シンチレータの製造方法
【課題】材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜の製造方法を提供すること。
【解決手段】柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜2を蒸着法により作製する工程と、CsI柱状膜2と発光中心原料1とを非接触な状態で閉空間3に配置し、CsI柱状膜2を、発光中心原料1の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ発光中心原料1を昇華温度以上に加熱し、CsI柱状膜2に発光中心を添加する工程からなることを特徴とするシンチレータの製造方法。
【解決手段】柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜2を蒸着法により作製する工程と、CsI柱状膜2と発光中心原料1とを非接触な状態で閉空間3に配置し、CsI柱状膜2を、発光中心原料1の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ発光中心原料1を昇華温度以上に加熱し、CsI柱状膜2に発光中心を添加する工程からなることを特徴とするシンチレータの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンチレータの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、間接型X線検出器用途のシンチレータとして、光伝播機能を有する柱状のヨウ化セシウム(CsI)に発光中心となる元素(以下、単に「発光中心」とも表記する。)としてタリウム(Tl)が添加されたCsI:Tlが広く用いられている。また、発光中心としてインジウム(In)を用いたCsI:Inもシンチレータとして用いることができる。
発光中心が添加されたCsI柱状膜(以下、「発光中心添加CsI」とも表記する。)は、特許文献1に示すような一般的な二元蒸着法で作製されており、昇華温度が異なるCsIと発光中心原料を別々に加熱して、個別に蒸着レートを制御しながら蒸着を行っている。この場合、面内での膜厚均一性、発光中心の濃度均一性を確保するために、蒸着源と成膜領域との距離を成膜領域の短辺の長さに対して、少なくとも1以上離す必要がある。また、蒸着源から成膜領域以外に放射された材料は無駄になってしまうため、投入原料に対して成膜領域に堆積する材料の利用効率は20%以下と低かった。
【0003】
材料の使用効率を向上させる手法としては、蒸着源と成膜領域との距離を近づけ、成膜領域に入射する原料の量を高めた近接昇華法がある。例えば、単一の蒸着源を成膜領域と近接させて蒸着し、CdTeなどを作製している。この手法では、成膜領域を覆う大面積の蒸着源を成膜領域に近接させて用いるため、二つ以上の蒸着源を用いて蒸着することが困難であり、大きな単一の蒸着源を用いて蒸着を行う。そのため、近接昇華法を用いて発光中心添加CsIを作製する場合、CsIと発光中心原料を単一の蒸着源として蒸着を行うことになる。しかし、両者の昇華温度が著しく異なるために、CsIの昇華が始まる前に発光中心原料の昇華が始まってしまい、発光中心を膜内に均一に添加することができなかった。
以上のように、既存の製法では、高い材料利用効率で発光中心添加CsI柱状膜を作製することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−111789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の通り、発光中心添加CsI柱状膜を作製する際に、投入原料であるCsIと発光中心原料が成膜領域に堆積する割合が少なく、材料の利用効率が低いという問題があった。特に、発光中心原料は希少な元素を用いる場合が多いため、価格面、及び環境面からも、より高い材料利用効率で発光中心を添加できるような製造方法が望まれていた。
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題は本発明の以下の構成により解決できる。
本発明に係るシンチレータの製造方法は、柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、CsI柱状膜に発光中心を添加する工程からなることを特徴とする。CsI柱状膜に発光中心を添加する工程では、CsI柱状膜と発光中心原料とを非接触な状態で閉空間に配置し、CsI柱状膜を発光中心原料の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ発光中心原料を昇華温度以上に加熱する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の発光中心を添加する工程において、発光中心原料とCsI柱状膜との配置関係を示す模式図である。
【図2】本発明の発光中心を添加する工程において、発光中心原料とCsI柱状膜との配置関係を示す第二の模式図である。
【図3】本発明のCsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を添加する工程を同一の閉空間で行う工程において、CsI蒸着源とCsI柱状膜と発光中心原料との配置関係を示す模式図である。
【図4】本発明の発光中心を添加する工程において、発光中心を含有する有機ガスを用いて発光中心を添加する場合の、有機ガスの導入口及び排出口とCsI柱状膜との配置関係を示す模式図である。
【図5】本発明のCsI柱状膜を作製する工程を、蒸着源と成膜領域との距離を近接させて蒸着する際の、配置関係を示す模式図である。
【図6】本発明の実施例1において、異なる発光中心材料(InI、InBr、InCl)を用いて、加熱温度を一定にして発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図7】本発明の実施例1において、発光中心材料としてInIを用いて、異なる加熱温度で発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図8】本発明の実施例1において、発光中心材料としてInIを用いて、加熱温度を一定にして、異なる圧力下で発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図9】本発明の実施例3において、異なる発光中心材料(InP、InAs、InSb)を用いて、加熱温度を一定にして発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図10】本発明の実施例3において、発光中心材料としてInPを用いて、異なる加熱温度で発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図11】本発明の実施例4において、発光中心材料としてTlIを用いた場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図12】比較例1において、発光中心原料としてInIを用いて、二元蒸着法によりIn添加CsI柱状膜を作製した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の特徴は、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心を原子拡散によりCsI柱状膜に添加することで、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜のシンチレータ製造方法を提供することにある。
以下に本発明の実施形態に関わるシンチレータの製造方法について詳細に説明する。
【0010】
本発明の実施の形態に係るシンチレータの製造方法は、柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、CsI柱状膜に発光中心を添加する工程からなることを特徴とする。CsI柱状膜に発光中心を添加する工程では、CsI柱状膜と発光中心原料とを非接触な状態で閉空間に配置し、CsI柱状膜を発光中心原料の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ発光中心原料を昇華温度以上に加熱する。
【0011】
また、本発明の実施の形態に係るシンチレータの製造方法は、CsI柱状膜を蒸着法により作製する工程において、基体上の成膜領域から蒸着源に向けて投影した領域を完全に覆う領域を有する蒸着源を用い、蒸着源と成膜領域との距離を近接させて蒸着することを特徴とする。
さらに、本発明の実施の形態に係るシンチレータの製造方法は、成膜領域と蒸着源との最短距離を、成膜領域の短辺の長さの1/3以下に近接させた配置とすることを特徴とする。
【0012】
以下にその詳細を示す。
本発明は、図1に示すように、CsI柱状膜2と発光中心原料1とを非接触な状態で閉空間3に配置し、発光中心原料を昇華温度以上で加熱することで発光中心を閉空間内に気相として供給する。そして、CsI柱状膜の形状を維持し得る温度域で加熱することで原子拡散により発光中心をCsI膜へ均一に添加する製造方法である。従来のCsIと発光中心原料の二つの蒸着源を用いた二元蒸着法では、蒸着源から成膜領域の領域以外に放射された材料は無駄になってしまうため、投入原料に対して成膜領域に堆積する材料の利用効率は20%以下と低かった。本発明では、発光中心を含有しないCsI柱状膜を作製した後、発光中心を拡散添加するプロセスであるため、発光中心原料の利用効率を高めることができる。このとき、閉空間内の不要な領域に発光中心が付着しないように、閉空間内の各々の領域の温度を制御することで、CsI柱状膜に添加される発光中心原料の効率は90%以上とすることができる。
【0013】
さらに、図5に示すように、本発明におけるCsI柱状膜を、CsI蒸着源4と成膜領域7の距離Dを近接させて蒸着することでCsI原料の利用効率も高めることができる。ここで、膜厚の均一性を確保するために、成膜領域7からCsI蒸着源4に向けて投影した領域8を仮定したとき、その領域を完全に覆う領域を有する蒸着源を用いて蒸着を行う。ここで、成膜領域の形状が単純な正方形や、長方形であっても長辺の長さ÷短辺の長さによって得られる値が2以上であるような極端に一辺が長い形状でない場合について、蒸着源と成膜領域の関係による材料の利用効率について以下に示す。蒸着源の大きさが成膜領域の短辺の長さLに対して小さく、蒸着源がほぼ点であると仮定できるような場合、短辺の長さをLとし、成膜領域と蒸着源との最短距離をDとした場合にD/L=2であるなら、蒸着源から成膜領域に堆積する材料の利用効率はおよそ20%となる。蒸着源と成膜領域を近づけてD/L=1とした場合、材料の利用効率はおよそ50%に上昇する。さらに蒸着源と成膜領域を近づけてD/L=1/3とした場合、材料の利用効率はおよそ80%となる。本発明において、CsI蒸着源と成膜領域の最短距離Dを近接させて蒸着する場合、材料の利用効率を80%以上とするために、成膜領域と蒸着源との最短距離Dを、成膜領域の短辺の長さLの1/3以下に近接させた配置とすることが好ましい。
【0014】
また、本発明ではCsI原料の再利用も容易になる。即ち、従来の蒸着法ではCsIと発光中心原料を二元の蒸着源を用いて同時に蒸着するため、蒸着後の生成物は発光中心を含有したCsIとなっていた。そのため、成膜領域以外に放射されて無駄になった材料を再利用するためには、CsIと発光中心を分離して精選する必要があった。本発明では、発光中心を含有しないCsI柱状膜を作製した後、発光中心を添加するという工程をとるため、まずCsIのみを原料としてCsI柱状膜を作製する。そのため、成膜領域以外に飛んだCsIは発光中心を不純物として含まず、そのまま再度原料として用いることができる。即ち、本発明の製造方法では、従来の二元蒸着法に対してCsI原料の再利用が容易になるという利点もある。
【0015】
本発明では、発光中心を添加する際に、CsI柱状膜と発光中心原料の加熱温度、及び閉空間内の圧力を個別に制御することで、温度と圧力によって決定されるCsIと発光中心原料の気相との平衡状態によって、発光中心を所望の濃度に調整することができる。また、本発明は柱状のCsI結晶に気相状態の発光中心を拡散添加するため、膜の底部から上部まで発光中心原料が効率よく均一に浸透し、発光中心を効率良く添加できる。ここでのCsI柱状膜とは、無数の柱状のCsI結晶から構成される膜のことを指す。柱状のCsI結晶とは、直径と高さのアスペクト比(高さ/直径)が10以上のCsI結晶とする。また、発光中心が柱状結晶内に直径方向の濃度分布に偏りが無いように拡散するために、個々の柱状のCsI結晶の直径は100μm以下であることが好ましい。
【0016】
また、図2に示すように、複数のCsI柱状膜2を閉空間3の中に配置し、一度に発光中心を添加することも可能である。さらには、発光中心原料1の他に異種の発光中心原料4を用いて、複数の発光中心を同時に添加することも可能である。
CsI柱状膜は発光中心原料が昇華する温度以上から、CsIが柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱する。CsI柱状膜を発光中心原料が昇華する温度以上に加熱するのは、CsI柱状膜表面への発光中心原料の付着を防止するためであり、CsIが柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱するのは、柱状結晶同士の融着による光伝播機能の低下を防ぐためである。また、発光中心原料は、閉空間を気化した発光中心原料で満たすために、昇華温度以上に加熱する。ただし、CsI柱状膜は発光中心がCsI結晶中に取り込まれるようにするために最低でも150℃以上に加熱する必要がある。
【0017】
本発明で用いるInの発光中心原料としては、InI、InBr、InClなどのインジウムハロゲン化物や、InP、InAs、InSbなどのIII−V族系のIn化合物を用いることができる。特に発光中心原料としてInIを用いる場合は、InIの加熱温度を昇華が開始する200℃以上とし、かつ柱状CsI膜の加熱温度を200℃以上から550℃以下とした場合、CsI柱状膜表面へInIが付着せず、CsI柱状膜中へのInの添加が良好に進行する。
【0018】
本発明で用いるTlの発光中心原料としては、TlI、TlBr、TlClなどのタリウムハロゲン化物を用いることができる。特に発光中心原料としてTlIを用いる場合は、TlIの加熱温度を昇華が開始する250℃以上とし、かつ柱状CsI膜の加熱温度を250℃以上から550℃以下とした場合、CsI柱状膜表面へTlIが付着せず、CsI柱状膜中へのTlの添加が良好に進行する。
本発明では、発光中心原料を加熱する前に、閉空間を一旦10−4Pa台に真空に引いておくことで、より効率良く発光中心を添加することができる。例えば、閉空間を10−2Pa台に真空引きした後に発光中心を添加した場合と、閉空間を0.2PaのArで満たした後に発光中心を添加した場合で比較すると、真空引きした場合の方が15%程度発光中心の添加量を多くすることができる。
【0019】
図3に示すように、本発明では、蒸着によりCsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を拡散添加する工程を、同一の閉空間で行うことも可能である。この場合、閉空間3は、蒸着時にはArガスなどのプロセスガスで満たされ、発光中心添加時には、気化した発光中心原料で満たされる。即ち、閉空間3にArガスを所望の圧力で導入しながらCsI蒸着源4を加熱してCsI柱状膜2を作製し、一度真空に排気した後、発光中心原料1を加熱して、気化した発光中心原料で閉空間を満たし、発光中心をCsI柱状膜に添加する。このプロセスは、CsIと発光中心原料の両方の材料利用効率を高めたプロセスとなる。
【0020】
また、図4に示すように発光中心原料として、発光中心を含有する有機ガスを用いることもできる。この場合、発光中心を含有する有機ガス5を窒素などのキャリアガスと共に流し、CsI柱状膜2の近傍で、電離分解もしくは加熱分解することにより、発光中心6をCsI柱状膜に向けて発生させる。この際に、CsI柱状膜を300℃以上で加熱しておくことで発光中心がCsI柱状膜に拡散し、発光中心添加CsI柱状膜を作製することができる。インジウムを含有する有機ガスとしては、例えばトリメチルインジウムガスやトリエチルインジウムガスなどを用いることができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、以下に限定されるものではない。ここで、図6から図12に示す発光スペクトル、及び励起スペクトルはそれぞれピーク強度に対して規格化したものである。
【0022】
(実施例1)
本実施例は、蒸着により作製したCsI柱状膜に、発光中心原料としてインジウムハロゲン化物を用いてInを添加した例である。
初めに、CsIを蒸着原料とし、基体上の50mm×50mmの成膜領域に向けて蒸着を行うことで、CsI柱状膜を得た。まず、蒸着源としてCsIを直径20mmの抵抗加熱るつぼに充填し、蒸着源と成膜領域との距離を、膜厚の均一性を確保するために100mmに調整した。続いて、蒸着装置内を一旦10−4Pa台まで排気した後、Arガスを導入して0.2Paに調整した。成膜領域を5rpmの速度で回転させながら、200℃に加熱保持し、抵抗加熱るつぼを、730℃に加熱してCsIの蒸着を行い、CsIの膜厚が500μmとなったところで蒸着を終了させた。得られたCsIを走査型電子顕微鏡で観察したところ、直径約5μmのCsIの柱状結晶となっており、アスペクト比が約100のCsI柱状膜が得られた。
【0023】
以上の工程により作製したCsI柱状膜に、インジウムハロゲン化物を用いてInを拡散添加した。図1に示すように、作製したCsI柱状膜2と、発光中心原料1としてインジウムハロゲン化物を、閉空間3の中に配置した。インジウムハロゲン化物としては、InI、InBr、InClをそれぞれ3g用いた。続いて、閉空間内を一旦10−2Pa台に真空引きした後、発光中心原料を昇華する温度以上で加熱して、閉空間の内部を気化した発光中心原料で満たし、同時にCsI柱状膜を加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心を添加した。この時、投入した発光中心原料3gのうち、残存する量はInIが2.80g、InBrが2.83g、InClが2.85gとなっており、発光中心原料の利用効率はいずれも90%以上であった。
【0024】
図6にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料の加熱温度を400℃とし、異なる発光中心材料(InI、InBr、又はInCl)を用いた場合の発光スペクトルと励起スペクトルを示す。それぞれのスペクトルはピーク強度に対して規格化している。発光スペクトルの結果から、ピーク強度で規格化した場合、InI、InBr、又はInClのいずれの発光中心材料を用いた場合も、発光波長は544nmにピークを持つ同じ形状の発光スペクトルを示した。これは、In添加CsIからの発光はCsI結晶中に取り込まれたInが形成する準位からの発光であり、Inの濃度に関わらず同じ発光スペクトル形状を示すためである。試料毎の発光強度は異なるが、ピーク強度で規格化すると同じ形状の発光スペクトルになる。InBrとInClを用いた場合、異種のハロゲンであるBr、又はClが添加されても、その濃度が0.1mol%以下の低濃度であるため、発光スペクトルにはほとんど影響を与えなかった。一方、励起スペクトルはCsI結晶中に取り込まれたInの濃度と相関があり、取り込まれたIn量に対応してInI、InBr、InClそれぞれ異なる励起スペクトルとなった。
本発明者らが鋭意検討した結果、励起スペクトルにおいて、312nmにピークを持つ励起帯の強度は、CsI結晶中で活性化されたIn濃度と相関があると考えられ、270nmの主たる励起帯に対する312nmのピーク強度の比が大きい試料程、効率の良い強い発光を示すようになった。即ち、本検討では励起スペクトルの312nmの励起帯のピークはInI、InBr、InClの順に大きくなり、これに伴い発光輝度は上昇した。これは、InIの昇華温度が3つの中で最も低く昇華が約200℃で始まるため、400℃に加熱した際に閉空間内を満たすInIの濃度がInBr、InClよりも高くなり、その結果CsI柱状結晶内に拡散するInの量が増加したためだと考えられる。これより、InI、InBr、InClの発光中心原料の加熱温度が同じ場合は、昇華温度が低いInIを発光中心原料として用いるのが最適であることがわかった。
【0025】
次に、図7にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料としてInIを用い、InIの加熱温度を300℃、400℃、550℃と変えた場合の発光スペクトル、励起スペクトルを示す。発光スペクトルは前述の通り、CsI中のIn濃度の大小によらず変化しないため、InIの加熱温度に関わらず変化しなかった。一方、励起スペクトルはInIの加熱温度が高く成る程、270nmの主たる励起帯に対して312nmの励起帯のピークが増加し、それに伴い発光輝度が上昇した。これは、InIの加熱温度が高くなる程、閉空間内を満たすInIの濃度が高くなり、その結果CsI柱状結晶内に拡散するInの量が増加したためだと考えられる。これより、発光中心原料の加熱温度を高くする程、発光中心を高い濃度でCsI柱状結晶内に拡散できることがわかった。
【0026】
さらに、図8にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料としてInIを用いて400℃で加熱し、加熱前の閉空間3の内部の圧力を変えた場合の発光スペクトル、励起スペクトルを示す。圧力は10−2Pa台に真空引きした場合と、0.2PaのAr雰囲気とした場合で比較した。発光スペクトルは前述の通り、CsI中のIn濃度の大小によらず変化しないため、圧力の違いに関わらず変化しなかった。一方、励起スペクトルは、閉空間内の圧力が低い程、270nmの主たる励起帯に対して312nmの励起帯のピーク強度が増加し、より高濃度でInが添加されていることが示唆され、それに伴い発光輝度が上昇した。この時、10−2Pa台に真空引きした場合、0.2PaのAr雰囲気とした場合に対して約15%高い濃度でInを添加できた。これより、加熱前の閉空間内の圧力を低くしておく程、発光中心を高い濃度でCsI柱状結晶内に拡散できることがわかった。
以上の結果から、適当な発光中心原料を選択し、その加熱温度と閉空間内の圧力を調整することで、CsI柱状膜に所望の濃度で発光中心を添加できた。
【0027】
また、図2に示すように、複数のCsI柱状膜2を閉空間3の中に配置し、これら複数のCsI柱状膜2に対して一度に発光中心を添加することも可能である。さらには、発光中心原料1の他に異種の発光中心原料4を用いて、複数の発光中心を同時に添加することも可能である。異種の発光中心原料4としては、インジウム化合物の他に、発光中心の異なる、タリウム化合物や、希土類元素化合物を用いることもできる。
【0028】
上記のごとく、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心を原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜のシンチレータ製造方法を提供することができた。
【0029】
(実施例2)
本実施例は、蒸着源と成膜領域との距離を近づけた近接昇華法により作製したCsI柱状膜に、発光中心原料としてインジウムハロゲン化物を用いてInを添加した例である。
初めに、CsIを蒸着原料とし、基体上の50mm×50mmの成膜領域に向けて蒸着を行うことで、CsI柱状膜を得た。
以下、図5を用いて説明する。本実施例では、成膜領域7が50mm×50mmであり、成膜領域7とCsI蒸着源4が平行に対向しているため、成膜領域7からCsI蒸着源4に向けて投影した領域8も50mm×50mmとなる。そこで、この50mm×50mmの領域8を完全に覆うように、成膜領域7の直下に60mm×60mmのCsI蒸着源4を配置した。CsI蒸着源4と成膜領域7との距離Dは、成膜領域7の短辺の長さL(=50mm)の1/3以下となるように15mmとした。こうして、成膜領域7とCsI蒸着源4との距離Dを、成膜領域7の短辺の長さLの1/3以下に近接させた配置とすることで、原料のCsIが成膜領域に堆積する割合を80%以上とすることができた。続いて、蒸着装置内を一旦10−4Pa台まで排気した後、Arガスを導入して0.2Paに調整した。成膜領域7を200℃に加熱保持し、CsI蒸着源4を730℃に加熱してCsIの蒸着を行い、CsIの膜厚が500μmとなったところで蒸着を終了させた。
【0030】
得られたCsIを走査型電子顕微鏡で観察したところ、直径約5μmのCsIの柱状結晶となっており、アスペクト比が約100のCsI柱状膜が得られた。実施例1では投入した材料に対して、成膜領域に堆積したCsIの割合は約20%であるのに対して、本実施例では約85%のCsIが成膜領域に堆積し、高い材料利用効率でCsI柱状膜を作製できた。以上の工程により作製したCsI柱状膜は、実施例1で作製したCsI柱状膜と同じ形態であるため、実施例1と同様の工程により、Inを拡散添加することで、In添加CsI柱状膜を作製することができた。
上記のごとく、蒸着源と成膜領域との距離を近づけた近接昇華法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心を原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜のシンチレータ製造方法を提供することができた。
【0031】
(実施例3)
本実施例は、蒸着により作製したCsI柱状膜に、発光中心原料として、III−V族系のInP、InAs、又はInSbのいずれかのインジウム化合物を用いてInを添加した例である。
まず、実施例1と同様にして蒸着法によりCsI柱状膜を作製した後、作製したCsI柱状膜と、発光中心原料としてIII−V族系のインジウム化合物を、閉空間の中に配置した。インジウム化合物としてはInP、InAs、InSbをそれぞれ5g用いた。続いて、閉空間内を一旦10−2Pa台に真空引きした後、発光中心原料を昇華する温度以上で加熱して、閉空間の内部を気化した発光中心原料で満たし、同時にCsI柱状膜を加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心を添加した。この時、投入した発光中心原料5gのうち、残存する量はInPが4.60g、InAsが4.63g、InSbが4.63gとなっており、発光中心原料の利用効率はいずれも90%以上であった。
【0032】
図9にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料の加熱温度を450℃とし、InP、InAs、又はInSbの3つの異なる発光中心材料を用いた場合の発光スペクトルと励起スペクトルを示す。発光スペクトルの結果から、InP、InAs、又はInSbいずれの発光中心材料を用いた場合も、発光波長は544nmにピークを持つ同じ発光スペクトルを示した。InP、InAs、又はInSbを用いた場合、発光には直接寄与しないP、As、又はSbといった元素が同時に添加されるが、その濃度が0.1mol%以下の低濃度であるため、発光スペクトルには影響を与えなかった。励起スペクトルにおける312nmの励起帯のピークはInP、InAs、又はInSbでほとんど変わらなかった。これより、InP、InAs、又はInSbのいずれを発光中心原料として用いても、同等に発光中心原料として用いることができることがわかった。
【0033】
次に、図10にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料としてInPを用い、InPの加熱温度を350℃、450℃、550℃と変えた場合の発光スペクトル、励起スペクトルを示す。発光スペクトルはInPの加熱温度に関わらず変化しなかった。一方、励起スペクトルはInPの加熱温度が高く成る程、270nmの主たる励起帯に対して312nmの励起帯のピーク強度が増加し、それに伴い発光輝度が上昇した。これは、InPの分解が400℃付近で急速に開始するため、加熱温度が高くなる程、閉空間内を満たすInPの濃度が高くなり、その結果CsI柱状結晶内に拡散するInの量が増加したためだと考えられる。これより、発光中心原料の加熱温度を高くする程、発光中心を高い濃度でCsI柱状結晶内に拡散できることがわかった。
上記のごとく、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料であるIII−V族系のインジウム化合物とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心であるInを原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、In添加CsI柱状膜を作製することができた。
【0034】
(実施例4)
本実施例は、蒸着により作製したCsI柱状膜に、タリウムハロゲン化物であるヨウ化タリウム(TlI)を発光中心原料として用いてTlを添加した例である。
まず、実施例1と同様にして蒸着法によりCsI柱状膜を作製した後、作製したCsI柱状膜と、発光中心原料としてTlIを3g用い、閉空間の中に配置した。続いて、閉空間内を一旦10−2Pa台に真空引きした後、発光中心原料であるTlIを昇華温度より高い350℃で加熱して、閉空間の内部を気化したTlIで満たし、同時にCsI柱状膜を300℃に加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心としてTlを添加した。この時、投入した発光中心原料3gのうち、残存する量はTlIは2.80gとなっており、発光中心原料の利用効率は90%以上であった。
【0035】
図11に発光スペクトルと励起スペクトルの結果を示す。発光は540nmと410nmにピークを示し、主たる励起帯は275nmと300nmに形成された。これは、CsIとTlIを同時に蒸着して作製したTl添加CsIと同等の発光である。また、Tl添加CsIは、CsI結晶中のTlの濃度により発光波長が変化し、Tl濃度が高濃度になる程、長波長側に発光を示すようになる。そのため、本実施例において、気化したTlI中でCsI柱状膜を加熱保持する時間を長くすると、発光波長は長波長側にシフトし、565nm付近に発光ピークを示すようになった。
上記のごとく、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料であるTlIとを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心であるTlを原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、Tl添加CsI柱状膜を製造することができた。
【0036】
(実施例5)
本実施例は、近接昇華法によりCsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を拡散添加する工程を、同一の閉空間で行った例である。
図3に示すように、閉空間3の中にCsI蒸着源4と発光中心原料1としてInIを配置した。初めに、閉空間3を0.2PaのArガスで満たし、実施例1と同様にして、近接昇華法によりCsI蒸着源4を加熱してCsI柱状膜2を作製した。成膜時は、発光中心原料1にふたをして、飛散したCsIが発光中心原料1に付着しないようにした。続いて、10−2Pa台まで排気した後、発光中心原料であるInIを500℃で加熱して、閉空間の内部を気化したInIで満たし、同時にCsI柱状膜を300℃に加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心としてInを添加した。
上記のごとく、CsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を拡散添加する工程を、同一の閉空間で行い、発光中心が添加されたCsI柱状膜を作製することができた。
【0037】
(比較例1)
蒸着源としてCsIとInIを用いて、一般的な二元蒸着法によりIn添加CsI柱状膜を作製した比較例である。
初めに、直径20mmの抵抗加熱るつぼを2つ用意し、一方のるつぼにCsIを100g、他方のるつぼにInIを5g別々に充填し、この2つのるつぼを蒸着源として、基体上の50mm×50mmの成膜領域に向けて蒸着を行った。この際、膜厚と発光中心濃度の均一性を確保するために、蒸着源と成膜領域との距離を200mmとした。蒸着装置内を一旦10−4Pa台まで排気した後、Arガスを導入して0.2Paに調整した。成膜領域を5rpmの速度で回転させながら、200℃に加熱保持し、CsIを730℃に加熱し、かつInIを250℃に加熱して蒸着を行い、膜厚が500μmとなったところで蒸着を終了させてIn添加CsI柱状膜を作製した。この時、投入した原料のうち、成膜領域に堆積した量は投入原料のおよそ16%であった。
図12に発光スペクトルと励起スペクトルの結果を示す。本発明の製法により作製した実施例1、実施例2におけるIn添加CsI柱状膜の発光スペクトルと励起スペクトルは図12に示す結果と同等の発光特性を示した。これより、本発明のCsI柱状膜作製後に発光中心を拡散添加するプロセスを用いて作製した発光中心添加CsI柱状膜は、一般的な二元蒸着法により作製した場合と同等の発光機能を示すことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、放射線を可視光に変換するシンチレータ材料の製造方法として用いることができる。
【符号の説明】
【0039】
1 発光中心原料
2 CsI柱状膜
3 閉空間
4 CsI蒸着膜
5 発光中心を含有する有機ガス
6 発光中心
7 成膜領域
8 成膜領域からCsI蒸着源に向けて投影した領域
L 成膜領域の短辺の長さ
D CsI蒸着源と成膜領域との最短距離
【技術分野】
【0001】
本発明は、シンチレータの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、間接型X線検出器用途のシンチレータとして、光伝播機能を有する柱状のヨウ化セシウム(CsI)に発光中心となる元素(以下、単に「発光中心」とも表記する。)としてタリウム(Tl)が添加されたCsI:Tlが広く用いられている。また、発光中心としてインジウム(In)を用いたCsI:Inもシンチレータとして用いることができる。
発光中心が添加されたCsI柱状膜(以下、「発光中心添加CsI」とも表記する。)は、特許文献1に示すような一般的な二元蒸着法で作製されており、昇華温度が異なるCsIと発光中心原料を別々に加熱して、個別に蒸着レートを制御しながら蒸着を行っている。この場合、面内での膜厚均一性、発光中心の濃度均一性を確保するために、蒸着源と成膜領域との距離を成膜領域の短辺の長さに対して、少なくとも1以上離す必要がある。また、蒸着源から成膜領域以外に放射された材料は無駄になってしまうため、投入原料に対して成膜領域に堆積する材料の利用効率は20%以下と低かった。
【0003】
材料の使用効率を向上させる手法としては、蒸着源と成膜領域との距離を近づけ、成膜領域に入射する原料の量を高めた近接昇華法がある。例えば、単一の蒸着源を成膜領域と近接させて蒸着し、CdTeなどを作製している。この手法では、成膜領域を覆う大面積の蒸着源を成膜領域に近接させて用いるため、二つ以上の蒸着源を用いて蒸着することが困難であり、大きな単一の蒸着源を用いて蒸着を行う。そのため、近接昇華法を用いて発光中心添加CsIを作製する場合、CsIと発光中心原料を単一の蒸着源として蒸着を行うことになる。しかし、両者の昇華温度が著しく異なるために、CsIの昇華が始まる前に発光中心原料の昇華が始まってしまい、発光中心を膜内に均一に添加することができなかった。
以上のように、既存の製法では、高い材料利用効率で発光中心添加CsI柱状膜を作製することができなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−111789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上述の通り、発光中心添加CsI柱状膜を作製する際に、投入原料であるCsIと発光中心原料が成膜領域に堆積する割合が少なく、材料の利用効率が低いという問題があった。特に、発光中心原料は希少な元素を用いる場合が多いため、価格面、及び環境面からも、より高い材料利用効率で発光中心を添加できるような製造方法が望まれていた。
本発明は、この様な背景技術に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題は本発明の以下の構成により解決できる。
本発明に係るシンチレータの製造方法は、柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、CsI柱状膜に発光中心を添加する工程からなることを特徴とする。CsI柱状膜に発光中心を添加する工程では、CsI柱状膜と発光中心原料とを非接触な状態で閉空間に配置し、CsI柱状膜を発光中心原料の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ発光中心原料を昇華温度以上に加熱する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明の発光中心を添加する工程において、発光中心原料とCsI柱状膜との配置関係を示す模式図である。
【図2】本発明の発光中心を添加する工程において、発光中心原料とCsI柱状膜との配置関係を示す第二の模式図である。
【図3】本発明のCsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を添加する工程を同一の閉空間で行う工程において、CsI蒸着源とCsI柱状膜と発光中心原料との配置関係を示す模式図である。
【図4】本発明の発光中心を添加する工程において、発光中心を含有する有機ガスを用いて発光中心を添加する場合の、有機ガスの導入口及び排出口とCsI柱状膜との配置関係を示す模式図である。
【図5】本発明のCsI柱状膜を作製する工程を、蒸着源と成膜領域との距離を近接させて蒸着する際の、配置関係を示す模式図である。
【図6】本発明の実施例1において、異なる発光中心材料(InI、InBr、InCl)を用いて、加熱温度を一定にして発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図7】本発明の実施例1において、発光中心材料としてInIを用いて、異なる加熱温度で発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図8】本発明の実施例1において、発光中心材料としてInIを用いて、加熱温度を一定にして、異なる圧力下で発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図9】本発明の実施例3において、異なる発光中心材料(InP、InAs、InSb)を用いて、加熱温度を一定にして発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図10】本発明の実施例3において、発光中心材料としてInPを用いて、異なる加熱温度で発光中心を添加した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図11】本発明の実施例4において、発光中心材料としてTlIを用いた場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【図12】比較例1において、発光中心原料としてInIを用いて、二元蒸着法によりIn添加CsI柱状膜を作製した場合の、発光スペクトルと励起スペクトルを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の特徴は、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心を原子拡散によりCsI柱状膜に添加することで、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜のシンチレータ製造方法を提供することにある。
以下に本発明の実施形態に関わるシンチレータの製造方法について詳細に説明する。
【0010】
本発明の実施の形態に係るシンチレータの製造方法は、柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、CsI柱状膜に発光中心を添加する工程からなることを特徴とする。CsI柱状膜に発光中心を添加する工程では、CsI柱状膜と発光中心原料とを非接触な状態で閉空間に配置し、CsI柱状膜を発光中心原料の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ発光中心原料を昇華温度以上に加熱する。
【0011】
また、本発明の実施の形態に係るシンチレータの製造方法は、CsI柱状膜を蒸着法により作製する工程において、基体上の成膜領域から蒸着源に向けて投影した領域を完全に覆う領域を有する蒸着源を用い、蒸着源と成膜領域との距離を近接させて蒸着することを特徴とする。
さらに、本発明の実施の形態に係るシンチレータの製造方法は、成膜領域と蒸着源との最短距離を、成膜領域の短辺の長さの1/3以下に近接させた配置とすることを特徴とする。
【0012】
以下にその詳細を示す。
本発明は、図1に示すように、CsI柱状膜2と発光中心原料1とを非接触な状態で閉空間3に配置し、発光中心原料を昇華温度以上で加熱することで発光中心を閉空間内に気相として供給する。そして、CsI柱状膜の形状を維持し得る温度域で加熱することで原子拡散により発光中心をCsI膜へ均一に添加する製造方法である。従来のCsIと発光中心原料の二つの蒸着源を用いた二元蒸着法では、蒸着源から成膜領域の領域以外に放射された材料は無駄になってしまうため、投入原料に対して成膜領域に堆積する材料の利用効率は20%以下と低かった。本発明では、発光中心を含有しないCsI柱状膜を作製した後、発光中心を拡散添加するプロセスであるため、発光中心原料の利用効率を高めることができる。このとき、閉空間内の不要な領域に発光中心が付着しないように、閉空間内の各々の領域の温度を制御することで、CsI柱状膜に添加される発光中心原料の効率は90%以上とすることができる。
【0013】
さらに、図5に示すように、本発明におけるCsI柱状膜を、CsI蒸着源4と成膜領域7の距離Dを近接させて蒸着することでCsI原料の利用効率も高めることができる。ここで、膜厚の均一性を確保するために、成膜領域7からCsI蒸着源4に向けて投影した領域8を仮定したとき、その領域を完全に覆う領域を有する蒸着源を用いて蒸着を行う。ここで、成膜領域の形状が単純な正方形や、長方形であっても長辺の長さ÷短辺の長さによって得られる値が2以上であるような極端に一辺が長い形状でない場合について、蒸着源と成膜領域の関係による材料の利用効率について以下に示す。蒸着源の大きさが成膜領域の短辺の長さLに対して小さく、蒸着源がほぼ点であると仮定できるような場合、短辺の長さをLとし、成膜領域と蒸着源との最短距離をDとした場合にD/L=2であるなら、蒸着源から成膜領域に堆積する材料の利用効率はおよそ20%となる。蒸着源と成膜領域を近づけてD/L=1とした場合、材料の利用効率はおよそ50%に上昇する。さらに蒸着源と成膜領域を近づけてD/L=1/3とした場合、材料の利用効率はおよそ80%となる。本発明において、CsI蒸着源と成膜領域の最短距離Dを近接させて蒸着する場合、材料の利用効率を80%以上とするために、成膜領域と蒸着源との最短距離Dを、成膜領域の短辺の長さLの1/3以下に近接させた配置とすることが好ましい。
【0014】
また、本発明ではCsI原料の再利用も容易になる。即ち、従来の蒸着法ではCsIと発光中心原料を二元の蒸着源を用いて同時に蒸着するため、蒸着後の生成物は発光中心を含有したCsIとなっていた。そのため、成膜領域以外に放射されて無駄になった材料を再利用するためには、CsIと発光中心を分離して精選する必要があった。本発明では、発光中心を含有しないCsI柱状膜を作製した後、発光中心を添加するという工程をとるため、まずCsIのみを原料としてCsI柱状膜を作製する。そのため、成膜領域以外に飛んだCsIは発光中心を不純物として含まず、そのまま再度原料として用いることができる。即ち、本発明の製造方法では、従来の二元蒸着法に対してCsI原料の再利用が容易になるという利点もある。
【0015】
本発明では、発光中心を添加する際に、CsI柱状膜と発光中心原料の加熱温度、及び閉空間内の圧力を個別に制御することで、温度と圧力によって決定されるCsIと発光中心原料の気相との平衡状態によって、発光中心を所望の濃度に調整することができる。また、本発明は柱状のCsI結晶に気相状態の発光中心を拡散添加するため、膜の底部から上部まで発光中心原料が効率よく均一に浸透し、発光中心を効率良く添加できる。ここでのCsI柱状膜とは、無数の柱状のCsI結晶から構成される膜のことを指す。柱状のCsI結晶とは、直径と高さのアスペクト比(高さ/直径)が10以上のCsI結晶とする。また、発光中心が柱状結晶内に直径方向の濃度分布に偏りが無いように拡散するために、個々の柱状のCsI結晶の直径は100μm以下であることが好ましい。
【0016】
また、図2に示すように、複数のCsI柱状膜2を閉空間3の中に配置し、一度に発光中心を添加することも可能である。さらには、発光中心原料1の他に異種の発光中心原料4を用いて、複数の発光中心を同時に添加することも可能である。
CsI柱状膜は発光中心原料が昇華する温度以上から、CsIが柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱する。CsI柱状膜を発光中心原料が昇華する温度以上に加熱するのは、CsI柱状膜表面への発光中心原料の付着を防止するためであり、CsIが柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱するのは、柱状結晶同士の融着による光伝播機能の低下を防ぐためである。また、発光中心原料は、閉空間を気化した発光中心原料で満たすために、昇華温度以上に加熱する。ただし、CsI柱状膜は発光中心がCsI結晶中に取り込まれるようにするために最低でも150℃以上に加熱する必要がある。
【0017】
本発明で用いるInの発光中心原料としては、InI、InBr、InClなどのインジウムハロゲン化物や、InP、InAs、InSbなどのIII−V族系のIn化合物を用いることができる。特に発光中心原料としてInIを用いる場合は、InIの加熱温度を昇華が開始する200℃以上とし、かつ柱状CsI膜の加熱温度を200℃以上から550℃以下とした場合、CsI柱状膜表面へInIが付着せず、CsI柱状膜中へのInの添加が良好に進行する。
【0018】
本発明で用いるTlの発光中心原料としては、TlI、TlBr、TlClなどのタリウムハロゲン化物を用いることができる。特に発光中心原料としてTlIを用いる場合は、TlIの加熱温度を昇華が開始する250℃以上とし、かつ柱状CsI膜の加熱温度を250℃以上から550℃以下とした場合、CsI柱状膜表面へTlIが付着せず、CsI柱状膜中へのTlの添加が良好に進行する。
本発明では、発光中心原料を加熱する前に、閉空間を一旦10−4Pa台に真空に引いておくことで、より効率良く発光中心を添加することができる。例えば、閉空間を10−2Pa台に真空引きした後に発光中心を添加した場合と、閉空間を0.2PaのArで満たした後に発光中心を添加した場合で比較すると、真空引きした場合の方が15%程度発光中心の添加量を多くすることができる。
【0019】
図3に示すように、本発明では、蒸着によりCsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を拡散添加する工程を、同一の閉空間で行うことも可能である。この場合、閉空間3は、蒸着時にはArガスなどのプロセスガスで満たされ、発光中心添加時には、気化した発光中心原料で満たされる。即ち、閉空間3にArガスを所望の圧力で導入しながらCsI蒸着源4を加熱してCsI柱状膜2を作製し、一度真空に排気した後、発光中心原料1を加熱して、気化した発光中心原料で閉空間を満たし、発光中心をCsI柱状膜に添加する。このプロセスは、CsIと発光中心原料の両方の材料利用効率を高めたプロセスとなる。
【0020】
また、図4に示すように発光中心原料として、発光中心を含有する有機ガスを用いることもできる。この場合、発光中心を含有する有機ガス5を窒素などのキャリアガスと共に流し、CsI柱状膜2の近傍で、電離分解もしくは加熱分解することにより、発光中心6をCsI柱状膜に向けて発生させる。この際に、CsI柱状膜を300℃以上で加熱しておくことで発光中心がCsI柱状膜に拡散し、発光中心添加CsI柱状膜を作製することができる。インジウムを含有する有機ガスとしては、例えばトリメチルインジウムガスやトリエチルインジウムガスなどを用いることができる。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、以下に限定されるものではない。ここで、図6から図12に示す発光スペクトル、及び励起スペクトルはそれぞれピーク強度に対して規格化したものである。
【0022】
(実施例1)
本実施例は、蒸着により作製したCsI柱状膜に、発光中心原料としてインジウムハロゲン化物を用いてInを添加した例である。
初めに、CsIを蒸着原料とし、基体上の50mm×50mmの成膜領域に向けて蒸着を行うことで、CsI柱状膜を得た。まず、蒸着源としてCsIを直径20mmの抵抗加熱るつぼに充填し、蒸着源と成膜領域との距離を、膜厚の均一性を確保するために100mmに調整した。続いて、蒸着装置内を一旦10−4Pa台まで排気した後、Arガスを導入して0.2Paに調整した。成膜領域を5rpmの速度で回転させながら、200℃に加熱保持し、抵抗加熱るつぼを、730℃に加熱してCsIの蒸着を行い、CsIの膜厚が500μmとなったところで蒸着を終了させた。得られたCsIを走査型電子顕微鏡で観察したところ、直径約5μmのCsIの柱状結晶となっており、アスペクト比が約100のCsI柱状膜が得られた。
【0023】
以上の工程により作製したCsI柱状膜に、インジウムハロゲン化物を用いてInを拡散添加した。図1に示すように、作製したCsI柱状膜2と、発光中心原料1としてインジウムハロゲン化物を、閉空間3の中に配置した。インジウムハロゲン化物としては、InI、InBr、InClをそれぞれ3g用いた。続いて、閉空間内を一旦10−2Pa台に真空引きした後、発光中心原料を昇華する温度以上で加熱して、閉空間の内部を気化した発光中心原料で満たし、同時にCsI柱状膜を加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心を添加した。この時、投入した発光中心原料3gのうち、残存する量はInIが2.80g、InBrが2.83g、InClが2.85gとなっており、発光中心原料の利用効率はいずれも90%以上であった。
【0024】
図6にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料の加熱温度を400℃とし、異なる発光中心材料(InI、InBr、又はInCl)を用いた場合の発光スペクトルと励起スペクトルを示す。それぞれのスペクトルはピーク強度に対して規格化している。発光スペクトルの結果から、ピーク強度で規格化した場合、InI、InBr、又はInClのいずれの発光中心材料を用いた場合も、発光波長は544nmにピークを持つ同じ形状の発光スペクトルを示した。これは、In添加CsIからの発光はCsI結晶中に取り込まれたInが形成する準位からの発光であり、Inの濃度に関わらず同じ発光スペクトル形状を示すためである。試料毎の発光強度は異なるが、ピーク強度で規格化すると同じ形状の発光スペクトルになる。InBrとInClを用いた場合、異種のハロゲンであるBr、又はClが添加されても、その濃度が0.1mol%以下の低濃度であるため、発光スペクトルにはほとんど影響を与えなかった。一方、励起スペクトルはCsI結晶中に取り込まれたInの濃度と相関があり、取り込まれたIn量に対応してInI、InBr、InClそれぞれ異なる励起スペクトルとなった。
本発明者らが鋭意検討した結果、励起スペクトルにおいて、312nmにピークを持つ励起帯の強度は、CsI結晶中で活性化されたIn濃度と相関があると考えられ、270nmの主たる励起帯に対する312nmのピーク強度の比が大きい試料程、効率の良い強い発光を示すようになった。即ち、本検討では励起スペクトルの312nmの励起帯のピークはInI、InBr、InClの順に大きくなり、これに伴い発光輝度は上昇した。これは、InIの昇華温度が3つの中で最も低く昇華が約200℃で始まるため、400℃に加熱した際に閉空間内を満たすInIの濃度がInBr、InClよりも高くなり、その結果CsI柱状結晶内に拡散するInの量が増加したためだと考えられる。これより、InI、InBr、InClの発光中心原料の加熱温度が同じ場合は、昇華温度が低いInIを発光中心原料として用いるのが最適であることがわかった。
【0025】
次に、図7にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料としてInIを用い、InIの加熱温度を300℃、400℃、550℃と変えた場合の発光スペクトル、励起スペクトルを示す。発光スペクトルは前述の通り、CsI中のIn濃度の大小によらず変化しないため、InIの加熱温度に関わらず変化しなかった。一方、励起スペクトルはInIの加熱温度が高く成る程、270nmの主たる励起帯に対して312nmの励起帯のピークが増加し、それに伴い発光輝度が上昇した。これは、InIの加熱温度が高くなる程、閉空間内を満たすInIの濃度が高くなり、その結果CsI柱状結晶内に拡散するInの量が増加したためだと考えられる。これより、発光中心原料の加熱温度を高くする程、発光中心を高い濃度でCsI柱状結晶内に拡散できることがわかった。
【0026】
さらに、図8にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料としてInIを用いて400℃で加熱し、加熱前の閉空間3の内部の圧力を変えた場合の発光スペクトル、励起スペクトルを示す。圧力は10−2Pa台に真空引きした場合と、0.2PaのAr雰囲気とした場合で比較した。発光スペクトルは前述の通り、CsI中のIn濃度の大小によらず変化しないため、圧力の違いに関わらず変化しなかった。一方、励起スペクトルは、閉空間内の圧力が低い程、270nmの主たる励起帯に対して312nmの励起帯のピーク強度が増加し、より高濃度でInが添加されていることが示唆され、それに伴い発光輝度が上昇した。この時、10−2Pa台に真空引きした場合、0.2PaのAr雰囲気とした場合に対して約15%高い濃度でInを添加できた。これより、加熱前の閉空間内の圧力を低くしておく程、発光中心を高い濃度でCsI柱状結晶内に拡散できることがわかった。
以上の結果から、適当な発光中心原料を選択し、その加熱温度と閉空間内の圧力を調整することで、CsI柱状膜に所望の濃度で発光中心を添加できた。
【0027】
また、図2に示すように、複数のCsI柱状膜2を閉空間3の中に配置し、これら複数のCsI柱状膜2に対して一度に発光中心を添加することも可能である。さらには、発光中心原料1の他に異種の発光中心原料4を用いて、複数の発光中心を同時に添加することも可能である。異種の発光中心原料4としては、インジウム化合物の他に、発光中心の異なる、タリウム化合物や、希土類元素化合物を用いることもできる。
【0028】
上記のごとく、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心を原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜のシンチレータ製造方法を提供することができた。
【0029】
(実施例2)
本実施例は、蒸着源と成膜領域との距離を近づけた近接昇華法により作製したCsI柱状膜に、発光中心原料としてインジウムハロゲン化物を用いてInを添加した例である。
初めに、CsIを蒸着原料とし、基体上の50mm×50mmの成膜領域に向けて蒸着を行うことで、CsI柱状膜を得た。
以下、図5を用いて説明する。本実施例では、成膜領域7が50mm×50mmであり、成膜領域7とCsI蒸着源4が平行に対向しているため、成膜領域7からCsI蒸着源4に向けて投影した領域8も50mm×50mmとなる。そこで、この50mm×50mmの領域8を完全に覆うように、成膜領域7の直下に60mm×60mmのCsI蒸着源4を配置した。CsI蒸着源4と成膜領域7との距離Dは、成膜領域7の短辺の長さL(=50mm)の1/3以下となるように15mmとした。こうして、成膜領域7とCsI蒸着源4との距離Dを、成膜領域7の短辺の長さLの1/3以下に近接させた配置とすることで、原料のCsIが成膜領域に堆積する割合を80%以上とすることができた。続いて、蒸着装置内を一旦10−4Pa台まで排気した後、Arガスを導入して0.2Paに調整した。成膜領域7を200℃に加熱保持し、CsI蒸着源4を730℃に加熱してCsIの蒸着を行い、CsIの膜厚が500μmとなったところで蒸着を終了させた。
【0030】
得られたCsIを走査型電子顕微鏡で観察したところ、直径約5μmのCsIの柱状結晶となっており、アスペクト比が約100のCsI柱状膜が得られた。実施例1では投入した材料に対して、成膜領域に堆積したCsIの割合は約20%であるのに対して、本実施例では約85%のCsIが成膜領域に堆積し、高い材料利用効率でCsI柱状膜を作製できた。以上の工程により作製したCsI柱状膜は、実施例1で作製したCsI柱状膜と同じ形態であるため、実施例1と同様の工程により、Inを拡散添加することで、In添加CsI柱状膜を作製することができた。
上記のごとく、蒸着源と成膜領域との距離を近づけた近接昇華法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心を原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、材料の利用効率が高い発光中心添加CsI柱状膜のシンチレータ製造方法を提供することができた。
【0031】
(実施例3)
本実施例は、蒸着により作製したCsI柱状膜に、発光中心原料として、III−V族系のInP、InAs、又はInSbのいずれかのインジウム化合物を用いてInを添加した例である。
まず、実施例1と同様にして蒸着法によりCsI柱状膜を作製した後、作製したCsI柱状膜と、発光中心原料としてIII−V族系のインジウム化合物を、閉空間の中に配置した。インジウム化合物としてはInP、InAs、InSbをそれぞれ5g用いた。続いて、閉空間内を一旦10−2Pa台に真空引きした後、発光中心原料を昇華する温度以上で加熱して、閉空間の内部を気化した発光中心原料で満たし、同時にCsI柱状膜を加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心を添加した。この時、投入した発光中心原料5gのうち、残存する量はInPが4.60g、InAsが4.63g、InSbが4.63gとなっており、発光中心原料の利用効率はいずれも90%以上であった。
【0032】
図9にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料の加熱温度を450℃とし、InP、InAs、又はInSbの3つの異なる発光中心材料を用いた場合の発光スペクトルと励起スペクトルを示す。発光スペクトルの結果から、InP、InAs、又はInSbいずれの発光中心材料を用いた場合も、発光波長は544nmにピークを持つ同じ発光スペクトルを示した。InP、InAs、又はInSbを用いた場合、発光には直接寄与しないP、As、又はSbといった元素が同時に添加されるが、その濃度が0.1mol%以下の低濃度であるため、発光スペクトルには影響を与えなかった。励起スペクトルにおける312nmの励起帯のピークはInP、InAs、又はInSbでほとんど変わらなかった。これより、InP、InAs、又はInSbのいずれを発光中心原料として用いても、同等に発光中心原料として用いることができることがわかった。
【0033】
次に、図10にCsI柱状膜を300℃で加熱し、発光中心原料としてInPを用い、InPの加熱温度を350℃、450℃、550℃と変えた場合の発光スペクトル、励起スペクトルを示す。発光スペクトルはInPの加熱温度に関わらず変化しなかった。一方、励起スペクトルはInPの加熱温度が高く成る程、270nmの主たる励起帯に対して312nmの励起帯のピーク強度が増加し、それに伴い発光輝度が上昇した。これは、InPの分解が400℃付近で急速に開始するため、加熱温度が高くなる程、閉空間内を満たすInPの濃度が高くなり、その結果CsI柱状結晶内に拡散するInの量が増加したためだと考えられる。これより、発光中心原料の加熱温度を高くする程、発光中心を高い濃度でCsI柱状結晶内に拡散できることがわかった。
上記のごとく、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料であるIII−V族系のインジウム化合物とを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心であるInを原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、In添加CsI柱状膜を作製することができた。
【0034】
(実施例4)
本実施例は、蒸着により作製したCsI柱状膜に、タリウムハロゲン化物であるヨウ化タリウム(TlI)を発光中心原料として用いてTlを添加した例である。
まず、実施例1と同様にして蒸着法によりCsI柱状膜を作製した後、作製したCsI柱状膜と、発光中心原料としてTlIを3g用い、閉空間の中に配置した。続いて、閉空間内を一旦10−2Pa台に真空引きした後、発光中心原料であるTlIを昇華温度より高い350℃で加熱して、閉空間の内部を気化したTlIで満たし、同時にCsI柱状膜を300℃に加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心としてTlを添加した。この時、投入した発光中心原料3gのうち、残存する量はTlIは2.80gとなっており、発光中心原料の利用効率は90%以上であった。
【0035】
図11に発光スペクトルと励起スペクトルの結果を示す。発光は540nmと410nmにピークを示し、主たる励起帯は275nmと300nmに形成された。これは、CsIとTlIを同時に蒸着して作製したTl添加CsIと同等の発光である。また、Tl添加CsIは、CsI結晶中のTlの濃度により発光波長が変化し、Tl濃度が高濃度になる程、長波長側に発光を示すようになる。そのため、本実施例において、気化したTlI中でCsI柱状膜を加熱保持する時間を長くすると、発光波長は長波長側にシフトし、565nm付近に発光ピークを示すようになった。
上記のごとく、蒸着法により作製したCsI柱状膜と、発光中心原料であるTlIとを閉空間に配置し、発光中心原料を加熱して気相として閉空間内に供給し、発光中心であるTlを原子拡散によりCsI柱状膜に添加した。このようにすることで、Tl添加CsI柱状膜を製造することができた。
【0036】
(実施例5)
本実施例は、近接昇華法によりCsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を拡散添加する工程を、同一の閉空間で行った例である。
図3に示すように、閉空間3の中にCsI蒸着源4と発光中心原料1としてInIを配置した。初めに、閉空間3を0.2PaのArガスで満たし、実施例1と同様にして、近接昇華法によりCsI蒸着源4を加熱してCsI柱状膜2を作製した。成膜時は、発光中心原料1にふたをして、飛散したCsIが発光中心原料1に付着しないようにした。続いて、10−2Pa台まで排気した後、発光中心原料であるInIを500℃で加熱して、閉空間の内部を気化したInIで満たし、同時にCsI柱状膜を300℃に加熱して30分間保持することで、CsI柱状膜に発光中心としてInを添加した。
上記のごとく、CsI柱状膜を作製する工程と、発光中心を拡散添加する工程を、同一の閉空間で行い、発光中心が添加されたCsI柱状膜を作製することができた。
【0037】
(比較例1)
蒸着源としてCsIとInIを用いて、一般的な二元蒸着法によりIn添加CsI柱状膜を作製した比較例である。
初めに、直径20mmの抵抗加熱るつぼを2つ用意し、一方のるつぼにCsIを100g、他方のるつぼにInIを5g別々に充填し、この2つのるつぼを蒸着源として、基体上の50mm×50mmの成膜領域に向けて蒸着を行った。この際、膜厚と発光中心濃度の均一性を確保するために、蒸着源と成膜領域との距離を200mmとした。蒸着装置内を一旦10−4Pa台まで排気した後、Arガスを導入して0.2Paに調整した。成膜領域を5rpmの速度で回転させながら、200℃に加熱保持し、CsIを730℃に加熱し、かつInIを250℃に加熱して蒸着を行い、膜厚が500μmとなったところで蒸着を終了させてIn添加CsI柱状膜を作製した。この時、投入した原料のうち、成膜領域に堆積した量は投入原料のおよそ16%であった。
図12に発光スペクトルと励起スペクトルの結果を示す。本発明の製法により作製した実施例1、実施例2におけるIn添加CsI柱状膜の発光スペクトルと励起スペクトルは図12に示す結果と同等の発光特性を示した。これより、本発明のCsI柱状膜作製後に発光中心を拡散添加するプロセスを用いて作製した発光中心添加CsI柱状膜は、一般的な二元蒸着法により作製した場合と同等の発光機能を示すことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、放射線を可視光に変換するシンチレータ材料の製造方法として用いることができる。
【符号の説明】
【0039】
1 発光中心原料
2 CsI柱状膜
3 閉空間
4 CsI蒸着膜
5 発光中心を含有する有機ガス
6 発光中心
7 成膜領域
8 成膜領域からCsI蒸着源に向けて投影した領域
L 成膜領域の短辺の長さ
D CsI蒸着源と成膜領域との最短距離
【特許請求の範囲】
【請求項1】
柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、
前記CsI柱状膜と発光中心原料とを非接触な状態で閉空間に配置し、前記CsI柱状膜を、前記発光中心原料の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ前記発光中心原料を昇華温度以上に加熱し、前記CsI柱状膜に発光中心を添加する工程とからなることを特徴とするシンチレータの製造方法。
【請求項2】
前記CsI柱状膜を蒸着法により作製する工程において、基体上の成膜領域から蒸着源に向けて投影した領域を完全に覆う領域を有する蒸着源を用い、前記蒸着源と前記成膜領域との距離を近接させて蒸着することを特徴とする、請求項1に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項3】
前記成膜領域と前記蒸着源との最短距離が、前記成膜領域の短辺の長さの1/3以下となるように配置することを特徴とする、請求項2に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項4】
前記CsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、前記CsI柱状膜に発光中心を添加する工程を、同一の閉空間で行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項5】
前記発光中心原料が、InI、InBr、InCl、InP、InAs、及びInSbからなる群から選ばれる1種以上のIn化合物であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項6】
前記発光中心原料が、TlI、TlBr、及びTlClからなる群から選ばれる1種以上のTl化合物であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項7】
前記発光中心原料がInIであり、該InIの加熱温度が200℃以上であり、かつ前記柱状CsI膜の加熱温度が200℃以上550℃以下であることを特徴とする請求項5に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項8】
前記発光中心原料がTlIであり、該TlIの加熱温度が250℃以上であり、かつ前記柱状CsI膜の加熱温度が250℃以上550℃以下であることを特徴とする請求項6に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項1】
柱状のCsI結晶から構成されるCsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、
前記CsI柱状膜と発光中心原料とを非接触な状態で閉空間に配置し、前記CsI柱状膜を、前記発光中心原料の昇華温度以上、柱状の形態を維持可能な温度以下の範囲で加熱し、かつ前記発光中心原料を昇華温度以上に加熱し、前記CsI柱状膜に発光中心を添加する工程とからなることを特徴とするシンチレータの製造方法。
【請求項2】
前記CsI柱状膜を蒸着法により作製する工程において、基体上の成膜領域から蒸着源に向けて投影した領域を完全に覆う領域を有する蒸着源を用い、前記蒸着源と前記成膜領域との距離を近接させて蒸着することを特徴とする、請求項1に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項3】
前記成膜領域と前記蒸着源との最短距離が、前記成膜領域の短辺の長さの1/3以下となるように配置することを特徴とする、請求項2に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項4】
前記CsI柱状膜を蒸着法により作製する工程と、前記CsI柱状膜に発光中心を添加する工程を、同一の閉空間で行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項5】
前記発光中心原料が、InI、InBr、InCl、InP、InAs、及びInSbからなる群から選ばれる1種以上のIn化合物であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項6】
前記発光中心原料が、TlI、TlBr、及びTlClからなる群から選ばれる1種以上のTl化合物であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項7】
前記発光中心原料がInIであり、該InIの加熱温度が200℃以上であり、かつ前記柱状CsI膜の加熱温度が200℃以上550℃以下であることを特徴とする請求項5に記載のシンチレータの製造方法。
【請求項8】
前記発光中心原料がTlIであり、該TlIの加熱温度が250℃以上であり、かつ前記柱状CsI膜の加熱温度が250℃以上550℃以下であることを特徴とする請求項6に記載のシンチレータの製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2011−191143(P2011−191143A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56616(P2010−56616)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】
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