説明

電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置

【課題】カソードおよびアノード間の異常放電の発生率を十分に低下させる。
【解決手段】熱電子を放出するカソード22と、カソード22から熱電子が放出されている状態においてカソード22との間に印加されているグリッド電圧の電圧値に応じた量の電子を放出するグリッド23と、カソード22との間にアノード電圧が印加されて電子を加速させるアノード24と、加速された電子を集束して電子ビームEBを生成する集束部25とを備えた電子ビーム蒸着装置用の電子ビーム照射装置6であって、カソード22は、アノード24側の一面22sの十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内となるように研磨されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子ビーム蒸着装置用の電子ビーム照射装置、およびその電子ビーム照射装置を備えた電子ビーム蒸着装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
磁気テープの製造方法の1つとして、真空中で非磁性支持体(熱可塑性樹脂フィルム:以下、「樹脂フィルム」ともいう)の表面に磁性体を蒸着させて磁性層を形成する製造方法が知られている。具体的には、この製造方法では、磁性体(記録層形成用材料)を収容するるつぼと、るつぼ内の磁性体に電子ビームを照射して蒸発させる電子ビーム照射装置と、樹脂フィルムを走行させる樹脂フィルム走行装置(以下、「走行装置」ともいう)とを備えた電子ビーム蒸着装置を使用して、走行装置によって樹脂フィルムを冷却しつつ走行させた状態において、電子ビーム照射装置によってるつぼ内の磁性体を蒸発させることで、樹脂フィルムの表面に磁性体を蒸着させて磁性層を形成する。この場合、この種の電子ビーム蒸着装置では、電子ビーム照射装置におけるカソードおよびアノード間に異常放電が生じたときに、るつぼ内の磁性体に対する電子ビームの照射量が減少することによって磁性体の蒸発量が減少する結果、樹脂フィルムに対する磁性体の蒸着量にばらつきが生じて良好な磁性層を形成するのが困難となる。このため、この種の電子ビーム蒸着装置では、電子ビーム照射装置に対する各種の異常放電対策が施されている。
【0003】
例えば、特開2000−104168号公報に開示されている真空蒸着装置では、アノードに抵抗器を接続した電子銃(電子ビーム照射装置)を備えている。具体的には、この真空蒸着装置の電子銃では、一端をアース部に接続した抵抗器の他端をアノードに接続することにより、カソードとアノードとの間でアーク放電(異常放電)が生じたときに、アノードに流れ込んだ電流が抵抗器によって消費される(ジュール熱に変換される)構成が採用されている。したがって、この電子銃では、カソードおよびアノード間における異常放電が継続的に発生する(長時間に亘って異常放電状態が維持される)ことなく、発生した異常放電を瞬間的に遮断することが可能となっている。これにより、この電子銃を備えた真空蒸着装置では、異常放電に起因して電子ビームの照射量に大きなばらつきが生じる事態、すなわち、電子ビームの照射によって蒸発させる磁性体の量に大きなばらつきが生じる事態を回避することが可能となっている。
【特許文献1】特開2000−104168号公報(第3−4頁、第1−2図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、従来の電子銃および真空蒸着装置には、以下の問題点がある。すなわち、従来の電子銃では、カソードおよびアノード間に異常放電が生じたときに、アノードに流れ込んだ電流をアノードに接続した抵抗器で消費することにより、異常放電状態が長時間に亘って維持される事態を回避する構成が採用されている。一方、この種の真空蒸着装置では、膜厚が不均一な磁性層(記録層)が形成されたり、大電流に起因して装置が故障したりする事態を回避するために、規定時間を超える異常放電、規定回数を超える異常放電、および規定電流値を超える異常放電が発生したときに、記録層の形成処理を自動的に停止させる構成が採用されている。
【0005】
この場合、記録層の形成処理が停止したときには、装置が停止するまでの間に走行させられた樹脂フィルムが無駄になる(製品としての使用できず、破棄される)だけでなく、形成処理の再開時において、均一な膜厚の記録層を形成可能な状態となるまで装置が安定する間に走行させられる樹脂フィルムも無駄になる。また、記録層の形成処理を開始してから異常放電に起因して形成処理を停止させるまでの時間が短いときには、停止時点までに形成された記録層がたとえ良好であったとしても、製品としての使用が可能な十分な長さの磁気テープを得ることができないため、記録層の形成が完了している樹脂フィルムを破棄せざるを得ない状態となる。さらに、形成処理を再開する際には、装置内の各部に付着した記録層形成用材料をクリーニングする作業や、るつぼ内の材料を再加熱する処理に長時間を要する。したがって異常放電に起因して形成処理を停止する回数が多いほど、磁気記録媒体(情報記録媒体)の製造コストが高騰する。
【0006】
しかしながら、従来の電子銃では、異常放電が発生したときに、その状態が維持される時間を短くすることができるものの、異常放電の発生率自体を低下させることはできない。具体的には、出願人は、例えばカソードにおけるアノード側の一面に大きな傷付きが生じているときに、この傷付き部位とアノードとの間でスパークするようにして異常放電が発生する現象が生じるのを見出した。この出願人が見出した現象(カソードに生じている傷付きに起因する異常放電の発生)については、アノードに抵抗器を装着したとしても回避することはできない。このため、従来の電子銃(電子ビーム照射装置)、およびその電子銃を備えた真空蒸着装置(電子ビーム蒸着装置)では、短時間の異常放電が複数回に亘って発生することによって記録層の形成処理が停止することがあり、これに起因して、情報記録媒体の製造コストが高騰しているという問題点がある。
【0007】
本発明は、かかる問題点に鑑みてなされたものであり、カソードおよびアノード間の異常放電の発生率を十分に低下させ得る電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成すべく、本発明に係る電子ビーム照射装置は、熱電子を放出するカソードと、当該カソードから前記熱電子が放出されている状態において当該カソードとの間に印加されているグリッド電圧の電圧値に応じた量の電子を放出するグリッドと、前記カソードとの間にアノード電圧が印加されて前記電子を加速させるアノードと、当該加速された電子を集束して電子ビームを生成する集束部とを備えた電子ビーム蒸着装置用の電子ビーム照射装置であって、前記カソードが、前記アノード側の一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内となるように研磨されている。
【0009】
また、本発明に係る電子ビーム照射装置は、前記カソードは、前記アノード側の前記一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上0.20μm以下の範囲内となるように研磨されている。
【0010】
また、本発明に係る電子ビーム蒸着装置は、上記のいずれかの電子ビーム照射装置と、記録層形成用材料を収容するるつぼとを備えて、前記るつぼ内の前記記録層形成用材料に対して前記電子ビーム照射装置から前記電子ビームを照射して当該記録層形成用材料を蒸発させて情報記録媒体用の支持体に蒸着させることによって記録層を形成可能に構成されている。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置によれば、カソードにおけるアノード側の一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内となるように研磨したことにより、アノードに抵抗器を接続することで異常放電状態が長時間に亘って維持されるのを回避する構成の従来の電子銃および真空蒸着装置とは異なり、異常放電の発生率自体を十分に低下させることができる。したがって、この電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置によれば、異常放電の発生に起因して記録層の形成処理が停止される事態を招くことなく、均一な厚みの記録層を形成することができるため、情報記録媒体の製造コストを十分に低減することができる。
【0012】
また、本発明に係る電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置によれば、カソードにおけるアノード側の一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上0.20μm以下の範囲内となるように研磨したことにより、異常放電の発生率を一層低下させることができる。したがって、この電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置によれば、情報記録媒体の製造コストを一層低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、添付図面を参照して、本発明に係る電子ビーム照射装置および電子ビーム蒸着装置の最良の形態について説明する。
【0014】
最初に、磁気テープ製造装置1の構成について、図面を参照して説明する。
【0015】
図1に示す磁気テープ製造装置1は、本発明に係る電子ビーム蒸着装置の一例であって、図2に示す磁気テープ10を製造可能に構成されている。この場合、磁気テープ10は、本発明における情報記録媒体に相当し、図2に示すように、磁性層12および保護層13が非磁性支持体11の一方の面(同図における上面)にこの順で形成されると共に、バックコート層15が非磁性支持体11の他方の面(同図における下面)に形成されている。また、保護層13の表面には潤滑剤14が塗布されている。非磁性支持体11は、本発明における支持体の一例であって、後述するように、磁性層12や保護層13等の形成処理時に加わる熱に耐え得る非磁性材料(一例として、高分子材料)でフィルム状に形成されている。具体的には、一例として、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリアミド、ポリアミドイミドおよびポリイミド等の各種高分子材料で形成されている。この場合、この磁気テープ10では、一例として、厚み4.7μmのポリエチレン−2,6−ナフタレート(PEN)フィルムで非磁性支持体11が構成されている。
【0016】
磁性層12は、本発明における記録層に相当し、後述するように、真空中において非磁性支持体11の一方の面に強磁性金属材料M(本発明における記録層形成用材料:図1参照)を斜め蒸着法によって蒸着させることで複数のカラムが形成されて構成されている。この場合、強磁性金属材料Mは、良好な磁気的特性が得られると共に材料原価が比較的安価であり、しかも無害であることから、一例として、Co(コバルト)、または、Coを主成分として含有するCo含有合金が使用されている。この場合、強磁性金属材料MとしてCo含有合金を使用するときには、CoおよびNiを主成分とする合金、または、Co、NiおよびCrを主成分とする合金を使用するのが好ましく、これらの合金におけるCo以外の各元素の含有率については、磁性層に要求される磁気的特性や耐食性に応じて適宜選択することができる。
【0017】
保護層13は、磁性層12の酸化を防止すると共に磁性層12の摩耗を阻止するための硬質薄膜であって、一例として、炭素を主成分とし、水素を含む材料を用いてCVD法によって成膜されている。潤滑剤14としては、一例として、フッ素を含む潤滑剤、炭化水素系のエステル、または、これらの混合物が使用される。バックコート層15は、結合剤樹脂(バインダ)と無機化合物および/またはカーボンブラックとを有機溶媒に混合分散させたバックコート層用塗料を塗布して硬化させることにより、厚みが0.1μm〜0.7μm程度となるように形成されている。この場合、結合剤樹脂としては、塩化ビニル系共重合体、ポリウレタン樹脂、アクリル樹脂、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂およびポリエステル樹脂を単独または混合して用いることができる。カーボンブラックとしては、ファーネスカーボンブラック、サーマルカーボンブラック等を用いることができ、無機化合物としては、炭酸カルシウム、アルミナ、α−酸化鉄等を用いることができる。さらに、有機溶剤としては、ケトン系や芳香族炭化水素系の溶剤(例えば、メチルエチルケトン、トルエンおよびシクロヘキサノンなど)を用いることができる。
【0018】
一方、図1に示すように、磁気テープ製造装置1は、繰り出しロール3a、巻き取りロール3b、回転冷却ドラム4、るつぼ5、電子ビーム照射装置6、開始点側マスク7、終了点側マスク8および酸素供給部9が真空槽2内に収容されて上記の磁性層12を形成可能に構成されている。また、真空槽2には、内部空間Sの気体を排気して真空状態を維持するための真空ポンプ2aが取り付けられている。
【0019】
繰り出しロール3aは、磁性層12が形成される非磁性支持体11を巻回したロールを回転させることで非磁性支持体11を回転冷却ドラム4側に向けて繰り出す。巻き取りロール3bは、磁性層12が形成された非磁性支持体11をロール状に巻き取る。回転冷却ドラム4は、繰り出しロール3aから繰り出された非磁性支持体11をその周面に添わせて走行させつつ冷却する。なお、実際には、繰り出しロール3aと回転冷却ドラム4との間や回転冷却ドラム4と巻き取りロール3bとの間にガイドローラ等が存在するが、本発明についての理解を容易とするために、これらについての図示および説明を省略する。るつぼ5は、一例として、MgO等で形成され、図示しない材料供給装置によって定期的に供給される強磁性金属材料M(この例では、Co)を収容する。このるつぼ5は、電子ビーム照射装置6から出力される電子ビームEBの照射によって蒸発した強磁性金属材料Mを、回転冷却ドラム4の周面に添って走行している非磁性支持体11の表面に斜めから蒸着させるように配置されている。
【0020】
電子ビーム照射装置6は、るつぼ5内の強磁性金属材料Mを蒸発させるための電子ビームEBを出力可能に構成されている。具体的には、図3に示すように、電子ビーム照射装置6は、加熱処理用のフィラメント21と、フィラメント21によって加熱されることで熱電子を放出するカソード22と、カソード22から熱電子が放出されている状態においてカソード22との間に印加されているグリッド電圧の電圧値に応じた量の電子を放出するグリッド23と、カソード22との間にアノード電圧が印加されることによって電子を加速させるアノード24と、加速された電子を集束して電子ビームEBを生成する集束部25とを備えている。なお、本明細書では、本発明についての理解を容易とするために、フィラメント21、カソード22、グリッド23、アノード24および集束部25以外の構成要素に関する図示および説明を省略する。また、電子ビーム照射装置6によるEBの生成原理については公知のため、詳細な説明を省略する。この場合、カソード22は、タングステン等の金属材料で円板状に形成されると共に、旋盤加工(切削加工)によってアノード24側の一面22s(熱電子を放出する放出面:同図における下面)が半球状に凹まされている。
【0021】
この場合、カソード22は、タングステン等の金属材料の塊を旋盤加工(切削加工)することでアノード24側の一面22sが半球状に凹まされると共に、一面22sがバフ研磨加工(本発明における「研磨」の一例)されている。これにより、この電子ビーム照射装置6では、カソード22における一面22sの半径方向(図4に示す矢印Rの向き:カソード22の中心から外縁部に向かう方向)に沿った十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内(一例として、十点平均粗さRz=0.10μm)となっている。なお、本明細書における十点平均粗さRzの測定条件は、以下のとおりである。
使用機器:(株)小坂研究所の表面粗さ測定機「SE−3400」
使用触針:PU−DH10(くちばし型R10μm)
測定長さ(基準長):1.25mm
倍率:X=50倍、Y=5000倍
カットオフ:0.25
【0022】
なお、上記のカソード22と同形状で同じ材質のカソードであって、アノード24側の一面22sを研磨していないカソードでは、旋盤加工時に生じた小さな傷に起因して、その十点平均粗さRzが0.30μm〜0.50μm程度となっている。すなわち、この磁気テープ製造装置1における電子ビーム照射装置6では、カソード22における一面22sの粗さの度合いが、既存の一般的なカソードよりも小さくなっている。これにより、後述するようにして、この電子ビーム照射装置6では、磁性層12の形成処理時におけるカソード22およびアノード24の間の異常放電の発生率が十分に低くなっている。一方、アノード24は、フランジ部(鍔状部)24aと筒状部24bとが無酸素銅等の銅や銅合金等の非磁性金属材料によって一体的に形成されている。具体的には、アノード24は、金属材料の塊を旋盤加工(切削加工)することでフランジ部24aおよび筒状部24bが形成されている。
【0023】
開始点側マスク7は、図1に示すように、非磁性支持体11の走行方向における上流側に配設されている。この開始点側マスク7は、るつぼ5から蒸発した強磁性金属材料Mの非磁性支持体11に対する付着を阻止することで(非磁性支持体11を覆うことで)蒸着領域Aの蒸着開始点Psを規定する。なお、本明細書における蒸着開始点Psとは、るつぼ5の位置と回転冷却ドラム4の位置との関係に基づいて規定される幾何学的な意味での蒸着開始点であり、実際には、強磁性金属材料Mの蒸発量などに応じて同図に示す蒸着開始点Psよりも上流側から非磁性支持体11に対する強磁性金属材料Mの蒸着が始まることもある。また、開始点側マスク7は、回転冷却ドラム4に対する配設位置を調整されることで、非磁性支持体11に対して強磁性金属材料Mを付着させる角度(非磁性支持体11の法線方向とるつぼ5が存在する方向とのなす角度)の最大角度を規定する。
【0024】
終了点側マスク8は、非磁性支持体11の走行方向における下流側に配設されている。この終了点側マスク8は、るつぼ5から蒸発した強磁性金属材料Mの非磁性支持体11に対する付着を阻止することで(非磁性支持体11を覆うことで)蒸着領域Aの蒸着終了点Peを規定する。なお、上記の蒸着終了点Peは、前述した蒸着開始点Psと同様に幾何学的な意味での蒸着終了点であり、実際には、非磁性支持体11のテープ走行速度および強磁性金属材料Mの蒸発量や終了点側マスク8の裏側に強磁性金属材料Mが回り込むことに起因して、同図に示す蒸着終了点Peよりも下流側まで非磁性支持体11に対する強磁性金属材料Mの蒸着が続くこともある。また、終了点側マスク8は、回転冷却ドラム4に対する配設位置を調整されることで、非磁性支持体11に対して強磁性金属材料Mを付着させる角度(非磁性支持体11の法線方向とるつぼ5が存在する方向とのなす角度)の最小角度を規定する。
【0025】
酸素供給部9は、終了点側マスク8と回転冷却ドラム4との間に配設されて、上記の蒸着領域Aにおける蒸着終了点Pe側に配設されている。また、酸素供給部9は、非磁性支持体11の幅方向に沿って複数の酸素ガス供給口(一例として、円形孔やスリット)が形成されて構成されている。この場合、酸素供給部9から供給する酸素ガスは、形成する磁性層12や磁性層12の飽和磁束密度、保磁力および電磁変換特性の向上を図る目的で導入されている。
【0026】
次いで、磁気テープ製造装置1による磁気テープ10の製造方法について、図面を参照して説明する。
【0027】
磁気テープ10の製造に際しては、まず、磁気テープ製造装置1を用いて、非磁性支持体11の上に磁性層12を形成する。具体的には、まず、磁性層12を形成する非磁性支持体11を巻回した原反を繰り出しロール3aにセットして回転冷却ドラム4の周面に沿わせると共に、先端部を巻き取りロール3bに固定する。次いで、真空ポンプ2aを作動させて真空槽2内を例えば10−3Pa程度の圧力となるように真空引きした後に、繰り出しロール3a、巻き取りロール3bおよび回転冷却ドラム4を回転させて回転冷却ドラム4の周面に沿って非磁性支持体11を走行させる。続いて、るつぼ5内の強磁性金属材料Mに向けて電子ビーム照射装置6から電子ビームEBを照射することで強磁性金属材料Mを蒸発させると共に、酸素供給部9からの酸素ガスの供給を開始する。
【0028】
この際に、電子ビーム照射装置6は、非磁性支持体11の幅方向に沿って電子ビームEBを所定のピッチで走査(往復動)させる。これにより、るつぼ5内において強磁性金属材料Mが加熱されて蒸発する。また、るつぼ5から蒸発した強磁性金属材料Mのうちの蒸着開始点Ps付近に飛来した強磁性金属材料Mの多くは、回転冷却ドラム4の周面を走行している非磁性支持体11の上に降り積もるようにして付着する。これにより、磁性層12を構成する各カラムの基端部側が非磁性支持体11上に成長し、磁性層12における初期成長部の形成が進行する。
【0029】
また、開始点側マスク7の部位で初期成長部が形成された非磁性支持体11は、回転冷却ドラム4の周面に沿って走行して両マスク7,8の間に移動する。この際に、るつぼ5から蒸発して飛来した強磁性金属材料Mが上記の初期成長部(カラムの基端部)の上に付着する結果、非磁性支持体11が蒸着終了点Peまで移動するまでの間においてカラムが基端部側(初期成長部を構成する部位)に続いて連続して成長して初期成長部の上に後期成長部が形成される。この場合、非磁性支持体11が開始点側マスク7から露出した直後から終了点側マスク8によって覆われるまでの間において非磁性支持体11に対するるつぼ5の相対的な存在方向(強磁性金属材料Mが飛来する方向)が逐次変化する結果、カラムの先端部側(後期成長部を構成する部位)が非磁性支持体11の走行方向に対して下流側に傾斜しつつ側面視円弧状に成長する。この後期成長部の厚みは、終了点側マスク8の位置、非磁性支持体11の走行速度、強磁性金属材料Mの蒸発量を適宜調整することで所望の厚みとすることができる。これにより、所望の平坦性を有する磁性層12が非磁性支持体11の上に形成される。
【0030】
また、初期成長部および後期成長部の形成が完了した(磁性層12の形成が完了した)非磁性支持体11は、回転冷却ドラム4の周面から離脱して巻き取りロール3bに巻き取られる。これにより、磁性層12の形成が完了する。この場合、この磁気テープ製造装置1では、前述したように、電子ビーム照射装置6のカソード22における一面22sの十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内(この例では、十点平均粗さRz=0.10μm)となるようにカソード22がバフ研磨加工されている。これにより、この磁気テープ製造装置1(電子ビーム照射装置6)では、カソード22における一面22sの粗さの度合いが旋盤加工だけで研磨されていない既存のカソードよりも小さくなっている。したがって、この磁気テープ製造装置1(電子ビーム照射装置6)では、磁性層12の形成処理時において、研磨を施していない既存のカソードを使用した場合と比較して、カソード22における一面22sの傷に起因する異常放電の発生率が十分に低減されている。この結果、この磁気テープ製造装置1(電子ビーム照射装置6)では、カソード22およびアノード24間の異常放電に起因して磁性層12の形成処理が自動的に停止する回数が十分に少なくなっている。
【0031】
この後、保護層形成装置(図示せず)を用いて磁性層12の表面に炭素を主成分とする材料(硬質薄膜形成用の材料)を付着させることで保護層13を形成する。次いで、非磁性支持体11の裏面側にバックコート層用塗料を塗布して乾燥させることによってバックコート層15を形成すると共に、保護層13の表面に潤滑剤14を塗布する。以上により、磁気テープ10の一連の製造工程が完了し、図2に示すように、磁気テープ10が完成する。なお、テープカートリッジに収容される最終製品物としての磁気テープは、潤滑剤14の塗布が完了した非磁性支持体11を所定のテープ幅に裁断することで製造されるが、本発明についての理解を容易とするために、これらの工程についての図示および説明を省略する。
【0032】
続いて、電子ビーム照射装置のカソードにおけるアノード側の一面の十点平均粗さRzと、カソードおよびアノード間の異常放電の発生との関係について、実施例および比較例を参照して具体的に説明する。
【0033】
まず、十点平均粗さRzが相違する実施例1〜4および比較例1,2のカソードを作製し、各カソードを電子ビーム照射装置に装着して磁性層12の形成処理を実行した。また、各カソードの総使用時間、総使用時間内における異常放電の発生回数(放電回数)、異常放電の発生率、および良否判定結果を図5に示す。なお、上記の「異常放電の発生率」については、「異常放電の発生回数」を「総使用時間」で除した値(すなわち、使用時間の100時間当りにおける異常放電の発生回数)で表す。また、実施例1〜4および比較例1,2のカソードの製作条件や、十点平均粗さRzの測定条件は、以下のとおりである。
【0034】
[実施例1]
旋盤加工が完了したカソードにおけるアノード側の一面に対して、その十点平均粗さRzが0.10μmとなるようにバフ研磨加工した。
【0035】
[実施例2]
旋盤加工が完了したカソードにおけるアノード側の一面に対して、その十点平均粗さRzが0.14μmとなるようにバフ研磨加工した。
【0036】
[実施例3]
旋盤加工が完了したカソードにおけるアノード側の一面に対して、その十点平均粗さRzが0.20μmとなるようにバフ研磨加工した。
【0037】
[実施例4]
旋盤加工が完了したカソードにおけるアノード側の一面に対して、その十点平均粗さRzが0.28μmとなるようにバフ研磨加工した。
【0038】
[比較例1]
旋盤加工しただけの状態のカソードを用意した。この場合、このカソードにおけるアノード側の一面は、その十点平均粗さRzが0.32μmであった。
【0039】
[比較例3]
旋盤加工しただけの状態のカソードを用意した。この場合、このカソードにおけるアノード側の一面は、その十点平均粗さRzが0.40μmであった。
【0040】
(十点平均粗さRzの測定)
(株)小坂研究所の表面粗さ測定機「SE−3400」を使用して、前述した測定条件に従って各カソードの十点平均粗さRzを測定した。
【0041】
図5に示すように、バフ研磨加工を施すことによってその十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内となっている実施例1〜4のカソードを有する電子ビーム照射装置では、磁性層12の形成時における異常放電の発生率(100時間当りの発生回数)が0.4回〜9.4回の範囲内(10.0回未満)と非常に低くなっている。これにより、異常放電の発生に起因する磁性層12の形成処理の自動停止回数が十分に低下している。また、その十点平均粗さRzが0.20μm以下となっている実施例1〜3のアノードを有する電子ビーム照射装置では、異常放電の発生率(100時間当りの発生回数)が5.1回以下と一層低くなっている。したがって、実施例1〜3のカソードでは、異常放電の発生に起因する磁性層12の形成処理の自動停止回数が一層低下する。
【0042】
この場合、その十点平均粗さRzが実施例1のカソードにおける0.10μmとの値よりも低くなるように研磨することで、異常放電の発生率を一層低くすることができると考えられるが、タングステン等の金属材料で形成されたカソードを十点平均粗さRzが0.10μm未満となるように研磨するためには、専用の非常に高価な研磨加工設備を用意する必要が生じる。また、そのような設備を使用した場合であっても、対象物のすべてを十点平均粗さRzが0.10μm未満となるように研磨するのは非常に困難であり、複数個の加工物のうちの条件を満たす(十点平均粗さRzが0.10μm未満となっている)加工物だけを使用することとなる。このため、十点平均粗さRzが0.10μm未満のカソードを用意するためのコストが高騰し、結果として、磁気テープ10の製造コストが高騰する。
【0043】
また、旋盤加工しただけで、アノード側の一面を研磨していない比較例1,2のカソード(既存の一般的なカソード)では、その十点平均粗さRzが0.32μmおよび0.40μm(十点平均粗さRzが0.28μmを超えているカソードの一例)を有する電子ビーム照射装置では、磁性層12の形成時における異常放電の発生率(100時間当りの発生回数)が11.4回、および21.5回と非常に高くなっている。このように、アノード側の一面の十点平均粗さRzが0.28μmを超えている比較例1,2のカソードでは、異常放電の発生率が非常に高く、特に、十点平均粗さRzが0.40μm以上の比較例2のカソードでは、その異常放電の発生率(100時間当りの発生回数)が20回以上(この例では、21.5回)と非常に高くなっている。このため、アノード側の一面の十点平均粗さRzが0.28μmを超えているカソードを有する電子ビーム照射装置では、カソードおよびアノード間の異常放電の発生に起因する磁性層12の形成処理の自動停止回数を低減するのが困難となる。
【0044】
以上のように、アノード側の一面の十点平均粗さRzが0.28μm以下(好ましくは、0.20μm以下)となるようにバフ研磨加工を施すことにより、旋盤加工しただけの状態(比較例1,2)と比較して異常放電の発生率を十分に低下させることができ、アノード側の一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上となるようにカソードを研磨することで、カソードの製作コストを十分に低減することができるのが理解できる。
【0045】
このように、この電子ビーム照射装置6および磁気テープ製造装置1によれば、カソード22におけるアノード24側の一面22sの十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内となるように研磨(この例では、バフ研磨加工)したことにより、アノードに抵抗器を接続することで異常放電状態が長時間に亘って維持されるのを回避する構成の従来の電子銃および真空蒸着装置とは異なり、異常放電の発生率自体を十分に低下させることができる。したがって、この電子ビーム照射装置6および磁気テープ製造装置1によれば、異常放電の発生に起因して磁性層12の形成処理が停止される事態を招くことなく、均一な厚みの磁性層12を形成することができるため、磁気テープ10の製造コストを十分に低減することができる。
【0046】
また、この電子ビーム照射装置6および磁気テープ製造装置1によれば、カソード22におけるアノード24側の一面22sの十点平均粗さRzが0.10μm以上0.20μm以下の範囲内となるように研磨(この例では、バフ研磨加工)したことにより、異常放電の発生率を一層低下させることができる。したがって、この電子ビーム照射装置6および磁気テープ製造装置1によれば、磁気テープ10の製造コストを一層低減することができる。
【0047】
なお、上記の例では、十点平均粗さRzが所望の範囲内となるようにカソードにおけるアノード側の一面をバフ研磨加工したが、本発明における「研磨」は「バフ研磨加工」に限定されず、「ダイヤモンド研磨加工」や「ラップ研磨加工」等の各種の「研磨」がこれに含まれる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】磁気テープ製造装置1の構成を示す構成図である。
【図2】磁気テープ10の断面図である。
【図3】電子ビーム照射装置6の構成を示す構成図である。
【図4】電子ビーム照射装置6におけるカソード22のアノード24側の一面22sを示す平面図である。
【図5】実施例1〜4および比較例1,2の各カソードを備えた電子ビーム照射装置における異常放電の発生について説明するための説明図である。
【符号の説明】
【0049】
1 磁気テープ製造装置
2 真空槽
5 るつぼ
6 電子ビーム照射装置
10 磁気テープ
11 非磁性支持体
12 磁性層
21 フィラメント
22 カソード
22s 一面
23 グリッド
24 アノード
24a フランジ部
24b 筒状部
25 集束部
EB 電子ビーム
M 強磁性金属材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱電子を放出するカソードと、当該カソードから前記熱電子が放出されている状態において当該カソードとの間に印加されているグリッド電圧の電圧値に応じた量の電子を放出するグリッドと、前記カソードとの間にアノード電圧が印加されて前記電子を加速させるアノードと、当該加速された電子を集束して電子ビームを生成する集束部とを備えた電子ビーム蒸着装置用の電子ビーム照射装置であって、
前記カソードは、前記アノード側の一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上0.28μm以下の範囲内となるように研磨されている電子ビーム照射装置。
【請求項2】
前記カソードは、前記アノード側の前記一面の十点平均粗さRzが0.10μm以上0.20μm以下の範囲内となるように研磨されている電子ビーム照射装置。
【請求項3】
請求項1または2記載の電子ビーム照射装置と、記録層形成用材料を収容するるつぼとを備えて、前記るつぼ内の前記記録層形成用材料に対して前記電子ビーム照射装置から前記電子ビームを照射して当該記録層形成用材料を蒸発させて情報記録媒体用の支持体に蒸着させることによって記録層を形成可能に構成されている電子ビーム蒸着装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−173954(P2009−173954A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−10592(P2008−10592)
【出願日】平成20年1月21日(2008.1.21)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】