記憶素子、記憶装置
【課題】書き込みエラーを生じることなく、短い時間で書き込み動作を行うことができる記憶素子を提供することを目的とする。
【解決手段】記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、非磁性体による中間層と、上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備える。
そして、上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる。
【解決手段】記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、非磁性体による中間層と、上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備える。
そして、上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、複数の磁性層を有し、スピントルク磁化反転を利用して記録を行う記憶素子及び記憶装置に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0002】
【特許文献1】特開2003−17782号公報
【特許文献2】米国特許第5695864号明細書
【背景技術】
【0003】
モバイル端末から大容量サーバに至るまで、各種情報機器の飛躍的な発展に伴い、これを構成するメモリやロジックなどの素子においても高集積化、高速化、低消費電力化など、さらなる高性能化が追求されている。特に半導体不揮発性メモリの進歩は著しく、大容量ファイルメモリとしてのフラッシュメモリは、ハードディスクドライブを駆逐する勢いで普及が進んでいる。一方、コードストレージ用さらにはワーキングメモリへの展開を睨み、現在一般に用いられているNORフラッシュメモリ、DRAMなどを置き換えるべくFeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、PCRAM(Phase-Change Random Access Memory)などの開発が進められている。これらのうち一部はすでに実用化されている。
【0004】
なかでもMRAMは、磁性体の磁化方向によりデータ記憶を行うために高速かつほぼ無限(1015回以上)の書換えが可能であり、すでに産業オートメーションや航空機などの分野で使用されている。MRAMはその高速動作と信頼性から、今後コードストレージやワーキングメモリへの展開が期待されているものの、現実には低消費電力化、大容量化に課題を有している。これはMRAMの記録原理、すなわち配線から発生する電流磁界により磁化を反転させるという方式に起因する本質的な課題である。
【0005】
この問題を解決するための一つの方法として、電流磁界によらない記録、すなわち磁化反転方式が検討されている。なかでもスピントルク磁化反転に関する研究は活発である(例えば、特許文献1、2を参照)。
【0006】
スピントルク磁化反転の記憶素子は、MRAMと同じくMTJ(Magnetic Tunnel Junction)およびTMR素子(Tunneling Magnetoresistive)により構成されている場合が多い。 この構成は、ある方向に固定された磁性層を通過するスピン偏極電子が、他の自由な(方向を固定されない)磁性層に進入する際にその磁性層にトルクを与えること(これをスピントランスファトルクとも呼ぶ)を利用したもので、あるしきい値以上の電流を流せば自由磁性層が反転する。0/1の書換えは電流の極性を変えることにより行う。
この反転のための電流の絶対値は0.1μm程度のスケールの素子で1mA以下である。しかもこの電流値が素子体積に比例して減少するため、スケーリングが可能である。さらに、MRAMで必要であった記録用電流磁界発生用のワード線が不要であるため、セル構造が単純になるという利点もある。
以下、スピントルク磁化反転を利用したMRAMを、ST−MRAM(Spin Torque-Magnetic Random Access Memory)と呼ぶ。スピントルク磁化反転は、またスピン注入磁化反転と呼ばれることもある。高速かつ書換え回数がほぼ無限大であるというMRAMの利点を保ったまま、低消費電力化、大容量化を可能とする不揮発メモリとして、ST−MRAMに大きな期待が寄せられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ST−MRAMにおいて、磁化反転を引き起こすスピントルクは、磁化の向きに依存して、その大きさが変化する。通常のST−MRAMの記憶素子の構造では、スピントルクがゼロとなる磁化角度が存在する。
初期状態の磁化角度がこの角度に一致したとき、磁化反転に必要な時間が非常に大きくなる。そのため、書き込み時間内に磁化反転が完了しない場合も有りうる。
書き込み時間内に反転が完了しないと、その書き込み動作は失敗(書き込みエラー)となり、正常な書き込み動作を行えないことになる。
【0008】
そこで本開示では、書き込みエラーを生じることなく、短い時間で書き込み動作を行うことができる、記憶素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、非磁性体による中間層と、上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備える。
そして、上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる。
【0010】
また、本開示の記憶装置は、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、互いに交差する2種類の配線とを備え、上記記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、非磁性体による中間層と、上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、上記記憶層が、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している膜面に垂直な磁化を有している。
そして、上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れる。
【0011】
本開示の記憶素子によれば、記憶層を構成する強磁性層間の磁気的結合によって、記憶層及び磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行になることによる、磁化反転に要する時間の発散を抑えることができるので、所定の有限の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になる。
記憶層の磁化の向きを反転させるために必要となる書き込み電流値を低減することができる。
一方で、垂直磁化膜の有する強い磁気異方性エネルギのために記憶層の熱安定性を十分に保つことができる。
【0012】
また、本開示の記憶装置の構成によれば、2種類の配線を通じて、記憶素子に積層方向の電流が流れ、スピントランスファが起こることにより、2種類の配線を通じて記憶素子の積層方向に電流を流してスピントルク磁化反転による情報の記録を行うことができる。
また、上記記憶層の熱安定性は十分に保つことができるため、記憶素子に記録された情報を安定に保持し、かつ記憶装置の微細化、信頼性の向上、低消費電力化を実現することが可能になる。
【発明の効果】
【0013】
上述の本開示によれば、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になることから、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。
書き込みエラーを低減することができるので、書き込み動作の信頼性を向上することができる。
また、より短い時間で書き込み動作を行うことができるので、動作の高速化を図ることができる。
従って、本開示により、書き込み動作の信頼性が高く、高速に動作する記憶装置を実現することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施の形態の記憶装置の概略斜視図である。
【図2】実施の形態の記憶装置の断面図である。
【図3】実施の形態の記憶装置の平面図である。
【図4】膜面に対し垂直方向の磁化である磁性体で構成される記憶層を有する記憶素子の概略構成図(断面図)である。
【図5】実施の形態の記憶素子の概略構成図(断面図)である。
【図6】実施の形態の記憶層の概略構成図(斜視図及び上面図)である。
【図7】磁気結合エネルギの範囲をプロットした図である。
【図8】磁気結合エネルギと熱安定性の指標の関係をプロットした図である。
【図9】磁気エネルギの範囲をプロットした図である。
【図10】励起エネルギと反転時間の関係をプロットした図である。
【図11】実施の形態の磁気ヘッド適用例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示の実施の形態を次の順序で説明する。
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
<3.実施の形態の具体的構成>
<4.変形例>
【0016】
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
まず、記憶装置の概略構成について説明する。
記憶装置の模式図を、図1、図2及び図3に示す。図1は斜視図、図2は断面図である。図3は平面図である。
【0017】
図1に示すように、記憶装置は、互いに直交する2種類のアドレス配線(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができるST−MRAMによる記憶素子3が配置されて成る。
即ち、シリコン基板等の半導体基体10の素子分離層2により分離された部分に、各記憶装置を選択するための選択用トランジスタを構成する、ドレイン領域8、ソース領域7、並びにゲート電極1が、それぞれ形成されている。このうち、ゲート電極1は、図中前後方向に延びる一方のアドレス配線(ワード線)を兼ねている。
【0018】
ドレイン領域8は、図1中左右の選択用トランジスタに共通して形成されており、このドレイン領域8には、配線9が接続されている。
そして、ソース領域7と、上方に配置された、図1中左右方向に延びるビット線6との間に、スピントルク磁化反転により磁化の向きが反転する記憶層を有する記憶素子3が配置されている。この記憶素子3は、例えば磁気トンネル接合素子(MTJ素子)により構成される。
【0019】
図2に示すように、記憶素子3は2つの磁性層12、14を有する。この2層の磁性層12、14のうち、一方の磁性層を磁化M12の向きが固定された磁化固定層12として、他方の磁性層を磁化M14の向きが変化する自由磁化層即ち記憶層14とする。
また、記憶素子3は、ビット線6と、ソース領域7とに、それぞれ上下のコンタクト層4を介して接続されている。
これにより、2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層14の磁化M14の向きを反転させることができる。
【0020】
図3に示すように、記憶装置はマトリクス状に直交配置させたそれぞれ多数の第1の配線(例えばビット線)1及び第2の配線(例えばワード線)6の交点に、記憶素子3を配置して構成されている。
記憶素子3は、平面形状が円形状とされ、図2に示した断面構造を有する。
また、記憶素子3は、図2に示したように、磁化固定層12と記憶層(自由磁化層)14を有している。
そして、各記憶素子3によって、記憶装置のメモリセルが構成される。
【0021】
このような記憶装置では、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要があり、トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、記憶装置の微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子3に流す電流を低減させることが好適である。
【0022】
また、読み出し信号を大きくするためには、大きな磁気抵抗変化率を確保する必要があり、そのためには上述のようなMTJ構造を採用すること、すなわち2層の磁性層12、14の間に中間層をトンネル絶縁層(トンネルバリア層)とした記憶素子3の構成にすることが効果的である。
このように中間層としてトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子3に流す電流量に制限が生じる。すなわち記憶素子3の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制することが好ましい。なお、スピントルク磁化反転に必要な電流は、反転電流、記憶電流などと呼ばれることがある。
【0023】
また記憶装置は不揮発メモリ装置であるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性)を確保する必要がある。
記憶層の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、保持エラーとなってしまう。
本記憶装置における記憶素子3(ST−MRAM)は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち体積を小さくすることは可能であるが、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
ST−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子3の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、ST−MRAMにおける記憶素子3において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計する必要がある。
【0024】
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
続いて、実施の形態の記憶素子の概要について説明する。
磁化の向きが膜面に垂直な場合のST−MRAMの記憶素子の概略構成図(断面図)を、図4に示す。
【0025】
図4に示すように、下地層11の上に、磁化M12の向きが固定された磁化固定層(参照層とも呼ばれる)12、中間層(非磁性層)13、磁化M14の向きが変化することができる記憶層(自由磁化層)14、キャップ層15の順に積層されて、記憶素子が構成されている。
このうち、磁化固定層12は、高い保磁力等によって、磁化M12の向きが膜面に対して垂直方向に固定されている。
【0026】
図4に示す記憶素子において、一軸異方性を有する記憶層14の磁化(磁気モーメント)M14の向きにより、情報の記憶が行われる。
記憶素子への情報の書き込みは、記憶素子の各層の膜面に垂直な方向(即ち、各層の積層方向)に電流を印加して、記憶層14となる自由磁化層にスピントルク磁化反転を起こさせることにより行う。
【0027】
ここで、スピントルク磁化反転について、簡単に説明する。
電子は、2種類のスピン角運動量をもつ。仮にこれを上向き、下向きと定義する。
非磁性体の内部では、上向きのスピン角運動量を持つ電子と、下向きのスピン角運動量を持つ電子の両者が同数であり、強磁性体の内部では両者の数に差がある。
【0028】
まず、中間層(非磁性層)13を介して積層された2層の強磁性体(磁化固定層12及び自由磁化層14)において、互いの磁化M12,M14の向きが反平行状態にあり、電子を磁化固定層12から記憶層(自由磁化層)14に移動させる場合について考える。
磁化固定層12を通過した電子は、スピン偏極、即ち、上向きと下向きの数に差が生じている。
非磁性層13の厚さが十分に薄いと、スピン偏極が緩和して通常の非磁性体における非偏極(上向きと下向きが同数)状態になる前に、他方の磁性体、即ち、記憶層(自由磁化層)14に達する。
そして、2層の強磁性体(磁化固定層12及び自由磁化層14)のスピン偏極度の符号が逆になっていることにより、系のエネルギを下げるために、一部の電子は、反転する、即ち、スピン角運動量の向きが変わる。このとき、系の全角運動量は保存されなくてはならないため、向きを変えた電子による角運動量変化の合計と等価な反作用が、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14にも与えられる。
【0029】
電流量、即ち、単位時間に通過する電子の数が少ない場合には、向きを変える電子の総数も少ないため、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14に発生する角運動量変化も小さいが、電流が増えると、多くの角運動量変化を単位時間内に与えることができる。
角運動量の時間変化はトルクであり、トルクがある閾値を超えると、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14は、歳差運動を開始して、記憶層(自由磁化層)14の一軸異方性により、180度回転したところで安定となる。即ち、反平行状態から平行状態への反転が起こる。
【0030】
一方、2層の強磁性体12,14の互いの磁化M12,M14が平行状態にあるとき、電流を逆に記憶層(自由磁化層)14から磁化固定層12へ電子を送る向きに流すと、今度は磁化固定層12で電子が反射される。
そして、反射されてスピンの向きが反転した電子が、自由磁化層14に進入する際にトルクを与えて、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14の向きを反転させるので、互いの磁化M12,M14を反平行状態へと反転させることができる。
ただし、この際に、反転を起こすのに必要な電流量は、反平行状態から平行状態へと反転させる場合よりも多くなる。
【0031】
平行状態から反平行状態への反転は、直感的な理解が困難であるが、磁化固定層12の磁化M12が固定されているために反転できず、系全体の角運動量を保存するために自由磁化層14の磁化M14の向きが反転する、と考えてもよい。
【0032】
このように、0/1の情報の記録は、磁化固定層(参照層)12から記憶層(自由磁化層)14への方向、又はその逆方向に、それぞれの極性に対応する、ある閾値以上の電流を流すことによって行われる。
【0033】
情報の読み出しは、従来型のMRAMと同様に、磁気抵抗効果を用いて行われる。
即ち、上述のように説明した情報の記録の場合と同様に、各層の膜面に垂直な方向(各層の積層方向)に電流を流す。そして、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14の向きが磁化固定層(参照層)12の磁化M12の向きに対して、平行であるか反平行であるかに従って、記憶素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0034】
さて、中間層(非磁性層)13に用いる材料は、金属でも絶縁体でも構わないが、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつ、より低い電流によって記録が可能とされるのは、非磁性層13に絶縁体を用いた場合である。このときの素子を、強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)素子と呼ぶ。
【0035】
前述したスピントルクは、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14と磁化固定層(参照層)12の磁化M12との角度によって、大きさが変化する。
磁化M14の向きを表す単位ベクトルをm1とし、磁化M12の向きを表す単位ベクトルをm2とすると、スピントルクの大きさは、m1×(m1×m2)に比例する。ここで、“×”はベクトルの外積である。
【0036】
通常、磁化固定層12の磁化M12は、記憶層14の磁化容易軸方向に固定されている。記憶層14の磁化M14は、記憶層14自身の磁化容易軸方向に向く傾向にある。このとき、m1とm2は、0度もしくは180度の角をなす。そのため、前述のスピントルクの式に従えば、スピントルクは全く働かないことになる。
現実には、記憶層14の磁化M14は、熱揺らぎによって磁化容易軸の周りにランダムに分布しているために、磁化固定層12の磁化M12とのなす角度が、0度もしくは180度から離れたときに、スピントルクが働き、磁化反転を起こすことができる。
【0037】
磁性体はその磁化の向きに応じた磁気エネルギを持つ。磁気エネルギが最も低くなる方向が磁化容易軸である。熱揺らぎがない場合には、磁気エネルギを最小にしようとする力(トルク)によって、磁化は磁化容易軸を向く。一方、熱揺らぎによって磁化の向きが磁化容易軸から離れているときの磁気エネルギは、磁化が磁化容易軸方向にあるときに比べて大きくなる。この差を励起エネルギEと呼ぶことにする。そして、磁化の向きがさらに磁化容易軸から離れ、励起エネルギEがある閾値を超えたとき、磁化反転が起きる。この閾値のことをΔと呼ぶことにする。Δは磁化を反転させるために必要なエネルギとみなすことができる。励起エネルギE及び閾値Δの単位はジュール(J)であるが、以下では熱エネルギ(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。このようにすると、Δは熱エネルギに対する磁化の安定性を示す指標とみなせることから、Δを熱安定性の指標と呼ぶこともある。
【0038】
記憶層14の磁化M14の励起エネルギE及び熱安定性の指標Δを用いると、記憶層14に印加した電流Iと、それによって起きるスピントルク磁化反転に要する時間(反転時間)tsは次式を満たす。
【数1】
ここで、Ic0はスピントルク磁化反転が生じるのに必要な閾値電流、ηは電流Iのスピン偏極率、eは電子の電荷、Msは磁化M14の飽和磁化、Vは記憶層14の体積、μBはボーア磁子である。
左辺は、記憶層14に注入されるスピンの個数に対応する。右辺は記憶層14に存在するスピンの個数に対応する。ただし、その個数は対数項によってスケーリングされている。なお、励起エネルギEは電流を印加した時点での磁化の方向に対応した値を用いる。
この式を見てわかるように、励起エネルギEが0に近づくにつれて、反転時間tsは無限大に発散する。前述したように、磁化M14は熱揺らぎがない場合にはE=0となる磁化容易軸を向くため、反転時間の発散が問題となる。
【0039】
そこで、本開示においては、上述した反転時間の発散を抑制するために、記憶層は、少なくとも2つ以上の強磁性層が結合層を介して積層した構成とする。隣接する2つの強磁性層は、間に挿入された結合層を介して磁気的に結合している。
上述の本開示の記憶装置の構成によれば、記憶層を構成する強磁性層間の磁気的結合によって、記憶層及び磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行になることによる、磁化反転に要する時間の発散を抑えることができるので、所定の有限の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になる。
【0040】
<3.実施の形態の具体的構成>
続いて、本開示の具体的な実施の形態を説明する。
本開示の実施の形態の記憶装置を構成する記憶素子の概略構成図(断面図)を、図5に示す。
【0041】
図5に示す記憶素子20は、下地層21の上に、磁化M22の向きが固定された磁化固定層(参照層とも呼ばれる)22、中間層23(非磁性層)、磁化の向きが変化できる記憶層(自由磁化層)24の順に積層されている。
磁化固定層22は、磁化M22の向きが、磁化固定層22の膜面に垂直な方向(図4の場合は図中上向き)に固定されている。
ここまでは、図4に示したST−MRAMの構成と同様である。
なお、図示しないが、下地層21と磁化固定層22との間に、磁化固定層22の磁化M22の向きを固定するために、反強磁性体から成る反強磁性層を設けてもよい。
【0042】
さらに、本実施の形態の記憶素子20では、図4に示したST−MRAMのMTJの構成とは異なり、記憶層24が複数の強磁性層と結合層を積層した多層膜で構成される。図5においては、記憶層24は、強磁性層24a、結合層24b、強磁性24cからなる3層構造で構成されている。
【0043】
そして、強磁性層24aの磁化M1と強磁性24cの磁化M2は結合層24bを介して磁気的に結合している。結合層24bには、Ta,Ru等の非磁性の金属を使用することができる。
【0044】
磁化固定層22と記憶層24との間の中間層(非磁性層)23には、トンネル絶縁膜を形成するための絶縁材料(各種酸化物等)、もしくは、磁気抵抗効果素子の磁性層の間に用いられる、非磁性の金属を使用することができる。
この中間層(非磁性層)23の材料として、絶縁材料を用いると、前述したように、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつ、より低い電流によって記録が可能となる。
【0045】
磁化固定層22及び記憶層24には、従来のST−MRAMのMTJにおいて使用されている、各種の磁性材料を使用することができる。
例えば、磁化固定層22にCoFeを使用して、記憶層24にCoFeBを使用することができる。
或いは、NiFe、TePt、CoPt、TbFeCo、GdFeCo、CoPd、MnBi、MnGa、PtMnSb、Co−Cr系材料等を用いることができる。また、これらの材料以外の、磁性材料を使用することが可能である。
【0046】
情報の読み出しは、図4の記憶素子3と同様に、磁気抵抗効果を用いて行われる。
即ち、上述のように説明した情報の記録の場合と同様に、各層の膜面に垂直な方向(各層の積層方向)に電流を流す。そして、磁化固定層22の磁化M22と強磁性層24aの磁化M1の相対角度によって、記憶素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0047】
記憶層24の構成をさらに詳しく示したのが、図6の斜視図及び上面図である。ここでは簡単のため、中間層24bは省略している。本実施の形態の記憶素子20においては、記憶層24の形状は円柱状とされる。ここで、磁化M1及び磁化M2の方向を記述するために、以下のように角度θ1、θ2、φ1、φ2を定義する。斜視図において、記憶層24を垂直方向に貫く垂直軸31が示されている。磁化M1と垂直軸31がなす角度をθ1、磁化M2と垂直軸がなす角度をθ2とする。また、上面図において、記憶層24a、24cの中心を通る基準線32が示されている。記憶層24a、24cの断面形状が円形であるために、基準線32の方向は任意に選べる。磁化M1及び磁化M2を膜面に投影したときに、基準線32となす角をそれぞれφ1及びφ2とする。
【0048】
前述したように、磁性体は磁化の向きに応じた磁気エネルギを持つ。磁気エネルギを記述するために以下の値を定義する。即ち、磁化M1が面内方向を向いている時(θ1=90度)の磁気エネルギから垂直方向を向いている時(θ1=0度)の磁気エネルギを引いたエネルギ差をΔ1とする。また、磁化M2が面内方向を向いている時(θ2=90度)の磁気エネルギから垂直方向を向いている時(θ2=0度)の磁気エネルギを引いたエネルギ差をΔ2とする。さらに、磁化M1と磁化M2との磁気的結合エネルギの強さをΔexとする。Δ1、Δ2、Δexの単位はジュール(J)であるが、前述の励起エネルギE及び熱安定性の指標Δと同様に、熱エネルギ(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。
【0049】
このようにすると、記憶層24の磁気エネルギεは、次式であらわされる。
【数2】
そして、記憶層24の励起エネルギEはE=ε−εminであらわされる。ここで、εminは磁気エネルギεの最小値である。図4の記憶層14の場合と同様に、熱揺らぎがないときには、励起エネルギEがゼロとなる、即ち磁気エネルギεがεminとなるように磁化M1及び磁化M2はその向きを変える(以下、この状態を平衡状態と呼ぶ)。記憶層14においては、励起エネルギEがゼロとなる時に、記憶層14の磁化M14と磁化固定層12の磁化M12の相対角度は平行(0度)か反平行(180度)であった。そのためスピントルクが働かずに、反転時間が増大する問題があった。ところが、種々の検討を行った結果、本実施の形態に係わる記憶層24の構成においては、励起エネルギEがゼロとなる時に、磁化M1及び磁化M2の角度が、磁化固定層22の磁化M22の方向(垂直軸)に対して平行(0度)か反平行(180度)以外の角度、即ち、斜め方向になりうることが分かった。このようなとき、有限のスピントルクが働くために、反転時間の増大が抑制されることが期待できる。
【0050】
ここで、磁化の向きが斜めとなる条件について数2を用いて諸々の検討を行った結果、以下のことが明らかになった。まず、磁化M1と磁化M2の磁気的結合エネルギの強さΔexが0であって、磁化M1と磁化M2がそれぞれ独立に運動する場合を考える。定義より、Δ1が正のとき、磁化M1の磁化容易軸は膜面に垂直となり、平衡状態において磁化M1は膜面に垂直な方向を向く。逆に、Δ1が負のとき、磁化M1の磁化容易軸は膜面内となり、平衡状態において磁化M1は膜面内を向く。このとき、強磁性層24aは垂直軸周りの回転に対して等方的であるので、φ1の値は任意である。同様に、Δ2が正のとき、磁化M2の磁化容易軸は膜面に垂直となり、平衡状態において磁化M2は膜面に垂直な方向を向く。逆に、Δ2が負のとき、磁化M2の磁化容易軸は膜面内となり、平衡状態において磁化M2は膜面内を向く。このとき、強磁性層24cは垂直軸周りの回転に対して等方的であるので、φ2の値は任意である。
【0051】
次に、磁化M1と磁化M2の磁気的結合エネルギの強さΔexが0以外であって、磁化M1と磁化M2がそれぞれ結合して運動する、本開示本来の場合を考える。定義より、Δexが正のとき、磁化M1と磁化M2の向きは平行になろうとする。逆に、Δexが負のとき、磁化M1と磁化M2の向きは反平行になろうとする。前者を強磁性結合、後者を反強磁性結合と呼ぶこともある。以下では説明を簡単にするために、Δexが正のときのみを考慮するが、同様の議論はΔexが負の時にも成り立つ。
Δ1及びΔ2がともに正であれば、Δexの大きさによらず、平衡状態の磁化角度は垂直軸に平行となる。これでは、図4の記憶素子3と同じであって、反転時間の増大は免れない。一方、Δ1及びΔ2がともに負であれば、Δexの大きさによらず、平衡状態の磁化角度は膜面内となる。このとき、φ1がどのような値をとっても。磁化固定層22の磁化22と強磁性層24aの磁化M1の相対角度は一定の90度となるため、磁気抵抗効果による抵抗の変化が起きず、情報を読み出すことができないので、ST−MRAMを構成する記憶素子として用いることはできない。以上のように、本開示に係わる記憶素子20においては、Δ1とΔ2の符号が異なっていなければならない。
【0052】
このように、Δ1とΔ2の符号が異なっている場合には、片方の強磁性層の磁化は、その磁化容易軸が膜面に対して垂直であり、もう片方の強磁性層の磁化は、その磁化容易軸が膜面内にある。そしてこれらの向きが互いに競合する2つの磁化を、Δexを通した結合によって、斜め方向に傾けることが可能となる。ただし、Δexには上限がある。仮にΔexが無限大の大きさを持っていたとすると、磁化M1と磁化M2は平行でなければならず、Δ1とΔ2の大小関係に応じて、全体の磁化容易軸が膜面に対して垂直であるか膜面内であるかのどちらかとなる。Δexが無限大とならずとも、ある一定の大きさ以上となれば、磁化M1と磁化M2は平行になってしまう。
【0053】
そこで、Δexの上限を求めるために、いろいろなΔ1、Δ2の組み合わせに対して、磁化M1と磁化M2が平行となる上限値Δexmaxを、数2を用いて計算した。図7にその一例を示す。図7においては、Δ2を−40に固定し、Δ1を0から100までふった。白い丸が計算で求めたΔexの上限値である。Δexがこの値よりも小さければ、磁化M1と磁化M2は斜め方向となることができる。ΔexmaxのΔ1依存性は、Δ1+Δ2が0よりも小さいか大きいかで異なる。曲線C41はΔ1+Δ2が0よりも小さいときにおける、ΔexmaxのΔ1依存性である。一方、曲線C42はΔ1+Δ2が0よりも大きいときにおける、ΔexmaxのΔ1依存性である。これらの曲線にうまく適合する式を探索したところ、曲線C41と曲線C42はともに、
Δexmax=abs(2×Δ1×Δ2/(Δ1+Δ2))
と書けることが分かった。ここで、absは絶対値を返す関数である。今、Δexが正の時のみを考えているが、同様の式はΔexが負のときにも成り立つ。結局のところ、磁化M1と磁化M2が斜め方向になるための条件は、
abs(Δex)<abs(2×Δ1×Δ2/(Δ1+Δ2))
となる。
【0054】
以上のように、本開示により、磁化M1と磁化M2が斜め方向になるための条件が明らかとなった。この条件を満たすΔ1、Δ2、Δexが与えられれば、垂直軸に対して斜め方向に傾いた平衡状態が得られる。そして、数2で示した磁気エネルギから平衡状態における磁気エネルギを引いたものが、本開示に係わる記憶素子20の励起エネルギEとなる。さらに、磁化M1及び磁化M2の向きを反転させるのに必要な励起エネルギEが熱安定性の指標Δである。このように、Δ1、Δ2、Δexが与えられれば、励起エネルギEと熱安定性の指標Δが一意に定まる。
【0055】
図8に熱安定性の指標ΔのΔex依存性を示す。ここではΔ1>0>Δ2としているが、Δ2>0>Δ1であってもよい。そのときには図8におけるΔ1とΔ2を入れ替える。Δexが0のとき、ΔはΔ1に等しくなる。Δexが大きくなるにつれてΔは減少していくが、Δ1+Δ2が0よりも小さいか大きいかで異なる依存性を示す。曲線C51はΔ1+Δ2が0よりも小さいときに、曲線C52はΔ1+Δ2が0よりも大きいときに、それぞれ対応する。Δ1+Δ2が0よりも小さいときには、ΔexがΔexmaxに近づくにつれてΔは0に収束する。一方、Δ1+Δ2が0よりも大きいときには、ΔexがΔexmaxに近づくにつれてΔはΔ1+Δ2に収束する。
【0056】
熱安定性の指標Δは、記憶素子20の熱揺らぎに対する耐性を示す指標である。不揮発メモリとして用いる場合には、動作保証時間内において情報が失われない必要がある。これは熱安定性の指標Δがある一定の値以上でなければならないことを意味する。この下限値は、メモリの容量や動作保証時間に応じて変化するが、概ね40から70の範囲にある。 Δが大きいほど熱耐性が強くなるが、同時に書き込みに必要なエネルギも大きくなるために、必要以上に大きくすることは必要ない。
今、熱安定性の指標Δの設計値をΔ0とする。そうすると、図8より、Δexを調整したときにΔ=Δ0となりうる条件は、Δ1+Δ2<Δ0<Δ1である。図8はΔ1>0>Δ2のときを示したが、Δ2>0>Δ1のときも考慮すると、Δ1及びΔ2が満たさなければならない条件は、Δ1+Δ2<Δ0<max(Δ1,Δ2)となる。ここで、maxは最大値を返す関数である。
【0057】
図9にΔ1及びΔ2が満たさなければならない条件をプロットした。ここで、熱安定性の指標Δの設計値をΔ0としている。直線L61がΔ1+Δ2=Δ0、直線L62がΔ1=Δ0、直線L63がΔ2=Δ0である。
そして、直線L61より下側かつ直線L62よりも右側の領域D64と、直線L61より下側かつ直線L63よりも上側の領域D65とが、条件Δ1+Δ2<Δ0<max(Δ1,Δ2)を満たすΔ1及びΔ2の範囲である。
Δ1及びΔ2が領域D64或いは領域D65内にあれば、熱安定性の指標Δを設計値であるΔ0になるようにΔexを調整することができ、かつ、そのときに磁化M1及び磁化M2の向きを垂直軸から斜め方向に傾けることができる。なお、Δ1とΔ2はその符号が互いに異なっていなければならないことを先に述べたが、Δ1及びΔ2が領域D64或いは領域D65内にあるとき、この条件は自動的に満たされている。
【0058】
次に、本開示に係わる記憶素子20を用いた場合のスピン注入磁化反転について、比較のための図4の記憶素子3とともに、シミュレーションを行った。
図10はある電流における励起エネルギEと反転時間tsの関係を示したものである。横軸の励起エネルギEは対数スケールでプロットしている。ここで、励起エネルギEは電流を印加した時点における磁化方向から計算される値を用いる。磁化方向は熱揺らぎによって平衡状態からずれるが、励起エネルギEが大きいほど(図10で言えば右側に行くほど)そのずれが大きいことを意味する。
【0059】
前述したように、記憶素子3においては、励起エネルギEと反転時間tsの関係は数1であらわされる。完全に磁化が平衡状態であれば、無限の反転時間が必要であるが、実際には熱揺らぎによって励起エネルギは0以上の値となるために、有限の時間で反転が可能である。その傾向が曲線C71で示されている。横軸の励起エネルギEを対数スケールにした場合、曲線C71はほぼ直線となる。そして、励起エネルギEが大きいほど、短い時間で反転することが分かる。
【0060】
今、電流の印加時間が20nsだとする。そうすると、点P73で示したように、励起エネルギEの対数が−20であればちょうど20nsでの反転が可能である。励起エネルギEはある一定の値に固定されているわけではなく、熱揺らぎによって絶えず変化している。励起エネルギEの対数が−20以上であれば、20nsでの反転が可能であるが、逆に−20以下になると、20nsでの反転は不可能になる。即ち、書き込みエラーが生じる。このように、記憶素子3においては、電流を印加した時点での磁化の角度に応じて反転に必要な時間が変わり、その影響で書き込みが成功したり失敗したりすることが起こる。
【0061】
一方、本開示に係わる記憶素子20を用いた場合の励起エネルギEと反転時間tsの関係が曲線C72で示されている。図4の記憶素子3に対する曲線C71と異なり、励起エネルギEが減少したときの反転時間tsの増加が見られない。これは、励起エネルギEが0(図10で示した対数スケールの場合には負の無限大)のときでも、磁化M1及び磁化M2の向きが垂直軸から傾いているために、有限のスピントルクが働くためである。
【0062】
図10の曲線C72で示した計算例では、励起エネルギEの対数が概ね0以下であれば、反転時間tsは10nsで一定である。励起エネルギEの対数が0以上であれば、反転時間tsはさらに短くなる。このことは、電流を印加した時点において、磁化M1及び磁化M2がどのような向きにあっても、反転時間tsが10nsを超えることがないことを意味している。このように、本開示に係わる記憶素子20においては、電流を印加した時点での磁化の向きに係わらず、反転時間tsの上限(図10の計算例においては10ns)が決まる。そして、電流の印加時間をこの上限値以上にすれば、書き込みエラーを生ずることなく、書き込みを行うことができる。
【0063】
ここで、励起エネルギEの物理的な意味について補足しておく。上述のように、熱揺らぎによって励起エネルギEは有限の値になっている。図4の記憶素子3のように記憶層が単一の強磁性層で構成される場合において、励起エネルギEがある値Xより小さくなる確率が、1−exp(−X)で与えられる。(本開示に係わる記憶素子20のように記憶層が複数の強磁性層から構成される場合には、このような厳密な式は与えられないが、傾向はほぼ同じとなる。)図10の計算例においては、反転時間tsが20nsとなる励起エネルギEの対数は−20であった。つまり、励起エネルギEの対数が−20より小さいとき、20nsの電流印加では書き込みに失敗する。この確率が先の式を使うと、1−exp(−exp(−20))≒2×10-9と計算できるのである。このように、励起エネルギEと書き込みエラー率は密接な関係があり、励起エネルギEが小さいときでも反転時間tsを短くすることが、書き込みエラー率を低減するのに重要である。この点に鑑みれば、励起エネルギEがどれだけ小さくても反転時間tsがある一定の値に収まる本開示は、書き込みエラー率を低減するのに好適なものである。
【0064】
図5に示した記憶素子20を用いた記憶装置は、図1、図2および図3に示した記憶装置において、その記憶素子3を記憶素子20に置き換えたものとなる。
この記憶装置は、図に示すように、マトリクス状に直交配置させたそれぞれ多数の第1の配線(例えばビット線)1及び第2の配線(例えばワード線)6の交点に、記憶素子20を配置して構成されてなる。
記憶素子20は、平面形状が円形状とされ、図5に示した断面構造を有する。
また、記憶素子20は、図5に示したように、磁化固定層22と記憶層(自由磁化層)24を有している。
そして、各記憶素子20によって、記憶装置のメモリセルが構成される。
【0065】
第1の配線1及び第2の配線6は、それぞれ記憶素子20に電気的に接続され、これらの配線1,6を通じて、記憶素子20に記憶素子20の各層の積層方向(上下方向)の電流を流すことができる。
そして、この電流を記憶素子20に流すことにより、記憶層24の磁化の向きを反転させて、情報の記録を行うことができる。具体的には、図4のST−MRAMと同様に、記憶素子20に流す電流の極性(電流の方向)を変えることにより、記憶層24の磁化の向きを反転させて、情報の記録を行う。
【0066】
上述の本実施の形態によれば、記憶装置のメモリセルを構成する各記憶素子20において、記憶層24が強磁性層24a、結合層24b、強磁性層24cの積層構造となっている。
積層構造とすることで、強磁性層24aの磁化M1及び強磁性層24cの磁化M2が膜面内に垂直な軸に対して傾いた方向とすることができる。
これによって、磁化M1及び磁化M2に対するスピントルクが働かなくなる現象を回避することができる。
即ち、所定の有限の時間内で磁化M1及び磁化M2の向きを反転させて、情報を記録することが可能になる。
【0067】
従って、本実施の形態によれば、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になることから、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。
書き込みエラーを低減することができるので、書き込み動作の信頼性を向上することができる。
また、より短い時間で書き込み動作を行うことができるので、動作の高速化を図ることができる。
即ち、書き込み動作の信頼性が高く、高速に動作する記憶装置を実現することが可能になる。
【0068】
上述の実施の形態では、記憶層(自由磁化層)24を強磁性層24a、結合層24b、強磁性層24cの3層構造としていた。
本開示では、3層構造以外でも任意の層数の積層構造としても構わない。
【0069】
また、上述の実施の形態では、下層側から、磁化固定層(参照層)22、中間層(非磁性層)23、記憶層(自由磁化層)24の順で配置されていたが、本開示では、これら各層の順序を上下逆にした配置も可能である。
上述の実施の形態のように、磁化固定層22を下層側にした場合には、図示しない反強磁性層等、比較的厚い層が下層側になるため、上層側にある構成よりも、記憶素子をパターニングするエッチングが容易にできる利点を有する。
【0070】
本開示は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲でその他様々な構成が取り得る。
【0071】
<4.変形例>
本開示の記憶素子3もしくは記憶素子20の構造は、TMR素子等の磁気抵抗効果素子の構成となるが、このTMR素子としての磁気抵抗効果素子は、上述の記憶装置のみならず、磁気ヘッド及びこの磁気ヘッドを搭載したハードディスクドライブ、集積回路チップ、さらにはパーソナルコンピュータ、携帯端末、携帯電話、磁気センサ機器をはじめとする各種電子機器、電気機器等に適用することが可能である。
【0072】
一例として図11A、図11Bに、上記記憶素子3、20の構造の磁気抵抗効果素子101を複合型磁気ヘッド100に適用した例を示す。なお、図11Aは、複合型磁気ヘッド100について、その内部構造が分かるように一部を切り欠いて示した斜視図であり、図11Bは複合型磁気ヘッド100の断面図である。
複合型磁気ヘッド100は、ハードディスク装置等に用いられる磁気ヘッドであり、基板122上に、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果型磁気ヘッドが形成されてなるとともに、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッド上にインダクティブ型磁気ヘッドが積層形成されてなる。ここで、磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、再生用ヘッドとして動作するものであり、インダクティブ型磁気ヘッドは、記録用ヘッドとして動作する。すなわち、この複合型磁気ヘッド100は、再生用ヘッドと記録用ヘッドを複合して構成されている。
【0073】
複合型磁気ヘッド100に搭載されている磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、いわゆるシールド型MRヘッドであり、基板122上に絶縁層123を介して形成された第1の磁気シールド125と、第1の磁気シールド125上に絶縁層123を介して形成された磁気抵抗効果素子101と、磁気抵抗効果素子101上に絶縁層123を介して形成された第2の磁気シールド127とを備えている。絶縁層123は、Al2O3やSiO2等のような絶縁材料からなる。
第1の磁気シールド125は、磁気抵抗効果素子101の下層側を磁気的にシールドするためのものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。この第1の磁気シールド125上に、絶縁層123を介して磁気抵抗効果素子101が形成されている。
【0074】
磁気抵抗効果素子101は、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドにおいて、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として機能する。そして、この磁気抵抗効果素子101は、上述した記憶素子3もしくは記憶素子20と同様な膜構成とされる。
この磁気抵抗効果素子101は、略矩形状に形成されてなり、その一側面が磁気記録媒体対向面に露呈するようになされている。そして、この磁気抵抗効果素子101の両端にはバイアス層128,129が配されている。またバイアス層128,129と接続されている接続端子130,131が形成されている。接続端子130,131を介して磁気抵抗効果素子101にセンス電流が供給される。
さらにバイアス層128,129の上部には、絶縁層123を介して第2の磁気シールド層127が設けられている。
【0075】
以上のような磁気抵抗効果型磁気ヘッドの上に積層形成されたインダクティブ型磁気ヘッドは、第2の磁気シールド127及び上層コア132によって構成される磁気コアと、当該磁気コアを巻回するように形成された薄膜コイル133とを備えている。
上層コア132は、第2の磁気シールド122と共に閉磁路を形成して、このインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアとなるものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132は、それらの前端部が磁気記録媒体対向面に露呈し、且つ、それらの後端部において第2の磁気シールド127及び上層コア132が互いに接するように形成されている。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132の前端部は、磁気記録媒体対向面において、第2の磁気シールド127及び上層コア132が所定の間隙gをもって離間するように形成されている。
すなわち、この複合型磁気ヘッド100において、第2の磁気シールド127は、磁気抵抗効果素子126の上層側を磁気的にシールドするだけでなく、インダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアも兼ねており、第2の磁気シールド127と上層コア132によってインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアが構成されている。そして間隙gが、インダクティブ型磁気ヘッドの記録用磁気ギャップとなる。
【0076】
また、第2の磁気シールド127上には、絶縁層123に埋設された薄膜コイル133が形成されている。ここで、薄膜コイル133は、第2の磁気シールド127及び上層コア132からなる磁気コアを巻回するように形成されている。図示していないが、この薄膜コイル133の両端部は、外部に露呈するようになされ、薄膜コイル133の両端に形成された端子が、このインダクティブ型磁気ヘッドの外部接続用端子となる。すなわち、磁気記録媒体への磁気信号の記録時には、これらの外部接続用端子から薄膜コイル132に記録電流が供給されることとなる。
【0077】
以上のような複合型磁気ヘッド121は、再生用ヘッドとして磁気抵抗効果型磁気ヘッドを搭載しているが、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果素子101を備えている。そして、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果素子101は、上述したように非常に優れた特性を示すので、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、磁気記録の更なる高記録密度化に対応することができる。
【0078】
なお本技術は以下のような構成も採ることができる。
(1)情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
非磁性体による中間層と、
上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、
上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる記憶素子。
(2)上記2つの強磁性層のうち、一方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記一方の強磁性層は有し、
上記2つの強磁性層のうち、他方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記他方の強磁性層は有し、
上記一方の強磁性層の磁気エネルギの符号と上記他方の強磁性層の磁気エネルギの符号とが異なっている上記(1)に記載の記憶素子。
(3)上記2つの強磁性層は、上記結合層を介して、所定の磁気エネルギで磁気的に結合しており、
該磁気エネルギの絶対値は、上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの積を上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの和で除した値を2倍した値の絶対値よりも小さい上記(2)に記載の記憶素子。
(4)上記一方の強磁性層の磁気エネルギ値と上記他方の磁気エネルギ値とを加算した値と、上記一方の磁気エネルギと上記他方の磁気エネルギとのいずれかの値の最大値との間の値に熱安定性の指標の値が定められている上記(2)又は(3)に記載の記憶素子。
(5)上記熱安定性の指標の値が、40以上である(2)乃至(4)のいずれかに記載の記憶素子。
【符号の説明】
【0079】
1 ゲート電極、2 素子分離層、3 20 記憶素子、4 コンタクト層、6 ビット線、7 ソース領域、8 ドレイン領域、9 配線、10 半導体基体、11 21 下地層、12 22 磁化固定層、13 23 中間層、14 24 記憶層、15 25 キャップ層、100 複合型磁気ヘッド、122 基板、123 絶縁層、125 第1の磁気シールド、127 第2の磁気シールド 、128 129 バイアス層、130 131 接続端子、132 上層コア、133 薄膜コイル
【技術分野】
【0001】
本開示は、複数の磁性層を有し、スピントルク磁化反転を利用して記録を行う記憶素子及び記憶装置に関する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0002】
【特許文献1】特開2003−17782号公報
【特許文献2】米国特許第5695864号明細書
【背景技術】
【0003】
モバイル端末から大容量サーバに至るまで、各種情報機器の飛躍的な発展に伴い、これを構成するメモリやロジックなどの素子においても高集積化、高速化、低消費電力化など、さらなる高性能化が追求されている。特に半導体不揮発性メモリの進歩は著しく、大容量ファイルメモリとしてのフラッシュメモリは、ハードディスクドライブを駆逐する勢いで普及が進んでいる。一方、コードストレージ用さらにはワーキングメモリへの展開を睨み、現在一般に用いられているNORフラッシュメモリ、DRAMなどを置き換えるべくFeRAM(Ferroelectric Random Access Memory)、MRAM(Magnetic Random Access Memory)、PCRAM(Phase-Change Random Access Memory)などの開発が進められている。これらのうち一部はすでに実用化されている。
【0004】
なかでもMRAMは、磁性体の磁化方向によりデータ記憶を行うために高速かつほぼ無限(1015回以上)の書換えが可能であり、すでに産業オートメーションや航空機などの分野で使用されている。MRAMはその高速動作と信頼性から、今後コードストレージやワーキングメモリへの展開が期待されているものの、現実には低消費電力化、大容量化に課題を有している。これはMRAMの記録原理、すなわち配線から発生する電流磁界により磁化を反転させるという方式に起因する本質的な課題である。
【0005】
この問題を解決するための一つの方法として、電流磁界によらない記録、すなわち磁化反転方式が検討されている。なかでもスピントルク磁化反転に関する研究は活発である(例えば、特許文献1、2を参照)。
【0006】
スピントルク磁化反転の記憶素子は、MRAMと同じくMTJ(Magnetic Tunnel Junction)およびTMR素子(Tunneling Magnetoresistive)により構成されている場合が多い。 この構成は、ある方向に固定された磁性層を通過するスピン偏極電子が、他の自由な(方向を固定されない)磁性層に進入する際にその磁性層にトルクを与えること(これをスピントランスファトルクとも呼ぶ)を利用したもので、あるしきい値以上の電流を流せば自由磁性層が反転する。0/1の書換えは電流の極性を変えることにより行う。
この反転のための電流の絶対値は0.1μm程度のスケールの素子で1mA以下である。しかもこの電流値が素子体積に比例して減少するため、スケーリングが可能である。さらに、MRAMで必要であった記録用電流磁界発生用のワード線が不要であるため、セル構造が単純になるという利点もある。
以下、スピントルク磁化反転を利用したMRAMを、ST−MRAM(Spin Torque-Magnetic Random Access Memory)と呼ぶ。スピントルク磁化反転は、またスピン注入磁化反転と呼ばれることもある。高速かつ書換え回数がほぼ無限大であるというMRAMの利点を保ったまま、低消費電力化、大容量化を可能とする不揮発メモリとして、ST−MRAMに大きな期待が寄せられている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ST−MRAMにおいて、磁化反転を引き起こすスピントルクは、磁化の向きに依存して、その大きさが変化する。通常のST−MRAMの記憶素子の構造では、スピントルクがゼロとなる磁化角度が存在する。
初期状態の磁化角度がこの角度に一致したとき、磁化反転に必要な時間が非常に大きくなる。そのため、書き込み時間内に磁化反転が完了しない場合も有りうる。
書き込み時間内に反転が完了しないと、その書き込み動作は失敗(書き込みエラー)となり、正常な書き込み動作を行えないことになる。
【0008】
そこで本開示では、書き込みエラーを生じることなく、短い時間で書き込み動作を行うことができる、記憶素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、非磁性体による中間層と、上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備える。
そして、上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる。
【0010】
また、本開示の記憶装置は、情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、互いに交差する2種類の配線とを備え、上記記憶素子は、情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、非磁性体による中間層と、上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、上記記憶層が、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している膜面に垂直な磁化を有している。
そして、上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れる。
【0011】
本開示の記憶素子によれば、記憶層を構成する強磁性層間の磁気的結合によって、記憶層及び磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行になることによる、磁化反転に要する時間の発散を抑えることができるので、所定の有限の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になる。
記憶層の磁化の向きを反転させるために必要となる書き込み電流値を低減することができる。
一方で、垂直磁化膜の有する強い磁気異方性エネルギのために記憶層の熱安定性を十分に保つことができる。
【0012】
また、本開示の記憶装置の構成によれば、2種類の配線を通じて、記憶素子に積層方向の電流が流れ、スピントランスファが起こることにより、2種類の配線を通じて記憶素子の積層方向に電流を流してスピントルク磁化反転による情報の記録を行うことができる。
また、上記記憶層の熱安定性は十分に保つことができるため、記憶素子に記録された情報を安定に保持し、かつ記憶装置の微細化、信頼性の向上、低消費電力化を実現することが可能になる。
【発明の効果】
【0013】
上述の本開示によれば、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になることから、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。
書き込みエラーを低減することができるので、書き込み動作の信頼性を向上することができる。
また、より短い時間で書き込み動作を行うことができるので、動作の高速化を図ることができる。
従って、本開示により、書き込み動作の信頼性が高く、高速に動作する記憶装置を実現することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施の形態の記憶装置の概略斜視図である。
【図2】実施の形態の記憶装置の断面図である。
【図3】実施の形態の記憶装置の平面図である。
【図4】膜面に対し垂直方向の磁化である磁性体で構成される記憶層を有する記憶素子の概略構成図(断面図)である。
【図5】実施の形態の記憶素子の概略構成図(断面図)である。
【図6】実施の形態の記憶層の概略構成図(斜視図及び上面図)である。
【図7】磁気結合エネルギの範囲をプロットした図である。
【図8】磁気結合エネルギと熱安定性の指標の関係をプロットした図である。
【図9】磁気エネルギの範囲をプロットした図である。
【図10】励起エネルギと反転時間の関係をプロットした図である。
【図11】実施の形態の磁気ヘッド適用例の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本開示の実施の形態を次の順序で説明する。
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
<3.実施の形態の具体的構成>
<4.変形例>
【0016】
<1.実施の形態の記憶装置の概略構成>
まず、記憶装置の概略構成について説明する。
記憶装置の模式図を、図1、図2及び図3に示す。図1は斜視図、図2は断面図である。図3は平面図である。
【0017】
図1に示すように、記憶装置は、互いに直交する2種類のアドレス配線(例えばワード線とビット線)の交点付近に、磁化状態で情報を保持することができるST−MRAMによる記憶素子3が配置されて成る。
即ち、シリコン基板等の半導体基体10の素子分離層2により分離された部分に、各記憶装置を選択するための選択用トランジスタを構成する、ドレイン領域8、ソース領域7、並びにゲート電極1が、それぞれ形成されている。このうち、ゲート電極1は、図中前後方向に延びる一方のアドレス配線(ワード線)を兼ねている。
【0018】
ドレイン領域8は、図1中左右の選択用トランジスタに共通して形成されており、このドレイン領域8には、配線9が接続されている。
そして、ソース領域7と、上方に配置された、図1中左右方向に延びるビット線6との間に、スピントルク磁化反転により磁化の向きが反転する記憶層を有する記憶素子3が配置されている。この記憶素子3は、例えば磁気トンネル接合素子(MTJ素子)により構成される。
【0019】
図2に示すように、記憶素子3は2つの磁性層12、14を有する。この2層の磁性層12、14のうち、一方の磁性層を磁化M12の向きが固定された磁化固定層12として、他方の磁性層を磁化M14の向きが変化する自由磁化層即ち記憶層14とする。
また、記憶素子3は、ビット線6と、ソース領域7とに、それぞれ上下のコンタクト層4を介して接続されている。
これにより、2種類のアドレス配線1、6を通じて、記憶素子3に上下方向の電流を流して、スピントルク磁化反転により記憶層14の磁化M14の向きを反転させることができる。
【0020】
図3に示すように、記憶装置はマトリクス状に直交配置させたそれぞれ多数の第1の配線(例えばビット線)1及び第2の配線(例えばワード線)6の交点に、記憶素子3を配置して構成されている。
記憶素子3は、平面形状が円形状とされ、図2に示した断面構造を有する。
また、記憶素子3は、図2に示したように、磁化固定層12と記憶層(自由磁化層)14を有している。
そして、各記憶素子3によって、記憶装置のメモリセルが構成される。
【0021】
このような記憶装置では、選択トランジスタの飽和電流以下の電流で書き込みを行う必要があり、トランジスタの飽和電流は微細化に伴って低下することが知られているため、記憶装置の微細化のためには、スピントランスファの効率を改善して、記憶素子3に流す電流を低減させることが好適である。
【0022】
また、読み出し信号を大きくするためには、大きな磁気抵抗変化率を確保する必要があり、そのためには上述のようなMTJ構造を採用すること、すなわち2層の磁性層12、14の間に中間層をトンネル絶縁層(トンネルバリア層)とした記憶素子3の構成にすることが効果的である。
このように中間層としてトンネル絶縁層を用いた場合には、トンネル絶縁層が絶縁破壊することを防ぐために、記憶素子3に流す電流量に制限が生じる。すなわち記憶素子3の繰り返し書き込みに対する信頼性の確保の観点からも、スピントルク磁化反転に必要な電流を抑制することが好ましい。なお、スピントルク磁化反転に必要な電流は、反転電流、記憶電流などと呼ばれることがある。
【0023】
また記憶装置は不揮発メモリ装置であるから、電流によって書き込まれた情報を安定に記憶する必要がある。つまり、記憶層の磁化の熱揺らぎに対する安定性(熱安定性)を確保する必要がある。
記憶層の熱安定性が確保されていないと、反転した磁化の向きが、熱(動作環境における温度)により再反転する場合があり、保持エラーとなってしまう。
本記憶装置における記憶素子3(ST−MRAM)は、従来のMRAMと比較して、スケーリングにおいて有利、すなわち体積を小さくすることは可能であるが、体積が小さくなることは、他の特性が同一であるならば、熱安定性を低下させる方向にある。
ST−MRAMの大容量化を進めた場合、記憶素子3の体積は一層小さくなるので、熱安定性の確保は重要な課題となる。
そのため、ST−MRAMにおける記憶素子3において、熱安定性は非常に重要な特性であり、体積を減少させてもこの熱安定性が確保されるように設計する必要がある。
【0024】
<2.実施の形態の記憶素子の概要>
続いて、実施の形態の記憶素子の概要について説明する。
磁化の向きが膜面に垂直な場合のST−MRAMの記憶素子の概略構成図(断面図)を、図4に示す。
【0025】
図4に示すように、下地層11の上に、磁化M12の向きが固定された磁化固定層(参照層とも呼ばれる)12、中間層(非磁性層)13、磁化M14の向きが変化することができる記憶層(自由磁化層)14、キャップ層15の順に積層されて、記憶素子が構成されている。
このうち、磁化固定層12は、高い保磁力等によって、磁化M12の向きが膜面に対して垂直方向に固定されている。
【0026】
図4に示す記憶素子において、一軸異方性を有する記憶層14の磁化(磁気モーメント)M14の向きにより、情報の記憶が行われる。
記憶素子への情報の書き込みは、記憶素子の各層の膜面に垂直な方向(即ち、各層の積層方向)に電流を印加して、記憶層14となる自由磁化層にスピントルク磁化反転を起こさせることにより行う。
【0027】
ここで、スピントルク磁化反転について、簡単に説明する。
電子は、2種類のスピン角運動量をもつ。仮にこれを上向き、下向きと定義する。
非磁性体の内部では、上向きのスピン角運動量を持つ電子と、下向きのスピン角運動量を持つ電子の両者が同数であり、強磁性体の内部では両者の数に差がある。
【0028】
まず、中間層(非磁性層)13を介して積層された2層の強磁性体(磁化固定層12及び自由磁化層14)において、互いの磁化M12,M14の向きが反平行状態にあり、電子を磁化固定層12から記憶層(自由磁化層)14に移動させる場合について考える。
磁化固定層12を通過した電子は、スピン偏極、即ち、上向きと下向きの数に差が生じている。
非磁性層13の厚さが十分に薄いと、スピン偏極が緩和して通常の非磁性体における非偏極(上向きと下向きが同数)状態になる前に、他方の磁性体、即ち、記憶層(自由磁化層)14に達する。
そして、2層の強磁性体(磁化固定層12及び自由磁化層14)のスピン偏極度の符号が逆になっていることにより、系のエネルギを下げるために、一部の電子は、反転する、即ち、スピン角運動量の向きが変わる。このとき、系の全角運動量は保存されなくてはならないため、向きを変えた電子による角運動量変化の合計と等価な反作用が、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14にも与えられる。
【0029】
電流量、即ち、単位時間に通過する電子の数が少ない場合には、向きを変える電子の総数も少ないため、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14に発生する角運動量変化も小さいが、電流が増えると、多くの角運動量変化を単位時間内に与えることができる。
角運動量の時間変化はトルクであり、トルクがある閾値を超えると、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14は、歳差運動を開始して、記憶層(自由磁化層)14の一軸異方性により、180度回転したところで安定となる。即ち、反平行状態から平行状態への反転が起こる。
【0030】
一方、2層の強磁性体12,14の互いの磁化M12,M14が平行状態にあるとき、電流を逆に記憶層(自由磁化層)14から磁化固定層12へ電子を送る向きに流すと、今度は磁化固定層12で電子が反射される。
そして、反射されてスピンの向きが反転した電子が、自由磁化層14に進入する際にトルクを与えて、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14の向きを反転させるので、互いの磁化M12,M14を反平行状態へと反転させることができる。
ただし、この際に、反転を起こすのに必要な電流量は、反平行状態から平行状態へと反転させる場合よりも多くなる。
【0031】
平行状態から反平行状態への反転は、直感的な理解が困難であるが、磁化固定層12の磁化M12が固定されているために反転できず、系全体の角運動量を保存するために自由磁化層14の磁化M14の向きが反転する、と考えてもよい。
【0032】
このように、0/1の情報の記録は、磁化固定層(参照層)12から記憶層(自由磁化層)14への方向、又はその逆方向に、それぞれの極性に対応する、ある閾値以上の電流を流すことによって行われる。
【0033】
情報の読み出しは、従来型のMRAMと同様に、磁気抵抗効果を用いて行われる。
即ち、上述のように説明した情報の記録の場合と同様に、各層の膜面に垂直な方向(各層の積層方向)に電流を流す。そして、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14の向きが磁化固定層(参照層)12の磁化M12の向きに対して、平行であるか反平行であるかに従って、記憶素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0034】
さて、中間層(非磁性層)13に用いる材料は、金属でも絶縁体でも構わないが、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつ、より低い電流によって記録が可能とされるのは、非磁性層13に絶縁体を用いた場合である。このときの素子を、強磁性トンネル接合(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)素子と呼ぶ。
【0035】
前述したスピントルクは、記憶層(自由磁化層)14の磁化M14と磁化固定層(参照層)12の磁化M12との角度によって、大きさが変化する。
磁化M14の向きを表す単位ベクトルをm1とし、磁化M12の向きを表す単位ベクトルをm2とすると、スピントルクの大きさは、m1×(m1×m2)に比例する。ここで、“×”はベクトルの外積である。
【0036】
通常、磁化固定層12の磁化M12は、記憶層14の磁化容易軸方向に固定されている。記憶層14の磁化M14は、記憶層14自身の磁化容易軸方向に向く傾向にある。このとき、m1とm2は、0度もしくは180度の角をなす。そのため、前述のスピントルクの式に従えば、スピントルクは全く働かないことになる。
現実には、記憶層14の磁化M14は、熱揺らぎによって磁化容易軸の周りにランダムに分布しているために、磁化固定層12の磁化M12とのなす角度が、0度もしくは180度から離れたときに、スピントルクが働き、磁化反転を起こすことができる。
【0037】
磁性体はその磁化の向きに応じた磁気エネルギを持つ。磁気エネルギが最も低くなる方向が磁化容易軸である。熱揺らぎがない場合には、磁気エネルギを最小にしようとする力(トルク)によって、磁化は磁化容易軸を向く。一方、熱揺らぎによって磁化の向きが磁化容易軸から離れているときの磁気エネルギは、磁化が磁化容易軸方向にあるときに比べて大きくなる。この差を励起エネルギEと呼ぶことにする。そして、磁化の向きがさらに磁化容易軸から離れ、励起エネルギEがある閾値を超えたとき、磁化反転が起きる。この閾値のことをΔと呼ぶことにする。Δは磁化を反転させるために必要なエネルギとみなすことができる。励起エネルギE及び閾値Δの単位はジュール(J)であるが、以下では熱エネルギ(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。このようにすると、Δは熱エネルギに対する磁化の安定性を示す指標とみなせることから、Δを熱安定性の指標と呼ぶこともある。
【0038】
記憶層14の磁化M14の励起エネルギE及び熱安定性の指標Δを用いると、記憶層14に印加した電流Iと、それによって起きるスピントルク磁化反転に要する時間(反転時間)tsは次式を満たす。
【数1】
ここで、Ic0はスピントルク磁化反転が生じるのに必要な閾値電流、ηは電流Iのスピン偏極率、eは電子の電荷、Msは磁化M14の飽和磁化、Vは記憶層14の体積、μBはボーア磁子である。
左辺は、記憶層14に注入されるスピンの個数に対応する。右辺は記憶層14に存在するスピンの個数に対応する。ただし、その個数は対数項によってスケーリングされている。なお、励起エネルギEは電流を印加した時点での磁化の方向に対応した値を用いる。
この式を見てわかるように、励起エネルギEが0に近づくにつれて、反転時間tsは無限大に発散する。前述したように、磁化M14は熱揺らぎがない場合にはE=0となる磁化容易軸を向くため、反転時間の発散が問題となる。
【0039】
そこで、本開示においては、上述した反転時間の発散を抑制するために、記憶層は、少なくとも2つ以上の強磁性層が結合層を介して積層した構成とする。隣接する2つの強磁性層は、間に挿入された結合層を介して磁気的に結合している。
上述の本開示の記憶装置の構成によれば、記憶層を構成する強磁性層間の磁気的結合によって、記憶層及び磁化固定層のそれぞれの磁化の向きがほぼ平行又は反平行になることによる、磁化反転に要する時間の発散を抑えることができるので、所定の有限の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になる。
【0040】
<3.実施の形態の具体的構成>
続いて、本開示の具体的な実施の形態を説明する。
本開示の実施の形態の記憶装置を構成する記憶素子の概略構成図(断面図)を、図5に示す。
【0041】
図5に示す記憶素子20は、下地層21の上に、磁化M22の向きが固定された磁化固定層(参照層とも呼ばれる)22、中間層23(非磁性層)、磁化の向きが変化できる記憶層(自由磁化層)24の順に積層されている。
磁化固定層22は、磁化M22の向きが、磁化固定層22の膜面に垂直な方向(図4の場合は図中上向き)に固定されている。
ここまでは、図4に示したST−MRAMの構成と同様である。
なお、図示しないが、下地層21と磁化固定層22との間に、磁化固定層22の磁化M22の向きを固定するために、反強磁性体から成る反強磁性層を設けてもよい。
【0042】
さらに、本実施の形態の記憶素子20では、図4に示したST−MRAMのMTJの構成とは異なり、記憶層24が複数の強磁性層と結合層を積層した多層膜で構成される。図5においては、記憶層24は、強磁性層24a、結合層24b、強磁性24cからなる3層構造で構成されている。
【0043】
そして、強磁性層24aの磁化M1と強磁性24cの磁化M2は結合層24bを介して磁気的に結合している。結合層24bには、Ta,Ru等の非磁性の金属を使用することができる。
【0044】
磁化固定層22と記憶層24との間の中間層(非磁性層)23には、トンネル絶縁膜を形成するための絶縁材料(各種酸化物等)、もしくは、磁気抵抗効果素子の磁性層の間に用いられる、非磁性の金属を使用することができる。
この中間層(非磁性層)23の材料として、絶縁材料を用いると、前述したように、より高い読み出し信号(抵抗の変化率)が得られ、かつ、より低い電流によって記録が可能となる。
【0045】
磁化固定層22及び記憶層24には、従来のST−MRAMのMTJにおいて使用されている、各種の磁性材料を使用することができる。
例えば、磁化固定層22にCoFeを使用して、記憶層24にCoFeBを使用することができる。
或いは、NiFe、TePt、CoPt、TbFeCo、GdFeCo、CoPd、MnBi、MnGa、PtMnSb、Co−Cr系材料等を用いることができる。また、これらの材料以外の、磁性材料を使用することが可能である。
【0046】
情報の読み出しは、図4の記憶素子3と同様に、磁気抵抗効果を用いて行われる。
即ち、上述のように説明した情報の記録の場合と同様に、各層の膜面に垂直な方向(各層の積層方向)に電流を流す。そして、磁化固定層22の磁化M22と強磁性層24aの磁化M1の相対角度によって、記憶素子の示す電気抵抗が変化する現象を利用する。
【0047】
記憶層24の構成をさらに詳しく示したのが、図6の斜視図及び上面図である。ここでは簡単のため、中間層24bは省略している。本実施の形態の記憶素子20においては、記憶層24の形状は円柱状とされる。ここで、磁化M1及び磁化M2の方向を記述するために、以下のように角度θ1、θ2、φ1、φ2を定義する。斜視図において、記憶層24を垂直方向に貫く垂直軸31が示されている。磁化M1と垂直軸31がなす角度をθ1、磁化M2と垂直軸がなす角度をθ2とする。また、上面図において、記憶層24a、24cの中心を通る基準線32が示されている。記憶層24a、24cの断面形状が円形であるために、基準線32の方向は任意に選べる。磁化M1及び磁化M2を膜面に投影したときに、基準線32となす角をそれぞれφ1及びφ2とする。
【0048】
前述したように、磁性体は磁化の向きに応じた磁気エネルギを持つ。磁気エネルギを記述するために以下の値を定義する。即ち、磁化M1が面内方向を向いている時(θ1=90度)の磁気エネルギから垂直方向を向いている時(θ1=0度)の磁気エネルギを引いたエネルギ差をΔ1とする。また、磁化M2が面内方向を向いている時(θ2=90度)の磁気エネルギから垂直方向を向いている時(θ2=0度)の磁気エネルギを引いたエネルギ差をΔ2とする。さらに、磁化M1と磁化M2との磁気的結合エネルギの強さをΔexとする。Δ1、Δ2、Δexの単位はジュール(J)であるが、前述の励起エネルギE及び熱安定性の指標Δと同様に、熱エネルギ(ボルツマン定数と絶対温度の積)で割った無次元量として扱う。
【0049】
このようにすると、記憶層24の磁気エネルギεは、次式であらわされる。
【数2】
そして、記憶層24の励起エネルギEはE=ε−εminであらわされる。ここで、εminは磁気エネルギεの最小値である。図4の記憶層14の場合と同様に、熱揺らぎがないときには、励起エネルギEがゼロとなる、即ち磁気エネルギεがεminとなるように磁化M1及び磁化M2はその向きを変える(以下、この状態を平衡状態と呼ぶ)。記憶層14においては、励起エネルギEがゼロとなる時に、記憶層14の磁化M14と磁化固定層12の磁化M12の相対角度は平行(0度)か反平行(180度)であった。そのためスピントルクが働かずに、反転時間が増大する問題があった。ところが、種々の検討を行った結果、本実施の形態に係わる記憶層24の構成においては、励起エネルギEがゼロとなる時に、磁化M1及び磁化M2の角度が、磁化固定層22の磁化M22の方向(垂直軸)に対して平行(0度)か反平行(180度)以外の角度、即ち、斜め方向になりうることが分かった。このようなとき、有限のスピントルクが働くために、反転時間の増大が抑制されることが期待できる。
【0050】
ここで、磁化の向きが斜めとなる条件について数2を用いて諸々の検討を行った結果、以下のことが明らかになった。まず、磁化M1と磁化M2の磁気的結合エネルギの強さΔexが0であって、磁化M1と磁化M2がそれぞれ独立に運動する場合を考える。定義より、Δ1が正のとき、磁化M1の磁化容易軸は膜面に垂直となり、平衡状態において磁化M1は膜面に垂直な方向を向く。逆に、Δ1が負のとき、磁化M1の磁化容易軸は膜面内となり、平衡状態において磁化M1は膜面内を向く。このとき、強磁性層24aは垂直軸周りの回転に対して等方的であるので、φ1の値は任意である。同様に、Δ2が正のとき、磁化M2の磁化容易軸は膜面に垂直となり、平衡状態において磁化M2は膜面に垂直な方向を向く。逆に、Δ2が負のとき、磁化M2の磁化容易軸は膜面内となり、平衡状態において磁化M2は膜面内を向く。このとき、強磁性層24cは垂直軸周りの回転に対して等方的であるので、φ2の値は任意である。
【0051】
次に、磁化M1と磁化M2の磁気的結合エネルギの強さΔexが0以外であって、磁化M1と磁化M2がそれぞれ結合して運動する、本開示本来の場合を考える。定義より、Δexが正のとき、磁化M1と磁化M2の向きは平行になろうとする。逆に、Δexが負のとき、磁化M1と磁化M2の向きは反平行になろうとする。前者を強磁性結合、後者を反強磁性結合と呼ぶこともある。以下では説明を簡単にするために、Δexが正のときのみを考慮するが、同様の議論はΔexが負の時にも成り立つ。
Δ1及びΔ2がともに正であれば、Δexの大きさによらず、平衡状態の磁化角度は垂直軸に平行となる。これでは、図4の記憶素子3と同じであって、反転時間の増大は免れない。一方、Δ1及びΔ2がともに負であれば、Δexの大きさによらず、平衡状態の磁化角度は膜面内となる。このとき、φ1がどのような値をとっても。磁化固定層22の磁化22と強磁性層24aの磁化M1の相対角度は一定の90度となるため、磁気抵抗効果による抵抗の変化が起きず、情報を読み出すことができないので、ST−MRAMを構成する記憶素子として用いることはできない。以上のように、本開示に係わる記憶素子20においては、Δ1とΔ2の符号が異なっていなければならない。
【0052】
このように、Δ1とΔ2の符号が異なっている場合には、片方の強磁性層の磁化は、その磁化容易軸が膜面に対して垂直であり、もう片方の強磁性層の磁化は、その磁化容易軸が膜面内にある。そしてこれらの向きが互いに競合する2つの磁化を、Δexを通した結合によって、斜め方向に傾けることが可能となる。ただし、Δexには上限がある。仮にΔexが無限大の大きさを持っていたとすると、磁化M1と磁化M2は平行でなければならず、Δ1とΔ2の大小関係に応じて、全体の磁化容易軸が膜面に対して垂直であるか膜面内であるかのどちらかとなる。Δexが無限大とならずとも、ある一定の大きさ以上となれば、磁化M1と磁化M2は平行になってしまう。
【0053】
そこで、Δexの上限を求めるために、いろいろなΔ1、Δ2の組み合わせに対して、磁化M1と磁化M2が平行となる上限値Δexmaxを、数2を用いて計算した。図7にその一例を示す。図7においては、Δ2を−40に固定し、Δ1を0から100までふった。白い丸が計算で求めたΔexの上限値である。Δexがこの値よりも小さければ、磁化M1と磁化M2は斜め方向となることができる。ΔexmaxのΔ1依存性は、Δ1+Δ2が0よりも小さいか大きいかで異なる。曲線C41はΔ1+Δ2が0よりも小さいときにおける、ΔexmaxのΔ1依存性である。一方、曲線C42はΔ1+Δ2が0よりも大きいときにおける、ΔexmaxのΔ1依存性である。これらの曲線にうまく適合する式を探索したところ、曲線C41と曲線C42はともに、
Δexmax=abs(2×Δ1×Δ2/(Δ1+Δ2))
と書けることが分かった。ここで、absは絶対値を返す関数である。今、Δexが正の時のみを考えているが、同様の式はΔexが負のときにも成り立つ。結局のところ、磁化M1と磁化M2が斜め方向になるための条件は、
abs(Δex)<abs(2×Δ1×Δ2/(Δ1+Δ2))
となる。
【0054】
以上のように、本開示により、磁化M1と磁化M2が斜め方向になるための条件が明らかとなった。この条件を満たすΔ1、Δ2、Δexが与えられれば、垂直軸に対して斜め方向に傾いた平衡状態が得られる。そして、数2で示した磁気エネルギから平衡状態における磁気エネルギを引いたものが、本開示に係わる記憶素子20の励起エネルギEとなる。さらに、磁化M1及び磁化M2の向きを反転させるのに必要な励起エネルギEが熱安定性の指標Δである。このように、Δ1、Δ2、Δexが与えられれば、励起エネルギEと熱安定性の指標Δが一意に定まる。
【0055】
図8に熱安定性の指標ΔのΔex依存性を示す。ここではΔ1>0>Δ2としているが、Δ2>0>Δ1であってもよい。そのときには図8におけるΔ1とΔ2を入れ替える。Δexが0のとき、ΔはΔ1に等しくなる。Δexが大きくなるにつれてΔは減少していくが、Δ1+Δ2が0よりも小さいか大きいかで異なる依存性を示す。曲線C51はΔ1+Δ2が0よりも小さいときに、曲線C52はΔ1+Δ2が0よりも大きいときに、それぞれ対応する。Δ1+Δ2が0よりも小さいときには、ΔexがΔexmaxに近づくにつれてΔは0に収束する。一方、Δ1+Δ2が0よりも大きいときには、ΔexがΔexmaxに近づくにつれてΔはΔ1+Δ2に収束する。
【0056】
熱安定性の指標Δは、記憶素子20の熱揺らぎに対する耐性を示す指標である。不揮発メモリとして用いる場合には、動作保証時間内において情報が失われない必要がある。これは熱安定性の指標Δがある一定の値以上でなければならないことを意味する。この下限値は、メモリの容量や動作保証時間に応じて変化するが、概ね40から70の範囲にある。 Δが大きいほど熱耐性が強くなるが、同時に書き込みに必要なエネルギも大きくなるために、必要以上に大きくすることは必要ない。
今、熱安定性の指標Δの設計値をΔ0とする。そうすると、図8より、Δexを調整したときにΔ=Δ0となりうる条件は、Δ1+Δ2<Δ0<Δ1である。図8はΔ1>0>Δ2のときを示したが、Δ2>0>Δ1のときも考慮すると、Δ1及びΔ2が満たさなければならない条件は、Δ1+Δ2<Δ0<max(Δ1,Δ2)となる。ここで、maxは最大値を返す関数である。
【0057】
図9にΔ1及びΔ2が満たさなければならない条件をプロットした。ここで、熱安定性の指標Δの設計値をΔ0としている。直線L61がΔ1+Δ2=Δ0、直線L62がΔ1=Δ0、直線L63がΔ2=Δ0である。
そして、直線L61より下側かつ直線L62よりも右側の領域D64と、直線L61より下側かつ直線L63よりも上側の領域D65とが、条件Δ1+Δ2<Δ0<max(Δ1,Δ2)を満たすΔ1及びΔ2の範囲である。
Δ1及びΔ2が領域D64或いは領域D65内にあれば、熱安定性の指標Δを設計値であるΔ0になるようにΔexを調整することができ、かつ、そのときに磁化M1及び磁化M2の向きを垂直軸から斜め方向に傾けることができる。なお、Δ1とΔ2はその符号が互いに異なっていなければならないことを先に述べたが、Δ1及びΔ2が領域D64或いは領域D65内にあるとき、この条件は自動的に満たされている。
【0058】
次に、本開示に係わる記憶素子20を用いた場合のスピン注入磁化反転について、比較のための図4の記憶素子3とともに、シミュレーションを行った。
図10はある電流における励起エネルギEと反転時間tsの関係を示したものである。横軸の励起エネルギEは対数スケールでプロットしている。ここで、励起エネルギEは電流を印加した時点における磁化方向から計算される値を用いる。磁化方向は熱揺らぎによって平衡状態からずれるが、励起エネルギEが大きいほど(図10で言えば右側に行くほど)そのずれが大きいことを意味する。
【0059】
前述したように、記憶素子3においては、励起エネルギEと反転時間tsの関係は数1であらわされる。完全に磁化が平衡状態であれば、無限の反転時間が必要であるが、実際には熱揺らぎによって励起エネルギは0以上の値となるために、有限の時間で反転が可能である。その傾向が曲線C71で示されている。横軸の励起エネルギEを対数スケールにした場合、曲線C71はほぼ直線となる。そして、励起エネルギEが大きいほど、短い時間で反転することが分かる。
【0060】
今、電流の印加時間が20nsだとする。そうすると、点P73で示したように、励起エネルギEの対数が−20であればちょうど20nsでの反転が可能である。励起エネルギEはある一定の値に固定されているわけではなく、熱揺らぎによって絶えず変化している。励起エネルギEの対数が−20以上であれば、20nsでの反転が可能であるが、逆に−20以下になると、20nsでの反転は不可能になる。即ち、書き込みエラーが生じる。このように、記憶素子3においては、電流を印加した時点での磁化の角度に応じて反転に必要な時間が変わり、その影響で書き込みが成功したり失敗したりすることが起こる。
【0061】
一方、本開示に係わる記憶素子20を用いた場合の励起エネルギEと反転時間tsの関係が曲線C72で示されている。図4の記憶素子3に対する曲線C71と異なり、励起エネルギEが減少したときの反転時間tsの増加が見られない。これは、励起エネルギEが0(図10で示した対数スケールの場合には負の無限大)のときでも、磁化M1及び磁化M2の向きが垂直軸から傾いているために、有限のスピントルクが働くためである。
【0062】
図10の曲線C72で示した計算例では、励起エネルギEの対数が概ね0以下であれば、反転時間tsは10nsで一定である。励起エネルギEの対数が0以上であれば、反転時間tsはさらに短くなる。このことは、電流を印加した時点において、磁化M1及び磁化M2がどのような向きにあっても、反転時間tsが10nsを超えることがないことを意味している。このように、本開示に係わる記憶素子20においては、電流を印加した時点での磁化の向きに係わらず、反転時間tsの上限(図10の計算例においては10ns)が決まる。そして、電流の印加時間をこの上限値以上にすれば、書き込みエラーを生ずることなく、書き込みを行うことができる。
【0063】
ここで、励起エネルギEの物理的な意味について補足しておく。上述のように、熱揺らぎによって励起エネルギEは有限の値になっている。図4の記憶素子3のように記憶層が単一の強磁性層で構成される場合において、励起エネルギEがある値Xより小さくなる確率が、1−exp(−X)で与えられる。(本開示に係わる記憶素子20のように記憶層が複数の強磁性層から構成される場合には、このような厳密な式は与えられないが、傾向はほぼ同じとなる。)図10の計算例においては、反転時間tsが20nsとなる励起エネルギEの対数は−20であった。つまり、励起エネルギEの対数が−20より小さいとき、20nsの電流印加では書き込みに失敗する。この確率が先の式を使うと、1−exp(−exp(−20))≒2×10-9と計算できるのである。このように、励起エネルギEと書き込みエラー率は密接な関係があり、励起エネルギEが小さいときでも反転時間tsを短くすることが、書き込みエラー率を低減するのに重要である。この点に鑑みれば、励起エネルギEがどれだけ小さくても反転時間tsがある一定の値に収まる本開示は、書き込みエラー率を低減するのに好適なものである。
【0064】
図5に示した記憶素子20を用いた記憶装置は、図1、図2および図3に示した記憶装置において、その記憶素子3を記憶素子20に置き換えたものとなる。
この記憶装置は、図に示すように、マトリクス状に直交配置させたそれぞれ多数の第1の配線(例えばビット線)1及び第2の配線(例えばワード線)6の交点に、記憶素子20を配置して構成されてなる。
記憶素子20は、平面形状が円形状とされ、図5に示した断面構造を有する。
また、記憶素子20は、図5に示したように、磁化固定層22と記憶層(自由磁化層)24を有している。
そして、各記憶素子20によって、記憶装置のメモリセルが構成される。
【0065】
第1の配線1及び第2の配線6は、それぞれ記憶素子20に電気的に接続され、これらの配線1,6を通じて、記憶素子20に記憶素子20の各層の積層方向(上下方向)の電流を流すことができる。
そして、この電流を記憶素子20に流すことにより、記憶層24の磁化の向きを反転させて、情報の記録を行うことができる。具体的には、図4のST−MRAMと同様に、記憶素子20に流す電流の極性(電流の方向)を変えることにより、記憶層24の磁化の向きを反転させて、情報の記録を行う。
【0066】
上述の本実施の形態によれば、記憶装置のメモリセルを構成する各記憶素子20において、記憶層24が強磁性層24a、結合層24b、強磁性層24cの積層構造となっている。
積層構造とすることで、強磁性層24aの磁化M1及び強磁性層24cの磁化M2が膜面内に垂直な軸に対して傾いた方向とすることができる。
これによって、磁化M1及び磁化M2に対するスピントルクが働かなくなる現象を回避することができる。
即ち、所定の有限の時間内で磁化M1及び磁化M2の向きを反転させて、情報を記録することが可能になる。
【0067】
従って、本実施の形態によれば、所定の時間内に記憶層の磁化の向きを反転させて情報の書き込みを行うことが可能になることから、書き込みエラーを低減することができ、より短い時間で書き込み動作を行うことができる。
書き込みエラーを低減することができるので、書き込み動作の信頼性を向上することができる。
また、より短い時間で書き込み動作を行うことができるので、動作の高速化を図ることができる。
即ち、書き込み動作の信頼性が高く、高速に動作する記憶装置を実現することが可能になる。
【0068】
上述の実施の形態では、記憶層(自由磁化層)24を強磁性層24a、結合層24b、強磁性層24cの3層構造としていた。
本開示では、3層構造以外でも任意の層数の積層構造としても構わない。
【0069】
また、上述の実施の形態では、下層側から、磁化固定層(参照層)22、中間層(非磁性層)23、記憶層(自由磁化層)24の順で配置されていたが、本開示では、これら各層の順序を上下逆にした配置も可能である。
上述の実施の形態のように、磁化固定層22を下層側にした場合には、図示しない反強磁性層等、比較的厚い層が下層側になるため、上層側にある構成よりも、記憶素子をパターニングするエッチングが容易にできる利点を有する。
【0070】
本開示は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、本開示の要旨を逸脱しない範囲でその他様々な構成が取り得る。
【0071】
<4.変形例>
本開示の記憶素子3もしくは記憶素子20の構造は、TMR素子等の磁気抵抗効果素子の構成となるが、このTMR素子としての磁気抵抗効果素子は、上述の記憶装置のみならず、磁気ヘッド及びこの磁気ヘッドを搭載したハードディスクドライブ、集積回路チップ、さらにはパーソナルコンピュータ、携帯端末、携帯電話、磁気センサ機器をはじめとする各種電子機器、電気機器等に適用することが可能である。
【0072】
一例として図11A、図11Bに、上記記憶素子3、20の構造の磁気抵抗効果素子101を複合型磁気ヘッド100に適用した例を示す。なお、図11Aは、複合型磁気ヘッド100について、その内部構造が分かるように一部を切り欠いて示した斜視図であり、図11Bは複合型磁気ヘッド100の断面図である。
複合型磁気ヘッド100は、ハードディスク装置等に用いられる磁気ヘッドであり、基板122上に、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果型磁気ヘッドが形成されてなるとともに、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッド上にインダクティブ型磁気ヘッドが積層形成されてなる。ここで、磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、再生用ヘッドとして動作するものであり、インダクティブ型磁気ヘッドは、記録用ヘッドとして動作する。すなわち、この複合型磁気ヘッド100は、再生用ヘッドと記録用ヘッドを複合して構成されている。
【0073】
複合型磁気ヘッド100に搭載されている磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、いわゆるシールド型MRヘッドであり、基板122上に絶縁層123を介して形成された第1の磁気シールド125と、第1の磁気シールド125上に絶縁層123を介して形成された磁気抵抗効果素子101と、磁気抵抗効果素子101上に絶縁層123を介して形成された第2の磁気シールド127とを備えている。絶縁層123は、Al2O3やSiO2等のような絶縁材料からなる。
第1の磁気シールド125は、磁気抵抗効果素子101の下層側を磁気的にシールドするためのものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。この第1の磁気シールド125上に、絶縁層123を介して磁気抵抗効果素子101が形成されている。
【0074】
磁気抵抗効果素子101は、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドにおいて、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として機能する。そして、この磁気抵抗効果素子101は、上述した記憶素子3もしくは記憶素子20と同様な膜構成とされる。
この磁気抵抗効果素子101は、略矩形状に形成されてなり、その一側面が磁気記録媒体対向面に露呈するようになされている。そして、この磁気抵抗効果素子101の両端にはバイアス層128,129が配されている。またバイアス層128,129と接続されている接続端子130,131が形成されている。接続端子130,131を介して磁気抵抗効果素子101にセンス電流が供給される。
さらにバイアス層128,129の上部には、絶縁層123を介して第2の磁気シールド層127が設けられている。
【0075】
以上のような磁気抵抗効果型磁気ヘッドの上に積層形成されたインダクティブ型磁気ヘッドは、第2の磁気シールド127及び上層コア132によって構成される磁気コアと、当該磁気コアを巻回するように形成された薄膜コイル133とを備えている。
上層コア132は、第2の磁気シールド122と共に閉磁路を形成して、このインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアとなるものであり、Ni−Fe等のような軟磁性材からなる。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132は、それらの前端部が磁気記録媒体対向面に露呈し、且つ、それらの後端部において第2の磁気シールド127及び上層コア132が互いに接するように形成されている。ここで、第2の磁気シールド127及び上層コア132の前端部は、磁気記録媒体対向面において、第2の磁気シールド127及び上層コア132が所定の間隙gをもって離間するように形成されている。
すなわち、この複合型磁気ヘッド100において、第2の磁気シールド127は、磁気抵抗効果素子126の上層側を磁気的にシールドするだけでなく、インダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアも兼ねており、第2の磁気シールド127と上層コア132によってインダクティブ型磁気ヘッドの磁気コアが構成されている。そして間隙gが、インダクティブ型磁気ヘッドの記録用磁気ギャップとなる。
【0076】
また、第2の磁気シールド127上には、絶縁層123に埋設された薄膜コイル133が形成されている。ここで、薄膜コイル133は、第2の磁気シールド127及び上層コア132からなる磁気コアを巻回するように形成されている。図示していないが、この薄膜コイル133の両端部は、外部に露呈するようになされ、薄膜コイル133の両端に形成された端子が、このインダクティブ型磁気ヘッドの外部接続用端子となる。すなわち、磁気記録媒体への磁気信号の記録時には、これらの外部接続用端子から薄膜コイル132に記録電流が供給されることとなる。
【0077】
以上のような複合型磁気ヘッド121は、再生用ヘッドとして磁気抵抗効果型磁気ヘッドを搭載しているが、当該磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、磁気記録媒体からの磁気信号を検出する感磁素子として、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果素子101を備えている。そして、本開示の技術を適用した磁気抵抗効果素子101は、上述したように非常に優れた特性を示すので、この磁気抵抗効果型磁気ヘッドは、磁気記録の更なる高記録密度化に対応することができる。
【0078】
なお本技術は以下のような構成も採ることができる。
(1)情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
非磁性体による中間層と、
上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、
上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる記憶素子。
(2)上記2つの強磁性層のうち、一方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記一方の強磁性層は有し、
上記2つの強磁性層のうち、他方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記他方の強磁性層は有し、
上記一方の強磁性層の磁気エネルギの符号と上記他方の強磁性層の磁気エネルギの符号とが異なっている上記(1)に記載の記憶素子。
(3)上記2つの強磁性層は、上記結合層を介して、所定の磁気エネルギで磁気的に結合しており、
該磁気エネルギの絶対値は、上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの積を上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの和で除した値を2倍した値の絶対値よりも小さい上記(2)に記載の記憶素子。
(4)上記一方の強磁性層の磁気エネルギ値と上記他方の磁気エネルギ値とを加算した値と、上記一方の磁気エネルギと上記他方の磁気エネルギとのいずれかの値の最大値との間の値に熱安定性の指標の値が定められている上記(2)又は(3)に記載の記憶素子。
(5)上記熱安定性の指標の値が、40以上である(2)乃至(4)のいずれかに記載の記憶素子。
【符号の説明】
【0079】
1 ゲート電極、2 素子分離層、3 20 記憶素子、4 コンタクト層、6 ビット線、7 ソース領域、8 ドレイン領域、9 配線、10 半導体基体、11 21 下地層、12 22 磁化固定層、13 23 中間層、14 24 記憶層、15 25 キャップ層、100 複合型磁気ヘッド、122 基板、123 絶縁層、125 第1の磁気シールド、127 第2の磁気シールド 、128 129 バイアス層、130 131 接続端子、132 上層コア、133 薄膜コイル
【特許請求の範囲】
【請求項1】
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
非磁性体による中間層と、
上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、
上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる記憶素子。
【請求項2】
上記2つの強磁性層のうち、一方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記一方の強磁性層は有し、
上記2つの強磁性層のうち、他方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記他方の強磁性層は有し、
上記一方の強磁性層の磁気エネルギの符号と上記他方の強磁性層の磁気エネルギの符号とが異なっている請求項1に記載の記憶素子。
【請求項3】
上記2つの強磁性層は、上記結合層を介して、所定の磁気エネルギで磁気的に結合しており、
該磁気エネルギの絶対値は、上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの積を上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの和で除した値を2倍した値の絶対値よりも小さい請求項2に記載の記憶素子。
【請求項4】
上記一方の強磁性層の磁気エネルギ値と上記他方の磁気エネルギ値とを加算した値と、上記一方の磁気エネルギと上記他方の磁気エネルギとのいずれかの値の最大値との間の値に熱安定性の指標の値が定められている請求項3に記載の記憶素子。
【請求項5】
上記熱安定性の指標の値が、40以上である請求項4に記載の記憶素子。
【請求項6】
情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、
互いに交差する2種類の配線とを備え、
上記記憶素子は、
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
非磁性体による中間層と、
上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われるとともに、
上記記憶層が、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している膜面に垂直な磁化を有し、
上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、
上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れる記憶装置。
【請求項1】
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
非磁性体による中間層と、
上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、
上記記憶層は、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜しており、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われる記憶素子。
【請求項2】
上記2つの強磁性層のうち、一方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記一方の強磁性層は有し、
上記2つの強磁性層のうち、他方の強磁性層の磁気エネルギであり、磁化が膜面内にあるときの磁気エネルギの値から、上記磁化が膜面に垂直であるときの磁気エネルギを引いた値となる磁気エネルギを上記他方の強磁性層は有し、
上記一方の強磁性層の磁気エネルギの符号と上記他方の強磁性層の磁気エネルギの符号とが異なっている請求項1に記載の記憶素子。
【請求項3】
上記2つの強磁性層は、上記結合層を介して、所定の磁気エネルギで磁気的に結合しており、
該磁気エネルギの絶対値は、上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの積を上記一方の強磁性層の磁気エネルギと上記他方の強磁性層の磁気エネルギとの和で除した値を2倍した値の絶対値よりも小さい請求項2に記載の記憶素子。
【請求項4】
上記一方の強磁性層の磁気エネルギ値と上記他方の磁気エネルギ値とを加算した値と、上記一方の磁気エネルギと上記他方の磁気エネルギとのいずれかの値の最大値との間の値に熱安定性の指標の値が定められている請求項3に記載の記憶素子。
【請求項5】
上記熱安定性の指標の値が、40以上である請求項4に記載の記憶素子。
【請求項6】
情報を磁性体の磁化状態により保持する記憶素子と、
互いに交差する2種類の配線とを備え、
上記記憶素子は、
情報に対応して磁化の向きが変化される記憶層と、
非磁性体による中間層と、
上記記憶層に対して、上記中間層を介して設けられ、磁化の向きが固定された磁化固定層とを有する層構造を備え、
上記層構造の積層方向に電流を流すことにより、上記記憶層の磁化状態が変化して、上記記憶層に対して情報の記録が行われるとともに、
上記記憶層が、少なくとも2つの強磁性層が結合層を介して積層され、上記2つの強磁性層が上記結合層を介して磁気的に結合し、上記2つの強磁性層の磁化の向きが膜面に垂直な方向から傾斜している膜面に垂直な磁化を有し、
上記2種類の配線の間に上記記憶素子が配置され、
上記2種類の配線を通じて、上記記憶素子に上記積層方向の電流が流れる記憶装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2013−115318(P2013−115318A)
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−261853(P2011−261853)
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成25年6月10日(2013.6.10)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年11月30日(2011.11.30)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】
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