説明

ガスバリアフィルム、それを含む電子デバイス、ガスバリア袋、およびガスバリアフィルムの製造方法

【課題】ガスバリアフィルムに関し、バリア性の向上、製造の簡便と低コスト化を図る。
【解決手段】プラスティックフィルムの各主面に接するガスバリヤ層は触媒CVDによるSiCNFH層で0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08、および0.05<I(CF)/I(SiN)<0.3の条件、またはSiOCNH層で0.1<I(SiH)/I(NH)<0.9、0.0<I(CH)/I(NH)<0.3、8<I(SiN)/I(NH)<20、および2<I(SiO2)/I(NH)<8の条件、またはSiCNH層で0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、および0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08の条件を満たすガスバリアフィルム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の物品を保護してその特性の維持を図るために不所望のガスの侵入を防止するガスバリアフィルム、それを利用した物品、およびそのガスバリアフィルムの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食料品、医薬品、タッチパネル、有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)素子、無機EL素子、太陽電池、電子ペーパなどの物品は大気中の水蒸気や酸素によって変質して劣化し、その商品としての価値が損なわれる。したがって、大気中の水分や酸素を透過させないいわゆるガスバリア特性を有するフィルムによる包装または封止が利用されている。
【0003】
ただし、上述のような種々の物品の特性維持および保護のためのガスバリアフィルムに求められるバリア特性の程度はそれらの物品の種類に依存して異なる。例えば、有機EL素子のためのガスバリアフィルムとしては、非常に高度のバリア特性が求められる。しかし、これに比べて食料品や医薬品などの保護のためのガスバリアフィルムでは、それほど高度なバリア特性を有していなくても利用可能である。
【0004】
一方、有機EL表示素子は自発光型のディスプレイとして注目されているが、有機発光層、電子輸送層、正孔輸送層などの有機分子層は大気中の水蒸気や酸素と反応し劣化するという致命的な弱点を有している。
【0005】
したがって、現状では、水蒸気と酸素がほとんど透過しないガラス基板上に有機EL素子を形成し、さらにその有機EL素子を金属の封止缶またはガラスで被覆することによって長寿命化を図っている。
【0006】
この場合に、封止缶や封止用ガラスのコストが問題になっている。その解決策として、封止缶や封止用ガラスではなくて薄膜によってガスバリア層を形成する技術であるいわゆる薄膜封止技術が求められている。
【0007】
また、将来の商品として期待されているフレキシブルでかつ軽量な表示素子という技術的観点からすれば、ガラス基板を用いないでプラスティックフィルム上に有機EL層を形成した表示素子の開発が望まれている。
【0008】
そのためには、有機EL層にとって有害な水蒸気や酸素などのガスを透過させないガスバリアフィルムと、その上に形成した有機EL素子を保護する薄膜封止技術とが必要となる。
【0009】
したがって、フレキシブル有機EL素子の開発のための技術的課題としては、第1にはプラスティックフィルムに密着した高いバリア性の薄膜を形成する技術が必要であり、第2にはガス、熱、プラズマなどに対して弱くて損傷を受けやすい有機EL層を保護するためのガスバリア膜による薄膜封止技術が必要である。
【0010】
これらの問題を解決しようとする試みとして、特許文献1の特表2002−532850号公報において、バリア膜の形成方法の一例が開示されている。この特許文献1に開示された方法では、ポリマー層と無機材料層との積層構造によってバリア膜が作製される。そのポリマー層は、モノマー(典型的にはアクリレート含有モノマー系)の蒸着とその後の紫外線照射による光重合によって形成される。また、無機材料層としては、シリカ、アルミナ、チタニア、酸化インジューム、酸化スズ、窒化アルミニウム、または窒化珪素などの層がスパッタリングなどによって形成される。そして、ポリマー層は主に有機EL素子の平坦化や無機材料層の欠陥を埋めるために用いられ、無機材料層がバリア性を示すものと考えられている。
【0011】
特許文献1によるバリア膜の問題は、高いバリア性を得るためには、多数のポリマー層と無機材料層との積層を繰り返して10ミクロン程度もの合計厚さにしなければならないことである。また、そのバリア膜の製造のためには、真空蒸着、光重合、およびスパッタリングのように種々の処理過程と装置とを必要とするので、製造設備が複雑化してコスト高になる。さらに、ポリマー層自体にはバリア性がほとんどなく、また無機材料層自体は一般に多孔質や多結晶粒子状になるので、有機EL素子の特に側面からの水蒸気や酸素の侵入を十分に防ぐことが困難である。
【0012】
そこで、特許文献2の特開2008−155585号公報は、プラスティックフィルムの少なくとも一方の主面上に順に積層された第1、第2、および第3の有機・無機ハイブリッド層を含むガスバリアフィルムを開示しており、これらの有機・無機ハイブリッド層のいずれもが意図的に導入された炭素、シリコン、窒素、および水素を含んでいる。この場合に、プラズマCVD(化学気相堆積)で形成される第1と第3の有機・無機ハイブリッド層は、プラズマCVDまたはCat−CVD(触媒CVD)で形成される第2の有機・無機ハイブリッド層に比べて大きな炭素組成比を有している。また、第2の有機・無機ハイブリッド層においては、第1と第3の有機・無機ハイブリッドに比べて、シリコンと窒素の合計組成比が大きく設定されている。
【0013】
なお、有機・無機ハイブリッド材料は有機材料と無機材料の組み合わせを意味するが、従来から知られているコンポジット(複合)材のような単なる混合物とは区別して、その混ざり合いがナノオーダまたは分子オーダのものが特に有機・無機ハイブリッド材料と呼ばれる(例えば、特許文献3の特開2005−179693号公報参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特表2002−532850号公報
【特許文献2】特開2008−155585号公報
【特許文献3】特開2005−179693号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
特許文献2に開示されたガスバリアフィルムは、特許文献1に開示されたバリア膜に比べて、遥かに少ない積層数のガスバリア層を含むだけで優れたガスバリア性を発揮することができる。また、特許文献2に開示されたガスバリアフィルムは、特許文献1に開示されたバリア膜に比べて、簡便かつ低コストで作製することができる。
【0016】
しかしながら、ガスバリアフィルムの技術分野では、ガスバリアフィルムのさらなるバリア性の向上とその製造のさらなる簡便化と低コスト化が望まれている。
【0017】
そこで、本発明は、特許文献2に開示されたガスバリアフィルムに比べても、バリア性のさらなる向上、および製造のさらなる簡便化と低コスト化を図ることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明のガスバリアフィルムは、プラスティックフィルムの両主面の各々に接するガスバリア層を含み、このガスバリア層はCat−CVDで堆積されたSiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層のいずれかであり、SiCNFH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08、および0.05<I(CF)/I(SiN)<0.3の条件を満たし、SiOCNH層は、0.1<I(SiH)/I(NH)<0.9、0.0<I(CH)/I(NH)<0.3、8<I(SiN)/I(NH)<20、および2<I(SiO2)/I(NH)<8の条件を満たし、そしてSiCNH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、および0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08の条件を満たし、ここで、Iはそれに付記された括弧内の原子結合に関するフーリエ変換赤外分光(以下、FTIR)スペクトルのピーク強度を表していることを特徴としている。
【0019】
なお、SiCNFH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.03、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.02、0.05<I(NH)/I(SiN)<0.08、および0.05<I(CF)/I(SiN)<0.25の条件を満たし、SiOCNH層は、0.1<I(SiH)/I(NH)<0.5、0.0<I(CH)/I(NH)<0.2、10<I(SiN)/I(NH)<20、および2<I(SiO2)/I(NH)<5の条件を満たし、そしてSiCNH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.03、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.02、および0.05<I(NH)/I(SiN)<0.08の条件を満たすことが好ましい。
【0020】
また、プラスティックフィルムは、120℃以上のガラス転移温度または200℃以上の融点、または200℃以上の液晶転移温度を有する耐熱性のプラスティックフィルムであることが好ましい。さらに、プラスティックフィルムは、表面平坦化処理されていることが好ましい。
【0021】
ガスバリアフィルムにおいては、ガスバリア層上に導電層を付加的に含むことも好ましい。
【0022】
本発明のガスバリアフィルムを保護層として含むことによって、種々の電子デバイスの耐久性が改善され得る。それらの電子デバイスは、タッチパネル、有機ELデバイス、無機ELデバイス、薄膜太陽電池、および電子ペーパのいずれかであり得る。また、本発明のガスバリアフィルムを用いて形成されたガスバリア袋は、種々の物品の特性を維持して、その物品の保存期間を延長させることができる。
【0023】
本発明のガスバリアフィルムを製造する方法では、有機シラン化合物、有機アミノシリコン化合物、アンモニア、フルオロカーボン、酸素、および水素から選択された原材料を用いるCat−CVDによってガスバリア層を簡便かつ低コストで形成することができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、プラスティックフィルムの両主面の各々に接して特定の有機・無機ハイブリッド層のガスバリア層をCat−CVDで設けることによって、先行技術に比べてバリア性の向上および製造の簡便化と低コスト化を実現し得るガスバリアフィルムを提供することができる。
【0025】
また、そのようなガスバリアフィルムを利用することによって、種々の電子デバイスの特性劣化を防止することができ、種々の物品を保護し得るガスバリア性の袋を提供することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施形態によるガスバリアフィルムを示す模式的な断面図である。
【図2】有機・無機ハイブリッド層を形成し得るCat−CVD成膜装置の一例を示す模式的なブロック図である。
【図3】本発明に密接に関連する参考例1のガスバリアフィルムにおいて測定されたWVTR(水蒸気透過率)の時間依存性を表すグラフである。
【図4】本発明の実施例1において堆積されたSiCNFH層のFTIRの一例を示すグラフである。
【図5】実施例1でCat−CVDのフィラメント温度を種々に変えて堆積されたSiCNFH層において、種々の原子結合に関するFTIRの吸収スペクトルのピーク強度比を表わすグラフである。
【図6】図5に示されたSiCNFH層に関して、SiN原子結合に対するCF原子結合のFTIRの吸収スペクトル強度比を表わすグラフである。
【図7】本発明の実施例2において堆積されたSiOCNH層のFTIRの一例を示すグラフである。
【図8】本発明の実施例3において堆積されたSiCNH層のFTIRの一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
図1は、本発明の一実施形態によるガスバリアフィルムを模式的な断面図で示している。このガスバリアフィルムでは、プラスティックフィルム1の両主面の各々上に特定の有機・無機ハイブリッド層からなるガスバリア層2が設けられている。
【0028】
その特定の有機・無機ハイブリッド層は、Cat−CVDで堆積されたSiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層のいずれかであり、SiCNFH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08、および0.05<I(CF)/I(SiN)<0.3の条件を満たし、SiOCNH層は、0.1<I(SiH)/I(NH)<0.9、0.0<I(CH)/I(NH)<0.3、8<I(SiN)/I(NH)<20、および2<I(SiO2)/I(NH)<8の条件を満たし、そしてSiCNH層は0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、および0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08の条件を満たし、ここで、Iはそれに付記された括弧内に示された原子結合に関するFTIRスペクトルのピーク強度を表している。
【0029】
なお、FTIRのスペクトルピークの波数位置は、SiN結合において約870cm-1、SiH結合において約2170cm-1、CH結合において約2920cm-1、NH結合において約3380cm-1、CF結合において約1170cm-1、そしてSiO2結合において約1150cm-1にあり、強度Iは吸収光学密度スペクトルのピーク強度で評価される。
【0030】
図2は、上述のような有機・無機ハイブリッド層を形成し得るCat−CVD成膜装置の一例を模式的なブロック図で図解している。この成膜装置は、ガス導入口11aと排気口11bとを有する反応容器11を備えている。反応容器11内には、加熱フィラメント12とそれに対面する基体または基板(プラスティックフィルムなど)13を支持するための支持台14が設けられている。そして、フィラメント12は反応容器11外の電源15に接続されている。図2から分かるように、この加熱合成においては、極めて簡略で低コストの成膜装置によって、種々の有機・無機ハイブリッド膜を形成することができる。なお、加熱フィラメント12は例えばTa、Wなどの高融点金属で形成されており、プラスティックフィルム基板上の成膜では、加熱フィラメントからの輻射熱によるプラスティックフィルムの熱変形を抑制するために、通常は1100℃から1300℃程度に加熱される。
【0031】
本発明における特定の有機・無機ハイブリッド層であるSiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層は、このようなCat−CVDで好ましく堆積され得る。そのCat−CVDにおいて、有機シラン化合物、有機アミノシリコン化合物、アンモニア、フルオロカーボン、酸素、および水素から選択された原料ガスが好ましく利用され得る。
【実施例】
【0032】
以下において、本発明に密接に関連する参考例によるガスバリアフィルムとともに、本発明の種々の実施例によるガスバリアフィルムが説明される。
【0033】
(参考例1)
本発明者はまず、本発明に密接に関連する参考例1として、下地のプラスティックフィルムの一方主面上のみに有機・無機ハイブリッド層であるSiCNFH層の単層が形成されたガスバリアフィルムのバリア特性を調べた。
【0034】
本参考例1においては、PEN(ポリエチレンナフタレート)からなる厚さ200μmのプラスティックフィルム上に設定厚さ1000nmの単層のSiCNFH層がCat−CVD法によって形成された。このCat−CVDによるSiCNFH層の形成の際には、モノメチルシラン(以下、「1MS」と略す)/H2/N2/NH3/C48が5/200/200/200/20(sccm)の流量比で成膜装置内に導入された。
【0035】
こうして得られたSiCNFH層に含まれる各種原子結合ついてFTIRで調べたところ、SiN、CF、SiH、CH、NHなどの原子結合が観測され、有機・無機ハイブリッド層であることが確認された。
【0036】
本参考例1において、PENフィルムの片方の主面上のみに単層のSiCNFH層を有するガスバリアフィルムのバリア特性が、Lyssy社のガス透過率測定装置で測定された。より具体的には、水蒸気透過率(WVTRとも称される)の測定にはLyssy社のバリアテスタL80−5000(JIS−K7129−A法)が用いられた。
【0037】
図3は、参考例1のガスバリアフィルムにおいて測定されたWVTRの時間依存性を表すグラフである。すなわち、図3のグラフの横軸は時間(hr)を表し、縦軸はWVTR(g/m2/day)を表している。ここで、g/m2/dayは、一日当りにガスバリアフィルムの1m2当りの面積を透過する水蒸気の質量を表している。なお、Lyssy社のバリアテスタL80−5000における測定の下限界値は0.001(g/m2/day)であり、これより低いWVTRを測定することは困難である。
【0038】
図3のWVTR試験において、水蒸気は下地のPENフィルム側から与えられた。図3のグラフから明らかなように、PENフィルムの片面のみに単層のSiCNFHバリア層を有する参考例1のガスバリアフィルムにおいては、試験開始から約25時間(約1日)までは約0.02(g/m2/day)未満のWVTRを維持しているが、その後に約50時間(約2日)までにWVTRが約0.075(g/m2/day)まで増大した後に約60時間(約2.5日)まで定常化し、その約2.5日を過ぎてから急激にWVTRが増大してガスバリアフィルムとしての機能を果し得なくなることが分かる。
【0039】
本発明者は、このようなガスバリアフィルムの劣化の現象を詳細に検討した。その結果、ガスバリアフィルムの劣化は、時間経過に伴って下地のPENフィルムが水分子を吸収し、そして吸収された水分子によって特にPENフィルムとガスバリア層との界面が劣化することに起因することが分かった。
【0040】
(実施例1)
本発明の実施例1によるガスバリアフィルムは、図1に示されているように、下地としてのプラスティックフィルム1の両主面上に単層のガスバリア層2を有している。具体的には、本実施例1において、PENフィルムの両面のいずれ側にも単層のSiCNFHバリヤ層が、参考例1の場合に類似のCat−CVDで形成された。しかし、本実施例1では、Cat−CVDの原料ガス流量比の1MS/H2/N2/NH3/C48が5/200/200/200/20(sccm)を基本として種々に変更されるとともに、フィラメント温度をも種々に変化させることによって複数のガスバリアフィルムが作製された。
【0041】
図4は、本実施例1において堆積されたSiCNFH層のFTIRの一例を示すグラフである。すなわち、このグラフの横軸は波数(cm-1)を表し、縦軸は吸収強度を表している。このグラフに示されているように、SiN結合、CF結合、SiH結合、CH結合、NH結合などによる吸収ピークが観察され、SiCNFH層が有機・無機ハイブリッド層として形成されていることが分かる。
【0042】
図5と図6は、Cat−CVDにおけるフィラメント温度を種々に変えて堆積させたSiCNFH層において、種々の原子結合に関するFTIRの吸収スペクトル強度比を表している。すなわち、これらのグラフの横軸はフィラメント温度を表し、縦軸は吸収スペクトルのピーク強度比を表している。
【0043】
図5のグラフにおいて、丸印、三角印、および逆三角印は、SiN結合の吸収強度に対するSiH結合、CH結合、およびNH結合の吸収強度の比率をそれぞれ表している。また、図6のグラフにおける丸印は、SiN結合の吸収強度に対するCF結合の吸収強度の比率を表している。
【0044】
図5と図6のグラフにおいて、SiCNFH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08、および0.05<I(CF)/I(SiN)<0.3の条件を満たしている。なお、前述のように、Iはそれに付記された括弧内に示された原子結合に関するFTIRスペクトルのピーク強度を表している。
【0045】
このような実施例1における吸収スペクトル強度比の条件を満たす単層のSiCNFHバリア層をPENフィルムの両面に形成した場合、上述の参考例1の場合と異なって、WVTR試験において約3日経過以後においても、バリア特性の急激な劣化は全く観察されなかった。
【0046】
また、ガスバリアフィルムのバリア特性は、原料ガスの流量比、フィラメント温度、フィルム基板温度などを制御することによって調整可能であり、本実施例1において特に良好な特性のガスバリアフィルムでは、WVTR試験において3日経過後においても測定値が現れず、すなわち0.001(g/m2/day)未満の優れたバリア特性を有していた。
【0047】
このように優れたバリア特性を示すガスバリアフィルムにおいてSiCNFHバリア層のFTIRスペクトルのピーク強度比を分析したところ、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.03、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.02、0.05<I(NH)/I(SiN)<0.08、および0.05<I(CF)/I(SiN)<0.25の条件を満たしていた。
【0048】
(実施例2)
本発明の実施例2によるガスバリアフィルムにおいても、実施例1の場合に類似して、PENフィルムの両面に単層のガスバリア層が形成された。ただし、本実施例2においては、単層のガスバリア層としてSiOCNH層がCat−CVDで形成された。
【0049】
本実施例2では、Cat−CVDの原料ガス流量比が1MS/NH3/H2/N2=5/200/200/200(sccm)およびO2/Ar(10%のO2を含むO2/Ar混合ガス)=20(sccm)を基本として種々に変更されるとともに、フィラメント温度をも種々に変化させることによって複数のガスバリアフィルムが作製された。
【0050】
図5に類似する図7は、本実施例2において堆積されたSiOCNH層のFTIRの一例を示すグラフである。すなわち、このグラフの横軸は波数(cm-1)を表し、縦軸は吸収強度を表している。このグラフに示されているように、SiN結合、SiO2結合、SiH結合、CH結合、NH結合などによる吸収ピークが観察され、SiOCNH層が有機・無機ハイブリッド層として形成されていることが分かる。
【0051】
図5の場合と同様に、本実施例2においても、Cat−CVDにおけるフィラメント温度を種々に変えて堆積されたSiOCNH層において、種々の原子結合に関するFTIRの吸収スペクトル強度比が測定された。その結果、本実施例2のSiOCNH層は、0.1<I(SiH)/I(NH)<0.9、0.0<I(CH)/I(NH)<0.3、8<I(SiN)/I(NH)<20、および2<I(SiO2)/I(NH)<8の条件を満たしていた。
【0052】
このような本実施例2における吸収スペクトル強度比の条件を満たす単層のSiOCNHバリア層をPENフィルムの両面に形成した場合でも、上述の参考例1の場合と異なって、WVTR試験の約3日経過以後においても、バリア特性の急激な劣化は全く観察されなかった。
【0053】
そして、本実施例2においても、ガスバリアフィルムのバリア特性は原料ガスの流量比、フィラメント温度、フィルム基板温度などを制御することによって調整可能であり、特に良好な特性のガスバリアフィルムではWVTR試験において3日経過後においても測定値が現れず、すなわち0.001(g/m2/day)未満の優れたバリア特性を有していた。
【0054】
このように優れたバリア特性を示すガスバリアフィルムにおいてSiOCNHバリヤ層のFTIRスペクトルのピーク強度比を分析したところ、0.1<I(SiH)/I(NH)<0.5、0.0<I(CH)/I(NH)<0.2、10<I(SiN)/I(NH)<20、および2<I(SiO2)/I(NH)<5の条件を満たしていた。
【0055】
(実施例3)
本発明の実施例3によるガスバリアフィルムにおいても、実施例1の場合に類似して、PENフィルムの両面に単層のガスバリア層が形成された。ただし、本実施例3においては、単層のガスバリア層としてSiCNH層がCat−CVDで形成された。
【0056】
本実施例3では、Cat−CVDの原料ガス流量比が1MS/NH3/H2/N2=5/200/200/200(sccm)を基本として種々に変更されるとともに、フィラメント温度をも種々に変化させることによって複数のガスバリアフィルムが作製された。
【0057】
図5に類似する図8は、本実施例3において堆積されたSiCNH層のFTIRの一例を示すグラフである。すなわち、このグラフの横軸は波数(cm-1)を表し、縦軸は吸収強度を表している。このグラフに示されているように、SiN結合、CN結合、SiH結合、CH結合、NH結合などによる吸収ピークが観察され、SiCNH層が有機・無機ハイブリッド層として形成されていることが分かる。
【0058】
図5の場合と同様に、本実施例3においても、Cat−CVDにおけるフィラメント温度を種々に変えて堆積されたSiCNH層において、種々の原子結合に関するFTIRの吸収スペクトル強度比が測定された。その結果、本実施例3のSiCNH層は、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、および0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08の条件を満たしていた。
【0059】
このような本実施例3における吸収スペクトル強度比の条件を満たす単層のSiCNHバリア層をPENフィルムの両面に形成した場合でも、上述の参考例1の場合と異なって、WVTR試験において約3日経過以後においてもバリア特性の急激な劣化は全く観察されなかった。
【0060】
そして、本実施例3においても、ガスバリアフィルムのバリア特性は原料ガスの流量比、フィラメント温度、フィルム基板温度などを制御することによって調整可能であり、特に良好な特性のガスバリアフィルムでは、WVTR測定で3日経過後においても測定検出限界である0.001(g/m2/day)のデータが得られず、すなわち0.001(g/m2/day)未満の優れたバリア特性を有していた。
【0061】
このように優れた特性を示すガスバリアフィルムにおけるSiCNHバリア層のFTIRスペクトルのピーク強度比を分析したところ、0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.03、0.00<I(CH)/I(SiN)<0.02、および0.05<I(NH)/I(SiN)<0.08の条件を満たしていた。
【0062】
(変形例)
上述の実施例では、プラスティックフィルムの両面に同じ種類のガスバリア層を形成した場合が例示として説明された。しかし、プラスティックフィルムの両面に堆積されるガスバリア層が同じ種類であることは必要ではない。すなわち、プラスティックフィルムの一主面上にSiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層から選択されたバリア層が堆積され、その一主面上で選択された種類と異なるSiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層のいずれかが他方主面上に堆積されてもよい。
【0063】
例えば、PENフィルムの一主面上にSiCNFH層を形成しかつ他方主面上にSiOCNH層を形成したガスバリアフィルムのサンプルの一例についてWVTR測定をしたところ、6日経過後においても検出限界である0.001(g/m2/day)のデータが得られず、そのWVRは0.001(g/m2/day)未満であることが明らかであった。
【0064】
ところで、フレキシブル有機EL素子に利用されるガスバリアフィルムの場合には、1μg/m2/day程度の極めて高い水蒸気バリア性が求められる。その場合には、プラスティックフィルムの両面の各々上において、SiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層のうちで互いに異なる種類の2層以上をCat−CVDで形成することによって、その有機EL素子の寿命と信頼性を顕著に高めることができる。
【0065】
また、ガスバリアフィルムの表面が汚染され難い性質や撥水性を有することが望まれる場合には、ガスバリアフィルムの最外層はフッ素を含むSiCNFH層であることが好ましい。他方、ガスバリアフィルムの表面が接着剤などとの良好な接合性を有することが望まれる場合には、その最外層はSiOCNH層またはSiCNH層であることが好ましい。特に、ガスバリアフィルム上に透明酸化物導電膜を形成する場合には、酸化物層との良好な接合性が得られるSiOCNH層をその最外層として形成することが好ましい。
【0066】
さらに、上述の実施例では下地としてのプラスティックフィルムとしては、PENフィルを使用した場合が例示された。しかし、下地として使用し得るプラスティックフィルムはPENに限られず、PET(ポリエチレンテレフタレート)、PI(ポリイミド)、フッ素樹脂、PC(ポリカーボネート)、PAR(ポリアリレート)、PES(ポリエーテルスルフォン)、耐熱液晶フィルムなど他の種々のプラスティックフィルムをも使用し得ることは言うまでもない。Cat−CVDではフィラメントの熱輻射によって下地フィルムの温度が上昇し得るが、その下地フィルムの支持台には冷却装置が付加されるので、プラスティックフィルムは120℃以上のガラス転移温度または200℃以上の融点、または200℃以上の液晶転移温度の耐熱性を有すれば十分である。
【0067】
ところで、下地としてのプラスティックフィルムの表面は、可能な限り平坦または平滑であることが望ましい。なぜならば、プラスティックフィルムの表面粗さが大きい場合には、その表面粗さの突起部や凹部においてバリア層のカバレッジが不十分になったりピンホールを生じたりして、それらの局所的欠陥を起点としてガスバリアフィルムのバリア特性が著しく低下するからである。したがって、下地となるプラスティックフィルムの表面粗さが大きい場合には、プラズマCVDなどによってその表面を平滑化処理したり、付加的な平滑化層をコートすることが好ましい。なお、上述の実施例において用いられたPENフィルムは、10nm以下の表面粗さ(Ra値)を有していた。
【0068】
(応用例)
上述の背景技術において説明されたように、ガスバリアフィルムは食料品、医薬品、タッチパネル、有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)素子、無機EL素子、太陽電池、電子ペーパなどの種々物品のための保護層として好ましく利用され得る。
【0069】
まず、食料品、医薬品、電子部品、およびその他物品を保護するための袋において、本発明のガスバリアフィルムを利用することができる。すなわち、長期間にわたってバリア特性が劣化しない本発明のガスバリアフィルムの2枚の間に保護すべき物品を挟んで、それらフィルムの周囲を接着剤で封止することによって保護袋を形成することができる。この際に、保護袋内に窒素ガスを封入したり、脱酸素剤を同封することも好ましい。
【0070】
また、本発明のガスバリアフィルムの少なくとも一方主面上に導電層を形成することによって、高いガスバリア特性とその耐久性を有する電極膜を形成することができる。そのような導電層としては、もちろん金属層を蒸着などによって付与することが可能である。また、ガスバリアフィルム上に、透明導電性酸化物層を形成することもできる。このように透明導電性酸化物層を有するガスバリアフィルムは、種々の電子的表示素子などの電極層とガスバリア層との両機能を発揮し得るので、優れた有用性を有している。すなわち、このようなガスバリアフィルムは、例えばタッチパネルにおいて、優れたガスバリア特性を有する電極層として利用することができる。
【0071】
また、上述のように極めて高いバリア特性を長期間維持し得る本発明のガスバリアフィルムは、長期間にわたって高度のガスバリア特性を維持することが求められる特に有機EL素子、さらには無機EL素子、太陽電池、電子ペーパなどの電子デバイスにも好ましく適用され得ることが当業者に明らかである。この場合、本発明のガスバリアフィルムを基板として利用することによって、フレキシブルな有機EL素子、無機EL素子、薄膜太陽電池、電子ペーパなどを提供することもできる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
以上のように、本発明によれば、プラスティックフィルムの両主面の各々に接して特定の有機・無機ハイブリッド層のガスバリア層を設けることによって、先行技術に比べてガスバリア性の向上および製造の簡便化と低コスト化を実現し得るガスバリアフィルムを提供することができる。
【0073】
また、そのようなガスバリアフィルムを利用することによって、種々の電子デバイスの特性劣化を防止することができ、種々の物品を保護し得るガスバリア性の袋を提供することもできる。
【符号の説明】
【0074】
1 プラスティックフィルム、2 Cat−CVDで堆積された有機・無機ハイブリッド層からなるガスバリア層、11 反応容器、11a ガス導入口、11b 排気口、12 加熱フィラメント、13 基体または基板(プラスティックフィルム)、14 支持台。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
プラスティックフィルムの両主面の各々に接するガスバリア層を有し、
前記ガスバリア層はCat−CVDで堆積されたSiCNFH層、SiOCNH層、およびSiCNH層のいずれかであり、
前記SiCNFH層は、
0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、
0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、
0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08、および
0.05<I(CF)/I(SiN)<0.3
の条件を満たし、
前記SiOCNH層は、
0.1<I(SiH)/I(NH)<0.9、
0.0<I(CH)/I(NH)<0.3、
8<I(SiN)/I(NH)<20、および
2<I(SiO2)/I(NH)<8
の条件を満たし、そして
前記SiCNH層は、
0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.05、
0.00<I(CH)/I(SiN)<0.07、および
0.04<I(NH)/I(SiN)<0.08
の条件を満たし、
ここで、Iはそれに付記された括弧内に示された原子結合に関するフーリエ変換赤外分光スペクトルのピーク強度を表すことを特徴とするガスバリアフィルム。
【請求項2】
前記SiCNFH層は、
0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.03、
0.00<I(CH)/I(SiN)<0.02、
0.05<I(NH)/I(SiN)<0.08、および
0.05<I(CF)/I(SiN)<0.25
の条件を満たし、
前記SiOCNH層は、
0.1<I(SiH)/I(NH)<0.5、
0.0<I(CH)/I(NH)<0.2、
10<I(SiN)/I(NH)<20、および
2<I(SiO2)/I(NH)<5
の条件を満たし、そして
前記SiCNH層は、
0.01<I(SiH)/I(SiN)<0.03、
0.00<I(CH)/I(SiN)<0.02、および
0.05<I(NH)/I(SiN)<0.08
の条件を満たす、
ことを特徴とする請求項1に記載のガスバリアフィルム。
【請求項3】
前記プラスティックフィルムに接するガスバリア層上において前記SiCNFH層、前記SiOCNH層、および前記SiCNH層のいずれかの付加的なガスバリア層が積層されており、前記プラスティックフィルムに接するガスバリア層と前記付加的ガスバリア層とは互いに異なる種類の層であることを特徴とする請求項1または2に記載のガスバリアフィルム。
【請求項4】
前記プラスティックフィルムは、120℃以上のガラス転移温度または200℃以上の融点、または200℃以上の液晶転移温度を有する耐熱性のプラスティックフィルムであることを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載のガスバリアフィルム。
【請求項5】
前記プラスティックフィルムは、表面平坦化処理されていることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載のガスバリアフィルム。
【請求項6】
前記ガスバリアフィルムの少なくとも一方の面上に導電層を付加的に含むことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載のガスバリアフィルム。
【請求項7】
請求項1から6のいずれかのガスバリアフィルムを保護層として含むことを特徴とする電子デバイス。
【請求項8】
前記電子デバイスは、タッチパネル、有機ELデバイス、無機ELデバイス、太陽電池、および電子ペーパのいずれかであることを特徴とする請求項7に記載の電子デバイス。
【請求項9】
請求項1から6のいずれかのガスバリアフィルムで形成されていることを特徴とするガスバリア袋。
【請求項10】
請求項1から6のいずれかのガスバリアフィルムを製造する方法であって、
有機シラン化合物、有機アミノシリコン化合物、アンモニア、フルオロカーボン、酸素、および水素から選択された原材料を用いてCat−CVDによって前記ガスバリア層が形成されることを特徴とするガスバリアフィルムの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−235979(P2010−235979A)
【公開日】平成22年10月21日(2010.10.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−82867(P2009−82867)
【出願日】平成21年3月30日(2009.3.30)
【出願人】(503462187)株式会社マテリアルデザインファクトリ− (5)
【Fターム(参考)】