説明

車両の重心位置推定装置及び重心位置/ヨー慣性モーメント推定装置。

【課題】 車両の重心の水平方向位置を車輪の接地荷重値を用いず推定する装置を提供すること。
【解決手段】 本発明の車両に於ける重心の位置を推定する装置は、車両のヨー角加速度の大きさが所定の基準値より小さいとき、車両の車輪と路面との間にて路面から車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力に起因する車両の車体に発生するヨーモーメントの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向位置を推定することを特徴とする。推定された重心位置を用いて、車両のヨー慣性モーメントも推定されてよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等の車両の重心位置又は重心位置及びヨー慣性モーメントを検出又は推定する装置に係り、より詳細には、車両の走行中に上記の如き車両の状態量を推定/検出する装置に係る。
【背景技術】
【0002】
自動車等の車両の走行制御又は運動制御に於いて、その制御量を決定する上で、車両の重心の位置、ヨー慣性モーメントの大きさは、できるだけ正確に決定されていることが好ましい。例えば、車両の旋回中やまたぎ路(左右輪の摩擦状態が異なる路面)上の走行中に於いて、しばしば、車両挙動制御、即ち、車輪上の制駆動力の配分又は舵角を調節することにより、挙動を安定化する制御が実行されるとき、車両の重心周りのヨーモーメントを発生し(制御ヨーモーメント)、車両の走行軌道に対して車両のヨーレートが適当な値となるよう制御され、或いは、車両がスピン状態又はドリフトアウト状態に陥ることが回避される(例えば、特許文献1参照)。そのような場合に車両上に発生させられる制御ヨーモーメントは、車両に対して力を発生する車輪と重心までの距離や、車両のヨー慣性モーメントを考慮して算定される。従って、車両の走行又は運動制御を成功裡に達成するためには、制御ヨーモーメントの算定に必要な車両の重心の位置、ヨー慣性モーメントは、より正確に分かっている方がよい。
【0003】
しかしながら、実際の車両に於いては、重心位置、ヨー慣性モーメントは、乗員数、積載する荷物の量及びそれらの車両上の分布又は配置によって変化してしまう。そこで、従来より、上記の如き車両の走行又は運動制御を最適に実行するために、車両の走行中に、重心位置、或いは、ヨー慣性モーメントを推定する装置又は方法が種々提案されている。例えば、特許文献2に於いては、車量の各輪の垂直(接地)荷重を計測し、その荷重の配分に基づいて、車両の水平方向の位置を推定することが提案されている。また、特許文献3は、車両の舵角制御にあたって車両の前後輪の接地荷重の変化に基づいてヨー慣性モーメントの変化を検出する手段を開示している。更に、特許文献4、5に於いては、車両のロール変化又はピッチ変化に伴う重心位置のずれを算出することを提案している。
【特許文献1】特開2005−280688
【特許文献2】特開平6−323894
【特許文献3】実開昭63−181581
【特許文献4】特開2006−76403
【特許文献5】特開2006−117067
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
車両の重心の水平方向位置の検出又は推定に関して、上記の如き従来の技術に於ける装置又は方法では、車両の各輪の接地荷重から算定される車両上の於ける重量の分布に基づいて車両の重心位置が決定される。かかる手法は、重心の定義から考えても直接的であるところ、実際の車両では、車体は、弾性的に伸縮するサスペンションを介して車輪に支持されているので、各輪で計測される接地荷重の値は、サスペンションの振動若しくは伸縮の程度又は弾性係数若しくは粘弾性係数の変化の影響を受けることとなる。また、サスペンションの伸縮時に於ける各部の摩擦や弾性若しくは粘弾性的性質の経年変化によっても、接地荷重の値の精度は劣化し、従って、重心位置の検出又は推定の精度も劣化することとなる。更に、車両の重心高、ヨー慣性モーメント等が、車両の重心の水平方向位置を用いて検出又は推定される場合には、それらの値も精度が悪くなることとなる。しかしながら、従来の技術に於いて、車両の各輪の接地荷重の検出値を用いずに車両の重心の水平方向位置の検出又は推定を精度よく行うことのできる装置又は方法は、提案されていない。
【0005】
かくして、本発明の一つの課題は、車両の各輪の接地荷重の検出値を用いずに、従って、サスペンション等の車体の懸架装置の経年劣化等の影響されることなく、車両の走行中に車両の重心の(特に水平方向の)位置を推定することのできる新規な装置を提供することである。
【0006】
また、本発明のもう一つの課題は、上記の如き車両の重心の位置の推定装置により推定された車両の重心位置を用いて、又は、上記の装置に於いて、ヨー慣性モーメントを推定する装置を提供することである。
【0007】
更に、本発明のもう一つの課題は、上記の如き車両の重心の位置の推定装置であって、比較的廉価な手段を用いて、上記の如き車両の重心の水平方向位置、ヨー慣性モーメント及び/又は重心高を推定することのできる装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明によれば、概して述べれば、車両の車輪のタイヤと路面との間にて車両の水平方向に作用する力学的成分、即ち、タイヤの前後力、横力等を用いて車両の水平方向の重心位置を推定する装置が提供される。
【0009】
本発明の一つの態様によれば、本発明の装置は、車両に於ける重心の位置を推定する装置であって、車両のヨー角加速度の大きさが所定の基準値より小さいとき、車両の車輪と路面との間にて路面から車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力、即ち、タイヤの前後力(制駆動力)及び又は横力による車両の車体に発生するヨーモーメントの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向位置を推定することを特徴とする。
【0010】
走行中の車両の水平方向の運動、即ち、ヨー方向の運動は、車両の前後及び横方向の力と、車両の重心周りのヨーモーメントとにより表される。特に、車両の重心周りのヨーモーメントの運動方程式は、
I・dγ/dt=Mfl+Mfr+Mrl+Mrr …(1)
となる。ここで、Iは、ヨー慣性モーメント、γは、ヨーレート、Mi(i=fl、fr、rl、rrであり、それぞれ、左前輪、右前輪、左後輪、右後輪を表す。以下同様。)は、各輪に於いて水平方向に路面から作用する力(路面反力)に起因するヨーモーメントである。かかる式(1)に於いて、各輪のヨーモーメントMiは、各輪に作用する路面反力と、その作用点と重心との距離との外積であり、車両に於ける各輪の位置は設計値であるので予め知ることができる。従って、もしヨー慣性モーメントIの誤差の寄与が各輪の発生するヨーモーメントの大きさに比して実質的に無視し得る程度に小さければ、各輪に作用する路面反力を用いることにより、式(1)のヨーモーメントの釣り合いに基づいて(式(1)は、ダランベールの原理によれば、ヨーモーメントの釣り合いの式とみなされる。)、ヨー慣性モーメントIの不正確さによらず、各輪と重心との間の距離と方向との関係が決定され、かくして、車両に於ける重心の位置を特定することが可能となる。
【0011】
そこで、本発明の装置では、ヨーレートγの時間変化、即ち、ヨー角加速度dγ/dtの大きさが、式(1)の左辺の値の誤差を無視し得る程度まで小さくなったときに、タイヤ発生力による車両の車体に発生するヨーモーメントの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向位置を推定し、これにより、各輪の垂直荷重を用いずに、即ち、サスペンション等の車体の懸架装置の運動又は経年劣化等に影響されることなく、重心位置を推定することが可能となる。なお、本発明の装置では、上記の議論から理解される如く、典型的には、車両のヨー角加速度の大きさの所定の基準値が、実質的に0若しくは所定の微小値に設定され、ヨー角加速度の大きさがかかる所定の基準値より小さくなり、ヨーモーメントの運動方程式(1)が、下記の如く、
0=Mfl+Mfr+Mrl+Mrr …(2)、
とみなすことができるときに、重心の水平方向位置が推定されることが好ましい。しかしながら、ヨー慣性モーメントIの誤差が無視し得る程度であるときには、式(1)の左辺の寄与を考慮した釣り合いの式に基づいて、重心位置が推定されてもよいことは理解されるべきである。
【0012】
上記の本発明のヨーモーメントの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向位置を推定する装置に於いて、車両の重心の水平方向位置のうち、車両の左右方向の位置は、車両が直進走行中のときに有利に推定することができる。車両が直進走行中(ヨー角加速度は、実質的に0である。)に於いては、式(2)が成立し、又、車輪上の横力も実質的に0であるので、横力のモーメントを考慮しなくてよい。従って、車輪のタイヤ発生力に起因するヨーモーメントは、車輪の前後力と、それに垂直な方向の、重心から各輪までの車両の左右方向の距離とにより表されることとなるので、式(2)に基づいて、車両の左右方向に於ける車輪の位置と重心位置との関係が決定され、これにより、車両の重心の車両の左右方向の位置を推定することができる。従って、本発明の装置の一つの態様に於いては、車両が直進走行中か否かを判定する手段を含み、車両が直進走行中と判定されたときに、車両の左側の車輪(左輪)に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントと車両の右側の車輪(右輪)に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向の重心位置のうちの左右方向の位置が推定されるよう構成されてよい。また、車両が直進走行中か否かは、車両のヨーレートの大小により判定することができる。従って、本発明の装置の別の態様に於いては、車両のヨーレートが所定値(実質的に0又は所定の微小量であってよい。)より小さいときに、車両の左輪に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントと車両の右輪に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの左右方向の位置を推定するようになっていてよい。なお、車両が直進走行中であるか否かは、車両の操舵輪の舵角が所定値より小さいか否かにより判定されてもよい。
【0013】
他方、車両の重心の水平方向位置のうち、車両の前後方向の位置は、車両が定常旋回中のときに有利に推定することができる。定常旋回中(ヨー角加速度は、実質的に0である。)に於いては、タイヤ発生力に横力成分が発生し、横力及び前後力により生ずるヨーモーメントが、重心を車両の前後方向で挟んで釣り合った状態となる。そのときのヨーモーメントの釣り合いに於いては、前後輪それぞれの位置と重心との間の横力に対して垂直方向の距離(即ち、前輪のモーメントアームと後輪のモーメントアームのそれぞれの長さ)の違いが寄与することとなるので、式(2)に基づいて、車両の前後方向に於ける車輪の位置と重心位置との関係が決定され、これにより、車両の重心の車両の前後方向の位置を推定することができる。そこで、本発明の装置のもう一つの態様に於いては、車両が定常旋回走行中か否かを判定する手段を含み、車両が旋回走行中と判定されたときに、車両の前輪に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントと車両の後輪に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向の重心位置のうちの前後方向の位置を推定するようになっていてよい。また、車両が定常旋回中か否かは、車両のヨーレートの大小により判定することができる。従って、本発明の装置の別の態様に於いては、車両のヨー角加速度が所定の基準値より小さく、ヨーレートが所定値より大きいときに、車両の前輪に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントと車両の後輪に於いて発生するタイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向の重心位置のうちの前後方向の位置を推定するようになっていてよい。
【0014】
なお、特に、定常旋回中で且定速走行中である場合には、車輪上の前後力が実質的に0であるので、車輪のタイヤ発生力に起因するヨーモーメントは、車輪の横力と、それに垂直な方向の、重心から各輪までの車両の前後方向の距離とにより表されることとなる(ただし、車輪の舵角を考慮する場合には、車両の前後方向に作用する力のモーメントが釣り合いの式に於いて考慮される。)。その場合、ヨーモーメントの釣り合いの式は、簡単され、従って、重心位置のための演算も容易になり、精度も向上する。
【0015】
上記の一連の本発明の装置の実施の形態に於いては、好適には、推定演算が容易となるように、車両の重心の水平方向位置は、車両に於ける所定の基準位置、例えば、車両の幾何学的な中心位置や設計上の重心位置、からの(車両の)前後方向及び左右方向の)距離により特定されてよい(重心を基準として、各輪の位置の距離と方向を特定するようになっていてもよいことは理解されるべきである。)。また、本発明の装置に於いて、上記の如く、重心の位置は、ヨーモーメントの釣り合いに基づいて推定されるところ、実際の装置に於いて、ヨーモーメントの釣り合いの式を用いて解かれた重心の位置の演算式が用いられ、かかる演算式は、車両の各輪の路面から車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力と舵角と、車両の諸元(トレッド長、車軸間距離等)とにより表される。従って、本発明の装置に於いて、重心の位置は、前記のタイヤ発生力と舵角とに基づいて推定されるようになっていてよい。
【0016】
更に、車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力は、車輪に装備される前後力・横力センサ又は横力センサにより計測された値であってよい。前記の如きセンサは、現在のところ、廉価に入手可能である。従って、本発明によれば、廉価に重心位置をよりよい精度にて推定することが可能となる。
【0017】
また、上記の本発明の装置は、車両の走行中、ヨー角加速度、ヨーレート等の値について所定の条件が成立した場合であれば、車両の走行中、任意の時期に重心位置の推定が実行することができる。そこで、推定を逐次的に繰り返し、その平均値を取ることにより、推定結果の精度が向上されるようになっていてよい。この点に関し、推定結果は、各輪のタイヤ発生力の大きさが大きいほど精度が良いと考えられる。そこで、上記の本発明の装置に於いて、車両の重心の水平方向位置が車両に於ける所定の基準位置からの距離により特定される場合には、車両の重心の水平方向位置の基準位置からの距離の一時値を車両の走行中逐次的に算定する手段と、逐次的に算定された車両の重心の水平方向位置の一時値の重み付け平均値を演算する手段とが設けられ、重み付け平均値が、車両の重心の水平方向位置の一時値に重み係数を乗じた値の平均値であり、重み係数がタイヤ発生力の大きさと共に増大し、重み付け平均値が車両の重心の水平方向位置の前記の基準位置からの距離として推定されるようになっていてよい。
【0018】
ところで、上記の本発明の装置に於いて、重心位置が精度よく推定され、上記の式(1)の右辺の値の精度が良くなれば、ヨー角加速度が大きいときに、即ち、式(1)の値が有意な値を取る時には、式(1)に基づいて、車両のヨー慣性モーメントを推定できることとなる。そこで、上記の本発明の装置は、更に、推定された車両の重心の水平方向位置を用いて算出される車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力により車両の車体に発生するヨーモーメントと車両のヨー角加速度とに基づいて車両のヨー慣性モーメントを推定する手段が含まれていてよい。なお、重心位置の推定の場合と同様に、ヨー慣性モーメントの推定は、車両の走行中、逐次実行でき、また、推定精度は、ヨー角加速度の大きさが大きいほど向上するので、前記の装置は、車両のヨー慣性モーメントの一時値を車両の走行中逐次的に算定する手段と、逐次的に算定された車両のヨー慣性モーメントの一時値の重み付け平均値を演算する手段とを含み、重み付け平均値が、車両のヨー慣性モーメントの一時値に重み係数を乗じた値の平均値であり、重み係数がヨー角加速度の大きさと共に増大し、重み付け平均値が車両のヨー慣性モーメントとして推定されるようになっていてよい。(車両のヨー慣性モーメントも推定する場合には、車両の状態量推定装置と称されてもよく、そのような装置も本発明の範囲に属する。)
【0019】
また、上記の本発明の一連の装置の態様に於いて、車両に車輪の接地荷重を検出する手段が設けられている場合には、その検出値を用いて重心高も推定できるようになっていてよい。その場合、本発明によれば、サスペンションの影響を実質的に受けることなく推定された上記の重心の水平方向位置と併せて、重心高の検出ができ、従って、車両の乗員・積載物の変化に対応して、従前に比して向上された車両の走行・運動制御が実行できることが期待される。かくして、本発明の装置の一つの態様に於いては、更に、車両の前後方向のタイヤ発生力に基づいて算定される車両の車体に作用するピッチモーメントと路面から車両の車輪に車両の垂直方向に作用するピッチモーメントとの釣り合いに基づいて車両の重心高を推定する手段を含んでいてよい。この場合も、重心高の推定は、車両の走行中、逐次実行でき、推定精度は、タイヤ発生力の大きさが大きいほど向上するので、車両の重心高の一時値を車両の走行中逐次的に算定する手段と、逐次的に算定された車両の重心高の一時値の重み付け平均値を演算する手段とを含み、重み付け平均値が、車両の重心高の一時値に重み係数を乗じた値の平均値であり、重み係数が前記タイヤ発生力の大きさと共に増大し、重み付け平均値が車両の重心高として推定されるようになっていてよい。
【発明の効果】
【0020】
上記の本発明の車両の重心位置を推定する装置に於いて、理解されるべきことは、その重心位置の推定結果は、車両の走行中の水平方向に於いて車輪に作用する力学的成分、即ち、車両のヨー方向の挙動に直接影響を及ぼす力学的成分により与えられるという点である。既に述べた如く、車両の重心の水平方向位置又はヨー慣性モーメントの値は、典型的には、車両のヨー方向の挙動の安定化する制御に於いて、制御対象の特性を表すパラメータとして、制御量(制御ヨーモーメント)を決定するために用いられる。即ち、本発明によれば、制御対象の応答を決定する特性が、その値を使用する制御に於いて調節される物理量に対する応答によって決定されることとなる。従って、実際に制御を実行する段階に、即ち、その物理量を積極的に制御する段階に、期待通りの制御対象の応答結果が得られる可能性が高くなり、全く別の手法により求められた重心位置を用いる場合よりも、良好な制御結果を与えることができると期待される。換言すれば、本発明による重心位置は、ヨー挙動に於ける重心位置と見なすべき位置に特定されることになるので(ヨー挙動とは関係ないパラメータにより決定された重心位置は、ヨー挙動に於いて重心とみなすべき位置と一致しているとは限らない。)、本発明の装置は、車両のヨー挙動制御に特に適した重心位置が決定できる装置であるということができる。
【0021】
また、後述の好ましい実施形態に於いて、重心位置推定のための車輪に作用する力学的成分の検出は、この分野に於いて比較的容易に入手可能な前後力・横力センサや六分力計を用いて実行されてよく、その場合、重心位置決定のための装置の開発コスト又は時間を低く抑えることができ、非常に有利である。
【0022】
本発明のその他の目的及び利点は、以下に於いて、部分的に明らかになり、指摘される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下に添付の図を参照しつつ、本発明を幾つかの好ましい実施形態について詳細に説明する。図中、同一の符号は、同一の部位を示す。
【0024】
車両の重心位置推定の原理
以下に説明される本発明の幾つかの実施形態に於いては、車両の重心の前後方向の位置、左右方向(横方向)の位置、ヨー慣性モーメント、重心高が推定される。以下、具体的な本発明の装置の実施形態についての説明に先立って、本発明に於ける前記の各量の推定原理について説明する。
【0025】
(i)車両の重心周りのヨーモーメント
四輪自動車の重心周りのヨーモーメントは、「発明の開示」の欄に於いて述べた如く、式(1)、即ち、
I・dγ/dt=Mfl+Mfr+Mrl+Mrr …(1)
により与えられる。図1を参照して、車両1の各輪2のタイヤ発生力に起因するヨーモーメントMiは、各輪の前後力Fxi及び横力Fyiを用いて、以下の如く与えられる。
【数1】

ここに於いて、Trは、トレッド長、Lは、前輪と後輪の車軸間距離、δは、前輪の舵角である。また、Gx、Gyは、それぞれ、車両の中心(トレッド長と車軸間距離の中点)からの車両の重心位置までの前後方向及び左右方向の距離である。もし、設計上の重心位置が車両の中心位置に一致していない場合は、上記の式に於いて、Tr/2及び/又はL/2が適宜変更されればよいことは理解されるべきである。なお、力は、前方及び左方向を正とし、モーメントは、左回転方向を正としているが、重心位置は、前方及び右方向を正としている。
【0026】
上記の式(1)に於いて、ヨー角加速度が小さく、左辺が、各輪のヨーモーメントMiに比して無視し得るほど小さいときには、既に述べた如く、ヨー慣性モーメントの大きさによらず、前記の式(2)、
0=Mfl+Mfr+Mrl+Mrr …(2)
が成立し、ヨーモーメントの釣り合いが、各輪のタイヤ発生力、重心位置、舵角により与えられる。車両の重心位置Gx、Gyは、式(2)の関係を用いて算出される。
【0027】
(ii)車両の重心の左右方向位置Gy
式(2)に於いて、車両が直進走行しているとき、dγ/dt=0、δ=0、横力Fyi=0となる。従って、式(2)は、
0=Mfl+Mfr+Mrl+Mrr
=-Fxfl(Tr/2+Gy)+Fxfr(Tr/2-Gy)-Fxrl(Tr/2+Gy)+Fxrr(Tr/2-Gy)
となるので、Gyについて解くと、
【数2】

となる。即ち、左右輪間の前後力の比を
(Fxfr+Fxrr):(Fxfl+Fxrl)=1:a
と置くと、左右方向の重心位置Gyは、
Gy=Tr/2・{(1−a)/(1+a)} …(4b)
により特定される。従って、車両が直進走行、特に、加減速走行しているとき(定速では、走行抵抗を(仮に)無視すると前後力が発生しない。)、タイヤの前後力を用いて左右方向の重心位置Gyが得られることとなる。
【0028】
(iii)車両の重心の前後方向位置Gx
車両の旋回中のとき、舵角が一定(dγ/dt=0)であれば、式(2)によりGxは、下記の式により与えられる。
Gx=A/B …(5a)
ここで、
【数3】

である。また、車両が定速走行中、即ち、車輪の前後力Fxi=0であれば、Gxは、
【数4】

により与えられる。なお、上記の式(5a)、(5b)に於いて、舵角δが、δ≪1を満たし、車両の中心から重心までの距離GyがTr、Lに比して小さいときには、cosδ〜1;sinδ〜δと置き、且、Gy・δ〜0と置いて、式(5a)の分子A及び分母Bは、
【数5】

と近似されてよい。また、車両が定速走行中の場合の式(5b)は、
【数6】

と近似されてよい(この場合、Gyが無くなる。)
上記の式に於いて、Gyの値は、式(4)による算出されたGyの値が代入される。(通常、車両が発進する際、車両は、まず、直進に加速されるので、式(5)により、Gxの推定が実行される際、式(4)によるGyは利用可能である。)しかしながら、タイヤの前後力が測定できない場合は、車両の設計値(諸元)が代入される(式(5b’)を使用する場合は除く。)。
【0029】
(iv)ヨー慣性モーメントI
dγ/dt≠0のとき、式(1)より、ヨー慣性モーメントは、
I=(Mfl+Mfr+Mrl+Mrr)/(dγ/dt) …(6)
により与えられる。Miの演算は、式(3)を用いて行われるところ、それらの式のGx、Gyは、上記の式(4a)〜(5b’)により算定された値が代入される。
【0030】
(v)重心高Gz
重心高は、車両が直進加減速走行中のときの車両に作用するピッチモーメントの釣り合いにより算定される。例えば、車両が減速する際には、図2に示されている如く、重心に慣性力が作用して車両にピッチモーメントが作用する。これと釣り合うためには、路面からの車輪の鉛直方向の力(接地荷重の反力)によるピッチモーメントが変化しなくてはならない(車両は、車輪も含めて剛体と仮定し、車両加減速時の重心高の変化は、無視する。)。そこで、車両の直進加減速走行中に於ける後輪の接地点周りのピッチモーメントの釣り合いを考えると、以下の通りとなる。
mg・(L/2+Gx)+Ft・Gz=Wf・L …(7)
ここで、mgは、車重×重力加速度、Ftは、加減速力に対する慣性力、Wfは、前輪荷重に対する路面から車輪への反力である。また、式(7)に於いて、第一項は、重力によるピッチモーメント、第二項は、慣性力に対するピッチモーメント、第三項は、路面からの反力によるピッチモーメントである。かくして、式(7)より、Gzは、
Gz={Wf・L−mg・(L/2+Gx)}/Ft …(8a)
により与えられる。慣性力Ftは、各輪の前後力の総和であってよい。Wfは、前輪の接地荷重の和であり、荷重センサ等により検出される。また、車両の全輪に荷重センサが設けられている場合、車両の静止状態に於けるピッチモーメントの釣り合いが、
mg・(L/2+Gx)=Wfo・L …(9)
により与えられるので(Wfoは、車両の静止状態での前輪の接地荷重の総和に等しい。)、式(8)は、
Gz=(Wf−Wfo}・L/Ft …(8b)
により与えられてよい(Gxが、式(5a)〜(5b’)で与えられる場合、式(9)により、前輪荷重のみにより、車重mが算定できることとなる。)。
【0031】
なお、上記と同様に、後輪の接地荷重を用いて、前輪の接地点周りのピッチモーメントの釣り合いに基づき、重心高Gzを算出することも可能であることは理解されるべきである。また、全輪に於いて接地荷重Wiが検出できる場合、重心の水平方向位置Gx、Gyは、前後輪の荷重比又は左右輪の荷重比により算定可能である。即ち、前後輪の荷重比が
Wfl+Wfr:Wrl+Wrr=1:b
のとき、Gxは、
Gx=(L/2)・(1−b)/(1+b) …(10a)
により与えられ、
Wfr+Wrr:Wfl+Wrl=1:c
のとき、
Gy=(Tr/2)・(1−c)/(1+c)…(10b)
により与えられる。これらの値は、Gx、Gyの初期値として利用されてよい。
【0032】
(vi)推定値の重み付け平均値
上記の重心位置Gx、Gy、ヨー慣性モーメントI、重心高Gzの推定値は、逐次的に、それぞれの値の推定が可能な又は推定に有利な条件が成立したときに算定される。この点に関し、推定は、後述の各種センサの検出値を使用して実行されるので、推定値には、センサの検出値の誤差に起因する誤差が含まれる。そこで、上記推定値の誤差を低減するために、逐次的に推定された各値の平均値を演算し、その平均値を最終的な推定結果値とするようになっていてよい。その際、各センサの値は、通常、検出値が大きいほど精度が良いと考えられるので、逐次算定された結果値(一時値)に、対応するセンサの検出値が大きいほど大きくなる重みを付けた平均値(重み付き平均値)を演算するようになっていてよい。
【0033】
重心位置Gx、Gy、重心高Gzについては、タイヤ発生力の総和(の絶対値)が大きいほど大きくなる重みを付けた平均値が以下の式により算定される。
【数7】

ここに於いて、積分は、装置の作動開始時又は適宜選択された時刻から現在の時刻Tまでの値について行う。Gx,y,z_mは、重心位置Gx、Gy又は重心高Gzの重み付き平均値であり、Gx,y,z(τ)は、時刻τの重心位置Gx、Gy又は重心高Gzの推定結果の一時値(式(4a)〜(5b’)のいずれかの値)である。Ft(τ)は、時刻τのときのタイヤ発生力の総和(ベクトル和)の絶対値であり、Ω(Ft)は、Ftをパラメータとする重み係数である。重み係数Ωは、図3(A)に例示されている如く、タイヤ発生力の総和(ベクトル和)の絶対値Ftが大きくなるほど増大する任意に設定されてよい関数である。Ftは、各輪の前後力の総和Fx及び横力の総和Fyより、
Ft=(Fx+Fy1/2 …(12a)
により与えられる。FxとFyは、図1を参照して、それぞれ、
Fx=(Fxfl+Fxfr)cosδ+Fxrl+Fxrr-(Fyfr+Fyfl)sinδ
Fy=(Fyfl+Fyfr)cosδ+Fyrl+Fyrr-(Fxfr+Fxfl)sinδ …(12b)
により与えられる。かくして、上記の式(11)によれば、タイヤ発生力が大きいときの推定一時値の平均値Gx,y,z_mに於ける寄与が大きくなり、これにより、推定精度が向上されることが期待される。
【0034】
ヨー慣性モーメントIの重み付き平均値は、ヨー角加速度dγ/dtの絶対値が大きいほど、そのときの推定の一時値の平均値に於ける寄与が大きくなるよう演算される。具体的には、ヨー慣性モーメントIの重み付き平均値I_mは、
【数8】

により与えられる。ここで、I(τ)は、時刻τに推定されたヨー慣性モーメントの一時値であり、Ψは、図3(B)に示されている如く、dγ/dtの絶対値が大きくなるほど大きくなる重み係数である。
【0035】
なお、重心位置、重心高、ヨー慣性モーメントは、後述の如く所定の周期にて反復する演算サイクルに於いて逐次算定されるので、重み付き平均値は、前回のまでの推定結果の平均値を用いて、下記の如く算出されてもよい。重心位置、重心高については、
Gx,y,z_m[n]=Gx,y,z[n]・ω(Ft)+Gx,y,z_m[n−1]・(1−ω(Ft) …(11a)
ヨー慣性モーメントについては、
I_m[n]=I[n]ψ(dγ/dt)+I_m[n−1]・(1−ψ(dγ/dt)) …(13a)
ここで、[n]は、それぞれ、今回サイクルの値、[n−1]は、前回サイクルの値を示す。ω(Ft)、ψ(dγ/dt)は、それぞれ、括弧内のパラメータの大きさが大きくなるとともに増大する1を越えないよう任意設定されてよい重み係数である。
【0036】
装置の構成
図4は、任意の四輪自動車に搭載される本発明の重心位置/ヨー慣性モーメント推定装置の好ましい実施形態の構成をブロック図の形式で表したものである。同図を参照して、重心位置/ヨー慣性モーメントの算定をする演算処理装置50には、車両の各輪の車軸に装備され路面から車輪に作用する前後力Fxi及び横力Fyiを検出するための前後力・横力センサ(タイヤの前後力と横力を検出できるセンサ又は前後力を検出する前後力センサと横力を検出する横力センサとの組合せ)又は横力Fyiを検出するための横力センサ10i、車両のヨーレートγを検出するヨーレートセンサ12、前輪舵角δを検出する舵角センサ14からのそれぞれの信号が入力される。後述の実施例2の如く、タイヤの前後力が測定できない場合には、タイヤの前後力の発生の有無を検知するために、Gセンサ20からの前後加速度αを表す信号が入力されるようになっていてよい。また、後述の実施例3の場合には、各輪の接地荷重Wiを検出するために各輪に荷重センサ16iが備えられ、かかる荷重センサの出力も演算処理装置50へ入力される(図中、一点鎖線の如く、六分力計が備えられれば、タイヤの前後力・横力・接地荷重が検出できる。)。更に、通常の車両と同様に、各輪に於いて車輪速センサ18iが設けられ、その信号に基づいてされる車速Vxが算出されるようになっていてよい(車速は、車両に搭載される別の電子制御装置の値を利用するようになっていてよい。)。なお、図示していないが、演算処理装置50は、通常の形式の、双方向コモン・バスにより相互に連結されたCPU、ROM、RAM及び入出力ポート装置を有するマイクロコンピュータを含んでいてよい。上記の一連のセンサ又は検出計器は、市販されている任意のセンサ又は検出計器が用いられてよく、センサからの信号は、演算処理装置50に於いて、数値演算が可能となるよう適宜処理(ノイズ除去、AD変換処理等)される。典型的には、本発明の装置の推定結果は、車両の走行/運動制御に利用されるので、車両の駆動制御装置、制動制御装置と通信し、車両の作動状態についての情報を受信するとともに、推定結果をそれらの制御装置へ送信できるようになっていてよい。以下、いつくかの本発明の装置の実施例の作動について説明する。
【実施例1】
【0037】
図5は、タイヤの前後力と横力が計測又は利用可能な場合の推定装置の演算処理の流れをフローチャートの形式で表したものである。図示の演算処理は、車両の運転中、所定のサイクルにて反復して実行される(実施例2、3に於いて同様)。
【0038】
同図を参照して、演算処理に於いては、ヨー角加速度dγ/dtの絶対値が所定の基準値Δγo以下であるか否か(ステップ10)、ヨーレートγの絶対値が所定値γo以下であるか否か(ステップ20)、タイヤ前後力の総和の絶対値が所定値以上であるか否か(ステップ30)が順に判定される。|dγ/dt|は、γの値を時間微分することにより与えられる。Ftは、上記の式(12a)により与えられてよい。なお、車両の前後方向Gセンサが車両に搭載されていれば、その信号に基づいて車両が直進加減速走行中か否かが判定されてもよい。また、γo、Δγ、Ftoは、それぞれ、任意に設定されてよい正の所定基準値又は所定値である(以下同様)。
【0039】
ヨーレートγとヨー角加速度dγ/dtの絶対値が、各々、所定値以下であり、且、タイヤ前後力の総和の絶対値が所定値以上であるとき、即ち、
|dγ/dt|≦Δγo
|γ|≦γo
Ft≧Fto …(14a)
のときは、車両が直進加減速走行中であるということとなる。従って、その場合には、既に述べた如く、重心の左右方向位置Gyが、式(4a)又は(4b)により、演算される(ステップ40)。そして、更に、式(11)又は(11a)を用いてGyの重み付け平均値が算定され、重み付け平均値Gy_mが重心の左右方向位置Gyの最終的な推定値とされる(ステップ45)。なお、演算処理の初期値は、車両の設計時の値(諸元)が用いられてよい(以下同様)。
【0040】
ヨー角加速度dγ/dtの絶対値が所定値Δγo以下であるが、ヨーレートγが所定値より大きいとき、即ち、
|dγ/dt|≦Δγo
|γ|>γo …(14b)
のときは、車両が定常旋回中であるということとなる。従って、その場合には、重心の前後方向位置が、式(5a)又は(5a’)により演算され(ステップ50)、更に、式(11)又は(11a)を用いてGxの重み付け平均値が算定され、重み付け平均値Gx_mが重心の前後方向位置Gxの最終的な推定値とされる(ステップ55)。なお、ヨーレートが所定値γoよりも大きい場合であっても、その絶対値が小さい場合には、横力が小さく、従って、推定されるGxの精度が低くなる可能性がある。従って、図中点線に示されている如く、ステップ20の後、所定値γoよりも大きな第二の所定値γ1よりも大きいときにのみ、Gxの推定が実行されるようになっていてもよい(ステップ25)。また、図示していないが、更に、タイヤ前後力が実質的に0であるか否か、即ち、定速走行であるか否かを判定し、定速走行中であるときに、推定の演算に於いて、タイヤの前後力を使用しない式(5b)又は(5b’)が用いられるようになっていてもよい。
【0041】
ヨー角加速度dγ/dtの絶対値が所定値Δγoより大きいときには、式(1)の両辺の値が0ではないので、式(6)により、ヨー慣性モーメントの推定が実行され(ステップ60)、次いで、式(13)又は(13a)により、ヨー慣性モーメントの重み付け平均値I_mが算定され、重み付け平均値I_mがヨー慣性モーメントIの最終的な推定値とされる(ステップ65)。なお、Gxの推定の場合と同様に、Iの推定精度を向上するべく、図中点線に示されている如く、ステップ10の後、基準値Δγoよりも大きな第二の基準値Δγ1よりも大きいときにのみ、Iの推定が実行されるようになっていてもよい(ステップ15)。
【0042】
かくして、上記の演算処理によれば、車両の走行中、重心位置とヨー慣性モーメントが、タイヤの前後力及び/又は横力に基づいて推定され、且、反復して推定を実行しつつ、その重み付き平均値を最終的な推定値とすることにより、推定精度の向上が為されることとなる。この点に関し、理解されるべきことは、車両の走行開始時に於いては、重心位置とヨー慣性モーメントとして、車両の諸元が与えられるので、実際の値との誤差が大きい可能性があるが、走行中、推定を繰り返す構成により、車両が走れば走るほど、重心位置とヨー慣性モーメントの精度が向上されるということである。
【実施例2】
【0043】
図6は、タイヤの横力が計測又は利用可能な場合の推定装置の演算処理の流れをフローチャートの形式で表したものである。この場合、タイヤの前後力が計測できないので、重心の左右方向位置の推定が実行できないこととなる。同図を参照して、演算処理に於いては、まず、タイヤの前後力が発生していないか否かが、Gセンサ値、又は、車両の駆動制御装置又は制動制御装置等からの駆動装置又は制動装置の作動状況を表す信号に基づいて判定される(ステップ110)。そして、ヨー角加速度dγ/dtの絶対値が所定の基準値Δγo以下であるか否か(ステップ120)、ヨーレートγの絶対値が所定値γo以下であるか否か(ステップ130)が順に判定される。
【0044】
ヨーレートγの絶対値が所定値γoより大きいときには、実施例1の場合と同様に、式(14b)が成立し、車両が定常旋回中であるということとなる。しかしながら、本実施例では、タイヤ前後力が計測されないので、重心の前後方向位置が、タイヤ前後力を使用しない式(5b)又は(5b’)により演算され(ステップ150)、更に、式(11)又は(11a)を用いてGxの重み付け平均値が算定され、重み付け平均値Gx_mが重心の前後方向位置Gxの最終的な推定値とされる(ステップ155)。なお、本実施例では、ステップ130の後に車両が直進走行中か否かの判定は行わないので、所定値γoは、実施例1の第二の所定値γ1相当であってもよい。
【0045】
ヨー角加速度dγ/dtの絶対値が所定値Δγoより大きいときは、実施例1の場合と同様に、式(6)により、ヨー慣性モーメントの推定が実行され(ステップ160)、次いで、式(13)又は(13a)により、ヨー慣性モーメントの重み付け平均値I_mが算定され、重み付け平均値I_mがヨー慣性モーメントIの最終的な推定値とされる(ステップ165)。Iの推定精度を向上するべく、図中点線に示されている如く、ステップ10の後、基準値Δγoよりも大きな第二の基準値Δγ1よりも大きいときにのみ、Iの推定が実行されるようになっていてもよい(ステップ125)。
【実施例3】
【0046】
図7は、車両の各輪に荷重センサが搭載され、図5の実施例1の装置の場合に於いて、更に、各輪の接地荷重Wiが利用可能な場合の推定装置の演算処理の流れをフローチャートの形式で表したものである。この場合、基本的には、図5のフローチャートと同様の処理が実行されるが、ステップ40、45の重心の左右方向位置の推定後、接地荷重の値を用いて重心高Gzの推定が実行される。また、接地荷重値が利用可能なので、Gx、Gyの初期値は、式(10a)、(10b)を用いた演算値が用いられてよい。
【0047】
重心高の推定に於いては、まず、車速Vxが所定値Vxo以下であるか否かが判定される(ステップ70)。車速Vxが比較的高く、所定値Vxoを越える場合には、車体に対する空気抵抗等の寄与が無視できなくなるところ、図示の実施形態では、その寄与を勘定に入れていないので、重心高の推定は実行されない。(車体に対する空気抵抗等の寄与を考慮した実施形態は、本実施形態の説明に基づき当業者に於いて適宜構成可能であり、そのような場合も本発明に属すると理解されるべきである。)
【0048】
他方、車速Vxが所定値Vxo以下であるときには、式(8a)又は(8b)を用いて、重心高の推定の一時値を算定し(ステップ75)、更に、式(11)又は(11a)を用いてGzの重み付け平均値Gz_mが算定され、その値が重心高Gzの最終的な推定値とされる(ステップ80)。
【0049】
かくして、上記の如く良好な精度にて推定された重心位置、ヨー慣性モーメント、重心高が、任意の車両制御のためのパラメータとして利用可能となる。
【0050】
以上に於いては本発明を特定の実施例について詳細に説明したが、本発明は上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の範囲内にて他の種々の実施例が可能であることは当業者にとって明らかであろう。
【0051】
例えば、上記のフローチャートは、利用可能なタイヤ力によって構成が種々変更されてよいことは理解されるべきである。重要なことは、重心の左右方向位置Gyは、車両が直進加減速走行中に有利に推定され、重心の前後方向位置Gxは、車両がヨーレート一定にて旋回中に有利に推定され、ヨー慣性モーメントは、ヨーレートが変化する場合、即ち、ヨー角加速度が実質的に0でない場合に有利に推定され、重心高は、車両が直進加減速走行中であって且車速が比較的低いときに有利に推定されるということである。従って、例示のフローチャートによらず、前記の一連のそれぞれの条件が成立するときに、それぞれ対応する推定が実行されてよく、そのような場合も本発明の範囲に属する。(例えば、実施例1に於いて、ステップ20とステップ30の判定の順序を逆にするなどして、重心の前後方向位置の推定が定速定常旋回中のみ実行されるようになっていてもよいであろう。)
【0052】
また、上記の実施例では、車両の旋回状態がヨー角加速度とヨーレートとにより判定されているが、ヨーレートに代えて、横加速度又は舵角を参照して、同様の処理ができることは理解されるべきであり、そのような場合も本発明の範囲に属する。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】図1は、本発明の装置により実行される重心位置、ヨー慣性モーメントの推定の原理を説明するための車両の模式的な平面図である。
【図2】図2は、本発明の装置により実行される重心高の推定の原理を説明するための車両の模式的な側面図である。
【図3】図3(A)は、重心位置Gx、Gy、又は重心高Gzの重み付き平均値を算出する際に用いられる重み係数Ωとタイヤ発生力の総和の絶対値Ftとの関係を示すグラフ図である。図3(B)は、ヨー慣性モーメントの重み付き平均値を算出する際に用いられる重み係数Ψとヨー角加速度の絶対値|dγ/dt|との関係を示すグラフ図である。
【図4】図4は、本発明の推定装置の構成をブロック図の形式で表したものである。
【図5】図5は、本発明の推定装置の実施例1の演算処理の流れを示している。
【図6】図6は、本発明の推定装置の実施例2の演算処理の流れを示している。
【図7】図7は、本発明の推定装置の実施例3の演算処理の流れを示している。
【符号の説明】
【0054】
1…車両
2i…車輪
10i…各輪に搭載される前後力・横力センサ又は横力センサ
12…ヨーレートセンサ
14…前輪舵角センサ
16i…各輪に搭載される荷重センサ
18i…各輪に搭載される車輪速センサ
20…Gセンサ
50…演算処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の重心の位置を推定する装置であって、前記車両のヨー角加速度の大きさが所定の基準値より小さいとき、前記車両の車輪と路面との間にて前記路面から前記車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力に起因する前記車両の車体に発生するヨーモーメントの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向位置を推定することを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項1の装置であって、前記車両の重心の水平方向位置が前記車両に於ける所定の基準位置からの前記車両の前後方向又は左右方向の距離により特定されることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項2の装置であって、前記車両の重心の水平方向位置の前記基準位置からの距離の一時値を前記車両の走行中逐次的に算定する手段と、前記逐次的に算定された車両の重心の水平方向位置の一時値の重み付け平均値を演算する手段とを含み、前記重み付け平均値が、前記車両の重心の水平方向位置の一時値に重み係数を乗じた値の平均値であり、前記重み係数が前記タイヤ発生力の大きさと共に増大し、前記重み付け平均値が前記車両の重心の水平方向位置の前記基準位置からの距離として決定されることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1の装置であって、前記車両が直進走行中か否かを判定する手段を含み、前記車両が直進走行中と判定されたときに、前記車両の左輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントと前記車両の右輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの左右方向の位置を推定することを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1の装置であって、前記車両のヨーレートが所定値より小さいときに、前記車両の左輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントと前記車両の右輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの左右方向の位置を推定することを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1の装置であって、前記車両が旋回走行中か否かを判定する手段を含み、前記車両が旋回走行中と判定されたときに、前記車両の前輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントと前記車両の後輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの前後方向の位置を推定することを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1の装置であって、前記車両のヨーレートが所定値より大きいときに、前記車両の前輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントと前記車両の後輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの前後方向の位置を推定することを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1の装置であって、前記車両のヨーレートが所定値より小さいときに、前記車両の左輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントと前記車両の右輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの左右方向の位置を推定する手段と、前記車両のヨーレートが前記所定値より大きいときに、前記車両の前輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントと前記車両の後輪に於いて発生する前記タイヤ発生力によるヨーモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの前後方向の位置を推定する手段とを含むことを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1の装置であって、前記車両の重心の水平方向位置が前記車両の各輪のタイヤ発生力と舵角とに基づいて推定されることを特徴とする装置。
【請求項10】
請求項9の装置であって、前記車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力が前記車輪に装備される前後力・横力センサ又は横力センサにより計測された値であることを特徴とする装置。
【請求項11】
請求項1の装置であって、更に、前記推定された車両の重心の水平方向位置を用いて算出される前記車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力により前記車両の車体に発生するヨーモーメントと前記車両のヨー角加速度とに基づいて前記車両のヨー慣性モーメントを推定する手段を含むことを特徴とする装置。
【請求項12】
請求項11の装置であって、前記車両のヨー慣性モーメントの一時値を前記車両の走行中逐次的に算定する手段と、前記逐次的に算定された車両のヨー慣性モーメントの一時値の重み付け平均値を演算する手段とを含み、前記重み付け平均値が、前記車両のヨー慣性モーメントの一時値に重み係数を乗じた値の平均値であり、前記重み係数が前記ヨー角加速度の大きさと共に増大し、前記重み付け平均値が前記車両のヨー慣性モーメントとして決定されることを特徴とする装置。
【請求項13】
請求項11の装置であって、前記車両のヨー角加速度の大きさが前記所定の基準値より小さいときには、前記車両の車輪と路面との間にて前記路面から前記車輪へ水平方向に作用するタイヤ発生力に起因する前記車両の車体に発生するヨーモーメントの釣り合いに基づいて車両の重心の水平方向位置を推定し、前記車両のヨー角加速度の大きさが前記所定の基準値より大きいときに前記車両のヨー慣性モーメントを推定することを特徴とする装置。
【請求項14】
請求項1の装置であって、更に、前記車両の前後方向のタイヤ発生力に基づいて算定される前記車両の車体に作用するピッチモーメントと前記路面から前記車両の車輪に前記車両の垂直方向に作用するピッチモーメントとの釣り合いに基づいて前記車両の重心高を推定する手段を含むことを特徴とする装置。
【請求項15】
請求項14の装置であって、前記車両の重心高の一時値を前記車両の走行中逐次的に算定する手段と、前記逐次的に算定された車両の重心高の一時値の重み付け平均値を演算する手段とを含み、前記重み付け平均値が、前記車両の重心高の一時値に重み係数を乗じた値の平均値であり、前記重み係数が前記タイヤ発生力の大きさと共に増大し、前記重み付け平均値が前記車両の重心高として推定されることを特徴とする装置。
【請求項16】
請求項14の装置であって、前記ヨー角加速度が前記所定の基準値よりも小さく前記車両のヨーレートが所定値よりも小さいときに、前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの左右方向の位置と前記車両の重心高とを推定し、前記ヨー角加速度が前記所定の基準値よりも小さく前記車両のヨーレートが前記所定値よりも大きいときに、前記車両の重心の水平方向の重心位置のうちの前後方向の位置を推定し、前記ヨー角加速度が前記所定の基準値よりも大きいときに、前記車両のヨー慣性モーメントを推定することを特徴とする装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2008−265545(P2008−265545A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−111625(P2007−111625)
【出願日】平成19年4月20日(2007.4.20)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】