説明

車両旋回挙動制御装置

【課題】ステア特性に影響を与える左右輪間に作用させるべき差動制限力を調整する差動制限手段と、車輪への制動力を調整するブレーキ装置とを協調制御することで、車両の走行状態に関わらず、良好な車両の姿勢制御を行う。
【解決手段】前後左右輪を備えた車両1に付加すべき要求ヨーモーメント演算手段41、前輪または後輪の左右輪に対する駆動力を調整する第1のヨー運動調整手段、前輪または後輪の少なくとも一方における左右輪に対するブレーキ装置の制動力を調整する第2のヨー運動調整手段33、車両の旋回時の旋回内輪スリップ検出手段43、ヨー運動調整手段を制御する車両の旋回状態制御手段44を有し、旋回状態制御手段は、スリップ検出手段の検出結果に基づき、第1のヨー運動調整手段による駆動力差の調整と第2のヨー運動調整手段による駆動力差の調整を行い、要求ヨーモーメントへの第1および第2のヨー運動調整手段の寄与率を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の旋回挙動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの駆動力が伝達される前輪や後輪の左右輪間にクラッチ、ポンプ、モータなどの制御デバイスを利用した電子制御式の差動制限装置(電子制御LSD)を設け、当該電子制御LSDにより左右輪間に差動制限力を作用させて車輪速の高い側から低い側へとトルクを移動させ、これにより車両の走行特性を適切に制御する技術が実用化されている。しかしこの技術は車両旋回時のアンダーステアやオーバーステアの抑制を目的としたものであり、左右輪の車輪速に着目して差動制限力を制御する場合、左右輪の車輪速は車両の走行状態を表す指標の一つに過ぎないため、差動制限力を適切に制御するには不十分である場合がある。これは、左右輪の車輪速が同一条件であっても車両のステア特性がアンダーステアであるかオーバーステアであるかによって最適な差動制限力が相違することから、結果として車両の走行状態によっては差動制限力が不適切に制御されることがある。
【0003】
そこで本出願人は、現在の車両のステア特性を判定するステア特性判定手段により判定されたステア特性と車輪速検出手段により検出された左右輪の車輪速の大小関係との組合せに応じて、駆動源からの駆動力が伝達される左右輪間の差動制限力を調整可能な差動制限手段による、左右輪間に作用させるべき差動制限力に対する補正量として、旋回対応制御量を増加補正側または減少補正側に作用させ、補正後の差動制限力に基づいて差動制限手段を制御することを特許文献1で提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2007−239819号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1においては、現在の車両のステア特性を判定するステア特性判定手段により判定されたステア特性と車輪速検出手段により検出された左右輪の車輪速の大小関係との組合せに応じて、駆動源からの駆動力が伝達される左右輪間の差動制限力を調整可能な差動制限手段による左右輪間に作用させるべき差動制限力に対する補正量として旋回対応制御量を増加補正側または減少補正側に作用させている。そして補正後の差動制限力に基づいて差動制限手段を制御することで、左右輪間の差動制限力を適切に制御して車両の走行状態に関わらず良好なステア特性を実現しようとしている。しかし、差動制限手段単独でステア特性制御を行う場合、その限界は自ずとあり、より多様な車両のステア特性、言い換えると車両の姿勢制御が求められている。
【0006】
本発明は、ステア特性に影響を与える左右輪間に作用させるべき差動制限力を調整する差動制限手段と、車輪への制動力を調整するブレーキ装置とを協調制御することで、車両の走行状態に関わらず、良好な車両の姿勢制御を行える車両旋回挙動制御装置を提案することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る車両旋回挙動制御装置は、前後左右輪を備えた車両に付加すべき要求ヨーモーメントを算出する要求ヨーモーメント演算手段と、前輪または後輪の左右輪に対する駆動力を調整して該左右輪間の駆動力差を調整する第1のヨー運動調整手段と、前輪または後輪の少なくとも一方における左右輪に対するブレーキ装置の制動力を調整して該左右輪間の駆動力差を調整する第2のヨー運動調整手段と、車両の旋回時の旋回内輪のスリップ率を検出する内輪スリップ検出手段と、第1のヨー運動調整手段と第2のヨー運動調整手段を制御して車両の旋回状態を制御する旋回状態制御手段とを有し、旋回状態制御手段は、スリップ検出手段の検出結果に基づき、第1のヨー運動調整手段による駆動力差の調整と、第2のヨー運動調整手段による駆動力差の調整を行い、要求ヨーモーメントへの第1および第2のヨー運動調整手段の寄与率を制御することを特徴としている。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、旋回状態制御手段が、車両の旋回時の旋回内輪のスリップ率を検出するスリップ検出手段の検出結果に基づき、前輪または後輪の左右輪に対する駆動力を調整して該左右輪間の駆動力差を調整する第1のヨー運動調整手段による駆動力差の調整と、前輪または後輪の少なくとも一方における左右輪に対するブレーキ装置の制動力を調整して該左右輪間の駆動力差を調整する第2のヨー運動調整手段による駆動力差の調整を行い、要求ヨーモーメント演算手段で演算された要求ヨーモーメントへの第1および第2のヨー運動調整手段の寄与率を制御するので、ステア特性に影響を与える左右輪間に作用させるべき差動制限力を調整する差動制限手段と、車輪への制動力を調整するブレーキ装置とを協調制御して、車両のステア特性(車両の姿勢制御)が調整されるので、車両の走行状態に関わらず、より良好なステア特性を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施形態に係る車両旋回挙動制御装置の全体構成を示す模式的なブロック構成図。
【図2】本発明の一実施形態に係る車両旋回挙動制御装置の制御を主に示す模式的な制御ブロック図。
【図3】本発明の実施形態に係る車両旋回挙動制御装置の制御量の強弱の特性を示す図。
【図4】本発明の第1の実施形態に係る車両旋回挙動制御装置の制御内容を示すブロック図。
【図5】車両のオーバーステア状態を抑制する制御の作用を説明する図。
【図6】車両のアンダーステア状態を抑制する制御の作用を説明する図。
【図7】本発明の第2の実施形態に係る車両旋回挙動制御装置の制御内容を示すブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図面を用いて本発明に係る実施形態をついて説明する。最初に基本的なハードウェアの構成を説明し、その後に各形態の内容を説明する。図1に示す旋回挙動制御装置は、前輪駆動方式の車両1に適用されるものである。車両1に搭載されたエンジン2の出力はトランスミッション3及びフロントディファレンシャル(以下、フロントデフ)4から車軸7L,7Rを介して前輪の左右輪8L,8Rにそれぞれ伝達される。後輪の左右輪14L,14Rは車軸13によって回転自在に支持されている。
【0011】
フロントデフ4には、車両1に搭載された制御手段としてのECU40による制御信号に基づいて、左右輪8L,8Rの差動を制限する差動制限装置となる電子制御方式のリミテッド・スリップ・ディファレンシャル(以下「電子制御LSD」と記す)6が設けられている。この電子制御LSD6は、電磁クラッチの結合状態に応じて左右輪8L,8Rの差動を制限する周知のものである。電子制御LSD6は、ECU40によって制御される電磁クラッチ機構であって、左右輪のうちの他方の車輪(本実施形態においては右前輪8R)の回転速度との回転速度差を利用して、左右輪8L,8Rの間でトルクの授受を行なうことにより、一方の車輪の駆動トルクを増大または減少させ、他方の車輪の駆動トルクを減少または増大させることができるように構成されている。
【0012】
電子制御LSD6の作動原理はこれに限ることはなく、ポンプやモータなどの制御デバイスを利用して差動制限力を発生するものであれば任意に変更可能であり、例えば油圧ポンプから供給した作動油により油圧ピストンを作動させてクラッチの係合状態を調整してもよい。
【0013】
したがって、例えば、車両1が右旋回しながら前進している場合に、所定の制御信号がECU40から電制制御LSD6に入力され、右前輪8Rに伝達されるトルクが減少されると、右前輪8Rが減速する。このとき、左前輪8Lに伝達されるトルクが増大されるとともに左前輪8Lが増速する。したがって、車両1に右回り(時計回り)のヨーモーメントを生じさせることが可能となる。
【0014】
前輪の左右輪8L,8Rにはブレーキ装置21L,21Rが、後輪の左右輪14L,14Rにはブレーキ装置22L,22Rがそれぞれ設けられている。これらのブレーキ装置21L,21R,22L,22Rには、それぞれに独立して油圧が制動系油圧ユニット33(第2のヨー運動調整手段)から供給される。
【0015】
ECU40は前輪の左右輪8L,8Rと後輪の左右輪14L,14Rに設けられた4つのブレーキ装置21L,21R,22L,22Rのそれぞれに対して増減されるべき油圧を示す信号(ブレーキ増減圧信号)を制動系油圧ユニット33に対して送信し、このブレーキ増減圧信号を受けた制動系油圧ユニット33が各ブレーキ装置21L,21R,22L,22Rに入力される油圧を適宜制御するように構成されている。制動系油圧ユニット33には、ブレーキ液圧を調整するためのモータポンプと、電磁制御弁などが備えられていて、ブレーキ装置21L,21R,22L,22Rそれぞれに対して、ECU40からの指示に応じて所定の油圧を入力するように構成されている。そして、上述のように電子制御LSD6と制動系油圧ユニット33は、それぞれECU40と信号線を介して接続されていて、ECU40からの制御信号に基づいて作動するように構成されている。
【0016】
ECU40は、図示しないインタフェイス,メモリ,CPU等を備えた電子制御ユニットであって、いずれも車輪速センサ(車速検出手段)45L,45R,46L,46R,舵角センサ47,Gセンサ(加減速検出手段)48,ヨーレイトセンサ49による検出結果を読み込むことができるように構成されている。本形態では、4つの車輪速センサ45L,45R,46L,46Rを備えた形態としているが、本形態に係る車両1はフロント駆動であり、操舵輪を前輪側としているので、制御パラメータとしては前輪側の車輪速センサ45L,45Rからの車速情報を用いる。Gセンサ48は、車両1の前後方向への加速度を検知するもので、加減側情報を出力するものである。ヨーレイトセンサ49は、車両1の旋回方向への回転角の変化速度(実ヨーレイト)を検出する周知のセンサで構成されている。
【0017】
ECU40は、図示しないメモリ内に記録されたプログラムとして、要求ヨーモーメント演算部41,ステア特性判定部(以下「US/OS判定部」と記す)42、旋回内輪スリップ判定部43およびヨーレイトフィートバック制御演算部(旋回状態制御手段)44を備えている。これらのうち、制御ヨーモーメント演算部41は、目標ヨーレイトと実ヨーレイトから運転者が意図している旋回半径で車両1が旋回するために付加すべきヨーモーメントである要求ヨーモーメントを求めるものである。
【0018】
つまり、図2に示すように、この制御ヨーモーメント演算部41は、舵角センサ47によって測定されたハンドル角と、車輪速センサ45L,45Rによって検出された車速とに基づいて、理論上の目標ヨーレイト(目標ヨーレイト量相関値)を演算し、さらに、ヨーレイトセンサ49によって測定された実ヨーレイトと、理論上の目標ヨーレイトとを比較することにより補正を加える制御、即ち、実ヨーレイトに基づくフィードバック制御を実行することで、要求ヨーモーメントを演算するように構成されている。
【0019】
US/OS判定部42は、旋回中の車両1の旋回状態を判定するものであって、要求ヨーモーメント演算部41によって演算された目標ヨーレイトと、ヨーレイトセンサ49によって測定された車両1の横方向の加速度(実ヨーレイト)とに基づき、旋回中の車両1が、アンダーステア(US)を生じている状態(アンダーステア状態)にあるのか、オーバーステア(OS)を生じている状態(オーバーステア状態)にあるのかを判定するように構成されている。
【0020】
旋回内輪スリップ判定部43では、ヨーレイトセンサ49からの実ヨーレイト信号から旋回方向を判断し、旋回方向に対する旋回内輪を特定し、当該旋回内輪とこれと反対側に位置する車輪を旋回外輪とし、駆動輪となる前輪車輪速度を車輪速センサ45L,45Rから取込み、旋回内輪と旋回外輪の速度差から旋回内輪や旋回外輪のスリップ速度(スリップ率)を演算するものである。
【0021】
ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は、車両1の旋回状態に応じて、電子制御LSD6と制動系油圧ユニット33を制御することで、要求ヨーモーメントを車両1に発生させるように制御するものである。すなわち、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は、要求―モーメント演算部41によって演算されて得られた要求ヨーモーメントと、US/OS判定部42による判定結果(車両1の旋回状態)と、旋回内輪スリップ判定部43によって判定されて演算された旋回内輪のスリップ速度に基づき、電子制御LSD6と制動系油圧ユニット33に対する制御値を得るように構成されている。
【0022】
電子制御LSD6に対する制御値とは、前輪の左右輪8L,8R間の駆動力移動の度合を示す値であって、具体的には、電子制御LSD6の電磁クラッチを制御する電流値である。また、制動系油圧ユニット33に対する制御値とは、ブレーキ装置21L,21Rの制動力増減の度合を示す値であって、具体的には、各ブレーキ装置21L,21Rの油圧増減値である。
【0023】
図3を用いてヨーレイトF/Bフィートバック制御部44による制御内容の概念を説明する。ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44では、車両1の旋回状態としてUS/OS判定部42による判定結果がアンダーステア状態の場合に用いるUS抑制を行う制御と、オーバーステア状態の場合に用いるOS抑制を行う制御と、US抑制とOS抑制をさらに前輪のスリップ状態と車両1の加速度と減速時とに区分していて、各区分で使用するブレーキ装置21L,21Rと電子制御LSD6及びその寄与率が予め設定されている。図3において、US抑制では、US1からUS4までの4つの領域に区分され、OS抑制では、OS1からOS4までの4つの領域に区分されている。また、図3において、○は、○の付いたシステムを用いた制御を実行し、×は×の付いたシステムを用いた制御を実行せず、△は△のついたシステムを使用するが、その寄与は○の場合よりも低いことを示している。
【0024】
例えば、車両1がアンダーステア状態で、旋回内輪よりも旋回外輪のスリップ速度が速く、減速状態の場合には領域US1が選択され、ブレーキ装置21L,21Rを用いたブレーキ制御は実行するが電子制御LSD6を用いた制御は実行しない。旋回内輪よりも旋回外輪のスリップ速度が速く、加速状態の場合には領域US2が選択され、電子制御LSD6を用いた制御は実行せず、ブレーキ装置21L,21Rを用いたブレーキ制御は実行するがその寄与率は減速時よりも低く実行する。
【0025】
車両1がアンダーステア状態で、旋回外輪よりも旋回内輪のスリップ速度が速く、減速状態の場合には領域US3が選択され、ブレーキ装置21L,21Rを用いてブレーキ制御と電子制御LSD6を用いた制御の双方を実行し、加速状態の場合には、領域US4が選択され、ブレーキ装置21L,21Rを用いたブレーキ制御と電子制御LSD6を用いた制御を実行するが、ブレーキ装置21L,21Rの寄与率は減速時よりも低く実行する。
【0026】
一方、車両1がオーバーステア状態で、旋回内輪よりも旋回外輪のスリップ速度が速く、減速状態の場合には領域OS1が選択され、ブレーキ装置21L,21Rを用いたブレーキ制御と電子制御LSD6を用いた制御の双方を実行し、加速状態の場合には領域OS4が選択され、ブレーキ装置21L,21Rを用いたブレーキ制御と電子制御LSD6を用いた制御を実行するが、ブレーキ装置21L,21Rの寄与率は減速時よりも低く実行する。
【0027】
車両1がオーバーステア状態で、旋回外輪よりも旋回内輪のスリップ速度が速く、減速状態の場合には領域OS3が選択され、加速状態の場合には領域OS4が選択される。これら領域OS3、領域OS4では、電子制御LSD6による制御は実行せず、ブレーキ装置21L,21Rを用いたブレーキ制御は実行するが、その寄与率は領域OS1の場合よりも低く実行する。
(第1の実施形態)
図4を用いてヨーレイトF/Bフィートバック制御部44での処理内容を説明する。本形態で特徴的なことは、制御初期において要求ヨーモーメントをブレーキ装置21L,21Rと電子制御LSD6の双方に振り分けて、振り分ける配分比率(寄与率)をアンダーステア時(US時)とオーバーステア(OS時)で変更し、そのあとに電子制御LSD6とブレーキ装置21L,21Rに対する具体的な制御量(制御値)を演算する点にある。
【0028】
本形態において、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44には、要求ヨーモーメントを実現するために、US時とOS時における、破線で示すブレーキ用係数K1と、一点鎖線で示すLSD用係数K2が予め設定されている。
(係数の特性)
ブレーキ用係数K1は、アンダーステア状態(US時)の時で旋回外輪のスリップ速度が早い場合には高く、スリップ速度が遅くなると低くなり、オーバーステア状態(OS時)の時で、旋回外輪のスリップ速度が早い場合には低く、スリップ速度が遅くなると高くなるように設定されている。
LSD用係数K2は、アンダーステア状態(US時)の時で旋回外輪のスリップ速度が早い場合には低く、スリップ速度が遅くなると高くなり、オーバーステア状態(OS時)の時で、旋回外輪のスリップ速度が早い場合には高く、スリップ速度が遅くなると低くなるように設定されている。
【0029】
つまり、US時において旋回外輪がスリップしている場合には、要求ヨーモーメントに対するブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分比率)を、電子制御LSD6よりも多くし、旋回内輪がスリップしている場合には、当該スリップが高くなるほど要求ヨーモーメントに対する電子制御LSD6の寄与率(配分比率)を多くする。US時において旋回内輪がスリップしている場合、ブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分祖率)をゼロとしてもよいし、幾分残してもよい。これはブレーキ装置21L,21Rの作動により減速感が発生する場合にはブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分比率)はゼロとし、減速感が発生しない場合にはブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分比率)を許容できる範囲で設定すればよい。
【0030】
また、オーバーステア時において旋回外輪がスリップしている場合には、要求ヨーモーメントに対する電子制御LSD6の配分比率(寄与率)を、ブレーキ装置21L,21Rよりも多くすることで電子制御LSD6の介入割合を多くし、旋回内輪がスリップしている場合には、当該スリップが高くなるほどブレーキ装置21L,21Rの介入割合を多くする。旋回外輪のスリップ時には、ブレーキ装置21L,21Rの介入割合を0としてもよいし、幾分残してもよい。これはブレーキ装置21L,21Rを介入しても減速感が発生する場合にはブレーキ装置21L,21Rの介入はせず、減速感が発生しない場合にはブレーキ装置21L,21Rの介入は許容できる範囲で設定すればよい。
【0031】
次に、本形態による作用効果を図5,図6を用いて説明する。図5は、車両1のコーナへの進入時から脱出時において、車両1のヨー運動を抑制する場合、即ち車両1に発生しているオーバーステア(OS)を抑制する場合の制御とその効果を示し、図6は、車両1のコーナへの進入時から脱出時において、車両1のヨー運動を促進する場合、即ち車両1に発生しているアンダーステア(US)を抑制する場合の制御とその効果を示す。
【0032】
本形態によると、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は、オーバーステア(OS)を抑制する場合で、旋回中心側に位置している側の車輪、即ち、旋回内輪のスリップ速度が旋回外輪のスリップ速度よりも小さい場合(所謂、グリップ走行している場合)、ブレーキ装置21L,21Rと電子制御LSD6による協調制御を実行する。具体的には、図5の例では、車両1は左コーナを旋回するので、左前輪8Lが旋回内輪となり、右前輪8Rが旋回外輪となる。そして、コーナ進入に際し、運転者によって車両1が減速状態となると、減速時の安定性を向上するため、この場合、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は、図3に示す領域OS1を選択し、旋回外輪となる右前輪8Rのブレーキ装置21Rを、制動系油圧ユニット33を介して制御して作動してスリップ速度を抑えつつも、旋回内輪となる左前輪8Lへ伝達される駆動トルクが大きくなるように、電子制御LSD6を制御する。
【0033】
車両1の走行が進んでコーナ出口に差し掛かり、運転者によって車両1が加速状態となり、旋回内輪のスリップ速度が旋回外輪のスリップ速度よりも大きく場合には、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は図3の領域OS4を選択し、電子制御LSD6による制御は実行しないで、旋回外輪となる右前輪8Rのブレーキ装置21Rを作動する。
【0034】
このようなOS抑制制御を実行すると、車両1の状態に応じてブレーキ装置21L,21Rによるブレーキ制御と電子制御LSD6による協調制御からブレーキ制御に滑らかに切り替かわり、コーナ全般にかけて旋回抑制効果を発揮することができる。つまり、運転者のドライビングフィールを損なうことなく、車両1の旋回抑制を達成することができる。
【0035】
図6において、車両1のヨー運動を促進する場合、即ち、アンダーステア(US)を抑制する場合で、コーナ進入に際し、運転者によって車両1が減速状態となると、減速時の安定性を向上させるために、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は図3に示す領域US1を選択し、旋回内輪となる右前輪8Lのブレーキ装置21Lを作動してスリップ速度を抑える。この場合電子制御LSD6は使用しない。
【0036】
車両1の走行が進み、コーナ出口となり運転者によって車両1が加速状態となり、旋回内輪のスリップ速度が旋回外輪のスリップ速度よりも大きい場合には、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44は図3に示す領域US4を選択し、ブレーキ装置21L,21Rと電子制御LSD6による協調制御を実行する。具体的には、旋回内輪となる左前輪8Lのブレーキ装置21Lを、制動系油圧ユニット33を介して制御して作動してスリップ速度を抑えつつも、旋回外輪となる右前輪8Rへ伝達される駆動トルクが大きくなるように電子制御LSD6を作動する。この場合、加速状態にあるので、要求ヨーモーメントに対するブレーキ装置21Lの寄与率は電子制御LSD6による距離率よりも少なくなる。
【0037】
このようなUS抑制制御を実行すると、車両状態に応じてブレーキ装置21L,21Rによる制御から電子制御LSD6による制御へ滑らかに切り替かわり、コーナ全般にかけて旋回促進効果を発揮することができる。つまり、運転者のドライビングフィールを損なうことなく、車両1の旋回促進を達成することができる。
(第2の実施形態)
本形態に係る車両旋回挙動制御装置は、図1から図3に示す構成を備え、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44の制御内容が、第1の実施形態と異なっている。図7を用いて本形態でのヨーレイトF/Bフィートバック制御部44の処理内容を説明する。
【0038】
本形態の特徴的なことは、制御初期において要求ヨーモーメントをブレーキ装置21L,21Rと電子制御LSD6の双方に振り分けるのではなく、要求ヨーモーメントから電子制御LSD6の制御ベース値とブレーキ装置21L,21Rの制御ベース値をそれぞれ演算し、その制御ベース値の演算後に振り分ける配分比率(寄与率)をアンダーステア時(US時)とオーバーステア(OS時)で変更し、そのあとに電子制御LSD6とブレーキ装置21L,21Rに対する具体的な制御量(制御値)を演算する点にある。
【0039】
本形態において、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44には、要求ヨーモーメントを実現するために、US時とOS時における、破線で示すブレーキ用係数K1と、一点鎖線で示すLSD用係数K2が予め設定されている。この係数の特徴は第1の実施形態で説明したブレーキ用係数K1とLSD用係数K2と同一の特性に設定されている。
【0040】
つまり、US時において旋回外輪がスリップしている場合には、要求ヨーモーメントに対するブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分祖率)を電子制御LSD6よりも多くし、旋回内輪がスリップしている場合には、当該スリップが高くなるほど要求ヨーモーメントに対する電子制御LSD6の寄与率(配分祖率)を多くする。US時において旋回内輪がスリップしている場合、ブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分祖率)を0としてもよいし、幾分残してもよい。これはブレーキ装置21L,21Rの作動により減速感が発生する場合にはブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分祖率)はゼロとし、減速感が発生しない場合にはブレーキ装置21L,21Rの寄与率(配分祖率)は許容するように設定すればよい。
【0041】
また、オーバーステア時において旋回外輪がスリップしている場合には、要求ヨーモーメントに対する電子制御LSD6の寄与率(配分率)を、ブレーキ装置21L,21Rよりも多くし、電子制御LSD6の介入割合を多くし、旋回内輪がスリップしている場合には、当該スリップが高くなるほどブレーキ装置21L,21Rの介入割合を多くする。旋回外輪がスリップ時には、ブレーキ装置21L,21Rの介入割合を0としてもよいし、行く分残してもよい。これはブレーキ装置21L,21Rを介入しても減速感が発生する場合にはブレーキ装置21L,21Rの介入はせず、減速感が発生しない場合にはブレーキ装置21L,21Rの介入は許容するように設定すればよい。
【0042】
このような構成の第2の実施形態の場合、ヨーレイトF/Bフィートバック制御部44では、要求ヨーモーメントを用いて、LSD制御量演算部で、要求ヨーモーメント毎に制御ベース値を演算し、ブレーキ装置制御量演算部で、要求ヨーモーメント毎に制御ベース値を演算する。そして、US/OS判定部42による判定結果(車両1の旋回状態)と、旋回内輪スリップ判定部43によって判定されて演算された旋回内輪のスリップ速度に基づき得られるヨーレイトF/B制御量分配(係数K1、K2)に基づき、電子制御LSD6および制動系油圧ユニット33に対する制御値を演算する。
【0043】
このため、第1の実施形態の場合に比べて、要求ヨーレイト演算部41で要求ヨーレイトが演算される毎に制御ベース値が演算されるので、時事刻々と変化する車両1の要求ヨーレイトをリアルに車両1の旋回促進や旋回抑制に利用することができるので、より制度の高い姿勢制御を行える。
【0044】
つまり、第2の実施形態で説明したUS抑制制御を実行すると、より車両状態に応じてブレーキ装置21L,21Rによる制御から電子制御LSD6による制御へ滑らかに切り替かわり、コーナ全般にかけて旋回促進効果を発揮することができ、運転者のドライビングフィールを損なうことなく、車両1の旋回促進を達成することができる。
【0045】
また、第2の実施形態で説明したOS抑制制御を実行すると、より車両状態に応じてブレーキ装置21L,21Rによるブレーキ制御および電子制御LSD6による協調制御からブレーキ制御に滑らかに切り替かわり、コーナ全般にかけて旋回抑制効果を発揮することができ、運転者のドライビングフィールを損なうことなく、車両1の旋回抑制を達成することができる。
【0046】
第1および第2の実施形態と別な制御形態としては、車輪速センサ45L,45Rによる検出結果が低速の場合には、電子制御LSD6に配分する制御量の寄与率を高速の場合よりも大きくし、車輪速センサ45L,45Rによる検出結果が高速の場合には、ブレーキ装置21L,21Rに配分する制御量の寄与率を、低速の場合の割合よりも大きくしてもよい。つまり、車速に応じて、第1のヨー運動調整手段に配分する制御量の寄与率と第2のヨー運動調整手段に配分する制御量の寄与率とを変更する。
【0047】
このような構成とすると、過剰な制動力の増加による減速感を抑制しながら、アンダーステアやオーバーステアを適正に抑制することができ、車両の旋回性能を向上させることができる。
【0048】
上記各形態では、車両1として前輪駆動車(FF車)を例に説明したが、本発明の適用範囲としては、後輪駆動車(FR車)に適用することができる。また、各形態では、要求ヨーモーメントを発生させる制御対象として前輪側のブレーキ装置21L,21Rを用いているが、これに換えて後輪側のブレーキ装置46L,46Rを制御対象としてもよい。
【符号の説明】
【0049】
8L,8R 前左右輪
14L,14R 後左右輪
31 第1のヨー運動調整手段
33 第2のヨー運動調整手段
41 要求ヨーモーメント演算手段
42 ステア特性判定部
43 内輪スリップ検出手段
44 旋回状態制御手段
45L,45R 車速検出手段
46L,46R 車速検出手段
48 加減速検出手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
前後左右輪を備えた車両に付加すべき要求ヨーモーメントを算出する要求ヨーモーメント演算手段と、
前記前輪または後輪の左右輪に対する駆動力を調整して該左右輪間の駆動力差を調整する第1のヨー運動調整手段と、
前記前輪または後輪の少なくとも一方における左右輪に対するブレーキ装置の制動力を調整して該左右輪間の駆動力差を調整する第2のヨー運動調整手段と、
前記車両の旋回時の旋回内輪のスリップ率を検出する内輪スリップ検出手段と、
前記第1のヨー運動調整手段と第2のヨー運動調整手段を制御して前記車両の旋回状態を制御する旋回状態制御手段とを有し、
前記旋回状態制御手段は、前記スリップ検出手段の検出結果に基づき、前記第1のヨー運動調整手段による駆動力差の調整と、第2のヨー運動調整手段による駆動力差の調整を行い、前記要求ヨーモーメントへの第1および第2のヨー運動調整手段の寄与率を制御することを特徴とする車両旋回挙動制御装置。
【請求項2】
車両の旋回方向への旋回特性となるオーバーステアとアンダーステアを判定するステア特性判定部を有し、
前記旋回状態制御手段は、
前記ステア特性判定部による旋回特性判定がアンダーステアを示し、当該とアンダーステアを抑制する場合で、旋回内輪のスリップ率が旋回外輪のスリップ率より高い場合には、前記要求ヨーモーメントを発生させるべく、前記第1のヨー運動調整手段の配分を強めるように第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率を変更し、旋回内輪のスリップ率が旋回外輪のスリップ率より低い場合には、前記要求ヨーモーメントを発生させるべく、前記第2のヨー運動調整手段の配分を強めるように、第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率を変更し、
前記ステア特性判定部による旋回特性判定がオーバーステアを示し、当該とオーバーステアを抑制する場合で、旋回内輪のスリップ率が旋回外輪のスリップ率より高い場合には、前記要求ヨーモーメントを発生させるべく、前記第2のヨー運動調整手段の配分を強めるように、前記第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率を変更し、旋回内輪のスリップ率が旋回外輪のスリップ率より低い場合には、前記要求ヨーモーメントを発生させるべく、前記第1のヨー運動調整手段の配分を強めるように、第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率を変更することを特徴とする請求項1記載の車両旋回挙動制御装置。
【請求項3】
前記車両の加減速を検出する加減速検出手段を備え、
前記旋回状態制御手段は、前記加減速検出手段による車両の加減速に応じて、第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率を変更することを特徴とする請求項1または2記載の車両旋回挙動制御装置。
【請求項4】
前記旋回状態制御手段は、第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率の決定後に、要求ヨーモーメントを発生させる第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量を演算することを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載の車両旋回挙動制御装置。
【請求項5】
前記旋回状態制御手段は、前記要求ヨーモーメント演算手段で演算された要求ヨーモーメントに基づき制御値を演算し、その後、前記要求ヨーモーメントを発生させる第1及び第2のヨー運動調整手段の制御量の寄与率を決定することを特徴とする請求項1ないし3の何れか1項に記載の車両旋回挙動制御装置。
【請求項6】
前記車両の速度を検出する車速検出手段を備え、
前記旋回状態制御手段は、
前記車速検出手段による車速に応じて、前記第1のヨー運動調整手段に配分する制御量の寄与率を変更することを特徴とする請求項1ないし5の何れか1項に記載の車両旋回挙動制御装置。
【請求項7】
前記車両の速度を検出する車速検出手段を備え、
前記旋回状態制御手段は、
前記車速検出手段による車速に応じて、前記第2のヨー運動調整手段に配分する制御量の寄与率を変更することを特徴とする請求項1ないし5の何れか1項に記載の車両旋回挙動制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2013−18326(P2013−18326A)
【公開日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−151983(P2011−151983)
【出願日】平成23年7月8日(2011.7.8)
【出願人】(000006286)三菱自動車工業株式会社 (2,892)
【Fターム(参考)】