自動変速機のパラメータ同定装置
【課題】複数回の実験データからパラメータをより適切に同定する。
【解決手段】1つのパラメータについて行われた同一の運転条件での複数回の実験データに基づく同定結果について、同定時の精度に応じて重み付けして演算する(Step1〜3)。これによって、1つの値に設定する。設定された値を用いてそのパラメータについて複数の運転条件に対するパラメータの値のマップを作成する(Step4)。
【解決手段】1つのパラメータについて行われた同一の運転条件での複数回の実験データに基づく同定結果について、同定時の精度に応じて重み付けして演算する(Step1〜3)。これによって、1つの値に設定する。設定された値を用いてそのパラメータについて複数の運転条件に対するパラメータの値のマップを作成する(Step4)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機のパラメータを、実験データに基づいて同定する自動変速機のパラメータ同定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機内部には、構成要素の回転同期をとるために、1つ、もしくは複数の摩擦係合要素(クラッチ・ブレーキ:クラッチパック)が組み込まれている。この摩擦係合要素では、油圧制御装置によって制御された油圧の力で駆動側・被駆動側双方の摩擦材を押し付け、運動エネルギーを熱エネルギーに変換することで回転同期を行う。
【0003】
このような自動変速機においては、制御装置がその時の状況に応じて指示油圧を決定して油圧を制御している。このため、制御装置は、予め制御内容についてのデータを記憶しており、その時の状況に応じて油圧を制御する。
【0004】
一方、制御装置において記憶されている制御内容についてのデータが最適であるとは、限らない。そこで、特許文献1では、車両の発進制御において、クラッチのフィードフォワード制御量を、毎回学習制御する制御装置を設けている。これによって、制御内容についてのデータを、最適なものに更新することができる。
【0005】
また、特許文献2では、発進クラッチの制御において、クラッチのフィードフォワード制御量である指示油圧Pclta(=Pclt)を次の伝達トルク式に基づき導出している。
【0006】
A・Pclt=α・Tout+W
ここで、A:油圧シリンダの断面積、Tout:目標出力トルク、W:戻しバネの荷重である。また、係数αは、トルク−力変換係数であるが、油圧やトルクセンサ値に基づき、クラッチオイルの温度Toil毎に学習される。
【0007】
このような式を用いることで、発進時の指示油圧を目標出力トルクに応じて適切なものに制御することができる。
【0008】
また、自動変速機について、CAEモデルによる数値シミュレーションを行い、各種のパラメータを同定し、同定したパラメータ値を用いて自動変速機の変速時動作(作動油圧)を制御することも行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−25951号公報
【特許文献2】特開2003−343604号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1は、実際の走行時の計測結果により、マップの値を変更するものであり、予め作成されたパラメータ値を修正している。
【0011】
ここで、自動変速機のパラメータには、クラッチの摩擦係数μが含まれる。特許文献2におけるαは、トルク−力変換係数であり、このα=1/μ・R(Rはクラッチの代表半径)と書き直すことができ、クラッチの摩擦係数μに関連する。そして、特許文献2では油圧、トルクセンサ値に基づき、クラッチオイルの温度の条件に応じてαが学習される。従って、この特許文献2は、クラッチの摩擦係数μに関連するパラメータを学習しているといえる。
【0012】
しかし、実際にクラッチ摩擦係数μについて、多くの実験を行うと、同一の条件とされている場合にも、得られるクラッチ摩擦係数μが大きくばらつくことがわかった。このため、シミュレーションによって、正確なクラッチ摩擦係数μを同定することが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、自動変速機のパラメータを、実験データに基づいて同定する自動変速機のパラメータ同定装置であって、1つのパラメータについて行われた同一の運転条件での複数回の実験データに基づく同定結果について、同定時の精度に応じて重み付けして演算することにより、1つの値に設定し、設定された値を用いてそのパラメータについて複数の運転条件に対するパラメータの値のマップを作成することを特徴とする。
【0014】
また、前記パラメータは、自動変速機のクラッチの摩擦係数μであることが好適である。
【0015】
また、前記精度は、前記クラッチの作動油圧に基づいて、作動油圧が小さいほど精度が低いと決定することが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、同定時の精度に応じて重み付けして複数回の同定結果を演算する。このため、より精度の高いパラメータ同定が行える。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】動力伝達系の構成を示す図である。
【図2】自動変速機の構成を示す図である。
【図3】クラッチ摩擦係数μの推定を示す図である。
【図4】同定結果のシミュレーションの検証結果を示す図である。
【図5】同定したμ値をクラッチ差回転で整理した結果を示す図である。
【図6】2つのμ値の平均により一つのμ値を導出した場合の同定値を示す図である。
【図7】図6のμ値を用いた検証結果を示す図である。
【図8】クラッチ摩擦係数の推定結果を示す図である。
【図9】Δ伝達トルク(許容誤差トルク)を示す図である。
【図10】実施形態のクラッチ摩擦係数μ値の同定手順を示すフローチャートである。
【図11】一つのμ(μモデル)を導出した場合同定値を示す図である。
【図12】図11のμ値で検証した結果を示す図である。
【図13】誤差モデルの構成を示す図である。
【図14】モデルの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
【0019】
図1には、車両における一般的な動力伝達系を示してある。エンジン20の出力軸はトルクコンバータ21に接続され、トルクコンバータ21の出力軸が自動変速機22に入力される。
【0020】
自動変速機22の出力はディファレンシャルギヤ23を介し、タイヤ24に伝達され、これによってエンジン20の出力により車輪が回転され、車両が走行する。
【0021】
図2には、本実施形態において、同定の対象の一例となる自動変速機(油圧制御系)の概略構成を示す。この図においては、ディファレンシャルギヤ23は省略されている。
【0022】
この自動変速機22には、変速を行うための油圧制御系26が設けられている。油圧ポンプからのオイルは油圧調整弁によって所定のライン圧(元圧)に調整される。この油圧調整弁からの出力は、供給電流によって開度が制御されるリニアソレノイド弁32、オリフィス・流路34を介しクラッチパック36に供給される。このクラッチパック36は供給油圧によって内部のピストンに対するクラッチ圧が変化し、これによってクラッチ板の係合解放が制御される。例えば、2速から3速への変速指令が出されたときには、上述のリニアソレノイド弁32への電流値が変更され、クラッチパック36におけるクラッチ圧が変更されて、2速の伝達のためのクラッチの係合が解放され、3速の伝達のためのクラッチが係合されて変速が行われる。なお、動力伝達は、遊星歯車を介し、行われ、この遊星歯車への動力伝達がクラッチパック36の出力によって制御され、ギヤ比が変更され、変速動作が行われる。
【0023】
このように、油圧制御系のモデルを用いてクラッチ圧が算出される。ここで、この油圧制御系26は、変速指令(油圧指令)がECU30に入力され、ECU30は指令に応じてリニアソレノイド弁32への電流値を変更する。これによって、オリフィス・流路34を介しクラッチパック36へ供給される油圧が変更され、クラッチパック36におけるクラッチ圧が制御される。
【0024】
なお、エンジン20の出力軸と、クラッチパック36の入力の間には、トルクコンバータが配置されており、このトルクコンバータの出力側であるタービンに接続された軸がクラッチパック36の入力軸になる。後述のタービン回転数は、トルクコンバータの出力側の回転数、すなわちクラッチパック36の入力軸の回転数をいう。
【0025】
そして、本実施形態では、このような自動変速機における各種パラメータをモデルを利用したシミュレーションによって同定する。このシミュレーションは、通常汎用プログラムに自動変速機のパラメータ同定プログラムをインストールし、この自動変速機のパラメータ同定プログラムを実行することによって行う。自動変速機のパラメータ同定プログラムは、基本は汎用のシミュレーションプログラムであり、これを編集して作成される。従って、自動変速機のパラメータ同定プログラムをインストールしたコンピュータが自動変速機のパラメータ同定装置を構成する。また、得られたパラメータの同定値は、車両の制御装置内の記憶部に記憶され、車両走行の際の自動変速機の動作制御の際のデータとして用いられる。また、シミュレータを車両に搭載し、実際の走行の際にセンサからのデータを収集し、パラメータの同定を行い、記憶されているパラメータの同定値を適宜更新することも好適である。
【0026】
ここで、同定するパラメータには、遅角制御を伴わないエンジントルク、遅角制御を伴う補正エンジントルク、クラッチ摩擦係数μ、動力伝達系にあるギヤの動力伝達効率であるギヤ効率、走行抵抗などがあり、これに対応する自動変速機についてのモデルを構築し、このモデルを用いて、特定のパラメータの条件の下でシミュレーションを行い、各種のモデル出力を得る。一方、自動変速機を搭載されて実際の車両を走行させて、そこにおける動作を各種センサで検出する。そして、シミュレーションによるモデル出力と実機の出力との誤差を得え、この誤差を0または所定値以下にするパラメータを導出することによって、パラメータの同定を行う。
【0027】
「クラッチ摩擦係数μ」
上述のように、クラッチパックでは、解放側クラッチの解放、係合側クラッチの係合が行われて変速動作が行われる。従って、この変速動作の際におけるクラッチ摩擦係数μを同定しておくことが必要となり、このクラッチ摩擦係数μがシミュレーションにより同定される。
【0028】
まず、クラッチ摩擦係数μは、
μ=(伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
で表される。有効油圧は、基本的にクラッチパックに供給され油圧センサによって検出される作動油圧から、取りつけ荷重に相当する油圧分をひいた油圧である。また、クラッチ伝達トルクは、クラッチの出力のトルクに該当し、出力トルクセンサによって検出される値から換算される。
【0029】
上式に該当するとして、アップシフトの場合と、ダウンシフトの場合とで、クラッチ摩擦係数μを同定した結果を図3に示す(図3(a)アップシフト、図3(b)ダウンシフト)。このように、クラッチ摩擦係数μは、アップシフトの場合減少して一定値に落ち着き、ダウンシフトの場合一端減少してその後階段状に上昇する。
【0030】
また、同定したクラッチ摩擦係数μ値を使って、シミュレーションによりエンジン回転数、タービン回転数、車両前後加速度Gを検証した結果を図4に示す。図4(a)アップシフト、(b)ダウンシフト、ともに試験波形と同定モデルは、良く一致している。
【0031】
次に、クラッチ摩擦係数μのモデル化を考える。図3で示した2つのクラッチ摩擦係数μを、横軸クラッチの差回転にとって整理した結果を図5に示す。
【0032】
このように、2つのμ値は、同一条件(クラッチ差回転)でも、異なっていることがわかる。このため、クラッチ摩擦係数μのモデル(一つのマップ値)をどのように、設定するかが問題となる。
【0033】
ここで、(a)アップシフト、(b)ダウンシフトについて、クラッチ差回転に対し、2つのクラッチ摩擦係数μ値の平均を採用する場合を図6に示す。そして、この図6のμ値を使って、シミュレーション検証した結果を図7に示す。
【0034】
このように、ダウンシフトでは、エンジン回転数、タービン回転数、車両前後加速度についてシミュレーション結果(同定モデル)と、試験波形とがよく一致している。一方、アップシフトでは、シミュレーション結果(同定モデル)と、試験波形との一致が悪い。
【0035】
ここで、この結果について検討したところ、図4で示したクラッチ摩擦係数μ値がばらつく(異なる)原因の一つは、上述したクラッチ摩擦係数μを示す式の形からわかるように、有効油圧が小さくなるほど油圧の変化に対するμ値の変化(感度)が大きくなるためと考えられる。
【0036】
例えば、図8において、破線丸印の箇所が油圧が小さく、クラッチ摩擦係数μ値の同定精度が悪くなっている。
【0037】
そこで、まずクラッチ摩擦係数μ値の変化(感度)を定量的に表す。μ値の変化は、上式において、伝達トルクがΔ伝達トルク(=許容誤差トルク)ずれた時のμ値の変化量Δμとなる。
【0038】
従って、
μ=(伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
μ+Δμ=(伝達トルク+Δ伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
→Δμ=(Δ伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
となり、得られるμ値の変化量Δμが小さいほど同定の精度が高くなる。そこで、本実施形態では、このΔμの逆数を重みととして、クラッチ差回転に対するμ値を同定する。
【0039】
図9に、同定したμ値と、Δ伝達トルクの上限、下限に対応するμ値の上限、下限を示す。このように、油圧が小さい条件で同定したμ値では、μ値の上下限が大きく開くことがわかる。
【0040】
次に、上述したΔμに反比例する値で重み付けをして、クラッチ摩擦係数μのマップ(μのモデル)を求める手順を図10に示す。
【0041】
まず、実験を複数回実施して、その時のデータを計測し、複数の時系列データを採る(Step1)。計測データとしては、油圧センサ値、出力トルクセンサ値が挙げられる。次に各実験データ毎に、クラッチ摩擦係数μ値の時系列値を同定する(Step2)。これによって、実験毎のμ値の同定が行われる。次に、同定精度(油圧の大きさ)に応じて重み付けをして、複数のμ値を1つのμ値とする(Step3)。そして、得られたクラッチ摩擦係数μについてマップ化する(Step4)。
【0042】
ここで、重みは、前記ΔΜの逆数を規格化してそのまま利用することができる。なお、Δ伝達トルクの値は、例えば、15〜20Nmである。
【0043】
図10の手順に従って求めた一つのμ値を図11に、また同図のμ値を使ってシミュレーション検証した結果を図12に示す。このように、本実施形態の手法によって、図7の従来の場合と比べて、改善されたμ値が得られていることがわかる。
【0044】
すなわち、複数の実験データからμ値を同定する場合に、制御用のマップの条件については同一条件であっても、同定されるμ値は大きく異なる場合がある。この原因の一つは、油圧の大きさにより同定の精度が異なることであり、本実施形態によれば、有効油圧(作動油圧)が小さくなるほど、μ値同定の際の重みを小さくることで、同定されるμ値の精度悪化を防止することができる。従って、本実施形態の係る自動変速機のパラメータ同定装置により、精度の良いクラッチ摩擦係数μのマップ(μのモデル)を求めることができる。
【0045】
ここで、パラメータの同定は、図13に示すような誤差モデルを用いて行う。エンジントルク、クラッチ摩擦係数μ、ギヤ効率を入力し、これに誤差モデルからの誤差を加算してギヤトレーンモデルに入力し、ギヤトレーンモデル出力としてタービン回転数および出力トルクを得る。そして、このギヤトレーモデルの出力と実機との誤差から、誤差モデルの出力に対する大きさ(ゲイン)の値を評価して、パラメータを同定する。なお、この同定については、特開2008−9682号公報の手法をそのまま利用することができる。
【0046】
図14には、入力トルク、クラッチ摩擦係数、走行抵抗トルクの3つを同定する構成を示している。入力トルクについての外乱モデルは、5Nmであり、その大きさはv1であるため、入力トルクに対しては、v1・5Nmが入力トルクに加算されてギヤトレーンモデルに入力され、係合クラッチトルク容量に対しては、v2・0.05が加算されてギヤトレーンモデルに入力され、走行抵抗に対しては、v3・5Nmが加算されてギヤトレーンモデルに入力されることになる。
【0047】
なお、残差モデルρijは、各外乱モデルに対応して、出力(タービン回転ωt、出力トルク)ごとに定義される。ここで、サフィックスiは、各外乱モデル、サフィックスjは、出力に対応する。
【0048】
例えば、ρi1は、入力トルクのみに、5Nmの外乱が入った場合の出力タービン回転と、入らなかった場合(ノミナル)の出力タービン回転の差を表す時系列データである。ρi2は、同じく出力トルクの時系列データである。
【0049】
各外乱モデルの大きさは、上記残差モデルρijを使い、以下の式を最も満足するように求める。
ρi1・v1+ρ21・v2+ρ31・v3=ωtnominal
ρi2・v1+ρ22・v2+ρ32・v3=Tonominal
ここで、
ωtreal:実記のタービン回転センサ値(時系列値)
ωtnominal:外乱モデルがない場合の、モデルのタービン回転値(時系列値)
Toreal:実記の出力トルクセンサ値(時系列値)
Tonominal:外乱モデルがない場合の、モデルの出力トルク値(時系列値)
【0050】
上式を最も満足させるための方法として、例えば最尤推定によって各外乱モデルに対する大きさvを求め、各パラメータを同定する。
【符号の説明】
【0051】
20 エンジン、21 トルクコンバータ、22 自動変速機、23 ディファレンシャルギヤ、24 タイヤ、26 油圧制御系、30 ECU、32 リニアソレノイド弁、34 オリフィス・流路、36 クラッチパック。
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動変速機のパラメータを、実験データに基づいて同定する自動変速機のパラメータ同定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車用自動変速機内部には、構成要素の回転同期をとるために、1つ、もしくは複数の摩擦係合要素(クラッチ・ブレーキ:クラッチパック)が組み込まれている。この摩擦係合要素では、油圧制御装置によって制御された油圧の力で駆動側・被駆動側双方の摩擦材を押し付け、運動エネルギーを熱エネルギーに変換することで回転同期を行う。
【0003】
このような自動変速機においては、制御装置がその時の状況に応じて指示油圧を決定して油圧を制御している。このため、制御装置は、予め制御内容についてのデータを記憶しており、その時の状況に応じて油圧を制御する。
【0004】
一方、制御装置において記憶されている制御内容についてのデータが最適であるとは、限らない。そこで、特許文献1では、車両の発進制御において、クラッチのフィードフォワード制御量を、毎回学習制御する制御装置を設けている。これによって、制御内容についてのデータを、最適なものに更新することができる。
【0005】
また、特許文献2では、発進クラッチの制御において、クラッチのフィードフォワード制御量である指示油圧Pclta(=Pclt)を次の伝達トルク式に基づき導出している。
【0006】
A・Pclt=α・Tout+W
ここで、A:油圧シリンダの断面積、Tout:目標出力トルク、W:戻しバネの荷重である。また、係数αは、トルク−力変換係数であるが、油圧やトルクセンサ値に基づき、クラッチオイルの温度Toil毎に学習される。
【0007】
このような式を用いることで、発進時の指示油圧を目標出力トルクに応じて適切なものに制御することができる。
【0008】
また、自動変速機について、CAEモデルによる数値シミュレーションを行い、各種のパラメータを同定し、同定したパラメータ値を用いて自動変速機の変速時動作(作動油圧)を制御することも行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−25951号公報
【特許文献2】特開2003−343604号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1は、実際の走行時の計測結果により、マップの値を変更するものであり、予め作成されたパラメータ値を修正している。
【0011】
ここで、自動変速機のパラメータには、クラッチの摩擦係数μが含まれる。特許文献2におけるαは、トルク−力変換係数であり、このα=1/μ・R(Rはクラッチの代表半径)と書き直すことができ、クラッチの摩擦係数μに関連する。そして、特許文献2では油圧、トルクセンサ値に基づき、クラッチオイルの温度の条件に応じてαが学習される。従って、この特許文献2は、クラッチの摩擦係数μに関連するパラメータを学習しているといえる。
【0012】
しかし、実際にクラッチ摩擦係数μについて、多くの実験を行うと、同一の条件とされている場合にも、得られるクラッチ摩擦係数μが大きくばらつくことがわかった。このため、シミュレーションによって、正確なクラッチ摩擦係数μを同定することが難しい。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、自動変速機のパラメータを、実験データに基づいて同定する自動変速機のパラメータ同定装置であって、1つのパラメータについて行われた同一の運転条件での複数回の実験データに基づく同定結果について、同定時の精度に応じて重み付けして演算することにより、1つの値に設定し、設定された値を用いてそのパラメータについて複数の運転条件に対するパラメータの値のマップを作成することを特徴とする。
【0014】
また、前記パラメータは、自動変速機のクラッチの摩擦係数μであることが好適である。
【0015】
また、前記精度は、前記クラッチの作動油圧に基づいて、作動油圧が小さいほど精度が低いと決定することが好適である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、同定時の精度に応じて重み付けして複数回の同定結果を演算する。このため、より精度の高いパラメータ同定が行える。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】動力伝達系の構成を示す図である。
【図2】自動変速機の構成を示す図である。
【図3】クラッチ摩擦係数μの推定を示す図である。
【図4】同定結果のシミュレーションの検証結果を示す図である。
【図5】同定したμ値をクラッチ差回転で整理した結果を示す図である。
【図6】2つのμ値の平均により一つのμ値を導出した場合の同定値を示す図である。
【図7】図6のμ値を用いた検証結果を示す図である。
【図8】クラッチ摩擦係数の推定結果を示す図である。
【図9】Δ伝達トルク(許容誤差トルク)を示す図である。
【図10】実施形態のクラッチ摩擦係数μ値の同定手順を示すフローチャートである。
【図11】一つのμ(μモデル)を導出した場合同定値を示す図である。
【図12】図11のμ値で検証した結果を示す図である。
【図13】誤差モデルの構成を示す図である。
【図14】モデルの構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面に基づいて説明する。
【0019】
図1には、車両における一般的な動力伝達系を示してある。エンジン20の出力軸はトルクコンバータ21に接続され、トルクコンバータ21の出力軸が自動変速機22に入力される。
【0020】
自動変速機22の出力はディファレンシャルギヤ23を介し、タイヤ24に伝達され、これによってエンジン20の出力により車輪が回転され、車両が走行する。
【0021】
図2には、本実施形態において、同定の対象の一例となる自動変速機(油圧制御系)の概略構成を示す。この図においては、ディファレンシャルギヤ23は省略されている。
【0022】
この自動変速機22には、変速を行うための油圧制御系26が設けられている。油圧ポンプからのオイルは油圧調整弁によって所定のライン圧(元圧)に調整される。この油圧調整弁からの出力は、供給電流によって開度が制御されるリニアソレノイド弁32、オリフィス・流路34を介しクラッチパック36に供給される。このクラッチパック36は供給油圧によって内部のピストンに対するクラッチ圧が変化し、これによってクラッチ板の係合解放が制御される。例えば、2速から3速への変速指令が出されたときには、上述のリニアソレノイド弁32への電流値が変更され、クラッチパック36におけるクラッチ圧が変更されて、2速の伝達のためのクラッチの係合が解放され、3速の伝達のためのクラッチが係合されて変速が行われる。なお、動力伝達は、遊星歯車を介し、行われ、この遊星歯車への動力伝達がクラッチパック36の出力によって制御され、ギヤ比が変更され、変速動作が行われる。
【0023】
このように、油圧制御系のモデルを用いてクラッチ圧が算出される。ここで、この油圧制御系26は、変速指令(油圧指令)がECU30に入力され、ECU30は指令に応じてリニアソレノイド弁32への電流値を変更する。これによって、オリフィス・流路34を介しクラッチパック36へ供給される油圧が変更され、クラッチパック36におけるクラッチ圧が制御される。
【0024】
なお、エンジン20の出力軸と、クラッチパック36の入力の間には、トルクコンバータが配置されており、このトルクコンバータの出力側であるタービンに接続された軸がクラッチパック36の入力軸になる。後述のタービン回転数は、トルクコンバータの出力側の回転数、すなわちクラッチパック36の入力軸の回転数をいう。
【0025】
そして、本実施形態では、このような自動変速機における各種パラメータをモデルを利用したシミュレーションによって同定する。このシミュレーションは、通常汎用プログラムに自動変速機のパラメータ同定プログラムをインストールし、この自動変速機のパラメータ同定プログラムを実行することによって行う。自動変速機のパラメータ同定プログラムは、基本は汎用のシミュレーションプログラムであり、これを編集して作成される。従って、自動変速機のパラメータ同定プログラムをインストールしたコンピュータが自動変速機のパラメータ同定装置を構成する。また、得られたパラメータの同定値は、車両の制御装置内の記憶部に記憶され、車両走行の際の自動変速機の動作制御の際のデータとして用いられる。また、シミュレータを車両に搭載し、実際の走行の際にセンサからのデータを収集し、パラメータの同定を行い、記憶されているパラメータの同定値を適宜更新することも好適である。
【0026】
ここで、同定するパラメータには、遅角制御を伴わないエンジントルク、遅角制御を伴う補正エンジントルク、クラッチ摩擦係数μ、動力伝達系にあるギヤの動力伝達効率であるギヤ効率、走行抵抗などがあり、これに対応する自動変速機についてのモデルを構築し、このモデルを用いて、特定のパラメータの条件の下でシミュレーションを行い、各種のモデル出力を得る。一方、自動変速機を搭載されて実際の車両を走行させて、そこにおける動作を各種センサで検出する。そして、シミュレーションによるモデル出力と実機の出力との誤差を得え、この誤差を0または所定値以下にするパラメータを導出することによって、パラメータの同定を行う。
【0027】
「クラッチ摩擦係数μ」
上述のように、クラッチパックでは、解放側クラッチの解放、係合側クラッチの係合が行われて変速動作が行われる。従って、この変速動作の際におけるクラッチ摩擦係数μを同定しておくことが必要となり、このクラッチ摩擦係数μがシミュレーションにより同定される。
【0028】
まず、クラッチ摩擦係数μは、
μ=(伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
で表される。有効油圧は、基本的にクラッチパックに供給され油圧センサによって検出される作動油圧から、取りつけ荷重に相当する油圧分をひいた油圧である。また、クラッチ伝達トルクは、クラッチの出力のトルクに該当し、出力トルクセンサによって検出される値から換算される。
【0029】
上式に該当するとして、アップシフトの場合と、ダウンシフトの場合とで、クラッチ摩擦係数μを同定した結果を図3に示す(図3(a)アップシフト、図3(b)ダウンシフト)。このように、クラッチ摩擦係数μは、アップシフトの場合減少して一定値に落ち着き、ダウンシフトの場合一端減少してその後階段状に上昇する。
【0030】
また、同定したクラッチ摩擦係数μ値を使って、シミュレーションによりエンジン回転数、タービン回転数、車両前後加速度Gを検証した結果を図4に示す。図4(a)アップシフト、(b)ダウンシフト、ともに試験波形と同定モデルは、良く一致している。
【0031】
次に、クラッチ摩擦係数μのモデル化を考える。図3で示した2つのクラッチ摩擦係数μを、横軸クラッチの差回転にとって整理した結果を図5に示す。
【0032】
このように、2つのμ値は、同一条件(クラッチ差回転)でも、異なっていることがわかる。このため、クラッチ摩擦係数μのモデル(一つのマップ値)をどのように、設定するかが問題となる。
【0033】
ここで、(a)アップシフト、(b)ダウンシフトについて、クラッチ差回転に対し、2つのクラッチ摩擦係数μ値の平均を採用する場合を図6に示す。そして、この図6のμ値を使って、シミュレーション検証した結果を図7に示す。
【0034】
このように、ダウンシフトでは、エンジン回転数、タービン回転数、車両前後加速度についてシミュレーション結果(同定モデル)と、試験波形とがよく一致している。一方、アップシフトでは、シミュレーション結果(同定モデル)と、試験波形との一致が悪い。
【0035】
ここで、この結果について検討したところ、図4で示したクラッチ摩擦係数μ値がばらつく(異なる)原因の一つは、上述したクラッチ摩擦係数μを示す式の形からわかるように、有効油圧が小さくなるほど油圧の変化に対するμ値の変化(感度)が大きくなるためと考えられる。
【0036】
例えば、図8において、破線丸印の箇所が油圧が小さく、クラッチ摩擦係数μ値の同定精度が悪くなっている。
【0037】
そこで、まずクラッチ摩擦係数μ値の変化(感度)を定量的に表す。μ値の変化は、上式において、伝達トルクがΔ伝達トルク(=許容誤差トルク)ずれた時のμ値の変化量Δμとなる。
【0038】
従って、
μ=(伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
μ+Δμ=(伝達トルク+Δ伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
→Δμ=(Δ伝達トルク)/(有効油圧×面積×代表半径)
となり、得られるμ値の変化量Δμが小さいほど同定の精度が高くなる。そこで、本実施形態では、このΔμの逆数を重みととして、クラッチ差回転に対するμ値を同定する。
【0039】
図9に、同定したμ値と、Δ伝達トルクの上限、下限に対応するμ値の上限、下限を示す。このように、油圧が小さい条件で同定したμ値では、μ値の上下限が大きく開くことがわかる。
【0040】
次に、上述したΔμに反比例する値で重み付けをして、クラッチ摩擦係数μのマップ(μのモデル)を求める手順を図10に示す。
【0041】
まず、実験を複数回実施して、その時のデータを計測し、複数の時系列データを採る(Step1)。計測データとしては、油圧センサ値、出力トルクセンサ値が挙げられる。次に各実験データ毎に、クラッチ摩擦係数μ値の時系列値を同定する(Step2)。これによって、実験毎のμ値の同定が行われる。次に、同定精度(油圧の大きさ)に応じて重み付けをして、複数のμ値を1つのμ値とする(Step3)。そして、得られたクラッチ摩擦係数μについてマップ化する(Step4)。
【0042】
ここで、重みは、前記ΔΜの逆数を規格化してそのまま利用することができる。なお、Δ伝達トルクの値は、例えば、15〜20Nmである。
【0043】
図10の手順に従って求めた一つのμ値を図11に、また同図のμ値を使ってシミュレーション検証した結果を図12に示す。このように、本実施形態の手法によって、図7の従来の場合と比べて、改善されたμ値が得られていることがわかる。
【0044】
すなわち、複数の実験データからμ値を同定する場合に、制御用のマップの条件については同一条件であっても、同定されるμ値は大きく異なる場合がある。この原因の一つは、油圧の大きさにより同定の精度が異なることであり、本実施形態によれば、有効油圧(作動油圧)が小さくなるほど、μ値同定の際の重みを小さくることで、同定されるμ値の精度悪化を防止することができる。従って、本実施形態の係る自動変速機のパラメータ同定装置により、精度の良いクラッチ摩擦係数μのマップ(μのモデル)を求めることができる。
【0045】
ここで、パラメータの同定は、図13に示すような誤差モデルを用いて行う。エンジントルク、クラッチ摩擦係数μ、ギヤ効率を入力し、これに誤差モデルからの誤差を加算してギヤトレーンモデルに入力し、ギヤトレーンモデル出力としてタービン回転数および出力トルクを得る。そして、このギヤトレーモデルの出力と実機との誤差から、誤差モデルの出力に対する大きさ(ゲイン)の値を評価して、パラメータを同定する。なお、この同定については、特開2008−9682号公報の手法をそのまま利用することができる。
【0046】
図14には、入力トルク、クラッチ摩擦係数、走行抵抗トルクの3つを同定する構成を示している。入力トルクについての外乱モデルは、5Nmであり、その大きさはv1であるため、入力トルクに対しては、v1・5Nmが入力トルクに加算されてギヤトレーンモデルに入力され、係合クラッチトルク容量に対しては、v2・0.05が加算されてギヤトレーンモデルに入力され、走行抵抗に対しては、v3・5Nmが加算されてギヤトレーンモデルに入力されることになる。
【0047】
なお、残差モデルρijは、各外乱モデルに対応して、出力(タービン回転ωt、出力トルク)ごとに定義される。ここで、サフィックスiは、各外乱モデル、サフィックスjは、出力に対応する。
【0048】
例えば、ρi1は、入力トルクのみに、5Nmの外乱が入った場合の出力タービン回転と、入らなかった場合(ノミナル)の出力タービン回転の差を表す時系列データである。ρi2は、同じく出力トルクの時系列データである。
【0049】
各外乱モデルの大きさは、上記残差モデルρijを使い、以下の式を最も満足するように求める。
ρi1・v1+ρ21・v2+ρ31・v3=ωtnominal
ρi2・v1+ρ22・v2+ρ32・v3=Tonominal
ここで、
ωtreal:実記のタービン回転センサ値(時系列値)
ωtnominal:外乱モデルがない場合の、モデルのタービン回転値(時系列値)
Toreal:実記の出力トルクセンサ値(時系列値)
Tonominal:外乱モデルがない場合の、モデルの出力トルク値(時系列値)
【0050】
上式を最も満足させるための方法として、例えば最尤推定によって各外乱モデルに対する大きさvを求め、各パラメータを同定する。
【符号の説明】
【0051】
20 エンジン、21 トルクコンバータ、22 自動変速機、23 ディファレンシャルギヤ、24 タイヤ、26 油圧制御系、30 ECU、32 リニアソレノイド弁、34 オリフィス・流路、36 クラッチパック。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動変速機のパラメータを、実験データに基づいて同定する自動変速機のパラメータ同定装置であって、
1つのパラメータについて行われた同一の運転条件での複数回の実験データに基づく同定結果について、同定時の精度に応じて重み付けして演算することにより、1つの値に設定し、設定された値を用いてそのパラメータについて複数の運転条件に対するパラメータの値のマップを作成することを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の自動変速機のパラメータ同定装置において、
前記パラメータは、自動変速機のクラッチの摩擦係数μであることを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の自動変速機のパラメータ同定装置において、
前記精度は、前記クラッチの作動油圧に基づいて、作動油圧が小さいほど精度が低いと決定することを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項1】
自動変速機のパラメータを、実験データに基づいて同定する自動変速機のパラメータ同定装置であって、
1つのパラメータについて行われた同一の運転条件での複数回の実験データに基づく同定結果について、同定時の精度に応じて重み付けして演算することにより、1つの値に設定し、設定された値を用いてそのパラメータについて複数の運転条件に対するパラメータの値のマップを作成することを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項2】
請求項1に記載の自動変速機のパラメータ同定装置において、
前記パラメータは、自動変速機のクラッチの摩擦係数μであることを特徴とするパラメータ同定装置。
【請求項3】
請求項2に記載の自動変速機のパラメータ同定装置において、
前記精度は、前記クラッチの作動油圧に基づいて、作動油圧が小さいほど精度が低いと決定することを特徴とするパラメータ同定装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【公開番号】特開2010−216630(P2010−216630A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−67224(P2009−67224)
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
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