説明

耐摩耗層

本発明の実施態様は工具用の硬質な耐摩耗層に関する。具体的には、金属を切削するための例えばドリル、皿穴ドリル、穴ぐり刃、ねじタップ、リーマーなどの回転シャンク工具を含む切削用工具に関する。耐摩耗層は約1〜10μmの厚さを有し、物理気相成長法(PVD)により蒸着することが好ましい。耐摩耗層はCr、Ti、およびAlの金属窒化物からほぼなり、さらに粒状を微細にするため、低含量の元素(κ)を含む。全層の金属元素中において、Crは65%を超え、好ましくは66〜70%、Alは15〜23%、Tiは10〜15%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硬質な耐摩耗層により工具の品質を向上させることに関する。適する工具は切削工具であり、特に金属を切削するためのドリル、皿穴ドリル、穴グリ刃、ねじタップ、リーマーなどの回転シャンク工具である。耐摩耗層は厚さ約1〜7μmの硬質材料からなり、工具表面に物理気相成長法(PVD)により成膜されることが好ましい。
【背景技術】
【0002】
当業界では金属のドライ加工に適する耐摩耗層を見出すべく、長期間にわたり努力してきた。ここに、ドライ加工とは、冷却液および潤滑剤を使用せず、最少量の潤滑剤を使用した切削加工を意味する。
【0003】
耐摩耗層の開発、特に該層材料の選択に関しては、切削加工中に工具は相当な高温に達し、さらにこの望ましくない温度上昇分は、工具経由ではなく切屑により搬出できる程度であるなら低減可能であるとの考察に基づいていた。従って、高温における高硬度、および/または高耐酸化性、および/または低伝熱性を有するとして公知であった材料を組み合わせることが検討された。
【0004】
最も広範に使用されている耐摩耗層は黄金色の窒化チタンTiNである。TiN層は広範に使用できる。濃青色から濃赤色の虹色である窒化チタンアルミニウム(Ti,Al)Nは、高い高温硬度で知られている。通常の窒化チタンアルミニウムはアルミニウムに対するチタンの比率は50:50である(Ti0.5,Al0.5)Nであったり、ときには40:60、すなわち(Ti0.4,Al0.6)Nの方向にずれていたりする。工具の品質を改良するために、単一層(例えば非特許文献1参照)としても、窒化チタン中間層(例えば、いわゆるギューリング社(Guehring oHG)のファイヤー(FIRE)層参照)を有する多層の(Ti,Al)N/TiN層としても使用される。
【0005】
CrN層は非鉄金属の加工用に推奨される(例えば非特許文献2参照)。
MeCrAlY合金(Meは金属)もまたタービンブレードの被覆用として公知である。この合金は耐酸化性と断熱性とを高め、ひいては許容温度を高めるので、航空機エンジンの効率を高める(例えば非特許文献3参照)。
【0006】
近年、(Ti,Al)NとCrNとからなる多層が知られるようになった(例えば非特許文献4)。その耐酸化性はCrの比率とともに向上するが、Cr比率は30原子%以内である。同一の実験室において、TiAlNに少量のCrとYとを添加した層もまた検討されている(1998年4月27日付出願、特許文献1)。
【特許文献1】ドイツ国特許第19818782号明細書
【非特許文献1】ギルスら,表面と塗布技術(Gilles et al.,Surface and Coating Technology), 94−95, p.285−290(1997).
【非特許文献2】P.ホーンズ,表面と塗布技術(P. Hones,Surface and Coating Technology), 94−95, p.398−402(1997).
【非特許文献3】W.ブランドルら,表面と塗布技術(W. Brandl et al.,Surface and Coating Technology), 94−95, p.21−26(1997).
【非特許文献4】I.ワズワースら,表面と塗布技術(I. Wadsworth et al.,Surface and Coating Technology), 94−95, p.315−321(1997).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、上記目的に対応する耐摩耗層を作成することにある。上記目的とは、製造が容易であり、優れた耐摩耗特性、特にいわゆるドライ加工時に最少量の潤滑剤にて加工できる耐摩耗特性が特徴であり、さらに例えばチタン合金、GGV(CV黒鉛鋳鉄)、およびMMC(金属セラミックス複合体)の加工などの高摩耗使用、およびいわゆる高速切削(HSC)に特に適していることである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
この目的は、請求項1および/または4に記載の特性を備える耐摩耗層により達成される。
本発明は、本願発明者による先のドイツ国特許第10212383号の内容に基づくものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の開発を進める際、様々な層および層システムを有するHSS(高速度鋼)および超硬金属からなる工具を作成し、組成の最適化を図った。それらの組成は、クロム、アルミニウム、およびチタンの金属窒化物、ならびに粒状を微細にするための少量(約1原子%以内)のイットリウムである。最適化は、(1)被覆工程、(2)層組成の分析、相測定、および表面特性測定、(3)様々な使用条件下における研削試験、(4)試験中の摩耗特性の測定、(5)評価および結論、および(6)同一工具に、金属原子などの組成比率を変えた層を被覆する工程を備えていた。
【0010】
先のドイツ国特許第10212383号の内容をもたらした実験に基づけば、最良の対摩耗特性は、高度な摩耗状態への適用時には、層全体中において全金属に対して65原子%を超えるまでCr比率を増大させることにより達成されることを見出した。それに対応してAlおよびTiの比率は、15〜25原子%、または10〜15原子%である。比較使用試験に示すように、工具寿命は既存の技術と比較すると、ほぼ2.5倍に延長することができることが明確になった。
【0011】
本発明のさらに具体的な態様としては、厚い基底層が薄いCrN層により被覆されている場合には、本発明の請求項4に記載の2層構造は工具の寿命を延長すること、および層全体中のCr比率は重量な要素であることを本願発明者らは見出した。
【0012】
さらなる利点の多い開発は下位クレームの主題である。
最も切削し難い材料に適する対摩耗層は、同層が2構成層からなるのであれば、底部構成層は均一混合相の組成を有する厚い(TiAlCrκ)N基底層であり、同基底層は上部構成層たる薄いCrN頂部層により被覆されているものである。
【0013】
イットリウムは粒状を微細にするための元素(κ)として用いられることが好ましい。イットリウムの比率は層の全金属に対して1原子%未満、好ましくは約0.5原子%以内である。
【0014】
全層の厚さは1〜7μmであることが好ましい。層がこれより厚いと、層内に内在する応力が増大するため亀裂を生じやすい。
請求項2に記載の2つの構成層を形成するときは、基底層の厚さは1〜6μmに固定し、より薄い頂部被覆層は0.15〜0.6μmとすることが好ましい。
【0015】
対摩耗層は、陰極アーク蒸着法または高速マグネトロン微粒化法により成膜する。
対摩耗層の工具への接着を向上させるため、対摩耗層を付するべき工具の表面は希ガスイオン、好ましくはアルゴンイオンを用いたプラズマエッチングにより基板表面を清浄にすることが好ましい。基板の清浄化に関しては、例えば特許文献1に記載のように低電圧アーク放電を用いて実施することができる。
【0016】
以下に、本発明における好ましい実施態様を実施例として説明する。図図1には一例として、炭化タングステンを埋め込んだチタンと、金属窒化物にて被覆した工具、いわゆるギューリングファイヤー層(Ti,Al)N/TiNと、本発明の層とを比較のため研削した際の各工具の平均寿命を図示する。その本発明の層とは、本発明請求項1に記載の層を、同請求項2に記載の具体的な変形例の形態、すなわち厚い(Ti,Al,Cr,Y)N基底層と薄いCrN頂部層とからなる層である。
【実施例】
【0017】
アーク被覆工程により、まず(Ti,Al,Cr,Y)N単一層をHSSおよび超硬金属研削工具上に成膜した。蒸発源としてはCr陰極および(Ti,Al,Y)陰極を用いた。工程条件は、基板温度T=450℃、バイアス電圧U=−50V、全イオン電流値は被覆される試料基板上においてJion=14A、Crおよび/またはTiAlY陰極の陰極電流値I=300A、純窒素プラズマにおける窒素分圧pN2=5Paであった。
【0018】
被覆工程に先立ち、プラズマエッチング(低電圧放電により発生するArイオンを用いた衝撃法)により基板を清浄にした。全体が超硬金属からなる工具を被覆した。層厚は約2.5μmであった。
【0019】
層中の原子濃度の測定は、Cr、Ti、TiN、TiAlN、およびY標準試料を用いて実施した。層中の低含量炭素は無視をし、原子濃度測定時には考慮しなかった。層中の金属原子濃度は、請求項1および/または請求項4に記載のように、
Cr比率 60原子%
Al比率 16.5原子%
Ti比率 23原子%
Y比率 0.5原子%
に調整した。
【0020】
層の相測定はθ−2θ連動にてCuKα線(20kV)を用いたX線回折法により測定した。同層は、<111>格子中にTi、Al、およびCrの窒化物混合相を含むことが明らかとなった。
【0021】
その後、CrN薄膜頂部層をアーク法を用いて基底層上に成膜した。頂部層の厚さは約0.4μmに調整した。工程条件は、
基板温度T=450℃、バイアス電圧U=−50V、Cr陰極の放電電流I=300A、CrNを被覆される工具へのイオン電流Iion=9A、純窒素プラズマにおける窒素分圧pN2=5Pa
であった。
【0022】
このようにして全ての層を調製した。層中の金属原子に関しては、Cr比率65.6原子%、Al比率14.2原子%、Ti比率19.7原子%、およびY比率0.5原子%であった。
比較試験
実施例にて説明した層を設けた超硬金属研削工具を、炭化タングステンを埋め込んだチ
タン系材料という構成を有するサンプルとし、工具寿命に関する実地試験を行った。直径16mmの正面フライスを使用し、試験条件は、
切削速度 1000m/分
冷却方式 外部オイル冷却
切削深さ ap=25mm
切削幅 ae=2.5mm
を維持した。
【0023】
使用可能な工具寿命の尺度としては、当該工具にて所定の品質許容値を有して加工され得る数である被加工部品数を採用した。
比較試験において、従来技術による層を付与した同一形状のフライスを用いた。それらは従来技術による金属窒化物層、およびいわゆるギューリングファイヤー被覆層、すなわち(TiAl)N/TiNの多層構成層であった。
【0024】
図図1によれば、本発明による被覆を行った工具に関しては、ギューリングファイヤー多重構成層の(Ti,Al)N/TiNにより達成された有効寿命の2倍を超える有効寿命が達成された。本願発明者による先のドイツ国特許第10212383号に記載の層から得られ、かつ実験により実証された所見と試験結果とに基づくと、この試験結果は請求項に含まれる範囲に相当する層が確たる価値を有するものであることを示している。
【0025】
上記の実施例により、加工が極めて困難な材料である場合、本発明による耐摩耗層は優れた対摩耗特性を達成したことが示された。対摩耗層の特性に関しては、基底層自体は均一であり、均一な立方晶混合相であり続ける。層内に取り込まれたイットリウムは粒状を微細にする目的を果たす。さらに本発明の対摩耗層を製造する場合、接着促進層もその後の特別なその後の熱処理も必要ないので、本発明の対摩耗層は簡単な方法により製造される。
【0026】
被覆に関しては純粋なPVD(陰極アーク蒸着法)を用い、基板温度450℃以下の条件にて成膜することが好ましい。
対摩耗層の全厚は1〜7μmの範囲であることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明による層と従来技術に基づく層との比較試験の結果を示すグラフ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
切削工具、特に回転加工工具用の対摩耗層であって、同層はCr、Ti、Al、および粒状を微細にするための少量の元素(κ)からなる金属窒化物からなり、
全層中の全金属原子のうち、
Cr比率は65%を超え、好ましくは66〜70%、
Al比率は10〜23%、および
Ti比率は10〜25%
である対摩耗層。
【請求項2】
対摩耗層は2つの構成層を有することと、底部構成層は均一混合相である構成を有する厚い(TiAlCrκ)Nからなる層により形成されることと、上部構成層は薄いCrN頂部被覆層であって該底部構成層を被覆していることとを備える請求項1に記載の対摩耗層。
【請求項3】
イットリウムは粒状を微細にするための元素(κ)として用いられることと、層中の全金属量に対するイットリウムの百分率は1原子%未満、好ましくは約0.5原子%以下であることとを備える請求項1または2に記載の対摩耗層。
【請求項4】
切削工具、特に回転加工工具用の対摩耗層であって、同層はCr、Ti、Al、および好ましくは粒状を微細にするための少量の元素(κ)からなる金属窒化物からなり、
2つの構成層を有することと、底部構成層は均一相組成を有する厚い(TiAlCr)Nおよび/または(TiAlCrκ)Nからなる基底層であることと、上部構成層は薄いCrN頂部層であって該底部構成層を被覆していることと、
基底層は、全層中の全金属原子に対して、
Cr比率は30%を超え、好ましくは30〜65%であることと、
Al比率は15〜35%、好ましくは17〜25%であることと、
Ti比率は16〜40%、好ましくは16〜35%、特に好ましくは24〜35%であることとよりなる対摩耗層。
【請求項5】
層の全厚が1乃至7μmである請求項1乃至4のいずれかに記載の対摩耗層。
【請求項6】
基底層の厚さは1〜6μmであり、薄い頂部層の厚さは0.15〜0.6μmである請求項2乃至5のいずれかに記載の対摩耗層。
【請求項7】
対摩耗層は陰極アーク蒸着法、またはマグネトロン微粒化法により成膜される請求項1乃至6のいずれかに記載の対摩耗層。
【請求項8】
対摩耗層を備えるべき工具の表面は希ガスイオン、好ましくはArイオンを用いたプラズマエッチングにより基板洗浄される請求項1乃至7のいずれかに記載の対摩耗層を備える工具。
【請求項9】
該プラズマエッチングは低電圧アーク放電により実施される請求項8に記載の工具。

【図1】
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【公表番号】特表2007−515300(P2007−515300A)
【公表日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−534584(P2006−534584)
【出願日】平成16年10月13日(2004.10.13)
【国際出願番号】PCT/DE2004/002308
【国際公開番号】WO2005/038089
【国際公開日】平成17年4月28日(2005.4.28)
【出願人】(505226585)ギューリング,イェルク (18)
【氏名又は名称原語表記】GUEHRING,Joerg
【Fターム(参考)】