説明

細胞外マトリックス分解酵素阻害剤

【課題】有機酸の新たな用途を提供すること。
【解決手段】ピログルタミン酸、コハク酸、リンゴ酸、乳酸及び酢酸といった有機酸が細胞外マトリックス分解酵素阻害剤として機能することが見出された。この細胞外マトリックス分解酵素阻害剤はゼラチナーゼA阻害剤として特に有効に機能する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外マトリックス分解酵素阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ピログルタミン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、乳酸、酢酸、酒石酸といった有機酸は、自然食品等に含有されており、食品分野や化学分野等において工業的に広く使用されている。
【0003】
ピログルタミン酸は、アミノ酸の一種であり、PCA(Pyrrolidone Carboxylic Acid)とも呼ばれる。生体内で、遊離グルタミン酸が温度やpHの影響を受けることにより、そのアミノ基と側鎖のカルボキシル基とが結合して環化し、ピログルタミン酸が生成する。ピログルタミン酸は、野菜、果物、乳製品、肉等の食品素材に広く含まれており、人間の脳や脊髄液、血液の中にも大量に存在する。従来、ピログルタミン酸は、神経伝達物質の活動や産生と関わり、脳を刺激して記憶力を強化することが知られている(特許文献1参照)。
【0004】
クエン酸、コハク酸、乳酸、酒石酸等は、食品添加物として醸造工業や飲料、食品の製造に用いられる。リンゴ酸は、酸味料として清涼飲料や加工食品に、また乳化安定剤や消臭剤、洗剤、中和剤として工業用途に用いられる。酢酸は、写真、試薬、染色、食用、医薬等に幅広く用いられる(非特許文献1)。
【特許文献1】特開平5−117232号公報
【非特許文献1】15107の化学商品、2007年1月、化学工業日報社
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このように多くの自然食品素材に含まれ、安全性が高く入手が容易な有機酸には、更なる有用な用途が見出されることが期待されている。
【0006】
すなわち、本発明の目的は、有機酸の新たな用途を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、有機酸について、更なる有用な用途に関する検討を行なった結果、有機酸が細胞外マトリックス分解酵素活性阻害作用を有することを発見し、本発明を完成するに至った。すなわち、本発明は、有機酸からなる細胞外マトリックス分解酵素阻害剤を提供するものである。
【0008】
有機酸は、ピログルタミン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、乳酸、酒石酸、マロン酸、酢酸、フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有することが好ましい。これら有機酸を用いることにより、阻害活性のすぐれた細胞外マトリックス分解酵素阻害剤を提供することができる。
【0009】
本発明の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、特にゼラチナーゼA阻害活性を有することによって、優れた抗シワ効果を発揮する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、有機酸の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな用途を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0012】
本発明の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、有機酸からなる。
【0013】
本発明における有機酸の内、ピログルタミン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシンは、その立体異性体及び互変体を含むものである。すなわち、ピログルタミン酸、リンゴ酸、酒石酸、乳酸、フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシンには2つの立体異性体(D及びL)があるが、いずれも細胞外マトリックス分解酵素阻害剤として機能する。従って、本発明の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、一方の立体異性体のみからなっていても、2つの立体異性体の任意の比の混合物であってもよい(例えば、ラセミ体であってもよい)。
【0014】
なお、D−ピログルタミン酸は、D−ピロリドンカルボン酸等の名称でも知られ、L−ピログルタミン酸は、L−ピロリドンカルボン酸等の名称でも知られている。
【0015】
細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、細胞外マトリックス分解酵素活性阻害作用を有する物質である。細胞外マトリックス分解酵素は、マトリックスメタロプロテアーゼ、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP:Matrix Metallo Proteinase)等とも呼ばれる、細胞外マトリックスの代謝に関わる酵素である。
【0016】
一般に、動物の結合組織は、コラーゲンやプロテオグリカンを主成分とする細胞外マトリックスにより構成されている。細胞外マトリックスの代謝は、細胞外マトリックス分解酵素(以下「MMP」という。)と生体内阻害因子(TIMP:Tissue Inhibitor of Metallo Proteinase)とのバランスにより調節されているが、このうち、MMPは、細胞外マトリックスを分解又は変性することにより、皮膚の弾力性の低下、及びそれに伴うシワやタルミの発生の原因となると考えられている。
【0017】
MMPのうち、MMP1(コラゲナーゼ)は、真皮に分布する膠原繊維であるI型コラーゲン等を基質とし、MMP2(ゼラチナーゼA)は、基底膜に分布するIV型コラーゲンや変性コラーゲンであるゼラチン、真皮に分布するV型コラーゲンや弾性繊維であるエラスチン、軟結合組織及び基底膜に分布する糖タンパク質であるフィブロネクチン等を基質とする。
【0018】
MMP1及びMMP2は、このように、皮膚のハリを保つ上で重要な基質を分解又は変性するため、皮膚のシワやタルミの発生と特に関わりがあると考えられている。また、MMP1及びMMP2は、皮膚に紫外線が当たると活性化されるため、紫外線による皮膚マトリックスの損傷にも関わっていると考えられている。
【0019】
本発明のMMP阻害剤は、これらMMPの中でも特にMMP2(ゼラチナーゼA)の活性を阻害することにより、皮膚のシワやタルミの発生を防止し、皮膚のハリを保つ効果を発揮する。すなわち、本発明のMMP阻害剤は、皮膚シワ防止剤、皮膚タルミ防止剤、皮膚ハリ改善剤等として機能する。
【0020】
本発明のMMP阻害剤は、皮膚外用剤として用いることができる。その場合、直接皮膚に塗布することもできるし、他の物質を混ぜて用いてもよい。
【0021】
本発明のMMP阻害剤は、化粧品、トイレタリー、オーラルケア製品、食品、飲料又は医薬品に含ませて用いることができる。本発明のMMP阻害剤を含む化粧品、食品、飲料又は医薬品は、有効成分である有機酸の他、浸潤剤、油性成分、保湿剤、粉体、色素、乳化剤、分散助剤、可溶化剤、洗浄剤、紫外線吸収剤、増粘剤、薬剤、香料、樹脂、賦形剤、防菌防黴剤、消臭・脱臭剤、酵素、精製水、アルコールを含んでもよい。また、他のMMP阻害剤を添加してもよい。
【実施例】
【0022】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、特に明記しない限り、「%」は「質量%」を表す。
【0023】
(実施例1)
有機酸のMMP2阻害活性
試料として、乳酸、酢酸、蟻酸、プロピオン酸、ピルビン酸、フマル酸、マレイン酸、マロン酸、酒石酸、リンゴ酸、コハク酸、クエン酸及びピログルタミン酸を用いた。
【0024】
反応容器に、58mU/μLのE.coli recombinant human(大腸菌組み換えヒト)MMP2酵素液と、試料を緩衝液(50mM HEPES、10mM CaCl、0.05% Brij−35、1mM DTNB、pH7.5)に溶解した溶液と、を添加し、1%濃度の試料を含有する反応液を調製した。37℃にて60分間インキュベートした後、細胞外マトリックス模擬基質溶液として1mM Thiopeptolide溶液(主成分はオリゴタンパク質Ac−PLG−[2−mercapto−4−methyl−pentanoyl]−LG−OC)を反応液に加えた。MMP2がThiopeptolideを切断して生じるsulfhydryl(スルフヒドリル)基がDTNB(5,5’−dithiobis(2−nitrobenzoic acid)のジスルフィド結合を切断して生じるチオールを、412nmの吸光度で検出した。試料の緩衝液溶液の代わりに緩衝液を加えたものをコントロールとして用いた。
【0025】
インキュベーション後に細胞外マトリックス模擬溶液を加えた時点から、412nmにおける吸光度を60分間測定した。60分間の経時的な吸光度の上昇を一次式で近似し、その傾きを吸光度変化量とした。得られた吸光度変化量を用いて、下記式により阻害率を求めた。下記式において、ΔABS試料及びΔABSコントロールはそれぞれ、試料(反応液)及びコントロールについて得られた吸光度変化量を表す。
阻害率(%)=[(ΔABSコントロール−ΔABS試料)/ΔABSコントロール]×100
【0026】
表1は、各試料の、1%濃度におけるMMP2阻害活性を、上記阻害率(%)で示したものである。
【表1】

【0027】
表1に示されるように、各有機酸の1%溶液におけるMMP2阻害活性が確認された。中でも、ピログルタミン酸、マレイン酸、リンゴ酸、マロン酸、コハク酸、酒石酸及びクエン酸の1%溶液におけるMMP2阻害活性は他の有機酸と比べて高かった。
【0028】
(実施例2)
更に、阻害活性の高かった有機酸のうち、ピログルタミン酸、クエン酸、リンゴ酸及びコハク酸について、種々の濃度でのMMP2活性を測定した。
【0029】
表2は、MMP2活性を50%阻害するときの各試料の濃度(IC50値:50%阻害濃度)を示したものである。
【表2】

【0030】
表2に示されるように、ピログルタミン酸、クエン酸、リンゴ酸及びコハク酸は、IC50値が非常に低く、MMP2阻害剤として有用であることが確認された。
【0031】
(実施例3)
試料として、L−フェニルアラニン、L−トリプトファン及びL−チロシンを用いた。
【0032】
反応容器に、58mU/μLのE.coli recombinant human(大腸菌組み換えヒト)MMP2酵素液と、試料を緩衝液(50mM HEPES、10mM CaCl、0.05% Brij−35、pH7.5)に溶解した溶液と、を添加し、表3に示す濃度の試料を含有する反応液を調製した。37℃にて30分間インキュベートした後、細胞外マトリックス模擬基質溶液として0.4mMの「OmniMMP fulorogenic substrate peptide」(BIOMOL社製、商品名)を反応液に加えた。MMP2により切断された基質から340nmの励起光により生じる380nmの蛍光を検出した。試料の緩衝液溶液の代わりに緩衝液を加えたものをコントロールとして用いた。
【0033】
インキュベーション後に細胞外マトリックス模擬基質溶液を加えた時点から、380nmにおける蛍光強度を20分間測定した。20分間の経時的な蛍光強度の上昇を一次式で近似し、その傾きを蛍光強度変化量とした。一方で、上記基質溶液が加えられていない反応液又はコントロールに標準蛍光試薬「OmniMMP fluorogenic control peptide」(BIOMOL社製、商品名)を濃度段階的に加えた溶液を用いて検量線を作製し、その傾きを変換係数とした。得られた蛍光強度変化量及び変換係数を用いて、下記式により阻害率を求めた。下記式において、ΔABU試料及びΔABUコントロールはそれぞれ、試料(反応液)及びコントロールについて得られた蛍光強度変化量を表す。また、CF試料及びCFコントロールはそれぞれ、試料(反応液)及びコントロールについて得られた変換係数を表す。
阻害率(%)=[((ΔABUコントロール/CFコントロール)−(ΔABU試料/CF試料))/(ΔABUコントロール/CFコントロール)]×100
【0034】
表3は、各試料の、表に示す濃度(%)におけるMMP2阻害活性を、上記阻害率(%)で示したものである。
【表3】

【0035】
表3に示されるように、フェニルアラニン及びトリプトファンは、IC50値がそれぞれ0.24%及び0.16%と非常に低く、チロシンは、0.04%という非常に低い濃度において、41%という高いMMP2阻害活性を有することが確認された。すなわち、フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシンがMMP2阻害剤として有用であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明により提供されるMMP阻害剤は、化粧品、トイレタリー、オーラルケア製品、食品、飲料又は医薬品として好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機酸からなる細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。
【請求項2】
前記有機酸が、ピログルタミン酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸、乳酸、酒石酸、マロン酸、酢酸、フェニルアラニン、トリプトファン及びチロシンからなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する、請求項1に記載の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。
【請求項3】
ゼラチナーゼA阻害剤である、請求項1又は2に記載の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。

【公開番号】特開2008−285472(P2008−285472A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−97396(P2008−97396)
【出願日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】