説明

自動車電装・補機用転がり軸受

【課題】製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制する自動車電装・補機用転がり軸受を提供する。
【解決手段】グリース封入玉軸受1は、オルタネータ30において、ロータ軸32を、ハウジング34に対して支持する自動車電装・補機用転がり軸受である。グリース封入玉軸受1は、外輪、内輪、玉およびシール部材を備え、グリース組成物が封入されている。さらに、外輪、内輪および玉は、0.25〜0.65%の炭素、0.15〜0.35%の珪素、0.6〜0.9%のマンガンを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなり、クロム含有量が0.3%以下に抑制された鋼から構成され、表層部に窒素富化層が形成されている。グリース組成物は、ベースグリースと、アルミニウム系添加剤とを含み、アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05〜10質量部である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は自動車電装・補機用転がり軸受に関し、より特定的には、自動車電装・補機において、回転駆動される回転部材を、回転部材に隣接して配置される部材に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車のオルタネータ、ファンカップリング、プーリ(アイドラプーリ、テンションプーリなど)のような自動車電装・補機においては、小型化、軽量化が進められており、小型化に伴って生じる出力の低下を自動車電装・補機内の部材の高速回転化により補う対策がとられている。また、自動車の静粛性の向上を目的とした、エンジンルーム内の密閉化が図られ、自動車電装・補機の使用温度は上昇する傾向にある。さらに、自動車の性能向上の要求に対応するため、自動車電装・補機に対しても、高出力化、高効率化の要求があり、部材の高速回転化、使用環境の高温化がさらに進む原因となっている。
【0003】
このような状況の下、自動車電装・補機において、回転駆動される回転部材を、回転部材に隣接して配置される部材に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受は、高速回転、高負荷荷重、高振動、高温といった過酷な環境下で使用される傾向にある。
【0004】
高温、高速回転の環境下で使用される転がり軸受の潤滑剤としては、基油に増ちょう剤および融点が80℃以上の所定のアミド系ワックスを所定量配合してなるグリース組成物が知られている(たとえば特許文献1参照)。
【0005】
しかし、上述のような使用条件の過酷化に伴い、自動車電装・補機用転がり軸受においては、使用中に転走面に早期に剥離が発生し、当該剥離の起点付近に白層と呼ばれる組織が観察される場合があり、問題となっている。
【0006】
図17は、オルタネータに用いられる自動車電装・補機用転がり軸受の使用条件を再現した転動疲労寿命試験において、従来の自動車電装・補機用転がり軸受の剥離起点付近に発生した白層の光学顕微鏡写真である。図17においては、転走面に対して垂直な軌道輪の断面が示されている。図17を参照して、自動車電装・補機用転がり軸受に発生する白層について説明する。
【0007】
図17を参照して、試験対象となった自動車電装・補機用転がり軸受は、オルタネータ用軸受の使用条件を再現した転動疲労寿命試験において、軌道輪100に剥離が発生し、試験が中止された。そして、剥離が発生した軌道輪100の剥離起点付近が転走面101に垂直な断面で切断され、研磨後に断面を硝酸アルコール溶液(ナイタル)にて腐食された後、光学顕微鏡を用いて観察された。図17に示すように、剥離起点付近の亀裂103の周辺に白層102が観察される。ここで、白層102は、一般的な転動疲労によって生じるWEC(White Etching Constituent)や、一般的な転動疲労によって非金属介在物の周辺に生じるバタフライとは異なり、転動体の転走方向104に対して方向性を持たないことが特徴である。
【0008】
このような白層が発生した軸受を構成する転動部材としての軌道輪や転動体においては、当該転動部材を構成する鋼中の水素含有量が明確に増加している。また、白層内に存在する亀裂は、鋼の結晶粒界に沿って転動部材の内部深くまで進展している。このことから、上述の白層の発生を伴った剥離による軸受の損傷には、水素が関与しているものと考えられる。本明細書、要約書、特許請求の範囲においては、上述の白層を伴った特異な剥離を水素脆性剥離と呼ぶ。
【0009】
水素脆性剥離は、転がり軸受の運転中に転動部材の転走面に生じる化学的に活性な金属新生面の触媒作用により潤滑剤が分解され、これにより発生した水素が転動部材を構成する鋼中に侵入することにより発生すると考えられる。
【0010】
これに対し、潤滑剤であるグリース組成物に不動態化酸化剤を添加する対策(たとえば特許文献2参照)や、ビスマスジチオカーバメートを添加する対策(たとえば特許文献3参照)などの、潤滑剤の面からの対策が提案されている。また、転がり軸受を構成する転動部材の表層部に窒素富化層を有するとともに、表層部のオーステナイト結晶粒の粒度番号を所定値よりも大きくした転がり軸受などの材質の面からの対策も提案されている(たとえば特許文献4参照)。
【特許文献1】特開2003−105366号公報
【特許文献2】特開平3−210394号公報
【特許文献3】特開2005−42102号公報
【特許文献4】特開2004−301321号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、上述のような、近年の自動車電装・補機用転がり軸受の使用環境の過酷化を考慮すると、特許文献2および3に開示された潤滑剤の改良による水素脆性剥離への対策は、必ずしも十分であるとはいえない。また、特許文献4に開示された転動部材の表面処理や転動部材の材質を強化する対策は、転がり軸受の製造コストの上昇を招来し、製品の価格競争力の観点から必ずしも完全な対策とはいえない。
【0012】
そこで、本発明の目的は、製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能な自動車電装・補機用転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に従った自動車電装・補機用転がり軸受は、自動車電装・補機において、回転駆動される回転部材を、当該回転部材に隣接して配置される部材に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受である。当該自動車電装・補機用転がり軸受は、円環状の第1転走面が形成された第1軌道部材と、第1転走面に対向する円環状の第2転走面が形成された第2軌道部材と、転動体転走面が形成され、第1転走面および第2転走面の各々に転動体転走面において接触し、円環状の軌道上に配置される複数の転動体と、第1軌道部材および第2軌道部材に挟まれる空間である軌道空間を閉じるように配置されるシール部材とを備えている。軌道空間にはグリース組成物が封入されている。
【0014】
そして、第1軌道部材、第2軌道部材および転動体のうち少なくともいずれか1つは、0.25質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.6質量%以上0.9質量%以下のマンガンとを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなり、クロム含有量が0.3質量%以下に抑制された鋼から構成され、表層部に窒素富化層が形成されている。
【0015】
さらに、上記グリース組成物は、基油と増ちょう剤とを含有するベースグリースと、アルミニウムまたはアルミニウム化合物のいずれか一方または両方からなるアルミニウム系添加剤とを含んでいる。アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05質量部以上10質量部以下である。
【0016】
一般に、転がり軸受を構成する鋼としては、高炭素クロム軸受鋼であるJIS SUJ2が広く用いられている。SUJ2は、炭素含有量およびクロム含有量が高いため、焼入が容易で、かつ焼入後の硬度が高いため、比較的耐摩耗性に優れている。しかし、水素脆性剥離が問題となるような環境下で使用される転がり軸受においては、上述のように転動部材における金属新生面の出現を抑制する必要がある。近年の自動車電装・補機用転がり軸受の使用環境の過酷化により、単に素材としてSUJ2を使用した転動部材は、金属新生面の出現を抑制するために十分な耐摩耗性を有しているとはいえず、水素脆性剥離への対策としては不十分となっている。
【0017】
これに対し、SUJ2製の転動部材の表層部に窒素富化層を形成して、さらに耐摩耗性を向上させる対策が有効であるとも考えられる。しかし、クロム含有量が高く、比較的高価な鋼種であるSUJ2に、さらに窒素富化層を形成するために、たとえば浸炭窒化処理を実施すると、自動車電装・補機用転がり軸受の製造コストが上昇する。さらに、硬度および耐摩耗性の上昇による加工の容易性(加工性)の低下により、製造コストが一層上昇し、一般的な許容範囲を超えるおそれがある。
【0018】
本発明者は、転動部材を構成する鋼の組成について詳細に検討するとともに、表面処理との組み合わせにより、製造コストの上昇を抑制しつつ、十分な耐摩耗性を有し、水素脆性剥離を抑制することが可能な転動部材について鋭意検討した。その結果、以下のような知見を得た。
【0019】
すなわち、通常、転がり軸受を構成する転動部材の転走面は、熱処理後の仕上げ工程において、表層部の0.1〜0.2mmの領域が研磨や研削により除去されて形成される。したがって、仕上げ工程において除去される領域よりも深い領域の耐摩耗性を向上させることが、水素脆性剥離の抑制に有効である。これに対し、転動部材を構成する鋼の炭素含有量およびクロム含有量を所定値以下に低減することにより、浸炭窒化処理において、転動部材への窒素の侵入が容易となり、浸炭窒化処理の処理時間を延長することなく、十分な窒素濃度と厚みとを有する窒素富化層を形成することが可能となる。その結果、仕上げ工程における研磨や研削を考慮しても、転動部材の転走面に十分な耐摩耗性を付与して金属新生面の露出を抑制しつつ、製造コストを抑制することができる。さらに、比較的高価な合金元素であるクロムの含有量を低減することにより、素材のコストを抑制することも可能となる。これにより、製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能となる。
【0020】
一方、本発明者は、水素脆性剥離を有効に抑制する潤滑剤についても詳細な検討を行なった。その結果、軌道空間に封入される潤滑剤としてのグリース組成物に、アルミニウムまたはアルミニウム化合物のいずれか一方または両方からなるアルミニウム系添加剤を添加することで、水素脆性剥離が極めて有効に抑制されることが分かった。これは、転走面において金属新生面が露出した場合、当該金属新生面においてアルミニウムまたはアルミニウム化合物が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム化合物の皮膜が形成され、金属新生面の露出に起因した潤滑剤の分解が抑制されるためであると考えられる。
【0021】
そして、さらに詳細に検討したところ、当該アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05質量部未満では、水素脆性剥離を抑制する効果が小さいこと、および10質量部を超えて添加すると効果が飽和することを見出した。したがって、アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05質量部以上10質量部以下であることが好ましい。
【0022】
以上より、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受によれば、自動車電装・補機用転がり軸受が備える第1軌道部材、第2軌道部材および転動体のうち少なくともいずれか1つは、上述の組成を有する鋼から構成されることにより、浸炭窒化処理の処理時間を延長することなく、十分な窒素濃度と厚みとを有する窒素富化層を形成することが可能になるとともに、素材のコストを低減することができる。なお、鋼の成分範囲を上述の範囲に限定した理由の詳細については、後述する。そして、表層部に十分な窒素濃度と厚みとを有する窒素富化層が形成されていることにより、転走面の十分な耐摩耗性が確保され、金属新生面の露出が抑制される。さらに、転走面において金属新生面が露出した場合でも、当該金属新生面において、グリース組成物に添加されたアルミニウムまたはアルミニウム化合物が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム化合物の皮膜が形成され、金属新生面の露出に起因した潤滑剤の分解が抑制される。その結果、製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能な自動車電装・補機用転がり軸受を提供することができる。
【0023】
なお、一層製造コストの上昇が抑制されつつ、水素脆性剥離が抑制された自動車電装・補機用転がり軸受を提供するためには、上記第1軌道部材および第2軌道部材の両方が上述の条件を満たしていることが好ましく、上記第1軌道部材、第2軌道部材および転動体の全てが上述の条件を満たしていることが、より好ましい。
【0024】
ここで、表層部とは、転動部材において、表面からの距離が0.2mm以下である領域をいう。また、窒素富化層とは、転動部材の表層部に形成された転動部材の芯部に比べて窒素含有量が高い層であって、たとえば浸炭窒化、浸炭浸窒などの処理によって形成することができる。
【0025】
次に、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の転動部材を構成する鋼の成分範囲を上述の範囲に限定した理由の詳細について説明する。
【0026】
炭素:0.25質量%以上0.65質量%以下
炭素含有量が高くなると、転動部材を構成する鋼において、粗大な炭化物(セメンタイト;FeC)が形成される。この粗大な炭化物は、浸炭窒化処理が実施される時点においても、鋼の素地に固溶せず、転動部材への窒素の侵入を阻害する。炭素量が0.65質量%を超えると上述の影響が大きくなる。
【0027】
一方、炭素量は、鋼の焼入後の硬度に大きな影響を及ぼす。炭素含有量が低い場合、転動部材として機能するために、転動部材の表層部、特に転走面近傍において炭素濃度を少なくとも0.5質量%以上、好ましくは0.8質量%以上に上昇させる必要がある。炭素量が0.25質量%未満では、炭素濃度を上昇させるために要する時間が長くなり、製造コストの上昇を招来する。そのため、炭素量は、0.25質量%以上0.65質量%以下である。なお、製造コストを一層低減するためには、炭素量は0.5質量%以上であることが好ましい。
【0028】
珪素:0.15質量%以上0.3質量%以下
前述のように、自動車電装・補機用転がり軸受の使用環境においては、使用中に温度が上昇する場合が多い。そのため、転動部材の硬度が低下し、耐摩耗性が劣化するという問題が生じる場合がある。転動部材を構成する鋼が珪素を含有することにより、これを防止する効果(焼戻軟化抵抗)が向上する。転動部材を構成する鋼の珪素含有量が0.15質量%未満の場合、転動部材の焼戻軟化抵抗が不十分となる場合がある。また、珪素は鋼の製造工程において、鋼の特性に対して有害な酸素の含有量を低下させるために添加される元素であり、0.15質量%未満に低減することは製造コスト上昇の原因となる。一方、転動部材を構成する鋼の珪素含有量が0.3質量%を超える場合、素材の硬度が上昇し、冷間加工性が低下する。以上の理由により、珪素量は0.15質量%以上0.3質量%以下である。
【0029】
マンガン:0.6質量%以上0.9質量%以下
マンガンは、転動部材を構成する鋼に含有されることにより、転動部材の焼入の容易性を向上させる効果を有している。また、マンガンは、転動部材を構成する鋼に不可避に含有される硫黄と化合して硫化マンガンを形成し、ミクロ組織における硫黄の結晶粒界への偏析を抑制して、転動部材の特性の低下を回避する効果を有している。マンガンの含有量が0.6質量%未満の場合、上述の効果を十分に果たすことができない。一方、転動部材を構成する鋼のマンガン含有量が0.9質量%を超える場合、素材の硬度が上昇し、冷間加工性が低下するため、加工コストが上昇する。そのため、マンガン量は0.6質量%以上0.9質量%以下である。
【0030】
クロム:0.3質量%以下
クロムは、浸炭窒化が実施される際、鋼の素地への炭化物の固溶を阻害する。そして、浸炭窒化時に残存する炭化物は、転動部材の内部への窒素の侵入を阻害する。クロム量が0.3質量%を超えると、上記の影響が大きくなるため、クロム量は0.3質量%以下である。なお、浸炭窒化における窒素の侵入を容易にし、より短時間で十分な窒素富化層を形成可能とするためには、クロム量は0.2質量%以下であることが好ましい。
【0031】
ここで、転走面とは、転動部材において、当該転動部材が他の転動部材と接触する表面であり、たとえば転動部材が転がり軸受の軌道輪である場合、転動体と接触する表面をいう。また、たとえば転動部材が玉軸受の玉である場合、玉の表面全体であり、ころ軸受のころである場合、軌道輪の転走面と接触する外周面をいう。
【0032】
また、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の転動部材を構成する鋼は、JIS G4051に規定される機械構造用炭素鋼のうち上述の組成の条件を満たすものであることが好ましい。具体的には、JIS S28C、S30C、S33C、S35C、S38C、S40C、S45C、S48C、S50C、S53C、S55C、S58Cが上述の組成の条件を満たす。規格鋼を採用することにより、素材の入手が容易になり、かつ素材のコストを低減することができる。また、炭素濃度を上昇させるために要する時間が長くなることによる製造コストの上昇を回避するためには、S53C、S55CまたはS58Cを採用することが、より好ましい。
【0033】
さらに、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受に採用可能なアルミニウム系添加剤としては、たとえばアルミニウム、炭酸アルミニウム、硫化アルミニウム、塩化アルミニウム、硝酸アルミニウム及びその水和物、硫酸アルミニウム、フッ化アルミニウム、臭化アルミニウム、よう化アルミニウム、酸化アルミニウムおよびその水和物、水酸化アルミニウム、セレン化アルミニウム、テルル化アルミニウム、りん酸アルミニウム、りん化アルミニウム、アルミン酸リチウム、アルミン酸マグネシウム、セレン酸アルミニウム、チタン酸アルミニウム、ジルコン酸アルミニウム、安息香酸アルミニウム、クエン酸アルミニウムなどが挙げられる。また、上記アルミニウム系添加剤は、1種類が選択されて添加されてもよいし、2種類以上が選択されて同時に添加されてもよい。
【0034】
ここで、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受のグリース組成物は、上記アルミニウム系添加剤に加えて、アルミニウム系添加剤以外のグリース用添加剤を必要に応じて含有してもよい。このアルミニウム系添加剤以外のグリース用添加剤としては、たとえば有機亜鉛化合物、アミン系化合物、フェノール系化合物などの酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイトなどの固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、有機モリブデンなどの摩擦低減剤、エステル、アルコールなどの油性剤、リン系化合物などの摩耗防止剤などが挙げられる。また、上記アルミニウム系添加剤以外の添加剤は、1種類が選択されて添加されてもよいし、2種類以上が選択されて同時に添加されてもよい。
【0035】
また、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受に採用可能な増ちょう剤としては、ベントン、シリカゲル、フッ素化合物、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、カルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けんなどの石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物などのウレア系化合物などが挙げられる。また、上記増ちょう剤は、1種類が選択されて使用されてもよいし、2種類以上が選択されて同時に使用されてもよい。
【0036】
ここで、ジウレア化合物は、たとえば、ジイソシアネートとモノアミンとを反応させることにより得られる。ジイソシアネートとしては、たとえばフェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜などが挙げられる。また、モノアミンとしては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミン、アニリン、p−トルイジン、シクロヘキシルアミンなどが挙げられる。
【0037】
ポリウレア化合物は、たとえば、ジイソシアネートとモノアミン、ジアミンとの反応で得られる。ジイソシアネート、モノアミンとしては、上記ジウレア化合物の生成に用いられるものと同様のものが挙げられる。また、ジアミンとしては、エチレンジアミン、プロパンジアミン、ブタンジアミン、ヘキサンジアミン、オクタンジアミン、フェニレンジアミン、トリレンジアミン、キシレンジアミン、ジアミノジフェニルメタンなどが挙げられる。
【0038】
また、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受に採用可能な基油としては、スピンドル油、冷凍機油、タービン油、マシン油、ダイナモ油などの鉱油、高精製度鉱油、流動パラフィン、フィッシャー・トロプシュ法により合成されたGTL(Gas To Liquid)油、ポリブテン、ポリ-α-オレフィン油、アルキルナフタレン、脂環式化合物などの炭化水素系合成油、ポリオールエステル油、リン酸エステル油、ポリマーエステル油、芳香族エステル油、炭酸エステル油、ジエステル油、ポリグリコール油、シリコーン油、ポリフェニルエーテル油、アルキルジフェニルエーテル油、アルキルベンゼン油、フッ素化油などの非炭化水素系合成油、または天然油脂などが挙げられる。また、上記基油は、1種類が選択されて使用されてもよいし、2種類以上が選択されて同時に使用されてもよい。
【0039】
上記自動車電装・補機用転がり軸受において好ましくは、窒素富化層における鋼のオーステナイト粒度番号は10番を超える範囲にある。これにより、水素脆性剥離の発生する環境下における転動疲労に対する抵抗性が向上するとともに、割れ強度(静的破壊強度)や靭性が向上する。
【0040】
ここで、鋼のオーステナイト粒度番号とは、JIS G0551に規定されたオーステナイト結晶粒(焼入硬化後の旧オーステナイト結晶粒)の粒度番号をいう。
【0041】
上記自動車電装・補機用転がり軸受において好ましくは、窒素富化層の表面から深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度は、0.14質量%以上である。
【0042】
自動車電装・補機用転がり軸受の運転時における金属新生面の出現を抑制する観点から、自動車電装・補機用転がり軸受の転動部材においては、転走面(最表層)だけでなく、転走面から所定の深さ、具体的には0.05mm以内の領域が十分な耐摩耗性を有していることが好ましい。転走面から深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度を0.14質量%以上とすることにより、0.05mm以内の領域に十分な耐摩耗性を付与することができる。
【0043】
上記自動車電装・補機用転がり軸受において好ましくは、転走面の硬度は、60HRC以上である。これにより、水素脆性剥離が問題となる環境下で使用される転動部材の転走面に十分な耐摩耗性を付与することができる。なお、水素脆性剥離を一層抑制するためには、転走面の硬度は61HRC以上であることが好ましい。また、転走面の硬度は、たとえばロックウェル硬度計を使用し、転走面の硬度を5点測定して、その平均値として算出することができる。
【0044】
上記自動車電装・補機用転がり軸受において好ましくは、アルミニウム系添加剤は、アルミニウム、炭酸アルミニウム、硝酸アルミニウムから選択される1以上の添加剤から構成されている。
【0045】
アルミニウム、炭酸アルミニウムおよび硝酸アルミニウムは、いずれも耐熱性に優れているため、本発明に適用するアルミニウム系添加剤として好適である。さらに、アルミニウムは、耐熱性および耐久性に優れ、熱分解しにくいため、極圧性向上効果が高く、本発明の電装・補機用転がり軸受に適用するアルミニウム系添加剤として特に好ましい。また、アルミニウム系添加剤としてのアルミニウムは、たとえば粒径1μm以上10μm以下、純度50%以上のアルミニウム粉末を採用することが好ましい。
【0046】
上記自動車電装・補機用転がり軸受において好ましくは、増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤である。ウレア系増ちょう剤は、耐熱性に優れるとともに、比較的低コストであるため、本発明の電装・補機用転がり軸受に適用する増ちょう剤として好適である。
【0047】
ウレア系化合物は、イソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させることにより得られる。反応性のある遊離基を残さないため、イソシアネート化合物のイソシアネート基とアミン化合物のアミノ基とは略当量となるように配合することが好ましい。また、基油にウレア系化合物を配合してベースグリースが得られる。ベースグリースは、基油中でイソシアネート化合物とアミン化合物とを反応させて作製することができる。
【0048】
ベースグリースに対する増ちょう剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して増ちょう剤が1質量部以上40質量部以下の割合で配合されることが好ましい。増ちょう剤の含有量が1質量部未満では、増ちょう効果が小さくなり、グリース化が困難となる。一方、増ちょう剤の含有量が40質量部を超えると、得られるベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果、すなわち潤滑剤としての機能が得られ難くなる。なお、十分な増ちょう効果を得るためには、増ちょう剤の含有量は3質量部以上であることが、より好ましい。さらに、ベースグリースが硬くなりすぎることを確実に回避するためには、増ちょう剤の含有量は25質量部以下であることが、より好ましい。
【0049】
上記自動車電装・補機用転がり軸受において好ましくは、基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ−α−オレフィン油のいずれか一方または両方からなっている。アルキルジフェニルエーテル油およびポリ−α−オレフィン油は、耐熱性および潤滑性に特に優れており、本発明の電装・補機用転がり軸受に適用する基油として好適である。
【発明の効果】
【0050】
以上の説明から明らかなように、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受によれば、製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能な自動車電装・補機用転がり軸受を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
以下、図面に基づいて本発明の実施の形態を説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0052】
(実施の形態1)
図1は、本発明の一実施の形態である実施の形態1における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受(オルタネータ用転がり軸受)を備えたオルタネータの構成を示す概略図である。図1を参照して、実施の形態1におけるグリース封入玉軸受を備えたオルタネータの構成について説明する。
【0053】
図1を参照して、オルタネータ30は、円盤状の形状を有し、ロータコイル31Aが巻きつけられたロータ31と、ロータ31を取り囲むように配置されたハウジング34と、ロータ31の中央部を貫通し、かつハウジング34の壁面を貫通するロータ軸32と、ハウジング34の内部においてロータ31の外周面に対向するようにハウジング34に対して固定されて配置されたステータ33とを備えている。また、ステータ33には、たとえばロータ31の外周面に沿った周面上の120°ずつ離れた3箇所にステータコイル33Aがそれぞれ巻きつけられている。そして、ロータ軸32の外周面32Aと、外周面32Aの一部に対向して配置される部材であるハウジング34との間には、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受としての1対のグリース封入玉軸受1が配置されている。つまり、グリース封入玉軸受1は、自動車電装・補機であるオルタネータ30において、回転駆動される回転部材としてのロータ軸32を、ロータ軸32の外周面側に隣接して配置される部材であるハウジング34に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受である。
【0054】
これにより、ロータ軸32は、ハウジング34に対して軸まわりに回転自在に保持され、ロータ31は、ロータ軸32と一体に回転可能に構成されている。さらに、オルタネータ30は、ハウジング34の外部において、ロータ軸32に接続され、ロータ軸32と一体に回転可能に構成された円環状の形状を有するオルタネータプーリ39を備えている。そして、オルタネータプーリ39の外周面には、図示しない動力伝達用のベルトが掛けられるための溝部39Aが形成されている。
【0055】
次に、オルタネータ30の動作について説明する。溝部39Aの形成されたオルタネータプーリ39の外周面には、図示しないエンジンなどの動力源からの動力によって回転するベルト(図示しない)が掛けられる。当該ベルトが回転することにより、オルタネータプーリ39は、ハウジング34に対してグリース封入玉軸受1により軸支されたロータ軸32と一体に、ロータ軸32の軸まわりに回転する。そして、ロータ31は、ロータ軸32と一体に、ロータ軸32の軸まわりに回転する。このとき、ロータ31は、ロータ31の外周面に対向し、ハウジング34に固定されて配置されたステータ33に対して相対的に回転する。その結果、ロータコイル31Aとステータコイル33Aとの間の電磁誘導作用により、ステータコイル33Aに起電力が発生する。
【0056】
すなわち、実施の形態1における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受1は、ロータ31を回転させることによって、ロータ31の外周側に対向して配置されるステータ33のステータコイル33Aに起電力を発生させるオルタネータにおいて、ロータ31を貫通し、ロータ31と一体に回転するロータ軸32をロータ軸32の外周面に対向して配置される部材であるハウジング34に対して回転自在に軸支するオルタネータ用転がり軸受である。
【0057】
つまり、グリース封入玉軸受1は、自動車のエンジンで発生した動力を利用して動作するオルタネータ30において、当該動力により回転駆動されるロータ軸32を、ロータ軸32に隣接して配置されるハウジング34に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受である。
【0058】
次に、上記グリース封入玉軸受1について説明する。図2は、実施の形態1における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受の構成を示す概略断面図である。また、図3は、図2の要部を拡大して示した概略部分断面図である。
【0059】
図2および図3を参照して、グリース封入玉軸受1は、第1軌道部材としての外輪11と、第2軌道部材としての内輪12と、複数の転動体としての玉13と、保持器14と、シール部材15とを備えている。外輪11には、円環状の第1転走面しての外輪転走面11Aが形成されている。内輪12には、外輪転走面11Aに対向する円環状の第2転走面としての内輪転走面12Aが形成されている。また、複数の玉13には、転動体転走面としての玉転走面13A(玉13の表面)が形成され、当該玉13は、外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aの各々に玉転走面13Aにおいて接触し、円環状の保持器14により周方向に所定のピッチで配置されることにより円環状の軌道上に転動自在に保持されている。
【0060】
1対のシール部材15は、外輪11および内輪12に挟まれる空間、より具体的には外輪転走面11Aおよび内輪転走面12Aに挟まれる空間である軌道空間を閉じるように、外輪11と内輪12との間において、外輪11および内輪12の幅方向の両端部のそれぞれに配置されている。以上の構成により、グリース封入玉軸受1の外輪11および内輪12は、互いに相対的に回転可能となっている。また、上記軌道空間には、グリース組成物16が封入されている。
【0061】
さらに、外輪11、内輪12および玉13は、0.25質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.6質量%以上0.9質量%以下のマンガンとを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなり、クロム含有量が0.3質量%以下に抑制された鋼から構成され、表層部に窒素富化層11B、12B、13Bが形成されている。
【0062】
また、グリース組成物16は、基油と増ちょう剤とを含有するベースグリースと、アルミニウムまたはアルミニウム化合物のいずれか一方または両方からなるアルミニウム系添加剤とを含んでいる。そして、当該アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05質量部以上10質量部以下である。
【0063】
ここで、オルタネータ30においては、グリース封入玉軸受1は、10000回転/分以上の高速回転および振動、150℃以上の高温という過酷な条件下で使用されることとなる。さらに、オルタネータプーリ39は片持ち状態でロータ軸32に接続されているため、1対のグリース封入玉軸受1のうち、オルタネータプーリ39側のグリース封入玉軸受1においては、特に負荷される荷重および振動が大きくなる。その結果、グリース封入玉軸受1は、水素脆性剥離が発生しやすい状況にある。
【0064】
これに対し、実施の形態1のグリース封入玉軸受1によれば、グリース封入玉軸受1が備える外輪11、内輪12および玉13は、上述の組成を有する鋼から構成されることにより、浸炭窒化処理の処理時間を延長することなく、十分な窒素濃度と厚みとを有する窒素富化層11B、12B、13Bを形成することが可能になるとともに、素材のコストが低減されている。そして、表層部に窒素富化層11B、12B、13Bが形成されていることにより、転走面の十分な耐摩耗性が確保され、金属新生面の露出が抑制される。
【0065】
さらに、転走面において金属新生面が露出した場合でも、当該金属新生面において、グリース組成物16に添加されたアルミニウムまたはアルミニウム化合物が反応し、酸化鉄とともにアルミニウム化合物の皮膜が形成され、金属新生面の露出に起因した潤滑剤の分解が抑制されている。
【0066】
その結果、実施の形態1のグリース封入玉軸受1は、製造コストの上昇が抑制されつつ、水素脆性剥離が十分に抑制された自動車電装・補機用転がり軸受としてのオルタネータ用転がり軸受となっている。
【0067】
さらに、図3を参照して、実施の形態1の外輪11、内輪12および玉13は、外輪転走面11A、内輪転走面12A、玉転走面13Aから深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度が、0.14質量%以上となっている。そのため、転走面11A、12A、13Aだけでなく、転走面11A、12A、13Aから0.05mm以内の領域が十分な耐摩耗性を有している。その結果、水素脆性剥離が一層抑制されている。
【0068】
また、実施の形態1のグリース封入玉軸受1においては、アルミニウム系添加剤は、アルミニウム、炭酸アルミニウム、硝酸アルミニウムから選択される1以上の添加剤から構成されていることが好ましい。これにより、耐熱性が向上する。
【0069】
さらに、実施の形態1のグリース封入玉軸受1においては、増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤であることが好ましい。ウレア系増ちょう剤は、耐熱性に優れるとともに、比較的低コストであるため、実施の形態1のグリース封入玉軸受1に適用する増ちょう剤として好適である。
【0070】
また、実施の形態1のグリース封入玉軸受1においては、基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ−α−オレフィン油のいずれか一方または両方からなっていることが好ましい。アルキルジフェニルエーテル油およびポリ−α−オレフィン油は、耐熱性および潤滑性に特に優れており、実施の形態1のグリース封入玉軸受1に適用する基油として好適である。
【0071】
以上のように、実施の形態1のグリース封入玉軸受1は、製造コストの上昇が抑制されつつ、水素脆性剥離が十分に抑制されている。
【0072】
次に、本発明の実施の形態1におけるグリース封入玉軸受の製造方法について説明する。図4は、実施の形態1におけるグリース封入玉軸受の製造方法の概略を示す図である。また、図5は、実施の形態1におけるグリース封入玉軸受を構成する転動部材(外輪、内輪および玉)の製造方法の概略を示す図である。
【0073】
図4を参照して、実施の形態1におけるグリース封入玉軸受の製造方法においては、まず、軌道部材を製造する軌道部材製造工程と、転動体を製造する転動体製造工程と、グリース組成物を製造するグリース組成物製造工程とが実施される。具体的には、軌道部材製造工程では、グリース封入玉軸受1を構成する転動部材としての外輪11、内輪12などが製造される。一方、転動体製造工程では、グリース封入玉軸受1を構成する転動体としての玉13などが製造される。また、グリース組成物製造工程では、基油と増ちょう剤とを含有するベースグリースと、アルミニウムまたはアルミニウム化合物のいずれか一方または両方からなるアルミニウム系添加剤とを含み、アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05質量部以上10質量部以下であるグリース組成物16が製造される。
【0074】
そして、軌道部材製造工程において製造された軌道部材と、転動体製造工程において製造された転動体とを組み合わせ、さらにグリース組成物16を軌道空間内に封入することによりグリース封入玉軸受1を組立てる組立工程が実施される。具体的には、たとえば外輪11および内輪12と、玉13とを組み合わせ、軌道空間内にグリース組成物16を入れ、シール部材15により封止することにより、グリース封入玉軸受1が組立てられる。そして、上記軌道部材製造工程および転動体製造工程は、たとえば以下の転動部材の製造方法により実施される。
【0075】
図5を参照して、実施の形態1におけるグリース封入玉軸受を構成する転動部材の製造方法においては、まず、0.25質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.6質量%以上0.9質量%以下のマンガンとを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなり、クロム含有量が0.3質量%以下に抑制された鋼から構成される鋼材を準備する鋼材準備工程が実施される。具体的には、たとえば上記成分を有する棒鋼や鋼線などが準備される。
【0076】
次に、図5を参照して、上記鋼材を成形することにより、転動部材の概略形状に成型された鋼製部材を作製する成形工程が実施される。具体的には、たとえば上記棒鋼や鋼線などに対して鍛造、旋削などの加工が実施されることにより、転動部材としての外輪11、内輪12、玉13などの概略形状に成型された鋼製部材が作製される。
【0077】
次に、上記鋼製部材を熱処理する熱処理工程が実施される。熱処理工程は、浸炭窒化工程と、冷却工程と、焼戻工程とを含んでいる。この熱処理工程の詳細については後述する。
【0078】
次に、図5を参照して、仕上げ工程が実施される。具体的には、熱処理工程が実施された鋼製部材に対して研削加工などの仕上げ加工が実施されることにより、外輪11、内輪12、玉13などが仕上げられる。これにより、実施の形態1における転動部材としての外輪11、内輪12および玉13などが完成する。
【0079】
次に、熱処理工程の詳細について説明する。図6は、実施の形態1における、グリース封入玉軸受を構成する転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細を説明するための図である。図6において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図6において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。図6を参照して、実施の形態1におけるグリース封入玉軸受を構成する転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細について説明する。
【0080】
図6を参照して、まず、鋼製部材をA点以上の温度で浸炭窒化する浸炭窒化工程が実施される。具体的には、成形工程において転動部材の概略形状に成形された鋼製部材はA点以上の温度である800℃以上1000℃以下の温度、たとえば850℃に加熱され、60分間以上300分間以下の時間、たとえば150分間保持される。このとき、RXガスにアンモニア(NH)を添加した雰囲気において加熱されることにより、鋼製部材の表層部の炭素濃度および窒素濃度が所望の濃度に調整される。
【0081】
次に、浸炭窒化工程において浸炭窒化された鋼製部材を、A点以上の温度からM点以下の温度に冷却する冷却工程が実施される。具体的には、鋼製部材が、たとえば油中に浸漬されることにより(油冷)、A点以上の温度からM点以下の温度に冷却される。これにより、鋼製部材は焼入硬化される。
【0082】
さらに、図6を参照して、焼入硬化された鋼製部材がA点以下の温度に加熱されることにより焼戻される焼戻工程が実施される。具体的には、焼入硬化された鋼製部材がA点以下の温度である150℃以上350℃以下の温度、たとえば180℃に加熱され、30分間以上240分間以下の時間、たとえば120分間保持されて、その後室温の空気中で冷却される(空冷)。以上の手順により、実施の形態1における転動部材の熱処理工程は完了する。
【0083】
実施の形態1におけるグリース封入玉軸受を構成する転動部材の製造方法によれば、炭素量が0.65質量%以下、クロムが0.3質量%以下に抑制された鋼が鋼材準備工程において準備される鋼材として採用され、熱処理工程において浸炭窒化焼入される。これにより、浸炭窒化処理の処理時間を延長することなく、十分な窒素濃度と厚みとを有する窒素富化層を形成し、十分な耐摩耗性を転動部材に付与することが可能になるとともに、素材のコストを低減することができる。また、実施の形態1の転動部材の製造方法により、転動部材の表層部に窒素富化層を形成して、転走面からの深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度を0.14質量%以上とすることができる。
【0084】
そして、実施の形態1のグリース封入玉軸受の製造方法によれば、上述の転動部材の製造方法により転動部材が製造され、かつ上述のアルミニウム系添加剤を含むグリース組成物が軌道空間に封入されているため、製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能なオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入玉軸受を製造することができる。
【0085】
ここで、A点とは鋼を加熱した場合に、鋼の組織がフェライトからオーステナイトに変態を開始する温度に相当する点をいう。また、M点とはオーステナイト化した鋼が冷却される際に、マルテンサイト化を開始する温度に相当する点をいう。
【0086】
(実施の形態2)
次に、本発明の実施の形態2における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受について説明する。実施の形態2におけるグリース封入玉軸受と、上述の実施の形態1におけるグリース封入玉軸受とは、基本的には同様の構成を有している。そして、図1〜図3を参照して、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受1においては、窒素富化層11B、12B、13Bにおける鋼のオーステナイト粒度番号が10番を超える範囲にある。
【0087】
これにより、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受においては、水素脆性剥離の発生する環境下における転動疲労に対する抵抗性が向上するとともに、割れ強度(静的破壊強度)や靭性が向上している。
【0088】
次に、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受の製造方法について説明する。図7は、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受の製造方法に含まれる転動部材の製造方法の概略を示す図である。また、図8は、実施の形態2における転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細を説明するための図である。図8において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図8において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。
【0089】
図4、図5および図7を参照して、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受およびその転動部材の製造方法と、上述の実施の形態1におけるグリース封入玉軸受およびその転動部材の製造方法とは、基本的には同様である。しかし、転動部材の製造方法における熱処理工程が、浸炭窒化工程と、第1の冷却工程と、再加熱工程と、第2の冷却工程と、焼戻工程とを含んでいる点において、実施の形態2のグリース封入玉軸受およびその転動部材の製造方法は、実施の形態1のグリース封入玉軸受およびその転動部材の製造方法とは異なっている。
【0090】
すなわち、図8を参照して、実施の形態2における転動部材の製造方法における熱処理工程では、まず、鋼製部材をA点以上の温度で浸炭窒化する浸炭窒化工程が実施される。具体的には、成形工程においてグリース封入玉軸受を構成する転動部材の概略形状に成形された鋼製部材は、A点以上の温度である800℃以上1000℃以下の温度T、たとえば850℃に加熱され、60分間以上300分間以下の時間、たとえば150分間保持される。このとき、鋼製部材はRXガスにアンモニア(NH)を添加した雰囲気において加熱されて、表層部の炭素濃度および窒素濃度が所望の濃度に調整される。これにより、浸炭窒化工程が完了する。その後、鋼製部材が、たとえば油中に浸漬されることにより(油冷)、A点以上の温度からM点以下の温度に冷却される第1の冷却工程が実施される。これにより、1次焼入が完了する。
【0091】
さらに、1次焼入が実施された鋼製部材がA点以上の温度である790℃以上830℃以下の温度T、たとえば810℃に再び加熱される再加熱工程が実施され、その後30分間以上120分間以下の時間、たとえば50分間保持される。このとき、浸炭窒化処理において調整された炭素濃度および窒素濃度が所望の濃度となるように、たとえば脱炭を防止するため、たとえばRXガスを含む雰囲気において加熱される。さらに、鋼製部材が、たとえば油冷されることにより、A点以上の温度からM点以下の温度に急冷されて焼入硬化される第2の冷却工程が実施される。これにより、2次焼入が完了する。
【0092】
さらに、2次焼入が完了した鋼製部材は、A点以下の温度である150℃以上350℃以下の温度、たとえば180℃に加熱され、30分間以上240分間以下の時間、たとえば120分間保持されて、その後冷却される。これにより、焼戻工程が完了する。以上の手順により、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受の製造方法に含まれる転動部材の製造方法の熱処理工程は完了する。
【0093】
ここで、温度Tは、オーステナイト結晶粒を小さくする観点から、前述のように790℃以上830℃以下とすることが望ましい。また、同様の観点から、温度TはTよりも低い温度とすることが好ましい。さらに、再加熱工程における鋼製部材の表層部の昇温速度は、A点において3℃/分以上であることが好ましい。これにより、旧オーステナイト結晶粒の大きさのバラツキが小さい整粒組織を有する鋼からなる転動部材を製造することができる。
【0094】
なお、上述の再加熱工程における鋼製部材の表層部の昇温速度は、たとえば以下のように測定することができる。すなわち、鋼製部材の表層部に熱電対を接続し、再加熱工程における当該表層部の温度の推移を測定し、記録する。そして、当該表層部の温度が上昇してA点を通過する前後の5℃の範囲における1分間あたりの温度上昇(昇温速度)を算出する。この昇温速度が3℃/分以上であれば、上述の条件、すなわち再加熱工程における鋼製部材の表層部の昇温速度は、A点において3℃/分以上であること、を満たす。
【0095】
実施の形態2における転動部材の製造方法によれば、炭素量が0.65質量%以下、クロムが0.3質量%以下に抑制された鋼が鋼材準備工程において準備される鋼材として採用され、熱処理工程において浸炭窒化焼入される。これにより、浸炭窒化処理の処理時間を延長することなく、十分な窒素濃度と厚みとを有する窒素富化層11B、12B、13Bを形成し、十分な耐摩耗性を転動部材に付与することが可能になるとともに、素材のコストを低減することができる。
【0096】
また、実施の形態2における転動部材の製造方法では、第1の冷却工程において一旦M点以下の温度に油冷され、再加熱工程において浸炭窒化温度よりも低い再加熱温度に再度加熱され、さらに第2の冷却工程においてM点以下の温度に冷却される手順が採用されている。そのため、窒素富化層11B、12B、13Bにおける鋼のオーステナイト粒度番号を、10番を超える範囲とすることができる。これにより、水素脆性剥離の発生する環境下における転動疲労に対する抵抗性が向上しているとともに、割れ強度(静的破壊強度)や靭性が向上した転動部材を製造することができる。
【0097】
以上より、実施の形態2における転動部材の製造方法によれば、製造コストの上昇を抑制しつつ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能な転動部材を製造することができる。そして、実施の形態2における転動部材の製造方法により、転動部材の表層部に窒素富化層を形成して、転走面からの深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度を0.14質量%以上とすることができる。
【0098】
また、実施の形態2におけるグリース封入玉軸受の製造方法によれば、上述の転動部材の製造方法により転動部材が製造されるため、製造コストの上昇を抑制しつつ、一層水素脆性剥離を十分に抑制することが可能なオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入玉軸受を製造することができる。
【0099】
図9は、実施の形態2における転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の変形例の詳細を示す図である。図9において、横方向は時間を示しており右に行くほど時間が経過していることを示している。また、図9において、縦方向は温度を示しており上に行くほど温度が高いことを示している。図9を参照して、実施の形態2における転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の変形例を説明する。
【0100】
図9を参照して、図9に示す熱処理工程と上述の図8に示す熱処理工程とは基本的には温度および時間の条件を含めて同様の工程となっている。しかし、図9の熱処理工程においては浸炭窒化工程に引き続いて油冷を実施して1次焼入を完了するのではなく、まずA変態点以下の温度に冷却した後、室温(常温)まで冷却することなく再びA変態点以上の温度Tに加熱する点において、図8の熱処理工程とは異なっている。
【0101】
これにより、一度焼入を実施した後に再度温度Tまで加熱する場合に比べて再加熱に要する時間およびエネルギーを少なくすることが可能となるため、製造コストを低減し得る点において有利である。なお、浸炭窒化後に引き続く冷却温度はA変態点よりも低い温度、すなわち鉄のオーステナイトからフェライトへの変態点以下の温度であればよく、たとえば650℃以上700℃以下とすることができる。
【0102】
(実施の形態3)
図10は、本発明の一実施の形態である実施の形態3における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受(プーリ用転がり軸受)を備えたプーリを示す概略図である。図10を参照して、実施の形態3におけるグリース封入玉軸受を備えたプーリの構成について説明する。
【0103】
図10を参照して、自動車の補機駆動ベルトのベルトテンショナーとして使用されるプーリ40は、動力伝達用のベルトである補機駆動ベルト(図示しない)が接触するための外周面41Aを有し、かつ中央部にシャフト49が貫通するための貫通穴の形成された円環状の形状を有するプーリ本体41と、貫通穴の内周面41Bに接触して嵌め込まれた自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受1(プーリ用玉軸受としての単列深溝玉軸受)とを備えている。プーリ本体41は、たとえば鋼板をプレス成形して作製されている。
【0104】
より具体的には、プーリ本体41は、内周面に貫通穴を有する円筒状の内周円筒部41Cと、内周円筒部41Cの幅方向(軸方向)における一方の端部から径方向外側に延びるフランジ部41Dと、フランジ部41Dから幅方向(軸方向)に延びる外周円筒部41Eと、内周円筒部41Cの幅方向(軸方向)における他方の端部から径方向内側に延びる鍔部41Fとを含んでいる。また、グリース封入玉軸受1は、図2および図3に基づいて説明したオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入玉軸受1と同様の構成を有している。そして、外輪11がプーリ本体41の内周円筒部41Cおよび鍔部41Fに接触するように嵌め込まれている。
【0105】
ここで、グリース封入玉軸受1の内輪12の内周面に接触するように、シャフト49が嵌め込まれていることにより、シャフト49とプーリ本体41とは軸まわりに相対的に回転可能となっており、プーリ本体41の外周面41Aに接触する図示しない補機駆動ベルトは、回転可能となっている。これにより、プーリ40は、補機駆動ベルトが掛けられる軸同士の距離が固定されているような場合に、当該補機駆動ベルトに外周面41Aにおいて接触し、補機駆動ベルトに張力を付与するテンショナーとしての機能と、障害物となるエンジンルーム内の各種装置との接触の回避等の目的で、補機駆動ベルトの走行方向を変えるためのアイドラーとしての機能との一方または両方を果たすことができる。
【0106】
すなわち、実施の形態3におけるグリース封入玉軸受1は、図10を参照して、動力を伝達するための図示しないベルトが掛けられて回転するプーリ本体41の内部を貫通するプーリ軸としてのシャフト49と、プーリ本体41との間に配置され、プーリ本体41をシャフト49に対して回転自在に軸支するプーリ用転がり軸受である。
【0107】
つまり、グリース封入玉軸受1は、自動車のエンジンで発生した動力を利用して動作するプーリ40において、当該動力により回転駆動されるプーリ本体41を、プーリ本体41に隣接して(プーリ本体41を貫通して)配置されるシャフト49に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受である。
【0108】
ここで、プーリ40においては、グリース封入玉軸受1は、10000回転/分以上の高速回転および振動、150℃以上の高温という過酷な条件下で使用されることとなる。そのため、グリース封入玉軸受1は、水素脆性剥離が発生しやすい状況にある。
【0109】
これに対し、本実施の形態のグリース封入玉軸受1は、図2および図3に基づいて説明したオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入玉軸受1と同様の構成を有しているため、製造コストの上昇が抑制されつつ、水素脆性剥離が十分に抑制された自動車電装・補機用転がり軸受としてのプーリ用転がり軸受となっている。なお、本実施の形態のグリース封入玉軸受1は、実施の形態1および実施の形態2において説明したオルタネータ用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受1と同様の製造方法により製造することができる。
【0110】
(実施の形態4)
図11は、本発明の一実施の形態である実施の形態4における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受(ファンカップリング用転がり軸受)を備えたファンカップリングを示す概略図である。また、図12は、実施の形態4におけるグリース封入玉軸受を備えたファンカップリングの動作を説明するための概略図である。図11および図12を参照して、実施の形態4におけるグリース封入玉軸受を備えたファンカップリングについて説明する。
【0111】
図11を参照して、ファンカップリング50は、自動車のラジエータに風を送ることにより、ラジエータ内の冷却水の温度を低下させるためのファン62と、当該ファン62を駆動するための部材であり、エンジンの動力により回転するロータ61との間に介在し、ファンの回転数を制御するカップリング(継ぎ手)である。
【0112】
このファンカップリング50は、外周面に翼部が形成された円環状のファン62の回転軸を含む部位に形成された貫通穴の内周面に、外周面において接触するように嵌め込まれた円盤状のケース51と、図示しないエンジンの動力によりファン62の回転軸と共通の軸周りに回転駆動され、かつケース51の側壁に形成された貫通穴51Aを貫通するロータ61の外周面に内輪12が嵌め込まれるとともに、外輪11がケース51の貫通穴51Aの内周面に嵌め込まれたグリース封入玉軸受1(ファンカップリング用転がり軸受)とを備えている。これにより、グリース封入玉軸受1の外輪はケース51と一体に、内輪はロータ61と一体に回転可能に構成されている。また、グリース封入玉軸受1は、図2および図3に基づいて説明したオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入玉軸受1と同様の構成を有している。
【0113】
ケース51の内部には、シリコーン油などの粘性流体が充填されたオイル室52と、オイル室52に隣接する撹拌室53とが形成されている。撹拌室53には、外周面にフィン59Aが形成された円盤状のドライブディスク59が配置されている。ドライブディスク59は、中心を含む部位に貫通穴が形成されており、当該貫通穴の内周面においてロータ61の外周面に接触するように、ロータ61に嵌め込まれている。これにより、ドライブディスク59は、ロータ61と一体に、かつファン62およびロータ61と共通の回転軸において、軸周りに回転可能に構成されている。
【0114】
オイル室52と撹拌室53との間には、仕切板54が配置されており、仕切板54には、オイル室52と撹拌室53とを連通する貫通穴であるポート55が形成されている。さらに、オイル室52には、一端において仕切板54に取り付けられ、他端においてポート55に重なるように構成された板状のスプリング56が配置されている。さらに、ケース51の前面側(仕切板54からみてオイル室52側の外壁の外側)には、板状のバイメタル57が取り付けられている。さらに、棒状のピストン58は、一端がバイメタル57の中央部に連結され、他端がケース51の外壁を貫通し、オイル室52内においてスプリング56に接触するように配置されている。また、ケース51および仕切板54には、撹拌室53のドライブディスク59の外周面に対向する領域とオイル室52とを連通する流通穴60が形成されている。
【0115】
次に、ファンカップリング50の動作について、図11および図12を参照して説明する。図示しないエンジンが始動すると、エンジンの動力によりロータ61が軸周りに回転する。このとき、ロータ61に嵌め込まれたグリース封入玉軸受1の内輪12およびドライブディスク59は、ロータ61と一体に回転する。
【0116】
ここで、エンジンの始動からの経過時間が短い場合など、図示しないラジエータを通過した空気の温度が設定温度、たとえば60℃以下である場合、ラジエータを通過した空気に曝されるバイメタル57は、図11に示すように平坦な形状を維持する。そのため、スプリング56は、ピストン58により仕切板54に向けて押圧され、スプリング56により、ポート55は閉じられた状態となる。したがって、オイル室52内に充填されたシリコーン油などの粘性流体は、ポート55を通じて撹拌室53に流入することはできない。また、撹拌室53内に粘性流体がある場合、ドライブディスク59の回転による遠心力を受けて、当該粘性流体は流通穴60を通じてオイル室52に流入する。その結果、ドライブディスク59は、グリース封入玉軸受1によりケース51に対して回転自在に軸支され、ドライブディスク59が流通穴60を通じて粘性流体をオイル室52に流入させる際のわずかなせん断応力をケース51に及ぼすことを除いて、ケース51に対して空転状態となる。そのため、ロータ61の回転は、ケース51に対して僅かに伝達されるのみとなり、ファン62は低い回転速度で回転する。
【0117】
一方、エンジンの温度が上昇し、図示しないラジエータを通過した空気の温度が設定温度、たとえば60℃を超えた場合、ラジエータを通過した空気に曝されるバイメタル57は、図12に示すように、仕切板54からみてオイル室52側の向きに凸形状となるように変形する。そのため、ピストン58によるスプリング56の押圧力が小さくなり、ポート55が開放される。そして、オイル室52内に充填されたシリコーン油などの粘性流体は、ポート55を通じて撹拌室53に流入する。その結果、ドライブディスク59の回転が粘性流体を介してケース51に対して効率的に伝達され、ファン62は高い回転速度で回転する。
【0118】
このようにして、エンジンの温度が低い場合には、ファンカップリング50は、ファン62の回転速度を低く制御することにより、エンジンの温度を適正な温度にまで上昇させる機能を果たす。一方、エンジンの温度が高い場合には、ファンカップリング50は、ファン62の回転速度が高くなるようにファンの回転を制御することによりラジエータを冷却し、エンジンの温度が適正範囲を超えて高くなることを回避する機能を果たす。
【0119】
ここで、ファンカップリング50においては、グリース封入玉軸受1は、エンジンの温度変化に伴い、1000回転/分程度の回転速度から、10000回転/分以上の回転速度まで、広い回転速度域において使用される。また、夏季において自動車が高速運転される場合には、10000回転/分以上の高速回転および振動、150℃以上の高温という過酷な条件下で使用されることとなる。そのため、グリース封入玉軸受1は、水素脆性剥離が発生しやすい状況にある。
【0120】
これに対し、本実施の形態のグリース封入玉軸受1は、図2および図3に基づいて説明したオルタネータ用転がり軸受であるグリース封入玉軸受1と同様の構成を有しているため、製造コストの上昇が抑制されつつ、水素脆性剥離が十分に抑制された自動車電装・補機用転がり軸受としてのファンカップリング用転がり軸受となっている。なお、本実施の形態のグリース封入玉軸受1は、実施の形態1および実施の形態2において説明したオルタネータ用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受1と同様の製造方法により製造することができる。
【0121】
上記実施の形態1〜4においては、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受の一例として、オルタネータ、プーリおよびファンカップリングにおいて使用される玉軸受(深溝玉軸受)について説明したが、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受はこれらに限られない。たとえば、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、スラスト玉軸受またはスラストころ軸受であってもよいし、ラジアルころ軸受であってもよい。
【0122】
また、上記実施の形態1〜4においては、焼戻工程は、たとえば180℃の温度に120分間保持することにより実施されているが、素材の焼戻軟化抵抗性に応じて焼戻の温度および時間は変更することができる。すなわち、焼戻軟化抵抗性の小さい素材、たとえば珪素の含有量が0.2質量%以下の鋼が素材として採用された場合、焼戻工程はたとえば150℃以上170℃以下の温度で30分以上90分以下の時間保持することにより実施してもよい。
【実施例1】
【0123】
以下、本発明の実施例1について説明する。本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を構成する転動部材の表面硬度を調査する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
【0124】
まず、試験の対象となる試験片の作製方法について説明する。本発明の実施例の転動部材を構成する鋼としてJIS S53C、比較例の転動部材を構成する鋼としてJIS SUJ2を採用した。そして、上記鋼材を転動部材である6303型番(JIS B1513)の軸受内輪の概略形状に加工した。
【0125】
その後、上記軸受内輪に対して、図6に基づいて説明した実施の形態1における熱処理工程と同様の熱処理工程(浸炭窒化を850℃で150分間、焼戻を180℃で120分間)により、同一条件で浸炭窒化、焼入および焼戻を実施した。そして、仕上げ加工を実施することにより、軸受内輪を完成させた(浸炭窒化)。
【0126】
また、上記鋼材を6303型番の軸受内輪の概略形状に加工した後、図8に基づいて説明した実施の形態2における熱処理工程と同様の熱処理工程(浸炭窒化を850℃で150分間、1次焼入後、焼戻を180℃で120分間、再加熱を810℃で40分間、2次焼入後、焼戻を180℃で120分間)により、同一条件で浸炭窒化、焼入および焼戻を実施した。そして、仕上げ加工を実施することにより、軸受内輪を完成させた(浸炭窒化2度焼入)。
【0127】
さらに、浸炭窒化を実施しない場合の硬度を測定するため、RXガスおよびアンモニアガスを添加しない雰囲気中で850℃に加熱し、55分間保持した後油冷し、さらに180℃に加熱して120分間保持することにより、浸炭窒化を実施しない通常の焼入を実施した軸受内輪も作製した(ずぶ焼入)。
【0128】
【表1】

【0129】
表1は、各軸受内輪における転走面の硬度の測定結果を示す表である。表1を参照して、SUJ2から構成されている軸受内輪の硬度は、浸炭窒化の有無に関わらず、内輪の転動疲労寿命の観点から十分な硬度である60HRC以上となっている。
【0130】
一方、S53Cから構成されている軸受内輪の硬度は、浸炭窒化を実施しない場合、60HRC未満となっており、内輪の転動疲労寿命の観点から十分な硬度を確保できているとはいえない。これに対し、浸炭窒化を実施した実施例の内輪では、61.2HRCの硬度となっており、内輪の転動疲労寿命の観点から十分な硬度である60HRC以上となっている。さらに、浸炭窒化2度焼入を実施した実施例の内輪では、62.8HRCの硬度となっており、内輪の転動疲労寿命の観点から十分な硬度である60HRC以上となっているばかりでなく、ずぶ焼入により作製される一般的なSUJ2製の転動部材の硬度である62HRC以上の硬度となっている。このことから、ずぶ焼入のみでは硬度が不足するS53Cであっても、これを素材として採用し、浸炭窒化を施した転動部材は、転動疲労寿命の観点から十分な硬度を確保可能であることが分かる。
【実施例2】
【0131】
以下、本発明の実施例2について説明する。本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を構成する転動部材の窒素濃度分布を、一般的な軸受用鋼であるSUJ2を素材とし、浸炭窒化が実施された転動部材の窒素濃度分布と比較する試験を行なった。試験の手順は以下のとおりである。
【0132】
実施例1において作製した軸受内輪のうち、浸炭窒化を実施した内輪を転走面に対して垂直な断面で切断し、EPMA(Electron Probe Micro Analysis)により、転走面から内部に向けて、転走面に垂直な方向における窒素濃度および炭素濃度の分布を測定した。なお、当該測定は、転走面の仕上げ加工前に、すなわち浸炭窒化後に転走面の加工を実施することなく実施した。
【0133】
図13は、浸炭窒化を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと窒素濃度との関係を示す図である。また、図14は、浸炭窒化を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと炭素濃度との関係を示す図である。また、図15は、浸炭窒化2度焼入を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと窒素濃度との関係を示す図である。また、図16は、浸炭窒化2度焼入を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと炭素濃度との関係を示す図である。図13〜図16において、横軸は表面からの深さであり、縦軸はそれぞれ窒素濃度および炭素濃度である。また、図13〜図16において、S53C製の軸受内輪の測定結果は実線で、SUJ2製の軸受内輪の測定結果は破線で示されている。図13〜図16を参照して、浸炭窒化を実施した軸受内輪の窒素濃度分布について説明する。
【0134】
図13および図15を参照して、本発明の実施例であるS53C製の軸受内輪および比較例であるSUJ2製の軸受内輪における窒素濃度は、表面から内部に向かうに従って低下している。そして、最表層部においては、比較例であるSUJ2製内輪の窒素濃度が、実施例であるS53C製内輪の窒素濃度を上回っている。しかし、SUJ2製内輪の窒素濃度は、内輪の内部では急激に低下し、表面からの深さが0.15mmを超える領域においては、S53C製内輪の窒素濃度がSUJ2製内輪の窒素濃度を上回っている。これは、以下のような理由によるものであると考えられる。
【0135】
図14および図16を参照して、実施例であるS53C製内輪の炭素濃度は、内部に向けてほぼ直線的に低下していくのに対し、比較例であるSUJ2製内輪の炭素濃度は最表層部に最も大きなピークを有しており、内部に向けても多くのピークを有している。これは、過共析鋼であるSUJ2のミクロ組織中には炭化物(セメンタイト;FeC)が存在していることと、SUJ2は多量のクロム(Cr)を含有しているため、浸炭窒化処理により表層部にCr炭窒化物が析出していることとに起因している。そして、これらの炭化物および炭窒化物が浸炭窒化処理における窒素の内部への侵入を阻害し、上述のような窒素濃度の急激な低下の原因となったものと考えられる。
【0136】
ここで、通常、転がり軸受を構成する転動部材の転走面は、熱処理後の仕上げ工程において、表層部の0.1〜0.2mmの領域が研削により除去される。したがって、自動車電装・補機用転がり軸受の運転中における金属新生面の出現を抑制するために耐摩耗性が要求される転走面およびその近傍では、本発明の実施例であるS53C製の内輪の窒素濃度が、比較例であるSUJ2製の内輪の窒素濃度よりも高くなっていることとなる。たとえば、熱処理後の仕上げ工程において、表層部の0.2mmの領域が研削により除去された場合でも、S53C製の内輪では、転走面からの深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度を0.14質量%以上とすることが可能である。また、SUJ2製の内輪の転走面における窒素濃度を上昇させるためには、浸炭窒化時間を長くする対策が考えられるが、その場合、製造コストが上昇するという問題がある。
【0137】
以上より、S53Cを素材として浸炭窒化または浸炭窒化2度焼入を実施した本発明の自動車電装・補機用転がり軸受を構成する転動部材は、SUJ2を素材として浸炭窒化または浸炭窒化2度焼入を実施した比較例の転動部材に比べて、製造コストの上昇を抑制しつつ、転走面近傍の窒素濃度を上昇させることが可能であることが分かる。そして、これにより、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受によれば、転走面の耐摩耗性を向上させ、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能であると考えられる。
【実施例3】
【0138】
以下、本発明の実施例3について説明する。本発明の自動車電装・補機用転がり軸受と同様の構成を有する実施例の試験軸受と、本発明の範囲外の構成を有する比較例の試験軸受とを作製し、自動車電装・補機の一例であるオルタネータにおける自動車電装・補機用転がり軸受の使用環境を想定した急加減速試験を実施し、水素脆性剥離に対する抵抗性(水素脆性疲労強度)を評価した。試験の手順は以下のとおりである。
【0139】
まず、試験軸受の作製方法について説明する。実施例1と同様の方法により、JIS規格S53CおよびSUJ2を素材とし、それぞれ「浸炭窒化」、「浸炭窒化2度焼入」および「ずぶ焼入」の各条件で熱処理したJIS規格6303型番の転がり軸受を構成する外輪および内輪を作製した。また、SUJ2を素材とし、実施例1と同様の方法により、「ずぶ焼入」の条件で熱処理したJIS規格6303型番の転がり軸受を構成する玉(鋼球)も作製した。
【0140】
一方、グリース組成物を以下の手順により作製した。まず、基油の半量に、4,4−ジフェニルメタンジイソシアネートを溶解し、残りの半量の基油に4,4−ジフェニルメタンジイソシアネートの2倍当量となるモノアミンを溶解した。そして、4,4−ジフェニルメタンジイソシアネートを溶解した溶液を撹拌しながら、当該溶液にモノアミンを溶解した溶液を加えた後、100℃〜120℃の温度域で30分間撹拌を続け、ジウレア化合物を溶液中に生成させ、ベースグリースを完成させた。そして、このベースグリースにアルミニウム粉末および酸化防止剤を加え、さらに100℃〜120℃の温度域で10分間撹拌した。その後これを冷却し、三本ロールミルで均質化してグリース組成物を得た。また、上述と同様の手順において、アルミニウム粉末の添加のみを省略したグリース組成物も作製した。
【0141】
そして、上記外輪、内輪および玉を組み合わせるとともに、上記グリース組成物を、シールを用いて軌道空間に封入し、試験軸受である6303型番の玉軸受を作製した。
【0142】
次に、急加減速試験の手順を説明する。上述のように作製した試験軸受の外輪をハウジングに固定するとともに、内輪を回転軸に嵌め込んで内輪と回転軸とが一体に回転可能とした。そして、試験軸受に対してラジアル方向に1960Nの荷重を負荷しつつ、回転軸を停止状態から1秒間で18000回転/分まで加速した後、1秒間で減速して停止させるサイクルを繰り返すとともに、振動検出装置を用いて軸受の振動を監視した。このとき、試験軸受に0.1Aの電流を流し続け、試験軸受を構成する転動部材に水素が侵入し易い環境とし、水素脆性剥離の発生を促進させた。そして、試験軸受に剥離が発生し、これにより発生した振動を振動検出装置が検出して試験機が停止するまでの時間を剥離発生寿命として評価した。
【0143】
【表2】

【0144】
表2に試験軸受の詳細および試験結果を示す。表2を参照して、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受である実施例Aにおけるグリース組成物は、合成炭化水素油15質量%およびアルキルジフェニルエーテル油63質量%の合計78質量%の基油と、10.1質量%のp−トルイジン(モノアミン)および11.9質量%の4,4−ジフェニルメタンジイソシアネート(イソシアネート)を反応させて生成させた増ちょう剤としてのジウレア化合物を含む溶液中に、酸化防止剤1質量部、アルミニウム粉末1質量部を添加して作製されている。また、実施例Aにおける軌道部材(外輪および内輪)は、S53Cを素材とし、「浸炭窒化」が実施されて作製されている。
【0145】
また、本発明の自動車電装・補機用転がり軸受である実施例Bにおけるグリース組成物は、実施例Aと同様で、軌道部材は、S53Cを素材とし、「浸炭窒化2度焼入」が実施されて作製されている。
【0146】
一方、本発明の範囲外の自動車電装・補機用転がり軸受である比較例Aにおけるグリース組成物は、実施例AおよびBと同様で、軌道部材は、SUJ2を素材とし、「ずぶ焼入」が実施されて作製されている。
【0147】
さらに、本発明の範囲外の自動車電装・補機用転がり軸受である比較例B、CおよびDにおける軌道部材は、それぞれ実施例A、Bおよび比較例Aと同様である。そして、グリース組成物は、実施例A、Bおよび比較例Aに使用されているものからアルミニウム粉末の添加が省略されたものが採用されている。
【0148】
なお、上述のグリース組成物において、合成炭化水素油としては、新日鐵化学製「シンフルード601」(40℃における動粘度30mm/s)、アルキルジフェニルエーテル油としては、松村石油研究所製「モレスコハイルーブLB100」(40℃における動粘度97mm/s)を採用した。また、p−トルイジンとしては、和光純薬製試薬、4,4−ジフェニルメタンジイソシアネートとしては、日本ポリウレタン工業製「ミリオネートMT」を採用した。さらに、酸化防止剤としては、アルキル化ジフェニルアミン(大内新興化学製)を用い、アルミニウム系添加剤としては、アルミニウム粉末(高純度化学研究所社製、粒径約3μm、純度99.9質量%)を用いた。
【0149】
次に、試験結果について説明する。表2を参照して、一般的な自動車電装・補機用転がり軸受である、ずぶ焼入を行なったSUJ2製の通常の軌道部材と、アルミニウム系添加剤を添加しない通常のグリース組成物からなる潤滑剤とを採用した比較例Dの試験軸受の剥離発生寿命は、200時間であった。これに対し、S53Cを素材とし、浸炭窒化を実施した比較例Bおよび浸炭窒化2度焼入を実施した比較例Cは、それぞれ20%および40%剥離発生寿命が向上している。
【0150】
一方、ずぶ焼入を行なったSUJ2製の通常の軌道部材と、アルミニウム系添加剤を添加したグリース組成物からなる潤滑剤を採用した比較例Aでは、剥離発生寿命が3.5倍に向上している。
【0151】
そして、浸炭窒化を実施したS53C製の軌道部材と、アルミニウム系添加剤を添加したグリース組成物とを採用した本発明の実施例である実施例A、および浸炭窒化2度焼入を実施したS53C製の軌道部材と、アルミニウム系添加剤を添加したグリース組成物とを採用した本発明の実施例である実施例Bの剥離発生寿命は、それぞれ比較例Dの剥離発生寿命に対して4.2倍および5倍にまで向上している。
【0152】
以上の試験結果より、自動車電装・補機用転がり軸受を構成する転動部材において、素材として機械構造用炭素鋼であるS53Cを採用し、かつ熱処理として浸炭窒化を採用することで、水素脆性剥離の発生する環境下における剥離発生寿命が向上すること、および浸炭窒化2度焼入を採用することで、さらに剥離発生寿命が向上することが分かった。また、自動車電装・補機用転がり軸受において、アルミニウム系添加剤を添加したグリース組成物を潤滑剤として採用することで、水素脆性剥離の発生する環境下における剥離発生寿命が向上することが分かった。
【0153】
そして、素材として機械構造用炭素鋼であるS53Cを採用し、かつ熱処理として浸炭窒化または浸炭窒化2度焼入を採用して表層部に窒素富化層を形成するとともに、アルミニウム系添加剤を添加したグリース組成物を潤滑剤として採用した本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、水素脆性剥離の発生する環境下における剥離発生寿命が著しく向上しており、水素脆性剥離を十分に抑制することが可能であることが確認された。
【0154】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0155】
本発明の自動車電装・補機用転がり軸受は、自動車電装・補機において、回転駆動される回転部材を、回転部材に隣接して配置される部材に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受に特に有利に適用され得る。
【図面の簡単な説明】
【0156】
【図1】実施の形態1における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受を備えたオルタネータの構成を示す概略図である。
【図2】実施の形態1における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受の構成を示す概略断面図である。
【図3】図2の要部を拡大して示した概略部分断面図である。
【図4】実施の形態1におけるグリース封入玉軸受の製造方法の概略を示す図である。
【図5】実施の形態1におけるグリース封入玉軸受を構成する転動部材の製造方法の概略を示す図である。
【図6】実施の形態1における、グリース封入玉軸受を構成する転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細を説明するための図である。
【図7】実施の形態2におけるグリース封入玉軸受の製造方法に含まれる転動部材の製造方法の概略を示す図である。
【図8】実施の形態2における転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の詳細を説明するための図である。
【図9】実施の形態2における転動部材の製造方法に含まれる熱処理工程の変形例の詳細を示す図である。
【図10】実施の形態3における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受を備えたプーリを示す概略図である。
【図11】実施の形態4における自動車電装・補機用転がり軸受としてのグリース封入玉軸受を備えたファンカップリングを示す概略図である。
【図12】実施の形態4におけるグリース封入玉軸受を備えたファンカップリングの動作を説明するための概略図である。
【図13】浸炭窒化を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと窒素濃度との関係を示す図である。
【図14】浸炭窒化を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと炭素濃度との関係を示す図である。
【図15】浸炭窒化2度焼入を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと窒素濃度との関係を示す図である。
【図16】浸炭窒化2度焼入を実施した場合の軸受内輪における転走面からの深さと炭素濃度との関係を示す図である。
【図17】オルタネータに用いられる自動車電装・補機用転がり軸受の使用条件を再現した転動疲労寿命試験において、従来の自動車電装・補機用転がり軸受の剥離起点付近に発生した白層の光学顕微鏡写真である
【符号の説明】
【0157】
1 グリース封入玉軸受、11 外輪、11A 外輪転走面、11B,12B,13B 窒素富化層、12 内輪、12A 内輪転走面、13 玉、14 保持器、15 シール部材、16 グリース組成物、30 オルタネータ、31
ロータ、31A ロータコイル、32 ロータ軸、32A 外周面、33 ステータ、33A ステータコイル、34 ハウジング、39 オルタネータプーリ、39A 溝部、40 プーリ、41 プーリ本体、41A 外周面、41B 内周面、41C 内周円筒部、41D フランジ部、41E 外周円筒部、41F 鍔部、49 シャフト、50 ファンカップリング、51 ケース、51A 貫通穴、52 オイル室、53 撹拌室、54 仕切板、55 ポート、56 スプリング、57 バイメタル、58 ピストン、59 ドライブディスク、59A フィン、60 流通穴、61 ロータ、62 ファン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
自動車電装・補機において、回転駆動される回転部材を、前記回転部材に隣接して配置される部材に対して回転自在に支持する自動車電装・補機用転がり軸受であって、
円環状の第1転走面が形成された第1軌道部材と、
前記第1転走面に対向する円環状の第2転走面が形成された第2軌道部材と、
転動体転走面が形成され、前記第1転走面および前記第2転走面の各々に前記転動体転走面において接触し、円環状の軌道上に配置される複数の転動体と、
前記第1軌道部材および前記第2軌道部材に挟まれる空間である軌道空間を閉じるように配置されるシール部材とを備え、
前記軌道空間にはグリース組成物が封入され、
前記第1軌道部材、前記第2軌道部材および前記転動体のうち少なくともいずれか1つは、0.25質量%以上0.65質量%以下の炭素と、0.15質量%以上0.35質量%以下の珪素と、0.6質量%以上0.9質量%以下のマンガンとを含有し、残部鉄および不可避的不純物からなり、クロム含有量が0.3質量%以下に抑制された鋼から構成され、
表層部に窒素富化層が形成されており、
前記グリース組成物は、
基油と増ちょう剤とを含有するベースグリースと、
アルミニウムまたはアルミニウム化合物のいずれか一方または両方からなるアルミニウム系添加剤とを含み、
前記アルミニウム系添加剤の配合割合は、ベースグリース100質量部に対して0.05質量部以上10質量部以下である、自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項2】
前記窒素富化層における前記鋼のオーステナイト粒度番号は10番を超える範囲にある、請求項1に記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項3】
前記窒素富化層の表面から深さ0.05mm以内の領域における窒素濃度は、0.14質量%以上である、請求項1または2に記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項4】
前記アルミニウム系添加剤は、アルミニウム、炭酸アルミニウム、硝酸アルミニウムから選択される1以上の添加剤から構成されている、請求項1〜3のいずれか1項に記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項5】
前記増ちょう剤は、ウレア系増ちょう剤である、請求項項1〜4のいずれか1項に記載の自動車電装・補機用転がり軸受。
【請求項6】
前記基油は、アルキルジフェニルエーテル油およびポリ−α−オレフィン油のいずれか一方または両方からなっている、請求項項1〜5のいずれか1項に記載の自動車電装・補機用転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2008−8419(P2008−8419A)
【公開日】平成20年1月17日(2008.1.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−179954(P2006−179954)
【出願日】平成18年6月29日(2006.6.29)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】