説明

スプライン伸縮軸、スプライン伸縮軸を備えた車両用操舵装置、およびスプライン伸縮軸の製造方法

【課題】寸法精度の高い任意の形状の潤滑剤保持溝が形成されたスプライン伸縮軸、当該スプライン伸縮軸を備えた車両用操舵装置、および当該スプライン伸縮軸の製造方法を提供すること。
【解決手段】スプライン伸縮軸としての中間軸5は、軸方向X1に移動可能に嵌合された内軸35および筒状の外軸36と、内軸35の外周に設けられた外スプライン38と、外軸36の内周に設けられた内スプライン39と、外スプライン38に設けられた樹脂被膜40と、レーザを用いて樹脂被膜40に形成され、軸方向X1とは交差する方向D1に延びる潤滑剤保持溝41とを備えている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、軸方向に伸縮可能なスプライン伸縮軸、当該スプライン伸縮軸を備えた車両用操舵装置、および当該スプライン伸縮軸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
軸方向に伸縮可能なスプライン伸縮軸が知られている(例えば特許文献1〜4参照)。この特許文献1〜4に係るスプライン伸縮軸は、それぞれ、互いに軸方向に相対移動可能にスプライン嵌合された内軸および筒状の外軸を備えている。また、特許文献1〜4に係るスプライン伸縮軸では、内軸の外周に樹脂が被覆されている。さらに、特許文献1〜4に係るスプライン伸縮軸では、内軸または外軸に潤滑剤保持用の溝または凹部が形成されている。
【0003】
より具体的には、特許文献1に係るスプライン伸縮軸では、筒状の外軸の内周面にショットピーニング加工が施され、潤滑剤保持用の凹部が外軸の内周面に形成されている。
また、特許文献2に係るスプライン伸縮軸では、スプラインが形成される前に外軸の内周面に周方向に延びる溝が形成され、スプライン形成後に残った当該溝の痕跡が油溜まりとして機能する。
【0004】
また、特許文献3に係るスプライン伸縮軸では、内軸に設けられた樹脂被覆部に潤滑剤保持用の凹部が形成されている。この凹部は、内軸が外軸の内周に嵌合した状態で、内軸および外軸を中心軸線まわりに相対回転させて、外軸のスプライン歯によって樹脂被覆部を押圧することにより形成されている。
また、特許文献4に係るスプライン伸縮軸では、内軸に設けられた樹脂被覆部にヒケ部が形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−153677号公報
【特許文献2】特開2006−207639号公報
【特許文献3】特開2004−66970号公報
【特許文献4】特開昭64−55411号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1〜4に係る潤滑剤保持用の溝または凹部の加工方法では、寸法精度の高い任意の形状の溝または凹部を形成することが困難である。
より具体的には、特許文献1では、ショットピーニング加工によって凹部が形成されるので、寸法精度の高い任意の形状の凹部を形成することが困難である。
また、特許文献2では、外軸の内周面に溝が形成された後に、外軸の内周にスプラインが形成されるので、当該溝が変形してしまう。そのため、寸法精度の高い任意の形状の溝を形成することが困難である。
【0007】
また、特許文献3では、外軸のスプライン歯を樹脂被覆部に押し付けて凹部を形成するので、凹部の形状が、外軸のスプライン歯の形状に依存する。したがって、寸法精度の高い任意の形状の凹部を形成することが困難である。
また、特許文献4では、ヒケ部を利用するためシャフト素材を加工しておく必要があり面倒である。また、ヒケ部を利用するため寸法精度の高い凹部の形成が必要である。寸法精度の高い凹部の形成は困難である。
【0008】
このように、特許文献1〜4に係る潤滑剤保持用の溝等の加工方法では、寸法精度の高い任意の形状の溝等を形成することが困難である。したがって、特許文献1〜4に係るスプライン伸縮軸では、内軸および外軸の摺動部分に確実に潤滑剤が供給されない場合がある。
この発明は、かかる背景のもとになされたものであり、寸法精度の高い任意の形状の潤滑剤保持溝が形成されたスプライン伸縮軸、当該スプライン伸縮軸を備えた車両用操舵装置、および当該スプライン伸縮軸の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するための本発明は、軸方向(X1)に移動可能に嵌合された内軸(35)および筒状の外軸(36)と、上記内軸の外周に設けられた外スプライン(38)と、上記外軸の内周に設けられた内スプライン(39)と、上記外スプラインおよび上記内スプラインの少なくとも一方に設けられた樹脂被膜(40)と、レーザ、ウォータジェットまたは圧縮エアーの何れかを用いて上記樹脂被膜に形成され、上記軸方向とは交差する方向(D1)に延びる潤滑剤保持溝(41)と、を備えるスプライン伸縮軸(5)である(請求項1)。
【0010】
本発明によれば、樹脂被膜に潤滑剤保持溝が形成されているので、軸方向に関して内軸および外軸が相対移動したときに、潤滑剤保持溝に保持された潤滑剤を内軸および外軸の摺動部分に供給することができる。これにより、内軸および外軸の摺動抵抗を低減して、軸方向に関して内軸および外軸をスムーズに相対移動させることができる。また、潤滑剤保持溝が軸方向とは交差する方向に延びているので、内軸および外軸の摺動部分に確実に潤滑剤を供給することができる。さらに、レーザ、ウォータジェットまたは圧縮エアーの何れかを用いて潤滑剤保持溝を形成するので、この発明に係る樹脂被膜のような起伏のある部分であっても、寸法精度の高い任意の形状の潤滑剤保持溝を容易に形成することができる。さらにまた、レーザ、ウォータジェットまたは圧縮エアーの何れかを用いて潤滑剤保持溝を形成するので、スプライン伸縮軸を製造するための既存の設備を流用することができる(例えば潤滑剤保持溝を形成するまでの既存の設備をそのまま流用することができる)。したがって、コストの上昇を抑制しつつ潤滑剤保持溝を形成することができる。
【0011】
また、上記潤滑剤保持溝は、少なくともスプライン歯面(42)を形成する樹脂被膜の領域(T1)に形成されている場合がある(請求項2)。この場合、摺動面であるスプライン歯面に確実に潤滑剤を供給することができる。これにより、内軸および外軸の摺動抵抗を確実に抑制して、軸方向に関して内軸および外軸をスムーズに相対移動させることができる。
【0012】
また、上記目的を達成するための本発明は、操舵部材(2)に連結された操舵軸(3)と、中間軸(5)を介して上記操舵軸に連結された転舵機構(A1)と、を備え、上記操舵軸および/または上記中間軸として、請求項1または2に記載のスプライン伸縮軸が用いられている車両用操舵装置(1)である(請求項3)。本発明によれば、操舵軸および/または中間軸を軸方向にスムーズに伸縮させることができるので、転舵機構側から操舵部材に向かって伝達される振動を操舵軸および/または中間軸によって確実に吸収して、当該振動が操舵部材に伝達されることを防止することができる。また、操舵部材の位置を調整するためのテレスコピック調整機能が備えられている車両用操舵装置の操舵軸として、この発明に係るスプライン伸縮軸を用いることにより、操舵部材をスムーズに移動させることができる。また、車両の衝突に伴って運転者が操舵部材に衝突する、いわゆる二次衝突の衝撃を吸収するための衝撃吸収機能が備えられている車両用操舵装置の操舵軸として、この発明に係るスプライン伸縮軸を用いることにより、二次衝突の衝撃をより確実に吸収することができる。
【0013】
また、上記目的を達成するための本発明は、互いに軸方向に相対移動可能にスプライン嵌合された内軸および筒状の外軸を備えるスプライン伸縮軸の製造方法において、上記内軸の製造用中間体(44)および上記外軸の製造用中間体(46)の少なくとも一方のスプライン(43)に樹脂被膜を成形する工程と、上記樹脂被膜に、レーザ、ウォータジェットまたは圧縮エアーの何れかを用いて、上記軸方向とは交差する方向に延びる潤滑剤保持溝を形成する工程と、を含むスプライン伸縮軸の製造方法である(請求項4)。本発明によれば、請求項1の発明に関して述べた効果と同様な効果を奏することができる。
【0014】
なお、上記において、括弧内の英数字は、後述の実施形態における対応構成要素の参照符号を表すものであるが、これらの参照符号により特許請求の範囲を限定する趣旨ではない。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の一実施の形態のスプライン伸縮軸が適用された中間軸を有する車両用操舵装置の概略構成図である。
【図2】中間軸の部分断面図である。
【図3】図1に示すIII−III線に沿う中間軸の要部の断面図である。
【図4】外スプラインのスプライン歯面の正面図である。
【図5】中間軸の製造方法の一例を説明するための図解図である。
【図6】レーザを用いて螺旋状の潤滑剤保持溝を形成するときの加工方法の一例を説明するための図解図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下では、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は、本発明の一実施の形態のスプライン伸縮軸が適用された中間軸5を有する車両用操舵装置1の概略構成図である。
図1を参照して、車両用操舵装置1は、ステアリングホイール等の操舵部材2に連結された操舵軸3と、操舵軸3に自在継手4を介して連結されたスプライン伸縮軸としての中間軸5と、中間軸5に自在継手6を介して連結されたピニオン軸7と、ピニオン軸7の端部近傍に設けられたピニオン7aに噛み合うラック8aを有する転舵軸としてのラック軸8とを備えている。
【0017】
ピニオン軸7およびラック軸8を含むラックアンドピニオン機構によって、転舵機構A1が構成されている。ラック軸8は、車体側部材9に固定されたハウジング10によって、車両の左右方向に沿う軸方向(紙面とは直交する方向)に移動可能に、支持されている。ラック軸8の各端部は、図示していないが、対応するタイロッドおよび対応するナックルアームを介して対応する転舵輪に連結されている。
【0018】
操舵軸3は、同軸上に連結された第1操舵軸11と第2操舵軸12とを備えている。第1操舵軸11は、スプライン結合を用いて、同伴回転可能に且つ軸方向に相対摺動可能に嵌合されたアッパーシャフト13およびロアーシャフト14を有している。アッパーシャフト13およびロアーシャフト14の何れか一方が内軸を構成し、他方が筒状の外軸を構成している。
【0019】
また、第2操舵軸12は、ロアーシャフト14と同伴回転可能に連結された入力軸15と、自在継手4を介して中間軸5に連結された出力軸16と、入力軸15および出力軸16を相対回転可能に連結するトーションバー17とを有している。
操舵軸3は、車体側部材18、19に固定されたステアリングコラム20によって、図示しない軸受を介して回転可能に支持されている。
【0020】
ステアリングコラム20は、軸方向に相対移動可能に嵌め合わされた筒状のアッパージャケット21および筒状のロアージャケット22と、ロアージャケット22の軸方向下端に連結されたハウジング23とを備えている。ハウジング23内には、操舵補助用の電動モータ24の動力を減速して出力軸16に伝達する減速機構25が収容されている。
減速機構25は、電動モータ24の回転軸(図示せず)と同行回転可能に連結された駆動ギヤ26と、駆動ギヤ26に噛み合い出力軸16と同伴回転する被動ギヤ27とを有している。駆動ギヤ26は例えばウォーム軸からなり、従動ギヤ27は例えばウォームホイールからなる。
【0021】
ステアリングコラム20は、車両後方側のアッパーブラケット28および車両前方側のロアーブラケット29を介して車体側部材18、19に固定されている。より具体的には、アッパーブラケット28は、車体側部材18から下方に突出する固定ボルト(スタッドボルト)30と、当該固定ボルト30に螺合するナット31と、アッパーブラケット28に離脱可能に保持されたカプセル32とを用いて、車体側部材18に固定されている。また、ロアーブラケット29は、車体側部材19から突出する固定ボルト(スタッドボルト)33と、当該固定ボルト33に螺合するナット34とを用いて、車体側部材19に固定されている。
【0022】
スプライン伸縮軸としての中間軸5は、内軸35と筒状の外軸36とを中間軸5の軸方向X1に沿って摺動可能に且つトルク伝達可能にスプライン嵌合させて形成されている。内軸35および外軸36の何れか一方がアッパーシャフトを構成し、他方がロアーシャフトを構成する。
本実施の形態では、スプライン伸縮軸を中間軸5に適用した場合に則して説明するが、本発明のスプライン伸縮軸を第1操舵軸11に適用し、第1操舵軸11にテレスコピック調整機能や衝撃吸収機能を果たさせるようにしてもよい。また、本実施の形態では、車両用操舵装置1が電動パワーステアリング装置である場合に則して説明するが、本発明のスプライン伸縮軸をマニュアルステアリングの車両用操舵装置に適用するようにしてもよい。
【0023】
図2は、中間軸5の部分断面図である。また、図3は、図1に示すIII−III線に沿う中間軸5の要部の断面図である。また、図4は、外スプライン38のスプライン歯面42の正面図である。以下では、図2〜図4を参照して、スプライン伸縮軸としての中間軸5について具体的に説明する。
図2に示すように、中間軸5は、中間軸5の軸方向X1に移動可能に嵌合された内軸35および筒状の外軸36を備えている。内軸35は、芯金37の一部に合成樹脂を被覆させて形成されたものである。内軸35の一端には、自在継手6が連結されている。また、内軸35の外周には、外スプライン38が設けられている。
【0024】
また、外軸36は、金属製である。図2に示すように、外軸36の一端には、自在継手4が連結されている。外軸36の内周には、筒状の内スプライン39が設けられている。外スプライン38および内スプライン39は、動力伝達可能に、且つ、中間軸5の軸方向X1に相対移動可能に連結されている。また、外スプライン38と内スプライン39との間には、潤滑剤(例えばグリース)が介在している。これにより、内軸35および外軸36が中間軸5の軸方向X1に相対移動するときの摺動抵抗が低減されている。
【0025】
また、図3に示すように、外スプライン38は、芯金37の外周に被覆された樹脂被膜40を含む。また、樹脂被膜40には、樹脂被膜40の外周から芯金37に向かって凹む潤滑剤保持溝41が形成されている。図2に示すように、潤滑剤保持溝41は、中間軸5の軸方向X1とは交差する方向D1(潤滑溝方向)に延びている。また、図4に示すように、潤滑剤保持溝41は、少なくとも外スプライン38の各スプライン歯面42を形成する樹脂被膜40の領域T1に形成されている。図2に示すように、この実施形態では、潤滑剤保持溝41が、外スプライン38の外周を一定のピッチで螺旋状に取り囲むように形成されている。
【0026】
図5は、中間軸5の製造方法の一例を説明するための図解図である。図5における(a)〜(e)は、それぞれ、中間軸5の製造方法の途中工程を示す図解図である。以下では、図5を参照して、中間軸5の製造方法の一例について説明する。
この中間軸5の製造方法の一例では、図5(a)に示すように、スプライン43が形成された内軸35の製造用中間体44に、例えば流動浸漬法や液状の合成樹脂を噴霧することにより、合成樹脂が被覆される。そして、図5(b)に示すように、内軸35の製造用中間体44が合成用皮膜加工用の表面ブローチ45に通され、合成樹脂の不要部分が除去される。その後、図5(c)に示すように、製造用中間体44に被覆された合成樹脂にレーザが照射され、合成樹脂の一部が熱分解によって除去される。これにより、螺旋状の潤滑剤保持溝41が形成される。
【0027】
潤滑剤保持溝41が形成された後は、図5(d)に示すように、内軸35の製造用中間体44に例えば溶接によって自在継手6が固定される。また、図5(d)に示すように、外軸36の製造用中間体46に例えば溶接によって自在継手4が固定される。その後、図5(e)に示すように、内軸35の外スプライン38に潤滑剤が塗布され、内軸35が外軸36の内周に嵌合される。これにより、内軸35が外軸36に組み付けられ、中間軸5が製造される。
【0028】
図6は、レーザを用いて螺旋状の潤滑剤保持溝41を形成するときの加工方法の一例を説明するための図解図である。以下では、図6を参照して、レーザを用いて螺旋状の潤滑剤保持溝41を形成するときの潤滑剤保持溝41の加工方法の一例について説明する。
レーザを用いて螺旋状の潤滑剤保持溝41を形成するときは、例えばYAGレーザ、COレーザ、半導体レーザの何れかをレーザ照射ユニット47から発生させて、内軸35の製造用中間体44に被覆された合成樹脂にレーザを照射する。さらに、製造用中間体44に被覆された合成樹脂にレーザを照射しているときに、例えば、内軸35の製造用中間体44を中心軸線まわりに回転させながら、製造用中間体44の軸方向(図6では紙面に垂直な方向)にレーザ照射ユニット47を移動させる。
【0029】
より具体的には、例えば、合成樹脂が被覆された内軸35の製造用中間体44をレーザ照射ユニット47の下方で水平に配置する。そして、レーザ照射ユニット47を水平移動させて(図6において実線で示されたレーザ照射ユニット47の位置を参照)、各スプライン歯48の一方のスプライン歯面49に対してレーザがほぼ垂直に照射されるようにレーザ照射ユニット47の位置を調整する。そしてこの状態で、レーザ照射ユニット47からレーザを発生させながら、図示しない回転機構によって内軸35の製造用中間体44を一定速度で回転させる。さらに、レーザ照射ユニット47を製造用中間体44の軸方向に一定速度で移動させて、レーザ照射ユニット47および製造用中間体44を製造用中間体44の軸方向に相対移動させる。これにより、製造用中間体44に被覆された合成樹脂に対して螺旋状の軌跡に沿ってレーザが照射される。
【0030】
次に、レーザ照射ユニット47からのレーザの発生を一旦停止させる。そして、レーザ照射ユニット47を水平移動させて(図6において二点鎖線で示されたレーザ照射ユニット47の位置を参照)、各スプライン歯48の他方のスプライン歯面49に対して垂直にレーザがほぼ垂直に照射されるようにレーザ照射ユニット47の位置を調整する。その後、レーザ照射ユニット47からレーザを発生させる。そして、内軸35の製造用中間体44を一定速度で回転させながら、レーザ照射ユニット47および製造用中間体44を製造用中間体44の軸方向に一定速度で相対移動させる。またこのとき、製造用中間体44に被覆された合成樹脂に対して上述の螺旋状の軌跡に沿ってレーザが照射されるように、製造用中間体44の回転速度、およびレーザ照射ユニット47および製造用中間体44の相対移動速度を調整する。
【0031】
内軸35の製造用中間体44に被覆された合成樹脂には、このようにして、螺旋状の軌跡に沿ってレーザが1回あるいは複数回照射される。これにより、合成樹脂の一部が熱分解によって除去され、内軸35の製造用中間体44を一定のピッチで螺旋状に取り囲む潤滑剤保持溝41が形成される。また、各スプライン歯面49にレーザがほぼ垂直に照射されるので、スプライン歯面49に対してレーザが斜めに照射される場合に比べて、レーザの出力を抑制しつつ潤滑剤保持溝41を形成することができる。さらに、上述のような螺旋状に繋がった潤滑剤保持溝41であれば、例えば断続的な潤滑剤保持溝を形成する場合に比べて、レーザ照射ユニット47からのレーザ発生制御などの加工条件の管理が容易である。
【0032】
以上のように本実施形態では、少なくとも外スプライン38のスプライン歯面42を形成する樹脂被膜40の領域T1に潤滑剤保持溝41が形成されているので、軸方向X1に関して内軸35および外軸36が相対移動したときに、潤滑剤保持溝41に保持された潤滑剤をスプライン歯面42などの内軸35および外軸36の摺動部分に確実に供給することができる。これにより、内軸35および外軸36の摺動抵抗を低減して、軸方向X1に関して内軸35および外軸36をスムーズに相対移動させることができる。また、内軸35および外軸36の摺動部分に確実に潤滑剤を供給することができるので、樹脂被膜40の摩耗を抑制することができる。さらに、外スプライン38および内スプライン39間でのスティックスリップを防止することができ、これによって、スティックスリップによる騒音を防止することができる。さらにまた、転舵機構A1や減速機構25において歯面同士が衝突して生じる騒音(いわゆるラトル音)を防止することができる。
【0033】
また、本実施形態では、潤滑剤保持溝41が軸方向X1とは交差する方向D1に延びているので、内軸35および外軸36の摺動部分に一層確実に潤滑剤を供給することができる。さらに、レーザを用いて潤滑剤保持溝41を形成するので、樹脂被膜40のような起伏のある部分であっても、寸法精度の高い任意の形状の潤滑剤保持溝41を容易に形成することができる。さらにまた、レーザを用いて潤滑剤保持溝41を形成するので、例えば潤滑剤保持溝41を形成するまでの既存の製造設備をそのまま流用することができる。したがって、コストの上昇を抑制しつつ潤滑剤保持溝41を形成することができる。
【0034】
また、本実施形態では、中間軸5としてスプライン伸縮軸が用いられているので、転舵機構A1側から操舵部材2に向かって伝達される振動を中間軸5によって確実に吸収して、当該振動が操舵部材2に伝達されることを防止することができる。さらに、操舵補助力を操舵軸3に付与するコラムアシスト式の電動パワーステアリング装置では、操舵トルクに加えて、電動モータ24からのトルクが中間軸5に伝達されるので、外スプライン38および内スプライン39は高トルクを受けながら、中間軸5の軸方向X1に相対移動する。したがって、外スプライン38および内スプライン39間(特に、対向するスプライン歯面間)から潤滑剤が押し出されて、外スプライン38および内スプライン39間でスティックスリップが生じ易くなる。しかしながら、本実施形態のように、中間軸5としてスプライン伸縮軸を用いることにより、外スプライン38および内スプライン39間でスティックスリップが生じることを確実に防止することができ、スティックスリップによる騒音や振動の発生を確実に防止することができる。
【0035】
この発明の実施の形態の説明は以上であるが、この発明は、上述の実施形態の内容に限定されるものではなく、請求項記載の範囲内において種々の変更が可能である。例えば上述の実施形態では、レーザを用いて潤滑剤保持溝41を形成する場合について説明したが、レーザに限らず、ウォータジェットまたは圧縮エアーを用いて潤滑剤保持溝41を形成してもよい。圧縮エアーを用いて潤滑剤保持溝41を形成する場合には、圧縮エアー中に硬質の粒子を混入させて、この粒子を樹脂被膜40に衝突させることにより、潤滑剤保持溝41を形成してもよい。
【0036】
また、上述の実施形態では、螺旋状の潤滑剤保持溝41が樹脂被膜40に形成されている場合について説明したが、潤滑剤保持溝41の形状はこれに限らない。例えば、図示はしないが、外スプライン38の周囲を取り囲む環状の潤滑剤保持溝が中間軸5の軸方向X1に位置をずらして複数設けられていてもよい。この場合、環状の潤滑剤保持溝は、中間軸5の軸方向X1に斜めに交差する方向に延びていてもよいし、中間軸5の軸方向X1に直交する方向に延びていてもよい。また、上述の実施形態では、連続的に繋がった潤滑剤保持溝41が樹脂被膜40に形成されている場合について説明したが、潤滑剤保持溝41は、潤滑剤保持溝41の延設方向に関する途中部で分断された間欠的な溝であってもよい。
【0037】
また、上述の実施形態では、外スプライン38に樹脂被膜40が設けられ、この樹脂被膜40に潤滑剤保持溝41が形成されている場合について説明したが、外スプライン38および内スプライン39の両方に樹脂被膜が設けられ、この2つの樹脂被膜の少なくとも一方に潤滑剤保持溝が形成されていてもよい。また、内スプライン39にだけ樹脂被膜が設けられ、この内スプライン39に設けられた樹脂被膜に潤滑剤保持溝が形成されていてもよい。
【0038】
また、上述の実施形態では、車両用操舵装置1が、操舵軸3に操舵補助力を付与する、いわゆるコラムアシスト式の電動パワーステアリング装置である場合について説明したが、車両用操舵装置1の形式はこれに限られない。すなわち、車両用操舵装置1は、例えば、ピニオン軸7に操舵補助力を付与する、いわゆるピニオンアシスト式の電動パワーステアリング装置であってもよいし、ラック軸8に操舵補助力を付与する、いわゆるラックアシスト式の電動パワーステアリング装置であってもよい。
【0039】
また、上述の実施形態では、本発明の一実施形態に係るスプライン伸縮軸が車両用操舵装置1に用いられている場合について説明したが、本発明に係るスプライン伸縮軸は、車両用操舵装置1に限らず、その他の装置に用いられてもよい。
その他、特許請求の範囲に記載された事項の範囲で種々の設計変更を施すことが可能である。
【符号の説明】
【0040】
1・・・車両用操舵装置、2・・・操舵部材、3・・・操舵軸、5・・・中間軸(スプライン伸縮軸)、35・・・内軸、36・・・外軸、38・・・外スプライン、39・・・内スプライン、40・・・樹脂被膜、41・・・潤滑剤保持溝、42・・・スプライン歯面、43・・・(内軸の製造用中間体の)スプライン、44・・・(内軸の)製造用中間体、46・・・(外軸の)製造用中間体、A1・・・転舵機構、D1・・・交差する方向、T1・・・(樹脂被膜の)領域、X1・・・軸方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向に移動可能に嵌合された内軸および筒状の外軸と、
上記内軸の外周に設けられた外スプラインと、
上記外軸の内周に設けられた内スプラインと、
上記外スプラインおよび上記内スプラインの少なくとも一方に設けられた樹脂被膜と、
レーザ、ウォータジェットまたは圧縮エアーの何れかを用いて上記樹脂被膜に形成され、上記軸方向とは交差する方向に延びる潤滑剤保持溝と、を備えるスプライン伸縮軸。
【請求項2】
請求項1において、上記潤滑剤保持溝は、少なくともスプライン歯面を形成する樹脂被膜の領域に形成されているスプライン伸縮軸。
【請求項3】
操舵部材に連結された操舵軸と、
中間軸を介して上記操舵軸に連結された転舵機構と、を備え、
上記操舵軸および/または上記中間軸として、請求項1または2に記載のスプライン伸縮軸が用いられている車両用操舵装置。
【請求項4】
互いに軸方向に相対移動可能にスプライン嵌合された内軸および筒状の外軸を備えるスプライン伸縮軸の製造方法において、
上記内軸の製造用中間体および上記外軸の製造用中間体の少なくとも一方のスプラインに樹脂被膜を成形する工程と、
上記樹脂被膜に、レーザ、ウォータジェットまたは圧縮エアーの何れかを用いて、上記軸方向とは交差する方向に延びる潤滑剤保持溝を形成する工程と、を含むスプライン伸縮軸の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−174498(P2011−174498A)
【公開日】平成23年9月8日(2011.9.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−37549(P2010−37549)
【出願日】平成22年2月23日(2010.2.23)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(000167222)光洋機械工業株式会社 (85)
【Fターム(参考)】