説明

溶銑の脱りん方法

【課題】蛍石を使用しないで、溶銑中のP濃度を0.020%以下とすることができる、溶銑の脱りん方法を提供する。
【解決手段】上底吹き転炉を用い、粉状のCaO含有脱りん剤を上吹きランスから溶銑に吹き付けて脱りん処理するに際し、前記吹き付ける粉状のCaO含有脱りん剤質量を、転炉内に投入する全CaOの合計質量の40%以上、脱りん処理後の配合塩基度(添加したCaOの、溶銑中のSiO2に対する比の値)を2.0〜3.0、脱りん処理後の溶銑温度を1350℃〜1420℃とする。そして、前記粉状のCaO含有脱りん剤の溶銑への吹き付けを、当該脱りん処理における上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間T1の15〜35%経過後に開始し、前記時間T1の85%〜100%経過時までの間継続し、かつ、吹き付け継続期間中の平均脱りん剤吹き付け速度を0.5〜3.0kg/min/tとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蛍石等、ハロゲン系化合物の滓化促進剤を使用しないで、溶銑中のP濃度を0.020重量%以下とすること、または80%以上の溶銑の脱りん率を安定して達成することができる溶銑の脱りん方法に関する。以下、本明細書では、溶銑やスラグ、生石灰等の成分組成についての「質量%」を、単に「%」とも表示する。
【背景技術】
【0002】
近年、鋼材に対する品質要求が高度化し、低りん鋼に対する需要が増大している。これに対応するため、CaO含有脱りん材を用いる溶銑脱りん法が開発された。CaO含有脱りん剤中のCaOによる脱りん反応は、下記(a)式のように進行する。
3(CaO)+5(FeO)+2[P]=(3CaO・P25)+5[Fe] …(a)
ここで、( )はかっこ内の化学式の物質がスラグ中に、[ ]はかっこ内の化学式の物質が溶銑中に存在することを示す。
【0003】
この溶銑脱りん処理を効果的に行うには、十分な濃度の(CaO)がスラグ中に溶解して存在し、脱りん処理に必要なレベルの(FeO)濃度がスラグ中で維持されることが必要である。CaOの融点は2570℃と高いため、CaOの滓化促進には、何らかの滓化促進剤の添加が必要である。そこで、従来から、脱りん処理に塊状の生石灰(CaO)を用いる場合には、例えば蛍石等のハロゲン系化合物が滓化促進剤として併用されてきた。
【0004】
ハロゲン系化合物を含むスラグには、脱りん処理に用いる容器の耐火物溶損量を増加させるという問題がある。また、近年、鉄鋼の副産物であるスラグの有効利用技術が環境問題の視点から望まれているのに対して、蛍石等のハロゲン系化合物のスラグへの混入は、スラグの用途が限定されるため好ましくない。
【0005】
この問題を解決するため、特許文献1および特許文献2には、蛍石等の滓化促進剤を使用せず、粉状のCaOを上吹き酸素とともに溶銑に吹き付ける、溶銑の脱りん処理方法が開示されている。
【0006】
しかし、特許文献1に記載の方法の場合、上吹き酸素等によって飛散した溶銑の飛沫であるスピッティングの量が増大し、鉄歩留まりの低下および炉口地金付きの増加という問題がある。炉口地金付きが増加すると、転炉炉口が小さくなるため、スクラップシュートが入らない等の、操業上の問題が発生する。
【0007】
この問題に鑑みて、特許文献3では、CaO含有脱りん剤を溶銑に吹き付ける前に、塩基度0.4〜1.5のスラグを、溶銑表面をカバーするように生成させることで、スピッティング量が低減でき、かつ処理後の溶銑中のP濃度を0.030%以下にできることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平8−311523号公報
【特許文献2】特開2000−73112号公報
【特許文献3】特開2001−64713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、近年、鋼材に対する品質要求の高度化が進行し、低りん鋼よりさらにりん規格の厳しい、極低りん鋼の需要が増大してきた。そのため、蛍石等、ハロゲン系化合物の滓化促進剤を使用しないで、脱りん処理後の溶銑中の[P]濃度をさらに低下させる必要が生じてきた。
【0010】
本発明は、上記の問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、蛍石等、ハロゲン系化合物の滓化促進剤を使用しないで、溶銑中の[P]濃度を0.020%以下とすること、または80%以上の溶銑の脱りん率を安定して達成することができる、溶銑の脱りん方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、本発明者らは種々の検討を重ね、以下の知見を得た。
【0012】
〈知見1−1〉脱りん処理後の最終的な配合塩基度は2.0〜3.0とする。
配合塩基度は、下記(1)式で定義される。
配合塩基度=装入CaO(kg)/{装入SiO2(kg)+WSiO2(kg)} …(1)
ここで、上記(1)式中の各記号は下記の諸量を意味する。
装入CaO(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給中に転炉内へ添加されたCaO含有物質中に含まれるCaOの質量、
装入SiO2(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給中に転炉内へ添加されたSiO2含有物質中に含まれるSiO2の質量、
SiO2(kg):(溶銑およびスクラップ中に含有されたSi質量(kg))×2.14。
【0013】
転炉内に投入するCaO含有物質としては、CaOの含有率が90%以上の生石灰、CaOの含有率が40%以上の転炉スラグおよびCaOの含有率が30%以上の取鍋スラグが例示される。
【0014】
同様に、転炉内に投入するSiO2含有物質としては、SiO2の含有率が90%以上の珪石、SiO2の含有率が10%以上の転炉スラグおよびSiO2の含有率が5%以上の取鍋スラグが例示される。
【0015】
脱りん処理後の配合塩基度が3.0を超えて大きい場合、スラグ中のf.CaO(遊離CaO)が増加し、このスラグを路盤材として使用した際の特性が悪化する。脱りん処理後の配合塩基度が2.0未満である場合、溶銑の吹錬中にスロッピングが発生し、脱りん処理の操業に悪影響を及ぼすだけでなく、スラグ中における2CaO・SiO2(以下、「C2S」という)の晶出量が減少し、脱りん率が悪化する。
【0016】
また、配合塩基度が目標値に達すると、脱りん反応が進行しなくなる程度にスラグの固相率が高くなる。そのため、溶銑の吹錬の中期で配合塩基度が目標値に達すると、吹錬を継続しても脱りん反応がそれ以上進行しなくなる。
【0017】
〈知見1−2〉脱りん処理後の溶銑の温度は、1350℃〜1420℃とする。
一般的に溶銑は低温である方が脱りん反応に有利である。しかし、低温での脱りん処理は、炉内付着地金が増加するため、操業上の問題が発生する。そのため、脱りん処理後の溶銑の温度は1350℃以上とする。また、溶銑の温度が1420℃を超えて高いと脱りん率が悪化するため、脱りん処理後の溶銑の温度は1420℃以下とする。
【0018】
〈知見1−3〉吹錬初期のスラグの塩基度調整用のCaO源は、生石灰の他に取鍋スラグを使用するのが望ましい。
取鍋スラグは、一旦溶融したスラグであるとともに、Al23を含有するため、吹錬初期にスラグの液相率を高める効果がある。取鍋スラグの代表組成はCaO:30〜50%、SiO2:5〜20%、Al23:20〜30%である。取鍋スラグの投入量は、溶銑1トンあたりの質量(kg)として、3.0kg/t〜12kg/tとするのが望ましい。取鍋スラグの投入量が、3.0kg/tより少ないとスラグの液相率を高める効果が小さくなり、12kg/tを超えて大きいとスラグのAl23濃度が上昇してスロッピングの発生が著しくなるためである。
【0019】
〈知見2〉吹錬期間中のスラグの塩基度推移も脱りん反応に大きく影響する。
溶銑の吹錬が進行するとともに、脱りん反応が進行し、スラグの塩基度が上昇すると、スラグの液相(以下、「液相スラグ」ともいう)中に固相が晶出する。晶出した固相のうち、C2Sは、りん酸を3CaO・P25(以下、「C3P」という)として固溶することが広く知られている。
【0020】
このような固相の晶出を、脱りん処理に有効に利用することで、脱りん効率を高められる。C2Sは、液相スラグ中のP25と反応するため、液相スラグ中に溶銑中の[P]を極力移行させた吹錬の末期にC2Sを晶出させることが、脱りん効率を向上させる上で重要である。したがって、効率的に脱りんを進行させるには、吹錬中のスラグの塩基度の推移の制御が重要である。具体的には、配合塩基度を以下のように制御することによって、スラグの塩基度の推移を制御するのが望ましい。
【0021】
上吹き酸素の供給開始前、または上吹き酸素の供給開始後、全上吹き酸素の供給時間の20%経過時までに、取鍋スラグを添加し、下記(2)および(3)式で定義される、上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の30%経過までの期間の経過中配合塩基度を、0.5以上1.5以下となるように調整する。
経過中配合塩基度=経過中装入CaO(kg)/{経過中装入SiO2(kg)+MSiO2(kg)} …(2)
SiO2(kg)=WSiO2(kg)/{(QΔSi(Nm3)/η)/VO2(Nm3/s)}×t(s) …(3)
ここで、上記(2)式および(3)式中の各記号は下記の諸量を意味する。
経過中装入CaO(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給開始後t(s)までに転炉内へ添加されたCaO含有物物質に含まれるCaOの質量、
経過中装入SiO2(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給開始後t(s)までに転炉内へ添加されたSiO2含有物物質に含まれるSiO2の質量、
ΔSi(Nm3):(溶銑およびスクラップ中に含有されたSi質量(kg))×0.80、
η:供給酸素のSiとの反応効率(0.75)、
O2(Nm3/s):酸素供給速度、
t(s):上吹き酸素の供給開始時からの酸素供給時間。
【0022】
〈知見3〉溶銑脱りん吹錬中の期間ごとに最適なスラグの塩基度が存在する。
溶銑脱りん吹錬中には、期間ごとに最適なスラグの塩基度が存在する。そして、吹錬中のスラグの塩基度の制御には、CaO源の添加速度の調整、すなわちスラグの塩基度の推移の調整が可能な、粉体CaO含有脱りん剤を使用する。スラグの塩基度の調整幅を広くするため、全CaO添加量の40%以上を上吹きCaO粉とする。
【0023】
ところで、特許文献2には、以下の内容の低りん鋼の溶製方法が示されている。
A.処理時間は7〜10分とする。
B.CaO粉の供給は、塊状石灰源の添加直後より開始してもよいし、Si吹き後(通常2分程度経過後)に開始してもよい。
C.塊状石灰源の投入のタイミングは吹錬スタート時とし、CaO粉の投入のタイミングは吹錬期間の10〜75%の間とする。
【0024】
このように、特許文献2には、CaO粉の供給期間については示されている。しかし、CaO粉を供給開始するタイミングおよび供給終了するタイミング、ならびにCaO粉の供給速度についての最適な組み合わせ範囲は明示されていない。
【0025】
本発明者らは、上述の知見1−1〜1−3、2および3を得る過程での検討により、最も効率的に脱りん反応を進行させるには、CaO含有脱りん剤の吹き付けを開始するタイミングおよび吹き付けを終了するタイミング、ならびに粉体吹き付け速度の最適な組み合わせ範囲が存在すると考察し、さらに検討した。その結果、以下の知見を得た。
【0026】
〈知見4〉脱りん反応の進行に最適な、粉状CaO含有脱りん剤の吹き付け開始、終了タイミングおよび平均吹き付け速度の組み合わせ範囲が存在する。
具体的には、CaO含有脱りん剤の吹き付けを、その脱りん処理における上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の15〜35%経過後に開始し、上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の85%〜100%経過時までの間継続し、かつ、吹き付け継続期間中の平均脱りん剤吹き付け速度を0.5〜3.0kg/min/tとすることにより、最も効率的に脱りん反応を進行させることができる。平均脱りん剤吹き付け速度とは、溶銑1トンあたりの、単位時間あたりのCaO含有脱りん剤の吹き付け質量を意味する。
【0027】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は下記〔1〕および〔2〕に示す溶銑の脱りん方法にある。
【0028】
〔1〕上底吹き転炉を用い、粒径が100メッシュ以下でCaOを90質量%以上含有する粉状のCaO含有脱りん剤を、酸素をキャリアガスとして、上吹きランスから溶銑に吹き付けて脱りん処理するに際し、前記吹き付ける粉状のCaO含有脱りん剤質量を、前記吹き付ける粉状のCaO含有脱りん剤と別途転炉内に投入する上置き生石灰との合計質量の40%以上とし、かつ、上記(1)式で定義される脱りん処理後の配合塩基度を2.0〜3.0に、脱りん処理後の溶銑温度を1350℃〜1420℃に調整する、溶銑の脱りん方法であって、前記粉状のCaO含有脱りん剤の溶銑への吹き付けを、当該脱りん処理における上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の15〜35%経過時に開始し、前記上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の85%〜100%経過時までの間継続し、かつ、吹き付け継続期間中の平均脱りん剤吹き付け速度を0.5〜3.0kg/min/tとすることを特徴とする溶銑の脱りん方法。
【0029】
〔2〕上吹き酸素の供給開始前、または上吹き酸素の供給開始後、全上吹き酸素の供給時間の20%経過時までに、取鍋スラグを添加し、上記(2)および(3)式で定義される、前記上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の30%経過までの期間の経過中配合塩基度を、0.5以上1.5以下となるよう調整することを特徴とする、前記〔1〕に記載の溶銑の脱りん方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明の溶銑の脱りん方法によれば、吹錬中の塩基度、CaO含有脱りん剤の吹き付け速度、ならびにCaO含有脱りん剤の吹き付け開始のタイミングおよび吹き付け終了のタイミングを制御することで、蛍石等、ハロゲン系化合物の滓化促進剤を使用しないで、脱りん処理後の溶銑中のP濃度を0.020%以下にすること、または80%以上の溶銑の脱りん率を安定して達成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】脱りん率に及ぼすCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングの影響を示すグラフである。
【図2】CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングが85%以上かつCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが15%以上35%以下の条件において、脱りん率に及ぼすCaO含有脱りん剤の吹き付け速度の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の溶銑の脱りん方法、および上記の知見を確認するための試験について、以下に説明する。
【0033】
1.本発明の溶銑の脱りん方法について
本発明の溶銑の脱りん方法は、前記〔1〕に記載の方法である。
【0034】
本発明の溶銑の脱りん方法を実施する脱りん処理溶炉は、通常の上底吹き転炉を使用する。しかし、上底吹き転炉と異なる脱りん専用炉も使用できる。
【0035】
CaO含有脱りん剤およびキャリアガスの上吹きには、ランスを使用する。ランスとしては、通常のラバールノズルを有する単孔または多孔(3〜10孔)の水冷ランスも使用できるが、本発明の溶銑の脱りん方法では、粉状の脱りん剤を上吹きするため、ストレートノズルまたは先細ノズルを有するランスが望ましい。
【0036】
上吹き用の粉状のCaO含有脱りん剤とは、酸素ガスによって搬送および吹き付けが可能な粉状または粒状の脱りん剤を意味する。この脱りん剤のCaO分の含有率は90%以上とする。好ましい脱りん剤として、粒径が100メッシュ(147μm)以下の微粉により構成される脱りん剤が例示できる。ただし、粒径が3mm以下の粗粒が含まれていてもよい。粒径が100メッシュ以下の微粉が好ましい理由は、上吹き後直ちに滓化するからである。
【0037】
溶銑上に上置きする、上置き用のCaO含有脱りん剤は、粒径が5mm〜50mmのものが望ましい。5mm未満の細粒であると集塵ロスが大きくなり、50mmを超えて大きいと滓化不良となるからである。
【0038】
攪拌用の底吹きガスには、CO2、CO、ArおよびN2の1種、または2種以上の混合ガスを使用することができる。
【0039】
底吹きガスの流量は、目標とする脱りん処理時間によって異なるものの、0.05Nm3/min/t〜0.4Nm3/min/tが望ましい。0.05Nm3/min/t未満の場合、脱りん速度が低下するおそれがある。0.4Nm3/min/tを超えて大きい場合、スラグ中(FeO)の溶銑中の[C]による還元が促進されて、脱りん率が悪化するおそれがある。
【0040】
上吹きに使用するキャリアガスとしての酸素ガスは、工業用の純酸素が望ましい。上吹きする酸素ガスの流量は、目標とする脱りん処理時間、溶銑中の[Si]濃度および溶銑温度によって異なるものの、0.5Nm3/min/t〜3.0Nm3/min/tが望ましい。0.5Nm3/min/t未満の場合、脱りん処理時間が長くなり、溶銑の生産性が悪化するおそれがある。3.0Nm3/min/tを超えて大きいと、脱C反応が過剰に進行するおそれがある。脱りん処理後の溶銑中の[C]濃度が低くなりすぎると、次工程の脱炭処理における熱源が不足するおそれがある。
【0041】
2.上記知見の確認試験について
本発明をなす基礎となった、上記の知見を確認するための試験について説明する。この試験では、CaO含有脱りん剤を上吹きするタイミングが脱りん率に及ぼす影響を調査した。
【0042】
2−1.試験条件
脱りん処理溶炉として、通常の上底吹き転炉を用いた。粉状のCaO含有脱りん剤の上吹きには、ストレートノズルを有するランスを用いた。粉状のCaO含有脱りん剤には、CaO含有率が90%以上であり、粒径が100メッシュ以下のものを用いた。
【0043】
上吹きランスから吹き付ける粉状のCaO含有脱りん剤の質量は、この粉状のCaO含有脱りん剤と別途転炉内に投入する上置き生石灰との合計質量の40%以上とした。脱りん処理後(吹錬終了時)の配合塩基度は、2.0〜3.0に調整した。脱りん処理後の溶銑温度は、1350〜1420℃に調整した。
【0044】
脱りん処理前の溶銑の[C]濃度は4.6%〜4.9%、[Si]濃度は0.19%〜0.55%、[P]濃度は0.099%〜0.124%であった。脱りん処理前の溶銑温度は1300℃〜1400℃であった。転炉に装入した溶銑の質量は約250t〜270t、スクラップの質量は約20t〜40tとした。また、脱りん剤の粒径、底吹きガスのガス種および流量等については、上記の望ましい範囲内とした。
【0045】
表1には、No.1〜40の試験についての、脱りん処理前の溶銑中の[C]濃度、[Si]濃度および[P]濃度、ならびに粉状のCaO含有脱りん剤の吹き付けタイミングおよび吹き付け速度を示す。
【0046】
【表1】

【0047】
2−2.試験結果
表1には、試験条件と併せて、脱りん処理後の溶銑中の[P]濃度(表1では「脱P後[P]」)、脱りん率(表1では「脱P率」)、スロッピングの発生の有無、脱りん率の評価(表1では「脱P」)を示す。脱りん率は、脱りん処理前の溶銑中の[P]濃度をP1、脱りん処理後の溶銑中の[P]濃度をP2とした場合、(P1−P2)/P1により算出した。スロッピングの欄において、○はスロッピングが発生しなかったこと、×はスロッピングが発生したことを表す。脱Pの欄において、○は脱りん率が80%を超えて大きく、評価が良好であったこと、×は脱りん率が80%以下であり、評価が不可であったことを表す。
【0048】
図1は、脱りん率に及ぼすCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングの影響を示すグラフである。図1のグラフは、横軸をCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミング(%)、縦軸を脱りん率(%)とした。CaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングとは、上吹き酸素の供給開始からCaO含有脱りん剤の吹き付け開始までの時間(T2)が、その脱りん処理のための吹錬における全上吹き酸素の供給時間(T1)において占めた時間の比率(T2/T1)である。
【0049】
図1のグラフでは、脱りん率に及ぼすCaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングの影響を併せて示すため、表1に示すNo.1〜40の試験結果を、CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングが85%以上の場合は●、85%未満の場合は○として、層別して表した。CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングとは、上吹き酸素の供給開始からCaO含有脱りん剤の吹き付け終了までの時間(T3)が、その脱りん処理のための吹錬における全上吹き酸素の供給時間(T1)において占めた時間の比率(T3/T1)である。
【0050】
図1のグラフから、CaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが35%以下の場合には、CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングが85%以上の方が、同タイミングが85%未満の場合よりも、全体として脱りん率が良好であったことがわかる。
【0051】
その上、CaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが35%以下の場合には、CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングが85%以上かつCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが15%以上の条件において、70%以上の脱りん率が得られた。
【0052】
一方、CaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが35%よりも遅かった場合には、スロッピングが発生し、かつ、そのスロッピングの影響もあって、CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングに関係なく脱りん率が70%未満であった。
【0053】
図2は、CaO含有脱りん剤の吹き付け終了タイミングが85%以上かつCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが15%以上35%以下の条件において、脱りん率に及ぼすCaO含有脱りん剤の吹き付け速度の影響を示すグラフである。ここで、CaO含有脱りん剤の吹き付け速度とは、粉体の吹き付け開始から終了までの平均の吹き付け速度(溶銑1トンあたりの、単位時間あたりの吹き付け質量)を意味する。
【0054】
図2のグラフには、表1に示す試験のうち上記タイミングの条件に合致する、No.2、3、5〜7、13、18、19、31〜35および38の結果を示した。図2のグラフ中では、これらの試験結果のCaO含有脱りん剤の吹き付け速度を、表1のデータをもとに、0.5kg/min/t未満を×、0.5〜3.0kg/min/tを黒三角、3.0kg/min/tを超えて大きい場合を△として分類した。
【0055】
図2のグラフから、CaO含有脱りん剤の平均吹き付け速度が0.5〜3.0kg/min/tの範囲である場合、すなわち脱りん条件が本発明で規定する条件を全て満足する場合(No.2、3、5〜7、13、18および19)には、この範囲外の場合と比較して脱りん率が高く、80%を超えて大きい脱りん率が得られることが確認できた。また、脱りん条件が本発明で規定する条件を全て満足した試験のうち、No.5以外は溶銑中の[P]濃度が0.020%以下であった。
【0056】
さらに、本発明者らは、この確認試験の条件に加えて、前記〔2〕の条件、すなわち上吹き酸素の供給開始前、または上吹き酸素の供給開始後、全上吹き酸素の供給時間の20%経過時までに、取鍋スラグを添加し、かつ、上記(2)および(3)式で定義される、上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の30%経過までの期間の経過中配合塩基度を0.5以上1.5以下となるよう調整することにより、さらに脱りん率の向上が可能であることを確認した。
【実施例】
【0057】
本発明の溶銑の脱りん方法の効果を確認するため、下記の脱りん処理試験を行うとともに、溶銑の脱りん率の評価を行った。
【0058】
1.試験条件
脱りん処理溶炉として、通常の上底吹き転炉を用いた。粉状のCaO含有脱りん剤の上吹きには、ストレートノズルを有するランスを用いた。粉状のCaO含有脱りん剤には、CaO含有率が90%以上であり、粒径が100メッシュ以下のものを用いた。
【0059】
脱りん処理前の溶銑の[C]濃度は4.6%〜4.8%、[Si]濃度は0.11%〜0.45%、[P]濃度は0.099%〜0.122%であった。脱りん処理前の溶銑温度は1300℃〜1400℃であった。上底吹き転炉に装入した溶銑の質量は約250t〜270t、スクラップの質量は約20t〜40tとした。
【0060】
溶銑上に上置きする生石灰には、CaO純分が約92%であり、粒径が30mm以下の塊状のものを使用した。ランスから上吹きするCaO含有脱りん剤には、CaO純分が約92%であり、粒径が150μm以下の粉体生石灰を使用した。
【0061】
上吹きするCaO含有脱りん剤は、上吹きするCaO含有脱りん剤と別途転炉内に投入する上置き生石灰との合計質量の40%以上となるように調整した。
【0062】
Al23源として取鍋スラグを吹錬開始前または吹錬開始後2分以内に、上底吹き転炉内に投入した。取鍋スラグの投入量は、3.0〜12.0kg/tとした。
【0063】
また、固酸として使用する酸化鉄には、ミルスケール(鋼材の製造過程で、高温に加熱された鋼材の表面に発生した酸化物層)を使用した。溶銑1トンあたりの固酸の投入量は、5.1kg/t〜30.3kg/tとした。
【0064】
脱りん処理終了後の配合塩基度は2.0〜2.9とし、脱りん処理終了後の溶銑温度は1350℃〜1420℃とした。
【0065】
以上の条件で、CaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングおよび吹き付け終了タイミング、ならびにCaO含有脱りん剤の吹き付け速度をそれぞれ変更し、表2に示す条件で、溶銑の脱りん処理を実施した。
【0066】
【表2】

【0067】
表2のCaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングおよび吹き付け終了タイミングならびにCaO含有脱りん剤の吹き付け速度の欄の数値に付した下線は、その数値が本発明で規定する範囲内であることを表す。
【0068】
2.試験結果
表2には、試験条件と併せて、脱りん処理後の溶銑中の[P]濃度(表2中では「脱P後[P]」)、脱りん率(表2中では「脱P率」)、スロッピングの発生の有無、脱りん率の評価(表2中では「脱P」)を示した。スロッピングの欄において、○はスロッピングが発生しなかったこと、×はスロッピングが発生したことを表す。脱Pの欄において、○は脱りん率が80%を超えて大きく、評価が良好であったこと、×は脱りん率が80%以下であり、評価が不可であったことを表す。
【0069】
比較例1、3および14は、CaO含有脱りん剤の吹き付け開始タイミングが35%以降と、本発明の規定範囲外であり、脱Si反応が終了する時間からスロッピングが発生した。また、脱りん率も64%〜70%と、80%以下であった。
【0070】
比較例2、4および9は、CaO含有脱りん剤の吹き付け速度が0.5kg/min/t未満と、本発明の規定範囲外であり、吹錬全体を通じてスロッピングが発生した。また、脱りん率も66〜79%と、80%以下であった。
【0071】
比較例5〜8および10〜13では、スロッピングが発生しなかった。これは、吹錬中のスラグの塩基度が高く推移したためであると考えられる。しかしながら、脱りん率は65%〜78%と、80%以下であった。
【0072】
スロッピングが発生しなかった比較例のうち、比較例7、8および10のように、CaO含有脱りん剤の吹き付け速度が3.0kg/min/tを超えて大きくなると、スラグの塩基度が急激に上昇してしまい、スラグフォーミングが起こらなくなるため、スロッピングの発生は抑制される。しかし、スラグ中のT.Fe(全鉄分)が低くなるため、脱りん率は悪化する。比較例5、6および13のように、吹き付け開始タイミングが15%未満である場合も、同様の原因で、スロッピングの発生は抑制されるものの、脱りん率は悪化する。
【0073】
比較例11および12のように、吹き付け終了タイミングが85%未満である場合には、吹き付け終了時点でスラグが固化してしまい、脱りん反応が促進されなくなるため、脱りん率は低い値となる。
【0074】
本発明例1〜4においては、スロッピングの発生を抑制可能な範囲でスラブフォーミングが促進されるため、T.Feが上昇する。そのため、本発明例1〜4では、スロッピングの発生もなく、88〜92%の脱りん率が得られた。
【0075】
通常、転炉中への固酸投入量が増加すると、スラグ中のT.Feが増加するため、脱りん処理後の溶銑中の[P]濃度が低下する。固酸投入量は、溶銑の温度や成分によって変化するので、固酸投入量によらず、安定して脱りん処理後の溶銑中の[P]濃度を低下させる必要がある。しかし、本発明例1〜4では、固酸投入量によらず、高い脱りん率が得られた。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の溶銑の脱りん方法によれば、吹錬中の塩基度、CaO含有脱りん剤の吹き付け速度、ならびにCaO含有脱りん剤の吹き付け開始のタイミングおよび吹き付け終了のタイミングを制御することで、蛍石等、ハロゲン系化合物の滓化促進剤を使用しないで、脱りん処理後の溶銑中のP濃度を0.020%以下にすること、または80%以上の溶銑の脱りん率を安定して達成することができる。
【0077】
したがって、本発明の溶銑の脱りん方法は、蛍石等の滓化促進剤を使用しない脱りん方法として広範に適用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
上底吹き転炉を用い、
粒径が100メッシュ以下でCaOを90質量%以上含有する粉状のCaO含有脱りん剤を、酸素をキャリアガスとして、上吹きランスから溶銑に吹き付けて脱りん処理するに際し、
前記吹き付ける粉状のCaO含有脱りん剤質量を、前記吹き付ける粉状のCaO含有脱りん剤と別途転炉内に投入する上置き生石灰との合計質量の40%以上とし、
かつ、下記(1)式で定義される脱りん処理後の配合塩基度を2.0〜3.0に、脱りん処理後の溶銑温度を1350℃〜1420℃に調整する、溶銑の脱りん方法であって、
前記粉状のCaO含有脱りん剤の溶銑への吹き付けを、当該脱りん処理における上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の15〜35%経過時に開始し、前記上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の85%〜100%経過時までの間継続し、
かつ、吹き付け継続期間中の平均脱りん剤吹き付け速度を0.5〜3.0kg/min/tとすることを特徴とする溶銑の脱りん方法。
配合塩基度=装入CaO(kg)/{装入SiO2(kg)+WSiO2(kg)} …(1)
ここで、上記(1)式中の各記号は下記の諸量を意味する。
装入CaO(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給中に転炉内へ添加されたCaO含有物質中に含まれるCaOの質量、
装入SiO2(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給中に転炉内へ添加されたSiO2含有物質中に含まれるSiO2の質量、
SiO2(kg):(溶銑およびスクラップ中に含有されたSi質量(kg))×2.14。
【請求項2】
上吹き酸素の供給開始前、または上吹き酸素の供給開始後、全上吹き酸素の供給時間の20%経過時までに、取鍋スラグを添加し、
下記(2)および(3)式で定義される、前記上吹き酸素の供給開始時から全上吹き酸素の供給時間の30%経過までの期間の経過中配合塩基度を、0.5以上1.5以下となるよう調整することを特徴とする、請求項1に記載の溶銑の脱りん方法。
経過中配合塩基度=経過中装入CaO(kg)/{経過中装入SiO2(kg)+MSiO2(kg)} …(2)
SiO2(kg)=WSiO2(kg)/{(QΔSi(Nm3)/η)/VO2(Nm3/s)}×t(s) …(3)
ここで、上記(2)式および(3)式中の各記号は下記の諸量を意味する。
経過中装入CaO(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給開始後t(s)までに転炉内へ添加されたCaO含有物物質に含まれるCaOの質量、
経過中装入SiO2(kg):上吹き酸素の供給開始前、および上吹き酸素の供給開始後t(s)までに転炉内へ添加されたSiO2含有物物質に含まれるSiO2の質量、
ΔSi(Nm3):(溶銑およびスクラップ中に含有されたSi質量(kg))×0.80、
η:供給酸素のSiとの反応効率(0.75)、
O2(Nm3/s):酸素供給速度、
t(s):上吹き酸素の供給開始時からの酸素供給時間。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2011−6758(P2011−6758A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−153157(P2009−153157)
【出願日】平成21年6月29日(2009.6.29)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】