説明

膜厚測定方法及びその装置

【課題】高精度に膜厚を測定することを可能にした膜厚測定方法及びその装置を提供する。
【解決手段】分光スペクトル情報を信号処理して膜厚を推定する膜厚測定方法において、
検量線作成用分光スペクトル情報を基底分解し、その基底に掛かる第1の係数を分光スペクトル情報の代表値として求め、第1の係数と分光スペクトル情報に対応した膜厚データとから重回帰係数を求める工程と、測定対象物の分光スペクトル情報と基底とに基づいて基底に掛かる第2の係数を求め、第2の係数と重回帰係数とに基づいて測定対象物の膜厚を推定する工程とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば鋼板表面に光を照射し、反射した光の分光情報から鋼板表面の被膜の膜厚を測定する膜厚測定方法及びその装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
薄鋼板表面は、塗装下地または一時的防錆のために化成処理が行われるケースがある。従来、化成処理被膜には、主としてクロメート処理が行われていた。しかし、クロムの環境影響の観点から、クロムフリーの化成処理が行われることが求められており、それと共に、化成処理被膜の種類は多様化している。
【0003】
このような化成処理被膜は、ロールコータ等によって塗布される。図24に示されるように、処理液槽1に満たされた処理液L中にピックアップローラ2が浸漬され、処理液Lはピックアップローラ2及びアプリケータローラ3によって、それらの胴部表面に移行して鋼板ガイドローラ4で鋼板Sに塗布される。鋼板Sに形成される被膜は、鋼板の幅方向及び長手方向に亘って所定の膜厚範囲に収まることが必要である。そのため、塗布された膜の膜厚を測定して、処理液の濃度、温度及びロールの周速、ギャップなどを制御するようにしている。
【0004】
このような被膜の膜厚をオンラインで測定する方法として、特許文献1には、Cr原子固有の吸収波長とベースラインとなる波長域の吸光度の差を利用したクロメート被膜の膜厚測定装置が開示されている。すなわち、クロムの原子吸光が起こる350〜390nm付近の波長と、参照波長として、450〜700nmの可視域の1波長を測定し、両者の吸光度の差により、クロメート付着量を計算している。
また、特許文献2には、少なくとも2波長以上の分光測定を行い、膜厚の異なる複数のサンプルを予め測定することにより得られたサンプル数に対応する複数の標準反射パタンのうち、最も近い標準反射パタンの膜厚を測定値とする方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−5038号公報
【特許文献2】特開昭58−154602号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の特許文献1及び特許文献2に開示されている技術には、以下に述べるような課題があった。
すなわち、特許文献1に開示された技術では、常に固定した2波長を測定するため、種々の組成の異なる化成処理被膜が製造され、吸光する原子が必ずしも同一でない場合には、同じ装置で異なる化成処理被膜を測定することができなかった。また、原子吸光は、被膜を構成する元素の電子の遷移に対応する波長の光を吸収する現象であるため、その元素が、どのような種類の元素と、どのような状態で化学結合されているかによって、吸収波長がシフトし、測定誤差が大きくなるという問題点があった。
【0007】
また、特許文献2に開示された技術では、測定の分解能を上げようと思うと、多くの水準のサンプルが必要であった。また、標準パタンといっても、サンプルの測定データそのものを使用しているため、統計的なばらつきはなんら考慮されていなかった。さらに、吸収波長のシフトが起こった場合には、最小二乗の観点で標準パタンに最も近いサンプルの膜厚を測定値とすることにより、誤差が大きくなるという問題点があった。
【0008】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、高精度に膜厚を測定することを可能にした膜厚測定方法及びその装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る膜厚測定方法は、
分光スペクトル情報を信号処理して膜厚を推定する膜厚測定方法において、
検量線作成用分光スペクトル情報を基底分解し、その基底に掛かる第1の係数を分光スペクトル情報の代表値として求め、前記第1の係数と前記分光スペクトル情報に対応した膜厚データとから重回帰係数を求める工程と、
測定対象物の分光スペクトル情報と前記基底とに基づいて前記基底に掛かる第2の係数を求め、前記第2の係数と前記重回帰係数とに基づいて測定対象物の膜厚を推定する工程と
を備えたものである。
本発明に係る膜厚測定方法は、前記基底分解の手法として、主成分分析又は部分最小二乗回帰を用いる。
【0010】
本発明に係る膜厚測定装置は、
分光スペクトル情報を信号処理して膜厚を推定する膜厚測定装置において、
検量線作成用分光スペクトル情報を基底分解し、その基底に掛かる第1の係数を分光スペクトル情報の代表値として求め、前記第1の係数と前記分光スペクトル情報に対応した膜厚データとから重回帰係数を求める回帰式作成部と、
測定対象物の分光スペクトル情報と前記基底とに基づいて前記基底に掛かる第2の係数を求め、前記第2の係数と前記重回帰係数とに基づいて測定対象物の膜厚を推定する膜厚推定部と
を備えたものである。
本発明に係る膜厚測定装置において、前記回帰式作成部は、前記基底分解の手法として主成分分析又は部分最小二乗回帰を用いる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、測定対象物の分光スペクトル情報を用いて、膜による光の吸収現象を表現するのに本質的な基底(例えば主成分又は部分最小二乗(PLS)回帰の際の基底)を用いて測定データを表現し、表現に使用した係数及び重回帰係数を用いて膜厚を推定するようにしているので、測定データにランダムノイズや吸収波長シフト等の外乱がある場合にも、精度よく測定することができるようになった。また、膜厚に対応して分光現象が生じさえすれば、膜の吸収波長によらず、どのような膜種に対しても適用できるようになるという効果もある。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施の形態1に係る膜厚測定装置の構成を示すブロック図である。
【図2】図1のFTIRの構成図である。
【図3】図1の回帰式作成部及び膜厚推定部の処理内容を示したフローチャートである。
【図4】一般的な測定系の構成と測定原理を示した図である。
【図5】或るサンプルの複数膜厚の膜の分光計測結果を示した特性図である。
【図6】或る集団の構成員の身長と体重の散布図である。
【図7】図6の主成分分析及び多点の波長情報の(スペクトル)の主成分分析を示した図である。
【図8】或るサンプルの主成分分析とその再構成との関係を示した図である。
【図9】ランダムノイズを受けた分光情報データをランダムノイズを受けていない元の信号に対する基底ベクトルで再構成した波形である。
【図10】吸収波長シフトを受けたデータを、周波数シフトを受けてない元の状態での基底ベクトルで再構成した波形である。
【図11】3点の情報から膜厚を重回帰推定した結果を示した図である。
【図12】図5とは異なる成分を持つ複数膜厚の膜の分光計測結果を示す特性図である。
【図13】図12のサンプルの第1主成分(第1基底)〜第3主成分(第3基底)を示したものである。
【図14】第1主成分だけで図12のサンプルの分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。
【図15】第1主成分及び第2主成分を考慮して分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。
【図16】第1主成分〜第3主成分を考慮して分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。
【図17】PLS回帰の場合の基底(潜在変数)を表したものである。
【図18】PLS回帰の基底(潜在変数)の第1基底(潜在変数)だけで図12のサンプルの分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。
【図19】PLS回帰の基底(潜在変数)の第1基底(潜在変数)及び第2基底(潜在変数)により図12のサンプルの分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。
【図20】PLS回帰の基底(潜在変数)の第1基底(潜在変数)〜第3基底(潜在変数)により図12のサンプルの分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。
【図21】ランダムノイズ(一様ノイズ)や吸収波長シフトなどの外乱がない場合の膜厚を推定した結果である。
【図22】ランダムノイズ(一様ノイズ)がある場合の膜厚を推定した結果である。
【図23】吸収波長シフト外乱がある場合の膜厚を推定した結果である。
【図24】化成処理被膜を生成する装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
実施の形態1.
図1は、本発明の実施の形態1に係る膜厚測定装置の構成を示すブロック図である。
図1の膜厚測定装置1は、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)10、回帰式作成部31及び膜厚推定部32を備えている。
【0014】
図2は、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)10の構成の一例を示した図である。FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)10は、化成処理皮膜の付いたサンプルの分光反射スペクトルを測定するのに用いられる。FTIR10は、赤外領域の波長の分光スペクトルを測定するのによく知られた装置であるが、その概要を説明する。
FTIR10は、図2に示されるように、光源11、ミラー12、ハーフミラー13、可動ミラー14、ミラー(固定)15、ミラー16〜24及び検出器25から構成されている。ミラー12、ハーフミラー13、可動ミラー14、ミラー15〜17は、干渉計26を構成している。光源11から発せられた光はミラー12を介して干渉計26に導かれ、干渉計26から出た光はミラー17〜20を介してサンプル27に照射され、サンプル27から反射された光は、ミラー21〜24を介して検出器25に受光される。検出器25は、サンプル27から反射された光の光量を測定する。このとき、干渉計26中の可動ミラー14を移動しながら時系列的に測定した検出器25の検出信号をフーリエ変換することにより、サンプル27の分光スペクトル情報が得られる。分光スペクトルを測定する方法は、これ以外にも、回折格子を利用する方法、波長選択フィルタを利用する方法など種々考えられるが、いずれの方法を利用しても構わない。
【0015】
図3は、図1の回帰式作成部31及び膜厚推定部32の処理内容を示したフローチャートである。回帰式作成部31及び膜厚推定部32は、FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)10からの信号を処理して膜厚を推定するが、その詳細を説明するのに先だって、本発明の測定原理を説明する。
【0016】
分光計測情報を用いた化成膜厚計測においては、測定系に入り込む一般的なランダムなノイズ以外にも、化成膜の微妙な成分変化に伴う吸収波長のシフト等に代表される測定外乱が生じる。図4は、一般的な測定系の構成と測定原理を示しているが、従来は原子吸光が起こる付近の波長と、放射率ベースを補正するための参照波長との放射強度を測定し、両者の吸光度の差により、膜厚を計算している。
【0017】
その際に、化成膜組成等の微妙な変化により吸収波長のシフトが起こると、図5の矢印部に示すように、参照波長の強度情報が大きく変動していまい、膜厚推定値に大きな誤差が生じてしまう。ところが、吸収波長のシフトが起こった際であっても、観測されたスペクトルの形そのものはほぼ保たれたままでシフトすることが多いため、このスペクトルの形に着目すれば、吸収波長のシフトに依らない膜厚推定が可能となる。そこで、得られたサンプルに対するスペクトル形状を良く代表する本質的なスペクトル波形を取り出すことを考えた。
【0018】
このスペクトルの形に着目するための方法として、例えば、主成分分析を行うことを考える。まず主成分分析の一般的な説明をする。
例えば図6のように、或る集団の構成員の身長と体重の散布図を考える。一般的には、身長の大きな人は体重も大きいと言えるので、この散布図は右上がりの分布を持つ。図6中に挿入した右上がりの線はこの分布の中心を通る線であり、いわば「体の大きさ」という尺度である。主成分分析とは、この身長と体重の組合せデータ(2次元)の本質的解釈が、「体の大きさ」という1次元の尺度で代表されるということを統計的に導く方法である。より数学的には、この「体の大きさ」は第一主成分であり、この第一主成分と直交する、第一主成分の次に本質的な情報が第二主成分となる。図6のケースでは、第二主成分は物理的には「肥満度」なる尺度と言える。
【0019】
さて、図6の例では、元々(身長、体重)の2次元情報は主成分分析により「体の大きさ」という1次元情報に縮約されることになるが、この本質を抜き出すという情報処理を膜厚推定におけるスペクトル波形に適用すれば、多点の波長情報から本質を抽出することが可能である。この場合には、多点の波長情報(スペクトル)は、図7のように同じ次元数の空間上の1点として表現される。例えば7つの膜厚に対する250点の波長スペクトルデータが与えられたとすると、250次元空間上の7つの点が与えられたことになる。この7つの点の分布の広がりを考えて、最も広がりの大きな方向が第一主成分の方向となり、これが前記7つの点を区別する、つまり膜厚を区別する最も有力な手がかりとなる。
【0020】
次に、図8の左上図のサンプルに対して、主成分分析を適用した場合の第一主成分を図8の右上図に示す。これは7つの膜厚に対する分光スペクトル情報を最も代表する形である。次に、この第一主成分に直交するベクトル空間で、7点のばらつきが2番目に大きな方向を取り出したものが第二主成分であり、これを同図に示す。また、同様にして第3主成分も同図に示されている。これら低次の主成分情報は、元の7つのスペクトル情報の本質的なスペクトル情報(基底スペクトル)である。
【0021】
これら低次の主成分情報が、確かに元の7つのスペクトル情報の本質的なスペクトル情報(基底スペクトル)であるということを検証するため、第一主成分から第三主成分までの基底スペクトルから、元の7つのスペクトル情報を再構成した際の当てはまり具合を図8の下の3つの図として示す。再構成とは3つあるそれぞれの基底ベクトルを係数倍して足し合わせるという積和演算、つまり線形操作を行ったものである。元の7つの分光スペクトルに、低次の基底ベクトル情報がどの位含まれているかにより再構成した際の当てはまり具合が変化する。図8には順に第一主成分のみで再構成、第2主成分までで再構成、第3主成分までで再構成した場合の結果が示されており、再構成を行う場合の主成分の数が多くなるほど、元の波形がより精度良く再構成されることがわかる。特に第3主成分までを使用した場合には、7つの分光スペクトルのどれもが、非常に良く再構成されている。
【0022】
これを換言すると、1つ1つの分光スペクトルは250点の波長情報、つまり250次元の各座標で表現する必要はなく、基底ベクトルを何倍して足し合わせたものかという3点の情報だけで表現できるということを意味している。さらに言い換えると、250次元データが3次元データに圧縮されたとも言える。この際、次元数は大幅に圧縮されてはいるが、「基底ベクトル」という本質的なスペクトル形で再構成されているということが重要であり、先に述べた周波数シフトといった外乱のように、形が保存される外乱には影響されにくいことが想定される。
【0023】
図8を改めて数式の形で補足する。
図8左上の測定データは例えば波長250nm〜750nmまで2nm毎測定された波長方向(横軸)250点における反射率(%)x(i,j) として表される。ここでiは測定波長No.を表しi=1・・・250、jはサンプル膜厚No.であり本例ではj=1・・・7である。このjに対する実測膜厚はy(j)であるとする。さらに、反射率x(i,j)に対して、主成分分析を実施した結果の主成分ベクトルをw(i,k)とする。
【0024】
主成分ベクトルw(i,k)の決め方は主成分解析の一般的文献に譲るが、簡単に記述すると、
【数1】

【0025】
のjについてのばらつきが最大になるように第1主成分w(i,1)が決定され、w(i,1)と独立なベクトルの中で、
【0026】
【数2】

【0027】
のjについてのばらつきが最大になるように第2主成分w(i,2)が決定されるといった具合であり、第3主成分w(i,3)等についても同様に、次式のように求められる。
【0028】
【数3】

【0029】
w(i,k)において、iはi=1・・・250、kは主成分番号で数学的にはk=1・・・7の範囲で考えることができるが、本実施の形態ではk=1・・・3の範囲で考える。一般的に、kはより小さい(低次の主成分)場合がよりx(i,j)の本質を表すことになるが、kの範囲の選び方に関しては本発明では特に限定しない。
【0030】
【数4】

【0031】
ここで、a(k,j)は数学的には主成分得点或いはスコアと呼ばれる定数(スカラー)である。
【0032】
【数5】

【0033】
第2主成分w(i,2)まで加わった分、元の反射率x(i,j)への合致度が高くなる。
【0034】
【数6】

【0035】
では、ほぼ元のx(i,j)が再現できている。このことは、実測膜厚y(j)を推定しようとする場合、250点のデータから構成するx(i,j)を使用する代わりに、高々3点のデータであるa(k,j)を使用しても情報の質が落ちないということを意味している。
【0036】
なお、上記のa(k,j)は、具体的には、主成分ベクトルw(i,k)と元の反射率データx(i,j)との内積を算出することで導き出され、個々の成分は、
【0037】
【数7】

のように導出される。
【0038】
さらに、前記の「基底ベクトル」という本質的なスペクトル形で元の分光情報を再構成するという操作が、ランダムノイズや、吸収波長がシフトした場合の測定外乱に強いということを検証した。
【0039】
図9は、ランダムノイズを受けた分光情報データを、ランダムノイズを受けていない元の信号に対する基底ベクトルで再構成した波形である。これによると、再構成された波形はランダムノイズを受けていてない元波形とほぼ等しくなることがわかる。換言すると、ランダムノイズという外乱を取り除くフィルタの効果があることを示している。さらに、図10は、吸収波長シフトを受けたデータを、周波数シフトを受けてない元の状態での基底ベクトルで再構成した波形である。これによると、再構成された波形は周波数シフトを受けていない元波形に近いことがわかり、換言すれば、周波数シフトという外乱を取り除くフィルタの役目を果たしたとも言える結果である。
【0040】
以上のように、前記の「基底ベクトル」という本質的なスペクトル形で元の分光情報を再構成するという操作が、ランダムノイズや、吸収波長がシフトした場合の測定外乱に強いということが示された。
【0041】
したがって、本発明の目的である膜厚推定のための元情報としては、多数の波長からなる分光情報に対して主成分分析を行い、低次の主成分で元分光情報を再構成した場合の、基底ベクトルの係数倍という情報(主成分得点)が有効であることが推測される。さきの例題に照らし合わせて換言すると、オリジナルの250点の波長データから膜厚を推定する代わりに、250点波長データを第3主成分までの主成分得点である3点データに次元圧縮し、その3点情報から膜厚データを通常の重回帰方法で推定する。図8に示したように、この3点情報から十分に250点波長データを再現できることを考えると、この3点情報には膜厚を推定するための十分な情報が入っているからである。
【0042】
数式の形で補足すると、オリジナルの250点波長データから膜厚を推定する次式
【0043】
【数8】

【0044】
を用いて膜厚推定をする。
以上の説明により本発明の測定原理が明らかになったところで、図3に戻って回帰式作成部31及び膜厚推定部32の演算処理を説明する。
【0045】
回帰式作成部31は、膜厚推定部32が被測定対象物の膜厚を推定する際に使用する基礎データ(基底及び重回帰係数)をサンプル27に基づいて予め求める処理をする。
回帰式作成部31は、検出器25からの検出信号から検量線作成用分光スペクトルデータを求め(S11)、そのデータについて主成分分析を行い、主成分分析に基づいて基底抽出及びスコア抽出をする(S12〜S14)。
回帰式作成部31は、基底抽出に際しては、上記の(1)式〜(3)式により第1主成分w(i,1)、第2主成分w(i,2)及び第3主成分w(i,3)をそれぞれ求める。また、スコアa(k,j)抽出についても、上記の(7)式によりそれぞれ求める。このスコアa(k,j)は本発明の第1の係数に該当する。
【0046】
回帰式作成部31は、上記のスコアa(k,j)と、各分光スペクトルデータに対応した
【0047】
【数9】

【0048】
とを、上記の(8)式に適用して重回帰係数c(k)を求める(S15)。ここで求められた基底(主成分w(i,k)、k=1〜3)及び重回帰係数(c(k)、k=1〜3)は、膜厚推定部32に出力される。
【0049】
膜厚推定部32は、図2においてサンプル27が測定対象物に置き換えられた状態で、検出器25からの検出信号から測定された分光スペクトルデータを求め(S21)、上記の(7)式により分光スペクトルデータと上記の基底(主成分w(i,k)、k=1〜3)との内積より測定対象物のスコアa(k,j)を求める(S22)。このスコアa(k,j)は、本発明の第2の係数に該当する。そして、そのスコア(a(k,j)、k=1〜3)と上記の重回帰係数(c(k)、k=1〜3)とを上記の(8)式に適用して回帰演算を行って膜厚を推定する(S23)。
【0050】
図11は、上記の3点の情報から膜厚を重回帰推定した結果を示した図である。
測定系に入る外乱としては、ランダムノイズ(一様ノイズ)…外乱例1、及び吸収波長シフト…外乱例2、の2ケースを扱った。また、推定する際の方法としては、従来方法である、吸収波長および参照波長の2波長のみのデータから推定する方法、及び本実施の形態1の方法を扱った。4つの散布図は、外乱例1,2、従来方法、本実施の形態1の方法のそれぞれの組合せの結果を示す。散布図の横軸は実際の膜厚、縦軸は重回帰推定値である。外乱のない理想的な状況下では、いずれの方法でも優れた膜厚推定が可能であることがわかる。これに対して、例えば化成膜の微妙な変化により、吸収波長がシフトした状況下では、図11中列の2散布図と、図11右列の散布図に大きな違いが生じており、外乱例1、外乱例2のいずれの場合でも、従来方法では大きな推定誤差が生じていることがわかる。これは採用した吸収波長での吸収量が大きく異なったことが原因となり、重回帰の際の説明因子の値が大きくずれたことに起因する。これに対して図11右列で示す本実施の形態の方法では、主成分分析を用いて分光計測結果を形として捉えていることから、吸収波長シフトによる主成分得点という、後段の重回帰分析の説明因子の変化が抑制され、推定精度が上昇している。
【0051】
実施の形態2.
次に、上記の基底の求め方に最小二乗回帰方法を使った膜厚推定を実施の形態2として説明する。
これは上記の実施の形態1における主成分解析(及び回帰)の変化形として、部分最小二乗回帰を適用した場合に相当し、上記の実施の形態1の方法を上回る効果を得ることが出来る。
部分最小二乗回帰は、Partial Least Square 回帰又はPLS回帰と呼ばれることもある回帰方法である。主成分回帰の場合には、第1主成分、第2主成分などの主成分情報(基底)はあくまで分光拡散反射強度(分光スペクトル)の本質情報のみを抽出したものであるが、PLS回帰の場合は、その基底情報(潜在変数とも呼ぶ)は、膜厚情報を表現するための分光拡散反射強度の本質情報を抽出したものとなる。換言すると、主成分回帰の場合の基底はその線形結合が分光拡散反射強度を最も表現できるものが選択されるが、PLS回帰の場合の基底(潜在変数)は、その線形結合が膜厚情報を最も表現できるものが選択される。より数学的には、個々の波長情報の線形結合(1次式)の中から膜厚との内積が最大となるものが第1潜在変数(第1基底)となり、さらに第1潜在変数(第1基底)で膜厚を表現できなかった部分(推定誤差)との内積が最大になるものが第2潜在変数(第2基底)となるといったように潜在変数が決められる。第2潜在変数は、第1潜在変数のみで表現できなかった推定誤差を最も良く推定する変数なので、第2潜在変数を採用することで、膜厚の推定精度がより向上する。第3潜在変数以降も同様に考えることができる。
【0052】
数式を使って補足をすると、第1潜在変数(第1基底)は、
【数10】

【0053】
が最大になるように第1基底w(i,1)が決められる。前述の主成分解析の場合とは異なり、w(i,1)を決める際にy(j)との内積を考えていることで、y(j)のばらつきを表現する際に最も寄与できる基底が選ばれることになる。第2基底は、y(j)を表現する際にw(i,1)では表現できない残差部分に対し、同様な手順を踏むことで決定され、第3基底以降も同様である。なお、本実施の形態2は、実施の形態1との対比においては、基底の求め方が異なるだけであり、他の演算処理は同じである。
【0054】
図12は、図5とは異なる成分を持つ複数膜厚の膜の分光計測結果である。
図5の分光計測結果は、膜厚小のサンプルから膜厚大のサンプルまで滑らかに形が変化していくが、図12の結果は膜厚小の2サンプルと、それ以上の膜厚の4サンプルで大きく挙動が変わることが特徴である。この場合には、従来法は元より、前述の実施の形態1の主成分回帰を使った推定方法でも推定精度に限界があり、本実施の形態2のPLS回帰を使った推定方法では格段に推定精度が向上する。以下、詳述する。
【0055】
図13は、図8と同様に、図12のサンプルの第1主成分(第1基底)〜第3主成分(第3基底)を示したものである。図8と同様に、高次の主成分ほど形の凹凸が増え、より細かなところを表すための基底となる。
【0056】
図14は、第1主成分だけで図12のサンプルの分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。また図15及び図16は、それぞれ第2主成分、第3主成分まで考慮して分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。図8のサンプル同様に、第3主成分までを基底として採用するとほぼ元の分光拡散反射強度情報が再現され、250点ある波長の情報は、3つの基底ベクトルを何倍して足し合わせたものかという3点の情報だけで表現できるということを意味している。さらに言い換えると、図8のサンプル同様に250次元データが3次元データに圧縮されたとも言える。
【0057】
一方、図17は、PLS回帰の場合の基底(潜在変数)を表したものである。より高次の基底ほど形の凹凸が増える点では図13と同様であるが、基底の形そのものは図13とは大きく異なり、図12の元のサンプルの形(情報)を抽出したものでは無いことがわかる。前述のとおり、図17の基底は分光拡散反射強度の形を再現する基底ではなく、あくまで膜厚の推定精度を最も高くする基底である。
【0058】
図18は、PLS回帰の基底(潜在変数)の第1基底(潜在変数)だけで図12のサンプルの分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。また図19及び図20はそれぞれ第2基底(潜在変数)、第3基底(潜在変数)まで考慮して分光拡散反射強度情報を再構成した結果である。図18〜図20は、図14〜図16とは異なり、元の分光拡散反射強度情報はうまく再現されていないことがわかる。これは、PLS回帰の場合の基底(潜在変数)は、その線形結合が膜厚情報を最も表現できるものが選択されることに依り、分光拡散反射強度を最も表現できるものが選択される訳ではないことが反映されたものである。
【0059】
本実施の形態2において、基底分解の方法を部分最小二乗回帰とする場合の効果は次の図21〜図23において示される。
図21は、ランダムノイズ(一様ノイズ)や吸収波長シフトなどの外乱がない場合に、従来方法(図中x)、主成分回帰(PCA)による方法(図中○)、PLS回帰による方法(図中+)の3つの方法により、膜厚を推定した結果である。外乱がない場合は、どの方法でも同様に精度良く推定が出来ることが示されている。
【0060】
一方、図22に示す、ランダムノイズ(一様ノイズ)下での推定例では、従来方法の推定精度が悪化するのは図11と同様であるが、本ケースでは、主成分回帰(PCA)による方法(図中○)も推定精度が落ちてしまっている。これは、図12のサンプルでは、膜厚小の2サンプルと、それ以上の膜厚の4サンプルで大きく挙動が変わり、分光拡散反射強度の形の変化と膜厚の変化を関連づけにくいことに起因する。ところが、PLS回帰による方法(図中+)では、基底(潜在変数)の線形結合が膜厚情報を最も表現できるものが選択されることにより、外乱下でも精度が保たれていることがわかる。
【0061】
さらに、図23に示す、吸収波長シフト外乱下においても、図22と同様の状況であることがわかり、本実施の形態2に係る測定方法の有効性が確認されている。
【符号の説明】
【0062】
10 FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)、11 光源、12 ミラー、13 ハーフミラー、14 可動ミラー、15〜24 ミラー、25 検出器、26 干渉計、27 サンプル、31 回帰式作成部、32 膜厚推定部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分光スペクトル情報を信号処理して膜厚を推定する膜厚測定方法において、
検量線作成用分光スペクトル情報を基底分解し、その基底に掛かる第1の係数を分光スペクトル情報の代表値として求め、前記第1の係数と前記分光スペクトル情報に対応した膜厚データとから重回帰係数を求める工程と、
測定対象物の分光スペクトル情報と前記基底とに基づいて前記基底に掛かる第2の係数を求め、前記第2の係数と前記重回帰係数とに基づいて測定対象物の膜厚を推定する工程と
を備えたことを特徴とする膜厚測定方法。
【請求項2】
前記基底分解の手法として主成分分析を用いたことを特徴とする請求項1に記載の膜厚測定方法。
【請求項3】
前記基底分解の手法として部分最小二乗回帰を用いたことを特徴とする請求項1に記載の膜厚測定方法。
【請求項4】
分光スペクトル情報を信号処理して膜厚を推定する膜厚測定装置において、
検量線作成用分光スペクトル情報を基底分解し、その基底に掛かる第1の係数を分光スペクトル情報の代表値として求め、前記第1の係数と前記分光スペクトル情報に対応した膜厚データとから重回帰係数を求める回帰式作成部と、
測定対象物の分光スペクトル情報と前記基底とに基づいて前記基底に掛かる第2の係数を求め、前記第2の係数と前記重回帰係数とに基づいて測定対象物の膜厚を推定する膜厚推定部と
を備えたことを特徴とする膜厚測定装置。
【請求項5】
前記回帰式作成部は、前記基底分解の手法として主成分分析を用いたことを特徴とする請求項4に記載の膜厚測定装置。
【請求項6】
前記回帰式作成部は、前記基底分解の手法として部分最小二乗回帰を用いたことを特徴とする請求項4に記載の膜厚測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図7】
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【図11】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2012−8062(P2012−8062A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−145799(P2010−145799)
【出願日】平成22年6月28日(2010.6.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】