説明

高強度及び冷鍛性に優れた高耐食フェライト系ステンレス鋼の製造方法

【課題】 冷鍛性に優れた特性と高強度の両者を具備した、フェライト系ステンレス鋼の製造方法を提案する。
【解決手段】 質量%で、C:0.10%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、Ni:0.50%以下、Cr:15.00〜20.00%、N:0.02%〜0.05%を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、C+N:0.05%〜0.10%であり、且つ圧延条件について、鋼塊の加熱温度を1050℃〜1100℃とし、熱間圧延終了時の温度が1000℃以下、加工率が合計で少なくと80%となるように熱間圧延を行い、その後の冷却速度を10℃/分以上で実施し、鋼中のマルテンサイト率を20〜40%に制御すること、また、熱処理条件について、前記の圧延条件によって製造された鋼材について、熱処理温度700℃〜750℃で2〜4時間保持し、その後の冷却速度を300℃/時以下で実施することを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車燃料ポンプ部品等に使用される、高強度及び優れた冷鍛性を有し、且つ耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼、特に棒鋼の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車燃料ポンプ部品等の直噴エンジン化における高圧、高強度化、及びバイオエタノール燃料化に対応するため、現行はAl合金材が広く使用されているが、近年はステンレス鋼への転換が進んでいる。この用途に使用される材料は、主に据込みやヘッディング、パーツフォーム等の冷鍛による加工方法により部品形状に成型される場合が多い。冷鍛は、ニアネットシェイプ化による材料費の削減、且つ加工に要する時間や費用の低減といった利点があり、加工者側にとって大きなメリットのある加工方法である。
【0003】
しかしながら、優れた冷鍛性を得るためには材料本来の強度を低くする必要があり、また、強度を低くした場合、製品時に必要とされる強度を得られない場合がある。製品時の強度を高めるために、材料本来の強度を高めた場合は冷鍛性が低下し、加工者側の負担が大きくなる。また、冷鍛成型化においては、冷鍛後に切削による仕上加工が入るのが普通であり、加工材に快削性も要求されるため、材料の高強度化は冷鍛性、切削性を困難にさせる。
【0004】
フェライト系ステンレス鋼の冷鍛性、冷間加工性を改善させることを目的とする提案に、例えば、特開平3−2355号公報(特許文献1)に開示されている、1000℃以下の温度で加工率80%以上の熱間加工を行うことにより、優れた冷間加工性、靭性、耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼や、特開2005−194572号公報(特許文献2)に開示されている、質量比でTi/S:3.2〜5.5、Ti/(C+N):8〜25とすることにより、優れた冷鍛性を有するフェライト系ステンレス鋼などがある。
【0005】
しかし、これらは冷鍛性を改善する提案を主に行っており、強度に関する報告はされておらず、また、これらの引用文献に開示される内容は、製品の高強度化という問題を解決するものではない。
【特許文献1】特開平3−2355号公報
【特許文献2】特開2005−194572号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のような問題を解消するために、本発明は、冷鍛性に優れた特性と高強度の両者を具備した、フェライト系ステンレス鋼の製造方法を提案することを目的とする。また、目標とする具体的な数値としては、引張強さが430MPa以上、硬さが85HRB以下とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上述の観点から、まず質量%でC+Nを0.05%〜0.10%となるように含有させ、硬さ上昇より材料の強度を向上させる。さらに鋼塊の加熱温度を1050℃〜1100℃とし、熱間圧延終了時の温度が1000℃以下、加工率が合計で80%以上となるように熱 間圧延を行い、その後の冷却速度を10℃/分以上で行うことにより、結晶粒の粗大化を抑制し、鋼中のマルテンサイト率を20%〜40%に制御する。その製造方法によって作製された鋼材について、熱処理条件として700℃〜750℃で2〜4時間保持し、その後の冷却速度を300℃/時以下で行うことにより、鋼中のマルテンサイトを軟化する。これらの製造方法を実施することにより、冷鍛性に優れた特性と高強度の両者を具備したフェライト系ステンレス鋼を製造することができる。
【0008】
その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、C:0.10%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、Ni:0.50%以下、Cr:15.00〜20.00%、N:0.02%〜0.05%を含有し、且つC+N:0.05%〜0.10%を満足し、残部Feおよび不可避的不純 物からなる、鋼塊の加熱温度を1050℃〜1100℃とし、熱間圧延終了時の温度が1000℃以下、加工率が合計で少なくとも80%となるように熱間圧延を行い、その後の冷却速度を10℃/分以上で行い、鋼中のマルテンサイト率を20〜40%とし、得られた鋼材を引続き熱処理温度700℃〜750℃で2〜4時間保持し、その後の冷却速度を300℃/時以下で行うことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【0009】
(2)前記(1)に記載の、P:0.050%以下、S:0.030%以下、Al:0.100%以下、O:0.010%以下を含有させたことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
(3)前記(1)または(2)に記載の、Mo:0.50%以下を含有させたことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【0010】
(4)前記(1)または(2)に記載の、Ti:0.50%以下、Nb:0.50%以下の1種または2種以上を含有させたことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
以上のように、本発明により高強度及び優れた冷鍛性が要求される、自動車燃料ポンプ部品等に優れた冷鍛によるブランク加工と切削による加工性に優れ、高耐食性を有するフェライト系ステンレス鋼の製造方法を提供することが可能となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明についての成分組成の限定理由について説明する。
C:0.10%以下
Cは、強度を上げる重要な元素であるが、しかし、多すぎると冷鍛生、耐食性を悪化させるので、その上限を0.10%とした。
【0013】
Si:1.00%以下
Siは、製鋼時脱酸剤として有用であり、鋼材の強度を高める効果がある。しかし、多すぎると焼なまし硬さを大きくし、加工性を阻害することから、上限を1.00%とした。Mn:1.00%以下
Mnは、脱酸剤として有用であるが、硫化物を形成しやすく、多すぎると冷鍛性を害し、また、硫化物中のMn濃度が増加し耐食性を悪化させるので上限を1.00%とした。
【0014】
Ni:0.50%以下
Niは、非酸化性酸に対する耐食性を改善する効果がある。しかし、多量の添加は焼なまし硬さを上昇させるため、その上限を0.50%とした。
Cr:15.00〜20.00%
Crは、ステンレス鋼の基本的な元素で酸化皮膜を形成し耐食性を付与する。したがって、少ないと十分な酸化皮膜を形成できず、多いと焼なまし硬さを上げるとともに靭性を低下させるので、その範囲を15.00%〜20.00%とした。
【0015】
N:0.02%〜0.05%
Nは、強度を上げる元素であるが、少ないと十分な強度を得られず、多すぎると窒化物を多量に生じ、冷鍛性と被削性を低下させるので、その範囲を0.02%〜0.05%とした。
P:0.050%以下
Pは、基本的に不要な元素で、多く含有されると冷鍛性、耐食性を低下させるので、その上限を0.050%とした。
【0016】
S:0.030%以下
Sは、硫化物を形成し被削性向上に役立つ元素である。しかし、0.030%を超えると熱間加工性を悪化させることから、その上限を0.030%とした。好ましくは0.010%とする。
Al:0.100%以下
Alは、脱酸、脱窒元素であり、熱間加工性を改善する元素である。しかし、多すぎると二次酸化の危険が増すため、その上限を0.100%とした。
【0017】
O:0.010%以下
Oは、低融点酸化物を生成して被削性を改善する。しかし、多すぎると被削性改善効果が飽和し、酸化物量が増加して逆に被削性を低下させるので、その上限を0.010%とした。
Mo:0.50%以下
Moは、耐食性を向上させる元素である。しかし、多すぎると脆化相を析出し耐食性、機械的性質を低下させるので、その上限を0.50%とした。
【0018】
Ti:0.50%以下
Tiは、Ti炭窒化物形成及びTi硫化物生成により、冷鍛性を改善するとともに、耐食性を殆ど劣化させずに被削性も改善する。しかし、多すぎると脆化を起こすので、 その上限を0.50%とした。
Nb:0.50%以下
Nbは、強力な炭窒化物形成元素でNb炭窒化物を形成し、Cr炭化物の生成を抑制し、耐食性を向上させる。しかし多すぎると熱間加工性を悪化させるので、その上限を0.50%とした。
【0019】
C+N:0.05%〜0.10%
前記したように、C、Nは、強度を上げる重要な元素であるが、C+Nが0.05%未満ではその効果は十分ではなく、多すぎると冷鍛性、被削性を低下させるので、その上限を0.10%とした。
【0020】
以下、本発明についての製造方法の理由について説明する。
鋼塊の加熱温度を1050℃〜1100℃とし、熱間圧延終了時の温度が1000℃以下、加工率が合計で少なくとも80%となるように熱間圧延を行い、その後の冷却速度を10℃/分以上で行う。この圧延条件によって製造させた鋼材は、結晶粒が粗大に成長することなく、且つ鋼中のマルテンサイト率が20%〜40%に制御されている。オーステナイト組織と比べ、フェライト組織及びマルテンサイト組織は加工硬化能が小さく、鋼中のマルテンサイト率が20%未満の組織では、目標とする引張強さである430MPaを満足することができず、また鋼中のマルテンサイト率が40%を超える組織では、目標とする硬さである85HRBを満足することができない。
【0021】
上記の圧延条件によって製造された鋼材について、熱処理温度700℃〜750℃で2〜4時間保持し、その後の冷却速度を300℃/時以下で行う。この熱処理条件により、鋼中のマルテンサイトを軟化し、優れた冷鍛性と高強度の特性を得ることができ、目標である引張強さが430MPa以上、硬さが85HRB以下のフェライト系ステンレス鋼を製造することができる。
【実施例】
【0022】
以下、本発明について実施例をもって具体的に説明する。
表1に示す成分組成の鋼を真空誘導溶解炉にて溶製して100kgの鋼塊とし、それぞれ熱間鍛伸後、熱処理を施し各試験片に供した。熱間圧延及び熱処理の実施内容を表2に、また、各試験の結果を表2に示す。
【0023】
引張強さについては、熱間鍛伸後、熱処理を施した材料より、平行部の径6mmのJIS4号試験片を供した。その試験片にて引張試験を行い、試験結果より得られた引張強さより評価を行った。試験条件は、弾性変形域は1mm/分で、塑性変形域は15mm/分で行った。
【0024】
硬さについては、熱間鍛伸後、熱処理を施した材料の断面の中周部をHRBで測定し、5点平均値を用いた。また、被削性については、熱間鍛伸後、熱処理を施した材料の鍛伸方向に一定推力、一定周速でドリル穿孔し、深さ10mm穿孔するのに要する時間を測定した。ドリル穿孔条件を以下に示す。
ドリル:SKH51、φ5mm、ストレートドリル
推力 :414N
周速 :18.7m毎分
切削油:なし
耐食性については、熱間鍛伸後、熱処理を施した材料より、径12mmで長さ21mmの棒状試験片を作製し、表面を#600にて湿式研磨後、試験片を供した。その試験にて孔食試験を行い、単位面積あたりの腐食減量を測定した。孔食試験条件は、25℃の6%NaCl+0.5%H22溶液に試験片を24時間浸漬とした。
【0025】
【表1】

【0026】
【表2】

表1〜表2に示すように、No.1〜10は発明例であり、No.11〜18は比較例である。
【0027】
比較例No.11は、C+Nが低いため圧延条件、熱処理条件は満足しているが、目標とする引張強さが満足できず、強度が低い。比較例No.12は、Crが低いため耐食性 が悪く、圧延時の加熱温度、最終温度が高いため強度が低い。比較例No.13は、圧延時の加熱温度が低く、目標とする硬さを超えてしまい、冷鍛性、被削性が悪い。比較例No.14は、Nが高く、また、圧延時の冷却速度が遅いため冷鍛性、被削性が悪い。
【0028】
比較例No.15はNiが高く、また圧延時の加工率が低く、熱処理時の保持時間が短かったため、材料の軟化が不十分であり冷鍛性、被削性が悪い。比較例No.16は、熱処理温度が高く目標とする引張強さが満足できず、強度が低い。比較例No.17は、熱処理温度が低く、また冷却速度が速いため、冷鍛性、被削性が悪い。比較例No.18は、熱処理時の保持時間が長く、強度が低い。これに対し、本発明例であるNo.1〜No.10の場合は、いずれの特性にも優れていることがわかる。


特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10%以下
Si:1.00%以下
Mn:1.00%以下
Ni:0.50%以下
Cr:15.00〜20.00%
N:0.02%〜0.05%
を含有し、且つC+N:0.05%〜0.10%を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる、鋼塊の加熱温度を1050℃〜1100℃とし、熱間圧延終了時の温度が1000℃以下、加工率が合計で少なくとも80%となるように熱間圧延を行い、その後の冷却速度を10℃/分以上で行い、鋼中のマルテンサイト率を20〜40%とし、得られた鋼材を引続き熱処理温度700℃〜750℃で2〜4時間保持し、その後の冷却速度を300℃/時以下で行うことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項2】
請求項1に加えて、
P:0.050%以下
S:0.030%以下
Al:0.100%以下
O:0.010%以下
を含有させたことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。
【請求項3】
請求項1または2に加えて、
Mo:0.50%以下
を含有させたことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレスの製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に加えて、
Ti:0.50%以下
Nb:0.50%以下
の1種または2種以上を含有させたことを特徴とする、高強度及び冷鍛性に優れたフェライト系ステンレス鋼の製造方法。

【公開番号】特開2010−132998(P2010−132998A)
【公開日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−312245(P2008−312245)
【出願日】平成20年12月8日(2008.12.8)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】