と、第1メイン軸3aに軸方向に移動可能に設けられる第3シフタ23と、第2メイン軸3bに軸方向に移動可能に設けられる第4シフタ24である。各シフタ21〜24は、カウンタ軸4、第1メイン軸3aまたは第2メイン軸3bにスプライン結合されて、それら軸4,3a,3bと一体に回転する。
変速操作装置26が備える複数のシフトフォーク29(図1には、第1,第2シフタ21,22をそれぞれ操作するシフトフォーク29が模式的に示されている。)が係合する係合部としての環状溝25が設けられた各シフタ21〜24は、シフトフォーク29により駆動されて軸方向に平行に移動する。
第1シフタ21は第5変速歯車15bに、第2シフタ22は第6変速歯車16bに、第3シフタ23は第3変速歯車13aに、第4シフタ24は第4変速歯車14aに、それぞれ一体成形により一体に設けられて、各変速歯車15b,16b,13a,14aが各シフタ21,22,23,24を兼ねる。
【0016】
変速操作装置26は、シフトフォーク29のほかに、軸方向でのシフトフォーク29の位置を定める案内用カム溝が設けられたシフトドラム28と、シフトドラム28を回転駆動するアクチュエータとしての電動モータ27とを備える自動式の変速操作装置である。ここで、シフトフォーク29およびシフトドラム28は、軸方向での各シフタ21〜24の位置を設定するシフタ位置設定部材を構成する。
電動モータ27は、シフトドラム28の回転位置としての位置を検出する位置検出手段8と、車速および内燃機関Eの機関運転状態を含む運転状態を検出する運転状態検出手段9からの検出信号が入力される制御装置7により制御される。
制御装置7は、各検出手段8,9により検出されるシフトドラム28の回転位置、車速および機関運転状態に基づいて、第1,第2変速クラッチ2a,2bを制御する一方、電動モータ27の作動を制御することにより、シフトドラム28の回転位置を設定し、したがってシフトフォーク29の位置を設定する。
【0017】
係合クラッチ31〜36は、変速機Mで得られる変速比の数と同数の6つの第1〜第6係合クラッチ31〜36であり、基本構造として、それぞれクラッチ本体と係合部とを有する。そして、第1〜第6係合クラッチ31〜36のそれぞれは、クラッチ本体としての第1,第6,第3,第4,第5,第6変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aのそれぞれに一体に、かつ周方向に間隔をおいて設けられた複数の歯車側係合部38からなる歯車側係合群と、クラッチ本体としての第1,第2,第1,第2,第3,第4シフタ21,22,21,22,23,24のそれぞれに一体に、かつ周方向に間隔をおいて設けられて歯車側係合部38と同数のシフタ側係合部39からなるシフタ側係合群とを有する。
【0018】
図2を併せて参照すると、各変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aに一体成形された各歯車側係合部38は、変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aの、軸方向でシフタ21,22,21,22,23,24に対向する面において、軸方向でシフタ21,22,21,22,23,24に向かって開口して各シフタ側係合部39を1つずつ収容可能な複数の収容空間41を形成する形成部である凹部40の、周方向での側壁である。各歯車側係合部38は、周方向で隣接する収容空間41の間に位置して、径方向に延びていている。そして、各変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aの凹部40は、歯車側係合部38のほかに、径方向外方および径方向内方でそれぞれ歯車側係合部38に連なる外周壁42および内周壁43を、その周壁として有し、さらに、軸方向での歯車側係合部38と外周壁42と内周壁43の、軸方向での各端部に連なる底壁44を有する。各外周壁42の外周には歯部19が形成されている。
各シフタ21,22,21,22,23,24に一体成形された各シフタ側係合部39は、シフタ21,22,21,22,23,24の、軸方向で変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aに対向する面において、軸方向に突出する凸部である。
【0019】
係合クラッチ31〜36が接続完了状態(以下、「接続完了状態」という。)にあるとき、すなわち同数の歯車側係合部38およびシフタ側係合部39がそれぞれ互いに周方向で当接または係合している状態にあるとき、変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aとシフタ21,22,21,22,23,24とが相対回転することなく一体に回転して、該変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aにより規定される変速比が確立され、該変速比でメイン軸3の回転速度が変速された回転速度でカウンタ軸4が回転する。ここで、互いに当接する1つの歯車側係合部38と1つのシフタ側係合部39とは、1組の係合対を構成する。
一方、係合クラッチ31〜36が非接続状態(以下、「非接続状態」という。)にあるとき、すなわち各歯車側係合部38と各シフタ側係合部39とが周方向で互いに当接していない状態にあるとき、通常、変速歯車11b,16b,13b,14b,15a,16aとシフタ21,22,21,22,23,24とは異なる回転速度となる。
【0020】
同期機構Sは、第1〜第6係合クラッチ31〜36のうちで、任意の、少なくとも1つの係合クラッチ、この実施形態では第2係合クラッチ32の係合部38,39が設けられる第2変速歯車12bおよび第2シフタ22の一方に設けられる。同期機構Sは、係合クラッチ32が非接続状態から接続完了状態になるときに、歯車側係合部38およびシフタ側係合部39が当接する際に発生する衝撃および衝撃音を低減する。
【0021】
図1〜図3を参照すると、変速歯車12bおよびシフタ22において、その一方である変速歯車12bを第1回転体とする共に、その他方であるシフタ22を第2回転体とし、かつ、歯車側係合部38およびシフタ側係合部39のうちの一方である歯車側係合部38を第1係合部とすると共に他方であるシフタ側係合部39を第2係合部とするとき、同期機構Sは、変速歯車12bと接触した状態で変速歯車12bに対して回転可能に支持される摩擦回転体としての摩擦リング50と、該摩擦リング50と変速歯車12bとの間で摩擦力を発生させる摩擦力発生部材60とを備える。
同期機構Sの全体は、変速歯車12bに設けられた凹部40内に配置される。シフタ22とは別個の部材である摩擦力発生部材60は、摩擦リング50を軸方向に付勢する付勢部材としてのバネ61を有する。
【0022】
変速歯車12bに着脱可能に取り付けられる摩擦リング50は、複数である第1所定数の、ここでは4つの歯車側係合部38が設けられる凹部40内に配置されて、各歯車側係合部38よりも径方向外方に位置し、歯車側係合部38とは、常時、非接触状態にある。摩擦リング50は、各歯車側係合部38を囲む円環状の本体51と、変速時に変速操作装置26により操作されたシフタ22のシフタ側係合部39が軸方向に移動して前記第1所定数の歯車側係合部38および前記第1所定数のシフタ側係合部39がそれぞれ互いに当接する前に、シフタ側係合部39が周方向で当接する1以上の数である第2所定数の、ここでは複数である2つの先行係合部52を有する。第2所定数は、第1所定数よりも小さい値に設定されるが、等しい値であってもよい。
【0023】
なお、各歯車側係合部38は、1つの中心半平面である基準面P1を対称面とした面対称な形状であり、同様に各シフタ側係合部39も、1つの中心半平面である基準面P2を対称面とした面対称な形状であり、各先行係合部52も、1つの中心半平面である基準面P3を対称面とした面対称な形状である。そして、歯車側係合群、シフタ側係合群および先行係合部52の全ての基準面P1,P2,P3は、周方向に等しい間隔を形成するように、または回転中心線L2を中心として等しい角度を形成するように配置されて、クラッチ32が有する全ての歯車側係合部38および全てのシフタ側係合部39は周方向に等しい間隔で配置され、全ての先行係合部52は周方向に等しい間隔で配置されている。
また、第2係合クラッチ32以外の、前記第1所定数が第2係合クラッチと同数または異なる数である係合クラッチ31,33〜36においても、各基準面P1,P2に相当する基準面は周方向に等間隔または等角度で配置されている。このように、このように、基準面P1は、歯車側係合群における歯車側係合部38の周方向での配置を定める面であり、基準面P2は、シフタ側係合群におけるシフタ側係合部39の周方向での配置を定める面である。
【0024】
摩擦リング50の本体51は、凹部40の外周壁42の内周面42aに接触する外周面51aを有する。内周面42aおよび外周面51aは、変速歯車12bと摩擦リング50とが面接触する接触面を構成し、回転中心線L2を中心軸線として軸方向に傾斜するテーパ面である。そして、本体51は、バネ61の付勢力であるバネ力により、内周面42aおよび外周面51aが先細となる方向に付勢される。このため、第2係合クラッチ32の非接続状態で、しかもシフタ側係合部39と先行係合部52とが当接していない状態で、摩擦リング50の外周面51aと外周壁42の内周面42aとの間には、バネ61のバネ力により設定される摩擦力が生じ、該摩擦力はバネ61のバネ力を調整することにより調整可能である。
ここで、内周面42aは、外周面51aおよび底壁44の底面44aと共に変速歯車12bまたは凹部40の壁面であり、また外周面51aは、内周面51bと共に摩擦リング50の周面である。そして、該周面51a,51bと、摩擦リング50の軸方向で底面44aと対面する軸方向端面50aは、いずれも摩擦リング50の表面である。
このため、第2係合クラッチ32の非接続状態で、摩擦リング50は前記摩擦力により変速歯車12bと一体に回転および停止する。
【0025】
本体51は、径方向で、シフタ側係合部39よりも径方向外方に位置する。また、本体51の少なくとも一部、好ましくはその過半、この実施形態ではその全体は、軸方向で歯車側係合部38と重なる位置、換言すれば軸方向での位置で、歯車側係合部38と同じ位置にある。本体51の軸方向幅W1は、先行係合部52の軸方向幅W2よりも小さいことにより、摩擦リング50が軽量化される。なお、別の例として、軸方向幅W1と軸方向幅W2とが等しくてもよい。
【0026】
本体51に一体成形されて一体に設けられる各先行係合部52は、本体51の内周面51bから径方向内方に突出すると共に、摩擦リング50が変速歯車12bに保持された状態にあるとき、軸方向で歯車側係合部38および本体51よりもシフタ22側に突出する軸方向凸部である。そして、歯車側係合部38に対する先行係合部52の突出量W3は、歯車側係合部38の最小軸方向幅W4の1/3以下であり、本体51の軸方向幅W1の1/2以下である。
また、各先行係合部52の一部、この実施形態ではその過半は、軸方向で歯車側係合部38と重なる位置、換言すれば軸方向での位置で、歯車側係合部38と同じ位置にある。
【0027】
周方向での先行係合部52の形成角度θ2は、周方向での歯車側係合部38の形成角度θ1よりも小さく、また周方向で隣接する先行係合部52の間の間隔角度θ4は、周方向で隣接する歯車側係合部38の間の間隔角度θ3よりも大きい。
このため、周方向で先行係合部52が形成されていない角度であるスペース角度θ6は、周方向で歯車側係合部38が形成されていない角度であるスペース角度θ5よりも大きい。
スペース角度θ6,θ5は、軸方向に移動するシフタ22のシフタ側係合部39が変速歯車12bにおいて軸方向に進入することが可能な角度であり、大きい値であるほど、シフタ側係合部39と先行係合部52または歯車側係合部38との当接または係合の機会が多くなり、したがってシフタ側係合部39と先行係合部52または歯車側係合部38との当接または係合がし易くなる。この実施形態では、間隔角度θ3がスペース角度θ5であり、間隔角度θ4がスペース角度θ6である。
【0028】
摩擦力発生部材60は、弾性変形量に応じた弾発力としてのバネ力を発生する弾発部材であるバネ61と、該バネ61を変速歯車12bの外周壁42に保持する保持部材としての円環状の止め輪62とを有する。本体51に当接して摩擦リング50を軸方向に付勢する円環状の皿バネからなるバネ61は、軸方向での一端であると共に端面50aとは軸方向で反対側の軸方向端面51cにて本体51に当接し、軸方向での他端で中間部材としてのワッシャ63を介して止め輪62に支持される。
【0029】
バネ61の少なくとも一部、好ましくはその過半、この実施形態ではその全体が、軸方向で、摩擦リング50において本体51と先行係合部52との軸方向での段差部52cと同じ位置に配置されるので、軸方向で同期機構Sが小型化される。
【0030】
本体51および先行係合部52と底壁44との間には、軸方向での空隙70が形成される。このため、変速歯車12bおよび摩擦リング50の熱膨張や外周面51aおよび内周面42aにおいて摩耗が発生したとしても、摩擦リング50がバネ61によりこの環状の空隙70に向かって付勢されていることにより、摩擦リング50は該熱膨張および該摩耗に起因する隙間が外周面51a・内周面42a間に生じないように空隙70に向かって移動可能である。これにより、外周面51aおよび内周面42aの接触状態が維持されて、所要の摩擦力が確保される。
【0031】
図1,図3を参照すると、制御装置7は、検出手段8により検出されるシフトドラム28の回転位置に基づいて、シフタ側係合部39が後述する先行係合部52と当接する位置で、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接直後に、電動モータ27の回転を一旦停止し、所定時間経過後に電動モータ27の回転を再開して、係合クラッチ32が接続完了状態になるまで、シフタ22を軸方向に移動させる。
ここで、前記所定時間は、変速の迅速化を妨げない範囲の値であることを前提に、シフタ22と変速歯車12bとの回転速度差を小さくする観点から設定される。そして、該所定時間は、例えば、変速比や機関回転速度に応じて、変速時の変速比の変化が大きいほど、または変速開始時の機関回転速度が大きいほど、長く設定されてもよい。
【0032】
以下、図2〜図5を参照して、変速機Mにおける変速の一例として、第1変速比から第2変速比への変速時の同期機構Sの動作について説明する。
【0033】
第1係合クラッチ32により第1変速比が確立している状態から第2係合クラッチ32による第2変速比への変速時に、制御装置7は、検出手段8(図1参照)により検出される状態に基づいて電動モータ27を作動させ、該電動モータ27がシフトドラム28およびシフトフォーク29を介して第1,第2シフタ21,22(図1参照)を軸方向に移動させる。そして、第1シフタ21の移動により第1係合クラッチ31が接続完了状態から非接続状態に移行する一方、第2シフタ22の移動により、第2係合クラッチ32が非接続状態から接続完了状態に移行する。
【0034】
この第2変速比への変速の際、シフタ22が軸方向へ移動を開始した直後であって、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接前に、摩擦リング50は、バネ61で付勢されていることに基づいて外周面51aと内周面42aとの間で発生する摩擦力により、変速歯車12bと一体に回転している(例えば、図3に実線で示され、図2に示される状態。)。
その後、シフタ22がさらに歯車側係合部38に近づく方向に移動して、シフタ側係合部39と先行係合部52とが周方向で当接する一方で歯車側係合部38とシフタ側係合部39とが周方向で当接していない同期化過程(例えば、図3にシフタ側係合部39が一点鎖線で示され、また図4に示される状態。)では、摩擦リング50は、カウンタ軸4と一体に回転しているシフタ22と一体に回転すると共に、変速歯車12bに対しては外周面51aが内周面42aに摺接しながら相対回転する。このとき、バネ61の付勢により発生する摩擦リング50と変速歯車12bとの間の前記摩擦力により、第2変速クラッチ32が切断状態にある第2メイン軸3bの入力側変速歯車12aと噛合する出力側変速歯車12bの回転速度が低下して、第1変速比での回転速度で回転していたシフタ22の回転速度に近づき、変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度を同期化する。それゆえ、外周面51aおよび内周面42aは、内周面42aを有する変速歯車12bの回転速度を低下させるブレーキ面である。
このように、摩擦リング50と変速歯車12b(または凹部40)との間に、変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度を同期化する摩擦力を発生させるために、シフタ側係合部39が摩擦リング50を軸方向に移動させる必要がない。
【0035】
また、制御装置7は、検出手段8により検出されるシフトドラム28の回転位置に基づいて、シフタ側係合部39が先行係合部52と当接する位置で、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接直後、すなわち前記同期化過程の開始時に、電動モータ27の回転を一旦停止して、シフタ22の移動を一旦停止し、前記所定時間経過後に電動モータ27の回転およびシフタ22の移動を再開して、シフタ側係合部39および歯車側係合部38が当接して係合クラッチ32が接続完了状態(例えば、図3にシフタ側係合部39が二点鎖線で示され、図5に示される状態。)になるまで、シフタ22を軸方向に移動させて、第2変速比が確立される。
なお、前記同期化過程において変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度が完全に同期したとき(すなわち、回転速度が一致したとき)には、シフタ側係合部39と歯車側係合部38とが軸方向で当接して変速に時間がかかる場合または変速ができない場合があり得るが、その場合には、シフタ側係合部39と歯車側係合部38とが軸方向で当接した状態にあることを、例えば変速に要する時間、またはメイン軸3およびカウンタ軸4の回転速度の検出を通じて検出して、変速操作をやり直すことにより対応できる。
【0036】
次に、前述のように構成された実施形態の作用および効果について説明する。
第2係合クラッチ32が、歯車側係合部38およびシフタ側係合部39が互いに周方向で当接している接続完了状態にあるとき、変速歯車12bおよびシフタ22が一体に回転することにより変速歯車12bで規定される変速比が確立される車両用歯車変速機Mにおいて、同期機構Sは、変速歯車12bと接触した状態で該変速歯車12bに対して回転可能に支持される摩擦リング50と、摩擦リング50と変速歯車12bとの間で摩擦力を発生させるバネ61とを備え、摩擦リング50は、変速時に変速操作装置26により操作されたシフタ22が軸方向に移動して第2係合クラッチ32の歯車側係合部38およびシフタ側係合部39が互いに当接する前に、シフタ側係合部39が周方向で当接する先行係合部52を有し、摩擦リング50は、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接前にバネ61が発生する前記摩擦力により変速歯車12bと一体に回転すると共に、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接時に、変速歯車12bに対して相対回転しながら、バネ61が発生する前記摩擦力により変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度を同期化し、シフタ22は、シフタ側係合部39および先行係合部52が当接した後、さらに軸方向に移動して、歯車側係合部38およびシフタ側係合部39を周方向で互いに当接させる。
この構造により、変速時に、変速操作装置26により駆動されたシフタ22が軸方向に移動して、シフタ側係合部39と先行係合部52とが当接することで、摩擦リング50と変速歯車12bとの間で作用する摩擦力により、変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度が同期化されて、両者の回転速度差が小さくなった後に、シフタ22がさらに軸方向に移動することにより、係合クラッチ32の歯車側係合部38とシフタ側係合部39とが互いに当接して係合クラッチ32が接続完了状態になるので、変速時の衝撃が緩和されて、該衝撃および衝撃音が低減する。
そして、変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度の同期化のための前記摩擦力は、軸方向でのシフタ22の移動とは無関係に、シフタ22とは別個の部材であるバネ61により発生するので、該摩擦力を発生させるために摩擦リング50をシフタ22で軸方向に移動させる必要がない。この結果、同期機構Sを備えた歯車変速機Mにおいて、係合クラッチ32が非接続状態にある変速開始から接続完了状態までのシフタ22の軸方向移動量を小さくすることができて、変速が迅速化される。
また、同期化のための摩擦力を発生させるために、シフタ22により摩擦リング50を軸方向に付勢する必要がないので、変速操作装置26によるシフタ22の操作力を軽減できる。この結果、変速操作装置26がシフタ22を操作する電動モータ27を備える自動式の変速操作装置26における該電動モータ27の小型化が可能になる。
また、摩擦リング50の先行係合部52および該先行係合部52と係合するシフタ側係合部39には、従来技術のシフタ22およびシンクロナイザリングに形成されているチャンファを形成する必要がないので、コストを削減できる。
さらに、歯車側係合部38およびシフタ側係合部39は、変速歯車12bおよびシフタ22が同期化された後に周方向で互いに当接するので、係合クラッチ32が接続完了状態の状態で、周方向でのシフタ側係合部39の形成角度θ7とスペース角度θ5との差により形成される歯車側係合部38とシフタ側係合部39との間の周方向遊びを減少させることが可能になるので、係合クラッチ32が接続完了状態にあるときのカウンタ軸4の回転変動に起因する歯車側係合部38とシフタ側係合部39との衝撃および衝撃音を低減できる。
【0037】
摩擦リング50および変速歯車12bの接触面である外周面51aおよび内周面42aは、カウンタ軸4の回転中心線L2を中心軸線とするテーパ面であり、摩擦力発生部材60は、該テーパ面が先細となる方向に摩擦リング50を付勢するバネ61を有することにより、テーパ面からなる外周面51aにて変速歯車12bと接触する摩擦リング50が、変速歯車12bのテーパ面からなる内周面42aに対してバネ61により付勢されているので、摩擦リング50および変速歯車12bの熱膨張や、外周面51aおよび内周面42aでの摩耗等の経年変化が発生したとしても、外周面51aおよび内周面42aでの接触状態を維持できる。この結果、簡単な構造により、摩耗などの経年変化や温度変化に対して、同期機構Sの同期化機能を確保できる。
【0038】
周方向での先行係合部52の形成角度θ2は、周方向での歯車側係合部38の形成角度θ1よりも小さいことにより、先行係合部52の形成角度θ2が歯車側係合部38の形成角度θ1よりも小さい分だけ、周方向で先行係合部52が形成されていない角度範囲であるスペース角度θ6を、周方向で歯車側係合部38が形成されていない角度範囲であるスペース角度θ5よりも大きくできるので、シフタ側係合部39と先行係合部52とが当接する機会が、シフタ側係合部39と歯車側係合部38とが当接する機会よりも多くなり、変速歯車12bとシフタ22との同期化の機会が多くなって、変速の迅速化が可能になる。そして、先行係合部52の数が歯車側係合部38の数よりも少ないことにより、変速歯車12bとシフタ22との同期化の機会が一層多くなる。
【0039】
変速操作装置26は、制御装置7により制御されてシフタ22を軸方向に操作する電動モータ27を備え、制御装置7は、シフタ側係合部39と先行係合部52とが当接する位置で、シフタ22の軸方向での移動を一旦停止することにより、シフタ22が移動して、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接後で、歯車側係合部38とシフタ側係合部39との当接の前に、シフタ22が停止する前記所定時間の分だけ、変速歯車12bとシフタ22との回転速度の同期化の時間を長く取ることができる。この結果、変速歯車12bとシフタ22との回転速度差が一層小さい状態で歯車側係合部38とシフタ側係合部39とを当接させることができるので、変速時の衝撃および衝撃音を一層低減できる。
【0040】
摩擦リング50の少なくとも一部、好ましくはその全体は、軸方向で歯車側係合部38と同じ位置にあることにより、変速歯車12bにおいて摩擦リング50および歯車側係合部38が軸方向で同じ位置にあるので、歯車側係合部38に対して摩擦リング50を軸方向でコンパクトに配置できる。また、先行係合部52は、歯車側係合部38の最小軸方向幅の1/3以下の突出量W3で、第1係合部に対して軸方向に突出していることにより、先行係合部52が歯車側係合部38に対して軸方向に突出する突出量W3を小さくすることができる。
このような各構成により、同期機構Sが設けられた変速歯車12bを軸方向で小型化でき、またシフタ22の軸方向移動量を小さくできるので、変速の迅速化ができ、さらに軸方向でシフタ22と変速歯車12bを近接して配置できるので、歯車変速機Mを軸方向で小型化できる。
【0041】
以下、前述した実施形態の一部の構成を変更した実施形態について、変更した構成に関して説明する。
前記第1回転体がシフタ22、前記第2回転体が変速歯車12bであってもよく、したがって同期機構Sは、前記実施形態では変速歯車12bに設けられたが、シフタ22に設けられてもよい。
変速歯車12bおよびシフタ22の回転速度の同期化のために、図3に二点鎖線で示されるように、シフタ側係合部39に凸部39aが設けられ、該凸部39aが先行係合部52に当接してもよい。この場合、軸方向での凸部39aの突出量を大きくすることにより、先行係合部52は、軸方向に突出する凸部で構成されることなく、本体51に対して軸方向でシフタ側係合部39に向かって突出しないよいうに形成されてよく、さらには凹部により構成されてもよい。
制御装置7は、シフタ側係合部39と先行係合部52との当接直後に、前記実施形態では、電動モータ27の回転を一旦停止したが、電動モータ27の回転を減速して、シフタ22が軸方向へ移動するときの速度を減速し、所定時間経過後に電動モータ27の回転を増速して、例えば減速前の速度に戻すことにより、係合クラッチ32が接続完了状態になるまで、シフタ22を軸方向に移動させてもよく、この場合にも、シフタ22が減速する前記所定時間の分だけ、減速しないときに比べて変速歯車12bとシフタ22との回転速度の同期化の時間を長く取ることができるので、シフタ22の移動を一旦停止する場合と同様の作用・効果が奏される。
変速操作装置26は、電動モータ27などのアクチュエータを備えることなく、操作者としての運転者により操作されるマニュアル式の変速操作装置26でもよく、その場合には、シフタ22の操作力の軽減により、変速操作の軽快性が向上する。
摩擦リング50は、凹部40内において、外周壁42と接触することなく、摩擦リング50の軸方向端面50aが底壁44の底面44aと接触して、該軸方向端面50aおよび該底面44aとの間で摩擦力が発生するように配置されてもよい。また、摩擦リング50は、外周壁42と接触することなく、歯車側係合部38よりも径方向内方に配置されて、摩擦リング50の内周面が内周壁43の外周面と接触して、該内周面および外周面との間で摩擦力が発生するように配置されてもよい。これらの場合、軸方向端面、底面、内周面および外周面は、いずれも接触面を構成する。
バネ61は皿バネ以外のバネであってもよく、また付勢部材はバネ以外の弾性部材であってもよい。
摩擦力発生部材は、遠心ウエイトを備え、メイン軸またはカウンタ軸の回転速度に応じて変化する付勢力で摩擦リングを付勢するものであってもよい。
歯車変速機が備える前記設定数の係合クラッチのうちで、1以上の一部の係合クラッチまたは全ての係合クラッチが、同期機構Sを有していてもよい。
【0042】
歯車変速機は、車両以外の機械に備えられてもよい。
【符号の説明】
【0043】
3…メイン軸、4…カウンタ軸、7…制御装置、11a〜16a,11b〜16b…変速歯車、21〜24…シフタ、26…変速操作装置、31〜36…係合クラッチ、38…歯車側係合部、39…シフタ側係合部、40…凹部、42…外周壁、50…摩擦リング、60…摩擦力発生部材、61…バネ、
M…歯車変速機、E…内燃機関、L1,L2…回転中心線、S…同期機構、W3…突出量、θ1,θ2…形成角度。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転軸に設けられた変速歯車と、前記回転軸に軸方向に移動可能に設けられると共に変速操作装置により操作されるシフタと、前記変速歯車に設けられた歯車側係合部と前記シフタに設けられたシフタ側係合部とを有する係合クラッチと、変速時に前記変速歯車および前記シフタの回転速度を同期化する同期機構とを備え、
前記係合クラッチが、前記歯車側係合部および前記シフタ側係合部が互いに周方向で当接している接続完了状態にあるとき、前記変速歯車および前記シフタが一体に回転することにより前記変速歯車で規定される変速比が確立される歯車変速機において、
前記変速歯車および前記シフタのうちの一方を第1回転体とする共に他方を第2回転体とし、かつ、前記歯車側係合部および前記シフタ側係合部のうちの一方を前記第1回転体の第1係合部とすると共に他方を前記第2回転体の第2係合部とするとき、
前記同期機構は、前記第1回転体と接触した状態で前記第1回転体に対して回転可能に支持される摩擦回転体と、前記摩擦回転体と前記第1回転体との間で摩擦力を発生させる摩擦力発生部材とを備え、
前記摩擦回転体は、変速時に前記変速操作装置により操作された前記シフタが軸方向に移動して前記第1係合部および前記第2係合部が互いに当接する前に、前記第2係合部が周方向で当接する先行係合部を有し、
前記摩擦回転体は、前記第2係合部と前記先行係合部との当接前に前記摩擦力発生部材が発生する前記摩擦力により前記第1回転体と一体に回転すると共に、前記第2係合部と前記先行係合部との当接時に、前記第1回転体に対して相対回転しながら、前記摩擦力発生部材が発生する前記摩擦力により前記第1回転体および前記第2回転体の回転速度を同期化し、
前記シフタは、前記第2係合部および前記先行係合部が当接した後、さらに軸方向に移動して、前記第1係合部および前記第2係合部を周方向で互いに当接させることを特徴とする歯車変速機。
【請求項2】
請求項1記載の歯車変速機において、
前記摩擦回転体および前記第1回転体の接触面は、前記回転軸の回転中心線を中心軸線とするテーパ面であり、
前記摩擦力発生部材は、前記テーパ面が先細となる方向に前記摩擦回転体を付勢する付勢部材を有することを特徴とする歯車変速機。
【請求項3】
請求項1または2記載の歯車変速機において、
周方向での前記先行係合部の形成角度は、周方向での前記第1係合部の形成角度よりも小さいことを特徴とする歯車変速機。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項記載の歯車変速機において、
前記変速操作装置は、制御装置により制御されて前記シフタを軸方向に操作するアクチュエータを備え、
前記制御装置は、前記第2係合部と前記先行係合部とが当接する位置で、前記シフタの軸方向での移動を減速または一旦停止することを特徴とする歯車変速機。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項記載の歯車変速機において、
前記摩擦回転体の少なくとも一部は、軸方向で前記第1係合部と同じ位置にあることを特徴とする歯車変速機。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項記載の歯車変速機において、
前記先行係合部は、前記第1係合部の最小軸方向幅の1/3以下の突出量で、前記第1係合部に対して軸方向に突出していることを特徴とする歯車変速機。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−185559(P2010−185559A)
【公開日】平成22年8月26日(2010.8.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−31816(P2009−31816)
【出願日】平成21年2月13日(2009.2.13)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【Fターム(参考)】