説明

デジタルPLL回路とその制御方法

【課題】比較的簡易な回路構成で、制御時定数を短くしても超高安定な位相同期を実現する。
【解決手段】基準クロックを1/m分周器12で1/m倍し、VCXO11で発生される発振クロックを1/n分周器13で1/n倍し、両クロックを量子化位相比較器14に送り、両クロックのずれ量に相当する量子化位相差δを取得して予測制御器15に送る。予測制御器15では、入力された量子化位相差を、その極性が負から正に反転してから再び負に反転するまで、または正から負に反転してから再び正に反転するまで積分し、この積分値に-0.5倍〜-0.05倍の予測係数を掛けた値を予測重み値として求め、この予測重み値を積分値に加算して制御電圧値を予測する。この予測制御器15で予測された制御電圧値を、D/A変換器16でアナログ電圧に変換し、LPF17によって決まるループ時定数でフィルタリングして、周波数制御電圧としてVCXO11に送る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基準クロック信号からn/m(n,mは任意の数)倍の周波数のクロック信号をデジタル制御によって生成するデジタルPLL(Phase Locked Loop:位相同期ループ)回路に関する。
【背景技術】
【0002】
基準クロックによるリファレンス信号からn/m倍の周波数信号を生成するデジタルPLL回路では、ループ時定数にIIR(Infinite Impulse Response:無限インパルス応答)型またはFIR(Finite Impulse Response:有限インパルス応答)型のデジタルフィルタがよく用いられる。このデジタルフィルタは、位相比較器で得られる位相誤差からVCXO(Voltage Control crystal Oscillator)の制御電圧を決定するものである。ところが、このような高次フィルタを実現するには、高性能なA/D(Analog/Digital)変換器、演算用DSP(Digital Signal Processor)が必要であり、PLL回路全体の回路規模が大きくなっている。
【0003】
一方、デジタルPLL回路において、超高安定な位相同期を実現するためには、ローパスフィルタのカットオフ周波数を低く(制御時定数を長く)しなければならない。しかしながら、カットオフ周波数を低くすると引き込み時間がかかるだけでなく、外乱によって長周期の揺らぎが発生してしまう。
【0004】
この問題の解決策として、カットオフ周波数を引き込み時と定常動作時に可変にすることがあげられる。また、特許文献1に、ループ内に積分回路を介在させ、積分回路の時定数によって定常動作時に発生する振動現象を抑制するようにした構成が示されている。しかしながら、これらの構成によっても、高性能なデジタルフィルタを実現するためのA/D(Analog/Digital)変換器、演算用DSP(Digital Signal Processor)が必要で、回路規模の大型化は避けられない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2001−060864号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように従来のデジタルPLL回路では、超高安定な位相同期を実現しようとすると、制御時定数を長くしなければならず、外乱によって長周期の揺らぎが発生してしまう。一方、デジタルフィルタの存在が回路規模の大型化につながっている。
【0007】
本発明の目的は、上記の問題を解決し、比較的簡易な回路構成で、制御時定数を短くしても超高安定な位相同期を実現ことのできるデジタルPLL回路とその制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明に係るデジタルPLL回路は、発振周波数をアナログ量によって可変する発振器と、基準クロックによるリファレンス信号から1/m(mは任意の数)倍の第1の周波数信号を生成する第1の分周手段と、前記発振器の出力信号から1/n(nは任意の数)倍の第2の周波数信号を生成する第2の分周手段と、前記第1の周波数信号と前記第2の周波数信号とを比較して両者のずれ量に相当する量子化位相差を取得する量子化位相比較手段と、前記量子化位相差を所定期間積分し、さらに予測した重み値を加算して前記発振器に対する制御量を求める予測処理手段と、前記制御量をアナログ量に変換して前記発振器に与える変換手段とを具備し、前記予測処理手段は、前記量子化位相差を、その極性が負から正に反転してから再び負に反転するまで、または正から負に反転してから再び正に反転するまで積分し、この積分値に所定の割合の予測係数値を掛けた値を前記予測重み値として求め、この予測重み値を前記積分値に加算して前記発振器に対する制御量とすることを特徴とする。
【0009】
前記予測係数値は、−0.5〜−0.05倍とすることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
以上のように構成したことにより、本発明によれば、比較的簡易な回路構成で、制御時定数を短くしても超高安定な位相同期を実現ことのできるデジタルPLL回路とその制御方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明に係るデジタルPLL回路の一実施形態を示すブロック回路図。
【図2】図1のデジタルPLL回路において、量子化位相比較器の具体的な構成を示すブロック図。
【図3】図1のデジタルPLL回路において、量子化位相比較器のD型フリップフロップそれぞれの入出力関係を示すタイミング図。
【図4】図1のデジタルPLL回路において、量子化位相比較器の入力信号のずれ量と上記フリップフロップそれぞれの出力値との関係を示す図。
【図5】図1のデジタルPLL回路において、量子化位相比較器の入力信号のずれ量に対応する量子化位相差を示す図。
【図6】は上記実施形態の予測制御器の処理の流れを示すフローチャート。
【図7】図1のデジタルPLL回路において、予測制御部を使用しなかった場合の動作を説明するための位相差及び制御電圧の変化を示す波形図。
【図8】図1のデジタルPLL回路において、予測制御部を使用せず、1次IIRフィルタを用いてループ時定数を与えた場合の動作を説明するための位相差及び制御電圧の変化を示す波形図。
【図9】図1のデジタルPLL回路において、予測制御部を使用した場合の動作を説明するための位相差及び制御電圧の変化を示す波形図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0013】
図1は一実施形態に係るデジタルPLL回路の具体的な構成を示すブロック図である。図1に示すデジタルPLL回路は、内部の電圧制御水晶発振器(VCXO:Voltage Controlled Xtal Oscillator)11で発生されるPLL出力クロックCKoutの1/n倍クロックを外部から与えられる基準クロックCKrefの1/m倍クロックに同期させるようにした速度変化機能を備えるものである。
【0014】
具体的には、外部から与えられる基準クロックCKrefは1/m分周器12で1/m倍される。一方、VCXO11で発生される発振クロックCKoutは1/n分周器13で1/n倍され、1/m分周器12で1/m倍された基準クロックCKrefと共に量子化位相比較器14に送られる。この量子化位相比較器14は、基準クロックCKrefを1/m分周した信号S1 及び出力クロックCKoutを1/n分周した信号S2 のずれ量δを量子化した値を出力するもので、例えばFPGA(Field Programmable Gate Array)とディレイラインで構成することができる。
【0015】
図2は上記量子化位相比較器14の具体的な構成を示すブロック図である。図2において、基準クロックCKrefを1/m分周した信号S1 は、遅延量τ1 ,τ2 ,τ3 を有するディレイライン1411,1412,1413によって順次遅延される。上記信号S1 を分岐した信号d1 と各ディレイライン1411〜1413の持つ遅延量τ1 〜τ3 で信号S1 を順次遅延した信号d2 〜d4 は、それぞれD型フリップフロップ1421〜1424のD端子に供給される。
【0016】
一方、出力クロックCKoutを1/n分周した信号S2 は上記D型フリップフロップ1421〜1424それぞれのCK端子に供給される。上記D型フリップフロップ1421〜1424はそれぞれD端子入力のレベル値をCK端子の入力クロックの立ち上がりのタイミングでラッチし、Q端子からラッチしたレベル値を出力する。各D型フリップフロップ1421〜1424それぞれのQ端子出力q1 ,q2 ,q3 ,q4 は共にデコーダ143に送られる。
【0017】
上記デコーダ143は、上記フリップフロップ1421〜1424それぞれのQ端子出力q1 〜q4 のレベル値から信号S1 とS2 とのずれ量に相当する量子化値を演算する。
【0018】
図3は上記D型フリップフロップ1421〜1424それぞれのD端子入力信号d1 〜d4 の信号タイミング波形と上記信号S2 の立ち上がりタイミングt1 ,t2 ,t3 ,t4 ,t5 におけるQ端子出力信号q1 〜q4 のレベル値との関係を示すタイミング図である。図3から、信号S1 (d1 )に対して信号S2 がt1 〜t5 のタイミングで立ち上がるとき、上記D型フリップフロップ1421〜1424のQ端子出力q1 〜q4 はそれぞれ図4に示すようなレベル値が得られることがわかる。
【0019】
上記デコーダ143は、上記D型フリップフロップ1421〜1424のQ端子出力q1 〜q4 のレベル値を取り込み、信号S1 とS2 のずれ量に対応する量子化値(量子化位相差)に変換するもので、例えば図5に示すように、時刻tにおいてq1 ,q2 ,q3 ,q4
0,0,0,0のときは−2、
1,0,0,0のときは−1、
1,1,0,0のときは0、
1,1,1,0のときは+1、
1,1,1,1のときは+2
を量子化位相差at として出力する。
【0020】
上記量子化位相比較器14で得られた量子化位相差at は予測制御器15に送られる。
予測制御器15は、演算を加算で処理できるシンプルな構成であり、例えばFPGA(Field Programmable Gate Array)等で構成され、入力された信号S1 とS2 の量子化位相差at を、その極性が負から正に反転してから再び負に反転するまで、または正から負に反転してから再び正に反転するまで順次積分し、この積分値に予測係数p、具体的には-0.5倍〜-0.05を掛けた値を予測重み値として求め、この予測重み値をそれまでの積分値に加算することで、制御電圧Vcontを求める。
【0021】
図6は上記予測制御器15の処理の流れを示すフローチャートである。まず、量子化位相比較器14から時刻tの量子化位相差at が与えられると、この時刻tの量子化位相差at を保持する(ステップS11)。続いて、前回保持した時刻t−1の量子化位相差at-1 を読み出し、入力した時刻tの量子化位相差at と乗算する(ステップS12)。この乗算結果at *at-1 の極性が正か否かを判断し(ステップS13)、正ならば、通算回数kをk=k+1とし、前回までの加算結果bk-1 に時刻tの量子化位相差at を加算して今回kの加算結果bk (=bk-1 +at )、補正値PをP=0に設定する(ステップS14)。正でない、すなわち0か負の場合には、今回kの加算結果bk に予測係数pを掛けて補正値P(=p*bk )を求め、k=0、b0 =at に設定する(ステップS15)。
【0022】
上記ステップS14,S15の処理後、時刻tの制御電圧値Vt を次式より求める(ステップS16)。
【0023】
t =Vt-1 +at −P
上記予測制御器15で予測された制御電圧値は、D/A変換器16でアナログ電圧に変換された後、ローパスフィルタ(LPF)17によって決まるループ時定数でフィルタリングされ、周波数制御電圧としてVCXO11に供給される。
【0024】
上記構成において、以下、図7、図8、図9を参照して、上記予測制御器15のアルゴリズムについて説明する。
【0025】
上記実施形態の構成において、諸条件を以下の表1に示すように選定したとする。
【表1】

【0026】
この諸条件において、まず、上記予測制御器15を使用せず、量子化位相比較器14で得られた位相差を電圧値に変換し、この電圧値をLPF17に通して周波数制御電圧としてVCXO11に供給するようにしたとする。ここで、外乱の影響によって周波数に変動が生じた場合、制御電圧(D/A変換器16への出力)Vcontが収束せず、図7(a)に示すように出力位相が振動し続け、図7(b)に示すようにこの振動を抑制するように制御電圧Vcontも変動し続ける。
【0027】
上記振動を収束させるため、通常は1次IIR(Infinite Impulse Response:無限インパルス応答)デジタルフィルタを用いてループ時定数を与える。これにより、出力位相は図8(a)に示すように収束し、これに伴って制御電圧Vcontの振幅も図8(b)に示すように収束する。但し、その収束に要する時間はフィルタの時定数で決定され、出力位相が安定するまでに時間がかかる。
【0028】
次に、上記予測制御器15を使用して、量子化位相比較器14で得られる位相差に基づいて周波数制御信号を生成する場合について説明する。
【0029】
上記予測制御器15では、量子化位相比較器14で得られた、一定周期で基準クロックCKrefの1/m倍の信号S1 と出力クロックCKoutの1/n倍の信号S2 の量子化位相差δの極性が図9(a)に示すように反転すると、これに伴ってその極性が反転するように制御電圧Vcontに補正がかかる。その結果、制御電圧Vcontの振幅は図9(b)に示すように急速に収束し、位相差も即時に収束し安定する。尚、図9(b)では、収束後の制御電圧Vcontが微小変動しているように示しているが、これは2値化に由来する事象であり、実際には何ら弊害を生じるものではない。
【0030】
以上のように、上記実施形態のデジタルPLL回路では、量子化位相差δを、その極性が負から正に反転してから再び負に反転するまで、または正から負に反転してから再び正に反転するまで積分し、その積分値に-0.5倍〜-0.05倍の予測係数を掛けた予測重み値を求め、積分値に予測重み値を加算して制御電圧Vout を予測する。このようにして、制御電圧を量子化位相差の変化に応じて最適値に収束させるため、高精度なデジタルフィルタを用いることなく、比較的簡易な回路構成で超高安定な位相同期を実現することができる。
【0031】
尚、各実施形態は可能な限り適宜組み合わせて実施してもよく、その場合組み合わせた効果が得られる。更に、上記実施形態には種々の段階の発明が含まれており、開示される複数の構成要件における適当な組み合わせにより種々の発明が抽出され得る。例えば、実施形態に示される全構成要件からいくつかの構成要件が削除されても、発明が解決しようとする課題の欄で述べた課題が解決でき、発明の効果の欄で述べられている効果が得られる場合には、この構成要件が削除された構成が発明として抽出され得る。
【符号の説明】
【0032】
11…電圧制御水晶発振器(VCXO)、12…1/m分周器、13…1/n分周器、14…量子化位相比較器、15…予測制御器、16…D/A変換器、17…ローパスフィルタ(LPF)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
発振周波数をアナログ量によって可変する発振器と、
基準クロックによるリファレンス信号から1/m(mは任意の数)倍の第1の周波数信号を生成する第1の分周手段と、
前記発振器の出力信号から1/n(nは任意の数)倍の第2の周波数信号を生成する第2の分周手段と、
前記第1の周波数信号と前記第2の周波数信号とを比較して両者のずれ量に相当する量子化位相差を取得する量子化位相比較手段と、
前記量子化位相差を所定期間積分し、さらに予測した重み値を加算して前記発振器に対する制御量を求める予測処理手段と、
前記制御量をアナログ量に変換して前記発振器に与える変換手段と
を具備し、
前記予測処理手段は、前記量子化位相差を、その極性が負から正に反転してから再び負に反転するまで、または正から負に反転してから再び正に反転するまで積分し、この積分値に所定の割合の予測係数値を掛けた値を前記予測重み値として求め、この予測重み値を前記積分値に加算して前記発振器に対する制御量とすることを特徴とするデジタルPLL回路。
【請求項2】
前記予測係数値は、−0.5〜−0.05倍とすることを特徴とする請求項1記載のデジタルPLL回路。
【請求項3】
発振周波数をアナログ量によって可変する発振器に対し、
基準クロックによるリファレンス信号から1/m(mは任意の数)倍の第1の周波数信号を生成し、
前記発振器の出力信号から1/n(nは任意の数)倍の第2の周波数信号を生成し、
前記第1の周波数信号と前記第2の周波数信号とを比較して両者のずれ量に相当する量子化位相差を取得し、
前記量子化位相差を所定期間積分し、さらに予測した重み値を加算して前記発振器に対する制御量を求め、
前記制御量をアナログ量に変換して前記発振器に与えるデジタルPLL回路に用いられ、
前記量子化位相差を、その極性が負から正に反転してから再び負に反転するまで、または正から負に反転してから再び正に反転するまで積分し、この積分値に所定の割合の予測係数値を掛けた値を前記予測重み値として求め、この予測重み値を前記積分値に加算して前記発振器に対する制御量とすることを特徴とするデジタルPLL回路の制御方法。
【請求項4】
前記予測係数値は、−0.5〜−0.05倍とすることを特徴とする請求項3記載のデジタルPLL回路の制御方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2011−120211(P2011−120211A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200304(P2010−200304)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(000003078)株式会社東芝 (54,554)
【Fターム(参考)】