炭素膜形成装置、炭素膜形成方法、部材、工具、弾性部材および電極部材
【課題】鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成する。
【解決手段】制御部4は、酸溶液をウェットエッチング槽111に供給させる。そして、供給された酸溶液により鉄合金が浸漬されると、制御部4は、保温部420を制御してウェットエッチング槽111の内部の温度を、予め定めた時間に亘り予め定めた温度に維持する。これにより、鉄合金が有する酸化被膜が酸溶液に溶出する。制御部4は、ウェットエッチング槽111から酸溶液を排出させ、蒸留水をウェットエッチング槽111に供給させる。これにより、ウェットエッチング槽111の内壁や鉄合金に付着した酸溶液が洗浄される。ウェットエッチング槽111の内部に置かれた前処理後の鉄合金は、取り出されて成膜チャンバー330に置かれ、イオンビームエッチングにより酸化被膜をさらに除去された後、アーク放電などにより表面に炭素膜を形成される。
【解決手段】制御部4は、酸溶液をウェットエッチング槽111に供給させる。そして、供給された酸溶液により鉄合金が浸漬されると、制御部4は、保温部420を制御してウェットエッチング槽111の内部の温度を、予め定めた時間に亘り予め定めた温度に維持する。これにより、鉄合金が有する酸化被膜が酸溶液に溶出する。制御部4は、ウェットエッチング槽111から酸溶液を排出させ、蒸留水をウェットエッチング槽111に供給させる。これにより、ウェットエッチング槽111の内壁や鉄合金に付着した酸溶液が洗浄される。ウェットエッチング槽111の内部に置かれた前処理後の鉄合金は、取り出されて成膜チャンバー330に置かれ、イオンビームエッチングにより酸化被膜をさらに除去された後、アーク放電などにより表面に炭素膜を形成される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素膜形成装置および炭素膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc;フィルタードカソーディック真空アーク)方式によるアーク放電を利用した薄膜形成技術の研究が盛んに行われている。特許文献1は、FCVA装置に係る技術を開示する。この技術は、ガス圧が10-4Pa以下の真空中で、カソードとなるターゲット部分にアノード電極を機械的に接触することによって数10Aから数100A程度のアーク電流を流入させてアーク放電を発生させる。そしてターゲットの上部空間に発生するプラズマハンプからのイオンをカソードに衝突させて、カソードからカーボンイオンや電子等を発生させることでプラズマを持続させ、これらのカーボンイオンや電子を輸送用磁場ダクトで効率的に反応真空槽に導き、走査用磁場で均一に基板に対して照射し薄膜の形成を行う手法である。本手法により形成される薄膜は、TaC(テトラヘドラル・アモルファス・カーボン)と呼ばれ、sp3結合比率の高いアモルファス炭素膜の一つであり、高密度、高硬度な薄膜である。
【0003】
上記のFCVA装置が適用される分野として、電子写真方式の画像形成装置における帯電器が考えられる。特許文献2は、いわゆる、コロトロンやスコロトロンと呼ばれる非接触放電型の帯電器に、FCVA装置を適用した例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−285328号公報
【特許文献2】特開2008−233254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するため、本発明の請求項1に係る炭素膜形成方法は、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属を、酸溶液中に浸漬して前記酸化被膜を除去する第1除去工程と、希ガスまたは窒素ガスを含むガス中でプラズマを発生させて当該ガスをイオン化し、前記金属の表面にイオンビームエッチングを施して、前記第1除去工程の後において形成されている酸化被膜を当該表面から除去する第2除去工程と、前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に炭素膜を形成する炭素膜形成工程とを具備することを特徴とする。
【0007】
本発明の請求項2に係る炭素膜形成方法は、請求項1に記載の態様において、前記酸溶液は、硝酸を含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の請求項3に係る炭素膜形成方法は、請求項1または2に記載の態様において、前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に鉄以外の金属元素を含む金属膜を形成する金属膜形成工程を具備し、前記炭素膜形成工程は、前記金属膜形成工程により前記表面に形成された前記金属膜の上に炭素膜を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明の請求項4に係る炭素膜形成方法は、請求項3に記載の態様において、前記金属膜は、第4族から第6族のいずれかに属する金属元素を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の請求項5に係る炭素膜形成方法は、請求項1から4のいずれかに記載の態様において、前記炭素膜形成工程は、アーク放電により、炭素のプラズマを発生させる工程と、磁場により、発生した前記炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して前記金属の表面に導き、前記炭素膜を形成する工程とを具備することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の請求項6に係る炭素膜形成装置は、請求項1から5のいずれかに記載の炭素膜形成方法により、前記金属に前記炭素膜を形成することを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項7に係る部材は、請求項6に記載の炭素膜形成装置により、前記金属に前記炭素膜を形成されたことを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項8に係る部材は、請求項7に記載の態様において、前記金属の表面から2nm以上の層を除去した面に対して、全元素に対する酸素の割合が10%未満であることを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項9に係る部材は、請求項7または8に記載の態様において、前記炭素膜は、炭素原子によるsp3結合を有することを特徴とする。
【0015】
本発明の請求項10に係る部材は、請求項9に記載の態様において、前記炭素膜は、炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合が60%以上であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の請求項11に係る工具は、請求項7から10のいずれかに記載の部材を含むことを特徴とする。
【0017】
また、本発明の請求項12に係る弾性部材は、請求項7から10のいずれかに記載の部材を含むことを特徴とする。
【0018】
また、本発明の請求項13に係る電極部材は、画像形成装置において放電に用いられる電極部材であって、請求項7から10のいずれかに記載の部材を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
請求項1、2に記載の炭素膜形成方法によれば、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成することができる。
請求項3、4に記載の炭素膜形成方法によれば、第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された金属の表面に金属膜を形成する金属膜形成工程を具備しない場合に比べて、被コート部材(表面に酸化被膜を有する金属)と炭素膜との中間の線膨張係数を有するため、ストレスの低減が可能となる。
請求項5に記載の炭素膜形成方法によれば、磁場により炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して炭素膜を形成する工程を具備しない場合に比べて、炭素膜に含まれる不純物の濃度を低減させることができる。
請求項6に記載の炭素膜形成装置によれば、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成することができる。
請求項7に記載の部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された部材に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
請求項8に記載の部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された部材に比べて、金属に含まれる酸化被膜の厚みを薄くでき、密着性の高い炭素膜を形成することが可能となる。
請求項9に記載の部材によれば、炭素原子によるsp3構造を有しない場合に比べて、高い硬度の炭素膜を得ることが可能となる。
請求項10に記載の部材によれば、炭素原子のsp3結合の含有量が60%未満の場合に比べて、より高い硬度の炭素膜を得ることが可能となる。
請求項11に記載の工具によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された工具に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
請求項12に記載の弾性部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された弾性部材に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
請求項13に記載の電極部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された電極部材に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】炭素膜形成装置の概要を説明する図である。
【図2】炭素膜形成装置の機能構成を説明するための図である。
【図3】炭素膜形成装置の機器構成を説明するための図である。
【図4】炭素膜形成装置により形成される部材の一例を示す図である。
【図5】シールド電極部材に形成された炭素膜の表面顕微鏡写真を示す図である。
【図6】網状電極部材の深さ方向における元素濃度の分析結果を示す図である。
【図7】変形例における炭素膜形成装置の機能構成を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.全体構成
本発明の実施形態である炭素膜形成装置9の構成を説明する。
図1は、炭素膜形成装置9の概要を説明する図である。炭素膜形成装置9は、金属の基材の上に炭素膜を形成する装置である。ここで「金属」とは、単一の金属元素からなる純金属のほか、複数の金属からなる合金も含む。また、鉄を含む合金を「鉄合金」という。
【0022】
鉄合金6Aは、表面に酸化被膜61Aを有する鉄合金であり、具体的にはSUS304などのステンレス鋼である。炭素膜形成装置9は、後述するウェットエッチング槽111に酸溶液を満たし、この鉄合金6Aを浸漬すると、表面から酸化被膜61Aが酸溶液によって溶解し除去された鉄合金6Bが得られる。鉄合金6Bが有する酸化被膜61Bの層は、鉄合金6Aが有する酸化被膜61Aの層に比べて薄くなっている。この酸化被膜の除去処理を第1除去工程という。
【0023】
次に、炭素膜形成装置9は、この鉄合金6Bを後述する成膜チャンバー330に置いて、これに対し、イオンビームエッチングを行う。これにより、表面からさらに酸化被膜61Bが除去された鉄合金6Cが得られる。鉄合金6Cが有する酸化被膜61Cの層は、鉄合金6Bが有する酸化被膜61Bの層に比べて薄くなっている。この酸化被膜の除去処理を第2除去工程という。
【0024】
そして、炭素膜形成装置9は、FCVA方式により鉄合金6Cの表面に炭素膜62を形成する。鉄合金6Cと、鉄合金6Cの表面に形成された炭素膜62とが密着して部材6が得られる。
【0025】
図2は、炭素膜形成装置9の機能構成を説明するためのブロック図である。また、図3は、炭素膜形成装置9の機器構成を説明するための図である。
炭素膜形成装置9は、炭素膜が形成される基材として鉄合金6Cを用いる。鉄合金6Cは、鉄合金6Aに対して、第1除去部1が酸溶液による溶出により酸化被膜を除去し、得られた鉄合金6Bに対して第2除去部2がイオンビームエッチングにより酸化被膜を除去して作られる。なお、制御部4は、炭素膜形成装置9の各部を制御する。
【0026】
2.第1除去部の構成
第1除去部1は、浸漬部11および洗浄部12を含む。浸漬部11は、鉄合金6Bの材料である鉄合金6Aを酸溶液中に浸漬する。図3に示すように、浸漬部11は、酸溶液を収容する酸溶液タンク110と、液体を保持する槽であって内部でウェットエッチング処理を行うウェットエッチング槽111とを具備する。浸漬部11による浸漬工程は、以下の通りである。まず、使用者は、ウェットエッチング槽111の内部に鉄合金6Aを置く。次に、使用者が図示しない操作部を操作して浸漬工程の実行を指示すると、その指示を示す信号を受け取った制御部4は、酸溶液タンク110に備えられたバルブ1101を開けて、その中に収容されている酸溶液をウェットエッチング槽111に供給させる。そして、供給された酸溶液により鉄合金6Aが浸漬されると、制御部4は、バルブ1101を閉じて酸溶液の供給を止めるとともに、保温部420を制御してウェットエッチング槽111の内部の温度を、予め定めた時間に亘り予め定めた温度に維持する。これにより、鉄合金6Aが有する酸化被膜61Aが酸溶液に溶出する。
【0027】
洗浄部12は、洗浄水タンク120を具備する。洗浄部12による洗浄工程は、浸漬部11による浸漬工程の終了を制御部4が判断して開始される。洗浄工程を開始した制御部4は、まず、ウェットエッチング槽111の底部に設けた栓1110を開放し、中から酸溶液を排出させる。次に、制御部4は、栓1110を閉じるとともに、洗浄水タンク120に備えられたバルブ1201を開けて、その中に収容されている蒸留水などの水をウェットエッチング槽111に供給させる。これにより、ウェットエッチング槽111の内壁や鉄合金に付着した酸溶液が洗浄される。そして、制御部4は、再び、栓1110を開放し、中から洗浄後の水を排出させる。そして、さらに洗浄→排出を複数回に亘って繰り返す。これにより、鉄合金6Aから酸溶液に溶出した酸化被膜が洗浄後の水に伴って排出されるため、鉄合金6Aの酸化被膜61Aに含まれる酸化鉄などが除去される。この浸漬工程・洗浄工程を経た鉄合金6Aは、酸化被膜61Aの層が薄くなった鉄合金6Bとなる。
【0028】
この浸漬部11による浸漬工程および洗浄部12による洗浄工程が、第1除去部1による第1除去工程である。すなわち、第1除去部1により行われるこの第1除去工程は、鉄を含み表面に酸化被膜を有する合金を、酸溶液中に浸漬して前記酸化被膜を除去する第1除去工程の一例である。第1除去工程の後、ウェットエッチング槽111の内部に置かれた前処理後の鉄合金6Bは、取り出されて図3に示すように成膜チャンバー330に置かれる。なお、このとき鉄合金6Bは、大気に晒される。
また上記記載では、同一の槽において、酸浸漬と洗浄とを行う例が記載されているが、酸浸漬と洗浄とは別々の槽を備え、また洗浄槽は複数の槽を備えた構成でも良い。複数の槽への材料の移動は、コンベア等の搬送装置が用いられる。なお、この移動は操作者の操作により手動で行ってもよい。
【0029】
3.第2除去部の構成
図2に示すように、第2除去部2は、減圧部21とイオンビームエッチング部22とを含む。減圧部21による減圧工程は、以下の通りである。成膜チャンバー330の内部に鉄合金6Cの材料である鉄合金6Bが置かれた後、制御部4は、図示しない駆動部を制御して成膜チャンバー330を密閉する。そして、制御部4は、真空ポンプ220を制御し、成膜チャンバー330の内部の気体を外に排出させる。これにより成膜チャンバー330の内部は減圧される。
【0030】
イオンビームエッチング部22によるイオンビームエッチング工程は、減圧部21による減圧工程の終了を制御部4が判断して開始される。イオンビームエッチング工程の詳細は、以下の通りである。制御部4は、アルゴンガスをイオンソース221に導入すると共に、高周波によりガスを励起させ、アルゴンイオンを成膜チャンバー内に導く。イオンソース221では、アルゴン原子から電子が分離されて、アルゴンイオンAr+と電子e-とを含むプラズマが生成される。プラズマ中から引き出されたアルゴンイオンは、鉄合金に到達してその表面をエッチングする。これにより、第1除去工程後に形成された自然酸化膜や第1除去工程で除去されなかった酸化被膜61Bに含まれる酸化鉄などが除去される。このイオンビームエッチング工程を経た鉄合金6Bは、酸化被膜61Bの層がさらに薄くなった鉄合金6Cとなる。
【0031】
この減圧部21による減圧工程およびイオンビームエッチング部22によるイオンビームエッチング工程が、第2除去部2による第2除去工程である。すなわち、第2除去部2により行われるこの第2除去工程は、希ガスまたは窒素ガスを含むガス中でプラズマを発生させて当該ガスをイオン化し、前記合金の表面にイオンビームエッチングを施して、前記第1除去工程の後において形成されている酸化被膜を当該表面から除去する第2除去工程の一例である。
【0032】
4.炭素膜形成部の構成
炭素膜形成部3は、FCVA方式を用いた成膜装置である。炭素膜形成部3は、アーク源310、アノード311、カソードターゲット312、カソード313、アーク電源314、ストライカー315、磁気フィルター320、コアパイプ321、磁気フィルターコイル322、成膜チャンバー330およびバイアス電源332を備える。
【0033】
アーク源310は、アノード311とカソード313、およびこれらに挟まれて置かれたカソードターゲット312とを具備している。アーク源310は、アノード311とカソードターゲット312に面した空間Rに炭素のプラズマである炭素プラズマを発生させる装置である。したがって、カソードターゲット312の構成材料には、ガラス状炭素やグラファイトなどの炭素源が用いられる。
【0034】
炭素膜形成部3による炭素膜形成工程は、第2除去部2による第2除去工程の終了を制御部4が判断して開始される。炭素膜形成工程が行われる期間は、成膜チャンバー330の内部は減圧状態を保たれる。したがって、第2除去工程を経た鉄合金6Cは、炭素膜形成工程が開始される前に酸素雰囲気に晒されることがない。
【0035】
この炭素膜形成工程は、以下の通りである。制御部4は、図示しない電源を制御してアノード311とカソード313との間でアーク放電を行うことにより、カソードターゲット312から炭素プラズマを形成する。すなわち、ここまでの工程は、アーク放電により炭素のプラズマを発生させる工程の一例である。なお、通常、カソードターゲット312がカソード313を介してアーク電源314に接続され、アノード311との間でアーク放電が行われる。アーク源310は、移動させることでカソードターゲットと接触可能なストライカー315も設けられている。
【0036】
磁気フィルター320は、円弧状のコアパイプ321と、コアパイプ321を取り巻く磁気フィルターコイル322から構成される。制御部4は、図示しない電源を制御して磁気フィルターコイル322に通電することによって、コアパイプ内に磁界を発生させる。この磁界は、アーク源310で発生した炭素プラズマのうち、荷電粒子である電子およびイオンを成膜チャンバー330へと導く。すなわち、この工程は、磁場により、発生した前記炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して合金の表面に導き、炭素膜を形成する工程の一例である。
【0037】
成膜チャンバー330には、第1除去部1および第2除去部2により前処理が施され、表面の酸化被膜61Bが除去された鉄合金6Cが配置されている。鉄合金6Cには、バイアス電圧を印加するためのバイアス電源332が接続されている。磁気フィルター320によって成膜チャンバー330へ導かれたイオンは、バイアス電源332によりバイアス電圧が印加されている鉄合金6Cの上に引き寄せられて堆積する。これにより、鉄合金6Cと炭素膜62とが密着した部材6(図1参照)が得られる。
【0038】
以上、説明したとおり、上述した炭素膜形成装置9は、炭素膜形成工程を行うのに先立って第2除去部2がイオンビームエッチングを行い、さらにイオンビームエッチングに先立って、第1除去部1が第1除去工程を行う。
【0039】
従来技術においては、炭素膜形成工程を行うのに先立って行われる処理は、イオンビームエッチングだけであった。ところが、イオンビームによって基材の表面をエッチングしてから、例えばTaCなどの炭素膜を形成したとしても、形成されたTaCが、基材との密着不良により剥がれが生じる場合がある。この原因は、或る時間内において、上記のイオンビームエッチングにより除去することができる酸化被膜の量に限りがあることに由来する。
【0040】
これに対し、例えば、イオンビームエッチングの時間を延長することで、除去される酸化被膜の量を増やすことも考えられる。しかし、処理時間と除去量とはせいぜい比例関係に留まるので、現状の100倍の酸化被膜を除去するためには、少なくとも100倍の処理時間を要する。こうした長時間に亘るイオンビームの照射は、経済的にも省エネルギーの観点からも好ましくない。そして、長時間に亘るイオンビームの照射によって、例えば基材に含まれる不純物に対する予期しない反応が進行したり、基材の表面が粗くなったりする可能性もある。
【0041】
一方、ウェットエッチングを行わず、短時間のイオンビームエッチングを施した基材は、酸化被膜を多く残している。そのため、従来の基材に炭素膜を形成しても、剥離することが多かった。
【0042】
上述した炭素膜形成装置9は、第2除去工程でイオンビームエッチングを行うのに先立って、第1除去部1が第1除去工程を行う。第1除去工程は、酸溶液によるウェットエッチング処理の工程であり、イオンビームエッチングなどのドライエッチングと比較して短時間で大量の酸化被膜を除去する。したがってこれにより、基材と炭素膜との密着性が向上し、炭素膜の劣化を抑制する。
【0043】
5.実施例
5−1.実施例1:画像形成装置の対向電極(シールド電極部材)
図4は、炭素膜形成装置9により形成される部材の一例を示す図である。本部材は、画像形成装置における放電器70を構成する要素であるシールド電極部材71である。
【0044】
シールド電極部材71は、矩形板BAの長手方向に沿った互いに向かい合う二辺にそれぞれの面角がほぼ直角となるように矩形板BB,BCを接続し、矩形板BB,BCが互いに向かい合う形状となっている。つまり、シールド電極部材71は、長手方向から見て日本語のカタカナである「コ」字状、英字でいう「C」字状に形成されている。シールド電極部材71の構成する三面のうち互いに向かい合う二面(矩形板BB,BC)間には、放電電極部材73(コロトロン)が配置されている。すなわち、シールド電極部材71を構成する三面により取り囲まれるように、放電電極部材73が配置されている。
【0045】
シールド電極部材71の矩形板BAに対向する側は、感光体ドラム80に対向しており、感光体ドラム80と放電電極部材73との間には、網状の電極部材である網状電極部材72(スコロトロン)が設置されている。シールド電極部材71の基材である基材71aは、厚さ0.8mmに圧延されたステンレス鋼板をプレス加工やレーザによるカッティングにより予め定めた平面形状とした後、曲げ等を行うことで作製される。
【0046】
作製された基材71aは、再生メチレン(主成分:ジクロロメタン)を用いて洗浄される。これにより、プレス等で使用される加工油等の油脂は、基材71aから除去される。
【0047】
次に、浸漬工程において炭素膜形成装置9は、上記の基材71aをウェットエッチング槽111の内部に置き、濃度が15重量%であり65℃に加熱された硝酸溶液(以下、単に硝酸溶液という)を供給して5分間に亘って浸漬する。硝酸溶液は、上述した酸溶液の一例である。この時、炭素膜形成装置9は、25kHzの超音波を溶液に放射してもよい。超音波放射により、基材71aに含まれる酸化被膜の溶出が促進される。その後、炭素膜形成装置9は、水洗を繰り返し行い、基材71aに付着した硝酸イオンなどを取り除く。水洗された基材71aは、エアーブロー等で乾燥される。乾燥させた基材71aは、ウェットエッチング槽111に置かれる前に比べて表面から酸化被膜が除去されている。
【0048】
次に、成膜チャンバー330の内部に基材71aを取り付け、真空度が6.7×10-3Pa(5×10-5Torr)以下になるまでポンピングを行う。その後、Arガスを65sccm(standard cc/min:1気圧(大気圧1013hPa)、0℃における気体の体積流量を立法センチメートル毎分で表した値)で真空チャンバー内に導入し、イオンビームエッチングを行う。イオンビームエッチングは、バイアス電圧が200Vで、エッチング時間が1時間の条件で行われる。
【0049】
次に、FCVA装置を用い、TaC膜を100nm(10-9m;ナノメートル)着膜する。この時、アーク電流は100Aで、基材71aにかけるバイアス電圧は150Vである。基材71aは表面にTaC膜を形成されてシールド電極部材71となる。
【0050】
図5は、シールド電極部材71に形成された炭素膜の表面顕微鏡写真を示す図である。IPA(イソプロピルアルコール)を浸透させた紙製のウエスにより、形成された炭素膜を擦るラビングテストを行うと、炭素膜形成装置9によりシールド電極部材71に形成された炭素膜は、図5(a)に示すように剥離が認められなかった。一方、従来技術により、硝酸溶液に浸漬することなく基材上に形成された炭素膜は、上記ラビングテストにより図5(b)に示すように剥離が認められた。
【0051】
また、X線光電子分光計を用いて、得られた炭素膜のXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy;X線光電子分光)分析を行った。得られるC1sピーク(炭素の1s軌道由来のスペクトルにおけるピーク)を、sp3−C結合とsp2−C結合とに波形分離し、全炭素原子に対するsp3−C結合の割合として、sp3−C比を求めたところ、60%以上であった。
【0052】
5−2.実施例2:画像形成装置の対向電極(網状電極部材)
実施例2では、放電器70を構成する要素である網状電極部材72に炭素膜を形成した。
【0053】
網状電極部材72は、放電電極部材73と感光体ドラム80との間に配置され、放電電極部材73の放電により生じたコロナイオンの感光体ドラム80表面への流入を制御する。これにより、何らかの原因により放電電極部材73への印加電圧に変動が生じても、感光体ドラム80上の帯電電位の変動を抑えることができる。
【0054】
網状電極部材72の基材72aは、厚さ0.1mmに圧延されたステンレス鋼板をフォトリソエッチングして、図4(b)に示した網目を有する形状とすることで作製する。
【0055】
次に、65℃に加熱された濃度15重量%の硝酸溶液に、基材72aを5分浸漬する。この時25kHzの超音波を溶液に放射を行う。その後、水洗を繰り返し行い、基材72aに付着した硝酸イオン等を取り除く。水洗された基材72aは、エアーブロー等で乾燥される。
【0056】
次に、成膜チャンバー330の内部に基材72aを取り付け、真空度が6.7×10-3Pa(5×10-5Torr)以下になるまでポンピングを行う。その後、Arガスを65sccmで成膜チャンバー330の内部に導入し、イオンビームエッチングを行う。イオンビームエッチングは、バイアス電圧が200V、エッチング時間が1時間の条件で行われる。
【0057】
次に、FCVA装置を用い、膜厚が50nmのTaC膜を形成する。この時、アーク電流は100Aで、基材72aにかけるバイアス電圧は150Vである。基材72aは表面にTaC膜を形成されて網状電極部材72となる。
【0058】
図6は、グロー放電発光表面分析(Glow Discharge Spectroscopy;以下、GDSという)により、網状電極部材72の深さ方向における元素濃度の分析結果を示す図である。図6の横軸は、GDSにおいてArプラズマのスパッタリングにより鉄合金を削り出した(除去した)表面からの深さ(単位:nm(ナノメートル))を表している。また、同図の縦軸は、その深さにおいてスパッタリングされた原子を原子発光させて測定した元素濃度(単位:%)である。なお、この元素濃度は全元素の数に対する注目元素の数の割合を百分率で表したものである。
【0059】
濃度曲線C0は硝酸溶液に浸漬せずにイオンビームエッチングのみを行った鉄合金の深さ方向の酸素元素濃度を表す。濃度曲線C1は、上述の硝酸溶液に浸漬させてから、イオンビームエッチングを行った鉄合金の深さ方向の酸素元素濃度を表す。
【0060】
濃度曲線C0、C1を比較すると、例えば、深さ2nmにおいて、濃度曲線C0は、20%以上(約27%)の濃度があるのに対し、濃度曲線C1は、20%未満、より詳細には10%未満(約7%)の濃度しかない。これは、鉄合金の表面から2nmの組成は、酸溶液に浸漬しない場合よりも、酸溶液に浸漬した方が、酸素濃度が低いことを示している。また、濃度曲線C1の酸素のピークおよび分布は、濃度曲線C0の酸素のピークおよび分布に比べて、表面近くに存在することがわかる。これは、硝酸溶液に浸漬することにより、鉄合金の表面の鉄酸化物またはクロム酸化物が溶解し除去されたことを示している。
【0061】
6.変形例
以上が実施形態の説明であるが、この実施形態の内容は以下のように変形し得る。また、以下の変形例を組み合わせてもよい。
【0062】
(1)金属膜形成に関する変形例
上述の実施形態では、炭素膜形成装置9において、炭素膜形成部3による炭素膜形成工程は、第2除去部2による第2除去工程の終了を制御部4が判断して開始されていたが、炭素膜形成装置9は、第2除去部2による第2除去工程の終了後であって炭素膜形成工程を開始する前に、鉄合金6Cの表面に金属膜を形成する金属膜形成工程を行ってもよい。
【0063】
図7は、この変形例における、炭素膜形成装置9aの機能構成を説明するためのブロック図である。炭素膜形成装置9aは、第2除去部2による第2除去工程が終了した後、炭素膜形成部3により炭素膜形成工程を行う前に、金属膜形成部5による金属膜形成工程を行う点が実施形態に係る炭素膜形成装置9と異なる。
【0064】
金属膜形成部5は、第4族から第6族のいずれかに属する金属元素を含んだターゲットに対し、例えば、Ar+イオンを照射するスパッタリングを行い、上記金属元素を含んだ金属膜を鉄合金6Cに形成させる。鉄合金6Cに形成させる金属元素としては、TiやCrなどを好適に用いることができる。
【0065】
炭素膜形成部3による炭素膜形成工程は、金属膜形成部5による金属膜形成工程を経た後の鉄合金6Cに対して行われる。したがって、炭素膜形成工程により形成される炭素膜は、鉄合金の表面に直接、形成されるのではなく、これに形成された金属膜の表面に形成される。炭素膜と基材とは、硬度や線膨張係数など物性において異なっており、炭素膜にはこの物性差に由来する張力がかかる。そしてこの張力がかかることによって、炭素膜は剥離しやすくなると言われている。一方、基材と炭素膜との間に金属膜を形成させると、基材と金属膜との物性差に由来する張力が金属膜にかかり、金属膜と炭素膜との物性差に由来する張力が炭素膜にかかることとなる。これにより炭素膜にかかる張力が分散され、炭素膜が剥離する可能性は抑制される。
【0066】
(2)チャンバーに関する変形例
(2−1)イオンビームエッチング部22において、鉄合金は成膜チャンバー330の内部に置かれていたが、鉄合金は成膜チャンバー330と異なるチャンバーに置かれてイオンビームエッチング工程を行われてもよい。この場合、イオンビームエッチング工程を経た鉄合金を、成膜チャンバー330に移し変えればよい。また、成膜チャンバー330と、イオンビームエッチング工程が行われるチャンバーとは、互いの内部空間が連続していてもよい。
【0067】
(2−2)第1除去工程において、鉄合金はウェットエッチング槽111の内部に置かれていたが、成膜チャンバー330の内部に置かれてもよい。この場合、基材を固定したままで、第1除去工程によるウェットエッチングから第2除去工程、および炭素膜形成工程までを連続して行うことができる。
【0068】
(3)炭素膜形成部に関する変形例
(3−1)上述した実施形態では、炭素膜形成部3は、FCVA方式を用いた成膜装置であったが、炭素膜を形成する構成はこれに限られない。炭素膜形成部3は、例えば、イオンビーム蒸着(Ion beam deposition)法、スパッタリング法、プラズマCVD法のいずれかを用いた成膜装置であってもよい。
【0069】
(3−2)また、炭素膜形成部3によって形成される炭素膜は、TaC膜であったが、これに限られない。例えば、水素化アモルファス炭素、スパッタアモルファス炭素などであってもよい。炭素膜は、水素含有量と炭素結合の比率によって様々な態様が採り得る。ただし、X線光電子分光分析により測定した場合、炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合が60%以上であることが望ましい。
【0070】
(4)基材に関する変形例
上述した実施形態では、表面に炭素膜を形成する基材としてSUS304などのステンレス鋼である鉄合金6Aを用いたが、他の鉄合金を用いてもよい。例えば、SKD12などのダイス鋼、鉄にケイ素を添加して作られるケイ素鋼などであってもよい。また、基材には鉄合金のほかに純鉄を用いてもよい。
【0071】
(5)基材周りの雰囲気に関する変形例
上述した実施形態では、第1除去工程の後、ウェットエッチング槽111の内部に置かれた前処理後の鉄合金6Bは、取り出される際に、大気に晒されていたが、第1除去工程を経た後の基材は、例えば、窒素ガスを用いて酸素濃度を50ppm未満に調整した還元雰囲気のガス中に取り出され、成膜チャンバー330に置かれるようにしてもよい。これにより、第1除去工程から第2除去工程に移行する際に、基材表面に増加する酸化被膜の量が抑制される。
【0072】
(6)適用分野に関する変形例
上述した実施例では、画像形成装置の対向電極を挙げたが、炭素膜形成装置9が適用される分野はこれに限られない。例えば、工具、ばねなどの弾性部材、樹脂の射出成型に用いられる金型や射出口の周りに残る余分な樹脂を切断する刃などに、炭素膜形成装置9を適用することができる。炭素膜形成装置9により形成される炭素膜はsp3構造を有しており、条件を調整することによりsp3結合含有量(炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合)を60%以上にすることができる。そのため、炭素膜の硬度は高く、磨耗を抑制する効果がある。また、放電器では空気中の酸素がオゾン化し、電極部材を腐食する現象が起こるが、炭素膜形成装置9により形成される炭素膜はオゾンに対する耐腐食性が高い。そのため、対向電極の腐食・錆びを抑制する効果がある。
【符号の説明】
【0073】
1…第1除去部、11…浸漬部、110…酸溶液タンク、1101…バルブ、111…ウェットエッチング槽、1110…栓、12…洗浄部、120…洗浄水タンク、1201…バルブ、2…第2除去部、21…減圧部、22…イオンビームエッチング部、220…真空ポンプ、221…イオンソース、3…炭素膜形成部、310…アーク源、311…アノード、312…カソードターゲット、313…カソード、314…アーク電源、315…ストライカー、320…磁気フィルター、321…コアパイプ、322…磁気フィルターコイル、330…成膜チャンバー、332…バイアス電源、4…制御部、420…保温部、5…金属膜形成部、6…部材、61A,61B,61C…酸化被膜、62…炭素膜、6A,6B,6C…鉄合金、70…放電器、71…シールド電極部材、71a…基材、72…網状電極部材、72a…基材、73…放電電極部材、80…感光体ドラム、9,9a…炭素膜形成装置。
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素膜形成装置および炭素膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、FCVA(Filtered Cathodic Vacuum Arc;フィルタードカソーディック真空アーク)方式によるアーク放電を利用した薄膜形成技術の研究が盛んに行われている。特許文献1は、FCVA装置に係る技術を開示する。この技術は、ガス圧が10-4Pa以下の真空中で、カソードとなるターゲット部分にアノード電極を機械的に接触することによって数10Aから数100A程度のアーク電流を流入させてアーク放電を発生させる。そしてターゲットの上部空間に発生するプラズマハンプからのイオンをカソードに衝突させて、カソードからカーボンイオンや電子等を発生させることでプラズマを持続させ、これらのカーボンイオンや電子を輸送用磁場ダクトで効率的に反応真空槽に導き、走査用磁場で均一に基板に対して照射し薄膜の形成を行う手法である。本手法により形成される薄膜は、TaC(テトラヘドラル・アモルファス・カーボン)と呼ばれ、sp3結合比率の高いアモルファス炭素膜の一つであり、高密度、高硬度な薄膜である。
【0003】
上記のFCVA装置が適用される分野として、電子写真方式の画像形成装置における帯電器が考えられる。特許文献2は、いわゆる、コロトロンやスコロトロンと呼ばれる非接触放電型の帯電器に、FCVA装置を適用した例が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−285328号公報
【特許文献2】特開2008−233254号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上述した課題を解決するため、本発明の請求項1に係る炭素膜形成方法は、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属を、酸溶液中に浸漬して前記酸化被膜を除去する第1除去工程と、希ガスまたは窒素ガスを含むガス中でプラズマを発生させて当該ガスをイオン化し、前記金属の表面にイオンビームエッチングを施して、前記第1除去工程の後において形成されている酸化被膜を当該表面から除去する第2除去工程と、前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に炭素膜を形成する炭素膜形成工程とを具備することを特徴とする。
【0007】
本発明の請求項2に係る炭素膜形成方法は、請求項1に記載の態様において、前記酸溶液は、硝酸を含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の請求項3に係る炭素膜形成方法は、請求項1または2に記載の態様において、前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に鉄以外の金属元素を含む金属膜を形成する金属膜形成工程を具備し、前記炭素膜形成工程は、前記金属膜形成工程により前記表面に形成された前記金属膜の上に炭素膜を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明の請求項4に係る炭素膜形成方法は、請求項3に記載の態様において、前記金属膜は、第4族から第6族のいずれかに属する金属元素を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の請求項5に係る炭素膜形成方法は、請求項1から4のいずれかに記載の態様において、前記炭素膜形成工程は、アーク放電により、炭素のプラズマを発生させる工程と、磁場により、発生した前記炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して前記金属の表面に導き、前記炭素膜を形成する工程とを具備することを特徴とする。
【0011】
また、本発明の請求項6に係る炭素膜形成装置は、請求項1から5のいずれかに記載の炭素膜形成方法により、前記金属に前記炭素膜を形成することを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項7に係る部材は、請求項6に記載の炭素膜形成装置により、前記金属に前記炭素膜を形成されたことを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項8に係る部材は、請求項7に記載の態様において、前記金属の表面から2nm以上の層を除去した面に対して、全元素に対する酸素の割合が10%未満であることを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項9に係る部材は、請求項7または8に記載の態様において、前記炭素膜は、炭素原子によるsp3結合を有することを特徴とする。
【0015】
本発明の請求項10に係る部材は、請求項9に記載の態様において、前記炭素膜は、炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合が60%以上であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明の請求項11に係る工具は、請求項7から10のいずれかに記載の部材を含むことを特徴とする。
【0017】
また、本発明の請求項12に係る弾性部材は、請求項7から10のいずれかに記載の部材を含むことを特徴とする。
【0018】
また、本発明の請求項13に係る電極部材は、画像形成装置において放電に用いられる電極部材であって、請求項7から10のいずれかに記載の部材を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
請求項1、2に記載の炭素膜形成方法によれば、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成することができる。
請求項3、4に記載の炭素膜形成方法によれば、第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された金属の表面に金属膜を形成する金属膜形成工程を具備しない場合に比べて、被コート部材(表面に酸化被膜を有する金属)と炭素膜との中間の線膨張係数を有するため、ストレスの低減が可能となる。
請求項5に記載の炭素膜形成方法によれば、磁場により炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して炭素膜を形成する工程を具備しない場合に比べて、炭素膜に含まれる不純物の濃度を低減させることができる。
請求項6に記載の炭素膜形成装置によれば、鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属に、従来の技術を用いるよりも密着性の高い炭素膜を形成することができる。
請求項7に記載の部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された部材に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
請求項8に記載の部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された部材に比べて、金属に含まれる酸化被膜の厚みを薄くでき、密着性の高い炭素膜を形成することが可能となる。
請求項9に記載の部材によれば、炭素原子によるsp3構造を有しない場合に比べて、高い硬度の炭素膜を得ることが可能となる。
請求項10に記載の部材によれば、炭素原子のsp3結合の含有量が60%未満の場合に比べて、より高い硬度の炭素膜を得ることが可能となる。
請求項11に記載の工具によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された工具に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
請求項12に記載の弾性部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された弾性部材に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
請求項13に記載の電極部材によれば、従来の技術を用いて炭素膜を形成された電極部材に比べて、炭素膜の剥離を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】炭素膜形成装置の概要を説明する図である。
【図2】炭素膜形成装置の機能構成を説明するための図である。
【図3】炭素膜形成装置の機器構成を説明するための図である。
【図4】炭素膜形成装置により形成される部材の一例を示す図である。
【図5】シールド電極部材に形成された炭素膜の表面顕微鏡写真を示す図である。
【図6】網状電極部材の深さ方向における元素濃度の分析結果を示す図である。
【図7】変形例における炭素膜形成装置の機能構成を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
1.全体構成
本発明の実施形態である炭素膜形成装置9の構成を説明する。
図1は、炭素膜形成装置9の概要を説明する図である。炭素膜形成装置9は、金属の基材の上に炭素膜を形成する装置である。ここで「金属」とは、単一の金属元素からなる純金属のほか、複数の金属からなる合金も含む。また、鉄を含む合金を「鉄合金」という。
【0022】
鉄合金6Aは、表面に酸化被膜61Aを有する鉄合金であり、具体的にはSUS304などのステンレス鋼である。炭素膜形成装置9は、後述するウェットエッチング槽111に酸溶液を満たし、この鉄合金6Aを浸漬すると、表面から酸化被膜61Aが酸溶液によって溶解し除去された鉄合金6Bが得られる。鉄合金6Bが有する酸化被膜61Bの層は、鉄合金6Aが有する酸化被膜61Aの層に比べて薄くなっている。この酸化被膜の除去処理を第1除去工程という。
【0023】
次に、炭素膜形成装置9は、この鉄合金6Bを後述する成膜チャンバー330に置いて、これに対し、イオンビームエッチングを行う。これにより、表面からさらに酸化被膜61Bが除去された鉄合金6Cが得られる。鉄合金6Cが有する酸化被膜61Cの層は、鉄合金6Bが有する酸化被膜61Bの層に比べて薄くなっている。この酸化被膜の除去処理を第2除去工程という。
【0024】
そして、炭素膜形成装置9は、FCVA方式により鉄合金6Cの表面に炭素膜62を形成する。鉄合金6Cと、鉄合金6Cの表面に形成された炭素膜62とが密着して部材6が得られる。
【0025】
図2は、炭素膜形成装置9の機能構成を説明するためのブロック図である。また、図3は、炭素膜形成装置9の機器構成を説明するための図である。
炭素膜形成装置9は、炭素膜が形成される基材として鉄合金6Cを用いる。鉄合金6Cは、鉄合金6Aに対して、第1除去部1が酸溶液による溶出により酸化被膜を除去し、得られた鉄合金6Bに対して第2除去部2がイオンビームエッチングにより酸化被膜を除去して作られる。なお、制御部4は、炭素膜形成装置9の各部を制御する。
【0026】
2.第1除去部の構成
第1除去部1は、浸漬部11および洗浄部12を含む。浸漬部11は、鉄合金6Bの材料である鉄合金6Aを酸溶液中に浸漬する。図3に示すように、浸漬部11は、酸溶液を収容する酸溶液タンク110と、液体を保持する槽であって内部でウェットエッチング処理を行うウェットエッチング槽111とを具備する。浸漬部11による浸漬工程は、以下の通りである。まず、使用者は、ウェットエッチング槽111の内部に鉄合金6Aを置く。次に、使用者が図示しない操作部を操作して浸漬工程の実行を指示すると、その指示を示す信号を受け取った制御部4は、酸溶液タンク110に備えられたバルブ1101を開けて、その中に収容されている酸溶液をウェットエッチング槽111に供給させる。そして、供給された酸溶液により鉄合金6Aが浸漬されると、制御部4は、バルブ1101を閉じて酸溶液の供給を止めるとともに、保温部420を制御してウェットエッチング槽111の内部の温度を、予め定めた時間に亘り予め定めた温度に維持する。これにより、鉄合金6Aが有する酸化被膜61Aが酸溶液に溶出する。
【0027】
洗浄部12は、洗浄水タンク120を具備する。洗浄部12による洗浄工程は、浸漬部11による浸漬工程の終了を制御部4が判断して開始される。洗浄工程を開始した制御部4は、まず、ウェットエッチング槽111の底部に設けた栓1110を開放し、中から酸溶液を排出させる。次に、制御部4は、栓1110を閉じるとともに、洗浄水タンク120に備えられたバルブ1201を開けて、その中に収容されている蒸留水などの水をウェットエッチング槽111に供給させる。これにより、ウェットエッチング槽111の内壁や鉄合金に付着した酸溶液が洗浄される。そして、制御部4は、再び、栓1110を開放し、中から洗浄後の水を排出させる。そして、さらに洗浄→排出を複数回に亘って繰り返す。これにより、鉄合金6Aから酸溶液に溶出した酸化被膜が洗浄後の水に伴って排出されるため、鉄合金6Aの酸化被膜61Aに含まれる酸化鉄などが除去される。この浸漬工程・洗浄工程を経た鉄合金6Aは、酸化被膜61Aの層が薄くなった鉄合金6Bとなる。
【0028】
この浸漬部11による浸漬工程および洗浄部12による洗浄工程が、第1除去部1による第1除去工程である。すなわち、第1除去部1により行われるこの第1除去工程は、鉄を含み表面に酸化被膜を有する合金を、酸溶液中に浸漬して前記酸化被膜を除去する第1除去工程の一例である。第1除去工程の後、ウェットエッチング槽111の内部に置かれた前処理後の鉄合金6Bは、取り出されて図3に示すように成膜チャンバー330に置かれる。なお、このとき鉄合金6Bは、大気に晒される。
また上記記載では、同一の槽において、酸浸漬と洗浄とを行う例が記載されているが、酸浸漬と洗浄とは別々の槽を備え、また洗浄槽は複数の槽を備えた構成でも良い。複数の槽への材料の移動は、コンベア等の搬送装置が用いられる。なお、この移動は操作者の操作により手動で行ってもよい。
【0029】
3.第2除去部の構成
図2に示すように、第2除去部2は、減圧部21とイオンビームエッチング部22とを含む。減圧部21による減圧工程は、以下の通りである。成膜チャンバー330の内部に鉄合金6Cの材料である鉄合金6Bが置かれた後、制御部4は、図示しない駆動部を制御して成膜チャンバー330を密閉する。そして、制御部4は、真空ポンプ220を制御し、成膜チャンバー330の内部の気体を外に排出させる。これにより成膜チャンバー330の内部は減圧される。
【0030】
イオンビームエッチング部22によるイオンビームエッチング工程は、減圧部21による減圧工程の終了を制御部4が判断して開始される。イオンビームエッチング工程の詳細は、以下の通りである。制御部4は、アルゴンガスをイオンソース221に導入すると共に、高周波によりガスを励起させ、アルゴンイオンを成膜チャンバー内に導く。イオンソース221では、アルゴン原子から電子が分離されて、アルゴンイオンAr+と電子e-とを含むプラズマが生成される。プラズマ中から引き出されたアルゴンイオンは、鉄合金に到達してその表面をエッチングする。これにより、第1除去工程後に形成された自然酸化膜や第1除去工程で除去されなかった酸化被膜61Bに含まれる酸化鉄などが除去される。このイオンビームエッチング工程を経た鉄合金6Bは、酸化被膜61Bの層がさらに薄くなった鉄合金6Cとなる。
【0031】
この減圧部21による減圧工程およびイオンビームエッチング部22によるイオンビームエッチング工程が、第2除去部2による第2除去工程である。すなわち、第2除去部2により行われるこの第2除去工程は、希ガスまたは窒素ガスを含むガス中でプラズマを発生させて当該ガスをイオン化し、前記合金の表面にイオンビームエッチングを施して、前記第1除去工程の後において形成されている酸化被膜を当該表面から除去する第2除去工程の一例である。
【0032】
4.炭素膜形成部の構成
炭素膜形成部3は、FCVA方式を用いた成膜装置である。炭素膜形成部3は、アーク源310、アノード311、カソードターゲット312、カソード313、アーク電源314、ストライカー315、磁気フィルター320、コアパイプ321、磁気フィルターコイル322、成膜チャンバー330およびバイアス電源332を備える。
【0033】
アーク源310は、アノード311とカソード313、およびこれらに挟まれて置かれたカソードターゲット312とを具備している。アーク源310は、アノード311とカソードターゲット312に面した空間Rに炭素のプラズマである炭素プラズマを発生させる装置である。したがって、カソードターゲット312の構成材料には、ガラス状炭素やグラファイトなどの炭素源が用いられる。
【0034】
炭素膜形成部3による炭素膜形成工程は、第2除去部2による第2除去工程の終了を制御部4が判断して開始される。炭素膜形成工程が行われる期間は、成膜チャンバー330の内部は減圧状態を保たれる。したがって、第2除去工程を経た鉄合金6Cは、炭素膜形成工程が開始される前に酸素雰囲気に晒されることがない。
【0035】
この炭素膜形成工程は、以下の通りである。制御部4は、図示しない電源を制御してアノード311とカソード313との間でアーク放電を行うことにより、カソードターゲット312から炭素プラズマを形成する。すなわち、ここまでの工程は、アーク放電により炭素のプラズマを発生させる工程の一例である。なお、通常、カソードターゲット312がカソード313を介してアーク電源314に接続され、アノード311との間でアーク放電が行われる。アーク源310は、移動させることでカソードターゲットと接触可能なストライカー315も設けられている。
【0036】
磁気フィルター320は、円弧状のコアパイプ321と、コアパイプ321を取り巻く磁気フィルターコイル322から構成される。制御部4は、図示しない電源を制御して磁気フィルターコイル322に通電することによって、コアパイプ内に磁界を発生させる。この磁界は、アーク源310で発生した炭素プラズマのうち、荷電粒子である電子およびイオンを成膜チャンバー330へと導く。すなわち、この工程は、磁場により、発生した前記炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して合金の表面に導き、炭素膜を形成する工程の一例である。
【0037】
成膜チャンバー330には、第1除去部1および第2除去部2により前処理が施され、表面の酸化被膜61Bが除去された鉄合金6Cが配置されている。鉄合金6Cには、バイアス電圧を印加するためのバイアス電源332が接続されている。磁気フィルター320によって成膜チャンバー330へ導かれたイオンは、バイアス電源332によりバイアス電圧が印加されている鉄合金6Cの上に引き寄せられて堆積する。これにより、鉄合金6Cと炭素膜62とが密着した部材6(図1参照)が得られる。
【0038】
以上、説明したとおり、上述した炭素膜形成装置9は、炭素膜形成工程を行うのに先立って第2除去部2がイオンビームエッチングを行い、さらにイオンビームエッチングに先立って、第1除去部1が第1除去工程を行う。
【0039】
従来技術においては、炭素膜形成工程を行うのに先立って行われる処理は、イオンビームエッチングだけであった。ところが、イオンビームによって基材の表面をエッチングしてから、例えばTaCなどの炭素膜を形成したとしても、形成されたTaCが、基材との密着不良により剥がれが生じる場合がある。この原因は、或る時間内において、上記のイオンビームエッチングにより除去することができる酸化被膜の量に限りがあることに由来する。
【0040】
これに対し、例えば、イオンビームエッチングの時間を延長することで、除去される酸化被膜の量を増やすことも考えられる。しかし、処理時間と除去量とはせいぜい比例関係に留まるので、現状の100倍の酸化被膜を除去するためには、少なくとも100倍の処理時間を要する。こうした長時間に亘るイオンビームの照射は、経済的にも省エネルギーの観点からも好ましくない。そして、長時間に亘るイオンビームの照射によって、例えば基材に含まれる不純物に対する予期しない反応が進行したり、基材の表面が粗くなったりする可能性もある。
【0041】
一方、ウェットエッチングを行わず、短時間のイオンビームエッチングを施した基材は、酸化被膜を多く残している。そのため、従来の基材に炭素膜を形成しても、剥離することが多かった。
【0042】
上述した炭素膜形成装置9は、第2除去工程でイオンビームエッチングを行うのに先立って、第1除去部1が第1除去工程を行う。第1除去工程は、酸溶液によるウェットエッチング処理の工程であり、イオンビームエッチングなどのドライエッチングと比較して短時間で大量の酸化被膜を除去する。したがってこれにより、基材と炭素膜との密着性が向上し、炭素膜の劣化を抑制する。
【0043】
5.実施例
5−1.実施例1:画像形成装置の対向電極(シールド電極部材)
図4は、炭素膜形成装置9により形成される部材の一例を示す図である。本部材は、画像形成装置における放電器70を構成する要素であるシールド電極部材71である。
【0044】
シールド電極部材71は、矩形板BAの長手方向に沿った互いに向かい合う二辺にそれぞれの面角がほぼ直角となるように矩形板BB,BCを接続し、矩形板BB,BCが互いに向かい合う形状となっている。つまり、シールド電極部材71は、長手方向から見て日本語のカタカナである「コ」字状、英字でいう「C」字状に形成されている。シールド電極部材71の構成する三面のうち互いに向かい合う二面(矩形板BB,BC)間には、放電電極部材73(コロトロン)が配置されている。すなわち、シールド電極部材71を構成する三面により取り囲まれるように、放電電極部材73が配置されている。
【0045】
シールド電極部材71の矩形板BAに対向する側は、感光体ドラム80に対向しており、感光体ドラム80と放電電極部材73との間には、網状の電極部材である網状電極部材72(スコロトロン)が設置されている。シールド電極部材71の基材である基材71aは、厚さ0.8mmに圧延されたステンレス鋼板をプレス加工やレーザによるカッティングにより予め定めた平面形状とした後、曲げ等を行うことで作製される。
【0046】
作製された基材71aは、再生メチレン(主成分:ジクロロメタン)を用いて洗浄される。これにより、プレス等で使用される加工油等の油脂は、基材71aから除去される。
【0047】
次に、浸漬工程において炭素膜形成装置9は、上記の基材71aをウェットエッチング槽111の内部に置き、濃度が15重量%であり65℃に加熱された硝酸溶液(以下、単に硝酸溶液という)を供給して5分間に亘って浸漬する。硝酸溶液は、上述した酸溶液の一例である。この時、炭素膜形成装置9は、25kHzの超音波を溶液に放射してもよい。超音波放射により、基材71aに含まれる酸化被膜の溶出が促進される。その後、炭素膜形成装置9は、水洗を繰り返し行い、基材71aに付着した硝酸イオンなどを取り除く。水洗された基材71aは、エアーブロー等で乾燥される。乾燥させた基材71aは、ウェットエッチング槽111に置かれる前に比べて表面から酸化被膜が除去されている。
【0048】
次に、成膜チャンバー330の内部に基材71aを取り付け、真空度が6.7×10-3Pa(5×10-5Torr)以下になるまでポンピングを行う。その後、Arガスを65sccm(standard cc/min:1気圧(大気圧1013hPa)、0℃における気体の体積流量を立法センチメートル毎分で表した値)で真空チャンバー内に導入し、イオンビームエッチングを行う。イオンビームエッチングは、バイアス電圧が200Vで、エッチング時間が1時間の条件で行われる。
【0049】
次に、FCVA装置を用い、TaC膜を100nm(10-9m;ナノメートル)着膜する。この時、アーク電流は100Aで、基材71aにかけるバイアス電圧は150Vである。基材71aは表面にTaC膜を形成されてシールド電極部材71となる。
【0050】
図5は、シールド電極部材71に形成された炭素膜の表面顕微鏡写真を示す図である。IPA(イソプロピルアルコール)を浸透させた紙製のウエスにより、形成された炭素膜を擦るラビングテストを行うと、炭素膜形成装置9によりシールド電極部材71に形成された炭素膜は、図5(a)に示すように剥離が認められなかった。一方、従来技術により、硝酸溶液に浸漬することなく基材上に形成された炭素膜は、上記ラビングテストにより図5(b)に示すように剥離が認められた。
【0051】
また、X線光電子分光計を用いて、得られた炭素膜のXPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy;X線光電子分光)分析を行った。得られるC1sピーク(炭素の1s軌道由来のスペクトルにおけるピーク)を、sp3−C結合とsp2−C結合とに波形分離し、全炭素原子に対するsp3−C結合の割合として、sp3−C比を求めたところ、60%以上であった。
【0052】
5−2.実施例2:画像形成装置の対向電極(網状電極部材)
実施例2では、放電器70を構成する要素である網状電極部材72に炭素膜を形成した。
【0053】
網状電極部材72は、放電電極部材73と感光体ドラム80との間に配置され、放電電極部材73の放電により生じたコロナイオンの感光体ドラム80表面への流入を制御する。これにより、何らかの原因により放電電極部材73への印加電圧に変動が生じても、感光体ドラム80上の帯電電位の変動を抑えることができる。
【0054】
網状電極部材72の基材72aは、厚さ0.1mmに圧延されたステンレス鋼板をフォトリソエッチングして、図4(b)に示した網目を有する形状とすることで作製する。
【0055】
次に、65℃に加熱された濃度15重量%の硝酸溶液に、基材72aを5分浸漬する。この時25kHzの超音波を溶液に放射を行う。その後、水洗を繰り返し行い、基材72aに付着した硝酸イオン等を取り除く。水洗された基材72aは、エアーブロー等で乾燥される。
【0056】
次に、成膜チャンバー330の内部に基材72aを取り付け、真空度が6.7×10-3Pa(5×10-5Torr)以下になるまでポンピングを行う。その後、Arガスを65sccmで成膜チャンバー330の内部に導入し、イオンビームエッチングを行う。イオンビームエッチングは、バイアス電圧が200V、エッチング時間が1時間の条件で行われる。
【0057】
次に、FCVA装置を用い、膜厚が50nmのTaC膜を形成する。この時、アーク電流は100Aで、基材72aにかけるバイアス電圧は150Vである。基材72aは表面にTaC膜を形成されて網状電極部材72となる。
【0058】
図6は、グロー放電発光表面分析(Glow Discharge Spectroscopy;以下、GDSという)により、網状電極部材72の深さ方向における元素濃度の分析結果を示す図である。図6の横軸は、GDSにおいてArプラズマのスパッタリングにより鉄合金を削り出した(除去した)表面からの深さ(単位:nm(ナノメートル))を表している。また、同図の縦軸は、その深さにおいてスパッタリングされた原子を原子発光させて測定した元素濃度(単位:%)である。なお、この元素濃度は全元素の数に対する注目元素の数の割合を百分率で表したものである。
【0059】
濃度曲線C0は硝酸溶液に浸漬せずにイオンビームエッチングのみを行った鉄合金の深さ方向の酸素元素濃度を表す。濃度曲線C1は、上述の硝酸溶液に浸漬させてから、イオンビームエッチングを行った鉄合金の深さ方向の酸素元素濃度を表す。
【0060】
濃度曲線C0、C1を比較すると、例えば、深さ2nmにおいて、濃度曲線C0は、20%以上(約27%)の濃度があるのに対し、濃度曲線C1は、20%未満、より詳細には10%未満(約7%)の濃度しかない。これは、鉄合金の表面から2nmの組成は、酸溶液に浸漬しない場合よりも、酸溶液に浸漬した方が、酸素濃度が低いことを示している。また、濃度曲線C1の酸素のピークおよび分布は、濃度曲線C0の酸素のピークおよび分布に比べて、表面近くに存在することがわかる。これは、硝酸溶液に浸漬することにより、鉄合金の表面の鉄酸化物またはクロム酸化物が溶解し除去されたことを示している。
【0061】
6.変形例
以上が実施形態の説明であるが、この実施形態の内容は以下のように変形し得る。また、以下の変形例を組み合わせてもよい。
【0062】
(1)金属膜形成に関する変形例
上述の実施形態では、炭素膜形成装置9において、炭素膜形成部3による炭素膜形成工程は、第2除去部2による第2除去工程の終了を制御部4が判断して開始されていたが、炭素膜形成装置9は、第2除去部2による第2除去工程の終了後であって炭素膜形成工程を開始する前に、鉄合金6Cの表面に金属膜を形成する金属膜形成工程を行ってもよい。
【0063】
図7は、この変形例における、炭素膜形成装置9aの機能構成を説明するためのブロック図である。炭素膜形成装置9aは、第2除去部2による第2除去工程が終了した後、炭素膜形成部3により炭素膜形成工程を行う前に、金属膜形成部5による金属膜形成工程を行う点が実施形態に係る炭素膜形成装置9と異なる。
【0064】
金属膜形成部5は、第4族から第6族のいずれかに属する金属元素を含んだターゲットに対し、例えば、Ar+イオンを照射するスパッタリングを行い、上記金属元素を含んだ金属膜を鉄合金6Cに形成させる。鉄合金6Cに形成させる金属元素としては、TiやCrなどを好適に用いることができる。
【0065】
炭素膜形成部3による炭素膜形成工程は、金属膜形成部5による金属膜形成工程を経た後の鉄合金6Cに対して行われる。したがって、炭素膜形成工程により形成される炭素膜は、鉄合金の表面に直接、形成されるのではなく、これに形成された金属膜の表面に形成される。炭素膜と基材とは、硬度や線膨張係数など物性において異なっており、炭素膜にはこの物性差に由来する張力がかかる。そしてこの張力がかかることによって、炭素膜は剥離しやすくなると言われている。一方、基材と炭素膜との間に金属膜を形成させると、基材と金属膜との物性差に由来する張力が金属膜にかかり、金属膜と炭素膜との物性差に由来する張力が炭素膜にかかることとなる。これにより炭素膜にかかる張力が分散され、炭素膜が剥離する可能性は抑制される。
【0066】
(2)チャンバーに関する変形例
(2−1)イオンビームエッチング部22において、鉄合金は成膜チャンバー330の内部に置かれていたが、鉄合金は成膜チャンバー330と異なるチャンバーに置かれてイオンビームエッチング工程を行われてもよい。この場合、イオンビームエッチング工程を経た鉄合金を、成膜チャンバー330に移し変えればよい。また、成膜チャンバー330と、イオンビームエッチング工程が行われるチャンバーとは、互いの内部空間が連続していてもよい。
【0067】
(2−2)第1除去工程において、鉄合金はウェットエッチング槽111の内部に置かれていたが、成膜チャンバー330の内部に置かれてもよい。この場合、基材を固定したままで、第1除去工程によるウェットエッチングから第2除去工程、および炭素膜形成工程までを連続して行うことができる。
【0068】
(3)炭素膜形成部に関する変形例
(3−1)上述した実施形態では、炭素膜形成部3は、FCVA方式を用いた成膜装置であったが、炭素膜を形成する構成はこれに限られない。炭素膜形成部3は、例えば、イオンビーム蒸着(Ion beam deposition)法、スパッタリング法、プラズマCVD法のいずれかを用いた成膜装置であってもよい。
【0069】
(3−2)また、炭素膜形成部3によって形成される炭素膜は、TaC膜であったが、これに限られない。例えば、水素化アモルファス炭素、スパッタアモルファス炭素などであってもよい。炭素膜は、水素含有量と炭素結合の比率によって様々な態様が採り得る。ただし、X線光電子分光分析により測定した場合、炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合が60%以上であることが望ましい。
【0070】
(4)基材に関する変形例
上述した実施形態では、表面に炭素膜を形成する基材としてSUS304などのステンレス鋼である鉄合金6Aを用いたが、他の鉄合金を用いてもよい。例えば、SKD12などのダイス鋼、鉄にケイ素を添加して作られるケイ素鋼などであってもよい。また、基材には鉄合金のほかに純鉄を用いてもよい。
【0071】
(5)基材周りの雰囲気に関する変形例
上述した実施形態では、第1除去工程の後、ウェットエッチング槽111の内部に置かれた前処理後の鉄合金6Bは、取り出される際に、大気に晒されていたが、第1除去工程を経た後の基材は、例えば、窒素ガスを用いて酸素濃度を50ppm未満に調整した還元雰囲気のガス中に取り出され、成膜チャンバー330に置かれるようにしてもよい。これにより、第1除去工程から第2除去工程に移行する際に、基材表面に増加する酸化被膜の量が抑制される。
【0072】
(6)適用分野に関する変形例
上述した実施例では、画像形成装置の対向電極を挙げたが、炭素膜形成装置9が適用される分野はこれに限られない。例えば、工具、ばねなどの弾性部材、樹脂の射出成型に用いられる金型や射出口の周りに残る余分な樹脂を切断する刃などに、炭素膜形成装置9を適用することができる。炭素膜形成装置9により形成される炭素膜はsp3構造を有しており、条件を調整することによりsp3結合含有量(炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合)を60%以上にすることができる。そのため、炭素膜の硬度は高く、磨耗を抑制する効果がある。また、放電器では空気中の酸素がオゾン化し、電極部材を腐食する現象が起こるが、炭素膜形成装置9により形成される炭素膜はオゾンに対する耐腐食性が高い。そのため、対向電極の腐食・錆びを抑制する効果がある。
【符号の説明】
【0073】
1…第1除去部、11…浸漬部、110…酸溶液タンク、1101…バルブ、111…ウェットエッチング槽、1110…栓、12…洗浄部、120…洗浄水タンク、1201…バルブ、2…第2除去部、21…減圧部、22…イオンビームエッチング部、220…真空ポンプ、221…イオンソース、3…炭素膜形成部、310…アーク源、311…アノード、312…カソードターゲット、313…カソード、314…アーク電源、315…ストライカー、320…磁気フィルター、321…コアパイプ、322…磁気フィルターコイル、330…成膜チャンバー、332…バイアス電源、4…制御部、420…保温部、5…金属膜形成部、6…部材、61A,61B,61C…酸化被膜、62…炭素膜、6A,6B,6C…鉄合金、70…放電器、71…シールド電極部材、71a…基材、72…網状電極部材、72a…基材、73…放電電極部材、80…感光体ドラム、9,9a…炭素膜形成装置。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属を、酸溶液中に浸漬して前記酸化被膜を除去する第1除去工程と、
希ガスまたは窒素ガスを含むガス中でプラズマを発生させて当該ガスをイオン化し、前記金属の表面にイオンビームエッチングを施して、前記第1除去工程の後において形成されている酸化被膜を当該表面から除去する第2除去工程と、
前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に炭素膜を形成する炭素膜形成工程と
を具備することを特徴とする炭素膜形成方法。
【請求項2】
前記酸溶液は、硝酸を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の炭素膜形成方法。
【請求項3】
前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に鉄以外の金属元素を含む金属膜を形成する金属膜形成工程を具備し、
前記炭素膜形成工程は、前記金属膜形成工程により前記表面に形成された前記金属膜の上に炭素膜を形成する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の炭素膜形成方法。
【請求項4】
前記金属膜は、第4族から第6族のいずれかに属する金属元素を含む
ことを特徴とする請求項3に記載の炭素膜形成方法。
【請求項5】
前記炭素膜形成工程は、
アーク放電により、炭素のプラズマを発生させる工程と、
磁場により、発生した前記炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して前記金属の表面に導き、前記炭素膜を形成する工程と
を具備することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の炭素膜形成方法。
【請求項6】
前記1から5のいずれかに記載の炭素膜形成方法により、前記金属に前記炭素膜を形成する
ことを特徴とする炭素膜形成装置。
【請求項7】
請求項6に記載の炭素膜形成装置により、前記金属に前記炭素膜を形成された
ことを特徴とする部材。
【請求項8】
前記金属の表面から2nm以上の層を除去した面に対して、全元素に対する酸素の割合が10%未満である
ことを特徴とする請求項7に記載の部材。
【請求項9】
前記炭素膜は、炭素原子によるsp3結合を有する
ことを特徴とする請求項7または8に記載の部材。
【請求項10】
前記炭素膜は、炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合が60%以上である
ことを特徴とする請求項9に記載の部材。
【請求項11】
請求項7から10のいずれかに記載の部材を含む
ことを特徴とする工具。
【請求項12】
請求項7から10のいずれかに記載の部材を含む
ことを特徴とする弾性部材。
【請求項13】
画像形成装置において放電に用いられる電極部材であって、
請求項7から10のいずれかに記載の部材を含む
ことを特徴とする電極部材。
【請求項1】
鉄を含み表面に酸化被膜を有する金属を、酸溶液中に浸漬して前記酸化被膜を除去する第1除去工程と、
希ガスまたは窒素ガスを含むガス中でプラズマを発生させて当該ガスをイオン化し、前記金属の表面にイオンビームエッチングを施して、前記第1除去工程の後において形成されている酸化被膜を当該表面から除去する第2除去工程と、
前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に炭素膜を形成する炭素膜形成工程と
を具備することを特徴とする炭素膜形成方法。
【請求項2】
前記酸溶液は、硝酸を含む
ことを特徴とする請求項1に記載の炭素膜形成方法。
【請求項3】
前記第2除去工程によりイオンビームエッチングを施された前記金属の表面に鉄以外の金属元素を含む金属膜を形成する金属膜形成工程を具備し、
前記炭素膜形成工程は、前記金属膜形成工程により前記表面に形成された前記金属膜の上に炭素膜を形成する
ことを特徴とする請求項1または2に記載の炭素膜形成方法。
【請求項4】
前記金属膜は、第4族から第6族のいずれかに属する金属元素を含む
ことを特徴とする請求項3に記載の炭素膜形成方法。
【請求項5】
前記炭素膜形成工程は、
アーク放電により、炭素のプラズマを発生させる工程と、
磁場により、発生した前記炭素のプラズマのうちイオン化したものを抽出して前記金属の表面に導き、前記炭素膜を形成する工程と
を具備することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の炭素膜形成方法。
【請求項6】
前記1から5のいずれかに記載の炭素膜形成方法により、前記金属に前記炭素膜を形成する
ことを特徴とする炭素膜形成装置。
【請求項7】
請求項6に記載の炭素膜形成装置により、前記金属に前記炭素膜を形成された
ことを特徴とする部材。
【請求項8】
前記金属の表面から2nm以上の層を除去した面に対して、全元素に対する酸素の割合が10%未満である
ことを特徴とする請求項7に記載の部材。
【請求項9】
前記炭素膜は、炭素原子によるsp3結合を有する
ことを特徴とする請求項7または8に記載の部材。
【請求項10】
前記炭素膜は、炭素原子の結合のうち、sp3結合の占める割合が60%以上である
ことを特徴とする請求項9に記載の部材。
【請求項11】
請求項7から10のいずれかに記載の部材を含む
ことを特徴とする工具。
【請求項12】
請求項7から10のいずれかに記載の部材を含む
ことを特徴とする弾性部材。
【請求項13】
画像形成装置において放電に用いられる電極部材であって、
請求項7から10のいずれかに記載の部材を含む
ことを特徴とする電極部材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図5】
【図2】
【図3】
【図4】
【図6】
【図7】
【図5】
【公開番号】特開2012−41591(P2012−41591A)
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−182473(P2010−182473)
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【出願人】(000005496)富士ゼロックス株式会社 (21,908)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年3月1日(2012.3.1)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月17日(2010.8.17)
【出願人】(000005496)富士ゼロックス株式会社 (21,908)
【Fターム(参考)】
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