説明

金属窒素化合物の分子線エピタキシー成膜方法及び装置

【課題】膜の成長量を精細に制御可能として生成膜の平坦性及び結晶性と成膜速度とを同時に有効に高めることができる金属窒素化合物のMBE成膜方法及び装置を提供すること。
【解決手段】固体金属用分子線セル11の出口部分に配置したシャッター12の周期的開閉動作と同期して、窒素励起セル21の励起コイル24へのRF電力投入量を切替えることにより該窒素励起セル21をLBモードとHBモード間で切替え、固体金属用分子線セル11から成長室内の基板5に所定量の金属分子線を照射すると同時に窒素励起セル21から金属分子と反応しない窒素励起分子線を照射する一方、基板5への金属分子線の照射期間とオーバーラップするか又は該金属分子線の照射停止後の一定期間中、LBモードからHBモードに切替えた窒素励起セル21から上記基板5へ所定量の窒素活性種を照射するようにして成長量を精密に制御可能とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属窒素化合物、代表的に、III族金属窒素化合物の分子線エピタキシャル成膜方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、青色発光ダイオード等の電子ディバイス用に、GaN、InGaN、InN、InAlN等のIII族金属窒素化合物半導体は、例えば、サファイア基板等の基板に結晶成長させるにあたり、比較的低温にて成膜操作が比較的簡単でありかつ膜厚を原子レベルで制御可能であることから、膜成長室を、10-5〜10-9Pa程度の超高真空とする分子線エピタキシー(MBE:Molecular Beam Epitaxy)成膜装置を用いて作製されている。
【0003】
従来、例えば、サファイア基板にGaN膜をエピタキシャル成長させるにあたり、MBE成膜装置の成長室内に、基板を保持するとともにヒータを用いて600℃〜800℃程度に加熱し、固体金属用分子線セル、即ち、適当な坩堝を用いてクヌーセン(Knudesen)条件を満たすように構成したセル(Kセル)から蒸発したGa分子線を該Kセルの出口部分に配置したシャッターを介して上記基板に照射すると同時に、例えば、13.56MHzの高周波(Radio Frequency:RF)電力を用いたプラズマ放電室(励起セル)内に生成した窒素ラジカルビーム(窒素活性種ともいう)を、該窒素励起セルの出口部分に配置したシャッターを介して上記基板に照射し、該基板面にGaN半導体膜を生成することが知られている(例えば、特許文献1を参照)。
【0004】
また、MBE成膜装置の成長室内に保持された基板にIII族金属窒素化合物、例えば、GaN膜をエピタキシャル成長させるにあたり、成膜開始時にGa用分子線セル(固体金属Ga源)の出口部分に装着されたシャッターを開として上記基板にGa分子線を連続的に照射する一方、RF窒素励起セルから窒素励起分子線を、該窒素励起セルの出口部分に配置したシャッターを周期的に時間幅変調デュ−ティ(開閉期間比)をもって断続的に上記基板に照射することにより、GaN膜の成長表面の平坦性を有効に向上させる方法が知られている(例えば、特許文献2を参照)。
【0005】
更にまた、上記特許文献2のIII族窒化物半導体膜の成長方法における固体金属用分子線セルからの金属(例えば、Ga)分子線と、窒素励起セルからの窒素励起分子線とを、両セルの出口部分にそれぞれ配置したシャッターを交互に開閉し、基板面上でGa分子が横方向に拡散又は移動(Migration)する時間を付与しながら、Ga分子線の照射停止後(Ga分子線セル用のシャッターを閉じた後)、窒素励起セル用のシャッターを開いて該窒素励起セルから射出された窒素活性種を上記基板面に吸着したGa分子と反応させることにより、GaN成長面の平坦性を改善する方法が知られている(非特許文献1を参照)。
【0006】
しかしながら、上記特許文献2及び非特許文献1に記載の方法は、原理的に、窒素励起セルの出口部分に配置したシャッターを断続的に開閉して基板面上に照射されたGa分子が分散又は移動する時間的猶予を付与することによりGaN膜の平坦性の向上化を図るものであり、金属フラックスと窒素活性種とを同時に基板に照射する通常方式による基板面の成長と比べ、かなり拙速であるばかりか、成長量を精細に制御することが難しいという問題があった。これは、Gaフラックス量と窒素活性種の照射量とを関連付けて制御することが考慮されていないことによるものと考えられる。因みに、成膜速度を高めるべく、窒素励起セル用のシャッターの開時間とか窒素活性種の流量を増大しても有効に成長量を増大することが出来ず、かえってGa液滴又はカラムが生じ易く、平坦性が損なわれ易くなるばかりか、増量された窒素活性種が有効にGa分子との反応に使用されず、励起窒素フラックスの利用効率がいまひとつ良くなかった。一方、単に、Gaフラックス流量を増大した場合には、N(窒素原子)欠損箇所が多数発生して結晶性が低下するとか、前述したと同様、Ga液滴又はカラムが生じ、平坦性が損なわれることとなる。特に、最近の基板、代表的に、Si基板の大径化、例えば、12インチ(300mm)の大径基板においては、成膜の平坦性の要求が非常に高い。また、上記シャッターの開閉制御機構は高速かつ高精度のものが要求され、特に、開閉頻度が高いことから機構的に高耐用性が要求されることから該シャッター機構全体の製作コストが高価であるという問題もあった。
【0007】
一方、本発明の発明者等は、RF窒素励起セルを備えたMBE成膜装置を用いたIII族窒素化合物半導体の成膜実験を行った際、RF電源から窒素励起セルの励起コイルに、比較的小さいRF電力WLBを投入することによりGa分子と反応しない窒素励起分子線を生成する低輝度 (Low Brightness:LB)モードと、比較的大きいRF電力WHBを投入することによりGa分子と反応する窒素活性種を生成する高輝度(High Brightness:HB)モードとの2形態の励起状態を生起させ得ることを確認した(非特許文献2及び非特許文献3を参照)。
【0008】
そこで、本発明の発明者等は、上記知見に基づいて更に鋭意研究した結果、固体金属用分子線セルの出口部分に配置したシャッターを周期的に開閉させ、該シャッターの開閉動作と同期して、RF電源から窒素励起セルの励起コイルへの電力投入量を切替えることにより該窒素励起セルをLBモードとHBモードとの間で切替え、固体金属用分子線セルから成長室内の基板に所定量の金属分子線、例えば、Gaフラックスを照射すると同時に窒素励起セルから直に金属分子と反応しない窒素励起分子線を照射する一方、固体金属用分子線セルから基板への金属分子線の照射期間と若干オーバーラップするか又は該金属分子線の照射停止後における一定期間中、LBモードからHBモードに切替えられた窒素励起セルから上記基板へ所定量の窒素活性種を照射することにより成長量を精密に制御する方法を案出した。この新しい成膜方式では、原理的に、従来方式の窒素励起セル用のシャッターを使用せず、該シャッターの開閉制御に代えて、RF電源から窒素励起セルへの給電制御回路手段により基板へ窒素活性種を照射するタイミング制御がなされる。
【特許文献1】特開平7−291791号公報
【特許文献2】特開平11−111617号公報
【非特許文献1】Veeco Application Note March 2000 No.2/00,Veeco Instruments Company USA
【非特許文献2】第53回応用物理学関係連合講演会(2006春 武蔵工業大学 )講演予稿集 講演番号23a−ZK−1 361頁
【非特許文献3】第66回応用物理学会学術講演会(2005秋 徳島大学)講演 予稿集 講演番号8a−X−6 268頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来形式の金属窒素化合物、特に、III族金属窒素化合物のMBE成膜方法及び装置における問題点を完全に解消して従来方式におけるよりも膜の成長量を精細に制御して膜の平坦性及び結晶性と成膜速度とを同時に有効に高めることができる金属窒素化合物のMBE成膜方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の請求項1に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、固体金属用分子線セルの出口部分に配置したシャッターを周期的に一定の開期間T1(T1<周期T)をもって繰り返し開閉し、上記シャッターが開いた時点t0から閉じる時点t1までの期間T1中、上記固体金属用分子線セルから放出される金属分子線を上記基板に照射するとともに、上記窒素励起セル内の励起状態を、窒素励起分子を生成するLBモードに維持して上記基板に窒素励起分子線を照射する成膜予備工程と、上記シャッターの開時点t0から該シャッターの開期間T1に応じて予め定めた遅れ時間τが経過した時点t2で上記窒素励起セル内の励起状態をLBモードからHBモードに切替えて、上記時点t2から予め定めたHBモード持続期間T3中、該窒素励起セルから上記基板に窒素活性種を照射することにより該基板に金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成し、該HBモード持続期間T3の満了時点t3で再びLBモードに戻すようにした成膜工程とから成る成膜サイクルを複数回繰り返すことを特徴とする。
【0011】
本発明の請求項2に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、上記遅れ時間τを、周期的に繰り返し開閉するシャッターの開期間T1より予め定めた時間αだけ短い期間(T1−α)に相当する大きさに設定することを特徴とする。
【0012】
本発明の請求項3に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、上記シャッターが閉じた期間T2において、窒素励起セル内の励起状態をHBモードからLBモードに戻した時点t3から該シャッターが再び開く時点t0までの期間β中、MBE成長室内の残留金属分子を除去することを特徴とする。
【0013】
本発明の請求項4に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、シャッターの開期間T1が基板に1分子層以下の膜をエピタキシャル成長させる金属分子の数量に応じて定められ、HBモード持続期間T3がシャッターの開期間T1中に基板に供給された金属分子と反応するに必要な窒素活性種の分子数量に応じて定められることを特徴とする。
【0014】
本発明の請求項5に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、シャッターの開期間T1が基板に複数分子層をエピタキシャル成長させる金属分子の数量に応じて定められ、HBモード持続期間T3がシャッターの開期間T1中に基板に供給された金属分子と反応するに必要な窒素活性種の分子数量に応じて定められることを特徴とする。
【0015】
本発明の請求項6に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、上記窒素励起セル内に電磁波を照射してLBモードを維持することを特徴とする。
【0016】
本発明の請求項7に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置は、MBE(分子線エピタキシー)成長室内に保持した基板に、固体金属用分子線セルの出口部分に配置したシャッターを介して金属分子線を供給するとともに窒素励起セルから窒素活性種を供給して上記基板に金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成する金属窒素化合物のMBE成膜装置において、上記シャッターを一定の開期間T1をもって周期的に繰り返し開閉するシャッター駆動手段と、上記シャッターの開閉動作の周期T及び開期間T1、上記シャッターの開時点t0からの遅れ時間τ及びHBモード持続期間T3を予め設定してこれらの設定データ(T、T1、τ、T3)を入力するデータ入力手段と、上記シャッターの開時点t0を示すタイミング信号、該時点t0から上記遅れ時間τが経過した時点t2を示すタイミング信号及び該時点t2から上記HBモード持続期間T3が経過した時点t3を示すタイミング信号を出力するタイマー手段と、上記タイマー手段からタイミング信号(t0、t2、t3)を受けて上記窒素励起セルの励起コイルにそれぞれLBモード及びHBモードを確立するための高周波電力を供給するRF電源と、上記RF電源と上記励起コイル間に挿入され、上記タイマー手段からシャッターの開時点t0を示すタイミング信号を受けて上記RF電源から上記窒素励起セルの励起コイルに比較的小さい電力WLBをもって給電する一方、上記タイマー手段から励起モード切替え時点t2を示すタイミング信号を受けて上記RF電源から上記窒素励起セルの励起コイルにHBモード持続期間T3中、比較的大きい一定の電力WHBをもって給電し、上記タイマー手段から励起モード切替え時点t3を示すタイミング信号を受けて上記RF電源から上記励起コイルに、再びLBモードに戻すように比較的小さい電力WLBをもって給電するようにした給電制御手段とを具備することを特徴とする。
【0017】
本発明の請求項8に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置は、更に、シャッターの周期的な開閉動作を開始するまでに窒素励起セル内の励起状態をLBモードに設定し、タイマー手段からシャッターの開時点t0を示すタイミング信号を受けてから該シャッターの開期間T1中、MBE成長室内に保持した基板に、固体金属用分子線セルからの金属分子線を照射するとともに上記窒素励起セルからLBモードで生成する窒素励起分子線を照射し、次いで上記タイマー手段から励起モード切替時点t2を示すタイミング信号を受けた際、上記窒素励起セル内の励起状態をHBモードに切替え、該HBモードで生成する窒素活性種を上記基板に照射して金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成する成膜サイクル動作を複数回繰り返すように制御する成膜制御手段を具備したことを特徴とする。
【0018】
本発明の請求項9に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置は、上記給電制御手段を、RF電源と窒素励起セルの励起コイルとの間に挿入した可変リアクタンス回路と、上記窒素励起セルから放出される励起窒素ビームフラックス流量を検出する窒素ビームフラックス検出手段と、上記窒素ビームフラックス検出手段による検出値がHBモード持続期間T3中、予め定めた一定値となるように上記可変リアクタンス回路のリアクタンス値を調整して上記励起コイルに比較的大きい一定の電力WHBをもってRF電力を投入する自動リアクタンス調整回路とにより構成したことを特徴とする。
【0019】
本発明の請求項10に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置は、上記給電制御手段を、RF電源と窒素励起セルの励起コイルとの間に挿入した可変リアクタンス回路と、上記窒素励起セルから放出される励起窒素ビームフラックス流量を検出する窒素ビームフラックス検出手段と、上記窒素ビームフラックス検出手段による検出値がHBモード持続期間T3中、予め定めた一定値となるように上記RF電源の発振周波数を調整して上記励起コイルに比較的大きい一定の電力WHBをもってRF電力を投入する自動リアクタンス調整回路とにより構成したことを特徴とする。
【0020】
本発明の請求項11に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置は、タイマー手段から励起モード切替え時点t2を示すタイミング信号を受けたときにリアクタンス調整操作を有効とする一方、励起モード切替え時点t3を示すタイミング信号を受けたときにリアクタンス調整操作を無効とするように構成したことを特徴とする。
【0021】
本発明の請求項12に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置は、シャッターの周期的開閉動作に従って成膜サイクル動作を逐次制御する制御プログラムを記憶部に格納したコンピュータを用いて構成したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明の請求項1に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法によれば、固体金属用分子線セルの出口部分に配置したシャッターの開閉動作の1周期Tに対応する成膜サイクル毎に、固体金属用分子線セルから成長室内の基板に所定量の金属分子線(金属フラックス)を照射すると同時に窒素励起セルから金属分子と反応しない窒素励起分子線を照射することにより基板に付着した金属分子にエネルギーを付与して該基板表面を金属分子が拡散又は移動し易い状態とするとともに上記基板への金属分子線の照射停止後に窒素励起セルから基板に所定量の窒素活性種を供給することにより該基板面の金属分子と略過不足なく反応するように成長量を制御し、このような成膜サイクルを成膜対象の膜厚に応じて複数回繰り返すことにより、金属フラックス及び窒素活性種を効率的に利用して平坦性(均一成長)及び結晶性の良好な金属窒素化合物膜を従来方式によるよりも短時間で製作し得、特に、最近の基板の大径化に対し有効に対処し得るという優れた作用効果を奏する。
【0023】
本発明の請求項2に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法によれば、窒素励起セルのLB励起モードからHB励起モードへの切替え応答遅れ時間(むだ時間)に相当する時間αだけ基板面上の金属分子と反応する窒素励起セルからの窒素活性種の照射開始時点t2を繰り上げ、1成膜サイクル期間Tあたり成膜所要時間をα時間短縮して成膜速度を有効に高め得るという優れた作用効果を奏する。
【0024】
本発明の請求項3に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法によれば、1成膜サイクル毎に、一定期間T3に窒素励起セルから供給される所定量の窒素活性種と反応しなかった基板上の余剰の金属分子をβ期間中に除去することにより、成長面における窒素原子の欠損箇所の発生を抑制して平坦性及び結晶性を有効に高め得るという優れた作用効果を奏する。
【0025】
本発明の請求項4に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法によれば、1成膜サイクル毎に、固体金属用分子線セルから基板面に1原子層の生成に必要な金属分子フラックスを照射するとともに窒素励起セルから該基板面における金属分子と過不足なく反応する量の窒素活性種を照射するようにしたから、成長面における窒素原子の欠損箇所の少ない平坦性及び結晶性の良好な金属窒素化合物膜を成長させ得るという優れた作用効果を奏する。
【0026】
本発明の請求項5に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法によれば、1成膜サイクル毎に、固体金属用分子線セルから基板面に複数原子層の生成に必要な金属分子フラックスを照射するとともに窒素励起セルから該基板面における金属分子と過不足なく反応する量の窒素活性種を照射するようにしたから、比較的速い成長速度をもって平坦性及び結晶性の良好な金属窒素化合物膜を成長させ得るという優れた作用効果を奏する。
【0027】
本発明の請求項6に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法によれば、窒素励起セルの全LB励起モード期間において該窒素励起セルの放電空間に電磁波エネルギーを補給して該放電空間内の窒素励起分子の分布に実質的な影響を及ぼすことなくLB励起状態を維持するようにしたから全成膜期間に渡って安定して基板面に成長させ得るという優れた作用効果を奏する。
【0028】
本発明の請求項7に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置によれば、データ入力手段に、固体金属用分子線セルの出口部分に配置した周期的に繰り返し開閉するシャッターの開閉動作の周期T及び開期間T1、窒素励起セルの励起状態をLBモードからHBモードに切替えるタイミングを定める遅れ時間τ及びHBモード持続期間T3を、成膜対象の原材料(金属フラックス及び窒素活性種)に応じて予め適宜に設定した後、給電制御手段を介して上記請求項1に記載の成膜サイクルを実行することにより金属フラックス及び窒素活性種を効率的に利用して平坦性(均一成長)及び結晶性の良好な金属窒素化合物膜を製作し得るという優れた作用効果を奏する。
【0029】
本発明の請求項8に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置によれば、データ入力設定手段に上記時間データ(T、T1、τ、T3)を設定した後、成膜制御手段を介して成膜対象の膜厚に応じて上記成膜サイクルを複数回繰り返し実行することにより、金属フラックス及び窒素活性種を効率的に利用して平坦性(均一成長)及び結晶性の良好な金属窒素化合物膜を製作し得るという優れた作用効果を奏する。
【0030】
本発明の請求項9に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置によれば、RF電源と窒素励起セルの励起コイル間に挿入された可変リアクタンス回路のリアクタンス値を、該窒素励起セル内のLB励起モードとHB励起モード間の切替えに伴うインピーダンス変化に追従して変化させることにより、上記励起コイルに所定のRF電力を投入するようにして窒素励起セルの励起状態を所望の励起モードに迅速に切替え得るという優れた作用効果を奏する。
【0031】
本発明の請求項10に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置によれば、RF電源の発振周波数を変化させることにより迅速かつ容易に可変インピーダンス回路のインピーダンス整合を行って瞬時的に励起モードの切替えを行い得るという優れた作用効果を奏する。
【0032】
本発明の請求項11に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置によれば、窒素励起セルの励起状態をLBモードからHBモードへ切替え時にのみ自動リアクタンス調整回路を作動させて迅速(急峻)にHBモードに立上げる、いわゆる、インピーダンス整合の応答性を高める一方、HBモードからLBモードへの切替え時には、上記インピーダンス整合の高応答性を要しないことに鑑みて、従前(HBモード時)のリアクタンス値をもってRF電源から励起コイルへの投入電力の調整を行うことにより、自動リアクタンス調整操作を有効に省力化できるという優れた作用効果を奏し得る。
【0033】
本発明の請求項12に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置によれば、コンピュータの記憶部に格納した制御プログラムに従って全自動的に上記請求項1に記載の成膜サイクルを実行することにより金属フラックス及び窒素活性種を効率的に利用して平坦性(均一成長)及び結晶性の良好な金属窒素化合物膜を製作し得るという優れた作用効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して説明する。
本発明の金属窒素化合物のMBE成膜方法は、図1に示されるように、一般に、MBE(分子線エピタキシー)成長に用いられる成膜装置1を用いて実施される。
図1において、MBE成長室2内に設けられた基板ホルダー3に、図示しない固定具を介して着脱可能に基板5を固定するとともにヒータ4を介して該基板5を所定温度、例えば、600℃に加熱し、上記基板5の表面に金属窒素化合物、例えば、III族金属元素、代表的に、Gaの窒化物半導体(GaN)膜が成長させられる。基板ホルダー3に装着された操作棒を介してマニピュレータ7が装着され、該マニピュレータ7により成長室2の外部から基板ホルダー3への基板5の固定操作とか、該基板ホルダー3に固定された基板5の回転操作等が可能とされる。8は真空機構部で、例えば、ターボ分子ポンプを用いて成長室2が10-5〜10-9Paの超真空とされる。
【0035】
基板ホルダー3の下方で成長室2の底部に、例えば、4つの固体金属用分子線セル11a〜11dが配置される。これらの固体金属用分子線セル11(代表的にそれらのうちの1つを、添字a〜dを省略して示す)は、例えば、PBN(Pyrolytic Boron Nitride)製坩堝14を用いて構成され、坩堝14に装入された固体金属材料、例えば、III族金属元素、代表的に、Gaを溶融ヒータ15により溶融蒸発させ、各セル11の出口部分にそれぞれ装着されたシャッター12を開として基板ホルダー3に固定された基板5の表面に照射される。各シャッター12は、それぞれ、図示しない開閉駆動機構部を介して開閉駆動される。シャッター11が開閉駆動機構部により開とされると、該シャッター12に対応する固体金属用分子線セル11から溶融蒸発した金属分子線(Ga分子線)が基板5に照射される。これらの固体金属用分子線セル11a〜11dと一緒に、ガスソース、例えば、炭素化合物バッファ層又は膜を生成するためのアセチレンガスを分解して炭素分子線を生成する、いわゆる、ガス分子線セル17が装着される。このガス分子線セル17には、ガス供給管19を介して、例えば、アセチレンガスとか、有機金属ガス(MOガス)等が供給される。なお、固体金属用分子線セル11a〜11dに、基板5の表面に成膜しようとする金属材料、例えば、Ga以外のAl、In又はTl等の固体金属材料とか、成膜された金属窒素化合物半導体にドープされる不純物材料を装入して使用することができる。
【0036】
上記固体金属用分子線セル11a〜11d及びガス分子線セル17と一緒に、窒素励起セル21が配置される。窒素励起セル21は、窒素ガスボンベ26から質量流量制御器27及びガス圧力計28を接続した窒素ガス供給管29から供給される窒素ガスN2を高周波電力により励起(放電)し、励起窒素分子、励起窒素原子、窒素原子が混在する、いわゆる、窒素活性種を生成するものである。窒素励起セル21の励起室22を形成する筒体の外周に、同軸状に水冷パイプを兼用する励起コイル24が巻装される。この励起コイル24には、詳細に後述するように、RF電源43からRF電力を投入することにより励起室22内の窒素ガスを励起し、いわゆる、誘導結合プラズマICP(Inductively Coupled Plasma)方式にて窒素活性種を生成し、該窒素励起セル21の出口部に設けられたオリフィス25から窒素活性種を射出する。窒素励起セル21の後端部に形成した観察窓には、光ファイバーケーブルを介して、励起室22内の励起(放電)時の分光スペクトルを計測する、例えば、浜松ホトニクス社製のPMA−11分光器を用いた分光スペクトル測定器30が装着される。
【0037】
上記窒素励起セル21から基板ホルダー3に固定された基板5に照射される窒素活性種(励起窒素ビームフラックス)の分子数量は、例えば、基板ホルダー3と接続した固定部材に装着した窒素ビームフラックス検出器34により検出される。
【0038】
MBE成長室2内の該基板ホルダー3に固定された基板5の表面に、成長室2の外壁の一側部(図1の左側部)に配置したRHEED(Reflection High-energy Electron Diffraction)電子銃31から浅い角度(1〜2°)で入射された反射高速電子ビームが基板5の表面で反射回折して他側部(図1の右側部)に配置されたRHEEDスクリーン32に投影され、該RHEEDスクリーン32の影像に基づき基板5の成長表面の結晶状態が観察される。例えば、RHEED反射ビーム強度の振動を公知の方法で分析することにより、結晶成長機構を解明することができる。また、MBE成長室2の外壁部に四重極質量分析器33が配置され、該成長室2内の残留ガスの種類及びその量が計測可能とされる。
【0039】
次に、本発明の金属窒素化合物のMBE成膜方法を、一実施例としてGaN半導体膜を成長させる場合について、図2に示すタイムシーケンスに従って説明する。
いま、成長室2内の基板ホルダー3には、公知の方法でAlN(窒化アルミニューム)の高温バッファ層を成長させたSi基板5が固定されているものとする。また、固体金属用分子線セル11の坩堝14に装入されたGa塊体がヒータ15により加熱溶融されてGa蒸気が生成されている一方、窒素励起セル21の励起コイル24に、詳細に後述するように、RF電源43から比較的小さいRF電力が投入されて励起室22内が上記基板5に照射されたGa分子とは反応しない励起分子線を生成する低輝度励起状態(LBモード)に維持されているものとする。
【0040】
上記固体金属用分子線セル11の出口部分に配置したシャッター12は、予め定めた一定の周期T及び開期間T1(T1<周期T)をもって周期的に繰り返し開閉される。周期Tは、事前に採取した実験データに基づき、上記基板5のAlNバッファ層上にエピタキシャル成長させるGaNの膜厚が1分子層(monolayer)以下となるように定められる。
【0041】
シャッター12が開いた時点t0から閉じる時点t1までの期間T1中、固体金属用分子線セル11から射出される金属分子線、即ち、Gaフラックスを基板5に照射するとともに、上記窒素励起セル21からLBモードで生成される窒素励起分子線を基板5に照射する、成膜予備工程が実行される。この成膜予備工程において、基板5の表面に吸着されたGa用分子線セル17からの1分子層分のGa分子が拡散又は移動すると同時に、窒素励起セル21から照射される励起窒素分子線によりエネルギーが付与され、低温状態にて基板5上のGa分子の拡散又は移動を有効に促進する。
【0042】
次に、シャッターの開時点t0から予め定めた時間τが経過した又は遅れた時点t2で、詳細に後述するように、窒素励起セル21の励起コイル24にRF電源43から比較的大きい一定のRF電力を投入することにより励起状態をLBモードからHBモードに切替え、該励起モード切変え時点t2から予め定めた期間T3中、HBモードを持続し、該窒素励起セル21内にHBモードで生成する窒素原子及び励起窒素原子並びに励起窒素分子(これらを窒素活性種という)を一定の分子数量をもって上記基板5に照射し、該基板5に分散して吸着したGa分子と略過不足なく反応して金属窒素化合物GaNのエピタキシャル膜の生成が開始される。なお、上記時間τは本明細書において遅れ時間と称する。この遅れ時間τは、シャッター12の開期間T1と励起コイル24へのRF給電切替え条件に応じて予め定めた時間α(α≧0)とをもってτ=T1±αと表示される。遅れ時間τ=T1−αとは、時点t0からシャッター12の開期間T1が満了する時点t1より時間αだけ前の時点までの期間に相当する時間であり、遅れ時間τ=T1+αとは、時点t0からシャッター12の開期間T1が満了した時点t1より時間αだけ後の時点までの期間に相当する時間である。また、上記HBモード持続期間T3は、シャッター12の開期間T1中に基板5に供給されたGa分子と結合反応するのに必要な窒素活性種の分子数量に応じて予め定められる。
【0043】
次に、上記HBモード持続期間T3が満了した時点t3で再び窒素励起セル21の励起状態がLBモードに戻され、該時点t3から上記シャッター12が再び開とされる時点t0までの期間β中に、基板5の表面とか成長室2の内部に残留するGa分子、即ち、1分子層の形成にあたり余剰のGa分子が、公知のクリーニング手段により除去される。このようにして、励起モード切替え時点t2から再びシャッター12が開とされる時点t0までの期間(成膜工程HBモード持続期間T3+期間β)において成膜工程が実行される。
【0044】
上記シャッター12の開閉動作の1周期T中の成膜予備工程と成膜工程とから成る成膜サイクルは、上記基板5に成長させるGaN半導体膜の膜厚に応じて複数回繰り返される。
【0045】
なお、上記シャッター12の開期間T1は、上述したように、1分子層以下の金属分子数量に限らず、複数分子層分の金属分子数量に応じた期間長さとして成膜速度を高めるようにしてもよい。特に、所定厚さの金属窒素化合物膜を成長させる初期には、複数分子層分の金属分子を供給して比較的速い速度で成長させ、終盤の仕上げ時期では、1分子層分の金属分子数量に応じた期間T1をもって成膜するようにすることにより、当該成膜操作全体の生成速度を有効に高めることができるとともに膜表面の平坦性及び結晶性を良好なものとすることができる。
【0046】
以下に、本発明の金属窒素化合物のMBE成膜装置の一実施例を、添付した図3及び図4とともに説明する。
図3は本発明の成膜装置の基本的構成概念を示し、図4は、上記タイムシーケンス(図2)に順じて上記成膜サイクルを実行する成膜制御装置35のコントロールパネル37の正面図を示す。なお、図3において、図1のMBE成膜装置の構成部分と等価の部分には同一の数字符号を付して詳細な説明を省略する。
【0047】
図3において、成膜制御装置35は、例えば、パーソナルコンピュータPCを用いて構成したもので、該コンピュータPCのメモリー(図示を省略する)に、上記タイムシーケンスにしたがって上記成膜サイクルを実行する成膜制御プログラムが格納される。
【0048】
上記成膜制御装置35の制御盤(コントロールパネル)として、図4に示すように、例えば、コンピュータPC用の液晶モニタ画面に可視表示した画像コントロールパネルが使用される。
【0049】
上記画像コントロールパネルにおいて、51は、成膜制御装置35の制御開始指令用のスタートボタン、52は、操作モード設定スイッチ、53は、運転モード設定スイッチ、54は、パルス(図2参照)周期切替えスイッチ、55は、詳細に後述する給電制御回路41における入力電流モニタ、56は、窒素励起セル21の励起コイル24への投入設定RF電力に対応する出力電圧モニタ、57は、HBモード設定RF電力Wに対応する電流目標値を設定する目標電流設定ダイヤル、58は、投入設定RF電力の上限値設定ダイヤル、59は、投入設定RF電力の下限値設定ダイヤル、及び60は、LBモード維持電力設定ダイヤルである。
【0050】
ユーザ(成膜制御装置35の使用者)が成膜作業対象に応じて随意に設定する入力データ設定スイッチとして、61は、シャッター12の周期的開閉動作の1周期T(sec)設定ボタン、62は、シャッター12の開期間T1(sec)設定ボタン、63は、時間α(sec)設定ボタン、64は、HBモード持続期間T3(sec)設定ボタン、及び65は、時間β(sec)設定ボタンである。なお、遅延時間τ=T1±αは、後述するタイマー回路からタイミング信号t2が出力される際、成膜制御装置35の図示しない演算論理部(ALU)にて設定ボタン62で設定されたT1値及び設定ボタン63で設定されたα値に基づいて演算される。その他、66は、リアクタンス調整回路44の動作モード切替えスイッチ、68は、マニュアル操作モード時の投入設定RF電力に対応する出力電圧設定ダイヤルである。
【0051】
上記成膜制御装置35のメモリー領域を利用してタイマー回路(図示しない)が形成され、上記コントロールパネルに配置されたデータ入力設定スイッチ61〜65と協働して該タイマー回路からシャッター12の開時点t0を示すタイミング信号、該時点t0から遅れ時間τが経過して窒素励起セル21をLBモードからHBモードに切替える時点t2を示すタイミング信号及び該時点t2から上記HBモード持続期間T3が経過した時点t3を示すタイミング信号が出力される。
【0052】
RF電源43と窒素励起セル21の励起コイル24とを接続する高周波給電線路に給電制御回路41が接続される。給電制御回路41は、窒素励起セル21における、例えば、それ自体公知の誘導結合型窒素ガス励起(放電)回路を構成する励起コイル24と上記RF電源(回路)43間に接続される可変リアクタンス回路42と、上記窒素励起セル21から放出される励起窒素ビームフラックスの分子数量を検出する窒素ビームフラックス検出器34と、上記窒素ビームフラックス検出器34の検出値が上記目標電流設定ダイヤル57又はLBモード維持電力設定ダイヤル60で設定された目標値となるように可変リアクタンス回路42のリアクタンス値をフィードバック制御して、上記励起コイル24に比較的大きい一定の電力WHB又は比較的小さい一定の電力WLBをもってRF電力を投入するようにした自動リアクタンス調整又は自動インピーダンスマッチング回路44とにより構成される。
【0053】
上記構成により、自動リアクタンス調整回路44が成膜制御装置35のタイマー回路からタイミング信号t2を受けると、上記設定ボタン64により設定されたHBモード持続モード期間T3中、可変リアクタンス回路42のリアクタンス値を調整してRF電源43から窒素励起セル21の励起コイル24に比較的大きい一定の電力WHBをもって給電し、窒素励起セル21の励起室22内にHBモードを確立する。同様にして、自動リアクタンス調整回路44が上記タイマー回路からタイミング信号t3を受けると、可変リアクタンス回路42のリアクタンス値を調整してRF電源43から励起コイル24に、比較的小さい電力WLBをもって給電し、窒素励起セル21の励起室22がLBモードに切替えられる。該窒素励起セル21の励起室22は、時点t3以降、再び次の成膜サイクルにおいて自動リアクタンス調整回路44が上記タイマー回路からタイミング信号t2を受けるまでの期間(=β+τ)中、LBモードに維持される。なお、この期間(=β+τ)において、励起室22内に電磁波を照射して励起状態、即ち、放電が完全に消滅又は消弧しないようにすることができる。このようにして、窒素励起セル21のLBモードからHBモードへの切替えを安定して確実なものとすることができる。
【0054】
上記自動リアクタンス調整回路44による可変リアクタンス回路42のリアクタンス値の調整操作に代えて、RF電源43の発振周波数を変化させることにより、当該高周波給電回路のインピーダンスマッチング操作を行うようにしてもよい。このようにして、自動マッチング操作の応答性を有効に高め、したがって、膜の成長をより精密に制御することができる。
【0055】
上記実施例の金属窒素化合物のMBE成膜装置においては、固体金属としてIII族金属元素のGaを使用する場合について説明したが、その他のIII族金属元素Al、In又はTlの窒素化合物AlN、InN又はTlN及びそれらを含む合金膜を生成する場合にも適用することができる。
【0056】
MBE成膜装置、例えば、V.G.Semicon(英国)社製VG80HMBE装置(図1)に、窒素励起セル21と給電制御回路41(可変リアクタンス回路42及び自動リアクタンス調整回路44)とRF電源43とを1セットとして市販される、例えば、アリオス株式会社(日本国東京)製IRFS−501RF励起窒素源(装置)を組み込み、図2のタイムシーケンスにしたがって窒素励起セル21の励起コイル24に、比較的小さい一定の電力WLBと比較的大きい一定の電力WHBとをもって給電することにより励起室22の励起状態を変調した際、上記窒素励起セル21のオリフィス25を写真撮影したところ、図5(A)及び図5(B)に示すように、LB(低輝度)モードとHB(高輝度)モード間で上記オリフィス25の明るさに顕著な差異が確認された。
【0057】
上記窒素励起セル21において、LBモードからHBモードへの切替え(転移)と、それとは逆に、HBモードからLBモードへの切替えとを、圧力センサ28による窒素ガス供給圧力を一定として給電制御回路41によりRF電源23から励起コイル24への投入電力を変化させた場合と、給電電力を一定として窒素ガス供給圧力を変化させた場合とにおける転移点(ガス圧又は電力値)の測定結果が図6に示される。図6から分かるように、LBからHBへの切替えの場合及びそれと逆の場合の何れにおいても、窒素ガス供給圧力が高くなればなる程、上記転移点の差が大きくなっていることを確認した。この予備試験結果に基づき、LBモードからHBモードへ切替える時点t2及びHBモードからLBモードへ切替える時点t3で、それぞれ、成膜制御装置又は回路35から給電制御回路41に対し指令される給電電力WHB及びWLBの指令値が定められる。給電電力指令値WHBは、図6において、窒素励起セル21に対する窒素ガス圧力(Pa)に対し白抜き□印でプロットされる破線上の点に相当するRF電力値以上の適宜な値に設定される。一方、給電電力指令値WLBは、図6において、窒素励起セル21に対する窒素ガス圧力(Pa)に対する黒塗り■印でプロットされる破線上の点に相当するRF電力値以下の適宜な値に設定される。
【0058】
また、上記MBE成膜装置の成長室2内で基板ホルダー3に固定された基板5に向けて射出される励起窒素分子線のスペクトル(放電スペクトル)を、例えば、浜松ホトニクス株式会社製PMA−11分光器を用いて計測したところ、図7(A)及び図7(B)に示されるように、LBモード(図7(A))では励起窒素分子のみのスペクトルが観測され、HBモード(図7(B))では窒素分子が解離して窒素原子の原子スペクトル747nm、励起窒素原子の原子スペクトル822nm、868nm、906nm及び940nm等が観測された。また、上記LBモード及びHBモードにおいて、励起窒素原子から基底状態への遷移の際に発光する第1正帯及び励起窒素分子から励起窒素原子への遷移の際に発光する第2正帯が観測された。
【0059】
次に、上記VG80HMBE装置にIRFS−501RF励起窒素源(装置)を組み込んだMBE成膜装置を用いて、共に、3インチ(7.62cm)の2つのSi(111)基板にAlNバッファ層を成長させた後、本発明の成膜方法により、該AlNバッファ層に固体金属用分子線セル11からGa分子線を、窒素励起セル21から窒素活性種を、それぞれ、図2のタイムシーケンスにしたがって、共に同一の周期T=5秒をもって繰り返し照射してGaN膜を生成した。これらの成膜実施例の写真撮影した表面干渉模様を図8(a)及び図8(b)に示す。一方の図8(a)の実施例において、タイムシーケンスの開期間T1、HB持続期間T3並びに時間α及びβは、それぞれ、T1=2sec、α=0sec、T3=2sec、β=0secであった。他方の図8(b)の実施例においては、それぞれ、T1=2sec、α=1sec、T3=2sec、β=0secであった。なお、両成膜実施例共々、基板温度は700℃、窒素ガス圧力は100Pa、RF上限電力は500W、RF下限電力は150Wとされた。
【0060】
図8(a)及び図8(b)から分かるように、両実施例共、成膜操作中、基板ホルダー3により上記基板5の回転操作を行わかったにもかかわらず、回転操作をした場合と同様、GaN膜の全表面に同心円状の濃淡縞が見られるだけで、一方向に並んだ干渉縞は見当たらなかった。これは、上記タイムシーケンスにおけるパラメータT1、T3、α及びβを調整することにより基板の全表面にわたって良好な平坦性を得られることを示すと考えられる。また、両実施例の膜表面の走査型電子顕微鏡(SEM)写真からも分かるように、欠損部(凹部)もほとんど見られず、結晶性が良好であった。
【0061】
上記実施例の成膜条件と同じ条件で従来形式の成膜方法で成膜した場合、図9に示すように、GaN膜の表面全体に一方向に並んだ干渉縞が見られ、Ga液滴又はカラムが形成されたことを示し、図8(a)及び図8(b)に示すものと比べ、平坦性及び結晶性が良くなかった。この実施例において、基板温度は700℃、窒素ガス圧力は100Pa、RFHBモード電力は400Wとされた。
【0062】
上記AlNによる高温バッファ層を成長させたSi基板5を600℃とし、窒素ガス励起セル21をLBモードとして該基板5に、励起窒素分子線を照射せずにGaフラックスを照射した場合(A:図10(a))と、励起窒素分子線を照射するとともにGaフラックスを照射した場合(B:図10(b))とにおけるRHEED輝度変化を観測した。励起窒素分子を照射した場合(B)における輝度の復帰時間TBDが励起窒素分子を照射しない場合(A)におけるよりも顕著に短縮されたことからも分かるように、窒素励起分子がGa分子に衝突することで、該Ga分子に高いエネルギーが付与され、上記Si基板5の表面上を拡散し離脱し易い状態にされたと推測される。このことから、上記時間αの設定値を調整することにより、GaN成長量をより精密に制御し得ることが分かる。
【0063】
上記実施例からも明らかなように、本発明の成膜方法は、III族金属窒素化合物半導体に限らず、例えば、上記窒素ガス励起セル21と同様のRF酸素ガス励起セル(図示しない)を用いて、錫(Sn)とか亜鉛(Zn)などの金属系元素を酸化させた酸化物半導体、例えば、TiO2、ZnO、NiO、SnO2等の成膜に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】本発明の成膜方法を適用できる一般的に使用されるMBE成膜装置の主要構成部分を示す概略断面図である。
【図2】本発明の成膜方法の成膜サイクルの基本的タイムシーケンスを示す図である。
【図3】本発明の成膜装置の主要構成を示す概略図である。
【図4】本発明の成膜装置における給電制御回路(装置)のコントロールパネルの正面図である。
【図5】本発明に適用される窒素励起セルの励起作動時のオリフィス部の明るさを示す写真で、(A)はLBモード時、(B)はHBモード時のものである。
【図6】本発明に適用される窒素ガス励起セルのLDモード及びHDモード切替えにおけるRF電力(W)と窒素ガス圧力(Pa)との相関実験データを示すグラフである。
【図7】本発明に適用される窒素励起セルの励起作動時における窒素活性種のスペクトルで、(A)はLBモード時、(B)はHBモード時のものである。
【図8】本発明の成膜方法を用いて2つの実施態様(成膜条件(a)及び(b))で基板に成長させたGaN表面の干渉写真及び走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。
【図9】従来形式のMBE成膜方法を用いて図8(a)におけるものと同一条件でSi基板に成長させたGaN表面の干渉写真で、縞状に不均一成長した様子を示す。
【図10】本発明の成膜方法によるGaN成長時のRHHED輝度変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0065】
1 本発明のMBE成膜装置
2 MBE成長室
3 基板ホルダー
5 基板
6 基板搬入部
8 真空機構部(ターボ分子ポンプ)
9 液体窒素シュラウド
11 固体金属用分子線セル(Kセル)
11a〜11d 固体金属用分子線セル(Kセル)
12 シャッター
14 PBN坩堝
15 溶融ヒータ
17 ガス用分子線セル
18 シャッター
21 窒素励起セル
22 励起室
24 励起コイル
25 オリフィス
26 窒素ガスボンベ
27 質量流量制御器
28 圧力計
29 窒素ガス供給管
30 分光スペクトル測定器
31 RHEED電子銃
32 RHEEDスクリーン
33 四重極質量分析器
34 窒素ビームフラックス検出器
35 成膜制御装置(回路)
36 シャッター駆動回路
37 コントロールパネル
38 スタートボタン
39 データ入力設定ボタン(データ入力設定器)
41 給電制御回路
42 可変リアクタンス回路
43 RF(高周波)電源
44 自動リアクタンス調整回路
51 スタートボタン
57 目標電流(励起電力)設定ダイヤル
60 LBモード維持電力設定ダイヤル
61 周期T設定スイッチ
62 開期間T1設定スイッチ
63 時間α設定スイッチ
64 HBモード持続期間T3設定スイッチ
65 時間β設定スイッチ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
MBE(分子線エピタキシー)成長室内に保持した基板に、固体金属用分子線セルの出口部分に配置したシャッターを介して金属分子線を供給するとともに窒素励起セルから窒素原子線及び窒素励起原子線並びに窒素励起分子線を供給して上記基板に金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成するにあたり、
上記シャッターを周期的に一定の開期間T1(T1<周期T)をもって繰り返し開閉し、
上記シャッターが開いた時点t0から閉じる時点t1までの期間T1中、上記固体金属用分子線セルから放出される金属分子線を上記基板に照射するとともに、上記窒素励起セル内の励起状態を、窒素励起分子を生成する低輝度(Low Brightness:LB)モードに維持して上記基板に窒素励起分子線を照射する成膜予備工程と、上記シャッターの開時点t0から該シャッターの開期間T1に応じて予め定めた遅れ時間τが経過した時点t2で上記窒素励起セル内の励起状態をLBモードから高輝度(High Brightness:HB)モードに切替えて、上記時点t2から予め定めたHBモード持続期間T3中、該窒素励起セルから上記基板に窒素活性種を照射することにより該基板に金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成し、該HBモード持続期間T3の満了時点t3で再びLBモードに戻すようにした成膜工程とから成る成膜サイクルを複数回繰り返すことを特徴とする金属窒素化合物のMBE成膜方法。
【請求項2】
遅れ時間τは、周期的に繰り返し開閉するシャッターの開期間T1より予め定めた時間αだけ短い期間(T1−α)に相当する大きさに設定することを特徴とする請求項1に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法。
【請求項3】
シャッターが閉じた期間T2において、窒素励起セル内の励起状態をHBモードからLBモードに戻した時点t3から該シャッターが再び開く時点t0までの期間β中、基板上の残留金属分子を除去することを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法。
【請求項4】
シャッターの開期間T1が基板に1分子層以下の膜をエピタキシャル成長させる金属分子の数量に応じて定められ、HBモード持続期間T3がシャッターの開期間T1中に基板に供給された金属分子と反応するに必要な窒素活性種の分子数量に応じて定められることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法。
【請求項5】
シャッターの開期間T1が基板に複数分子層の膜をエピタキシャル成長させる金属分子の数量に応じて定められ、HBモード持続期間T3がシャッターの開期間T1中に基板に供給された金属分子と反応するに必要な窒素活性種の分子数量に応じて定められることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれかに記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法。
【請求項6】
窒素励起セル内に電磁波を照射してLBモードを維持することを特徴とする請求項1〜請求項5のいずれかに記載の金属窒素化合物のMBE成膜方法。
【請求項7】
MBE(分子線エピタキシー)成長室内に保持した基板に、固体金属用分子線セルの出口部分に配置したシャッターを介して金属分子線を供給するとともに窒素励起セルから窒素活性種を供給して上記基板に金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成する金属窒素化合物のMBE成膜装置において、
上記シャッターを一定の開期間T1をもって周期的に繰り返し開閉するシャッター駆動手段と、上記シャッターの開閉動作の周期T及び開期間T1、上記シャッターの開時点t0からの遅れ時間τ及びHBモード持続期間T3を予め設定してこれらの設定データ(T、T1、τ、T3)を入力するデータ入力手段と、上記シャッターの開時点t0を示すタイミング信号、該時点t0から上記遅れ時間τが経過した時点t2を示すタイミング信号及び該時点t2から上記HBモード持続期間T3が経過した時点t3を示すタイミング信号を出力するタイマー手段と、上記タイマー手段からタイミング信号(t0、t2、t3)を受けて上記窒素励起セルの励起コイルにそれぞれLBモード及びHBモードを確立するための高周波電力を供給するRF電源と、上記RF電源と上記励起コイル間に挿入され、上記タイマー手段からシャッターの開時点t0を示すタイミング信号を受けて上記RF電源から上記窒素励起セルの励起コイルに比較的小さい電力WLBをもって給電する一方、上記タイマー手段から励起モード切替え時点t2を示すタイミング信号を受けて上記RF電源から上記窒素励起セルの励起コイルにHBモード持続期間T3中、比較的大きい電力WHBをもって給電し、上記タイマー手段から励起モード切替え時点t3を示すタイミング信号を受けて上記RF電源から上記励起コイルに、再びLBモードに戻すように比較的小さい電力WLBをもって給電するようにした給電制御手段とを具備することを特徴とする金属窒素化合物のMBE成膜装置。
【請求項8】
更に、シャッターの周期的な開閉動作を開始するまでに窒素励起セル内の励起状態をLBモードに設定し、タイマー手段からシャッターの開時点t0を示すタイミング信号を受けてから該シャッターの開期間T1中、MBE成長室内に保持した基板に、固体金属用分子線セルからの金属分子線を照射するとともに上記窒素励起セルからLBモードで生成する窒素励起分子線を照射し、次いで上記タイマー手段から励起モード切替時点t2を示すタイミング信号を受けた際、上記窒素励起セル内の励起状態をHBモードに切替え、該HBモードで生成する窒素活性種を上記基板に照射して金属窒素化合物のエピタキシャル膜を生成する成膜サイクル動作を複数回繰り返すように制御する成膜制御手段を具備したことを特徴とする請求項7に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置。
【請求項9】
給電制御手段は、RF(高周波)電源と窒素励起セルの励起コイルとの間に挿入した可変リアクタンス回路と、上記窒素励起セルから放出される励起窒素ビームフラックス流量を検出する窒素ビームフラックス検出手段と、上記窒素ビームフラックス検出手段による検出値がHBモード持続期間T3中、予め定めた一定値となるように上記可変リアクタンス回路のリアクタンス値を調整して上記励起コイルに比較的大きい一定の電力WHBをもってRF電力を投入する自動リアクタンス調整回路とにより構成したことを特徴とする請求項7又は請求項8に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置。
【請求項10】
給電制御手段は、RF(高周波)電源と窒素励起セルの励起コイルとの間に挿入した可変リアクタンス回路と、上記窒素励起セルから放出される励起窒素ビームフラックス流量を検出する窒素ビームフラックス検出手段と、上記窒素ビームフラックス検出手段による検出値がHBモード持続期間T3中、予め定めた一定値となるように上記RF電源の発振周波数を調整して上記励起コイルに比較的大きい一定の電力WHBをもってRF電力を投入する自動リアクタンス調整回路とにより構成したことを特徴とする請求項7又は請求項8に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置。
【請求項11】
給電制御手段の自動リアクタンス調整回路は、タイマー手段から励起モード切替え時点t2を示すタイミング信号を受けたときにリアクタンス調整操作を有効とする一方、励起モード切替え時点t3を示すタイミング信号を受けたときにリアクタンス調整操作を無効とするように構成したことを特徴とする請求項9又は請求項10に記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置。
【請求項12】
給電制御手段及び成膜制御手段は、シャッターの周期的開閉動作に従って成膜サイクル動作を逐次制御する制御プログラムを記憶部に格納したコンピュータを用いて構成したことを特徴とする請求項8〜請求項11のいずれかに記載の金属窒素化合物のMBE成膜装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−78200(P2008−78200A)
【公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−252887(P2006−252887)
【出願日】平成18年9月19日(2006.9.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年9月11日 インターネットアドレス「http//www.arios.co.jp/」に発表
【出願人】(503027931)学校法人同志社 (346)
【出願人】(500036831)アリオス株式会社 (14)
【Fターム(参考)】