車両用自動変速機の制御装置
【課題】ヒステリシス領域から燃費のよい変速段に変速する場合のビジーシフトを防止する。
【解決手段】車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図におけるヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている場合に、燃費の良好な変速段への変速を実行するように構成された制御装置において、前記車両の状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている現在時点からビジーシフトを禁止するべく設定した所定時間が経過するまでの間に前記変速線図に基づいた変速が生じることを予測する変速予測手段(ステップS101〜S108)と、前記変速線図に基づいた前記変速が予測されない場合に前記燃費の良好な変速段への変速を実行する変速段選択手段(ステップS112)とを備えている。
【解決手段】車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図におけるヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている場合に、燃費の良好な変速段への変速を実行するように構成された制御装置において、前記車両の状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている現在時点からビジーシフトを禁止するべく設定した所定時間が経過するまでの間に前記変速線図に基づいた変速が生じることを予測する変速予測手段(ステップS101〜S108)と、前記変速線図に基づいた前記変速が予測されない場合に前記燃費の良好な変速段への変速を実行する変速段選択手段(ステップS112)とを備えている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、アップシフト線およびダウンシフト線によって変速段の領域を設定した変速線図に基づいて変速が制御される自動変速機の制御装置に関し、特にアップシフト線とダウンシフト線との間のいわゆるヒステリシス領域にとどまっている状態であっても変速を実行するように構成された制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
前進4段ないし8段などの複数の変速段を設定できる車両用の自動変速機は、アクセル開度やエンジン出力などの駆動要求量と車速やタービン回転数などの走行状態との二つのパラメータによって変速段領域を設定した変速線図(いわゆるマップ)に基づいて変速を制御するように構成されている。より具体的には、アップシフトを生じさせる領域を定めているアップシフト線と、ダウンシフトを生じさせる領域を定めているダウンシフト線とを各変速段に応じて設定し、車速やアクセル開度などの車両の駆動状態あるいは走行状態が、それらのアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切って変化することにより、アップシフトあるいはダウンシフトを生じさせるようになっている。
【0003】
通常、そのアップシフト線とダウンシフト線との間にはヒステリシスが設けられている。これは、アクセル開度や車速が僅かに変化する都度、変速が生じるいわゆるビジーシフトを回避するためであり、一般的には、ダウンシフト線はアップシフト線に対して、低速側に大きく離れて設定されている。
【0004】
有段式の自動変速機は、このように車両の駆動状態もしくは走行状態がアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切るように変化することによって変速が実行されるが、車速あるいは駆動要求量は必ずしもアップシフト線上の状態もしくはアップシフト線に近い状態に維持されるわけではなく、いわゆるヒステリシス領域の中央に近い状態に維持されることもある。アップシフト線は、車両の燃費効率と動力性能との両立を図るように設定されるのが通常であるから、アップシフト線から大きく離れた走行状態に維持されていると、燃費効率が低下する可能性がある。そこで、特許文献1に記載された装置は、ヒステリシス領域に大きく侵入した状態を検出し、その状態が一時的なものではない場合に、アップシフト線もしくはダウンシフト線を横切る変化が生じなくても、燃費が良好になる変速段への変速を生じさせるように構成されている。
【0005】
車両の駆動状態もしくは走行状態がこのようにヒステリシス領域にとどまっていても強制的に変速を実行する装置が、特許文献2や特許文献3に記載されている。すなわち、特許文献2には、車両の走行状態がヒステリシス領域にあり、かつトルクコンバータの速度比が所定時間以上継続してしきい値以下になっている場合にダウンシフトを実行するように構成された装置が記載されている。これは、例えば登坂路に入ることを、トルクコンバータの速度比から推定して、駆動力を増大するべくダウンシフトを実行するものである。また、特許文献3には、車両の走行状態がヒステリシス領域にあり、かつエンジン出力に対する信号の増加率が所定値以上の場合にダウンシフトを実行するように構成された装置が記載されている。これは、ヒステリシスを設けていることによるダウンシフトの遅れを是正するためのものであり、車両の走行状態がダウンシフト線を横切るように変化する前にダウンシフトを実行するように構成したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−193721号公報
【特許文献2】特開平1−188760号公報
【特許文献3】特開平1−206144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の各特許文献1,2,3に記載されている発明は、車両の走行状態が変速線図(変速マップ)におけるいわゆるヒステリシス領域にある場合に、走行状態が変速線を横切るように変化することがなくても強制的に変速を生じさせる条件を規定した発明であり、具体的には、特許文献1に記載された発明は、ヒステリシス領域に深く侵入していること、かつそれが一時的ではないことを規定した発明である。また、特許文献2に記載されている発明は、トルクコンバータの速度比が所定時間継続してしきい値以上であることを規定した発明である。さらに、特許文献3に記載された発明は、エンジン出力に対する信号の増加率が所定値以上であることを規定した発明である。したがって、特許文献2あるいは特許文献3に記載された発明では、トルクコンバータの速度比やエンジン出力に対する信号の増加率が条件を満たすことにより、ダウンシフトが生じるので、先行する変速の直後にこのような条件が成立すると、再度、ダウンシフトが生じることになり、その結果、短時間のうちに変速が繰り返されるいわゆるビジーシフトとなり、運転者に違和感を与えたり、車両の乗り心地が損なわれたりする可能性がある。
【0008】
これに対して特許文献1に記載された発明は、そのようなビジーシフトを回避するべく、ヒステリシス領域に深く侵入した状態が一時的なものではないことを判断し、その判断が成立した場合に変速を行うこととしているので、先行する変速の直後に再度変速が生じることはない。しかしながら、アクセル開度などの駆動要求量や車速など、変速に関係する要因は、車両の走行環境によって変化するから、上述したヒステリシス領域にある状態でのいわゆる強制的な変速がビジーシフトにならないとしても、その強制的な変速が生じた時点の走行環境が、その強制的な変速の後の変速段からの変速を要求するものであれば、車両の走行状態もしくは駆動状態が変速線を横切って変化することになるので、変速が生じることになる。すなわち、上記の強制的な変速自体がビジーシフトでないとしても、その後に直ちに変速が生じて、ビジーシフトとなる可能性がある。
【0009】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、ヒステリシス領域でのいわゆる強制的な変速がビジーシフトの要因とならないように変速制御を行うことのできる装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、アップシフト線とダウンシフト線との間に所定のヒステリシスを設定した変速線図に基づいて変速を実行するとともに、車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている場合に、燃費の良好な変速段への変速を実行するように構成された車両用自動変速機の制御装置において、前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている現在時点からビジーシフトを禁止するべく設定した所定時間が経過するまでの間に前記変速線図に基づいた変速が生じることを予測する変速予測手段と、その変速予測手段が前記変速線図に基づいた前記変速が生じることを予測しない場合に前記燃費の良好な変速段への変速を実行する変速段選択手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0011】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記燃費の良好な変速段は、前記変速線図に基づく変速を行った場合と同等の駆動力を発生する変速段のうち燃費が最も良好な変速段を含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【0012】
請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記変速予測手段は、前記車両の前方における走行予定路の道路状況に応じて車両負荷もしくは車速が変化することを予測し、その予測に基づく変速が生じるか否かを予測する手段を含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【0013】
請求項4の発明は、請求項3の発明において、前記道路状況は、勾配、交通渋滞の有無、コーナーの入り口もしくは出口、停止信号または停止指示のいずれかを含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【0014】
請求項5の発明は、請求項1ないし4のいずれかの発明において、前記変速予測手段は、前記所定時間後における前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図におけるアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切って変化した状態になる場合に前記変速が生じることの予測を成立させる手段を含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【発明の効果】
【0015】
請求項1の発明によれば、車両の駆動状態もしくは走行状態が、アップシフト線とダウンシフト線との間に設定されているヒステリシス領域に所定時間以上とどまっていると、車両の駆動状態もしくは走行状態が変速線を横切って変化しないとしても、燃費が良好になる変速段へのいわゆる強制的な変速が実行されるが、ヒステリシス領域にとどまっている現在時点から所定時間経過するまでの間に変速線図に基づく変速の生じることが予測された場合、いわゆる強制的な変速が実行されない。その所定時間は、ビジーシフトと感じられる連続した変速が生じないように設定した時間であり、したがっていわゆる強制的な変速がビジーシフトになることが未然に回避される。
【0016】
また、請求項2の発明によれば、上記の請求項1の発明による効果に加えて、いわゆる強制的な変速を実行したとしても駆動力の変化が緩やかになり、もしくは駆動力の変化が殆ど生じないので、運転者に違和感を与えることを防止もしくは抑制することができる。
【0017】
請求項3ないし5の発明によれば、変速の予測を確実に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明に係る制御装置によって実行される制御の一例を説明するためのフローチャートであって、いわゆる強制的な変速がビジーシフトになるか否かを判断するための制御例を示している。
【図2】図1の制御例で使用するアクセル開度のしきい値の一例を示す線図である。
【図3】図1の制御例で使用する勾配のしきい値の一例を示す線図である。
【図4】図1の制御例で使用するアクセル開度変化量のしきい値の一例を示す線図である。
【図5】図1の制御例で使用する加減速度のしきい値の一例を示す線図である。
【図6】図1の制御例で使用するビジーシフトとならない経過時間のしきい値の一例を示す線図である。
【図7】この発明に係る制御装置によって実行される制御例の他の例を説明するためのフローチャートであって、図1に示すフローチャートにオートクルーズスイッチのONの判断を行うステップを加えたフローチャートである。
【図8】現在時点から所定時間の将来の変速の有無を判断し、その判断の結果に基づいて燃料消費最小変速段を選択するための制御例を説明するフローチャートである。
【図9】近い将来の負荷変動を推定するための制御の一例を説明するフローチャートである。
【図10】この発明で対象とすることのできる車両の駆動系統を模式的に示す図である。
【図11】変速線図におけるアップシフト線およびダウンシフト線ならびにヒステリシス領域を模式的に示す線図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
先ず、この発明で対象とする車両について説明すると、図10に示す例は、内燃機関1を駆動力源とした車両であり、その内燃機関1が出力する駆動力を自動変速機2を介して駆動輪に伝達するように構成されている。内燃機関1の出力側に自動変速機2が連結され、その出力軸3がデファレンシャル4を介して駆動輪5に連結されている。その内燃機関1は、ガソリンや軽油あるいはLPG(液化天然ガス)などの燃料を燃焼して動力を発生する熱機関である。この種の内燃機関としてガソリンエンジンやディーゼルエンジン、ガスエンジンなどを挙げることができる。そして、内燃機関1は、燃料の供給およびその停止を電気的に制御できるように構成されている。例えば電気的に制御される燃料噴射装置を備えている。なお、以下の説明では、内燃機関1をエンジン1と記す。また、図には内燃機関1をE/Gと記す。
【0020】
このエンジン1の出力側に連結された自動変速機2は、外部から指令信号により、あるいは手動操作されて変速比を大小に変化させる伝動機構であり、従来の一般的な車両に搭載されている有段式の自動変速機である。また、この自動変速機2は、ロックアップクラッチ付のトルクコンバータなどの伝動機構6を備えていてもよい。この種の自動変速機2の最も一般的な例は、複数の遊星歯車機構を備え、それらのサンギヤやキャリヤあるいはリングギヤなどの回転要素をクラッチによって選択的に連結し、あるいはその連結を解き、またブレーキによって選択的に固定することによりトルクの伝達経路を変更して変速比(変速段)を切り替えるように構成された自動変速機である。その変速制御は、動力性能および燃費効率が可及的に良好になるように実行され、より具体的には、アクセル開度やエンジン出力あるいはスロットル開度などの駆動状態と、車速やタービン回転数などの走行状態とに基づいて変速比もしくは変速段を定めたマップ(変速線図)に基づいて行うように構成されている。
【0021】
その変速線図には、アップシフトを生じさせるアップシフト線と、ダウンシフトを生じさせるダウンシフト線とが設定されており、駆動状態あるいは走行状態がアップシフト線を横切るように変化することによりアップシフトの判断が成立してアップシフト制御が実行され、また駆動状態もしくは走行状態がアップシフト線を横切るように変化することによりダウンシフトの判断が成立してダウンシフト制御が実行される。図11にはそのアップシフト線とダウンシフト線とを模式的に示してあり、n段から(n+1)段へのアップシフト線は所定の車速V以上で(n+1)段となるように設定され、かつその境界となる車速はアクセル開度θが所定値以上であれば、アクセル開度θが大きいほど高車速側とになるように設定されている。これに対して(n+1)段からn段へのダウンシフト線は、アップシフト線より低車速側に設定されている。このアップシフト線とダウンシフト線との間のこのような相違がヒステリシスであり、車速などの走行状態およびアクセル開度などの駆動状態の僅かな変化によって変速が生じないようになっている。したがって、駆動状態や走行状態がアップシフト線とダウンシフト線との間のいわゆるヒステリシス領域内で変化しても変速が生じない。これに対してアップシフト線は、燃費効率が良好になる車速あるいはアクセル開度に設定してある。したがって、車両の駆動状態あるいは走行状態がヒステリシス領域内にあるとき、特にヒステリシス領域の中央部分にするときには、アップシフト線に近い箇所にあるときよりも燃費が低下する。
【0022】
上記のエンジン1や自動変速機2は電気的に制御できるように構成されており、その制御のためのエンジン用電子制御装置(E−ECU)7および自動変速機用電子制御装置(T−ECU)8が設けられている。これらの電子制御装置7,8はマイクロコンピュータを主体として構成されており、各種のセンサから入力されたデータおよび予め記憶しているデータならびに演算プログラムによって演算を行い、その演算の結果を指令信号としてエンジン1や自動変速機2に出力し、所定の制御を実行するように構成されている。それらのデータを例示すると、エンジン回転数、アクセル開度、エンジン油温、排気浄化触媒温度、補機類のオン・オフなどのデータがエンジン用電子制御装置7に入力されている。また、車速、出力軸3の回転数、自動変速機2の油温、アクセル開度、シフトレンジなどのデータが自動変速機用電子制御装置8に入力されている。なお、これらの電子制御装置7,8は相互にデータ通信できるように接続されている。
【0023】
上述したようにこの発明で対象とする自動変速機2の変速制御は、基本的には、車両の駆動状態あるいは走行状態が、アップシフト線やダウンシフト線などの変速線を横切るように変化することにより変速を実行するように構成されているが、燃費効率を向上させるために、変速線を横切る変化が生じない場合であってもいわゆる強制的な変速を実行するように構成され、またその強制的な変速を実行することがいわゆるビジーシフトの要因にならないように構成されている。その制御例を次に説明する。
【0024】
図1はその制御例を説明するためのフローチャートであって、先ず情報が収得される(ステップS1)。ここで、収得される情報(すなわち読み込まれる情報)は、例えば、車速、加速度、ブレーキペダルやアクセルペダルの踏み込み量などを含み、要は、運転者による加減速操作量や車両の駆動状態もしくは走行状態を示す状態量などである。また、自動変速機2で変速が実行された場合には、その変速を実行した時点からの経過時間がカウントされる(ステップS2)。さらに、アクセル開度がしきい値θ0 より低開度か否かが判断される(ステップS3)。このしきい値θ0 は、変速線で燃費が決まる領域のパーシャル開度以下の値であり、例えば40%程度の開度であり、その一例を図2に模式的に示してある。すなわち、アクセル開度がしきい値θ0 以上であれば、大きい駆動力が要求されていて燃費を優先した強制的な変速を実行する必要性が少ない上に、強制的な変速を実行した場合のショックが大きくなる可能性が高く、したがってアクセル開度がしきい値以上の場合には、変速線に基づいたいわゆる強制的な変速を実行しないこととしたのである。すなわち、ステップS3で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0025】
なお、図2には、アップシフト線とダウンシフト線との間のいわゆるヒステリシス領域において、車両の駆動状態あるいは走行状態が所定時間以上とどまることにより強制的な変速を実行する領域をハッチングを付して示してある。この領域は、アップシフト線およびダウンシフト線から予め定めた所定量、離れた領域として設定してある。アップシフト線もしくはダウンシフト線に近い駆動状態あるいは走行状態であれば、たとえヒステリシス領域であっても、その状態から強制的に変速したとしても燃費の向上効果が少ないからである。
【0026】
アクセル開度がしきい値θ0 より小さいことによりステップS3で肯定的に判断された場合には、車両が走行している走行環境の一つである路面の勾配についてのしきい値が求められる(ステップS4)。これは、道路勾配の大小を判定するためであり、また道路勾配を判定するのは、道路勾配が変速を誘引する大きな要素となる場合があるからである。そのしきい値a,bは、運転者による急な加減速操作(例えばペダル操作)を必要としない緩い勾配の上限値であってその一例を図3に示してあり、これらの値は経験もしくは実験に基づいて適宜に設定してよく、例えば下り勾配(downhill)についてのしきい値aが、登り勾配(uphill)についてのしきい値より大きく採ってある。登り勾配の場合にはアクセルペダルを大きく踏み込んでダウンシフトが生じる可能性が高いからである。
【0027】
こうして算出されたしきい値a,bと車両が現在走行している路面の現勾配とが比較される(ステップS5)。すなわち、現勾配がしきい値a,bの間に入っているか否かが判断される。ここで、現勾配は、ナビゲーションシステムによって得られる道路情報によって求めてもよく、あるいはアクセル開度もしくはスロットル開度と加速度(車速の変化率)とに基づいて演算して求めてもよい。こうして求められた現勾配が、下り勾配しきい値a以下の場合、すなわち下り勾配しきい値aより急勾配の降坂路の場合、および現勾配が上り勾配しきい値b以上の場合、すなわち登り勾配しきい値bより急勾配の登坂路の場合、エンジンブレーキ力やと登坂力を確保することが優先するので、変速線に基づいたいわゆる強制的な変速を実行しないこととしたのである。すなわち、ステップS5で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0028】
これとは反対に現勾配が勾配についてのしきい値a,bの範囲内にあることによりステップS5で肯定的に判断された場合には、アクセル開度の変動量が算出される(ステップS6)。この算出は、アクセル開度センサ(図示せず)による検出値の変化を求めることにより行うことができる。ついで、アクセル開度変動量についてのしきい値が算出される(ステップS7)。このしきい値は、運転者が急加速あるいは急減速(エンジンブレーキ)の意志によらずに行う緩やかなアクセルペダル操作の上限値として設定されるものであって、アクセルペダルの戻し側と踏み込み側とに両方に設定することができる。以下に述べるように、アクセル開度についての判断を行うのは、運転者が加速もしくは減速を要求してアクセル操作を行っているのか、あるいは加減速を特には求めないアクセル開度の変化(あるいはふらつき)か否かを判断するためであるから、アクセル開度についてのしきい値e,fはその判断を正確に行えるように、実験的にもしくは経験的に定めることができ、あるいはシミュレーションを行って適宜に定めることができる。そのしきい値e,fの一例を図4に示してある。ここに示す例は、アクセル開度の大小に拘わらず、しきい値e,fを一定にした例である。
【0029】
アクセル開度の変動量についてのしきい値e,fを上記のように算出した後、上記のステップS6で算出されたアクセル開度の変動量がしきい値e,fの範囲内か否かが判断される(ステップS8)。アクセルペダルを戻し側しきい値e以上に戻した場合、およびアクセルペダルを踏み込み側しきい値f以上に踏み込んだ場合には、ステップS8で否定的に判断される。このようにステップS8で否定的に判断された場合には、運転者が大きいエンジンブレーキ力あるいは大きい駆動力を求めており、したがってダウンシフトもしくはアップシフトが生じる可能性が高いので、燃費を考慮した前述の強制的な変速を行わないように構成されている。すなわち、ステップS8で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0030】
これとは反対にステップS8で肯定的に判断された場合、すなわちアクセル開度の変動量がしきい値e,fの範囲内に入っている場合には、加速度についてのしきい値c,dが算出される(ステップS9)。これは、現在生じている加速度、もしくは現在要求される加速度の大小を判断するためであり、また加速度の大小を判断するのは、変速の要否あるいは変速が生じることの可能性を判断するためである。この加速度(加減速度)のしきい値c,dの例を図5に示してあり、ここに示す例は、加減速度Gの大小に拘わらず、しきい値c,dを一定にした例である。
【0031】
したがって、ステップS9に続くステップS10では、現加速度がそれらのしきい値c,dの範囲内に入っているか否か、すなわち車両の状態が急加速(急な下りやアクセルペダルの急な踏みまし)や急減速(急な登りやブレーキング)しない緩やかな加減速状態か否かが判断される。なお、現加速度は現在の実際の加速度(負の加速度である減速度を含む)や現時点に要求されている加速度であって、車速の変化率として求めてもよく、あるいはアクセル開度や道路勾配もしくはロード・ロードなどから求めてもよい。現加速度が減速側のしきい値c以上に小さい場合、すなわち減速度がしきい値c以上である場合、および現加速度が加速側のしきい値d以上に大きい場合には、運転者が大きいエンジンブレーキ力あるいは大きい駆動力を求めており、したがってダウンシフトもしくはアップシフトが生じる可能性が高いので、燃費を考慮した前述の強制的な変速を行わないように構成されている。すなわち、ステップS10で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0032】
これとは反対に現加速度が加減速度のしきい値c,dの範囲内であることによりステップS10で肯定的に判断された場合には、運転者は加減速を特には求めていないと考えられ、この場合は直前の変速からの経過時間についてのしきい値gが算出される(ステップS11)。このしきい値gは、燃費を考慮した前述の強制的な変速自体がビジーシフトにならないようにするためのものであり、車両の駆動状態や走行状態に応じた値が設定される。その値は、実験により、あるいはシミュレーションならびに経験などに基づいて決めることができ、その一例を図6に示してある。ここに示す例では、車速が高車速ほど、またアクセル開度が大きいほど、しきい値gが大きい値に設定された例である。そして、そのしきい値gと変速後の経過時間とが比較される(ステップS12)。変速後の経過時間がしきい値g以下であることによりステップS12で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。燃費を考慮した前述の強制的な変速自体がビジーシフトになることを回避するため、その強制的な変速を禁止したのである。これに対して、変速後の経過時間がしきい値gを超えていることによりステップS12で肯定的に判断された場合には、燃費が最適になる(もしくは燃費が現状より向上する)変速段が選択される(ステップS13)。すなわち、燃費を考慮した前述の強制的な変速が実行される。
【0033】
なお、車速を設定した車速に維持する定速走行制御(オートクルーズ制御)を行うことがスイッチ(SW)操作によって選択されているか否かを判断する制御を加えることができる。その例を図7に示してあり、オートクルーズスイッチがOFFか否かが、前述したステップS12に続けて判断される(ステップS12a)。その判断結果が肯定的な場合、すなわちオートクルーズ制御が実行されていない場合に、ステップS13に進んで、燃費が向上する変速段が選択され、またその変速段への変速に続く他の変速がビジーシフトにならないように抑制制御が実行される。
【0034】
したがって、燃費を考慮した前述の強制的な変速すなわち最適燃費の変速段(ギヤ段)への変速は、前述したステップS3およびステップS5ならびにステップS8、ステップS10、ステップS12、ステップS12aの判断が行われた後に実行可能になる。そして、これらの判断ステップS3,S5,S8,S10,S12,S12aはいずれも、最適燃費変速段への変速自体が、駆動力や加減速度の要求などに伴う変速に新たに介在してビジーシフトになる否かを判断するものであり、ビジーシフトにならないことの判断が成立した場合に、最適燃費変速段への変速が実行され、あるいは可能になる。なお、このような判断を行うことは、駆動力の滑らかな変化が阻害される可能性のある変速を禁止することにもなる。
【0035】
この発明の制御装置は、上述したビジーシフトの判断あるいはその判断に基づく禁止に加えて、最適燃費変速段への変速に続く変速との関係を判断して、最適燃費変速段への変速の許可および禁止を行うように構成されている。その制御例を図8にフローチャートで示してある。ここに示す例は、前述したステップS13のサブルーチンであり、先ず、次回の変速を許可する時間が読み込まれる(ステップS101)。ここで、「次回の変速」とは、現時点に最適燃費変速段への強制的な変速を実行したと仮定し、その強制的な変速の次に生じる変速であり、また「許可する時間」とは、その強制的な変速の後の次回の変速がビジーシフトとして体感されないようにインターバルをおく時間である。したがってこの時間は、前述した図6に示すマップもしくはこれと同様のマップに基づいて求めることができる。
【0036】
ついで、近い将来の走行負荷の変動が推定される(ステップS102)。この負荷は、エンジン負荷であり、その変動要因は種々存在する。例えば、比較的近い前方の登坂路による負荷の増大、前方に交通渋滞があることによる制動による負荷の変動、前方のコーナーに侵入する際に車速を低下させるようアクセルペダルが戻されて負荷が減少する変動、コーナーを抜ける際の加速操作による負荷の増大、交差点や信号機あるいは停車指示などによる車速の低下のための負荷変動などがある。これらの負荷変動の一例として前方の登坂路による負荷の変動を説明すると、図9は前述したステップS102のサブルーチンを示しており、先ず、各種の情報(データ)が取得される(ステップS201)。その情報を例示すると、ナビゲーションシステムによる走行環境に関する情報(NAVI情報)、加速度センサ(Gセンサ)による加減速度情報、ハンドル角、方向指示器(ウィンカー)の指示信号、オートクルーズスイッチのON・OFF情報、レーダークルーズコントロールシステムにおける車間距離センサの情報などである。
【0037】
前方の登坂路は、走行予定路に関する道路情報としてナビゲーションシステムによって取得することができ、そこで、先ず、h秒後の通過地点が算出される(ステップS202)。具体的には、現時点からh秒後の地点までの水平距離Aが求められる。これは、車速にh秒を掛けることにより得られる。さらに、h秒後の高度から現時点での高度を減じることにより高度差が算出される(ステップS203)。そして、その高度差Bを上記の水平距離Aによって割り算し、その値(商)に車重を掛けることにより走行負荷変動分が算出される(ステップS204)。
【0038】
なお、交通渋滞やコーナーへの接近もしくは進入などのためにブレーキ操作して減速する場合には、制動負荷を算出し、またコーナーから抜ける場合の加速の際にはアクセル開度や車速から負荷の増大分を算出すればよい。
【0039】
図8に示す制御例では、上述のようにして求められた走行負荷(より正確には走行負荷の変動分)が加減速度αに変化される(ステップS103)。その加減速度αに基づいて先読み加減速度の平均値iが算出される(ステップS104)。これは、
i=現在加速度−α/2
によって算出できる。その平均加減速度iを使用してh秒後の車速jが算出される(ステップS105)。ついで、加減速度の平均値iの値に基づいて、アップシフトをすべき状態か、あるいはダウンシフトをすべき状態かが判断される。すなわち、加減速度の平均値iが「0」以上か否かが判断される(ステップS106)。このステップS106で肯定的に判断されれば、車両は加速していることになり、また反対にステップS106で否定的に判断されれば、車両は減速していることになる。
【0040】
ステップS106で肯定的に判断されて車両が加速している場合、h秒後の車速として推定された車速jが変速線図におけるアップシフト線で規定される車速(アップ線車速)以上か否かが判断される(ステップS107)。また、ステップS106で否定的に判断された場合、すなわち前記平均加速度iが負であって車両が減速することが推定されている場合、h秒後の車速として推定された車速jが変速線図におけるダウンシフト線で規定される車速(ダウン線車速)以下か否かが判断される(ステップS108)。h秒後の車速として推定された車速jがアップ線車速を超えることによりステップS107で否定的に判断された場合には、図8のルーチンを一旦終了する。また同様に、h秒後の車速として推定された車速jがダウン線車速を下回ることによりステップS108で否定的に判断された場合には、図8のルーチンを一旦終了する。車両の駆動状態あるいは走行状態が前述したいわゆるヒステリシス領域にとどまらずに、変速線を横切って変化することが推定されるからである。
【0041】
なお、前述した図2に示すように、いわゆる強制的な変速を実行する実質的なヒステリシス領域は、アップシフト線およびダウンシフト線からある程度の離れた領域であるから、上記のステップS107におけるアップ線車速は、アップシフト線が設定されている車速よりも予め定めた車速だけ低車速であってもよい。これと同様に、ステップS108におけるダウン線車速は、ダウンシフト線が設定されている車速よりも予め定めた車速だけ高車速であってもよい。
【0042】
h秒後の車速として推定された車速jがアップ線車速以下であることによりステップS107で肯定的に判断された場合、およびh秒後の車速として推定された車速jがダウンシフト線車速以上であることによりステップS108で肯定的に判断された場合には、予め用意されている通常の変速線に基づいて変速を行った場合の変速段(ギヤ段)kが算出される(ステップS109)。前述した図2あるいは図11に示すように、ダウンシフト線はアップシフト線に対して低車速側にずらして設定されているから、車両の駆動状態あるいは走行状態がこれらの変速線の間のいわゆるヒステリシス領域にある場合、変速線図上で設定可能な変速段は現在時点の変速段とそれより1段高車速側の変速段である。したがって、ステップS109で算出される変速段kは、現在時点の変速段とそれより1段高車速側の変速段とのいずれかである。
【0043】
つぎに、ステップS109で算出された変速段kでの駆動力Iが計算される(ステップS110)。エンジン1が出力したトルクは、前述した図10に示す駆動系統を経て車輪5に伝達されて駆動力を発生するのであるから、エンジン1の出力トルク、エンジン1から車輪5に到る間の変速比、車輪5の径、伝達効率などに基づいて、従来知られている手法もしくは演算式によって駆動力Iを計算することができる。
【0044】
この発明で対象としている自動変速機2は、複数の前進段を設定できるように構成されており、したがって上記のステップS110で計算された駆動力Iを得ることのできる変速段は、複数存在する。そこで、ステップS110に続くステップS111では、上記の駆動力Iを満たすエンジントルクと変速段とが算出される。その演算を行うにあたっては、エンジントルクと変速段との二つの変数を求めることになるが、変速段は自動変速機2で設定可能な変速段に限られ、かつそれぞれの変速比は知られているから、その変速比毎にエンジントルクを求めればよい。また、エンジン1の回転数やトルクには、機構上定められた制限や、車両の乗り心地を損なう振動や騒音が生じないように定めた制限があるから、ステップS111で算出されたエンジントルクおよび変速段のうち、実際に採用できるエンジントルクおよび変速段は、これらの制限を受けないものに限られる。
【0045】
そして、ステップS111で算出された実際に採用可能な変速段のうち、燃費効率が最も良い変速段、すなわち燃料消費最小変速段が選択される(ステップS112)。変速段および車速に基づいてエンジン1の回転数を求めることができ、またエンジントルクが演算されているので、これらの値とマップとに基づいて燃費効率化が最も良好になるエンジン回転数およびそれに対応する変速段を求めればよい。
【0046】
したがって、この発明に係る制御装置によって実行される図8に示す制御のうち、上記のステップS101からステップS108において、ビジーシフトになる可能性があるために変速を禁止する将来に向けた所定の時間幅hの中での走行負荷や車速の変化を推定し、その時間幅hの中で、通常の変速線図に基づく変速が生じないことの判断が成立した場合に、変速線図に基づかずに、燃料消費最小変速段への強制的な変速を実行する。そのため、図1ないし図9を参照して説明したように制御することにより、そのいわゆる強制的な変速自体がビジーシフトにならないのみならず、いわゆる強制的な変速を実行することにより、次の変速がビジーシフトになる事態を未然に回避することができる。また、いわゆる強制的な変速後であっても駆動力が特には変化しないので、ビジーシフトが回避されることと相まって、運転者に違和感を与えることを防止もしくは抑制することができる。
【0047】
なお、前述した図7に示すステップS12aで否定的に判断された場合、すなわちオートクルーズ制御を実行するためのスイッチがONになっている場合、直ちに、図8に示すステップS109に進み、燃料消費最小変速段が選択される。その理由は、オートクルーズ制御を実行している状態は、基本的には運転者の積極的な加減速操作がなされない状態であるため、ビジーシフトとなる可能性が低く、燃料消費最小変速段へ移行した方が有利であるからである。
【0048】
ここで上記の具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、図8に示すステップS101〜S108の制御を実行する機能的手段が、この発明における変速予測手段に相当し、またステップS112の制御を実行する機能的手段が、この発明における変速段選択手段に相当する。
【0049】
なお、上述した具体例は、変速制御のために変速線にヒステリシスを設けた場合の強制的な変速の例であるが、ヒステリシスは車両における各種の制御に設定されており、例えば前述したロックアップクラッチの係合・解放の制御もしくは滑り制御(フレックスロックアップ制御)にも設定されており、このような制御におけるヒステリシス領域での強制的なロックアップもしくはその解放などの制御を行う場合にも、上述した制御を適用することができる。また、この発明は、動力源として内燃機関とモータとを設けたハイブリッド車両の自動変速機を対象とした制御装置にも適用することができる。さらに、この発明における自動変速機は、ベルト式無段変速機などの無段変速機の変速比をステップ的に変化させるように構成した変速機であってもよい。
【符号の説明】
【0050】
1…エンジン、 2…自動変速機、 3…出力軸、 5…車輪、 6…トルクコンバータ、 7…エンジン用電子制御装置、 8…自動変速機用電子制御装置。
【技術分野】
【0001】
この発明は、アップシフト線およびダウンシフト線によって変速段の領域を設定した変速線図に基づいて変速が制御される自動変速機の制御装置に関し、特にアップシフト線とダウンシフト線との間のいわゆるヒステリシス領域にとどまっている状態であっても変速を実行するように構成された制御装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
前進4段ないし8段などの複数の変速段を設定できる車両用の自動変速機は、アクセル開度やエンジン出力などの駆動要求量と車速やタービン回転数などの走行状態との二つのパラメータによって変速段領域を設定した変速線図(いわゆるマップ)に基づいて変速を制御するように構成されている。より具体的には、アップシフトを生じさせる領域を定めているアップシフト線と、ダウンシフトを生じさせる領域を定めているダウンシフト線とを各変速段に応じて設定し、車速やアクセル開度などの車両の駆動状態あるいは走行状態が、それらのアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切って変化することにより、アップシフトあるいはダウンシフトを生じさせるようになっている。
【0003】
通常、そのアップシフト線とダウンシフト線との間にはヒステリシスが設けられている。これは、アクセル開度や車速が僅かに変化する都度、変速が生じるいわゆるビジーシフトを回避するためであり、一般的には、ダウンシフト線はアップシフト線に対して、低速側に大きく離れて設定されている。
【0004】
有段式の自動変速機は、このように車両の駆動状態もしくは走行状態がアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切るように変化することによって変速が実行されるが、車速あるいは駆動要求量は必ずしもアップシフト線上の状態もしくはアップシフト線に近い状態に維持されるわけではなく、いわゆるヒステリシス領域の中央に近い状態に維持されることもある。アップシフト線は、車両の燃費効率と動力性能との両立を図るように設定されるのが通常であるから、アップシフト線から大きく離れた走行状態に維持されていると、燃費効率が低下する可能性がある。そこで、特許文献1に記載された装置は、ヒステリシス領域に大きく侵入した状態を検出し、その状態が一時的なものではない場合に、アップシフト線もしくはダウンシフト線を横切る変化が生じなくても、燃費が良好になる変速段への変速を生じさせるように構成されている。
【0005】
車両の駆動状態もしくは走行状態がこのようにヒステリシス領域にとどまっていても強制的に変速を実行する装置が、特許文献2や特許文献3に記載されている。すなわち、特許文献2には、車両の走行状態がヒステリシス領域にあり、かつトルクコンバータの速度比が所定時間以上継続してしきい値以下になっている場合にダウンシフトを実行するように構成された装置が記載されている。これは、例えば登坂路に入ることを、トルクコンバータの速度比から推定して、駆動力を増大するべくダウンシフトを実行するものである。また、特許文献3には、車両の走行状態がヒステリシス領域にあり、かつエンジン出力に対する信号の増加率が所定値以上の場合にダウンシフトを実行するように構成された装置が記載されている。これは、ヒステリシスを設けていることによるダウンシフトの遅れを是正するためのものであり、車両の走行状態がダウンシフト線を横切るように変化する前にダウンシフトを実行するように構成したものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−193721号公報
【特許文献2】特開平1−188760号公報
【特許文献3】特開平1−206144号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の各特許文献1,2,3に記載されている発明は、車両の走行状態が変速線図(変速マップ)におけるいわゆるヒステリシス領域にある場合に、走行状態が変速線を横切るように変化することがなくても強制的に変速を生じさせる条件を規定した発明であり、具体的には、特許文献1に記載された発明は、ヒステリシス領域に深く侵入していること、かつそれが一時的ではないことを規定した発明である。また、特許文献2に記載されている発明は、トルクコンバータの速度比が所定時間継続してしきい値以上であることを規定した発明である。さらに、特許文献3に記載された発明は、エンジン出力に対する信号の増加率が所定値以上であることを規定した発明である。したがって、特許文献2あるいは特許文献3に記載された発明では、トルクコンバータの速度比やエンジン出力に対する信号の増加率が条件を満たすことにより、ダウンシフトが生じるので、先行する変速の直後にこのような条件が成立すると、再度、ダウンシフトが生じることになり、その結果、短時間のうちに変速が繰り返されるいわゆるビジーシフトとなり、運転者に違和感を与えたり、車両の乗り心地が損なわれたりする可能性がある。
【0008】
これに対して特許文献1に記載された発明は、そのようなビジーシフトを回避するべく、ヒステリシス領域に深く侵入した状態が一時的なものではないことを判断し、その判断が成立した場合に変速を行うこととしているので、先行する変速の直後に再度変速が生じることはない。しかしながら、アクセル開度などの駆動要求量や車速など、変速に関係する要因は、車両の走行環境によって変化するから、上述したヒステリシス領域にある状態でのいわゆる強制的な変速がビジーシフトにならないとしても、その強制的な変速が生じた時点の走行環境が、その強制的な変速の後の変速段からの変速を要求するものであれば、車両の走行状態もしくは駆動状態が変速線を横切って変化することになるので、変速が生じることになる。すなわち、上記の強制的な変速自体がビジーシフトでないとしても、その後に直ちに変速が生じて、ビジーシフトとなる可能性がある。
【0009】
この発明は上記の技術的課題に着目してなされたものであり、ヒステリシス領域でのいわゆる強制的な変速がビジーシフトの要因とならないように変速制御を行うことのできる装置を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、アップシフト線とダウンシフト線との間に所定のヒステリシスを設定した変速線図に基づいて変速を実行するとともに、車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている場合に、燃費の良好な変速段への変速を実行するように構成された車両用自動変速機の制御装置において、前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている現在時点からビジーシフトを禁止するべく設定した所定時間が経過するまでの間に前記変速線図に基づいた変速が生じることを予測する変速予測手段と、その変速予測手段が前記変速線図に基づいた前記変速が生じることを予測しない場合に前記燃費の良好な変速段への変速を実行する変速段選択手段とを備えていることを特徴とするものである。
【0011】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前記燃費の良好な変速段は、前記変速線図に基づく変速を行った場合と同等の駆動力を発生する変速段のうち燃費が最も良好な変速段を含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【0012】
請求項3の発明は、請求項1または2の発明において、前記変速予測手段は、前記車両の前方における走行予定路の道路状況に応じて車両負荷もしくは車速が変化することを予測し、その予測に基づく変速が生じるか否かを予測する手段を含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【0013】
請求項4の発明は、請求項3の発明において、前記道路状況は、勾配、交通渋滞の有無、コーナーの入り口もしくは出口、停止信号または停止指示のいずれかを含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【0014】
請求項5の発明は、請求項1ないし4のいずれかの発明において、前記変速予測手段は、前記所定時間後における前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図におけるアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切って変化した状態になる場合に前記変速が生じることの予測を成立させる手段を含むことを特徴とする車両用自動変速機の制御装置である。
【発明の効果】
【0015】
請求項1の発明によれば、車両の駆動状態もしくは走行状態が、アップシフト線とダウンシフト線との間に設定されているヒステリシス領域に所定時間以上とどまっていると、車両の駆動状態もしくは走行状態が変速線を横切って変化しないとしても、燃費が良好になる変速段へのいわゆる強制的な変速が実行されるが、ヒステリシス領域にとどまっている現在時点から所定時間経過するまでの間に変速線図に基づく変速の生じることが予測された場合、いわゆる強制的な変速が実行されない。その所定時間は、ビジーシフトと感じられる連続した変速が生じないように設定した時間であり、したがっていわゆる強制的な変速がビジーシフトになることが未然に回避される。
【0016】
また、請求項2の発明によれば、上記の請求項1の発明による効果に加えて、いわゆる強制的な変速を実行したとしても駆動力の変化が緩やかになり、もしくは駆動力の変化が殆ど生じないので、運転者に違和感を与えることを防止もしくは抑制することができる。
【0017】
請求項3ないし5の発明によれば、変速の予測を確実に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】この発明に係る制御装置によって実行される制御の一例を説明するためのフローチャートであって、いわゆる強制的な変速がビジーシフトになるか否かを判断するための制御例を示している。
【図2】図1の制御例で使用するアクセル開度のしきい値の一例を示す線図である。
【図3】図1の制御例で使用する勾配のしきい値の一例を示す線図である。
【図4】図1の制御例で使用するアクセル開度変化量のしきい値の一例を示す線図である。
【図5】図1の制御例で使用する加減速度のしきい値の一例を示す線図である。
【図6】図1の制御例で使用するビジーシフトとならない経過時間のしきい値の一例を示す線図である。
【図7】この発明に係る制御装置によって実行される制御例の他の例を説明するためのフローチャートであって、図1に示すフローチャートにオートクルーズスイッチのONの判断を行うステップを加えたフローチャートである。
【図8】現在時点から所定時間の将来の変速の有無を判断し、その判断の結果に基づいて燃料消費最小変速段を選択するための制御例を説明するフローチャートである。
【図9】近い将来の負荷変動を推定するための制御の一例を説明するフローチャートである。
【図10】この発明で対象とすることのできる車両の駆動系統を模式的に示す図である。
【図11】変速線図におけるアップシフト線およびダウンシフト線ならびにヒステリシス領域を模式的に示す線図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
先ず、この発明で対象とする車両について説明すると、図10に示す例は、内燃機関1を駆動力源とした車両であり、その内燃機関1が出力する駆動力を自動変速機2を介して駆動輪に伝達するように構成されている。内燃機関1の出力側に自動変速機2が連結され、その出力軸3がデファレンシャル4を介して駆動輪5に連結されている。その内燃機関1は、ガソリンや軽油あるいはLPG(液化天然ガス)などの燃料を燃焼して動力を発生する熱機関である。この種の内燃機関としてガソリンエンジンやディーゼルエンジン、ガスエンジンなどを挙げることができる。そして、内燃機関1は、燃料の供給およびその停止を電気的に制御できるように構成されている。例えば電気的に制御される燃料噴射装置を備えている。なお、以下の説明では、内燃機関1をエンジン1と記す。また、図には内燃機関1をE/Gと記す。
【0020】
このエンジン1の出力側に連結された自動変速機2は、外部から指令信号により、あるいは手動操作されて変速比を大小に変化させる伝動機構であり、従来の一般的な車両に搭載されている有段式の自動変速機である。また、この自動変速機2は、ロックアップクラッチ付のトルクコンバータなどの伝動機構6を備えていてもよい。この種の自動変速機2の最も一般的な例は、複数の遊星歯車機構を備え、それらのサンギヤやキャリヤあるいはリングギヤなどの回転要素をクラッチによって選択的に連結し、あるいはその連結を解き、またブレーキによって選択的に固定することによりトルクの伝達経路を変更して変速比(変速段)を切り替えるように構成された自動変速機である。その変速制御は、動力性能および燃費効率が可及的に良好になるように実行され、より具体的には、アクセル開度やエンジン出力あるいはスロットル開度などの駆動状態と、車速やタービン回転数などの走行状態とに基づいて変速比もしくは変速段を定めたマップ(変速線図)に基づいて行うように構成されている。
【0021】
その変速線図には、アップシフトを生じさせるアップシフト線と、ダウンシフトを生じさせるダウンシフト線とが設定されており、駆動状態あるいは走行状態がアップシフト線を横切るように変化することによりアップシフトの判断が成立してアップシフト制御が実行され、また駆動状態もしくは走行状態がアップシフト線を横切るように変化することによりダウンシフトの判断が成立してダウンシフト制御が実行される。図11にはそのアップシフト線とダウンシフト線とを模式的に示してあり、n段から(n+1)段へのアップシフト線は所定の車速V以上で(n+1)段となるように設定され、かつその境界となる車速はアクセル開度θが所定値以上であれば、アクセル開度θが大きいほど高車速側とになるように設定されている。これに対して(n+1)段からn段へのダウンシフト線は、アップシフト線より低車速側に設定されている。このアップシフト線とダウンシフト線との間のこのような相違がヒステリシスであり、車速などの走行状態およびアクセル開度などの駆動状態の僅かな変化によって変速が生じないようになっている。したがって、駆動状態や走行状態がアップシフト線とダウンシフト線との間のいわゆるヒステリシス領域内で変化しても変速が生じない。これに対してアップシフト線は、燃費効率が良好になる車速あるいはアクセル開度に設定してある。したがって、車両の駆動状態あるいは走行状態がヒステリシス領域内にあるとき、特にヒステリシス領域の中央部分にするときには、アップシフト線に近い箇所にあるときよりも燃費が低下する。
【0022】
上記のエンジン1や自動変速機2は電気的に制御できるように構成されており、その制御のためのエンジン用電子制御装置(E−ECU)7および自動変速機用電子制御装置(T−ECU)8が設けられている。これらの電子制御装置7,8はマイクロコンピュータを主体として構成されており、各種のセンサから入力されたデータおよび予め記憶しているデータならびに演算プログラムによって演算を行い、その演算の結果を指令信号としてエンジン1や自動変速機2に出力し、所定の制御を実行するように構成されている。それらのデータを例示すると、エンジン回転数、アクセル開度、エンジン油温、排気浄化触媒温度、補機類のオン・オフなどのデータがエンジン用電子制御装置7に入力されている。また、車速、出力軸3の回転数、自動変速機2の油温、アクセル開度、シフトレンジなどのデータが自動変速機用電子制御装置8に入力されている。なお、これらの電子制御装置7,8は相互にデータ通信できるように接続されている。
【0023】
上述したようにこの発明で対象とする自動変速機2の変速制御は、基本的には、車両の駆動状態あるいは走行状態が、アップシフト線やダウンシフト線などの変速線を横切るように変化することにより変速を実行するように構成されているが、燃費効率を向上させるために、変速線を横切る変化が生じない場合であってもいわゆる強制的な変速を実行するように構成され、またその強制的な変速を実行することがいわゆるビジーシフトの要因にならないように構成されている。その制御例を次に説明する。
【0024】
図1はその制御例を説明するためのフローチャートであって、先ず情報が収得される(ステップS1)。ここで、収得される情報(すなわち読み込まれる情報)は、例えば、車速、加速度、ブレーキペダルやアクセルペダルの踏み込み量などを含み、要は、運転者による加減速操作量や車両の駆動状態もしくは走行状態を示す状態量などである。また、自動変速機2で変速が実行された場合には、その変速を実行した時点からの経過時間がカウントされる(ステップS2)。さらに、アクセル開度がしきい値θ0 より低開度か否かが判断される(ステップS3)。このしきい値θ0 は、変速線で燃費が決まる領域のパーシャル開度以下の値であり、例えば40%程度の開度であり、その一例を図2に模式的に示してある。すなわち、アクセル開度がしきい値θ0 以上であれば、大きい駆動力が要求されていて燃費を優先した強制的な変速を実行する必要性が少ない上に、強制的な変速を実行した場合のショックが大きくなる可能性が高く、したがってアクセル開度がしきい値以上の場合には、変速線に基づいたいわゆる強制的な変速を実行しないこととしたのである。すなわち、ステップS3で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0025】
なお、図2には、アップシフト線とダウンシフト線との間のいわゆるヒステリシス領域において、車両の駆動状態あるいは走行状態が所定時間以上とどまることにより強制的な変速を実行する領域をハッチングを付して示してある。この領域は、アップシフト線およびダウンシフト線から予め定めた所定量、離れた領域として設定してある。アップシフト線もしくはダウンシフト線に近い駆動状態あるいは走行状態であれば、たとえヒステリシス領域であっても、その状態から強制的に変速したとしても燃費の向上効果が少ないからである。
【0026】
アクセル開度がしきい値θ0 より小さいことによりステップS3で肯定的に判断された場合には、車両が走行している走行環境の一つである路面の勾配についてのしきい値が求められる(ステップS4)。これは、道路勾配の大小を判定するためであり、また道路勾配を判定するのは、道路勾配が変速を誘引する大きな要素となる場合があるからである。そのしきい値a,bは、運転者による急な加減速操作(例えばペダル操作)を必要としない緩い勾配の上限値であってその一例を図3に示してあり、これらの値は経験もしくは実験に基づいて適宜に設定してよく、例えば下り勾配(downhill)についてのしきい値aが、登り勾配(uphill)についてのしきい値より大きく採ってある。登り勾配の場合にはアクセルペダルを大きく踏み込んでダウンシフトが生じる可能性が高いからである。
【0027】
こうして算出されたしきい値a,bと車両が現在走行している路面の現勾配とが比較される(ステップS5)。すなわち、現勾配がしきい値a,bの間に入っているか否かが判断される。ここで、現勾配は、ナビゲーションシステムによって得られる道路情報によって求めてもよく、あるいはアクセル開度もしくはスロットル開度と加速度(車速の変化率)とに基づいて演算して求めてもよい。こうして求められた現勾配が、下り勾配しきい値a以下の場合、すなわち下り勾配しきい値aより急勾配の降坂路の場合、および現勾配が上り勾配しきい値b以上の場合、すなわち登り勾配しきい値bより急勾配の登坂路の場合、エンジンブレーキ力やと登坂力を確保することが優先するので、変速線に基づいたいわゆる強制的な変速を実行しないこととしたのである。すなわち、ステップS5で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0028】
これとは反対に現勾配が勾配についてのしきい値a,bの範囲内にあることによりステップS5で肯定的に判断された場合には、アクセル開度の変動量が算出される(ステップS6)。この算出は、アクセル開度センサ(図示せず)による検出値の変化を求めることにより行うことができる。ついで、アクセル開度変動量についてのしきい値が算出される(ステップS7)。このしきい値は、運転者が急加速あるいは急減速(エンジンブレーキ)の意志によらずに行う緩やかなアクセルペダル操作の上限値として設定されるものであって、アクセルペダルの戻し側と踏み込み側とに両方に設定することができる。以下に述べるように、アクセル開度についての判断を行うのは、運転者が加速もしくは減速を要求してアクセル操作を行っているのか、あるいは加減速を特には求めないアクセル開度の変化(あるいはふらつき)か否かを判断するためであるから、アクセル開度についてのしきい値e,fはその判断を正確に行えるように、実験的にもしくは経験的に定めることができ、あるいはシミュレーションを行って適宜に定めることができる。そのしきい値e,fの一例を図4に示してある。ここに示す例は、アクセル開度の大小に拘わらず、しきい値e,fを一定にした例である。
【0029】
アクセル開度の変動量についてのしきい値e,fを上記のように算出した後、上記のステップS6で算出されたアクセル開度の変動量がしきい値e,fの範囲内か否かが判断される(ステップS8)。アクセルペダルを戻し側しきい値e以上に戻した場合、およびアクセルペダルを踏み込み側しきい値f以上に踏み込んだ場合には、ステップS8で否定的に判断される。このようにステップS8で否定的に判断された場合には、運転者が大きいエンジンブレーキ力あるいは大きい駆動力を求めており、したがってダウンシフトもしくはアップシフトが生じる可能性が高いので、燃費を考慮した前述の強制的な変速を行わないように構成されている。すなわち、ステップS8で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0030】
これとは反対にステップS8で肯定的に判断された場合、すなわちアクセル開度の変動量がしきい値e,fの範囲内に入っている場合には、加速度についてのしきい値c,dが算出される(ステップS9)。これは、現在生じている加速度、もしくは現在要求される加速度の大小を判断するためであり、また加速度の大小を判断するのは、変速の要否あるいは変速が生じることの可能性を判断するためである。この加速度(加減速度)のしきい値c,dの例を図5に示してあり、ここに示す例は、加減速度Gの大小に拘わらず、しきい値c,dを一定にした例である。
【0031】
したがって、ステップS9に続くステップS10では、現加速度がそれらのしきい値c,dの範囲内に入っているか否か、すなわち車両の状態が急加速(急な下りやアクセルペダルの急な踏みまし)や急減速(急な登りやブレーキング)しない緩やかな加減速状態か否かが判断される。なお、現加速度は現在の実際の加速度(負の加速度である減速度を含む)や現時点に要求されている加速度であって、車速の変化率として求めてもよく、あるいはアクセル開度や道路勾配もしくはロード・ロードなどから求めてもよい。現加速度が減速側のしきい値c以上に小さい場合、すなわち減速度がしきい値c以上である場合、および現加速度が加速側のしきい値d以上に大きい場合には、運転者が大きいエンジンブレーキ力あるいは大きい駆動力を求めており、したがってダウンシフトもしくはアップシフトが生じる可能性が高いので、燃費を考慮した前述の強制的な変速を行わないように構成されている。すなわち、ステップS10で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。
【0032】
これとは反対に現加速度が加減速度のしきい値c,dの範囲内であることによりステップS10で肯定的に判断された場合には、運転者は加減速を特には求めていないと考えられ、この場合は直前の変速からの経過時間についてのしきい値gが算出される(ステップS11)。このしきい値gは、燃費を考慮した前述の強制的な変速自体がビジーシフトにならないようにするためのものであり、車両の駆動状態や走行状態に応じた値が設定される。その値は、実験により、あるいはシミュレーションならびに経験などに基づいて決めることができ、その一例を図6に示してある。ここに示す例では、車速が高車速ほど、またアクセル開度が大きいほど、しきい値gが大きい値に設定された例である。そして、そのしきい値gと変速後の経過時間とが比較される(ステップS12)。変速後の経過時間がしきい値g以下であることによりステップS12で否定的に判断された場合には、特に制御を行うことなくリターンする。燃費を考慮した前述の強制的な変速自体がビジーシフトになることを回避するため、その強制的な変速を禁止したのである。これに対して、変速後の経過時間がしきい値gを超えていることによりステップS12で肯定的に判断された場合には、燃費が最適になる(もしくは燃費が現状より向上する)変速段が選択される(ステップS13)。すなわち、燃費を考慮した前述の強制的な変速が実行される。
【0033】
なお、車速を設定した車速に維持する定速走行制御(オートクルーズ制御)を行うことがスイッチ(SW)操作によって選択されているか否かを判断する制御を加えることができる。その例を図7に示してあり、オートクルーズスイッチがOFFか否かが、前述したステップS12に続けて判断される(ステップS12a)。その判断結果が肯定的な場合、すなわちオートクルーズ制御が実行されていない場合に、ステップS13に進んで、燃費が向上する変速段が選択され、またその変速段への変速に続く他の変速がビジーシフトにならないように抑制制御が実行される。
【0034】
したがって、燃費を考慮した前述の強制的な変速すなわち最適燃費の変速段(ギヤ段)への変速は、前述したステップS3およびステップS5ならびにステップS8、ステップS10、ステップS12、ステップS12aの判断が行われた後に実行可能になる。そして、これらの判断ステップS3,S5,S8,S10,S12,S12aはいずれも、最適燃費変速段への変速自体が、駆動力や加減速度の要求などに伴う変速に新たに介在してビジーシフトになる否かを判断するものであり、ビジーシフトにならないことの判断が成立した場合に、最適燃費変速段への変速が実行され、あるいは可能になる。なお、このような判断を行うことは、駆動力の滑らかな変化が阻害される可能性のある変速を禁止することにもなる。
【0035】
この発明の制御装置は、上述したビジーシフトの判断あるいはその判断に基づく禁止に加えて、最適燃費変速段への変速に続く変速との関係を判断して、最適燃費変速段への変速の許可および禁止を行うように構成されている。その制御例を図8にフローチャートで示してある。ここに示す例は、前述したステップS13のサブルーチンであり、先ず、次回の変速を許可する時間が読み込まれる(ステップS101)。ここで、「次回の変速」とは、現時点に最適燃費変速段への強制的な変速を実行したと仮定し、その強制的な変速の次に生じる変速であり、また「許可する時間」とは、その強制的な変速の後の次回の変速がビジーシフトとして体感されないようにインターバルをおく時間である。したがってこの時間は、前述した図6に示すマップもしくはこれと同様のマップに基づいて求めることができる。
【0036】
ついで、近い将来の走行負荷の変動が推定される(ステップS102)。この負荷は、エンジン負荷であり、その変動要因は種々存在する。例えば、比較的近い前方の登坂路による負荷の増大、前方に交通渋滞があることによる制動による負荷の変動、前方のコーナーに侵入する際に車速を低下させるようアクセルペダルが戻されて負荷が減少する変動、コーナーを抜ける際の加速操作による負荷の増大、交差点や信号機あるいは停車指示などによる車速の低下のための負荷変動などがある。これらの負荷変動の一例として前方の登坂路による負荷の変動を説明すると、図9は前述したステップS102のサブルーチンを示しており、先ず、各種の情報(データ)が取得される(ステップS201)。その情報を例示すると、ナビゲーションシステムによる走行環境に関する情報(NAVI情報)、加速度センサ(Gセンサ)による加減速度情報、ハンドル角、方向指示器(ウィンカー)の指示信号、オートクルーズスイッチのON・OFF情報、レーダークルーズコントロールシステムにおける車間距離センサの情報などである。
【0037】
前方の登坂路は、走行予定路に関する道路情報としてナビゲーションシステムによって取得することができ、そこで、先ず、h秒後の通過地点が算出される(ステップS202)。具体的には、現時点からh秒後の地点までの水平距離Aが求められる。これは、車速にh秒を掛けることにより得られる。さらに、h秒後の高度から現時点での高度を減じることにより高度差が算出される(ステップS203)。そして、その高度差Bを上記の水平距離Aによって割り算し、その値(商)に車重を掛けることにより走行負荷変動分が算出される(ステップS204)。
【0038】
なお、交通渋滞やコーナーへの接近もしくは進入などのためにブレーキ操作して減速する場合には、制動負荷を算出し、またコーナーから抜ける場合の加速の際にはアクセル開度や車速から負荷の増大分を算出すればよい。
【0039】
図8に示す制御例では、上述のようにして求められた走行負荷(より正確には走行負荷の変動分)が加減速度αに変化される(ステップS103)。その加減速度αに基づいて先読み加減速度の平均値iが算出される(ステップS104)。これは、
i=現在加速度−α/2
によって算出できる。その平均加減速度iを使用してh秒後の車速jが算出される(ステップS105)。ついで、加減速度の平均値iの値に基づいて、アップシフトをすべき状態か、あるいはダウンシフトをすべき状態かが判断される。すなわち、加減速度の平均値iが「0」以上か否かが判断される(ステップS106)。このステップS106で肯定的に判断されれば、車両は加速していることになり、また反対にステップS106で否定的に判断されれば、車両は減速していることになる。
【0040】
ステップS106で肯定的に判断されて車両が加速している場合、h秒後の車速として推定された車速jが変速線図におけるアップシフト線で規定される車速(アップ線車速)以上か否かが判断される(ステップS107)。また、ステップS106で否定的に判断された場合、すなわち前記平均加速度iが負であって車両が減速することが推定されている場合、h秒後の車速として推定された車速jが変速線図におけるダウンシフト線で規定される車速(ダウン線車速)以下か否かが判断される(ステップS108)。h秒後の車速として推定された車速jがアップ線車速を超えることによりステップS107で否定的に判断された場合には、図8のルーチンを一旦終了する。また同様に、h秒後の車速として推定された車速jがダウン線車速を下回ることによりステップS108で否定的に判断された場合には、図8のルーチンを一旦終了する。車両の駆動状態あるいは走行状態が前述したいわゆるヒステリシス領域にとどまらずに、変速線を横切って変化することが推定されるからである。
【0041】
なお、前述した図2に示すように、いわゆる強制的な変速を実行する実質的なヒステリシス領域は、アップシフト線およびダウンシフト線からある程度の離れた領域であるから、上記のステップS107におけるアップ線車速は、アップシフト線が設定されている車速よりも予め定めた車速だけ低車速であってもよい。これと同様に、ステップS108におけるダウン線車速は、ダウンシフト線が設定されている車速よりも予め定めた車速だけ高車速であってもよい。
【0042】
h秒後の車速として推定された車速jがアップ線車速以下であることによりステップS107で肯定的に判断された場合、およびh秒後の車速として推定された車速jがダウンシフト線車速以上であることによりステップS108で肯定的に判断された場合には、予め用意されている通常の変速線に基づいて変速を行った場合の変速段(ギヤ段)kが算出される(ステップS109)。前述した図2あるいは図11に示すように、ダウンシフト線はアップシフト線に対して低車速側にずらして設定されているから、車両の駆動状態あるいは走行状態がこれらの変速線の間のいわゆるヒステリシス領域にある場合、変速線図上で設定可能な変速段は現在時点の変速段とそれより1段高車速側の変速段である。したがって、ステップS109で算出される変速段kは、現在時点の変速段とそれより1段高車速側の変速段とのいずれかである。
【0043】
つぎに、ステップS109で算出された変速段kでの駆動力Iが計算される(ステップS110)。エンジン1が出力したトルクは、前述した図10に示す駆動系統を経て車輪5に伝達されて駆動力を発生するのであるから、エンジン1の出力トルク、エンジン1から車輪5に到る間の変速比、車輪5の径、伝達効率などに基づいて、従来知られている手法もしくは演算式によって駆動力Iを計算することができる。
【0044】
この発明で対象としている自動変速機2は、複数の前進段を設定できるように構成されており、したがって上記のステップS110で計算された駆動力Iを得ることのできる変速段は、複数存在する。そこで、ステップS110に続くステップS111では、上記の駆動力Iを満たすエンジントルクと変速段とが算出される。その演算を行うにあたっては、エンジントルクと変速段との二つの変数を求めることになるが、変速段は自動変速機2で設定可能な変速段に限られ、かつそれぞれの変速比は知られているから、その変速比毎にエンジントルクを求めればよい。また、エンジン1の回転数やトルクには、機構上定められた制限や、車両の乗り心地を損なう振動や騒音が生じないように定めた制限があるから、ステップS111で算出されたエンジントルクおよび変速段のうち、実際に採用できるエンジントルクおよび変速段は、これらの制限を受けないものに限られる。
【0045】
そして、ステップS111で算出された実際に採用可能な変速段のうち、燃費効率が最も良い変速段、すなわち燃料消費最小変速段が選択される(ステップS112)。変速段および車速に基づいてエンジン1の回転数を求めることができ、またエンジントルクが演算されているので、これらの値とマップとに基づいて燃費効率化が最も良好になるエンジン回転数およびそれに対応する変速段を求めればよい。
【0046】
したがって、この発明に係る制御装置によって実行される図8に示す制御のうち、上記のステップS101からステップS108において、ビジーシフトになる可能性があるために変速を禁止する将来に向けた所定の時間幅hの中での走行負荷や車速の変化を推定し、その時間幅hの中で、通常の変速線図に基づく変速が生じないことの判断が成立した場合に、変速線図に基づかずに、燃料消費最小変速段への強制的な変速を実行する。そのため、図1ないし図9を参照して説明したように制御することにより、そのいわゆる強制的な変速自体がビジーシフトにならないのみならず、いわゆる強制的な変速を実行することにより、次の変速がビジーシフトになる事態を未然に回避することができる。また、いわゆる強制的な変速後であっても駆動力が特には変化しないので、ビジーシフトが回避されることと相まって、運転者に違和感を与えることを防止もしくは抑制することができる。
【0047】
なお、前述した図7に示すステップS12aで否定的に判断された場合、すなわちオートクルーズ制御を実行するためのスイッチがONになっている場合、直ちに、図8に示すステップS109に進み、燃料消費最小変速段が選択される。その理由は、オートクルーズ制御を実行している状態は、基本的には運転者の積極的な加減速操作がなされない状態であるため、ビジーシフトとなる可能性が低く、燃料消費最小変速段へ移行した方が有利であるからである。
【0048】
ここで上記の具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、図8に示すステップS101〜S108の制御を実行する機能的手段が、この発明における変速予測手段に相当し、またステップS112の制御を実行する機能的手段が、この発明における変速段選択手段に相当する。
【0049】
なお、上述した具体例は、変速制御のために変速線にヒステリシスを設けた場合の強制的な変速の例であるが、ヒステリシスは車両における各種の制御に設定されており、例えば前述したロックアップクラッチの係合・解放の制御もしくは滑り制御(フレックスロックアップ制御)にも設定されており、このような制御におけるヒステリシス領域での強制的なロックアップもしくはその解放などの制御を行う場合にも、上述した制御を適用することができる。また、この発明は、動力源として内燃機関とモータとを設けたハイブリッド車両の自動変速機を対象とした制御装置にも適用することができる。さらに、この発明における自動変速機は、ベルト式無段変速機などの無段変速機の変速比をステップ的に変化させるように構成した変速機であってもよい。
【符号の説明】
【0050】
1…エンジン、 2…自動変速機、 3…出力軸、 5…車輪、 6…トルクコンバータ、 7…エンジン用電子制御装置、 8…自動変速機用電子制御装置。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アップシフト線とダウンシフト線との間に所定のヒステリシスを設定した変速線図に基づいて変速を実行するとともに、車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている場合に、燃費の良好な変速段への変速を実行するように構成された車両用自動変速機の制御装置において、
前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている現在時点からビジーシフトを禁止するべく設定した所定時間が経過するまでの間に前記変速線図に基づいた変速が生じることを予測する変速予測手段と、
その変速予測手段が前記変速線図に基づいた前記変速が生じることを予測しない場合に前記燃費の良好な変速段への変速を実行する変速段選択手段と
を備えていることを特徴とする車両用自動変速機の制御装置。
【請求項2】
前記燃費の良好な変速段は、前記変速線図に基づく変速を行った場合と同等の駆動力を発生する変速段のうち燃費が最も良好な変速段を含むことを特徴とする請求項1に記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項3】
前記変速予測手段は、前記車両の前方における走行予定路の道路状況に応じて車両負荷もしくは車速が変化すること予測し、その予測に基づく変速が生じるか否かを予測する手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項4】
前記道路状況は、勾配、交通渋滞の有無、コーナーの入り口もしくは出口、停止信号または停止指示のいずれかを含むことを特徴とする請求項3に記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項5】
前記変速予測手段は、前記所定時間後における前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図におけるアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切って変化した状態になる場合に前記変速が生じることの予測を成立させる手段を含むことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項1】
アップシフト線とダウンシフト線との間に所定のヒステリシスを設定した変速線図に基づいて変速を実行するとともに、車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている場合に、燃費の良好な変速段への変速を実行するように構成された車両用自動変速機の制御装置において、
前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図における前記ヒステリシスが設定されている領域に所定時間以上とどまっている現在時点からビジーシフトを禁止するべく設定した所定時間が経過するまでの間に前記変速線図に基づいた変速が生じることを予測する変速予測手段と、
その変速予測手段が前記変速線図に基づいた前記変速が生じることを予測しない場合に前記燃費の良好な変速段への変速を実行する変速段選択手段と
を備えていることを特徴とする車両用自動変速機の制御装置。
【請求項2】
前記燃費の良好な変速段は、前記変速線図に基づく変速を行った場合と同等の駆動力を発生する変速段のうち燃費が最も良好な変速段を含むことを特徴とする請求項1に記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項3】
前記変速予測手段は、前記車両の前方における走行予定路の道路状況に応じて車両負荷もしくは車速が変化すること予測し、その予測に基づく変速が生じるか否かを予測する手段を含むことを特徴とする請求項1または2に記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項4】
前記道路状況は、勾配、交通渋滞の有無、コーナーの入り口もしくは出口、停止信号または停止指示のいずれかを含むことを特徴とする請求項3に記載の車両用自動変速機の制御装置。
【請求項5】
前記変速予測手段は、前記所定時間後における前記車両の駆動状態もしくは走行状態が前記変速線図におけるアップシフト線もしくはダウンシフト線を横切って変化した状態になる場合に前記変速が生じることの予測を成立させる手段を含むことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の車両用自動変速機の制御装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2010−286005(P2010−286005A)
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−137863(P2009−137863)
【出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年6月9日(2009.6.9)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]